近代日本における底辺民衆の行動 ─朝鮮人労働者との関係を中心に─ 藤田貴士 1.概要 本報告では、1920 年代における底辺民衆の朝鮮人労働者に対する行動を検討することで、 その背後にある日常の生活やかれらの心性について分析を行う。対象地域は神戸とする。 2.研究目的 底辺民衆についてはひろたまさきによる定義(1)があるが、本報告では自由労働者全般を 指し示すものとし、仲仕や船夫、人夫、土方、手伝などの労働者を対象とする。かれらは 総じて不安定な労働と生活を営んでいたが、帝国日本の支配構造においてはより最底辺に 朝鮮人労働者が位置付けられ、底辺民衆による抑圧や差別、暴力が日常的に行われていた。 本報告では、朝鮮人労働者に対する底辺民衆の行動の中にある差別的・排外的な暴力の 問題を取り上げ、関東大震災時の朝鮮人虐殺につながる日本民衆の心性について考察する。 3.先行研究 近代日本の民衆が帝国臣民として他者を抑圧していく問題については、ひろたまさきの 「帝国意識」という問題提起(2)や、松沢哲成の言及もあるが(3)、両者は実証研究ではない。 在日朝鮮人史に関しては、京阪神における朝鮮人労働者の就労実態を分析した河明生 (4)、 就業構造や労働条件などを分析した西成田豊(5)があるが、朝鮮人労働者の生活実態が分析 されていない。大阪における朝鮮人の生活を取り上げ、 「地域からの世界史」を構想した杉 (6) 原達 や、戦前における在日朝鮮人の労働と生活の実態解明を試みた外村大 (7)は、生活史を 主軸とする一方で、支配構造に対する抵抗(運動)の問題が後継に退いている。朴慶植が 提起した運動面に留意して「支配-生活-運動(抵抗)」の三層を連関的に把握する視座を 打ち出し、運動の中にある在日民衆の日常の生活や心性について分析した趙景達(8)でも、 在日民衆の具体的な行動を丹念に検証する作業が不足している。 4.研究方法 本報告では、朝鮮人労働者に対する底辺民衆の行動として喧嘩騒ぎを検討する。両者は 労働と生活の両面で対面する機会が多く、賭博や賃上げ要求では協同する側面があった。 だが、些細なことから生じる喧嘩騒ぎには、朝鮮人労働者に対する差別的・排外的な暴力 の問題があった。そこで、趙の「支配-生活-運動(抵抗)」という視座に立脚し、両者の 就労実態や生活実態について言及することで、協同の一方で暴力の問題が厳然と横たわる 日本民衆と在日民衆の複雑な関係、かれらの日常の生活や心性について考察を深めたい。 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) ひろたまさき『文明開化と民衆意識』(青木書店、1980 年)57-58 頁。 ひろたまさき『日本帝国と民衆意識』(有志舎、2012 年)。 松沢哲成『天皇帝国の軌跡』(れんが書房新社、2006 年)。 河明生『韓人日本移民社会経済史 戦前篇』(明石書店、1997 年)。 西成田豊『在日朝鮮人の「世界」と「帝国」国家』(東京大学出版会、1997 年)。 杉原達『越境する民』 (新幹社、1998 年)。 外村大『在日朝鮮人社会の歴史学的研究』(緑蔭書房、2004 年)。 趙景達『植民地期朝鮮の知識人と民衆』(有志舎、2008 年)第九章・第十章。 12
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