『SAKEシンポジウムで思う 日本酒の世界観』 (株)

エッセイ 素敵・発見!マーケティング 56
S A K E シンポジウムで思う
日本酒の世界観
株式会社クリエイティブ・ワイズ 代表取締役 三宅曜子
先月、全国初の試みで、関東信越国税局と関東経済産業局の共催事業として開催され
た『SAKEシンポジウム』でコーディネーターを務めさせていただいた。
このシンポジウムは、東京オリンピックなど海外からのインバウンドに対する日本酒の
提案活動と、これから海外に展開することの重要性を中心に、総合的に日本酒を考える
というもので、会場には関東信越地域の酒造メーカーや問屋、酒販店など 300 名近くの
方が参加された。
シンポジウムの講師には、日本人でただ一人のインターナショナル・ワイン・チャレ
ンジ・ロンドン(IWC)日本酒部門の審査員最高責任者で、日本酒のみならずワイン
にも深く精通されている大橋健一氏。平安時代の創業、日本最古の蔵元で伝統的な酒造
りを続けながら、フランス料理界とのコラボなどで海外展開を続けられている『須藤本
家』社長の須藤源右衛門氏。日本吟醸酒協会理事長で、銘柄「真澄」が協会酵母 7 号発
祥の蔵として全国に知られている名門蔵『宮坂醸造』社長の宮坂直孝氏。宮坂氏も海外
展開に積極的で、外国人社員や海外駐在社員を抱えておられる。また、かつては生産量
日本一を誇った徳利や、4 種の形状異なる盃で飲み比べると器によって味が変わるとい
う日本酒の特長を実感できる『一献盃』、クリスチャンディオールの本店で採用されて
いる食器『ぎやまん陶』など、遊び心あふれる生活雑貨(陶磁器)を手掛けられている『カ
ネコ小兵製陶所』社長の伊藤克紀氏。和食と日本酒の関係、「だし」の文化と日本酒の
共通項を説かれる『夢クッキングスクール』校長の梅田昌功氏。それに私の 6 名の構成
だ。
私はマーケティングの専門家として『日本酒を核とした産業連携による海外展開~日
本酒の魅力を発信するパッケージングとは~』というテーマでパネルディスカッション
を進めていった。
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■80 対 1 の理論
まず、大橋氏がワインと日本酒との比較で言われる『80 対 1 の理論』が興味深かっ
た。
現在ワインは 80 ヶ国で生産されているが、各国でしのぎを削っているだけでなく国間
での競争も激しいため、各国で地域をまとめ上げた振興団体が構成されており、現状の
収穫状況をメルマガで発信させるなどの積極的な提案を行っている。パッケージに関し
ても、すぐに飲めるようにスクリュータイプのキャップを使用したワインが増えており、
醸造年号やぶどうの種類、ライトからフルボディまでの熟成濃度なども解りやすくラベ
ルに記載されているため、ワインに詳しくなくても選びやすくなってきている。また、
これから注目される巨大国家の中国を意識して、ソーシャルメディアを通じ中国語記載
で提案しているメーカーも多くなってきているそうだ。
そのワインと比較した場合、日本酒は日本だけで製造されているため、国内での競争
に留まり、また海外とのし烈な競争に巻き込まれることがないため、海外に対するメッ
セージ力や提案力が乏しいと言われる。輸出に関しての情報を持っていない蔵も多い。
例えばこれから益々注目されるインドは、関税が 150%と高いため難しく、アメリカに
関しては州により税金が違うため、価格帯を十分に選定する必要がある。スペインとド
イツは、日本酒を持っていくにはまだ課題が多く、非常にハードルが高い。そのため、
国により戦略を変える必要があり、まずは一国から提案していくことが最良と言える。
アメリカやヨーロッパの場合、私も何年間もJAPANブランド育成支援事業で日本
の商品を提案してきたが、輸出段階でのハードルの高さを身に染みて感じている。商談
を成立させるためには様々な条件をクリアしなければならない。
例えば、アメリカ西海岸のNAPA
バレーはアメリカでも有数の良質な
ワインが作られているエリアである
