米国のロイヤリティマーケティングの動向 効果の最大化に向けた戦略と

海外便り
米国のロイヤリティマーケティングの動向
─ 効果の最大化に向けた戦略と IT の一体化 ─
米国はロイヤルカスタマー(優良顧客)育成と離反防止を図るロイヤリティ
マーケティングの先進国であり、昨今では BtoC 企業に限らず BtoB 企業
も IT を活用した取り組みを強化している。本稿では、ソーシャルメディア
や位置情報、モバイル、アナリティクス、人工知能など最新技術の活用で
ますます高度化する米国のロイヤリティマーケティングの動向を紹介する。
brierley+partners シニア・バイス・プレジデント
か わ づ
川津 のり
専門は CRM、ロイヤリティマーケティング戦略
ロイヤリティマーケティングとは
など、IT を活用したさまざまなマーケティ
図 1 は、マーケティング施策の役割を整理
2000 年代以後は、ソーシャルメディア、
したものである。まだ顧客になっていない消
モバイル、位置情報技術の普及などにより企
費者全体を対象とする「顧客獲得」には主に
業が取得できる顧客データの種類と量が格段
広告が適しており、既に顧客となっている人
に増え、マーケティングの一層の高度化がも
を対象に、ロイヤリティ(特定の企業への愛
たらされた。今後は、人工知能などを活用し
着や忠誠心)を高めることを目的としたロイ
たパーソナルレコメンデーション(購買履
ヤリティプログラムは「顧客維持」に効果が
歴の解析による個々の顧客への情報配信)、
ある。既存顧客の中のロイヤルカスタマーを
ゲームの手法を利用したマーケティングな
囲い込み、離反を防ぐための施策を筆者はロ
ど、顧客との個別コミュニケーションの質が
イヤリティマーケティングと呼ん
ングが行われるようになった。
図 1 マーケティングにおける各種施策の位置付け
でいる。
きたが、1980 年代に登場した航
空会社のマイレージプログラム以
後、1990 年代のインターネット
を活用した 1to1 マーケティング
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マスマーケティング
ソーシャル
マーケティング
ターゲット
広告
(DMP/DSP)
未顧客
ロイヤリティ
プログラム
CRM
人を特定して個別に行う
ロイヤリティマーケティング
パーソナル
と交換できる)は長く利用されて
マス広告
額に応じてスタンプがもらえ賞品
マス
たグリーンスタンプ(買い物の金
カスタマー
エクスペリエンス
マネジメント
リテンション
(維持)
に有効
歴史を示す。1930 年代に始まっ
既顧客
インターネット広告
るロイヤリティマーケティングの
アクイジション
(獲得)
に有効
次ページの図 2 に、米国におけ
出所)
brierley japan
| 2016.12
レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
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より高まる方向にある。
図 2 米国におけるロイヤリティマーケティングの進化の歴史
米国では今、さまざまな業界の
1 世帯当たり
参加プログラム数≦1
大手各社が専門組織を設け、予算
ケティングを活発化させている。
消費者も、自分のお気に入りのロ
イヤリティプログラムを選び、特
会員数/データ量
も増やすなど、ロイヤリティマー
1 世帯当たり
参加プログラム =14
S&H グリーンスタンプ
ゴールドボンドスタンプ
1to1 マーケティング
関係性マーケティング
RFM マーケティング
共通ポイントプラグラム
ECRM
フリークエントショッパープログラム(FSP)
定の企業やブランドへ愛着を強め
ロケーション
(ジオ、センサー)
マイレージプログラム
ソーシャル / モバイル
つつそれを使い分けるなど、成熟
の度合いを増している。
AI/ 機械学習
(レコメンデーション、
顔・行動パターン認識)
CRM
1930
1981 1983 1988 1991 1993 1994
年代
2000 2003 2008 2015
出所)
米国 Forrester Research 社のレポートなどにより brierley japan 作成
米国と日本の取り組みの差
ここで日米のマーケティングの考え方の違
