リサーチ TODAY 2015 年 3 月 17 日 ミャンマーのリスクシナリオは大統領選での民主派台頭 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 「ミャンマーと日本の時差は2時間半だが、ミャンマーに着いたら時計の針を50年前に戻してください。」 これは2年前にみずほ総合研究所が刊行した『全解説ミャンマー経済』1と題する書籍の書き出しである。今 月初、筆者はミャンマーを初めて訪問した。冒頭の50年の時計の針は、過去2年の急速な発展で予想以上 に進んだ面もあるように感じたが、過去50年の空白を改めて意識する面が多かった。 筆者が抱いていたミャンマーに関する固定観念は、50年の空白は軍事政権による暗黒時代であり、そう した状態がアウンサンスーチー女史率いる民主化勢力の台頭によって雪解けが生じてきたとするものだっ た。一方、当方が現地の実業界とのヒアリングで耳にしたのは、今年の最大のリスクは2015年末までの実施 が予定される総選挙で、アウンサンスーチー女史率いる民主化勢力が台頭し、大統領に就任することだっ た。それは、我々が当然視する「民主化=正義」との認識とは異なるものだった。その背景を考えれば、ミャ ンマーのような国境地帯で民族紛争を抱えているような国では、国をまとめる観点から軍事力の存在は必 要悪であり、単に民主化を進めればいいものではない2ということになる。ましてや経済実務経験に乏しく、 原理主義的な民主化論は経済の混乱を招くだけだという不安があった。 下記の図表は一人当たりの名目GDPの推移である 。ミャンマーはインドシナ半島の諸国と比べても出遅 れた状態にあり、依然として一人当たり1,000ドル近い低所得国から下位中所得国である水準に止まる。 ■図表:ミャンマー近隣諸国の一人当たりの名目GDP推移 (ドル) 2,000 ミャンマー ベトナム ラオス カンボジア 1,800 1,600 1,400 1,200 1,000 800 600 400 200 0 1990 95 2000 05 06 07 08 (資料)国連よりみずほ総合研究所作成 1 09 10 11 12 13 (年) リサーチTODAY 2015 年 3 月 17 日 下記の図表はミャンマーとその周辺の後発国であるCLM諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー)を比較し たものだ。ミャンマーは5,000万人以上の人口を抱え、人口が1,000万人程度であるカンボジアやラオスより も大きな内需を持ちうる国である。にもかかわらず、長年にわたってその潜在力が活かされていなかったと 考えられる。かつて、インドシナ半島の経済優等国だったミャンマーは、1960年代初には東南アジアでタイ やシンガポールを超えて最も進んだ国であり、国連にウ・タント事務総長を送り込むほどであった。しかし、 1962年の軍事クーデターで軍事政権ができ、その閉鎖的なビルマ式社会主義の下で半ば鎖国状態を続 け、さらに1988年の政変で成立した軍事政権に対する欧米の経済制裁や国内のインフラ不足を背景に工 業化が遅れ、ミャンマーは最貧国に転落していた。 ■図表:CLM諸国比較 カンボジア ラオス ミャンマー 2013年実質GDP成長率(%) 7.4 8.0 8.3 2014年実質GDP成長率(%) (見込み値) 7.2 7.4 8.5 名目GDP (10億ドル/2013年) 15.5 10.8 56.8 一人当たり名目GDP (ドル/2013年) 1,028 1,594 1,113 経常収支 (対GDP比/2013年) ▲ 8.5 ▲ 27.7 ▲ 5.4 人口(万人/2013年) 1,514 677 5,326 人口(万人/2025年予測) 1,812 825 5,765 (資料)IMF、国連よりみずほ総合研究所作成 2011年に成立した文民政権テイン・セイン政権は、停滞打破のための政治改革に着手し、経済改革にも 注力している。その結果、欧米は改革を評価し既に経済制裁を緩和している。日本もインフラ整備の円借 款再開に道筋をつけ、経済改革を後押しするに至っている。ただし、ミャンマーのように130を超える民族が 集まった国家で、かつ国境地帯での紛争を抱えるような国では、軍を中心とした安定が不可欠とも言える。 日本の19世紀の明治維新は当時の軍関係者であった侍が国家統一のための改革を主導した。ミャンマー も明治維新と同様の改革を現時点では軍を主導で行っていると考えることもできよう。現地の実務家は総選 挙でアウンサンスーチー女史を中心とした原理主義的な民主化台頭を最も警戒していた。実際に東南アジ アで過去50年の成長を主導したシンガポールやマレーシアでも強力な指導者による開発独裁が見られた。 米国の民主化重視の政策はアラブの春やアフリカの混乱のなかで難しい状況に置かれている。 今日、アジアを巡って企業は、各地の賃金上昇や政治リスクも含めた「リスク分散」の観点より、従来の中 国への集中的な進出から、「チャイナ+1」、さらに「タイ+1」という形で進出先の多様化をはかる状況にあ る。時間を要する面はあるものの、ミャンマーはその分散先の候補として期待されている。ただし、ミャンマ ーにおいては改革の方向が単に民主化であればいいというものでもないのが現実ではないか。 1 2 『全解説ミャンマー経済』(みずほ総合研究所編著 2013 年 日本経済新聞出版社) 「民主主義がアフリカ経済を殺す」(みずほ総合研究所 『リサーチ TODAY』 2012 年 10 月 26 日) 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
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