高みを行く者【IS】 ID:12901

高みを行く者【IS】
アヅラン・ヅラ
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP
DF化したものです。
小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作
品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁
じます。
︻あらすじ︼
全校生徒、女子大多数、男子二名。
この奇妙な現象の原因はなんなのか。
そもそもの始まりは、いきなり異世界に飛ばされ、ようやく日本に
帰還した日まで遡るということだ。
初投稿です。現実世界⇒オリジナルファンタジー⇒IS世界と移
動してきたオリ主が主人公です。
感想をくださると嬉しいです。
目 次 1│1 そうだこれは夢なんだ AA略 │││││││││
1│0 異世界から舞い戻った男
1│2 ところがどっこい夢じゃありません AA略. ││
1│1 IS学園は新人キャンプ
2│1 どうしてこうなった AA略 ││││││││││
│││
│││││││││││││
2│2 お嬢様って縦ロールにしなきゃいけないの
粉バナナ
﹂
﹂ ││││││││││││││
5│1 更識簪 ││││││││││││││││││││
1│4 君は俺に似ている
4│5 高みを行く者 │││││││││││││││││
4│4 ラウラ・ボーデヴィッヒ ││││││││││││
4│3 デュノア社の野望 │││││││││││││││
4│2 デュノア社の﹁
4│1 FIF│P00X │││││││││││││││
1│3 デュノア
3│5 わたしの、最低の友達 │││││││││││││
3│4 テ○ロ・フ○ナーレ︵踏みつけ︶ ││││││││
3│3 もう何も恐くない、だってツインがいるもの │││
3│2 胸騒ぎがする。 ちょっと外の様子見てくる │││
3│1 俺、実はツインテールの奴がニガテでさぁ⋮ │││
1│2 俺の頭﹁ここからいなくなれぇー
2│5 信じてくれ、オレなら出来る ││││││││││
2│4 強化なかったら死んでたんだけど ││││││││
2│3 バナナ
?
5│2 力の意味 │││││││││││││││││││
32
40
47
!
17
1
!
57
68
80
?
9
??
112 101 90
162 151 142 133 126
186 173
!
5│3 ダウンロード │││││││││││││││││
5│4 カレワラ │││││││││││││││││││
5│5 終わりの始まり ││││││││││││││││
5│6 決勝戦 ││││││││││││││││││││
5│7 DELETE │││││││││││││││││
5│8 Open Your Heart ││││││││
リリム
5│9 Wahrer Freund ││││││││││
1│5 ユア・ネーム・イズ・
1│7 思い出の地にて ││││││││││││││││
1│6 生徒会メンバーと │││││││││││││││
1│5 夏の思い出・簪と二人で ││││││││││││
1│4 夏の思い出・食堂にて │││││││││││││
1│3 夏の思い出・女学院にて ││││││││││││
1│2 夏の思い出・生徒寮にて ││││││││││││
1│1 夏の思い出・精神病院にて │││││││││││
幕間 一夏︵ひとなつ︶の思い出
6│9 真実を知る者 │││││││││││││││││
6│8 戦いの後に ││││││││││││││││││
6│7 胡蝶の夢 │││││││││││││││││││
6│6 疑問と答え ││││││││││││││││││
6│5 UTモード ││││││││││││││││││
6│4 天才の思い ││││││││││││││││││
6│3 在りし日の如く ││││││││││││││││
6│2 仲を取り持つもの │││││││││││││││
6│1 お兄ちゃん ││││││││││││││││││
"
254 243 231 220 212 204 195
354 344 330 321 311 299 290 278 269
460 446 428 405 387 377 364
"
一期・エピローグ │││││││││││││││││││
2期 可能性の権化
プロローグ │││││││││││││││││││││
2│1 貴族の心得
1│1 ││││││││││││││││││││││││
1│2 ││││││││││││││││││││││││
1│3 ││││││││││││││││││││││││
1│4 ││││││││││││││││││││││││
1│5 ││││││││││││││││││││││││
1│6 ││││││││││││││││││││││││
2│2 騎士とメイドとウサギのワルツ
2│1 ││││││││││││││││││││││││
2│2 ││││││││││││││││││││││││
2│3 ││││││││││││││││││││││││
2│4 ││││││││││││││││││││││││
2│5 ││││││││││││││││││││││││
2│6 ││││││││││││││││││││││││
2│7 ││││││││││││││││││││││││
2│8 ││││││││││││││││││││││││
2│3 強化人間 │ブーステッドマン│
3│1 ││││││││││││││││││││││││
3│2 ││││││││││││││││││││││││
3│3 ││││││││││││││││││││││││
3│4 ││││││││││││││││││││││││
3│5 ││││││││││││││││││││││││
475
488
550 538 527 518 508 495
634 625 616 605 593 581 570 561
687 677 668 657 649
3│6 ││││││││││││││││││││││││
3│7 ││││││││││││││││││││││││
3│8 ││││││││││││││││││││││││
729 708 697
1│0 異世界から舞い戻った男
1│1 そうだこれは夢なんだ AA略
酷い戦争だった。
参戦した者も、従軍看護婦も皆口を揃えてそう言った。
相手が人間でない以上降伏は許されず、負けは後方の非戦闘員全て
の人の死を意味する。
十二歳未満の後方警備団体含む戦争参加者二千万人、戦病死者・行
方不明者含む戦没者千二百万人。
死体は地平線を覆い尽くし、川は暫く赤く染まったとまで言われて
いる。
腐敗の始まった死体は疫病派生の懸念があったため、身元の確認は
行わず処理されることが決定。
巨大な縦穴を作成し、適当に内部に落として一斉に焼き払って消毒
﹁うぅ⋮⋮ぅあぁぁ││││││⋮⋮﹂
1
されることが決定された。
﹂
﹁次の馬車が来たぞ。 ⋮⋮っておいおい、こりゃ空戦隊隊長じゃな
いか
はず。
﹁この坊主は救助されてなかったっけか
?
結局助からなかったのさ﹂
?
このご時勢だ、しょうがないさ、そう言って鍬で男を引っ掛けた。
﹁戦病だろ
﹂
日の光も届かないような、深い穴の底で死ぬような人ではなかった
戦果をあげたと聞いた。
その男は、少なくとも祖国で英雄と呼ばれ、今回の戦争でも相当な
二人はその男の顔に見覚えがあった。
くる。
同じく死体を穴に落とす仕事を受け持っていた初老の男も寄って
た中年が声を上げる。
積荷の真上に乗る、目と口を半開きにした男を見て無精髭を生やし
?
﹁っ
﹂
﹁い、生きてる
生きてるのか
﹁うぅ、え、えぁあ⋮⋮﹂
﹂
﹁こいつ⋮⋮気が違ったら捨てられたのか﹂
﹁⋮⋮嫌なもの見ちまったな。 看病するのも億劫ってか
?
││部下は何人生き残った
││病院か
周囲から発生している仄かな消毒液の匂いに自分の居る場を悟る。
覚ました。
風になびくカーテンが、再び日光を男の顔に晒したとき、男が目を
馴れない白い光の眩しさに、瞼の裏側まで刺激され男が唸る。
﹁ぅ⋮⋮⋮⋮││っ﹂
髪赤眼の男がいた。
人知れず落ちてきた男を受け止めた、いかにも貴人という風体な金
その光の届かない暗い穴の底。
今度こそ、男は穴の底に落ちていった。
る。
変化事態になって気が動転したが、死体は後から後からやってく
言葉にならない声を出し再び男は丸まって寝始める。
﹂
手は宙を彷徨い、瞳は何もない宙を見つめ、口から涎が溢れてくる。
しかし、男は声を上げただけで、助けを求めてこない。
が声をあげた。
農具に引っ掛けられた衝撃からか、今まで死んだようにしていた男
!?
﹂
中庭にある巨木を目にし、その枝に実る蕾を見て男が絶叫した。
﹁さ、桜だと
徐々に小栗潤という人格が戻っていく。
雲 も 1 つ な い 奇 麗 な 青 空 を 見 て、整 理 の つ か な い ま ま 呆 然 と し、
から外を見る事が出来た。
そよそよと肌を撫でるそよ風に誘われ顔を動かすと、すぐ近くの窓
?
?
?
2
?
!?
その声は何年も声を出していないようでいて、低い唸り声の様で、
最早騒音の類だった。
もっと良く外を見ようとして勢いよくベットから跳ね起きる。
男の記憶が正しければ、開戦は秋口したはず。
どのくらい寝続けた⋮⋮
﹂
数多の小競り合いの後、お互の主戦力が介した決戦は十二月二十五
日。
﹁今は⋮⋮何月だ
﹁⋮⋮どういうことだ
﹂
題に男は気付けなかった。
僅かでも情報を得ようとした結果だが、この時点で起こっている問
るも、枕元にあった棚から鏡を見つけて顔を見る。
寝た状態からいきなり上半身を上げたせいで強烈な眩暈に苛まれ
?
⋮⋮誰かいないのか
本物の歯が並んでいる。
﹁なんだこれは⋮⋮
﹂
?
口元から覗く歯は、相次ぐ争いで差し歯だらけだった頃とは違う、
傷の無い肌、白髪のない黒い髪、皺もない顔。
鏡に映った自分の姿に、元28歳の男は掠れた声を上げた。
?
伸びきった管、倒れた点滴台。
腕についていた点滴を乱暴に引き抜いて││。
今度こそ、通常時の10%も使われていなかった脳が本当に覚醒し
た。
││点滴
この世界には点滴はない。
いや、しかし今抜けたのは点滴だ。 しかし点滴など存在するわけ
ない。
まさか点滴などという医療器具が開発されるほど寝てたのか
しかし、顔は逆に若返っている。
?
3
?
ベットから出ようとして、左腕に鈍い痛みが走った。
?
⋮⋮いや、いやいや。
?
﹂
そんな馬鹿な⋮⋮。
﹁あれ
﹂
倒れた点滴台を不審に思い、台を直しに廊下から入ってきた看護婦
が目を丸くしている。
彼女の着る服は、天然繊維ではなく化学繊維だった。
二〇三号室の患者さんが目を覚ましました
﹁⋮⋮説明を││﹂
﹁先生ー
!
﹁よ、四日
﹂
ると、再び腕に点滴用の針を刺した。
起き上がっていた状態から再びベッドに向けて優しく寝かしつけ
る。
困惑していたのが顔に出ていた患者に、看護婦は優しく話しかけ
眠り続けていたんですよ﹂
﹁ここは病院です。 あなたはこの病院に搬送されてからもう四日も
﹁状況が飲めないんだが⋮⋮﹂
!
医療関係の税金、孫のプレゼントに最新の携帯電話、片腕を大けが
の愚痴を見聞きし愕然としていた。
潤は彼らから気前よくお茶まで頂き、最近の男性雑誌や昨今の政治
同室で暇をしていた老人と、中年の男性。
する機会があった。
その後医者が到着する前に、同室で寝ていた数名の老人と世間話を
た。
考え事で固まっている間に看護婦は部屋を出て行ってしまってい
ほどの看護婦の口ぶりを考えればそれはない。
病院を何度もたらい回しにでもされたのだろうかとも考えたが、先
何度考えてみても計算は合わない。
﹁それでは、先生を呼んできますね﹂
?
4
?
したエンジニアの話。
少なくとも西暦千六百年程度の文明を、魔法で補っていた異世界で
はない。
そして、新聞に踊る文字にははっきりと日本の文字が記されてい
る。
﹁は⋮⋮、はは。 そうか、帰ってきたのか⋮⋮、日本に﹂
歓喜か、恐怖か、躊躇いか。
様々な感情が浮かんで新たな感情に塗りつぶされていく。
戦勝祝いのために、買っておいたとっておきの酒が無駄になった。
そんなどうでもいいことが真っ先に浮かぶ程度には、潤という人間
は混乱していた。
度重なる人間同士の戦争。
旧科学時代の生物兵器、それによるバイオハザードの発生と事態の
終焉。
魔物と人間の勢力を二分する戦争。
狂気に陥った怨敵との決着。
どこかの物語、勇者とお姫様と王様と魔王が織りなす御伽噺のよう
に華やかであればどれほど救われただろうか。
エゴも、欲望も、狂気も、醜さも、潤が体験した物語は人間の汚さ
ばかり目立っていた。
戦争に生き、人を踏み台にするかのように歩んできた最後は、自身
もゴミのように捨てられる最後だった。
前線に出て人を殺めてきたのだから、最後には誰かに殺められて終
わる。
納得出来ないが、戦場の理に則った最後だったと理解した。
ただ、記憶の片隅に、あの暴虐な王の言葉││
﹃お前は良くやってくれた。 お前の未来は全て俺が決めてしまった
というのに。 付き従うもの、人を従えるもの、孤高を目指すもの、安
5
寧 を 望 む も の、現 状 の 維 持 の み を 望 む も の ⋮⋮。 お 前 を 思 う な ら
ば、俺が拾う時に素直に死をくれてやればよかった。 だが出来な
かった。 お前の才を知った時、どうしても優秀な手駒としてお前を
欲しくなった。 お前は命まですり減らし、俺の予想通りの戦果を出
した。 ゆえに、褒美を賜わしても誰も文句は言いまい﹄
﹃暇を与える。 せめてこことは違う地で、残る余生自らの望みのま
ま生きるがいい﹄
そんな内容の声が、潤の耳朶に残っていた。
散々扱き使っておきながら、ほっぽり返すのが褒美とは、酷い言葉
だがその人物を知ればその褒美は破格の代物。
最初こそ落ち込み、悲観に暮れもしたが、生まれ故郷の日本に帰っ
てこれた喜びが勝っていた。
問題は異世界に飛ばされた年齢相応の姿に戻っている点。
?
6
潤が異世界に迷い込んだ年齢が十三。
それより年を食っている気がするし、時間がズレているので完全に
戻ったわけではないのが気がかりだが、世界を跨ぐ跳躍と比べればま
だ不可思議ではない。
また高校生くらいの年齢から歳月を重ねるのは億劫だが、それもま
た良しと呑み込んだ。
親、兄、妹、恩師、友人⋮⋮。
帰ったら何をしようか。
両親はどんな顔をして迎え入れてくれるだろうか。
様々な顔が並び、次第に潤の中で歓喜の渦が巻き起こった。
看護婦と共に現れた医者に連れられて、よくわからない医療機器の
検査後、いきなり個室に案内さる。
﹂
?
﹂
椅子に医者が、そして何故か背後に2名の警官がいた。
何故いる
﹁さて、君に質問があるんだが答えてくれるかな
﹁後ろの警官はなんだ
?
﹁なに、私の質問に答えればすぐにわかるさ。 まず、これを見て欲し
い﹂
﹂
医者は白黒の写真のような物をデスクに貼り付け、潤に紙面を手渡
す。
﹁身長と体重
﹂
﹁ああ、君の現在の身体能力をチェックさせてもらった。 そこで1
つ聞きたい。 君は一体何者だね
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
なるほど、そういうことか。
﹂
?
﹁││││﹂
情報を記録していく。
淀みなく、全ての質問に答えていき、医者も要領よく小栗潤の個人
決して忘れずに覚えていた。
例え十年以上も昔のことだろうとも、こちらの世界の思い出だけは
て個人情報を答えていく。
後ろで睨みつけてくる警官の怪しむ感情を意識しながら、順を追っ
僅か数日でここまで鍛えたという結論には至らないだろう。
あるはず。
四日寝ていたということは、五日前までは学校に通っていた記録が
目に見えている。
言い訳に無理があったが、異世界事情を話しても誰も信じないのは
の勤め先等も聞きた﹂
﹁普通、ね。 では、君の氏名、自宅の電話番号と住所、出来れば両親
﹁⋮⋮至って普通の学生ですよ﹂
えたものだ。 ミドル級のボクサーかな
﹁身長百八十cm、体重七十五kg、体脂肪率七%、良くもここまで鍛
外道の手腕で。
薬物や手術、その他諸々を使用し、魔法で完成度を高めるといった
れている。
色々気が動転していて潤も気が回らなかったが、潤は肉体を強化さ
?
言い終わってから、微妙な間が空いた。
7
?
医者と警官は、アイコンタクトを交わしている。
﹂
疑問に答えたのは、意外なことに背後の警官だった。
﹁なにか問題が
﹁は
││馬鹿な 母校は市立中学だぞ
﹂
!
同市は存在している
中学校も、住んでいる家の住所も、両親さえも、日本に存在しない﹂
﹁小栗潤君。 今君の言った、君本人の住民登録も、通っているという
?
!
﹂
!
﹂
!?
は、畑
﹂
そんな馬鹿な
おい警官、公務員が質の悪い悪
?
だった。
﹁⋮⋮
戯なんぞ
?
その用意周到さは最初からこうなることを予測しているかのよう
何も言わずに警官が地図を差し出す。
﹁俺の帰る家は
医者はなおも目を合わさずに潤と会話する。
﹁その企業は存在していない。 似た名前の企業はあるが﹂
﹁親父の企業は一部上場している大企業だった
﹁君の言う学校は八年前に合併、既に該当校の名はない﹂
の視線を警官に向けた。
一方的に捲し立てる潤に、医者は辟易した視線を投げたが、すぐそ
んだろ
?
彼は、この日、帰る場所の全てを失った。
んだ。
優しく肩を叩いた医者の行動で、潤は放心したように椅子に座り込
その瞳の色は、紛れもなく憐れみの色。
若い警官はすぐに目をそらしたが、その目を潤は見てしまった。
立ち上がって地図を警官に投げ返し、襟を掴みかかる。
!
8
!?
!
1 │ 2 と こ ろ が ど っ こ い 夢 じ ゃ あ り ま せ ん A A
略.
侮っていた。 古新聞を捲りながらも潤の頭を占めるのは全て落
胆の感情だった。
最初に小栗潤の誕生した世界をAとして、悲惨な戦争を繰り広げた
異世界をBとすれば、自分の家族が存在しなかったAと似たC世界が
無いといえるのか。
元々異世界で骨を埋める気で剣を取ったのは、何を隠そう潤自身の
意志である。
現在旅客機で北海道に向かっている最中ではあるものの、潤は﹃こ
の世界﹄の情勢理解に努めていた。
医者の説明では脳医学の権威が札幌にいるらしく、記憶喪失の様な
扱いになった潤はその医師の診察を勧められたからだ。
どうも周囲の大人達は、A世界とC世界の差分の混乱を記憶喪失と
して処理したらしい。
警察の付き添いがあるのは、国籍も、データも、存在すら立証でき
ない人間を監視するためだろう。
潤が寝込んでいる四日の間に、様々な日本の組織が情報を調べたら
しいが、どんな些細な情報も上がってこない。
ある日突如として田んぼの畦道に倒れ込んでいた学生服の男。
戸籍情報なし。
捜索依頼なし。
学生手帳は存在しない学校の物。
歯の治療を受けた形跡もなく、手術を受けた形跡もない。
異世界から時空を超えて出現したという事実など立証できず、人数
もたいして割けないので、もしかしたら永遠の謎になるかもしれな
い。
刑事のおっさんのノートPCを立ち上げ、インターネットを立ち上
げる。
9
隣に座る刑事の怪訝な視線などお構いなく、幾つも頂戴した過去の
新聞の事象をつぶさに見て回る。
何も持ってこなかった潤の鞄には、昨今の主要なニュースの古雑
誌、古新聞で溢れかえっていた。
生きている限りどのような状況下におかれようと、最善の選択肢を
考え実行し、困難の打破を考えるべきである。
戦争慣れしてしまったせいで、思考も随分逞しくなっているらし
い。
隣の刑事は報告された情報と現状の彼を比べて少し感心し、そして
記憶喪失とされている彼を怪しんでいた。
彼の精神力の高さと、妙な情報処理能力の高さに。
彼は既に現実を認識しさらにそれに対応しようとしている。
篠ノ之博士の発明。
IS。
世界で唯一男として動かした織斑一夏。
それ以外にも、彼の記憶になかった大規模なニュースを徐々に網羅
しつつある。
ISに至っては特に関心を引いたのか、細部の書物を読ませろと催
促され、本屋に立ち寄ったら十冊近くレジに運び込んでいた。
経費で買ったものなので懐は痛まないが、専門職を目指す人間が読
む代物を読み進む姿は記憶喪失患者とは思えない。
旅客機内でも本の内容で幾つか質問されたが、ただの刑事には返答
に困るような質問ばかりされている。
結局、どうにもできずノートPCを貸し与えると、すぐさま目当て
の情報を見つけて読みだした。
││本当に記憶喪失なのかよ、この坊主は。
そう考えるのも無理はない話である。
10
大の男でも持ち運びに窮する大荷物を、こともあろうに片手で軽々
持ち上げた光景すら見ているのだ。
情報処理能力といい、身体能力といい、精神力の強さといい、記憶
を失う前は何をしていたか。
記憶喪失でないとすれば、どうして路上で学生服を着たまま倒れ込
んでいたのか。
刑事の何かを探る視線などお構いなしに、問題の少年はインター
ネットの情報に満足したのか初心者用参考書を開く。
開いたページから理解しがたい文字の羅列に、頭の固い刑事は目を
背けた。
能力は不完全、しかし、気休め程度に使えなくもない、か。
幾度となく試したが、異世界で使えた能力が使えないことに若干苛
立つ潤。
前の世界で使えた能力が、今の世界で使えない可能性は考慮してい
たが、現実に直面すると不憫で仕方がない。
異世界の、⋮⋮陳腐な言葉でいうならば魔法は使えなくなってい
た。
いや、十全に使えないというだけで、片手の数くらいはグレートダ
ウンして使える。
肉体強化。
少なくとも刑事の男性が運搬に苦労するような荷物は片手で操れ
る。
自己感情操作。
上手くできない。 物凄く痛いが、結構痛いに変わるくらい。
ダウンロード。
全盛期の四割程度。
マルチタスク。
同時に処理できる考え事は五つ位で限界で、安定を求めるなら3
つ。
11
補助があればだいぶ変わるような気がする。
戦い方をダウンロードで習得して、マルチタスクで処理し、副作用
の痛みを感情操作で打消し、肉体強化で使いこなす。
十年近くも使い続けた戦闘スタイルである分使用に淀みはない。
これ以外全く使えないのは不便だがこの状況にも慣れなくては、そ
う思いつつ小栗の目はIS関連に行く。
IS、インフィニット・ストラトスか⋮⋮。
何の因果か知らないが、実は潤のいた異世界には旧科学時代の遺産
として似たような兵器が実在していた。
使用可能な状態で見つかったのは、僅か二機のみだったが内1機は
何を隠そう小栗潤自身が使用していたのである。
最も博物館に保管されているほど旧式であり、メンテナンスも千年
以上されてないだけあって、性能はこの世界のISに長があるが。
しかも、兵器用と競技用で求めるものの違いがあれど、細部は非常
﹂
ことを告げていた。
﹁⋮⋮おい、おっさん。 寝てる場合じゃないぞ﹂
﹁分かってる。 今日は厄日だな、警官なんてなるんじゃなかったよ﹂
今度は﹁飛行機の操縦経験がある方﹂を探しているCAの方に刑事
12
に似ている。
い
その他の違いとして、この世界のISと旧科学時代のパワードスー
ツを比べるとISは随分大型化されている。
││まさか、この世界と異世界には接点でもあるというのか
や、考えすぎか。 しかし⋮⋮。
いませんか
﹁お客様の中にISでの飛行訓練を受けたことのある方はいらっしゃ
117便はとある問題を起こしていた。
淀みなくページを進めつつ考えに没頭するが、この時札幌行ANA
?
若干涙声のその内容は、この一一七便に大きな問題が起こっている
CAの声が静かな旅客機に響いた。
?
が歩んでいく。
﹂
監視され、保護される立場にある潤も、それとなくついて行った。
﹁お客様は
﹁警察です。 何が起こったか説明願えますか﹂
男2人連れに若干期待したCAは、パイロット経験者ではないこと
に露骨に落胆するものの警官手帳を見て襟を正した。
やはり周囲に聞かれるわけにはいかないのか、CAに連れられ操縦
席方面に向かわされる。
見慣れぬ操縦席には、顔を真っ赤にしたどう見ても健康でないパイ
ロットが1名座っていた。
﹂
他にはCAの責任者、医者と思わしき男性、身なりのしっかりした
会社員風の男が居た。
﹁私は警官だが、君は
倒れた。
連続して発生した大問題にプレッシャーを感じ発作を起こしてぶっ
そのままに進むも、1人になった副機長は心臓に持病を持っており、
近くに着陸可能な場所もなく、フライトに問題ないことから進路を
なんとも間が悪いことにエンジントラブルが発生。
問題はそのあと。
つされたのだろうとの検診だった。
偶然ファーストクラスに居た医師の診断によると、客から風疹をう
なんでもフライト後に急に体調を悪くし倒れこんだらしい。
最初の異変は機長から起こった。
CAの説明はこうだ。
明した。
会社員の男はアタッシュケースを開くと、黒い腕時計を見せそう説
オペレートをする予定だった﹂
乗客にISを乗りこなせる人がいれば、展開、装着の補助、諸々の
専用機のように待機状態にして運用できる新技術の確認作業だった。
﹁私はISの打鉄・カスタムを運搬していた。 場所を取る量産機を、
?
結果、病気で歩くことさえ困難な機長が操縦しているらしい。
13
?
﹁エンジントラブルの規模は
﹂
﹁爆 発 の 恐 れ は あ り ま せ ん が、二 次 災 害 を 防 止 す る た め 電 力 供 給 を
﹂
カットしているので推力不足です。 墜落こそしないものの青森空
港に目的地を変更せざるをえません﹂
﹁ISパイロットを募集したのは何故
﹂
?
﹁うわっ
﹂
刑事も同じ答えに辿り着いたのか顔を青くしている。
このまま胴体着陸などすれば││。
回っている。
それに現在操縦中の機長は、健全に操縦する健康レベルを大幅に下
胴体着陸はリスクが高すぎる。
先ほどの刑事の言葉だが、小栗潤自身使わずにいられなかった。
今日は厄日だ。
える人間が出払っており、遠方から呼べば先に燃料がつきます﹂
﹁問題は燃料と時間の問題です。 東北陸北海道共に現地にISを使
﹁現地からISパイロットを呼べばいいのでは
のままでは最悪胴体着陸です。 着陸の補助をお願いしたく﹂
﹁電力供給カットの影響で右着陸用タイヤに影響が出ています。 こ
?
周囲にいた大人たちも床に倒れ伏していく。
唯一立ったままの潤は操縦席に目を向けると、必死になって機体を
正常にさせようと奮闘する機長の姿を目撃した。
パイロットの操縦技術をダウンロードすれば動かせるか
レバーを奪って操縦
負荷が多く、動かせたとして次の問題が発生する。
│ │ N O。ダ ウ ン ロ ー ド は 不 完 全。 精 密 機 器 の ダ ウ ン ロ ー ド は
?
副長席に座ってアシストする
ば何をしでかすか予測できない。
││NO。機長は正常に判断する力を失っており、素人が横に座れ
?
││NO。現状でそれをやれば制御不能になりかねない。
?
14
?
いきなり機体は激しく揺れ、機内は急激に傾いた。
!
何かを得るには、何かを捨て無ければならない事態が多々起きる。
こんなことをすれば、後々どんな事態を引き起こすかわからない。
だが、やらねばならない時とは存在する。
小栗潤という人間は命を拾う代わりに、今後の平穏を捨てた。
あたふたするスーツ姿の男から、アタッシュケースを奪取し、待機
状態の打鉄を奪い取る。
異世界で類似のパワードスーツを着用していた。
いかにISが女性専用としても織斑一夏という前例はある。
ダウンロード開始││ISコアとリンク
いや、後回しだ、装着完了、コン
15
パイロットの操縦経験習得
武装情報取得
打鉄制作理念取得
パイロットの感情の取得
コア情報││これはリスクが高すぎる
読み込み不可能状態のままダウンロード続行
それらを順次脳に焼き付けていく。
同時に機体の設計概念や、パイロットの訓練情報などのいらない情
報も入ってくるが無視する。
今は機体を動かすことだけを││。
皮膚装甲展開
スラスター正常起動
ハイパーセンサー最適化
コア側からの接触を確認││
歓迎の意思││
﹁コアに自己意志まであるのか
?
!?
?
ディション良好。 よし打鉄いけるよな
打鉄が体にフィットする。
﹂
!
男じゃ
﹂
CAと刑事のおっさんは乗客へ状況
狭い操縦室に、突如として武者姿のISが現れた。
﹁君は
﹁そんなこと言ってる場合か
!?
﹂
から機体を安定させる。 扉を開けろ。 小栗だ、
︻ 打鉄 ︼出るぞ
説 明 を。 ス ー ツ の お っ さ ん は オ ペ レ ー シ ョ ン を 頼 む。 俺 は 外 部
!
!?
その後の展開は、特筆すべき場面は特になかった。
不自然なほど練度の高い打鉄のパイロットは、見事に機体の補助を
1人でやってのけ、着陸の援護までやってのけた。
それは世界で2人目の男性IS適合者が現れた証左であり、救急車
等と共にやってきたマスコミによって、その事実は一瞬で世界中を駆
け巡った。
貴重な男性適合者の2人目は、一夏と共にIS学園に保護され││
そして、物語はIS学園へと移るのだ。 16
!
1│1 IS学園は新人キャンプ
2│1 どうしてこうなった AA略
旅客機着陸支援から一夜。
夜討ち朝駆け上等とばかりに、押し寄せるマスコミ。
警察の護衛付きで病院についたものの、ぐるっと三六〇度囲むマス
コミ陣、次々押し寄せる野次馬。
勘弁して下さい、と病院関係者に頭を下げられ、今度は夜の闇に紛
れてヘリで移動開始。
東京のホテルに逃げ込むも、今度は政治家と各国大使館員が訪問
し、再び夜の闇に紛れてヘリで移動。
││気づけばIS学園に到着していた。
身辺護衛の喧騒こそ異世界でも慣れ親しんだ光景だったが、自分が
護衛対象となることはなかった潤は疲労困憊状態だった。
このような護衛も、不審人物の監視の必要性もわかってはいる。
第一人者が現れた以上、二人目が現れるのも時間の問題であり、も
しも二人目が現れてもここまでの大騒ぎになるとは潤自身予想して
いなかった。
悪くて情報統制がなされたうえで、専門機関に軟禁される程度と踏
んでいた。
潤も預かり知らぬことであるが、
﹃打鉄を高次元で操る男性﹄という
のは誰も想像できないレベルで社会を混乱に導いた。
前男性IS搭乗者の織斑一夏は、事実を知るものなら手を出しにく
い事この上ない人物だった。
実の姉は第一回モンドグロッソという世界大会の総合優勝&格闘
部門優勝者。
子供のころから親しく、家同士の付き合いのあった家の長女はIS
開発者当人。
17
?
一度姉の関連で拉致されており、姉のIS関係者も気遣っている節
があるなど非常に手を出しにくかったが、今回の男性適合者の小栗潤
は違う。
国籍
エルファウスト王国です。
知らない
﹂
!
使まで現れる始末。
﹃彼は私の国の出身者だ
保護させろ ﹄とハッタリを繰り出す大
り、この三日で百万回は再生されている。
青森空港で民間人が撮影していた映像は、インターネットに出回
たとばかりに報道を開始。
茶の間に電波を流した日本のマスコミは、いい視聴率の種を手に入れ
かつてピアノの鍵盤を叩いた自称記憶喪失の男性というだけで、お
こうして、警察が出張り事態が拡大すると、マスコミも介入しだす。
と高らかに宣言し、断られた後は実力行使に打って出た。
﹁血液とか、精液とか、可能な限り提供して下さい
遺伝子研究所の人間は意気揚々と潤の前に姿を現し、
つまり、彼に接触し、何をしようとも助け出す人間は皆無なのだ。
常識を喪失している状態﹄と診察をされている。
前日までいた病院では﹃記憶の喪失、もしくはここ十年ほどの社会
記載されている住所は更地。
しかも、その手帳を発行している中学校は存在しない。
生手帳のみ。
もちろんこんな会話をする訳にもいかず、自分を証明できるのは学
そうですよね。
?
!
とし互いに牽制しあう。
各国は非常に希少価値の高い研究材料を自分の国へと招致しよう
に預ければ闇から闇へと消えかねない。
身元のしっかりしている一夏ならともかく、潤の場合は下手な組織
の、どのように管理するのか具体的なプランはない。
国際IS委員会は織斑一夏同様に身柄引き渡し命令を出したもの
!
18
?
最終的に、現在の保護国である日本政府は、問題の先伸ばしを決定
し││
こうして潤の意志などお構いなしに、IS学園入学が決定した。
これらが目を覚ましてから三日間の内に周囲で起きた出来事で、激
動という言葉も生ぬるい事態が背後で起こった。
監禁⇒移動⇒監禁⇒移動を繰り返し、ようやく直接的な監視を抜け
たのはIS学園の地に降り立ってから。
到着後出迎えに現れた、山田真耶という妙に頼りない教師に引き取
られ教室前までついた。
とりあえず、連続移動も遂に終りを迎えた。
睡眠時間などお構いなしに続く騒動に、事の重大性を理解した後は
薬物の恐れを危惧し、飲食の類は全て拒否した。
眠ってない、食べてない、飲んでない、体調は良くない。
なければならない。
﹂
変なことをしなければ、少なくとも三年間は安全に保護されて生き
られるだろう。
ここにいれば生活する分には不都合は無い。
安易に街へ出向く事など出来ようはずも無い潤にとっては、これは
むしろ﹁良し﹂といえる状況だった。
監視の類は受けるだろうが直接命の危険には晒されない。
││よし、行こう。
潤はそう考え自らの意識を喚起する。
19
以前も研究所に軟禁されたことがあるが、潤とて好んでモルモット
になりたくはない。
小栗潤くん、入ってきてください
このクラスに入学式後に新たに一人このクラス
﹁全員揃っていますねー。本当なら直ぐにでもSHRを行いたいんで
すが、││なんと
に加わることになりました
!
異世界での年齢を考えれば、明らかな年下に君付けされるのも慣れ
!
!
卒業後はどうなるかわからないが、これからの展開次第でその運命
を左右するかもしれない。
ドア開け、教壇に立つ。
周囲の視線は無視する。
今まで潤も尊敬、軽蔑、切望、憎しみ、同情、恐怖、怒り、様々な
視線を浴びたが、この変な視線は初めてだった。
﹁ニュースで既に顔と名前はご存知かと思いますが、皆さんと同じく
今日からこのクラスに入る小栗潤です。 よろしくお願いします﹂
軽く会釈をして前を見ると、またもや有り得ない物を見るような目
で見られていた。
││なんだ、この変な間は。
﹂
戦勝パレードや、パーティーでの演説の具にされたとき以上の視線
だった。
﹁ヤッッタアアァァァ
沈黙を最初に覆したのは、同じ男性の織斑一夏だった。
実は、彼は結構まいっていた。
自分だけが男子という環境、入学式直前に現れた二人目は、期待し
ていたのにも関わらず入学式にはいなかった。
数日前まで病院で眠っていたという報道を考えれば不思議じゃな
かったが、一夏は潤の来訪を心待ちにしていた。
苦労は分かち合わなきゃな、という被害者意識で。
男は二人だけなんだ、仲良くしようぜ
困っているぞ、座れよ﹂
これは││イイ
︶
﹂
注意されて、いまさら気づいたのか慌てて織斑が座りなおす。
︵男二人の友情
!
しかった。
ドン引きした女子も女子で、立ち直りが早いというか別の意味で逞
︵今から始まる男のロマンス、悪くないわね⋮⋮︶
!
20
!!
いやぁ良かった、俺だけだったら耐えられなかった
よろしくな
!
﹁俺、織斑一夏
よ
!
!
﹁あ、ああ。 元気いいな、よろしく頼む。 ところで、山田先生が
!
空いている席は、廊下側最後尾。
最もクラスメイトの視線が集まりにくい場所だけあって、ちょっと
だけ機嫌がよくなる。
いかに元軍人であろうとも、得手不得手は存在する。
裏方に徹してきた経歴から、大多数の脚光を浴びるのは未だに慣れ
ていない潤だった。
さて、自己紹介。
自分が中学入学した当初はどうだったか。
思い返してもなかなか記憶が定まってこない。
田舎町の、六百人程度が全校生徒の中学校、最初はどんな自己紹介
をしたか。
﹂
この世界で既に強烈な足跡を残してしまったが、ふとした所で平成
の日本を思い返す。
宜しくお願いします﹂
なんか周囲の女子の雰囲気がおかしい。
ダメかなぁ
﹂
状況確認をするため、クラスを見渡した潤の最初の感想がそれだっ
た。
副担の真耶は、副担任に相応しい未熟さを示したので気にもしな
かったが、クラスがおかしい。
女子ってこんなガツガツ行く性格だったか
無論最近の女尊男卑の風潮など知らない潤は、クラスメイトと一夏
?
21
思い返せば中学卒業せずに十年以上たっていた。
﹂
て今﹃お﹄なんだよね。 自己紹介してくれるかな
?
﹁いや、あの、そんなに謝らなくても⋮⋮、えーと。 織斑一夏です。
?
﹁あ、あの、大声出しちゃってごめんなさい。 でも、
﹃あ﹄から始まっ
かけていた。
周囲の笑い声に視線を上げれば、真耶が身を乗り出して一夏に話し
?
││いつか、本当に帰れる日は来るのだろうか。
﹂
﹁織斑君。織斑一夏君
﹁はっ、はい
!
﹁あ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる
!?
の姿を興味深げに観察していた。
長い沈黙の後、一夏は息を深く吸い、吐き出す。何か話すのでは、と
﹂
全員思わず身構えるが⋮⋮
﹁以上です
﹂
?
かったが。
﹁あ、あれ
﹂
?
げっ
グシャァ
﹁いっ
千冬姉ぇ
﹂
!?
千冬様
のが仕事だ﹂
﹁キャァ
本物の千冬様よ
﹂
!
﹁私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです
﹁⋮⋮なんだこいつら﹂
北九州から
﹂
!
!
﹁諸君、私が担任の織斑千冬だ。 君たち新人を一年で使い物にする
らない。
何にもなかったかのように言い放っているが、一夏は中々起き上が
そして生徒に向き合うと千冬は話し始める。
うずくまる一夏をよそに話を進める副担任と担任。
どうやら担任らしい女性が出てきて場を収めた。
﹁学校では、織斑先生だ﹂
!
そんな一夏の後ろから近づく人影が1つ。
﹁ん、まちがったかな
ダメでした
異世界の風習と習慣に馴染みきっていたため、同じ男子は驚かな
たっけ
あれ、自己紹介って、所属と、階級と、名前を言うものじゃなかっ
何人か身構えていた女子がすっころんだ幻覚を見た。
!
?
!
│。
このクラスの人間は腐ってもエリート候補生たち、だったはず│
たから。
理由は﹃クラスの大半が叫び声を上げていたから﹄という状況だっ
る人間など誰もいなかった。
潤の唖然とした言葉ははっきり声に出てしまったが、それを気にす
!
!!
22
?
!?
罵って
﹂
﹂
﹁⋮⋮毎年よくこれだけ馬鹿者が集まるものだ。 私のクラスにだけ
﹂
もっと叱って
集中させているのか
﹁お姉様
﹂
!
諸君らにはこれからISの基礎知識を半年で覚えてもら
﹂﹂﹂﹂
ああ、永久凍土の祖国が懐かしい⋮⋮。
上に立つ人間は相変わらず畜生肌だし。
周囲は変態だらけだし、嫌な事ばっかりおこる。
あの世界と。
何も変わってないじゃないか。
ここは何処の新人キャンプだ。
一体どうしてこうなった。
そして、この悲しい現実に、こう思わざるをえなかった。
活した。
その言葉に、何故か懐かしい雰囲気を感じ取った小栗はようやく復
﹁﹁﹁﹁はい
ら返事をしろ。 良くなくても返事をしろ﹂
う。 その後基本動作は半月で体に染み込ませろ。 いいか、いいな
﹁静かに
一夏の頭が机に叩きつけられた音で目が覚めた。
バンッ
勝手に出てきたとも思える嫌悪感に、言い知れない不安を感じ││
そこまで幻視して、急に沸いて出てきた頭痛に邪魔をされた。
血まみれの顔。
狭い廊下、蠢く何か、頭に響く声。
何か、得体の知れない恐怖感が頭を横切った。
﹁││﹂
小柄で、茶色い髪色で、ツインテールで、顔をチデソメタ⋮⋮。
そこで、ふと相方だった女性の顔を思い浮かべる。
なんだこれ、上品性の欠片もないじゃないか、リリムかお前ら││。
﹁そしてつけあがらないように躾をして∼
﹁でも時には優しくして
!
?
自分以外1名除いて全員女子である。
23
!
!
!
!
!
!
﹂
近くの女子と目が合った。
﹁どうしたの∼
﹁い、いや、何でもないんだ﹂
どうしてこうなった
そういえば、もう七十時間ほど寝てなかったとどうでもいい事を考
え前に目をそらす。
掌で目を多った。
どうしてこうなった
!
これは、男子生徒が珍しくて見に来ただけか、と気付いて放ってお
目を向けると視線が合い、再び体を震わせると顔を背ける。
教室を覗いている。
何か一組に用かと思って無視したが、そのまま廊下の端で動かずに
下の端っこに離れていった。
すぐ目の前にいた潤の姿を見るや否や、ビクっと体を震わせると廊
てくる。
すると、休み時間になった途端、すぐ右側の廊下に女子生徒がやっ
か一限目はクリアした。
最早どうしようもない事態を飲み込めず現実逃避していたが、何と
ようやく日本に帰還した昼下がりまで遡るということだ。
そう、そもそもの始まりは、いきなりファンタジー世界に飛ばされ、
ただいえることは⋮。
説明は難しい。
ここはいったいどこなのか。
この奇妙な現象の原因はなんなのか。
全校生徒、女子大多数、男子二名。
る。
変な電波を受信している気もしなくはないが、一つ確かなことがあ
!
いたが││││、数分後盛大に後悔した。
24
?
しまった、やってしまった。
そう潤は気付くべきだった。
気付いたとしてもどうしようもなかったが、割と真剣にさっさと一
夏と顔合わせでもやっとけば良かったと後悔した。
戦場で有名を馳せた人間でも、廊下側の異様な雰囲気は如何ともし
難いらしい。
ちらっと、すぐ右側の廊下を向ける。
あれから同じ様に男子生徒見たさにやってきた女子たちは、その数
廊下を埋め尽くさんとする程で、一夏が教室中央だという事もあり廊
下に近い潤が視線を独占していた。
﹄と継続して訴えかけている。
潤が視線を向けた事を察した数人がすぐさま目をそらしたが、雰囲
気だけは﹃早く話しかけて
質問でもあるなら答えるけど
﹂
⋮⋮織斑、お前なんとか││ってあの野郎、目をそらしやがった。
ええいっ、ままよ
﹁⋮⋮⋮⋮何か、用でもあるのか
?
か細いものだった。
﹂
遂に来た、話しかけられちゃった
﹁ハイハイハイ
﹁やった
﹂
潤は質問の波にいい加減付き合いきれなくなっていた。
好奇心だけで話しかけてくるだけの奴ならまだいいが、中にはスパ
イの類の奴もいる。
所属国家不明の男性IS適合者、政財界の有力者も確保に躍起にな
るのは潤とてわかっている。
逆の立場ならとっくに拘束して研究所に軟禁している。
その重要性も、希少性も理解できないほど子供ではなかったが、全
25
!
意を決した声は、戦場で響く彼の勇猛な評価も打ち消すかのように
?
!
││ジョンが嫌がっていた気持ちも解るな⋮。
!
!
﹁きれいな声、澄んで聞こえる∼﹂
!
彼女はいるんですか
﹂
!?
く人が減らないとなれば切りどころに困ってくる。
﹁好きな女の子はいますか
﹁二つともない﹂
﹂
?
物静かな女性 いや、すまない、考えたことがな
﹁ズバリ女性のタイプは
﹂
﹁凛々しい人
い﹂
﹁趣味は
!
?
ど﹂
!?
だけさ﹂
?
でないと、初めてであれだけ動かせな
?
イグニッション・ブーストとか﹂
﹂
?
いさ﹂
﹁おぐりん、何部だったの
⋮⋮ラグビー部だったよ。 毎日楽しかった﹂
?
ね﹂
﹁実 際 素 晴 ら し い ス ポ ー ツ だ と 思 う。 日 本 じ ゃ 有 名 で は な い け ど
﹁なんか男らしいスポーツだね∼﹂
﹁お、おぐりん
﹂
記 憶 も あ る。 記 憶 喪 失 の 判 断 は 医 師 に よ る も の だ。 自 称 じ ゃ な
﹁先ほども言ったが、俺には中学校に通った記憶も、部活で汗を流した
﹁本当に記憶喪失
できない、そう思い知ったよ﹂
頃の肉体トレーニングの成果だと思う。 火事場の馬鹿力は馬鹿に
﹁元々の打鉄保有企業のフィンランド技術者達のメンテナンスと、日
解できている
﹁さっきの答えじゃ説明しきれないほど上手く動かせていたけど、理
かったさ﹂
の相性があるんじゃないか
﹁コアの情報が開示されない以上憶測でしかないが、コアにも人間と
﹁なんであんな器用に打鉄を動かせたの
﹂
﹁いや、記憶の混乱、ね。 記憶にある企業、両親、実家が存在しない
﹁記憶喪失って報道されていたけど、真実は
﹂
﹁読書と、ペットの世話、あとは釣りかな。 今はペットがいないけ
?
?
?
26
?
⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮
⋮
一夏は教室端に溜まっていく女性の波を見て、心の中で合掌してい
た。
最初は二、三人にだけ話しかけたであろう言葉は、一言で十人以上
が参加する質問コーナーに変質していた。
織田信長が怒鳴り声で質問を上げると、配下全員が返答したという
逸話を思い出した。
困っているのは声をかけた本人であるが。
﹂
すると、次から次へと質問者を捌いている潤を見ていた一夏にも声
がかかった。
箒
﹂
﹁ちょっといいか
﹁⋮⋮え
?
﹁はい、授業始めますよー。まだクラス代表決めてないですから、相川
流石に技術者用の入門書と比べれば、広いが浅い。
す。
とりあえずチャイムも鳴ったし、最後の質問に答えて教科書を出
いや、そもそも今の自分に居場所があるのか、と思うと憂鬱になる。
今度も居場所に困る。
寝泊まりしたところも貴族の屋敷だった。
で否応にも理解できた。
最初の世界移動では、真夏の通学路から極寒の雪世界に飛んだせい
どうも現実感が未だにわかない。
それゆえに授業開始のチャイムが鳴った時は内心嬉しく思えた。
ぶしつけな質問にも順次答えていく。
夏を見送る。
徐々に増えていくクラスメイトを捌きながら廊下を歩んでいく一
?
さん挨拶お願いします﹂
27
?
真耶が入ってきて授業が始まった
飛 行 機 の 中 で 専 門 書 の 類 を 読 ん で い た の で 授 業 の 内 容 は 何 と か
なっている。
ダウンロードでどうにでもなると思うだろうが、この能力にはデメ
リットが多い。
現代の人にもわかりやすく言えば、
﹃自分フォルダ﹄の中に﹃記憶.
log﹄が存在し、それが記憶である。
ダウンロードとは、その﹃記憶.log﹄を対象の物体から得る力。
体験ですら﹃記憶.log﹄には含まれ、このことから汎用性が高
い。
しかし、一度ダウンロードした﹃記憶.log﹄は削除できない。
ダウンロードを続ければ﹃記憶.log﹄はたまり続け、何時かフォ
ルダの持ち主でさえ本当の﹃記憶.log﹄がわからなくなってしま
うだろう。
28
戦争でも起こらない限り、そこまで﹃記憶.log﹄は必要でない。
緊急でなければ変な危険など済む方がいいとはわかっている。
││しかし、
﹁⋮⋮ということですので、ISの基本的な運用は現時点で国家の認
証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によっ
て罰せられ⋮⋮﹂
流石にこれを覚えきるのは酷である。
読めるようになるのと、覚えるのは全く別の才能。
機内で読んでいたとは言え積み重ねた知識の厚さが他の生徒と歴
然な差がある。
前世界は、魔法が武器として浸透しており、乱戦ともあれば剣で切
り込む方が早いことも多かった。
﹂
兵器を運用するにあたり、覚えねばならない情報量に差がありすぎ
る。
﹁織斑君、小栗君、何か分からないところはありますか
?
悪戦苦闘している男子2人を見かねてか、真耶が尋ねた。
真耶の瞳には、顔を青くして教科書を見る一夏と、説明するたびに
用語の説明箇所を調べるために参考書を開く潤が写っている。
最初にダウンロードしたとは言え機体の情報に法規と、名称の正式
な呼び名はなかった。
﹁詳細に説明しろと言われれば困りますが、授業を受ける分には問題
ありません﹂
﹁確かに入学決定も昨日でしたね。 授業後でも、放課後でも、何時で
﹂
も分からないところがあれば聞いてくださいね。 何せ私は先生で
すから
﹁りょ⋮⋮、分かりました﹂
そう言いながら某電話帳と間違いかねない参考書を捲る。
大事そうな名称や言葉はノートに書き写す。
正直覚える量が多すぎる。
暗記に関してはダウンロードばかりに頼っていたので、今の潤には
﹂
﹂
手に余る問題だった。
﹁先生
﹁はい、織斑君
い、今の段階で分からないっていう人
!
あった。
﹂
ぜ、全部ですか
﹁ほとんど全部、分かりません
﹁え⋮⋮
どれくらいいますか
﹃⋮⋮﹄
﹂
﹂
しかし一夏の口から出た言葉は、大方の予想の遥か上をいくもので
耶。
今度は一夏から声がかかり、質問に張り切って答えようとする真
!
?
バッシャァ
相変わらず凄い音である。
!
﹁やっぱりお前もわかって││
﹁今話しかけるな、俺はもういっぱい、いっぱいなんだ﹂
﹁おい、小栗、嘘つけ
?
!
?
29
!
!
﹂
あの程度でどうこうなるほど人間の頭部は柔らかくないが。
﹂
﹁私語はするな、織斑。 入学前の参考書は読んだか
﹁えーと、あの分厚いやつですか
?
る。
﹃えっ、質問コーナーは
に耐えながら、一夏に近づく。
﹁よお、織斑。 頭は大丈夫か
﹂
﹄とでも言いたそうな周りに座る女子の視線
授業が終了した後、先ほどの人波を危惧してか、早速潤が立ち上が
さて、再び廊下に人が集まる前に、動かねば。
﹁⋮⋮わかりました﹂
お前も、いやお前は三日だ﹂
やります﹂ 小栗、何を自分は関係ないとばかりの顔をしている。 ﹁いや、一週間であの厚さはちょっと﹁やれと言っている﹂⋮⋮はい、
﹁後で再発行してやるから一週間で覚えろ。いいな﹂
ア・オルコットがいた。
特に顕著だった1人に金髪で巻き髪のイギリス代表候補生、セシリ
ようで、憮然とした態度の女子も何人かいた。
ちなみにこのやり取りで、クラスの中で一夏の評価が大分決定した
今のは仕方がない、潤も納得の一撃を頂戴した一夏であった。
再び妙に硬い出席簿が一夏の頭を叩く。
ズパァァァァン
﹁間違えて捨てました﹂
﹁そうだ。 必読と書いてあっただろ﹂
?
も潤でいいか
﹂
﹁⋮⋮あ、ああ、まだちょっと痛いけど。 それと一夏でいいよ。 俺
?
?
たいと思う﹂
﹁俺もだ。 よろしくな
﹂
一夏は元気を取り戻したかしっかりした声を出す。
!
30
!
﹁好きに呼べばいいさ。 同じ境遇なんだし、出来れば俺も仲良くし
?
﹂
2人はどちらともなく握手を交わす。
﹁左利きなのか
ああ、そうか。 いや、ただの癖だ。 以前右手を怪我して
どっちが攻め
﹄
一夏⋮⋮、どっちもイイ
すっごくイイ
!
﹄
!
も違うことを実感する。
周囲から、
﹃どっちが受け
潤、潤
などと聞こえたが、聞いてない。
﹃一夏
?
こうした、ちょっとした文化的違いでも、もうあの場所とは何もか
だ。
特別な場でない限り、左手で握手する習慣に変わってしまったの
利き手を差し出す人が減った結果。
持っていないことを示す意味があったが、相次ぐ戦争で命とも言える
握手の習慣があった当初こそ、利き手を制することで、武器を隠し
しかし、潤のいた世界では、実は左手で握手するのが一般的である。
握手は原則﹁右手で﹂という意見がある。
しんだ。
差し出された左手を素直に握った一夏だったが、離した手を見て訝
いた時期があったな。 気にしないでくれ﹂
﹁⋮⋮
?
× ?
聞いてないぞ、そこの女子。
31
?
×
2 │ 2 お 嬢 様 っ て 縦 ロ ー ル に し な き ゃ い け な い の
教科書を開き、単語と説明文を見比べては悪戦苦闘している一夏。
自身も分厚い参考書を片手に説明しながら、ページをめくる潤。
そのままお互いにISの基礎的な単語やら用語やらを話している
﹂
と、背後から別の生徒が割り込んできた。
﹂
﹂
﹁ちょっとよろしくて
﹁ん
﹁なにか
?
?
なんですの、そのお返事。 わたくしに話しかけられるだ
いかしら
﹂
﹂
このセシリア・オルコットを
﹁悪いな。 俺、君が誰だか知らないし﹂
﹁わたくしを知らない
?
にして、イギリスの代表候補性のわたくしを
?
?
﹁それはどうも﹂
差し上げますわ﹂
﹁あら、あなたは最低限の知識は持っていらっしゃるのね。 褒めて
だ﹂
﹁ほう、代表候補生か。 腕の立つ経験者と同クラスとは嬉しい限り
?
入試主席
けでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではな
﹁まあ
そして彼女そのものも雑誌で紹介されていたので知識にもある。
よって彼女のような人間にも、実際に会ったこともある。
治されていたのだ。
異世界ではどの国にも貴族や王というのは存在し、彼らによって統
驕りを感じていた。
そして、相手からは目の前の二人への侮辱、自己の優越感、そして
ようで、微妙な嫌悪感を感じていた。
潤はその背格好からどことなく懐かしい雰囲気を感じ取り、嬉しい
声の主は金髪縦ロールが特徴的な女子だった。
?
!
32
?
﹂
﹁なあ、二人で盛り上がってるところ悪いんだけど。 潤、だいひょう
こうほせい、ってなんだ
その瞬間、何故か一名除いて再びクラスが一丸になった気がした。
﹁ISにおいて、イギリスの、代表の、候補。 単語で連想すれば分か
るだろうに﹂
﹁なるほど、そういわれればそうだ﹂
﹁要は、IS学園に入学できる優等生の中でも、特に優秀な││﹂
﹁そうエリートなのですわ﹂
そう言って、謎のポーズをとってベラベラ喋りだすセシリア。
一夏は呆然としていたが、潤は頑張って笑いをこらえていた。
滑稽とか、そういう類ではなく、潤が最初に剣を取った理由を思い
出していた。
貴族の女の子に惚れ、彼女に近づきたくて彼女配下の騎士団に入っ
たのが全ての始まりだった。
││奴もオルコットの様な性格ならば、俺もこんな所に来なくて済
んだろうに。
セシリアの金髪、縦ロールを見ると、懐かしい顔が思い浮かぶ。
その後辿る数奇な運命を、自分視点から見ても笑わずにいられな
かった。
﹁あなたもですわ。 あなたは多少の知恵があるようですけど、期待
はずれですわね﹂
一夏と顔を見合わせる。
色々立場が違うものの言いたいことは同じのようだ。
わたくしは優秀ですらあなた達のような人間に
﹁﹁今の俺に何かを期待されても困るんだが﹂﹂
﹁ふん、まあでも
いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。 何せわたくし、入
試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから﹂
入試試験で皆ISで戦闘を行う、というのは潤にとって初耳だっ
た。
何せ自分が受けてない。
33
?
も優しくしてあげますわよ。 わからないことがあれば、まあ⋮⋮泣
?
セシリアが唯一の勝者という情報を鑑みれば、勝利することが目的
でない事は分かる。
﹂
となればISの適性を調べる試験、という考えに至る。
﹁あれ、俺も倒したぞ教官。 潤は
﹁いや、受ける暇すらなかった﹂
一夏の言葉で驚愕の表情になるセシリア。
しかし、素人ですら倒せる教官⋮⋮。
教官が弱いはずもなく、潤の中では一夏の評価がちょっとだけ改善
した。
世界には実戦でしか力を発揮できない奴も存在する。
一夏もその口かもしれない。
﹁わたくしだけと聞きましたけど﹂
﹂
ほら、チャイム鳴ったし座ろう
よろしいですわね
﹁女子ではってオチじゃないのか
ぜ﹂
﹁話の続きはまた改めて
嵐のような女だった。
で、個人専用機を用意してくれると置いうのは破格の条件だ。
お互い実験動物と同じ扱いだが、コアの絶対数が限られている中
真耶の話だと、潤と一夏にはそれぞれ専用機が宛がわれるらしい。
一夏と別れた後、職員室へ向かう。
なにせ入学決定からの入学当日まで二十四時間たってない。
鍵の管理に関しての誓約書。
部屋の鍵の管理。
提出物の作成。
潤は潤でやることがあった。
一夏はさっそく発行された参考書を開いて唸っている。
!
提出書類の作成と共に、開発会社の担当人物との会談を行うらし
い。
34
?
?
割と有意義だった授業を終え、今は放課後。
!
宛がわれた応接室で確認書類に名前を書いていく。
保護者や身分証明が可能な状態でないので、提出物も少なめだ。
数分後、ペンが紙面に走る音だけが響く室内にノックの音が加わ
り、ペンの音がやんだ。
﹁どうぞ﹂
﹁失礼します。 フィンランドのパトリア・グループ日本支部の立平
祐一です﹂
﹁⋮⋮あなたは﹂
現れた男性は、奇しくもあの飛行機トラブルで打鉄を運搬していた
男であった。
﹁あの時は助かりましたよ﹂
﹁いや、私も出すぎたマネをしたのではないかと、選択を誤ったのでは
ないかと今でも思ってます﹂
﹁どうしてそのような事を言うのですか。 あなたの英断と勇気ある
35
行いで百人程の大人数が安全に地を踏むことが出来たのですよ﹂
仰々しく言いながら、互いに握手を交わす。
利き手で握手する悪寒も呑み込んだ。
﹁さて、実は私側の技術者から結果を急かされてましてね。 単刀直
入に言います。 小栗さんの専用機開発を私の会社にお任せいただ
きたい﹂
﹁元から断る気はありませんよ。 ただ機体コンセプトに関しては、
多少でいいので私の意見を取り入れていただきたいのですが﹂
﹁もちろんです。 ではせめて近接か射撃かくらいはここで││﹂
この後、潤は細々と意見を繰り出していく。
レパートリーは少ないとはいえ、専門知識を有する者同士話は弾ん
だ。
だが、潤とて想像できなかった。
立平祐一の背後にいる開発人は、IS開発業界なら一度は聞いたこ
﹂
生 体 デ ー タ 引 換 と は 言 え と す
とのある特殊な人間の巣窟であることを││。
﹁自社開発ktkr
﹁国 際 I S 委 員 会 か ら の 開 発 資 金
!?
!
げぇぞ、関連企業の出費と合わせれば国家予算並じゃん
﹁うはあ、夢がひろがりんぐ∼﹂
﹂
そういえば、パートナーとなった者に碌な奴がいたためしがない。
薬に手を染めているわけでもない。
変な宗教にはまった形跡もない。
向いてない。
過去行方不明になったこともなくはないが、少なくとも暗殺者には
どうせルームメイトは一夏である。
言っても難しい。
合いをしてきた人間にとって、寝室に赤の他人がいる状態で休めと
全てが移動時間だったわけではないが、戦場どころか市内でも殺し
三日にわたる強制移動で小栗は完全にくたくたである。
後は寮に向かって、寝るだけである。
室内を後にした。
そんなことなどつゆ知らず、潤の意向を聞いた立平氏が足取り軽く
マッドサイエンティストの集まりだったのだ。
││彼らは、こんなものを平然と考案し、機体に搭載しようとする
むしろ全て通ったら、人間など乗れなくなってしまう。 無論、全てが通るはずがないことは彼らも承知している。
れる第四世代とすら渡り合える最高傑作を
負荷、整備性、そんなどうでもいい。 全ての第三、いやいずれ現
個人で月面着陸すら可能とさせるスペシャル機。
機の開発。
オート化されたビット兵器を過去にする新たなオールレンジ攻撃
剣。
子供のころに見たSF映画の代名詞と呼べる物を模したビームの
現存のISの最高速度の二倍をも出せる高機動型IS。
る。 そう言葉を交わす彼らの中心には、何枚もの青写真が置かれてい
!
レイプ魔でショタコンでレズビアン、カニバリズム、サディズム、マ
ゾヒズム、etc、etc。
36
!
そして今日初めて、まともなルームメイトができるのだ。
そしてふかふかのベットでぐっすり快眠する。
潤の目には、既にベットしか映ってなかった。
﹁これが提出する書類です﹂
﹁確かに預かった。 それから、お前の部屋が決まった﹂
差し出されたのは、部屋番号の書かれた紙とキー。
このIS学園は全寮制だ。
いくらISのコアが限られていようが、ISが国防上重要な代物で
ある以上、搭乗者の教育は国家の一大事業である。
その操縦者たちの保護もまた事業の一つであり、優良な素質の持ち
主を保護するための施設が寮である。
﹁織斑先生、俺の生活必需品はどうなってるんですか﹂
﹁日本政府が用意したが、私が言うのもなんだが本当に最低限だけし
かない。 サイズも着れればいい程度にしか考えてないようだ。 ﹂
﹁わかりました。 それでは、また明日﹂
﹁次は、体調を整えて授業を受けろ。 いいな﹂
最後の言葉に、少し眉が吊り上る。
体調の良否は決して相手に悟らせてはいけない。
疲労がたまった状態でも顔に出してないし、クラスメイトには絶対
わからなかっただろう。
﹁⋮⋮あれ、本当に平和な日本で育ったのかねぇ﹂
故に潤の考えはひどく真っ当なものだった。
明けない夜はない。
連続不眠時間もようやく終わる。
37
明日にも生活補助金が出るから、その金で足りないものを買い揃え
﹂
ろ。 以後は生活補助金は月末に出る。 考えて使えよ﹂
﹁それは何から何までありがたい。 他には
﹁トイレは
るが当面は各部屋にあるシャワーで我慢しろ﹂
﹁夕食は十八時から十九時、寮の一年生用食堂で取れ。 大浴場があ
?
