水素原子の波動関数とシュレディンガー方程式

4. 水素原子の電子の波動関数とシュレディンガー方程式
4.1. 水素原子の電子の波動関数
時刻を特定せずに、定常状態の水素電子の波動関数を考えてみよう。不確定
性原理に従って、エネルギーは特定でき、(3.2.2)式が成り立つとする。
1 h 2 2
2
2

( ) (


)  V  E
2m 2 x 2 y 2 z 2
 h  d(t )
i 
 E(t )
 2  dt
( 4.1-1)
水素原子の場合、V としては、原子核との静電気力が考えられる。電磁気学
によると、ポテンシャルは中心原子の距離 r に反比例するから、
V ( x, y , z )  
e2

4 0 r
4
e2
0
x2  y2  z2
( 4.1-2)
これを解くことは、かなりややこしいので、詳細は割愛する。1
しかし、重要な点について述べる。
V が中心からの距離に反比例することをうまく利用するため、x,y,z を r,の極
座標で表す。この考えがポイントになる。すなわち、原子に電子が閉じこめら
れている。おおざっぱに言うと、箱の中の電子と同じような挙動を示す。
さて、極座標をつかって、(付録5.6参照)シュレディンガー方程式は
2
1  h   1   2  
1
 
 
1  2  
e2







r

sin



(
r
,

,

)

 (r ,  ,  )
 




2m  2    r 2 r  r   r 2 sin   
  r 2 sin 2    2  
4 0r
 E (r ,    )
波動関数は、二つの関数の積になる。
1
興味あるものは以下の文献を当たって見よ。
清水清孝 “シュレーディンガー方程式の解き方を教えます。” 共立出版
1992
藤川高志 “化学のための初めてのシュレーディンガー方程式” 裳華房
1996
小出昭一郎 “量子力学” 裳華房 1969
原田義也 “量子化学”
裳華房 1978
H.Eyring, Walter, Kimball, “Quantum Chemistry” Wiley 1944
(最後のは名著である。もし本気で量子化学を勉強したければ、これを読むこと
を進める。)
(r, , )  Rnl (r)Ylm (, )
n,l,m は整数である。
Rnl (r ), Ylm ( ,  )
は、それぞれ、図のような形をもっている。
また、エネルギーもとびとびの値を持ち、
En  
e2
8 0 a0 n 2
( 4.1-3)
とかける。
この波動関数をときとして、軌道という風にも呼ぶ。
図 4.1-1
R、と Y の関数の形、
4.1.1. 波動関数と形、
さて、水素中の電子の波動関数は整数の組 n,l,m で特徴づけられ、それぞれ特
有の形をもっている。n は、電子がもっているエネルギーの大きさと電子がど
れだけ広がっているかを表す。n が整数であることは、エネルギーがとびとび
の値を持つことを意味する。l はその形、m はその向きを表す。電子が原子を
結びつける糊の役割をしているのであれば、電子の波動関数の形こそが分子の
形を決めることになっているといえよう。では、この n,l,m とは何か考えてみ
よう。
4.2. 量子数
さて、水素の中の電子は、とびとびのエネルギーを持つことを学んだ。電子
の挙動を表す関数(波動関数)がシュレディンガーの方程式を満たし、その方
程式の解が可算的であるからである。一般に、限られた空間で微分方程式
H( x)  E( x) (H はxの微分を含んでいる)
をとくと、その解 (x) には、番号を付けることができる。また、この解の関数
を固有関数と呼び、その時に得られた E をエネルギー固有値という。固有値に
つく番号を量子数と呼ぶ。すなわち、電子の状態や挙動を波動関数で表す。そ
の波動関数に伴うエネルギーは E で表される。
4.3.
水素の光吸収、発光
水素をつめたガラス管に高圧をかけ、放電を起こさせると、水素分子は解離
し、発光する。この発光スペクトルをプリズムで分光すると、輝線が現れる。
これは、電子が別の状態に移るときにエネルギーを光の形にするのである。し
たがって、光の持つエネルギーは、二つの状態の差に等しくなる。
図 4.3-1
水素原子の輝線スペクトル
この輝線スペクトルの波長には、以下の関係があることがわかった。
 1
1
1 

 R

m,n は整数。

 m2 n2 
( 4.3-1)
Rはリドベルク定数といい、R=109677.6 cm-1
( 4.3-2)
であるから、( 4.1-3)と比較して、
1 E
1 
e2
e2

 

