ローライブラリー ◆ 2015 年 1 月 16 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 国際私法 No.14 文献番号 z18817009-00-160141165 韓国テレビ番組のネット配信と著作権侵害訴訟の国際裁判管轄・準拠法 【文 献 種 別】 判決/東京地方裁判所 【裁判年月日】 平成 26 年 7 月 16 日 【事 件 番 号】 平成 25 年(ワ)第 23363 号 【事 件 名】 損害賠償請求事件 【裁 判 結 果】 請求認容 【参 照 法 令】 民事訴訟法 3 条の 3 第 8 号・112 条、法の適用に関する通則法 17 条、著作権法 2 条 1 項 9 号・6 条 3 号・9 条 4 号・21 条・98 条・99 条の 2 【掲 載 誌】 裁判所ウェブサイト LEX/DB 文献番号 25446566 …………………………………… …………………………………… て、Xの著作権(複製権。著作権法 21 条)および 著作隣接権(複製権、送信可能化権。著作権法 98 条、 99 条の 2)を侵害したと主張し、民法 709 条にも とづき、利用許諾料相当損害金およびこれに対す る遅延損害金の支払を求めた。Yは、公示送達に よる呼出しを受けたにもかかわらず本件口頭弁論 期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出 していない。 事実の概要 被告Yは、大韓民国(以下「韓国」という) に 日本登記簿上の本店所在地を有し、日本に登記簿 上の営業所を有する韓国法人である。Yは、平成 23 年 2 月頃から、インターネットを利用したテ レビ番組配信サービス事業(以下「本件サービス」 という) を行っていた。本件サービスは、Yが、 利用者の申込みに応じて、利用者ごとに一台ずつ セットトップボックス(以下「STB」という)と称 する機器を提供して各利用者宅に設置し、他方で、 Yにおいて受信したテレビジョン放送をエンコー ド(デジタルデータに変換)して、そのデータファ イルをYが管理するサーバーに保管し、利用者が STB を操作してみたい番組ないしチャンネルを指 定することで、サーバーに保存されたデータファ イルを STB に転送できる環境を提供することに より、利用者宅において、STB と接続したテレビ において視聴できる、というものである。利用者 は、主として日本に在住する韓国人がみる情報誌 やホームページに掲載された広告をみて、電話や インターネットから申し込むことで本件サービス に加入し、送られてくる STB を導入して利用者 宅に設置することにより、本件サービスの利用者 となる。 韓国の放送事業者である原告Xは、Xが KBS 第 1 テレビジョンおよび KBS 第 2 テレビジョン において放送した番組(以下「本件番組」という) をYが平成 23 年 8 月 12 日から同年 9 月 8 日ま での間に本件サービスにより利用者に視聴させ vol.7(2010.10) vol.16(2015.4) 判決の要旨 1 「X及びYは韓国法人であるが、本件サー ビスは日本に在住する韓国人に向けられたサービ スであり、Yによる『不法行為があった地』の少 なくとも一部は日本国内にあると認められるか ら、本件につき我が国は国際裁判管轄を有する(民 事訴訟法 3 条の 3 第 8 号)。」 2 「また、本件において『加害行為の結果が 発生した地』は日本国内であると認められるから、 準拠法は日本法となる(法の適用に関する通則法 17 条)。」 判例の解説 一 本判決の意義 本件サービスは、IP(Internet Protocol) 網を利 用した映像配信サービスのうち、ケーブルテレビ や衛星放送などの受信と同じように、STB を受信 端末として用いる。利用者の手元にある STB は 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 国際私法 No.14 加害行為の結果が日本国内で発生した場合におい て、日本国内におけるその結果の発生が通常予見 することのできないものであったとき」は、不法 行為地管轄を認めていない。インターネットを介 した不法行為のように、加害行為地とその損害結 果の発生地とが離れており、国境を越える場合に は(隔地的不法行為)、そのいずれかが日本国内に あれば国際裁判管轄を認めてよい1)。しかし、名 誉毀損やプライバシー侵害、そして本件のような 知的財産権侵害に典型的であるが、加害行為は一 つであるが損害は同時多発的に拡散して発生する という場合には(損害拡散型不法行為)、民事訴訟 法 3 条の 3 第 8 号にいう「通常予見することの できないもの」かどうかが問われることになる。 