衛星の回転運動

宇宙システム工学資料(松永)
衛星の回転運動
1 軸対称剛体(スピン衛星)
1.1 トルクフリー運動
軸対称慣性モーメント: I1 = I 2 = I , I 3 = J
{b} 系表示(主軸、機体固定座標系)
⎧ Iω& 1 = (I − J )ω 2ω 3
⎪
⎨ Iω& 2 = ( J − I )ω 3ω1
運動方程式:
(1)
⎪ Jω& = 0
⎩ 3
ω の解 ω& 3 = 0 → ω3 = ω s : 一定
(2)
⎧ ω1 (t ) = ω10 cos ns t + ω 20 sin ns t
⎨
⎩ω 2 (t ) = −ω10 sin ns t + ω 20 cos ns t
ここで ns = (1 − σ )ω3 = (1 − σ )ω s :相対スピンレート(相対ニューテーション角速度)
J
σ=
:慣性モーメント比(MOIR)
I
ω r ≡ ω12 + ω 2 2 = ω10 2 + ω 20 2 = 一定 ≥ 0
(3)
(#)
(4)
:ラジアル角速度
σ の値の 1 に対する大小によって回転方向が異なる。即ち、ω3 > 0; σ < 1 ⇒ ns > 0, σ > 1 ⇒ ns < 0
(2),(3)式より
b3
⎧ω1 = ω r sinψ
⎪
⎨ω 2 = ω r cosψ
⎪ω = ω : 一定
s
⎩ 3
σ <1
ns
(5)
ω3 = ω s
ただし、ψ は相対スピン角である。
ω
ψ = ns (t − t 0 )
(6)
t 0 = ns atan 2(− ω10 ,ω 20 )
−1
ψ
ω1
b1
また
ω 2 ≡ ω12 + ω 2 2 + ω 3 2 = ω r 2 + ω z 2 = 一定
(7)
ω2
b2
ωr
図1 {b} 系から見た ω の運動
以上、図1参照。
次に、慣性系({a} , A 系)から見た姿勢運動を求める。トルクフリーなので、
ˆ ≡
H は A 系から見て不動である。H
⎡ H1 ⎤
H = {b} ⎢⎢ H 2 ⎥⎥
⎢⎣ H 3 ⎥⎦
⎛I 0 0⎞
⎟
⎜
I = {b} ⎜ 0 I 0 ⎟{b}
⎜0 0 J ⎟
⎠
⎝
T
,
dH
= 0 より H =一定、即ち、
dt
H
を a 3 と設定すると、相対スピン角ψ と下記のニューテーション角 N は
H
剛体の姿勢を表現するのに便利である。さて、
・角運動量ベクトル
・慣性テンソル(ダイアディック)
T
A
,
・{b}系の角速度ベクトル
ω=ω
B/ A
⎡ω 1 ⎤
= {b} ⎢⎢ω 2 ⎥⎥
⎢⎣ω 3 ⎥⎦
T
なので、
⎡ Iω1 ⎤
⎡ H1 ⎤
⎧ H 1 = Iω1 = Iω r sinψ
⎪
T⎢
⎢
⎥
⎥
H = I ⋅ ω = {b} ⎢ Iω 2 ⎥ = {b} ⎢ H 2 ⎥
∴ ⎨ H 2 = Iω 2 = Iω r cosψ
⎪ H = Jω = Jω : 一定
⎢⎣ Jω3 ⎥⎦
⎢⎣ H 3 ⎥⎦
3
s
⎩ 3
角運動量ベクトルの成分をスピン軸方向( b 3 軸)とラジアル方向( b1b 2 面)に分解する(図2参照)
。
T
1
(8)
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衛星の回転運動
⎧ H s ≡ H 3 = Jω3 = Jω s : 一定
⎨
⎩ H r ≡ Iω r = 一定
ns
⎧ H 1 = H r sinψ
⎪
⎨ H 2 = H r cosψ
⎪H = H
s
⎩ 3
N
(10)
2
Hr
b1
(11)
{b} 系から見た H の運動
b 3 軸と H のなす角をニューテーション角 N とする:
H
⎛H ⎞
⎛H
⎞
N ≡ cos −1 ⎜ ⋅ b 3 ⎟ = cos −1 ⎜ z ⎟ , 0 ≤ N < π (12)
⎝H
⎠
⎝ H ⎠
⎧ H s = H cos N (= H z = Jω z )
(13)
⎨
⎩ H r = H sin N
{b} = C
B/ A
{a}
a3
b3
b2
N
φ
(14)
φ , N ,ψ を導入して
3
≡ C (ψ )C1 ( N )C 3 (φ )
a′2
a2
N
a1
b1
(15)
a′1
H
より
H
⎡0 ⎤
⎢ ⎥
ここで δ 3 = 0 ,
⎢ ⎥
⎢⎣1⎥⎦
φ
ψ
とする。φ は一般に歳差角と呼ばれる(後述)
。
H = Ha 3
ˆ =b
H
r
r
ψ
N