いについて触れたい。まず、日本では CMO
米国では、特に小売業で Amazom.com 社
(最高マーケティング責任者)を置く企業が
のようなネット販売事業者の躍進により大打
米国に比べて少ない。すなわち、予算を含む
撃を受けた企業が少なくない。奪われた顧客
マーケティングに関する責任や権限、機能を
をどう奪い返し、囲い込み続けるかが企業の
CMO に集中させている米国企業に対し、日
生存に関わる経営課題として突き付けられ、
本企業ではこれらが分散していることが多
ロイヤリティマーケティングを強化したケー
い。そのため、意思決定が遅くなるだけでな
スが多く見られた。また、小売業に限らず、
く、PDCA を柱とする統合的なマーケティン
競争激化への対策としてロイヤルカスタマー
グシステムの構築が難しくなりがちである。
の育成と離反防止に力を入れようとする企業
また、マーケティング施策の戦略、成果を
はますます増えている。ロイヤリティプログ
「顧客獲得」と「顧客維持」に明確に分けて
ラムは直接的かつ継続的に売り上げを増やす
考える傾向が強い米国に対し、日本では 1 つ
手段であり、いかに「顧客維持」を強化する
の施策で新規顧客と既存顧客の両方に影響を
かは利益の拡大に大きく関係する。
与えようとする、いわば全方位的なアプロー
米国ではこの考えが広く浸透している。米
チが多い。全方位ゆえに各施策の影響範囲が
国の多くの大手企業はロイヤルカスタマー育
曖昧になるため、効果測定も甘くなりやす
成のため、経営戦略と IT を融合させた施策の
い。これは、あまり効果のない施策を惰性で
立案、アナリティクス機能の整備、成果をモ
続けてしまうことにつながる。
ニタリングし効果検証を行うための BI(ビジ
ネスインテリジェンス)機能の搭載など、統
合的なマーケティングシステムの構築を進め
ている。
ポイントプログラムとの違い
日本では、ロイヤリティプログラムは会員
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図 3 顧客囲い込みのステップ
弱
顧客との結び付きの強さ
初級
会員
プログラム
(CRM)
上級
ポイント
プログラム
高度化
入門
強
ロイヤリティ
プログラム
企業の
状態
企業の施策例
自社の顧客の属性情報が取得でき、 会員の行動(購買・サービス利用)に
会員向けに情報発信できる状態
対し、ポイント/マイレージなどの
仮想通貨が付与される状態
会員の行動(来店・購買・サービス利用・SNS 投稿)に応
じてステータスを設定し、ステータスに応じた特典を還
元している状態
会員向け Web サイト/モバイルア
プリ/ SNS /メルマガなどの運用
会員顧客の行動に応じたポイント/マイレージの付与、
ポイント管理、特別な賞品、商品、サービス、体験、イベ
ント、ノンポイント優待などへの還元
会員限定販促キャンペーン
会員顧客の行動に応じたポイント/
マイレージの付与、ポイント管理、値
引き還元
1to1 販 促 キ ャ ン ペ ー ン(ID-POS
データが取得できている場合)
顧客の
メリット
会 員 限 定情報、会員限定クーポン、会員限 定 セ ー ル・割 引
+値引き(ポイント)
主な効果
都度の購買促進
既存顧客の再購買促進
(ただし高コストになりがち)
+値引き(ポイント)
+より良い買い物体験(カスタマーエクスペリエンス)
+優越感、満足感、高揚感
優良顧客の育成・離反防止
休眠顧客の掘り起こし
出所)
brierley japan
プログラムやポイントプログラムと同一と思
~ 69 歳の男女 1,500 人対象)。調査では、ポ
われていることが多い。しかし、一般的なポ
イント値引きやキャッシュバックは必ずしも
イントプログラムが特典として提供するのは
最も魅力的と感じられているわけではなく、
値引きであるが、ロイヤリティプログラム
無料試供品や専用駐車場などの方が魅力的と
が提供するのはカスタマーエクスペリエン
感じる人が多いという結果が出た。これは一
ス(顧客経験価値)であり、値引きだけでは
般消費者を対象にしたアンケート調査だが、
ない。賞品や試供品の提供、イベントへの招
もし調査の対象が特定の企業の顧客だったら
待、専用ラウンジ、専用駐車場、配送料の無
どうかを考える必要がある。例えば、顧客の
料化など、優越感や満足感を得られる特典で
半数がポイント値引きを喜んでも、その中に
