サン・サルビアの兎 クリントン日月抄 (第11話)

サン・サルビアの兎
クリントン日月抄
(第11話)
小生はサン・サルビアの兎、クリントンである。
サン・サルビアの住人三浦京子さんは数年前に病気で右足を太股のところから切断した。それに
慢性リューマチで両手指の関節がほとんど壊れてしまい、湯飲みを持ち上げるのにも難儀してい
る。それにも係わらず手のひらと親指の股のところを使って上手に食器を取り扱うし、鉛筆で字
も書く。ちょっとした特殊技能だ。その三浦京子さんが短歌集「老いて歌おう」に投稿し佳作を
受賞した。本人はちょっと照れくさがっていたが、その短歌を紹介させてもらう。
「右足はわれより先に天国へ
一月なりき」
三浦京子さんは寝たきり老人ではない。車いすを自分で操作する。操作するがリューマチのた
め手で車をこげないため、足で床を掻くように進む。数年前まで二本の足があったがこの頃は一
本足走法である。
慢性疾患を抱え老人ホームに入所した三浦京子さんが、片足を失った痛みは計り知れない。し
かし、その痛みに屈することなく彼女は「右足はわれより先に天国へ」と謳う。人間はへこたれ
ないものだ。
ちなみにこの歌集の最優秀賞は東京都の百三歳の高橋チヨさん。
「一日中言葉無き身の淋しさよ 君知りたまえ我も人の子」という短歌である。
難聴の高橋さんは老人ホームで筆談の生活だそうだ。
「人の生の声を体で受け止めたい。そしてすぐに応じた
い。」チヨさんの言葉だ。
介護部門の最優秀賞は老妻を介護する岡山県八五歳
の民さん
「もう一度夢追いかける八十路妻リハビリの窓サル
ビアの燃え」である。
人間模様は無限なものである。