を、3-1-3 オイラー角
このとき、 a 3 =
b2
ψ
図2
CB/ A
H2
H
H1
H = H r + H s = 一定 ≥ 0
方向余弦行列
a3
Hs
(8)より
2
σ <1
b3
(9)
図3 慣性系{a}から{b}への変換
⎡ H sin N sin ψ ⎤
= H {a} δ 3 = H {b} C B / Aδ 3 = {b} ⎢⎢ H sin N cosψ ⎥⎥
⎢⎣ H cos N
⎥⎦
0
⎛ cosψ sin ψ 0 ⎞
⎛1
⎜
⎟
⎜
C 3 (ψ ) = ⎜ − sin ψ cosψ 0 ⎟, C1 ( N ) = ⎜ 0 cos N
⎜ 0
⎜ 0 − sin N
0
1 ⎟⎠
⎝
⎝
T
T
T
となって(10), (13)式と一致する。角速度ベクトル ω
[
~ B / A = C B / AC
& B / A T = δ~ ψ& + C 3 (ψ )δ
ω
3
1
]
∼
B/ A
[
(16)
0 ⎞
⎟
sin N ⎟
cos N ⎟⎠
は、その{b}系成分の定義式
N& + C 3 (ψ )C1 ( N )δ 3
]
∼
φ&
より
ω B / A = δ 3ψ& + C 3 (ψ )δ 1 N& + C 3 (ψ )C1 ( N )δ 3φ&
(
ω B / A = {b} ω B / A = {b} C 3 (ψ )C1 ( N )δ 3
T
T
(17)
C 3 (ψ )δ 1
(Q N = 一定、 ψ = ns (t − t 0 ))
⎡ φ& ⎤
⎛ sin N sinψ
⎢ &⎥
T⎜
δ 3 ⎢ N ⎥ = {b} ⎜ sin N cosψ
⎜ cos N
⎢ψ& ⎥
⎝
⎣ ⎦
)
cosψ
− sinψ
0
0 ⎞ ⎡ φ& ⎤
⎟⎢ ⎥
0 ⎟⎢ 0 ⎥
1 ⎟⎠ ⎢⎣ns ⎥⎦
(18)
即ち
(5 )
⎧
& sin N sinψ = ω sinψ
ω
φ
=
1
r
⎪
⎪
&
⎨ω 2 = φ sin N cosψ = ω r cosψ
⎪ω = φ& cos N + n
s
⎪⎩ 3
(19)
上式の第 3 式より
2
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衛星の回転運動
φ& =
ω3 − ns
cos N
σω3
(# )
=
cos N
= 一定 ≈ σω3 (if N ≈ 0 )
一方、(19)の第1式よりω r = φ& sin N
φ& =
ωr
sin N
=
(20)
(9),(13)より sin N =
H r Iω r
=
H
H
だから
H
≡ h :{a} 系から見たニューテーション角速度
I
(21)
(古典力学のテキストでは歳差角速度と呼ぶこともある)
φ = ht + φ0 :歳差角
(22)
ここで、角速度ベクトルと角運動量の関係(図3参照)を再検討する。
A 系:{a} = {a1 , a 2 , a 3 } :慣性系
T
ˆ =H
、br = H
N 系:{a1′ , b r , b 3 } :主軸系(ニューテーション(歳差)運動)
r
r
T
Hr
B 系:{b} = {b1 ,b 2 , b 3 } :機軸系
T
N 系から測った B 系の角速度: ω
B/N
A 系から測った N 系の角速度: ω
N/A
= ψ&b 3 = ns b 3
ˆ
= ψ&a 3 = N& a1′ = φ&a 3 ≡ hH
であるから、
A 系から測った N 系の角速度:
b3
ˆ
ω B / A = ω B / N + ω N / A = n s b 3 + hH
スピン軸回り 角運動量軸回り
図 4 より、σ の値により回転の向き(符号)が逆転する。
また、角運動量と角速度のラジアル面成分の関係は
H1 : H 2 : H 3 = ω1 : ω 2 : σω3 , H r : H s = ω r : σω s
ω(σ < 1)
(σ < 1)ω 3
ns b 3
hĤ
(σ < 1)
となる。
さて、ボディ上の固定点を X とすると
A
H
H3
dX / dt = ω B / A × X
ω(σ > 1)
ラジアル方向
(σ > 1)
X = kω
特に、 X が ω 軸上の点の場合
Hr
ns b 3
& = ω × kω = 0
X
r
このとき
即ち、 ω 軸上の点は不動である。
図 4 角運動量 H と角速度 ω のラジアル面表示
