ロシア: 欧州連合の「エネルギー同盟」 - JOGMEC 石油・天然ガス資源情報

更新日:2015/3/20
調査部:本村眞澄
公開可
ロシア: 欧州連合の「エネルギー同盟」とロシアの立ち位置
・欧州における「エネルギー同盟」の考えは、2014 年 4 月に当時ポーランド首相であった Tusk
が提唱し、同年 6 月には欧州連合の理事会で長期戦略の一つとして採択された。
・2015 年 2 月には欧州委員会が域内エネルギー安全保障の強化を目指す「エネルギー同盟」戦略
案を作成し、3 月の EU 首脳会議に諮る方針である。ここでは、端的にロシア依存の低下、中央ア
ジアからのガス輸入を目指す「南回廊」パイプライン推進の考えが打ち出されている。
・同盟の基本はエネルギー分野における EU の権限強化であるが、当初 Tusk 首相(当時)が述べ
ていた EU 構成国による天然ガスの共同購入の案は盛り込まれていない。但し、「透明性の向上」
の名の下に、ロシアとのガス契約の内容に関して、事前に欧州委員会との協議が義務付けられる。
・2013 年の欧州のガス市場では、LNG の調達困難、アルジェリア、ノルウェーの減産から、ロシ
アからのガス輸入が 25%急増した。実際の市場では、ロシアの供給安定性は群を抜いており、ロ
シアへの依存低下は、現実的な問題として欧州のエネルギー安全保障を劣化させる恐れがある。
・このような政策が出てきた背景には、2014 年からの「ウクライナ問題」があるが、欧州のロシ
ア依存についての米国からの警鐘は、1981 年のレーガン政権時代からなされており、当時の国防
次官補 Richard Perle から今日の米国のネオコン人脈に受け継がれている。この考えに EU のバル
ト 3 国、ポーランドといった対露強硬国とが共鳴している状況と言える。
1.発表された「エネルギー同盟」
(1)「エネルギー同盟」戦略案の骨子1
2015 年 2 月 25 日、欧州委員会は域内のエネルギー安全保障の強化を目指す「エネルギー同盟」
の戦略案を発表した。その主な内容は、①エネルギーの輸入先、供給経路の多様化、 ②LNG 利用
の拡大を検討、③国際的なガス売買契約での透明性向上、④加盟国間の電力融通の拡大、⑤省エネ
の促進である。今後、3月中下旬の EU 首脳会議で話し合われる予定である2。担当のシェフチョ
ビッチ(Maros Sefcovic)副委員長は、欧州統合の第一歩となった欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC,1951
年に条約調印)の創設以来となる「野心的な計画」を始めると表明した。
1
http://europa.eu/rapid/press-release_IP-15-4497_en.htm
–1–
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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま
れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの
投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責
任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
ここで謳われているエネルギー輸入先の多様化とは、端的に言ってロシアからの天然ガスの輸入
依存度を低下させるということである。特に旧ソ連、東欧諸国は依然として対ロシア依存度が高い
(図1参照)。具体的にはアゼルバイジャンなどのガスを念頭に中央アジアからの輸入を可能にす
る「南回廊(South Corridor)」計画を強化することを想定している。
また、欧州委として総合的な「LNG 戦略」を準備しており、インフラ整備には、ユンケル欧州
委員長が提案している 3150 億ユーロ規模の官民投資基金も利用する方針である。現在交渉中の米
国との自由貿易協定
(FTA)
などを通じて、
米国からシェールガスを輸入することも期待している。
北欧では「多様な供給先からの液化ガスの基地建設」を進める。
③で言う透明性の向上については、欧州委員会が EU 加盟各国とロシア政府間の話し合いへの介
入度を高めるという方針と言われている。従来は二国間協定がガスプロムと供給先企業の契約の基
礎となり、これを欧州委員会が監視する形だった。提案によると、EU 加盟各国はロシアやその他
の供給国との交渉内容を事前に欧州委員会に知らせるよう義務付けられる。欧州委員会はこの内容
が EU 競争法やエネルギー安全保障法に抵触しないかどうか審査する。さらには「不要な圧力を避
け、欧州の法律順守を確かなものとするための標準的な契約項目」を提案する方針も打ち出した3。
(2)主な問題点
この案に対しては、一部の加盟国は異議を唱えている。ハンガリーのオルバン首相は先週、ロシ
ア政府との協議への介入は国家の主権を犯すものだと反発した。特に「エネルギーの産出や供給経
