A net Vol.18 No.2 2014 抜管後呼吸不全の予防 大阪大学大学院医学系研究科生体統御医学講座 麻酔・集中治療医学教室 藤野 裕士 PROFILE ──────────────────────────────── ─ 藤野 裕士 大阪大学大学院医学系研究科生体統御医学講座 Y u j i F u j i n o 麻酔・集中治療医学教室 教授 昭和60年 7 月:国家公務員共済組合連合会大手前病院麻酔科 61年 7 月:大阪大学医学部附属病院集中治療部 医員 平成元年 7 月:大阪警察病院麻酔科 医師 2 年 7 月:大阪府立病院麻酔科 5 年 7 月:大阪大学医学部附属病院集中治療部 助手 8 年 7 月:米国ハーバード大学マサチューセッツ総合病院 研究員 11年 1 月:大阪大学医学部附属病院集中治療部 助手 15年12月: 同 副部長 16年 3 月: 同 講師 23年 4 月:大阪大学医学部附属病院 病院教授 25年 3 月:大阪大学大学院医学系研究科生体統御医学講座 麻酔・集中治療医学教室 教授 人工呼吸器からの離脱は集中治療室における大きな治療目標の一つであり集中治 療室退室の基準となる場合も多い。近年は技術的進歩により気管挿管を用いない非 侵襲的陽圧換気法もしばしば行われるが、集中治療室での人工呼吸の主役は今でも 気管挿管を用いた人工呼吸である。気管挿管は気道を周囲から分離することで①高 気道内圧/高酸素濃度を可能にする、②分泌物や消化管内容物から気道を守る、と いう効果があるが抜管に際していくつかの問題を生ずる。それは①気管チューブの 抵抗のため挿管中に抜管した時の予測が難しい、②気管チューブの機械的刺激のた め気道、特に声帯に浮腫を生じて抜管後の気道狭窄症状の原因となる、③反回神経 麻痺があっても抜管してみないと症状が出ない、といったものである。抜管後の呼 吸不全、特に再挿管を予防するためにはこういった問題を考えて対処する必要がある。 ───────────── 1. 抜管時の評価 抜管の可能性を評価するための基準は理想的には、抜管できるはずの患者はすべ てこの基準をクリアし、クリアできない患者はすべて再挿管になるというものであ る。残念ながら現時点ではこのような基準は存在しない。従って抜管後の呼吸不全 は 0 にはならない。しかし次に述べるような評価を行い、抜管が成功する可能性の 低い患者では無理な抜管を行わないことも重要である。抜管の可能性を評価するた めの指標としては、これまで血液ガス、最大吸気圧や呼吸仕事量などの肺メカニク ス1)、血行動態など数多くのものが試みられてきた。最も予測精度の高い指標は呼 吸数(回/分) /一回換気量(L) (f/VT:rapid shallow breathing index)と考えられてい る。呼吸不全患者では正常時と比較して呼吸様式が浅く速い呼吸に変化することが 知られており2)、これを利用すると単純に呼吸数を指標とするより予測精度が上が ることが知られている 3)。欧米人では f/VT が105~110辺りで抜管の可能性を判断 すれば良いとされるが、欧米人と体格の異なる日本人に同じ基準を当てはめるのは 難しい。実際我々の施設でも呼吸数を指標としている。本邦では系統的データ集積 がなされておらず現時点で f/VT を推奨することはできないが有望な指標であり今 後の検討が望まれる。f/VT は元々人工呼吸器からはずし、T-pieceと呼ばれる回路 12 特 集 に接続して評価する(Fig.1)。別の回路を用意しなくてはならないことも普及を妨 げる要因であった。また気管チューブの抵抗が残るため抜管時とは異なることも 方法上の問題である。近年、気管チューブによる気道抵抗を計測し抵抗をキャンセ ルするのに必要なだけの陽圧補助を行うautomatic tube compensation(ATC)という 換気モードを搭載した人工呼吸器があり、それを利用することで精度の高い予測が 出来る可能性もある4) (Fig.2) 。 大気へ 酸素供給源 患者へ 加湿器 Fig.1. T-piece回路 (cmH2O) 10 気管チューブサイズ 3mm 5mm 気管チューブによる圧低下 6mm 7mm 9mm 12mm 5 常 健 0 0 道 気 上 の 人 50 ガス流量 100 (L/min) Fig.2. 気管挿管時の気道内圧の変化 手術室での抜管について追記しておく。抜管時には上記のような抜管の指標以外 に循環が安定しているなどの前提条件がある。全身麻酔時にほとんどの症例で覚醒 と筋力回復のみを評価して抜管するのは呼吸、循環等の状態が術前と大差ないとい う仮定が前提として存在する。しかし、術前から臓器障害がある症例、長時間手術 症例、大量出血症例などではこの前提が成り立つとは限らない。特に敗血症のよう なその後の経過が予測できない病態では、抜管は避けた方が安全である。術後に再 挿管が必要となるリスクをスコアリングすることで予測する試みがある5)。 13 A net Vol.18 No.2 2014 ───────────── 2. 喉頭浮腫/反回神経麻痺の 予測と治療 喉頭浮腫は気管チューブによる機械的刺激の他、アナフィラキシーなどによって も起こる。喉頭浮腫は抜管後気道狭窄、閉塞の原因として最も頻度が高いものであ る。それ以外には反回神経麻痺がある。反回神経は片側麻痺では嗄声を起こすもの の通常気道は保たれる。両側反回神経麻痺の場合は気道が完全閉塞を起こす。抜管 直後は声帯がチューブの影響で変形し気道の完全閉塞が起こらず、数時間後に閉塞 することがあり注意を要する。 抜管前に喉頭浮腫を予測する方法としてカフリークテストがある6)。このテスト は気管チューブカフ内の空気を抜いてみてリークの程度を評価するものである。過 去の報告ではリーク量の評価法がまちまちであり、感度が低いのが特徴である 7~10) 。すなわちリークがあると判断しても抜管後喉頭浮腫は起こり得ると (Table 1) いう特性を認識した上でこのテストを利用する必要がある。 Table 1. カフリークテストの感度と特異度 ガスもれ閾値 評価対象 感度 特異度 聴診 再挿管 0.80 0.50 110mL以下 喘鳴 0.67 0.99 Sandhu RS, et al. 9) 吸気一回換気量の 10%以下 喘鳴、再挿管 − 0.96 De Bast Y, et al.10) 吸気一回換気量の 15.5%以下 再挿管 0.75 0.72 Adderley RJ, et al. Miller RL, et al. 7) 8) 感度=真の陽性(再挿管、喘鳴)の人数/リークが閾値以上の人数、特異度=真の陰性(再挿管 なし、喘鳴なし)の人数/リークが閾値以下の人数 (文献7∼10より作成) 喉頭浮腫の予防法としてステロイド投与がある。