以上の結果を踏まえると、トルクフリー軸対称剛体の回転運動は図 5 のようにまとめられる。H とωおよびス
ピン軸(対称軸)b3 とωの作る円錐を定義して、それぞれ空間円錐(space cone)、物体円錐(body cone)と呼ぶ。円錐
の交線はωである。空間円錐を固定して、その回りに物体円錐が滑らないように転がすとき、その物体円錐の運
動が、慣性系(A 系)から見た剛体の回転運動であり、円錐の交線の動きがωの運動である。逆に、物体円錐を
固定したときの空間円錐の中心軸の動きが、機軸(B 系)から見た H の運動であり、円錐の交線の動きがωの運
動である。
H
hĤ
ω
ω
H
a
space cone 3 N
hĤ
b3
b3
body cone
N
a3
space cone
body cone
nsb3
I > J ,σ < 1
I < J ,σ > 1
図 5 トルクフリー軸対称剛体の回転運動
3
nsb3
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衛星の回転運動
1.2 軸対称剛体(スピン衛星)の回転運動の安定性
1.2.1 エネルギーシンク法による安定解析
ニューテーション運動 N ≠ 0, ω r ≠ 0 が生じたとき、エネルギー散逸がある場合に、その運動が安定かどうか
は重要である。エネルギー散逸は、構造振動(減衰)
、内部振動、液体燃料減衰などにより引き起こされる。以下、
安定性をエネルギーシンク法で示す。宇宙機の回転運動エネルギーは
(
)(
)
(
1
1
ˆ ⋅ ω b +ω H
ˆ = 1 (H ω + H ω ) = 1 Jω 2 + Iω 2
T = H ⋅ ω = H 3b 3 + H r H
3 3
3 3
3
r
r
r
r r
r
2
2
2
2
1
= Hω cos( N − γ ) = Hω (cos N cos γ + sin N sin γ )
2
H
H
ω
ここで、 H = H , ω = ω , sin γ = r , cos γ = 3 , cos N = 3 、γ は対称軸と ω のなす角。
ω
Jω
H
)
(1)
したがって
[
]
H2
T=
1 + (σ − 1)sin 2 N
(2)
2J
ここで、σ = J / I は慣性モーメント比である。上式を時間に関して微分するとエネルギー散逸レート(単位:
J/s または W)が求まる。
dT H 2
&
(σ − 1)sin N cos N N&
T=
=
(3)
dt
J
エネルギー散逸レートは物理的に負:T& < 0 なので、σ > 1, J > I のときに N& < 0 となる。即ち、ニューテ
ンション角 N は減少して、最小エネルギーに対応する対称軸回りの回転になる。したがって運動は安定である。
逆に、σ < 1, J < I のときは N& > 0 となって、ニューテンション角 N は増加し、最小エネルギーに対応する横
軸(ラジアル軸)回りの回転(フラットスピン)に至る。つまり、対称軸回りの回転は不安定である。
図 6 フラットスピンへの遷移
図 7 エクスプローラー1 号
この現象は、1957 年に人類史上初めてロケットにより軌道上に投入されたスプートニック 1 号(ソ連)
、つい
で 1958 年のエクスプローラー1 号(米国)でも観測され、それがきっかけで、回転体の運動について工学的に真
剣に検討されるようになった(後述)
。
1.2.2 受動ニューテーション制御
さて、最大慣性主軸回りに回転している場合、ニューテーション角 N を減少させるには、エネルギーを散逸さ
せればよいことがわかった。受動的に散逸させる方法として、例えば、ボールインチューブダンパ(粘性流体を
満たしたチューブ内にボールを入れた装置)がある。ニューテーション加速度に応じてチューブ内をボールが移
動してエネルギーが粘性(または摩擦)によって散逸される。減衰時定数τ をエネルギーシンク法で求めよう。
チューブ内でボールがする仕事は
d W = − kx&dx
(4)
ここで、k は減衰係数、 dx はボールの平衡状態から微小変位、 x& はボールの瞬間速さ(大きさのみ考慮)
。
4
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衛星の回転運動
d W = − kx&
dx
dt = −kx& 2dt
dt
(5)
