解析力学入門 6 解析力学は、ある一般的な原理に基づいて力学的な運動を記述しようとするものである。この節 では、この原理に基づいて力学の運動方程式がどのように導かれるかについて簡単に紹介する。 6.1 変分原理について まず簡単のために、保存力を与えるポテンシャルの場の中を運動する 1 個の質量 m の粒子につ いて考えてみる。次のラグランジアン (Lagrangian) と呼ばれる関数を定義する。 L = T − V, T = 1 mv 2 2 (6.1) ラグランジアンは、多くの場合に運動エネルギー T とポテンシャルエネルギー V の差で与えられ る。この粒子の運動の軌跡を求めるために、次の線積分の値を極小にする経路を求めてみる。 ) ∫ t2 ( 1 2 S= mv − V (r) dt (6.2) 2 t1 簡単な例として、ポテンシャル V が定数の場合について考えてみる。その場合、上の式の運動エ ネルギー、つまり v 2 の線積分の値を極小にする必要がある。速度が t1 から t2 の間に変化したと した場合、一般に次の不等式が成り立つ。 < v 2 > ≥ < |v|2 > (6.3) このことは、速度が一定である場合が上の (6.2) の線積分の極小値を与えることを意味する。つま り、力の作用を受けない運動の速度が一定であることが導かれ、ニュートンの運動の第 1 法則と一 致する。 次に、より一般的な場合について考えてみる。線積分の値を極小とする軌跡を r0 (t) とし、その 軌跡からの変位を以下のように δr(t) と定義する。 r(t) = r0 (t) + δr(t) (6.4) これを代入することにより、(6.2) は以下のように書き換えられる。 ( )2 ] m dr0 (t) dδr(t) + − V (r0 (t) + δr(t)) dt 2 dt dt t1 )2 ( )2 ] } ∫ t2 { [( dr0 (t) dr0 (t) dδr(t) dδr(t) m = +2 · + − V (r0 (t) + δr(t)) dt 2 dt dt dt dt t1 ∫ t2 [ S= (6.5) 変分に関する 1 次の項まで考慮することにし、その場合には上の被積分関数に含まれるポテンシャ ルエネルギーが以下のように近似できる。 V (r0 (t) + δr(t)) ≃ V (r0 (t)) + δr(t) · ∇V (r0 (t)) (6.6) この近似を (6.5) に代入することにより、変分 δr(t) による線積分 δr(t) への 1 次の寄与が、以下 のように表される。 ∫ t2 ( m δS = t1 ) dr0 (t) dδr(t) · − δr(t) · ∇V dt dt dt (6.7) 右辺の積分の第 1 項についての部分積分を実行すれば、上の式は以下のように書き換えれる。 [ ]t [ ( ) ]} ∫ t2 { dr0 (t) 2 d dr0 (t) δS = m δr(t) · − δr(t) · m + ∇V dt (6.8) dt t1 dt dt t1 39 運動の始点と終点で δr(t) = 0 であるとする仮定したため、上の右辺の第 1 項からの寄与は存在し ない。したがって、任意の変分に関して積分値が極小である条件として、次の結果が得られる。 m d2 r0 (t) + ∇V = 0 dt2 (6.9) ニュートンの運動方程式を得ることができた。 6.2 オイラー–ラグランジュの方程式 次に N 個の粒子が含まれている系を考えることにし、それらの粒子はスカラーポテンシャル V によって決まる力の影響下で運動しているものとする。それぞれの粒子の座標は、r1 , r2 , · · · , rN の N 個の座標ベクトルを用いて表されるとする。各ベクトルに 3 個の座標成分が含まれるため、 これらすべてに 3N 個の自由度が含まれる。問題に応じ、通常のデカルト座標とは異なる変数を 用いた方が便利な場合もある。そこで、ある別な座標変数 q1 , q2 , · · · , q3N を用いることにし、そ れらが元の座標変数と次の関係にあるものとする。 qi = qi (r1 , r2 , · · · , rN ) r1 = r1 (q1 , q2 , · · · , q3N ) (6.10) この節の目的は、粒子の運動を表す方程式を新たな変数 {qi } を用いて表すことにある。前節で説 明した変分原理を用い前節で導入したラグランジアン L を新たな変数を用いて表し、(6.2) に対応 する次の線積分を最小とする条件から方程式を求めようとするものである。 ∫ t2 S= L(q˙i , qi , t)dt, L(q˙i , qi , t) = T (q˙i , qi , t) − V (qi , t) t1 ∫ (6.11) t2 δS = δ L(q˙i , qi , t)dt = 0 t1 上の式に現れる速度変数 q˙i と、元の速度変数との関係は一般的に次のように表される。 