第7回(行列の階数)

経済のための数理基礎7
前回、掃出し法によって連立方程式を解く方法を学んだ。さて、中学生のころ連立方程式は2つの未知
数 x, y に対し、2つの方程式を連立させて解いた。しかし、すべての連立方程式が一意の解を持つわけで
はない。

x + y = 1
2x + 2y = 2

x + y = 1
x + y = 2
などは、すべてが解になったり、解が存在しなかったりする。もっと素朴な疑問としては、

x + y + z = 1
x + 2y + 3z = 2
のような未知数に対して、式が少なかったり多かったりという状況もある。上記の場合には、
「解けない」
と感覚的に悟るかもしれない。ここでは、このような一般的な連立方程式の解法について考えてみよう。
7
行列の階数
前回、連立方程式を行列を用いて解く中で、基本変形をして0を輩出していく作業を行った。解を求め
るためには、最終的に単位行列に近づけたかったのだが、一般的にはそこまで変形できるとは限らない。
上記の例などがまさにそれだ。しかし、以下のような「階段行列」に変形することができる。
定義 7.1. A = (aij ) を 0 でない (m, n) 行列とする。このとき、基本変形を繰り返し、左下側の成分に 0
が並ぶような行列

0

0

 ..
.


0

0

.
 ..

0

···
0
b1j1
···
..
.
···
0
..
.
0
···
..
.
···
0 b2j2
.. . .
.
.
0 ···
···
..
.
···
0
..
.
0
···
..
.
···
0
..
.
0
···
..
.
···
∗
0 brjr
0
..
.
0
0
..
.
0







· · ·

· · ·

.. 
. 

···
b1j1 , b2j2 , · · · , brjr ̸= 0
に変形することができる。このような形の行列を階段行列と呼ぶ。このとき、最後に 0 以外が現れる行数
r を A の階数 (rank) と呼び、rankA と表す。定義より、明らかに rankA ≦ n, rankA ≦ m である。
注意として、階段行列の表し方は一通りではない。確かめなければならないこととして、様々な基本変
形を経てどのような階段行列で表しても、階数は一定であることが挙げられる。
注意 7.2. 前回は主に (m, n) 行列 A に対し、行の基本変形を考えてきた。これは結局、ある m 次の正則
行列 P との積 P A を考えていることにすぎなかった。当然、列の基本変形という概念も考えられる。つ
まり、
1. 1つの列を定数倍(̸= 0)する。
2. 2つの列を入れ替える。
3. 1つの列にほかの行の定数倍を加える。
1
という操作である。(ただし、列の基本変形は連立方程式を解く目的とは少しかい離している。というの
も、連立方程式の(拡大)係数行列の取り方が行の基本変形とマッチしているからである。転置を取れば、
列の基本変形を用いる。)
この操作もやはり、ある n 次の正則行列 Q との積、AQ を考えていることに他ならない。行と列の基
本変形を同時に行うことにより、A の階段行列として、単位行列に非常に近い形で


1 0 ··· 0


0 1 · · · 0
O 



 .. .. . .
..
. .

. .





0 0 · · · 1








O 
 O
と表示できる。注意として、最初の定義 7.1 で出来た階数 r の階段行列から、列の基本変形により、上記
のような r 次の単位行列 Er が左上にくるような階段行列
(
)
Er O
O
O
にできる。以上の事から、m 次正則行列 P と n 次正則行列 Q を用いて、
(
)
Er O
P AQ =
O O
と表される。
定理 7.3. (m, n) 行列 A に対し、その階数は階段行列の変形の仕方によならない。
証明 今、適当な正則行列 P1 , Q1 により、
(
P1 AQ1 =
Er
O
O
O
)
と表され、また別の正則行列 P2 , Q2 に対し、
(
P2 AQ2 =
Es
O
O
O
)
となったとしよう。このとき、r = s であることを示せばよい。上記の仮定より、
(
(
)
)
E
O
E
O
r
s
−1
P1−1
Q−1
Q−1
1 = A = P2
2
O O
O O
これより、
(
P2 P1−1
Er
O
O
O
)
(
=
Es
O
)
O
Q−1
2 Q1
O
(1)
という等式が成り立つ。今、

P2 P1−1
x11

 x21
=
 ..
 .
xm1
x12
x22
..
.
xm2
···
···
..
.
···

x1m

x2m 
.. 
,
. 

y11

 y21

Q−1
2 Q1 =  .
 ..
yn1
xmm
2
y12
y22
..
.
yn2
···
···
..
.
···

y1n

y2n 
.. 

. 
ynn
と置いておこう。(1) に代入して計算すると、

x11

x
 21
 .
 .
 .
xm1
x12
x22
..
.
xm2
···
···
..
.
···
x1r
x2r
..
.
xmr

y11

 
y21
0
 .
  ..
0 

ys1
.. 
=
. 
 0

 .
0
 ..

