新里カオリさんの場合 Part3 - 中国経済産業局

脱・都会! 地方に移住した若者たち
東京都区→広島県尾道市
新里カオリさんの場合
Part3
総務企画部 広報・情報システム室
TEL 082-224-5618
このコーナーでは、東京や大阪などの都会から、地方に移住し、充実した生活を送って
おられる方をご紹介します。
連載第1回は、東京都から広島県尾道市向島に移住し、株式会社立花テキスタイル研究
所の代表取締役を務める 新里カオリさんにお話しを伺いました。
新里さんは、
東京の美術大学でテキスタイル
(※)
を学んでいました。大学院を卒業したら、
海外に留学して激しいデザインの世界に身
を置きたいと考えていた彼女が、
尾道の向島
に移住することになった理由は?
尾道との出会いから現在までの歩みをご紹
介します。
Part1 では、新里さんの尾道との出会いから尾
道帆布展開催まで、Part2 では、移住までの道
のりと I ターンの心構えをご紹介しました。最終回の Part3 では、新里さんが代表取締役
を務める株式会社立花テキスタイル研究所の地域に根ざした事業をご紹介します。
Part1 を読んでいない方はこちら、Part2 を読んでいない方はこちらをご覧ください。
(※)テキスタイル・・・繊維全般や染織に関する材料や原料、またはそれらを用いた表現。
株式会社立花テキスタイル研究所の事業内容を教えてください。
大きく3つあります。
まずは、綿花栽培。耕作放棄地を利用して綿花を栽培しています。全国的にもそうですが、ここ尾
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道市向島も耕作放棄地や後継者問題を抱えている畑がたくさんあります。自分たちも綿花を栽培し
たいと思われている農家さんもあれば、もう自分たちは栽培し
ないので、自由に使ってくださいと、農地を提供してくださる農
家さんもあります。そうした農家さんと契約して、綿花を栽培し
ています。今年は向島で 2,000 坪の畑を契約させてもらいま
した。
綿花栽培はすごく簡単で、条件が悪い土地でも栽培しやすい
という長所がありますが、草取りや収穫など、すべて手作業でし
なければならないので、とても手間がかかり、それだけ人件費も
かかります。そこをどううまくやろうかなと考えたときに「ワークショッ
プ」という手法を思いつきました。種をまく、草を取る、収穫する、
種を取る、といった一連の作業をワークショップにして、普段土
に触る機会のない都心部のお客様に参加していただいていま
綿
す。
尾道に行ってみたいと思っている人はたくさんいるのですが、なかなかきっかけがない。こういうワークショ
ップがありますよと情報発信すると、こんなことにも参加してみたいし、尾道にも行ってみたかったという
方が来て下さいます。
綿花栽培は7年目を迎えました(綿花栽培を始めたきっかけはこちら(立花テキスタイル研究所ウ
ェブサイト)をご覧ください)。プランターから始めて、種を無料配布して、少しずつ一緒に育てる仲
間も増えてきました。他の地域で綿花栽培をしている団体や個人の方からお問い合わせをいただい
たり、見学に来ていただいたり、さらにはインターンを希望される方が増えました。地道な取組が思って
いた以上の効果を生みました。とりあえずここに来ていただくということが大事だと思っているので、そう
いう意味では商品はお店があればエリアは関係なく自由に飛んでいけますが、綿花は土から生えてい
るものなので、この場所に来ないと見られません。人を呼ぶにはとてもいいコンテンツです。
二つ目の事業は、廃材を活用した染色材料の製造です。
尾道は、キウイ、桃、スモモなどが特産で、農家さんは毎年
冬に枝を剪定します。また、行政でも街路樹や公園の木を
剪定します。剪定した枝は捨てられるだけなのですが、実は
この枝はとても優秀な染色材料になります。農家さんから剪
定した枝を買い取り、粉砕加工して染色材料として自社で
染色材料・助剤
利用、また販売も行っています。剪定した枝以外に、鉄鋼
所で出る鉄粉も染色
材料として利用しています。鉄鋼所では船を作るときに鉄板をカ
ットするのですが、その際にとても目の細かい鉄粉が出ます。この
