BPDを中 - 精神科の真実

わが 国 の精神科 医療 現場 で は,解 離性 障害 ,な かで も解離性 同一 性 障
害 (dissociative identity disorder:DID)や 潜在型 の DIDと もい える特
定 不 能 の 解 離 性 障 害 (dissociative disorder,not otherwise specined:
DDNOS)は ,看 過 され ることの多 い精神 障害 で ある。安 ら Dは 自験 DID
症例 の検討 か ら,わ が 国 で は最初 に精神保健機 関 を訪 れてか ら DIDと 診
断 されるまで平均 4.6年 を要 してい た と報告 して い るが ,筆 者 の感覚 で い
えば,こ の期 間で さえも実際 よ り短 い とい う気 がす る。筆者 自身,10年
以上 にわたって DIDが 看過 されたまま,お 門違 いの治療がなされて きた
何人かの患者に遭遇 した ことがある。それは,た とえば大量 の抗精神病薬
を投与 されて,長 期間の精神科病院入院を余儀な くされてい る「統合失調
症患者」であ った り,あ るい は,過 量服薬や自傷行為 を繰 り返 して総合病
院救急外来 を頻回に利用 してい る「境界性 パー ソナ リテイ障害 (border_
line personality disorder:BPD)患 者」であった りした。
もっとも,筆 者 がそ う した患者の担当医に DIDの 可能性 を耳打 ち して
も,「 またまた ご冗談を」と一笑に付 されて しまうことがある。残念なが ら
,
わが 国の精神科医の一部 は,い まだに DIDを 詐病 まがい病態 か,あ るいは
,
一部 の「物好 き」精神科医の過剰診断が作 り出 した医原性の病態 と考えて
い るようである。 しか し,少 な くとも筆者 には,潜 在す る DIDに 気 づ く
ことで「札付 きの問題患者」の治療 に打開策 を得 た経験が何度かあ る。そ
れゆえに,鑑 別診断の引 き出 しに「解離性障害」 とい う選択肢 を常備 して
お くことは,ま ちがい な く臨床家 としての幅を広げると信 じてい るのであ
る。
本稿 で は ,解 離 性 障 害 と鑑 別 す べ き疾 患 と して統 合 失調 症 と BPDを 中
心 に取 り上 げ ,そ の 共 通 点 と相 違 点 につ い て整 理 してみ た い 。
解離性障害 と統合失 調症 の診断をめ ぐる問題
DIDや DDNOSと いった解離性障害はしばしば統合失調症 (schizophre―
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1.解 離性障害 と鑑別すべ き疾患
nia)と 誤診 される。 とい うの も,統 合失調症 の診断において重視 されて
きた Schneiderの 一級症状 は,実 は DIDに 特徴的な症状 だか らである。
Ross21に よれば,DID患 者 では Schneiderの 一級症状 は平均 して 3∼ 6個
認 め られ,統 合失調症 の平均 1∼ 3個 よ りもはるかに多 い とい う。解離性
障害でみ られる幻聴は,し ば しば交代入格一一あるい は,心 的外傷 に対す
る解離反応 によって主人格の意識活動 か ら隔離 ・区画化 された部分一―の
声 である。それ は,主 人格 に何 らかの行動 を指示する命令性幻聴 として体
験 され,複 数の交代入格間で議論が生 じれば,対 話性幻聴 として体験 され
ることもある.ま た,交 代人格 によって身体 を支配 され,主 人格 の能動性
が奪われてい る場合 には,主 人格 にとっては作為体験
(さ せ られ体験 )と
して体験 されるであろ う。
「幻聴 =統 合失調症」 とい う思 い込みに縛 られてい る精神科医 は少な く
ない。特 にわが国の精神医学 は,伝 統的に ドイツ精神医学にならって発展
して きた歴史があ り,精 神科医に とって何 よ りも重要なのは統合失調症を
見逃 さないこ ととされて きた。そ う した状況 を岡野 のは 私が臨床家 と
,「
して新人であ った 1980年 代初頭 の話 で あるが,潜 在す る schizophrenia
をわずかな徴候か らかぎ取 ることは,む しろ臨床家 としての熟練 と慧眼を
意味するものと考える風潮があった」 と回顧 をしてい る。 しか し実 は,筆
者が精神科医 となった 90年 代前半に至 って もなお,大 学医局 ではそのよ
うな指導が行われていたのである。 したがって,「 幻聴 はその患者 の診断
が統合失調症であることの最大 の証拠」 と信 じる,そ そ っか しい精神科医
の量産は,む しろ当然 のな りゆきであ つた
.
い まや Schneiderの 一級症状 は,も はや統合失調症診断 にお ける「一級
症状」 としての価値 を失ってい るのか もしれない.Rossの は,虐 待経験 の
あ る統合失調症患者 は解離体験尺度 (Dissociative Experience Scale:
DES)の 得点が有意 に高 く,さ
らに,DES得 点 の高 さは Schneiderの 一
級症状 の多 さに関連 してい ることを明 らかにしてい る。 この結果 は,統 合
失調症に特徴的なのは陰性症状 であって,陽 性症状 は基本的に解離性 の症
状 であ る可 能性 を示唆す るもの とい える。van der Hartら のも指摘す る
ように,今 日,一 級症状 だけを根拠 にして統合失調症 の診断 を下 してはな
らず,む しろ陰性症状 に注意を払 う必要があるわけである.そ れ どころか
,
多彩 かつ豊富な一級症状が存在す る場合 には,逆 に解離性障害の可能性 を
考慮す る必要がある
.
以下に,解 離性障害 と統合失調症 との鑑別点について詳述 したい。
ギ・
驚
ゴ
‐
義幻聴における鑑別点
i:IⅢ
(表 1)
●幻聴の持続性
解離性障害 の幻聴 は一過性 もしくは断続的に消長す る傾 向があ り,一 方
,
統合失調症 は比較的持続的 に出現す る傾 向があ る。
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