食欲があるにもかかわらず 体重減少を示す馬に関する回顧的調査

(59)
文 献 紹 介
食欲があるにもかかわらず
体重減少を示す馬に関する回顧的調査
A retrospective study of horses investigated for weight loss despite a good appetite (2002-2011)
L.V.A. Metcalfe, S.J. More, V. Duggan, L.M. Katz
Equine Veterinary Journal 45 (2013) 340-345.
美浦トレーニング・センター 競走馬診療所 上林義範
緒論
から来院までの期間、管理方法、オーナーの所有
馬において体重の減少は問題となることが多
期間、飼養目的)、身体検査所見(BCS)、診断検
く、一般には栄養疾患、歯牙疾患および寄生虫感
査とその結果(総タンパク濃度、アルブミン濃度、
染を伴うことが多い。体重が減少するメカニズム
糞 便 中 の 虫 卵 量 (FWEC)、ブ ド ウ 糖 負 荷 試 験
として、栄養の利用能低下、摂取量低下および吸
(OGTT)、腹腔穿刺、腹腔超音波検査、十二指腸
収能低下、あるいは栄養の消費量ならびに要求量
および直腸生検)、診断、および予後の記録を用
の増加などが考えられる。しかし、十分な量でな
いた。診断としてあらゆる原因が除外された場合
おかつ良質な飼料を与えられているにもかかわら
には特発性と分類した。
ず体重が減少し続ける場合には、診断が困難とな
記録は退院後最低 12 か月以上の予後を追跡で
る。
きた馬のものを使用した。UVTH を退院後 12 か
食欲があるにもかかわらず体重減少を示す馬に
月以内に死亡した馬を非生存群 (nonsurvival)、
対するアプローチ方法について検討している報告
12 か月年以上生存した馬を生存群 (survival) に分
は数多くあるものの、実際の臨床例に関する報告
類し、記録した各項目の数値あるいは群と予後と
は少なく、有病率やリスクファクターおよび予後
の相関を統計学的に解析した。
指標に関する情報は不足している。そこで、本研
究は食欲があるにもかかわらず体重減少を示す馬
結果
の医療記録を回顧的に比較検討することで、臨床
2002 ∼ 2011 年に UVTH に来院した全 7312
病理所見と臨床診断および予後の相関を疫学的に
頭のうち、本研究では 40 頭の馬の記録を使用し
解析することを目的として実施した。
た。品種、性別、年齢、発症から来院までの期間、
管理方法、オーナーの所有期間および飼養目的と
材料と方法
予後との間に相関は認められなかった。
2002 年 4 月 か ら 2011 年 5 月 の 間 に
来院時の BCS は 37 頭で記録されており、BCS
University College Dublin Veterinary Teaching
と品種、総タンパク濃度、アルブミン濃度および
Hospital(UVTH)に提供された、食欲があるに
発症から来院までの期間との間に相関があること
もかかわらず体重減少を示す馬の医療記録を解析
が判明した。
した。馬のヒストリー(品種、性別、年齢、発症
全ての馬で来院時に血液学的および血清学的検
(60)
馬の科学 Vol.52(1)2015
査が実施されており、総タンパク濃度およびアル
型は品種によって異なるため、本研究における品
ブミン濃度はそれぞれ 11 頭および 23 頭の馬で
種と BCS の間の相関は品種ごとの体型の違いに
低値を示していた。また、survival 群の総タンパ
よるものであると推察された。よって、今後は品
ク濃度あるいはアルブミン濃度は nonsurvival 群
種と飼養目的を考慮したうえで BCS を判定して
と比較していずれも有意に高値を示しており、予
いくことが望ましいと考えられた。
後と相関があることが明らかとなった。
本研究では 58% の馬が低アルブミン血症を示
FWEC、直腸検査、腹水検査、OGTT および腹
したのに対して低タンパク血症を示した馬は
部超音波検査の結果は予後との間に相関はなかっ
28% であった。統計解析の結果、来院時のアル
た。
ブミン濃度や総タンパク濃度と生存率との間には
24 頭で確定診断が下り、このうち 9 頭は剖検
相関があることが明らかとなったことから、これ
後に判明した。診断は炎症性腸疾患(IBD)13 頭、
らが低値を示すほど予後は悪くなると考えられ
腸のリンパ肉腫 4 頭、盲腸鼓張 1 頭、呼吸器疾
た。一方で、総タンパクに含まれる要素は非常に
患 3 頭、脳下垂体機能不全 1 頭、常同行動 1 頭、
多いため、アルブミン濃度の方が予後指標として
脾臓破裂 1 頭であり、残る 16 頭は特発性と診断
適していると考えられた。また、低グロブリン血
された。診断と予後との間に相関は認められな
症と低アルブミン血症がともに認められた馬は全
かった。
頭死亡しており、どちらも低値を示す場合はより
予後が悪くなることが推察された。
考察
本研究より、食欲があるにもかかわらず体重減
本研究において、発症から来院までの期間と
少を示す馬において、BCS とアルブミン濃度を合
BCS との間には相関が認められたことから、BCS
わせて評価することが予後指標として有用である
と発症から来院までの期間の相関性は原因疾患の
ことが明らかとなった。
重篤度を反映していると考えられた。しかし、体