日本からアジアを見る 時代の終わり - Nomura Research Institute

視点
日本からアジアを見る
時代の終わり
野村総合研究所
執行役員
中国・アジアシステム事業本部長
ひがしやま
し げ き
東山 茂樹
筆者がアジア事業に携わって 15 年になる。
が「世界の市場」となっていくのは間違いな
この間、香港とシンガポールでの駐在期間を
いだろう。
含めて、アジア各地で活躍されている日本企
業の方々から IT サービスに関するご相談を
東南アジアは、民族や制度、労働習慣、中
たびたび頂いているが、最近その内容が変
産階級の成長度合いはさまざまで、モザイク
わってきている。これは、2000 年代初頭か
といってよい多様性があり、単一の市場戦略
らの日本企業の中国進出ブームが一段落し、
では対応できない。インドについていえば、
近年、東南アジアを目指す動きが加速してい
アジアよりもヨーロッパに近い特別な市場で
ることに関係している。
ある。
製造業、とりわけ自動車に代表される加工
そうなってくると、アジアにおける経営や
組み立て系産業では、従来からタイを中心と
IT の戦略を日本ですべて立案するのは無理
してアジア展開を進めてきたが、今ではイン
である。実際、日本からアジアを見て経営や
ドネシアやフィリピンにも拠点を置く企業が
IT の戦略を立てるのではなく、アジアの現
増えてきた。最近では、タイに加えて LMC
地に視座を移し、そこから戦略を考えようと
(ラオス、ミャンマー、カンボジア)の 1 国
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いう流れが強まっている。
を加えた T + 1 に製造機能を置く企業も
例えば、日本のある金融機関は、日本の本
増えている。これには、タイにおける製造コ
社が担っていたアジア IT 戦略の立案機能を
ストの上昇や、洪水問題もリスク要因となっ
シンガポールの地域統括拠点に移している。
ていることが理由として挙げられるが、イン
本社機能の一部をシンガポールに移す企業も
ドネシアやフィリピンに、中産階級の台頭に
増えており、日本本社の役員クラスが、アジ
よって大きな市場が生まれつつあることも大
ア戦略の指揮を執るために 1 年の多くをシン
きい。
ガポールの地域統括拠点で過ごすという企業
2000 年代、中国の変化を表すキーワード
も増えつつある。こうした動きに伴い、地域
に「世界の工場から世界の市場へ」というも
統括拠点の IT 部門が現地で果たす役割もこ
のがあった。2015 年末には ASEAN 経済共同
れまで以上に重要になる。実際、IT 部門の人
体(AEC)が発足することになっており、ベ
員を増やしたり、アジア各国の経験ある現地
トナムやミャンマーなども含めて東南アジア
スタッフを招集したりしている企業がある。
| 2015.03
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また近年は、これまで日本からの視点でひ
応するためのパッケージ導入は従来から行わ
とくくりにされていた、中国本土でのオペ
れているが(日本本社ではさまざまな理由で
レーションとインドを含む東南アジアでのオ
新規開発が多く、パッケージであってもいろ
ペレーションが、徐々に個別に統制されるよ
いろ作り込まれている)、日本本社で決定さ
うになってきている。アジア内で違いがはっ
れたパッケージをそのまま現地に適用するの
きりしてきたことで、異なったオペレーショ
ではなく、日本本社のパッケージとインター
ン統制が必要になったということであろう。
フェースなどの整合性を吟味した上で、現地
こうして、中国のことは中国で(または日
が使いやすい(現地できめ細かいサポート
本から)
、インドを含む東南アジアはシンガ
サービスが受けられる)、現地スタッフの IT
ポール(またはタイ)から統制するという図
リテラシーにマッチしている、コスト的に現
式が出来上がりつつある。
地マネジメントの負担にならない、といった
条件を満たすパッケージを導入しようという
従来、海外拠点におけるアプリケーション
企業が増えてきている。
や IT 基盤の整備については、日本本社の「IT
これはパッケージの 2 層化であり、本社の
企画部」や「海外システム課」といった名前
要求である経営の可視化および迅速な連結会
の組織で基本方針が議論・決定されてきた。
計と、現地における現実的なマネジメントの
そして現地では、その方針に基づいてベン
整合を図るものである。現地のクラウド事業
ダーの選定やハードウェア・ソフトウェアの
者を活用したサーバー設置も選択肢に入るた
調達が行われていた。現在も、投資に関わる
め、日本の IT 部門の基盤担当者が現地に駐
計画の枠組みは日本本社で決められることに
在するケースも増えると考えられる。
変わりはないが、その枠組みの中でも、現地
一般ユーザー向けのヘルプデスクなどの
の裁量範囲がどんどん拡大している。
サービスもどんどん現地化されている。例え
アプリケーションでは、グローバルなア
ば、欧米企業だけでなく日本企業もフィリピ
プリケーションを、「グローバル」「リージョ
ンの BPO サービスを利用するケースが増え
ン(地域)
」
「各拠点」の 3 つのレイヤーに分
てきている。日本国外にいわゆる AMC(ア
け、日本本社はグローバルレイヤーにだけ関
プリケーションマネジメントセンター)を設
わり、リージョン以下のレイヤーを現地側に
置しようというのである。
一任する企業が増えつつある。IT 基盤でも
このように、アジアの現地拠点は、日本の
同様の傾向が強まっており、これには、多様
本社と連携を取りつつ、アプリケーション、
なクラウドサービスの選択の必要、セキュリ
IT 基盤、オペレーションサービスなどさま
ティ問題の複雑化などが背景にある。
ざまな面で、自ら IT 戦略を策定し実行する
これに伴ってアプリケーション開発の手法
という流れが定着してきた。日本からアジア
にも変化が見られる。国によって異なる税制
を見る時代は、IT という側面でも終わりを
や商慣習にできる限り短期間、低コストで対
告げようとしているのである。
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2015.03 |
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