カンボジア経済概況

カンボジア経済概況
みずほ総合研究所 アジア調査部 上席主任研究員 小林 公司
戦場から市場へと激変
イのチャーチャーイ元
図表1. ASEAN10ヵ国の経済成長率
(2015年)
「戦場から市
首相の言葉通りに姿
場へ」
。
1980年
を変えつつある。
代 末にタイの
カンボジア 経 済 の
5
チャーチャーイ
発展段階については、
3
首相が、
インド
1人あたり国民総所得
シナ半島の経
(GNI)に基 づく世 界
(%)8
7
6
4
2
1
ブルネイ
シンガポール
タイ
インドネシア
マレーシア
フィリピン
ベトナム
ミャンマー
カンボジア
ラオス
0
▲1
済圏構想を打
銀行の分類によると、
ち出した時 の
ASEAN
(東 南 アジア
キャッチフレー
諸国連合)
の10ヵ国の
ズだ。タイの東隣に位置し、
チャーチャーイ
なかでは最後まで
「低
首相の視線の先にあったカンボジアは、
そ
所得国」にとどまっていたが、
ようやく2015
の時点では1970年から続く泥沼の内戦
年に
「下位中所得国」へ昇格した。同年の
日本企業の投資はタイ・プラス
ワンの動きを背景に高度化
状態にあった。
1人あたりGNIの水準は1,070米ドルで、
カンボジアの 経 済 発 展 のためには、
内戦の過程では、ポル・ポト派による恐
依然としてASEANのなかでは最も低いも
ASEANの先発国がたどったように、
国外か
怖政治の下で200万人もの人が命を落
のの、
プノンペンに限れば2,500米ドル程
らの直接投資を受け入れて産業化を進め
としたといわれ、その悲 惨さは
「キリング・
度に達しているとみられる。イオンが開業し
ることがカギとなる。
フィールド
(殺戮の地)
」
という有名な映画
たことも、一定の購買力があることの証左と
全世界からカンボジアへの直接投資は、
に描かれている。
いえよう。
2015年に17億米ドルに上った。CLMの
カンボジアに平和が訪れたのは、
1991
産業構造をみると、1次産業がGDPの
なかでみると、近年のカンボジアは毎年の
年にパリ和平協定が内戦の当事者によっ
28%、
2次産業が29%、
3次産業が42%で
ように最も直接投資を引き付けてきたが、
て調印されてからのことだ。内戦からの復
ある
(四 捨 五 入、2015年)
。ASEANのな
2015年にはミャンマーが急増して
(28億
興に際しては、
日本が手厚い支援を行っ
かでは1次産業の比率が最も高く、2次産
米ドル)
カンボジアを上回った。
ミャンマーに
た。インフラ整備等の経済的な協力だけで
業の比率は極端に3次産業化が進んだシ
ついては、2015年には外国銀行への営
なく、明石康氏が国連カンボジア暫定統治
ンガポールに次いで2番目に低いことから、
業ライセンス解禁と、同国初の経済特別区
機構のトップを務め、
自衛隊が初の国連平
農業が依然として盛んで、本格的な工業化
(SEZ)
がティラワ地区に開業したという
和維持活動
(PKO)
として派遣されるなど、
はこれからの段階といえる。輸出構成の観
要因が直接投資を押し上げた。もっとも、
多くの日本人が現地で汗を流した。このた
点からみても、衣類が66%、靴が6%と、軽
ミャンマーでは2016年4月にアウン・サン・
め、
カンボジアの人々は親日的である。
工業製品が中心となっている
(2014年)
。
スー・チー氏の率いる新政権に交代した
今や首都プノンペンの人口は200万人
経 済 成 長 率 は2015年 に 前 年 比 +
際、投資を承認する委員会の人選に3ヵ月
近くまで膨らみ、内戦の一時期にはポル・ポ
7.0%で、
ASEANのなかではミャンマー
(同
ほど手間取り、
この間に直接投資の受け入
ト政権の強制移住政策で無人都市となっ
+7.0%)
とともにラオスの同+7.6%に次
れが止まった。対照的に、
カンボジアへの
た面影は見当たらない。中心部には高層ビ
ぐ高さだった
(図表1)
。
カンボジアとラオス、
直接投資は2016年にかけて安定的に流
ルが姿を現し、
その下を日本製の高級車が
ミャンマーは、
それぞれの英語表記の頭文
入している。業種別では、縫製業等の製造
行き交っている。2014年にはイオンの投資
字からCLMと一括りに呼ばれることがあり、
業や不動産、農業への直接投資がこれま
で、
カンボジア初のショッピングモールも開
ASEANのなかでも後発国として今後の中
でのところ多かった。
業した。かつて戦場だったカンボジアは、
タ
長期的な経済発展が期待されている。
日本からの直接投資に限っても、
日本銀
小林上席主任研究員
20 mizuho global news | 2017 JAN&FEB vol.89
(資料)
IMFよりみずほ総合研究所作成
行の統計によると、
CLMのなかではカンボ
機などの労働集約的な電気機械・輸送機
り、
カンボジアのほうが人口ボーナスの期