この点、「インターネットに情報を載せれば世界 中で見ることができることは予想できたはず」で あるとの見解がある一方2)、「言語などからその メッセージの受け手が限定される場合には(日本 語の場合が典型的)、それ以外の地は、たまたま ダウンロードがされても……、結果発生地ではな いと考えるべき」であるとする見解もある3)。 インターネット上の知的財産権侵害に関して国 際裁判管轄が問題となった先例としては、日本特 許権に関する被疑侵害製品が日本から閲覧可能な ウェブサイトに掲載されていたことを主な理由と してわが国の不法行為地管轄を肯定した⑤知財 高判平 22・9・15(判タ 1340 号 265 頁)[モータ] がある。もっとも⑤判決は、ウェブサイトの閲覧 可能性だけでわが国の不法行為地管轄を肯定した わけではなく、国内における他の事情も含め総合 的に評価して判断を下している点に注意が必要で ある4)。 なお、不法行為にもとづく国際裁判管轄につい ては、管轄原因事実と本案の請求原因事実とが符 合することから、その証明されるべき事項および 証明の程度も問題となる。これについて、⑥最判 平 13・6・8(民集 55 巻 4 号 727 頁、判時 1756 号 55 頁) [ウルトラマン]は、「原則として、被告 が我が国においてした行為により原告の法益につ いて損害が生じたとの客観的事実関係が証明され れば足りる」として、客観的事実証明説を採用し た。ここにいう「客観的事実関係」とは、(a) 原 告の被侵害利益の存在、(b) 被侵害利益に対する 被告の行為、(c) 損害の発生、(d) (b) と (c) との事 実的因果関係であるとされる5)。しかし、その後 番組を録画するハードディスクを内蔵していない ようであり、代わりに、ネットワーク経由で接続 されたサーバーのハードディスク上に本件番組の 録画が行われ、利用者は STB を操作して自由な 再生が可能となっているところ、そのためのテレ ビ放送波の受信や複製(複製機器への情報の入力も 含む)、送信可能化などの行為は、Y自身が韓国 で行っていると推測される。 わが国でも、①東京地決平 16・10・7(判時 1895 号 120 頁) [録画ネット]、②大阪高判平 19・6・ 14(判時 1991 号 122 頁)[選撮見録]、③最判平 23・1・18( 民 集 65 巻 1 号 121 頁、 判 時 2103 号 124 頁) [まねき TV]、および④最判平 23・1・20 (民集 65 巻 1 号 399 頁、判時 2103 号 128 頁) [ロク ラクⅡ]など、著作権法上の侵害主体をめぐる一 連の裁判例がある。このうち、①決定ならびに③ および④判決は海外に住む日本人をも対象にした サービスであり、本件と対照をなすものである。 しかしながら本件は、 (ⅰ)インターネットを介 した視聴先である日本の裁判所に訴えが提起され ており、渉外民事紛争として国際裁判管轄および 準拠法が問題となる点、 (ⅱ)Xは差止請求をし ておらず、損害賠償のみを請求している点、およ び、 (ⅲ)本件番組の録画等を行っていたのはY 自身である点に違いがある。 以下では、インターネットを通じた著作権侵害 訴訟の国際裁判管轄(二)および準拠法(三)に ついて、従来の学説・裁判例を概観し、それらに 照らして本判決の位置づけを検討する。なお、Y は口頭弁論期日に出頭していないが、公示送達に よる呼出しを受けたものであるため、擬制自白は 成立しない(民訴 159 条 3 項ただし書)。 二 インターネットを通じた著作権侵害訴訟の 国際裁判管轄 1 学説・裁判例 著作権侵害訴訟の国際裁判管轄については、民 事訴訟法上明文の規定はないものの、私的な権利 としての他人の著作権を侵害する行為が問題と なっていることから、性質上は私人間の不法行為 紛争とみることができる。 「不法行為に関 民事訴訟法 3 条の 3 第 8 号は、 する訴え」について、 「不法行為があった地が日 本国内にあるとき」に、日本の裁判所の国際裁判 管轄を認める。他方で同号は、「外国で行われた 2 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 国際私法 No.14 の⑤判決では特許権侵害についてこれと異なる判 断手法が採用されており、知的財産権侵害との関 係では評価が一定していない6)。 三 インターネットを通じた著作権侵害の 準拠法 1 学説・裁判例 著作権侵害の準拠法に関しては、ベルヌ条約 5 条 2 項後段が「保護の範囲及び著作者の権利を保 全するため著作者に保障される救済の方法」につ いて「保護が要求される同盟国の法令の定めると ころによる」と規定することから、これを準拠法 13) 決定ルールとみるかどうかでまず争いがある 。 (以下「保護国」 ここで「保護が要求される……国」 という) とは、 「著作物が利用されている(利用 できる状態にある)地であり、そこでのある者の 行為をその利用にとって害があると判断した場合 に保護を与える法の所属国(利用行為地国)」で 14) あるとされる 。