鉄粉を買い取って、染色材料として利用しています。
鉄粉プリントのブックカバー
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作品や商品をつくるとき、スタートの時点でものすごくエネルギーコストがかかっているものが多いので、
そこにジレンマを感じていました。でも、今取り組んでいる染色材料は、農家さんが剪定した枝とか鉄
鋼所から出る鉄粉、使わない畑など、「いらない」という評価がされているマイナスのものなんです。マイ
ナスからゼロではなく、そこを飛び越えてプラスになるという感覚がすごくあります。プラスからよりプラスに
というのは簡単ですが、あまり私自身がそこにやりがいを感じられなくて、「これで世の中にこの素材が
あるというこことが認められた!」というのを実感するためにものづくりをしている気もしています。
三つ目は、染めや織りなどの日本の伝統的な産業を復興すること。もう一度“はやり”を呼ぶのではな
く、後継者を育てることを考えています。今、力をいれているのは柿渋。漁業が盛んだった頃は、備後
地方では柿渋をあちこちで作っていました。綿でできた漁網に柿渋を塗って、防水性と強度を加えて
いました。漁網がナイロンになってから、柿渋も使われなくなり、10 年くらい前には、備後の柿渋がほ
ぼゼロになったと言われています。それはあまりにももったいな
いこと。備後地域は柿が特産品なので、どうしても青柿もセ
ットで手に入ります。それを何とかできないかと、個人や NPO
の方と協力して柿渋を復興させることができました。今、3
箇所で柿渋を作ってもらっています。柿渋のレシピをきちんと
作って情報提供したり、できあがったものが売れるシステムに
ついても考えています。当社でも、柿渋染めのエプロンやバッ
グを製作しています。染めは、染工所にお願いしています。
当社で手作業で染めることもできますが、私たちで完結して
柿渋染めのバッグ
しまうと、人の広がりや人材雇用に発展していかないので。
立花テキスタイル研究所の体制。
社員は私を含めて4人、パートさん・アルバイトさんが3人で合計7人です。そして全員がIターン
者です。
若者の就職について。
当社の社員やアルバイトは、私も含めてIターンです。Iターンできた子たちは、学生時代に尾道帆
布展に参加したり、NPO や尾道帆布の工場にインターンで来ています。4年前、大学1年生のとき
にインターンで来ていた子が、この春に卒業してうちに就職しました。衝動的でない、就職の仕方とい
うのが、特に地方の雇用にはいいんじゃないかと思っています。日本の就職活動は、あまりにも雑だと
思います。企業も学生も。卒業だから就職しなきゃとか、みんながやってるからしなきゃと。何十年もの
時間を捧げることになるかもしれない企業と、そんな雑な見方で出会えるはずがないと思うのと、企業
の側も本当にいい人材が欲しいのかなと不思議に思います。最初の1年、2年は会社にとってプラ
スになる動きができるわけではない。何年か育てても、結局相性が合わなくて辞めてしまったり。こうい
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うことは、日本の経済力や国力の衰えにつながるんじゃないかと思っています。若い人が仕事につくと
いうきっかけを、もっときちんと考えないと、この国の経済は安定していかないと思っています。うちで受
け入れるインターン生は、大学1年生のときに来て、就職を考えるまでに3年半あるので、その間何
回も遊びに来るんです。ここにはこんないいところがあるんだなとか、その都度自分の力で実感する。
自分はもしかしたらここに来るかもしれないと思って来ているので、積極的に町の人に話しかける。そう
すると何となく町の民俗性が分かってきたり、家賃の相場が分かってきたり、心の準備が十分にできま
す。こういう衝動的でない就職なら長続きすると思います。
今後の夢。
向島で、綿を育てたり、羊を育てたり、クリーンエネルギーだけでものづくりをする村を作りたいと思って
います。この地域の資源をより活用したものづくりをしたいです。それから、一番は、地元の子ども達が
いつでも遊びに来られる会社にしたい。以前、カンボジアに行ったときに、途上国であるカンボジアの方
