ブレイクスルー企業における リーダーシップについての一考察

◇ 中小企業のための経営情報シリーズ ◇
ブレイクスルー企業における
リーダーシップについての一考察
大阪府商工労働部 大阪産業経済リサーチセンター
主任研究員 越村 惣次郎
1.地域産業を牽引するブレイクスルー企業
が高いが、仕入や外注では一般企業との大きな
中小企業には、独自の技術や画期的なビジネス
差はなく、府内中心の割合が高い。つまり BT
モデルなどによって、一般的な中小企業の殻を破
企業には、地域内での分業によって生み出した
り躍進したブレイクスルー企業(Break Through
製品やサービスを地域外に販売する需要搬入企
企業、以下 BT 企業)が存在する。こうした BT
業2が多いと考えられる。さらに BT 企業は、利
企業は、一般的な中小企業に比べ、域外需要の獲
益率や売上高、雇用の伸びが高い企業が多いこ
得や雇用機会の創出などで地域産業の活性化に貢
とから一般企業よりも就業機会の創出や納税面
献する企業が多くみられる。そのため国や自治体
などにおいて、地域への貢献度が高い企業が多
が地域産業の振興策を検討する際には、その鍵を
いと考えられる。
握る BT 企業の実情を踏まえ、その役割が存分に
発揮される環境を整備することが望まれる。筆者
⑵ 技術開発力や市場開拓力を強みとする企業が
はこうした問題意識から、BT 企業の経営実態や
多い
取組む経営課題、そこで求められる支援策につい
企業の強みを比較したところ、BT 企業は一
て把握することを目的とした調査「地域産業を牽
般的な中小企業に比べ幅広い分野で強みを有し
引する中小企業の現状と課題~課題を克服し躍進
ていた。特に大きな差がみられたのは、新技術
1
したブレイクスルー企業の特性~」を実施した 。
の開発や既存技術の改良などの「技術開発力」
本稿では、調査によって明らかとなった BT 企業
と新市場に参入する「市場開拓力」に関する項
の特性を概観しつつ、そうした BT 企業に共通す
目であった。
るリーダーシップのあり方について考察する。
⑶ 多様な経営課題に取組む企業が多い
2.BT 企業の特性
BT 企業では、
「新市場参入」や「専門・技
調査ではアンケートを実施し、BT 企業と一般
術人材の育成・確保」
、
「研究開発資金の確保」
的な中小企業の比較分析を実施したが、
その結果、
などの内部資源の充実、さらに技術開発・研究
次の4つの特性が明らかになった。
や販売など連携先の確保を目指す企業も多い。
⑴ 地域産業を牽引する企業が多い
このほか事業買収や海外展開などに取組む意向
取引地域を大阪府内と府外に分けてみると、
販売では BT 企業は一般企業よりも府外の割合
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を示す企業が多い。
⑷ 支援策の活用意欲が高い企業が多い
定した6つの経営者によるリーダーシップ項目を
多くの経営課題に取組む傾向のある BT 企業
は、一般企業よりも国や地方自治体による支援
用いていた。
(リーダーシップの6項目)
策の活用意欲が高い企業が多い。特に BT 企業
① 企業の魅力ある将来ビジョンの提示・共有
で活用意向の高い支援策は、研究開発や新事業
② 実現に向けた具体的な戦略や目標の共有
の資金融資支援や、経営者補佐人材・高度人材
③ 経営者による従業員への技術的支援
の育成確保、さらに大学との連携や、知的財産
④ 財務情報等の企業情報を従業員に公開
権に関する支援、多様な分野の経営者との交流
⑤ コスト意識や事業運営上の価値観の共有
の場など、幅広い分野でみられた。
⑥ 個人的側面を含めた信頼関係の構築
以上の特性から BT 企業は、地域産業振興にお
分析の結果、全項目において、BT 企業は一般
いて重要な存在であり、また支援策の活用意欲も
企業を上回っていた。つまり、BT 企業には、変
高いことから、BT 企業のニーズに合致した地域
化する経営環境に対し、自社のビジョンやそれを
産業政策を立案運営する意義は高いと考えられ
実現するための戦略を構築し、それらを明確に打
よう。