路で重要な役割を果たす国々において、エネルギー政策が外交政策の道具として使われることがあ
り、EU の対外エネルギー政策を議論するには、この現実を踏まえる必要がある」と述べた4。具
体的にはロシアとウクライナの関係であろう。一方、Donald Tusk がポーランド首相の時提唱し
た加盟国の交渉力アップのための共同ガス購入という案(後述)は大きくトーンダウンした。加盟
国が EU 国際競争法を遵守しつつ自発的に共同購入することは可能と Sefcovic 副委員長は述べ、
加盟国の自主判断に任せる線まで後退している5。
2
3
4
5
日経, 2015/2/26
WSJ, 2015/2/26
WSJ, 2015/2/26
Petroleum Argus, 2015/2/27
–2–
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任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
図 1 欧州におけるロシア産天然ガスへの依存度(Eurogas, 2012)
2.「エネルギー同盟」提案までの経緯
(1)Tusk ポーランド首相の提言
「エネルギー同盟」という考えは、当時のポーランド首相であった Donald Tusk(現 EU 大統
領)が、2014 年 4 月 21 日付け Financial Times へ寄稿した「欧州は統合によってロシアのエネ
ルギーの締め付けを終わらせることができる(A united Europe can end Russia’s energy
stranglehold)」という論文において提唱したものである6。タイミング的には、3 月 18 日ロシア
とクリミアが国家併合条約に調印し、ウクライナ問題の焦点が東部に移った頃にあたる。
Tusk 首相(当時)は、ウクライナ問題の帰趨がどうなろうとも、ロシアへの過剰なエネルギー
6
FT, 2014/4/21,
–3–
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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま
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依存が欧州を弱体化させているという教訓は明白だとして、これを打破するために EU 諸国政府の
団結が必要だと説いた。ロシアは資源を安く、誰にでも売ることはしない、優勢な供給者として価
格を釣り上げ、供給を削減する、これは経済の原則だとしている。そして整備中の「銀行同盟」や
欧州諸国のウラン買い付けを一元化する”Euratom”に倣って、ロシアからの一括ガス買い付けを行
う「エネルギー同盟」設立の構想を述べた。そうして、ロシアとのガス購入契約においては、バイ
ラテラルの契約から秘密や市場を歪める要素を除去し、すべての EU 諸国の契約の雛形を用意して、
最終的に欧州委員会(EC)が新たなガス交渉の役割を担うこととした。
「ロシアは資源を安く、誰にでも売ることはしない、優勢な供給者として価格を釣り上げ、供給
を削減する、これは経済の原則だ」という部分は、検証が必要であろう。ガス価格は先行 6 ないし
9 か月の原油及び石油製品の価格を織り込んだ計算式に基づき機械的に算出されるもので、恣意的
に釣り上げることはできない。少なくとも「経済の原則」ではあるまい。バルト諸国などでのロシ
ア産ガスの価格がドイツよりも高くなっているのは、ドイツが大口顧客であり且つ競争的な他の供
給者を持っており、ロシア産ガスが 100%を占めるバルト諸国よりも価格競争力を有しているため
であろう。バルト諸国では LNG 基地を造ることにより、自らの競争力を高めようとしている。ガ
ス価格を決めるフォーミュラは、競争の有無等それぞれの消費国の条件を考慮して決められている
と解釈される。また、同論文の後半には石炭やシェールガスにも目を向けるべきという主張が入っ
て来るが、これはポーランドの資源事情を反映したもので、牽強付会な主張と言うべきものである。
ここで、提唱された EC によるガスの「共同購入」に関しては、今回触れらておらず、Tusk が
本来提唱した部分は、かなり換骨奪胎された結果となっている。
(2)「エネルギー同盟」の提案まで
エネルギー同盟は、2014 年 6 月の欧州理事会(欧州連合首脳会議)において、その構築が長期
戦略の一つとして採用された。同年 11 月に新メンバーによる欧州委員会が発足した際、ジャン=
クロード・ユンケル新委員長が示した 10 の優先課題の一つが、エネルギー同盟の構築である。そ
の目的は「エネルギーの確実で安定した供給の確保」、「手ごろな価格を保証するエネルギー市場
の創出」、「持続可能なエネルギー社会の実現」であるが、新たな組織体を作るものではない。
EU の新たな統一政策目標エネルギー同盟」を策定中の欧州委員会(EC)の Sefcovic 副委員長