 ch
ch  8 0 a 0 n 2 8 0 a 0 m 2





 1
e2
1 



8 0 a 0 ch  m 2 n 2 
( 4.3-3)
となる。 R 
e2
=1.09740*105cm-1=1.09740*107 m-1
8 0 a 0 ch
をえる.
問 4.3-1 c=2.99792 x 108 m/s, e=1.60219X10-19 C, a0=5.29177x10-11 m, 4 x10-9
C2/Nm2, h=6.62618 x 10-34 Js とすると、R をもとめよ。
このように実験値とほぼ一致しており、量子論の正しさが実証される。
光の吸収過程は、発光過程の逆である。すなわち、低いエネルギーにあった電
子が光を吸収し、高いエネルギーになるが、どんなエネルギーでも吸収できる
わけではなく、量子数が一つだけ増えるエネルギーを吸収することになる。し
たがって、特定のエネルギーを持つ光すなわち、特定の波長を吸収し、物質波
色を持つ。これにより物質の同定に使うことができる。
4.4. 3つの量子数
n,l,m は整数であり、量子数と呼ぶ。なぜ3つあるかというと、空間座標が3
つの成分を持つからである。n は、球座標の r に対応し、原子からの距離を表
し、l は球座標のの速度すなわち回転速度に対応し、電子の形をあらわす。m
は電子回転する向きを表す。
それぞれ、n を主量子数、l を方位量子数、mを磁気量子数と呼ぶ。じつはこれ
以外に電子はもう一つ量子数をもっている。すなわちスピン粒子数 s である。
これは、相対論を考慮すると自然にでてくるもので、時間という座標に対応し
たものである。これは、電子が自転しているというイメージで捉えられている。
自転には、上向きとした向きがあり、それが 1/2 と-1/2 という符号に現れる。
MRI(核磁気共鳴イメージング)という医療手段がある。これは、水素原子の核
のスピンをつかって、生体中の水のイメージングをする装置であり、現代医学
において、重要な役割を果たす。
定理:
表 4.4-1
電子は4つの量子数をもっている。
量子数
量子数
主量子数
n
1,2,3,4,5
方位量子数
l
0,1,2,…n-1
磁気量子数
m
スピン量子
数
s
-l,-l+1,…
0…l-1,l
1/2
-1/2
r(動径) 電子の広がり 水素の場合エ
ネルギーを決
める。

電子の形
角運動量の大
きさ

電子の向き
角運動量の向
き
t
電子の自転
表 4.4-2
水素の電子波動関数の量子数
n
1
l
0
m
0
s
±1/2
1s
2
0
0
±1/2
2s
2
1
0
±1/2
2pz
2
1
±1
±1/2
2px, 2py,
3
0
0
±1/2
3s
3
1
0
±1/2
3pz
3
1
±1
±1/2
3px,3py,
3
2
0
±1/2
3dz2
3
2
±1
±1/2
3dzx,3dyz
3
2
±2
±1/2
3dx2-y2,3dxy
(2px+i2py),(2px-i2py)
(3px+i3py),(3px-i3py)
(3dzx+i3dyz),(3dzx-i3dyz)
(3dx2-y2+i3dxy), (3dx2-y2-i3dxy)
4.4.1. 量子数の上限
主量子数は n=1 から始まり、無限に大きな値を取る。この時のエネルギーが 0
となる。これは、原子核から無限に離れたことを意味しており、無限遠をエネ
ルギーの原点とする。方位量子数は、0 からとれるが、上限が n-1 で規定され
る。したがって、n=1 では、l=0 しかない。磁気量子数は、-l からはじまり、l
までとることができる。スピン量子数は 2 つしかとれない。
l=0 を s 状態、l=1 を p 状態,l=2 をd状態,l=3 をf状態とよぶ。
4.5. フェルミ粒子とボーズ粒子
さて、電子が2個以上あったときに、それぞれどういう量子数をとることが
できるだろうか?ここにパウリの排他律というのがある。すなわち、
定理:同じ原子に属する電子は、4つの量子数が同じになることがない。
この原理はすべての粒子ついて成り立つわけではない。たとえば、光は同じ量
子数を取ることができる。 同じ量子数をとれない素粒子をフェルミ粒子とよ
び、パウリの排他律が成り立つ。また、同じ量子数を取ることができるものを
ボーズ粒子という。2
2
陽子はフェルミ粒子である。しかし、それが集まった原子核では、原子核ご
とでフェルミ粒子になったり、ボーズ粒子なったりする。たとえば、陽子2個、
中性子2個からなる 4He はボーズ粒子であるが、陽子2個中性子1個の 3He は、
フェルミ粒子である。4He はボーズ粒子であるため、ヘリウムは低温で超流動
電子のエネルギーは n が小さいほど小さいので、安定である。したがって、水
素では、n=1 に電子が存在する。このときには、l=0 であるから、m=0 である。
s=1/2 をとるとする。
その次のヘリウムではどうだろうか? n=1 にすでに1個入っているが、それ
ぞれ、スピンを 1/2,-1/2 にすればよい。すなわち、電子が逆向きに自転すれば
よいことになる。(このときに、電子のスピンが反平行と呼ぶ)
リチウムではどうだろう。こんどは、n=1 をもう取ることはできないので、n=2
にはいる。その上の Be では、n=2 でスピンが反平行にはいる。
B では、n=2 がいっぱいだから、l=-1 から埋まっていく。こういう風にして、
だんだん下から埋まっていくが、おもしろいことに、周期表の同族元素の l や
m はいつも同じ値をもっている。すなわち、同族であるということは、電子の
軌道の形が同じであることを指し示しているのである。 すなわち、この軌道
の形が 原子の性質を知るのに重要である。
現象を示す。またある種の条件で電子が2つ集まることができ、このときはこ
の電子対は、ボーズ粒子なることができ、超伝導現象を示す。
図 4.5-1 周期表
4.6. 付録
球座標
ふつう、空間内の一点 P を表すと
きに、x,y,z 軸をとり、原点から各
軸方向の大きさで表す。一方、原
点からの距離、zとのなす角度、
、x軸となす角をとする。

すると、同じ空間Pを一つ決める
ことができる。この後者の決め方
を球座標表示とよぶ。前者は直交
座標表示という。互いに変換する
ことができて、
x  r sin  cos 
y  r sin  sin 
z  r cos 
r  x2  y 2  z 2
z
r

x
1 
  cos
 x2  y 2

  cos 1  
である。




z
P

r
x
Z

y