が、ここのワイン醸造所は様々な工夫
を凝らしており、訪れた人の 60%がリ
ピーターになるといわれている。私も
何度か訪れたが、どこでもワインの飲
み比べを行うことができ、イベントも
多く開催されている。
一度西海岸を訪れると必ず行きたく
なるエリアなのだ。80 ヶ国で作られる
ワインメーカーは、世界と競争するた
ナパバレーのワイナリー
めに様々な手段を取り入れているのだ。
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ナパバレーのクジャクがいるワイナリー
ワイナリーの試飲可能な店舗
■失敗は成功の素
とにかく「本気度」が重要
宮坂醸造の宮坂氏は『真澄』の銘柄
で有名な蔵元である。諏訪蔵、富士見
蔵で 9,000 石を自社生産、酒造好適米
を中心に全量自社精米をしている。従
業員 70 名で、営業拠点は諏訪、東京、
香港にあり、長野県内で 41%、県外で
51%、海外で 8%の販売を占めている。
輸出への取り組みも早く、1985 年に初
のアメリカ販促ツアーで輸出に幻滅し、
輸出放棄宣言をしたのち、1990 年から
95 年に地酒ブームが一服して売り上げ
低迷に悩んだが、その頃に行った欧州
旅行でワイン生産者の姿に感動。80 対
宮坂酒造「真澄」
1 の理論同様、ワインメーカーの積極的な提案力を学び、1999 年に VINEXPO へ初挑戦し
たものの、言葉も風習もわからないままの渡航で売り上げは皆無。帰国後、通訳スタッ
フを入れ、英文と仏文パンフレットとビデオを作成。高額な出展料をシェアしてくれる
仲間を探し、6 社と合同で 2001 年に二度目の挑戦を行った。
この「本気度」が功を奏し、本格的に輸出に取り組むこととなった。2005 年には子会
社をアジアに創立し、東南アジア、中国への輸出から、今では日本酒の海外輸出の代表
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的な存在となっている。
宮坂氏は、海外展開のための重要な要素として『人材』を挙げられる。現在本社での
海外展開業務はアメリカ人責任者と欧州担当フランス人、また国内研修中の中国人とと
もに、輸出業務担当の日本人社員とで行っており、主要輸出国はアメリカ 33%、香港
28%、カナダ、英国、北欧、アジア諸国などに 40%となっている(金額ベース)。
輸出はまだ総売り上げの 8%とのことであるが、「日本酒はやり方によって世界酒にな
れるかも!」と言われている。
■850 年の歴史ある蔵元の取り組み
平安末期に創業した、日本最古 850 年以上の歴史
の蔵元、
須藤本家の第 55 代目当主である須藤氏は、
家訓の「酒、米、土、水、木」に基づく「木を切る
な」という教えを守られている。「良い酒は良い米
から、良い米は良い土から、良い土は良い水から、
良い水は良い木から、良い木は蔵を守り、酒を守る」
「本業を貫く精神」がここにある。
スタンフォードのMBA時代から海外を意識さ
須藤本家
れ、ワインを勉強されるとともに、ワインのように
“樽熟成を必要としない”日本酒の特性と付加価値について研究を重ね、日本酒の本質
的な価値を体系化すること、日本酒だけでなく、器や料理との組み合わせの重要性を訴
えられた。
そのなかで、「酒蔵ツーリズム」により、日本酒のストーリーをより明確にするとと
もに江戸時代中期まで庶民に飲まれていた、火入れをしない生のままの酒を 1972 年か
ら発売。95 年には米国輸出を開始し、今では在外公館向けを含め延べ約 50 カ国に広ま
っている。米国で 720 ミリリットルが1万 3000 ドルで販売されたこともあると言われ
る。
「自然の酵母、自然な冷気など自然環境に任せるしかない」と、
「自然な」日本酒こ
そ世界一だと考えていらっしゃる。
■日本酒と日本食の関係
夢クッキングスクール校長の梅田氏は、これからオリンピック、パラリンピックなど
で世界中から数十億人の外国人が日本に来るなかで、日本料理の文化である「だし」と
