設備投資伸び悩みの背景

みずほインサイト
日本経済
2016 年 1 月 22 日
設備投資伸び悩みの背景
経済調査部主任エコノミスト
投資対象のシフトにGDPでの捕捉が追い付かず
03-3591-1294
小西祐輔
[email protected]
○ 設備投資の伸び悩みが唱えられる一因として、投資対象のシフトに統計の捕捉が追い付いていない
可能性
○ 企業は研究開発などの無形資産や固定資産株式等へと投資対象を変化させているが、いずれの投資
も現行のGDP統計には設備投資として計上されず
○ また、近年の生産ラインの高度化やクラウド技術の導入などによる設備投資効率の向上が、GDP
統計上は設備投資の抑制に働いている可能性も
1.アベノミクス開始後の業績改善の勢いに比べて、設備投資は伸び悩み
企業業績が好調な一方で、設備投資の伸び悩みが続いている。図表1は、法人企業統計(年報)でみ
た企業の純利益と設備投資額の推移である。アベノミクスの開始後に、純利益は14兆円以上増加(2012
年度から2014年度への変化幅)し、過去最高益を更新した。一方、設備投資の増加額は約5兆円にとど
まり、水準としても依然リーマン・ショック前の2007年度を下回っている。
GDP統計でみても、設備投資は伸び悩んでいる。直近年度である2014年度の名目設備投資は68.4
兆円と2007年度の76.8兆円を10%強下回った。「日本再興戦略」における政府目標である2015年度70
兆円への回復は達成が見込まれているが、業績改善の度合いに比べると力強さに欠けるといわざるを
得ないだろう。
このようにGDP上の設備投資が低迷している要因としては、需要不足や産業構造の変化などから、
企業の期待成長率が低下したことが挙げられる
図表 1 企業収益と設備投資
ことが多い。特に製造業ではリーマン・ショッ
(兆円)
50
ク後の需要急減や円高がトラウマとなり、投資
45
抑制する傾向が未だ根強く残っている面を否定
できない。
純利益
40
35
30
ただし、設備投資伸び悩みの原因はそれだけ
25
ではないのではないか。実際、企業の経営者か
20
らは研究開発などの必要な成長投資は進めてい
設備投資額
15
10
るとの声が聞かれる。しかし、そうした成長に
5
向けた新しい投資がGDP上は設備投資として
0
2002 03
計上されず、過小に評価されている可能性があ
04
05
06
07
08
09
10
11
12
(注)対象は、全規模・全産業(除く金融保険)。
(資料)財務省「法人企業統計年次調査」より、みずほ総合研究所作成
1
13
14
(年度)
る。また、クラウド技術の普及などに伴う設備投資効率の向上が、設備投資額を引き下げている面も
あるだろう。本論では、こうした要因によって、実際の企業行動以上にGDP上の設備投資が伸び悩
んでいる可能性、言い換えると、企業が認識している投資とGDP統計上の設備投資に乖離が起こっ
ている可能性について整理し、考察する。
2.企業の投資対象が、現行のGDP統計で捕捉されていない資産へシフト
(1)企業の認識とGDP統計の設備投資の乖離は約40兆円
まず、企業が認識している投資とGDP上の設備投資との乖離について、全体像を確認しよう。
GDP統計に計上される企業の設備投資は、「工場建物や機械設備などの有形固定資産と、ソフト
ウェアなどの無形資産の一部」(図表2の①部分)である。
一方、無形資産のうち、「研究開発投資やブランド資産、人的資本などへの投資」(同②部分)は、
GDP統計に設備投資としては記録されていない。しかし、これらの無形資産は、資産として蓄積さ
れ生産活動に貢献するという点で、本来は設備投資としての計上が望ましいとの指摘がある。実際に、
2016年中に予定されるGDP統計の基準改定では、研究開発を設備投資に計上することが計画されて
いる 1。また、「海外投資やM&A、中古品の取得 2など」(同③部分)は、概念上GDP統計には設備投
資として計上されるべきものではないが、企業としては投資として認識しているものである。
こうしたGDP統計では設備投資に計上されないが、企業が投資として認識しているもの(同②と
③)を合計すると40兆円近くに上る計算となる。
(2)近年、無形資産投資の重要性が世界的に向上
