孤独感の低減に及ぼす 社会的スキル訓練の効果に関する実験的検討 相川 充 (1999) 社会心理学研究 14(2) 95-105 文学部心理学専攻 武藤ゼミ SK 2008/10/10 問題 本研究での孤独感の定義 孤独感は、個人の社会的相互作用に関する願 望レベルと、現実の達成レベルとが一致しないと きに生起する不快かつ主観的経験である。 (Peplau & Perlman, 1982) 問題 この定義によれば、 孤独感が生起する理由は、願望レベルが達成 レベルよりも高すぎるか、達成レベルが願望レベ ルよりも低すぎるかの、いずれかである。 このうち、後者の達成レベルが低い場合の一要 因として社会的スキルの不足が考えられてきた。 (Gambrill, 1995 など) 問題 社会的スキルの不足は、対人場面での稚拙な行動を 生み出す。 稚拙な対人行動は、他者との相互作用を不快で不満 足なものにする。 その結果、当人は対人接触を避け、周囲も心地よくな い結果をもたらす人物との接触を避けるようになる。 問題 認知的特徴 低い自尊心、自分の内体験への過度な関心、他者の 行為や意図についての独特な帰属スタイル、否定的あ るいは拒否的な他者評価などが報告されている。 感情的特徴 強い対人不安や緊張、悲観的で抑鬱的、意気消沈し ていて弱い幸福感や満足感などが指摘されている。 問題 社会的スキルの不足 対人関係の 形成を阻害 対人関係の 形成を阻害 孤独感を強める 孤独感に関する社会的スキル欠如仮説(相川,1998) 問題 この仮説によれば、 孤独感を低減させるには社会的スキルの欠如 や不足を補い、社会的相互作用の達成レベルを 引き上げて、願望レベルに近づければよいとい うことになる。 実験Ⅰ 目的 従来の研究を踏まえて、孤独感の低減に及ぼ す社会的スキル訓練の効果を、統制群を設定し た事前-事後テストによって、実験的に検討する。 訓練内容は、相川ほか(1993)の結果に基づ き、自己表現スキルと会話維持スキルを扱う。 孤独感に付随する認知・感情の変化(対人不 安、セルフ・エフィカシー、自尊心)についても検 討する。 実験Ⅰ 被験者 国立大学T大学の2年生女子480名に「大学生 の意識調査」の名目で、改訂版UCLA孤独感尺 度邦訳版(工藤、西川 1983)20項目を実施した。 全体の平均点は37.3(SD=9.34)であった。 孤独感尺度の高いものから順に、電話で学生 名簿からランダムに選んだ結果であると告げ、1 回目の実験への参加依頼を行った。 実験Ⅰ 被験者 また、 実験の目的は「女子大学生の会話行動に関する 研究」とした。 1回目の面接において、残り7回の実験参加お依 頼した。 実験者効果を防ぐために、「訓練」という言葉は 用いずに、「会話の練習」という表現を用いた。 実験Ⅰ 被験者 全8回の実験参加を承諾し、実際に最後まで参 加した18名を本研究の被験者とした。 (当初は22名だったが、4名が途中脱落) 被験者の孤独感尺度の平均点は53.89 (SD=5.4)レンジは47~66点であった。 被験者は実験群と統制群に交互に振り分けた。 実験群9名の孤独感平均得点は55.44(SD=6.06) 統制群9名の孤独感平均得点は52.33(SD=4.44) 実験Ⅰ 手続き (1)実験群 1. 実験状況 実験群の被験者1名に対して、実験者1名、 ビデオ撮影などの補助者1名が訓練を実施し た。 訓練は、各被験者につき連続した日にちには 行わずに週2回、1回約40分、4週間にわたり 全8回行った。 実験Ⅰ 手続き (1)実験群 実験室内では、被験者と実験者は机を挟んで対 面して座った。 実験者の隣にビデオカメラを設置し、その後ろに 補助者が位置した。 なお、ビデオカメラでの撮影については予め被験 者の了解を得た。 実験Ⅰ 手続き (1)実験群 2. 訓練プログラム 第1回:訓練前の評定用ロールプレイ、今後の訓練方針の説明 第2回:「誉め方」 第3回:「不満の述べ方」 第4回:「自分の立場の守り方」 第5回:「共感の示し方」 第6回:「会話の維持」 第7回:「会話の主旨の伝え方」 第8回:訓練後の評定用ロールプレイ、質問紙調査 実験Ⅰ 手続き (1)実験群 第2回から第7回までの訓練においては、次 の基本的な訓練技法を用いた。 ① 説明 ② モデリング ③ ロールプレイによる行動リハーサル ④ フィードバック ⑤ 宿題 実験Ⅰ 手続き (1)実験群 ① 説明 各スキルの具体的内容と各スキルを会得した場合の利点に ついて説明した ② モデリング 各スキルのモデリング用のビデオを試聴させ、その解説およ び話し合いを行った。 モデリング用ビデオには、モデルが上半身のみ正面向きに 映り、その相手は声のみが入っている。ナレーションによって 場面が説明され、モデルは「不適切なスキル」と「適切なスキ ル」の例を示した。 実験Ⅰ 手続き (1)実験群 ③ ロールプレイによる行動リハーサル 各スキルにつき2場面を提示し、実験者を相手に実演させ、 それを録画した。 