腹腔内感染症に対する抗菌薬の投与期間を短縮する試験 Trial of Short-Course Antimicrobial Therapy for Intraabdominal Infection N Engl J Med 372; 1996-2005, 2015 5 研究の背景 腹腔内感染症の治療を成功させるためには、解剖学的な感染巣の処置と抗菌薬投 与の両方が必要である。しかし抗菌薬の適切な投与期間は不明である。 10 15 方法 適切な感染巣管理ができた複雑性腹腔内感染症の患者 518 人を、次の 2 群にラン ダムに割り当てた。 対照群;発熱、白血球増加、および腸閉塞が改善してから 2 日後まで、抗菌薬を投 与する(最大 10 日間)。 実験群:4±1 日の固定期間、抗菌薬を投与する。 主要評価項目(プライマリ・アウトカム)は、外科処置部の感染、腹腔内感染の再発、 当該感染巣の処置後 30 日以内の死亡とした。 第 2 評価項目は、治療期間と感染の再発率とした。 結果 20 25 外科処置部の感染、腹腔内感染の再発、死亡は実験群で 257 例中 56 例(21.8%)、 対照群では 260 例中 58 例(22.3%)発生した(絶対差:-0.5%ポイント、95%信頼区間 [CI]:-7.0〜8.0、P=0.92)。抗菌薬投与期間の中央値は、実験群で 4.0 日(四分位範 囲 4.0〜5.0)、対照群では 8.0 日(同 5.0〜10.0)であった(絶対差:-4.0 日、 95% CI:-4.7-3.3、P <0.001)。主要評価項目や第 2 評価項目について、2群間で有意な発 生率の差は認められなかった。 結論 適切な感染巣管理を受けた腹腔内感染の患者において、約 4 日の固定期間の抗菌 薬の投与は、生理学的な異常が消失するまで抗菌薬の投与を延長した場合(約 8 日)と同様のアウトカムであった。 1 解説 複雑性腹腔内感染症の治療の基本的な概念は、他の感染症と同じである。 1.全身性炎症反応症候群(SIRS)を有する患者は、まず初期蘇生#1 5 10 15 20 25 30 2.汚染した感染巣を制御する:感染組織や壊死組織を除去する 3.残った病原体を根絶するために、抗菌剤を投与する しかし、抗菌剤の適切な投与期間は、依然として不明である。 複雑性腹腔内感染症の患者の死亡率は、大規模な観察研究において 5%、高齢 者や重病患者コホートにおいて 50%近くになるといわれる。 医師は習慣的に、SIRS のすべての項目が収束するまで、抗菌剤を投与する。典 型例では 7〜14 日間におよぶ。最近では、適切な感染巣管理ができた症例では、3 〜5 日の短期間の抗菌剤投与で治癒が期待でき、その分、抗菌剤耐性を誘導するリ スクを軽減できる、と言われる。現在のガイドラインは、臨床経過に応じた 4〜7 日間 の抗菌剤投与を推奨している#2。 これらの推奨があるにも関わらず、多くの観察研究によると、抗菌剤はだいたい 10 〜14 日間投与されることが多い。腹腔内感染症においても、現在の抗菌薬の平均投 与期間は 10〜14 日である。投与期間を短縮するのが困難である大きな理由の一つ は、治療後の感染合併症が 20%見られることである。しかし、こうした合併症の原因 は、元の疾患の進行や、元の感染巣の管理が十分でなかったことが多く、抗菌薬の 投与だけでは防げなかった可能性が考えられる。腹腔内感染症の治療では、感染巣 の管理が大きなポイントだと思われる。 今回の研究において、実験群は抗菌薬への曝露が有意に少なかった。このデータ から判るのは、感染巣が適切に処置された場合、抗菌薬の全身投与が有益なのは、 最初の数日間に限られるかもしれない、という事である。これまで敗血症の兆候が続 くのは病原体の感染と増殖が続いているためだ、と考えられていた。しかし最近の実 験データからは、遷延する SIRS は病原体の存在よりも、宿主の免疫応答をより反映 しているのではないか、と示唆される。こうした知見により、敗血症の兆候やマーカー がまだ続いている間でも、抗菌薬投与期間を短縮する流れが現れてきた。こうした取 り組みはすでに、人工呼吸器関連肺炎などの重篤な感染症の治療で成功している。 本研究において両群ともに、感染性合併症の率は 20%以上見られた。これらの合 併症のほとんどは、腹腔内感染症の再発であった。両群の抗菌薬の投与日数には 大きな差があった点から、感染性合併症の発生に抗菌薬投与期間の長短は影響し ていないと考えられた。 35 #1 血管内容量とバイタルサインを回復させること #2 外科感染学会 SIS と米国感染症学会 IDSA の合同ガイドライン 2 表1.実験群と対照群の臨床所見 実験群 主要評価項目の発生率 対称群 年齢 男性 数(%) 最初の感染症の特徴 WBC 最高値 (/μL) 体温の最高値 対称群 実験群 有意差はなかったが、実験群 (短期投与)の発生率の方が、 むしろ少ない傾向であった 肝・胆道系感 染症は含ま れていない 感染臓器 (%) 大腸、直腸 虫垂 小腸 評価項目発生までの日数 感染巣の管理方法 対称群 経皮的ドレナージ 実験群 切除、吻合ないし閉鎖 外科的ドレナージ 切除とバイパス吻合 創閉鎖 外科的ドレナージとバイパス吻合 腹腔内感染症は、他の感染症に比べると、 治療後の再感染などトラブルが多いのが特徴 表2.主要評価項目と第 2 主要評価項目 対称群 実験群 主要評価項目:外科処置部の感染、腹腔内感染の再発、30 日以内の死亡 短期投与だと 合併 症が早 く 発見される (=実験群) 手術部位の感染 腹腔内感染の再発 死亡 発生時期 (感染巣の処置からの日数) 外科的ドレナージとバイパス吻合 第 2 評価項目 耐性菌による、手術部位の感染と腹腔内感染症の再発 腹腔外の感染症 人数(%) 人数(%) 総数 尿路系 血液 肺 皮膚(手術部位以外) 血流カテーテル クロストリジウム・デフィシル腸炎 耐性菌による腹腔外の感染症 3 発生時 期以外の項 目で有意差 はなかった 腹腔内感染の再発の診断日 死亡
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