チーズとワインの マリアージュ

禁断の
チーズとワインの
マリアージュ
vol.3
池上 沙羅
∼第三話∼
『雄弁なる香り』
ドアに鍵をかけ、エレヴェーターに
二週間ぶりに会う彼の襟足は伸び
乗り、鏡越しにご近所さんと犬にあ
て、巻き毛になっている。その巻き
いさつをして、もう一度、自分の全
毛に指をからめたい衝動に駆られて
『今から出て来ませんか?』
身をチェックして、エレヴェーター
いたら、ウブリアーコ ディ アマ
たった 10 文字のメールに心躍らせ
を降りる。瞑想中らしきドアマンに
ローネというチーズと薔薇の花束が
てしまう。
声をかけずにリヴォルヴィングドア
選ばれてきた。
お風呂から上がったばかりだった
を押して出ると、外は小雪が舞って
小さなカードには〝Happy belated
けれど、髪の毛がまだ濡れているけ
いる。メールはまだ来ない。
Valentain’
s day! 〟と書かれていた。
そして、彼が耳元で囁いた。
れど、外は寒いけれど、ウォークイ
ンクローゼットの前に立ち、着てい
ファーコートの襟を立てて、ヘッ
く服を選び始めている。
ドライドの光の海の中にその一台を
『先日贈った服がいいよ。』
見つけ、お腹から声を出した。
また 10 文字のメールで心に火をつ
「TAXI!」
ける。
そのイエローキャブに飛び乗り、行
「欲しい。」
︿︿
チワ
ーイ
ズン
﹀﹀
ウア
ブマ
リロ
アー
ーネ
コ
こんな時間に突然メールしてきて、 き先を告げると同時に、携帯電話が
震えた。
しかも着る服まで指定するなんて!
と腹が立つけれど、抗えない。
「逢いたい。」
姿見の前に立ち、その光沢のある
もう高倉健は亡くなってしまったし、
絹のチョコレート色のシルクドレス
しかもとっくに口数の少ない男の時
を纏ってみた。
代は終わったはず。と思いながらも
溜息が漏れてしまう。それは、彼
微笑んでしまう。
自身が布地を裁断したのかと思わせ
あと5ブロックで、待ち合わせの
るほど、私の身体に吸い付くように
ワインバーに到着する。慌ててロン
ぴったりである。姿見に、私の背中
グブーツからミュールに履き替え、
に心が痛くなるほどやさしいキスを
イエローキャブを降りた。
デ
ィ
ア
マ
ロ
ー
ネ
くり返す彼の横顔が映ったような気
がした。
035
重厚なドアを押して入ると、バー
の一番奥に彼が座っていた。デキャ
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『会いたい。ってたまには言って
ンタには濃厚な色のワイン。一歩一
…。』と返信してみた。
歩、彼に近づくごとに葉巻、樽、ミッ
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�������
髪の毛を乾かしながら、極薄くメ
クスベリージャム、濃いめに淹れた
イクをしながら、ロングブーツにブ
紅茶とチョコレートの香りがしてく
ラシをかけながら、スカーフとファ
る。アマローネの香りだ。
ーコートを選びながら、メールを待っ
彼が木箱を手渡しながら「はい、
ているのに来ない。
ベルギーのお土産。老舗のチョコレ
ミュールをバッグに放り込んで、
ート。」と私の目も見ずに言った。
Vol.70
八戸市生まれ。イタリア、フィレンツェでワイン
を学ぶ。2001 年ニューヨークで WEST 国際ワイ
ン資格取得。ワイン輸入商社勤務の傍らニューヨ
ークの人気レストランにてソムリエールとしても活躍。
2013 年より金剛ビル 2F「幸福ワイン食堂バルバレス
コ」のソムリエールとして活躍中。常時 15 種類のグ
ラスワインと 90 種類のボトルワインを提供し、県産
食材と世界のワインとのマリアージュを皆様にお伝え
することを使命としている。