患者別事故報告書(5) I.経過 1.1 手術までの経過について ●歳●性。既往歴として ● 年前に●●●を受けている。C 型慢性肝炎,肝硬変 のため当院の肝臓 内科に通院中であった。● 年来,糖尿病の加療中であり,腎症,網膜症を合併し ていた。 ● 年 ● 月 ● 日の腹部 CT で肝 S8 に小結節あり。血管腫が疑われたが,肝細胞癌も鑑別として あ げられた。同年 ● 月の腹部エコー,● 月の CT,● 月のエコーにて増大傾向はなかったが,●月 ● 日の CT にて少し増大(径 15 ㎜)していたこと,血液検査で AFP 102 ng/dl と上昇していたことよ り,肝細胞癌が疑われた。肝臓内科医より,ラジオ波などの治療もあるが,手術のほうが確実との 判 断があり,同日第二外科を紹介され受診した。手術予定となり,糖尿病のコントロールのため ●年● 月● 日に入院,内分泌内科医の指示にてインスリンを調節した。手術前の主な検査所見 (2014.12.6)では,Hb 11.7g/dl,アルブミン 3.1g/dl とやや低値,AST53 IU/l,ALT 37 IU/l,LDH 245 IU/l,血糖 102 mg/dl。入院後の血小板値は 6 万~9.9 万/μl と低めで推移していた。軽度貧血 あり,自己血貯血は ●月 ●日に 1 回行った。 1.2 手術について ●年 ●月 ●日,腹腔鏡補助下肝 S8 切除術。手術室への出棟は ●時 ●分,深夜● 時 ●分病室へ帰 室。手術時間は 7 時間 37 分。出血量 1,032g。 手術は腹腔鏡下操作で肝臓右葉の周囲の剥離をして,右肋弓下に約 12 ㎝の皮膚切開をおき,開 腹手術と同様の手技にて肝切除を施行した。病変が前上区域(S8)単発で約 2 ㎝であり,肝 S8 亜 区域のみの切除(約 15%)とした。肝切離予定線上にある胆嚢を摘出。肝臓の右葉は容易に剥離で き る部位までとして,下大静脈と副腎の右側までにとどめた。肝臓から流出する右肝静脈や中肝静 脈の 本幹は温存,S8 から流入する枝だけを結紮切離。創部を閉腹して,肝切離面の近傍に腹腔ド レーン を留置して手術を終了した。 病理組織学検査結果は胆管細胞癌であった。 1.3 1.3.1 手術後の経過について 手術後入院経過について ●. ●(1) 術後 1 日目:以下カッコ内は術後日数 嘔気あり,輸液にて経過観察。肝切離面ドレーン は淡血性で 250ml。血糖は 300 mg/dl でインスリンを増量。 ●. ●(2) 嘔気は軽快し食事開始。酸素投与を中止すると SpO280 台に低下。血糖 262 mg/dlでイン スリンを増量。 (Hb 10.2g/dl,血小板 5.1 万/μl,アルブミン 3.1g/dl,AST681 IU/l,ALT 260 IU/l, LDH 607 IU/l,BUN 16 mg/dl,クレアチニン 0.67 mg/dl,血糖 315 mg/dl,CRP 0.4 mg/dl) 1 ●. ●(3) 腹水が増加,胸水も認め,移動時の息切れあり,動脈血酸素飽和度が低下。レントゲン 上で右胸水貯留あり,アスピレーションカテーテルを挿入。カテーテル挿入後,600mlの胸水 を排液。血圧上昇あり,術前より内服していた降圧剤を再開。利尿剤も開始した。 ●. ●(4) 右胸腔ドレーン 180ml(淡血性)。腹腔ドレーン 200ml(淡血性)にて抜去。ふらつく歩 行は可能。 ●. ●(5) 夕方より嘔気あり。腹腔ドレーン抜去,縫合。疼痛あり,日直医が鎮痛剤にて対応。 塩酸モルヒネも継続。腹腔ドレーン抜去部より滲出液が多量。 ●. ●(6) 胸腔ドレーンより淡血性の排液少量ずつ,臍部より淡々血性の滲出あり。腹腔ドレー ン抜去部より滲出多く,日中 2 回ガーゼ交換。右胸腔からも 100ml 滲出あり。 (Hb 10.0g/dl,血小板 4.8 万/μl,アルブミン 2.9 g/dl,AST 120 IU/l,ALT 88 IU/l, LDH 297 IU/l,BUN 33 mg/dl,クレアチニン 0.91 mg/dl,血糖 272 mg/dl,CRP 0.64 mg/dl) ●. ●(7) 食欲は 7~9 割以上摂取可能となる。輸液を終了。 ●. ●(8) 臍の創部から腹水の漏出が続く。