﹁宿直付近のトイレに男子用がある。 生徒寮には女子用しかない﹂
?
シャワーは、⋮⋮朝浴びればいい。
﹃1030号室﹄
今の潤には天国への階段がある番号である。
一夏がだらけてようが、例え素っ裸だろうがお構いなし、とばかり
に鍵を開けて中に入る。
﹁おおう﹂
部屋の中を見てちょっとだけ嬉しくて声を上げる。
というより見ているのはベットだけである。
流石に王侯貴族の寝るベットと比べれば分が悪いが、造りのしっか
りとした高級な部類に入る代物だ。
﹂
﹁いやっほぅ﹂
﹁キャ
⋮⋮キャ
背中から布団にダイブして││││すぐ右で寝転んでいた私服の、
女子と目があった。
至近距離、およそ五cmちょい、呼吸が当たる距離。
もう少しで鼻の頭が接触する。
だらけたTシャツ、桜色のポッチが見えそうで見えない。
そこまで固まって││、次の瞬間の戦士としての反射が始まった。
肩、背中、尻、太ももの筋肉を順次力をつけて飛び上がり、壁を右
手で弾いて空中で丸まって回転。
ベット際で着地し、すぐさま逃げられるように出口方向に回転して
立ち上がる。
││この間、およそ二秒未満である。
全く気付かなかったが、部屋には女子が三人もいた。
ベットの上で寝転んでお菓子を食べている二人。
片方はキグルミのような、狐のパジャマを着ている。
もう一人は髪型に覚えがない、顔には見覚えがある、クラスメイト
の一人。
そして、潤が寝転んだベットに、最初から寝転んでいた黒髪セミロ
ングの女子。
38
?
!
﹁え、あ、え、えぇぇ
⋮⋮ウウン
谷本さん、布仏さん、鏡さん。
!
一夏は何処 それと鏡さん色々すみません。 疲れてたんです、
?
﹂
眠かったんです、寝転がりたかったんです、他意はないんです。 本
当に色々すみませんした
紛れもない土下座スタイルである。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
きょとんとした顔の女子三人。
一人眠そうな顔をしているが。
ここの部屋なの
?
﹁おぐりん同じ部屋だね∼、宜しくね∼﹂
﹁まさか、ねぇ⋮⋮﹂
﹁いやに来るのが遅いから、誰だろうって話してたけど⋮⋮﹂
先ほど至近距離まで接近した鏡ナギの手に紙が移る。
﹁はい、これが織斑先生から手渡された紙面です﹂
﹁お、お、おぐ、り、くん
﹂
下げた頭が床に当たってゴンッと音を立てる。
!
?
こんなグダグダな感じで小栗潤の新生活は始まった。
39
?
2│3 バナナ
粉バナナ
目の前だったよ、目の前
﹂
﹁だって、だって、急に真横に寝転んでくるんだもん。 顔なんてすぐ
﹁ナギ、顔真っ赤ー﹂
﹁うわー、うわー、うわー﹂
入学式前から仲良くなった三人で顔を見合わせる。
類を持って行く男子を三人で見送った。
とりあえずシャワー浴びてくる、そういって段ボールから新品の衣
!
上がった
﹂
﹁ねぇ、それよりさ、さっき凄い光景を見たんだけど、どうやって起き
真横に寝転んだ。
段ボールを置くと、
﹃いっやほう﹄と小声で呟くと呆然とするナギの
を滲ませたIS学園のたった二人の男子の片割れ。
大きな段ボールを持って入ってきたのは、心配になるほど疲労の色
予想斜め上を行く人物がやってきた。
いい人が来て、一緒に仲良くやれたらいいね、程度に思っていたが
まだ来ない本音のルームメイトを三人で待ち構えていた。
の誰かとルームメイトになることになった。
鏡ナギと谷本癒子は隣の﹃1029号室﹄、布仏本音はあぶれてほか
顔を真っ赤にしたナギに茶々を入れる二人。
﹁ホントに顔真っ赤ー、はい、ジュースー﹂
!
﹁少し離れた壁に手をついてたから、もっと飛んだかな﹂
﹁うつ伏せなら猫がとかやれそうだけど、仰向けって﹂
﹁ねぇ﹂
猫が恐るべき身体能力で飛び上がったりするのを見たことがある
が、人間サイズでできるとも思えない。
ましてや仰向け。
﹁そもそも、なんで織斑くん小栗くんが同室じゃないんだろ﹂
﹁そういえば、織斑くんって、篠ノ之さんと同じ部屋だって聞いたけ
40
!
﹁そうそう、寝転んだまま、九十cmくらい飛び上がったよね﹂
?
ど﹂
﹁んー、おじょうさまから聞いたけど、最初はおぐりん四組に入る予定
﹂
だったらしいよ﹂
﹁それホント
﹁おぐりんはほっとくと盗撮盗聴されるかもだから、おりむーと同室
﹂
にすると問題だったんだって。 それで生徒会関係者と相部屋にな
る予定だったらしいよ。 あれ、それで私
三人で話していると、相部屋の男子がシャワー室から出てきた。
﹁ふーん﹂
トーリーがあった。
潤の一組編入、布仏とのルームメイト決定にはこういうバックス
一夏と同クラス。
妹の身を案じてか、妹と同室同クラスは反対されたが、もう片方は
新入生に生徒会関係者が二人いた。
しかし、悪いことがあれば良いこともあるもので、偶然にも今年の
えたが、彼女も一夏を迎え入れる為に動いているため難しい。
生徒会長にして裏社会にも詳しい更識楯無と同室にすることも考
一度でも捨て置けば悪しき前例を残すことになる。
ぬふりをする事が出来ない。
学校側としても、生徒が外部からの圧力に晒されているのに対し見
われるだろう。
一夏と同室になれば、これ幸いとばかりにもっと多くの組織から狙
見えている。
一人部屋や、半端な生徒にしようものなら盗撮盗聴されるのは目に
一夏にとっての千冬も日本もいない。
それも国連がやっきになって調べても全く身元の割れない人間。
目がこんなに早く見つかるのは誰も予測できなかったのだ。
一夏は結構前から知られてたので迎え入れる準備ができたが、二人
なった。
潤 の 登 場 が 唐 突 す ぎ た せ い で I S 学 園 は か な り て ん て こ 舞 い に
?
疲労の色はだいぶ軽減しているようにも見える。
41
!?
﹁さて、と。 さっきも言ったが鏡さん、すまなかったな﹂
﹂
﹁い、いいよ、いいよ。 私気にしてないし、まだドキドキしてるけど
⋮⋮﹂
﹁ありがと。 相部屋は布仏さんでいいのか
﹃さん﹄付けは呼ぶのも呼ばれるのも慣
﹁布仏じゃなくても好きに読んでいいよー﹂
﹁なら、呼び捨てでいいか
れてなくてな﹂
﹁いいともー﹂
﹁ああ、わかった。 それで二人は
﹂
﹁鏡って呼ばれ慣れてないから、私はナギで﹂
﹁わかった﹂
﹁私は﹃癒子﹄って呼び捨てでいいよ﹂
お互い合意の上ならお互いが学校規則に裁かれる。
慈悲はない。
勿論、事件性に発展すれば軍法で裁かれる。
恥を克服するため、士官学校では措置がとられていた。
徹底した集団意識を持たせるため、個人を殺すためや、男女間の羞
あった。
男女が寮で相部屋になるのは士官学校では割とよくある光景でも
潤は女生徒と相部屋になってもさほど驚かなかった。
手前側のベットの端に座りながら、四人で談笑する。
﹁懐かしいな、それ﹂
?
いい加減眠気に負けそうな潤であったが、本音にお菓子を進められ
﹁はーい﹂
けてな﹂
鍵を掛けられたから、着替えは今後そこで済まそう、もちろん鍵をか
﹁最低でもシャワーとか着替えの時間はずらさないとな。 洗面所に
﹁おぐりん、なに決めるのー﹂
か﹂
﹁そうか、これから宜しくな。 じゃあ、さっさと決めること決める
﹁﹃1029号室﹄、本音ちゃんの友達﹂
?
42
?
て一緒に食べたり、癒子、ナギ二人から質問攻めにされたり、潤がこ
この部屋に入っていったと聞きつけた各学年の生徒が二十人ばかり
襲撃して来たり、
はっきりこれをしようと決めている時ほど、色々なことが起こるも
のである。
結局最後まで潤は付き合った。
人付き合いも大切である。
殺るか殺られるかの一期一会が基本の戦場、そここそがかつての居
場所だったが、今の彼が住んでいるのは、
﹃また明日﹄が続く平和な学
校だった。
﹁うーん⋮⋮﹂
無理にでも瞼を閉じて寝ようとするも、胃のムカムカが邪魔をして
目がさえてくる。
夜寝る前にお菓子なんぞ食べたせいで、胃もたれがすごい。
どうせ慣れない人間がいる状況では熟睡できない性分なので、最後
までガールズトークに付き合った。
どうもISを学ぶというカリキュラムの中で男という存在が非常
に少なく、聞けばIS学園に入学した殆どの生徒は専門の女子中学か
ら来ているとの事で、同世代の男自体珍しいとの事。
廊下の出来事然り、部屋にまでやってきて自己紹介するのは、年頃
の女子なら当然と癒子は言っていた。
朝食を一緒に取る約束もしている。
寝る前にハンガーにかけてあった制服と手に取って、洗面所へ。
朝になると決まって、安堵と悲哀を感ぜざるを得ない。
目を覚ませば、今の世界は性質の悪い夢だった。
いつも通りの悪趣味な王と、変態で馬鹿な部下に悩まされる日々が
始まるんじゃないかと錯覚する。
そして、再び未知の異世界に来た現実に直面し憂鬱になる。
潤の朝は毎日決まって溜息から始まっていた。
43
さて、髭もそって、歯を磨いて、着替えも終わって、そろそろ約束
の時間だというのに、すやすや寝息を立ててるこの着ぐるみ少女どう
すっか。
とりあえず着替えとか色々あるだろうから外に出て待つ潤。
癒子とナギのペアはどうにかして寝ぼける学友を起こそうと奮闘
していた。
待つこと十分。
眠たそうな着ぐるみ少女と、朝から妙につかれた顔色のコントラス
トはその労力を如実に表していた。
そして朝食である。
暗殺、諜報、潜入を生業にしてきた潤にとって、夜の闇こそが仕事
しれなかった。
﹂
声かけてほしいんだけど﹂
席を探そうと周りを見渡すと、一夏と何やら不機嫌そうな表情の篠
ノ之箒が見える。
﹁小栗くん、織斑くんの席に行かない
けで食べれば気疲れする。
何故か、二人の間にぎくしゃくした雰囲気を感じたが、今の四人だ
窓際の席には一夏と、昨日教室から一夏を連れ出した女子が居た。
?
﹂
嫌な提案でもないので、四人で一夏の席に向かった。
﹁おはよう、一夏。 隣いいか
?
44
場であり、朝食は逆に眠りの前の軽食だった。
﹁小栗くん、小食なんだね﹂
⋮⋮わ、私たちも、お、同じかな。 ねぇ
﹁元々朝はあまり食べないし、昨日、菓子を食べすぎたしな﹂
﹁えっ
?
そんな潤より更に少なめな女子の朝食は、思春期の女子の意地かも
パン二枚とサラダだけ受け取る潤の朝食。
四人そろって軽食。
﹁こ、これで平気だよね﹂
!?
﹁ん
潤か。 おはよう、好きなだけ隣に座ってくれよ、なんか女子
しかいないと気疲れしてな﹂
﹁同感だ﹂
とりあえず男子二人で隣りに座り、女子三人が追従して席を埋め
る。
三人が小さく役得だね、と小声で話しガッツポーズしていた。
﹁ところで、なんで男子二人しかいないのに、別室なんだよ﹂
マジかよ﹂
﹁俺が知るか。 寮長であるお前の姉に聞けよ﹂
﹁千冬姉が寮長
﹂
﹁はいっ。 織斑君を推薦します﹂
﹁自薦他薦、立候補問わない、申し出てみろ﹂
事実そうなるだろうと判断した。
そういう観点から、潤の中では代表候補性のセシリアが適任であり
ていたが、前者は後塵を期しているのが現状であった。
後者には、似たものを纏い空を飛んだものとして絶対の自信を持っ
責任ある立場ともなれば、IS知識と起動の熟練は必須となる。
軍属、隊長所属、出来なくはないが⋮⋮。
どことなく委員長という単語が思い起こされる。
クラス代表について説明が入る。
のつもりで﹂
クラス対抗戦にも出てもらう。 決まれば一年間変更はないからそ
顔、代表として参加し、入学時点での各クラスの実力推移を測るため
﹁クラス代表とは読んでそのままの意味だ。 様々な行事にクラスの
真耶までメモを取る準備をしているので重要度を疑うことはない。
に、そう千冬は切り出した。
朝食を終え、実践で使用する各種装備の説明という重要な授業の前
ばいかんな﹂
﹁授業の前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めなけれ
!?
﹁私もそれが良いと思います
!
45
?
﹁お、俺
﹂
いきなり自分を推薦され思わず焦る一夏。
大多数の意見によって流される少数の意見を垣間見た。
先生
﹂
自薦他薦は問わないぞ﹂
待てよ
何時だって世界は、平等によって隠された不平等競争社会である。
││ん
﹁他にはいないか
﹁じゃあ、私は﹁ハイ
﹁なんだ、小栗﹂
?
!
?
事実、癒子が名前を言う寸前だった。
﹃あいつなら、きっと何とかしてくれる
!
﹂
そして、その笑みは早速崩壊した。
﹁い、異論しかないんですけど
た者をクラス代表とする。 異論はないな
﹂
いでだ、小栗を含めて三名でクラス代表決定戦を行う。 多く勝利し
﹁では、来週の月曜日に第三アリーナにて織斑、オルコット。 ⋮⋮つ
言い争いはヒートアップし、決闘騒ぎまで発展した。
た。
二人の言い争いの陰で、新世界の神のような笑み浮かべる男が居
は一夏を貶している。
潤の推測は見事的中し、自分こそ代表に相応しいと考えるセシリア
かかるだろう。
セシリアの性格ならば、自分と肩を並べて推薦された一夏にくって
付けられてきた過去がよぎる。
﹄とばかりに無理難題を押し
この流れなら間違いなく誰かに推薦される。
性を察知した。
一夏が真っ先に推薦されるのを見て、じきに自分が推薦される可能
今までにないほど大きな声で潤が遮る。
申し分ないはずです﹂
﹁代表候補性のセシリア・オルコットを推薦します。 実力、知識共に
!
?
?
46
!?
?
2│4 強化なかったら死んでたんだけど
1.一夏とセシリアが子供じみた口喧嘩をする
2.﹁そこまで言うなら決闘だ﹂﹁おう、かかってこい﹂
﹂
3.よし、織斑、オルコット、小栗で決闘だ
﹁何でですか
この流れで突然自分の名前が出てきて不自然に思わない奴はいな
い。
二人でヒートアップしていたのに、急に三人目が湧いて出てきた。
﹁小栗には昨日話したが、お前ら二人には専用機を用意する事になっ
ている﹂
当然話の方向性が変わったが、専用機の話になるとクラスメイトが
騒ぎ出す。
現在のISのコア数は四百六十七。
コアは篠ノ之束博士の独自の開発であり、完全なブラックボックス
となっているため量産が出来ない。
当然この数を上限ありきとして各国家、企業、組織、機関が開発、管
理を行っている。
正確な残り数は分からないが、軍事用、開発用、運用中の物、訓練
用の物を考慮すれば、今後専用機が割り当てられる人数は二百個を切
るかもしれない。
国防の要となるIS、その専門的知識を習得する学校が世界に一つ
しかないのも、コアの数を一定数必要とする事に所以するのだろう。
﹁お前らは特例として、データ収集を目的とした専用機が用意される
ことになった。 織斑のはほぼ完成の形を見ているので近々の内に
届くだろう。 小栗は昨日プロジェクトがスタートしたばかりだが、
﹂
六月末に仮完成、二ヶ月で微調整して九月には仕上がるだろうがそれ
まで待て﹂
﹁⋮⋮それが何故俺が参加する理由に
﹁﹃世界中が唖然とする画期的な浪漫機体を作る ﹄と言っていてな、
?
装備、装甲、OS等全てを専用設定にする為に生のデータを寄越せと
!
47
?
急かしている﹂
﹁そういうことですか﹂
なんか不思議な言葉が聞こえたが、一夏も小栗もIS関連の人間か
らすれば目を離せない存在である。
コアの取引はアラスカ条約で禁止されているものの、男二人のデー
タはどの組織も待望している。
割とこれがいけなかった。
世界中から注目されれている以上、開発陣も搭乗者も下手を打てば
一生笑いものになる。
パトリア・グループ社は、変態機体開発企業の看板に恥じ入ること
のない最高の機体を模索した。
その第一歩が彼の操作の癖を知ることであり、もう一つの情報を取
得するためにわざわざデータ取得専用システムを搭載した打鉄・カス
タムまで用意している。
48
そのデータ収集を兼ねるということだろう。
さて、昼休みである。
昼食を一緒にと一夏に誘われたものの、既に送られている打鉄・カ
スタムを受け取りにアリーナに向かわねばならない。
﹄というのは
昨日の今日で専用システムなぞ用意できるのか、と疑問を口にした
ら、千冬すら言葉に詰まり﹃﹃こんなこともあろうかと
格納庫っぽい場所で真耶から打鉄・カスタムを受け取る。
今回は味方だが。
う、割と潤の苦手なタイプの敵であった。
彼らは総じて常識の枠を破壊し、予想だにしない行動をとるとい
間たち。
以前何度か遭遇し、その度に煮え湯を飲まされていきたタイプの人
彼らは独自の美学に従って生きている。
そこでようやく潤も感づいた。
技術者としての浪漫がどうのこうのと﹄と言って閉口していた。
!
待機状態は黒い腕時計。
パトリア・グループが鋭意開発している専用機のように待機状態に
できるシステムは未だ完成を見ていない。
なんでも拡張領域を膨大に喰うらしく、もし搭載しようものなら残
りの空きでブレード一本しか積めなくなるらしい。
﹂
﹁えっと、ISは今待機状態になってますけど、小栗くんが呼び出せば
すぐに展開できます﹂
﹁今、ここで展開してもいいですか
﹁ええ、申請はしておきましたから。 ただしアリーナには出ないで
くださいね﹂
﹁わかりました﹂
腕時計を受け取る。
不思議な高揚感が全身に迸る。
暖かいようで、急かされているようで、もし許しが出ているならば
飛び出したいくらいに鼓動が早まる。
﹁同じコアを使ってくれているのか││﹂
このコアは、あの飛行機で纏ったコアと同じ、
待っている、喜んでいる、歓迎している、知りたがっている。
皮膜装甲展開
スラスター正常作動
ハイパーセンサー最適化
EEG観測システム開始
初期化開始、及び初期化処理記録開始
最適化処理開始、及び最適化情報記録開始
﹁は∼、ほんとに動かせるんですね﹂
﹁い、いや、そうじゃなきゃここにいませんから﹂
潤の装備した打鉄・カスタムを見上げて真耶が呟く。
意識しなくてもISは三六〇度見渡せるようになっているので、ど
49
?
んな小さな音でも拾えてしまうのだ。
﹁それでは、私もご飯食べてきますから、小栗くんもほどほどにして休
んでください﹂
﹁ありがとうございました。 もう少し体に馴染ませてから休みます
ので﹂
浮足立って帰っていく真耶をセンサーの端で見送くった後、ゆっく
りとISを体に馴染ませていく。
ちょっと逆立ちしてみたり、ホバリング状態で格納庫内を回ってみ
﹂
たり、そこそこの速度で発進停止を繰り返す。
で、
﹁何か用か
真耶が来る前から1人でキーボードを操作している女子がじっと
こちらを見ていた。
打鉄・カスタムを装備した頃からチラチラ見ていたが、真耶が居な
くなったあとは一時も目を離さない。
﹁⋮⋮⋮⋮四組クラス代表⋮⋮更識簪﹂
﹁小栗潤だ﹂
水色髪、眼鏡の女生徒は四組クラス代表と名乗った。
﹁⋮⋮飛行機事故⋮⋮興味深かった⋮⋮おかしなほど機動制御が上手
くて⋮⋮一般人にはとても思えない⋮⋮ヒーローみたい﹂
﹁ヒーローなんて誰が好き好んでなるか。 それに、なりたいからな
れるってもんじゃないだろう。 何時の間にか誰かにされるものさ、
ヒーローなんてものは﹂
かつて夢を見た自分が居た。
たった一人を守りたいから剣を取った。
何時の間にか力ばっかりついてきて、想いは置き去りになった。
百人を救うため一人を殺す英雄よりも、百人なんて気にもならずに
知人一人に全力をかける人で居たかった。
﹁⋮⋮そう、なんだ﹂
﹁それにヒーロー像で見られるのも嫌だしな。 俺は、他の何でもな
いただの俺でいたい﹂
50
?
その言葉が何かに触ったのか、何かを言いかける。
何を渇望する様な、悲しいような、妙な感情で何かを言いかけた。
だが、そこまで。
言葉を飲み込んで再びタイピング作業に戻る簪。
潤もそれ以上は何も言わず、ISを待機状態に戻すと格納庫を去っ
た。
そのまま午後の授業もつつがなく終わり、放課後に入る。
一夏は昼を取っている最中に、箒からISを習う約束を取り付けた
らしく一緒に剣道場へ向かうらしい。
今回も熱烈に誘われたが、今日は潤も予定が入っている。
予定といっても、大層なものでなく、平たく言えば体力測定である。
若返った。
病院で寝てた。
51
これまで全力で体を動かす機会がなかった。
例えデータ収集のためだけとはいえ勝負事を行うのである。
自分の体力の限界や、筋力の加減を知らなければ不安で仕方がな
い。
グランドの申請は千冬に出し、快く許可が出た。
ついでにタイム測定を引き受けてくれるらしいが、丁重に断ろうと
して却下された。
教官肌の笑みが、過去の畜生肌の誰かにダブって見えたのは、潤の
﹂
悲しい直感だった。
﹁どういうことだ
一夏は箒にボコボコにされていた。
﹁いや、中学校は部活してなくて⋮⋮﹂
!
夕日が沈もうとする時刻まで剣を合わせ続け、今また剣を捨てた一
夏を糾弾している。
一夏は三年間、親が居ないことを理由にバイトをし、帰宅部に所属
していたため腕が鈍っていた。
どうもそれが彼女には気に食わなかったらしい。
﹄とか、
﹃本当にIS動
﹄等と非難がましい声までかけられる始末。
周囲からは﹃織斑君ってさ、実は結構弱い
かせるのかな
﹁潤に頼めばよかった⋮⋮﹂
﹂
﹂
﹁い、いえ、何も
なれた怒声が耳に入った。
どんどん速度が落ちてるぞ
気合を入れろ
嬉々として怒鳴り声をあげながら追い散らす千冬。
色々ドン引きしている、おそらく陸上部。
﹁一夏⋮⋮見なかったことにしよう﹂
ば上出来だ
﹂
陸上部、酸素缶と水もってこい
││十分休憩後、100m走を計測する
││っち、酸欠で気絶してる
!
││よし、1500m走は四分十九秒。 十五歳でこれだけ出せれ
!
﹁そらぁ
!
寮に向かって二人で歩いていると、グランドから一夏にとって聞き
筈が剣道の稽古になった。
代案として幼馴染の箒に頼んだのだが、何故かISを教えてもらう
のだが、まあ無理を言いって迷惑をかけるのも戸惑う。
せっかく男同士、知識とか基本的な事とか一緒に学べれば良かった
昼食も、放課後も、ISの訓練話もなかなか乗ってこない。
受ける。
潤も色々忙しいのは分かっているが、なぜか避けられている印象を
!
﹁何か言ったか
?
!
!
!
52
?
!
真っ赤な顔をして全力で逃げ⋮⋮もとい走る潤。
!
﹁⋮⋮箒。 そうだな、そうしよう﹂
この日、仲の悪かったルームメイトは完全に意志統合できた。
それから三日後。
悪夢ともいえる陸上関連のテストを終え、久しぶりにIS学園の外
に出向いてショッピングに行った潤の姿があった。
日本政府から支給されている奨学金で、生活用品の買い物をするつ
もりである。
着替えの種類といい、剃刀といい、石鹸といい、現代の流行なんて
全く知らない老人だってもっといいものを選ぶだろう。
日曜大工用品・生活雑貨のフロア。
買い物は目覚まし時計。
実際使うのは潤ではなく、隣のベットで時間ぎりぎりまで寝続ける
眠り姫︵布仏︶。
あと五分、あと五分と延々繰り返しては寝続けるので、これが鳴っ
たら最後、という最終防衛ライン用目覚まし時計をご所望である。
一度直接起こそうと肩をゆすってみたら、たわわに実った胸部装甲
が肩の揺れに連動してプルプル動き、﹃これはセクハラで訴えられた
ら負ける﹄と確信して以降やってない。
﹁おおっ、でっけえバール﹂
周囲を確認してフルスイング。
ずっしりとした重量感。
いざという時に備え、鈍器として最適だったが、お値段は9900
円。
数少ない奨学金を、無駄には使えないので名残惜しそうに陳列ラッ
クに戻したところで、潤の身に異変が訪れた。
平日の夕方、日曜大工コーナー、人気はないにも関わらず、妙な視
線を感じる。
敵意や、悪意の類でないことは潤にもわかっているが、日本人にし
てはやや高い身長の男子が居るからという理由だけでない事も感じ
53
取っている。
しきりに辺りを見回ますと、纏わりつく視線が消える。
どこかで見たことのあるような水色の髪をした女生徒の背中を見
て取れた。
﹁⋮⋮まあ、いいか﹂
無難に時計を買い、お菓子を好むナギ、癒子ペアにみやげを買って
帰る。
清○軒という店の和菓子は、潤の平成世界にもある馴染の店。
ふくよかなおばちゃんから紙袋を頂き精算を済ませる。
﹁またか﹂
周囲の客、主に女性から受けている好奇心に属する興味関心とはま
た違った何かを探るような視線。
そして視界の端にちょっとだけ映ってはすぐ消える水色髪の女生
徒。
IS学園の生徒で、顔見知りの簪とはまた違う印象を受ける。
ちょろっと映ってはすぐ消える。
その影はIS学園行きモノレールに乗るまで潤に付きまとった。
後日、布仏にそれとなく話したら生徒会長とのことらしい。
それから更に四日後。
一夏は箒に叩きのめされ続け、潤は千冬に打ちのめされ続けた。
なまじ男二人共にどんなに厳しくしてもついていける土壌があり、
二人にとっての悪夢の原因だった。
そして決闘当日。
試合順は﹃一夏vsセシリア﹄、
﹃セシリアvs潤﹄、
﹃潤vs一夏﹄、
の順番に決まった。
ISの戦闘は三六〇度展開されるセンサーで集中力を大幅に使う。
使う時間が長ければ、体はともかく精神力が原因で疲労する。
連戦させる集中力が低い奴を前後に別ければ、自然とこの組み合わ
せになる。
54
第三アリーナ・Aピット。
クラス代表決定戦当日、潤と一夏、そして教官役の箒がISアリー
ナピットで待機していた。
一夏のISは未だ届いておらず、生徒三人の直ぐ近くに見える大き
なハッチから直接搬入さるらしい。
﹂
届いたら即乗り込んで、即座にフィールドへ飛び立つ事になる。
﹁ところで、潤の腹筋すげぇな。 どうやって鍛えたんだ
﹂
﹁覚えてない。 気づいてたらなってた﹂
﹁触っていいか
﹁やめろ、男に触られていい気になるか﹂
映っているのは青空に負けないくらい、青々としたIS。
不意に空中にウインドウが出現し視線が集中する。
避けられそうで避けられなかった事態である。
妙なテンションになった一夏、不機嫌な潤。
実は二人とも結構な疲労状態。
けあしらわれている。
ボーイズトークに飢えていた一夏がここぞとばかりに潤に話しか
?
﹄
ブルー・ティアーズ、セシリア・オルコット、空を悠然と飛ぶ敵機
織斑くんっ
に想いを馳せていると││。
﹃織斑くん、織斑くん
!
﹃来ました
織斑くんの専用IS
﹄
上部に設置されたスピーカーから上ずった真耶の声が響く。
!
!!
いる。 ぶっつけ本番でものにしろ﹄
通路奥から運搬されてきたのは、織斑一夏専用IS。
現れたのは純白。
﹄
﹃白式﹄と名づけられた、白いISだった。
﹃それが織斑くんの専用IS﹃白式﹄です
一夏は純白のIS、白式に身を預けていた。
ろから声をかける。
その姿を白日の下に晒した自分の愛機に見惚れる一夏に、千冬が後
!
55
?
﹃織斑、直ぐに準備をしろ。 アリーナを使用できる時間は限られて
!
﹃フォーマットとフィッティングは実践でやれ。でなければ負けるだ
けだ﹄
﹁了解だ、千冬姉。 箒、潤。 ││行ってくる﹂
﹁ああ、行ってこい﹂
﹁悔いを残さないよう全力で行け。 ついでに勝ってこい﹂
仲間内から激励を背に受け足を進める。
カタパルトに脚部を固定し、ゲートが開き全ての準備が整った。
射出された白式は危なっかしくも空中に浮遊し、ブルー・ティアー
ズと向き合った。
何気なく一夏の動向を見守っていた教師二人だったが、目を合わせ
ると潤に声をかけてきた。
﹁小栗、お前は打鉄を装備してプライベート・チャネルを開け。 話が
ある﹂
千冬の言葉に疑問の声を上げたのは箒だけだった。
56
2│5 信じてくれ、オレなら出来る
セシリアと一夏のクラス代表決定戦は、最初から一方的な展開に
なっていた。
そもそも起動時間が少ない一夏と、習熟訓練を積んでいるセシリア
では全てに明確な差がある。
そして双方の機体、ブルー・ティアーズは遠距離戦闘用、白式は近
距離戦闘用と得意の距離が明白に分かれている。
代表候補性として訓練しているセシリアが、簡単に相手を懐に入れ
るはずもない。
﹁一夏⋮⋮﹂
青が狙い撃ち、白が回避する。
そんな白が苦戦する代わりのしなしモニターを見つめているのは
箒だった。
57
祈るようなことはしないものの、手は宙をさまよい握りしめ、ブ
ルー・ティアーズの攻撃が命中するたびに名前が口から洩れている。
模擬戦が始まって暫くは無様な飛行を見せていた一夏だったが、次
﹂
第に軽快な飛行を見せ徐々にブルー・ティアーズに迫っていく。
﹁一夏っ
箒もその映像を目に入れながら、意識は小栗潤に向かう。
うに見える真の白式が映っていた。
画面は、機械らしい凹凸はなくなり、滑らかな曲線がまるで鎧のよ
隣に立つ。
隣に来た一夏と同じくISを動かせるもう一人の男、小栗潤が箒の
﹁小栗⋮⋮﹂
﹁あれがファースト・シフトか。 生で見たのは初めてだな﹂
もって白式を包んだ。
ミサイル二つは、空を逃げ回る白式を追いかけ、遂には爆発と光を
た。
式は猛然と突き進むも、残りの二つのビット兵器に逆に追い詰められ
飛び回るビットを切り付け、時にはかわし、ようやく四機破壊し白
!
箒はこの男が苦手だった。
物静かで、表情を顔に出さず、自分に厳しい人間という好印象を感
じる所も多々あるのだが、それでも箒はこの男が苦手だった。
何より一夏が﹁不機嫌そうな顔してる時なんかそっくり﹂と言って
いたのが気に障る。
それに、なんというか、箒の武人としての本能が叫ぶのだ、こいつ
には勝てない、と。
同じ男とルームメイトになったという境遇から、潤とどういう距離
感で過ごしているのかや、潤の印象を布仏に聞く機会があったが、割
と好印象で紳士的と聞いている。
しかし、やっぱりこの男は好きになれないなと箒は判断した。
﹁小栗、一夏をどう見る﹂
﹁なんとも言えないが光るものは感じるな。 磨けばいい代物になる
だろう﹂
何が起きたのか分からない、といった表情の一夏が格納庫に帰って
くる。
出撃前の気合が入った面影はなく、未だに困惑しているのが手に取
るようにわかる。
﹂
﹁⋮⋮﹃俺は世界で最高の姉さんを持ったよ﹄﹂
﹁ぐうぅっ
58
﹁そうか﹂
仏頂面をした二人の顔は、一夏の見た通り良く似ていた。
画面に戻り、一夏は新たに呼び出した近接用ブレードでセシリアに
斬りかかる。
勝者、セシリア・オルコット﹄
そして│││
﹃試合終了
﹄みたいな表情で固まる。
?
格納庫に、なぜか疲れた声色で嘆息する千冬の声が響いた。
織斑先生以外、皆そろって﹃なんで
試合終了の合図がアリーナに響き渡った。
!
!
﹁負け犬﹂
﹁ちょ、箒まで﹂
﹃大馬鹿者﹄
﹁ぐぬぬ⋮⋮﹂
容赦ない罵声が疲れ切った白式纏う一夏を出迎えた。
ISでの戦闘はシールドエネルギーがなくなると勝負がつく。
一夏の専用機の唯一の武装﹃雪片弐型﹄は自分のシールドエネル
ギーを攻撃用に変換して使用する諸刃の剣らしい。
つまり、彼が負けた最大の要因は自分の武器そのもの。
﹃武器の特性を知らんまま戦うからそうなる。 明日から精進しろ﹄
﹁はい⋮⋮﹂
その後もクドクド千冬から通信で文句を言われつつ、真耶からも少
しずつ注意が飛び交う。
﹃小栗くん、セシリアさんのメンテナンスが終わったそうです。 教
﹂
﹁織斑、小栗の耳にも入っているだろうから、お前にも言っておく﹂
﹁千冬姉
二人は嫌でも比べられていくだろう。 ⋮⋮だからしっかり見てお
﹁学校では織斑先生だと言っているだろう。 まあいい、今後お前ら
?
59
師として申し訳ないことだと思いますが、さっき話したことお願いし
ますね﹄
﹁分かりました。 任せてください、やり通して見せますよ﹂
潤は簡潔に返事をし、機体のチェックを済ませていく。
その後先ほどの先生二人と話した内容を噛みしめながら打鉄・カス
タムの歩みを進めた。
﹁潤、セシリアは強いけど、勝てないわけじゃない。 勝って来いよ
﹂
﹂
!
全身に懐かしい負荷を感じ、潤はアリーナへ向けて飛び立った。
﹁小栗だ、︻ 打鉄・カスタム ︼出るぞ
淀みなく準備を進め、カタパルトに両脚部を接続する。
力で期待に応えてみせるさ﹂
﹁ブレードだけが武装のデータ取得機でどうしろという。 まあ、全
!
け。 自分のライバルの実力を﹂
そう言われてモニターを見つめる一夏の目には、高みを悠然と飛ぶ
潤の姿があった。
アリーナの空で少し待ち、今度はセシリアがカタパルトから射出さ
れて小栗潤と対峙する。
﹂
﹁来ましたわね⋮⋮。 さぁ、負けた時の││﹂
﹁オルコット、織斑との戦いはどうだった
突然の言葉を遮る不遜な問いに、セシリアは少しむっとしたが先ほ
どの戦いに思いを馳せると感情は全てそちらに流れてしまった。
考えさせられる事が多かった。
気高く、そして強い瞳をした男。
﹁そうか、いい方向に行っているみたいだな﹂
潤は言いよどむセシリアの姿を見て呟く。
ISのハイパーセンサーでは、先ほどの小声もきっと聞こえている
だろう。
﹁あなたも⋮⋮、強い瞳を持っていますのね﹂
﹁へらへら笑いながら剣など持てん性分でな﹂
﹂
﹁先ほどの模擬戦、わたくしも思うところがありました。 今度は、確
かめたいこともあります。 覚悟はよろしくて
?
﹂
頭部めがけ放たれたレーザーは、あろうことか直進したまま体を
行きなさい ブルー・ティアー
!
捻って回避される。
﹂
﹁あなたも無茶苦茶しますわね
ズ
!
60
?
その会話後、合図を待つまでもなく、潤はブレードを展開し、セシ
リアはスターライトmk│Ⅲを構えた。
踊りなさい
幾ばくかの静寂の後││。
﹁さあ
!
手に持つスターライトmk│Ⅲの閃光が試合開始の合図となった。
!
急接近する潤を前に、後方に逃げ延びながらビットで弾幕を貼って
!
壁を作る。
先ほどの対戦を観戦していたと聞いていたので、最初から手加減抜
きで挑むつもりだった。
そして何より、潤が初めてISに乗ったとされる飛行機エンジント
ラブル事故。
﹂
映像の画質は悪かったが、あれを見る限り機動制御に関しては代表
候補生にも劣らない。
﹁猪口才な﹂
﹁メインは後、先に前奏をご堪能ください
近寄ればビットのシャワー、遠ければスターライトmk│Ⅲでの狙
撃。
まるで雨が降り注ぐかのような幻想的な風景。
その雨は早情けも容赦も無いセシリアによる連続射撃の証だった。
﹁すげぇ、全部避けてる⋮⋮﹂
﹂
﹁全くだ。 動画でも見たが、機動操作に関しては感嘆するほかない﹂
﹁潤がいきなりバッと急接近してるじゃん、あれなんだ
に着弾していないのが見て取れた。
しかし、よくよく目を凝らせば、その光が一条たりとも打鉄の装甲
詰めよらせずに一方的に攻撃しているように見える。
ともすれば遠距離を主体とするセシリアが主導権を握り、間合いを
横無尽に駆ける。
二人がそう言う間にもISを纏った潤とセシリアはアリーナを縦
観戦している二人が食い入るようにモニターを見ながら呟いた。
ニター越しで観戦できた。
アリーナ外からモニターで観戦する一夏にも、セシリアの銃撃はモ
だな﹂
﹁瞬時加速、スラスターにエネルギーをためてドーンと接近する技術
?
セシリアは先ほどから命中弾を得ようと、必死の思いで狙いを定め
スターライトmk│Ⅲを操っていた。
狙いは頭部、もしくは胸部か腹部。
61
!
装甲のある場所を狙って少しでも面積の広い場所をめがけて引き
金を引く。
だが、空を飛び迫りくる男は回避行動すらあまりしてこないで突っ
込んでくる。
いや、正確には首やら、胴体の捻りなどで絶妙に回避して前進し続
けてくるのだ。
そして、僅かでも隙を見つければ瞬時加速で間合いを詰めてくる。
セシリアはその度、ブルー・ティアーズで自分に被弾するのも覚悟
で弾幕を貼って対処していた。
上手い
その言葉は、セシリアがこの戦いを通じて得た、偽りない好敵手へ
の賞賛の言葉だった。
負けはしたが最後まで強い意志を持ったままだった一夏にも言え
たが、潤もまた心技体全てにおいて素晴らしい力を持っている。
少なくともISの基礎ともいえる機動制御、という側面に関しては
既に自分の領域に迫っている。
もしくは先にいるか⋮⋮。
それが、今まで軽蔑してきた男の1人がなしている事に驚愕し、同
じクラスに居る男二人が共に強い男であることが嬉しくなった。
﹂
﹁││くっ
と自機に聞き返しそうになった。
?
胸部狙いから足に変えて射撃を繰り返す。
狙いを頭から腕に。
もし、先ほどの手足への着弾が真実ならば勝算はある。
ISの全方位視界接続は完璧だが││。
﹁もしかして⋮⋮﹂
││着弾点を拡大表示、敵IS右腕に着弾
何かの間違いではなくって
報にセシリア自身が驚愕した。
三度目の接近を払いのけた後、ブルー・ティアーズから促された情
敵ISに着弾を確認
││報告
!
62
!
!
放った四発のうち、その全てが僅かだが装甲を削っている。
││ビンゴ
セシリア・オルコットはやっと明確になった勝利への道筋に、胸を
躍らせた。
何時の間にか目標が﹃身の程を教える﹄から、
﹃彼に完全に勝利した
い﹄に代わっていることなどお構いなしに。
﹂
﹁鍛えられた動体視力と反射神経、素晴らしいですわ。 ですが、その
高い能力が仇になりましたわね
﹁⋮⋮言ってろ﹂
れていない。
﹁左足、いただきましたわ
﹂
ISを装備することによって変わった手足の長さの分は、対応しき
ない場所。
しかし、生身の潤にとって、本来存在せずに回避しなくても当たら
所は完全に回避される。
頭、胸、腹部、肩など、もし生の肉体に当たれば戦闘不能になる場
て大きく変わる。
しかし、その実潤の反応は、
﹃自分の体にとって危険か否か﹄によっ
も、反応任せに潤は回避できてしまう。
スターライトmk│Ⅲと四つのブルー・ティアーズをもってして
しまう。
そして、小栗潤は高い反射神経と動体視力に任せて完全に回避して
ISの全方位視界接続は完璧。
!
逃げることが難しく、さりとて逃げてばかりでは決着がつかずじり
何か潤が呟くも、ミサイルの爆発がその音をかき消した。
﹁⋮⋮お膳立ては整ったか﹂
意識をBT兵器からスターライトmk│Ⅲに切替え左足を狙う。
いかギリギリの場所に斉射。
逃げ場を塞ぐようにブルー・ティアーズを本人にあたるかあたらな
ていく。
ブルー・ティアーズ、五番、六番を開放し、ミサイルを次々発射し
!
63
!
貧のまま終わる。
潤が選択したのは、手持ちのブレードでミサイルを切り裂き爆発さ
せることだった。
一夏の白式とは違い、データ取得用の第二世代では機動制御に負荷
を掛けすぎたため爆発を振り切れない。
自機が爆発に巻き込まれてもミサイルに刃を当てたのは、ミサイル
﹂
無きその道筋こそがブルー・ティアーズへの最短距離だったからだ。
﹁さあ、フィナーレと行きましょうか
﹁それはお前のフィナーレかもしれないがな﹂
ミサイルの直撃からか、一気に消耗したシールドエネルギーを見て
か、瞬時加速を用いながら潤が反撃に出る。
焦っているともセシリアは考えたが、スターライトmk│Ⅲの攻撃
をスレスレで、しかも前進しながら回避してくる光景を見て心を引き
締める。
彼は何も諦めてない。
ブルー・ティアーズを後方に移動させ、スターライトmk│Ⅲで乱
れ打つ。
事もあろうか、潤は間合いを詰めながらブレードで弾き返してい
く。
打鉄に着弾しそうだった光弾はサーベルと激しく干渉した結果、地
﹂
面に着弾し爆発、アリーナの遮蔽シールドに接触して消えるなどして
高速接近しながら撃たれた弾を弾く
﹂
ようやく打鉄が本来の間合いに入ろうとしていた。
﹁ブルー・ティアーズ、五番、六番
!?
の攻撃を、サーベルで叩き落とす力を持った相手。
理論上、ほぼ光速といえるレベルで飛来するスターライトmk│Ⅲ
発射する。
セシリアが腰に装備されているブルー・ティアーズからミサイルを
!
64
!
殆どが打鉄にあたることなく消滅した。
﹂
﹁な、何の冗談ですの
﹁もらった
!?
試合開始から約六分。
!
不用意に接近されればすぐにも負ける。
﹂
仕切り直しの為に多少の自機へのダメージは仕方がない。
﹁読み通り
しかし、爆発は起こらなかった。
潤は相手がミサイルを射出しようとすること察すると、更に速度を
上げて接近した。
信管は近すぎると作動しない。
﹂
ライフルも間に合わない、確実に一撃が入るタイミング。
﹁わたくしも、読み通りでしてよ
にやり、と。
﹁インターセプター
﹂
確かにセシリアが笑うのが見えた。
!
﹃試合終了
﹃小栗、すまないとは思うが、この試合、負けてくれないか﹄
一夏がセシリアと戦う前、潤は織斑先生からある話を聞かされた。
る。
プライベートチャンネルで、観戦していた二人の教師が通信してく
﹁先生方が満足のいく結果になって嬉しいですよ﹂
﹃小栗くん、ありがとうございました﹄
﹃小栗、よくやった。 上出来だったぞ﹄
に戻っていく。
意気揚々と引き揚げるセシリアをISの視界にとらえ、潤もピット
合に、惜しみない賞賛の拍手がアリーナを包んだ。
僅かな戸惑いの後、一年生レベルでは滅多に見られない拮抗した試
勝者、セシリア・オルコット﹄
器が打鉄に突き刺さった。
振りかぶった大きな隙を付いて、ブルー・ティアーズ唯一の近接武
!
﹃⋮⋮わかりました﹄
65
!
!
﹃理由は聞かないのか
﹄
﹃一夏と違って敏感なので、なんとなく理由は分かっていますよ。 一週間色々迷惑をかけたようですので﹄
朝昼晩の食事の時間には布仏本音。
昼休みの打鉄・カスタムの慣らし運転時には更識簪。
放課後、グランドや体育館では織斑千冬。
郊外に出れば更識楯無。
一人の教師を抜かせば共通した事柄が浮かんでくる。
それは、彼女たちが生徒会関係者であること。
﹃織斑を迎え入れるに当たり、当学園は結構な無茶をした。 篠ノ之
を織斑のルームメイトにしてハニートラップ対策に、過去に起こった
ような誘拐事件等を防ぐために教師も腕利きの私と山田君を据え、生
徒からも目を光らせられるよう代表候補生を入れた﹄
﹃しかし、俺が現れ予定が狂ってしまった﹄
﹃そうだ。 しかも、お前がIS学園に来ると決まったその日のうち
に十人程の生徒が新たに学園に入った。 この意味、お前ならばわか
るだろう﹄
﹃スパイ、もしくはハニートラップ。 エージェントの類﹄
﹃教師陣はこのことを憂慮し、外部からの干渉を想定して更識家の関
係者をルームメイトにすることで、有事の場合はこちらから攻撃する
ことも視野に入れた布陣にした。 二十四時間監視していたのは許
してくれ、私たちは当初お前という人間を信用できなかった。 どん
なに情報を集めても何も情報の出てこないお前がな﹄
﹃一週間二人ともに模範的な生活をしてきていますし、今では周囲も
安定してくれていますが、今後もそうとは限りません﹄
﹃ひよっことはいえ今の状態でオルコットに万が一があると困る﹄
もし、イギリス代表候補生が素人に負けたらどうなるか。
イギリスの評判がガタ落ちするだろう。
候補生の名前をはく奪されるかもしれない。
専用機を奪われるかもしれない。
セシリア・オルコットは男子二人が所属する一組に手出ししにくく
66
?
なるような生徒側の要でなくてはならない。
﹃だから、お前は﹃素人が見たら善戦した﹄と錯覚させるように戦い、
最後に負けろ﹄
﹃私たちは教員ですから片方に肩入れはダメなんでしょうけど、お願
いします﹄
そして、この依頼を胸に戦闘に臨んだ小栗潤。
手足の先という命中させづらい場所を狙い打たせるために一芝居
うち、セシリアが厳しいコースを狙うことが出来たと判断した時には
回避せず当たった。
何度か自分からあたりに行ってしまったこともあるが、千冬も、真
耶も仕方がないと次第点を出した。
勿論小栗潤という人間が、専用機を持っているがどうとでもなると
思われればそれもまた悪い。
故に完全回避に専念することもあったし、あと一歩で代表候補生に
迫るところまで追い詰めもした。
これがセシリア・オルコット対小栗潤の間に起こった裏話の全てで
あった。
67
1│2 俺の頭﹁ここからいなくなれぇー
﹂
3│1 俺、実はツインテールの奴がニガテでさぁ⋮
繰り返し、繰り返しノートにメモを取っていく。
分からない箇所は自らが記載した解説を織り交る。
何処まで自分が知っているのか、何処まで分かっていないのかが
はっきりするまで妥協しない。
ノートがペンのインクで真っ黒に染まったあたりで一息ついた。
﹁おつかれ∼﹂
﹁ああ、ありがとう。 コーヒーか⋮⋮。 美味しそうだ﹂
﹁いやあ、毎日毎日、二時間は必ず勉強。 良く続くね﹂
﹁遅れている自覚はあるからな。 それに、俺の知識は偏りが酷くて、
逆に面倒になってる﹂
﹁確かにおぐりんの知識って、変だよね。 変に凸凹﹂
背中にからノートを覗き込み、ナギからマグカップを受け取る。
ノートの記述を興味深げに読むが、潤にとって真新しく、未知の物
だけが書き込んであるので相当穴だらけだ。
旧科学時代のパワードスーツを使い物にするために、その場でメン
テナンス、より詳しく言うと部品交換や、プログラミングする必要が
あった。
その時、相当な無茶をやって強引に色々な情報を引き出した結果が
コレだ。
ロボット工学にのって画期的な知識を得る一方、ISにとって無用
な長物を多数抱え込んでいる。
潤の知識の有用性が分かる組織へ、その知識を論文に纏め上げて提
出すればそれだけで一生遊んで暮らせそうだ。
それをやった際のデメリットが恐ろしいことこの上ないので、その
気はないが。
﹁これでまともに授業が受けられそうだ。 色々ありがと﹂
﹁う∼ん、なんか凄い複雑。 つい二週間前まで殆ど知らなかったの
68
!
に﹂
﹁あっという間だったねぇ。 基礎知識を身に着けるの﹂
入学後、癒子とナギに殆ど付きっ切りで勉強の面倒を見てもらっ
た。
ただ話題の中央に居座る潤か一夏と仲良くしたいと思い、家庭教師
の真似事をしただけだが、思いのほか潤の飲み込みがよく教えるのが
楽しくなってしまった。
他のクラスの人からは、ちょっと雰囲気が怖いと敬遠されがちだ
が、仲良くなって見ると意外と話せる人だと分かって入り浸る回数が
増えた。
潤に合わせて一日最低一時間の勉強は続けられたが、先ほどの会話
どおり、二週間後には一人で専門書すら読めるように慣熟した。
実に喜ばしかったが、それはそれで寂しくもある癒子とナギであっ
た。
69
信頼関係の構築といった意味では癒子とナギは大いに成功してい
る
いかに毒が効きにくい身体とはいえ、以前までの潤なら警戒して背
﹂
﹂
﹂
中に近寄らせるといった行為は嫌がったはずなのだから。
﹁││ん
﹁おぐりん、どうしたの
﹁いや││、なんだ、誰だ
こともしないはずなのに。
何時もは女の子のベッドがどうとか古風な事を言って腰を掛ける
ベッドを迂回すれば歩いていけるのに真っ直ぐ進む。
歩み寄る。
かったりしていた潤が、本音を押しのけ、ベッドの上を通り窓際まで
勉強終了後、本音も一緒になってだべる三人に加わったり加わらな
?
?
!?
││この方角は⋮⋮日本、違う。 もっと遠い。 ⋮⋮大陸、中国
か
?
何かが、潤に引き寄せられている。
一瞬脳に電流が走ったかのような、強烈な感じがした。
言葉にするのも難しいが、そうとしか表現できない。
この世界に来てやたら能力が低下したのに、これほど強烈な反応が
起こるとは。
﹁││嫌な感じだな。 胸騒ぎがする﹂
言い知れぬ不安を感じる潤。
何も知らない三人は、不思議そうにそんな潤を見ていた。
同時刻の中国で、日本に行こうとしたとある代表候補生が、同じよ
うな状況下におかれていた。
幼馴染の男がISを動かし、時の人になった。
その少女は、どうにもこうにもその幼馴染が気になって、再び日本
の地を踏もうとした瞬間、身体に電流見たいな何かがいきなり走っ
70
た。
﹂
身体がなにかに吸い込まれていっているような、そんな感じがす
る。
﹁この方角は⋮⋮日本
だが、進まなければ、皆死んでしまう
なっていなかった
老朽化した狭い通路は、既にエイリアンの進行を止める防壁には
いつ何時どこからエイリアンがまろび出てくるか分からない
ダクトから干からびた獣の遠吠えが響き渡る
だった
薄暗い通路の先にあったのは、腐肉を少しばかり残す人間の白骨体
│││
人が居るとは思いもせずに。
そんな胸中の呟きを、遥か彼方、IS学園で実際に口に出している
││嫌な感じだな。 胸騒ぎがする。
?
助けに来たのに、彼女は死んでしまう
あの、茶色の髪をした、ツインテールの、リボンのやけに似合う、翡
翠色の綺麗な瞳をした相棒が
通路に残る乾いた血と、茶色の様な壁を視界に収め前進すると、不
意に大きな金属音がした
ダクトに銃を向ける
﹂
通路先に最大限の警戒心を向け││
﹁⋮⋮っ
思わず唾を飲み込んで、背後の扉に向かって銃を構えた
明らかに人間のなせるものじゃない
やがてむせ返るような血の臭いが顔を顰めるほどに強くなった頃、
何かが扉の先に居るのに気づいた
小さい穴に眼を向け、何も逃すまいとしっかり見据える
パワードスーツで強化された眼でもって扉の穴を凝視すると、真っ
赤に血走った目と視線が合った
それは、今までにない、
例えようもなく、
凶悪で、
不快な、
悪意の込められた視線
それが悪霊なのか、エイリアンなのかは定かではない
しかし、それがどれほど凶悪で、人間にとって害のあるものか直感
で分った
震える手でメインの武器を高威力の銃に移し変え、いざという時の
ためにビームサーベルを展開できるように設定する
扉に向かって何時でも貫通銃を撃ち込める体勢を整える
更に眼を細め、あらゆる情報を逃すまいと扉の穴を凝視する
その穴から、真っ赤に血走った目と、どう見ても、人間の顔らしき
ものが眼に入った
二、三歳くらいの赤子の顔で、ただし目は人間らしからぬ異様な雰
囲気があった
71
!
違う、あれは人間ではない
嫉妬、怨念、殺意、絶望、悲哀、無念⋮⋮
それら全てを合わせたものよりはるかに強烈な、闇への誘い
そう
あれは人間というよりむしろ││
﹁死ね﹂
言い終わる前に扉に向かって、銃を撃つ
相手の生死安など二の次三の次とばかりに立て続けに、二発、三発
と扉越しに潜む何かに撃ち込んでいく
煙の向こう側、扉の穴は変わらず小さいままだが連射したせいで各
所に出来上がっている
その穴の向こう側で、真っ赤に血走った目が此方を見据えていた
扉越しに居座る人間らしき﹃それ﹄は、扉の穴から怒り狂った赤い
目で再度部屋の内部を見渡すと、
﹂
貴方と相棒になれた私は幸運だわ
⋮⋮そう、私を此処にこさせた⋮⋮
﹂
!
72
有ろうことか僅かな穴から体をねじ込んで目の前に現れる、その姿
は││
﹁リリム
潤、そこにいるの
この旧科学時代の遺跡は、今ま
!
でにないファンタスティックな場所よ
あなたの言う通りだったわ、潤
?
あなたが私を殺した
﹁うぉおああああ
!
!
!?
自分ですら戸惑うほど寝汗をかき、ベッドから跳ね起きた。
随分と昔のことなのに、未だに自分とパワードスーツを巡り合せた
旧科学時代の、化学兵器を発端にしたバイオハザードを夢に見る。
先行調査団救助部隊、追加部隊、一人を残し全員死亡。
気の狂った先行調査隊を何名か残して、文字通り部隊は全滅した。
化学兵器に感染した、戦友を思い出す。
血まみれになり、真っ赤に血走った奈落の様な瞳を向けた相棒を。
顔を思い出すと同時に、どうしようもない不快感が喉を突き上げ
た。
急いで洗面台に向かって、胃の中の物を嘔吐していく。
﹁ご、はぁ、お、おう⋮⋮ぇ。 ふっ、ふぅっ、ぐ、うぉおぇ⋮⋮﹂
我慢しようとしても、胃の中が空になっても、口から出るのが胃液
だけになろうと止まらない。
胃酸で喉が焼きつくように痛み、不快感もはっきり胃に残ってい
る。
迸る吐き気から、もう一度洗面台に顔を下げる。
すると急に電気がつき、後ろから誰かが背中を擦りだした。
誰かというがこの部屋には小栗潤と布仏本音の二人しかいない。
﹁わ、わる、い﹂
﹁いいよ、無理しないで全部吐いちゃいなよ﹂
暫く吐き気は収まらなかったが、背中を優しく擦られる内に徐々に
収まってきた。
口を洗い流す。
洗面台もさっと水洗いするが、酸っぱい匂いだけはどうしようもな
い。
寝室に戻るとマグカップを二つ、手に持つ本音がいた。
﹁はい、ぬるいホットミルク﹂
促されるままマグカップを片方受け取った。
﹁⋮⋮起こしてわるかったな﹂
受け取ったホットミルクを一口飲んでから、最初に潤の口から出た
のはそんな言葉だった。
73
時計の針は三時を指している。
普段から朝起きれない本音が、起きてしまうほど魘されていた、と
いうからには結構な騒音だったのだろう。
﹁別にいいよ、気にしないから﹂
潤の隣に座り、ちびちびミルクをうまうまと声に出して飲む彼女は
何時も通りにそう言った。
あれだけ魘されていた、叫んで洗面台に行き、嘔吐して気分を害し
た。
それでも深くは追及してこない心遣いが、今の潤にはありがたいも
のだった。
気づけば、涙が頬を伝っていた。
手に水が当たったのを見て、ようやく自分が泣いているのに気づ
く。
﹂
マグカップを握り締めた。
﹁おぐりん
﹁なんで今さら、どうして今になって、あいつの夢なんか見るんだよ
⋮⋮﹂
と確信するが、それはどういう意味
確かに以前は毎日のように見ていたが、此処最近はみなくなってい
たのに。
寝る前の、あれが原因かな
なのだろうか。
いながら。
他人の体温が傍にあるだけで、ぐっすりと眠れることを不思議に思
りについていた。
優しい手つきで後頭部を撫でられながら、いつの間にかそのまま眠
﹁いいからいいから﹂
﹁いや、布仏、これは⋮⋮﹂
うに抱きしめた。
そのまま、しばらく眺めるだけだったが不意に潤の頭をかかえるよ
本音がさらに近づき顔をのぞき込む。
リリムが、この世界に居るとでも言うのだろうか。
?
74
?
そして、朝おきて猛烈な自己嫌悪に襲われる潤がいた。
⋮⋮俺はロリコンか。
肉体的や精神的は差し置いても、数え年で二十八近くまで生きてい
たというのに。
十五年位も異世界にいて、まともに自己意識があったのが六年位だ
けだったとか、そんな事実なんて対した問題じゃない。
朝おきたら本音の胸に顔を埋めているとか。
﹂
なぜこの状態で熟睡できたのか、潤自身全く理解が及んでない。
﹁肉体が精神を引っ張っているのか
ちらっと、狐のような、着ぐるみのような姿で寝続けている少女を
見る。
男はそういうもので、女とはそういうもの、なのかもしれない。
右手で頬に触れた。
﹁ありがとな⋮⋮﹂
久しぶりにいい目覚めができた。
思うところはあるもののここの生活は悪くない。
そう考えて、ふと時計を見る。
の、布仏ぇ
起きろぉぉ
﹂
!
凶悪に実った胸の果肉がプルプル震えようが関係ないのである。
セクハラで訴えられたら負けるが。
│││
小栗潤と織斑一夏の模擬戦は、表向きはアリーナの専有時間が無く
なったという理由で延期になった。
空中機動制御で許容誤差数cmの戦いができる男と、素晴らしいセ
ンスを見せたとしても未熟さが手にとってわかる男では勝負になら
75
?
針はこのままでは遅刻確定となる時間をさしていた。
﹁⋮⋮はっ
!
今日この日、潤の中で布仏本音に対する遠慮というものが薄れた。
!?
ない。
それに、試合前に施したチョンボがセシリアにバレてしまうかもし
れない。
潤の打鉄・カスタムは事前にコンソールにアクセスし、シールドエ
ネルギーが減りやすいよう設定し、瞬時加速にエネルギーを過剰使用
するように注意している。
教師二人共に、潤が必ず瞬時加速を使用できると判断したのは、既
にあのエンジントラブルで使っていたからである。
しかも、着陸の際にはセシリア戦よりもシビアな許容誤差の範囲で
機動制御を見せていた。
まるで、企業が専有している優良パイロットのような機動。
もしも、この稼働時間と実力の矛盾を天性の感覚によって促された
才能と考える人に、異世界の潤の知人が気づけばこう訂正しただろ
う。
た﹂
今日はISの実践授業。
織斑、オルコット、飛んで
せっかくISを保有していた潤だが、データ取得のために手元を離
れていた。
データを見て、ついでに一夏の戦闘を映像で見た技術者が真っ青な
顔をしていたのが妙に印象的だった、と立ち会った真耶は後に語っ
た。
ISスーツ、スクール水着+ニーソだよな。 誰が考案したんだマ
76
以前使用していたパイロットのイイトコ取りしたイカサマ野郎で
す、と。
閑話休題
﹂
﹁今から基本的な飛行操縦の実践をする
みろ﹂
﹁せんせー、おぐりんはー
!
﹁小栗の打鉄・カスタムは取得したデータ解析の為、技術者が持ち帰っ
?
