2015 年度後期,認知発達学(加藤):1 認知発達の情報処理理論 事例:裏庭での娘と父――裏庭で自転車に乗る(Klahr, 1978, pp. 181-182) 娘:父さん,ベースメント(地階)のドアを開けてくれる? 父:なぜ? 娘:自転車に乗りたいの 父:おまえの自転車は,車庫の中だろ. 娘:でも,私のソックスが乾燥機に入っているの. 問: 「この娘の思考の背後には,どのようなプロセスがあるのだろうか. 」 主目標: 自分の自転車に乗りたい. 歪み: ゆったりと乗るには,ソックスが必要 事実: 今,裸足だ. 下位目標1: 自分のスニーカーをとってくる 事実: スニーカーは裏庭にある 事実: 裸足ではくと,sneakers は気持ち悪い 下位目標2: ソックスをとってくる 事実: 今朝,ソックスの引き出しは空だった. 推論: ソックスは,乾燥機の中にあるだろう。 下位目標3: 乾燥機からとってくる. 事実: 乾燥機は地階にある. 下位目標4: 地階へ行く. 事実: 裏庭の入り口の方が近道だ 事実: そのドアは,鍵がかかっている 下位目標5: 地階へのドアの鍵を得る 事実: 父さんが,すべてのところの鍵を持っている 下位目標6: ドアをあけるように父さんに頼む. 課題分析(Task analysis) :主目標に至るために関わる障害物,方略,推論をすべて特定化すること ――――――――――――――――― この理論の特徴 1.子どもの思考に関わる過程(プロセス)を正確に特定化する点 2.思考を,ある時間経過の中で起こるプロセスであるとする点を重視 3.メタファーは, 「計算システム(computational system)としての子ども」 コンピュータの情報処理は,ハードとソフトによって制限を受ける. ・ハードの限界は,子どもの記憶力,基本操作の遂行の効率性に表れる. ・ソフトの限界は,方略,課題に関する利用可能な知識など. (成人の思考も,同じ要因により制限を受ける. ) この理論の認知発達のとらえ方: 認知発達とは,基本的な遂行過程の徐々なる効率化,記憶の増大,新方略や知識の獲得、である. 2015 年度後期,認知発達学(加藤):2 子ども観 子どもは,常に連続して認知的に変化する存在 ・大切な変化は,常に起こっているものであり,段階間の特定の移行期に起こるものではない. ・変化は,突然起こるのではなく,累積的に起こる. メタファー: 「問題解決者(problem solver)としての子ども」 この立場は,子どもが「積極的な問題解決者」であると見なす ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― では、問題解決するためには、どういう能力が必要か: ①目標を設定し,②障害物を予想(知覚)し,③(その障害物を乗り越え、目標を達成するために)方 略とルールを用いる能力が必要.さらに,④(遂行のための)プランを立てる能力(プランニング) 、⑤(既 有の知識を用いて行う類推にもとづく)推論する能力が必要となる. (事例) ジョージ(2才)は,台所の窓から小石を投げたかった.でも外には,芝 刈り機があった.父親は,ジョージに「小石を投げたらダメだぞ.外にある芝刈り機 を壊すからな」と言った.そしたら、ジョージは「いい考えがある」といって,外に 出て、いつも持って遊んでいる青桃を幾つか持ってきた.そして「これなら,芝刈り 機を壊さないよ」と言った. 「子どもは、なぜ、問題解決に失敗するのか?」 :どのプロセスで問題が起きているのか? プランニング能力(作成と遂行)に問題がある:自己制御力の問題 問題解決をするには,まず遂行前にプランを立てることで成功率を高める. (ジョージの例でも,偶然に出来たのではなく,プランに基づいて行っていたからだ) ・もっとも単純なプランの利用(Willatts, 1990) 対 象: 12 ヶ月児 手続き: 目の前に堅い板をおく.その背後に,布がある。 その布には、玩具がつながったヒモがついている。 (理論的背景: 問題解決のためには,3つのステップのプランが必要. ①障害物を取り除く。②布を引き寄せる。③ヒモをつかんで,オモチャを手に入れる。 結 果: オモチャがヒモにつながっている時の方が,つながってない時よりも,この3つのステップ をより遂行できる。 ――>12 ヶ月児でも,このくらいの単純なプランなら作成し遂行することができる。 (異なった年齢層でも,異なった活動にプランニングすることは有用である。 例:友だちの家にどうやっていくか,レポートを書くためにどう本を読むか,テストのためにどのよう に勉強をするか、など。 ) (例:19 ヶ月児、親に自分の言うことをきかせるために、より大きな声でなく。そのために、前よりもよ り多くの息を吸い込もうとする。 ) ==>このようにプランニングすることには、有効性がある。 それにもかかわらず,子どもたちは、プランすることが出来ない(あるいはプランに沿って遂行できない) (Berg, et al., 1997) 。 2015 年度後期,認知発達学(加藤):3 「プランニングが、なぜ、出来ないのか?」 : 1.