なので、ボールの減衰振動 1 周期あたりの平均仕事は、P を減衰運動の周期として
Wav = −
k P 2
x& dt
P ∫0
(6)
1 周期あたりの仕事は運動エネルギーレートに等しいので、
2
H2
(σ − 1)sin N cos N N& ≈ H (σ − 1)N N& (Q N << 1)
Wav = T& =
(7)
J
J
(6)式を解いて N を時間の関数で表すためには、 x& の陽な関係式が必要であり、ある仮定のもとで可能である(詳
細は省略)
。一般に、(6)式を積分すると、
Wav = − N 2 f (α1 ,α 2 ,K,α n )
(8)
なる形で表される。ここで、f はシステムパラメータα1 ,α 2 ,K,α n のある関数である。この場合、(7)式は
H2
(σ − 1)N N& + N 2 f = 0
J
fN
即ち、 N& + 2
=0
H
(σ − 1)
J
(9)
(10)
これは、
N
N& + = 0
(11)
τ
の形をしており、したがって、システムの減衰時定数τ は
H2
(σ − 1)
fJ
(11)式の解は、 N 0 を N の初期値として
τ=
(12)
N = N 0e − t / τ
(13)
例えば、 t = τ 秒のとき、
N 1
= となる。
N0 e
もし、外力が働かず、エネルギー散逸だけでラジアル角速度ω r 項を消去できたならば、角運動量保存則が成
立するために、宇宙機の最終スピン速度ω 3 = ω f は増加する。初期角運動量の大きさは
(
)
[
]
= ( Jω3 ) + (Iω r )
であり、これが最終スピン時は Jω f に等しくなるので、
2
H = H3 + H r
2 1/ 2
⎡ 2 ⎛ ω r ⎞2 ⎤
ω f = ⎢ω 3 + ⎜ ⎟ ⎥
⎝ σ ⎠ ⎦⎥
⎣⎢
2
2 1/ 2
(14)
1/ 2
> ω3
(15)
ニューテーションダンピングにより最終のスピン軸角速度は増加する。
1.2.2 能動的ニューテーションダンピング
ガスジェット、磁気トルク、リアクションホイールなどで外力・内力トルクを作用させてニューテーションダ
ンピングさせる技術が開発されている。最小慣性主軸回りの回転を行なわせたい場合にも適用可能である。詳細
は省く。
1.3 2重スピン安定
2重スピン安定による姿勢制御は、搭載機器の向きを指向させたり(例えば通信アンテナを地球方向に常に向け
る)、静止プラットフォームを提供するためによく使用される。また、単体スピンでは不安定になり得る細長軸対
称型でも安定化が可能となる。実際、初期の通信衛星の多くが2重スピン安定を採用している。2重スピン衛星
5
宇宙システム工学資料(松永)
衛星の回転運動
は、図 8 に示すような一定の慣性モーメントを持つ本体(プラットフォーム)にある内部角運動量(ロータ)を
持つシステム(ジャイロスタット(gyrostat)と呼ぶ)と見なせる。構造柔軟性、非釣り合い効果、プラットフォー
ムとロータ間のベアリング摩擦などによる影響が運用上問題となる。
さて、この系の角運動量の{b}系成分は
ニューテーション角
H 1 = Iω1 , H 2 = Iω 2 , H 3 = J Pω 3 + J R Ω
(1)
b3
ここで
I:横(ラジアル)方向回りの全慣性モーメント
J P , J R :プラットフォームまたはロータの 3 軸回り慣性モーメント
ω1 , ω 2 , ω 3 :プラットフォームの慣性系に対する角速度成分
Ω :ロータの慣性系に対する角速度
1
1
Ω b
2
システムCM
H& 1 + ω 2 H 3 − ω 3 H 2 = 0
H& + ω H − ω H = 0
3
H
静止
プラットフォーム
トルクフリー時の運動方程式は
2
N
ω3
ω2
ωr
(2)
3
回転ロータ
b1
ω1
ラジアル方向
角速度
H& 3 + ω1 H 2 − ω 2 H1 = 0
図 8 2重スピン衛星
(1)式を(2)式に代入して、 Ω& = 0 (一定スピン)を仮定し、方程式を線形化すると次式が得られる。
ω&1 + nPω 2 = 0
(3)
ω& 2 − nPω1 = 0
ω& 3 = 0
ここで n P =
J Pω 3 + J R Ω
− ω3
I
(4)
(3)式より
ω1 = ω r sin ψ
ω 2 = ω r cosψ
ω 3 = 一定
(5)
