コラム:医療と法 「医療と法のパートナーシップ」

「医療と法ネットワーク」((財)比較法研究センター)
コラム:医療と法
「医療と法のパートナーシップ」
位田 隆一
京都大学大学院法学研究科教授
この 10 年あまり、生命倫理に関わるようになって、医学・生命科学の研究者や医師と触れ合
う機会が多い。しかし、私が法律家としての発言をすると、なかなかわかってもらえないよう
に思う。
医師も研究者も、「法律」とは人を縛るものだと考えているようだ。あれをしてはいけない、
これをしてはいけない、あれをしろ、これをやらなければならない、と命令する。法律以外に
もこのごろは「倫理」によっても縛られる。「法律」って何だ?「倫理」って何だ?医療や研究
は人びとを豊かに幸せにするために行っているのに、なぜこれほどまでに制約されなくてはい
けないのか。もっと自分たちを信頼してもらうにはどうしたらいいのか。
法律家から言わせると、法律は社会を安定させる道具であって、そこで暮らす人たちの平穏
な生活を保障するものだ。確かに法律は人の行動を禁止したり制限したりするが、それは弱い
立場の人たちを守るためのもの。医師の仕事は、他人の身体を傷つけてはいけないという大原
則を、「患者さんを救う」という意味で、例外的に法律で認められている。研究の自由も憲法や
法律がそれを保障している。本来、法律は医者の敵ではなくて、味方なのだ。そういう意味で、
医師や研究者は法律のことを誤解している。
医学と法律、どちらも難しい言葉を使うことで有名だ。インフォームド・コンセントのとき
に、医師や研究者は難しい漢字や外国語を使って説明しようとするとよく言われている。科学
的に間違った説明をしてはいけないからのようだ。法律家も、よく難しい法律用語を使って難
解な言い回しをする。日常で使わない言葉を使っていたり、同じことでも難しい単語を使う。
それぞれの用語が表す概念がきちんと決まっているからだ。
それに、もともと法律学と医学・生命科学の作法が違うようだ。法律学の作法は、問題の出
発点からゴールまでの道筋を合理的に説明することにある。重要なのは筋道で、ゴールではな
い。良いゴールを探し出すために、筋道を考える。ところが、医学・生命科学は、様々な条件を
組み合わせて、結果を生み出すものだ。結果が重要で、良い結果が出るまで試行錯誤が行われ
る。そうした性質を理解していないと、両者の話がかみ合わないことがある。
どうもお互いにお互いのことをよく理解していないのではないのか。医学のことも法律のこ
とも、互いに十分わかっていないままで、話をしようとしているのではないのか。だから医が
法を敬遠するような感覚になっているのではないのか。
「医療と法ネットワーク」((財)比較法研究センター)
医療と法が、共通の場で、共通の言葉を用いて話をしよう。そうすれば、もっといい関係が
築ける。「いい関係」とは、互いに得になる、ということではない。医師は患者さんを救い、研
究者は科学を進歩させることに全力を尽くし、それを法律が「制限する」というより「支える」
という関係だ。医療と法はパートナーであるべきだと思う。その目標は患者さんのより良い治
療であり、人々の健康と福祉だ。
「医療と法のネットワーク」は、医と法のインターフェースを目指している。その第 1 歩は、
医者と法律家の対話を通じて、互いを理解するというところから始まる。さしずめ「医師のた
めの法学入門」などを考えてみてはどうだろうか。
(「医療と法ネットワーク」会報
創刊号 Vol1. 2011)