http://www.ft.com/intl/cms/s/0/91508464-c661-11e3-ba0e-00144feabdc0.html#axzz3TTAbLe2k
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任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
(エネルギー同盟担当)は、EU の根本原則である「人、物、サービス、資本の自由な移動」に「エ
ネルギーの自由」を加えるべきだと述べ、具体的には、カスピ海からのガスパイプラインの早期建
設によりロシアへの資源依存を脱却するほか、EU 域内でのパイプライン網の整備、ガスを送る際
にかけられる関税を各国で統一するなどして「自由な流通」の障害を取り除く方針打ち出し、「エ
ネルギー同盟」の実現を「政治的最優先事項」と位置付けた。EU 内のパイプライン網や関連施設
の整備を進めることで「従来のエネルギー安全保障の考え方に『連帯』と『信頼』の視点を加えエ
ネルギー同盟を実現する」とのことである。EU は 3150 億ユーロ(約 46 兆円)規模の新投資計
画の主要事業に位置づけ、2015 年 3 月に具体策をまとめるとしている7。
これを実現するために、図 2 のような 5 本の柱を提唱した。エネルギー問題への取り組みが気候
変動問題・低炭素社会へとリンクするよう考慮されている点に特色がある8。
図 2 エネルギー同盟の 5 つの柱
(3)ロシア産ガスが欧州に入る経緯
しかし素朴な疑問として、そもそもどうしてロシアのガスが欧州に来るようになったのか、その
7
毎日, 2015/1/07
–5–
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経緯について Tusk 首相(当時)はどう理解していたのであろうか。これは、1969 年 10 月の西独
のウィーリー・ブラント(Willy Brandt)首相(社民党)によるものであり、欧州側からソ連に働き
掛けた新政策であった。
西ドイツでは、1969 年 10 月 21 日に発足したブラント首相率いる社会民主党政権の掲げた「東
方外交(Ostpolitik)
」のもと、ソ連、東ドイツ等の共産圏との関係改善が進められた。同年 11 月
30 日には、西ドイツ製の大口径管やガスタービンとソ連の天然ガスとを交換するという「補償(コ
ンペンセーション)協定」が結ばれ、20 年間に 1,200 億 m3 のガスを供給することで合意した。こ
れは、西ドイツがガス開発に関する資機材を輸出し、見返りにソ連からは天然ガスを輸入するとい
うもので、NATO 構成国としては、ソ連からのガス輸入に最初に合意した国となった。西ドイツ
の輸出する鋼管は 240 万トンで、これは当時の西ドイツの輸出量の半分以上に当る大きな商談で
あった9。
西ドイツ向けの天然ガス・パイプラインは、”Transgas”と名付けられた。ウクライナのウシュゴ
ロド(Ushgorod)を経て、
「兄弟」パイプラインのチェコ=スロバキア(当時)まで来ているライ
ンを延伸させ、西ドイツ国境のバイトハウス(Waidhaus)を経てバイエルン州に至る。最初の天
然ガスは 1973 年 4 月 4 日に東独へ、そして 9 月 26 日に西独へ供給された10。
その後の西欧向けのガス輸出を表1に示す。
70 年代、
80 年代を通じてソ連は生産するガスの 2~3
割を欧州に輸出して来た。両者がエネルギー的に緊密な連携に入った意義は大きい。
表 1 ソ連から欧州諸国への天然ガス輸出
1960
西欧向け
東欧向け
合計輸出量
ソ連生産量
輸出比率(%)
0
0.4
0.4
45
1
1970
13
3
16
198
8
1975
63
8
71
289
25
1980
116
23
139
435
32
1985
117
29
146
687
21
1990
139
41
180
816
22
1991
146
37
183
788
23
出典:Chabrelie(1993)他から作成。1991 年は CIS 全体の数字。単位:10 億 m3
EU が目指すエネルギー同盟とは?EU MAG http://eumag.jp/question/f0215/
Klinghoffer, Arthur Jay, “The Soviet Union & International Oil Politics”, Columbia University Press,
p.379, New York, 1977
10 Chabrelie, Marie-Francoise (1993), European Natural Gas Trade by Pipelines, CEDIGAZ, Centre
International d’Information sur le Gaz Natural et tous Hydrocarbures Gazeux, Rueil Malmaison.