ステロイド投与は小児では再挿 管の危険率を下げるが(危険率0.68)、成人では効果を示さない(危険率0.93)11)。 我々の施設でも人工呼吸日数に関わらず成人ではステロイドの予防投与は行ってい ない。ステロイドの投与法は一回投与より複数回投与の方が有効性を示す報告が多 く、例としてはデキサメタゾン0.5mg/kgを抜管 6 ~12時間前から 6 時間毎に投与す るなどである12)。 ───────────── 3. 抜管後呼吸不全に対する 非侵襲陽圧換気 この十数年で各種呼吸不全に対して非侵襲的陽圧換気法(NPPV)が試みられてき た。再挿管率や生命予後を指標とした場合、NPPVは抜管後呼吸不全に有効とは言 えない。しかし、再挿管に至らない場合でも患者の呼吸困難感は改善し、再挿管症 例でも再挿管を安全な体制で行うまでのつなぎとしては有用である。また心不全を 合併した重症症例では心原性肺水腫同様、有用な可能性がある13)。 ───────────── 引用文献 1 )Jubran A, Tobin MJ:Pathophysiologic basis of acute respiratory distress in patients who fail a trial of weaning from mechanical ventilation. Am J Respir Crit Care Med 155:906−915, 1997. 2 )Tobin MJ, Perez W, Guenther SM, et al.:The pattern of breathing during successful and unsuccessful trials of weaning from mechanical ventilation. Am Rev Respir Dis 134:1111−1118, 1986. 3 )Esteban A, Frutos F, Tobin MJ, et al.:A comparison of four methods of weaning patients from mechanical ventilation. Spanish Lung Failure Collaborative Group, N Engl J Med 332:345−350, 1995. 4 )Fujino Y, Uchiyama A, Mashimo T, et al.:Spontaneously breathing lung model 14 特 集 comparison of work of breathing between automatic tube compensation and pressure support. Respir Care 48:38−45, 2003. 5 )Brueckmann B, Villa-Uribe JL, Bateman BT, et al.:Development and validation of a score for prediction of postoperative respiratory complications. Anesthesiology 118:1276−1285, 2013. 6 )Jaber S, Chanques G, Matecki S, et al.:Post-extubation stridor in intensive care unit patients. Risk factors evaluation and importance of the cuff-leak test. Intensive Care Med 29:69−74, 2003. 7 )Adderley RJ, Mullins GC:When to extubate the croup patient:the“leak”test. Can J Anaesth 34:304−306, 1987. 8 )Miller RL, Cole RP:Association between reduced cuff leak volume and postextubation stridor. Chest 110:1035−1040, 1996. 9 )Sandhu RS, Pasquale MD, Miller K, et al.:Measurement of endotracheal tude cuff leak to predict postextubation stridor and need for reintubation. J Am Coll Surg 190:682−687, 2000. 10)De Bast Y, De Backer D, Moraine JJ, et al.:The cuff leak test to predict failure of tracheal extubation for laryngeal edema. Intensive Care Med 28:1267−1272, 2002. 11)Meade MO, Guyatt GH, Cook DJ, et al.:Trials of corticosteroids to prevent postextubation airway complications. Chest 120:464S−468S, 2001. 12)Anene O, Meert KL, Uy H, et al.:Dexamethasone for the prevention of postextubation airway obstruction: a prospective, randomized, double-blind, placebocontrolled trial. Crit Care Med 24:1666−1669, 1996. 13)藤野裕士、内山昭則、西村匡司,他:大手術後の抜管後呼吸不全に対する非侵 襲的人工呼吸.日集中医誌 9:207−211, 2002. 15
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