GDP統計における設備投資としての捕捉が追い付いていないものの、近年の経済発展における無
図表2 企業投資とGDP上の設備投資
企業として認識している投資
GDPに計上が望ましい投資
2016年12月の新基準以降、
設備投資に計上される(研究開発)
現在GDPに計上されている範囲
① 約68兆円
② 約25兆円
有形固定資産
・建物、構築物
・機械、設備など
・
鉱
物
探
査
・
ソ
フ
ト
ウ
ェ
ア
約
9
兆
円
約11兆円
対外直接投資
革新的資産
情報化資産
・ データベース
↑0 .1兆円程度
約19兆円
・
研
究
開
発
・ ・
デ著
ザ作
イ権
ン
ラ
な
イ
ど
セ
ン
ス
、
・
プ
ラ
ン
ト
エ
ン
ジ
ニ
ア
リ
ン
グ
←
約58兆円
無形資産
③約15~20兆円
↑
10~15兆円
投融資としての株式
・対外直接投資部分
・M&Aなど
経済的競争能力
・ブランド資産等
・企業固有の
人的資本
・組織構造など
約7兆円
約14兆円
自然資源
・ 土地
・地下資源
・ 漁場など
中古品の取得
(注)各項目ごとに入手可能な直近データを使用。各数値は四捨五入しており、合計が合わないことがある。
(資料)経済産業研究所「JIPデータベース」などより、みずほ総合研究所作成
2
約2兆円
( 土地の純購入)
約1兆円
約
1
0
兆
円
形資産投資の重要性はますます高まっている。OECDの調査では、物的資本(有形固定資産)への投資
は世界的に収益率が低下してきており、長期的な成長力を高めるためには、無形資産投資によるイノ
ベーションが重要であるとされている。
こうした重要性の高まりを受けて、無形資産投資の投資全体に占める割合は拡大傾向にある。経済
産業研究所「JIPデータベース」の試算によると、企業の研究開発費などの無形資産投資は中長期
的なトレンドとしてほぼ一貫して増加傾向にあり、2010年時点で約40兆円まで増加している。これは
企業投資の約40%を占める水準に上る(図表3)。
無形資産投資の増加は、日本だけの現象ではなく、先進国に共通してみられる傾向である。アメリ
カなどは、2010年の時点で有形資産投資と無形資産投資の比率が逆転している。その他の先進国でも、
無形資産投資の投資全体に占める割合は日本以上となっている(図表4)。こうした世界的な趨勢を踏
まえると、日本においても、今後ますます無形資産投資へのシフトが進むと考えられるだろう。
(3)アベノミクス後は、大企業を中心に固定資産株式が大幅増
無形資産投資の比重の拡大はやや長い目で見た傾向だが、より最近の動きに焦点を当てると、アベ
ノミクス開始後には、企業の固定資産株式の取得が顕著となっている。
次頁の図表5は、企業の資金需要(フロー)に占める設備投資額の推移を示したものだが、2012年前
後から直近の2014年度にかけて、企業の株式に対する投融資需要の増加が見て取れる。また、ストッ
ク面でみても固定資産株式の割合は高まっており、2014年度には固定資産株式が有形固定資産(土地
除く)を上回る規模となっている(次頁図表6)。
上記の投融資としての株式(フロー)や固定資産株式(ストック)とは、子会社株式や長期保有を
目的にした投資有価証券などを指している。したがって以上の動きは、企業の投資の対象が、国内の
工場や機械設備などの有形固定資産から、海外子会社を含めた株式にシフトしていることを示唆して
いる。また、こうした動きの一形態として、国内外でのM&Aの積極化もあるようだ。
この背景には、海外進出の重要性はもちろんのこと、IT投資を中心に技術開発のスピードやコス
図表3
有形固定資産投資と無形資産投資
(兆円)
120
図表4 無形資産投資の国際比較(GDP比)
無形資産
有形固定資産
情報化資産
経済的競争力
革新的資産
無形資産のシェア(右目盛)
100
(%)
30
45%
35%
60
30%
ソフトウェア・データベース
研究開発・知的財産
40%
80
非住宅有形資産
ブランド価値、人的資本、組織資本
25
20
15
40
25%
20
20%
10
5
0
1985
15%
1990
1995
2000
2005
2010
(年)
0
日本
(注)1.経済的競争力はブランド資産、人的資本等、革新的資産は研究開発、著作権・
ライセンス等、情報化資産はソフトウェアやデータベース。