インターネット送信との関係 では、その効果が生じる個々の受信国を保護国と 15) みる見解が有力であるところ 、受信国が複数 の場合には、「複数の著作権侵害が観念されてい るのであり、それらが各々の受信国で生じた損 害に一対一で対応しているとみるべき」であろ 16) う 。つまり、「それぞれの国における損害につ いてそれぞれの著作権法を適用することになる」 17) のである 。 他方、ベルヌ条約に準拠法決定ルールは存在し ないとする立場からは、著作権侵害についても、 法の適用に関する通則法(以下「法適用通則法」と いう)または(同法には規定がないとして)条理に より準拠法を定めることになる。もっとも、これ を不法行為と性質決定し、「加害行為の結果が発 生した地の法」(法適用通則法 17 条本文) による かぎり、ここでの結果発生地法は上記の保護国法 18) と基本的に一致する 。違いが生じるのは、法 適用通則法 17 条ただし書、および 20 条ないし 22 条の適用があるかどうかである 19)。 裁判例は、少なくとも著作権侵害にもとづく 損害賠償請求に関しては、これを不法行為と性 質決定するものが多い(法例のもとでは、⑦東京 2 本判決の検討 判決の要旨1は、具体的にどのような「不法行 為」が「日本国内」でなされたのかを明確にして いない。これについて、Xは、日本の著作権法が 適用されることを前提に、Yが本件サービスによ り本件番組を日本国内の利用者に視聴させ、これ によってXの著作物である本件番組の複製権を侵 害し、また、Xの放送の複製権ならびに送信可 能化権を侵害したと主張する。しかしながら「一 本判決の意義」で述べたように、Xの著作権およ び著作隣接権を侵害するYの行為はいずれも韓国 でなされ、日本における複製はもっぱら利用者の 側で行われたともいえそうである。この点、日 韓両国も加盟する WIPO 著作権条約 8 条におけ る「公衆への伝達」の理解に照らし、日本におい て「公衆の構成員が……著作物にアクセスできる」 状態になっていることが問題であると考えるなら ば7)、少なくとも不法行為地管轄における結果発 生地は日本であるといってよいであろう8)。本判 決は、加害行為地と結果発生地のいずれによって 不法行為地管轄を認めたのか明確にしていないけ れども、これは、属地主義の原則のもとでは外国 が加害行為地であり、日本では結果だけが発生し ているとはいいにくいとの考え方への配慮と思わ れる9)。 なお、 「著作権のように権利自体が各国に分割 して認められるような場合には、結果が多数の国 に及んでもそれぞれの国にそれぞれの権利の侵 10) 害結果がある」にすぎない 。また、本件では、 国により権利者が異なるとの事情もない。した がって、Xは、日本のみならず、韓国で生じた被 害に関連する請求をも併合することができるかど 11) うかも問題となりうる(民訴 3 条の 6) 。しかし、 高判平 16・12・9(公刊物未登載、LEX/DB 文献番号 本判決はこのような客観的併合についてなんら判 28100095)[中国詩]、⑧東京高判平 17・3・31(公 示していない。ゆえに本判決は、日本で生じた損 刊物未登載、LEX/DB 文献番号 28100714)[ファイル 害についてのみ管轄を認める趣旨と解するのが妥 ローグ]、⑨知財高判平 20・2・28(判時 2021 号 96 頁) 当である。付言すれば、本件サービスは明らかに [チャップリン] 、⑩知財高判平 20・12・24(民集 65 日本市場をターゲット(の一つ)としており、訴 巻 9 号 3363 頁)[北朝鮮映画]、⑪知財高判平 21・ えを却下すべき特別の事情は存しないと考えられ 12) 10・28(判時 2061 号 75 頁) [苦菜花] 。法適用通則 る(民訴 3 条の 9) 。 法のもとでは、⑫東京地判平 21・11・26(公刊物未 vol.7(2010.10) vol.16(2015.4) 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 国際私法 No.14 登載、LEX/DB 文献番号 25441712) [オークション] 、 同 496 頁は、「事案によっては、上記客観的事実関係の ⑬知財高判平 23・11・28(公刊物未登載、LEX/DB すべての証明を要しない場合があることを否定する趣旨 ではないと思われる」とする。 文献番号 25444183) [小型 USB フラッシュメモリ] 、 6)申・前掲注4)50~53 頁、横溝・前掲注4)173 頁参照。 ⑭知財高判平 24・2・28(公刊物未登載、LEX/DB 文 7)道垣内・前掲注2)17 頁参照。 