–6–
8
9
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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま
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図3 欧州における天然ガスパイプライン網の発展-1970 年と 2002 年(IEA, GTE, Ruhgas か
ら作図)
図3には、1970 年と 2002 年の欧州における天然ガスパイプライン網を示す。ソ連からの長距
離ガスパイプラインが入ってから、欧州では広域パイプライン網が完備され、更に北海と北アフリ
カからのラインも入って今日のような優れたネットワークが完成した。そして、このことが欧州で
のエネルギー環境を飛躍的に整備することとなった。西独 Brandt 首相の決断は、東側との緊密な
連携を作り出したと言う点では、画期的なものと言える。パイプラインというエネルギー輸送イン
フラストラクチャーが地域の安定化に寄与した例である。
ソ連から欧州へのパイプラインに政治的な要素が殆どなかったことは、ソ連邦が崩壊した最中、
ガス輸出が通常通り粛々と続けられたという事実が何よりも雄弁に物語っている。この時、ガス輸
出を担っていた国営会社 Gazprom にとっては、共産党政権の帰趨よりも、自らの収益の方が、或
いは消費地に対する供給責任の方が遥かに重要であった。
Sefcovic 副委員長の、今回の「エネルギー同盟」が欧州石炭鉄鋼共同体の創設以来の「野心的な
計画」であると自画自賛しているが、これに違和感を覚えるのは筆者だけだろうか。欧州のエネル
ギーに携わる人間で、ソ連のガスが入って来た経緯を知らぬ者はいないであろうから、Sefcovic の
議論の立て方には、40 年に及ぶソ連=ロシア産ガス輸入の実績を糊塗しようとする意図が感じら
れる。
–7–
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3.欧州でのロシア産ガスの占める位置
(1)2013 年の欧州市場での教訓
欧州のガス市場において、ロシアのガスは実際にはどのように位置付けられているのだろうか。
ロシア産ガスへの需要が急増した 2013 年の状況について、BP 統計を前提に検討してみたい11。こ
の統計では、欧州にトルコも含まれる。また、欧州が輸入する LNG の2割弱は、改めて他の大西
洋地域に再輸出されるが、ここではそのことは特段議論しない。
欧州のガス輸入量は 2013 年には対前年で 0.5%増でほぼ横ばいであった。ところが、ロシアか
ら欧州へのガス輸出は、2012 年が 1,300 億 m3 であったのに対して、2013 年には 1,624 億 m3 と
24.9%も急増している。欧州のガス輸入におけるロシアの占める割合は、2012 年は 29.1%であっ
たのが、2013 年には 36.2%となっている(表 2)。
表 2. 欧州への天然ガスの供給割合
2012 年
国
輸入量(億m3) 比率(%)
1,300
29.1
ロシア
1,066
23.9
ノルウェー
328
7.3
アルジェリア
1,078
24.2
その他
LNG*
693
15.5
4,465
100
欧州輸入量(億 m3)
2013 年
輸入量(億 m3) 比率(%)
1,624
36.2
1,024
22.8
248
5.5
1,075
24.0
515
11.5
4,486
100
*LNG にはノルウェー、アルジェリアからのものも含む
ロシア以外のガス供給国では、ノルウェー(LNG を除く)はシェアを 23.9%から 22.8%へと逆
に減らしている。
ガス田のメインテナンスの関係で、
対欧州輸出量で 2012 年の 1,066 億 m3 から、
2013 年は 1,024 億 m3 へと 4%減らしたからである。但し、ノルウェーは今後大きな増産基調に乗
ることはないと見られている。アルジェリア(LNG を除く)は更に 24%減となっているが、これ
はガスの産出量自体が低落傾向にあり、もはや老産ガス国となっているためである。更に極端に変
動しているのはLNG で、
最大の供給国カタールの動向が影響を与えている
(表1にはノルウェー、
アルジェリアから欧州への LNG も含んでいる)。LNG 価格は 2011 年 3 月の東日本大震災をき
11
BP Statistical Review of World Energy, June 2013, June 2014
