3 ドイツの医療提供体制と診療報酬制度の改革に関する研究(要旨) 1

3 ドイツの医療提供体制と診療報酬制度の改革に関する研究(要旨)
山口県立大学社会福祉学部教授 田中耕太郎
1 統一ドイツにおける主要 7 大医療保険改革の内容とその方向性
ビスマルクによる 1883 年の疾病保険法制定以来 100 年来の制度の全面的なオーバーホールを行う
大改革といわれた 1988 年の医療険改革法(GRG)から始まって、現在に至るまで、主要な改革だけで
7 回の医療保険改革が行われてきた。そしてその前後には緊急措置のための法律やマイナーチェン
ジのための法律など数多くの法律改正も行われてきた。1980 年代から現在までの政権政党、首相お
よび医療保険担当大臣と、それぞれの時代の主要な医療保険改革の一覧を表1で示す。
表1 統一ドイツの政権政党と主な医療保険改革
政権政党
CDU/CSU と FDP
(1982-1988)
SPD と緑の党/
連帯 90
(1988-2005)
CDU/CSU と SPD
の大連立政権
(2005-2009)
CDU/CSU と FDP
(2009-2013)
CDU/CSU と SPD
の大連立政権
(2013)
首相
連邦保健大臣
コール首相
ジュースムート大臣
(CDU)(86/6-88/12)
ゼーホーファー大臣
(CSU)(92/5-98/10)
年
医療保険改革法
(参考)年金改革法
1988
1989
1993
1996
「医療保険改革法(GRG)」
①
「医療保険構造改革法(GSG)」
②
1997
「第 1 次および第 2 次医療保険新秩
序法」
(第 3 次医療保険改革)
「医療保険連帯強化法」
「2000 年医療保険改革法」
「1992 年年金改革法」
③
シュレーダー首相
フィッシャー大臣
(緑の党)
(98/10-01/1)
1998
1999
2000
2001
シュミット大臣
(SPD)(01/1-05/11)
2003
2004
「公的医療保険現代化法」
⑤
メルケル首相
シュミット大臣
(SPD)(05/11-09/10)
メルケル首相
レ ス ラ ー 大 臣
(FDP)(09/10-11/5)
バ ー ル 大 臣 (FDP)
(11/5-13/12)
メルケル首相
ナーレス大臣(SPD)
2007
「公的医療保険競争強化法」
⑥
2010
「医療保険財政強化法」
「医薬品市場新秩序法(AMNOG)」
「医療保険供給構造法」
⑦
2011
「年金生活円滑移行促進法」
「経済成長および雇用促進法」
「1999 年年金改革法」
「社会保険修正法」
④
「障害年金改革法」
「老齢資産法」
「老齢資産補完法」
「第 2 次および第 3 次改正法」
「老齢収入法」
「公的年金持続可能性法」
「公的年金支給開始年齢引上
げ法」
⑧
これら主要な 7 つの医療保険改革のそれぞれの背景、概要と特徴、そしてその基本にある理念や
方向性については報告書本文に譲り、これら繰り返し取り組まれてきた構造改革を通じて明らかに
なってきた改革の特徴と方向性、その評価について述べる。
2 四半世紀に及ぶ医療保険改革の展開から見える特徴と改革の基本的な方向性
1
1 医療費負担の選択肢と方向性
ドイツの医療費負担の構造変化の方向性を矢印で示したのが図1である。
図1 医療費負担の選択肢とドイツにおける改革の方向性
具体的には、①については、人的適用
範囲は民間医療保険との綱引きが続いて
きた結果、現在は休戦状態にある。また
給付の範囲・水準については、大きな流
れとしては、主導した政権を問わず、保
険財政が厳しい中で各種の金銭給付や周
辺的な給付(眼鏡、軽微な医薬品、移送
費など)を中心に削減傾向にある。ただ
し、他方で、在宅介護、緩和ケア、リハ
ビリ給付など、一部拡大や充実してきた
領域もある。
②については、医薬品への定額給付制
は 1989 年の導入以来、対象範囲の拡大を
続け、薬剤費の効率化に貢献して完全に
定着し、一時は歯科補綴や眼鏡に導入さ
れるなど、拡大傾向にある。
③については、2000 年代以降の医療保険改革は、明確にこの領域に重点が置かれるようになって
おり、診療報酬の予算制や凍結、医薬品価格の強制的値引きや価格凍結はもちろん、医療提供体制
の改革、新たな診療報酬体型の導入などによる医療費の効率化が進められてきている。
④の患者一部負担については、ドイツでは伝統的にその医療非効率化の効果については懐疑的な
意見が支配的だったが、近年では、この視点に加えて財源確保の一環としても、この間の改革を通
じて、政党の別を問わず、確実に拡大傾向にある。
⑤、⑥については、矢印の方向での注目すべき新たな動向が見られるので、次に詳述する。
2 ドイツの医療保険改革の注目すべき特徴とその評価
(1)相次ぐ抜本改革の医療費抑制効果の短期性と激しい変動
ドイツの近年の医療保険改革の特徴的な点が、その抜本改革の激しさと同時にその医療費抑制の
効果が短期間しか継続せず、結果的に大規模な改革を短期間で繰り返し、その都度、激しい医療費
の削減と再度の急激な増加を引き起こした点である。この傾向は、図2から明らかで、改革の前に
は駆け込み申請などで給付費が増え、改革で急減し、しかしその後まもなく再び増加する、という
ことを繰り返してきた。
2
図2 被保険者1人当たり医療給付費と保険料賦課対象収入の変遷(1971-2012)