2.情報化資産や革新的資産には、GDPに計上される資産(受注ソフトウェアなど)
が含まれる。
3.数値は実質ベース。
(資料)経済産業研究所「JIPデータベース」、内閣府「民間企業資本ストック」より、みずほ
総合研究所作成
フランス
ドイツ
アメリカ
イギリス
フィンランド
(注)各々出所データのNon-residential physical assetsを非住宅有形資産、Software and databasesを
ソフトウェア・データベース、R&D and other intellectual property productsを研究開発・知的財産、
Brand equity, firm-specific human capital, organisational capitalをブランド価値、人的資本、組織
資本とした。日本は2008年、その他は2010年。
(資料)OECDデータより、みずほ総合研究所作成。
3
トがますます高まっており、資本提携や買収を通じた他社との協働、成果の取り込みなどが重要にな
っていることがあるだろう。
なお、企業規模別でみると、中小企業では従来型の有形固定資産投資が投資増の中心となっている
のに対し、大企業においては固定資産株式の増加が顕著にみられる。また、業種別では、非製造業よ
りも製造業の方が総資産に占める固定資産株式の割合が高い。製造業の中でも輸送機器を筆頭にした
輸出型企業の方が、石油・石炭製品、印刷などのいわゆる内需型企業よりも固定資産株式割合が高い
傾向にある。
以上のように、企業の投資が従来の有形固定資産から無形資産や固定資産株式にシフトしているが、
こうした投資の多くがGDP統計では設備投資として計上されていないことが、企業の実感と統計の
ズレの一因になっていると考えられる。
3.設備投資効率の向上、クラウド化によるアウトソースも設備投資の抑制要因に
投資対象の変化に加えて、設備投資効率の向上もまた、GDP統計の設備投資を押し下げている可
能性がある。生産ラインの高度化などの技術革新によって投資効率が向上した結果、必要十分な設備
投資の金額が、以前より圧縮されている可能性がある。例えばコンパクトラインの実現による投資効
率向上や、部品共通化の取組などは投資規模の圧縮に寄与するだろう。
また近年のクラウド技術の発展により、企業設備の実質的なアウトソースも進んでいる。当然、ク
ラウドサービスの提供側では設備投資も発生するが、一般に言われるようにクラウドの特徴のひとつ
が「規模の経済」の追求であることを考えると、クラウド化の進展は、投資総額の減少に繋がると考
えられる。
もちろん、生産ライン効率化にせよ、クラウドサービスの利用にせよ、投資採算ラインが引き下が
ることで、規模拡大や新規参入による投資の活発化が期待される。その結果、投資効率の向上は、投
資額の増加に寄与する可能性もある。
図表5
企業の資金需要内訳
図表6 企業保有資産に占める固定資産株式
(兆円)
(兆円)
160
(%)
400
50
資金需要合計
140
350
投融資資金のうち株式
120
100
(固定資産株式+土地除く有形固定資産)
合計の総資産対比(右目盛)
45
40
300
その他投融資資金
80
35
250
60
200
30
【参考】現預金の総資産対比
(右目盛)
固定資産株式
40
20
150
20
15
新設設備投資
100
0
▲ 20
1980
85
90
土地除く有形固定資産
50
手元流動性
▲ 40
95
2000
05
10 (年度)
0
0
1980
85
90
95
2000
05
(注)対象は、資本金10億円以上、全業種(除く金融・保険)。
(資料)財務省「法人企業統計」より、みずほ総合研究所作成
4
10
5
その他資金需要
(注) 1.全規模・全産業(金融・保険は除く)ベース。
2.株式投資資金は、期間中の有形固定資産株式の増減にて算出。その他投融資資金は
無形固定資産資金や投資その他の資産資金(貸付金など)、繰延資産。その他資金は
在庫投資や企業間信用など(資金需要合計との差額より算出)。
(資料) 財務省「法人企業統計」より、みずほ総合研究所作成
25
10
(年度)
4.今後は、業績回復が従来型設備投資にも波及する見込み
