社会変革を駆動 するパワー

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MESSAGE
新世紀を目前にした今、国民の間に変革に
チャレンジしようとする機運が盛り上がって
いる。NRI 野村総合研究所が行った「生活者
1万人アンケート調査」によれば、「より良
い生活のためなら、今の生活を変えることに
もチャレンジしていきたい」とする人は、
1997年4月には45%だったが、今年6月では
68%、実に国民の3分の2に達した。
社会変革を駆動
するパワー
その根底にあるのは、20世紀後半を彩った
護送船団方式の崩壊に伴う、自己防衛、自立
の意識の芽生えである。終身雇用制の崩壊、
学校教育の行き詰まり、医療・年金制度の破
綻など、われわれを同じ船に乗せて安心させ
主幹、研究創発センター長 玉田 樹
ていたシステムが崩れ始めたため、自分の生
活を自らが防衛し、既存システムに依存する
ことなく自立することが必要になったからに
他ならない。
こうした生活変革の機運を具体的な形にし
ていくためには、新しい社会システムの登場、
すなわち社会変革が不可欠である。これは、
金融システムや産業構造の変革に劣らず、実
施が困難なものである。それはコンセンサス
づくりが難しいだけでなく、変革を駆動する
パワーを発見しにくいからである。
最近、IT(情報技術)革命の一環として情
報利用能力を高めることを目的とした受講券
構想が、中央省庁、関連産業、マスコミ、受
益者としての学校などから受け入れられず、
結局、変革を駆動するパワーが得られなかっ
たため日の目を見なかった。この象徴的な例
が示すように、社会変革を駆動するパワーを
見つけだすのは容易ではない。しかし、探索
の仕方によっては決して不可能ではない。
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知的資産創造/2000年12月号
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社会変革に結びついた過去の3つの例を紹
介しておきたい。
1962年、高度経済成長を実現するために、
全国総合開発計画が策定され、新産・工特法
んばかりの高揚を必要とする。その際、その
高まりを適切に誘導するパワーが必要であ
る。過去の3つの例から、パワーの源泉とし
て3つの様態が考えられる。
(新産業都市建設促進法、工業整備特別地域
1つは法律制度をつくることによって社会
整備促進法)が成立した。太平洋ベルト地帯
的ニーズを誘導することだ。2つ目は主婦を
に集中的に工業地帯を開発し、リーディング
はじめとする住民パワーであり、3つ目はリ
産業を育成したのである。これによって地方
ーディング企業が率先垂範することだ。重要
の農家の次男・三男などが数百万人規模で民
なのは、社会変革を駆動するパワーは、必ず
族大移動を起こし、今日の経済的繁栄ととも
しも中央政府だけにあるのではなく、住民や
に、過疎・過密問題のきっかけをもたらし
企業にも存在するということである。
た。ともあれ、経済成長ニーズと余剰労働力
を結びつけ、社会変革を駆動したパワーは、
「生活を変えることにもチャレンジしていき
新産・工特法という制度であった。
たい」という今日的な生活・社会変革ニーズ
第2の例は、1973年に石油ショックに見舞
の高まりに対して、その変革を駆動するパワ
われ、これを境として公害問題に社会変革が
ーを見つけ、21世紀にふさわしい社会を構築
起こったことである。当時、高度成長のツケ
することが最重要課題となり始めた。
として公害が深刻な事態になり始めていた
「自然が多いところに住みたい」というニー
が、産業・企業のエネルギー使用量の削減を
ズの高まりに対して、たとえば「別荘」制度
後押ししたのは、生活者とりわけ主婦を中心
が導入されれば、約40年前とは逆に、地方へ
とする住民パワーであった。井戸端会議が共
の人口の大移動が起こり、豊かな社会の実現
通の話題で盛り上がったとき、社会は変化せ
に一歩近づけるかもしれない。
ざるをえないことが実感された。
また、「賃金を上げるより現在の雇用を守
第3は1990年、「時短」が市民権を得たと
るべき」とする安定志向ニーズと、「自ら独
きである。エコノミックアニマルと呼ばれ、
立して事業を興してみたい」とするチャレン
長時間労働をしてきたのを是正するため、経
ジニーズとが拮抗し始めた現在、これを同時
済企画庁が中心となって時短が検討された。
に解く鍵として、たとえば「兼業システム」
このとき、その推進パワーとなったのは、家
をリーディング企業または財界あげて取り組
電のトップメーカーである。時の人事部長が
むことによって実現できれば、自立的な就業
全国の事業所を駆けめぐって、時短を推進し
スタイルが一挙に定着する可能性が開けるか
た。おそらくこのパワーがなければ、現在の
もしれない。
時短社会は生まれなかったかもしれない。
国民の高まるニーズに的確にこたえ、社会
変革を駆動するパワーの出現が待たれるゆえ
社会変革には、まず社会的ニーズのあふれ
んである。
(たまだたつる)
社会変革を駆動するパワー
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