ω12 + ω 2 2 、ψ = nP (t − t 0 ) 、 t 0 = n1−1atan 2(− ω10 , ω 20 ) 、ω10 , ω 20 は時刻
t 0 の値である。即ち、 nP はプラットフォームから見たω r のスピンレートである。
ここで、ラジアル角速度をω r ≡
トルクフリーであるので角運動量ベクトル H は一定の方向と大きさ
(
2
2
H = H1 + H 2 + H 3
)
2 1/ 2
=
(Iω r )2 + (J Pω 3 + J R Ω )2
(6)
を持ち、それと対称軸 b 3 のなす角であるニューテーション角 N は
tan N =
Iω r
ω
= r
J Pω 3 + J R Ω ω n
(7)
で与えられる。静止プラットフォームではω 3 = 0 である。
さて、単体スピン衛星では、エネルギー散逸がある場合、最大慣性主軸回りの回転は安定で、それ以外は不安
定であった。打上時制約、太陽発電要求など様々な制約を満たすために、スピン(ニューテーション)安定の問
題は最も重要である。今から示すように、もし十分な減衰が静止宇宙機(プラットフォーム)に与えられ、回転
部に作用する減衰効果による不安定化を相殺する場合、理想的な2重スピン衛星は安定化できる。このことをエ
ネルギーシンク法で示そう。
完全剛体の場合、回転運動エネルギーT は一定に保存される。
2T = Iω r + J Pω 3 + J R Ω 2 = 一定
2
2
(8)
エネルギー散逸がある場合は一定ではなく時間を経るにつれ減少していく。即ち
dT &
= T = Iω rω& r + J Pω 3ω& 3 + J R ΩΩ& < 0
dt
(9)
6
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衛星の回転運動
一方、外力トルクは働かないと仮定しているので、角運動量は保存され、その大きさは常に一定である。したが
って、(6)式より
(
即ち
)
dH
= 2 I 2ω rω& r + 2( J Pω 3 + J R Ω ) J Pω& 3 + J R Ω& = 0
dt
Iω rω& r = −ω n J Pω& 3 + J R Ω&
H
(
)
(10)
ここで
ωn =
J Pω 3 + J R Ω H 3
=
I
I
(11)
(9), (10)式は同時に成立するので、ω rω& r 項を消去して変形すると、
T& = − nP J Pω& 3 − nR J R Ω&
ここで n P = ω n − ω 3 , n R = ω n − Ω
(12)
(13)
さて、エネルギー散逸はプラットフォームとロータそれぞれから散逸されるので、T&P , T&R をそれぞれプラットフ
ォームとロータのエネルギー散逸レートとすると、
T& = T&P + T&R
と書ける。プラットフォームとロータは互いに独立にエネルギー散逸すると仮定すれば、(12)式より
T&P = − nP J Pω& 3 , T&R = − nR J R Ω&
と見なすことができ、これを(10)式に代入すれば、横(ラジアル)方向、即ち、ニューテーション運動のエネル
ギー散逸レートが求まる。
2
⎛ T& T& ⎞
d Iω r
Iω rω& r = ω n ⎜⎜ P + R ⎟⎟ =
= kinetic energy rate of nutation
dt 2
⎝ nP nR ⎠
(14)
ω r とω n は正と仮定しても一般性を失わないので、このとき、ニューテーション運動を安定化させるためには、
ω& r < 0 であることが必要条件である。このとき、(14)式から、必要条件は
T&P T&R
+
<0
nP nR
である。明らかに、 J R Ω >> J Pω 3 なので
J Ω
J Ω
n P = nS − ω 3 ≈ R − ω 3 ≈ R
I
I
J Ω
⎛J
⎞
nR = nS − Ω ≈ R − Ω = ⎜ R − 1⎟Ω
I
⎝ I
⎠
(15)
(16)
と近似できる。このとき、条件式(15)は次のように書き換えられる。
T&P T&R 1 ⎛ T&P
T&R ⎞
⎟<0
(17)
+
= ⎜⎜
+
nP nR Ω ⎝ J R / I J R / I − 1 ⎟⎠
T&P < 0, T&R < 0 に注意して、次の2つの場合を考慮して安定条件を求める。
1) J R > I : この場合、常に(17)式が成立する。エネルギー散逸が衛星のどこで起きようが問題ではなく、ダ