が、先進国の日本よりずば抜けてすばらしいところがたくさんあると感じました。教育や保険などは断
然日本の方が優れているけれど、カンボジアでは子ども達は0歳からお母さんにおぶわれて、お母さん
の仕事を同じ目線でずっと見ていて、中学生になったら立派な職人さんになっているんです。人材育
成の部分で比較すると、日本は大学を出ても何をしたいか決まっていない学生が多くて、それを考え
ると、日本とカンボジアはスタート時点が 20 年違っています。カンボジアの子ども達には選択肢はない
のですが、幼くしてプロフェッショナルな道が築かれています。日本の子ども達は、学校で学力や常識
は得られても、自分で生きる力をどういうふうに得られるのかを考えたときに、昔みたいに学校帰りにラ
ンドセルを背負ったまま町工場にきて、何かを作っているところを見る機会とかそういうものが大事なん
じゃないかと感じました。だから、オープンな会社にして、島の子は見学やお手伝いができるようにした
いです。最近はこの妄想ばかりしています。
番外編 尾道との運命を感じる家。
今のお住まいは?
現在は、尾道市向島に住んでいます。かれこれ8年くらい。今の家にはガスがありません。お風呂は
五右衛門風呂。せっかくこちらに越してきたので、そういう資源も楽しみたいなと。車で走っていても、
「(染料になる)あの植物がこんなところに生えてる!」とか、「あんなところに薪になりそうな倒木があ
る。捨てるのかな?」とか、こんなことばかり考えています。時間があるときは車を停めて、いきなりピン
ポーンと訪ねていって、「あの木どうするんですか?捨てるならください!」と突撃取材のようなことをして
います。こんなところからいいお付き合いが始まっています。必要なものがあると、地元の方に話しかけ
ていかないといけないので、便利とはいえない生活も、地域に溶け込むいいきっかけになったなと思って
います。
実は、今住んでいる家にはすごいご縁があって。今の家は、地元の方に探していただいたのですが、
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大家さんが大阪にお住まいでした。家を貸して欲しいと私からお電話をしましたが、大家さんは最初
断ろうと思っていたそうなんです。でも電話で断るのも悪いので、掃除ついでに向島に帰って、会って
断ろうと思っていたそうです。大家さんにお会いして名刺を渡して、実はこういう理由でこちらに移住し
ていますとお話しすると、移住の理由も地域のためになると思ってくださり、さらに、その大家さんは、最
初に尾道に行ったら?と言ってくれた友達のお母さんと同僚で、机を並べて仕事をされていたそうなん
です。「あなたの名刺が、私の隣のデスクの同僚のデスクマットの下に入っていた。毎日君の名前を見
てたから、これはもう断れないなぁ。」と言ってくださり、借りることができたんです。最初の尾道との出会
いがこんなところでつながりました。
取材の日は、雨が降る肌寒い日で、立花テキスタイル研
究所では薪ストーブが焚かれていました。隣の尾道帆布
の工場から漏れ聞こえる帆布を織る機械の音、事務所で
はバッグを縫うミシンの音と薪がはぜる音、外からは雨の音、
色々な音に包まれて、どこか違う世界に迷い込んだような
雰囲気の中での取材でした。
お忙しい中、長時間の取材にお付き合いいただいた、新
里さん、本当にありがとうございました。
3回にわたってお届けした新里カオリさんの尾道への I ターンはいかがでしたでしょうか。次回以降もこ
の連載は続きます。ご期待ください。
◆株式会社立花テキスタイル研究所
http://tachitex.com/?year=2015&mon=2
◆NPO 法人工房尾道帆布
http://www.onomichihanpu.jp/?home
◆尾道帆布株式会社
http://www.onomichihanpu.jp/?page_id=5
経済産業省 中国経済産業局 広報誌
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Copyright 2015 Chugoku Bureau of Economy , Trade and Industry. 5