行動抑制 inhibition が困難: (自己制御 self-control 能力) プラン遂行には, 「すぐに目標に到達したい」という衝動を抑制する必要がある。 (ジョージの例では、小石をすぐ使うのでなく、まず立ち止まり、考えてみることができること) 5,6才までは,この衝動を抑制することが非常に困難。 (例:ジャンケンの研究) (理由: 前頭前野の未発達,5才~青年期にかけてこの領域は成熟する. ) 2.小さい子どもは,自己能力に対して過剰に楽天的(自己能力評価が甘い) ―(メタ認知能力の発達の遅れ、Flavell, 1978) 楽天性は,適度ならよいが,過剰になると問題. (安易にできると思ってしまい、予めプランを立てない。 ) 「子どもの楽天性」 : より多く覚えられる,上手く話せる,モデルのまねが出来る、など。 ――>この楽天性のために,子どもはプランをしようとしない。 (そのため、6歳児でも、身体能力に過剰に高い自己評価を持つ子どもは、そうでない子どもより,事 故に遭いやすい. また、もっと年齢が上がると,自分の能力に適切な評価ができる.その結果,プランを立てようとす る. ) 3.プランが失敗してしまう プラン自体に問題があるか,プランは良くても適切に遂行できないか.その結果,問題解決できない. ――>そのため,子どもは、ますますプランを用いようとしなくなる。 類推能力(アナロジーにより推論する能力)――(Piaget の同化機能に近い) より適切に類推をするためには, 「問題解決に関連した次元に注目して,他の次元は無視する能力」が必 要. (既有知識を新しい場面に適用し、関連する次元にのみ注目し、理解や問題解決をする能力) (ジョージの例: 小石と青いピーチの関係の理解には、形と大きさに注目) 原始的な類推は,生後初期に現れる。が,元の課題と新しい課題が非常に類似している場合に限られる. 例:・10ヶ月児:母親が「障害物―玩具の課題(上述) 」をしてみせる.その後、子どもにさせる。 この課題 に成功するのは、用いられている材料の属性(色,形,大きさ,場所)が一致している 場合に限られる。 ・13ヶ月児:類似属性が少なくなってもできるようになる(Chen, et al., 1997) 。 課題: 「カメラは,テープ・レコーダーのようだ」を説明させる(メタファーの理解) ・6歳児:表面的な特徴(黒い)にのみ、とらわれてしまう。 (どちらも、黒い) ・9歳児:高次の類似性(情報を記録する)に言及することができる。 (どちらも情報を記録する) 2015 年度後期,認知発達学(加藤):4 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 発達の中心的問題に対する立場 この立場は,氏も育ちも共に作用し発達すること, 「何がどのように変化が起こるのか」ということに、 焦点を置いている.その際、特に、記憶と学習の発達の分析に、その違いが現れると考えている。 記憶と学習の発達 1.基礎過程(もっとも基本的な心的活動――認知機能) 連合(ものとものとを結びつける) ,対象の再認(既知のものとして認識) ,般化(一つの事例を他の事例 に一般化する、cf.同化) ,対象・出来事の特定の特徴を符号化(特徴により抽象化、カテゴリー化) 符号化 人は,すべての情報を符号化するのではなく,注意を引いたもの,自分にとって重要なものを符号化す る. (よって,全ての情報が、記憶されるわけではない。 ) 重要情報の例: 出来事の発生頻度に関するデータ (statisitical learning) (”i” or “e”では、どちらがより多く出現するか。 ) (鳥という言葉は,羽,くちばし,木に住んでいるという情報と同期しやすい. ) 子どもは,環境の重要な情報をすべて符号化しているわけではない. ――>符号化能力に限界がある. 例:バランス・スケール課題,5,6歳児 ①オモリの数と②中心からの距離 手続き1:スケールを見せる。それを再生させる。 結 果: オモリの数しか再生できない(距離の情報を符号化していない) 手続き2:両方の情報に注意を向けるように教示する。 結 果: 成績が向上する。 ==>「子どもの失敗は、情報処理能力に問題がある」という仮説を支持 処理速度 基本的過程の処理速度は,12才ころまでに急速に増加し,青年期まで増加し続ける. (例:visual search, mental rotation, mental addition, tapping) 研究例(Eaton & Ritchot, 1995) 対象:4年生で身体的に成長している群とそうでない群の比較 課題: 矢印を表示し,その向きを答える(右,左) .その速度を比較. 結果: 成熟群の方が,処理時間が速い. ==>経験量(4 年生であること)だけでなく,成熟度も,処理速度に関わっているといえる. 要因: 経験の増加,生物学的成熟(特に,myelination 軸索化) 方略(strategy)の発達: (その発現、利用、分化の問題) 方略の獲得(発達)が,学習・記憶の発達のもう一つの大きな要因であると考えている. 方略の多くは,5~8才の間に出現する. リハーサル.繰り返し復唱することで記憶を助ける. 選択的注意(方略) .課題遂行に有効な情報とそうでないものを識別し,選択的に情報を取り入れる. 