ンパーを衛星内部の任意の位置に設置すればよい。
2) J R < I : この場合、(17)式2項目の括弧内2番目の式(ロータ部)が正となる。したがって、安定化する
には、プラットフォーム部でのエネルギー減衰を次式を満たすように大きくする必要がある。
JR / I &
T&P >
TR
1− JR / I
(18)
ロータ部の減衰が相対的に大きくなり、上式を破ると不安定に陥ることに注意。この条件を満たすようにして、
最小慣性主軸回りのスピン衛星が実現可能となった。
ダンパーの数学モデルを具体的に与えて、運動方程式から安定条件を厳密に求める方法もある。ここでは省略
する。
7
宇宙システム工学資料(松永)
衛星の回転運動
小歴史: 2重スピン安定衛星は 1968 年の INTELSAT (International Telecommunications Satellite Organization) III で
初めて実証された。ただし、スピン軸は最大慣性主軸回りであり、比較的小さなプラットフォーム(アンテナ)
と大きなロータ部(ジャイロ剛性)を持っており、本質的に安定であった。この形式を取ると、打上時の覆い(フ
ェアリング)形状のため、ロータ直径に制限があり、衛星形状を大きくすることができず、1960 年代半ばから、
大型通信衛星の要求が強まって来ていた。米国空軍は、スピン軸が最小慣性主軸回りである細長形状の2重スピ
ン衛星を実験することを決意し、実験衛星 TACSAT (Tactical Communications Satellite)で実施することとした。重要
な問題は、細長形状時の安定条件を求めることにあった。ヒューズ社はこの条件を究明し、この衛星概念の特許
を取り、Gyrostat と命名した。2重スピン安定の議論はその時点では不完全ではあったが、空軍は TACSAT に採
用され、1969 年 2 月に打ち上げられた。その後、1971 年の INTELSAT IV 以降のシリーズに採用された。
1960 後半に P.W. Likins や R. Pringle ら他によっていくつかの厳密な安定条件に関する議論がなされた。最大慣
性軸安定規範が2重スピン安定には適用できないことは、V.D.Ladon と A.J.Iorillo によって独立に発見されていた
が、Ladon の 1962 年の最初の論文は不幸にも掲載を拒否されてしまい周知には至らなかった。そこではダンパー
内の力・トルク平衡を評価していた。1964 年に Ladon と RCA の B. Stewart はエネルギーシンク法を用いて論文
を発表した。エネルギーシンク法は過去に単体スピン安定に対して適用されていた。同じ頃、Iorillo はヒューズ
社で Gyrostat の概念を検討しており、1965 年に発表した。
2.一般形態のトルクフリー回転運動
2.1 回転運動の幾何学的解釈
主慣性モーメントが軸対象ではない宇宙機(剛体)について、その角速度と角運動量は、慣性主軸座標系{e}
において、
ω = ω 1e 1 + ω 2 e 2 + ω 3 e 3
h = I 1ω 1e1 + I 2ω 2 e 2 + I 3ω 3 e 3
(1)
であるから、
ω ⋅ h = I 1ω 1 2 + I 2ω 2 2 + I 3ω 3 2 = 2Trot
(2)
もしくは、
h 2T
=
= constant
(3)
h
h
となる。ここで、Trot は回転エネルギーである。(3)式は、ωの h 方向成分が一定であること、すなわち、ωは図 9
に示した平面 s 上を運動することがわかる。
(このことは、エネルギーと角運動量の各保存則のみから要請され
る。
)
ω⋅
図 9 不動面 s と不動線 ON
8
宇宙システム工学資料(松永)
衛星の回転運動
(a) I3 > I1 = I2
(b) I3 < I1 = I2
図 10 ポアンソーの楕円体と回転運動の幾何学解釈(軸対象の場合)
ここで、ポアンソー(Poinsot)の楕円体を考える。ポアンソー楕円体は、あるエネルギー状態時にωの描く軌跡
で、(2)式で定義される剛体の慣性主軸座標系に固定された楕円体である。この楕円体は平面 s に接している。な
ぜなら、点ωが楕円体上の点であること、(2)式の微分は d (2T ) = dω ⋅ h = 0 なので、そこでの接線は h に垂直であ
