川の番人 08210061 ここは生と死の境界線。そう、三途 の川である。三途の川には川の番人がいる。 デスも番人の一人である。川の番人には様々な仕事 があり、それぞれ担当に分かれている。その中でデス の仕事は、非常に危険な状態ではあるが、かろう じて戻れる(生きられる)者を戻してやることだ。と いっても、この状態になった者は、生きる意志が 強い者でないと戻れないので、生きる意志が弱い 者、死にたいと思っている者は三途の川に案内 することになる。 今日もまた、デスの前に一つの魂がやっ セイ。 てきた。名前は 「セイ、お前はまだ戻れるがどうする?」 「いい。このまま 。」 セイは即答した。 「そんな簡単に決めていいのか?お前が完全に戻れなくなるま で、まだ24時間ある。少し落ち着いて考えてみたらどうだ?」 デスはそう言って、セイの様子をうかがった。すると、 「俺は したんだ!望んでここに来たんだよ!もうあん なところに戻りたくない。」 セイは声を荒げ、頑なに拒絶した。デスはセイをなだめるように、 「分かった。だが、これはお前が思ってる以上に重大な問題だ。 そんな急がなくても、どうせ24時間たったら嫌でも川を渡るん だ。ゆっくりいこうぜ、なっ。」 と言って、ニッと笑った。 デスはセイを連れて、現世の空を飛んでいた。 「おい、どこに連れていく気だよ!?」 困惑したセイが聞いた。 「すぐに分かる。」 デスはそう言って笑い、飛び続けた。 しばらく経つと、セイが見慣れた建物が目に入ってきた。 「着いたぜ。」 「ここは・・・。」 デスが連れてきた場所は、セイが通っていた学校だっ た。セイは、この学校の屋上から飛び降りて自殺した のだ。 「なんでっ、こんな所・・・。俺が一番来 たくない場所だ。」 セイは目を背けた。 「まあ落ち着け。とりあえずついて来い。」 そう言ってデスは、セイがいたクラスの教室に入って 行った。 「いやぁ、あいつがいなくなってせいせいし た。」 「ばか。まだ死んでねーよ(笑)」 「あーあ、さっさと死んでくれねぇかな。マジあ いつキモいし、ウザいし。早く死ねよ。」 「本当だよな。早く死ねばいいのに(笑)」 「ははははははは」 教室には、残酷な笑い声が響いていた。 セイはいじめられていた。 「何だよ。ゆっくり考えろなんて言って、結 局、俺には生きる価値がないって 言いたかったのかよっ・・。」 セイは必死で涙をこらえて、悔しそうに言った。 「連れて来たかったのは、ここだけじゃない。 ほら、次行くぞ。ついて来い。」 デスは真剣な顔つきで言い、またセイを連れ出し た。 次にデスが連れて来たのは、セイが 入院している病院だった。セイのそ ばでは、セイの家族がセイに向 かって必死で語りかけていた。 「セイ、早く起きて。母さん、セイの好きなもの 作って待ってるんだから。」 「セイ、早く目を覚ませ。お前がいないと、父さん たち寂しいよ。」 「セイ、セイが苦しんでたの、ずっと気づかなくて ごめんね。何もしてやれなくてごめんね。」 「セイ、セイ、死なないで。お願いだから 戻ってきて!死なないで、セイ!愛して るよ、セイ。」 寝ていないのか、目の下にクマをつくり、 セイの手を握り、涙をこらえながら、何 度も何度もセイの名を呼び続けて いた。その光景をセイは、静かに涙を 流しながら、黙って見ていた。 「まだ死にたいか?」 デスは低く優しい声で問いかけた。 「でもっ、だって、本当につらいんだよ! それに、あいつらだって、俺は死んだ方 がいいって言ってた。生き返ったって、ま た同じことの繰り返しだ!」 セイは、今までためていたものを吐き出すように、苦し そうに訴えた。 「なあセイ、お前が生きている世界はあんな小さな学校 だけじゃないんだぜ。もっと外に目を向けてみろ。もっと色 んなものに出会い、色んなものが見えてくるはずだ。学校 だけが世界じゃない。それからな、つらいならつ らいんだと、今みたいに叫んじまえ。お前には、 こんな身近にお前の味方がいるだろう?それに、こ れから出会っていくかもしれないだろう?お前がよく知って いるように、この世はいいことばかりじゃない。ひどいこと は腐るほどあるさ。だが、この世をあきらめるのは、 まだ早すぎるんじゃないか?まだほんのちょっとしか生 きてないくせに、勝手にあきらめてんじゃねーよ。それに、 何か癪に障るだろう?あんな奴らのためにこの世をあきら めるなんて。そう思わないか?」 「俺はそんなに強くない。」 「強い奴なんていないさ。人は皆弱 い生き物だよ。だから、誰かと一 緒じゃないと生きられない。誰かと いることで、少しずつ強くなるんだ。 お前には、その誰かがいるし、これから もっと見つけられる。そうだろ?」 デスはもう一度問いかけた。 「まだ死にたいか?」 「生きたい!」 セイは、一言そう言った。 「了解」 デスは優しく笑うと、セイの頭の上に手をかざした。す ると、セイの体が透けていった。セイが消える間際、デ スが言った。 「今度は、うんざりするくらい生き て、よぼよぼのじいさんになって から来い。」 セイは、にっこり笑ってうなずき、戻っていった。 病室では、家族が涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、 目覚めたセイを強く強く抱きしめていた。 「はい、次の人。さて、お前はどうする?」
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