ニアックな⋮⋮。
当の潤はそんな技術者の顔色も、本音と千冬の会話もどこ吹く風
だった。
﹁どうした織斑、早くISを展開しろ﹂
空、流石に異世界と比べると少し汚いな、と全く授業と関係ないこ
としか考えてない潤を差し置いて一夏が怒られていた。
右腕にガントレットを掴みながら叫び、ようやく白式を展開する。
白式の待機形態は右腕のガントレット。
ブルー・ティアーズは左耳のイヤーカフス。
打鉄・カスタムは腕時計。
ところで多大な容量をくっていた量産機用待機状態装置は、現場の
声、流石にブレードしか積めないとかありえない、との声によってお
蔵入りになったらしい。
﹁よし、翔べ﹂
77
﹁了解しました﹂
千冬の声と共にブルー・ティアーズは急上昇し空で静止。
﹂
﹂
白式は不安定になって横にそれたが無事に上昇していった。
﹂
﹁ねっ、小栗くん﹂
﹁ん
﹁ISで飛ぶってどんな感じなの
﹁入試の時点で教官と模擬戦するんじゃないのか
背後から抱きつく癒子を引っペがす。
﹁えー、いい筋肉してるのにぃ﹂
と思うが。 それと、癒子離れろ。 体をペタペタ触るな﹂
﹁うーん、ほぼ感覚的な部分があるからな、乗ってみないとわからない
る。
ようやく話しかけやすくなった、とは本音と仲のいい癒子談であ
なった結果、一人で居たいという雰囲気が改善した。
入学当初からどこか世離れした潤だったが、本音との仲が良好に
み行うらしい。
近くにいた癒子と話をすると、どうやら代表候補生等一部の生徒の
?
?
?
昨日、潤の腹筋すげぇなと一夏が言ったように潤の体はよく鍛えら
れている。
戦争で剣を持って近接戦をする人間なのだからある種当然だが、近
代兵器はびこる現代ではここまで鍛える必要はない。
﹁次は急降下して、地上十cmで静止しろ﹂
千冬の言葉に従ってセシリアが急降下して、地上ギリギリで停止す
る。
一夏はと言うと、││轟音。
有り余るISの推力をそのままグランドにぶつけ、着弾地点に巨大
なクレーターを作成して爆発的に土埃を巻き上げた。
﹁⋮⋮なんでだよ﹂
周囲の少女たちの悲鳴にかき消されながら、先日の戦闘と打って変
わって不器用な一夏に疑問を投げかける潤がいた。
78
その授業終了後、一夏は売られていく子牛の様に、トボトボと、グ
ランド脇に積みあがった土を一輪運搬車に乗せて歩く。
無残になったグランドを埋め立てるよう言われていたからだ。
﹁ドナドナドナ∼ドナ∼土を乗∼せ∼て﹂
とりあえず運搬した土をグランドの穴に入れていく。
ほんのちょびっとしか積もらないクレーターを見て、何往復必要な
のか試算してみた。
ちょっと考えてみて百往復。
げんなりしていると、不意に隣からも土を入れる誰かが居た。
﹂
﹁一人より二人の方が早いだろ。 さっさと片付けるぞ﹂
﹁潤∼
突っ掛ってくるし、やっぱ持つべきものは男友達だよな﹂
﹁千冬姉はバンバン殴るし、箒は小言ばかり言うし、セシリアは変に
潤は、一人で一夏のグランド整備に手を貸すことにした。
肉体労働を女子に手伝ってもらうのは効率の面から除外していた
軍隊は基本的に連帯責任。
﹁抱きつくんじゃない﹂
!
﹁そうか。 確かに気は楽だな﹂
﹁大体箒はなんなんだよ、木刀で殴るとかありえねぇよ
﹂
﹁本人の目の前で、ブラジャーつけるようになったんだな、はどうかと
思うぞ﹂
﹁千冬姉はなんで俺をあんなに殴るかね。 暴力発言も多いし、どう
なっているんだよ﹂
﹁確かに教官として優良なタイプだが、教師としてはどうだろうとは
思うが⋮⋮﹂
大半はお前のせいだ、という言葉を何とか呑み込んで返答する潤。
織斑一夏という男、どうやらかなり鈍感らしい。
言葉を交わした回数が片手ほどの潤ですら、篠ノ之箒が一夏に対し
て特別な感情を抱いているのに気付いているというのに。
公私を分別できない人間を躾けるのは教官の務めであり、殴られて
もしょうがない。
新人教育を織斑千冬が教官をするなら潤も優良だと認められる。
しかし、軍属以外の人間を教育するのは苦手そうだとも思っている
が。
﹁よし、元通り、とはいかないが、これなら文句は言われまい﹂
﹁悪いな手伝ってもらって﹂
﹁いい、俺は気にしない﹂
﹁いや、俺が気にするって、なんか飲み物でもおごるさ﹂
﹁⋮⋮そうか、なら寮に帰って一緒に休むか﹂
﹁おう﹂
女子の噂。
布仏さんと少し仲良くなった後︵付き合いだしたわけじゃないとの
こと︶、潤くんに話しかけやすくなった。
結構強引に押せば、頼み事は拒否されない。
寮への帰り道、その噂が真実であったことを確信した一夏だった。
79
!
﹂
3 │ 2 胸 騒 ぎ が す る。 ち ょ っ と 外 の 様 子 見 て く
る
﹄
﹁織斑君クラス代表決定おめでとう
﹃おめでとー
パン、パンとクラッカーが鳴る。
アが左を固める。
潤の方がいいんじゃないか
?
潤もセシリアの左へ座らされた。
﹁なんで俺がクラス代表なんだ
﹂
あれよあれよと促されるまま、一夏が中央へ座り、箒が右、セシリ
文字。
そして目に入る壁紙には﹃織斑一夏クラス代表就任パーティー﹄の
られ、彼女らの目的地、食堂まで連行された。
は、待っていましたと言わんばかりの表情をしたクラスメイトに連れ
一夏とともに、グランドにあいた大穴を塞いで寮に帰ってきた二人
!
﹂
﹁あら、今さら他人行儀ですわね。 セシリアでよくってよ、潤さん
いさ﹂
が低い量産機だから、花のある専用機持ちがいるならそいつの方がい
宿までに完成を目指すらしいし、それまではデータ取得用のスペック
﹁俺はオルコットを推薦した身だからな。 なにより俺の専用機は合
?
﹁次こそは、その澄ました顔にわたくしのブルー・ティアーズを命中さ
せて完膚なきまでに叩きのめしてさしあげますわ。 それまで、この
セシリア・オルコットの好敵手として、名前で呼んで結構です﹂
﹁⋮⋮そうか、卒業までにかなうといいな﹂
﹁それでこそ﹂
普段通りの潤、不敵な笑みを浮かべるセシリア。
それは両者の静かな宣戦布告だった。
﹁ちょっと待て。 それで俺がどうしてクラス代表になるんだよ﹂
80
!
﹁なんだいきなり﹂
?
﹁それは、わたくしがクラス代表を辞退したからですわ。 勝負の区
別はつきましたけど、考えてみれば代表候補生のわたくしが勝つのは
セ
当然。 大人げなく怒ったことを反省してお譲りいたしましたの﹂
﹁⋮⋮良かったな、貸し借りが無くなったぞ﹂
﹁ちくしょーめ﹂
﹂
こっち向いてー、私は新聞部、黛薫子、よろしくね
項垂れる一夏の声は、若干震えていた。
﹁はーい
シリアさん、小栗君、織斑君、写真一枚いいかな
﹁俺は結構です﹂
!
﹂
﹁OH、噂通りのクールガイ。 でも私も部長命令でね∼。 協力し
てね∼﹂
﹁いや、だから⋮⋮﹂
﹁協力してね∼﹂
﹁ですから⋮⋮﹂
﹁協力してね∼﹂
﹁俺を馬鹿にしているのか
﹁それじゃあ、撮るよー。 三十五
﹁七十四.三七五﹂
﹁はい正解﹂
五十一
二十四は
÷
﹂
それを頼みごとと言っていいのかどうかは定かでないが。
小栗潤、頼みごとの強制には弱いのである。
無限ループに陥った二人に助け船を出す癒子と本音。
﹁はいはい、握手握手﹂
﹁はい、おぐりん、せっしーとおりむーと握手しようねー﹂
?
?
途中から潤の姿は見えなくなっており、一夏の肩身が随分狭くなっ
斑一夏クラス代表就任パーティー﹄を二十二時まで続けた。
ともあれ、謎の行動力とテンションを維持したクラスメイトは﹃織
おかげでぎゅうぎゅう詰めになったが。
ぼ全員が入り込んだ。
と何故か三人で取っていたはずの写真に、恐るべき行動力で一組ほ
カシャっと独特の機械音を鳴らしシャッターがきられる。
×
81
?
!
ていたが。
食堂の喧騒を抜け、夜の校内を彷徨う人影が一つ。
何時になく真剣な表情で練り歩くのは、この学園二人だけの男子が
片割れ、小栗潤である。
取り残されて肩身を狭くしている一夏を放ってまで彼がここを歩
いているのは、ちょっとした直感からだった。
魔法を使えるものは魔力を持つ者を感知できる。
当然感知されにくくする術もある。
しかし、戦場ともなれば隠すものも少なく、開戦直後には魔力が津
波の様に兵を飲み込むのだ。
それを指して人は、
﹃敵が来る﹄とか、
﹃不穏な気配がする﹄と言う
のだ。
そして、今。
82
潤の肌に、その慣れ親しんだ波が押し寄せている。
つまり、魔力を持つか、そうでなくとも無意識的にそれに準ずる何
かが出来る存在が近くに来ている。
﹂
鋭敏にそれを察した潤は、いてもたっても居られなくなり外に出て
きてしまったのだ。
﹁誰なんだ⋮⋮、誰かいないのか
堵でも、懐古でもなく、恐怖だった。
街灯が、その姿を徐々に鮮明にさせた時、潤の頭を支配したのは、安
その悲痛な声を聞いたか聞かないか、誰かが暗闇から姿を現した。
﹁誰か⋮⋮誰か⋮⋮﹂
支えあえる相手が欲しい。
心の底から理解しあえるならば、例え嘗ての敵であろうとも、共に
この際誰でもいい、ジョンでもいい、本当に誰でもいい。
が、大人にとって過去とは未来と同じくらい重要なのである。
懐かしいってそんなにいい事なのか、未来を望む子供はそう言う
うに心地いい。
過去に常に浴びていた波は、最早自分がいつも使っている布団のよ
!?
茶色の髪
ツインテール
リボン
翡翠色の瞳
その姿は紛れもなく││
﹁リリム⋮⋮﹂
朝の夢が頭によみがえる。
彼女は先行調査団現場責任者、そして二度と祖国の地を踏むことな
く、遺跡の闇に紛れて自殺したパートナー。
﹂
﹂
そして、その遺跡調査団に責任者として彼女を推薦したのが、他な
らぬ潤だった。
﹁ねえ、アンタ﹂
ケンカ売ってんの
﹁いい加減にしろ⋮⋮。 俺の頭から出ていけ、お前は死んだんだ
﹁││はぁ
!
﹂
その声に、突然のことで錯乱状態にあった潤は混乱した。
た。
記憶にある、どんな場面のリリムより遙かに活気な声が場を制し
?
アンタ頭おかしい人なの ⋮⋮いや、記憶喪失だったっけ
?
?
国籍も過去も全くの不明、祖国中国でも自国との関連性はあるのか
ないのか下らない論争が起きていた。
潤の目の前にいる少女は、そんな記憶に障害のある男より、馴染み
深い最初の男の方が気になっていたが。
﹁べ、別人なの、だった、でしたか。 すまない、ません、昔の知人に
あまりに似ていたもので、しょう、な﹂
﹁こっちを向いて喋りなさいよ、混乱中の勘違い男﹂
﹂
﹁頼む、髪の色を変えるか、髪型を変えるか、瞳の色を変えるか、眼鏡
を掛けるか、身長を伸ばしてくれ﹂
﹁やっぱり、ケンカ売ってるでしょ
?
83
?
﹁声色まで一緒、リリムが⋮⋮二人
﹁何
﹂
?
ニュースで流れたもう一人の男、小栗潤。
?
どれか一つでもやれば、印象がだいぶ変わるものばかりである。
アンタ案内しなさいよ
﹂
そして、この少女はとある部分限定の身体的特徴に、コンプレック
スがあった。
﹁それよりIS学園の受付ってどこよ
!
る。
それはいい趣味だ、ようやくお前と仲良くやれそうだ﹂
これといってないけど、料理かな﹂
﹁ところで、お前の趣味、いや好きなものはなんだ
﹁趣味
﹂
もし、このIS学園においてその趣味が一致でもしたら大惨事にな
たくなった。
そこで、潤がリリムを最も受け付けられなかった趣味について聞き
一緒に歩きながら、総合事務受付まで進んでいく。
過去に出会った相棒と果てしなくそっくりなこの少女。
﹁性根まで一緒か、まったく。 ほらボストンバック持ってやるよ﹂
?
﹁ちょっと待ったー
﹂
食堂で行われていたパーティーも終わっているだろう。
時間はそろそろ二十二時。
結局その後は総合事務受付の窓口まで案内した。
を潤は心底嫌っていた。
頭が固いわけではいが、スケスケのネグリジェで公務を行うリリム
の潤は若かった。
彼女の適性がサキュバスなので、しょうがないと割り切るには当時
趣味は、好きなものを集めての放送禁止の性的行為とオ○ニー。
リリムの好きなものは、美人と、美少年、自分。
﹁そうか
?
た。
﹁アンター、名前はー
﹂
﹂
凰鈴音
!
案内ありがとねー
﹂
鈴のカラッとした性格に、彼女と会う前のもやもやした感情は何時
!
﹁小栗潤
﹁中国代表候補生
!
寮に歩いて帰ろうとした潤の背に、時間帯など顧みない声が届い
!
どうやら性格には大きな違いがあったようだ。
!
!
84
!
?
しかなくなっていた。
﹁ただいま﹂
﹂
﹁おかえりー、お菓子にする
し
﹂
﹁ナギで﹂
﹁え
﹁ナギで﹂
1030号室。
シャワー浴びる
それともあ・た・
?
殺しに走る。
﹁ど、どうぞ召し上がって下さい
!
﹁なんか良いことあったの
﹂
何時もの二人は大浴場に行ったらしい。
ハンガーに上着をかける。
顔を真っ赤にして身を預けてきたナギをそのままベッドに座らせ、
﹁ボケ殺しをボケ殺しで返すな﹂
﹂
とても懐かしい古典的なギャグを聞いたので、これまた古典的ボケ
部屋にいたのは鏡ナギただ一人。
?
だけ気が楽になった、良かったよ﹂
?
そして、その夜。
ナギはこの画像ファイルを宝物にすることを決めた。
らお菓子を食べる姿が激写された。
無表情の仮面をかぶっているとさえ女子に言われる男が、微笑なが
笑ったことのない男、小栗潤。
そろそろ学園生活も一ヶ月も経とうかというのに、今まで一回も
心を惹かれて、ついつい携帯のカメラで撮影してしまった。
ナギの頭は混乱したが、初めて笑みを浮かべている目の前の男性に
いる。
生理的に嫌いな相手と似た姿の知人、それに会って嬉しそうにして
﹁いや、生理的に受けつけないほど嫌いだった﹂
﹁もしかして、好きな女の子だったとか
﹂
﹁昔の知人に良く似た奴に会った。 似ているだけの別人だが、少し
?
85
?
!?
潤はアグレッシブなリリムに肉体的に迫られるという悪夢を見て、
良かった機嫌がぶっ飛んだ。
│││
パトリア・グループ 本社。
そこの会議室には、ISの武装関連においてその人ありといわれ
る、パトリア・グループの重鎮が集まっていた。
﹁では、専用機開発のコンペ結果の発表を始めてくれ﹂
話し合われるのは、勿論潤の専用機に関することである。
元をたどれば彼らは専用機をいきなり作り出す気は無かった。
IS委員会から、男性適合者・小栗潤の専用機開発の一括受託を請
け負った際に、まず考えたことは、機体を一から作ることのノウハウ
の無さだった。
それゆえ、開発陣と企画陣の反発を抑えつつ、安易な開発スタート
は考えずに、堅実的かつ現実的な案を練ることから始めた。。
保守・運用方面から実績のある第二世代型ISを基本とし、潤の成
長に合わせて拡張機能を順次追加、七月の合宿においてサード・パー
ティーの拡張まで到達できれば上出来。
機体のデータを収集する傍ら、専用機開発の時間を取り、機体開発
のノウハウを蓄積しようと思っていたのだ。
しかし、それも過去のものだ。
一夏の専用機の性能もそうだし、ファースト・シフト終了時点で単
一使用能力の発現もそうである。
なにより問題だったのは、当の潤本人の実力。
イギリス代表候補生との模擬戦時において、総合的に考えればフィ
ンランド代表を蹴落としかねない次元にいたことだった。
﹁しかし、見事なものだ。 機動制御に関して飛びぬけた潜在能力を
有しているのは分かっていたが⋮⋮﹂
﹁まさか、全体の能力でも二番、三番についているとは⋮⋮﹂
間違いなく、二、三年後には││フィンランドで最高の使い手にな
86
る。
データを見る限りそう判断するしかない。
そんな人間を、データ取得用の試験機に乗せたせいで、一回の戦闘
で随分機体が傷んでいる。
一回のみの出番だったので機体はまだまだ安定稼動できるし、しっ
かりとした整備をすれば今後も問題ない。
しかし、潤にとって全力を出し切れない、満足できない機体を提供
していることは間違いない。
﹁まあ、こんな予測できるはずも無い﹂
﹁彼の能力を完全に出し切れる機体を提供する、もうそれしかないの
です。 後は前進あるのみですよ﹂
もう拡張機能を重視した、性能を抑えた第二世代など提供できるは
ずが無い。
最終的に一夏の件も含めてパトリア・グループの上層部は、こう判
断した。
従来のパーツなどをなるべく流用した機体設計を機軸とすること
による生産のし﹃易さ﹄と信頼性の高さを求め、それに伴って早期に
基礎を固めて完成までの期間を短縮可能といった開発の﹃早さ﹄、使い
手本人の力量を頼りにすることで、使い勝手の良さを犠牲に潤の機動
センスを遺憾なく発揮可能な﹃ウマミ﹄。
﹃ウマミ﹄は強引な感じがするものの、ようは﹃ヤスイ・ハヤイ・ウマ
イ﹄である。
ただ、基本的なISの性能は高いものを作れるし、機体構造を単純
化することで各部の耐久性も高く出来るが、これでは潤の能力を生か
しきれない。
そこで、今日の会議では、第三世代の特徴でもあるイメージ・イン
ターフェイスを用いることで、潤の機動センスを余すところなく発揮
できる、﹃ある物﹄の企画会議を開くこととなったのだ。
﹁では、報告を始めます。 お手元の端末をご覧ください﹂
企画部から満を持して提出された企画が、端末に表示されている。
そして社長は、その企画に関する報告を聞きながら頭を悩まさなけ
87
ればならなかった。
企画部の責任者が、浮ついた雰囲気で報告を述べている。
しかし、こう思わざるを得ないのだ。
お前らふざけているのだろう、と。
企業の特色として、珍しいタイプの社員が集まっているのは当然
知ってはいたが、ここまで酷いとは考えていなかった。
﹃こんなものを作って喜ぶ変態どもめが﹄、と達観を含んだため息と呟
きは、幸いにも誰にも聞かれなかった。
発表が終わりに近づき、あと一つの機体設計書を残すのみになった
ときに、遂に社長の堪忍袋の緒が切れた。
彼が鶴の一声で会議を中断させると、震える手でメガネを外す。
﹁企画部責任者、Goサインを出した開発部関連のメンバー以外は退
室してくれ﹂
ぞろぞろと提出していく役員、各部の責任者たち。
普通に考えれば高機動型を主軸にしたものを考えるは
そこまでしてやる理由がわからないし、本当にやろうとするとも思わ
!
お前らが妙にやる気だったから任せた、すでに設計図まで
なかった
ずだろ
!
よ、お前らなんて大っ嫌いだ
このキ○ガイ
﹂
﹂
ち
稼働時間が十時間もないのにこの機動制御、しかもE
﹂
EGが過去最高の計測結果 パイロットもパイロットだよ
﹁うるせえ
﹁いくら社長とはいえ失礼です。 撤回してください﹂
!
くしょーめぇぇぇぇえええ
!!!! !
!
ぱい机に叩きつける。
一層大きな声を張り上げ、苛立ちからか、持っていたペンを力いっ
!
よ
﹁大気圏突破したり、一日で地球一周できる機体なんていらねぇんだ
!
!
﹁ちゃんと高機動型でコンセプトが出来ているじゃありませんか
﹂
あたためているやつも居ますと言ったからだ。 その結果がコレだ
!
88
一方浮かばれない顔で何人かが会議室に残る。
なんだこの﹃どうしてこうなったのか
﹁ふざけてるんじゃないぞ
!
欽ちゃんの仮装大賞じゃねぇんだ
はわからない﹄面白企画は
!
!
それでも怒りは静まらない。
肝心の機体は何一つ
それでもコレはねぇん
ノウハウが無いのは知っている、無理を通さな
﹁お前らは今まで世界常識の何を学んだんだ
まともな物がない
ければ道理が邪魔をするのは知っている
﹂
力なく頭を抱える社長。
だよぉ
!
﹁なんだ
﹂
﹁あの、社長
﹂
﹁とりあえず⋮⋮、最後の一つを聞こうか⋮⋮、今日はそれで終いだ﹂
企画部開発部そうほうの部長がソワソワし始める。
!
!
⋮⋮
な、なんたることだ⋮⋮
﹂
﹁こ れ は ⋮⋮、こ の 性 能 は ⋮⋮ な ん だ。 第 二 世 代 が ま る で 玩 具 だ。
そして、その苛立ちは、あるものを見た瞬間驚愕に変わった。
に、機体の草案から用意されているこの企画書にイラつきながら。
機体設計は単純化した上で着工期間を短くする、と決めているの
を通しだした。
社長はイージーミスだろうと、さほど気にせずその詳細設計書に目
思い込んでいた一同が困惑する。
発表が終了したから総括として、この話をされているものとばかり
﹁我々の企画案は、全て発表が終わっているのですが⋮⋮﹂
?
今日この日、潤の専用機開発は静かに、深いところから進みだした。
!?
89
!
?
!?
布仏
﹂
3│3 もう何も恐くない、だってツインがいるもの
﹁起きろー
﹂
?
﹂
昨日の機嫌の良さは何処に行ったの
﹂
癒子が潤の頬を釣り上げて無理やり唇を曲げる。
﹁ホラホラ、笑って笑って﹂
﹁いや、昨日はなんか笑ってたじゃん。 ケータイ見る
﹁ちょっとな。 顔に出てたか
﹁なんか機嫌悪い
扉の前で待っていると、隣室からナギと癒子が出てきた。
﹁ああ、おはよう﹂
﹁おはよー﹂
﹁小栗くん、おはよ﹂
薄ら寒いあのちんちくりんめが、吐き気がする。
今思い返しても怖気が走る。
リリムが鈴のようにアグレッシブになって襲いかかってくる夢。
朝から潤の機嫌はすこぶる悪い。
外へ。
耳を澄まして衣擦れの音を聞き、起きていることを確信して部屋の
背を押して洗面所に押し込む。
﹁ぅぅん、わかったー﹂
﹁これ制服、下着を替えるなら自分で用意。 さ、着替えてこい﹂
戻る。
そうしないとこのルームメイト、再び目を閉じて夢の世界の住人に
る。
少しでも目を開いて反応したら、両脇を持ち上げて強引に立たせ
最近は無理やり起こすのをやめた。
響く。
結局時計は意味をなさず、今日も今日とて潤の大声が1030号室
!
﹁私も生で見てみたいから、今度は私の前でも笑ってねー﹂
﹁あははは、ないわー、これはないわー﹂
口だけ笑い、目だけ何時もどおり、そんな潤が完成した。
?
?
?
90
!
女子って、朝からあんなに元気で疲れないのだろうか。
軽くため息を付きながら、そんなこんなしている間に制服姿の布仏
﹂
が扉から出てくる。
﹁どったの
﹁⋮⋮いや﹂
布仏をじっと見てのほほん成分を取得する。
ダウナー常時放出中、一夏曰くのほほんさん。
うん、この位で丁度いい。
﹁よし、食堂行くか﹂
│││
﹁おう、潤、おはよう﹂
﹁相変わらず、よく朝からそんなに食えるな﹂
﹁朝 だ か ら 食 べ る ん だ。 潤 み た い に 朝 か ら 少 食 な ん て 健 康 に 悪 い
ぞ﹂
何時もどおりの朝食。
最もらしい理由を付けていたものの、結局姉の真似で朝食をよく取
るようになった一夏に、心の底からシスコン乙と反論する。
朝のメニューを見ていると、とある料理に目が留まった。
普段目もくれないこってりした料理ではあるが、何故か抗いがたい
懐かしさに頼んでしまった。
﹁醤油ラーメン、にんにく抜きで﹂
﹂
湯気の立ち昇る、結構美味しそうなラーメンが盆に乗る。
﹁朝からラーメンなんて珍しいな﹂
﹁││何で、ラーメンなんか頼んだんだ、俺は
不安に答える者はいなかった。
少しばかりパニックに陥り、周囲を見渡す。
い。
普段気にも留めないメニューの、しかも朝からこんな量はいらな
そこでようやく潤は自分の行動に疑問を抱いた。
?
91
?
│││
﹂
﹁ねぇ、二組に来るっていう転校生の噂、知ってる
﹁⋮⋮もしかして、中国代表候補生か
﹁おおっ、話が早いね﹂
﹂
?
がいい。
?
﹂
﹁どうしたんだよ。 転校生と何かあったのか
﹂
一夏の周囲に集まったクラスメイトも若干驚く。
どはっきりとした嫌悪の感情が潤の顔色からわかった。
言いよどんでいるか、何かを懐かしんで戦慄するかのようで、だけ
﹁ちょ、なんだよその答え﹂
﹁⋮⋮っち、俺は何も知らん﹂
﹁どんな奴なんだ
あのポーズ、妙に安定しているが練習したんだろうか。
相変わらず妙なポーズを決めて、セシリアが話に割ってはいる。
﹁代表候補生であるわたくしを危ぶんでの転入かしら
﹂
癒子が一夏の隣の席なので若干居やすいのも相まって、結構居心地
ので教室まで一緒についてきた。
朝食を殆ど一夏に押し付けた事もあって、妙な後ろめたさがあった
﹁昨日、それらしき奴に会ってな。 はぁ﹂
?
それらも同様の事実を雄弁に物語っている。
聞。
飛行機から回収されたバッグにあったのは、ここ数年の雑誌や新
もそう判断した事柄。
ニュースで報道され、マスコミがある程度裏付けしており、委員会
小栗潤は記憶喪失状態にある。
いや、もう外見、いや趣味以外は完全に同一人物という感じでな﹂
﹁いや、その、⋮⋮なんというか、昔の知人に尽く特徴が一致してな。
?
どんな奴なんだ、その潤の知り合い﹂
92
?
その潤の、過去に関わるかもしれない人物。
﹁へえ
!
﹁いい加減、空気を読まない、TPOを守らない、自己中で、人に厄介
事ばかり押し付けて、趣味が最悪で、最後の最後で⋮⋮、いや最後二
つは忘れてくれ﹂
﹁ふーん、なんか色々嫌な所もあったみたいだけど、仲は良かったんだ
な﹂
一夏は妙な表情をしながらも、ちょっとだけ嬉しそうな潤にそう
言った。
﹂
昨晩のナギしかり、一夏もクラスメイトも潤が笑った顔を見たこと
は今までなかった。
﹁⋮⋮恐ろしいことを言うのはよせ﹂
﹁何だよ、その反応。 お前そんなキャラだっけ
う一夏。
﹁で、その背格好は
﹂
﹁一夏⋮⋮気になるのか
﹁織斑くん絶対にクラス対抗、勝ってね
﹂
﹁織斑くんが勝つとクラスみんなが幸せだよー﹂
ていた。
そんなガツガツしたら男も困るぞ、と潤は若干年寄り臭い事を考え
転入生を気にしただけで怒るのはどうなのだろうか。
の扱いがひどい。
しかし、いくら箒の性格が口より手が早い、といっても流石に一夏
相変わらず一夏は女心に疎い。
﹁少しはな﹂
﹂
本気で嬉しそうで、本気で嫌そうで、そんな妙な表情を不思議に思
?
が集合していた。
!
﹁そう言われても最近は基礎機動制御で詰まってるしなぁ﹂
﹁聞いたところ専用機持ちって後は四組しかいないから余裕だよ
誰かがそういった。
﹂
一夏を囲って好き勝手鼓舞していたら、いつの間にかクラスの大半
から﹂
﹁お金がっぽがっぽで、懐ほっかほか。 そんな未来が待ってるんだ
!
93
?
?
﹂
その瞬間、クラスに凛とした声が響く。
﹁その情報、古いよ
そう言って現れたのは昨晩潤の前に現れたツインテールだった。
﹁今日から二組も専用機持ちがクラス代表。 そう簡単には優勝でき
ないから﹂
﹂
どーしてくれんのよっ
﹂
と い う か 潤 の 知 り 合 い っ て 鈴 と
な、なんで昨晩会っただけのアンタにそこまで言わ
﹁なんだそのカッコ付け、全然似合ってないぞ。 気色悪い、早く正気
に戻れ﹂
﹁んなっ⋮⋮
れなきゃいけないのよ
﹂
﹁⋮⋮ 鈴 お 前、ま さ か 鈴 か
そっくりなのかよ
﹁だー、もう色々台無しじゃない
戻れ。
ち、千冬さん⋮⋮﹂
﹁おぐりん、大丈夫
﹂
随分とアグレッシブだなリリム、頭痛しかしねぇよ艶やかな性格に
る。
苛立たしげに揺れるリボンを目で追いつつ、潤の眉間の皺が深くな
地団駄を踏み、ツインテールを振り乱し帰っていった。
﹁す、すみません⋮⋮﹂
﹁織斑先生と呼べ。 さっさと自分のクラスに戻れ、邪魔だ﹂
しれない。
残念そうな顔から察するに、出席簿アタックを楽しんでいるのかも
潤評価﹁教官﹂、一夏評価﹁鬼教官﹂。
だった。
出 席 簿 を 今 に も 振 り お ろ そ う と し て い た 背 後 の 人 物 は 新 兵 教 官
﹁うしろ∼
それと後ろを見ろ﹂
﹁台無しなのはお前の頭だ。 最初から普通にやればいいだろうに、
!
!?
!
!
!
の笑顔が思い浮かんだ。
一瞬サムズアップしながら女と男の子を組み伏せ、事後状態の少女
﹁頭が痛い、気持ち悪い﹂
?
94
!
?
?
?
鈴そっくりの顔でこういうのだ、﹃女か子供相手だと妊娠の心配を
﹂
しなくて最高ね﹄⋮⋮アグレッシブに戻れ。
﹁また抱きしめてあげようかー
﹁結構だ﹂
布仏をじっと見てのほほん成分を取得する。
ダウナー常時放出中、最近癒し成分を出しているのではないかと
疑っている。
うん、この感じが丁度いい。
│││
授業が終わるとセシリアと箒が一夏を囲ってキャンキャン騒ぎ出
した。
男尊女卑は恋慕の情にまで関係しているかもしれない。
ところで││、何時の間にセシリアは、一夏に好意を抱くように
なったのか、潤にとっても不思議でしょうがない。
後から気付いたが、当の潤も何時の間にか良い感情を向けられてい
るのも気にかかる。
﹂
少し前までは、軽蔑の感情を向けられていた気がするのだが。
﹁小栗くん、一緒に食堂行こ
の昼食なんて体に悪いよ、絶対﹂
﹁食事とは栄養の補給が目的であり、その目標が達成できるなら何も
それなら、断りにくいよう
問題ない。 不測の事態に備えるのにはアレらがいいんだ、量的な意
味で軽い﹂
﹁ほほぅ、そんな事をおっしゃいますか
﹂
はい、お弁当。 しっかり食べてね﹂
にして差し上げましょう、そうしましょう
﹁ナギと二人で作りました
!
?
と食べてしまう。
今日は珍しいことに、癒子、ナギは四人分の昼食を作ってきてくれ
95
?
﹁携帯の栄養スナック棒食品とゼリー状の栄養ドリンクと栄養剤だけ
!
何時も潤はカバンから三つの栄養補強の食べ物を取り出し、さっさ
!
たらしい。
早起きのできない布仏にはできない芸当である。
﹁それは⋮⋮、お言葉に甘えてありがたく頂こうかな﹂
ピンク色、ほのかに暖かい弁当箱を受け取る。
携帯食を好むが、暖かい手作り料理が嫌いなわけじゃなく、勿論好
きである。
どんな味でも変わらない。
かつて部隊の副長に、あんこ入りクラムチャウダーを作られても完
食したことさえある。
そして、二人共料理が下手そうには見えない。
箒とセシリアの包囲網から、雨に晒されている子犬のような表情
で、助けを求める一夏が居たが、気づかないフリをして逃げた。
﹁⋮⋮⋮⋮何故、ここに居る。 ツインテール﹂
﹁ご飯食べに﹂
﹂
!?
?
96
﹁ああ、そう⋮⋮。 一夏なら、もうすぐ来ると思うぞ﹂
食堂に入ったとたん、急降下していく機嫌。
何故かそれに倣うように、不穏な気配を醸し出すツインテール。
﹂
そんな状態だったのが原因か、なるべく鈴から視線を外して、穏便
﹂
に席に付こうとする潤の制服を掴んだ。
﹁なんだ
﹁いや、今日の朝の借りを返しておこうと思って、ね
中段回し蹴り。
あだ、あだだだだ
﹁あたしの間接極めようなんて無駄⋮⋮って、あ、あれ い、いたっ
勢に入る。
おまけとばかりに鈴の手を取ると、サブミッション・ホールドの体
転させる。
ついでに軸足を引っ掛け、バランスを崩すと同時に鈴の身体を半回
くナギや癒子の予想と裏腹に、あっさり避けた。
なんとなく来そうだな∼、と思っていた潤は、いきなりの展開に驚
!
?
﹁もしやと思ったけど、間接のつくりまで一緒かよ。 ほんとに別人
?
なのかコイツ
まさか⋮⋮いや、やめよう﹂
﹁小栗くん、なんか、鳳さん、滅茶苦茶痛がってるよ
﹂
﹁ん、コイツがこの程度で││ああ、別人だったもんな。 そりゃそう
﹂
だ。 そーら、いってこーい。 ボール︵ツインテール︶を相手のゴー
ル︵一夏︶にシュート
ね﹂
﹁卵は
﹂
﹁油を多く使うと出来立ては美味しいけど、冷めると味が変わるから
﹁冷めても美味しい﹂
ひじき入りコロッケ、和風しそソース脂っこくない。
﹃いただきます﹄とさっそく口に放り込む。
コロッケ、豚肉入り野菜炒め、卵焼き、ご飯。
あれ以来、顕著に不機嫌なセシリアと箒を加え、六人で席を囲む。
カオスな食堂だった。
に喧しくなる箒とセシリア。
背中から抱きとめられて顔を紅く染める鈴、何故か殴られる一夏、更
抱きとめるようにして受け止めた一夏、潤に怒ろうとするも一夏に
後が怖かったので、ようやく食堂にたどり着いた一夏にパスすた。
り差がある。
死線をさ迷った軍人と、訓練しているただの少女、耐久力にはやは
ていた。
癒子に言われるまで、目の前のツインテールが嘗ての同僚と錯覚し
!
﹁甘いほうがよかった
﹂
考えないといけないと思うのだが。
自分の持ち札で相手を魅了するのも恋愛の形だが、相手の気持ちを
投足に注目して表情をコロコロ変えている。
料理を食べながら喋っている間も、セシリアと箒は一夏の一挙手一
﹁おいしいねー﹂
しいよ﹂
﹁ハムを挟むのならしょっぱい方で正解。 実際よく合ってる、美味
?
97
?
?
﹁おっ、しょっぱいやつだ﹂
?
恋愛とは相手がいる。
相手が振り向いてくれなければどんな魅力も無いに等しい。
異世界で恋愛ごととは無縁だった潤も、この程度はわかる。
あの朴念仁が相手では、この二人は卒業までこのままだろう。
弁当箱は洗って返そうと申し出たが、
﹃明日も作ってあげるね﹄と言
われて持ち帰られた。
ちょっと、明日の昼食が楽しみになった。
│││
昼休みギリギリまで食堂でだらだら過ごし、授業少し前に教室に
戻った。
するとどうだろうか。
先に食堂に戻っていたナギが、ツインテールになっていた。
ツインテール﹂
﹂
ん∼
﹂
聞いたけど、今の反応も、今の返答も、全部一緒だぞ
ぴたりと停止する潤。
核心を深める一夏。
何故か一夏の腹部を殴る潤。
﹂
確かに食堂の鈴と、今の潤の行動は、かなり似ていた。
!?
やっぱり慣れてないからかな∼、あ、あはは⋮⋮﹂
﹁⋮⋮それより、ツインテール、随分二つの横位置がずれてるな﹂
﹁えっ、う、嘘
!?
98
﹁似合う
﹁な、なんで
﹁俺とあれを見て、何で仲良しに見える
?
﹁いや、仲良いだろお前ら。 鈴に、どうやったら潤と仲良くなれるか
?
﹁イテテ、何で蹴るんだよ。 ちょっと、マジで痛いんだけど﹂
﹁何でお前が頷いているんだよ﹂
何故か一夏も一緒に頷いている。
うんうん、と周囲の生徒が頷く。
んってツインテールが好きなのかなって﹂
﹁ほら、二組の転校生といきなり仲がいいじゃない。 それで小栗く
?
?
﹂
﹁座ってろ、今直すから﹂
﹁え
﹁癒子、櫛を貸してくれ。 ありがとう。 すまんが、少しの間じっと
していてくれ。 やりづらいから﹂
﹁あ、はい﹂
鈴と仲が良い、そんな誤解をしている一夏は無視して、ナギのツイ
ンテールを、何時ものセミロングに戻す。
﹂
何故かとんでもなく周囲が驚愕しているが、全く気にせずナギの髪
を梳かす潤。
﹁髪⋮⋮﹂
﹁なんでしょうか
﹂
?
﹂
潤会心の出来、リリム&鈴ヘアスタイル。
鈴ヘア In 鏡ナギ。
﹁うん、完璧だ﹂
みごとを断らない潤が悪い。
相方の惰性、その片鱗に巻き込まれた結果だが、こればっかりは頼
らだった。
なければならない、特殊部隊の士官学校でリリムに作らされていたか
それは││﹃お∼い、根暗∼、髪の毛整えて∼﹄と、朝四時に起き
テールが作れるのか。
何故、やや短めの髪の毛の、それも男の潤がこれほど巧くツイン
となく行われ、ツインテールの作り方に慣れているのがわかった。
すべては手早く、そして、一切髪の毛や頭皮にダメージを与えるこ
左右にポニーテルを作る要領で髪を纏めていく。
髪の毛を梳かし終えた後、一気呵成にツインテールを作り出す。
﹁いや、だって、コレは⋮⋮ちょっと、恥ずかしい、かな﹂
﹁かがみん、借りてきた猫みたい∼﹂
﹁あ、ありがとうございます
﹁髪の毛が、よく手入れされている。 手触りが良い﹂
!?
﹁私、今日からツインテールにする
﹂
!
99
?
﹁私も
!
お願いします
﹂
﹁小栗くん、私もツインテールにするから、お願いしていいですか
あ、ちょっと、皆して、何を││﹂
﹁今からツインテール解くから、作り直して
﹁え
!
﹂
!?
テールになっている
流行っているのか
﹂
﹁授業始めるぞ。 席に着け⋮⋮。 何でクラスの半分近くがツイン
!
?
ちなみに潤はやっていないが、何故か一夏はなっていた。
過半数がツインテールになっている光景だった。
千冬がクラスにやってきて目にしたのは、彼女の言葉通りクラスの
?
千冬は、そんな一夏を見て、即座に出席簿を頭に叩き付けた。
100
?
3│4 テ○ロ・フ○ナーレ︵踏みつけ︶
IS学園での生活はあれから数週間経過して五月に入った。
鈴と潤の関係は、近いようで遠く、仲がいいように見えて犬猿の仲
でもある。
周囲が不思議がる二人の関係は、喧嘩寸前までいって、数秒後には
仲良く世間話するなど、本当に理解できない。
鈴と一夏の関係は、誰が見ても直ぐに分かるほどなのに。
例えば、鈴転入当日の放課後。
自国の特務隊訓練施設での放課後、﹃一八〇〇時から一九〇〇時ま
でフリーファイア宣言を行う。 各自自由に戦って生き残れ、敗者に
は死を、幸運を祈る﹄なんて誰も言われない平和なひと時を満喫する
潤。
一夏は鈴が転向してきてから常にカリカリ怒っている二人に迫ら
何故ここに来るんだツインテール﹂
101
れアリーナで修行中である。
セシリアは淑女としての誇りが足りないと思うのは潤だけだろう
か。
その潤は、入学当初からお世話になっている陸上部に顔を出し、一
緒にトレーニングに参加させてもらう。
﹃女子陸上部﹄が正式名称なので、正式な部員ではないが部長さんは優
しい人だった。
男子が急に一緒にトレーニングして、マネージャの様な事もしてい
るせいか、一般部員の態度が余所余所しい。
ベタベタ接触されても嫌なので、潤にとってはありがたい事なのか
だ
もしれない。
﹁で
初日はアンタから絡んできたんだし、今日も今日
﹂
それと私の名前は凰鈴音って昨日言ったじゃない
最後のが本音か。
大体この鬱憤を少しでもはらさないと寝れないじゃないのよ
で邪魔する
﹁いいじゃない
!
!
この世界で唯一安心して過ごせる潤の居場所。
!
!
!
!
﹂
布仏なら大浴場に行ったぞ﹂
その憩いの場はたった今、ツインテールの襲撃にあっていた。
﹁で、凰家の鈴音さんは何しに来た
﹁なんでアンタと一夏が同室じゃないのよ
﹁織斑先生に聞けよ、俺は知らん﹂
るらしい。
﹁男って約束すぐ忘れるの
意味わかんない﹂
なぜそんなに怒っているのか知らないが、鈴の機嫌は急降下してい
!
?
でしょ
でしょ
でしょ
なんなのよ、もー
!?
ミシミシ音を立てる枕と、安全のために布仏の枕を引き寄せる。
そうだけど⋮⋮﹂
﹁だが、一夏の性格を考えろ。 そんな遠回りの告白通じる相手か
﹁それはっ
もうやってらんない
﹂
!
要検証だ。
﹁ああぁ
﹁はいはい、お休み﹂
寝る
それともツインテールのリボンは主の機嫌に反応するのか、これは
リリムもそうだったが、まさか生きてるのだろうか、あのリボン。
﹂
!
﹁気持ちはわかる。 相手の告白を無下にするのは確かに悪い﹂
﹁でしょ
!
﹁おい、だから枕を放せ。 引きちぎれる﹂
﹂
しかし、一夏は﹃タダ飯を食わせてくれる﹄に変化していた、と。
それを酢豚に変えて言ったらしい。
げるね﹄だった。
内容を簡略すると﹃私が料理上手になったら、毎日味噌汁作ってあ
うだ﹂
﹁ちょっと待て、話がわからん。 それと俺の枕を放せ、引きちぎれそ
!?
潤の枕を殴る。
布仏からりんりんと呼ばれて潤の枕を殴り、一夏の愚痴を言っては
室に乱入して愚痴だけ言って帰っていく。
日増しに機嫌が悪くなるツインテールは、毎日のように1030号
ブチ破るかのように現れた時といい、本当にアグレッシブである。
プリプリ怒りながらドアを蹴破るようにして出て行く。
!
102
!
鈴が気を落とすと一緒にリボンが萎む。
!?
?
!
!
快眠を支えてくれた枕は、1025号室から響く轟音と共に部屋に
乱入した鈴の強襲で遂にお亡くなりになられた。
鈴から受けた潤のストレスは、セシリアと箒と共に一夏に帰ってい
く。
一夏は鈴にストレスを与え、鈴は潤にストレスをぶつけ、潤は一夏
でストレスを発散する。
理不尽の渦に巻き込まれた結果、一夏は瞬時加速を習得した。
その際の潤が使用したISは打鉄・カスタム・mkⅡ。
データ取得専門であるため武装はブレードと、もう一種類しか積ん
でいないが、その武装が専用機搭載予定のビームライフルだった。
これで中距離に対応できるようになった。
ISが手元に戻ってきたのを期に、セシリアから勝負を挑まれるこ
とになった。
これもほぼ毎日。
﹄と勝負を吹っかけられている。
103
箒が一夏に剣術指南をしている間、
﹃今日こそ、その澄まし顔歪めて
差し上げます
﹁それじゃあ、インタビューしまーす﹂
席を確保してくれていたらしい。
が、人の縁とは奇妙なもので、何時ぞやの新聞部副部長が四人分の
に立ち見に徹することにした。
何時もの四人でクラスメイトの応援に来ていたが、あまりの超満員
ターで鑑賞するらしい。
会場入りできなかった生徒も出ており、そちらはリアルタイムモニ
あってか座席は埋まっている。
第二アリーナは両者専用機持ち、男子と代表候補生の組み合わせも
試合当日、一回戦第一試合の組み合わせは凰鈴音、織斑一夏。
そういて、鈴と一夏が戦う、クラス代表トーナメント当日を迎えた。
けが多い。
対戦成績は一勝二敗七分、一夏が来ると引き分けになるため妙に分
!
﹁何故、こうなる⋮⋮﹂
﹁いやぁ、こうでもしなきゃ話してくれなさそうだからね﹂
労働には対価を。
﹂
四人分の座席には、それなりのインタビューを。
﹁この注目の一戦、どう見ますか
﹁織斑君の単一仕様能力
﹂
特殊でありワンチャンスあります﹂
﹁普通なら代表候補性の鈴に分がありますが、一夏の単一仕様能力は
?
を頂いてますが
﹂
願いします。 本人からは﹃あいつに絡むと元気になる﹄と謎の評価
﹁ふむふむ、なるほど⋮⋮。 次は対戦相手の凰鈴音について一言お
ました。 鈴の隙を見いだせれば勝機はあります﹂
﹁バリア無効化攻撃、それに一夏には瞬時加速を骨の髄まで叩き込み
?
もっと大きな声でいいかな
﹂
?
﹂
?
能な状況ですか
﹂
?
どうしたの
﹂
を見るような、似ているが少し違う
?
﹂
﹁嫌な感じがする。 悪意、いや敵意、違うな。 好奇心、モルモット
﹁流石にそんなことは分からないけど、どうかしたの
﹂
﹁⋮⋮黛先輩、もしここに敵性ISが来た場合、避難完了までに迎撃可
まるで戦っている最中の様な真剣な表情に、隣の癒子が少し驚く。
を見上げて停止した。
新聞部相手にそつなく回答していた潤が、いきなり言葉を切って空
﹁小栗くん、どうしたの
ふとその思考を止めると、徐に空を見上げた。
どうかわしたモノかと考える。
顔すら知らない他クラスへのエール。
にエールを﹂
﹁そうですか。 それじゃあ最後に、このトーナメントの参加者全員
﹁いや、愚痴ばかり言いに来る変な奴、そんな印象です﹂
﹁ん
﹁⋮⋮そんな所も一緒かよ、死ねばいいのに﹂
?
?
?
104
?
﹁なに
?
何故か急にそわそわし始めた潤の様子に、左右にいる女子四人が注
目する。
潤は目をつぶり、こめかみを揉むように集中している。
新聞部という他人の感情や空気を読むのに慣れた薫子は、その様子
に只ならぬ不安を感じた。
腕利きの記者は、稀に直感だけで事件を掘り当てるという。
建物や人物を見ただけだというのに、まるで鋭利な刃物を首筋に突
き立てられたかのような感覚がした、と彼らは言う。
もしかしたら、潤もその一人かもしれない。
事実、彼は一度、彼自身の命運を分けた飛行機事故で、自分が打鉄
﹂
を動かせることを感じ取った経歴があるのだ。
﹁何か感じるの
﹁背筋がぞわぞわする。 何かあるかもしれません﹂
不穏な言葉はアリーナに出現した二機への歓声で掻き消えた。
潤は何かに備えるように、腕時計型になっている打鉄・カスタム・
mkⅡを撫でた。
潤の不安なんてどこかに吹き飛ばすかのように、鈴と一夏は軽快に
刃を重ねていく。
青竜刀の様な武器を合わせて白式に迫っていく、なんというか戦闘
というより曲芸に近い。
鈴の攻撃は普通の生徒に比べれば早い。
狙いは荒削りで急所は捉えていないが、シールドエネルギーを減ら
すのが目的なのだから問題ないだろう。
交叉する剣と青竜刀。
両者の武器は甲高い音を立てて火花を散らす。
接近してでの斬りあいは若干鈴に分があるらしく、仕切りなおしを
望んだのか一夏が距離を取る。
そして││、
なんで織斑くんがバランスを崩したの
﹂
?
105
?
││見えない力を受けて地面に吹っ飛んでいった。
﹁なに
?
﹁質量を持った空砲か何かじゃないか
片弐型を構えた。
本音、癒子、ナギ
リーナを襲う。
第三世代型武装だな﹂
﹂
潤 の 言 葉 が 終 わ っ た 直 後 に ガ ラ ス が 崩 壊 し た 様 な 甲 高 い 音 が ア
!
﹁瞬時加速、織斑く﹂
﹁││っ
何か来るぞ、気を付けろ
見えない砲弾を僅かな情報で避け、ようやく体制を整えた一夏が雪
どうやら砲身斜角もない可能性が高い。
開いた甲龍のアンロック・ユニットを見る。
潤もああいう手合いの武装を持つ相手とは戦った事がない。
にはわからない。
どこからどう飛んでくるのか、どのような射撃スタイルなのか相手
砲身、砲弾共に見えないオールレンジ攻撃。
?
ナギの言葉を遮って不穏な波を感じた潤が声を上げた。
!
凰
ただちに退避しろ
観客席は順次防壁が閉まっていく。
﹂
何が起こったんだ
﹄
﹄
!
外を包んでいたアリーナの遮断シールドが壊れたのだと気づくの
織斑
!
に、周囲の生徒も時間がかかった。
﹃試合中止
!
じゃないと思う﹂
﹃普通の人間じゃない
﹄
﹁おそらく無人機だと思う﹂
﹃でもISって人が乗らないと動かないんじゃないのか
ろう﹂
﹄
情の起伏が無さすぎる。 大方遠隔でコントロールされているんだ
﹁例外ってものは何時だってある。 それにあいつは人間にしては感
?
?
﹄
﹃⋮⋮まあ、俺は潤を信じるよ。 それに無人機なら全力で攻撃して
も大丈夫だし、な
!
106
!?
織斑先生の一喝で、アリーナは騒然となった。
!
これはなんだ
!?
﹁一夏
﹃潤
?
!
﹁強襲だ。 敵機の情報は無いが、⋮⋮なんとなく、相手は普通の人間
!?
一夏が所属不明ISの攻撃に対して急旋回した姿が映り、潤は打
鉄・カスタム・mkⅡの回線を遮断した。
これ以上は一夏の邪魔になる。
緊急時のアナウンスに従って避難を開始した。
普段目にしない不安な表情をするナギと癒子の手を握る。
少しでも安心してくれることを信じて。
﹁大丈夫、何とかなるさ﹂
﹁う、うん﹂
自分は出撃できない、無許可の状態で勝手な行動すればどうなるか
予測できない。
一夏はともかく、潤には人間の悪意から身を守るすべがなく、今は
まだ無茶をする場面じゃない。
通路は混沌としていた。
﹄
アリーナの生徒が少ない通路を我先に逃げ出したが、扉のほとんど
聞こえているか
﹂
い状態で救援も避難も時間がかかる。 だが、何故かお前のいる場所
からアリーナへと出る道に限りロックされていない。 お前は三年
の精鋭がロック解除するまで織斑と鳳を支援、両者の撤退を援護した
後離脱しろ、いいな﹄
﹁了解しました。 それと織斑先生、落ち着いてください。 指揮官
が混乱するといらない犠牲が出ます﹂
﹃私は落ち着いている﹄
﹁この様な話は本来プライベート・チャネルで行うべきです﹂
そこでようやく織斑先生はオープン回線で会話をしていたことに
気付いたようだった。
周囲の女子の視点が潤に集中している。
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮むしろお前のその落着きはなんなんだ﹄
﹁安心して下さい。 何とかして見せます﹂
107
がロックされている。
﹃小栗
﹁織斑先生
!
﹃知っての通りドアは閉ざされており、遮断シールドも解除できてな
?
!
﹃そうか、頼んだぞ﹄
最後にあまり見えない笑みを浮かべて織斑先生は通信を終了した。
両脇で今も固まっているナギと癒子から手を放す。
﹁行ってくる﹂
﹁小栗くん、頑張って﹂
﹁ああ、何とかする﹂
潤はそう言い残して、避難中の女子の波を掻き分けながらナビゲー
トに従って道を進んだ。
発光する白が宙を舞い、一撃必殺の間合いに入るも剣は風を切り裂
いた。
謎の無人機が持つスラスターは尋常ではなく、零距離の離脱が驚く
ほど速い。
察は間違いないと一夏は思った。
何せ回避が早すぎる。
﹂
いくらISのスラスターが凄かろうが、回避行動を取るのは人間の
判断に基づく。
つまり回避行動やその直後の初動は人間の反射神経に依存する。
二対一の状況で四度も強襲を無力化できるのは、人間の反射を凌駕
しているとしか思えなかった。
﹂
108
風車の様に大回りながらも、太い腕からビーム状の砲撃を加えて接
近。
その回転が始まる前に、既に後退を始めた一夏。
未だ回転を続ける無人機は回避した相手を見もしないで追撃。
しかし鈴の砲撃を受けてか、回転を中止し砲撃を弾いて防ぐ。
﹂
ちゃんと狙いなさいよ
合計四度目の攻撃は、これで無駄にされたことになる。
﹁一夏っ
﹁ちゃんとやってるつーの
!
この4度の攻防で潤の言った、
﹃おそらく無人機だと思う﹄という考
!
!
﹁一夏離脱
!
﹁援護頼む﹂
一夏が仕切り直しの為距離を取る。
バリア無力化攻撃にはどうしてもシールドエネルギーがいる。
現在のエネルギーは六十で、今のままでも零落白夜は後一度しか使
えない。
無駄に攻撃を受けてシールドエネルギーを使うわけにはいかない。
鈴のエネルギーも既に百八十。
﹂
﹃一夏、もうすぐ小栗が着く。 それまで持ちこたえろ﹄
﹁潤が来るのか
﹃もう二人ともエネルギーが心もとないだろうが、三年がアリーナに
入るまで踏ん張れ、いいな﹄
﹁ああ任せてくれ﹂
二人から三人へ。
ようやく終わりが見えてきた。
シールドを突破して機能停止させる確率は最早一桁位しか残って
いない。
﹂
潤を加えれば、二桁に戻すくらいはできる。
﹁││で、どうすんの
﹁冗談
﹂
﹁潤が来たら俺は反撃する。 鈴は、逃げたければ逃げてもいいぜ﹂
?
し寄せる。
尽きない砲弾から宙を旋回して距離を取る。
﹂
急速な旋回で意識が途切れ掛け、ブラックアウト防止機構がそれを
防ぐ。
﹁こいつ、なんで急に俺を
の砲撃を打ち落とす。
たまらなくなって鈴に援護を頼むが、それを嘲笑うかのように龍咆
鈴の甲龍などお構いなしの猛攻。
になった。
潤がアリーナに来る、そう聞いた途端に無人機の攻撃は一気に苛烈
!?
109
!?
言葉が途切れた直後、無人機からビーム砲撃が雨あられと二人に押
!
雪片弐型で斬りかかるが、それよりも早く無人機は間合いを詰める
と白式と衝突。
推力は白式が上だが、勢いは押し込んだ無人機にある。
﹂
手にある砲門が一夏の前に躍り出るのが、やけにゆっくりに見え
た。
﹁一夏っ
うおおぉぉぉ
﹂
!
﹂
!
﹂
﹁ア││││っ
頭の隅に第三者が乱入する可能性は知っていたが、勝手に足場にさ
﹂
﹁ぎゃあ││っ
!
させビームをかわす。
潤の打鉄は二人のアンロック・ユニットに着地し、更に自機を上昇
は、打鉄・カスタム・mkⅡの踏み台となり地に落ちて行った。
聞きなれた声が二人のISに届くと同時に、そのまま白式と甲龍
﹁すまん二人とも﹂
手に光るビーム砲が光を放ち││。
﹁あんた、何馬鹿言って││﹂
﹁鈴は、俺が守る
搭乗者を守る絶対防御も完璧ではない。
知っていた。
もし、相手の連撃を受けたらどうなるか、代表候補性の鈴は良く
既にシールドエネルギーは底を尽きかけている。
躍り出た。
一夏は何を思ったのか、スラスターの力を借りて宙を舞う鈴の前に
﹁鈴
もし内部に人が居ようものなら大惨事であることは間違いない。
る。
体は不自然な方向に折れ曲がり、顔は百八十度方向を逆転してい
一夏に向ける砲門をそのままに、もう片方の手を鈴に向ける。
のか、人体にありえない行動に出た。
しかし、ここで無人機は、既に無人という事実を隠すことをやめた
追い詰められる白式にたまらず鈴が無人機に砲門を開ける。
!
!
110
!?
れるとは想定外。
足場にされた衝撃はともかく、踏み台にされて蹴落とされた力は強
かった。
制御を失い螺旋を描きながら墜落していく、白式と甲龍。
そのまま二人して仲良く地面にキスした。
﹁何をしている。 ちゃんと立て直せ﹂
潤は結構ひどい性格だった。
111
﹄
3│5 わたしの、最低の友達
﹃俺を踏み台にしたなー
﹄
﹂
!
た。
﹃殺す気か
﹄
機体制御が安定したのは、地面一メートルを切ったところであっ
再び地面に迫る白式。
一夏が反応する前に、再び潤が白式を踏み台にして宙に飛ぶ。
﹁さけろ、馬鹿﹂
何がだよ、と聞き返す暇もなく無人機がビーム砲撃を繰り返す。
﹃はぁ
だ。 2人とも助けるにはああするしかない。 ││来るぞ
﹁しょうがないだろ、カスタム・mkⅡは機動性が前より落ちているん
!
﹃鈴
鈴
どうした、答えてくれ、鈴
﹄
迫りくる機体から、打鉄、白式共に左右に分かれるように回避した。
凄まじい回転の最中に方向転換し、今度は下方から跳ね上がる。
く。
腕からビーム砲が連射され、相次ぐ振動と爆発音がアリーナ中に響
無人機はコマのようにまわり、二人の目の前に接近してきた。
﹁絶対防御がある。 死にはしないさ﹂
!
!?
﹄
惚れ惚れするような精密な機動制御、そこから殴る蹴るの連続、距
る。
当たった拳を起点にし、体を反転させ青竜刀で無人機を切り付け
撃し││不思議なことが起こった。
そして、今まで無防備だった鈴は何をするでもなく無人機の拳に直
﹃鈴
鈴の甲龍へ向かって突き進む。
無人機は、左右に分かれ距離を取った男二人から離れると、猛然と
備に立つ鈴の姿があった。
ISのセンサーの先では、地面から這い出たもののアリーナに無防
!
112
!?
空を舞った状態で一夏が吠えた。
!
!
離を取った無人機に龍咆連射。
近接格闘型パワータイプの連撃に、無人機は無様に地に転がるしか
なかった。
﹃何慌てているのよ、坊や。 舞台は今一番いいところじゃない﹄
その声は、一夏が共に過ごした鈴の声ではなく、鈴の皮を被った何
かの様だったが。
地面に墜落した鈴は、空を見上げて白式と打鉄を見上げた。
一夏は少ないエネルギーで無茶しながら戦っている。
約束を勘違いして、成長しない胸の大きさに指摘して、相変わらず
の朴念仁。
再開したらあれやこれや、甘えたり、一緒に訓練したり考えていた
﹄色々あったけどやっぱり一夏
113
のがパーになってしまった。
それにあの台詞、
﹃鈴は、俺が守る
は鈴の大好きな一夏のままだった。
これが終わったら謝ろう。
古めかしい剣を持った一団から命を救われたこと。
初めて会ったとき殴られたこと。
てきた。
胸をせりあがってくる感情は、稀に存在しないはずの記憶をも齎し
しかし、潤をからかったり、愚痴ったりすると元気になる。
好意ではなく、憎いような気もする。
あの男の近くにいると鈴は何時も妙な気持になる。
そして、その近くにいる、小栗潤を見る。
見る。
そう思って一夏曰く﹃潤が無人機って言ってた﹄と評する無人機を
時間はたっぷりあるんだから。
二人で謝りあって、また前みたいに一緒にはしゃごう。
!
極寒の最中川に飛び込んで逃げて、互いに裸になり体温を分かち
合って夜を明かしたこと。
任務先で義理の両親を命令で殺め、錯乱して泣き疲れて寝たアイツ
に布団をかけて隣で寝たこと。
そして、エマージェンシーを出して、両手両足を切断して自殺した
こと。
殆どの記憶はありえないものばかりで、中には顔を真っ赤にするよ
うな内容もあった。
しかも自分は最後に自殺する。
流石に自分が死んだ夢なんて、冗談でも見たくないし、あれが幻だ
とわかる。
あの二人と協力して、あの無人機を落とそう。
エネルギーがほぼMAXの状態の潤を主体に、一夏と連携する。
114
もしくは潤と連携して、一夏に奇襲攻撃をさせる。
先ほど一夏に翻弄され、落とされかけたが、今度は失敗しない。
潤と組めるかどうかは、分からないが⋮⋮。
││⋮どきなさい。 おぼこには荷が重いわ。
その声に、小栗潤と組むに最適な情報が記憶となって頭に上書きさ
れていく。
鈴の意識は、こうして半眠状態となった。
大丈夫か﹄
﹃潤クロスレンジ、一夏強襲、フォーメーションΔ﹄
﹃鈴、何言っているんだ
い。
一人増えたが、相手の戦力未知数で武器の威力も高く状況は良くな
一夏の位置から三人が三角形になる。
度を合わせ徐々に接近しだした。
潤は鈴の姿に対して、変に嫌悪感を表していたが、敵機に対して高
飛来するビームを青竜刀で弾きつつ、鈴が高度を上げる。
?