ることから示される。これからωが平面 s 上を動くにつれて、楕円体も共に動かなければならないことがわかる。
また、この楕円体は滑ることなく動く(何故か)
。ωが動くときに、s 上を描く軌跡をハーポールホード( Herpolhode
curve )、楕円体上を描く軌跡をポールホード( Polhode curve )と呼ぶ。図 10 参照。
もし軸対称であるならば、楕円体の 1 軸と 2 軸は半径が等しくなり、断面は円となる。また、ポールホード、
ハーポールホードともに円を描く。もし I3 > I1 = I2 であれば、(2)式を考えると 3 軸の半径のみが小さくなり、図
10(a)のようになる。逆の場合は図 10(b)のようになる。また、h、ω、e3 は同一平面にのる。
(一般的な場合は必ず
しもそうならない。
)
次に、ポールホード軌跡について考える。ωの慣性主軸座標系での座標を (ξ ′ η ′ ζ ′) とする。(1)式より、
角運動量楕円体
ξ ′2
η ′2
+
+
ζ ′2
(h / I1 )2 (h / I 2 )2 (h / I 3 )2
=1
(4)
(2)式から、エネルギー楕円体
(
ξ '2
2T I 1
+
) (
2
η '2
2T I 2
+
) (
2
ζ '2
2T I 3
)
2
=1
(5)
が導かれる。(4)式と(5)式は、それぞれ角運動量保存則、エネルギー保存則であり、それぞれ独立である。これら
を連立することにより、ポールホードの概形が分かる。
⎛
⎛
⎛
h2 ⎞ 2
h2 ⎞ 2
h2 ⎞ 2
⎟ζ ' = 0
⎟⎟η ' + I 3 ⎜⎜ I 3 −
⎟⎟ξ ' + I 2 ⎜⎜ I 2 −
I 1 ⎜⎜ I 1 −
2T ⎠
2T ⎠
2T ⎟⎠
⎝
⎝
⎝
(6)
これが成り立つためには、各項のうち少なくともひとつが負でなければならない。
(当然、少なくともひとつが正
でなくてもならない。
)一般性を失うことなく、I1 > I2 > I3 と仮定すると
I 1 > h 2 2T > I 3
である必要がある。 h
2
2T は一定値であることに注意せよ。
(5),(6)式よりζ ' を消去すると
⎞
⎛ h2
I 1 ( I 1 − I 3 )ξ ' 2 + I 2 ( I 2 − I 3 )η ' 2 = 2T ⎜
− I3 ⎟
⎟
⎜ 2T
⎠
⎝
(7)
を得る。これは、3 軸に垂直な平面への投影である。同様にして
9
宇宙システム工学資料(松永)
衛星の回転運動
⎛
h 2 ⎞⎟
I 2 ( I 1 − I 2 )η ' 2 + I 3 ( I 1 − I 3 )ζ ' 2 = 2T ⎜ I 1 −
⎜
2T ⎟⎠
⎝
(8)
⎞
⎛ h2
I 1 ( I 1 − I 2 )ξ ' 2 − I 3 ( I 2 − I 3 )ζ ' 2 = 2T ⎜
− I2 ⎟
⎟
⎜ 2T
⎠
⎝
(9)
を得る。これらはポールホードを各面に投影した図形を表す式であ
る。ここで、(7)式と(8)式は、右辺が正であることから楕円であるが、
(9)式は双曲線である。すなわち、1 軸(慣性モーメントが最も大き
い軸)と 3 軸(同様に最も小さい軸)近傍ではωは軸回りに回転運
動をするが、2 軸回りでは回転しないことがわかる。ポールホード
の概形は図 11 に示す。
h 2 2T = I 3 の時、(7)式より、(ξ ' , η ' ) = (0,0) となり、これは 3 軸回
りの単純スピンである。図 3 では 3 軸方向の楕円体頂点にあたる。
h 2 2T = I 1 である場合も同様に、1 軸回りのスピンとなる。もし
h 2 2T = I 2 であるならば、図 3 において (ξ ' , ζ ' ) = (0,0) の点に対応
するが、(9)式から傾きが
I (I − I )
ζ'
=± 1 1 2
ξ'
I 3 (I 2 − I 3 )
(10)
図 11 ポールホードと漸近線
なる漸近線(セパラトリクス)が与えられる。
2.2 慣性主軸回りの回転安定性
前述した一般のトルクフリー運動について、Euler 方程式を用いて解析的な扱いをする。ただし、厳密な扱いは
やや難しいので、ここでは安定性のみを議論する。すなわち、平衡状態から微小な擾乱を受けたときの応答のみ
を考える。まず、物体は 1 軸まわりに角速度ω0 で単純なスピンをしているものとする。すなわち、