ち出すことで従業員と共有するといった全社が一
体となった経営が可能となるような強いリーダー
3.BT 企業のリーダーシップ
シップを発揮している経営者が多いと考えられる。
前節では BT 企業が地域産業の鍵を握る存在で
あることを確認した。ではどうすれば BT 企業に
4.BT 企業の事例分析
BT 企業のリーダーシップについての理解を深
なれるのであろうか。今回の調査では答えの1つ
となりえる、BT 企業に特有のリーダーシップの
めるため2つの事例をみておこう。
あり方をみることができた。
表はリーダーシップの実践度について BT 企業
と一般的な中小企業を比較した結果である。比較
3
分析には、変革型リーダーシップ論 を参考に設
Case1『世界一の結束力が最大の武器!』
株式会社ノダ
(代表取締役 野田隆昌、従業員50人)
廃業が相次ぐ抜き型業界において、同社は
顧客満足度向上を追及することで国内のみな
【製造業】
4.00
⑥
①
4.00
②
3.50
らず海外にまで事業を拡大している。この躍
【サービス業】
⑥
進を支えるのは開発・設計から生産、営業に
①
至るまでの各担当者が一体となり顧客に対応
②
3.50
という同社の結束力は、経営ビジョン戦略、
3.00
3.00
⑤
③
⑤
③
BT企業
決算情報までを従業員に知らしめる社内の情
報公開体制と、社長以下、全員で参加できる
イベントなどを通した個人レベルの人的関係
④
④
できる結束力にある。取引先からも驚かれる
の構築体制などによって培われている。
一般企業
表 リーダーシップの実践度
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5.まとめ
Case2『次世代人材を育成』
BT 企業は、競争力を維持強化するため多様な
株式会社アルヴィオン
(代表取締役 平岡一郎、従業員90人)
経営課題に積極的に取組む企業が多くみられた
が、それらの取組みを実現するため経営者は事業
ゲーム業界は家庭用ゲーム機からスマート
の変革に適したリーダーシップを発揮していた。
フォンへと移行・拡大しており、各社とも新
今後の地域産業の活性化においては、こうした
たな事業モデルへの移行が求められている。
リーダーシップを発揮し、新たにブレイクスルー
そのなか同社は、受託開発中心の事業から自
社ブランドメーカーへの移行を実現した。そ
を実現する中小企業を数多く生み出していくこと
れを可能としたのは、同社の人材育成体制に
が重要と考えられる。
ある。同社では従来から家庭用から携帯・ス
マートフォン用など多様なゲーム機に対応し
【参考文献】
たゲーム開発に取組んできたため、自社内に
伊丹敬之[1998]
「産業集積の意義と論理」伊丹
敬之、橘川武郎、松島茂[1998]
『産業集積の
本質―柔軟な分業・集積の条件』有斐閣。
多様な技術・ノウハウを蓄積することができ
た。また開発中のソフトウェアを課題とした
金井壽宏[1989]
「変革型リーダーシップ論の展
望」
『経営学・会計学・商学研究年報』第35号。
独自の次世代人材育成体制を構築すること
で、即戦力人材の獲得が可能であることも同
社の強みとなっている。
2つの事例に共通するのは、経営者による強い
リーダーシップである。経営者は明確なビジョン
や目標を打ち出し、
それを従業員と共有していた。
その結果、全従業員が一丸となって目標に向け取
組む体制ができていた。
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越村惣次郎[2010]
「中小企業の質的な成長―価
格決定権の有無による自立化の要因分析―」
『産
開研論集』第22号。
1 調査報告書は、大阪産業経済リサーチセンターのホームページに
おいて閲覧できる。
2 伊丹[1998]は、産業集積内に需要を持ち込む企業を需要搬入企
業としている。
3 変革型リーダーシップは、不確実性の高い経営環境下にいて継続
的に組織を維持発展させるために求められるリーダーシップであ
る(金井[1989])。
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