経済学概論 第4回 マルクス主義とマルクス経済学・『資本論』の方法 1、マルクス主義の3つの源泉と構成 (1)哲学:観念論から唯物論へ、唯物史観と革命の理論 マルクス(Karl Marx, 1818-1883)の思想はドイツ の哲学者ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770 - 1831)の哲学=弁証法に起源がある。マルクス はヘーゲルの弁証法的世界観(世界史は内在する矛盾の 運動・展開過程である)に影響を受けながら、ヘーゲル 哲学は精神(絶対精神)を基礎としている観念論だと批 判し、基礎に経済活動を据えた唯物論的世界観=唯物 史観を展開した。 ヘーゲル すなわち、人類史においてそれぞれ時代の生産力に対応した生産関係が成 立し(原始共産制 → 封建的生産関係 → 資本主義的生産関係 → ・・・・)、これら生産関係=社会的下部構造に対応して法律、政治、文 化・芸術などの上部構造が成立し、社会構成体を形成する。そして生産力の 発展によって古い生産関係は桎梏となり(生産力と生産関係の矛盾が起こり)、 新しい生産関係を担う階級と古い生産関係に固執する階級の間での階級闘争 が激化し、新しい生産関係を構築するための社会革命が起こることになる。 (2)社会主義思想:空想的社会主義から科学的社会主義へ 産業革命による資本主義体制の成立に伴い、一方で富が集中する資本家と、 もう一方で、不衛生な住居と食事・危険な職場での過度の労働に苦しみ、貧 困な生活を強いられる労働者を大量に生み出すことになった。労働者は次第 に、労働組合の結成や、労働運動を起こすようになり、イギリスのロバート・ オーエン(Robert Owen、1771-1858)やフランスのサンジカリズム(サン・ シモン、フーリエ)などの初期社会主義思想、協同組合思想などが生まれた。 (第3回参照) ロバート・オーエン ニュー・ラナークの紡績工場(スコットランド) 11 経済学概論 これに対してマルクスとエンゲルス(Friedrich Engels, 1820-1895)は、こ れらの社会主義思想を資本主義に 変わる未来社会(共産主義社会)を 描き出していると評価する一方、資 本主義から社会主義・共産主義への 移行を理論的・科学的に提起しなか ったとして、唯物史観を基底にして、 経済学的な裏づけをもって描こう とした。そのため彼らの社会主義思 想は科学的社会主義とも呼ばれる。 マルクス エンゲルス (3)経済学:古典派経済学の継承と発展、『資本論』 マルクスは、アダム・スミス、リカードとつながる古典派経済学による労 働が商品の価値・価格の源泉であるという理論=労働価値説を継承し、さら に労働力の商品化と労働の生産過程における価値増殖の仕組みから剰余価値 説を打ち立てた。 古典派経済学も資本主義経済を対象として分析したのであるが、マルクス は資本主義を歴史的存在として捉え、その本質を内的な構造から明らかにし、 その運動法則を明らかにしようとしたのである。 剰余価値の理論は、剰余価値の利潤への転化、資本蓄積の理論へと発展し、 資本蓄積の過程の中で、労働者階級の貧困と階級対立を生み出す理論的な根 拠にまでつなげていった。(次回以降詳しく解説) マルクスの経済学理論は最終的には『資本論』 (Das Kapital ; 1867 年に第1巻が出版)に体系 化される(当初は「経済学批判」 , Kritik der Politischen Ökonomie というタイトルで執筆、出 版する予定であった)。 マルクスの死後、エンゲルスがマルクスの草稿を編集 して第2巻(1885 年)と第3巻(1894 年)を出版した。 さらに、第4巻となるはずだった古典派経済学の学説批 判に関する部分は、エンゲルスの死後、カール・カウツ キー(Karl Kautsky, 1854 - 1938)によって『剰余価値 学説史』というタイトルで公刊された。 カウツキー 12 経済学概論 2、『資本論』の方法と体系 (1)『資本論』の方法:分析と総合 『資本論』の目的は、当時の資本主義経済(18 世紀末の産業革命を経て 最も発達した状態にあり、またそれ故に資本家階級への富の蓄積と労働者 階級の貧困化が最も進んでいた 19 世紀のイギリスの資本主義経済)を対象 に、資本主義の運動法則=資本の生産と再生産の過程を分析することにあ った。 その際にマルクスは、自らの眼前にある資本主義経済の現象形態の分析 によって単純な概念へ抽象することを行う。その結果、資本の運動法則は 「資本」→「貨幣」→「商品」へと抽象され、 『資本論』では「商品」が資 本主義経済の原基形態(最も基本的な概念)となる。 一方、『資本論』の展開、すなわち叙述にあたってはその資本の原基形態 である「商品」から出発して、「貨幣」→「資本」へと(後戻りして)展開 され、さらに「利潤」、「利子」、「地代」の分析に進み、最終的に資本主義 経済の運動法則が総合して解明されることになっている。 この分析と総合、下向と上向の方法は、マルクスがヘーゲルの弁証法か ら学んだものであり、さらにマルクスは唯物論的にこの方法でもって資本 主義経済の分析と総合、『資本論』による叙述を行ったのである。 13 経済学概論 (2)『資本論』の体系 『資本論』は資本主義全体の運動法則、資本の生産と再生産の過程を総 合的・体系的に叙述すること目的に執筆された(実際にマルクス自身の手 によって執筆・編集されたのは「資本の生産過程」に当たる第1巻のみで ある)。そしてその叙述は、簡単なものから複雑なものへ、抽象的なものか ら具体的なものへの上向過程で進められていく。 第1巻では、「資本」が剰余価値によって生まれる過程が、「商品」「貨 幣」から上向して展開され、資本の本質と、その蓄積の過程、その中での 相対的過剰人口(=失業)の存在が理論的に明らかになる。 第2巻では、資本の循環や回転が個別資本、さらに社会的総資本の観点 から解明され、資本と資本主義的生産関係が再生産・維持される過程が明 らかとなる。 第3巻では、第1巻、第2巻での分析を元に、資本主義生産の中で価格、 利潤、平均利潤率、利子、地代が現象する過程が解明され、資本主義経済 が、それを構成する三大階級(資本家・労働者・地主)との関連で全体的 に把握される。 第1巻 資本の生産過程 第 1 篇 商品と貨幣 第 2 篇 貨幣の資本への転化 第 3 篇 絶対的剰余価値の生産 第 4 篇 相対的剰余価値の生産 第 5 篇 絶対的および相対的剰余価値の生産 第 6 篇 労賃 第7篇 資本の蓄積過程 第2巻 資本の流通過程 第 1 篇 資本の諸変態とそれらの循環 第 2 篇 資本の回転 第 3 篇 社会的総資本の再生産と流通 第3巻 資本主義的生産の総過程 第 1 篇 剰余価値の利潤への転化、および剰余価値率の利潤率への転化 第 2 篇 利潤の平均利潤への転化 第 3 篇 利潤率の傾向的低下の法則 第 4 篇 商品資本及び貨幣資本の商品取引資本および貨幣取引資本への(商人資 本への)転化 第 5 篇 利子と企業者利得とへの利潤の分裂。利子生み資本 第 6 篇 超過利潤の地代への転化 第 7 篇 諸収入とその源泉 14
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