忘れられない表情鎌上 彩(長野市)

忘れられない表情
鎌上 彩(長野市)
改札を出ると、最初に小さなおやき販売所が目に飛び込んでくる長野駅に人生で初め
て降り立ったのは去年の初夏。この時の長野駅の表情はずっと忘れないであろう。
彼が突然、東京から長野へ転勤になったからだ。遠距離恋愛の始まりであった。交際
して、1年が過ぎた頃だった。彼からの転勤の知らせは、離れるなど想像もしていなか
った私の心に雨を降らせていた。
そんな晴れない気分とは裏腹に、初めて長野駅に降り立ったときはすっきりと晴れてお
り、東京より涼しくとても過ごしやすい気候だという印象であった。
キャリーバックを引いた観光客が多く降り立って、善光寺口をみんながめがけていたよ
うに思う。そんな中、私たちは観光客とは逆の方向へ向かって彼の新居へ向かった。長
野のデートは善光寺や、戸隠神社や、おやきの食べ歩きなど、どんどん長野の魅力に魅
かれていった。
しかし、日曜日の夕方はキャリーバックを引き、お土産をたくさんぶらさげた観光客とは
異なる感情を抱いたまま、長野駅を後にしていた。
涼しいという気候から肌寒く感じる季節に変わり始めた頃、彼が「長野に一緒に住んで
ほしい、長野に来てほしい。」と。私は二つ返事で長野市に引っ越すことを決意した。そ
して来月、入籍をすることが決まっている。
現在の長野駅は、初めて私が降り立った去年の初夏の時の表情とは変わっていた。季
節もすっかり変わり、今では街の顔は真っ白に化粧をしている。金沢までの開通予定の
新幹線や、駅前の商業施設なども新たに加わり、ますます便利になり駅の表情は変わ
ることだろう。それでも、人々の中にある長野駅の表情や、思い出は風化せず残ってい
てほしいものだと思う。
私が初めてみた、小さなおやき販売所はない。それでも、最初に駅に降り立ったときの
小さなおやき販売所が私にとって長野駅の表情であり、思い出である。