0
···
···
..
.
···
0
0
..
.
0
y12
···
y22
..
.
ys2
···
..
.
···
0
..
.
···
..
.
0
···
y1n


y2n 

.. 
. 


ysn 

0 

.. 
. 

0
表記上、違うサイズに見えるが両辺は (m, n) 行列である。この等式からわかるのは、xi1 , · · · , xir で s < i
の部分、そして y1j , · · · , ysj で、r < j の部分はすべて 0 である。今ここで、s < r としよう。このとき、
行列 P2 P1−1 は次のような形をしている。

x11 x12

x21 x22

 ..
..
 .
.


P2 P1−1 = xs1 xs2

 0
0

 .
..
 ..
.

0
0
···
···
..
.
···
···
..
.
···
x1r
x2r
..
.
xsr
0
..
.
0
x1r+1
x2r+1
..
.
xsr+1
xs+1r+1
..
.
xmr+1
···
···
..
.
···
···
..
.
···

x1m

x2m 

.. 
. 


xsm 

xs+1m 




xmm
この行列式を定義通り計算すると、
|P2 P1−1 | =
∑
sgn(σ)x1σ(1) · · · xmσ(m) = 0
σ
である。これは、P2 P −1 の 0 の部分が多いため、任意の置換 σ に対し、xiσ(i) = 0 となってしまう 1 ≦ i ≦ m
があるためである。よって、この行列は正則でないが、P2 , P1−1 ともに正則なのだからその積も正則なは
ずである。これは矛盾である。逆に、r < s だとすると、同じ理論で Q−1
2 Q1 が正則でなくなりやはり矛
盾となる。これより、r = s である。
例 7.4.

1

A = 2
2
3
3
4

4

5
3
4
5
6
について、階数を計算してみる。基本変形で、(−2) 倍の 1 行目を 2 行目に、(−3) 倍の 1 行目を 3 行目に
加えると、

1 2

0 −1
0 −2

3
4

−2 −3
−4 −6
となり、続けて (−2) 倍の 2 行目を 3 行目に加えると、

1
2

0 −1
0 0
3
4


−2 −3
0
0
これより、rankA = 2 である。
階数と正則性は密接に関わっている。それが次の定理である。
定理 7.5. A を n 次の正方行列とする。このとき、A が正則であることと、rankA = n であることは同値
である。
3
証明 まず A が正則であるとしよう。このとき、rankA < n であったとすると、A を階段行列 B に基本変
形したとき、最下部にすべて 0 であるような行が登場する。このような行列式は 0 であるので、B = P A
と、正則行列 P との積で表したとき、
|B| = |P A| = |P | · |A| = 0
となり、P が正則なので、|A| = 0 となり、これが矛盾である。よって、rankA = n である。逆に、rankA = n
であったとすると、注意 7.2 により、正則行列 P , Q によって、
P AQ = En
と単位行列に基本変形できる。行列式を考えれば、
|P AQ| = |P | · |A| · |Q| = 1
である。よって、P, Q がともに正則なので、|A| ̸= 0 となり、A も正則である。
実際には、上記の中で rankA = n ならば、正則行列を両側から挟んで、P AQ = En であったが、
P A = En Q−1 = Q−1 であり、
(QP )A = QQ−1 = En
という具合に片側からある正則行列をかけて単位行列にすることができる。つまり、A−1 = QP なのであ
る。このことから、基本変形によって逆行列を計算することもできる。n 次の正方行列に対し、隣に n 次
の単位行列を並べた (A, E) という (n, 2n) 行列を考える。上記の QP という基本変形を施す(掛け算を取
る)と、
QP (A, E) = (QP A, QP E) = (E, QP ) = (E, A−1 )
となって、単位行列を左側に表示できるまで変形できれば、右側に逆行列が現れる寸法である。
例 7.6.

1
2

A = −2 −3
3
4

3

0
−4
の逆行列を基本変形を用いて求めてみよう。まず、単位行列を右側に付け加え、右側に単位行列が現れる
ように基本変形する。

1
2

−2 −3
3
4


1 0 0
1 2


→
0 1 0
0 1
−4 0 0 1
0 −2
3
0

1

0
0
0
1
0
−9 −3 −2
6
2
1
1 −1 −2
これより、
3
6
1
2
−13 −3


0
1


→
0
0
0
1
−9 −3
6
2
0
1
0
−1


0
1 0 0


0  → 0 1 0
−1
0 0 1

A−1
0
1
−12 −20

= 8
13
−1
−2
0
−12
8
−1
−20
13
−2
1
−2
1
2

0

0 →
1

−9

6
−1

−9

6
−1
である。上記の 3 番目の変形の中で、rankA = 3 であることが示されている。これより、A が正則である
ことも確かめられている。もしここで、rankA < 3 であったならば、それは正則でないため逆行列を持た
ない。その時点で打ち切ればよい。
4