被保険者1人当たり医療給付費と保険料賦課対象収入の変遷
(2)社会保険料負担、とりわけ事業主負担の抑制への幅広い合意
統一ドイツは高い失業率に苦しみ、
統一ドイツは高い失業率に苦しみ、1990 年代半ばには、労使や政党の立場の別を超えて、失業問
題の改善のために、重い賃金追加コストとしての社会保険料負担、とりわけ事業主のそれを
賃金追加コストとしての社会保険料負担、とりわけ事業主のそれを抑制す
賃金追加コストとしての社会保険料負担、とりわけ事業主のそれを
る必要性が社会の共通のコンセンサスとして形成されていった。
が社会の共通のコンセンサスとして形成されていった。このような背景の下で、
このような背景の下で、医療保険
の保険料負担の事業主負担分は、将来的に 7.3%で固定されることとなった。
%で固定されることとなった。
このような社会保険制度発足以来の長い伝統の中で自明のこととして受け入れられてきた保険料
負担の労使折半負担の原則は、
負担の労使折半負担の原則は、近年、一部修正され、今後とも維持継続されていくのではないかと
今後とも維持継続されていくのではないかと
考えられる。
(3)連邦補助投入への新たな動向とその限界
ドイツは 19 世紀末の制度創設
180"
以来、医療保険への一般財源の投
160"
入を拒否し、保険料だけで費用を
し、保険料だけで費用を
140"
図3 連邦補助額の年次推移(2004-2015)
連邦補助額の年次推移
120"
まかなってきた。このような一世
このような一世
100"
紀に及ぶ財政の基本構造を変更
II"
80"
I"
したのが 2003 年の公的医療保険
60"
現代化法で、これにより制度史上
40"
初めて本格的な連邦補助の途が
て本格的な連邦補助の途が
開かれた(連邦補助 I)
。
20"
0"
2004"
2005"
3
2006"
2007"
2008"
2009"
2010"
2011"
2012"
2013"
2014"
2015"
次の転換点は 2007 年の公的医療保険競争強化法で、その議会修正により連邦補助が飛躍的に強化
されることとなった(連邦補助 II)
。
しかしその後も図2に示すように、その時々の経済や財政状況に応じて連邦補助額は激しい変動
を繰り返しており、安定的な財源として定着するかどうかは、なお今後の推移を見守る必要がある。
(4)被保険者のみへの負担の転嫁による医療費抑制を支える力学の変化と危惧
(2)の医療保険料の事業主負担分の抑制と将来に向けての 7.3%での固定は、とりもなおさず
賃金上昇を上回る医療費負担の費用は、被保険者本人のみの肩に背負わされるということを意味す
る。しかも、その負担を軽減する一般財源による連邦補助は導入、拡充されてきたとは言うものの、
連邦補助がいつまで維持できるか保障もなく、またとても安定的な財政基盤とは言い難い。
こうして強い政治力を持つ医療関係団体に対抗してこれまで医療費抑制の政治力学をバランスさせ
ていた経済界と連邦政府(連邦財務省)が医療費負担の増加に関心を失い、医療費増加を抑制して
きた力学構造に重大な変動が生じることが危惧される。
3 医療提供体制の新たな方向性
1)統合型医療(Integrierte Versorgung)(140a条〜140d条)
2004年から2008年までは、保険医協会と病院に支払われる診療報酬の1%分をこの統合型医療に振
り向けるなどの財政支援策が講じられたため、表2のとおり、契約件数は増加傾向にあった。
表2 統合型医療への登録加入者数と診療報酬支払額の推移(2004−2008)
2004
登録加入者数
(千人)
支払診療報酬額
(百万ユーロ)
2005
2006
2007
2008
679
2,973
3,762
3,956
4,036
248
498
650
768
811
しかし、その後2009年から政権についたCDU/CSU政権下では、保険医協会などの強い懸念を背景に、
FDPの連邦保健大臣の下で、停滞の時期を余儀なくされ、大連立政権下での展開が注目される。
2)構造化治療計画−疾病管理計画(Desease Management Program – DMP,137条f・g)
これまで指定された6疾患は、冠動脈・心臓疾患(03/5〜)、糖尿病I型(04/3〜)、慢性閉塞性肺疾
患(COPD)(05/1 〜)、ぜん息(05/1〜)、糖尿病II型(05/9〜)、乳がん(06/2〜)で、認可されたプロ
グラムに登録した患者数は600万人以上に上り、そのうち300万人強が糖尿病II型、140万人強が冠動
脈・心臓疾患となっている。
3)家庭医中心医療(Hausarztzentrierte Versorgung;家庭医モデル:73b条)
実績は各州や地域で大きな格差がある。全国レベルで家庭医モデルの契約を締結しているのは
Barmer代替金庫で、その720万人の被保険者に対して用意しており、そのうち約217万人が実際にこ
のモデルに参加している(2008年時点)。これ以外は、各州内で個別に契約され、参加者が1000人
単位の地域がきわめて限定された小さなものから、バイエルン地区疾病金庫のように州域全体で契
約し、約155万人が参加しているものまで、さまざまである。
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