スピン自由度を持つフェルミ縮退混合気体を用いた クロスオーバー領域の

スピン自由度を持つフェルミ縮退混合気体を用いた
クロスオーバー領域の研究
高須洋介(京大理)
近年、量子縮退原子団およびそれらの混合気体を用いた研究が実験的・理論的に盛んに行われ、
特にアルカリ金属原子を用いて大きな成果を生み出されている。例えば引力系のフェルミ縮退原子
団では、金属固体中の電子の超伝導の発現と同じ Bardeen-Cooper-Schrieffer (BCS) 転移が起きう
ることが理論的に予想されていた。その予想は 2004 年のフェルミ縮退原子団を用いた BEC・BCS ク
ロスオーバーの実現[1]に結実するが、その研究では原子間相互作用を引力から斥力へと連続的に
変化させることで、冷却フェルミ縮退原子団の引力系における BCS 転移の実現だけでなく、BCS 状
態から斥力系で予想される 2 原子分子の BEC 状態へ連続的につながる BEC・BCS クロスオーバーと
いう、とても興味深い現象を実現したことが特記できる。このように冷却原子を用いた研究は、歴
史的に先行する固体中の電子などを用いた研究などを模倣したのみでない。それらの系では実現・
観測が困難な物理現象や新しい量子凝縮相を研究することが、近年の光技術・原子冷却技術の進歩
により可能になり、物性物理学の多くの分野から大変注目を集めている。
BEC・BCS クロスオーバー実現のためには、原子間相互作用を制御する必要がある。これまでアル
カリ金属原子で行われてきた、磁気フェシュバッハ共鳴法という原子間相互作用の制御法では、あ
る特定のスピン成分間の相互作用のみが変化する[2]。近年、光フェシュバッハ共鳴法が実現され
て、注目を集めている。光フェシュバッハ共鳴とは、2原子基底状態と電子励起状態での2原子束
縛状態とが光により結合すると、基底状態の波動関数が変化し、原子間相互作用が変化する現象で
ある。束縛状態からの離調を変化させることで、相互作用をその大きさだけでなく、その符号をも
変化させることが可能である[3,4]。また、複数の光を入射することで、複数のスピン間の相互作
用を同時に変化させることが原理的に可能である。
本公募研究では、希土類原子である、イッテルビウム(Yb)原子のフェルミ同位体である
171
Yb と
173
Yb をスピン自由度を生かしたまま同時にフェルミ縮退し、磁気フェシュバッハ共鳴、および光フ
ェシュバッハ共鳴を利用して、それらの間の同種原子間相互作用、異種原子間相互作用をそれぞれ
変化させることで、ペアの組み方のクロスオーバーという現象を実験的に研究していきたいと考え
て研究を進めた。以下で実施した研究の報告および将来の発展を報告する。
・量子縮退した 171Yb-173Yb フェルミ混合原子団の生成[5]
本研究の実現のためには、異種フェルミ原子の同時量子縮退までの冷却が必要である。我々は、
Yb 原子の2つのフェルミ同位体(171Yb、173Yb)に着目し、レーザー冷却による同時フェルミ縮退を実
現した。まず、2つの同位体を磁気光学トラップにより、同時に捕獲する。ゼーマン減速用レーザ
ー、および磁気光学トラップ用のレーザーは 171Yb、173Yb の同位体シフトだけ周波数を変えることに
より同時に捕獲できる。その後、光双極子トラップに再捕獲した。波長は 532nm であり、十分原子
の共鳴より離れているので、171Yb、173Yb の両方とも同じポテンシャルを感じる。さらに質量数もほ
ぼ同じであり、重力サグなどの影響が少なく、共同蒸発冷却には大きな利点である。
我々は 171Yb 原子を 2×105 個、173Yb 原子を 8×105 個を光双極子トラップに捕獲し、その後に共同
蒸発冷却を行った。蒸発冷却は、エネルギーの高い原子を選択的に系から追い出すことで残った原
子団を冷却する手法であり、量子縮退領域まで冷却することに成功している唯一の手法である。
共同蒸発冷却の結果、171Yb 原子を 95 nK,
3
173
173
Yb 原子を 87 nK まで冷却することにできた。原子
4
数はそれぞれ 8×10 個、 Yb 原子を 1×10 であり、原子の温度はフェルミ温度に対してそれぞれ
0.46、および 0.54 となり、フェルミ縮退領域までの冷却に成功した。171Yb は 2 成分、173Yb は 6 成
分のスピン自由度があるが、生成された量子縮退系が、スピン自由度を実際に持っていることを実
験的に確かめるために、光 Stern-Gerach 法を新規に開発し、スピン成分を空間分離して独立に観
測することに成功した。これらはいずれも世界で初めての成果であり、この意義はとても高いと考
えている。
・Yb-Li 混合原子団の生成と量子縮退までの冷却に向けた研究[6]
Yb 原子とアルカリ原子であるリチウム(Li)の同時量子縮退実現に向けて真空系および光学系の
新規構築を行った。Yb-Li 混合系の特徴の一つとして、Yb と Li 原子の質量比が大きい(m(Yb):m(Li)
~29:1)こと、異種原子間の磁気フェシュバッハ共鳴が存在すると考えられること、などの利点が
あり理論的に注目されていたが、本研究開始時点では、実験的に実現されていなかった。
そこで、実験系の新規構築を行い、Yb 原子と Li 原子の同時磁気光学トラップに成功した。Yb 原
子は 60μK、Li 原子は 600μK まで磁気光学トラップ中で冷却されている。原子数は Yb 原子が 7×
104 個、Li 原子は 7×105 個程度であった。Yb と Li 原子の同時捕獲は世界で初めての成果であり、
この意義はとても高いと考えている。
参考文献
[1] C. A. Regal et. al., Phys. Rev. Lett. 92, 040403 (2004).
[2] T. Köhler et al., Rev. Mod. Phys. 78, 1311 (2006).
[3] R. Ciuryło et al., Phys. Rev. A 74, 022710 (2006).
[4] K. Enomoto, K. Kasa, M. Kitagawa, and Y. Takahashi, Phys. Rev. Lett. 101, 1 (2008).
[5] S. Taie, Y. Takasu, S. Sugawa, R. Yamazaki, T. Tsujimoto, R. Murakami, and Y. Takahashi, Phys. Rev.
Lett. 105, 1 (2010).
[6] M. Okano, H. Hara, M. Muramatsu, K. Doi, S. Uetake, Y. Takasu, and Y. Takahashi, Applied Physics B
98, 691 (2009).