ω 1 = ω 0 , ω 2 = ω 3 = 0 であるとする。このとき、微小な変動が加わり、ω 1 = ω 0 + ε , ω 2 = ω 3 = O(ε ) に変化した
とする。このとき運動方程式は
I 1ε& = ( I 2 − I 3 )ω 2ω 3
I 2ω& 2 = ( I 3 − I 1 )(ω 0 + ε )ω 3
(1)
I 3ω& 3 = ( I 1 − I 2 )(ω 0 + ε )ω 2
となる。 O(ε 2 ) のオーダーを無視すると、第1式右辺は 0 となり、εは一定であることがわかる。また、第 2 式
と第 3 式は、次のようになる。
⎛I −I ⎞
⎛I −I ⎞
ω& 2 = ⎜⎜ 3 1 ⎟⎟ω 0ω 3 , ω& 3 = ⎜⎜ 1 2 ⎟⎟ω 0ω 2
(2)
⎝ I2 ⎠
⎝ I3 ⎠
したがって、
⎡ ( I 1 − I 2 )( I 1 − I 3 )
ω& 2 + ⎢
⎤
⎡ ( I 1 − I 2 )( I 1 − I 3 )
ω 0 2 ⎥ω 2 = 0 , ω& 3 + ⎢
I2I3
⎣
⎦
この解は、Ωを定数として複素数表示すれば
ω j = Ω j1e iλt + Ω j 2 e −iλt
I2I3
⎣
( j = 2,3 )
⎤
ω 0 2 ⎥ω 3 = 0
⎦
(3)
(4)
ここで、
λ=
( I 1 − I 2 )( I 1 − I 3 ) 2
ω0
I2I3
(5)
である。もしλが実数ならば単振動(リアプノフ安定)を与える。λが虚数ならばωは発散する。すなわち、1
軸回りの安定な回転から次第に離れていき、ついにはε<<1 の仮定が成立しなくなる。したがって、
(リアプノフ)
安定条件は、 ( I 1 − I 2 )( I 1 − I 3 ) > 0 すなわち、
I 1 > I 2 , I 1 > I 3 又は I 1 < I 2 , I 1 < I 3
(6)
これは、回転軸の慣性モーメントが最大または最小である軸回りの回転が安定であることを意味している。これ
10
宇宙システム工学資料(松永)
衛星の回転運動
をテニスラケットの定理と呼ぶことがある。この結果は前節の結論を支持する。
2.3 内部エネルギー消散のある場合
剛体にはエネルギーを消散する能力はないが、現実の物体は必ずエネルギーを消散する。例えば、大きさのあ
る 2 つの球が衝突する場合、弾性衝突ならば力学的エネルギーが保存されるが、塑性変形をともなう非弾性衝突
の場合、
力学的エネルギーが減少する
(運動量は保存される)
。
もし回転している物体が剛体でないと仮定すれば、
その力学的エネルギーはなんらかの原因により減少する。
慣性モーメントが最大の軸まわりでスピンしているときの回転のエネルギーは、
h2
(7)
2T =
I max
また、最小の軸まわりでスピンしているときの回転のエネルギーは、
2T =
h2
I min
(8)
である。後者の方が回転エネルギーの値は大きい。
剛体の理論では、両者とも安定な回転であったが、剛体の仮定を取り除くと、後者すなわち最小の軸回りスピ
ンは安定でなくなる。というのも、エネルギーT が減少すると、(8)式を満たせなくなりスピンは最小軸回りでは
ありえなくなる。このあと徐々に慣性モーメントが中間の軸周りの回転にうつり、最終的に最大軸のまわりでの
回転に落ち着くことになる。ポアンソーの楕円体では、図 12 のように表される。
この現象は現実に起こった問題を検討するうちに考え出されたものである。その 1 例として、アメリカの最初
の人工衛星 Explorer I がある。これは、図 7 に示す形状をしており、4 本のターンスタイルワイヤアンテナが
エネルギーを消散し、図 7 のような対称軸回りの回転が保てなくなった(図 6 参照)
。結果として Explorer I は、
数時間の後に姿勢制御を失ったのである。こうして、図 12 の矢印に示すように、はじめ 3 軸回りで回転していた
衛星が、2軸周辺のタンブリング運動(回転の向きが頻繁に逆転する現象)を経て、セパラトリクスを横切り、
次第に 1 軸周りの回転に落ち着いていく。1 軸周りの左右どちらの回転になるかは、全くランダムで予想できな
い(初期条件に非常に鋭敏)
。運用上何らかの制御が実施される。
図 12 消散時のポールホード
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