これまでは、企業の投資実態とGDP上の設備投資の乖離が、徐々に大きくなってきている可能性
について述べた。裏を返せば、実際には企業はGDP上の設備投資以上に投資を行っているといえる。
しかし今後は、GDPに計上される国内の有形資産等への設備投資も、徐々に回復していくとみて
いる。2015年度に関しては、日銀短観(12月調査)にも示されたように、企業の設備投資計画は高い
伸びを保っている。設備投資の目的については、各種アンケート調査では維持・更新投資の割合が高
い。これまで国内設備投資を抑制してきた分、設備の老朽化は進んでおり、設備投資が計画対比で大
きく下振れる可能性は低いとみている。
加えて、引き続き日本企業の業績回復が見込まれる点も、設備投資の追い風となる。冒頭でも指摘
したように2014年度時点では、企業収益はリーマン・ショック前を超えたが、人件費及び支払利息の
コントロールがその主な源泉となっており、付加価値ベースでみると未だリーマン・ショック前の水
準に到達していない。2014年度の好業績は、コスト削減に依存したものに過ぎなかったともいえるだ
ろう(図表7)。一方、2015年度は、付加価値ベースでもリーマン・ショック前の水準を超える可能性
が高い。堅調な企業業績を踏まえた前向きな設備投資計画は、むしろこれから検討の俎上に上ってく
ると考えられる。なお、企業業績やマインドに影響を与えうる足元の金融市場の変動には注意する必
要があるが、海外の実体経済そのものに下振れが生じない限りは、投資回復の方向は維持されるだろ
う。
また、もう少し長い目線での持続的な設備投資の回復のためには、業界の先行き見通しと企業収益
の改善の継続が必要だ。投資の回収を考えると、先行きが明るくなければ企業は大規模な投資を控え
ざるを得ない。内閣府「企業行動に関するアンケート調査」上の「業界の今後5年間の見通し」は、2014
年度時点で未だにリーマン・ショック前の水準に回復していない(図表8)。企業収益の改善の重要性
については言うまでもないだろう。また、デフレからの脱却も重要だ。デフレに戻る懸念が残るまま
であれば、負債の返済を行うインセンティブが高まり、結果的に設備投資に資金が回りにくくなる。
日本企業はこれまで負債の返済を継続してきており、財務体質は改善されている。成長戦略とデフ
レ脱却が両輪として稼働すれば、国内設備投資についても、今後は一定の増加が見込まれるだろう。
図表7
企業の付加価値推移(2007~14年度)
(兆円)
300
(%)
35
業界需要の実質成長率
5
租税
公課
営業純益
40.0
11.1
225
付加価値
284.8兆円
付加価値
285.5兆円
275
250
図表8 期待成長率と設備投資
(%)
6
+6.7兆円
▲1.6兆円
営業純益
46.6
▲0.7兆円
200
9.5
賃借料
26.1
▲2.7兆円
6.7
175
人件費
198.1
▲2.3兆円
人件費
195.9
支払
利息等
25
4
20
9.4
賃借料
26.8
3
15
2
▲7.4兆円
10
1
0
2007年度
30
設備投資実施規模(右目盛)
5
0
2014年度
0
1980
85
90
95
2000
05
10
(年度)
(注)1.設備投資実施規模は、該当年度の設備投資実施額/前年度末土地除く有形固定資産より算出。
2.設備投資実施額は、土地除く有形固定資産増減+減価償却実施額により算出。
3.業界需要の実質成長率は、今後5年の見通し・全産業のデータを使用。
(資料)財務省「法人企業統計年報」、内閣府「企業行動に関するアンケート調査」より、みずほ総合
研究所作成
(注)付加価値額=営業純益(営業利益-支払利息等)+人件費(役員給与+役員
賞与+従業員給与+従業員賞与+福利厚生費)+支払利息等+動産・不動
産賃借料+租税公課。上図の賃借料は、動産・不動産賃借料を示す。
(資料)財務省「法人企業統計」より、みずほ総合研究所作成
5
【補論】内部留保、手許現預金と設備投資の関係
企業の設備投資動向についての意見の中で、業績好調にもかかわらず、大企業が内部留保を溜め込
んで設備投資を行っていないとの批判もあり、中には内部留保課税の主張もみられた。また、企業の
現預金蓄積が課題であるという声もあった。実際に企業のB/Sを見てみると、2012年度から14年度