﹄
その中で鈴は不敵に笑って、チャームポイントであるリボンを振り
ほどいて声を張り上げた。
﹃さあ、主演女優の到着よ。 派手に行きましょ
惨状を呈していた。
﹁一夏、バリア無効化攻撃は使えるか
﹂
﹃それより、鈴の様子がおかしんだ、 あいつどうしたんだ
﹂
潤には嫌な予感と共に説明できるだけの予測がついていたが、流石
のを青竜刀で迎撃している鈴の様子がある。
一夏の目の前では砲撃を、同じく龍咆で打ち落とし、打ち漏れたも
﹁⋮⋮わからんが、大丈夫なんじゃないのか
﹄
アリーナは強力無比な爆薬を縦横無尽にばら撒かれたかのような
間断なく降りだしたのは、無人機からのビーム砲弾。
動き出した。
謎の様変わりをした鈴に目を奪われている男が居る一方で戦局は
れた。
振りほどいた髪の毛が、宙に舞うその姿に一夏はちょっと目を奪わ
!
バリア無効化攻撃で何するんだ
﹄
に魔法的な概念を説明するわけにはいかず答えをはぐらかす。
﹃で
?
る。
それを大きくかわしながら、二人は尚もプライベート・チャネルで
会話を続けた。
﹁バリア無効化攻撃を使い、救援部隊の通路を確保する﹂
﹃シールドエネルギーが足りない。 もう使えないな﹄
﹂
﹁⋮⋮よし、龍咆と俺のビームライフルから、スラスター越しにエネル
ギーを内部に取り込もう。 いいな、鈴
急接近した鈴も牽制したが、瞬時加速した鈴は既に懐に潜り込んで
龍と打鉄が肉薄する。
放たれたビームを回転しながら左右に少しだけ移動し回避して、甲
潤も合わせて接近していく。
その声に答えることもなく甲龍は無人機に突撃した。
!
115
?
?
?
鈴が相手の射線上から大きく退いたため、一夏や潤にも攻撃が来
!
いた。
﹃俺はどうすれば
﹄
﹃一夏はスラスターをあたしと潤に向けて回避に専念。 まぁ、まか
せなさい﹄
﹃女の子を前衛にして後ろで待つなんて⋮⋮﹄
﹃一夏にはおっきいの入れてもらうんだから、後ろに居なさいな。 それとも何、女の子と良いこと
﹄
何なら私が││﹁無駄口を叩くな﹂、はい
まさかその歳で童貞
堪え性が無いと女に嫌われるわよ
したこと無いの
﹃なっ⋮⋮﹄
﹃あら、本当に童貞なの
はい﹄
?
?
がる。
﹃﹁一夏っ、スラスター
攻撃を狙っているようでありながら、その目的は相方への攻撃援助
目の前の二人のコンビネーションがおかしい。
救援まで、二人に玩具にされている敵機が持てばだが。
このままいけば次の着弾時には救援が呼べる。
エネルギーは現在四十。
急いで背を向けると、ほぼ間髪入れずにビームと龍咆が着弾した。
た二人の声で当初の目的を思い出した。
その光景に少し唖然としていた一夏であったが、通信から入ってき
を仕掛けた二人は見事に攻撃を加えている。
今まで碌な有効打を与えることが出来なかった無人機相手に、近接
﹃お、おう﹄
﹂﹄
防御も回避もままならず、間合いを詰めた鈴からも攻撃を受けて転
を振りかぶった潤が居た。
無人機は咄嗟にスラスターを使って回避するも、その先には既に刀
鈴の青竜刀が宙を舞う。
な表情だった。
その笑みは、一夏が今まで見てきたどんな鈴より女らしく、艶やか
変な受け答えをしつつ、鈴は青竜刀で攻撃している。
?
!
116
!
?
である。
行動のタイミングがずれたと思えば、それは相方が回避するタイミ
ングに合わせた調整である。
常に攻撃は最も意識のズレが発生する百八十度ライン。
それを常に動き続ける相手にやってのけている。
例えどんなに訓練しても、相方次第では決して辿り着けない境地の
コンビネーション。
前方に展開された両椀が最も遅く到達する場所を的確に見極め反
転。
刃の方向を体で逸らすと懐に飛び込んで、二閃、三閃。
小回りを土俵にされてはかなわないと判断した無人機は、潤から距
離を取ろうとするも、背後から絶妙なタイミングで青竜刀で切りつけ
られて元の位置へ。
再び潤の打鉄の間合いに入ってしまい、耳を劈く不協和音の木霊と
キャッチボールを続ける。
壊れたパーツが互いにぶつかり合い、まるでISが人間と同じく悲
鳴を上げている様だった。
無人機を中心に、円を描きつつ打鉄と甲龍が武器を振るう。
二人から離れていた一夏に正面を向けると、無人機はそちらに向
かって移動した。
それは、どちらかというと逃走であり、無論潤も鈴も逃がす気はな
かった。
二人同時に瞬時加速を使い一気に距離を詰めると、示し合ったかの
ように潤は下部に、鈴は上部へ武器をふるう。
117
同時に装甲が切り刻まれていく。
﹂
絶対防御に守られている箇所以外が、音が鳴り響くたびに飛び散
る。
﹄
﹂﹄
死にゆく者こそ美しい
﹃なにゆえもがき生きるのか
﹁滅びこそわが喜び
﹃﹁さあ、わがうでの中で息絶えるがよい
!
!?
潤も鈴も今まで見たこともないようなハイテンションで無人機の
!
!
せいぜい抗うがいい
﹂
命からがら見せる抵抗こそ、美味
潤
﹄
!
﹁抗えっ
﹂
﹃追い詰められ
﹁鈴、肩だ
!
!
﹂﹄
!
﹃オオオオオ
﹄
エネルギー武器を構えた。
二人は双子と見舞うかのように息を合わせて、一夏の背後で互いの
て制御不能状態でいる。
無人機は大振りをした挙句、背中から攻撃を受けて一夏に背を晒し
一夏はここでようやく二人の思惑を知った。
﹃﹁一夏っ、スラスター
と青竜刀の二本によって押し出される。
遅れながら二人の間に無人機の両椀が空を切り、再び息の合った刀
潤も蹴られた反動を利用して下部に旋回した。
足場に無人機の上部に旋回する。
言うや否や、潤が登場した時のように鈴がアンロック・ユニットを
!
!
﹄
夢であったり、興奮状態を共感したりするその現象。
があるという。
時に双子は離れ離れになった片割れの感情や、危機を察知すること
これは鈴ではなくリリムだと。
潤は気付いていた。
プライベート・チャネルでの会話。
る必要はないわ﹄
﹃そこまでよ。 私たちはお互い巡り合せが悪かったのよ。 何も謝
﹁鈴、⋮⋮いや、リリィ、俺はお前にあや││﹂
﹃ふぅ、終わった、終わった。 リボン付けないと﹄
確かな感触を手に、一夏が手を挙げる。
遂に沈黙した無人機。
﹃よっしゃあ
人機の胸部を貫いた。
雪片弐型は驚くほどの光量を発し││無防備状態になっていた無
二人のエネルギーを湯水のように受け、一夏の白式が加速。
!
!
118
!
共感現象とは、魔力の波長、発生した能力、宿った魂に至るまで酷
似した人間同士が引き起こす現象。
本来ならば︻魂魄︼という能力に目覚めなければ、赤の他人と共感
現象は発生しない。
魂とはそのまま人体や動物、果てや植物や道具に至るまで宿る魂の
こと。
魄とは体、つまり魂を宿す器を意味する。
試合前、変な感情を潤が受信したのも、誰かの﹃魂﹄が露骨に潤に
向いていたからに他ならない。
﹃潤、最後はあんなだったけど、助けに来てくれてありがと﹄
﹁⋮⋮俺は、お前を、助けてやりたかった。 嫌な奴で、馬鹿みたいで、
何時も自分の趣味ばかりで仕事もしないけど、││おまえは、俺の、大
事な友達だったのに﹂
﹃私が死なないと本心が分からないだなんて、相変わらず感情を表に
119
出せなくなった人形のような子。 笑いたいときに笑えなくなれば
﹂
﹂
死んだも一緒、って教えたのに﹄
﹁リリム
おいリリム
﹃さようなら﹄
﹁リリム
このまま鈴の中の魔力を刺激し続ければ、おそらく彼女はリリムと
これが鈴にリリムが憑依した一つ目の理由。
そう、恐ろしい事に鈴には︻魂魄︼の適性があった。
が限界を迎えた。
未発達のまま、部分的に能力が開花し、ついていけなくなった身体
中にある魔力的資質が触発されたのだろう。
能力が開眼してある潤、その彼と戦闘状態で接近したことで、鈴の
影はなかった。
一夏の腕の中で赤く染まる鈴の顔に、もう潤の知っている彼女の面
気付いた一夏が鈴を支える。
た。
プライベート・チャネルが切れ、鈴が一瞬ふらっと倒れそうになっ
!
?
!?
同じ能力に目覚める││が、この世界で魔法の力に目覚める必要なん
てないだろう。
﹁一夏、鈴はきっと連戦で疲れたんだろう。 医務室に連れってって
やれ﹂
﹃あ、ああ。 無人機は⋮⋮﹄
﹁三年に引き継ぐまで、俺が見ておく。 心配するな
﹃頼んだぞ﹄
今回、鈴にリリムの感情が宿ってしまったのは、本当に奇跡としか
言いようがない。
小栗潤と、凰鈴音は共感現象が起こるほど近しい存在だった。
そして小栗潤と、リリムもその関係に準じ、凰鈴音とリリムも共感
現象を起こせる。
リリムと鈴が共感できる状態であり、潤と鈴も共感できる状態だっ
た。
思えば、鈴がIS学園に接近しただけで予兆はあった。
﹃滅多に見なくなったリリムの死んだ夢を見たこと﹄
リリムと鈴の能力に反応して、とっくに死んだはずのリリムに共感
して夢を見た。
﹃魔法を使うものが居ない世界で、感知出来るほどの魔力の波を感じ
たこと﹄
潤に共感した鈴が一時的に魔力に反応して、知らず知らずの内に波
を出していた。
﹃朝から食いたくもないラーメンを、何故か食べたくなったこと﹄
鈴に共感した潤が、鈴の好物のラーメンを食べたくなった。
﹃あいつに絡むと元気になる、と新聞部副部長は言った﹄
潤に共感した鈴が、潤の精神状態に引っ張られた結果、怒りや興奮
が普通の状態に戻っていった。
120
逆に鈴に共感した潤の機嫌がどんどん悪くなった。
そして、今回。
潤の魂に色濃く残るリリムに共感して、一時的に鈴が乗っ取られ
た。
だから、戦闘終了後にリリムは消滅してしまった。
名残惜しい。
胸を壊すほど狂おしい感情は、あの世界を思い出すリリムを求める
心。
しかし、このままでは鈴の魂そのものが、リリムに乗っ取られてし
まいかねない。
流石にそこまでして、リリムを望んでない。
それに、乗っ取られる前に鈴はリリムの全てを知るだろう。
その死を、鈴は体験しなければならない。
共感現象が起こるほどの人間と死別すると、その死に共感して必ず
発狂する。
そんな悲しみを、あんな苦しみを鈴に与えるわけにはいかない。
そうだとも、││居なければ、失わない。
覚醒すれば鈴は苦しむ。
潤もまた、鈴と離れても、鈴が死んでもそこまで苦しくはならない。
だけど⋮⋮
﹁なんで、こんなに悲しいんだろうな﹂
呟く声に答える人は誰もいなかった。
﹁中国政府から、鈴さんのデータに関して質問が来てますが﹂
﹁そうだろうな⋮⋮﹂
諸問題を実験機の暴走として片付けたIS学園だったが、各国政府
には色々借りを作ってしまった。
特に実際戦闘した中国日本両政府には詳細な報告をせずにはいら
れなかった。
121
そこで発生した新たな問題。
凰鈴音の機動制御、射撃制度、近接戦闘の異常。
中国で取った訓練データの百二十%∼二百%ほどの精度を誇って
いる。
戦闘中にとれたデータを見れば、IS適正が︻S︼相当。
この戦闘の精度を見れば普段の︻A︼相当の適正では出せない境地
である。
適性︻S︼を出した者は世界でもヴァルキリーやブリュンヒルデ位
しかおらず、数週間の学園生活でこれほどの変化を見せた者は前例に
無い。
そして、そのデータが取れた場面が、小栗潤と連携を始めた直後。
﹁それにしても凄い戦い方でしたね。 もしモンドグロッソにコンビ
ネーション部門があったら優勝間違いなしです﹂
真耶が無人機のデータ画面から、無人機と戦った潤と鈴の映像に切
同時に、千冬の全身に鳥肌が立った。
﹁小栗。 お前は何者なんだ﹂
122
り替える。
モンドグロッソ総合優勝者の千冬ですら、驚くような息の合った、
ハイレベルな攻撃をする二人。
そして、セシリア戦ではIS適正︻A︼程度だった潤も、連携のあ
﹂
いだにおいてはどう考えても適正︻S︼レベルの制御をしている。。
﹁何か、私の知らない何かがあの二人にはあるとでもいうのか
猛な表情を浮かべる潤。
﹁これが、あの凰の顔か⋮⋮
﹂
普段見ないような艶やかな表情を浮かべる鈴と、楽しそうでいて獰
は考える。
画面の二人を睨みつけ、かつて最強の名前を欲しいままにした女傑
?
どうしてか分からないけど、そんな気がして、そしてそう思ったと
限りなく似ているけど、あれは、多分違う。
潤と共に、楽しそうに笑う凰鈴音。
一夏が連れてきた、記憶の中にある凰鈴音。
?
その千冬の知らない鈴と、信じられない連携を行う潤。
千冬の勘は、鈴の豹変の原因を潤にあると訴えかけていた。
│││
千冬が潤に疑問を投げかけている頃、潤と鈴、一夏は報告書の提出
を義務付けられ、とある一室に釘付けになっていた。
とはいっても、提出する報告書はIS学園が定めた指針﹃実験機の
﹂
暴走事故﹄という表向きの言い訳を軸に作ることになっているので、
ほぼ適当な内容になっている。
﹂
﹁よし、千冬姉が作った下書き、書き写せた。 二人はどうだ
﹁中国向けのがまだ。 潤は
﹂
ぜんぜん終わらん﹂
﹁へいへい﹂
⋮⋮金は
手が空いたんなら、飲み物持ってきてよ﹂
﹁よし、鈴は、⋮⋮烏龍茶ね。 潤はコーヒーでいいか
﹁そう、一夏
いるんだ
﹁⋮⋮なぜ、俺は学園長と生徒会長向けと、織斑先生向けが追加されて
?
になる。
手の空いた一夏を、絶妙なタイミングで飲み物を買いに行かせる。
この辺の扱いは、一緒にいた月日を思わせる。
一夏が部屋から抜け、鈴と潤が紙に書き込むペンの音と、窓からさ
しいる夕日がオレンジ色だけが残った。
﹂
﹁ねー、潤﹂
﹁なんだ
一夏が出て行って、少ししてから徐に鈴が口を開いた。
﹁好きにしろ﹂
でも、少し相談させてよ﹂
﹁こんなこと、あんたに聞くことじゃないって分かるんだけどさ、それ
?
123
?
何故かIS学園向けの一枚しか報告書が無かった一夏がイチ抜け
?
!
?
﹁一夏のおごりでいいでしょ。 私も潤も忙しいの﹂
?
潤が鈴に視線を向けるも、鈴の目は報告書から離れない。
しかし、雰囲気からは不真面目なものは感じない。
﹁私、日本から一旦中国に帰ったんだ。 その理由がさ、
﹃両親の離婚﹄
なんだよね。 なんなんだろうなぁ、あの二人。 私の両親なんだけ
どね﹂
﹁そうか﹂
﹁お互いが好きで結婚して、お互いが好きで子供作ったのに⋮⋮、私が
子供の頃はお互いに大好きだったのに。 中学生になって私が中国
﹂
に行ったときには、二人ともお互いが大っ嫌いだったみたい﹂
﹁それで
﹁私、好きな男の子がいるの。 馬鹿だし、シスコンだし、糞真面目だ
﹂
けど、優しくて、いい人だよ。 ⋮⋮ねぇ、私のこの﹃好き﹄って気
持ちも何れ﹃嫌い﹄になっちゃうのかな
否定できないな。
そう思うしかない。
変わらないものなんて何も無い。
だけど││。
﹁リリィ、俺たちは人間なんだ﹂
﹂
?
くしてしまわない様に、大事な思いを重ねて、新しくしていくんだ。
﹁だから、思いをなくしてしまわないように、人は思いを重ねる。 無
いる自分がいる。
死んだ人間を想い、今なお面影が似ているだけの人間に縋りかけて
そう、だけど、だ。
だけど。
鈴が少し沈んだ表情をする。
﹁⋮⋮そっか﹂
必然だ﹂
﹁黙って聞け。 どんな思いも、必ず朽ち果てる、それは人である以上
﹁ちょっと、今、私のこと妙な呼び方しなかった
?
相手が死んでいようが、生きていようが関係ない﹂
﹁⋮⋮﹂
124
?
だったら思いを重ねる
﹁お前の親御さんは、﹃好き﹄って気持ちを重ねられなかっただけだ﹂
﹁なる程﹂
﹁お前にとってその人は大切な人なんだろ
﹂
││お前は女々しいと言って、怒るかな
しんで、残ったものまで、捨てたく無い。
大切にしたい思いも、嘘じゃないから。
例え、どんなに罵られ様とも、苦しんだことも、楽しかったことも、
その程度は許されたい。
死者を想い、残された物に思い出を感じる。
でも、お前が死んで、苦
アイツの、遺品を、魂を消してしまいたくない。
を消してしまえば自分が抜け殻になってしまいそうで怖い。
消そうと思えば、何時でも消せるのに、消そうと思うたびに、これ
潤の中に、リリムの魂が残っている。
リリムの魂魄の適正は記憶や人格の上書きなど。
胸に手を当てる。
思い続ける限り、想いは朽ち果てない。
いたのも無関係ではないだろう。
自分がこれからやろうとしていた事と、潤のアドバイスが似通って
元々一夏を追ってIS学園まで来たような強い思いがある。
少し背を押すだけで解決したようだ。
なんだかんだいって、鈴の中に答えは既にあったのだろう。
い魅力は無くなってしまうかもしれないしね﹂
﹁││勿論。 そっか、そうだよね。 新しい魅力を見つけないと、古
だろ
のは簡単なはずだ。 それ程、軽い思いで好きになった訳でもないん
?
?
125
?
1│3 デュノア
4│1 FIF│P00X
六月 第一日曜日 フィンランド
パトリア・グループ本社 IS試験用海上アリーナ。
パトリア・グループが既存の量産型ISのカスタマイズから、自社
開発へ切り替えた情報は政府側にもたらされていた。
現在フィンランドの軍用ISは、他国の機体に依存している。
ライセンス生産は政治のカードにも使えるが、自国の安寧を他国に
委ねるのは勇気がいる。
もし、パトリア・グループがISを自社開発でき、それが信用でき
る機体であればそちらを使用したほうが良い。
デュノア社等を中心に、簡易パーツを五割ほど使うらしいが、パー
ツ程度なら幾らでも抜け穴はある。
そんな声が議会で発せられ、パトリア・グループ本社のIS試験用
海上アリーナには各部門の政治高官が集まっていた。
﹃FIF│P00X、発進スタンバイ。 パイロットはEEG、可変装
甲、特殊関節機構を排除した量産機状態を装備。 プラットホーム
セ ッ ト を 完 了。 カ タ パ ル ト オ ン ラ イ ン。 F I F │ P 0 0 X 全 シ
ステムオールグリーン。 ハッチ開放、進路クリア、FIF│P00
X、発進。 我が社の機体が、祖国の安寧の礎とならんことを﹄
FIF│P00X││遂に日の目を見た、フィンランド初の国内開
発第三世代を目標とした試作型IS。
今日の機動実験では第三世代の目玉ともいえるイメージ・インター
フェイスを用いた特殊兵器は意図的に搭載を避けた。
世代的な考え方としては第二世代にダウングレードしたが、純然た
る性能は第二世代を大きく突き放していると言っても問題ない。
むしろ特殊機能の全てをパージすることで拡張領域が増加し、後付
武装が多く持てるようになった。
126
そして機体の安定性は向上し、より運用面と信頼面が向上した実戦
向きとなり、そういった意味で美味しい機体となったと言えるだろ
う。
﹁射撃体勢時に反応の遅れあり、〇.一九二の遅延発生。 データ取
得開始します﹂
﹁近接攻撃時、予測と実機に角度のズレ発生。 到達点にて四度ほど
の誤差あり﹂
﹁順次解析始めます﹂
政府の高官を背に緊張した面持ちだった開発主任だったが、入って
きた報告はテスト段階において、充分許容範囲内の問題点だった。
現在搭乗中のパイロットが、モンド・グロッソ機動部門四位入賞者
という経歴の持ち主であり、これを基準に考えることは出来ないが。
﹁ふむ、細かい部品をデュノア社製に頼ることで信頼性、整備性、量産
性も高い﹂
127
﹁それでいてラファール・リヴァイヴの性能は上回っている。 我が
フィンランドでこれだけ高性能な機体を開発できるとは﹂
﹁しかし、これはこれでいいとして、この専用機に用いられる予定の新
﹂
技 術。 今 の こ の 安 定 性 を ぶ ち 壊 し か ね な い 技 術 だ。 世 界 に 二 人
しか居ない貴重な人物をこれに乗せて、本当に大丈夫なのかね
高官らの手に渡されている極秘資料。
慎重に運んでくれ﹂
﹁つい一週間前、貴重なパイロットを病院送りにしたのだ。 ことは
その代償は││
いる。
こと機動に関しては現存する第三世代を一世代分置き去りにして
脳波制御装置。
ビット兵器と、機体各部をより効率的に、そして緻密に操作可能な
中に超高機動モードに任意変更可能な可変装甲。
特殊間接機構とそれを補助するナノマシン、後付武装と違い、戦闘
とは違ったコンセプトを持つ特殊装備。
量産型と違い、個人機にのみ付与される既存の各国第三世代型IS
?
﹁承知しております。 先日の事故原因となった瞬時加速のN字移動
は、完成版ではセーフティーロックをかける予定です。 それにそも
そもあれは現状小栗氏だけしか使いこなせない専門装備ですので、あ
れならGも軽減できるでしょう﹂
﹁モンド・グロッソ機動部門四位の人物が匙を投げるほど操作性が悪
く、繊細な動作を求める装備を機体各所に散りばめたものがかね
そんな代物作ってどうする気だ﹂
Ver.一.〇はパイロットにとんでもない高負荷を与え、初試験
で企業に所属するパイロットが病院送りになった。
絶対防御、シールドエネルギーに守られてなお、特殊な耐G訓練を
受けなければ乗ることもままならない。
特殊間接機構にも問題が残っている。
機体を内部から守るためのナノマシン保護機構だが、反面外部衝撃
に非常に弱い。
これらを省いた機体は、目の前で華麗に標的を壊していくというの
に。
多くの視線を釘付けにする紅のラインが禍々しい漆黒の最新型、F
IF│P00X。
完全完成には、まだほど遠い機体であった。
フィンランドで試作型が出来上がりつつある潤の専用機、そのパイ
ロットは休日トレーニングルームに通っていた。
たが、あいにく潤も知らされていない。
しか
指定
何やらフィンランドで人為事故が発生して、パイロットが入院した
と聞いたがそれだけだ。
128
?
耐電訓練、耐G訓練、一体何に乗せる気なのか、付き添いの真耶も
首をかしげる有様である。
それ生徒を乗せて大丈夫な機体なの
ISにジェット機の様なGがかかるの 電気で動くの
も多少漏電するの
?
?
?
された訓練用電力をセットしている間、心配そうに真耶が質問してき
?
﹁小栗くん、どうですか
﹂
﹁⋮⋮まぁ、充分耐えられる範囲ですね﹂
パトリア・グループ特注品のISスーツ、その上から、地肌から多
数のケーブルを張り付けて電気を流す。
﹂
機体が届くまで毎日最低30分はやって下さいと言われたので、日
曜日には耐電、耐Gの両方を実施する。
﹁そ、その、ですね⋮⋮。 質問して良いですか
鍛えているものなんですか
わ、私、同じ位の年齢の異性とは、そ
﹁お、男の人って⋮⋮、みんなこんな⋮⋮。 あ、アスリートのように
恐る触りだした。
答えると顔を赤くした真耶は、潤の背中やら肩やら腕やら腹を恐る
込めない。
ほぼ全身に電気を流すので、全身から汗が出るから雑誌の類も持ち
い。
この訓練は本当に暇で、電気が流れている間中、座っているしかな
﹁訓練中は座っているだけですし、何でも聞いてください﹂
?
﹁いや、人それぞれだと思いますよ
鍛え方から考えれば一夏くら
の、親しくなったことが無くて、よくわからないんです﹂
?
のも何かくすぐったい。
息が耳にあたってこそばゆい。
誘惑していたとか、そんなんじゃないですよ
﹂
!
﹁山田先生、近いです﹂
﹁ち、違いますよ
私と小栗くんは教師と生徒なんですから
慌てて距離を放して弁解する真耶。
男に触られていい気はしない、かといって女性にペタペタ触られる
真耶の手があちこち移動する。
いでも良く鍛錬されている方だと思います﹂
?
その片鱗はいまだ見えない。
翌日、何故か久しぶりに一人で起きた本音に感心した。
129
?
何時ものあたふたした子犬の様な姿、以前の話から腕利きらしいが
!
!
無人機事故、表向きは実験機暴走事故で本音と呼んだのを機に、名
前で呼ぶことになりました。
なんでも﹃かなりん﹄と一緒に食べる約束をしているそうで。
今度から、いつも今日みたいに起きてくれれば嬉しいんだが、と眠
い目を擦りつつ寝巻のまま部屋を出ていく本音を見送った。
仕方なしに癒子とナギを待っていたら、癒子も相川なる人物と共に
別のクラスの人と食べるらしい。
噂がどうのこうのと言って朝早くに食堂に向かったらしい。
﹂
食堂で二人、何時もより静かに食べていたら女子に囲まれた。
﹂
﹁小栗くん、あの噂ホント
﹁噂
るって噂
﹂
﹁今 度 の 学 年 別 個 人 ト ー ナ メ ン ト で 優 勝 す る と 織 斑 く ん と 付 き 合 え
!?
﹂
何か、本音に伝達役をさせることに一抹の不安を感じる。
何か知ってない
﹁同じ男の子でしょー
?
さて、どうしたものか。
﹁物好きがいたものだな﹂
﹁織斑君より小栗君の方がいいって子もいるよー﹂
優勝したら何かしてくれたりしないの
?
手が委縮するのを防いで正確なデータが取れるならば⋮⋮。
﹂
女子の純情を弄ぶようで嫌な感じもするが、この程度の安請負で相
つまり、その噂の真偽はともかく噂の成就はありえない。
は無いと潤は踏んでいる。
そして全力で戦えば、おそらくその教え子とやら以外に負ける要素
専用機の完全完成には、全力のデータも必要。
れている。
の学年別個人トーナメントからは全力を出していい、と太鼓判を押さ
迎え入れることにした。 これで防御態勢も完全に整う﹄と言って次
まあ、今回は織斑先生の﹃ドイツ軍に所属して時の教え子を1組に
?
噂ってそういうことか、そして癒子と本音は拡散しに行ったと。
ナギと顔を見合わせる。
!
﹁ところで小栗くんは
?
130
?
﹁優勝できるのなら、俺は構わない﹂
ナギの信じられないという目、そして食堂の一角がわいた。
﹂
と、いうことがあったのに、問題は教室で一夏と何でもない会話を
している時に判明した。
﹁それで、昨日は何してたんだよ
﹁昨日耐G訓練やったんだけど、どうやら山田先生が設定をミスった
ようでな。 耐Gを考慮したISスーツ着てたんだが不意に九Gま
で上がったらしくて気絶してた。 起きたら山田先生がわんわん泣
いて謝ってきて、織斑先生から説教受けてまた泣き出して大変だっ
た。 部屋で説教はじめんな、素直に休ませろよ。 間接とか節々未
だに痛い﹂
﹁九Gって人間の限界だったっけか。 災難だったな﹂
一夏に日曜日、家に帰るついでに、町の案内や、馴染の食堂へ行こ
うと誘われたが、訓練の為に固辞した。
非常に残念そうだったが、生徒会のメンバー全員に用事があったと
のことで外出不可、らしい。
学園からの個人外出は、しっかりした教師陣のサポート体制と、潤
の個人機の完成まで止めてほしいとのこと。
流石に一夏には、こういう大人の事情は説明されてないらしい。
﹂
﹁そりゃ、そうだろう。 ││それはそうと、なんか校内が騒がしくな
いか
﹁それって箒と俺の話か
﹂
確かに﹃私が優勝したらつきあってもら
う﹄って宣告されたけど﹂
﹁ちょっと待て。 箒と、お前が、なのか
既に、噂の元が大きく違っている。
放った。
ホームルームが始まり開口一番、真耶が潤の入学当時と同様に言い
﹁今日は、なんと、転校生を紹介します﹂
抜けている。
箒が優勝すると、一夏とつきあえる。 から、一番大事な﹃箒が﹄が
?
?
131
?
﹁今度のトーナメント、優勝したら何かあるって話らしい﹂
?
千冬が言っていた教え子到来か、と潤も注目していたが、別の意味
でクラス全員が注目していた。
なにせ、入ってきた転校生は、今まで二人しかいなかった男用にカ
スタマイズされた制服を着ていたのだから。
﹁シャルル・デュノアです。 フランスから来ました。 皆さん、よろ
﹂
しくお願いします﹂
﹁男の子⋮⋮
﹁ええ、僕と同じ境遇の男性の方が二人いると聞いて﹂
人類三人目の男性IS適合者。
クラスは女子の歓声に包まれた。
132
?
4│2 デュノア社の﹁
﹁織斑君と小栗君だね
﹂
﹂
初めまして。 僕は││﹂
して教室から出ていった。
千冬は、一夏と潤に﹃男同士なんだから面倒を見てやれ﹄と言い残
そのままHRは終了。
顔を顰めていたが、一夏の席からでは見えなかった。
下着で訓練という言葉から﹃全裸で訓練する同僚﹄を連想した男が
に。
どんな軍隊でも、下着で訓練させる所などあるはずもないだろう
相変わらず千冬の言動は、厳しさを増す一方である。
受けてもらう。 いいな
用するように。 もし忘れた場合は水着で、それすら忘れたら下着で
行う。 各自のスーツが届くまでは学校で用意したISスーツを着
﹁騒ぐな、静かにしろ。 今日からISを装備しての本格的な訓練を
迎した。
クラスメイトも、今までの男子二人とはタイプの違う三人目を大歓
入学式で窮屈な思いをした一夏は、三人目を歓迎した。
かなかったのだろう。
成り行きを考えれば、三人目の男子のみ別のクラスという訳にはい
謎の男性転校生、シャルル・デュノア。
??
るから﹂
﹁一夏、案内頼んだ﹂
潤は何故か転校生を睨み付けていたが、初対面の相手には距離を置
く性格なので別段気にしない。
しかし、今日の潤は何時もよりそっけない対応だった。
同じ男子やクラスメイトと言うだけでも、多少態度が違うというの
に。
そして、教室の窓から飛び降りる潤。
﹁俺は先に行っている﹂
133
?
﹁ああ、そういうのはいいからさっさと行こう。 女子が着替え始め
?
﹁えっ、ちょ、ちょっと
﹂
﹂
﹄なんて聞いてきたけど、そうだよな。 普通
トイレか
とりあえず階段を下りて一階へ。
転校生発見
﹂
﹂
﹂
悲しいことに時既に遅く、HRが終わって噂の転校生を見るべく出
﹁しかも織斑君と一緒
﹁ああ
そろそろHRが終わる時間、早くしなければ││。
?
﹁う、うん⋮⋮﹂
﹂
﹁妙に落ち着かなそうだな
﹁トイ⋮⋮っ違うよ
?
更衣室。 これから実習の度にこの移動だから、早めに慣れてくれ﹂
﹁男子は空いているアリーナ更衣室で着替え。 今日は第二アリーナ
とになっている。
よって、偶然使われない更衣室を事前に把握し、そこで着替えるこ
女子高であり、IS学園には男子更衣室がない。
基本的な施設は、ISが女子しか使えないという事が関係して半ば
潤を見送って、シャルルの手を取って一夏が教室から出ていく。
出来ないし、そういう反応になるよな﹂
とが出来るんですか
なんか話を聞いた別のクラスの女子が﹃男子ってみんなああいうこ
ビビった。
﹁外で何かあるときは大抵ああやって飛び降りているよ。 俺も最初
﹁彼、いつも、ああなの
﹁そうだよな、普通そういう反応だよな﹂
に向かって歩き出していく。
シューズケースの中から靴を取り出し、履きかえると第二アリーナ
潤は何事もなかったかのように着地していた。
﹁⋮⋮嘘だぁ﹂
乗り出した。
まるでコンビニに行ってくるといった気軽さで、校舎の窓から身を
大慌てで制止するシャルル。
!?
?
﹁そうか。 それは何より﹂
!
134
?
!
!
!
手繋いでる
﹂
てきた生徒で廊下が溢れ出した。
﹁黒髪もいいけど、金髪もイイ
!
手
﹂
見て見て
﹂
!
﹁しかも瞳はエメラルド
﹁きゃああっ
!
﹂
!
﹁小栗潤。 潤でいい﹂
﹁うん。 よろしく一夏﹂
﹁これから宜しくな、俺は織斑一夏。 一夏って呼んでくれ﹂
シャルル・デュノア、シャルルでいいよ﹂
﹁あ、そうだ。 自己紹介がまだだったね。 教室で言ったけど、僕は
変えなきゃいけないらしい﹂
﹁専用機が相当なじゃじゃ馬らしくてな。 関節保護用にスーツから
ポーターまでついてるし﹂
﹁な ん か、潤 の I S ス ー ツ 随 分 ゴ ツ く な っ た な。 肘 と か 膝 と か サ
た。
既に着替えを終えた潤が、更衣室で軽くストレッチ運動をしてい
ようやくたどり着いた第二アリーナ更衣室。
かったからな、男が増えるのは大歓迎だ﹂
﹁い い っ て、そ れ よ り 助 か っ た よ。 今 ま で 学 園 に 俺 と 潤 し か い な
﹁ごめんね、いきなり迷惑かけちゃって﹂
﹁なんとか振り切ったみたいだな﹂
一夏の顔から血の気が引いた。
憊になる特別追加教習が待っている。
おまけに次の授業は鬼教官が担当なので、遅刻したら潤すら疲労困
今ここで足を止めたら質問攻めになって遅刻するのは間違いない。
腐ってる、遅すぎたんだ。
⋮⋮。 グフフ、今年の薄い本は厚くなるわね
﹁織 斑 君 を 奪 わ れ た と 思 っ て 嫉 妬 し た 小 栗 君 に 汚 さ れ る デ ュ ノ ア 君
乗り換える織斑君﹂
けのデュノア君が入って、クーデレの小栗君から素直なデュノア君に
﹁クール系の小栗君に迫る、ワイルド系織斑君。 しかし、そこに総受
!
!
右手を差し出した潤と、何気なしにシャルルが手を握る。
135
!
二人が握手するとき僅かな熱を感じたが、握手が終わる前に既に
﹂
熱っぽさは消えたので気のせいにして頭の隅に追いやった。
シャルルの名字もデュノアだけど
﹁デュノア社、か⋮⋮﹂
﹁デュノア社
時計は八時四十三分。
﹁げ、ちょっと待ってくれよ
﹂
﹁何でもいいが、二人とも急げよ。 俺は先に行く﹂
きいIS関係の企業だと思う﹂
﹁父がデュノア社の社長をしているんだ。 たぶんフランスで一番大
?
間にうるさい。
!
﹁お前もかよ
薄情だぞ、お前ら
﹂
﹁そうなんだ。 じゃ、一夏、お先に﹂
だ。 でも潤も根はいい奴なんだ﹂
﹁人 見 知 り と は 違 う ん だ け ど 初 対 面 の 奴 に は ち ょ っ と 厳 し い 奴 な ん
ね。 ところで、妙に睨まれるんだけど、潤って﹂
﹁まあ、着やすいように工夫されて作られた、フルオーダー品だから
﹁シャルル、って、お前も着替えるの早いな
﹂
シャルルは知らないかもしれないが、一組の担任は、それはもう時
!
﹁外してしまいましたわ﹂
一夏の白式展開が間に合わなければ死人が出たとしてもだ。
テンパって空中から落下し、一夏を巻き込んだとしても。
かった。
訓練で生徒に九Gを体験させて気絶させたりした駄目先生ではな
IS学園の教員のレベルの高さを証明した。
教員側から対戦相手に選ばれた真耶は、登場こそあれだったものの
講義だった。
今日の授業は、教員と代表候補性の模擬戦と、専用機を持つ生徒の
直ぐに着替え、シャルルと潤を追った。
哀れ、更衣室には一夏だけが取り残された。
!
136
?
!
﹁いいいちかあああああ﹂
不時着の際に一夏と痴情のもつれになって、鈴とセシリアが暴力を
ふるった際も力を見せつけた。
もし、白式を装備していなければ首か胴体が半分にされた攻撃もラ
イフル二発で軌道をそらしている。
﹂
心なしか真耶の勇姿を見た千冬も、幾分誇らしそうだった。
﹁うう⋮⋮。 まさかこのわたくしが⋮⋮﹂
﹁あ、アンタねえ、何面白いように回避先読まれてんのよ
﹂
無駄に衝撃砲を使って⋮⋮、それに先日の潤さん
アンタこそ、相手を気遣う援護射撃をしなさいよ
なんというコンビネーションの悪さ。
﹂
あれは潤の相手に合わせる能力が高かっただけ
とのコンビネーションを今も発揮できればよかったのですわ
﹁り、鈴さんこそ
?
ドレースに変更するぞ
﹂
﹁お前ら馬鹿か。 き・ん・と・う、に分かれろ
授業を中断してロー
セシリアと鈴には、全く人が寄り付かない。
ば若干少ないが潤の場所に集まる。
しかし、ほぼ全ての生徒が、一夏とシャルルの所と、二人に比べれ
千冬の言葉に従って生徒達がグループ別に分かれていく。
栗がリーダーだ。 では分かれろ﹂
実習を開始する。 専用機持ちの織斑、オルコット、デュノア、鳳、小
﹁これでIS学園教員の実力も理解できただろう。 では、グループ
一人の方がマシになるケースもある。
先日の事件でも明らかであるが、二以上になることもあれば、最悪
連携には通用しない。
一と一を足して二になるという答えは簡単だが、こと人間の動作の
!
﹁あ、あれは⋮⋮
!
!
!
!
﹁やった。 織斑君と同じ班だっ﹂
れた。
いた生徒は指示後は別人の様な行動力でグループリーダー別に分か
一喝、という言葉が似合うほどの迫力で指示され、無秩序に動いて
自分の浅慮に気付いたのか、面倒臭そうに千冬が怒鳴る。
!
137
!
﹁セシリアか⋮⋮。 さっきボロ負けしてたし。 はぁ﹂
わからないことがあったら何でも聞いてね ちな
﹁凰さん、よろしくね。 後で織斑君と小栗君のどっちか紹介してよ﹂
﹁デュノア君
ていた。
それと、二組から二人。
そして、一組の普段は喋らない二人。
﹂
﹂
私 は 相 川 清 香
よろしくお願いしますっ
趣味はスポーツ観戦とジョギングだよ
﹁時 た ま ジ ョ ギ ン グ 中 に す れ 違 う よ ね
ボール部
﹁よろしく﹂
﹁本音と仲いいよね
右手を出されたので握手する。
﹁で、君は
﹂
﹁お、小栗くん わ、私はいいんです
でください﹂
!
背の低い本音の後ろに隠れて、顔を見せない生徒。
﹂
私はかなりんでイイです
すまんが本名は
胸の付近を両手でかくして、顔を赤くしている。
﹁かなりん
﹁か、かなりんでイイです
﹁⋮⋮そうか﹂
﹂
!
?
ハ ン ド
気にしないで、気にしない
!
﹁かなりんは、かなりんだよー。 恥ずかしがりやさん∼﹂
!
それを見て二組の二人も、自己紹介して握手を求めた。
!
!
!
潤のグループには、本音、ナギ、癒子といった何時もの面々が集まっ
﹁⋮⋮なんか、随分見覚えのある面子だな﹂
みに私はフリーだよっ﹂
!
!?
班長が打鉄モドキを使っているので隣に並ぶと見栄えがいいから、
選んだ。
一夏と潤、セシリアの班は打鉄、シャルルと鈴の班はリヴァイヴを
らしい。
各班は﹃打鉄﹄三機、
﹃リヴァイヴ﹄二機の中から選んで実習に使う
は彼女もわからない事だった。
何故ここまでシャイなのに、面識のない男子に教わろうとしたのか
!
138
?
!
?
?
という理由で潤の班は打鉄を選択した。
﹃各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。 午前中で動か
すところまでやってください﹄
﹁よし、順番に機動して歩行練習だ。 mkⅡでサポートするから安
心して起動してくれ﹂
女子同士で話し合って、出席番号順に練習を始めることが決まっ
た。
今は三人目のナギ。
既に相川とかなりんは訓練を終えて、他の女子に色々聞かれては感
想を話している。
リーダーといっても何もすることがないので、mkⅡを起動してホ
バリングしながら横で動く。
﹁そう、そんな感じ。 基本的にISは人間の反応に少し遅れて動き
﹂
出し、動作そのものは鋭敏に動くけど、ゆっくり動けば慣れていくと
強烈な視線、
﹃私もアレされたい
﹄という圧力に根負けしたのは明
!
139
思う﹂
﹁この、走るように足を振り上げると転びそうになるのは
どうやら、訓練機を立ったまま装着解除したらしい。
えたので見たら、篠ノ之がお姫様抱っこされていた。
言い終わって装着解除する前に一夏のグループから、変な声が聞こ
なるから﹂
﹁よし。 終わったらしゃがんで解除してくれ。 次の人が乗れなく
﹁その言い方わかりやすいかも﹂
単に言うと、﹃スッ﹄と動かすと割と﹃ズバッ﹄と動く感じかな﹂
拾ってしまうから、足の先は少しの動作で思いのほか動くんだ。 簡
﹁反応が遅く動作が機敏の法則もあるし、僅かな動きでもセンサーが
?
あのままじゃ、次の人は踏み台が無いと装着しづらいので持ち運ん
だのだろう。
﹂
﹂
﹁⋮⋮しゃがめよ
﹁お断りします
?
ナギは潤の問いに笑顔で否定すると、立ったまま装着解除した。
!
白。
﹂
午後は今日使った訓練機の整備の
次の搭乗者の癒子が、ほんのり頬を染めて﹁お願いしまーす﹂と言っ
て身を預けてきた。
﹁では、午前の実習はここまで
授業を行うので、各班ごとに格納庫に集合。 では解散
本当に時間ぎりぎりで機動訓練が終了し、各班は格納庫にISを移
してグランドで解散した。
﹁よし、更衣室に着替えに行こうぜ二人共﹂
﹁あ、僕は機体の微整備してから行くよ。 待ってなくてもいいから﹂
﹁俺はデュノア社とパトリア・グループの取引のことで、シャルルに聞
きたいことがある。 長くなりそうだから待ってなくていいぞ﹂
妙な気迫に押されてか、一夏は更衣室に戻っていく。
僕は父の経営方針なんて知らないけど﹂
残された二人は、既に誰もいなくなった格納庫に足を運んだ。
﹁聞きたいことって何
何を聞くでもなく、潤はシャルルの近くによって、ほんの数瞬。
柔らかい物に鈍器がぶつかった様な音が格納庫に響き、シャルルの
膝が床に就く。
腹部を殴られて呼吸が出来なくなった、そう気付くのにシャルルの
頭では随分時間が必要だった。
﹁かはっ⋮⋮げほっ﹂
膝をついてむせ返るシャルルの目に写った潤は、一言で表せば﹃冷﹄
だった。
冷酷で、冷静で、冷淡。
それはまるで、悪魔のようで、明るい格納庫が今だけは暗く、冷た
﹂
く感じるほどに。
﹁な、何を││
シャルルも訓練をつんでいるが、それでも赤子の手を捻るように簡
140
!
!
﹁││⋮⋮、ここなら誰も来ないか。 少々声が響くのが心配だが﹂
?
抗議の声も空しく、ついていた膝を払われて床に転がる。
!
単に床に倒れる。
﹂
俺か一夏の暗殺か
﹂
﹁こ ち ら は お 前 の 両 手 両 足 を 自 由 に し て る だ け で も 充 分 譲 歩 し て い
る。 目的はなんだ
﹁し、知らない。 僕は、知らない
りついた。
地べたを這いつくばって弁解するシャルルは次の言葉を聞いて凍
それは俺が保証してやる﹂
﹁今、全てを話せば今後も暖かい寝床で寝られるし、食事も与える。 ?
﹁悪いが、素人は黙せるかもしれないが、俺には性別や年齢の詐称は効
かん。 黙ってキリキリ吐け、女﹂
141
!
?
4│3 デュノア社の野望
﹁それで男のつもりか女。 俺を舐めるな﹂
﹁⋮⋮平和ボケした奴らなんて簡単に騙せる、そんなの嘘じゃないか
﹂
突然豹変した潤に、状況を上手く飲み込めずに当惑してシャルル
だったが、代表候補生として訓練していただけにすぐさま状況に対応
した。
ISスーツに隠されていた仕込みナイフを手にして刃を出す。
潤は自分から離れて臨戦態勢を整えたシャルルを、意外そうに眺め
るだけだった。
﹂
﹁悪いけど、僕はなりふり構ってられない。 デュノア社の為にも、君
か一夏の情報を得なきゃいけないんだ
﹁何か言った
﹂
﹁仕込みナイフ手にしただけで、随分な言い草だな﹂
!
﹁え
ちょ⋮⋮﹂
これでシャルルは無防備な背中を潤にさらした。
る。
振りぬいたシャルルの肘を右手で加速させ、体の向きを変えさせ
が、流石に死線を潜り抜けた戦争屋には劣っている。
潤の頬を撫でる風に、シャルルが意外に鍛えられている事を知る
んばかりに潤はすり抜ける。
慌てて体を後方に下げ、ナイフを振り下ろすもなんとも無いと言わ
シャルルが気付いた時には、既に潤はナイフの間合いの中だった。
その言葉を最後、突如体を伸縮させた様に相手の懐に飛び込む。
!?
筋肉の薄い無防備な場所に、人体で最も固い肘や膝、踵が当たれば
い。
どんなに屈強に鍛えようが、脇腹に肩や胸板の様な筋肉はつかな
振り上げた足を利用して今度は踵を脇腹に向かわせる。
シャルルの顔が苦痛に歪み、呆気なくナイフは宙に舞った。
ナイフを握る手を蹴り上げる。
!?
142
!
はっ、はぁ、くぅ﹂
大の男でも悶絶する。
﹁かはっ
素人だ、こいつ。
潤は床に転がる仕込みナイフを拾いつつ、ほんの僅かな手合いで相
手の力量を評してそう感じ取った。
殺る気満々で入隊してきた新兵のダンスの方が、よっぽどマシと思
えるレベルの力量である。
スパイの割に携帯している武器が、仕込みナイフ一つというのもい
ただけない。
胃袋の中に手榴弾を隠すとか。
指1つを作りものにして、爆弾にしておくとか。
体そのものに管を植え付けて、毒ガスをまき散らすとか。
ざっと考えてももっと有用な武器もあるし、何より武器を構えて使
わないとはいただけない。
どんな行動をするか、どんな武器を持っているのか警戒して距離を
取っておいたのが馬鹿馬鹿しく感じる。
もし逆の立場だったら、ナイフを出した瞬間に接近して手足の健の
どこかにナイフを突き立てた。
そう物騒な事を考えながら、未だに痛みから呼吸を整えられない
シャルルに近寄る。
﹁今から生爪を一つずつ剥がしてやる。 何個目で協力的になるか見
ものだな﹂
口から洩れる残虐非道の言葉にシャルルが肩を震わせる。
シャルルから見た潤の瞳は、まるでほの暗い水の底の様な色で、ま
さに悪意の塊だった。
仕込みナイフが、親指の爪にあたった時、シャルルの理性は限界を
迎えた。
﹂
﹁う、ひっく⋮⋮い、痛いの、痛いのやだぁ⋮⋮﹂
﹁はぁ
﹁⋮⋮まさか本当に毛が生えただけの素人に男装させただけかよ﹂
143
!
﹁やだよぉ。 痛いのやだよぉ。 ママ、助けてぇ﹂
?
││幼児退行おこしやがった。
﹂
丸まって泣き出すシャルルを見て、殺意で蓋をした心から、平常心
が見え隠れする。
﹂
﹁なんなんだお前。 頭おかしいんじゃないか
﹁君にだけは言われたくないよぉ
泣き叫んでシャルルが否定する。
⋮⋮だ、ダウンロードしてみるか。
でいいのか
﹁うん⋮⋮﹂
﹂
﹂
﹁デュノア社から何を言われた
の関係は
黒幕は誰だ
お前とデュノア社
﹁まず、はっきりさせたいが、お前はデュノア社のスパイ、これはこれ
﹁⋮⋮うん﹂
たりはしない﹂
﹁じゃあ、話してくれるか。 素直に言ってくれれば、俺は危害を加え
﹁⋮⋮違うもん、刺客とかじゃないもん﹂
と思っていたんだが⋮⋮。 その様子じゃあ、違うみたいだな﹂
上手かったことから、俺はてっきりお前がしっかりした組織のプロだ
﹁IS学園に男だと隠し通して入学させるバックがいて、妙に男装が
そして、感情取得⋮⋮ほ、本気でビビってやがる。
年齢、性別、体重、身長、血液型、etc、etc⋮⋮。
ダウンロード開始
惑する。
うので負荷が大きく禁じ手だが、どうも本職に見えないシャルルに困
人体への直接的なダウンロードは、複雑な感情をも読み取ってしま
シャルルの肩に手をかける。
男装させて送ってきたのか。
まさかまさか、本当に素人だったのか、デュノア社はこんな素人を
?
?
シャルルはデュノア社の社長の愛人の子らしい。
母が亡くなって、その時にデュノア社の者がやってきて初めて知っ
144
!
?
?
床に座りながら、デュノアはポツポツ自分の身の上話をし始めた。
?
たそうだ。
それは一向に構わない。
もっと酷かったり悲惨だったりした奴等も潤は見てきている。
潤の感覚からすれば、生贄として生まれて、部屋から出ることもな
く死んだ、なんて割と普通でよくある話である。
名家の長ならば妾や愛人などを囲うなど普通のことだし、本家の妻
が愛人の子を嫉妬に狂って殺すことなんて日常茶飯事過ぎて、言って
しまえば﹃ふーん﹄で済んでしまう。
それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥った。
第二世代最後発のデュノア社は資本力の少なさから第三世代の開
発が遅れており、データも資金も時間もノウハウも無い。
欧州連合の防衛統合計画﹃イグニッション・プラン﹄から徐々に引
き離されており、このままでは政府からの新世代開発支援金を打ち切
られるとのこと。
そして、後のないデュノア社に止めを刺した企業がある。
フィンランドの大企業、ISのシステム、装備などで名を挙げてい
た企業がイグニッション・プランへ参戦したこと。
小栗潤の専用機を開発している、﹃パトリア・グループ﹄である。
﹁IS関連の技術は開示する、その話は知っているよね﹂
﹁ああ﹂
﹁パトリア・グループが九月から市場に出すと発表した﹃FIF│PM
01﹄、﹃カレワラ﹄。 おそらく潤の特殊装備を取り除いたダウング
レード機体だけど、国別の第三世代型兵器を搭載可能して、なお余り
ある大容量のバススロット。 しかも、ダウングレードしたっていう
のに機体の性能全てが完璧に近いんだ。 そしてデュノア社が頭を
悩ませた最大の原因は⋮⋮﹂
﹁あれが、ラファール・リヴァイヴの完全上位互換であること﹂
﹁そうなんだ。 あれはデュノア社の部品をライセンス生産すれば簡
単に量産できる。 機体をライセンス生産するよりも、よっぽど安く
済むから機体のコストも段違い。 そして、リヴァイヴと同等の安定
性と汎用性を兼ね揃え、機動性は第三世代機を脅かすほど凄い。 も
145
うどうしようもないね﹂
あれが完成した日には、デュノア社は政府の支援を打ち切られる。
そう言ってシャルルは愛想笑いをした。
そこで、第三世代の実験場とかすIS学園に機体情報を得るために
送られたのだろう。
一夏と潤、白式と近々の内に来るであろうパトリア・グループが送
り出す﹃本命﹄の情報を得るために。
﹁とまあ、そんなところかな。 でも、もうバレちゃったしね。 きっ
と本国に呼び戻されるかな﹂
﹁そうか﹂
﹁騙してごめん。 でも話したら楽になったよ﹂
情報を集めて考える。
潤の考えは、シャルルの話とは違った見解に行き着いた。
恐らくデュノア社の真の狙いは、データや白式ではない。
通に頼めば協力してやる。 さ、着替えて飯を食いに行こうか﹂
﹁う、うん﹂
シャルルは呆気にとられた表情で潤についていく。
心の中で潤が、
﹃そんなだから利用されるだけなんだ﹄と呆れている
のも知らずに。
デュノア社の本当の狙い。
恐らくそれは、⋮⋮一夏そのもの、というより一夏の遺伝子だ。
各々昼食をとって、午後は午前中に使った機体のメンテナンスの授
146
ならば││。
﹂
﹁聞かなかったことにしてやる﹂
﹁⋮⋮え
﹂
?
﹁一夏の情報を盗む程度なら俺は気にしない。 俺に何かあるなら普
﹁え、ええっと⋮⋮、いいの
りクラスメイト、三人目の男、﹃シャルル・デュノア﹄だ﹂
﹁聞かなかったことにしておいてやると言った。 お前は今までどお
?
業だった。
3年が今度行われるトーナメントに備えて機体の全整備を行うと
のことで専用の工具が少なく、二、二、一に別れて工具を共有するこ
とになった。
﹁ん﹂
﹁ん﹂
鈴に工具を手渡し、潤は先ほどのシャルルの話を考える。
マルチタスクという技術を有しているので、班に整備の話をしつ
つ、作業をするくらいできる。
シャルルの話が全て本当だというのであれば、社長はシャルルが女
だという事実を隠し通せると判断した、ということになる。
そこが最もありえない。
素人目で見てもシャルルは女性よりの体と顔をしている。
もしも、潤がエルファウスト王国の特殊部隊に所属していた時に同
147
様の任務を受け、シャルルに性別を偽ってスパイとして送り込むなら
もっと色々やった。
頬骨を砕き、顔の皮や脂肪を削ぎ落とし、新たに男らしい顔を作成
して貼り付ける。
胸部に脂肪を削って、ドーピングして胸板を作って男らしい体つき
を作る。
女性器を取り除いて男性器を付ける程度、何の感慨もなくやってお
いただろう。
﹂︵何を、的ニュアンス︶
﹁ん﹂︵返せ、的ニュアンス︶
﹁ん
レれば社命を左右する状況にも関わらずゴーサインを出した。
デュノア社は素人同然のシャルルを急増のスパイに仕立て上げ、バ
だろうか。
何故か周囲の視線が集まっているが、何か可笑しいところがあった
鈴に声をかけて、貸していた工具を受け取って整備を進める。
﹁ん﹂︵ハイよ、的ニュアンス︶
﹁ん﹂︵さっき渡したの、的ニュアンス︶
?
プロを雇うでもなく、直ぐにでもバレそうな変装をし、社運をかけ
たギャンブルをする。
そのありえない行動から、本来女であるシャルルが男として情報を
得るよりも他に大事な狙いがある可能性が浮かび上がる。
つまり、女だとバレてもいい、もしくはバレるからこそ出来る行動
があるのではないか、と潤の考えはそこに行き着いた。
ルームメイトにでもなれば、女だとバレるのは時間の問題で、季節
が本格的に夏となれば薄着になって秘密が露呈する可能性はもっと
高まる。
なぜ薄着になりだすこの季節に、身体を隠さねばならない人間を送
り出すのか。
秋や冬ならまだ分かる。
つまり、隠す気は毛頭無いとでもいうのだろうか。
と、なると、ルームメイトに女だとバレるのが、デュノアの父親の
最初の目的。
潤は学園側からほぼ二十四時間監視を受けているので、外部から手
を出しにくい状況が完成されている。
しかし、一夏はそこまで監視が強くなく、もし第三の男が出てくれ
ば付け入る隙がある。
しかもフランス代表候補生として身分がしっかりしているのであ
れば、一夏のルームメイトはシャルルになる可能性は多いにあるだろ
う。
﹁ねぇ、一夏。 さっきから、潤と隣のツインテールの女の子とが﹃ん﹄
だけで会話してるんだけど﹂
﹁なんか知らないけど、あの二人すげぇ仲いいんだよ。 コンビネー
ション見たらもっとびっくりするぜ﹂
シャルルと合同で整備する一夏の視線の先には、ニュアンスだけで
会話する二人がいた。
周囲の生徒から驚愕の目で見られていることなど意に介さず、潤の
頭の中を占めるのはデュノア社の狙いだけだった。
何時か露呈するシャルルが女という真実。
148
その時、一般的男性ならどうするか。
先に騙していたのは女で、秘密を握っているのは男。
二人は傍から見れば男同士、しかも秘密を一方的に男が握っている
状態で同棲生活をしていくことになる。
シャルルの顔と、体つきは、中々悪くない。
下種な男なら秘密を武器に一方的に、一般的な男でもシャルルと同
棲を続けていけば、何かの拍子で肌を重ねる事もありえなくない。
デュノア社の本当の狙いは一夏そのもの。
シャルルはいい時に湧いてきた適齢の生贄。
恋人として紹介してくれるのが最高の形。
その後に事が露呈しても、社長の令嬢に手を出したとなれば自陣営
に引き込むことは容易いだろう。
149
何しろ世間は女性有利の色を強めており、いくら伝説を残している
﹄とでも言えば
千冬の弟としても責任くらい背負わせることができる。
シャルルが一夏を庇って﹃僕たちは本気なんです
笑いが止まらないだろう。
むしろ一夏に対してさっさとバレてしまった方がいい。
こう考えれば、女だとバレても何も問題なんてない。
高いシャルルの子供ならば、男でも動かせるかもしれない。
ISの適性が遺伝するのであれば、男性で動かせる一夏と、適性の
保、人目から遠ざけてモルモットにすることも出来るだろう。
会社の後継者として専門的教育をするとでも言い繕って子供を確
もできる。
夫婦の寝室に入り込めば、コンドームの中にある精液を調べること
する。
保護している間にシャルルが子供を身ごもってくれれば計画は完了
令嬢とその恋人を保護するという分かりやすい名分を掲げ、自社で
れる。
自分なら酒の肴にして、大笑いしながらスコッチ三本くらい開けら
!
﹂
﹁⋮⋮自分の汚さが嫌になるな﹂
﹁なんか言った
﹁いや、何も⋮⋮﹂
そして潤は、それを黙認した。
汚いかもしれないが、一夏に降りかかる問題で、潤はより大事に扱
われるだろう。
この世界の暗部がどう動くかわからない以上、表側の束縛は強くな
ればなる程いい。
強すぎれば問題だが、犬を飼うくらいの束縛は潤を守ってくれる鎖
になる。
一夏の危険と、自分の安寧。
天秤にかけて自分をとり、一夏を見捨てる選択を取ってしまう自分
の思考。
そこに自己嫌悪して苛まれるのは、潤がまだ暗闇に染まりきってい
ないからかもしれない。
150
?
4│4 ラウラ・ボーデヴィッヒ
﹁え、えーと、今日も、転校生を紹介します﹂
シャルル・デュノア入学の翌日。
本日も再びホームルームが始まっての開口一番は、真耶の転校生入
学の知らせだった。
前日シャルルの入学があったばかりで、その翌日に新しく1人追
加。
普通そういうのは散らすだろうとか考えているだろう。
裏の事情を知っているのは、教師二人、潤と本音ぐらいである。
クラスに入ってきた生徒を見て、クラスのざわつきが止まる。
輝くような長い銀髪。
左目の眼帯。
何物をも拒絶するかのように冷たい右目の赤色。
﹂
真耶だったが、あっさり切り捨てられた。
一夏の自己紹介の時以上の重たい空気が教室を支配していた。
﹂
と、そこから今までの無表情が嘘のように激高した表情を見せ、一
151
近寄りがたい雰囲気はあるが、その独特な雰囲気や姿勢は軍人のも
のであると、クラスの何人かは気付いた。
﹁⋮⋮挨拶をしろ、ラウラ﹂
﹁了解しました、教官﹂
﹁ここではそう呼ぶな。 私のことは織斑先生と呼べ。 いいな
﹁はい、先生﹂
﹁以上だ﹂
﹁あ、あの、以上⋮⋮ですか
それ以外に続く言葉は無く、沈黙が訪れる。
﹁ラウラ・ボーデヴィッヒだ﹂
教室の女子たちを下らなそうに見て、ひと言。
を一望した。
そう答えるラウラと呼ばれる小柄な少女は、背筋を正したまま教室
?
出来る限りの笑みを浮かべて、教室の空気を変えるべく話しかけた
?
夏の正面に立つとその頬を叩く。
﹁私は認めない。 貴様があの人の弟であるなど、認めるものか⋮⋮
﹂
当然一夏は抗議の声を上げたが答えることもなく、来たとき同様
黙って空いている席に向かう。
席はクラス最後尾の廊下側。
隣には誰もおらず、潤の真後ろである。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
何を思ったのか、潤の前で足を止めるラウラ。
﹂
今度は潤とにらみ合う形になる。
﹁あ、あの、ボーデヴィッヒさん
い。
しかし、ドイツに教官を連れ戻すためならその程度なんとも思わな
う、拍子抜けする内容ではあったが。
その本筋のお願いが﹃男子二人を外部の圧力から守るため﹄等とい
のテストと名分も整えてある。
恩師の頼みであれば、と頼みごとを意気揚々と承諾し、レーゲン型
てきた。
ラウラは恩師である教官の、ちょっとした頼みごとを聞いて入学し
ば七:三ほどで潤有利。
六:四でほぼ互角、ラウラの知識が及ばない魔法の概念を加味すれ
お互いの戦力分析は、大筋今の段階で例外を除いて一致している。
外した。
何が共鳴したのか分からなかったが、二人は冷笑を浮かべて視線を
﹁お互い様だ﹂
﹁⋮⋮成程、本物だ。 教官が一目置くだけのことはある﹂
かに睨み合うだけだった。
一夏の時と同じく剣呑な雰囲気を気遣って声を掛けるが、二人は静
?
