MESSAGE 自動車市場では国内メーカーの業績が順調に 回復し、2013年度の生産実績はリーマン・ショ ック前の水準にほぼ戻った。トヨタ自動車の販 売台数は1000万台に迫る勢いである。欧米メー カーでは、VW(フォルクスワーゲン)グルー プの成長が著しい。 クルマに学ぶ ものづくり課題の 本質 そのトヨタ自動車・VWグループをはじめと する自動車トップメーカーが、今後の成長戦略 の柱として前面に出しているキーワードの一つ が「モジュール化」だ。クルマでいうところの モジュール化は、数万点に及ぶ部品群を車種ご とに一から組み立てるのではなく、「車体」「エ ンジン」「コックピット」など、あるまとまっ 執行役員基盤サービス事業本部副本部長 舘野修二 た単位でクルマを組み立てられるようにするも のだ。モジュール化することで、部品数と車種 当たりの設計工数を大幅に削減できるため、コ スト削減と納期短縮が可能になる。 コスト削減はメーカーにとって永遠の課題だ が、事業戦略にこのような設計手法が掲げられ ることは珍しい。コスト競争力をつけつつ、EV (電気自動車)や燃料電池車などの次世代技術 に対応していくには、従来の調達や現地化生産 の改善だけでは限界があるということだろう。 コスト構造については、情報システムにおい ても同じ課題を抱えている。オフショアへの委 託生産は高コスト化し、調達・製造工程でのコ ストをこれ以上下げるのが難しい。設計段階で コストをコントロールせざるをえない状況だ。 自動車業界が現在取り組んでいるモジュール 化戦略と照らし合わせれば、情報システムでは 30年以上前から構造化設計やソフトウエアの部 品化・モジュール化の必要性が語られてきた。 しかし、コスト削減に構造化設計や部品の標準 2 知的資産創造/2014年 9 月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。 CopyrightⒸ2014 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 化が寄与したという話はあまり聞かない。それ ことだ。個別最適によって、データの重複持ち、 どころか、構造化してつくったはずのシステム 品質のばらつき、全体性能の低下などの問題が がいつのまにか「スパゲティ状態」になってし 起きる。だが、この問題も情報システムに限ら まい、ブラックボックス化してしまった、とい ない話だ。クルマの例で言えば、エンジンを車 う話があふれている。 体に取り付ける場合、エンジンの重心に合わせ 情報システムとクルマの生産を全く同じに語 て車体への取り付け位置を調整し、クルマ全体 ることはできないが、グローバル競争にさらさ の重量バランスを設計していくのが従来のやり れた自動車メーカーの工夫と知恵は参考にでき 方だった。エンジン設計中心の考え方だが、こ るはずだ。情報システムが抱えてきた問題点を の方法だとエンジンの種類ごとに車体設計が必 自動車になぞらえてみると、思いのほか課題の 要となってしまう。VWでは、ガソリン用エン 本質が見えてくる。 ジンのシリンダーヘッドの取り付け位置を回転 させて、ディーゼル用エンジンと同じ重心バラ 情報システムの構造化と部品化がうまくいか ンスにすることで、車体を共通化することに成 ない要因の一つは、断続的なマイナーチェンジ 功した。こうした問題解決が可能になった背景 を何年も繰り返していくうちに、データの結線 には、まず全体設計の視点から優先すべき目標 が複雑に入り組んでしまうことだ。またコピー が何かを指示できるリーダーがいて、その目標 が簡単なため、似て非なる部品が量産されてし に向かって車体設計者とエンジン設計者の間で まい、標準化の利点が発揮できない。だが、ク 綿密な擦り合わせがあったものと想像できる。 ルマの設計においても同様の課題があるという。 モジュール化と擦り合わせは対立する概念と 部品の改良や新技術の採用は高性能化に欠か して語られることが多いが、実際には擦り合わ せないが、モジュール設計が甘いと仕様がすぐ せなしにモジュールの設計はできないのだ。 に陳腐化してしまい、モジュールの派生品が 「全体最適」という語感からは、トップダウン 次々できることになる。そのような状況になら で機能分解することをイメージしてしまうが、 ないために、モジュールの設計段階で、将来の 個別最適化されたものを、システム全体の目標 改良要素や技術開発の方向性をある程度予測し に向けて擦り合わせ調整していくプロセスが真 ておくことが求められるそうだ。情報システム 実なのかもしれない。 の要件定義工程では、ユーザーの要求事項やシ ステムの制約事項を定義するまでにとどまるこ 情報システムの問題解決にこのようなクルマ とが多い。構造化設計の課題はとかく方法論の のものづくりの知恵が活かされることは興味深 問題に帰着しがちだが、課題の本質は、将来の い。一方、自動車においても、電子制御の役割 変更をどこまで予測して設計に取り込むことが が急拡大してきており、今後は大規模なソフト できるか、にかかっているということだろう。 ウエア管理の課題に直面するはずだ。ソフトウ 情報システムでよく起きるもう一つの問題は、 システムの設計が個別最適に進められてしまう エア産業の知恵が活かされる場面を期待したい。 (たてのしゅうじ) クルマに学ぶものづくり課題の本質 3 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。 CopyrightⒸ2014 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
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