日本酒との共通項を述べられた。ユネスコ無形文化遺産に登録された「日本食」の中で
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も最も重要な「だし」の取り方を知らない日
本人が多くなってきたことを心配されてい
る。
かつおのイノシン酸、昆布のグルタミン酸、
椎茸のグアルニン酸など、だしのうまみ成分
はそれぞれ特徴がある。これらのうまみ成分
を合わせることによる相乗効果は、日本料理
和食
の真髄とも言われ、米や麹から生まれる旨味
たっぷりの日本酒は乾燥した魚介類などの
臭みを消したり、わさび、山椒、柚子、生姜、唐辛子などの和風調味料との相性も良く、
和食の美味しさを損なうことなくよりおいしくいただけるベストパートナーと言われ
る。
また日本酒は柑橘や酸味の効いた料理とも相性が良く、照り焼きなど、みりんの甘み
で味が崩れることがない。そして次の料理の前に口の中をさっぱりときれいにさせる効
果を紹介された。世界中で和食店が 3 万店を超えるといわれている中で、和食と日本酒
の文化を知っていただくことの重要性が発展につながると強調された。
■日本一の徳利製造からみた日本酒
かつて生産量日本一を誇った徳利の生産、また今は
クリスチャンディオール本店で採用された「ぎやまん
陶」をはじめ、日本古来からのデザインを今に再現し
てハイセンスな器をつくられているカネコ小兵製陶
所の伊藤氏は、日本酒の魅力づくりに重要な要素とし
ての「器のチカラ」を強調される。
器による飲み口や香り、イメージの重要性は、口の
形や形状の異なる 4 種類の猪口でさまざまな変化を
楽しんでいただき、繊細な日本文化を伝えるために一
役買えるのではといわれる。
日本料理は料理そのもののみならず、器により美し
さ、楽しさ、季節感を伝えることができるのが西洋の
料理との違いであり、漆器、磁器、陶器、木器とさま
ざまな器があり、これらを大切に使うことが日本酒の
カネコ小兵
一献盃
繊細なイメージに結びつくのではないかと言われる。
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■日本酒を取り巻く、これからの日本文化の提案と海外戦略
今回のシンポジウムで各専門家とともに話を進めていく中で、日本がこれからやらな
ければならないことが見えてきた。
海外で日本酒をはじめとする日本文化を伝えるために重要なポイントは、まず解りや
すく整理する、客観視して相手の立場で見る、食や器、シーンなどの場づくりを意識す
る、日本文化のストーリーをわかりやすくつくる、そして連携する。
また、ビジネスに対しては、「本気を示すことで、相手も本気になってくれる」ことが
重要な要素であると確信できた。
今年は今まで以上に、日本にと
って海外展開がクローズアップさ
れてくる。海外を恐れず「当たっ
て砕けろ」スタイルで臨む。また
「リスク無き繁栄なし。リスクは
財産」ということが、私にとって
も大切にしたい言葉である。
台湾の高級スーパーでの日本酒コーナー
マーケティングコンサルタントとして、中小企業支援及び指導、商業活
性化事業、まちづくり事業等、顧客のニーズを的確に捉えた市場開発とア
プローチ手法等、幅広い分野におけるマーケティング全般のアドバイスを
全国各地で手掛ける。また、平成 19 年度より地域資源活用事業の政策審議
委員、国会での参考人をはじめ、全国で地域資源を活用した事業推進、農
商工連携事業、JAPANブランドプロデューサーなど幅広く活躍中。
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経済産業省地域中小企業サポーター
同、伝統的産業工芸品産地プロデューサー
中小企業基盤整備機構経営支援アドバイザー
同、地域ブランドアドバイザー
内閣官房 地域活性化伝道師
広島県総合計画審議会委員 他
経済産業省 中国経済産業局 広報誌
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