それに、IS配備特殊部隊﹃シュヴァルツェ・ハーゼ﹄隊長として
興味深い対象もいる。
152
!
﹃ほう、我がシュヴァルツェ・ハーゼに入隊してもやっていけそうな機
動制御だな﹄
画面には四月上旬のセシリア・オルコットとの戦闘が映されてい
る。
織斑一夏の映像は、本職からすればストレスがたまるほど覚束ない
戦いだったので最後まで見なかった。
だが、この小栗潤はISの特殊部隊隊長から見てもハイレベルな技
術を有している。
﹃しかし、未熟さは感じますね﹄
﹃ああ、私ならあの程度の攻撃を掠ったりはしない﹄
画面を見る二人、ラウラと副隊長のクラリッサ・ハルフォーフ。
経験の差からか、徐々に押されだす打鉄を見て感想をもらす。
結局、小栗潤はその明るい将来性を顕著に表したものの、接近する
その瞳は、右目の赤色と違い、金色に瞳が輝いていた。
ヴォーダン・オージェ。
擬似ハイパーセンサーが移植された瞳は、常人には到達できない動
体視力を約束するものだった。
しかし、制御に失敗してセンサーは常時稼働され、日頃の生活に支
着弾点を拡大して、コマ表示の
障をきたすために眼帯で保護している。
﹃クラリッサ 今の場面で停止
!
ブルー・ティアーズが右手の先端に命中した場面を、軍の超高性能
﹃了解﹄
ままゆっくり動かしてくれ﹄
!
153
ことなく敗北に終わった。
しかし││何か頭に引っ掛かりを感じる。
ラウラの闘争本能が、潤の機動を見て何かを訴えかけている。
﹄
もう一度最初から戦闘を見返す。
﹄
﹃なんだ、この違和感はなんだ
﹃隊長
?
もどかしくなって、左目の眼帯を外す。
?
カメラで再生していく。
そして、浮かび上がった真実││
﹃これは⋮⋮どういう事でしょうか
﹄
かそういう現象が起こっていた。
﹄
?
標を見つけた。
ラウラは教官以外に目的などない筈だったIS学園に、二つ目の目
の男は楽しめそうだ。
兵器たるISをファッションと同列に考えている連中と違って、こ
もいい相手。
軍人としてのプロ意識、エリート意識の強さ、その全てをぶつけて
﹃強いな。 この男﹄
接的な監視が出来ないがこれだけの情報でもわかることがある。
ルームメイトが暗部との繋がりが深い人物の関係者だけあって、直
航空機事故、今回の精密動作。
次々と小栗潤に関するデータを表示させる。
対応に追われているという事か﹄
﹃ふむ、男がISを動かした、等というイレギュラーが起こって教官も
かもしれません﹄
教官が持っているならば、代表候補生の立場を守るための指示をした
﹃もし小栗潤にこの精密機動制御が可能だと判断できる材料を織斑元
﹃この男はこのライミーに花を持たせるために接待していたのか
﹄
この妙な調節はラウラの見つけた一度きりではなく、戦闘中に何度
く。
今度は部隊のメンバーを集め、着弾点を拡大したものを集計してい
﹃映像を見る限りそう判断せざるをえん﹄
もりですか
﹃高速戦闘中に一、二㎝単位の精密動作をしていた、そうおっしゃるつ
しかもギリギリ当たるように微調整して﹄
﹃回避したのにも関わらず、再び当たる様に元の位置に戻している。
?
データよりも、自分の身で感じた強さの方がデータとして相応し
い。
154
?
シャルルとラウラが入学してから、もう直ぐで週が変わろうとして
いる。
IS学園は土曜日でも授業はあるが、午前の理論学習が終われば午
後は自由時間。
とはいえ休みを取る生徒は少なく、アリーナが解放されているので
殆どの生徒が実習に充てている。
潤や一夏と共に実習に参加した面子は六人。
シャルル、セシリア、鈴、箒、一夏、潤。
シャルルは怖がりながらも隠し事をしなくてもいい気軽さから、割
と潤と行動を共にすることが多くなった。
当然シャルルと同室の一夏も行動を共にするので、鈴やらセシリア
やら箒やらも加わって共に行動するメンバーがだいぶ増えた。
155
専用機持ちなので模擬戦を行うのも早くて助かる。
大分人数が居るので、空中で軽い手合せを行う程度の模擬戦でさ
勝者、小栗潤﹄
え、順番待ちという有様だが。
﹃試合終了
﹂
?
﹁ま、マジか。 そういえばシャルルの射撃、潤には防がれてばかりだ
﹃分かっている﹄だからな
﹁相手が武器を出した瞬間に、その特性、レンジ、弾道の予測ができて
﹁うぅん、分かっているつもりだったんだが﹂
いからだよ﹂
﹁つまりね、一夏が勝てないのは、単純に相手の武装特性を把握してな
空中から一夏と潤が、ゆっくりシャルルの元に降りていく。
レベルじゃ普通出来ないからね﹂
時加速で接近してすれ違いざまにブレードで払い落とす、なんて学生
﹁尤もな意見だけど、瞬時加速で接近してくる一夏に対して、自分も瞬
るのは一回限りだ。 駆け引きを覚えろ﹂
﹁織斑先生も言っていたが、瞬時加速が戦い慣れている相手に通用す
﹁く、なんなんだよ、その命中精度﹂
!
からなぁ﹂
﹁相手の軌道予測先を狙い撃つのみでは不合格なんだ。 相手を自分
デュノア社お抱えの選りすぐりでも
の予測通りに回避運動させて、相手の動きを支配できるようにならな
くてはな﹂
﹁潤、それ本気で言ってるの
出来なさそうなんだけど⋮⋮﹂
これまで何度か仲間内で模擬戦を繰り返しているが、一夏の勝率は
著しくない。
一夏から見た潤の射撃、近接の成長速度がおかしい。
ラウラの来校によって楔から解き放たれた潤は、代表候補生が理解
可能な範疇を維持しながら実力を出しつつある。
始めて潤と戦闘して、その熟練の深さを目の当たりにしたシャルル
の驚きは形容のしようがない。
僕と戦った時、
射出されるライフルの弾を、ブレード二本で全弾叩き落とされもす
れば驚愕もする。
﹁うーん、知識として知っているだけって感じかな
もう少し避けられても良かったんだけど﹂
骨折する
﹁なるほど、ね﹂
﹁ん
﹂
││N字瞬時加速可能ってフィンランドの連中
骨折したりするからね﹂
いよ。空気抵抗とか圧力の関係で機体に負荷がかかると、最悪の場合
﹁あ、でも瞬時加速中はあんまり無理に軌道を変えたりしない方がい
﹁直線的か⋮⋮﹂
的だから反応できなくても弾道予測で攻撃できちゃうからね﹂
把握しないと対戦じゃ勝てないよ。 特に一夏の瞬時加速って直線
﹁一夏のISは近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を
﹁う⋮⋮確かに。瞬時加速も読まれてたな、そういえば﹂
?
そう言った目の隈の酷い技術者の顔がサムズアップして目に浮か
なる。
ドヤ顔で、N字を描くように鋭角に向かって方向転換可能な状態に
本当にISを作っているのか
?
156
?
?
?
ぶ。
﹁よし、潤。 俺ともう一回戦ってくれよ。 なんか掴めそうだ﹂
まだ一回しか戦ってないよね
しかもノー・ダメージだっ
﹁ああ、俺は⋮⋮。 いや││駄目だ。 メンテナンスする﹂
﹁え
回数多いくらいじゃないか
﹂
﹁そうだな。 俺も結構潤と一緒にメンテナンスしてるぞ。 俺より
グループに提出している﹂
も、ダメージに応じて行っているし、各ダメージデータもパトリア・
﹁馬鹿にする。 メンテナンスは毎日やっている。 勿論部品の交換
せっかくの専用機が泣くよ、これじゃあ﹂
たんじゃ⋮⋮、って、本当だ。 潤、ちゃんとメンテナンスしてる
?
だった。
﹁この前メンテナンスしたの何時
﹂
﹁昨日﹂
﹁昨日
﹂
?
二人の目に映るのは、機体各所に記される﹃要交換﹄のメッセージ
ついでに一夏も覗き込んできた。
込む。
シャルロットが打鉄・カスタム・mkⅡのコンソールデータを覗き
?
﹁⋮⋮姿勢制御スラスター吹かせてマシンガンの弾を叩き落したりな
んてするからだよ﹂
﹁いや、俺の白式を力勝負で叩き落すからだ。 きっとそうだ﹂
﹁幾ら整備しても、カスタム・mkⅡのコンセプトが、﹃わざと操縦性
を下げ、パイロットの力加減をパーツの消耗度で算出する﹄なんだか
ら、まともに動かそうとすると操縦で機体がガタガタになる。 これ
でも機体に気を使っているつもりなんだけどな﹂
﹁いやはや、潤の伸びしろって、ほんとに凄いんだね。 飛行機事故で
もそう思ったけど﹂
仕方が無いので、潤は暫く休憩。
シャルロットと一夏が訓練を開始する。
157
?
?
﹁俺も一緒だったから間違いないぜ﹂
!?
男子三人で訓練しているこの状況に、一夏も遠慮なく質問出来るの
か、物事をドンドン吸収していった。
なにせ、シャルルがいない場合に積極的に指導してくれる、一夏の
コーチ達は本当に酷い。
どか
!
感 覚 よ 感 覚。 という感じだ﹄、そも説明になってない。
篠ノ之箒の場合、
﹃こう、ずばーっとやってから、がきんっ
んっ
凰 鈴 音 の 場 合、﹃な ん と な く わ か る で し ょ
なんでわかんないのよバカ﹄、上に同じく。
?
はわからない。
小栗潤の場合、﹃鈴に教えてもらえ。 ⋮⋮俺がいい
か、来いよ、実践で教えてやる﹄、質問できない。
まあいい
度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ﹄、理論的すぎて素人に
セシリア・オルコットの場合、
﹃防御の時は右半身を斜め上前方へ五
⋮⋮はあ
?
!
﹄
されている一夏の姿
があった。
﹁何故シャルルにまで嫉妬しているんだ
﹂
よう。 ││これから喋るのは全部独り言だ﹂
﹁隠しきれてないぞ。 照れ隠ししたいのなら、面と向かってはやめ
﹁なななな、何を言ってるのか、全っ然っわかんないね
﹂
彼女たちの元々の視線は、訓練と称してシャルルと射撃姿勢を指導
呼びかけに応じた鈴に釣られて、他二人の目が潤に突き刺さる。
ついつい、鈴に対して口が出てしまう。
暇になったので、少し離れていたツインテールの元に向かう潤。
﹁なによ﹂
﹁なあ、鈴﹂
﹁わたくしの理路整然とした説明の何が不満だというのかしら﹂
﹁あんなにわかりやすく教えてやったのに、なによ﹂
﹁ふん。 私のアドバイスをちゃんと聞かないからだ﹂
この一夏の反応に対し、異論を唱えられる者が何人いるだろうか。
ん
それに対する一夏の返答、﹃率直に言わせてもらう。 全然わから
?
!
?
158
!
恋愛というのは須らく相手がいるものだ。 お前は一体一夏をど
うしたいんだ。 奴にも多大な問題があるのだろうが、ISで攻撃し
たりするのは恋愛の要素からかけ離れており、それはただの暴力だ。
照れ隠しでも限度というものがある。 それに、もし一夏が日本に
昔いた大和撫子が好みだったらどうするんだ。 今の時点で完全に
脈なしじゃないか。 自分の魅力に気づいて欲しいというのは女性
の性かもしれないが、相手の好みを知ることをしないというのはどう
かと思う。
一夏の好みについては大丈夫。
何故
一夏の好みは千冬さんだから。
﹁真性のシスコンだったのか⋮⋮﹂
異世界では、貴人の血を濃くするために希に兄妹で結婚する場合も
あった。
しかし、こっちの世界では普通に犯罪なのではないか。
鈴の春は遠そうである。
﹂
記憶喪失と聞いているが、実際記憶はあるの
﹁と、ところで何故潤さんは、そんなに恋愛ごとに関して具体的に話せ
ますの
﹂
﹁恋人でもいたのか
だろう
﹂
﹁鈴さん、何を急に﹂
﹁⋮⋮は
た挙句、次の恋人には死別されて女運最悪だったくせに﹂
﹁何が﹃それがどうした﹄よ。 初恋の相手からは裏切られて死にかけ
﹁いたが、それがどうした﹂
した影響から恋愛など経験したこともない。
そして、急に興味津々に身を乗り出した箒も、ISを実の姉が開発
の取り合いなど経験したことがないからだ。
一夏に対して、普段通りのお嬢様然とした態度が取れないのも男子
いて複雑な心境を抱えている。
セシリアはちょっと面白くない家庭の事情から、男女の在り方につ
?
159
?
?
?
?
﹁││あれ
﹂
セシリアと箒が目を見開いていることで、ようやく鈴は自分の言葉
の奇妙さに気付いた。
黙れ淫売。 その台詞をなんとか飲み込んで潤が視線を混乱する
鈴に向ける。
﹂
﹁あ、い、いや違うって。 潤に聞いたことがあった様な気がして。 ね、そうでしょ
なる位誰とも喋らない。
﹁貴様も専用機持ちだそうだな。 ならば話が早い。 私と戦え
﹁イヤだ。 理由がねえよ﹂
﹁貴様にはなくても、私にはある﹂
﹂
その少しばかりの会話で、クラスで一番ラウラと会話したのが潤に
ない孤高の女子。
転校初日に潤と少しばかり会話して以降も、誰ともつるもうともし
ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
﹁まだ本国でのトライアル段階って聞いてたけど⋮⋮﹂
﹁ウソっ、ドイツの第三世代機じゃない﹂
﹁ねえ、ちょっとアレ⋮⋮﹂
の声を拾うことができた。
偶然ISを展開したままだった潤には、ハイパーセンサーよってそ
かにアリーナがざわつき始める。
と、鈴ではなく、鈴越しにリリムに対して世間話をしていると、俄
﹁女運最悪だったのは、それは主にお前のせいだ﹂
彼から帰ってきた言葉は少なかった。
縋るような視線を向けられる潤。
?
周囲はいきなり発砲したラウラに驚いたが、当事者の一夏は別のと
り、同時にデュノアがシールドを呼び出し防御した。
そう幾らかの問答の後に、突如ドイツの黒いISが射撃体制に入
﹁なら││﹂
時で﹂
﹁今でなくていいだろ、もうすぐクラスリーグマッチなんだから、その
!
160
?
ころに驚いていた。
通常一秒、二秒かかる量子構成をほぼ瞬間的に終えている。
シャルルの専用機は、第二世代型IS﹃ラファール・リヴァイヴ・
カスタムII﹄。
何故か代表候補生なのに第三世代でもなく量産機のカスタム機な
のか。
豊富なバススロット、大量に量子変換してある武装や弾薬、それら
をシャルルが十全に使いこなせているからと納得した。
何をやっている
﹄
一夏を背に、ラウラとシャルルが睨み合う。
﹃そこの生徒
騒ぎを聞きつけて来たであろう教師が、スピーカーで割って入る。
!
興が削がれたのか、ラウラは呆気なくアリーナから去っていった。
161
!
4│5 高みを行く者
放課後十六時を回ってアリーナは閉館時間を迎えた。
更衣室に戻って当然のごとく着替え始めるが、シャルは女なので肌
を見せたくないようだ。
﹂
﹂
やっぱりなんだかんだ理由を付けて、着替えは別で行っている。
﹁偶には一緒に着替えようぜ﹂
﹁い、イヤ﹂
﹁つれないことを言うなよ﹂
﹁つれないっていうか、どうして一夏は僕と着替えたいの
﹁というか、なんでシャルルは俺たちと着替えたがらないんだ
こいつホモなんだろうか、潤の疑惑は入学当初まで遡る。
人の腹筋を見て触っていいか等と尋ねたり、なぜか着替えをジロジ
ロ見て感想を述べたり、一夏ホモ説は要検証という事で。
案外男同士の友情というものをそう解釈しているだけかもしれな
いし、父親が不在で家族が姉だけという生活も関わっているかもしれ
ない。
〝潤、なんとかしてよ〟、〝まあ、事情を知っている側からすれば、
だな〟、〟ありがとう〟、〟いいってことよ〟。
交わされるシャルルと潤の目線。
﹁そこまでにしておけよ﹂
﹁ぐえっ﹂
シャルルに近寄った一夏を、寸での所で後ろ髪を掴んで止まらせ
る。
その隙にシャルルは部屋に戻っていった。
﹂
洗面所なら鍵もかけられるし、シャワーも浴びられるだろう。
﹁何すんだよ
傷の色素沈着やケロイドを他人に見せたくないといった心理的障害
があったらどうする﹂
﹁そういうのを互いに許し合えるというのも友情の形だろ﹂
162
?
?
﹁お前こそデリカシーを覚えろ。 もしシャルルが手術の傷跡や、火
!
﹁ならせめてシャルルの口から語られるまで待て。 人の心にズケズ
ケと入るのは凌辱とさして変わらないぞ﹂
潤の用いるダウンロードの、本流にあたる魂魄の力。
それは人の魂や肉体に関する能力であるが、この能力は人間に干渉
し過ぎる。
精神的な共感を得ることも出来るし、肉体的な体感も直感的に理解
できてしまう。
リリムが死んだ後、潤が薬物まで摂取して気が違ったかのように荒
れたのも無関係ではないだろう。
心の奥底に隠してあることへの干渉は、魂魄能力者が最も得意とす
る。
だから、魂魄の能力者はみんな普通のままではいられないのだ。
リリム然り、潤も異世界での結末もまた然り。
人が嫌がる事を知る、そこに関して一夏は潤に遠く及ばない。
163
﹁それもそうか。 引き際を知らないやつは友達なくすからな﹂
﹁シャルルが避けている理由も、その内本人が直接話してくれるさ﹂
話している間に着替えが終わった。
ISスーツは着るのは大変だが、脱ぐのは比較的簡単だ。
﹁よし、じゃあ帰ろうぜ﹂
﹁悪いが、俺は用事がある﹂
﹁またかよ。 お前もお前で付き合い悪いぞ。 それで、今回は何の
用事だよ﹂
FIF│P01Xの装備装着のための打鉄・カスタム・mkⅡの提
出。
本来なら、パトリア・グループの関係者でない一夏に話すことは出
来ないが。
どうせデータ取りの為にアリーナを使うのだから、衆人の目にとま
るのは時間の問題か。
﹂
﹁俺の専用機が形になったんだ。 どうやらここから先、生のデータ
まさかリーグマッチに間に合うのか
?
を加えつつ調整しないとどうしようもないらしい﹂
﹁それホントか
!?
﹂
﹁流石に無理があるな。 だが、七月の合宿にはお披露目になると思
う﹂
﹁そうか、七月か。 それで、名前は
﹁何故か俺が名づけて良いそうなので、遠慮なく好きな名前を付けさ
せてもらった﹂
名前を決めて良いと言われた瞬間、電撃的に名前は浮かんできた。
異世界のパワードスーツの名前。
その名は││。
﹁FIF│P01X、﹃ヒュペリオン﹄だ﹂
ギリシア神話に登場する神。
その名は﹃高みを行く者﹄の意味。
IS学園とパトリア・グループ日本支部の繋ぎとして顔なじみの立
平氏にmkⅡを提出し、代わりにPDAを受け取った。
そこから機体の資料を開いて、装備を頭に叩き込みながらカルボ
ナーラを食べる。
カルボナーラもたまに食べると美味い。
﹄だった。
機体を見ての、潤が思い浮かべた率直な感想は││﹃俺と同じよう
にIS世界に来た日本人が居たのかな
アンロックユニット装備
十二
・EEGARAラック
・EEGARA
サーベル。
全体の色がν、アンロック部分はレイダー、EEGARAはフィン・
﹂
ファンネル、そしてガンダム特有のビーム兵器と、全身にある可変装
甲。
﹁で、小栗くんの専用機、どんな感じなの
全てフィンランド語なので、同じく覗き込んでいるナギにも分から
隣に座っている癒子がPDAを覗き込んで質問してくる。
﹁EEG⋮⋮脳波コントロールが曲者だな﹂
?
164
?
?
そして、量子変換されている高エネルギービームライフル、ビーム
×
ないだろうが。
すると一夏が、両手に女子を侍らせて食堂にやってきた。
﹂
な
﹂
潤の姿を見つけた一夏は、戦場帰りの飼い主を見つけた犬の如く近
寄ってくる。
﹁よう、潤、一緒に食おうぜ
デザート持ってきてやるから
﹁いや、見ての通り食い終わったんだが﹂
﹁そんなこと言うなよ
!
﹁││シャルルのことか
﹂
﹁その、潤⋮⋮。 相談が、あるんだか﹂
いことがあるかのように黙り込んでいた。
暫く二人に翻弄されていた一夏だったが、食べ終わると何か言いた
ラを出すのでしょうがない。
すると、両脇の二人は専用機に興味を示すも一夏に対して不機嫌オー
PDAで専用機の資料を見ている潤に、専用機の事を聞き出そうと
一夏。
両脇をがっちり固められ、
﹃はい、あーん﹄みたいな事をやらされる
ペットにしていたり、これらからすればマシだが。
血の滴る腕に噛り付いて主食にしていたり、年端もいかない子供を
じゃないか。
シスコンでバイとか、以前のパートナー達と負けず劣らずの変態
表情を見るにホモじゃなかったのか、いやバイか。
ら解放されると颯爽と料理を取りに行った。
胸を押し付けられて多少取り乱したらしく、一夏はセシリアと箒か
!
!
この雰囲気、シャルルのこと、この事柄から連想できそうなことは
一つ。
もう、ばれてしまったのか。
周囲には話さず、同じく既に知っている潤に相談を持ちかけた
それはデュノア社の思惑通り、順調に波に乗っていることを示して
いる。
﹁お前と俺、男二人、だけでもいいんじゃないか﹂
165
!
﹁三人で話したいことがあるんだ﹂
?
﹁││ああ﹂
男二人だけ、この僅かな言葉の綾に一夏は反応した。
恋愛ごとに関しては鈍感だが、多少の腹芸は出来るらしい。
﹁セシリア、篠ノ之、一夏を借りるぞ。 本音、遅くなるかもしれない
から先に寝ていてくれ﹂
﹁いってらっしゃいー﹂
さて、一夏とシャルルは何処まで考えているのか。
程度が浅い様なら、いずれ食い物にされる。
一夏と連れ立って寮に向かって歩き、結局たどり着いたのは一夏の
部屋だった。
盗聴とか盗撮の類を気にしてないのだろうか。
してないんだろうな。
﹃本人の同意が無い限り、外的介入は許可されない﹄なんて紙切れ同然
の約束事を信じきっているのだろう。
ている最中に渡そうとしたら、色々見てしまったという事らしい。
これは、セクハラです。
﹁セクハラだな。 犯罪だぞ﹂
166
一夏とシャルルがベッドに座り、潤は机に備え付けられている椅子
に腰を掛けた。
﹁随分早く気付かれたものだな、シャルル。 それで、一夏はどうやっ
て知ったんだ﹂
﹁え、えっと﹂
ベッドに腰を掛けた二人が、共に視線を彷徨わせて沈黙したので、
潤から口火を切った。
二人は質問に答えず、シャルルは顔を赤くして俯き、一夏は目をそ
らした。
澄まし顔で何想像してん
まさか、女だと知らない時に押し倒したのか。
どんな勘違いの仕方だよ
!
﹁ホモだったのか﹂
﹂
﹁ちげーよ
だ
!
つまり、ボディソープが切れていたのを思い出し、シャワーを浴び
!
﹁余計なお世話だよ
﹂
そういうお前はどうやって分かったんだよ
シャルに聞けば転校初日に気付いたらしいじゃないか
?
﹂
﹂
!
﹁⋮⋮俺の答えは変わらない。 ﹃聞かなかったことにしてやる﹄、そ
るかもしれないんだ。 頼む、シャルを助けてやってくれ
﹁被害者側の俺たちが何も言わなければ、三年の間で何か対策がとれ
所属してない土地だったって﹂
﹁僕も一夏に聞くまで、すっかり忘れてたよ。 ここが何処の国にも
依然潤の表情は、いつも通りの無表情のまま変わらない。
た。
そこでシャルルと一夏は、お互いに視線を合わせると表情を崩し
か﹂そうだよ、それだよ﹂
の学園の生徒は、外部のあらゆる企業、組織、団体の干渉を受けない、
﹁それなら大丈夫だ。 潤も特記事項知っているだろ││﹁第二一、こ
の学園で生活する限り、どれだけ上手く隠しても何時かはバレる﹂
﹁⋮⋮それで、居てどうするつもりだ。 俺たちだけならともかく、こ
﹁一夏はね、ココに居ていいって言ってくれたんだ﹂
﹁協力
﹁シャルと俺に、協力して欲しいんだ﹂
ルを許している。
それに、潤は﹃聞かなかったことにしてやる﹄そう言って、シャル
も仲間内に入れて相談に乗ってもらおうと思っていた。
シャルルに話を聞いて、初日に潤に気付かれたと聞いた一夏は、潤
声で、再び部屋に独特な雰囲気が戻った。
どちらかと言えば頼られる側としてクラスに認識されている潤の
か﹂
ういいだろう。 コントはここまでにして、本題に移ろうじゃない
方 で わ か る。 疑 っ て 見 れ ば 結 構 気 付 け る 箇 所 は 多 か っ た ぞ。 も
﹁視線とか、筋肉のつき方とか、男性に対する反応とか、歩き方、喋り
!
!
﹂
して、直接危害を加えてこないというならば、シャルルを責めたりし
ない﹂
﹁ありがとな
!
167
?
無邪気に喜びを表現する二人。
何時からだっただろうか、あんなに素直に喜べなくなったのは。
その喜びを滑稽だと思ってしまうようになったのは、何時だった
か。
部屋を出る潤は、後ろ髪を何時までも引かれるような悪い後味しか
残っていなかった。
一夏とシャルルに別れを告げるが、部屋に帰るほど気は収まってお
らず。
一人に慣れる場所を探して、終いには寮の外まで足を運んでいた。
﹁随分感情豊かになったな⋮⋮﹂
以前リリムに言われた言葉、﹃感情を表に出せなくなった人形のよ
うな子﹄。
それは比喩でも他の何でもない言葉通りの意味。
戦う時以外は、薄気味悪い位に無表情だった嘗ての自分。
人形のままでいいと思っていた。
戦うための剣であればいいと思っていた。
戦いの際に出る覇気や怒気意外は要らないと思っていたし、感情な
んて無い方がいいと思っていた。
どうせなら、最初の強化手術の時に、ただの狂える軍用犬にでもし
てくれれば良かったのに⋮⋮。
﹁やはり、俺の居場所は、戦場以外には無いのかな⋮⋮﹂
普通に生活するだけでも疎外感を覚えるのは、気のせいではないの
だろう。
そも初めの時点から、潤はこの世界と無関係のところで生まれてい
る。
誰も知っている人はいない。
誰も理解してくれる人はいない。
憎しみだけ、絶望だけ、それだけを糧に行動しようとは、以前見え
た怨敵を思えばする気はない。
168
しかし、せめて鈴が、本当にリリムならば⋮⋮どんなに楽か。
だが、それでは鈴の精神が死んでしまいかねない。
﹁そんなこと許されないって分かっているのに。 難儀なものだ﹂
夜空に溶けていくのは、二つの故郷に未だ縛られたままの愚者の声
だった。
そんな遣る瀬無いことを考えていると、アリーナから誰かが歩いて
きた。
生徒会関係者か、教師の誰かが1人でいる時間が長いと注意しにで
も来たのかと思ったが、現れたのは意外な人間だった。
﹁ラウラ・ボーデヴィッヒ⋮⋮﹂
﹁随分辛気臭い顔をしているな﹂
何を思ったのかラウラは缶コーヒーを潤に投げ渡した。
自分用にも購入したのか、潤の近くまで歩み寄ると自分も飲み物を
口にした。
での参加を必須とする。 今の学年で私とまともに組めるの貴様だ
﹂
けだ。 逆を言えば、貴様と組むに相応しい実力者もまた、私だけだ﹂
﹁初耳だが、どこの情報だ
﹁織斑教官からのリークだ。 私は転校から間もないから、今の内か
?
169
潤は何も言わず、さりとて缶を開けることなくラウラを睨み付ける
だけだった。
﹁そうだな、流石に無条件で口につけんか。 もし警戒心も出さず飲
みだすなら見限っていたが、私の見る目も確かなようだ﹂
投げ渡した缶を、再び自分の手元に戻すと口を開ける。
そのまま、少量飲み下すと潤に手渡した。
毒は入っていない、それを立証しようとしたのだろう。
﹂
年頃の乙女が騒ぎそうな、間接キスがどうのこうのはことラウラの
中には無いらしい。
﹂
!
﹁それで、こんな物まで用意して何の用だ﹂
何の話だ
﹁率直に言う。 次のトーナメント、私と組め
﹁組む
?
﹁次の学年別トーナメントではより実践的な模擬戦を行うため2人組
?
ら相手を探せとおっしゃられてな﹂
凍てつくような瞳。
されどその瞳は気高く、強さに溢れ、何故か潤にとって懐かしい色
を含んでいた。
﹁すまないが、恐らく俺に相手を選ぶ自由があるとは思えん。 教員
側から組む相手を言い渡されるだろう﹂
﹁っち、そこまで貴様には自由がないのか⋮⋮。 それにしても、なん
だ、その言い草は﹂
﹁別に普通だろう。 何が不満だ﹂
﹁周囲に対し常に警戒心を持ち、イギリスの小娘をあしらえるほど強
私はこの学園の存在自体疑問だ﹂
い貴様が、ISをファッションの様に考える生温い生徒と組むことに
何も思わないのか
ラウラの物言いには、胸か喉元に何か詰まる不吉な感じがしたが重
要なのはそこではない。
流石に軍人にはばれているか。
上手くやったつもりだが、所詮ISでは素人だったらしい。
﹁お前こそ何をカリカリしているんだ。 確かに意識の低さは嘆かわ
しいが、平和な証拠じゃないか﹂
﹁何を寝ぼけたことを言っている。 強さの証明こそが人類の歩みだ
ろう﹂
﹁お前⋮⋮﹂
今、ようやく分かった。
喉元に何か詰まる不吉な感じ。
こいつは││。
﹁見て直ぐ分るほど高められ、恐怖と感動を覚える程の強者、織斑教官
の様な戦士になること。 それだけが私の存在意義だ﹂
嘗て、自分を強化した研究施設で、今れ育った強化人間たちと同じ
だ。
魂魄を通じて伝わる、歪な精神構造。
無意識に肉体を強化し、握られたアルミ質の缶が歪められていく。
潤は小柄なラウラを見下ろした。
170
?
その瞳を占めていたのは、憐みの類だったが。
﹁そんな、力で力を求めて、一体その果てに何が残る
たいのか
﹂
様は先生の力しか見ていない
﹂
﹂
であって織斑千冬ではない。 貴様が見ているのはただ力だ
貴
﹁そういう意味ではない。 それに貴様の言う織斑先生は、強い教官
﹁馬鹿な事を言うな。 私の目的は教官だ。 貴様ではない
﹂
無き力の積み重ねは自分の身を滅ぼすぞ。 お前は俺みたいになり
﹁その果てに、どの位滅んだ民族が居るのか分からないのか。 目的
う﹂
﹁可笑しな事を聞く。 人類有史以来、永遠積み重ねてきた真理だろ
?
!
﹂
私のことを何も知らない貴様が、私の抱いた幻想を否
定するというのか
﹁なんだと
!
力だろうに
﹂
﹁言わせておけばズケズケと
れがわからん
﹂
貴様もただの軟弱者だ
で発展した。 貴様こそ、それを分かるんだよ
交じり合わない二人の、﹃力﹄の持論。
﹂
力に余計
何故そ
人類は武力によって別の何かを生み出すこと
なものを求めれば、力は純粋な力でなくなり人は弱くなる
!
﹂
貴様の
そ ん な の は 力 を 持 た ぬ 弱 者 に 任 せ れ ば よ い の
ベクトルは完全に反対を向いている。
﹁別 の 何 か を 生 む
だ。 強者は君臨してこそ強者だ
﹂
﹁力の意味をはき違った小娘が何を偉そうに﹃君臨する﹄だ
!
?
今度のトーナメントで、私直々に叩きのめし
ような者を真の意味で弱者というに相応しいだろうさ
﹁ほざいたな軟弱者
!
!
犠牲にした潤。
力によって生きる意味を見出したラウラ、力によって大切なモノを
!
﹁分かってたまるか
!
!
﹁否定するも何も事実に過ぎない。 お前が欲しているのは、ただの
化していった。
やや友好的に始まった二人の会話は、何時しか言葉のぶつけ合い変
!
!
!
!
171
!
?
!
!
て、力の本懐を叩き込んでやる
﹂
﹁お前ほど力の意味を知らん者が、無暗に力を得てしまったのか⋮⋮﹂
潤はそれまで向けていた瞳を逸らし、寮に入っていく玄関へと向
かっていった。
しかし、歩みを進める途中、煌々と冴え渡る月の下、殺気を纏って
振り返った。
﹁ラウラ・ボーデヴィッヒ⋮⋮﹂
自分と同じく、恐らくは真っ当な人生など歩んで居ないだろう女生
徒を見つめる。
月光に輝く銀髪は、不思議と悲しい光を発していると潤は思った。
﹁理想と力を踏み誤った馬鹿者。 道を誤った先人として、踏み外し
た道を正してやるのが、俺が此処に居る意味かもしれない﹂
﹁私とて同じことが言えるな。 力の意味を違えた軟弱者を鍛えてや
るのも、真の強者がすべきことかもな﹂
﹁それは結構。 ならば、俺と貴様の勝負は互いの信念を掛けた大一
番だ。 俺が勝った暁には、その理想も決戦の地に捨てていけ﹂
﹁いいだろう。 私は負けない。 誰にも、お前にも、織斑一夏にも
﹂
になった。
172
!
潤にとって、次の学年別トーナメントは、絶対に負けられない戦い
最早語ることはない。
!
1│4 君は俺に似ている
5│1 更識簪
学年別タッグトーナメントは六月末に行われる。
今日で六月も中旬なのでトーナメントは大体十日後。
タッグペアを探して、満足のいくコンビネーションをするための練
習期間が短すぎる気がするのだが、何を考えているのだろうか。
教師側から誰か、恐らく生徒会関係者と組めと言い渡されると考え
ていたので、何か知っている可能性の高い本音に聞いてみた。
ナギと癒子は、例の噂関連でさっさと教室に向かっていった。
頼む、止めてくれ、これ以上傷を広げないでくれ。
﹂
﹁今日には告知されると思うけど、今度のトーナメントは二人組で行
うらしいだが、俺は誰と組むのか決まってるのか
てっきり隔離されるものと思ったんだが⋮⋮﹂
﹁ん∼、私何も聞いてないけど∼﹂
﹁そうなのか
ていた。
織斑先生が主導で行っていた二十四時間体制の監視も一時的に終
わり、今回無闇に束縛しない事には、潤にも友好の輪を広げて欲しい
という教師心があった。
﹂
しかし、そうなると誰と組むべきか。
﹁本音、組まないか
うよ
優勝間違いなし﹂
﹁おぐりん優勝したいんでしょ りんりんと組むのがベストだと思
?
?
﹁う∼ん、おぐりんの予測で私と組んだ場合優勝できる
普通の範疇を出ない。
﹂
本音の実力は、高くもなく低くもない、下手ではないが、あくまで
厳しいとは思っている﹂
﹁ラウラがどこまでパートナーを意識して戦うかで変わるが、かなり
?
173
?
IS適性の高い本物の軍人が来たことで、潤の警戒レベルも下がっ
?
﹁それは││そうだろうけど⋮⋮。 いや、奴とは組まない﹂
?
何回か授業で教えてわかっていることだ。
もし、箒レベルで戦いの心得がある生徒をラウラが選んだ場合、恐
らく不利になる。
代表候補生レベルを選べば言わずもかな。
そうなれば、潤も代表候補生を選べばいいのだろうか。
遠距離射撃型、イギリス代表候補生、セシリア・オルコット。
中距離及び近接格闘型、中国代表候補生、凰鈴音。
万能型だが第二世代、フランス代表候補生、シャルロット・デュノ
ア。
今回は、タッグと決まっているが対ラウラに限って直接対決で勝た
ねばならない。
故に、ラウラと当たる所で、こちらの事を考えた戦闘をして欲しい
が⋮⋮。
ダメだ。 こいつら色々濃すぎる。
﹂
174
セシリアは主導権を取りたがる口で、ラウラと戦う場面でも自分を
出してしまうだろう。
鈴は、共感現象を利用すれば勝てるし事情を察した動きをしてくれ
るだろうが、それは鈴の成長できるチャンスを無くしてしまう。
それに、最近リリムの侵食が進んでいる。
少し距離を取らねば鈴が消えてしまいかねない。
だけど、あいつもあいつで濃いもん
シャルは相談すればなんとかなりそうだが、戦闘以前の所に問題が
ある。
﹁と、なれば篠ノ之に頼むか
なぁ⋮⋮﹂
か⋮⋮﹂
も問題なく戦えて、そんなに自己主張の強くない生徒。 いないもの
﹁そうだな、ラウラとの直接対決を許してくれて、相手が代表候補生で
﹁おぐりん、相手に困ってるの
話、通じる相手だろうか、不安だ。
する姿を思い出す。
一夏に木刀で殴られた話、教室で潤とラウラに並んで仏頂面で孤立
?
?
﹂
⋮⋮更識簪か。 ⋮⋮ありだな、ちょっと四組行っ
﹁もう全部ピンポイントだしかんちゃんに頼んでみれば
﹁かんちゃん
ラス前までついた。
上級生はどうすればいいの
知りません、優勝できなかった男子
トーナメントの噂のせいで、妙に視線が集まっていたが、目的のク
一年四組。
思う。
しっかり事情を説明して、話し合えば同意を得られる余地はあると
どちらかというと内向的なイメージがある。
日本代表候補生でIS学園で最強と自称する生徒会長の妹。
を操作していた女子。
かんちゃん、四組クラス代表、更識簪、以前アリーナでキーボード
くれるよ、おじょうさま⋮⋮﹂
﹁いってらっしゃーい。 ││うん、おぐりんなら、きっと何とかして
てくる﹂
?
力で行くぞ。
受賞式での発表
俺を景品替わりにするのは諦めろ、今回俺は全
を、優勝者同士で話し合ってパイの取り合いをしたらどうしょうか。
?
なんで
﹂
!
﹂
﹂
一組の小栗くんだ
﹁え、うそうそ
﹁よ、四組に御用でしょうか
!?
﹁更識さんって⋮⋮﹂
﹁⋮⋮更識に話があるんだが﹂
い。
誰だか知らないが、更識簪と同室になるのを防いだ人に感謝した
もしそうなったら悲惨な事になっていたかもしれない。
たらしいが。
元々考えてみればこのクラスで男一人で所属することになってい
線の集まり方は。
なんだこの、登山に来たら野生の鹿を見つけた小学生達のような視
!?
﹁ああっ
空気が抜けるような音がして、扉がスライドして開く。
?
175
?
!
!
﹁﹃あの﹄
﹂
海割りよろしく女子の壁が開く。
その直線状、クラスの一番後ろの窓際席に、彼女はいた。
﹁じゃあ、そういうことで﹂
不思議と絡み付く視線を背中に窓際まで移動する。
よかった、真中中央とかじゃなくて。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁久しぶりだな﹂
クラスの端っこで、メガネを何故か光らせてキーボードを操作して
いる。
画面が見当たらないが、恐らくは眼鏡がその役割を果たしているの
ではないだろうか。
内側に跳ねる癖毛、虚ろにも見える目、どこか人を寄せ付けない雰
囲気。
アリーナでもそうだったが、何か作っているのだろうか。
ZMPの設定でもしているのか
この関数設定⋮⋮、射撃や、マニピュレータは弄っていないようで
はあるが。
軌道生成
?
歴があるので、ISのプログラムなら少なくとも1年の誰よりも長は
ある。
﹁更識﹂
今になってようやく気付いたのか、なにやら眼鏡をきらりんと輝か
せて顔を上げた。
なんか、妙に変な雰囲気を感じる、これは、お、オタク臭
き能力である。
﹁⋮⋮なにか用
﹂
なんでこんな発想がいきなり出てくるのか、魂魄の能力は未だ謎多
?
﹁頼み⋮⋮
﹂
しい。 そこで頼みがある﹂
﹁月末の学年別トーナメントだが、織斑先生の話では二人組で行うら
?
176
?
千年メンテナンスしてなかったパワードスーツを使い物にした前
?
?
﹁俺と組んで、優勝を目指さないか
﹂
お姉ちゃん、⋮⋮あの人に何か言われたの
﹂
?
更識にデータを見せることもないだろうし、教師陣も何人か立ち会
リーナで行うことになっていた。
そのため、いきなり衆人環視の前で行うのではなく、テスト用ア
ない試み。
脳波コントロールシステムでISの動作を補助するというかつて
潤の専用機、ヒュペリオンの初動テスト。
を続けていた。
それから教室を出るまで、相変わらず簪はキーボードでの打ち込み
﹁⋮⋮わかった﹂
くれ。 フィンランドの技術者たちには話をつけておく﹂
﹁そうか、ありがとう。 それじゃあ、放課後テスト用アリーナに来て
﹁⋮⋮わかった﹂
にいた。
キーボードを叩く音も途切れ、そのまま二分程黙って視線を外さず
ないかと思って目線を逸らさなかった。
更識は潤の瞳を捉えて離さない、潤も瞳を逸らせば断られるんじゃ
不思議な間だった。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
だったんだ。 お前しかいないんだ、頼む﹂
﹁それが、な。 優勝を目指すために、条件に合致するのが更識だけ
らないはず⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そう。 でも、イヤよ⋮⋮。 あなたなら、組む相手には⋮⋮困
魂魄の能力者は、その業の深さ故にキ○ガイばかりである。
ある。
何故か恨みがましい目で見られたが、その感情は潤には慣れっこで
﹁いや、会長とはまだ面識がないが﹂
﹁⋮⋮なんで私
周囲で聞き耳を立てていた四組みの女子たちに波紋が広がった。
未だ明かされていないはずの学年別トーナメントの変更点。
?
うと聞いているので生徒一人加わる位問題ないはず。
177
?
﹁⋮⋮じゃあ、また﹂
﹂
﹁ああ、放課後な。 それと、そんな軌道生成の設定したら三歩目には
転倒するぞ﹂
﹁││││││えっ
扉が閉まる直前に見えた、少し驚いた表情がほんの少し面白かっ
た。
﹃そんな軌道生成の設定したら三歩目には転倒するぞ﹄
よくよく考えてみれば、確かにこの設定には無茶がある。
でも自分の姉ならば、こんなミスして指摘されることも無かっただ
ろう。
もしくは、小栗潤が、姉と同様特別な才能を持った人間なのだろう
か。
軽く頭を左右に振って考えを打ち消す。
更識簪から見た、小栗潤はある種複雑な存在だった。
飛行機事故の顛末、代表候補生ならその特異性は誰でもわかるだろ
う。
中型といえど、ジャンボジェット機クラスの大きさを着陸支援する
には、僅か五cm未満のズレしか許されない。
それ以上の角度誤差を起こせば、片翼が滑走路に接触して大惨事に
なったことだろう。
それのシビアなコントロールを迷いなく実行したということは、あ
の起動制御が可能だ、という自信があったのだろう。
出来て当然だとしても、もしミスをすれば百人程の人命が重圧とし
て彼の精神を締め付けただろう。
代表候補生なら出来る人は数多くいるだろう。
しかし、もし日本代表候補生の自分でも、彼と同じ状況下に置かれ
たら、同じことはしなかっただろう。
初めてISに触れた初日で、許容誤差数cm、失敗すれば百人ほど
の人命が失われる可能性がある。
まともな神経をした人間に出来ることとは思わない。
178
?
そんな鋼の精神が、羨ましく感じる。
そして、それだけの人間が、上ずった声を上げるアナウンサーの言
葉を借りるなら﹃英雄的行い﹄をした彼がどんな人間なのか興味が
あった。
アリーナで潤の監視を虚さんから頼まれたとき、気になったので話
をしてみた。
﹃それにヒーロー像で見られるのも嫌だしな。 俺は、他の何でもな
いただの俺でいたい﹄
その台詞が、簪の感情を嫌でも震わせる。
常に姉というレンズを通して見られていた自分。
ヒーローというレンズを通して見てしまった自分。
嫌だと知っていたのに自分がそれをしてしまったことに、いささか
恥じらいを覚える。
本当のヒーローなんていないのかもしれない。
自分を助けてくれるヒーローなんて⋮⋮。
それにしても││﹃私にしか出来ない事﹄、か。
その表現の仕方は、悪いものではない。
他の誰でもなく自分だけが出来ること、机に座りながら、先ほどの
潤の台詞が簪の頭の中で反芻される。
何故か分からない気持ちになって、簪は頬をうっすらと桜色に染め
た。
一組ではクラスの右端からくる妙な威圧感、訓練された代表候補生
ならわかる殺気と敵意でやけに静かだった。
話しづらいとか、そういう次元ではなく、少しばかり温度が低いよ
うにも感じられる。
ラウラと潤、二人共軍人の経歴があり、その迫力は本物だったので
誰も改善させることができなかった。
そして、潤の隣の席という最も近い距離で笑いながら潤に話しかけ
て、昼食時には纏わりついて食堂まで誘える本音は、クラスに一つ伝
179
説を残した。
﹂
結局誰も触れることもままならないまま、時間は放課後を指し示
す。
﹁⋮⋮所で、なんで優勝したいの
い。
⋮⋮それだけ
﹁⋮⋮じゃあ、なんで
﹂
﹂
潤が汚い側の人間だからかもしれないが、事実を否定したりしな
綺麗ごとは言わない。
人々の暮らしが近代化し、豊かになっていく。
工業力が優れているということは、高度の工業化社会が実現でき、
そのポイントを生み出すのは工業力だ。
る。
戦争に勝つには、武器や装備といった技術力が一つのポイントにな
による軍事技術の革新があったのは事実だ。
理性の面から嘆かわしいが、二十世紀以降の科学技術発展には戦争
ある﹂
を飛躍的に発展させたのは、紛れも無く戦争という大きな力の流れに
﹁まあ、難しい問題でな。 本当はラウラは正しいんだ。 人類文明
﹁⋮⋮すれ違い
﹁ちょっと、ドイツの代表候補生とすれ違いがあってな⋮⋮﹂
ことが関係して、こういう場所が作られたらしい。
IS学園が新世代ISのテストとなる場所に丁度いい場所である
さくまとまっている。
戦闘に備えた作りで無いので、テスト用アリーナは普通と比べて小
二人並んでテスト用アリーナに向かう。
?
?
﹁先鋭化
﹂
だ。 それに、ラウラや俺みたいのは先鋭化しすぎる﹂
﹁正しい事を、正しいと叫んでも、絶対否定される。 そういうこと
?
になるが、あいつは、織斑先生みたいになりたくて、そのために努力
も し て い る。 そ こ に、少 し も 妥 協 し て い な い。 そ れ は 凄 い こ と
180
?
﹁行くところまで行けてしまうんだ。 そうだな⋮⋮、少し脱線気味
?
だって、あいつを尊敬するよ。 努力し続けられるのも立派な才能
さ﹂
何かを思い出すように独白を続ける潤。
その顔を見ていた簪は、一つ彼について学んだ。
怖いとか、根暗とか、そんな風に言われているけど、喧嘩している
人の事を尊敬できるくらい大人な人だと。
﹁だけど、あいつには無いんだよ。 織斑先生みたいになった後にど
うしたいのかが﹂
﹁⋮⋮みんな、そんなこと⋮⋮分からない﹂
分からないけど、進めなさそうだと思っても、普通なら立ち止
﹁その通りだ。 だけど、俺たちは先鋭化しすぎているって言っただ
ろ
まるところでも、どんどん足を進めてしまう。 無理だと思っても、
辛くても、苦しくても﹂
﹁⋮⋮なるほど﹂
﹁そうして進んでいくと、何時しか地獄の淵までたどり着く。 あの
ままじゃ、あいつは手遅れになる所まで行ってしまう。 誰かが骨を
折ってでもブレーキにならなくちゃいけないんだよ。 止めなけれ
ば、その最終地点には重い後悔か、死しか残らない。 誰かが例え、
その道に行くのが誰であろうと、そんな終わり方は見たくないんだ、
二度とな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁俺も一度通った道だ。 きっと誰より上手に受け止めて見せるさ。
俺とあいつは似てるから﹂
﹁小栗くんって⋮⋮、意外と⋮⋮⋮⋮熱いところもあるんだね﹂
それ以降、二人共に話すこともなくなりテスト用アリーナに向かっ
て歩みを進めた。
簪の身を案じてる
所で、会長と思わしき強烈な気配がついてくるんだが、簪は気づい
ていないのだろうか。
この感情、簪と仲良さそうにして嫉妬してる
なんなのこの姉妹。
?
181
?
更衣室でパトリア・グループ特注ISスーツを着込む。
?
耐G及び耐電も考慮した、初動に限れば世界最速の機体に乗ること
に備えたスーツ。
格納庫には一つの新型機と、パトリア・グループの担当技師達が待
ち受けていた。
その殆どは充分にテストされていない機体を、学生に渡すことに不
安を感じているようだった。
それも無理もない。
小栗潤は企業に属する専門のパイロットではない。
理論上危険がないというだけで、一度もテストをしたことのない機
体をただの学生に乗せるのだ。
﹁先日お送りしたPDAで理論的なロジックはおわかりと思いますが
⋮⋮﹂
そして、更に彼らに危機感を持たせている要因。
人類史上例を見ない、機体そのものを脳波でコントロールできるシ
182
ステムの利用。
最初に潤が使っていた打鉄・カスタムのデータで、脳波を観測する
システムが計測不能になっており、潤の適性が高いのも知っている
が。
そんな技師の不安を他所に、潤はさっさとヒュペリオンのコック
ピットに乗り込みISを起動させる。
ナノマシン生成機オールグリーン
可変装甲はスタンバイ状態で機動
脳波コントロールシステム、待機状態
﹁ヒュペリオン本体は正常起動しました。 脳波コントロールシステ
ムが待機状態ですが、どうしました﹂
﹃脳波制御は未知の制御方式で、現在ロックしてます。 カタパルト
﹂
から出て広いところに行ってから解除してください﹄
﹁了解。 小栗だ、︻ヒュペリオン︼出るぞ
空中には訓練機用の打鉄を装着していた。
程度のアリーナへ出る。
形だけで急速発進出来ないカタパルトから出て、小学生のグランド
!
何時ものようにキーボードを取り出した簪を諭して、一緒に出ても
らった。
この短期間でリリムと同様に誰かとコンビネーションを磨くのは
難しい。
下手に組んでも足を引っ張り合うことは請け合いなので、お互の癖
と武装の詳細を知って状況判断に阿ることにする。
こういう戦闘状況の場合、プライベート・チャネルで常に近距離で
話せる環境は非常にありがたい。
﹁訓練機なのか。 クラスメイトの話では専用機があると聞いていた
が﹂
﹁⋮⋮白式に、⋮⋮白式に、あれに手を取られて、⋮⋮開発凍結中﹂
﹁なんか、すまん﹂
教室でZMPの設定やらしていたということはISのプログラム
を作っているのだろうか。
183
まさか一人でやっているのだろうか、なんとも無謀なことだ。
しかし、人の領域にズカズカ踏み込む気もないので、何かあっても
﹂
簡単な補助程度を手伝うだけにしよう。
﹁その打鉄は標準装備か
﹁うん﹂
至る。
仕様であるが、潤が極めて稀な空間把握能力を宿しているため開発に
ビットの制御を脳波︵EEG︶で行うために二つ扱えれば上出来な
攻撃が可能。
BT同様ビット型の武器で、相手の死角からの全方位オールレンジ
EEGARA、潤命名フィン・ファンネル│││
しかし、潤も使ってみないと勝手の分からない代物がある。
でしかない。
1回の使用で、代表候補生の実力があれば特性がわかる程度の代物
殆どの武装は説明を必要とするほど複雑ではない。
だな﹂
﹁そうか、打鉄のプリセットは頭に叩きこんである。 では俺の装備
?
装備数は十二基で、攻撃以外にも防御用として使用することもでき
る。
これを別名、﹃アルミューレ・リュミエール﹄と呼ぶ。
﹁さて、脳波制御必須の兵器か⋮⋮。 まあ、兵器の前に起動実験だ
な﹂
ヘリの準備もしとけよ
﹄
﹃それでは脳波コントロールシステム起動実験開始します。 ⋮⋮救
命班待機
﹁ちょっと待て、何をさせる気だ﹂
﹁⋮⋮あの、小栗くん
﹂
﹃さあ、逝きましょうか﹄
﹁いや、さっき救命班がどうのこうのって﹂
﹃嫌だなぁ、脳波コントロールシステムの起動実験ですよ﹄
!
﹁やってくれ﹂
﹃プログラム班、強制解除
﹁あ││││﹂
﹄
ラウラと戦う場面に間に合うかどうか等、決まっていないが⋮⋮。
自分と同じ道、その道に行くのが誰であろうと見たくない。
の死に際の声を思い出す。
心を占める弱音を塞ぎ、自分が強化された研究所での光景を、戦友
重々しく、懐かしさすら覚える息の吐き方。
息を吐きだした。
﹁なんか、にゅ、ニュアンスが⋮⋮﹂
しかない、逝くしかないんだ﹂
﹁││OSや可変装甲を見るに脳波制御はこの機体では必須。 やる
?
この、症状は││ダウンロードの暴走
?
瞬く間に全身の制御が効かなくなり、視点はブラックアウト。
き抜ける。
頭の中に、赤くなるまで熱した鉄の棒を捩じ込まれた様な痛みが突
変化は劇的で、どう例えればいいのか。
!
184
!
﹁小栗、くん
﹂
どうしました
﹄
?
け、機体は勝手に空を滑り││。
潤の意思を無視して、ヒュペリオンは潤にダウンロード強制し続
﹁あ、ああ、アアアアぁぁぁ、ああぁぁあ││││﹂
﹃小栗さん
喉奥から大量の虫が出入りするような不快感が迸る。
なんで、これ、ダウンロード、知ってる、させる⋮⋮。
させてくる。
今までダウンロードしていなかったコアが、強制的にダウンロード
?
素人もここまで酷くないと言わんばかりの軌道を描いて、墜落し
た。
185
?
5│2 力の意味
瞳を開けると、未だテスト用アリーナに居る事実に驚く。
潤が墜落してから、彼の感覚で何十分もたっているような気がして
﹂
いたが、実際のところ数分も経っていなかった。
﹁小栗くん、⋮⋮大丈夫
﹁││ああ、見た目ほど酷くない﹂
ダウンロードの酷使したような力が脳を突き抜けたが、不思議なこ
とに既に倦怠感は無い。
コア側からの強烈な接触と、頭の中を隅々まで見られたかのような
違和感。
初めてISに触れた時、打鉄・カスタムを初めて受け取った時、そ
の場面で感じた接触する感覚を何倍も強くしたかのような、まるで浸
食されているような感じだった。
﹁おい、管制塔。 どうなっているんだこれ﹂
﹃やっぱり駄目だったようですね。 素直に歩行練習から始めましょ
う﹄
﹁そこからか﹂
ISの設定画面を開くと、脳波コントロールシステム起動時はPI
Cが半マニュアル、半脳波コントロールの完全自己操作になってい
た。
﹂
確かにこれでは操作が覚束ないのも納得である。
﹁このPICの設定はなんで
歩き出そうとすると、脳波とマニュアル半々の設定が災いして、歩
ることが出来た。
打鉄を装備していた簪の手を借りて、ようやくまともに体勢を整え
まるで生まれたての子鹿の様に覚束ない様子で立ち上がる。
合わないか⋮⋮﹂
﹁まだフィッティングがまだだし、これじゃあ、トーナメントには間に
高負荷がかかってしまうんですよ﹄
﹃可変装甲展開時にその設定でないと、病院送り確定とも言える程の
?
186
?
き出して直ぐに足が動きすぎて横に倒れる。
﹃小栗さん、ちょっとEEGの設定を変更するので立ち止まって下さ
﹄
い。 C P G が 甘 い の か、い や そ れ 以 前 の 問 題 か。 ⋮⋮ Z M P
﹂
⋮⋮⋮動摩擦係数、静摩擦係数⋮⋮これならどうでしょう
﹁││おっ
少しだけまともに歩けるようになった。
れが、王道﹂
﹁││そういうの、好きなのか
﹂
﹁⋮⋮小栗くんは、そ、そういうの⋮⋮嫌い
﹂
﹁⋮⋮どんなヒーロー物も、機体が変わるときは特訓する。 ⋮⋮そ
は、実に現実的な日数を算出したらしい。
設定に二ヶ月かかると試算したパトリア・グループの開発チーム
いているような光景である。
だが、この小股でよちよち歩くのが限界で、ペンギンが氷の上を歩
?
騒ぎが潤を突き抜けた。
特別アリーナからの帰り道、再び簪と並んで帰っていると、妙な胸
嫌いじゃないからいいけど。
は続いた。
お願いし、それが終わるまで延々簪のヒーロー物のアニメ布教トーク
マニュピレータ同士で、手を繋ぐようにしながら歩行練習の補助を
の子同士では尚更。
確かにそういう同好の士を見つけるのは難しいだろうけど、特に女
なんか今までで一番いい感情を向けられている気がしてならない。
なった花の様に満面の笑みを浮かべる簪。
共通の趣味を持つ人が見つかったのが余程嬉しかったのか、満開に
記憶の片隅から、そんな懐かしい内容を思い出す。
は、必ずテレビの前で見ていたなぁ⋮⋮﹂
十一年ぶりに新シリーズが再開されて、当時の俺は毎週日曜日の朝
﹁いや、記憶にある中では、﹃仮面ラ○ダー﹄とか結構好きだったよ。 ?
?
良くわからないが、この症状は身に覚えがある。
187
?
鈴が、いやリリムが居た
いや違う。 誰かと戦っている⋮⋮こ
れも違う。 これは││誰かに負けたのか
﹂
﹁悪い、簪。 ちょっと用事が││﹂
﹁⋮⋮なんで急に名前で呼ぶの
何故ドアが無いんだ
い保健室だった。
俺はこう呼んで欲しいと言われればそ
感覚だけを信じて足を進めると、その先に見えてきたのはドアの無
信じれば必ず鈴の居場所にたどり着けるはず。
鈴が何処にいるかわからないが、自分の魂魄としての能力的感覚を
簪と別れて校舎に向かう。
﹁あっ、うん、また﹂
﹁そうか、じゃあ簪、またな﹂
﹁名字││はイヤ。 名前は⋮⋮やっぱり名前でいい﹂
う呼ぶぞ﹂
﹁なら、なんて言えばいい
睨んでも無駄だと分かったのか、声に出して話しかける。
?
生の集団がぞろぞろ保健室から出てくる。
﹂
﹁どこに入っていたんだ⋮⋮、あの量﹂
﹁あっ、小栗君みっけ
その内の一人が潤を指差して声を上げると、数十人の視線が一斉に
集中した。
そのまま雪崩か津波を連想させる勢いで潤を囲むと、計ったかのよ
うに一斉に差し出す。
﹂
女生徒たちが差し出してきたのは、ここ二日で馴染みの紙だった。
﹁私と組もう、小栗君
﹁四組のクラス代表に頼んだ。 手遅れだ、諦めてくれ﹂
!
188
?
?
摩訶不思議な現状に目を囚われていると、リボンの色を見るに一年
?
!
魂魄の能力で死霊を現界させたかのような光景だった。
﹂
﹂﹂﹂
﹁何か用か
﹁﹁﹁これ
?
密着されるかのように囲まれるという、血の気が引くような状況で
!
瞬間、水を打ったかのように静まり返る一同。
そういえばシャルルはどうしたのだろうか。
この一週間でペアとなって練習するとなれば、デュノア社としては
ともかくシャルルとしては困るはずだが。
﹁いいなぁ、いいなぁ⋮⋮、更識さん、いいなぁ﹂
﹁クラス代表ってずるい⋮⋮﹂
﹁代表候補生ってずるい⋮⋮﹂
女子たちは何かの波に取り残され残念そうな顔をして去っていく。
それからは改めてパートナー探しを始めたようでバタバタとした
喧騒が曲がり角から聞こえてきた。
集団を見送ることもなく、問題の保健室に入る。
そこには案の定、包帯で左腕を覆い隠すように巻きつけた鈴と、同
じく包帯を巻かれてしおらしくなっているセシリアが居た。
﹁おっ、潤も来たのか﹂
﹂
あんたと私が組めば
もし鈴さんとあなたが組んだら⋮⋮。
私と組んでさくっと優勝目指さない
男を選べる。
潤と鈴の仲の良さ、コンビネーションの上手さはセシリアとてよく
理解している。
二人の動き、セシリアが誰と組んでも同じことはできないだろう。
それゆえ、あの2人が組んだら、⋮⋮優勝者が誰になるかは想像に
難しくない。
﹁すまんが、相手はもう決めたから、諦めてくれ。 それと││﹂
鈴の頭に、潤の手が置かれる。
出てこいリリム、居なくていい時しか居ないなどと都合よく行かせ
るものか。
189
﹁ああ、風のうわさでな。 ⋮⋮鈴
﹁潤
楽勝ってもんよ﹂
﹂
﹁ちょ、潤さん、駄目ですわ
絶対許しません
!