25%アルブミンを投与。 ●. ●(9) 腹部膨満と下肢浮腫著明。1 時間毎にガーゼ交換する。CT 撮影し,明らかな胸腹水を 生じるような異常なし。 偶発的に右肝動脈の後区域枝末梢に仮性動脈瘤がみつかる。予 防的にコイル塞栓を行った。 ●. ●(10) 肝機能は大きな問題なし。また,胸水1日量が 150ml,50ml,10ml と 3 日間減少したた め,胸腔ドレーンを抜去した。 ●. ●(11) 臍の創部からの滲出あり,縫合処置を行った。 ●. ●(13) 利尿剤に反応,尿量が 1500~3000ml 以上となり,腹水の創部からのしみだしは減少。 ●. ●(14) 滲出少なく,夕方より朝まで交換せず,腹部膨満も改善傾向。 ●. ●(15) 肝臓内科,糖尿内科を受診,定期的に外来で経過観察の方針となる。 ( Hb 8.9 g/dl,血小板10.8 万,アルブミン 2.7g/dl,AST 99 IU/l,ALT 41 IU/l,LDH 266 IU/l,BUN 28 mg/dl,クレアチニン 0.79 mg/dl,血糖 339 mg/dl,CRP 0.79 mg/dl) ●. ●(17)再度,ドレーン抜去部より滲出液増加し,日中ガーゼ交換 2 回。 ●. ●(18)腹部の創から滲出あり。退院に向けてご家族にガーゼ交換の指導。 ●. ●(20) 創部の滲出液は 5 枚ガーゼをあてて対応可能であり,病棟での測定では血糖値 100~ 200 台。退院となる。 1.3.2 退院後の経過について ● 年 ●月 ●日 22 時 30 分過ぎにご家族より電話があり,当該科当直医が対応。 腹痛あり下痢が 7 回,発熱,嘔気はなく水分摂取はできているとのことであっ た。緩下剤の酸化マグネシウムを中止して,症状悪化が続くようなら来院する か,近医を受診してもらうように説明した。 ●月 ●日 腹部膨満感が強いとのことで救急外来受診。当該科日直医が対応。腹満強く, 末梢冷感,口渇強く,蠕動音は聴取。創部からの滲出多く,エコーでは腹水著明。 血性腹水 2,000ml 排液。日直医は主治医に電話連絡,点滴をして,翌日再診して もらうことになる。 2 検査所見:Hb 10.4g/dl,血小板 5.4 万,アルブミン 2.3 g/dl,AST 96 IU/l, ALT 41 IU/l,LDH 607 IU/l,BUN 43 mg/dl,クレアチニン 2.94 mg/dl,血糖 119 mg/dl,CRP 11.68 mg/dl。 日直医より主治医へ電話連絡した際に主治医は,●月●日の電話内容を承知し ており, 発熱や腹痛はなく腸炎疑いの症状は改善傾向と考えた。苦痛をきたして いる腹部膨満については腹水穿刺にて軽減が図れると考え,根本的な腹水治療に ついては入院が必要と考えたとのことで,最終的には ●月● 日に再診となった。 この日の検査結果については,主治医には伝わっていな かった。 ●月 ●日 自宅で意識なく,蘇生しながら救急車にて来院。到着時心肺停止,既に 硬直をきたしつつあった。約 1 時間蘇生行うも●時 ● 分死亡確認となる。 II. 調査委員会の検証と評価 2.1 手術適応について 主治医は,CT において増大傾向にある S8 に限局する腫瘤は,造影所見は特徴的ではなかった が,肝細胞癌の可能性を考えた。典型的な肝細胞癌であれば,大きさからはラジオ波焼灼術も選択 肢となりうるが,● 月から ● 月までの経過で AFP が 50 台から 100 台に上昇していること, CT 所見では辺縁が不整に造影され,エコーでも境界不明瞭であったことなどより,微小転移を有 して いる可能性を考えた。 調査委員会では根治性を考えると,手術が第一選択肢であると判断した。 2.2 手術前評価について 慢性肝炎患者における重症度の診断指標とされる Child-Pugh score は 6点,Grade A であった。 このような所見から,主治医は,今回の肝切除の手術侵襲(S8亜区域切除)には耐えうるものと考 えた。しかし血液検査上は,術前の血小板が 6~7万と低下しており,ある程度進行した肝硬変 と考えるべきであり,亜区域切除を行うにあたっては,肝予備能をより慎重に評価し,切除範囲を 決定 する作業が求められる。