公共政策の窓 Vol.6 学校における道徳教育の「特別教科」化

公共政策の窓 Vol.6
学校における道徳教育の「特別教科」化といじめ問題
早田幸政
道徳教育は、学校全体の教育活動の中で営まれるものですが、小・中学校において道徳
教育の中軸をなしているのが「道徳の時間」です。
「道徳の時間」は、正規の教育課程の一
翼を占めていますが、国語、数学(算数)、理科、社会など「教科」としては位置づけられ
ていないため、教科書ではなく副読本等を用いての授業となっています。また、評定付け
を伴う成績評価の対象ともなっていません。
しかしながら今、現行「道徳の時間」が、装いを新たに「特別の教科 道徳」へと生ま
れかわろうとしています。今後、特別教科化された「道徳」には、国語、数学(算数)な
どの教科に準ずる位置づけが与えられます。そうした位置づけの付与により、それまでに
はなかった検定教科書が「道徳」の授業にも用いられます
道徳教育教科化の方針を明確に打ち出したのは、2013(平 25)年 2 月の教育再生実行会
議「いじめ問題等への対応について(第一次提言)
」です。そこでは、我が国の「教育再生」
のための不可欠的かつ緊急を要する課題の第一にいじめ問題を挙げるとともに、新たな枠
組みの下で道徳教育の教科化を図ることにより、
「よりよく生きるための基盤となる力」を
育むことでこの重要課題に対処していくとの方針が示されていたのです。
道徳教育教科化の問題をめぐっては、この後の 2013 年 12 月、道徳教育の充実に関する
懇談会「今後の道徳教育の改善・充実方策について(報告)
」が、次のような理由で、道徳
教育の「特別教科」化の道筋をつけました。すなわち、同報告は、
「道徳の時間」の位置づ
けが教育の現場で曖昧であったり、
「道徳の時間」を指導する教員間の力量にばらつきがあ
ること、など道徳教育に随伴する諸課題を指摘した上で、
「生きる力」を育むことを目的と
する学校教育の基本に道徳教育を据えその「特別教科」化を図ることを通じて、そうした
諸課題を払拭できるとの認識を示したのです。そうした政策の流れは、2014 年 10 月の中
央教育審議会「道徳教育に係る教育課程の改善等について(答申)」でもあらためて確認さ
れました。
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ここで注目したいのは、世上言われているような道徳教育の「特別教科」化を、官邸サ
イドが目指す教育現場での愛国心教育の実質化を図るための政策手段とする、という図式
がこの一連の政策潮流の中から充分に読み取ることはできないという点についてです。道
徳教育教科化を最初に強く打ち出した教育再生実行会議「(第一次提言)」は、道徳教育を
いじめ問題への当面の対症療法策として教育制度化することを提案している風にも読みと
ることができるのです。こうした刹那的で悲壮感の漂う提案がなされた背景には、
「いじめ」
が教育の現場で深刻化し、そのことが原因で自死に向かう児童生徒が後を絶たないという
不幸な現実があります。
政府は、特別教科化された「道徳」を軸に展開される学校の道徳教育活動の質を高め、
「知・徳・体」の調和のとれた教育の一層の充実を通じ、国の将来を担う子どもたちの「生
きる力」を確かなものとしていく、との公式見解を随所で示しています。しかし、そうし
た政策に舵を切ることとなった大きな原因が、深刻ないじめ問題を抱える教育現場の荒廃
にあるということを私たちは忘れるわけにはいきません。一つの政策が新規に打ち出され
あるいは現下の政策を大幅に変更する意図を究明するに当り、私たちは政府の公式見解や
それを支える審議会答申に目を向けがちですが、ただそれだけにとどまらない政府サイド
から発せられる様々な報告等にも目配りすることの重要性を示す好例と一として、道徳教
育の「特別教科」化の動向を挙げることができるでしょう。
(2015 年 1 月 23 日)
★寄稿者プロフィール
早田幸政
中央大学大学院公共政策研究科 教授
同 理工学部(教職課程) 教授
金沢大学大学教育開発・支援センター客員教授
"【主な経歴】
1977年 中央大学法学部法律学科卒業
1980年 中央大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了
1980年 地方自治総合研究所常任研究員
1985年 大学基準協会職員
2001年 大学基準協会大学評価・研究部長
2003年 金沢大学大学教育開発・支援センター教授
2008年 大阪大学大学教育実践センター教授
2012年 大阪大学評価・情報分析室教授
2014年 中央大学教授
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専門分野は高等教育政策論、教育法学。研究テーマは大学評価。
主な著書は、『[入門]法と憲法』(ミネルヴァ書房、2014)、『アメリカ公共政策大学
院の認証評価システムと評価基準-NASPAA のアクレディテーションの検証を通して』(公
人の友社、2008)、『大学評価システムと自己点検・評価』(エイデル研究所、1997)。
所属学会は、高等教育質保証学会、大学評価学会、日本公共政策学会、日本高
等教育学会、日本教育法学会。
社会活動としては、日弁連法務研究財団「評価委員会」幹事、大学基準協会「高等教育のあり方
研究会・内部質保証のあり方に関する調査研究部会」部会長、日本高等教育評価機構「評価シス
テム改善検討委員会委員、中央教育審議会大学分科会専門委員等。
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