企業の設備投資抑制の要因は何か 設備投資抑制が生産性向上を妨げていると言われる。実際に、企業規模別に設備ヴィ ンテージの推移を比較すると、中小企業で相対的に上昇していることが確認できる。 その原因として、中小企業の収益力や財務体力の課題が挙げられることが多い。また、 その他に中小企業の後継者不足による投資抑制なども要因と考えられる。 統計では、企業規模ごとの集計は実施されていない。 そのため、本論では「民間企業資本ストック」の元と なっている「法人企業統計」を用いて推計を行った 企業の設備投資の抑制が、生産性の上昇を妨げて (図表 1)。分かりやすく言えば、マクロレベルでみた きたという議論がある。これまで企業の生産性が上 貸借対照表の増減や減価償却費などを用いて、どれ がってこなかったのは、さまざまな理由により新型 だけの設備が新設、除却されたのかを測ることで、設 設備の導入などが進んでこなかったからではない 備の平均年齢を試算するという手法である。 また、図表 2 では、中小企業と大企業、それぞれの か、ということである。内閣府「年次経済財政報告」 (平成 25 年度版)では「生産効率の高い新規設備の導 入が進まず、結果として設備の老朽化が生産効率全 既存設備に対する新設設備投資と既存設備除却の割 合の推移を比較した。 体を押し下げている可能性がある」と言及している。 無論、生産性については、従業員の熟練度合いなど のさまざまな要素が絡むので、設備投資だけが唯一 の理由ではない。しかし、企業の生産性を向上させる ためには、設備の質も重要になることは実感として 分かりやすい議論ではないだろうか。 ●図表1 企業規模別の設備ヴィンテージ推移 (ヴィンテージ、年) 14 10 一方で、設備の質を正確に計測するのは困難な作 8 業である。ただ、基本的には新しい設備の方が、設備 6 の質が高いと考えることはそれほど不自然なことで はないだろう。そこで設備の質の、いわば代替として 4 設備ヴィンテージ(設備の導入後の平均年数)を計測 2 することが一般的に行われている。 0 1980 本論では、企業規模によって企業の生産性に大き な差が生じていることを踏まえ、企業規模ごとに、設 備ヴィンテージの変化を試算した。 通常、設備ヴィンテージの計算を行う際には、 「民 間企業資本ストック」を利用するのが一般的だが、同 中小企業 大企業 12 85 90 95 2000 05 10 16 (年) (注)1. 対象は、全産業(金融・保険業除く)。資本金1億円未満を中小企業、10億円以 上を大企業とした。 2. 計算式は、 (前期ヴィ [ ンテージ+0.25年) × (前期末資産−当期除却) +0.25 年×当期新設]÷当期末資産 にて計算。対象は、土地除く有形固定資産 (含 む建設仮勘定)。 また、期中の資産減少額より減価償却を控除したものを除却 額とした (四半期データを利用)。 3.「国富調査」 より1970年末時点のヴィンテージを8.2年とした。 (資料)財務省「法人企業統計季報」 より、 みずほ総合研究所作成 3 だろう。中小企業と大企業の営業利益率の推移を比 較したところ、90 年代以降、リーマン・ショックの一 時期を除いて、大企業と中小企業の収益力格差は拡 試算結果をみると 1990 年代前半、バブル崩壊前後 大傾向にある。事実、90 年代の大企業の営業利益率 を境に中小企業と大企業のヴィンテージの乖離が大 は平均して 3.9%だったのに対し、中小企業は 2.9% きくなっているという結果となった(製造業に絞っ にとどまっている。また、自己資本比率も一貫して低 て比較しても、大企業と中小企業の間に同様の乖離 い。製造業でみると大企業の純資産比率が 99 年には がみられた)。 30%台に到達したのに対して、中小企業は2002年に かい り 大企業は、中小企業に比べバブル崩壊後において ようやく 20%超(いずれも「法人企業統計」)となる も新設投資、除却が減少しておらず、継続的に新設設 など、中小企業において資本の積み上がりが遅れて 備の導入や老朽化した設備の除却などを実施してき いた。既存資産を除却する場合、特別損失として費用 たこと、それによってヴィンテージの上昇ペースが 計上する必要がある。しかし、中小企業には特別損失 緩やかなものにとどまったとみられる。 を計上するだけの収益力もしくは、それに耐えうる 一方の中小企業においては、①バブル崩壊以前よ り相対的に資産の除却割合が低いこと、また② 90 財務体力を有する企業が少なく、それがヴィンテー ジの上昇につながったとみられる。 年代以降に新設設備投資を抑えてきたことが、設備 次に投資採算の点から考えてみたい。ここでいう ヴィンテージの上昇につながったといえよう。言い 投資採算とは、営業利益を期中の平均営業資産額で 換えれば、中小企業はバブル以前から設備更改に消 除したものから、期中平均の有利子負債利子率を引 極的で、かつ 90 年代以降は新規設備の導入も控えて いたものである。簡単にいえば、営業資産収益率と借 きた、ということだ。 入利率を比較したもので、この数値が高ければ、借り それでは、なぜ中小企業は資産の除却や新規設備 投資を抑制する傾向にあったのだろうか。もちろん、 最も大きな要因としては収益力の問題が挙げられる 入れをしてでも設備投資をしたほうが収益に結びつ くということになる。 