までの間に内部留保が50兆円、手許現預金が18兆円増加している(図表9)。
以下では、批判の対象となっている内部留保、現預金と設備投資の関係について考え方を整理して
おきたい。
(1)内部留保は企業成長の手段
一般的に狭義の内部留保とは、利益剰余金のことを指す。会計上は、純利益から配当などの社外流
出を差し引いたものの累積になる。基本的には赤字計上や過度な配当などが行われない限り、内部留
保は毎期蓄積されていくことになる。そのため、内部留保の増加自体を批判することは、必ずしも適
当ではない。
また、後段で触れる手許現預金と内部留保の間にも直接の関係はない。無論、内部留保が潤沢であ
るほうが、一般的に資金の余裕はあるだろうが、内部留保が多くても手許現預金が少ないこともあれ
ば、仮に内部留保がゼロであっても手許現預金を潤沢に保有していることもあり得る。
株主との関係で考えれば、企業の成長に活用するために、利益の全額を配当として株主還元せずに、
一部を敢えて残しているのが内部留保である。この前提にたてば、もし企業が内部留保を適切な再投
資に活用していないとすれば、やはり批判を受ける可能性はある。それは「内部留保を成長投資に
振り向けないのであれば、株主に還元すべし」という指摘となるだろう。企業の成長ステージは様々
であり、有望な投資対象が乏しいなかで無理矢理投資をするのではなく、株主へ還元するというのも
ひとつの選択肢である、
図表9 日本企業のB/S推移(2012~14年度)
【 2012年度 】
流動資産
636兆円
現預金 168兆円
売掛債権 213兆円
製品・仕掛品 105兆円
【 2014年度 】
流動資産
700兆円
流動負債
486兆円
現預金 186兆円
売掛債権 231兆円
製品・仕掛品 111兆円
買入債務 162兆円
短期借入 163兆円
固定負債
413兆円
固定資産
798兆円
長期借入 319兆円
土地 175兆円
土地除有形資産 253兆円
固定資産株式 212兆円
純資産
537兆円
流動負債
512兆円
買入債務 177兆円
短期借入 161兆円
固定負債
445兆円
長期借入 345兆円
固定資産
868兆円
土地 183兆円
土地除有形資産 271兆円
固定資産株式 244兆円
利益剰余金(内部留保)
304兆円
(総資産1,437兆円) (有利子負債482兆円)
売上高1,375兆円
営業利益40兆円
純資産
611兆円
利益剰余金(内部留保)
354兆円
(総資産1,569兆円) (有利子負債506兆円)
売上高1,448兆円
営業利益53兆円
(資料)財務省「法人企業統計年報」より、みずほ総合研究所作成
6
しかし「内部留保が潤沢であるから、設備投資をしなくてはならない」というのは、目的と手段が
逆転している。すなわち、もし内部留保の溜め込みについて批判をするのであれば、活用していない
リスクマネーをそのまま設備投資に振り向けさせるのではなく、株主還元等の形で市場に還元させる
のが正論ではないか。それにより、ベンチャーなどを含めて新しい事業投資を実施しようとしている
企業へ、より一層円滑にリスクマネーが供給される土壌を整備していくことにも繋がるといえるだろ
う。
なお当然のことながら、企業の成長のためには、置かれた事業環境に対してリスクバッファとして
(内部留保を含めた)純資産を備える必要があり、必要以上に内部留保を還元する事もまた、企業の
成長を阻害することになる。
いずれにしても、実施すべき設備投資が先に定まり、内部留保はそれを実現する手段のひとつであ
る。内部留保額から実施すべき設備投資額を議論する事は、論理的にやや無理があるといえるだろう。
(2)内部留保の多寡は、負債とのバランスの問題
内部留保の多寡について考えるとすれば、(内部留保を含む)純資産と負債のバランスの問題とし
て捉えるべきである。上でも述べたように純資産はリスクバッファであり、企業毎の事業リスクに応
じて純資産と負債の適切なバランスはそれぞれ異なる。例えば、シリコンサイクルの影響を受け、不
況期に大幅赤字を計上する可能性のある半導体業界は、特に海外においては、純資産の比率が高い傾
向にある。逆に、事業が安定した業界は、相対的に純資産比率の優先度は下がるだろう。
事業リスク対比で内部留保が過大なのだとすれば、各企業にとっては本来不要な資本コストを支払
