戦後日本におけるロシア民謡の受容と変容 ―訳詞を作った人たち― 浜崎慎吾 1. 研究の概要 1950~60 年代の日本は民謡を中心とするロシア・ソヴェト大衆歌謡(所謂ロシア民謡) がブームだった。同時代に流行したアメリカのフォークソングと違い「ロシア民謡」は殆 どが日本語訳詞で歌われてきた。日本におけるロシア民謡の受容追究の重要ポイントは、 原詩と訳詞の比較にあると考え研究してきた。80 曲前後の歌詞カードを作成し、そのうち の 13 曲の代表的な歌詞について考察し、中間的な結果を修士論文とした。修士論文で扱っ た素材をもとに、大きな論に組み直すために修士論文ではできなかった視点での分析を開 始し博士課程 1 年目の総括として前回の発表では、逐語訳と実際に歌う曲のための日本語 訳詞はどこが違うのか、曲の構成要素としての歌詞の特徴を、80 曲の全体的傾向として論 じた。 2. 今回の発表内容 前回は以下の 4 分類に当てはまる原詩と訳詞の歌詞全体あるいは部分を比較して論じ た。 1) ソ連、共産主義的な色彩を排除する傾向 国内戦や第二次大戦前後に作られた戦時歌謡、社会主義讃歌に見られる特徴 のうち、著しい軍事色や思想色の言い換えや省略をした歌詞 2) 逆に、ソ連への関心、あるいはロシアへの憧れ、異国情緒をかきたてる歌詞 3) 生活習慣・文化・歴史的背景の差異のために理解しがたいと思われる現象を省いたり 別の内容に置き換えられている歌詞 4) 日本の歌らしさへの調整をした歌詞 今回は、上記分類の訳詞を担った人の当該歌詞(原詩)に対する視点と解釈が、結果 と しての訳詞作品にどのように現われているのかを観察する。対象は、関鑑子、北川剛、井 上頼豊、蒲生眞郷の 4 氏とその作品(訳詞)の予定。筆者の主観で今後も訳詞の分析をす る一方で、訳詞者たちの原詩に対する捉え方は常に意識しておく必要があると考える。そ のことは、訳者の来歴、ロシア観、ソ連観、訳以外の著作の文体との類似性、歌の役割に ついての認識など、様々な問題と関わってくると予想している。 3.今後の方向性 対象曲(歌詞)約 80 曲についてより深い観察と分析を進めると共にジャンルの異なるロ シア大衆歌謡との比較、研究進展の状況によっては、アメリカ大衆歌謡の戦後の同時期の 日本での受容との比較など、比較文学の要素からの考察も必要であると考えている。その うえで、全体研究会での発表を骨子とする内容をプロジェクト研究誌での発表に進展させ たい。 9
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