さて、大企業と中小企業の投資採算を比較した図 表 3 をみると、94 年頃より乖離していることがわか る。リーマン・ショック前後の2000年代後半に、大企 ●図表2 企業規模別の設備新設・除却推移 業の投資採算が急低下したことでいったん乖離はな (前期資産対比、%) くなったが、大企業の投資採算の回復に伴い、再び乖 8 中小企業新設 大企業新設 7 中小企業除却 大企業除却 離が生じている。この乖離が、大企業と中小企業の設 備投資のボリューム、つまり新設投資額の差として 6 表れたとみてよいだろう。ただ、図表 3 の推移をみて 5 もわかるように、中小企業の投資採算も足元では改 善傾向にある。それに伴って設備投資も増加してお 4 り、大企業との差は徐々に縮小する可能性がある。 3 2 1 0 1980 以上、企業の収益力や投資採算の違いを受けて、大 85 90 95 2000 05 10 16 (年) 1. 対象は、全産業(金融・保険業除く)。資本金1億円未満を中小企業、10億円以 (注) 上を大企業とした。 2. 集計対象は、土地除く有形固定資産(含む建設仮勘定)。 3. 期中の資産減少額より減価償却を控除したものを除却額とした。 (資料)財務省「法人企業統計季報」 より、 みずほ総合研究所作成 4 企業と中小企業の間で設備投資行動に差が表れてお り、その結果、中小企業の設備ヴィンテージが相対的 に上昇していると思われる。しかし、裏を返せば、そ れは「儲からないから設備投資に結びつかなかった」 という原因を確認したに過ぎない。その観点からは ている。 既に、中小企業の設備投資を促進する事を目的に、固 廃業を予定している以上、当然、大規模な設備投資 定資産の減税措置などの対策が進められている。相 は期待できない。つまり、事業継続が可能であるにも 対的に赤字法人の多い中小企業に対して、赤字でも 関わらず後継者が存在しないために、結果的に設備 メリット享受可能である点など一定の効果が期待で 投資が実施されていないという、潜在的な設備投資 きると考えられる。 需要が一定割合存在する可能性を示唆する結果とい しかし、収益力や財務体力以外の観点で、中小企 えるだろう(なお、本調査は個人企業・法人企業を対 業の設備投資を妨げているものがないのだろうか。 象としており、前段までの調査対象である資本金 1 データの制約もあり、定量的な分析には至っていな 億円未満の事業法人とは対象範囲が若干異なる)。 いが、以下では中小企業の設備ヴィンテージを上昇 させている構造的な要因について考察を行った。 また、その他に単一事業や単一事業所である事が 大規模投資を抑制している可能性はないだろうか。 日本政策金融公庫「中小企業の事業承継に関する 中小企業は大企業と比較して、単一事業を行ってい インターネット調査」 (2016年2月)によると、中小企 る企業や単一事業所の企業の割合が高いと考えられ 業のうち 50%が現在の社長の代での廃業を予定し る。産業構造の点から考えると、下請けという立場で ている。そのうち 28.5%が後継者難を理由としてい は、自社の都合で生産を一時停止させるような設備 る。対して、事業に将来性がないために廃業を予定し の入れ替えなどのハードルが高い可能性もあるだろ ているのは 27.9%であり、後継者難が廃業の大きな う。また、事業面でも設備面でも、いわば「一本足打 理由のひとつとなっていることが分かる。そして廃 法」となっている企業は相対的に大規模な更新投資 業予定企業のうち40%強が今後10年で「事業の成長 に踏み切りにくいという可能性があるのではないだ が期待できる」もしくは「現状維持は可能」と回答し ろうか。かつて「選択と集中」が叫ばれた中で、事業 ポートフォリオが多岐にわたっていることはコング ロマリットディスカウントを引き起こし、企業価値 ●図表3 企業規模別の投資採算推移 にとってマイナスであるという意見が聞かれた。適 (%) 切な「選択と集中」は企業の成長にとって必要である 18 中小企業 大企業 16 と考えられるが、大企業においては、事業ポートフォ リオが分散されていることでリスク分散が図られ、 14 結果的に思い切った投資につながっている側面もあ 12 るのではないだろうか。 10 もし、上記でみてきたような要因が中小企業の設 8 備投資を妨げている可能性があるのだとすれば、 6 今後、中小企業の第三者承継や企業の合併・買収 4 (M&A)、合従連衡を促進することにより、潜在的な 2 設備投資需要を顕在化させることができるのではな 0 1980 85 90 95 2000 05 10 15 いだろうか。 (年度) (注)1. 対象は、製造業。資本金1億円未満を中小企業、10億円以上を大企業とした。 2. 投資採算は、営業資産利益率−支払金利で計算。営業資産利益率は、営業利 益を期中平均営業資産 (有形固定資産+棚卸資産) で除した。支払金利は、 支 払利息を期中平均有利子負債(短期借入金+長期借入金+社債) で除した。 3. 2015年度については、季報のデータにより作成。 (資料)財務省「法人企業統計」 より、 みずほ総合研究所作成 みずほ総合研究所 経済調査部 主任エコノミスト 小西祐輔 [email protected] 5
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