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っかけに日本で火力電力用のスポット需要が急増した。更に、油価はリビア等の地政学リスクの高
まりで常時$100/bbl を超える状況となり、北東アジアの LNG の値決めが油価連動であるため、東
アジアで LNG 価格が急騰した。カタールのようなスポット比率の高い LNG は、北東アジアの市
場を求めて大きく売り先をシフトし、欧州市場において LNG が品薄となった。これを補ったのが
ロシア産のパイプ経由のガスであった。
今後も、ノルウェー、アルジェリア等の既往産ガス国の生産が下落する可能性は常にあり、場合
によってはLNG の手当が困難になることも予想される。
欧州でガス市場の供給能力の不安は続く。
(2)「南回廊」ガスパイプラインの実効性
「エネルギー同盟」構想でも、ガスの供給ソースとしてロシアに替わってカスピ海を挙げ、その
ためのの輸送手段として「南回廊(South Corridor)」ガスパイプラインの建設が提唱されている。
「南回廊」パイプラインの一つである TAP(Trans Adriatic Pipeline)は 2019 年に始動するが、
これによってアゼルバイジャンから欧州に輸入されるガスは、僅かに年間 100 億 m3 である。
アゼルバイジャン国営石油SOCAR
(State Oil Company of Azerbaijan Republic)
によればTAP
に繋ぎ込むトルコ領内の TANAP(Trans Anatolian Pipeline)は 2018 年稼働開始、その容量は
2023 年には 240 億 m3、2026 年には 310 億 m3 に増やす計画を立てている12。これは、現在生産
中の Shah Deniz ガス田に加え、Total の発見した Absheron ガス田の開発を見込んだものと思わ
れるが、これでも規模的に年間千数百億 m3 を欧州に輸出しているロシア産ガスを置き換える存在
ではない(図4)。
更に、トルクメニスタンのガスをカスピ海を横断してアゼルバイジャン経由で欧州へ輸送する
Trans-Caspian パイプラインという計画もあるが、トルクメニスタンは既に中国へ年間 300 億 m3
のガス輸出を輸出しており、更に 350 億 m3 を追加輸出するべくコミットしている。欧州にも輸
出するとなると、対中国追加輸出ルート(D Line)完成の後となる。また、アゼルバイジャン経
由とするにはアゼルバイジャンの合意が必要である。実現のほどは定かでないが、トルクメニスタ
ンからアフガニスタンを経由してパキスタン、インドに年間 330 億 m3 を送る TAPI パイプライ
ン構想もある。
Trans-Caspian パイプラインのアイデアは、既に 1990 年代出されており、容量の 9 割をトルク
メニスタン、1 割をアゼルバイジャンが使用することで基本合意していた。ところが、1999 年 7
12
PON, 2014/6/04
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月に、アゼルバイジャン領カスピ海にある Shah Deniz 構造で大量のガスが発見されると、このガ
スを優先輸出したいアゼルバイジャンのヘイダル・アリエフ大統領はパイプ容量の 5 割の使用権を
要求し、トルクメニスタンのニヤゾフ大統領と電話で口論となり、その後両者は没交渉となった。
2006 年のニヤゾフ大統領の死去の際には、ヘイダルの息子であるイルハム・アリエフ大統領が葬
儀に参列しており、両国の関係が決定的に悪化したままではない。近年では、アゼルバイジャンは
EU とも Trans-Caspian パイプラインの協議に応じている(後述)。
図4 カスピ海からの天然ガスパイプライン図(JOGMEC 作成)
「南回廊」ガスパイプラインは、かねてより米国と EU が強く推奨している計画である。2014
年 6 月の Baku における第 21 回"Caspian Oil and Gas"というシンポジウムでは、南回廊の始動に
よる EU のエネルギー安全保障の進展を米国が支援する旨のオバマ大統領の書簡を Richard
Morningstar 駐アゼルバイジャン大使が読み上げた。続いて欧州委員会の Gunther Oettinger 副
委員長(当時)は、南回廊が欧州需要の 10%~20%、即ち 550 億 m3~1,100 億緒 m3 を送るべき
– 10 –
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とし、Trans-Caspian パイプラインの可能性に関してトルクメニスタン、アゼルバイジャンとも