!
朝に新たに加わった情報によれば、優勝者は三人の男子から好きな
優勝すれば一夏と交際できる。
!
!
!
﹁お前、負けたんだな。 あんな、力の意味も知らないガキに﹂
﹁し ょ う が な い じ ゃ な い。 相 性 最 悪、こ っ ち は も う 限 界 カ ツ カ ツ
だったんだから﹂
﹁俺にクドクド説教ばかりする割に、情けない言い分だな﹂
手を振りほどかれ、手持ち無沙汰となった潤は鈴が寝ているベッド
脇に背を向ける形で腰を掛ける。
何も言わずに鈴は潤の背中に寄り掛かった。
元から保健室にいたセシリアや一夏は、鈴の態度の変わりように驚
いて声も出せないでいる。
まるで、鈴が別人になったかのような⋮⋮。
そんな中で鈴との面識が少ないシャルルだけが、気にせず二人に
割って入って声を掛けられた。
﹁でも鈴さんは、一年で最強クラスのラウラに対してかなり善戦して
い た よ。 最 初 か ら A I C の 事 を 理 解 で き て れ ば 勝 機 も あ っ た ん
じゃないかな﹂
半ば自殺行為でもあったセシリアの、接近戦でのミサイル攻撃。
信管は発動しなくとも、直接当ててしまえば問題なく爆発する。
そうして、床に叩きつけられ、尚も悠然と佇むラウラに蹴り飛ばさ
れた後、リリムは覚醒した。
セシリアからBT兵器をアンロックさせると、瞬く間に操作方法を
把握するとラウラの背後から攻撃。
龍咆が効かないと分かるや否や、BTで攻撃しつつ双天牙月を投
擲、龍咆で軌道をずらしてラウラの専用機、シュヴァルツェア・レー
ゲンに有効打を得た。
その強襲から、
﹃停止させる物体に、集中力を多大に使う﹄というA
ICの欠点を見出した。
だが、勇戦もそこまで。
シールドエネルギーがほぼ底を尽きて瞬時加速も出来ずに距離を
詰められ、機体の相性差からじりじり押し込まれて敗戦した。
﹁そうか。 AIC、そういうのもあるのか。 貴重な情報感謝する﹂
トーナメントで一回戦から目的の人物と当たる可能性なんて相当
190
低い。
遅かれ早かれ分かることだが、今から対策を取れるのは確かに有用
だ。
﹁潤﹂
﹁なんだ﹂
肩越しに真剣な表情が見て取れる。
リリムが真面目に相対している時は、本当に珍しい。
何時も誰彼かまわず相手を小馬鹿にした様に相手をおちょくり、隙
さえあれば性的に干渉しようとする。
そんな頭痛の消えない生態に辟易しつつも、それこそが潤が背中を
預けてきたパートナーの姿。
﹁私ね。 わかるんだ、アンタが考えていることが﹂
﹁そうか﹂
﹁負けんじゃないわよ﹂
191
﹁繰り返したりしないさ、あんなことは。 絶対に勝つ﹂
完膚無きままに、ラウラが信仰する﹃力﹄でもって圧倒的な差を見
せつけて勝利する。
﹂
目的を持って力を行使するものと、力の為に力を行使するもの。
その違いをこれでもかと見せつける。
文句など、欠片も出せないように勝つ。
﹁ところで、もしラウラがアンタと戦う前に負けたらどうするの
だったくせに﹄
﹃初 恋 の 相 手 か ら は 裏 切 ら れ て、次 の 恋 人 に は 死 別 さ れ て 女 運 最 悪
た潤だったが、得るものはあった。
最初はあんな糞ガキに負けたリリムに一喝してやろうと思ってい
保健室を出る。
負けるものかよ。
負けんじゃないわよ。
後に盛大に罵ってやる事にしよう﹂
﹁その時は、ラウラを倒した奴を瞬殺して物語は幕を閉じる。 その
?
以前、鈴が何気なく口走った言葉が、今になっても後悔の念を背負
わせる一言だった。
後に、潤にとって終生の祖国となるエルファウスト王国に、訳あっ
て遺体で搬送させられたあの日。
魂を司る魂魄の開眼には、多くの生贄がいる。
その生贄は、死者の亡骸も必要であり、その亡骸の中に潤が居たこ
とが、ありえない奇跡を生んだ。
一万近い生贄の全ての魂を使った魂魄の覚醒、死者による死者蘇
生。
潤は、多くの命を踏み台にして地獄の底から蘇った。
一度は死んだことも合わさり、腐った肉を取り戻すため、肉体を強
化するため研究所に運ばれる。
そこからは、訓練とはまた違った地獄の始まり。
人の闇は本当に深かった。
人として狂っている魂魄の能力者、リリムやその他の仲間たちとの
出会い
自分の家族の魂すら使ってキマイラを作る科学者、誰よりも人を愛
し誰よりも賢く人を殺める老夫婦、あらゆる生物の能力を集めた﹃完
全無欠の生物﹄を開発していた施設。
そんな狂える世界の中、潤は偶然見つけた一人の孤児の少女、これ
も同じく魂魄の能力者、を拾った。
未来予知という奇跡に近い特化型の能力者。
当時世界最強の剣士と名高い騎士を打ち破るため、その孤児の少女
と性的なパスを作成。
疑似的な共感現象を発生させた後に、後方の部隊と緻密な作戦を遂
行し勝利。
道具として利用するために抱いた、ではリリムとなんら変わらない
と思い、操を立てて正式な恋人になった。
その後も、色々辛いことも多かったが、少女の後継人になってから、
事態は安定し始め││
192
リリムが戦死した。
恋人でなかったものの、最高の相棒だった。
共感現象の発現が、その事実を魂レベルで立証している。
そして、共感現象が起こるほどの人間と死別すると、その死に共感
して必ず発狂する。
潤も例外に漏れず、麻薬に手を染め、今まで好んでしていなかった
裏仕事も精力的に励むなど支離滅裂な行動を繰り返した。
暴力に塗れ、弱者を虐げ、血の海におぼれ、少しは気まぐれになれ
ばと、同じ魂魄の能力者が好む異常行動も嗜んだ。
たりない、たりない、たりない。
何でもいい、この心の空白を埋めてくれ、そうでないと狂ってしま
う。
暴力、酒、薬に溺れ、殺しを楽しみ、節制の無いダウンロードを繰
り返した結果、迎えた当然の結末││自我の喪失。
孤児の少女は、そんな潤を見捨ててくれなかった。
少女の魂魄適性は、潤を軽く上回る。
失った自我を、自分を礎にして復活させるなど、彼女なら不可能で
なかったのだろう。
││止めてくれ、そんな、そんなことはしなくていい。
体中に生贄の為に、童話の﹃耳成芳一﹄の様に全身に生贄用の呪術
痕跡を残した彼女が近寄ってくる。
││誰が望んだんだ、そんなこと。 止めてくれ、頼む、お前が死
んでまで生きたくない。
自我が復活し、目が覚めて気付いた時には、潤に覆いかぶさるよう
にして彼女は冷たくなっていた。
生贄の為、両目を抉り取っているにも関わらず、彼女は笑って息絶
えていた。
リリムが死んで、理性無く戦い続け、力に溺れた罰がこれだという
のか。
何故死んだのか、何故死なねばならなかったのか
わからない。
193
誰にも祝福されず孤児として生き、ある日変な男に拾われ能力を利
用され、戦争の為に性的関係を強制され、それでもそんな血まみれの
罪人の男を愛せる彼女に、なんの罪があったのか。
力に溺れた愚行が、その報われない最後を彼女に行わせたのなら、
未来永劫自分は力に溺れたりはしない。
もし、手の届く範囲、目に映る範囲で力に溺れる奴が居れば、その
愚行を正すために全力で戦い、無意味な力の積み重ねが如何に無駄か
教えてやる。
﹁力に溺れた奴に負けることだけは出来ない。それが、その先に後悔
しか残らないって俺が一番知っているから﹂
もし負けたら、あの世界で、苦しみに塗れた過去が全て無駄になる。
何より、あんな馬鹿みたいな後悔を、誰かにさせるのは気が引ける。
あの馬鹿女には誰かがきつい拳骨をくれてやらねばならない。
それが、同じ道を一度歩んだ馬鹿男の務めだ。
あのまま生き続けるなど、あまりに不憫すぎる。 194
5│3 ダウンロード
部屋に戻った潤はレポート用紙を取り出すと、総合受付からペンを
失敬してレポートを作り出した。
ダウンロードの暴走関連の調査。
この世界に来て最初にやったことだが、今回の暴走を踏まえ、改め
てダウンロードの精度や性能について考えなければなるまい。
規則やISの名称を覚えるために毎日ノートに写しを作っている
が、今回は命に関わる事なので殊更重要である。
ダウンロードの精度を調べるのは簡単だ。
ダウンロードして触れた人間の来歴を調べて書き写す。
実際に訪問した記録と合わせてみて、誤差はないか、見逃しはない
かを見比べる。
潤は自らが死の淵から蘇った際に持ち帰った異能を発現して以来、
最早体の一部とも言っていい力を現段階で可能な限り確かめていた。
能力を使用する。
結果をノートに書き写す。
来訪記録の写しを見て、合っているか確認する。
地道な反復作業、その大半が徒労に終わっていく。
日にちが変わっても繰り返される作業で、潤が気づいて時計を見れ
ば時計は4時を指し示していた。
幾度となく繰り返されたチェックの結果、机の周りには細かく人名
が書き連ねられたレポート用紙があちこちに散乱している。
﹁ダメだ。 こちらに不備はない﹂
大きく伸びをして、ベッドに倒れ込む。
ダウンロードの暴走の結果、恋人も殺しているので、そのラインに
近づくことに対しては少しの妥協もする気はない。
ヒュペリオンで脳波を用いたシステムを起動した結果は、ライン限
界に近しい影響を潤に与えていた。
もっと魂魄の能力に適性があれば、わかるものもあるのだろうか。
長年の戦争の積み重ねから、幾度となくダウンロード繰り返し、そ
195
れゆえその能力に精通している潤も完全な能力者ではない。
物質や人物に接触することで過去の記憶や記録を得ることが可能。
情報を自分に植え付けることで、情報と同様の行動が出来る。
実際潤が知っているダウンロードの情報なんてその程度。
戦いに必要だったのがその位だった、というのもあるが、潤の魂魄
制度ではこれが限界だった。
と、なれば、原因はIS側。
事の起こりを鑑みるに脳波コントロールシステム。
だが、PDAを見る限りパトリア・グループで行われた簡易実験で
は何の問題もなかった。
導き出される現実。
ダウンロードと脳波コントロールシステムが合わさると問題が起
こる、らしい。
しかし、最初の事故以降、能力が暴走することはなかったのが腑に
落ちない。
ならば、根本たる問題は脳波コントロールシステムではないのだ。
それがキーとなって暴走という結果になったのは間違いないが、最
大の原因はコアだろう。
あまりの情報量の多さと、意味不明な負荷で、読み込み不可能なま
まの領域。
今、潤に宛てがわれている専用機は、今日のデータを反映させるた
めにパトリア・グループ日本支社に預けられている。
尤も、あんな意味不明な物質を理解できるようにダウンロードした
ら廃人確定路線だろうが。
ヒュペリオンは、未だにまともな起動すらできる気配がない。
技術者たちが潤の機動を得た後から、データを弄りまわして調整し
ているが、未だに歩行に問題ある程酷い。
196
第4世代技術、装備の換装無しでの全領域・全局面展開運用能力の
獲得を目指した世代を想定していると立平さんは言っていた。
ヒュペリオンの可変装甲は汎用型の通常状態から、超高機動型状態
になるという第四世代の実験機となっているとも。
この状態から射撃特化、近接特化、防御特化に変わる装備を開発し
て第四世代は完成するらしい。
世界が第三世代に四苦八苦しているのに、第四世代の門戸を叩い
た。
これは、かなり妙だ。
脳波制御装置といい、第四世代相当の装甲といい、パトリア・グルー
プで技術革命があったのだろうか。
立平さんの話では、機体設計の時点でブラックボックスのような箇
所が見受けられるらしく、拒否しようにも極めて強い口調で可変装甲
に手を加えるなと厳命されているらしい。
それゆえ始めて機体に乗せた時には、不測の事態に備えてヘリまで
用意されていた。
何があるというのだろうか、この機体に。
パトリア・グループの真の狙いは、誰にも分からない。
六月も最終週に入り、IS学園は月曜から学年別トーナメント一色
に変わる。
前日まで、潤と簪は練習試合を繰り返し、お互の手札と戦闘評価を
繰り返した。
これで誰が相手でもいい勝負、いや処理することが出来るだろう。
第一回戦が始まる直前まで、全生徒が雑務や会場の整理、来賓の誘
導などを行った。
潤や一夏は、力仕事を任せられ、時間ギリギリまでしっかり働かさ
れた。
それらから解放された生徒たちは着替えのため一斉に更衣室へ移
動する。
男子三人だけ隔離されて更衣室を専有できるので、きっと反対側の
197
更衣室は大混雑だろう。
﹁しかし、すごいなこりゃ⋮⋮﹂
﹁パトリア・グループの社長までいるな。 結構なことだ﹂
﹁三年にはスカウト、二年には成長の確認、一年はオマケだろうけど、
今回は一夏と潤がいるからね﹂
ガラガラの男子用に使われている更衣室でシャルルと一夏、潤が会
場のモニターを見据える。
あまり興味のない一夏、努めて冷静であろうと装っているものの、
水を飲む回数が増えている潤。
そんな男二人を見てシャルルは、軽く微笑んだ。
﹁一夏はボーデヴィッヒさんとの対戦だけが気になるみたいだね﹂
﹁まあ、な﹂
﹁そうだ、一夏、シャルル。 言い忘れたが、もし先に俺がラウラを倒
したり、一夏と先に当たって俺が勝っても恨むなよ﹂
色々と話をしている間に、トーナメントの発表が行われ始めた。
今 年 だ け タ ッ グ 式 に ト ー ナ メ ン ト を 変 更 し た の で シ ス テ ム に エ
ラーが出たらしく、手作りの抽選方式になった。
様々な意見を集めたところ、専用機持ちは各リーグに分かれた方
が、より決勝トーナメントが見栄えが良くなる、との意見が通ったの
でメインイベントは決勝トーナメントお預けになるだろう。
どうして
﹂
﹁Aブロック一回戦一組目なんて運がいいよな﹂
﹁え
﹁待ち時間に色々考えなくて済むだろ。 こういうのは勢いが肝心な
?
198
潤の言葉を聞いて、一夏は意地悪小僧のように晴れやかに笑った。
﹂
﹁お前も俺が勝っても文句言うなよ。 もしかち合ったら全力で戦お
うぜ
の中では現時点で最強だと思う﹂
?
﹁今週中にそれがはっきりする。 それでいいだろ﹂
﹁潤は⋮⋮、あいつに勝てないのか
﹂
﹁二人共、あまり感情的になるのはよくないよ。 彼女は、恐らく一年
﹁ああ﹂
!
?
んだ﹂
﹁ふふっ、なるほど。 なんか一夏らしい考え方だね﹂
一夏とシャルルペアはAブロックの一番手に名前が挙がった。
トップとして戦うのでさぞかし注目されるだろう。
﹁俺はCブロック、二回戦からの出場か⋮⋮。 ラウラはBブロック
で、ペアは篠ノ之か﹂
潤、簪ペアはCブロック。
予選は十四組み、A、B、C、Dの4リーグ制で、予選リーグを勝
ち残った四ペアが決勝リーグに進む。
決勝リーグは﹃A VS C﹄、
﹃B VS D﹄で行われ、勝ち進
んだペアで勝利をかけて戦う。
順当に専用機持ちが勝ち進めば、潤と一夏が決勝トーナメント一回
戦目、ラウラとぶつかるのは決勝までお預けらしい。
リーグ戦初日は一回戦の組み合わせが各アリーナで行われる。
各種予選リーグのペア数は十四組で、週の頭二日間で行われる試合
は学園全体で九十六試合。
一回戦は各学年バランスよく行われ、一回戦を行わなかったペアが
二日目の〆を飾って全生徒が一度は戦うように設定されている。
要するに潤の最初の試合は二日目の夕方からとあって、一夏とシャ
ルルの試合を見た後は、ナギと癒子ペアの応援の為に一年の主だった
代表候補生たちとは別行動を取る事になった。
実に、││暇であった。
﹁席取って貰って悪いな﹂
一日目はやたら暇な箒、全力でメンテナンスしても一回戦に間に合
わなかったセシリアと鈴に合流する。
簪も誘ったが、一夏の試合観戦をする気はないらしい。
次の試合に備えている癒子とナギペアは誘うに誘えず、本音と一緒
に来た。
﹁そろそろ一回戦開始、一夏たちの出番ね﹂
199
﹁専用機持ちも居ないことですし、問題なく勝てるでしょう﹂
一夏ペアの一回戦。
シャルルがラピット・スイッチと呼ばれる戦闘と同時進行に適宜武
装を呼び出す能力をいかんなく発揮し、絶え間ない弾幕を展開。
相手ペアを分散させ、任意の区域における行動を制限。
一夏が零落白夜を発動して瞬時加速で接近、一人終了。
﹁零落白夜で一気に決めたのか 一夏は必殺というものをわかって
ない。 ここぞという場面で使ってこそだろうに﹂
﹁全く同感ね。 これじゃあ相手が可哀そうねぇ﹂
﹁篠ノ之、鈴、一夏は教科書通りのいい攻め方をしたんだ。 少しは褒
めてやれよ﹂
その後、アンロックした銃をシャルルが一夏に手渡して、ペアが速
攻で落とされて唖然としている片割れに十字砲火して終了。
突撃する時などに援護として制圧射撃を加える。
例え正確に当らなくても、人間は自分の廻りに弾が着弾したら防御
に専念したりするので、その隙に片方が背後に廻ったりする。
一対二になったら無理をして距離を詰めることなどせずに、十字砲
火を形成して押し込む。
セオリー通りだろうけど、なんて味気ない試合なんだ。
一夏は毎日試合があるとはいえ、全校生徒分の試合があるので一日
一回しか試合がないというのに。
﹁うん、自分で言っといてなんだが、やっぱり味気ないな﹂
﹁そ う で す わ。 仮 に も わ た く し に ク ラ ス 代 表 を 譲 ら れ た の で す か
ら、勝ち方にもこだわりを持つべきですわ﹂
﹁全くその通りだ﹂
馴染のメンバーで固まっていたのに気付いたのか、一夏は右手を高
らかに上げて勝利の誉を高らかに示した。
爽やかな一夏に対して、女三人寄れば姦しいとはこの事か。
勝てば勝ったであれこれ文句が入り、負ければ相当に辛辣な文句を
言われるのだろう。
﹁潤、応援ありがとな﹂
200
?
﹁セオリー通りのいい攻め方だった。 地味だが実戦ではその堅実さ
こそ大事な所だ﹂
と言っても、などと言ってためを作って一夏の自称コーチ三人組に
目配りし、一夏もその先を見る。
潤の奥に座っていた三人の顔色を見て、何かを悟ったらしい一夏
は、三人とは別の顔色を浮かべた。
﹂
﹂
もうちょっとギャラリー背負って戦っていること
﹁あちらさん達は不満があるらしいがね﹂
﹁ちょっと一夏
を意識しなさいよね
﹁全然優雅さを感じませんでしたわ
﹂
﹁そうだぞ一夏。 付け入る隙を与えないというのも大事だが、魅せ
る戦いもまだ大事だ
を見に行くけど、一緒に来るか
﹂
﹁一夏、俺は本音と一緒に他のアリーナで行われる癒子とナギの試合
愛想笑いしかできなかった。
女難の意に大いに心当たりのあったシャルルは、潤の言葉に乾いた
﹁あはは⋮⋮﹂
﹁⋮⋮一夏は女難の相を先天的に持っているのかね﹂
三人の間にある空席に誘導され、左右から非難轟々の雨あられ。
!
だから
﹂
﹁駄目よ一夏
﹂
ここでさっきの戦いの反省と、今後の対策を練るん
﹁行く、というか行かせてください。 お願いします﹂
?
束されてしまった。
﹁⋮⋮なんか、今の鈴と俺の会話変なところなかったか
﹁んー、そんな事ないと思うけどな﹂
鈴から妙な違和感を感じた。
﹂
癒子とナギの試合はDブロックの第3試合と時間もあったが、別ア
リーナに移動することが先決である。
具体的には何かが物足りなかったような気がするのだが、今は別ア
?
201
!
!
!
﹁一夏さんには何としてでも優勝して頂かなくては
!
女生徒に包囲された一夏は、哀れ潤を追っていくことも出来ずに拘
!
!
リーナへの移動時間も相まって既に二人共準備の為に格納庫に移動
した後らしい。
本音はどうして走るのがあんなに遅いんだ。
﹁よし、間に合った﹂
﹂
﹁││あ、かーんちゃーん﹂
﹁本音
走るより、歩く方が早いんじゃなかろうか。
潤の隣をくっつくように歩いていた本音が、ここ数日で見慣れた水
色の髪の少女を見るとそっちに向かっていった。
相変わらず試合よりプログラム作成に精を出しているようで、一人
片隅で投射型キーボードを弄っている。
所で、簪に近寄ると途端に感じる生徒会長の気配はなんなのだろう
か。
本音も簪も気付いていない様子なので、潤だけしか感じ取れないよ
う調節しているのだろう。
﹂
なんだその無駄な才能の使い方。
﹁本音⋮⋮なんで、此処に
﹂
別におぐりんについてきたら偶然だよ∼﹂
﹁姉さんから言われて⋮⋮来たんでしょう
人とも訳ありか
﹂
﹁いや、クラスメイトの試合があるから本当に俺から誘ったんだが、二
?
﹁んー
?
くしたいという感情が見え隠れしている。
そこまで本音が嫌いという感情を持っておらず、簪の根底には仲良
う。
簪の隣に本音を座らせて、せめて物理的な距離を近くしてあげよ
の侵入は拒絶される。
しかし、ここで変な親切心を出して踏み出そうにも、一方的な心へ
感情がおぼろげながら感じることが出来た。
これは、簪の方に一方的な淀みがあると、魂魄の能力によって簪の
何時も通りの本音とは好対照な様子だった。
簪が気まずそうに瞳を逸らす。
?
202
?
?
後はこれが少しでも二人の心の距離が縮まる切欠の一つになるこ
とを祈るのみである。
潤もそういう実生活での距離の近さから、本音を信頼できる土壌が
出来上がった。
経験者程、時間が解決してくれることの偉大さを知っているのであ
る。
﹁隣で喧嘩しないでくれてれば俺は何でもいいさ。 さて、癒子とナ
ギの試合が始まるぞ﹂
﹁⋮⋮ありがとう﹂
﹁気にするな。 ところで相手が妙に安定しているようだけど﹂
﹁ゆーちゃんと、かがみんの相手は元二組クラス代表と三組クラス代
表のペアだね﹂
﹁⋮⋮クラス代表コンビとかガチじゃないか﹂
癒子とナギの実力はよく分かっている。
流石にクラス代表相手に勝つのは難しいだろう。
結局善戦空しく、癒子とナギはクラス代表ペアに押し負け一回戦で
散っていった。
203
5│4 カレワラ
大会二日目││
宣伝目的のために訓練機の使用を禁じられていた潤は、機体と触れ
合う時間を少しでも取るために早々に格納庫に向かった。
昼食は十一時に取って、戦闘中は空腹になる程度に調節する。
武装の確認を行うため、午後には簪に来てくれと前もって言ってお
いたので時間通りに来てくれた。
潤に宛がわれる機体は、フィンランド製第三世代量産機、カレワラ。
この事は学園側も承知しており、今大会を宣伝代わりにすることの
代価として、カレワラを安価で購入できる取引があるらしい。
IS学園でも、高性能ISを訓練用で仕入れてみようと考えている
のだろう。
カレワラの武装はなるべく実弾兵装を採用することで継戦性の向
204
上を図った。
十四時を回ると潤は早々にカレワラのコックピットに入り、設定を
見直しては直し、やっぱりと設定を戻しては再び手を加え始める。
横に並んだ簪からIS活動記録を取得、直前まで確認事項を聞いて
連携のイメージを沸かす。
格納庫に電子音が鳴り響く。
﹂
前試合が終わったことで、潤と簪の出番が回ってきた。
﹁小栗だ、︻カレワラ︼出るぞ
空から見える三六〇度の景色、空の青さは壮観で、座席が人で埋め
戦いの舞台となるアリーナ。
と思う。
しても、この高鳴りで自分が生きている実感が持てる事の方が嬉しい
それが、強化人間として作り変えられた自分の負の部分であったと
独特な興奮を得られた。
これから野蛮な殺し合いをすると知っていた頃でも、戦闘直前には
る。
毎度のことながら、この戦闘直前の高鳴りは抗いがたい魅力があ
!
尽くされているのも今となっては気分がいい。
一夏は別のアリーナで、同時間一回戦を行わなかったAリーグのペ
アと戦っているだろう。
潤のあずかり知らぬところで一回戦敗退した本音とペアの相川、ナ
ギと癒子が手を振っていた。
本音はラウラと一回戦を行い惨敗。
見に行けてやれなかったことが少し悔やまれる。
﹁なんか、随分人がいる﹂
﹁映像ならともかく、カレワラの実戦公開は初めてだからな﹂
潤の専用機から、大部分をダウングレードして出来た機体、カレワ
ラ。
量産機機体と侮ることなかれ。
その機動性はダウングレードしてかなり落ち込んでいるもののラ
ファール・リヴァイブや打鉄とは比べ物にならない。
何度か行った模擬戦と打ち合わせから、潤が戦闘中に指揮を取るこ
ととなった。
引っ込み思案でよく喋らない簪も、代表候補生として冷静な判断が
出来るが、潤の方が安定していると判断したのだろう。
一秒の遅れが命を失う要因となりうる場所で生き抜いていくには、
そういう力もまた必要だった。
平和な世界で競技用の為の戦いをする人間と、命を削って殺し合う
人間では培われる経験値が違う。
潤も状況を鑑みて指揮することに関しては、優れている自負があっ
たので了承した。
﹃Cブロックの最終試合を始めます。 カウントダウン終了時点で試
合を始めてください﹄
カウントがゼロになると同時に潤は、緊張しているのが手に取るよ
うに分かる相手を見て、ISの操縦に慣れていない事を察する。
焔備とレッドパレットを量子状態から実体化させると、簪との通信
205
を開く。
﹁相手は随分緊張しているように見える。 接近戦に持ち込んで乱戦
にするより、銃撃戦主体でいこう﹂
﹃わかった﹄
様子見に徹していた潤と簪に、及び腰になりながらも一回戦を勝っ
ただけあって見事な連携射撃を加えてくる。
当然牽制射撃に当たることはなく、固まっていた二人の両サイドに
移動する。
二機だけの円状制御飛翔、サークル・ロンドと呼ばれる円軌道を描
﹂
﹂
きながら射撃を行い、それを不定期な加速をすることで回避行動を学
ぶ訓練方式の技術である。
﹁まずい、これじゃあ十字砲火を受ける
﹁同タイミングで動けないか、これなら││簪
先に円から離脱した敵機が放った焔備の弾を避け、空中で逆さに
なった体勢から円に残った片割れに円周を描きつつ砲火を加える。
潤と簪は、相手を戦闘不能にさせる前に一旦円周運動を中止、今度
は上空へ移動する。
これで先に円から離脱した相手に背後に簪が、円に取り残された相
手の目の前に潤が付いた形になった。
﹃そのまま⋮⋮そのまま、ここ﹄
翻弄される形になった相手に向かって、ではなく簪は円に残された
ちょっと、つよ││﹂
相手をミサイルで狙い打つ。
﹁あ、味方がやられた
を浴びた1機が沈黙。
ミサイルの爆風に飲み込まれた僚機に気をとられた片割れだった
が、ブレードを展開すると近くの簪に斬りかかった。
と、背後からブレードを持って大振りになっていたマニピュレータ
を狙撃された。
﹂
206
!
!
目の前でマシンガン二丁を構えている相手に気をとられ、集中砲火
!?
﹁超長距離射撃パッケージ﹃撃鉄﹄、いい銃じゃないか。 簪、合わせ
ろ
!
﹃そこっ﹄
カレワラからの狙撃を躱すことも出来ず、今度は簪のミサイル射撃
も頂戴する。
精密射撃の合間を理解して、その隙間にミサイルを置いたという形
だ。
墜落後向けられる、潤と簪の焔備二丁。
勝敗をはっきりさせるための至近距離フルオート射撃。
勝者、小栗潤、更識簪ペア﹄
あっという間にシールドエネルギーは空になった。
﹃試合終了
﹁初戦なんてこんなもんだろう﹂
﹁代表候補生だから搭乗時間が長いだけ。 私たちは他の人よりアド
バンテージがあるから当然﹂
勝って兜の緒を締めよ。
慢心程勝利を揺るがす恐れがあるものはない。
対戦相手と握手をして互いの健闘をたたえ、パフォーマンスとして
本音たちがいる方に拳を突き上げたものの、意識は次の試合に向けら
れていた。
しかし、代表候補生にして自分の専用機を作ろうと勉強している生
徒と、専用機作成のために何十時間もISに触れていた元軍人。
確かにアドバンテージは絶大であり、そのまま予選リーグ通過まで
潤と簪を止められるペアは存在せず、お互いに一度もシールドエネル
ギーをきらす事のも無いまま決勝リーグ、週末までコマを進めた。
残るは一夏とシャルルのペア、元二組クラス代表と三組クラス代表
ペア、ラウラと篠ノ之のペアだけだ。
決戦前夜。
激励パーティー等と言い分を立てて、隣室から癒子とナギが来襲。
本音も待っていましたと言わんばかりに大量のお菓子を展開し、1
207
!
030号室は甘ったるい匂いに包まれた。
騒ぎたいだけだろお前ら。
﹁はい、紅茶でございます。 お嬢様方﹂
Use good quality tea.
Warm the tea pot.
Measure your tea.
Use freshly boiling water.
Allow time to brew.
茶葉は量産品なので無理、と思いきやセシリアに紅茶を差し出した
時に、
﹃潤さんの力量に合った茶葉が必要ですわね﹄と英国貴族ご用達
の高級茶葉を分けていただきました。
代価として、学校が休みの時は紅茶を作らされているが。
まさか、ゴールデンルールを完璧に行える人が日本にいようとは、
と大変感激されました。
紅茶に関して
﹂
?
ナギの口の中に突っ込まれる雪見だいふく。
うまうま、とちびちび紅茶を飲む本音の隣に避難し、必死に口の中
208
貴族の女の子、その付き人に教わった紅茶のルール。
異世界の公爵家ご令嬢、その女の子の数少ない付き人でしたので、
この位出来て当然でございます。 嬉しくないが。
陶磁器製のティーポットとカップまで揃えているのはあれだ、趣味
です。
﹁我ながらうめぇわ﹂
﹂
﹄って怒るのも納得だわ﹂
﹁セシリアが﹃量産品のクッキーなんかと一緒に飲むのなんて、これだ
から日本人というのは
﹁何処でこのいれかた習ったの
﹁なんかあったの
思い出したくない、思い出させないで。
ナギが身を乗り出して尋ねる。
うまうま、と不思議なことに飲みながら声を出す本音を置いといて
﹁⋮⋮⋮⋮思い出させないでくれ﹂
?
!
﹁⋮⋮余計な詮索をする娘は雪見だいふくでも頬張ってなさい﹂
?
からあふれ出す、溶けたバニラを吸い込む姿はなんか卑猥だった。
既に仲のいい男女という垣根を越えている気もするが、三ヶ月もの
間つるんだ結果である。
そんな中、日本政府から支給された電話しかできない携帯電話が受
信中。
﹄
コールしてきたのはパトリア・グループで馴染の立平さん。
﹃ああ、小栗さん、今大丈夫ですか
﹁ええ、大丈夫ですよ﹂
だ。
﹁ヒュペリオンで
﹂
立平さんも知っているでしょう。 現状ヒュペ
ヒュペリオンで出ませんか
なく、⋮⋮そうですね、単刀直入に言いましょう。 準決勝と決勝、
﹃これからPDAファイルを更新します。 機密とかそういうのでは
らすれば最低ラインだったのかもしれない。
決勝トーナメント出場は前座で、彼らパトリア・グループの社員か
何やら大事そうな話をする展開になってきた。
﹃今日の連絡は、実はそのことに関してなのですが⋮⋮﹄
りますよ︵なんか﹃こ﹄のニュアンスが⋮⋮︶﹂
﹁正直あれをベースに専用機を作ってほしい位、かなりの安定感があ
﹃カレワラはいい娘でしょう
﹄
カレワラの公開宣伝は随分な成果を収めたらしく、かなりご機嫌
潤の不遜な物言いにも立平さんは朗らかに笑った。
は優勝時にでも下さい﹂
﹁これからが本番です。 あまり調子に乗りたくないので、褒め言葉
﹃まずは、決勝トーナメント出場おめでとうございます﹄
?
ちょっと本音静かにしてくれ﹂
﹃それが、まぁとにかく最初にPDAを見てください﹄
口頭で促されPDAを最新のものへと更新する。
立平さんすら困ったような声で言った最新のPDA、少しでも見よ
うとするナギが背中から顔をのぞかせた。
209
?
?
リ オ ン は 誰 か の 補 佐 無 し に 歩 く こ と す ら 出 来 な い と﹁う ま う ま﹂
?
隣には癒子と本音もいるらしく、部屋は広いのに人だけが潤のベッ
ドに集まる。
三kgほど減っています
暫くヒュペリオンの詳細情報を四人で閲覧する。
﹁このコックピット周りの重量の変化は
が﹂
対危険じゃありません﹄
﹁﹃束﹄って漢字に見えない
﹂
﹂
潤は、会話の中心となりそうな新制御モジュールを表示させた。
紅茶を飲みきった本音が、PDAを覗き込んで話し出す。
﹁ねぇ、おぐりん、あの制御モジュール⋮⋮﹂
﹁いえ、貴重な話を聞けましたよ。 それでは﹂
﹃そうですか⋮⋮。 すいません夜分遅くに﹄
まうのが技術者なのだろう。
確かに使ってみたくなるが、そこで本当に使ってみようと言えてし
度の高さに、疑念を隠せない。
だからこそ、今度ヒュペリオンに搭載された制御モジュールの完成
ている。
潤もパトリア・グループの脳波コントロールシステム調整に携わっ
ありませんが見送らせていただきます﹂
﹁⋮⋮しかし、準決勝でいきなり使う気にはなれませんよ。 申し訳
定性向上が見込めると試算される程のものでして﹄
れた口でして⋮⋮。 ですが、試算の結果、以前の八〇〇%以上の安
﹃私たちも本社からこの変な形をした制御モジュールを使えと命令さ
﹁││本社で何があったんですか
﹂
れで既存の部分を弄った結果です。 強度は上がっていますから、絶
﹃コックピット周辺に新たな制御モジュールを追加したんです。 そ
?
﹁││確かに、ポップ体太文字だとこうなるか
﹁ほんとだ﹂
﹁あんた、よくこんなの気付いたわね﹂
れない。
210
?
本音の話はさておき、確かに今のヒュペリオンなら動かせるかもし
?
?
データ上はそう見える。
しかし、ヒュペリオンのデータ取得開始から、十日も経ってないの
にこれだけ完璧な制御モジュールが作れるだろうか。
いや、無理だ。 時間的にありえない。 ではどうやって⋮⋮。
嬉しい誤算かもしれないが、しばらくこの疑念はなくならないだろ
う。
211
5│5 終わりの始まり
十二時三十分までに準決勝を全消化し、十三時四十分から決勝三試
合が始まる。
決勝トーナメント、第1試合は、全校生徒はもとより、世界的にも
注目されかねない戦いが始まろうとしている。
出場選手、ISにとって異例の男子三人が参加する戦い。
今まで全試合瞬殺という速攻で勝ち続けてきた、織斑一夏、シャル
ル・デュノアペア。
安定した試合運びで窮地とは無縁の戦いを続けてきた、小栗潤、更
識簪ペア。
決勝トーナメントに限り、一つのトーナメントに絞って行われるた
﹂
め、ここ第一アリーナは超満員だった。
﹁へへっ、潤、手加減抜きだぜ
﹁一夏、気を付けてね。 潤はこの学年で一、二を争う強さだから﹂
﹁わかったよ、シャルル﹂
潤は、ラウラの件を自分で片を付けたいと思っている。
シャルルのことは一夏に丸投げしたが、ラウラの問題は一夏に任せ
られない、ちょっとした問題もある。
どうにかして諦めてくれないだろうか。
説得、してみるか
カウントダウンを見る。
三││、二││、一││
﹁﹁俺が勝つ﹂﹂
青空の元、奇しくも男子二人が同じ言葉を口にし、決勝トーナメン
トの火ぶたが切って落とされた。
簪にシャルルを牽制してもらう。
いかに一夏が未熟といえど、白式の攻撃力は絶大であり、零落白夜
が当たれば瞬時に決着がつく。
先制は簪とシャルル。
212
!
頭の片隅でそんなことを考えながら、一回戦からなんら変わらない
?
開始直後という距離が開いている現在、銃を展開してすぐさま攻撃
出来る素早さで先行を取る。
高速で放たれた弾丸は、潤の頭脇をすり抜けてアリーナのバリアに
着弾。
牽制射撃にしろ、武装切替にしろ、シャルルと比べれば簪の方が若
干遅い。
しかし、これは前もって何度も計測して求めた平均速度の結果から
わかりきっていたこと。
此処までは想定内。
空を斬る音と、一夏の咆哮が響き、雪片弐型が潤に迫る。
﹁零落白夜は簡単に使わないか。 簪、プランAからBに移行﹂
﹃⋮⋮わかった﹄
プライベート・チャネルを介して、プランA、白式のエネルギー切
れを狙った持久作戦の変更を告げる。
に火花が宙に舞う。
お互い勢いよくぶつかったが、カレワラが汎用性と完成度の高さを
目指したのに対し、白式は接近戦に特化した機体。
刃を重ね合わせての力比べは白式に軍配が上がる。
機体の性能差から有利を実感したのか、スラスター推力をあげて尚
更押し込んでくる。
ダウンロードしなければ押し切られるかもしれない、潤は実戦で刃
をあわせて一夏の成長を肌で感じた。
﹁なら俺がやっても問題ないな﹂
﹃俺がラウラに対してやるからこそ守ったって言うんだ﹄
213
二人してシャルルに銃撃を加えつつ、コストパフォーマンス最悪の
零落白夜に対して逃げに徹するというもの。
﹂
プランB、接近戦に少し難のある簪をシャルルに充てて潤が援護、
一夏を潤が抑え込む。
それで俺には充分だ﹄
﹁一つ聞きたいんだが、何故お前がラウラに固執する
﹃セシリアと鈴を傷つけた
?
同じく近接用ブレードを展開し白式の攻撃を直接受け、そこを中心
!
何を言ってるんだ
﹄
﹁そうか、だからお前はラウラを認められないんだな⋮⋮﹂
﹃認められない
﹃守る力と、争う力は違う
﹄
ウラ。 お互いに織斑千冬の力に憧れた﹂
﹁姉に守られている内に姉に憧れたお前、優秀な上官に惚れ込んだラ
潤はただその光景をしっかり見据えるだけだった。
られたが。
それは、一夏も無意識に潤の言葉を聞きたくないだけの様にも感じ
が連続攻撃に移る。
若干影を落とした潤などお構いなしに、競り合いで優勢と見た白式
?
ラピット・スイッチ。
﹃何故って││﹄
さなんだ。 だけどお前はそこに目がいかない、何故だ
﹂ ﹁そうとも、だからお前が憤るべきは力に意味を見いだせない心の弱
け流していく。
白式の世代差と、機体コンセプトの差を利用した連撃を、全てを受
れるかのように何度も衝突しあった。
元々は訓練用機の接近戦ブレードと雪片弐型が、まるで吸い寄せら
し込んでいるような光景は見れなくなる。
入る角度が二、三度、タイミングがコンマ二秒程遅ければ、潤が押
容だった。
だがその真相とも言える内容は、およそ逆に三対七で一夏優勢な内
剣の理を知らぬものが見れば七対三で潤が有利に見える。
際限などないように、両者は激突を繰り返し火花を散らす。
突如地力の差などお構いなしにカレワラが白式を弾き返した。
││ダウンロード開始、四十二通りの技術を取得。
!
ゼロ距離ショットガンの威力を恐れたのか、一夏が距離を取ってい
一夏の連撃の合間を見計らって、ショットガンを連射。
ISは人間と違って片手で軽々しくブレードを持てる。
二口径連装ショットガン、レイン・オブ・サタディを実体化する。
シャルルとは違いマルチタスクを用いた異質な速度のそれで、六十
?
214
?
く。
押されていた圧力から解放された中で、不思議なぐらい頭が冴え渡
り、潤の言いたいことが分かってしまった。
幼い頃から織斑千冬に守られてきたことからこそ、﹃誰かを守るこ
と﹄に強い憧れを持っていた一夏。
姉の様に誰かを守りたいという意志は姉に与えられたもので、自分
の心から生まれた意思ではない。
ラウラと同じく、心の意思が弱い状態のお前では、今回の件は任せ
られないから諦めろ。 そう潤は言いたがっている。
﹄
不思議なくらい冴え渡る考えに導かれて気付いた答え、それに対し
て一夏が表情を荒げて激高した。
﹂
﹃そんなの、気にする問題じゃない
﹁違う
﹁簪
﹂
に距離を取って宙に遁走した。
が仇になったことを察したのか、ミサイルから逃げるために一夏が更
距離を離した一夏に対してミサイルランチャーを実体化、離れたの
両者開始時点以上に距離をとって意識を試合に戻す。
潤の体験談、口が裂けても言えない内容だが、半分でかかった。
るぞ。
そんな、あやふやな意思のままで剣を握れば、何時かきっと後悔す
!
簪の援護に向かう。
一夏には量子格納数八発中七発というを大盤振る舞いでばら撒き、
残段数一のミサイルランチャーはアリーナに捨てる。
﹄
簪は明らかに分が悪そうだったが、何とか耐え抜いていた。
﹃⋮⋮トラッププラン
この全く焦らない相方は、こういう時非常に頼りになる。
て尋ねる。
フィールドを見渡して、早くも状況を把握した簪が潤の行動を鑑み
﹁そのつもりだ。 気付いた方が任意で発動しよう。 外すなよ﹂
?
215
!
当初立てたプランB通りに、一夏を抑え込むことに成功した潤は、
!
シャルルはミサイル七つに追われる一夏を見て、新手の潤に気を配
るより一夏を優先したらしい。
簪には背を向けて、焔備を構えると、一夏を必要に追い回すミサイ
ルに銃口を向けた。 勿論それを黙って許す訳がなく、シャルルは一夏を救うために焔備
2丁からくる弾雨を浴び、シールドエネルギーを5割削られる。
シャルル残三割、一夏残り六割、簪残り六割、潤残り九割。
﹁援護してやれなくて悪かったな﹂
﹃別 に い い ⋮⋮。 私 も ⋮⋮⋮⋮ フ ラ ン ス 代 表 候 補 生 と 戦 っ て み た
かったから﹄
﹁お前結構いい女だな。 今まで気遣いとは無縁の連中ばかりだった
⋮⋮あ、い、いきなり、なにを﹄
からなぁ⋮⋮﹂
﹃えっ
﹁来るぞ、散開だ﹂
シャルルのシールドエネルギーの減りを知って、遂に零落白夜を出
した一夏が真っ直ぐ突っ込んでくる。
トラッププランは、先ほど潤が捨てたミサイルランチャーの射撃に
ある。
あれは1発しか残弾が無いのでパージしたのではなく、遠距離制御
で射撃させるために捨てたのだ。
後は、シャルルをあの場所に誘導してやれば片が付く。
既にアンロックは発行済みで、簪か潤の意思1つでミサイルが発射
出来る状態だ。
﹄
﹃お前は、俺と違って頭も良いし、言い分も正しいかもしれない。 そ
れでも俺は、大切な奴らを守れる男になりたい
受けるのではなく、流す。
潤の剣がその答えとなる。
ねない奴と戦うにはどうするか。
現代のパンチングマシーン換算で、魔法を使って平然と十t出しか
レードに阻まれ、綺麗に受け流される。
上段から振り下ろされた零落白夜は、今度は温めておいた近接ブ
!
216
?
防ぐのではなく、払う。
白式という接近戦パワータイプを操る一夏は、驚異の技術力でカレ
ワラを操る潤を押し込むことはできなかった。
﹁全てを話してくれたシャルルすら満足に守れそうにない奴が良く言
う﹂
三年あれば、俺だって何か思いつく
﹄
﹃シャルは関係ないだろ それに俺はあいつに三年の猶予を作って
やれたんだ
﹂
﹂
何故俺は今でも本音と同じ部屋で生活している
本人が多く、これ程まで専用機持ちが集まる
﹄
何故一組には日
お笑い種だな
!
規則がそれを保証しているだろうが
!
﹁お前は本当に三年猶予が出来たと思っているのか
もうシャルルにはシールドエネルギーの残量が少ない。
簪が物理シールドを展開して、シャルルの銃弾を防ぐ。
何せ彼らの実力は本人たち並みに潤が把握しているのだから。
ある。
以心伝心、かもしれないが、こちらも最低限のことは事前に決めて
えてくる。
そのシャルルが、一夏と潤が織りなす乱舞の合間を狙って射撃を加
!
!
﹁だったら 何故俺たちは入学初日から女子と相部屋になった
!
!
﹂
でも、デュノア社が表だって法を破るなんて││﹄
﹁シャルルの存在そのものが表だって規則を破っている﹂
痛いところを突かれてしまった、そう一夏は感じた。
全部外部からの
!
﹃IS学園は、最初から外部から干渉を受ける前提で動いている
干渉に備えたものだ
身元の調べやすい日本人、有事の際の専用機持ち
﹁箒はハニートラップ対策、本音は生徒会からの監視、クラスメイトは
くれなかった。
のほほんさんは本題に入る前に躱され、潤は察しろと言って答えて
どうして小栗くんと相部屋じゃないの、と。
一夏が引っ越しして一人部屋になった際、結構な数に聞かれた。
!
!
?
!
217
!
!
﹃何言ってやがる
!
法律を制定したからと言って犯罪が無くなるのか。
減るかもしれないが、犯罪が消滅した国家なんて何処にもありはし
ないと、そんな簡単な事を忘れていた。
帰らない
約束事を守らない奴らが居るから、警察はいるし、軍隊はあるし、刑
務所は存在する。
ならどうすればいいのか││。
﹄
﹁もし父親が病気で危篤だから本国に戻れと言われたら
なんて選択肢は周囲が許さない﹂
﹃⋮⋮じゃあ、俺は、どうすれば
簪が思わず目を瞑る。
物理シールドを展開する暇も無かった。
﹁⋮⋮焦ったかな﹂
る簪を落とすしかない。
形勢逆転を狙ってパイルバンカーを使って、潤のサポートをこなせ
かない。
しかし、潤の機体は未だほぼ無傷のままで、ここで逃げても埒が明
シールドエネルギーが少ない状態で接近されれば負ける。
る。
一発目は外したが、パイルバンカーは連射可能な仕様となってい
た。
簪と、逆転を狙って六十九口径パイルバンカーを構えたシャルルが居
その銃口の先には、ブレードを両手に果敢に接近戦を挑もうとする
を向いている。
またゼロ距離ショットガンの再来かと思いきや、銃口はあらぬ方向
鉄﹄を実体化させる。
再び剣の押収の合間を縫って、今度は超長距離射撃パッケージ﹃撃
出来んのさ﹂
﹁守るだけではなく、道を示さねばならない。 今のお前にはそれが
?
今まさにパイルバンカーはリロードして、再びラファール・リヴァ
イヴ最大火力の砲火が││。
﹃嘘⋮⋮⋮⋮﹄
218
!
しかし予想していた衝撃は何時までも来ない。
簪が目を開けると、パイルバンカーの薬莢排出部分が誤作動を起こ
している。
呆然自失としている、それがシャルルを見た簪の印象だった。
簪の感想通り、恐らく狙って撃った潤以外は、アリーナ中の殆どの
生徒も唖然としていた。
﹄
ISのセンサーを信用して、接近戦の応酬のただ中で、薬莢排出部
分を精密狙撃した。
﹃シャルル下がるんだ
﹂
地を跳ねる専用機2人に、セカンダリのグレネードをご馳走して、
この事だろう。
二人纏めて当たってくれたのは予想外だったが、棚から牡丹餅とは
その最中、仕込んでおいたミサイルランチャーが火を噴いた。
取る。
こくん、と首を動かして簪が駆け寄った一夏とシャルルから距離を
﹁簪
シールド部分で防御するも、シャルルは更にエネルギーが減った。
していた武装が使用できなくなったシャルルでは初速が違う。
シャルルと簪が同時に気付くが、ブレードを持っていた簪、頼りに
状況を早めに察した一夏が、シャルルに警告する。
!
勝者、小栗潤、更識簪ペア﹄
遂に決着はついた。
﹃試合終了
!
219
!
5│6 決勝戦
一夏とシャルルの戦いは終わった。
試合終了後、第一アリーナ男子更衣室で一夏はベンチに座ってい
た。
シャルルは、先に帰ってくれと頼みこんでこの場に居ない。
負けたことを気に病んでいるのかと心配されたが、本当に心配なの
はシャルルの今後の方だった。
先伸ばしは成功したが、期限が明日になるかもしれないのは結構な
プレッシャーになる。
シャルルの、あの綺麗な笑顔を消してしまうかもしれない。
誰かを守りたいと思った。
無責任だっただろうか、でも大切な友達を守りたいという心は間違
いないはず。
誰よりも近くで、強い姉に憧れていたから、何時か自分もそうなり
たかった。
ただの憧れ、だけど千冬と一夏には大きな違いがある。
千冬は世界最強で、一夏は力もなく貧弱で、それなのに同じ様な行
動をしてしまえば危険が伴うのは、⋮⋮言われれば簡単に思い当た
る。
ラウラもそうなのだろうか。
一夏と同じく心の弱さがあって、それを直視できなかったから話し
合う場を設けられなかったのか。
時間は幾らでもあったのに⋮⋮。
シャルルに時間がないかもしれない、あるかもしれないが、潤の仮
説││﹃親族に不幸があったらから帰国しろ﹄なんて文面を送られて
くれば、組織としてシャルルをフランスに返すしかない。
IS学園生徒だった時と違い、フランスに帰れば自分の手は絶対届
かない。
デュノア社として、少し経ってから退学届けを出せば、もう││。
220
うつむいて悩んでいると、何時の間にか誰かが目の前にたってい
た。
潤が更衣室、一夏のすぐ近くで、腕を組んでロッカーに寄りかかっ
ていた。
じっとこちらを見ている瞳は、ラウラと同じくらい冷たいものを感
じた。
﹂
﹁待っていると思っていた﹂
﹁俺が、ここでか
﹁﹃正すだけではなく、道を示さねばならない﹄他ならない俺自身の言
葉だ。 言いだしっぺがやらなくてはな。 説得力がなくなる﹂
戦いの最中は、何時も高揚して喋りすぎるな。 俺もまだまだ未熟
だ。
そう言って潤は一夏の隣に腰をかけた。
潤は、ポツポツ話しだした。
内容はかつて予測したデュノア社の考え方を1から辿るものだっ
た。
プロを雇わなかった事を不審に思って、そこから考えついたデュノ
ア社の陰謀。
シャルルが一夏に話した内容などついでに得られればいい、程度の
ものだった。
とでも思っているのだろう。
そして、秘密を握っている男が、年頃の女の子と同棲していれば、肌
を重ねる事もありえなくない。
﹂
﹁ちょっ、お、俺はシャルルの弱みに漬け込んで無理矢理なんて絶対し
ないぞ
だったな﹂
シャルルが女と周囲に知れるのが遅ければ遅いほど、一夏との同棲
は続く。
その時間の長さは、そのままその他の女子が近寄る事を牽制する力
221
?
﹁そんなお前の紳士的な性分を読み切れない事がデュノア社側の失敗
!?
となる。
﹁牽制って⋮⋮﹂
﹁恋人がいるのに、表立って彼氏を口説く女は少ない。 そうだろ
﹂
恋人として紹介してくれるのが最高の形で、シャルルが子供を身ご
もってくれれば計画は完了する。
会社の後継者として専門的教育をするとでも言い繕って子供を確
保、人目から遠ざけてモルモットにすることも出来るだろう。
よって、もしも一夏を恋人にすることが不可能と判断されたとき、
シャルルは排除される。
潤は徹頭徹尾冷酷な表情のまま、明らかな狂気すら感じる瞳で喋っ
ていた。
それでも一夏は、真剣にその話を聞き続けた。
ただの単語すら聞き逃したくなかった。
知らなかったほうが良かったかもしれないが、知って良かったとも
思う。
シャルルを守るということは、そんな、嫌な大人の世界に身を晒さ
なければならない。
何もかも忘れて叫びたくなった。
シャルルは、││自分が思っているよりよっぽど酷い状態に陥って
た。
そして、女だとばれても一緒に暮らし、同棲していた事実を作って
いる。
その後、シャルルが女だと知られた時に、他の女の子たちは一度は
同棲までしたことのあるシャルルのことが頭によぎって、アプローチ
する人は減るだろう。
それらは全て潤の予想通りで、もしかしたら全てデュノア社の思い
通りなのかもしれない。
確かに、一夏は大きな闇に翻弄されて、良いように踊らされていた。
﹁それでも⋮⋮﹂
枯れた音が、僅かに声として喉を通ってくれた。
222
?
﹁それでも、俺は誰かを力いっぱい守れる俺でいたい⋮⋮﹂
﹁そうか﹂
一夏の弱々しい決意の言葉を聞いて、ようやく潤は微笑んだ。
ああ、そうだったのか。
潤があんな目を出来るのは、こんな事を予測出来るのは、きっとそ
んな闇の道を歩んだからだ。
そして、今未熟だった自分を見て微笑んでくれるのは、潤も昔そう
だったからなんだ。
そう思うと、何時もどおりの潤がとても頼りになるように思えて仕
方がない。
だけど││、これから、あんな冷徹な目を浮かべてしまえるような
修羅の道を、歩むかと思うと、一夏は身の毛がよだつ思いだった。 世界はもっと綺麗だと思っていた││思っていたかった。
﹂
そこまで1人で考え付いたんだ。 考え
﹁どうしたらいい⋮⋮。 俺はどうしたらいい
﹁⋮⋮﹂
﹁お前は知ってるんだろ
ルを助ける方法も想定できたはずだろ
潤は、ゆっくり立ち上がった。
﹁じゃあ
﹂
﹂
﹁一夏、俺達みたいな凡人が人一人完璧に守るのは不可能だ﹂
変化した心境は一夏にしか分からないだろうが大切なものだ。
千冬の様に誰かを守りたい、から、自分の手で誰かを守りたい、と
!
どんなに女子が軽くたって体重四十kgはある。 背負いながら戦
うなんて出来ない。 その不可能こそが命の重さだ。 だが、二人な
ら五十%、十人なら十%だ。 俺達二人でも不足なら、もっと大勢の
人を巻き込め﹂
﹁千冬姉⋮⋮だな﹂
﹁そうだ、それでいい。 彼女なら、ドイツにも、アメリカにも、当然
日本にもコネクションがある。 裏向きのことも知っているだろう﹂
223
!
つくと同時にどうやって、その状態から身を守ればいいのか、シャル
!
﹁黙って聞け。 恥じ入ることはない、誰かを頼れ。 想像してみろ、
!
一夏は誰かを頼れという潤を、決して情けないとは思わなかった。
そんな、単純な真実を知るまで、潤は泥にまみれたんだろう。
自分の代わりに地獄を見た、そんな馬鹿な友人をどうやって笑えば
いいのか。
自分は無力かもしれない。
こんなに強くなりたいと思ったのは随分と久しかった。
どれだけ悪意溢れる道が待っていようと、目指す先が分かっている
なら1歩づつ進んでいくしかない。
足取りは重く、心は軽く、行き先は遥遠い理想の姉の元へ。
不安定な足取りではあったが、幾分晴れやかな表情をしていた一夏
とは別に、それを見送っていた潤の表情は澱んでいった。
やってしまった。
卒業までとっておきたかった保険の1つを、さっさと切ってしまっ
た。
一夏に言ったとおり、その保険も何時の間にか消滅している可能性
もあったので、主導権が取れているうちに何とかするのも間違いでは
ない。
間違いではないが⋮⋮、もうちょっとタイミングというものがある
だろうに。
結局、なまっちょろい人間側なんだと改めて自覚する。
まあ、一夏はシャルルに深く踏み込んでいるので、最低限の目標を
達しているとも言える。
だけどなぁ。
手持ち無沙汰になったので、戦いの空気に切り替えるためにも格納
庫に向かう。
カレワラのメンテナンスも行わなければならない。
決勝でのキーは柄だけを取り出せば、マニピュレータに隠されて見
えなくなるビームサーベル。
格納庫では、一夏と話しているあいだにラウラペアと、クラス代表
ペアの試合が終盤に差し掛かっていた。
224
AICで動きを止め、相手を嬲っているとしか見えない。
篠ノ之は、それを黙認しているのか、連携を諦めているのか、ラウ
ラに構うことなくもう片方を抑えている。
クラス代表ペアは両者ほぼ同時にシールドエネルギーが尽きて敗
戦した。
﹂
負けて流れる涙には様々な理由はあるだろうが、ラウラに負けた彼
女が流す涙はきっとただの悔し涙ではないだろう。
拍手は、殆どならなかった。
なんでヒュペリオンがここにあるんですか
﹁あっ、小栗さん﹂
﹁立平さん
パイ
何分手持ち無沙
﹁なら⋮⋮、むしろ機体ではなくてシステム面を頼めますか
汰で﹂
﹁私もヒュペリオンの整備を手伝っていいですか
ヒュペリオンの整備は後々潤も行っていかなければならない。
手頃な軍手を借りて工具箱からスパナを取り出す。
せる代物だったのか﹂
﹁七月で完成か⋮⋮。 あの制御モジュールは完成を二ヶ月も短縮さ
合宿には完成できそうです﹂
﹁カレワラで得られたデータを反映してるんです。 これなら七月の
の周りを動き回っている。
パトリア・グループの作業員が慌ただしくカレワラとヒュペリオン
ンが運ばれてきた。
格納庫が少し騒がしくなったと思ったら、潤の専用機、ヒュペリオ
?
うのは死亡フラグのような気がする。
というより、緊急事態でもないのに、テストもしてない新技術を使
今は無闇に新しい機体を投入するわけには行かない。
﹁お断りします﹂
﹁それで、やっぱり使って頂くわけには⋮⋮﹂
﹁わかりました﹂
データは用意しておきますから﹂
ロットの癖もありますし繊細な設定は我々では難しいので。 参照
?
?
225
?
しかし、本当にこの脳波制御モジュールは恐ろしい程精度が高い。
これは異常なことだ。
時間も、精度も、何もかも異常としか思えず、別の言い方をすれば、
これだけが異質だと言ってもいい。
﹁││誰が作ったんだ、これは⋮⋮﹂
ヒュペリオンが脳に絡みつくような感覚が、尚更潤に危機感を持た
せた。
暫くして二年と三年の準決勝も順次終了し、ため息と若干の泣き
声、遥かに大きい喜び合う歓声が満ちている。
何故か二年の先輩に私を慰めて、と頼まれたが、初対面の人間を慰
めるなんて難易度高いです。
魂魄の能力で先輩の言ってほしいことはなんとなく理解できるの
で、当たり障りのないことを話した。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
?
226
﹁何か用か﹂
ヒュペリオンのプログラムを弄っていると、真剣に画面を見つめる
簪が現れた。
自分でプログラムを組んでいる事もあって、完成品を弄っている現
場を見るのは彼女にとって大きなプラスになるのだろう。
カレワラを整備していた整備員たちも、潤のタッグパートナーであ
る簪を追い払うことができず、こちらを困った顔で見ている。
⋮⋮申し訳ないが、せっかくの機会なので完成品を見せてやるのも
一興か。
プログラムを少しづつ弄りながら会話をしよう。
﹁簪、次の決勝なんだが、頼みたいことがあるんだ﹂
﹂
﹁知ってる。 ⋮⋮⋮⋮篠ノ之さんを⋮⋮相打ちの形で倒して欲しい
んでしょ
﹁勘﹂
﹁││なんで
お互い視線はプログラム画面、じっとしたまま動かない。
プログラムを打ち込んでいた指が止まる。
?