本患者については,肝切除後の残肝機能を予測するための手術前評価 として行われるべき ICG15 分停滞率,容量計算が行われていなかった。ICG15 分停滞率を測定し ,幕内基準に照らし合わせて,切除可能範囲を判断する必要があった。 不十分な術前評価ゆえに,術後に肝予備能低下による難治性腹水を生じる結果となった。 2.3 手術前の審議について 第二外科消化器外科グループ(上部下部消化管外科チーム,肝胆膵外科チーム)の合同カンファ レンスが週 1 回行われ,新患,術前,手術後の症例提示がされている。また,手術症例に ついては 診療科長も出席する手術当日朝のカンファレンスにて報告される。しかしながら,診療録には,カ 3 ンファレンスにおける具体的審議内容や決定事項についての記録が残されていなかった。 また,第 二外科の医師へのヒアリングの結果,他のチームの医師から意見が述べられることはなく,実質的な 審議が行われていなかった可能性が考えられた。このようなことから,審議は不十分であった。 2.4 診療録記載と手術説明について 日々の診療録記載が乏しく,適応や術前評価,治療の方針決定の判断等における当該医師の思考 過程が不明である。 説明同意書には合併症の羅列と,図示と術式,予測される簡単な経過が記載されているのみであ った。代替治療の選択肢,合併症や死亡率の具体的データが示された記録がないことから,不十分 な説明であった。 2.5 手術中対応について 腹腔鏡下胆嚢摘出後,右季肋下 12 ㎝の切開創により小開腹下で肝切除を行っている。手術後の 肝機能低下には手術操作が関連した可能性はあるが,診療録の記載が乏しく調査委員会では判断で きなかった。また,術後に発覚した後区域肝動脈の仮性瘤についても,何らかの術中操作が影響し た可能性がある。 2.6 手術後の管理について 術後20日目に,主治医は,腹水は減少傾向で体重も減っていたため,創部の閉鎖が期 待できる 状態と考え,創部の滲出に対してガーゼ交換を指導して退院とした。しかしながら,臍部創やド レーン抜去部からの浸出が多い,という記載もあり,血液検査上も,血小板低下やアルブミン低値 などの所見があったこと等から,この時期の退院は無理があった可能性がある。また,既に肝不 全に陥っていたと考えての慎重な対応が求められ,退院させるとしてもその後の経過には注意を 払う必要があった。 2.7 退院後の対応について ● 年 ●月 ●日 ● 時 ●分過ぎにご家族より電話あり,当直医が対応。 腹痛あり下痢が 7 回,発熱,嘔気はなく水分摂取はできているとのことであった。緩下剤の酸化マグ ネシウムを中止して,症状悪化続くようなら来院するか,近医受診してもらうよう説明した。 ● 年 ●月 ●日,当院救急外来来院時,腹水を2,000ml 穿刺して帰宅,翌朝心肺停止となった。 当日,対応 した日直医と主治医との間の連絡では,腹水を抜いたことは伝えられ,輸液の指示があり,翌日来院 してもらうことになった。血液検査が行われており,BUN 43mg/dl,Crea 2.94 mg/dl,CRP 11.68mg /dl などの異常があったが,主治医には伝わっていなかった。手術後の大量腹水という状態であった こともあり,診療科内の連携により,救急外来受診時に肝不全かつ急性腎不全として入院の上,治療 を行う必要があった。 4 III. 結 論 ① ある程度進行した肝硬変を有する患者であり,ICG15 分停滞率や容量計算を行って切除可能な 範囲を慎重に検討する必要があった。S8 亜区域切除により,残肝予備能の低下をもたらし,手 術後の難治性腹水を惹起した可能性が高く,手術前の評価不足が問題であった。 ② 手術前のインフォームドコンセントにおいて,代替治療の選択肢,合併症や死亡率の具体的デ ータが示された記録がないことから,不十分な説明であると判断した。 ③ 腹水の持続を手術後肝不全として認識すべきであった。 ④ 退院後の救急外来受診時には急性腎不全の状態であり,緊急入院させて加療を始めるべきであ った。 ⑤ 以上のことから,過失があったと判断される。 5
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