献番号 25444309)[中国の世界遺産]、⑮東京地判平 8)あるいは本判決は、Yが日本国内の利用者の申込みに 24・7・11(判時 2175 号 98 頁)[韓国 DVD]、⑯知 応じて利用者ごとに一台ずつ STB を提供して各利用者宅 財高判平 25・9・10(公刊物未登載、LEX/DB 文献番 に設置したことや、日本に在住する韓国人がみる情報誌 号 25445889) [A Man of Light])。 やホームページに本件サービスに関する広告を掲載した ことをも含めて、「不法行為」が「日本国内」でなされ たと判断したのかもしれない。この場合、これらの行為 2 本判決の検討 のいずれかが日本にあるYの営業所を通じてなされたと 判決の要旨2 は、法適用通則法 17 条本文によ り結果発生地法を適用した。その前提として、本 判決は著作権侵害もとづく損害賠償請求を不法行 為と性質決定していることになり、この点は従来 の裁判例とも一致する。結局、本判決は日本で生 じた損害(二2参照)を日本法に従い判断したの であって、そのかぎりでは保護国法によるのと結 論に違いは生じない。しかしながら、本件におけ るYの行為態様やX・Yの主たる事業所が韓国に あるとの事情から、法適用通則法 20 条によって 韓国法が適用される可能性は十分にあったように 思われる。そして、仮に韓国法が適用されても、 20) Yの行為は著作権侵害を構成したであろう 。 いずれにせよ、日本での訴訟はYの韓国におけ る行為を直ちにやめさせるものではない点に注意 が必要である。 すれば、不法行為地管轄以外にも、営業所所在地管轄(民 訴 3 条の 3 第 4 号)や事業地管轄(同 5 号)が認められ る可能性がある。 9)道垣内正人「判批」L&T50 号(2011 年)86 頁、横溝・ 前掲注4)175 頁参照。 10)日本国際経済法学会編『国際取引法講座Ⅱ――取引・ 財産・手続』(法律文化社、2012 年)211 頁注 58[山田 恒久]。 11)木棚編著・前掲注1)154 頁[渡辺]参照。 12)道垣内正人「著作権に関する国際裁判管轄と準拠法」 コピ 600 号(2011 年)19 頁参照。 13)これについては、山口敦子「インターネットを通じた 隔地的な著作権侵害の準拠法に関する一考察」関学 59 巻 1 号(2008 年)324 頁以下、櫻田嘉章=道垣内正人編『注 釈国際私法 (1)』(有斐閣、2011 年)635 頁以下[道垣内 正人]、および佐藤豊「外国法人の著作物のウェブ上の 著作権侵害訴訟における準拠法」新・判例解説 Watch(法 セ増刊)14 号(2014 年)338 頁を参照せよ。 14)道垣内・前掲注 12)13 頁。 ●――注 15)道垣内・前掲注2)17 頁参照。 1)インターネット上の著作権侵害に関しては、アップロー 16)駒田泰土「著作権をめぐる国際裁判管轄及び準拠法に ド国とプロバイダー所在国、受信国の「いずれも不法行 ついて」国際私法 6 号(2004 年)74 頁。 為地として競合的に裁判管轄を認めることが可能と思わ 17)道垣内正人「国境を越えた知的財産権の保護をめぐる れる」とする見解がある。木棚照一編著『国際知的財産 諸問題」ジュリ 1227 号(2002 年)57 頁。 侵害訴訟の基礎理論』 (経済産業調査会、2003 年)153 18)木棚照一『国際知的財産法』(日本評論社、2009 年) 頁[渡辺惺之] 。 251 頁、櫻田=道垣内編・前掲注 13)638~639 頁[道垣内] 2)道垣内正人「著作権をめぐる準拠法及び国際裁判管轄」 参照。 コピ 472 号(2000 年)19 頁。もっとも同頁では、「日 19)種村佑介「判批」ジュリ 1422 号(2011 年)154 頁、 本でアクセスできたことによる損害発生というだけで管 特許権侵害との関係で、申美穂「法の適用に関する通則 轄を認めることは加害者に過大な負担を負わせるので 法における特許権侵害」特研 57 号(2014 年)21 頁以 『特段の事情』ありとして訴えを却下する」可能性もあ 下参照。 わせて示唆されている。 20)李大煕「WIPO 著作権条約・WIPO 実演レコード条約 3)中西康「マスメディアによる名誉毀損・サイバースペー と韓国著作権法制」季刊企業と法創造 1 巻 4 号(2005 年) スでの著作権侵害等の管轄権」高桑昭=道垣内正人編 379 頁参照。 『新・裁判実務大系 3 国際民事訴訟法(財産法関係)』 (青 林書院、2002 年)104 頁。 4)申美穂「判批」特研 52 号(2011 年)53~55 頁、横溝 首都大学東京准教授 種村佑介 大「判批」ジュリ 1417 号(2011 年)175 頁参照。 5)高部眞規子「判解」最判解民事篇平成 13 年度(下)495 頁。 4 4 新・判例解説 Watch
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