ラウラと篠ノ之が連携しないのであれば、ラウラに損害なく箒を退
場させる方法はある。
篠ノ之箒は銃撃戦を好まず接近戦を多用する、むしろ今まで焔備す
ら使ったことがなく、簪は銃撃戦向き。
簪を退場させるために、箒は開始直後に接近してくるだろうからそ
れを逆手に取る。
接近直後にアリーナ地面に向かって拡散式ミサイル弾を尽きるま
で連射すれば、6発もしないでシールドエネルギーは空のなるだろ
う。
作戦を話すあいだ、簪は一言も喋らなかった。
ただ、最後に普段通りの口調で﹃わかった﹄とだけ返した。
﹁まったく、いいパートナーだよ、お前は﹂
﹁そんなんじゃない﹂
謙遜と引っ込み思案が邪魔をしているが、たぶん簪は相当優秀なん
だろう。
着々と、﹃その時﹄は迫りつつあった。
モンド・グロッソ参加者のような熟練した機動で、見に来たVIP
を魅了した3年準決勝が終わった。
一旦昼休みを挟んだものの、熱は収まることなく、アリーナを包み
込んだままだった。
一年最強との前評判通り、今まで総ての相手を蹂躙し続けたラウ
ラ・ボーデヴィッヒ。
影に霞んでいるものの高い接近戦能力を持つ篠ノ之箒。
総合戦闘能力と見事な戦略眼、双方をもって数多の生徒を片付けて
きた更識簪。
ただの一度もシールドエネルギーを5割切らせることなく勝ち進
んだ小栗潤。
﹃只今より、IS学園、一年生の部、決勝戦を始めます﹄
一回戦から何も変わらないアナウンス。
227
何も変わらないカウントダウン。
周囲の視線だけが、まるで違う熱を持っていた。
三六〇度センサーから周囲を見渡せば、癒子やナギ、本音は勿論、一
夏達もやって来ている。
流石に何人も固まって席を取れなかったのか、何時もの三人と一夏
達は別々の場所にいるが。
そういえば、一組から三人決勝に出ているなんて変な話だ。
一夏が何かを叫んでいる。
﹄
﹃ま・け・た・ら・ぶ・ん・な・ぐ・る・ぞ﹄か、対象は潤でいいだろ
う。
﹃負けた時の言い訳は考えたか
﹁お前が負けるんだから考える必要はない﹂
﹃で か い 口 を 叩 い て 負 け た ら さ ぞ 惨 め だ ろ う な。 こ の シ ュ ヴ ァ ル
ツェア・レーゲンの前ではお前も等しく有象無象だと証明してやる﹄
﹁なら、俺は意思を持たない力が、どの位危ういか教えてやる。 そし
て知れ。 意志の力というものを﹂
三││、二││、一││
﹁俺が示す﹂
﹃叩きのめす﹄
戦闘開始と共に、箒と簪が瞬時加速で突っ込んだ。
今まで潤が前衛で戦うことはあれど、簪が前衛となることはなかっ
た。
この意外な作戦に、一瞬アリーナはざわめき、││次の瞬間静まり
返った。
後に、戦いの背景と、潤の作戦を聞いた織斑千冬はこう語った。
﹃決勝でやる戦い方じゃない、馬鹿者﹄と。
箒と簪が、連射されるミサイルの爆風に巻き込まれている。
内蔵されていた拡散弾が、お互の打鉄を完膚なきままに破壊してい
く。
四発もしないでシールドエネルギーは空になり、広いアリーナで戦
闘可能な機体は二つだけとなった。
228
?
最初の一発目だったらワーヤーブレードで救助可能だったが、その
ワーヤーブレードは後方に下がっていった潤に狙いを定めていた。
シールドエネルギー残量ゼロの箒と簪がアリーナの端に移動して
いく。
﹁くっ、お前、これはなんのつもりだ﹂
な、なんだと、こんな滅茶苦茶な行動は作戦とは言わないっ
﹁⋮⋮元々、こういう作戦だった⋮⋮から⋮⋮﹂
﹁作戦
﹂
いる。
││最初から、あのラウラに対して一人で戦うつもりだったのか
誰かが﹃その力は正しくない﹄と制してやらねばならない││それ
あれはもう言ってなんとかなる領域ではない。
近親憎悪を抱くほど近しいからわかる。
﹁ラウラに勝つつもりか⋮⋮﹂
ラを見て近親憎悪を抱かずにはいられなかった。
力が全てだと思い、それゆえ暴力に身を委ねて醜悪な姿を晒すラウ
だからだろうか。
泣き崩れるのを見て、表彰式では逃げ出したい気持ちだった。
そのひどく醜い様を何より己自身に突きつけられ、決勝での相手が
ある。
理由は単純明快、ただの憂さ晴らしのために参加した結果だからで
誇らしく思えなかった。
そして、全国大会で優勝する栄誉も得たが、箒自身はそれを決して
と思えたからだ。
特別な理由があった訳ではないが、それが一夏との大事な繋がりだ
そんな中で、かつて一夏と共に励んでいた剣道だけは続けていた。
めに各地を転々とした。
箒は姉がISを開発したという関係から、政府の重要人物保護のた
?
対して目の前の潤のペア、簪は暖簾に腕押しとばかりに開き直って
IS各部損傷甚大の打鉄を休ませながら、箒は憤った。
?
を潤はやろうというのか。
229
!
それならば、確かに一騎打ちの形こそ望むだろう。
潤には勝ってほしいが、潤が負ければ一夏と付き合える⋮⋮しか
し、ラウラの過ちは正して欲しい、しかし一夏と特別な関係にはなり
たい。
箒はそのうち考えるのを止めた。
後方に下がっていた潤は、予定通りの内容に満足して足を地面につ
けた。
ラウラは簪のミサイルを警戒していたのか、AICは未だに使って
いなかった。
シュヴァルツェア・レーゲンとカレワラ、フィールドには黒を基調
とした2機が向かい合っていた。
呆気なくシールドエネルギーがゼロになった二機をつまらなそう
な表情で見送るラウラ。
シュヴァルツェア・レーゲンを用いた戦闘は対多数を想定してお
り、自分側が複数の状態での戦闘を想定していない。
むしろ、まともに合同訓練をしていない相方は邪魔。
となれば、簪が抜けたのならば、完全な優位に立ったと思っても仕
方がないだろう。
それは眼前に浮かぶ潤とて分かっていただろう、しかしそれを知っ
てやった。
これは││挑戦だ。
﹃ふん、このシュヴァルツェア・レーゲンを前に一騎打ちを挑むとは。
無謀だな﹄
ラウラが嘲笑い、潤も釣られて唇を釣り上げる。
なにせラウラ、もとより、この世界では誰も知らないのだ。
魂魄の能力者が異世界で何と呼ばれていたのかを。
出会ったら死を覚悟しろ、その能力者は人類の天敵である、とそこ
まで恐怖され、畏怖された力がどれほど異常か。
230
5│7 DELETE
マルチタスク処理開始。
ISでの補助を受けて、安定して七つまで運用可能な状態までつり
上がった異能。
傍目から見れば、一目瞭然とも言える程に分かりやすい異常を覚え
てしまうが、だからこそラウラの前で使う価値がある。
今回の決めては撃鉄をパージして量子状態にされているパイルバ
ンカー、通称シールド・ピアースを使う。
ミサイルランチャー : 量子展開直前で待機完了
パイルバンカー : 量子展開直前で待機完了
ビームサーベル : 量子展開直前で待機完了
焔備 : 量子展開直前で待機完了
近接ブレード : 量子展開完了
231
ダウンロード : 四七通りの戦闘技術を取得、再現待機してラウ
ラに集中する
ラウラの思考を感じ取って、攻撃箇所を把握していく。
完全な戦闘状態││潤にとって、無茶をした代価として生まれる懐
﹂
かしい痛みが体に走る。
﹁行くぞ
を感じ取れ
ラウラが集中するより先に、潤は大きく右にそれた。
﹁ふん⋮⋮﹂
瞬時加速で接近する潤に、ラウラが右手を突き出す。
!
け司るもの、ラウラの思考を感じて先読み、AICの発動タイミング
感じろ、知れ、識れ、目を頼るな、魂魄の能力は人の根底に働きか
ならば幾らでもやり様はある。
常に強い集中力を使わねばならない。
そしてAICはマニピュレータの装置から発生し、その際対象に非
い、いわば対象にエネルギーを出すようにして慣性を止める。
AICは面展開ではなく、一つの対象に集中してしか使用できな
!
AICの見えない網が空をきる。
﹂
﹂
ラウラの目が驚愕に染まった。
﹁何故
﹁未熟だな小娘
左をカバーするためにワイヤーブレードを六本全てで襲いかかっ
てきた。
意思を持ったロープのように蠢くワイヤーブレード、それを機体全
体を前後左右に揺らすことで極力狙いを絞らせないようにして回避。
待機状態だった焔備を瞬時にマニピュレータに展開し、逆に近接ブ
レードを待機状態へ。
戦闘照準の要領でタップ射撃を繰り返して牽制、するとラウラの思
考回路がAICに偏っていくのを潤が感知、瞬時加速を準備する。
﹁猪口才な。 しかし停止結界の前では無力││なにっ﹂
AICでアサルトライフル弾の慣性を停止させている目の前に、瞬
時加速を用いた潤が躍り出た。
加速中に焔備の弾丸をリロードしつつ、近接ブレードを展開開始、
焔備の量子化とブレードの実体化をほぼ同時に行う。
自身の行動パターンと戦闘技術が、事前に相手に理解されている気
持ち悪さを存分に味わっていることだろう。
実際ラウラは目の前で行われている曲芸に理解が追いついていな
かった。
本来量子構成は一秒∼二秒はかかる、むしろそれが常識。
ならば目の前の男はなんなのだろうか。
武器の切り替えが熟練のマジシャンの様で、別々の武装が現れては
消えて、消えてはまた現れる。
BRFの予測が甘すぎた⋮⋮ありえない。
むしろ必勝を期すために想定は最悪を目指して予測行動をとって
いた。
﹂
悲観よりも楽観を強いる、そんな生温いBRFなんてする気は無
かったはず。
﹁お、おおおぉぉっ
!
232
!
!?
切り刻まれる装甲と、減りゆくシールドエネルギー、不気味なほど
先読みされて回避されるAIC。
ラウラは目の前の男から侵食されるような恐怖を吹き飛ばすよう
に吼えて、プラズマ手刀を形成。
間合いこそ近接ブレードを持つカレワラより狭いが、基本的な性能
では優っており、充分押し切れると予測している。
﹄
﹃私は負けないっ
す。
﹁クソっ
﹂
!?
﹄
ラも瞬時加速を用いて一気に接近する。
酷使して罅の入ったシールドを何故か丹念に見る潤に対して、ラウ
﹃逃がさん
才で潤を追い詰められるだけの力量を持っている。
いざ恐怖心を飲み込む事が出来れば、間違いなくラウラは、天稟の
とラウラの力量は余り開いているとは言えない。
少なくともISに乗って息も付かせない連続攻撃を繰り出せば、潤
らで物理法則を超越する事などで出来ない。
基礎的身体能力や反応速度、操縦などで潤が上手を取ろうと、それ
とも忘れない。
途中急加速、恐らくは瞬時加速までしてワイヤーブレードを撒くこ
そのシールドへの衝撃を利用して潤が一気に離れていく。
﹃何故今のを防げる
﹄
またもや大道芸の様な速度で展開されたシールドに阻まれた。
これ以上ないという程のタイミングで繰り出された攻撃だったが、
伸びきったワイヤーブレードが再度び潤に向かって襲いかかる。
先に競り合いを制したのはラウラだった。
﹁貰った
﹂
潤の首元から僅か数cmの処まで、間合いを侵食されて火花を散ら
レードを削っていく。
裂帛の気合もかくやという気概、その力で振り回される刃が近接ブ
﹂
﹁くっ、中々やる
!
!
!
233
!
!
ワイヤーブレードで近接ブレードを弾くことも忘れない。
そのラウラに対して無防備状態だった筈の潤は自分から接近、盾で
隠されていたマニピュレータで握っていた、柄の様な物を突き出し
た。
銃にも見えず、さりとて手榴弾の類にも見えず、むしろ発炎筒と表
現するのが正しいそれ。
﹂
﹄
その発煙筒の着火部分が自分の顔に向けられ、一気に刃が形成され
た。
﹁かかったな
﹃び、ビームサーベル
目の前に広がる赤色炎のサーベルがシュヴァルツェア・レーゲンを
振動させる。
ラウラの表情が焦りで塗れる。
確かにフィンランドの技術者たちがエネルギー兵器の開発を強力
に押し進めているのは知っていた。
﹄
しかし、今回の大会で潤がビームサーベルを使ったことは一度だっ
てない。
﹃う、ああ、あああああ
先、再び潤は距離を取っていた。
││何故私の行動がここまで読まれる
始し始めて窮地に陥る。
AICを使おうとすれば、使おうと思った瞬間カウンター行動を開
導されて主導権を奪われる。
プラズマ手刀で競り勝っていたと思えば掌で弄ばれるかの様に誘
遠距離まで伸びきれば待っていましたと言わんばかりに接近される。
ワイヤーブレードを伸ばせば正確に銃撃されて操作に専念できず、
!?
AIC││、最も自分が頼りとする第3世代兵器に頼ろうとした矢
合うのは死を連想させるのに充分すぎる。
ISのセンサーがあれど、目の前で連続してエネルギーがぶつかり
対防御がなければ頭を貫通していたのは間違いない。
ビームサーベルの間合い内部に居るので、シールドエネルギーと絶
!
234
!?
!
その鮮やかな行動誘導に、背筋に冷たい物が迸る。
何時か、織斑教官と戦った時も似たような事になったが、何という
か潤のそれはその時とは別のベクトルで恐ろしく感じる。
先ほどの乱戦とは違い、ラウラは完全に防戦に徹している。
ワイヤーブレードとプラズマ手刀を組み合わせてもなんら変わら
ない。
相手の勢いを殺して主導権を得る、戦闘で言えば常套手段の駆け引
﹂
きだが、潤とラウラでは経験の差がありすぎる。
﹁クソっ、クソっ
次第にラウラは自分の呼吸すら、邪魔で耳障りな騒音にも聞こえだ
した。
常に相手の掌で弄ばれているという邪念は徐々に普段の余裕を削
り取っていく。
戦いでは迷ったものから死んでいく、お決まりのような台詞だが、
今のラウラにはそんな事片隅にもなかった。
││これは、冷静さを欠いているか
填にマルチタスクを割り当てる。
﹁そんなもの││AICにはきかん
﹂
同時に近接ブレードの量子化スタンバイを破棄してミサイルの装
ミサイルランチャーを具現化。
相手のプラズマ手刀発現のタイミングを見計らって距離を取る。
倒れるという妙な結果になっただろう。
自己感情操作を全力で発揮していなければ、押しに押している潤が
痛と表現できる。
らくる頭痛を表現するならば、かんなで少しずつ削られている様な激
現在ダウンロードされている戦闘技法は五百を超えており、そこか
流石にダウンロードの連発は頭に響く。
疑心暗鬼に陥っているラウラの心を、潤は鋭敏に感じ取った。
?
ウラのAICとは相性が悪い。
仮にも決勝に残った二人を瞬時に落とした拡散式ミサイルだが、ラ
!
235
!
しかし、そのAICに頼りきっているから潤に弄ばれるのだ。
なにせAICの発動タイミングは魂魄の能力を介して筒抜けなの
だから。
量子化されていたミサイル五発を、ラウラの周囲に向かって発射す
る。
装填に割り当てられていたマルチタスクを、焔備の量子展開の補助
に割り当てる。
そして、││自分のミサイルを、自分で破壊した。
当然シャワーのように降り注ぐ拡散された弾丸が、ラウラのシュ
ヴァルツェア・レーゲンを包む。
だが、大部分はAICに防がれてシールドエネルギーを0にするに
は至らなかったようだ。 が、それでいい。
発射のタイミングで瞬時加速の準備を開始、AICが原因で拡散さ
﹂
れた弾は止まっており、それゆえ視界を完全に遮っている。
﹂
﹁視界が⋮⋮、しまった
﹁貰ったぁ
ビームサーベルにさえ気をつければシュヴァルツェア・レーゲンは簡
単には堕ちない。
そう考えた時、先程まで疑心暗鬼に陥っていた影響からか、考えな
くていいことまで考えてしまった。
今回はそれが生きた││潤は先ほど、罅の入ったシールドを丹念に
﹄
見ていた││その理由に気づけたのだから。
﹂
﹃﹃シールド・ピアース﹄⋮⋮
﹁そうだ
!
中力を高める。
パイルバンカーをピンポイントで止められなければ負けが確定す
るのだから仕方がない。
ラウラは九死に一生を得るべく、集中して自分の勘を信じて狙いを
定め、潤はその勘をあざ笑うかの様な行動に出た。
236
!?
急接近する潤、またもやAICを利用された行動に怖気が走るが、
!
AICは先ほど集中してミサイルを止めたばかりだが、無理やり集
!
ラウラの頭上、瞬時加速が終わってないというのに前宙して背後に
移動しようとする。
この為に対G訓練をした訳ではないが、結果として非常に役に立っ
てくれた。
当然パイルバンカーを止めるためのAICは何の役にも立たない。
首元、鎖骨付近にパイルバンカーが命中する。
ISのシールドエネルギーが集中して絶対防御が発動してでも防
﹄
いだものの、その為にエネルギー残量がごっそり減っていく。
﹃ぐううっ⋮⋮
相殺しきれなかった衝撃は、簡単に内蔵に響いただろう。
腹筋や胸筋ならばともかく、鎖骨に筋肉を付けることは出来ない。
ラウラの表情は苦悶に歪んだ。
勢いよく着地し、潤も足腰全体に衝撃を受けたが、肺の空気がごっ
そり抜けたラウラに比べれば復活が早い。
パイルバンカーをリロード││連続して放たれるパイルバンカー。
最早勝敗は決した。
しかし││ここで自体は急変する。
ラウラの心の中、その異変は始まった。
私は負けるのか⋮⋮こんな優男に
完敗、完敗だろう。
⋮⋮何故だ、何故負ける
う。
戦いの流れを見れば誰だって、私が善戦したなどと言わないだろ
!
苦しい訓練に明け暮れた、泥を啜るような試練を乗り越えてきたは
めだけに生き、それだけを生きる糧にしてきた。
人工合成された遺伝子から生まれた、作られた強化人間、戦いのた
なのに、どうして負ける
思ってない。
シュヴァルツェア・レーゲンは最高の機体、手加減などしようとも
?
?
237
!
ずだ。
ヴォーダン・オージェの制御に失敗して、些細な切欠だ。
IS訓練で遅れをとって、トップの座から転がり落ちたのも、嘲笑
や侮蔑、そして﹃出来損ない﹄の烙印も今となっては何とも思わない。
闇からより深い闇へと転がり落ちていこうとも、その果てに尊い光
を見い出せたというのならば、その程度何とも思わない。
織斑千冬。
その強さに、その凛々しさに、その堂々とした様に、自らを信じる
強さに憧れた。
私はあの人のなれないというのか
この人のようになりたい、そう思うのに時間はかからなかった。
なれないのか
奴の言うとおりに││
心が
思いが
欠けているから弱いとでも言うのか。
てやる
ら、それを得られるというなら、空っぽの私など、何から何までくれ
何かあるのかシュヴァルツェア・レーゲン、いいだろう力があるな
ドクン⋮⋮と、私の奥底で何かが蠢く。
力が欲しい。
そうだ、負けられない。 負けてたまるか。
お前の力の意義は間違っていると。
を、私が正してやらねばならない。
夢を否定し、力の意味を履き違え、それでいて強いあいつのあり方
までに叩き伏せると。
敗北させると決めたのだ。 あれを、あの男を、私の力で完膚無き
いのか。
私の苦難は、私が抱いた夢は、私の努力は無駄だった、そう言いた
!?
Mind Condition ⋮⋮ Uplift.
Certification ⋮⋮ Clear.
238
?
Damage Level ⋮⋮ D.
!
≪ V a l k y r i e T r a c e S y s t ⋮⋮ E r r o r
﹂﹂
⋮⋮ E r r く ぁ z w s ぇ d c r f v t g b y h ぬ j み k お l
⋮⋮ boot.
﹁あああああああっ
いや、違う⋮⋮、これは
!?
て、潤はアリーナ脇から中央まで飛ばされた。
﹁くっ⋮⋮、隠し武器
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮なにこれ﹂
?
あ
﹂
ち、違う
誰か、助け、誰かぁ
﹁ラウラぁ
これは、違、⋮⋮こ、なんじゃ、ああ
﹂
!
!
﹁ああああああ
泥水のようになってラウラの全身を飲み込んでいった。
装甲をかたどっていた線は全て粘着性の高い液体に変化し、まるで
いや、変形などという生易しいものではない。
その視線の先では、ラウラが⋮⋮そのISを変形させていた。
れていた。
アリーナ脇で決勝を見ていた箒と簪も、その異様な光景に目を奪わ
﹁これはなんだ
﹂
それと同時にシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれ
突然、ラウラが通信関係なく身を裂かんばかりの絶叫を発する。
!
た亡者の様で、潤は思わずその手を掴もうとした。
﹂
しかし、距離が開いていたことも災いして、結局ラウラの手は、泥
いや、違う。 ⋮⋮アレはなんだ
に包まれてしまった。
﹁⋮⋮VTシステム
?
これはそんな生易しい光景ではない。
シフトといった、見慣れている現象だけだった。
尤もISが変形らしい変形を行うことがあるが、それはフォーム・
現在の第三世代での常識として、ISは変形しない。
箒の呟きは、恐らくアリーナ観客の総ての代言だったに違いない。
?
239
!?
!
助けを求めて手を伸ばしたラウラ、その手は蜘蛛の糸に手を伸ばし
!
!
シュヴァルツェア・レーゲンの原型はとどめていない、似ているよ
うで、全く異質な存在になっていっている。
洗礼されている、鎧のようなISの比べれば遥かにスマートな装
甲。
顎と後頭部から始まって一通り顔を覆った装甲は、透明なバリアー
に似た透明な膜を貼って側頭部に集約する。
覗き見ることができるラウラの瞳は、意識がないことが分かる酷い
状態だった。
﹁⋮⋮ヒュペリオン﹂
潤はその装甲に見覚えがあった。
見覚えなどというものではなく、リリムが死んだ要因となった旧科
学時代のバイオハザード。
絶対回避しろ
﹂
その現場で見つけ、潤がメンテナンスして、終戦まで愛用し続けた
奴の攻撃に当たるな
パワードスーツの姿だった。
﹁簪、箒
!
時代の兵器。
﹁ちくしょう、なんだってんだ
﹂
切れるまで葉脈の様に物質を喰い散らかして消滅させていく旧科学
接触した箇所を文字通りDeleteしながら侵食、粒子の効力が
チャージで二、三発ほど撃てていた謎の粒子。
詳しい生成方式は定かでないが、魔法の力を借りて二十四時間程の
得る最大の要素、D.E.L.E.T.E.粒子。
性能がISより劣るパワードスーツが、ISより優れた軍用品足り
粒子﹄をトレース出来ている可能性も考慮しなければならない。
ああまで完全に再現できているのなら、
﹃D.E.L.E.T.E.
潤に怒鳴られて、回避範囲の広い空中に二人が移動する。
!
ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、あ
そう、あれは、恐らくは魂魄の能力者のトレース。
今なお生み出されるその魔力。
明らかな魔力の波、そして魂魄の能力を若干感じる、小栗潤の中で
叫んでいる最中に、あれは正体不明の波を繰り出した。
!
240
!
りえない。
むしろ、能力に限って言えば、その発生の経緯や強化手術を施され
て戦闘特化に歪んでしまった今の小栗潤より遥かに良質で、精度の高
い魂魄。
相手の感情を無理矢理上書きして、外面ではなく、内面から戦う意
志を崩壊させる力。
簪と箒は、金縛りにあったかのように動かない。
潤が相手の魂魄の波を打ち消すように、魂魄の魔力放って、ようや
く二人は動き出した。
ラウラを乗っ取ったアイツが、左手を上げる。
左手に、潤こそ見慣れた代物だったが、この世界では誰も見た者は
いないであろう武装が展開された。
パイルバンカーを隠していたシールドを再度展開、ほぼ光速で迫り
毎秒三十発という驚異の兵器、パルスライフルの弾丸を防ぐ。
﹂
241
幾つかは回避できたが、何発かはシールドで防いでしまった。
﹁シールドが限界か
かわせって言っただろう
﹂
ば観客がどうなるか潤しか知らない。
だけど、ここに至ってはもうどうしようもなく、アリーナに当たれ
﹁簪ぃぃっ
もし人体に侵食が進めば⋮⋮
侵食する。
しかし、D.E.L.E.T.E.粒子ならば、恐らく絶対防御を
普通に考えれば、絶対防御がある限り死にはしないだろう。
!
光が解き放たれようとしていた。
﹁馬鹿野郎
﹂
アリーナにあった総てのISが解析不能の警告を出しているその
その掌に、空中から光が収束。
潤が一通り片付いたと判断したのか、右手を簪達に向ける。
ほんの少し防いだだけで、カレワラをアリーナ端まで吹き飛ばす。
余りにも頼りなく悲鳴を上げて、粉々になるシールド。
!
瞬時加速で簪の救助に向かう。
!
!
二人を空に移動させた判断ミスを呪うが、もう選択肢がこれしか
残っていない。
瞬時加速、それを無理やり曲線に捻じ曲げて、なんとか簪に体当た
りをする。
│ │ カ レ ワ ラ の 惨 状 を 見 て 気 づ い て く れ、D.E.L.E.T.
E.粒子の脅威を。
直後、光の線は、簪を突き飛ばしてその場で停止し、防御のために
体の前でクロスしたカレワラの両腕に命中。
アリーナの遮断シールドに衝撃こそ軽減されたものの、威力は絶大
であり遮断シールドは崩壊。
潤は観客席に墜落したが、その直前に傍から見れば自殺行為とも考
トーナメントは全試合中止 状況をレベルDと
えられる意味不明な行動││カレワラの強制解除を実行する。
﹃非常事態発令
﹄
認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む
繰り返す
﹁あ、あ⋮⋮あっ⋮⋮﹂
来賓、生徒はすぐに非難を
る所から骨を覗かせる程の惨状を見せた潤の姿を。
コンクリートの観客席に、生身の体を差し出し、││体の右側、至
簪は最後までその光景を見てしまった。
アリーナの防壁による隔離が開始される。
る威力を見て、ようやく魂魄の呪縛から心を逸らすことができた。
教師陣は、機体に命中してなおアリーナの遮断シールドを突破させ
開始すること
!
カレワラの装甲が、まるで溶けていくように消滅していく傍らで、
簪の声が木霊した。
242
!
!
!
!
5│8 Open Your Heart
ラウラと潤の決着がつく直前、管制室で山田真耶と織斑千冬は2人
の対戦を食い入るように見つめていた。
ISの戦闘を何度も見てきた真耶は、この異常な光景を理解しきれ
ずにいた。
﹁⋮⋮これ、口合わせとか、している訳じゃ無いですよね﹂
﹁山田君、気持ちは分かるが、ボーデヴィッヒがそんな生徒でないこと
くらい分かるだろう﹂
﹁それは││そうですが﹂
何度も繰り返される、潤のAICの先読みカウンター。
むしろカウンターの方が若干早いという、先読みというよりは予知
に近い。
ラピット・スイッチと呼ぶには余りに早すぎる量子展開。
シールド裏で隠し、マニピュレータで隠し、重ねて隠蔽してなお飽
き足らず、間合いに入るまで刃を出さなかったビームサーベル。
教師陣の中では毎日陸上部の練習に参加し、その後でトレーニング
ルームにも顔を出して鍛錬している真面目な潤に好印象を抱いてい
る者が多い。
土日にはしっかり申請してISの訓練までしている。
もう教師たちの中では、潤が弱いと思っているものは居ないだろ
う。
それにしても、まさかここまで強いとは。
﹁強いですねぇ、小栗くん﹂
﹁そうだな。 強さを攻撃力と同一だと考えているボーデヴィッヒに
は、小栗の強さなど理解できんのだろう﹂
﹁それにしても、気持ち悪い戦いですね﹂
﹁ああ、随分異質に感じる﹂
いかにデータ上知っていても初めて戦う相手とは戸惑うものだ。
国家代表の座を争って戦った山田真耶と、モンドグロッソで頂点に
立った織斑千冬も避けられない事実。
243
不規則な相手の行動、その動きを予測しながら狙い撃たねば、相手
にはあてられない。
言うは易く行うは難し、それが出来てこその国家代表だが、何も完
全な先読みが出来る必要はない。
そう、画面の先で行われているような百%の先読みを実行できる人
間など、存在するはずもない。
﹁機体そのものが量産機と考えればまだ先があるのだろうが、これが
小栗の全力だろう。 データはしっかり取ってくれ﹂
﹁分かっています。 ⋮⋮IS適性は︻S︼、一年六月末のデータとし
ては、いえ世界的に考えても驚愕のデータですね﹂
通常の人間の戦い方に比べ、相手の感情を先読みし、マルチタスク
で処理を行う。
尋常な人間同士の戦いしか知らない二人は、異世界人の戦い方を質
が違うと評した。
﹁はい﹂
こんなんじゃ、あああ
﹂
誰か、助け、
カメラから覗き見たラウラの瞳は、意識知識のない人間でも異常を
明な膜を残して集約した頭部装甲。
泥が徐々に姿を変えていき、細い装甲、顎と後頭部から始まって透
!
244
そんな中、画面の先ではパイルバンカーを取り出した潤が瞬時加速
してラウラの間合いを詰めた。
﹁決まったな﹂
﹁しかし、瞬時加速中に前宙するなんて。 骨折していませんよね
﹁⋮⋮小栗の自己責任でやったことだ。 放っておこう﹂
優勝は小栗潤と更識簪ペア。
それを呼称しようとする直前、異変が起きた。
?
装甲をかたどっていた線は全て粘着性の高い液体に変化し、まるで
ち、違う
!
泥水のようになってラウラの全身を飲み込んでいった。
﹄
﹂
﹃ああああああ
誰かぁ
﹁織斑先生
!
﹁⋮⋮状況、レベルDで警戒用意﹂
!
!
奴の攻撃に当たるな
疑う有様だった。
﹃簪、箒
絶対回避しろ
﹄
!
﹃簪ぃぃっ
﹄
最悪の方向に流れていた。
隣で絶叫する同僚を前に、若干固まっていた千冬、その間に事態は
ない事だったのだから。
潜在的な恐怖を強制的に植え付けられるなど、この世界では有りえ
り出しているが、叫ぶ方が真耶には大事だった。
画面の先では、一瞬でシールドをボロ雑巾のようにする超兵器を繰
鬱になったかの様な感情が心を支配する。 涙が止まらない。
目が合った瞬間、絶叫が管制室に響いた。
﹁うわぁぁぁぁ﹂ ソレと、目が合った。
体が震えた。
カメラ越しにラウラを捉えている。
体から爆発するように込み上げる悲鳴を、必死で押さえるために。
まるで吐き出るものを防ぐように、口を両手で押さえる。
考えるよりも先に、手が動いた。
忘れないほどの恐怖を知ることになる。。
そして、│││次の瞬間気の弱い真耶は、その先のことを未来永劫
回避行動に専念すべく逃げ場を確保する。
今までにないほど切羽詰まった潤の叫び声が聞こえ、対象の2人が
!
その瞬間を、鍛え抜かれた動体視力が捉えてしまったのは、幸運な
事だった。
カレワラの絶対防御が貫かれている。
どれ程強烈なダメージを受けようとも、絶対防御が発動する手合い
で、ISのマニピュレータが消滅することなどありえない。
潤がカレワラを強制解除した後、マニピュレータどころか、椀部
パーツ全てが消滅した。
245
!
解析不能の警告を出しているその光を、簪を庇って犠牲になった。
!
パイロットの潤はアリーナの遮断シールドを突き破って、観客席に
突っ込んでいる。
トーナメントは全試合中止 状況をレベルDと
その酷い有様に、思わず目を背けた。
﹁非常事態発令
﹂
認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む
繰り返す
﹁う││は、あ⋮⋮﹂
しかし││
を突きつける。
来賓、生徒はすぐに非難を
右腕が、骨折して骨が突き出た赤いふくらはぎが、ナギに最悪の結末
投げ出される肢体が、曲がらない場所で曲がり骨が丸見えになった
潤と全く同じような状態で顔を突き合わせている。
鏡ナギのすぐ真横、奇しくも最初に1030号室で隣に倒れ込んだ
偶然にも潤は良く見知った人の近くに倒れ込んでいた。
防壁が閉まって暗くなった空間。
義務感だけが、千冬を恐怖に縛り付けずにいさせる要因だった。
何としてでも他の生徒は傷つけずに返さなくては。
事態を宣言する。
どんな旧友にも見せたことがなかった焦りの表情を浮かべて非常
開始すること
!
赤い絨緞を広げ、その中央で寝ている潤は、その胸を動かした。
小栗くん
潤
潤
﹂
呼吸をしている、つまり││生きている。
﹁小栗くん
!
彼は答えない、彼は喋らない、話す事は出来ない。
!
﹂
﹂
動かしたら死んじゃうかもしれないんだよ 錯乱するナギを、背後から本音が抱き留めた。
﹁かがみん止めて
﹁││
ゆーちゃん止血に手を貸して
!
246
!
!
!
!
肩に触れて、少しだけ揺さぶる。
!
!
!
!?
普段はのほほんとした本音が、有りえない真剣な表情で止める。
!
そして、血だるまの潤に近寄ると、的確な処置を開始した。
意識ある
﹂
口に耳を当てて呼吸をしているのを確認し、血液が詰まってないか
確認する。
﹁おぐりん、おぐりん
﹁小栗くん、触るよ
﹂
﹁かがみん、右脇確認してあげて﹂
姿を晒さずに済んだのだから、何が役に立つかは分からない。
大きな欠損があり、原型を留めておらず治療不可能な状態、なんて
んだ。
の目の前で、ニュースの隠語、
﹃全身を強く打って死亡﹄とならずに済
異世界で死にかけなれるなんて冗談でも嫌だが、そのおかげで友人
そのせいで右側がくまなく重体だが、即死だけはしないで済んだ。
内臓を守った。
正面からぶつかれば即死も有りえるので、右側を下にして肘と肩で
右足で着地し、右ひざで更に衝撃を軽減。
のが大きい。
身体強化││それもあるが、最後の最後まで潤は諦めていなかった
潤が無事生きていたのか誰もが不思議に思った。
それにしても、コンクリートを破壊するほどの衝撃を受けて、何故
声を聴いて、ようやく癒子が復活した。
﹁││わぉ、呆れるほどタフネス﹂
﹁き、ぐ、くぅぅ。 ⋮⋮う、ふ、ふぐ、はぁ、う、煩い﹂
!?
ほんの少し右手で触れただけなのに、潤の顔は痛みに歪んだ。
それでも脇腹に手を当てる。
もし、肋骨が折れていたらかなりの重症、ISスーツに包まれてい
ようと折れる可能性は充分にある。
不自然に変形していない、脇腹から激しい痛みを感じる様子がな
い、痛い部分はあるみたいだが腫れてはいない。
結論、打撲か炎症程度で済んでいる。
﹁大丈夫、肋骨は折れてない﹂
247
!
重症の右手を少し動かして、脇腹に手を当てる。
?
小栗君ごめん
そう言って、止血の為に傷口にタオルを押し当て
﹂
ラウラ、どうな⋮⋮いつっ
より先は止血できた。
﹁⋮⋮状況は
﹁分からない、よね
くっ、は、簪は
﹂
?
かったか
し か し、そ れ を 行 う 力 が 無 け れ ば ⋮⋮ 何 か、何 か 手 札 は 残 っ て な
潤が戦うのが筋だろう。
はり最良なのは、同じ魂魄の能力者であり、魂の呪縛を無力化できる
強い意志を持って立ち向かわなければ、死体の山を作るだけ⋮⋮や
る。
それに魂魄の能力で、魂を縛り付けられれば常人は行動不能にな
させるだろう。
た事実は、教師と言えど殺し合いを経験したことのない彼女達を恐怖
教師たちが鎮圧するらしいが、今まで絶対神話だった防御が破られ
めに強制解除して捨ててきた。
カ レ ワ ラ は D.E.L.E.T.E.粒 子 の 浸 食 か ら 体 を 守 る た
かす。
痛みで思考回路が焼きつきそうだが、それでも思考を加速度的に働
安心して休めるところに行かなくちゃ﹂
﹁鎮圧のため教師部隊を送るって言ってたから、さっさと避難しよ
﹁かんちゃんは、攻撃こそ当たってないけど、その後は⋮⋮﹂
!
滅茶苦茶になった右腕、特に肘あたりは手を付けられないが、手首
IS学園の生徒は応急措置の学習を何度も習ったことがある。
目の前で親しい人物が重傷を負った衝撃で錯乱したが、本来ならば
ている癒子と本音に報告する。
!
まるで、雛鳥の産声の様な、か細い鳴き声を聞いた時、潤の体に電
流が走った。
248
!
?
?
││⋮⋮ァァ。
?
小栗潤は、簪にとって、数少ない理解者であった。
何故か知らないが、こちらの考えていることを正確に察して気を
使ってくれる、不思議な人だった。
クラスメイトの噂話、表情が硬くて怖いから嫌いといった理由で織
斑くんの方が人気だねぇ、とそう言っていたのを覚えている。
一週間共に行動すればそんな噂誤解だって分かるのに。
彼はとっても優しい。
きっと、自分と同じで、世界の優しさを欠片も信じていないから、人
が優しくしなければ優しさなんて伝わらないと、そう思っているか
ら。
こと、自分だけがその事実に気付いたのを、少しだけ誇らしかった。
それに、彼は自分を﹃簪﹄と呼んでくれる。
姉と同じく更識と呼ばれたくなくて、ついつい言及した結果、彼は
普段通り相手を呼び捨てで自分を名前で呼んだ。
﹁簪﹂
何気ない表情で、さも当然とばかりに自分の名前を呼ぶ潤を思い浮
かべる。
下の名前で呼ばせるという事は、更識家の女には重要な意味があ
る。
部屋に備え付けられているシャワールームで、幾度となく言葉を浮
かべてみた。
﹃じゅ﹄﹃ん﹄⋮⋮、赤くなって考えるのを止めた。
名前で呼んでみたかったが、中々機会を見いだせないで言えずに時
が経ってしまった。
それもいずれ何とかなる気がする。 何時呼んだとしても決して
嫌がることなんかせず、名前で呼ぶのを許して受け入れてくれる。
本人は否定していたけど、やっぱり彼はヒーローだと思う。
やっと見つけたヒーローは、強くて、自信に溢れて、でも少し打た
れ弱さも持った人間味に溢れる人だった。
││小栗、潤。
彼となら決勝まで残れた。
249
想定すればするほど不利に思えるフランス代表候補生との戦いも、
全く怖くなくなっていた。
﹃よし、これで行こう﹄そう言って戦う前に、不安とコンプレックスを
忘れさせるほどの自信をくれる人。
その背中を見て後ろを歩いていれば、不思議な活力が湧いてきた│
│││筈だったが、今はそれも惨状に砕かれている。
突然の変異、自分を助けてくれた小栗潤は、酷い有様になって隔離
防壁の向こう側にいる。
死んでいるかもしれない。
現れた教師陣が、見たこともない兵器に翻弄されて、少しずつ追い
やられている。
ラウラだったものは、着実に教師たちを追い詰めていった。
250
潤を瀕死に追いやり、今もなお教師たちに最大の警戒をされている
光は既にチャージが完了されている。
その光が怖くて誰も接近戦を仕掛けられず、かといって銃撃戦で相
手をすれば、ものの数秒でシールドエネルギーを空にする兵器が待っ
ている。
それに、一番教師の行動を阻害するのは、無理やり植え付けられた
恐怖心の塊だった。
当然戦闘範囲、アリーナ脇まで降下してがたがたと噛み合わない歯
を鳴らしながら両目と両耳を塞ぐ簪も、恐怖に囚われていた。
﹂
心の中には居ない筈の姉の姿、更識楯無の幻が浮かんでくる。
﹁ひっ⋮⋮
耳を塞ごうにも脳に直接話しかけ、瞳を閉じようとも網膜に焼付く
幻が耳元で自分の名前を囁く。
恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい。
恐ろしい。
を掴んで離さない魅力。
完成された美、優れた頭脳、常人を超越した肉体能力、多くの人心
!
ように現れ、決して消えない幻。
﹃あなたは本当に無能なのね﹄
直接突き放たれる言葉は、うずくまって震えるだけの自分にはさぞ
かしお似合いだろう。
せっかく、全ての一年の中から自分だけを見てくれる人が居たの
に。
せっかくその人と、一人では決してできなかったであろう、姉の様
に決勝まで歩めたはずなのに。
そんな片割れは、無能な自分を守ってここにはいない。
心が、体が、耐え切れない。
﹁││││﹂
気付けば、箒は遙か空に逃げており、教師たちは遠巻きで牽制する
だけ。
アレに最も近くにいたのは簪だった。
﹁⋮⋮⋮っ
﹂
誰もがやられると思った、その時。
圧倒的な死の予感。
のに充分だった。
それは、余りにも簡単に、かつ直感的に死という恐怖を連想させる
!?
251
潤をアリーナから退場させた光がチャージを終えていた。
││たす⋮⋮けて⋮⋮。 誰か、助けて⋮⋮
風を纏って颯爽と、闇を切り裂いて堂々と、ヒーローは現れるんだ
ち向かうヒーローはいるはずだ。
離して、遠巻きに離れて逃げ出したくなる程恐ろしい相手にだって立
どんな状態でも、どんな時でも、例え教師達だってどんどん距離を
るに違いない。
こんな時、ヒーローがいてくれたら、きっと自分を助けに来てくれ
何かに祈るように、すがるようにただひたすら念じる。
!
光が確かに簪に向けられたのを見て、再び素早く目を伏せた。
しかし、世界は本当に優しくなんてない。
!
身体全体にかかるGが、痛み以外の感覚を簪の体に刻み付けた。
変わりに耳が捉えたのは、ここ最近で聞きなれた男性の声。
簪の体が横にされて持ち上げられて、何かに密着した腕は、確かに
人間の体温を感じ取っていた。
﹂
恐怖はもうなかった。
﹁簪、無事か
声を聴いて、恐怖心から一転して得た安堵から、目頭が熱くなった。
助けられたこと、自分がおそらく救われたことに安堵して、涙が邪
魔をした。
抜けるように澄み渡る青空を背に、機体各所の隙間から赤色のナノ
マシンを僅かに噴出させ、太陽がそれを綺麗に反射させた煌く機体。
重症などなかった、とでも言いたげな表情のその人は、
強敵を前にして敗北などありえぬ、と鉄の意志を物語る顔で、
絶対の死を感じさせた異常な機体を前に、欠片の気負いも無く、ア
リーナに舞い戻った。
﹁⋮⋮なんで、どうして助けて⋮⋮﹂
もっと言いたいことはあっただろうが、別の言葉がもれる。
怪我はどうしたのか。
どうしてもっと早く来てくれなかったのか。
これほどの脅威を承知で、何故助けてくれるのか。
聞きたいことは山のようにある。
しかし、それでもその全ての質問を消し去るように、単純で明確な
答えだけが頭を支配した。
優しさが、とても嬉しかったのを、
自分を救いだしてくれた時の嬉しさを、あの頼もしさを感じる声
を、
その全てを、例え自分がどんなに成長しようとも、はっきり思い出
せると潤の横顔を見ながら思った。
252
?
簪にとってのヒーローは、確かに││目の前にいた。
253
5│9 Wahrer Freund
﹁こちら、小栗潤︻ヒュペリオン︼です。 戦線に参加します﹂
アリーナにいた総てのISに、新型機から通信が入る。
逃げるタイミングを逃して端の方で固まっていた箒も、その声を聞
いていた。
目の前で簪を抱えて上空へ舞い上がったその機体、どうやら噂の専
用機なのだろう。
白と黒のツートンカラー、装甲の僅かな隙間から赤い粒子が少しず
つ漏れている。
今まで教師達の中心で超然と君臨し、挑みかかってきた相手をあし
らう程度だった敵機が、ヒュペリオンを見つけた途端ミサイルポット
を展開した。
それは、ようやく現れた好敵手を見つけた決闘者の様で、ヒュペリ
﹂
ラックからフィン・ファンネルが射出されていく。
閉じていた棒状のマシンがコの字型に開いていく。
潤が後方に下がるのと反比例して、全十二個のビット兵器がミサイ
ルを捉え、一斉に火を噴いた。
それらの砲門から放たれたファンネルは、宙を複雑かつ勢いよく動
き回ってビームを連射、一瞬にして敵機から放たれていた三十二のミ
254
オンが来るのを待っていたかの様でもあった。
﹁簪、離れるんだ。 ⋮⋮簪
フィン・ファンネル
!
なくていい武装もある。
﹁行け
﹂
出遅れた形になったが、ヒュペリオンにはマニピュレーターを使わ
にしない。
俗に言うお姫様抱っこの状態で、潤の顔をぽけーと見たまま微動だ
簪が動かない。
を抱きかかえてD.E.L.E.T.E.粒子から回避したが、その
片腕を肩から首にかけて回して支え、もう片方を膝に回して簪の体
?
アンロック・ユニット、シールド裏に設置されているファンネル
!
サイルを貫いていく。
ファンネルの弾雨から逃れた一、二発のミサイルが迫るが、その程
度なら簪を抱えたままでもビーム・ライフルで撃ち落とすことが出来
る。
はたして、箒の佇む場まで辿り着く頃には三十二のミサイルはただ
の一つも残っていなかった。
箒は徐々に自分に近寄ってくる潤を見て唖然となっていた。
命中率云々はこの際置いておいて、箒はフィン・ファンネルと似た
ような兵器を知っているので、その兵器の特性をよく知っている。
ブルー・ティアーズは毎回命令を送らねばならず、使用中は制御に
集中するためにそれ以外の行動が難しくなる筈ではなかったか。
そんな箒の内心などいざ知らず、ミサイルを全て叩き落とした潤が
箒のすぐ近くまで後退した。
﹁箒、簪を頼む﹂
255
﹁⋮⋮名前で呼ぶな⋮⋮。 まあいい、後は任せろ﹂
﹁⋮⋮あ﹂
箒に簪を手渡す。
腕から離れた瞬間にようやく簪が声を出したが、逆に潤の方は避難
していく二人に勘付かれない様になんとか絶叫を我慢している有様
だった。
粉砕骨折したであろう肘と膝から、抗いがたい激痛が今なお続いて
いる。
癒子とナギに抱えられるようにして格納庫まで避難した後、本音も
加えてヒュペリオンの装着を手伝って貰った。
最後の最後まで三人揃って出撃に反対していたが⋮⋮。
無人機の襲来と同じくドアは閉ざされており、出血が酷い状態でた
だ待つ位ならば、出血時に止血等の応急処置を行ってくれる操縦者保
﹄
護機能を頼りにした方がいいという正論を振りかざして運んでも
らったのは悪いと思う。
小栗、何をやっている
!
やはり、これだけは譲れない。
﹃おい
!
﹄
後方で怯える位なら
いいからお前も教師部隊に任
﹁織斑先生、何って、ラウラの救助です﹂
﹃そんなボロボロの体で何が出来る
せて後方に下がって体を休ませろ
﹁その教師部隊は何をしてるか知ってますか
新兵でも出来ます。 簪だって危なかった﹂
﹃それはそうだ││﹄
﹁なんということだ。 通信妨害か﹂
心にもないことを口に出し、自ら通信を遮断する。
言っている事実には賛同するが、魂魄の能力に対抗するには尋常で
ない強い心が必要不可欠。
それか、自分も魂魄の能力者であることで対抗できる。
この世界では、強制的に恐怖を植えつけられる経験などない事を考
えれば、まともに戦えるのは潤だけかもしれない。
﹁ラウラ⋮⋮﹂
意識のない混濁した瞳。
何も考えていないであろう抜け殻のような状態だが、潤にはラウラ
が泣いている様にしか見えなかった。
そんな事をしちゃいけない
﹂
そのラウラが、泣きながらパルスライフルを実体化させる。
﹁意識を取り戻すんだ
!
正確だが、それだけに読みやすくもある。
潤は弾丸の滝の最中に接近する決意をすると、思い切りよく機体を
そんなんだから心の弱さ
傾けると一気にラウラに向かって突撃する。
﹂
﹁力に振り回されて、無駄に傷をつけて
につけ込まれるんだ
ドで受け止める。
そのなぎ払い直前にパルスライフルを量子格納し、高周波振動ソー
なぎ払う。
武装を取り除こうと、接近してパルスライフルをビームサーベルで
眼に行動する潤。
何故か知らないが、ラウラを撃墜する意思が低く説得することを主
!
256
?
!
!
轟音を上げて弾を射出するラウラの周囲を旋回して回避する。
!
!
ビームコーティングがなされているであろう高周波振動ソードは、
ビームサーベルの刃を難なく防いだ。
武器を捨てて話をしよう
ラウラぁ
﹂
そのまま片手に大型のライフル、レールガンを実体化させる。
﹁聞くんだラウラ
!
││││⋮⋮ァァ。
最後と違って、ラウラが笑顔でいられるように。
だけど││俺と同じ轍は踏ませない。 導いてやるよ、俺が泣いた
さ。
虚ろな瞳も、静かに泣いてる様な無表情な顔も、一度俺が通った道
求める姿も。
お前の強さは俺によく似ている、ひたむきな姿も、我武者羅に力を
俺たちはよく似てるよ、ラウラ。
思考とは別にやけにゆっくり動いて見えた。
迫り来るラウラと、その手に握る高周波振動ソードが、止まらない
ようもないことも理解してしまった。
説得したかった理由に気づいたが、結局かつての自分同様にどうし
に気づく。
今なお銃口を下ろさないラウラ、潤はかつての自分を重ねていたの
││やはり、駄目か、駄目なのか。
レールガンが機体スレスレを通り過ぎて地面に着弾する。
知ってはいた⋮⋮⋮⋮知ってはいたが。
無論、それが意味をなさないのは、潤も知っていた。
かけた。
無力化が不可能と悟り、言葉通り武器を量子化して手を広げて話し
!
産声の様な、か細い鳴き声をもう1度聞いたとき、ヒュペリオンが
おい小栗
クソ、通信を切ったのか﹂
257
!
急激な反応を示した。
﹁小栗
!
管制室から全てを見ていた千冬は、その苛立ちを表すように通信機
!
を叩いた。
倒れていた真耶がようやく復帰したというのに、怒気に煽られて肩
を震わせる。
ラウラに対して話しかける映像を見て、少なくとも戦えるのは分か
るが、潤は死にかけという言葉が当てはまるほどの重症を負っていた
はずなのだ。
操縦者保護機能を頼りに避難したのだろうが、あの怪我では死ぬた
どういうことです なんでヒュペリオンが起
めに行くようなものだ。
﹃織斑さんですか
動しているんです
﹄
死の形相で問いかけている。
片手に持ったノートPCをなんとか画面に映るように見せつけ、必
画面に映ったのは、パトリア・グループの立平だった。
怒鳴り込む様な問いかけが通信機越しに伝わってくる。
!?
││おい
﹂
﹁どうも何も、小栗があれに乗って無断出撃した﹂
﹃小栗さんが
!
千冬には聞こえないようにしたが、ヒュペリオンのデータを開く様
に指示を出した。
ヒュペリオンは今回潤の意向で使用が避けられており、様々な作成
用システムが内蔵されていた。
その中に機体の情報をノートPCに転送して保存する物もある。
ログに蓄積された情報をそのままPCに表示すれば、潤の戦闘情報
をほぼリアルタイムで見ることもできる。
はたして立平の持つPCに、説得を諦めたのか、改めてラウラに立
ち向かう潤の姿が表示された。
迫り来るラウラと高周波振動ソード。
突然、瞬時加速をしたかのような速度でヒュペリオンが動いて躱し
た。
そのまま、ISを知っている人ならば瞬時加速と信じて疑わない速
度を維持してラウラの周囲を移動する。
258
!? ?
立平の後ろで慌ただしく社員が右往左往する。
?
円の中心でレールガンを構えるラウラだったが、円周を移動する潤
﹂
に攻撃を当てることができない。
﹁なんですか、あの機動
真耶の画面には、立平が見ている映像と全く同じ映像が映し出され
ていた。
瞬時加速さながらの速度を維持したまま、潤が鋭角に機体を反転さ
せてラウラを翻弄している。
時折カーブを描いてタイミングを逸したりするものの、高速のまま
鋭角に曲がる機体に対し照準が追いついていない。
そのまま速度を維持して背後に移動。
しかし、装甲が先程と違う﹂
ラウラを蹴りつけて、間髪入れずにビームサーベルで背中を何度か
切りつける。
﹁⋮⋮小栗の専用機、あれが
﹁﹁可変装甲
﹂﹂
﹃可変装甲、これ程の物とは⋮⋮。 予想を超えている﹄
的加速と静止を繰り返す潤の姿が映されてされている。
画面の先では、目で追うどころか﹃消えた﹄と表現出来る程の殺人
﹁赤い粒子が、開いた装甲全体から吹き出てますが、あれは一体⋮⋮﹂
?
立平はヒュペリオンの基礎的な知識を2人に開示し始めた。
この緊急事態に潤がヒュペリオンで出撃している以上、最低限の情
報開示は必要不可欠。
それに、その後の救助や潤の身体的負荷等のリスクを知って貰わね
ばな、取り返しのつかない事がおきかねない。
﹃小栗さんの専用機︻ヒュペリオン︼には特殊関節機構と超高機動対応
可変装甲が搭載されています﹄
イギリス代表候補生との戦闘データの結果、潤には瞬時加速を多用
する癖があると思われた。
その為、機動面の継戦能力を向上させるために装甲自体を変形させ
各所に模擬スラスターを作成し、常時瞬時加速をしているような機動
性を確保しようと考え、それが可変装甲となって設計された。
259
?
真耶と千冬の声が重なった。
?
しかし、この無茶な仕様はISに守られているパイロットにおいて
なお、常時七Gの負荷をかける命知らずなシステムであり、これを軽
減するために機体各処の可動部に対してパイロットを守る特殊関節
機構が搭載された。
フレキシブルにスライドさせることで可動域と衝撃吸収用に特化
させ、常時衝撃のかかる関節部への負荷から守るための専用ナノマシ
ンを散布した。
デメリットとしてナノマシンが帯電しているので、可変装甲起動中
はパイロットを電磁波が包み込むことになったが⋮⋮。
﹁普段関節内部で発生されているナノマシン。 それが開いた装甲か
ら吹き出ているから機体そのものが赤を纏っているように見えるの
か⋮⋮﹂
﹁機動は凄そうですが、その特殊関節機構、防御力に難が有るように思
うんですけど﹂
260
﹃極限まで起動性を上げ被弾しないことを前提とし、防御力の低下を
無視して導入されてますからね。 日本支部からも苦情を入れまし
たが、本社がやたら乗り気でして⋮⋮﹄
説明を頭の中にいれ、再び画面に目を向ける教師二人。
常時七Gもの負荷をかける命知らずなシステム、電磁波が包み込む
可変装甲。
日曜日に繰り返し行っていた訓練は、この機動を成し得るためのも
のだった。
その危険極まりないISは、泥に包まれたラウラ本人を救出すべ
く、周囲を超高速で飛び回っている。
ビームサーベルで各所を少しづつ削り落とすべく、近づいては離
﹄
れ、通り過ぎれば再び剣の間合いに入るために反転し接近する。
﹃おおおぉっ
ばしゃあ、という粘着質な音を立てて、ラウラを包んでいた機体に
オンが宙を舞う。
雄叫びを上げ、その声の速度を遥かに置き去りしにして、ヒュペリ
超高機動状態から更に瞬時加速を重ねて使用。
!
線が走った。
瞬間、倒れこむようにして解放されたラウラを潤がそっと抱きしめ
た。
﹃終わった﹄
泥が崩れていく。
それを見届け、潤もまた意識を途切れさせた。
精度が低くなった感情操作では、痛みを和らげる程度も難しく意識
を持たせることもできない。
そもそもヒュペリオンは今回使わないことが決まっていたので、現
段階において完全ではなく、戦闘中も随所にエラーが出続けていた。
その結果、操縦者保護機能が完璧ではなく、更には四肢が血まみれ
の状態で、体はボロボロ。
そうなっても仕方がない。
それでも、自分がしてしまった最悪の罪を、ラウラにさせずに済ん
これは時間との戦いだ
﹂
261
だ満足感は、その誉は、確かに潤の腕の中にあって││。
潤の顔は、その惨状を忘れさせるような笑顔だった。
決勝では使わないと潤が断言した影響から、完成日の照準を合宿に
合わせていたヒュペリオンはエラーを出し続けている。
それが原因なのか、致命領域対応が行われずに、ヒュペリオンが量
子格納され潤の体が崩れ落ちた。
四肢から溢れ出した血液が、バチャバチャ音をたててアリーナを汚
す。
精神的支配から解放された教師部隊は、その光景を見て急いで潤の
市街地飛行の手配は私
!
方に降り立っていく。
﹂
﹂
﹁各員、小栗をそのまま病院に連れて行け
の方でしておく
﹁何所かいい場所があるんですか
!
管制塔から千冬の怒声が響き、真耶から目的地までの最短経路が送
?
!
られてきた。
﹁急げ
!
﹁織斑先生、ボーデヴィッヒさんは
度で運搬していく。
﹁IS学園からの急患です
﹂
﹂
!
﹁心室細動が起こってます
このままじゃ
﹂
﹂
﹂
バイタルサインが徐々に弱まってきている。
だが、時間がない。
して野次馬が集まってきた。
駐車場に降り立つと、ISをまとった人間が三人も現れたことに対
道を空けて医者を
数人がかりで、なるべく揺らさないように注意しながら、最良の速
潤を目的の病院まで運び出す。
アリーナに一人だけ残し、その一人にラウラの処理を押し付けると
く﹂
﹁I S を 取 り 上 げ て 拘 束 し て お け。 ド イ ツ に は 私 か ら も 言 っ て お
いた。
既に恐怖は感じないものの、ラウラを握る教員の手は、若干震えて
潤に抱きかかえられるようにして眠るラウラが引きはがされる。
?
!
死なないでよ
いきます
!
空気が流れる。
しかし、傷自体は何の解決も見ていない。
医者が現れ、現場を引き継ぐまで、IS学園の教員は慌ただしく潤
の容態を少しでも改善すべく忙しなく動き回った。
その日、千冬は手術の監視を行い、手術後は潤に付添う事となって
眠れぬ夜を過ごした。
あれから潤は三度目を覚ました。
手術後五時間後に一回目、これはただ瞼を開けただけであり、千冬
が何を語りかけても反応せず、十分程で再び眠りに就いた。
それから更に十時間後、再び目を覚ました潤は、千冬からの問い掛
けに何度か反応して喋ろうとするも、意識が混濁しているのか言葉に
262
!
!
﹁除細動用意、チャージ開始
﹁手術台に乗せて
!
!
心室細動が治まり、心臓が正常に戻ったのを確認し、若干安堵する
!
ならない声を発するのみだった。
再び、何も起こらず潤は眠りにつく。
三度目の覚醒はそこから数十分後、今度は簡単な受け応えが可能な
ほど体力が戻っており、医学的に考えられないと医者を驚愕させた。
しかし、記憶の混濁が見られ、会話も殆ど出来ずに混乱したまま眠
りについた。
この間に、次に起きた時はある程度、会話が可能と判断され、ラウ
ラを召還。
今のラウラが寝ている潤に接触するのは危険かとも思われるが、今
回の件の処遇に色々問題があるので千冬の監視付きで待機。
そして、手術後およそ三十時間が経過したとき、潤の意識が戻った。
││││
263
目を見開いて瞠目する。
白い天井、時間を忘れさせる白い電灯の明かりが眩しく潤を照らし
た。
全く動かない全身に、しばし困惑するが、ようやく戻ってきた思考
から対パワードスーツ戦の怪我を思い出す。
包帯やギプスで全身覆われているならば、この体の重さも納得でき
る。
怪我自体慣れたものだったが、頭の傍で鳴り続ける規則正しい医療
機器の電子音が、やけにうるさく感じた。
全身に行き届いた麻酔が切れかかっているのか、頭も、左半身も、右
半身もくまなく痛い。
なんとか起き上がって状況判断をしようと思い、頭を上げようとし
た所で││額を誰かに押さえつけられた。
﹂
﹁体 を 起 す な。 機 器 が 邪 魔 で ど う せ 起 き ら れ ん。 素 直 に 寝 て い
ろ﹂
﹁お、ら、せぇぇい
首も固定されていたので、抑えている手の元、千冬の方に目だけ這
?
わせる。
どうやら寝ていないであろう疲労した顔で、確かな怒りの感情があ
りありと浮かんでいた。
﹁お、ぇ、は││﹂
﹁今回は意識と記憶がはっきりしているようだな。 今は素直に休む
んだ。 全身の打撲、筋肉も炎症筋挫傷やその他多数。 骨折はほぼ
全種類コンプリート。 確実に後遺症も出るだろう。 全治は不明、
左側は二ヶ月程度だそうだがな﹂
特に酷い右腕は全く見通しがたってないと、静かに千冬は告げた。
潤としては最悪切断もありうると踏んでいたので、オペを担当した
医師は随分頑張って対応したのだろう。
﹂
当然その優秀な医師を手配し、潤が手遅れになる前に運搬した教師
たちも同様に。
﹁あ、ぃ、ぅ、は⋮⋮
あろうじて、
﹃あいつは ﹄と潤の言葉を認識した千冬は、その言葉
なんだ馬鹿野郎
﹂
﹁⋮⋮一番初めに聞くことが、何で自分の怪我じゃなくてあいつの事
を飲み込んだ途端、やりきれない怒りが渦巻くのを感じた。
?
したまま胸ぐらを掴みかかろうとする。
真剣なその表情の裏に、教師として彼女がどれだけ生徒の身を按じ
ていたのか今の潤でもわかった。
その千冬も、相手が重症患者である事は頭の片隅にあり、更には胸
部全体を機器に覆われているのを見て、直様やるせなさそうに再び傍
の椅子に座り込んだ。
﹁お前という奴は⋮⋮﹂
﹁││すいま、せん﹂
﹁いや、私が大人気なかった、許せ。 それと、もう喋れるようになっ
﹂
たのか。 医者も言っていたが、たいしたものだ。 日ごろの鍛錬の
成果だな。 ││それで、今回の件についてだな
潤が僅かに顔を揺らしたことで、それを同意と捉えて千冬は話しだ
?
264
?
先ほど潤の体がどれ程重症か説いていた姿勢から一転、千冬は激昂
!