顧客を引き付ける。ポイント値引きは、それ
ロイヤルカスタマーが含まれていなかった
だけでは他社との差別化が難しいが、カスタ
ら、その施策を続ける意味があるだろうか。
マーエクスペリエンスは独自性を出しやす
中長期の売り上げ貢献という意味で、自社に
く、差別化要素にできる可能性が極めて大き
貢献度の高い大切な顧客が喜び、ロイヤリ
い。
(図 3 参照)
ティを維持または高めてくれているのか、と
野村総合研究所(NRI)のグループ会社で
いう問いかけが常に必要である。
ある米国のロイヤリティマーケティング専
門企業、brierley+partners は 2015 年 9 月に
日本で「魅力に感じる優待特典」に関する
Web アンケート調査を実施した(全国の 16
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高度化するロイヤリティプログラム
前述したように、米国のさまざまな業界
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た魅力的な特典の企画、特典を得ようと思わ
ヤリティプログラムの構築やさらなる高度化
せる仕掛け、顧客個人を熟知した適切なタイ
にしのぎを削っている。
ミングでのコミュニケーションにある。
米国のロイヤリティマーケティングの動向
で、大手各社がそれぞれ独自の魅力的なロイ
brierley+partners の顧客企業の 1 つである
GameStop 社は、ビデオゲームソフトやゲー
ム機販売の大手企業である。同社は約 3 千万
ロイヤリティマーケティングの鍵
売り上げ拡大という成果を生むロイヤリ
Rewards」を運営し、厳しい競争環境の中で
ティプログラムを実現するためには、明確な
売り上げを増やしてきた。同社によれば、非
戦略と緻密なプログラムデザイン(企画・
会員に比べて会員の売り上げは 3 倍、来店頻
設計)に加え、適切な IT ソリューションに
度は 5 倍にもなるという。
よる運用と十分かつ継続的なアナリティクス
同社は、Amazon.com 社や Walmart 社など
機能、会員顧客の反応を絶えずモニタリン
が圧倒的な値引きによって多くの顧客を獲得
グし効果検証を行うための BI 機能など統合
するなか、自社の店舗を利用し続けてくれる
したマーケティングシステムの構築が必要に
顧客のカスタマーエクスペリエンスをいかに
なる。中でも IT ソリューションは、スピー
高めるかを最も重視している。会員はモバイ
ディーに改善・改修ができるものでなくて
ルアプリに自分の ID となるバーコードを持
は、市場や顧客の変化の速さについていくこ
ち、来店・購買・中古品販売によって、また
とができない。顧客の心理とニーズの中心を
会員サイトやアプリ上に提示された動画の閲
押さえ続けることが囲い込みの必要条件だか
覧やアンケートへの回答によってポイントを
らである。顧客の反応に応じた施策の変更、
ためることができる。アプリでは、保有する
企画的な改変に柔軟に対応できるシステムと
ポイントを常時リアルタイムで確認できる
体制の構築が鍵となることは間違いない。
ことはもちろん、特典賞品、優待サービス、
ロイヤリティマーケティングの本来の KPI
クーポンなどを受け取ることができ、会員は
(重要業績評価指標)は売り上げの増分であ
限定商品や自分向けのコンテンツを目当てに
り、ブランド価値や顧客満足度など、ありが
頻繁に同社の店頭や Web サイト、アプリを
ちな定性的な指標だけでごまかしてはならな
利用するようになる。また、同社は会員の位
い。本稿で紹介した事例に限らず、米国の成
置情報を取得し、顧客が店舗に近づくと店舗
功事例では全て、常にプログラムの刷新を繰
限定や時間限定の優待や特典も提供すること
り返している。なぜなら、消費者は必ず飽き
で、最も販促効果の高いタイミングでのパー
るからである。ロイヤルカスタマーの離反を
ソナルコミュニケーションを可能にしている
防ぎ、ロイヤリティをさらに高めてもらうた
のである。
めの鍵は、施策の効果を厳密に検証し改善し
これらのロイヤリティプログラムの成功要
続けることを可能にする、戦略と IT を一体
因は、ロイヤルカスタマーのニーズと合致し
化させた仕組みの構築である。
2016.12 |
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