協議中であると述べた13。
これだけの輸出量は、トルクメニスタンからのガスが Trans-Caspian パイプラインでカスピ海
を横断し、更にアゼルバイジャン領土を通過することが前提となる。即ち、アゼルバイジャンが認
可する必要がある。認可する根拠は、通過国としての経済的なメリットであろうが、同時にそれは
消費国にとってのデメリットとなるものである。更に、トルクメニスタンも、複数の輸出計画を構
想している以上、経済的な条件の良い案件から優先となる。良好な条件提示は消費国側には負担と
なって返る。欧州は域内での競争政策を推進しようとしているが、複数の供給先を持つ生産国にア
プローチする時には、消費国同士の競争に巻き込まれることになる。
トルクメニスタンの天然ガス埋蔵量は 17.5 兆 m3(617.3 兆 cf)で、世界第4位、およそロシア
の半分がある14。2008 年に Gaffney, Cline and Associates (GCA)の評価で世界的な注目を集めた
Galkynysh ガス田の埋蔵量は4~14 兆m3 で、
将来的には対中輸出以外にも供給余力は十分にある。
しかし、まだ埋蔵量がある程度掴めた段階に過ぎず、経済性も十分把握できていない。この構想の
実現には多くのハードルがあり、且つ中国への供給に優先権があることから、容易に実現しうるも
のではない。トルクメニスタンの取り込みは中長期の事業となる。
2013 年 6 月までは、同じ調子で欧米は Nabucco パイプラインを強く推奨していたが、カスピ海
の Shah Deniz ガス田を操業する BP・Statoil コンソーシアムは Nabucco を忌避して TAP を選択
した。産業界と政治家グループの間で、選好するパイプライン計画が異なった例である。決定権は
投資をする産業界の側にあり、EU ではないことを示す例である。
(3)ロシア産ガスの比較競争力
このような状況にあって、ロシア産ガスにとってアゼルバイジャンのガスは強い競争力は有さな
いが、トルクメニスタンに関しては中長期的な将来において、競争状態に入る可能性はある。ロシ
アとしては、供給余力が潤沢にあること、そして供給ルートが対欧州でウクライナ経由、ベラルー
シ=ポーランド経由、バルト海経由と 3 ルートあることから、供給の安定性という点で比較優位を
持てる可能性があるが、更に稼働している Yamal-Europe パイプラインを活用して Bovanenkov
ガス田に続く、Kurzenstern, Kharasavey 等の巨大ガス田の開発を進める場合には、価格的にも
競争力を持ち得ると言える。
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IOD, 2014/6/04
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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま
れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの
投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責
任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
ロシアからのガス供給を不安視する見方は、2006 年と 2009 年に起こったウクライナとのガス
紛争を主に根拠としている。これに関しては、拙稿「繰り返されたロシアとウクライナの天然ガス
紛争」15に記した通り、ロシアの狙いは天然ガスの国際価格へのシフトを志向したのに対して、経
済危機にあるウクライナがこれを拒んだことが紛争の発端であり、ロシアが政治的にガス供給を制
限したのではなく、あくまで経済上の紛争が中心にあったことを述べた。ウクライナが市場経済に
対応していれば起こらなかった紛争である。
5. 「エネルギー同盟」の背景にある考え方
(1)石油企業の考え方
フランス Total の CEO であった Christophe de Margerie は、「欧州はロシアガスへの依存度
を下げるといった考えは棄てるべきで、これらの輸送の安全をより確実にすることに注力すべき
だ」と 2014 年 7 月にインタビューに答えて発言していた。また、同年 9 月の追加制裁に際して、
Yamal の$270 億の LNG 事業を止める気はないと述べ、欧州はロシアのガスなしではやって行け