ri = ri (q1 , q2 , · · · , q3N , t) r˙ i = r˙ i (q˙1 , q˙2 , · · · , q˙3N , q1 , q2 , · · · , q3N , t) (6.12) 変換規則が時間によって変化する場合、一般には上の式のように時間変数が含まれる関数を用いて 表される。一般化した座標を用いた上の (6.13) の条件によって運動方程式を求めようとする考え 方は、ハミルトン (Hamilton) の原理と呼ばれている。 前節と同様に (6.13) の積分の最小値を与える解を q0i (t) と置き、その値からの変分を次式によっ て定義する。 qi (t) = qi0 (t) + δqi (t) (6.13) これを代入すれば、(6.11) を変分 δqi に関する 1 次の範囲で以下のように表すことができる。 ∫ ∫ t2 S= t2 [ L(q˙0i , q0i , t)dt + t1 t1 ] ∂L ∂L δ q˙i (t) + δqi (t) dt ∂ q˙i ∂qi (6.14) 上の右辺の第 2 項の変分を表す積分の第 1 項は、部分積分を用いて以下のように書き換えられる。 ∫ t2 t1 [ ] t2 ∫ t2 [ ( ) ] ∂L ∂L d ∂L δ q˙i (t)dt = δqi δqi dt − ∂ q˙i ∂ q˙i dt ∂ q˙i t1 t1 40 (6.15) 前節と同様に上の右辺の最初の項はゼロになる。この結果を代入し、(6.14) が次のように書き換え られる。 ∫ S = S0 − [ t2 δqi (t) t1 最終的に、次の条件が得られる。 ( ) ] d ∂L ∂L − dt dt ∂ q˙i ∂qi ) ( ∂L d ∂L − =0 ∂qi dt ∂ q˙i (6.16) (6.17) 一般座標で表したニュートンの運動方程式に対応する式である。 6.2.1 簡単な例 例として、単振り子の運動を考えてみる。水平方向を x 軸、鉛直上方を y 軸とし、原点 O : (0, 0) を支点とする長さ L のひもにぶら下がった質量 m の物体の運動について考えてみる。ひもと鉛直 方向の成す角度を θ とし、重力加速度は g とする。 まず、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーを変数 θ の関するとして次のように求めるこ とができる。 x(t) = L sin θ(t), y(t) = −L cos θ(t) ˙ vy (t) = (L sin θ)θ, ˙ vx (t) = (L cos θ)θ, 1 1 T = mv 2 = mL2 θ˙2 , V = mgy(t) = −mgL cos θ 2 2 (6.18) この結果を利用してラグランジアン L を求め、単振り子の運動方程式が以下のように求まる。 L= 1 mL2 θ˙2 + mgL cos θ, 2 d ∂L ∂L − = mL2 θ¨ − mgL sin θ = 0, dt ∂ θ˙ ∂θ 6.3 g ∴ θ¨ = sin θ L (6.19) 保存則と対称性 ラグランジアンに座標変数が含まれない場合、つまり ∂L/∂qi = 0 が成り立つ場合、オイラー– ラグランジュの運動方程式は下記の式で表される。 ( ) d dL =0 dt dq˙i (6.20) 簡単な例として、外力の影響を受けずに運動する 1 次元の質量 m の粒子を考えると、そのラグラ ンジアンは、L = mx˙ 2 /2 を用いて表される。また、この粒子の運動方程式は以下のように求めら れる。 ∂L = mx˙ = constant. (6.21) ∂ x˙ ニュートンの運動の法則によれば、上の式は外力の作用がない場合の運動量の保存を表している。 このことは、一般に運動量を次式のように定義できる可能性を示唆するものである。 pi ≡ ∂L ∂ q˙i (6.22) 実際に上の式で定義される運動量 pi は、座標 qi に共役な (conjugate) 正準運動量 (canonical momentum) と呼ばれている。 41 6.3.1 対称性とエネルギーの保存 ラグランジアンの時間変化が、オイラー–ラグランジュの運動方程式を用いて次のように書き換 えられる。 ( [ ) ] ) ( dL ∂L ∑ ∂L ∂L dq˙i ∂L ∑ d ∂L dq˙i ∂L = + q˙i + = + q˙i + dt ∂t ∂qi ∂ q˙i dt ∂t dt ∂ q˙i dt ∂ q˙i i i ) (∑ ∂L ∂L d = + q˙i ∂t dt i ∂ q˙i (6.23) (6.23) の下の式の右辺の第 2 項を左辺に移行すれば、次式のように書き換えることもできる。 ( ) ( ∑ ∂L ) ∂L dL d ∑ ∂L d − = L− q˙i = (6.24) q˙i dt dt i ∂ q˙i dt ∂ q˙i ∂t i つまりこの結果は、ラグランジアン L が明示的な時間変化を含まず、∂L/∂t = 0 が成り立つ場合 に次の値が一定に保たれることを意味する。 ∑ ∂L q˙i − L = constant. ∂ q˙i (6.25) i 上の (6.25) の左辺は、ハミルトニアンという名称でよく知られ、系のエネルギーに対応する。 ∑ ∂L ∑ H= q˙i −L= pi q˙i − L (6.26) ∂ q˙i i i ただし、最後の式では (6.22) で定義した正準共役な運動量 pi を用いた。ニュートン力学における 力学的エネルギー保存則に対応する結果を、このようにして求めることができた。 このエネルギー保存則は、ラグランジアン L(qi , q, ˙ t) の関数形が、時間 t を任意の時間 ∆t だけ 変化させる、つまり t → t + ∆t の操作に対して不変であることに起因する。この不変性は、ラグ ランジアンの関数形がある対称性をもつによるものである。より一般的な立場から、系におけるな んらかの対称性の存在が、保存則と密接に関わりのあることが知られている。 デカルト座標における変数を用いると、式 (6.26) の右辺はさらに次の式によって表される。 ∑ H= (mi r˙ i ) · r˙ i − L = 2T − (T − V ) = T + V (6.27) i つまりこの場合のハミルトニアンは、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和として表さ れる。 6.3.2 対称性と運動量の保存 ラグランジアンの空間座標に関する依存性が、粒子の相対座標、つまり ri − rj のみに依存する 場合について考えてみる。系に含まれる座標変数 qi がそれぞれ δqi 変化した場合のラグランジア ンの変化は、一般に以下のように表される。 δL = ∑ ∂L δqi ∂qi i (6.28) ここですべての座標変数 qi を同じ ϵ の値だけ変化させた場合を考えると、すべての粒子に対して δqi = ϵ が成り立つ。この操作に対するラグランジアンの不変性は、(6.28) において δL = 0 が成 り立つことを意味する。さらにオイラー-ラグランジアンの方程式によれば、 ( ) ∑ ∑ ∂L d ∑ ∂L = = 0, ∴ pi = constant. dt ∂ q˙i ∂qi i i i 空間座標に関する並進操作に関する対称性が、運動量の保存則と密接に関係する。 42 (6.29) 6.4 ハミルトンの運動方程式 次に、運動方程式を速度 q˙i と座標 qi を用いて表すのではなく、運動量 pi と座標 qi を用いて 表す方法について説明する。この場合の運動量 pi は、前節で説明した正準 (canonical) 運動量のこ とを指す。前節で定義したハミルトニアンは、次式を用いて定義された。 H(qi , pi ) = ∑ pi q˙i − L(qi , q˙i ) (6.30) i ここで重要なことは、運動量 pi の定義を用い、上の式から q˙i 依存性を消去し、ハミルトニアンを 変数 qi と pi のみを用いて表すことである。 次に、(6.30) の右辺の変数依存性について、ハミルトニアンの変分が以下の式を用いて表される。 ] ∑[ ∂L ∂L dH = pi dq˙i + q˙i dpi − dq˙i − dqi ∂ q˙i ∂qi i [ ] (6.31) ∑ ∂L = q˙i dpi − dqi ∂qi i ここで、運動量 pi の定義を用いて第 1 式の右辺の第 1 項と第 3 項が互いに打ち消しあうことを用 いた。ハミルトニアンが運動量と座標変数のみの関数であることは、(6.31) を次の式を用いて表す こともできる。 dH = ∑[ ∂H i ∂H dpi + dqi ∂pi ∂qi 上の (6.31) と (6.32) の比較から、次の関係が成り立つ。 ( ) ∂H ∂L d ∂L =− =− = −p˙i , ∂qi ∂qi dt ∂ q˙i ] (6.32) ∂H = q˙i ∂pi (6.33) したがって、次の 2 つの運動方程式が導かれる。 q˙i = ∂H , ∂pi p˙i = − ∂H ∂qi (6.34) これを、ハミルトン (Hamilton) の運動方程式と呼ぶ。 この方程式に関して注意すべき点として、座標と運動量のどちらもが独立変数と見なされている ことがまず挙げられる。さらに運動方程式が、時間に関して 1 階の微分方程式でもある。したがっ て 1 次元の 1 粒子の運動に関しても、2 つの 1 階の時間に関する連立微分方程式の取扱いが必要 となる。 43
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