バランススコアカードの導入手法 - Nomura Research Institute

バランススコアカードの導入手法
ERP(統合業務パッケージソフト)などの導入により基幹システムの再構築が一
段落した企業は、次のステップとして経営管理システムの構築・導入に乗り出してい
る。そこへ登場したのがバランススコアカード(Balanced Scorecard:以下BSC)
である。本稿では、この手法について、システム部門の立場から考察する。
総合的な経営戦略評価の手法としてのBSC
BSCの概要
BSCは1992年にハーバードビジネススクー
BSCの全体像を図 1 にまとめた。BSCの中
ルのカプラン教授らによって提唱された経営
心は「戦略マップ」である。戦略マップは企
管理の手法で、米国では理論・実験の段階か
業戦略を系統的に図示したもので、重要経営
ら展開・定着の段階へと企業の取り組みが進
指標(Key Performance Indicator:KPI)の
んでおり、多くの成果が報告されている。
因果関係図となって表示される。戦略マップ
BSCは情報システム部門によるサポートが必
は持株会社やカンパニーといった組織単位や、
須であるが、システムとの相性もよく、今後
営業戦略や投資戦略といった戦略単位など、
日本でも急速に普及していくものと思われる。
見たい角度に合わせて作成することができる。
BSC理論では、企業が自社の業績評価を行
戦略マップ作成のためにさまざまな活動を実
うに際し、従来の財務指標だけでなく、顧客、
施することになるが、この社内横断的な検討
内部プロセス、学習・成長といった観点に基
過程がBSC導入の醍醐味とも言える。
づく非財務指標も取り込んで、総
企業ビジョン
合的に判断しようとする点が、他
の理論と異なっている。
フィードバック
しかし、非財務指標は業界や個
別企業ごとに最適な指標が異なり、
また各指標間の因果関係も判断し
企業戦略・
重点施策
戦略マップ
全社戦略
指標向上施策
なくてはならないことが、BSCを
人事評価制度
チャネル評価制度
など
とっつきにくいものにしている。
それだけに、経営管理システムの
部門戦略 ・・・・・ 部門戦略
フィードバック
再構築・高度化を検討しているシ
ステム部門は、BSC理論の本質を
充分に理解し、システムに反映し
ていくことが求められている。
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指標群(KPI)
情報システム群
図1 BSCの構成要素
システム・マンスリー 2001年5月
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表1 BSCに対する5つの誤解
誤 解
正 解
BSCにより自社の経営戦略が作れる。またはその
ヒントを提供してくれる。
経営戦略そのものはすでに企業に存在する。それは経
営計画として書類になっていることもあるし、経営ト
ップや幹部社員の頭の中にあるかもしれない。BSCは
その経営戦略を整理し、管理する手法である。
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BSCを導入すると経営管理指標が出てくる。また
は、業界ごとに標準の指標テンプレートが存在し
て、それに多少味付けをすれば自社で使える。
BSCは戦略を整理する際の座標軸や視点を提供し、さ
らに戦略を言葉だけに終わらせずに具体的な数値指標
で管理することを要求するものである。
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BSCはパッケージソフトだから、導入すればすぐ
に動かすことができる。
BSCは経営管理手法であり、パッケージソフトはその
一部の機能を具現化しているに過ぎない。
BSCは経営管理手法だから全社的に一度に導入し
なければならない。
導入は全社一斉でなくてよい。事業部や本部のような
特定の組織、特定の職階、事業戦略といった切り口で
段階的に導入し、それを徐々に広げていくことが可能
である。
指標を算出する元データが不足していると導入し
ても意味がない。
非財務系の指標は元データが存在しないことが多いが、
当面の間は代替指標や近似値・傾向値で間に合わせ、
正しいデータが取れるようにシステム化計画を策定す
るべきである。
1
4
5
システム面から言えば、戦略マップに表示
BSCへの誤解と正しい理解
される指標は、問題点の原因究明のために
ところで、筆者がBSCの導入において、お
徐々に細かいレベルへと深化させることが必
客様と接する時、BSCに対する誤った認識が
要である。したがってシステムの理想のゴー
多いことに気づかされる。その代表的なもの
ルは、戦略マップに表示される指標がすべて
を表 1 に示す。これらはいずれも部分的には
データベースのデータに立脚することである。
正しいが、基本的に誤解である。
戦略マップの周りでは、経営指標を向上さ
せるための各種施策(たとえば人事評価制度
BSC導入を成功させるために
の改革など)が検討され、それがまた戦略マ
(1)BSCの適用範囲とレベル
ップにフィードバックされる。戦略的なPlanDo-Seeサイクルの構築である。
BSCの導入にあたってまず検討すべきなの
は、BSCの適用範囲とレベル(深さ)である。
BSC導入にあたっては、図 1 に示した構成
BSCは必ずしも全社の戦略を一度に組み込む
要素がバランスよく検討される必要がある。
必要はない。事業分野が異なる子会社・本部