ないし、ロシアのガスを除外すべき理由もないと語っていた16。
2015 年 10 月 21 日早朝、モスクワの Vnukovo 空港で、同氏を載せた Falcon 50 が離陸時に雪
上車と激突し、同氏と乗員 3 名が死亡した17。但し、de Margerie の後を継いだ Patrick Pouyanne
CEO は、この路線を継続することを明言した。また、Total のロシアにおける子会社である Total
Exploration & Production Russia の Jacques de Boisseson 社長は、Alexander Novak エネルギ
ー相との会談後、「Total は、2014 年秋に死去した Christophe de Margerie 前社長のロシアでの
事業方針を今後も引き継ぐ。現在 Total が直面している全ての困難は一時的なものであり、途中で
方向転換する理由はない」と発言している18。
今回の「エネルギー同盟」への動きの背景には、悪化するウクライナ情勢があることは想像に難
くない。しかし、この1年間で欧州へのロシアからの天然ガス供給は何ら影響は受けていない。し
かも、その 6 割はウクライナを通過するパイプラインにより、欧州に輸出されている。ガス料金の
BP Statistical Review of World Energy, June 2014
本村眞澄(2009)「繰り返されたロシア・ウクライナ天然ガス紛争」石油・天然ガスレビュー,
vol.43, No.2, p.1-14.
16 Reuters, 2014/10/21
17 Bloomberg, 2014/10/21
18 Interfax, 2015/2/06
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支払い能力を喪失したウクライナ以外は、極めて安定した状況にある。
(2)政治の側の考え方
一方、政治の側はロシア依存の低下の必要性をこの 10 年程、主張し続けている。ここには、実
務を通じて得た判断は入っていない様であるが、政治の側には、これも脈々とある種の考えが受け
継がれていると言える。
レーガン政権の発足した 1981 年、後にネオコンの代表的人物として名を馳せることになるリチ
ャード・パール(Richard Perle)国防次官補(当時)は、1970 年代にドイツ、イタリア等によっ
て進められたソ連の天然ガスを自国にまで運ぶという「シベリア天然ガス・パイプライン計画」に
ついて米上院の公聴会において証言し、
「欧州諸国がソ連のエネルギーに依存することは、米国と
欧州の政治的・軍事的連携の弱体化に繋がる。ソ連の天然ガスが日々欧州に流れて来るという事は、
ソ連の影響力も日毎に欧州まで及んで来るという事だ」と米国政府の懸念を表明した19。
つまり、米国にとっては、ロシアから欧州へのパイプラインは両地域を強く結びつけるものであ
り、地政学的には受け入れがたいという認識である。ヒラリー・クリントン前米国務長官は、「欧
州はロシア産天然ガスに依存し過ぎており、プーチン露大統領の旧ソ連地域での『威嚇』に対して、
頑強に対応する必要がある」との見解を昨年6月に示した20。欧州にとって、アルジェリアやカタ
ールからのガスは問題ないが、ロシアからのガスについては「威嚇」だというのである。ヒラリー・
クリントンの言葉は、このようなネオコンの主張するロシアのパイプラインに対する見方を忠実に
踏襲したものであろう。欧州において、この米国の考え方が、英国、ポーランド、バルト3国など
で強い共鳴を呼んでいる様に見える。
当事者でない、地球の裏側の国がそのように発想すること自体は自由であるが、現実のネオコン
は、自らの主張を忠実に実行に移そうとするところにその特色がある21。昨今のウクライナ情勢を
見ると、キエフを支援する勢力には、このような思考法を政策として具現化するモメンタムがある。
しかし、これはエネルギー政策とは別次元の事柄である。エネルギー政策はあくまで産業に立脚し
た立場であることが求められているというのが、産業界の声ではなかろうか。
(了)
19
20
21
Jentleson, Bruce W.(1986), Pipeline Politics, Cornell University Press, Ithaca, 263p.
Bloomberg, 2014/6/15
ロバート・ケーガン,「ネオコンの論理」光文社、2010 年
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