2015 年度後期,認知発達学(加藤):5 実験例 課題: 動物,家具などのオモチャを見せる。 教示: 「あるカテゴリーに属するもの(家具)を後で思い出して貰いますからね。よく見ていてね。 」 結果: 7,8歳児は,言われたカテゴリーのものだけに注目する. 3,4歳児は、すべてに注目する.その結果,再生量に差が出る. 方略の利用欠損(utilization deficiency, Bjorklund, et al., 1997) . ただし,新しい記憶方略を学習しても,初期段階では成績をむしろ低下させる. 内容知識(content knowledge)の増加:記憶・学習の第3の源泉 知識が増えると,新しいものの再生も良くなる。 理由: 既有知識が増えると,記名する際に,新情報をそれに関係づけることで記憶が促進される. そのため,子どもでも,より多くの知識をもつトピック(TV漫画、車、など)で,大人よりも新しい 情報への学習は,より優れている. (知識の領域固有性、domain specificity) スクリプト.学習・記憶を特に促進する知識の一つの形態で,1 つの順序性をもつ出来事に関する記憶. (類似概念:物語スキーマ---起承転結の物語展開の理解) 3,4歳児では、既に, 「ファースト・フード店のスクリプト」ができており,店での出来事を予想した り記憶したりすることが出来る. 7歳児では,内科を受診する時に、起こりそうな出来事とそうでない出来事とを区別することができる (起こらない例: 「看護師が膝を舐める」 ) .しかし,3歳児ではこうした区別ができない. 構造化・体制化された知識構造の種類: ・フレーム(frame) ,認知的枠組み(cognitive framework) 、スクリプト(script) ・スキーマ(schema) 、シェマ(schéme), mental model, internal working model ・モデゥール(module) 2015 年度後期,認知発達学(加藤):6 ――――― 補足資料 ――――――――――――――――――――――――――― 記憶システム memory systems のモデル図 感覚記憶(sensory registry) 刺激が入ってくると、極短い間、保存され、刺激がなくなると消えてします。 短期記憶 入ってきた情報の仲から注意を向けられたものが、秒単位程度で、短い期間保持される。 聴覚刺激>視覚刺激(聴覚情報の方が、リハーサルしやすいことによる) 情報は、リハーサルされ符号化されることで LTM へ転送される。その過程で、落ちていく情報もある。 また、STSで保持できる記憶には容量があり(7±2)、新しい情報が入ると置き換わる。 作業記憶 STSの情報とLTSの情報が、一時的に操作される作業空間で、STSの中の一部を特に WM(working memory)と呼ぶ。 WMには、3つのシステムからなる。 ①視空間系(視覚情報保持、前頭・頭頂葉)、 ②言語系(聴覚情報保持、左半球)、 ③実行系(executive function、注意の操作と行為の制御、前頭葉) ・3システム構造は、6 才以降安定する。 ・児童期・青年期にかけて、これらのシステムの処理速度や容量は、大きく増加する。 長期記憶 半永続的に保持される。 関連部位は、cortex の全領域に分布している。 (事実に関する記憶は、海馬・側頭野;行為の記憶は、運動野・小脳) LTMの情報は、生涯を通して増加する。 符号化 検索 選択的注意 知識の種類(LTM) ・宣言的知識 意味記憶(semantic memory) エピソード記憶(episodic memory) ・手続き的知識(procedural knowledge) ・条件的知識(contingency knowledge) 意識水準との関連での区別(⇔情報処理の自動性との関連 ・顕在的記憶 explicit memory (⇔制御処理 controlled processing) ・潜在的記憶 implicit memory (⇔自動処理 automatic processing) 2015 年度後期,認知発達学(加藤):7 メタ認知 metacognition or cognition of cognition (前頭前野:決断、自己制御に関わる領野) 認知をモニターし、コントロールする過程 ・メタ知識(認知に関する知識、信念) ・メタ経験(認知をモニターするときに経験される感じ) ・認知のモニタリングとコントロール 問題解決の過程 ・目標設定(問題の中に設定されている) ・プランニング(解決するためのステップを考え、全体の方略を考える) ・方略(目標を達成するための方法) ・メタ認知による行動評価と制御 問題解決の過程で重要な心的活動 ・行動・思考のモニタリングとコントロール(メタ認知過程) ・自己制御(自己調整、self-regulation) (関連重要用語 ・self-regulated learning(自己調整学習) ・self-regulated help-seeking(自己調整援助要請)
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