そして、戦略を明確にして数値に置き換え、
を複数持つ巨大企業では、一つの戦略マップ
それを向上させる施策と目標値を具体的に定
に押し込めることが無理なことも多い。そこ
義することが重要である。
でBSC導入にあたり、最終目標とする適用事
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業範囲、そこへ向けての段階的な適用範囲を
自社の戦略と、社員の行動のベクトルを合わ
切り分け、各段階での対象社員の範囲(たと
せ、その結果をまたBSCへフィードバックす
えば部長まで、課長まで、全社員などのオプ
るサイクルを確立する。社内委員会のような
ションが可能)を明確にする。このステップ
別組織ではなく、日常業務そのものに立脚し
はトップダウンで進めるべきで、経営トップ
た努力が必要である。組織や人事の評価が
や経営企画部門の主導で行うべきである。
BSCの戦略に組み込まれていれば、必然的に
社員の関心が高まるため、より確実に定着さ
(2)BSC導入のためのフェーズ別推進体制
せることができる。
次に、導入体制にはさまざまなオプション
が考えられるが、以下のように大まかなフェ
ーズに分けて推進するのが望ましい。
①戦略定義フェーズ
トップダウンで経営戦略を上位の戦略マッ
(3)BSC導入時のポイント
さらに、BSC導入を成功させるポイントを、
内容とシステムの両面から見てみよう。
①内容面
プ、KPIへ落とし込んでいく。経営企画、経
戦略マップや経営指標を検討する時に問題
理、人事、システム部門を中心にして、経営
になるのは、企業の存続目的が明確か、事業
層(経営トップ、事業部門長など)を巻き込
の選択と集中が適切に行われているか、トッ
んだワークショップを組織し議論する。トラ
プの指導力が充分か、などである。これは通
イアンドエラー方式で戦略マップを何度も作
常の企業戦略や中長期経営計画の策定と同じ
り直すことになろう。
である。少なくとも経営層がこれらの問題に
②展開フェーズ
関して明確なビジョンまたは危機意識を持っ
戦略マップをブレークダウンし、小規模な
ていることがBSC導入の前提となる。自社を
パイロットシステムを使って日常業務への適
どういう角度でモニタリングしたいのかがは
用を検証していく。戦略定義フェーズのメン
っきりしなければ、指標(データ)の出しよ
バーを核として、適用する業務の担当部課長
うがないからである。
を巻き込み、BSCを活用した業務オペレーシ
②システム面
ョンを検討させる。
③定着フェーズ
業務オペレーションに適用したBSCを、社
以下の 3 点が代表的なものである。
i ) ユーザーのリテラシー
情報システムとしてのBSCは、対象ユーザーと
員のモチベーションにまで深く浸透させる。
して経営トップから一般社員まで幅広い層が想定
対象は全社員とする。BSCにより提示される
され、パソコン操作などのリテラシー(扱う能力)
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はレベルがまちまちであ
〈ユーザー〉
る。したがって基本的な
バランススコアカード
操作は誰にでもできるこ
とが必要条件だ。今日で
〈経営企画部門
人事部門 など〉
は企業のIT化が進んで
データベース
検索ツール
(OLAPなど)
データベース
データウェアハウス
おり、環境は飛躍的に向
上している。操作のレベ
ルとそれに必要な情報リ
非業務系データの
手入力(補助)
テラシーを、この環境に
合わせて定義していくこ
とが大切になる。
データ加工
システム
(ABCなど)
外部向け
システム
(BtoC、BtoB
など)
ii )デ ー タ の セ キ ュ
リティ
BSCで利用されるデータには機密性の高い
情報系
システム
業務系
システム
図2 BSCシステム概念図
ベース(またはデータウェアハウス)を中心
に置き、データの種類が増える部分をそこで
もの(人事評価情報、販売チャネル評価情報、
吸収する。そうした拡張が行いやすいハード、
新技術/新製品情報など)も含まれるので、
ソフトを検討し、それに向けてシステム基盤
どのデータ(指標)を誰に開示するかを、体
を移行していくことも必要となるだろう。
系的に検討する必要がある。ただし、あまり
神経質になって閉鎖的になると、BSC導入の
BSCの導入には、ERPベンダー各社から提
効果が限定的になる恐れがある。データ開示
供されているパッケージを利用する方法もあ
の影響に充分に配慮した上で、社内的な規制
る。また、経験豊富なコンサルティングパー
緩和を敢行し、より次元の高い情報開示を目
トナーを利用することも有効な手段である。
指すべきである。
いずれにせよ、BSCに関する誤解を払拭し、
iii )システムの拡張性
システム、経営企画、人事の各部門からなる
BSCの概念的なシステム構成の例を図 2 に
チームにより、経営トップの強力なバックア
示す。BSCは徐々に進化し、取り込む情報も
ップのもとに推進していくことが、BSC導入
増えていく。そのため業務系、情報系の違い
の成功につながる(NRIのノウハウの詳細に
を越えて、幅広くデータを取り込み、共通の
ついては、2001年 2 月発売の『実践バラン
技術の上で閲覧・分析できるプラットフォー
ス・スコアカード』日本経済新聞社刊参照)。
ムを検討する必要がある。基本的にはデータ
(野村総合研究所 宮田久也)
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