ジア向けが先行して増えてきたが、
2015
械関連部品を中心に、
タイに進出していた
間は長いと見込まれている。
年に関してはカンボジア向けの249億円に
日系企業がカンボジアに生産拠点を移管
第2は、周辺国とのコネクティビティ
(連
対し、銀行業とティラワSEZへの製造業の
または拡張するタイ・プラスワンの動きが広
結性)
が優れていることである。現状で、南
進出でミャンマー向けが624億円と2.5倍
がっている。2016年に入ってからも、
タイ・
部経済回廊がカンボジアを横断し、
その西
になった。
もっとも、
2016年1~6月期にカ
プラスワンの受け皿として、大手商社がタイ
端は日本企業の集積するバンコクに、東端
ンボジア向けは55億円であり、
ミャンマー
との国境地帯にレンタル工場団地を建設
はベトナムのホーチミンに達している
(図表
向けの65億円に対して差を縮めた。ちな
した。日系企業が集積するタイでは、
カンボ
2)
。
この南部経済回廊を活用して、人件費
みに、
カンボジア側の統計によると、
2016
ジア以上に労働コストが上昇しており、製
の高いタイでは資本集約的な工程を行い、
年1~6月期に日本からの直接投資は2億
造業の価格競争力は低下している。
このた
タイよりも人件費の低いカンボジアでは労
6,000万米ドルと前年同期に比べて10倍
め、
タイに比べれば賃金が低く、
すぐ東隣に
働集約的な工程を行うというタイ・プラスワ
に膨らんだ。
この背景には、
イオンが2号店
位置するカンボジアに、
タイから労働集約
ンの工程間分業が広がりつつある。今後
を建設するための投資を4~6月期に承認
的な工程の移管や拡張が促されている。
についても、南部経済回廊の車線拡幅や
されたことがある。
路盤強化、
タイ国境での鉄道再開発など、
コネクティビティの改善が計画されており、
種別にみると、製造業よりも非製造業向け
今後の強みは人口ボーナスと
周辺国とのコネクティビティ
が多い。
ショッピングモールの他、今後の製
今後のカンボジア経済を展望すると、前
続くと考えられる。一方、
ミャンマーではタイ
造業進出を見越して、金融業や法律・会計
述のとおり2018年にかけて賃金動向には
からの経済回廊の延伸が遅れているため、
事務所、
物流業などが先乗りしている。
注意すべきリスクがあるものの、2つの強み
当面のミャンマーへの投資は5,200万人
日本からカンボジアの製造業への投資
がある。
の人口を擁する国内市場開拓が柱となろ
については、従来は世界全体からの投資と
第1は、国民が若いということである。カ
う。
この点から、
カンボジアとミャンマーの間
同様に縫製業向けが目立っていたが、
近年
ンボジアの 人 口は約1,600万 人
(2015
で投資目的は一定の棲み分けがなされると
は縫製業への投資には陰りがみられる。
こ
年)
で、
CLMのなかではラオスの約700万
考えられる。
の背景には、
2012年に月額61米ドルだっ
人よりは多いものの、
ミャンマーの約5,200
た最低賃金が年々上昇し、
2016年1月に
万 人は下 回る。
し
は140米ドルに達したことがある。
たとえば、
かし、今 後の伸び
同じく縫製業が盛んなベトナムと比較する
しろという観 点か
と、
ハノイやホーチミンといった主要都市部
らみると、
カンボジ
の最低賃金とはまだ開きがあるものの、地
アでは経済を支え
方部の最低賃金とはすでに同等以上のレ
る若 年 層 の 人 口
ベルにある。2013年の総選挙で野党に猛
が増え続け、人口
追されて辛勝に終わったフン・セン政権は、
ボーナス
(15~64
支持挽回のために最低賃金を引き上げて
歳 人 口の総 人 口
おり、2017年からは153米ドルとすることを
に 占 める比 率 が
承認し、次の総選挙が行われる2018年に
上昇すること)
は、
は160米ドルまで引き上げることを目標に
2045年 頃まで継
掲げている。2018年に向けて、縫製業の
続すると予想され
ように生産コストに占める人件費の割合が
ている。これに対
高い産業にとって、
カンボジアの賃金上昇
し、
ミャンマーでは
は投資のリスク要因として注視していくべき
15~64歳以上人
だろう。
口の比率は2030
一方、
ワイヤーハーネスや二輪車用発電
年頃で頭打ちとな
日本からカンボジアへの直接投資を業
カンボジアではタイ・プラスワン型の投資が
図表2. カンボジアおよび周辺国地図
ン川
メコ
インド
昆明
中華人民共和国
南北経済回廊
ミャンマー
ハノイ
ハイフォン
ラオス
ヤンゴン
ティラワ
東西経済回廊
ダウェー
ダナン
タイ
モーラミャイン
バンコク
カンボジア
ベトナム
プノンペン
ホーチミン
南部経済回廊
(資料)
みずほ総合研究所作成
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