ビデオを再生して被験者に見せ、改善すべき点を話し合い、 適切に行動化できるように繰り返し練習させた。 ④ フィードバック 行動リハーサルの結果に対して、また、後述する「宿題」の 報告に対して、正の社会的強化を与え、訓練に対する被験 者の動機を維持・促進させた。 実験Ⅰ 手続き (1)実験群 ⑤ 宿題 スキルの般化を狙い、各スキルを日常場面で使う課題を 与えた。課題とそれに対する報告欄のあるワークシートを被 験者に渡し、次回に持参させ、その結果を報告させた。 実験Ⅰ 手続き (1)実験群 第1回と第8回での評定用ロールプレイ時の教示 「今からある場面を提示します。あなたがそのような場面にい るとして、あなただったらどんな言い方や振る舞いをするか実際 にやって見せてください。相手は私(実験者)がやりますが、な るべく普段通りにやってみて下さい。」 第1回と第8回での評定用ロールプレイの内容 実験者は、場面設定を2回読み上げた後、予め決めてある最 初の台詞を言った。それに対する被験者の反応が録画された。 各被験者は「自分の立場を守る」「相手に不満を述べる」「相 手のことを誉める」「相手に共感を示す」の4場面を行った。 実験Ⅰ 手続き (2)統制群 統制群の被験者は、社会的スキルの訓練を受 けなかったが、実験群と同じ実験室で、同じ相手 (実験者)と同じ時間(1回約40分)を過ごした。 第1回・第8回の面接は実験群と同じことをした。 第2回~第7回では、社会的スキルとは無関 係な課題を行わせた。 ただし、目的はあくまで「女子大学生の会話行 動に関する研究」としてあるため、各課題を遂行 する意義が会話と関連するような教示を行った。 実験Ⅰ 独立変数 第2回~第7回の訓練プログラム モデリング 第2回:「誉め方」 第3回:「不満の述べ方」 説明 行動リハーサル 第4回:「自分の立場の守り方」 第5回:「共感の示し方」 第6回:「会話の維持」 宿題 フィードバック 第7回:「会話の主旨の伝え方」 実験Ⅰ 従属変数 (1) 孤独感の変化 改訂版UCLA孤独感尺度邦訳版による孤独感得点の変化 (2) 孤独感に付随する認知の変化 ①対人不安 : 対人不安感尺度 27項目 (Leary 1983) ②セルフ・エフィカシー : 一般性セルフ・エフィカシー尺度 16項目 (坂野・東條 1986) ③自尊心 : Rosenberg(1965)の自尊心尺度の邦訳版 10項目 (安藤 1987) ④社会的スキル : KiSS-18 18項目 (菊地 1988) 実験Ⅰ 従属変数 (3) 社会的スキルの行動的側面の変化 訓練前と訓練後の評定用ロールプレイのビデオテープを 再生して、被験者の社会的スキルの行動的側面を測定した。 ビデオテープは、実験条件(実験群・統制群)×実施時期 (訓練前・後)×の4条件18名の被験者がランダムに提示さ れるように編集した。 これを事前に社会的スキルについての知識を与えられ、 被験者の訓練で用いたものと同じモデリング用のビデオテー プを見せて、各スキルのポイントを説明しておいた、3年女子 大学生3名が評定した。 実験Ⅰ 結果 (1) 孤独感の変化 訓練前の改訂版UCLA孤独感尺度邦訳版による孤独感得 点は、実験群が55.44(SD=6.06)、統制群は52.33(4.44)で 有意な差は認められなかった。 共分散分析の結果、訓練後の実験群と統制群の間には有 意な差が認められた(F=4.99,df=1/15,p<.05)。訓練後の孤 独感得点は、実験群の方が統制群よりも有意に小さかった。 実験Ⅰ 結果 (2) 孤独感に付随する認知の変化 Table 1 孤独感に付随する認知の変化 ( ):SD 実験群(n=9) 訓練前 訓練後 統制群(n=9) 訓練前 訓練後 94.00 (24.55) 95.44 (22.19) 87.33 (14.49) 95.56 (20.32) 1.34 セルフ・エフィカシー 6.11 (4.94) 6.22 (4.74) 7.67 (3.74) 7.11 (3.95) 0.16 自尊心 29.22 (9.77) 30.00 (9.54) 27.67 (7.30) 28.89 (8.45) 0 56.44 (11.30) 60.44 (10.35) 52.78 (7.03) 51.56 (9.98) 3.77 p=0.07 対人不安 社会的スキル 得点の範囲 対人不安 セルフ・エフィカシー 自尊心 社会的スキル 27点 0点 10点 18点 共分散分析の結果 F値(df=1/15) ~ ~ ~ ~ 135点 16点 50点 90点 実験Ⅰ 結果 (3) 社会的スキルの行動的側面の変化 Table 2 社会的スキルの行動的側面の変化 (他者評価) 実験群(n=9) 訓練前 訓練後 統制群(n=9) 訓練前 訓練後 共分散分析の結果 F値(df=1/15) 立場を守る 38.11 (10.17) 47.00 (8.43) 21.33 (9.79) 25.67 (10.21) 5.68 p<0.05 不満を述べる 21.33 (2.60) 24.56 (3.21) 17.78 (3.70) 20.11 (5.09) 1.74 誉める 31.00 (7.31) 37.11 (4.48) 26.00 (6.52) 28.89 (7.46) 5.69 p<0.05 共感を示す 24.44 (5.13) 31.67 (8.03) 22.89 (9.56) 29.00 (5.15) 0.52 全体的スキル 8.67 (2.40) 11.67 (2.00) 6.89 (2.30) 7.56 (1.74) 15.55 p<0.001 実験Ⅰ 考察 実験の結果、改訂版UCLA孤独感尺度邦訳版による 実験群の孤独感得点が、統制群よりも有意に小さくなっ ていた。 このことは、本研究の実験方法より、訓練後の実験群 と統制群の差は、訓練の有無に直接、起因すると考え られる。 実験Ⅰ 考察 社会的スキルの行動的側面を検証した結果、「自分 の立場を守る」「相手のことを誉める」「全体的な社会的 スキル」に関して、訓練後の実験群と統制群に有意な差 があることを示した。 他者評価のみならず、KiSS-18による社会的スキルの 自己評定の結果にも、訓練後の実験群と統制群に有意 な傾向を示した。 以上の結果から、社会的スキル訓練は実験者の社会 的スキルを上昇させ、これによって孤独感を低減させた と考えられる。つまり、社会的スキル訓練は孤独感の低 減に効果があったのである。 実験Ⅱ 目的 実験Ⅰでは、社会的スキル訓練が孤独感の低 減に効果があることが分かったが、それが一時 的なものか持続的なものか明確ではない。 よって、実験Ⅱでは、社会的スキル訓練による 孤独感の低減の効果が、一時的なものか持続 的なものかをフォローアップ・データを取ることに よって確認する。 実験Ⅱ 方法 被験者 実験Ⅰで最後まで実験に参加した16名である (実験群8名、統制群8名)。 手続き 最後まで実験に参加した18名を対象に、実験終了より 6ヵ月後に質問紙への回答に関する依頼文と質問紙を郵 送した。質問紙で回答を求めた尺度は実験Ⅰで用いた UCLA孤独感尺度、対人不安尺度、一般性セルフ・エフィカ シー尺度、自尊心尺度、KiSS-18の5つに、新たに訓練効 果尺度を作成し6つの尺度を使用した。 実験Ⅱ 変数 独立変数 UCLA孤独感尺度、対人不安尺度、一般性セルフ・エ フィカシー尺度、自尊心尺度、KiSS-18 、訓練効果尺度 の6つ。 従属変数 UCLA孤独感尺度、対人不安尺度、一般性セルフ・ エフィカシー尺度、自尊心尺度、KiSS-18 、訓練効果尺 度の6つの尺度への回答の結果。 実験Ⅱ 結果 60 実験群 統制群 孤独感得点 55 50 45 訓練前 訓練後 フォローアップ Fig.1 UCLA孤独感尺度による孤独感得点の変化 実験Ⅱ 結果 Table 3 孤独感に付随する認知の変化 ( ):SD 訓練前 実験群(n=8) 訓練後 フォローアップ 訓練前 統制群(n=8) 訓練後 フォローアップ 対人不安 94.125 (26.243) 93.375 (22.778) 95.000 (25.060) 90.500 (11.699) 98.250 (19.927) 93.375 (15.278) セルフ・エフィカシー 6.250 (5.258) 6.500 (4.986) 5.500 (4.106) 7.125 (3.603) 6.500 (3.742) 6.250 (4.167) 自尊心 30.125 (10.035) 31.500 (8.992) 29.875 (10.535) 26.750 (7.226) 27.750 (8.259) 27.500 (7.010) 社会的スキル 57.750 (11.336) 61.875 (10.063) 61.125 (9.790) 52.750 (7.517) 51.500 (10.664) 52.125 (5.303) ~ ~ ~ ~ 135点 16点 50点 90点 得点の範囲 対人不安 セルフ・エフィカシー 自尊心 社会的スキル 27点 0点 10点 18点 実験Ⅱ 考察 孤独感得点は、訓練直後には実験群は統制群よりも 有意に低減していたが、フォローアップ時には両軍に有 意差はなかった。 これをこのまま解釈すれば、社会的スキル訓練による 孤独感の低減の効果は、6ヵ月間持続せず、一時的な ものであった可能性が高い。 実験Ⅱ 考察 訓練が一時的なものであった原因として、 ① 訓練の量と質の問題 ② フォローアップの期間の問題 ③ 社会的スキル訓練で低減できる孤独感は、 特定の孤独感に限られる可能性 が挙げられる 批評 従来の先行研究を踏まえて、認知や行動の変 化を実験的に検討した。 ロールプレイ法の問題 フォローアップの方法
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