っているということであり、市場全体からすれば、本来不要なところにリスクマネーが滞留している
ということになる。
(3)今後、内部留保水準をコントロールする方向に
ただ、仮に企業が内部留保を溜め込んでいるとしても、今後は上場企業を中心に、徐々に改善に向
かうことが期待される。2014年にはJPX400の公表開始、2015年にはコーポレートガバナンス・コー
ド導入などもあり、ROEへの注目は高まっている。厚すぎる内部留保(純資産)はROE向上の足
かせ、すなわち成長の妨げになると捉えられるようになれば、不要な内部留保は株主還元へと向かう
だろう。
上場企業の中にも、最適な純資産のボリュームを模索する動きがみられる。当然、ROE向上のみ
ならず、企業の置かれた状況を総合的に踏まえての判断であると思われるが、一定期間、配当と自社
株買いにより利益の100%を株主還元に充てる企業も登場している。また、新株予約権付社債(転換社
債、CB)発行により負債を調達し、その資金によって自己株取得する「リキャップCB」などの資
本と負債のバランスの再構築策も、上場企業を中心に財務戦略の選択肢として一般化しつつある。
内部留保から投資家への還元という形で放出されたリスクマネーが、これまで以上に円滑に成長意
欲のある企業への投資に繋がれば、コーポレートガバナンス改革はリスクマネーの効率化を通じて企
業活動の活発化を後押しする可能性があるといえるだろう。
(4)手許現預金の蓄積は、むしろ投資案件不足の結果
手許現預金については、2012年度から14年度にかけて18兆円、割合にして約10%増加している。
一方で、売上高も5%増加している。そのため、月商対比でみれば、2014年度の手許現預金水準は1.54
7
ヶ月(2012年度:1.47ヶ月)であり、必ずしも過大だという水準にはなく、企業が現預金を溜め込
んでいるという批判は必ずしも正しくない。
そもそも、一般的に企業は手許現預金の蓄積を待ってから設備投資を実施するわけではない。そ
のようなことをすれば、蓄積を待っている間に競争から取り残されてしまうリスクもある。企業は
設備投資の必要が生じれば、外部から負債調達をして設備投資をするのが一般的だ。そして、これ
まで外部調達可能な環境下においても設備投資を絞ってきた以上、(少なくともマクロ的には)資
金的な課題が設備投資実施のボトルネックだったわけではなく、投資対象が不足していたことが原
因と考える方が自然だ。
つまり、企業は不足していた手許現預金を蓄積するために設備投資を絞ってきたわけではなく、
むしろ、設備投資を含めて資金を投下する対象が不足した結果、現預金が蓄積するという逆の因果
関係となっている可能性の方が高い。
そうだとすると、足元で現預金が潤沢にあったとしても、それを無理に魅力の乏しい投資に振り
向ければ、収益力の悪化に繋がるだけだろう。
無論、不要な手許現預金を蓄積しているとすれば、それは企業の資産効率悪化に繋がる為、望ま
しい事ではない。ROE向上を企図すれば株主還元を、最終利益を確保するというのであれば外部
負債の返済などを検討すべきであろう。しかし、なかには千載一遇のM&Aの機会を逃さぬように、
機動的に活用できる資金を敢えて手許に残している企業などもあり、一概に手許現預金を減らすこ
とが正解とは言い切れないだろう。
1GDPに関する最新の国際基準である
2008SNAにおいては、新たに研究開発費が投資として取り扱われること
となっており、既に英米などでは、研究開発投資がGDPに計上されている。日本でも、2016 年内に見込まれてい
る基準改定において研究開発費がGDPに算入される予定となっており、それによりGDPが 3.0~3.6%押し上げ
られる見込みである(内閣府試算値)
。基準改定による押し上げ自体は、未認識であった投資に対する計算方針の
変更であって、実態経済に影響を与えるものではないが、本来実施している企業投資に関して、GDPでの捕捉精
度を向上させる改定といえるだろう。
2 IoT 時代にむけて中古の旧世代型半導体製造装置の需要が増加しているとの指摘があるなど、中古設備の活用も
増加傾向にある。
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
8