第 7 回 IT 投資とマクロ経済成長1・生産関数

情報経済論
第7回
IT 投資とマクロ経済成長1・生産関数
1、ニュー・エコノミー論の意義と限界
IT 投資は労働生産性を上昇させることによって、1990 年代におけるアメリカ
の経済成長にサプライサイドの側面から寄与してきた。そこでニュー・エコノミ
ー論も登場したのである。
ただしニュー・エコノミー論の前提となる収穫逓増(=限界費用減少)の法
則は、ソフトウェアのコピーという極めて特殊な製品の生産方法を前提として
おり、すべての産業における IT 投資について成り立つわけではない。
① 固定費用と限界費用の問題
IT 産業=IT を供給する産業において情報処理能力の増大とこれと反比例した
コストの減少は確かに進み、限界費用はゼロに近づくとしても、これらの産業
は初期に膨大な投資を行う=固定費用が巨大になる。よって、決して限界費用
がゼロに近づいても平均費用がゼロ=フリーになるわけではない。むしろ初期
に巨大な固定費用をかけて独占が成立することによって限界費用が低下するの
である。
36
情報経済論
② IT 供給産業と IT 利用産業の問題
また、収穫逓増(=限界費用減少)すべての産業について成り立つわけでは
なく、IT 産業=IT を供給する産業において特殊に成り立つ現象である。これと
関連して IT 投資を行うほとんどの産業は、IT 産業以外=IT 利用産業である。
よってすべての収穫逓増(=限界費用減少)の経済に移行するわけではない。
③ 人間の労働力の問題
情報処理能力の増大によって確かにハードウェアのコストは低下するが、人
間の能力はハードウェアの増大と同様に増大するわけではない。逆に人間の能
力・労働力の稀少性が増すことなる。
そこで、ニュー・エコノミー論はこの部門での IT 投資と収穫の問題、生産性
の問題で統計的資料を提示しきれなかった。IT 投資を行う IT 産業以外の産業の
IT 投資と収穫の問題、生産性の問題を考える必要がある。
37
情報経済論
2、コダグラス型生産関数による経済成長の分析
ここでは、IT 産業以外の産業も含めて IT 投資がマクロ経済成長に与える影響
を、収穫逓減を前提とした新古典派の一般的な経済成長モデル(コブ=ダグラ
ス型の生産関数モデル1)に基づいて行った実証分析を通して検証してみる。
コブ=ダグラス型生産関数は以下のように表される。
Y=AKαLβ
ここで、Y は生産量、K は資本、Lは労働、A、α、βは定数で、
A>0、 α+β=1、0<α<1、0<β<1である。
(例)Y=AK0.4L0.6のとき
ここで資本の限界生産力 MPK(資本 K を1単位を増加させたときの生産量
Y の増加)は生産関数を資本 K で微分した値になるので、
MPK=ΔY/ΔK
→
MPK=0.4×Y/K
同様に労働の限界生産力 MPL(労働 K を1単位を増加させたときの生産量
Y の増加)は生産関数を労働Lで微分した値になるので
MPL=ΔY/ΔL
→
MPL=0.6×Y/L
よって限界生産力は、K や L の値により変化する(逓減する)。
コブ=ダグラス関数は、コブ(Charles Cobb)とダグラス(Paul Douglas)という2人
の経済学者によって 1928 年に生産関数の推計の際に開発された関数。
1
38
情報経済論
3、マクロ関数と各生産要素の成長率への寄与度の推計 (モデル1)
最初に、GDP を Y、IT 資本ストック K1、一般資本ストック(IT 資本ストッ
クを除く資本ストック)を K2、労働を L としてコブ=ダグラス型の生産関数を
仮定する。
Y =
F(K1、K2、L)
=
A K1αK2βLγ
(A、α、βは定数)
両辺の対数をとると
log Y =
αlog K1+βlog K2+γlog L+logA
(推計式-1)
となるので、GDP の成長率に対する各生産要素(K1、K2、L)の寄与度を推計
できる。
1983 年から 1996 年までのアメリカ経済のデータから各生産要素の弾力性
α=0.14
β=0.26
γ=0.53
となった。この結果から算出した各生産要素の GDP 成長率への寄与度2(寄
与率)を 1983~89 年の景気拡大期と 1991~96 年の景気拡大期で比べてみると
以下のようになる。
表 7-1
推計式-1 による各生産要素の GDP 成長率への寄与度(%)
下段( )内は寄与率
実 質 GDP I T 資 本 ス ト ッ ク 一 般 資 本 ス ト ッ ク
景気拡大期
(Y)
(K1)
(K2)
労働投入量(L)
1983-89 年(平均)
3.96
1.08
1.01
1.58
(0.27)
(0.26)
(0.40)
1991-96 年(平均)
2.05
0.80
0.41
0.54
(0.39)
(0.20)
(0.26)
ここから IT 資本ストックの成長率への寄与率は 1980 年代の景気拡大期に比
べて 1990 年代に増加する一方、労働投入の寄与度に関しては同期間に大幅に低
下、90 年代の景気回復が「雇用なき景気回復」と言われたことを表している。
2
実質 GDP 成長率に対する各項目の成長率。後者を前者で割ったものが寄与度となる。
寄与度の計算方法は http://www02.so-net.ne.jp/~date/je/kiyodo_ex.html を参照。
39