した。
一応、重要案件である上に機密事項であるが、今後事情聴取をする
にあたり潤のコメントも必要だった。
それに、もう一つの問題にも潤の意見が求められている。
﹁今からの話は委員会に提出するもので、記録として音声を録音させ
て貰う。 今回の案件、ヴァルキリー・トレース・システム、通称V
Tシステムと呼ばれるモンド・グロッソの部門受賞者、ヴァルキリー
の動きをトレースする代物がボーデヴィッヒのISに搭載されてい
た事が原因だ﹂
﹁ぐ、しか、し⋮⋮﹂
﹁今は喋らなくていい、今は少しでも体を休ませろ﹂
口を開こうとする潤を制して千冬は言葉を続ける。
VTシステムは研究も開発も禁じられていたはずだが、それは巧妙
に隠されて搭載されていた。
搭乗者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、操縦者の願望によって現
れるようになったトレースだったが、今回の問題はそれがヴァルキ
リーのトレースではなかったことにある。
既に問題の研究所はドイツ軍の手で制圧され、研究所の資料は委員
会に提出しているが、あれが何のトレースなのか判明していないらし
い。
正体不明の高威力武装、ISの絶対防御を無力化する光の粒子、そ
して周囲総ての人間に対するマインドコントロール。
委員会は研究員に対し尋問を繰り返しているが、研究員は口を揃え
て﹃織斑千冬﹄のトレースを施していたと言い、事実研究所の書類に
は彼女のデータが多かった。
そこでシュヴァルツェア・レーゲンを詳しく調べた結果、VTシス
テム起動時にコアが通常とは違う状態││そもそもコアの情報がブ
ラックボックスなので不確かだが││になっていたことが判明。
VTシステムの起動で、コアに何かしら影響が出たというのが委員
会の見解となり、VTシステムは、今後、より禁忌の技術として語り
継がれることになるだろう。
265
なお今回の様な異常が発生したトレース・システムを、以後アン
ノーン・トレース・モード、UTモードと呼称するのが決定した。
﹁話に分かるようにボーデヴィッヒは今回被害者側だが、問題はお前
の怪我だ。 知っているだろうがお前には世界の男性人口分の二と
いう希少価値がある。 ボーデヴィッヒは学園に入学している生徒
なので処罰の主導権はあるが、何もなしでは示しがつかない。 よっ
て今回最大の被害者であるお前の意志を処罰の参考にしたい﹂
﹁││﹂
録音されてなければ聞き返したい事があったが、潤は口を閉ざして
考えた。
言葉は途切れとぎれであったが、確かに潤の意志の現れだった。
﹁ラウラは、馬鹿です、けど、素直で、尊敬できる、いい奴なんです。
もしも、正しい導き手があれば決して誤ったりはしなかった﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
266
﹁誰にも揺るがされず、自分の生き方を自分で定め進んで行けたはず。
ラウラはそんな強い女です﹂
この言葉を話し終えるまで十分はかかっただろうか。
千冬は黙って聞いている。
潤は、嘗て迷った昔の自分が、いかに弱かったのか知っている。
今は強いのか、と問われれば首を傾げるが、踏み躙ってきた死者の
ためにも強くあろうと思う決意がある。
以前潤がそういう道を辿り、今ラウラに正しいあり方を示せるのな
らば、自分も少しは強くなったと胸を張って言えるかもしれない。
﹂
もしそうなら、このうえ無いほど幸せなことだ。
﹁そうか。 それで
件を起こさずにすめば、その刑の言渡し自体がなかったことになる制
犯罪を犯して判決で刑を言い渡された者が、執行猶予期間に他の事
執行猶予。
が妥当と思います﹂
ヴィッヒ﹄として強い個を得るまで、いかなる罪も執行を猶予するの
﹁ラウラが、自分を見つめなおし、しっかりとした﹃ラウラ・ボーデ
?
度。
つまり、ほぼお咎めなしと潤は言った。
﹁わかった││以上で録音は終了する。 ふふ、しかし﹃執行猶予﹄か。
││そういうことだ、ボーデヴィッヒ﹂
言い放ってカーテンを開き、ベッドからドアが見えるようにする。
どうやら話を全て聞いていたであろうラウラは、扉の近くで静かに
泣いていた。
嗚咽をなんとか漏らさないように苦労していたであろう彼女は、全
身を覆う包帯とギプス、潤の重症を示す医療機器の数々に目を這わせ
る。
千冬に導かれ、ベッド脇まで誘導されて隣に座らされたラウラだっ
たが、最早溢れる涙をどうしようもできずに俯いて黙ってしまった。
﹁私は⋮⋮私は、││お前に⋮⋮なんて言えば﹂
ボロボロだった。
ズタズタだった。
それでも、潤は許すといった。
自分を認め、尊敬し、許し、受け止めた。
そんな事を言ってくれる相手は今までいなかった。
謝ればいいのか、感謝すればいいのか、どうしたらいいのかラウラ
には分らない。
﹁いいんだ、考える時間も、悩む、時間、も、⋮⋮ある。 ゆっくり、
考えればいい﹂
傷だらけの左腕がゆっくり動き、ベッドの端をやるせなさそうに動
く手を握る。
ラウラの手に、潤の手が触れた時、ラウラは泣き笑いのような顔で
微笑んだ。
潤は体中が悲鳴を上げているのを承知でラウラの話に付き合う姿
勢を見せた。
本来、それを止めるべき立場にある千冬だったが、どうしても今だ
けは止める気がおこらなかった。
﹁⋮⋮強いんだな、お前は。 なれるかな、私も、お前みたいに﹂
267
﹁なれるさ。 ラウラなら。 案外簡単にな﹂
それから二人がゆっくり話しだしたのを確認し、千冬は席を立っ
た。
寮の入口から始まり、決勝の戦いで、二人の間にいざこざがあった
お前のことがもっと知りた
ことは知っているが、今なら二人きりにしても大丈夫だと判断した。
﹁なあ、潤⋮⋮。 友と呼んでいいか
﹁もう友達だろ
違うか
﹂
い。 お前みたいに本当に強い者に私はなりたい﹂
?
﹁は、はい
﹂
﹁ラウラ・ボーデヴィッヒ
﹂
ラウラが病室の外に出てきた。
ラウラの寝るように促す声を最後に病室は静かになり、暫くすると
くなってしまった。
なって途切れ途切れになり、最終的に何を喋っているのかも分からな
そのまま二人の会話を聞き続けていたが、徐々に潤の声が小さく
な雰囲気すら感じ取れたのだから。 その間には、千冬と一夏とは違うものの、まるで仲のいい兄妹の様
残された病室に残った二人。
﹁いや、違わないさ││││ありがとう、潤﹂
?
!
大切にしろよ﹂
﹁⋮⋮はい。 必ず﹂
言い切ったラウラの瞳は、今までで一番澄んでいた。
268
?
﹁││あそこまでやってくれる馬鹿は滅多にいないぞ。 感謝しろ。
!
1│5 ユア・ネーム・イズ・
6│1 お兄ちゃん
七月一日。
リリム
トーナメントは事故により中止となったようだ。
の弟の和解というような、割かし真面目な話。
シャルロットとの付き合い方、クラスメイトとの立ち位置、織斑教官
部下との接し方から、女だと公表した後にルームメイトとなった
帰っていく。
あれからラウラは頻繁に病室を訪れて、面会ギリギリまで話をして
ドアの開く音に目を覚ませば、現れたのはラウラだった。
目が合う前に物陰に隠れた彼から意識を背け、再び目をつぶった。
たいのですが。 無理ですか、そうですか。
護衛、お疲れ様です。 どうせなら世間話の相手になっていただき
る。
流れ行く雲を見送って、反対側のビル屋上にいる黒服に目を向け
﹁⋮⋮暇だ﹂
食事も出来ず、本も読めず、テレビもなければラジオもない。
寝ては起き、寝ては起き。
キー状態。
体力もなければ気力もない、当然魔力も生成できずに常にグロッ
手放せずに常に倦怠感がある。
さりとて全身の倦怠感と激痛は健在で、痛み止めやら何やらの薬は
術によって消耗した体力が戻った後は人工呼吸器が外された。
数日が経ったこともあり、元々肺が傷ついていたわけでもなく、手
れなかったらしい。
優勝者は一年の部に簪と潤が名前を連ねたものの、他の決勝は行わ
"
ご飯の内容から、日本の文化について、高まってきた気温の話など
割とどうでもいい話まで。
269
"
﹂
あの刺々しい雰囲気から一転、懐いた犬の様な状態になっている。
﹂
お、お姉様
﹁お姉様、元気だったか
﹁││││は
?
?
である。
﹂
﹃ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長、何か問題が起きたのですか
﹁緊急事態ではない。 昨日の話の続きだ﹂
﹄
十代が多い隊員達を厳しくも面倒みよく牽引する、頼れる﹃お姉様﹄
年齢は二十二で部隊内の最高年齢。
ラウラの送信先、副隊長クラリッサ・ハルフォーフだった。
﹁シュヴァルツェ・ハーゼ隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒだ﹂
﹃││受諾。 クラリッサ・ハルフォーフ大尉です﹄
ト・チャネルを開いた。
すぐさま立ち直って、潤と物理的な距離を置くとISのプライベー
しかし、仮にもラウラは軍属の人間。
う。
その目がほんの少し涙目になっていたのは気のせいではないだろ
驚愕と呆然、ちょっと残念な気持ちを顔全体に表して落ち込む。
﹁な、なんだと、では何と呼べば⋮⋮﹂
ばれるのは嫌いだ、虫唾が走る﹂
﹁何故だ、じゃない。 俺は男だ、姉にはなれん。 それと様付けで呼
﹁何故だ
姉って、ラウラの見かけ的に妹というのは同意できるが、姉はない。
潤は男である、潤は男である。 大事な事なので二回言いました。
未練も躊躇もなく切り捨てる。
﹁却下だ﹂
みを込めてお姉様と⋮⋮﹂
うのだが、隊員からはお姉様と呼ばれ慕われている。 私も潤に親し
﹁そうだ。 我が隊シュヴァルツェ・ハーゼの副隊長、クラリッサとい
?
昨日もラウラは潤の呼び名について彼女から助言を貰っていた、そ
原因である。
潤相手にお姉様と呼ぶのを誘導したりしたのも大体クラリッサが
?
270
!?
れが﹃お姉様﹄という呼び方である。
クラリッサは他にもラウラに頼られ、多くの助言をした。
こういう場合は、どうすべきな
﹃ふむ、お姉様と呼ばれるのは嫌と⋮⋮﹄
﹂
﹁ど、どうしたらいい、クラリッサ
のだ
?
﹄
﹃ふむ、姉と様付けは駄目と。 では、
﹃お兄ちゃん﹄と呼べばいいの
﹂
ではないでしょうか
﹁おにいちゃん
?
﹁駄目か
﹂
﹂
﹁⋮⋮お兄ちゃん、お兄ちゃんか││﹂
﹁ふむふむ、お兄ちゃんか││﹂
談である。
の後をついていく姿を想像した副隊長が、悶え苦しんだのは完全な余
プライベート・チャネル切断後、ラウラがお兄ちゃんと呼んで誰か
﹁そうか、感謝する。 通信終了﹂
です﹄
﹃兄を敬う呼び名は様々ですが、一番ポピュラーなのは﹃お兄ちゃん﹄
﹁なんだと⋮⋮
少なからず憧れを抱いています﹄
があるのは確かです。 そして日本の男性達は妹と呼ばれる存在に
﹃小栗潤は日本人か定かでありませんが、少なくとも日本文化に馴染
?
?
た。
﹁やっほー、小栗くん、元気してる
大丈夫
﹂
?
?
﹁来ちゃった。 ってホントに酷い怪我だね
?
って、うわっ、ミイラ男だ﹂
員とラウラ以外の来客、癒子、ナギ、本音の何時もの三人がやってき
それから暫く取りとめのない会話をしていたら、珍しくIS学園教
潤の目頭がほんの少し熱くなった。
日に日にラウラが色物キャラになっていく。
は。
一体全体どうなっているのだろうか、ラウラのバックにいる人物
﹁もういいよ、それで﹂
?
271
?
﹁おぐりん、部屋で一人はいやだよー、早く帰って来てよー、寂しい
よー﹂
﹁本音、引っ付くな。 痛い﹂
女三人寄れば何とやら、静かだった病室は急に喧しくなった。
どうやらクラスには潤の容態は話されていないらしく、ほぼ全身に
巻かれた包帯と、鼻腔栄養での補給はされていないものの栄養接種の
為に何本も点滴がなされている。
寝ているだけで四人と話すのも礼儀が悪いと思ったので、上体を起
こす。
強烈な痛み止めのせいで体が鈍いが、起き上がれる程度に痛みを和
らげてくれるので今の状態でも何とか座れる。
﹁どけ、お兄ちゃんが痛がっている﹂
左腕にしがみついていた本音をラウラが引きはがす。
引きはがされた本音は、その行動よりラウラが言い放った潤の呼び
﹁ふむ⋮⋮変だったか
﹂
潤のお見舞いが今日から申請者のみ解禁になったものの、お見舞い
合えるという話は無しになったらしい。
どうやら決勝戦は一年以外中止になったので、優勝者は男子と付き
潤が入院してからの事を四人から、何気ない調子で尋ねる。
われると、そういうプレイに見えてしまう。
同じ黒髪なので兄妹に見えなくもないし、肉体的に大人な彼女に言
ると若干犯罪臭がする。
ラウラがお兄ちゃんというのはまだ理解の範疇だが、ナギに呼ばせ
ナギが悪乗りしてお兄ちゃん、お兄ちゃん、連呼してくる。
﹁良いんだ、ラウラ。 いいんだ⋮⋮﹂
?
272
名の方が気になったらしい。
あはは、私も今度からお兄
一瞬きょとんとして唖然となったものの、ナギと癒子と顔を見合わ
せて一斉に笑い出した。
﹂
﹁お兄ちゃん 小栗君がお兄ちゃん
ちゃんって呼んでいい
?
﹁おぐりんが、お兄ちゃん。 はまり役過ぎる﹂
?
?
希望者が三十人位いたらしく申請用紙の争奪戦になったとか。
陸上部が奪い合いした挙句、リアルマネー取引が発生、千冬から雷
が落ちたとか。
﹁陸上部も来たがっていたのか、なんか意外だな。 一緒にトレーニ
ングするマネージャーみたいな立ち位置で、部員からは腫物を扱うよ
うな関係だったが﹂
﹁いや、私の予想では、興味が無いようでも陸上部全員興味津々と見た
﹂
﹁環境が特殊だったから恋愛は諦めていたのに、急に男子が入ったか
ら、学園全体が恋愛に傾倒しやすくなっているみたいだしね﹂
﹁去年の今頃、IS学園に男子生徒が二名入学するなど、ドイツでは誰
も信じんだろうからな﹂
﹁それは世界中でそうなんじゃないかなー﹂
﹁は、はは、そうだな⋮⋮﹂
乾いた笑い声を上げる潤にも、それは当てはまる。
日本の小学六年生当時、来年異世界に飛ばされるなんて誰も信じな
かっただろう。
異世界で人を殺しまわっている時に、来年は平和な学校生活を謳歌
しているなんて信じなかっただろう。
事実は小説よりも奇なりである。
﹁あ、また誰か来たっぽい⋮⋮、って、かんちゃんだー﹂
病室前をうろうろしていた人影を目敏く見つけ、本音が駆け寄って
いった。
擦りガラス越しに判断できるとは、何時ものほほんとしている割に
洞察力やら観察力やら高い本音らしい。
というより、簪も来たのか。
意外だった。
﹁かーんちゃん、やっぱりおぐりんのこと心配だったんだね。 えへ
へー﹂
﹁や、やめて⋮⋮抱きつかないで⋮⋮。 あっ、あっ⋮⋮﹂
本やら花やら持って簪が入ってくる。
273
!
本音に抱き付かれて動きにくそうにしていたが、ようやく顔が見ら
れる所まで入ってきた。
IS学園の制服、相変わらず華奢な体つき、そして、怪我は││。
⋮⋮何で││こんな、大、怪我⋮⋮﹂
﹁うん、怪我は無さそうだな。 安心した﹂
﹁えっ
潤の包帯姿を足から顔までゆっくり見て簪が呟く。
実際UT状態のISと交戦したパートナーにも話していなかった
のか、簪も潤の容態は知らなかったようだ。
全身の打撲、筋肉も炎症筋挫傷やその他多数、骨折はほぼ全種類コ
ンプリート。
右肘と右膝は患者の体力の関係、そして今後の容態次第では命の危
険性もあり、切り落としてしまった方が安全だ、という医師の勧めも
あったほどの重症。
そのことはラウラや潤にも通達されていない、学園側だけが知って
いる頭の痛い案件だった。
そのギプスで固定されている足やら腕やら、点滴の管を何度も見比
べて││││
﹁あぅっ﹂
衛生兵、違う、ナースコールが必要か
﹂
顔を真っ青にした挙句、割かしかわいらしい声を上げて倒れ込ん
だ。
﹂
潤の、足の部分に。
﹂
﹁かんちゃん
﹁いっつ
﹁あっ、お、お兄ちゃん
?
!?
るから手伝ってくれ﹂
?
むしろ全然大丈夫でないが虚勢を張るのは男の特権である。
びたい﹂
﹁右腕と右足以外は二月もあれは治る程度だしな、それに少し風も浴
﹁ベッドから出て大丈夫なの
﹂
椅子を持ってきてくれ。 本音、簪をベッドに。 ラウラ、椅子に移
﹁大丈夫、大丈夫だ。 部屋隅にある脚部エレベーティング仕様の車
!?
!?
274
?
起き上がって話を出来る程には回復したが、全身錆び付いたブリキ
﹂
人形の様で、痛くてたまらない。
﹁しかし、何故倒れたんだ
﹂
﹁多少気のある男子が、自分を庇って大怪我してミイラ男になってい
たら、普通の女の子ならショックだよ
﹁そういうものか⋮⋮﹂
﹁おっ、潤。 って、すげー怪我だな﹂
﹁ミイラ男みたいですわね⋮⋮﹂
﹁あの状態で、あんな機動していたのか
な⋮⋮﹂
﹂
?
﹁何、図星
やっぱ単純だわ、あんた﹂
﹁黙ってろ、鈴﹂
その後ろにも陸上部の面々が数人いた。
る。
本音に簪を任せて移動し、廊下に出た矢先に一夏達五人と合流す
﹁いや、絶対やせ我慢よ、それも我慢は男の特権とか思っているわね﹂
﹁うわー、もう車椅子に乗って大丈夫なの
人体とは不思議なものだ
から押し、久しぶりに病室以外の風景を見ることとなった。
点滴はキャスター付きで一緒に移動可能と条件も良く、ナギが後ろ
潤が車椅子に移動した後、本音が簪をベッドに寝かせる。
仕方がないと納得した。
なまじ本物の軍属だったので、怪我に対する意識が普通と違うのは
?
?
ら反発するも暖簾に腕押し状態である。
しかし、どうにも鈴と話すと違和感を覚える。
魂魄の能力は使用出来ず魔力もなし、この状態では碌に異常を調べ
ることすら無理なのが辛い。
﹂
点滴の台も奪った鈴は、屋上に向かって颯爽と駆け出した。
﹁ちょっと待て、ガタガタ揺らすな、痛いっての
生まれてこのかた生の重症患者など見たことなどないセシリアは
﹁あはは、その何時になく必死な表情、逆に面白いわ﹂
!
275
?
カラカラ笑いながら車椅子の操縦を奪う鈴に、何とか首を傾げなが
?
潤の容態など分からないだろうが、それ以外の面々は戦々恐々であ
る。
もし倒れでもしたら、そう考えたナギと癒子は急いで二人を追いか
けていった。
﹁それにしても、潤って笑顔が似合うタイプだよな﹂
﹁そういえば、笑っていましたわね﹂
ふむ⋮⋮﹂
﹁潤の笑顔なんて僕は初めて見たかも。 あっちの方がいいね、話し
かけやすいし﹂
﹁笑顔になると印象が良くなるのか
﹁なんにしても、お見舞いに来て元気になってくれれば、来た甲斐も
あったってもんだ。 俺たちも急ごうぜ﹂
鈴の奇行を伺っていた一夏達も、急ぎ足で廊下を歩く。
ふくよかな婦長に見つかり、無茶をしていた潤諸共かみなりを落と
されている先行メンバーを見つけるまで時間はかからなかった。 ﹁じゃあな、潤。 無理しないでゆっくり休めよ﹂
﹁陸上部一同待ってるからねー﹂
手を振ってお見舞いにやってきたメンバーが一斉に帰っていく。
日が落ちて騒がしかった病室が途端に静かになる。
簪はお見舞いに来たのに気絶してベッドを占有した気恥ずかしさ
から、起きてすぐ本音と一緒に帰ったらしく病室にはいなかった。
IS委員会の息がかかった人員が看護をしているので、滅多な事で
は誰も来ない。
ほぼ女子高と言える華やかなIS学園にいるせいか、一人でいると
妙に寂しくなる。
││しかし、魂魄による制御が出来ないと、ついつい感情が表に出
てしまうな。
紫色に変化した黄昏の空を見て思い浮かべるのは、何時も通り昔の
事。
戦い続ける中で感情の揺れ動きは必要ないと思って打ち消してい
たが、生憎今は制御の源たる魔力が欠片もない。
276
?
生の感情をさらけ出して戦うなど品性に欠ける、と誰かは言ったが
それ以前に不必要な感情は敗北の要因である。
そうだったのに││、少し感情制御が出来なくなるとすぐこれだか
ら困る。
﹁駄目だな、さっさと寝てしまおう﹂
起きているだけで体力を奪う現在の容態は、言うなれば何時でも休
息を必要としていると同義。
少し目を瞑って休もうとすれば、たちまち体は休息に入った。
ただ最後に││、簪とは印象の違う、水色の髪をした女性を見た気
がした。
277
6│2 仲を取り持つもの
﹁││││﹂
寝すぎて頭が痛いのか、寝られないほど痛いから起きたのか自分で
も分からない。
朝日はとうに登っていた。
昨日無理矢理座ったり、車椅子に乗って潮風を浴びたりしたせいで
疲労困憊の上に全身痛い。
未だ起きることを拒んでいる意識で病室を見渡す。
﹂
そして、左腕付近に水色の物体が乗っているのを発見した。
﹁││││簪
人肌の温もりが左半身から伝わってくるに、たぶん人の頭部じゃな
いかと思った。
シーツがはだけていたので、動かしづらい左手でなんとかかけ直
す。
相手が起きないように注意しつつ││││違うそうじゃない。
癖毛が外側を向いている髪の毛、簪は内側を向いているし、そもそ
もこんな事をする奴じゃないし、病室にいること自体変だ。
そうこうしている間に、だいぶ思考回路が正常に戻り、状況のおか
しさを理解してきた。
﹁誰だコイツ﹂
屋上にいるはずの、護衛役の黒服が居ない。
﹂
手足が動かない、毒でも盛られたかと思ったが、手足が動かないの
は当然だと気付くのにも時間がかかった。
﹂
﹁やあやあ、随分遅い起床だね少年。 無茶しすぎよ
﹁お前は敵か、味方か。 どっちだ
?
背中からワイシャツと、下着だけの姿が写る。
と答ええて上体を起こした。
鉄のように冷たい声色で問い詰める潤に対して、水色髪の女は飄々
な戦士なのね﹂
﹁⋮⋮動機、過程、そんなことより結果か。 成程、思った以上に優秀
?
278
?
││なにか、記憶に靄がかかって思い出せないが、すごく懐かしい
モノを見たきがした。
TPOは何処に消えた。
思いのほか派手な下着をつけた彼女は、朝の清々しい空気を体現す
るように気さくに挨拶してきた。
﹁今日から私がIS学園から護衛、看病、生活補佐諸共のヘルパーとし
て派遣されたから、よろしくね。 旦那様﹂
﹁⋮⋮一体なんだという﹂
起き上がって制服を着だした彼女、未だに敵か味方か分からないが
取り敢えず視線は外しておく。
もし敵だったとしてもまな板の上の鯉なのでどうしようもないし、
護衛と言ったので味方だと思いたい。
IS学園、簪と同じ水色の髪││。
﹁生徒会長か﹂
らしい。
クラスメイトの誰にも言ってないが、思いのほか様態は悪くて一人
279
﹁そっ、私がIS学園の生徒会長、更識楯無。 簪ちゃんのお姉ちゃん
よ。 たっちゃんって読んでね﹂
﹁⋮⋮拒否します﹂
姉妹で性格が違いすぎる。
願わくは、簪がこんな性格になりませんように。
相変わらず動けない様態だったので、素直に制服姿になった会長の
話を聞く。
﹂
﹁手術費用とか、入院代金はドイツ軍が支払うことで決着が付いたけ
ど、護衛費はIS学園で出してるのよ。 ここまではいい
たということですか﹂
普通教諭の内の誰かがやることでは
﹁よくできました。 頭のいい子は好きよ﹂
﹁何故生徒会長が
﹂
﹁つまり資金操りが難しくなったと。 それで身内から護衛を選出し
?
?
何故そこまでの権限を持っているのかは考えないが、どうやら本気
﹁生徒会長権限で強引にねじ込んでもらったから大丈夫﹂
?
でトイレにも行けない関係から尿瓶も使っている。
﹂
今更羞恥心がどうのこうのとは言わないが、仮にも生徒会長なら暇
だと思えない。
﹁看病の辛さはご存知と思いますが、正気ですか
﹁勿論。 織斑先生から許可も貰ってるよん。 二十四時間付きっき
りになる関係で、一年の合宿前には寮に戻ってもらうから、そのつも
りで﹂
﹁随分無茶しますね﹂
﹁無茶するのは君だけどね﹂
手持ちの閉じた扇子で口を閉ざしつつ会長は微笑んだ。
﹁まあ、私も苦労するのは知ってるわ。 それにこれはお礼なのよ﹂
﹁会長と顔合わせしたのは初めてですが﹂
﹁私じゃなくて、妹のよ﹂
会長が扇子を広げると、そこには﹁恩返し﹂と書いてあった。
しかし、病院的にこれはありなのだろうか。
昨日見た水色髪の女性が会長だったとしたら、昨日の夜から一緒
だったわけで。
患者でもない会長が、潤が休んでいる個室で、しかもベッド内で夜
を過ごすのは拙いだろうに。
特に他の患者とかの精神が。
それに見舞いに来るのが殆ど女性で、しかも全員容姿端麗ときてい
る。
世界各国からエリートを集めているので優秀なのは知っているし、
代表候補生がモデルの様な仕事をしているのも知っている。
しかし、生徒全員がほぼ容姿まで優れているのは何故だろう。
入試基準に容姿が関係しているのだろうか。
﹁しかし、暇ねぇ﹂
﹁そうですね﹂
会長は挨拶の為に一旦院長室に向かった後に私服に着替えてベッ
ドに横になっていた。
随分とラフな格好で、とてもボディーガードの類には見えない。
280
?
それが狙いかとも考えたが、どうやら素の様だ。
﹁ふんふーん♪﹂
着た姿を見せてもいい
会長がぱらぱらめくっている雑誌を、傍から覗き込む。
際どい水着が所狭しと並んでいた。
お姉さんが着る水着に興味あるの
モデルはどう見ても日本人ではない。
﹁何
わよ、ポロリもあるかも﹂
﹁いらない﹂
合うと思う
﹂
﹁そこはお世辞でも見たいという所でしょうに。 ところでどれが似
?
ゾンレッドの水着なんてどうです﹂
?
﹁チラリズム的な効果
﹂
先ほどの水着よりも効果的と思います﹂
﹁扇情的なのが好みならば此方の白をお勧めします。 水に濡れれば
変に意識すると好きなだけつけあがるのは身を持って知っている。
薄な笑みを浮かべてはならない。
真正面に向い立ち、臆する事無く事実だけを言ってのけ、表情も軽
らない。
この手の性格の相手をする場合、決して相手から目をそらしてはな
金色のブラジル水着、何も隠せてないというただの紐である。
る。
扇子で口を隠しつつむふふと声を漏らして、雑誌を突きつけてく
﹁意見はありがたいけど地味ねぇ。 こっちなんてどう
﹂
﹁肌が白くて綺麗なので濃い色で際立たせるのがいいかと。 クリム
イ。
対処方法が身に染みているので付き合いは楽だけど既視感がヤバ
なく、数年パートナーだった奴にとてもよく似ているんですが。
何が辛いって、この芸風どこかで見たような気が、ってレベルでは
時折り始まる無意味に感じるトークが辛い。
?
れるケースが多いと感じるので﹂
﹁見えそうで見えない方といったじれったい状況が、日本人には喜ば
?
281
?
﹁ふーん﹂
興味なさげに再び雑誌を捲りだす会長。
最後まで見終わった後に別の雑誌⋮⋮よりによって下着が並んで
いる雑誌を広げだした。
動揺なんてしない。
胸が大きくならないから揉んで頂戴とか、男性の白い液体を女性の
子供が出来る部位に貯めておくと、魔力に還元してパワーアップ出来
るからと言って襲ってくる奴に比べれば児戯の類である。
バストサ
下着くらいで狼狽えると思ったら大違いだと教えてやろう。
﹁この下着なんだけど、本音ちゃんに似合うと思わない
イズもぴったり﹂
﹁⋮⋮⋮⋮何故本音に飛び火するんです﹂
いきなり何を﹂
﹁あら﹂
﹁つっ
ベッドを揺らされ苦悶が漏れる。
直接肩を触られるより幾分痛かった。
狙ってやったのならたいしたものだ。
抵抗する間もなく後頭部が柔らかいものに受け止められる。
会長の足が入ってきた。
ちょっと頭を上げられると、すぐさま枕を抜き取られて、代わりに
やってみようかしら﹂
﹁癪 に 障 る 言 い 方 ね。 よ ろ し い、そ う く る な ら そ れ ら し い 事 で も
﹁はいはい、面白いですね﹂
﹁年頃の男女の逢瀬﹂
大体、こういう時って何を指しているんですか﹂
﹁培った信用と信頼、共に過ごした時間の長さゆえの正常な反応です。
するなんて良くないわ﹂
﹁お姉さんの誘惑に見向きもしないのに、こういう時に他の女に反応
?
動こうにも体はいう事を聞かず、額を手で押さえつけられただけで
私の膝枕
﹂
身動きが取れなくなってしまった。
﹁どう
?
282
!
?
﹁││何がしたいんだ、貴女は﹂
﹁何と言われても。 逢瀬らしくしているだけよ﹂
﹁貴女と逢瀬を重ねるほど親しくありません﹂
頭をなでながら優しく語りかけてくる会長。
何故か居心地が悪くなり、それなりの敵意を持って問いかけるも柳
に風といった有様で効果がない。
そのまま優しい手つきで撫でられて、どうも自分だけ警戒している
のが馬鹿らしくなってきてしまった。
いいわよ、寝て。 私も暫くこのままこうしてるから﹂
そうなると、痛みから火照った体に会長の手が少しだけ冷い手が心
地いい。
﹁眠いの
﹁││││食えない女だ﹂
起きているだけで体力を奪う状態。
暫く膝枕のまま休んでいると、本格的に眠気が襲ってきてそのまま
眠ってしまった。
楯無は自分の膝上で寝息を立てる男子生徒を労わるように撫で続
けた。
今回の件は、妹の恩返しという意味合いもあるが、本人に直接会っ
て確かめたい事も多大にあった。
﹁怖そうだけど優しい。 何でもない風でいて、臆病。 本音ちゃん
の報告通りかしらね﹂
昔何があったのか知らないが腹芸が上手い。
感情を表現できず、少しでも潤の心に踏み込もうものなら拒絶す
る。
入学当初、まともな話し相手は本音と、谷本癒子、鏡ナギの三人だ
け。
その行動は、露骨に近寄ろうとする同性の一夏まで煙たがるなど徹
底している。
﹁本当に、今までどうやって暮らしていたのやら﹂
これは楯無の個人的な直感だが、潤から同業者の様な、言うなれば
血の気配を感じるのだ。
283
?
それゆえ妹との同室を遮ったり、洞察力の高い本音を送り込んだり
したが、今のところ妖しげな所は出さない。
今では、そこまで用心していないが。
﹁しかし、簪ちゃんがねぇ﹂
用心していないのは、トーナメントが行われていた一週間に起因す
る。
姉だからこそ分かった、妹の感情の揺れ。
あれはきっと嬉しがっていたのだろう。
それに、UTモードの相手から簪が救出された場面、あれを思い返
すたびに口が吊り上る。
やられたと思っていた相方が、絶体絶命のピンチに颯爽と現れ、お
姫様抱っこで救出。
そして、鎮圧のための教師部隊が手を拱く相手を新型のISで瞬殺
││││恋愛少女マンガの恋人役だってここまで露骨ではない。
いざ目の前、しかも当事者が主人公の女の子側で事が起こってしま
えば王子様に見えてしまうとは、女はつくづく勝手な生き物だと思っ
てしまう。
﹁せいぜい見極めさせてもらいましょ。 簪ちゃんの為にも、ついで
に私の為にも﹂
妹が少しでも変わってくれることを信じて彼の回復に期待する。
そして、もうすぐ夏だったので異性との思い出が欲しいという、割
と俗っぽい願いを満たしてくれる相手を期待して。
何にも縛られない自由な時間は、ゆっくりと過ぎていった。
何度も寝起きするせいで、夢か現か分からなくなる事がある。
以前異世界で似たようなことを考えたことがある。
平和な平成日本は特殊部隊の潤が見た夢なのか、平成日本で発売さ
れたVRRPGの登場人物に憑依しただけなのか真剣に悩んだ。
胡蝶の夢というもので、夢の中で蝶としてひらひらと飛んでいた
所、目が覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、そ
れとも今の自分は蝶が見ている夢なのか、という説話である。
284
しかし、そんなことはどちらでもよいことだ﹂と言っている。
尤もこの夢を言葉として残した荘子は、
﹁夢が現実か、現実が夢なの
か
どちらが真の世界であるかを論ずるよりも、いずれをも肯定して受
け容れ、それぞれの場で満足して生きればよいのである。
しかし、実体験として身の上で起こってしまうと、ついつい過去に
思いを馳せてしまうのだが。
﹁││んぅ﹂
﹁起き上がっちゃ駄目よ。 寝てないと﹂
起き上がろうとすると、思いのほか重たい体にびっくりする。
﹂
何をしている、││俺はどうなって
上体が起き上がろうとする前に、扇子で額を押されて枕っぽい柔ら
かい物に後頭部が収まる。
﹂
女性に付ける名称じゃないわね。 寝ぼけているの
﹁││ィア、いやリリムか⋮⋮
いる
﹁リリム
﹂
だ っ た ら 損 傷 箇 所 を パ ー ジ し て ⋮⋮ │
│。 ⋮⋮あー、会長でしたっけ
﹁俺 は 怪 我 し て い る の か
?
ド脇に戻っていった。
新生児を襲ったり、睡眠中の男性を誘惑し夢精させる性質から、サ
たとされる子供。
神話における悪魔の一種の名前で、リリスとアダムとの間に生まれ
会長が調べたがっていた人物はリリム。
ら離れるのはどうなんだとそちらのほうが気になっていた。
何を調べるのか今の潤にはわからなかったが、ガードが護衛対象か
会長が姿を消す。
それより、調べたいことが出来たから、少し失礼するわ﹂
﹁ま さ か。 点 滴 と か 尿 瓶 の 交 換 と か あ る か ら、時 々 動 い て た わ よ。
﹁ずっとそうしてたんですか
﹂
ちょっと失礼、そう言って会長は潤の頭から足を引き抜くと、ベッ
な表情をしているようだ。
ふくよかな双丘と扇子が邪魔でよく見えなかったが、少しだけ怪訝
水色髪の女生徒が見下ろしている。
?
?
?
?
?
?
285
?
キュバスと関連付けられる事も多い。
潤は公の場や、不特定多数の人間がいる場で女性を淫魔呼ばわりす
﹂
るのが嫌だったので、リリィと愛称で呼ぶこともあった。
﹁なんだってんだ。 ││ん
一人になってから数分もせずに扉が開いた。
もう調べ物に区切りが着いたのかと思ったら、病室に入ってきたの
は簪だった。
ぱあっと表情を明るくすると、両手に持ったPDAを抱くように
持って早足で近寄って潤から見て左側の椅子に腰をかけた。
﹁昨日は、ごめん。 その⋮⋮﹂
﹁いいよ、気にしてないさ。 相方が自分を庇って大怪我した挙句ミ
イラ男だからな。 俺が浅慮だった﹂
ナギに指摘されるまで気づかなかったが、いくら教育されようが生
で見る機会なんてそうない。
戦場でISが用いられる状況がない以上仕方がない事なのだろう。
となれば、もし実戦で使う時が来れば、IS学園の生徒たちは人を
自分の手で殺せるのか、おそらく無理だろう。
えーとこれは
﹂
磁波や電波を無効化させた電子書籍用端末﹂
﹁へー、そんなものがあるのか。 ⋮⋮って、まさか、自作か
恐る恐るといった表情で簪が頷く。
嬉しいよ﹂
﹂
﹁いいよ、そんな些細な事は。 ありがとう、入院生活が暇だったから
﹁書籍のダウンロードは学園じゃないと出来ないけど⋮⋮﹂
﹁相変わらず器用だな﹂
ビンゴだった。
それどころか会社の刻印もない端末を見て、もしやと思って聞けば
端末は見たことがない。
潤もあまりに暇なので色々探し回ったが、こんな形状の電子書籍用
?
286
?
﹁それで、あの、これなんだけど││﹂
﹁PDA
?
﹁入院中暇だろうから、病院の医療機器に対して一切の問題がない、電
?
割と自由になっている左手の人差し指で端末を操作する。
色んなジャンルから十作品ほどインストールされていた。
少しばかり緊張していた様子から、咲きたての花のように破顔させ
る。
椅子から立ち上がって潤のすぐ傍まで寄ると、実際に操作して説明
しだした。
﹂
﹁しかし、俺は簪の方が楽でいいなぁ⋮⋮﹂
﹁何が⋮⋮
﹁昨夜から恐らく専用ISを持った護衛を付けられたんだけど、どう
も 性 格 が 合 わ な く て な。 ど う に も 落 ち 着 か な い ん だ。 悪 い 人 で
はないと思うんだが﹂
リリムと行動パターンが似ているので面倒で仕方ない。
慣れているから楽とも言えるが、なんというか行動が理解できない
のだ。
恐らく会長は独自の美学や価値観に限りなく沿って行動する、パト
リア・グループ社開発者と同様の人間。
﹂
個々の美学など、戦いに生きた潤には理解が難しく、魂魄の能力が
﹂
使用できない今はひたすら振り回されるしかない。
﹁⋮⋮どんな人
﹁誰って、簪もよく知っている人だけど││﹂
﹁HEY、おぐちゃん、お待た││あら、簪ちゃん
簪が肩を揺らすほど怯え、ばつが悪そうに俯いている。
が焼けに眩しく病室を彩っている。
病院に近寄ってくる救急車の音が時折り鳴り響き、落ちてきた夕日
しばらく病室は静寂だけが支配していた。
た。
ぐ近くに座ったのを見るや否や、姉に倣う様に潤に背を向けてしまっ
一挙手一投足に恐々としながら姉の行動を見守った簪だったが、す
うに座る。
会長はゆっくり歩いて潤の右側のベッド脇に、二人に背を向けるよ
左に座っていた簪が喫驚し、潤の左腕にしがみついた。
?
?
287
?
姉と妹の間に、妙なすれ違いがあること等、魂魄の能力から促され
ていたが、これ程とは。
しかし、簪にも会長にも世話になった事を思えば、無視して放って
おくのも憚られる。
﹁簪﹂
潤が普通に声をかけてだけだというのに簪は大きく体を揺らして
驚いた。
人のことを言えるような生き方ではないが、言いたいことを言えず
に過ごせば、後悔するのは身にしみて知っている。
それがどれくらい難しいかも知っているから言いにくいのだが。
両手を抱え込んで震える簪の、その両手を目指して左手を向ける。
手を包むように触れると、若干涙目でいて、縋るような視線を投げ
かけてくる。
﹁逃げちゃ駄目だ。 傷ついたら好きなだけ頼ってくれていい、一人
288
で行動するのが怖いなら一緒にいてやる。 だけど、逃げて目を逸ら
したって何も変わりはしない、傷は隠しても膿んでいくだけなんだ。
﹂
どんな単純なことでもいい。 少しでも触れ合ってみなければ何
も解決しない。 何時までも自分の姉とこんな関係で良いのか
二人に比べれば潤の人生失敗談は多い。
分からないという気持ちが強く、楯無会長は中々行動に移せないのだ
大切だからこそ、自分に怯えている簪に対してどう接すれば良いか
ほど妹のことを思っている。
そして、姉も姉で、妹が心配でテスト用アリーナまで潤を監視する
しかし、それは強く姉へ憧れていたからこその裏返しでもある。
から逃げ出したくなるきらいがある。
簪は過去の体験談、そしてトーナメントでの恐怖の呪縛からか、姉
IS学園教師陣の中でさえ、割かし年を重ねている方なのである。
での実年齢は二十八。
実際自分で考えて行動した期間は十九年程度だが、それでも異世界
だからこそ言える台詞でもある。
言いながら自分の行動を馬鹿にしているようなので嫌な気分だが、
?
ろう。
それでも簪は喋らなかった。
初夏特有の長い夕暮れも終わり近づき、面会時間も刻一刻と終わり
に近づいている。
時間が終わるまで、三人とも喋らず黙り込んでいた。
簪は気難しく考えているような深い顔をしていた。
会長の顔色は伺えない。
そのまま終ぞ一言も喋らず面会時間終了を知らせるチャイムが病
院内に木霊する。
立ち上がって帰ろうとする簪には、潤の言葉をどう思ったのかは分
からない。
しかし、病室に残る二人の耳に届いた、その言葉は確かに二人の耳
に届いたのである。
⋮⋮⋮⋮うん、またおいで﹂
﹁⋮⋮お姉ちゃん、また⋮⋮明日﹂
﹁││││
﹂
答えを聞く前にドアは閉まっていたので、楯無の言葉は届いたのか
分からない。
﹂
右側から抱きつくんじゃねぇ馬鹿野郎
簪ちゃんが﹃また﹄だって
しかし、姉妹の会話は、本当に久しぶりの事だった。
﹁ねぇ聞いた
﹁痛ってええぇぇぇ
!
!
喜びを爆発させた姉の顔は、嘘偽りのない嬉しそうな表情だった。
姉の歓喜の抱擁に、潤が絶叫を上げる。
!
!
289
!
6│3 在りし日の如く
面会時間が終了し、あれから二日連続でやってきた簪と、久しぶり
に来た本音、癒子とナギを見送って嘆息する。
更識姉妹の仲は改善の兆しが見えない。
潤が仲介に入っていないと傍にも寄ってくれない時点でお察しの
レベルだが、それでも大いに会長は満足しているらしい。
隣に座ってくれただの、挨拶を返してくれただので喜ぶ会長。
﹂
そこまで姉妹仲が冷えていたなんて知らなかった潤は、ただただ会
長の歓喜の報告に振り回されている。
そんなに簪が好きか会長。
﹁その作品を読むの三回目だけど面白いの
﹂
﹁ユニーク﹂
﹁何が
﹁斬新﹂
を脱いでね﹂
﹁はいはい、それと引っ付かないでくれませんか
﹂
﹁読書もいいけど、包帯取りかえるついでに体をタオルで拭うから服
景なんだが、人間関係とは難しいものである。
その裏で会長が黒い雰囲気を出していなければ、本音張りに和む光
り反応が子供そのもので若干面白い。
話しかけても謝らない限り、ぷいっとそっぽを向いて無視するあた
読んでないと頬を膨らませて怒る。
ても繰り返し読み返す。
これで読書をしていると簪が喜ぶので、既に一度読んだ作品だとし
簪から送られたPDAで今日も今日とて読書三昧。
?
ぶーぶー口を尖らせて会長が拗ねながら、病院から支給されている
﹁反応が面白くな∼い﹂
リリム同様ぶん殴ってやるから。
その手の誘惑で驚かしたかったら、素っ裸で馬乗りになってみろ。
胸を押し付けられた程度では欠片も揺らぎはしない。
?
290
?
パジャマを脱がせる。
両腕、前面、股下と、各所にファスナーが加わり、より着替えや清
拭がスムーズに行える骨折患者用なので、介護者が居れば簡単に脱が
せられる。
さくさくっとパジャマと包帯を取って左腕を露出させる。
﹁体の治りが早いわね。 小さな不完全骨折や剥離骨折で済んだ左腕
は後一月半っていった所かしら﹂
完全骨折した左手の薬指と小指を除けば、回復が早くこのままなら
新学期には解放されると楯無は判断した。
少しでも衝撃を与えないように、極めて慎重にお湯で濡らしたタオ
ルで拭いていく。
もしこの傷を簪が受けていた可能性を考えると、未だに楯無は戦慄
を抑えられない。
簪の代わりに傷を請け負った潤には感謝している。
私はそっち
?
291
それゆえ順調な傷の回復は自分の体の如く喜ばしい事だが、IS学
園上層部がその回復を理由に病院から警備しやすい場所に戻れと命
令するのには釈然としない。
何がですか﹂
﹁⋮⋮ごめんね﹂
﹁││
の方が気がかりです﹂
よ。 それより学園でも会長が看病するんでしょう
﹁俺が好きで簪を庇ったんです。 今回の件は誰の責任でもないです
である、そういう事情を知っている潤には痛し痒しである。
回復の速さの秘密は、魔力が強制的に体を生かそうとしている本能
と言っているらしい。
栄養水を口から飲んでみましょう、という状態で学園に移すのが嫌だ
内臓も腹膜炎や内出血とダメージは酷く、七月五日にしてようやく
を暗喩していた。
楯無の言葉は、もしもIS学園で容態が急変したら対応できない事
せたのに﹂
﹁私にもう少し発言力があれば、せめて七月末まで病院で静かに過ご
?
﹁⋮⋮まったくふてぶてしい一年ね。 お姉さん感心しちゃうわ﹂
潤は言うだけ言って今後の話に切り替えた。
暗部の一族出身というだけあって、決して額面通り受け取らず暗に
自分を慰めてくれたのだと楯無は気付いた。
帰る場所は無く、記憶を無いものとしての人生を強制され、卒業後
どころか明日にもモルモットとして死ぬ危険があるのに気負った様
子を見せない、こいつは宇宙人か何かと疑ってしまうのも仕方がな
い。
普通なら半狂乱になって塞ぎ込んでも仕方がないのに自然体で生
きている。
どうやら根は本当に優しいらしい。
相手は年下なのに、まるで年上と接しているかのような錯覚を覚え
てしまう程には頼りがいがある。
包帯をちょっときつめに巻いてしまい痛がられるまで、驚くほど平
穏な空気が病室はあった。
七月五日│││
週末の日曜日、天気は快晴。
織斑派と比べて小規模な小栗派は、こぞって潤のお見舞いに行こう
としたが何故か一切の許可が出なかった。
この日の朝に、生徒会メンバーや教師たちが協力し、潤を学園に移
動させる予定だったからである。
身体的問題からもう少し時を開けろと生徒会長から慎重意見も出
たが、何しろ金銭という、避けようがない問題に直面している。
十五歳の潤には言いたくない類の話だが、本人は仕方がないという
スタンスで了承してくれたので、日曜に移動が決定した。
明日から一年生は、臨海学校で移動するので寮も静かになる。
﹁わー⋮⋮。 おぐりんだ∼⋮⋮﹂
﹁朝早くから悪いな本音。 ほら、部屋に帰ったら好きなだけ寝てい
いから少し頑張れ﹂
292
﹁うーん⋮⋮﹂
﹁なんか本音ちゃんと、お姉さんとで扱いの差が酷くない
やってきて、シーツの中に入ってきた。
﹁おやすみー﹂
﹁いや、駄目だろ本音、起きなきゃ﹂
﹁そうよ、さっさと移動しないとね﹂
﹁服に皺が出来る﹂
﹁所で、なんで本音が来たんです
﹂
あんまり変わってないようでなにより。
うい状態に。
﹂
何時もどおり眠そうで、相変わらずのスローペースで、足取りが危
りの状態に戻った。
出発前に一悶着あったものの、本音は会長に一喝されて何時もどお
﹁⋮⋮あなた、本音ちゃんに毒されてない
﹂
ベッドを見るやいなや、ぽてぽてと擬音が似合いそうな足取りで
うな顔でドアから顔を覗かせる。
早朝六時には起こされたであろう本音は、何時もの八割増しで眠そ
?
ちゃんが事情を知ってないとでしょ﹂
﹁それもそうですね﹂
モノレールで学園に変える最中も本音は幸せそうに眠っていた。
それに本音がいれば、会長の暴挙を防いでくれる的な意味でも、心
理的な意味でも若干楽な気持ちだった。
しかし、当然潤は知らなかった。
この二人が生徒会という場所において少しだけ特殊な上下関係で
はなく、もっと強い力関係である主従関係にあることを。
会長の言に本音が一切逆らわないという事実を。
少し先のホーム降りると久しぶりでいて、何も変わらない風景が出
迎えてくれた。
正面から入ると色々騒がしくなりそうなので、寮に入るには裏口を
使用することになったが、意外な人物が迎えに来ていた。
293
?
﹁こ れ か ら 私 も 二 人 の 部 屋 に 泊 ま る ん だ か ら、ル ー ム メ イ ト の 本 音
?
﹁ラウラ
﹂
色々物が必要だろうに﹂
﹁ふむ時間通り、〇七三〇時過ぎに合流。 ここからは私が先導しよ
う﹂
﹁臨海学校の準備はいいのか
﹂
何、そういうプレイなの
﹁失敬な。 私は尊敬を込めて、本当のお兄ちゃんの様に思ってるぞ
の延長のようなもので││﹂
﹁プレイでも何でもありません。 まぁ、なんといいますか、ママゴト
既に分かっているのに言っているな、これは。
そこには﹃兄妹愛﹄と書いてあった。
ラウラの反応を楽しそうに見ながら、ぱんっと扇子を開く会長。
?
るから問題ない﹂
﹁お兄ちゃん
﹂
に、最低限の準備は既に終わらせている。 水着も学園指定の物があ
﹁なに、私が起こした不始末でお兄ちゃんがそうなったんだ。 それ
?
﹁急に元気にならないでください会長﹂
?
むっとした表情で言葉を遮るラウラを宥める。
閉じた扇子で笑みを隠し、不敵に笑う何故か会長が一番嬉しそう
だった。
寮に入ってから誰とも合わずに﹃1030号室﹄前に到着した。
用は済んだということでラウラが背を向けて帰っていく。
ありえない位他生徒へのエンカウント率が低いのは会長かラウラ
が手を回してくれたのかと、少しだけ会長を見直して││││直ぐに
訂正することになった。
ようこそ私達の愛の巣へ﹂
﹁は∼い、おかえりなさ∼い
!
簡易的に付けられているクラブの照明のような物が付いており、壁
た。
その目に写っていたのは、異界になっていた潤の元癒しの空間だっ
口から変な音が出ているのがわかる。
﹂
﹁││││⋮⋮あ、え、はぁ
?
294
?
﹁そうか、もうそれでいいよ、うん⋮⋮﹂
!
紙が白から薄ピンクに変更されてハート模様が随所についている。
潤のベッドだった代物が普通サイズから、二人でくんずほぐれつし
ても余裕なくらいになった巨大なベッド、
﹃YES枕﹄がそのベッドに
二つ。
会長がベッドの淵に腰をかけてしなだれる。
﹂
やっと驚いてくれて満足ですみたいな表情
﹁えっ、ちょ、まっ、えええぇ
何その満足気な目
﹂
なんだそのグッドポーズ
その指へし折る
﹁かいちょーがこうしたいって言うからしょうがない﹂
﹁なんだその言い分
なんで異議の一つも唱えないんだお前
?
﹂
お姉さんのコーディネートは
が、これはない。
﹁どう
﹁NO枕はどこだ
﹂
?
あっ、俺と本音が大きなベッドで寝るん
﹁最初にお姉さんに言うことがそれ
﹁本音は何処に寝るんだ
﹂
?
怪我人相手に冗談キツイですよ
?
ペチンと額を叩かれて、諦めてベッドに横になる。
﹁⋮⋮いい加減戻ってらっしゃい﹂
会長﹂
﹁それとも俺は床に寝るんですか
うになっていますよー、かいちょー﹂
﹁なんかおぐりんの目が、数百年光が入らなかった沼の底のヘドロよ
ですね
﹂
広くてシーツの質が良くて、ベッドそのものは寝心地が良さそうだ
信するのもつかぬ間、ベッドに移動される。
これだけ改変したら元ネタが分からなくなるだろ、と謎の電波を受
﹁むかーしから、更識家のお手伝いさんなんだよー。 うちは、代々﹂
ぞ
﹂
病 院 み た い に 簡
しやがって、リリムだってここまで馬鹿なことはしなかったぞ
会 長 と
なんで
誰 と
易組立式のベッドを用意してないの
一 緒 に 寝 ろ っ て い う の か
ナニコレ、ドコココ、ラブホテル
?
﹁いやいやいやいや、オカシイよコレ。 ちょ、本音コレ
?
?
?
?
?
295
!?
?
!
!?
?
?
?
?
?
?
!?
﹂
﹂
⋮⋮﹃YES枕﹄は割と上質な素材で出来た枕だった。
﹁ラウラぁ
﹂
いや救援だ、頼む﹂
﹁なんだ、どうしたという
﹁頼む救護、援護
﹁なんだこの部屋は
?
﹂
は、最強の証だってことを﹂
﹁知らないのなら教えてあげる。 IS学園において生徒会長の称号
を解除した。
敗北を悟ったラウラは、悔しそうに奥歯をきつく噛み締めるとIS
最初から相手を殺すための戦闘ならば勝ったのは会長だろう。
魔力なしの状態ではほぼ潤と互角のラウラが手玉に取られている。
それは鮮やかな手並みだった。
﹁なっ⋮⋮
動脈の部分に当てた。
一瞬怯んだラウラの硬直を見逃さず、今度はピンと扇子を開いて頚
当てる。
素早く抜き放った扇子を、未だに展開が間に合っていなかった額に
余裕を持って笑みを浮かべて会長はそれを迎え撃った。
ほぼ同時にプラズマ手刀を形成すると切り込んできた。
ラウラは指先から順番にISを展開させ、AICを発動する。
﹁あら、血気盛んなこと﹂
あるまい、目標を撃破する﹂
お兄ちゃんはこの色ボケ部屋が片付くまで私の部屋で寝れば問題
看病したほうが良かろう。
という人物に任せると聞いて介入する気はなかったが、これなら私が
﹁うむ、察するに、この女のせいでこうなったと。 教官から更識楯無
この部屋が異常であることは分かってくれたらしい。
電話先の相手から色々教えられて変になっていたラウラだったが、
てきてくれた。
破れかぶれで叫んだら、まだ聞こえる範囲に居たのかラウラがやっ
!?
胸を張った会長は確かに威厳がありそうだったが、この部屋では限
296
?
!
!?
りなくミスマッチだった。
本音は潤が帰ってきていることを他言しないよう言いつけられて
いたのか、誰も﹃1030号室﹄に訪れる者はいない。
翌日の早朝、悪戯用に貼っていたピンク壁紙を会長が剥がし、普通
に戻った潤の部屋に来た千冬が唯一の訪問者である。
流石にYES枕を見て頬を引きつらせていたが、会長の性格をよく
知っていたのか何も言わなかった。
変わりに、潤がよく見知った腕時計をはめる。
﹁明日、一年の教師が抜ける関係で学園の警備が緩くなる。 よって、
﹂
自己防衛の為に専用機を返却するが、あくまで最終手段として使うよ
うに。 いいな
﹁わかりました﹂
﹁更識、頼むぞ﹂
﹁任せて下さい。 何かあっても生徒会長の名は伊達ではないと証明
してみせます﹂
﹁そうか、任せたぞ﹂
そう言い残して、一組のバスに乗って臨海学校のために移動した。
何時ものように眠そうな本音も会長と二人で見送った。
翌々日も何事もなく部屋で、今日も今日とて寝て過ごす。
魔力が作られた端から回復に使われていくので、隣の会長の存在も
影響してか精神的にも回復できない。
そして、その日の朝、事態は急変した。
会長が朝食を持ってくると移動し、部屋に一人きりになった場面、
図ったかのようにヒュペリオンに通信が入ってくる。
許可されていないISの展開は禁止されてる、それを破ってISか
らISに対して通信が送られてきている。
﹂
それは、ISを使用せざる事態が起きているという事を示してい
る。
﹁││何が、起きている
?
297
?
とても寝ていられず、上半身を起こす。
自分の傷を気遣うことのない運動に、頭や腕から熱せられた鉄を押
し付けられたかの様な激痛が走る。
無理矢理痛みを飲み下して、ISのセンサーのみを起動する。
ヒ ュ ペ リ オ ン が 受 信 し た 信 号 は │ │ 鈴 か ら の エ マ ー ジ ェ ン シ ー
だった。
それと共に、織斑先生と山田先生、それからIS委員会から直接I
Sの登場許可が下されている。
飛行許可も同時に発行されてり、その許可区域は鈴も行っているで
あろう合宿先まで一直線。
﹁⋮⋮鈴、いったい何が││﹂
化学兵器に感染した、戦友を思い出す。
血まみれになり、真っ赤に血走った奈落の様な瞳を向けた相棒を。
リリムと同じように、潤の手が届かない所で、今度は鈴がエマー
ジェンシーを出している。
無意識の内、全身の激痛を無視して窓に近寄っていた。
││頼む、ヒュペリオン、今度こそ後悔しない為にも、俺を助けて
くれ。
ギプスが量子変換されて格納され、代わりにヒュペリオンが展開さ
れていく。
ISには生体機能を補助する役割もあり、常に操縦者の肉体を安定
した状態へと保というとするので幾分楽になった。
しかし、脳を焼かんばかりの痛みは変わらない。
久しぶりの空、しかし、そんな事より気になるのは、在りし日の如
く助けを求める鈴の安否だった。
298
6│4 天才の思い
潤がヒュペリオンで合宿先まで高速移動し始める少し前、合宿先に
移動していた一年は全員ビーチに並んでいた。
午前中から夜までISの各種装備試験運用とデータ取りを行う予
定になっている。
特に専用機持ちは、本国から大量の試験運用の装備が送られてくる
ので尚更大変だった。
﹁ようやく集合できたか。 ││おい遅刻者﹂
﹁は、はいっ﹂
千冬に呼ばれて身を竦ませたのは、意外や意外、最も時間に厳しそ
うなラウラだった。
海に浮かれるような性格でもなく、水着も絶滅危惧種の様なスクー
ル水着と、身嗜みにも無頓着なラウラにしては大変珍しい。
﹁そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみろ﹂
﹁は、はい。 元々広大な宇宙空間における作業を想定していたIS
は、相互位置情報交換のためのデータ通信ネットワークを持ってお
り、現在では操縦者会話等に用いられています。 それ以外にも自己
進化の糧としてシェアリングと呼ばれる共有をコア同士で行ってい
ることが判明しました。 これらは篠ノ之束博士が自己発達の一環
として無制限展開を許可したため、現在も進化の途中であり、全容は
つかめていません﹂
﹁よし、流石に優秀だな。 遅刻の件はこれで不問にしてやろう﹂
そう言われて、ふうっと息を吐いて安堵するラウラ。
時間に厳しい軍隊で、自分の上官だった千冬が、遅刻者に対してど
れだけ厳しく対処したか知っているのは当然かもしれない。
その後、専用機持ちは、専用パーツの装備を行う。
専用機を持たない生徒は、各班に別れて振り分けられたISへ装備
試験を行う手筈になっていたが、打鉄用の装備を運んでいた箒は、千
冬に呼ばれた。
﹁ああ、篠ノ之。 お前はちょっとこっちに来い﹂
299
﹁はい﹂
﹂
﹁お前には今日から専用││﹂
﹁ちーちゃ∼∼∼∼∼∼ん
﹁やあやあ
会いたかったよ、ちーちゃん
!
﹁⋮⋮どうも﹂
﹁じゃじゃーん
やあ
﹂
痛みを良く知っており、その光景を見て思い出し痛みが出てきた。
一度罰で千冬のアイアンクローを受けたことのあるラウラは、その
走った。
それすら難なく振りほどいた変人に、ラウラの背筋に冷たい物が
い込むほどに顔面を締め付けている。
狙ったのか偶然なのか、恐らく狙ってやったことだろうが、指が食
その束と呼ばれる人物を、咄嗟に空中でつかんだ千冬。
﹁ぐぬぬぬ、相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ﹂
﹁うるさいぞ、束﹂
さあ、ハグハグしよう
の中腹から飛び上がると、一直線に千冬の近くに降り立った。
ヒラヒラドレスにウサギ耳、滅茶苦茶インパクトのあるその人は崖
た。
の崖から猛烈な速度で、砂埃すらあげて駆け下りてくる人影を捉え
乱反射する音から何とか発生源を突き止めた一年一同の目には、そ
覆われていたビーチに木霊した。
要件を言い終わる前に、謎の声と地鳴りが、四方を切り立った崖で
!
愛を確かめ││ぐぬぬっ﹂
!
!
誰一人事態に付いていけなくなった。
﹁え へ へ、久 し ぶ り だ ね。 こ う し て 合 う の は 何 年 ぶ り か な ぁ
おっきくなったね、箒ちゃん。 特におっぱいが﹂
?
ねぇいっく
!
﹁殴りますよ﹂
﹂
﹁な、殴ってから言ったぁ⋮⋮。 箒ちゃんひどーい
ん酷いよねぇ
砂浜だという事を微塵も感じさせない速度は、全く予想外のもので
その束と呼ばれる妙な人は、次の標的を箒に定めたらしい。
!
?
300
!
何処から取り出したか定かでないが木刀を構える箒。
頭を押さえながら涙目になって訴える妙な女性。
そんな二人のやり取りを、
﹃いっくん﹄と呼びかけられた一夏を含め
て、一同はぽかんとして眺めた。
﹁おい、束。 自己紹介位しろ﹂
﹂
﹁えー、めんどくさいなぁ。 私が天才の束さんだよ、はろー。 終わ
りっ
そう言ってくるりと回って、ウサギ耳を真似るかのように手を頭に
乗せて動かす。
ぽかんとしていた一同も、ようやく目の前の女性がISの開発者に
して天才科学者・篠ノ之束だと気付いたらしく他クラスまで含めてに
わかに騒がしくなる。
基礎理論、実証機、そして未だブラックボックスのコア、それら全
﹂
てを一人で開発した科学者、その開発されたものを学ぶ一人として無
関心ではいられないのだろう。
﹁うっふっふ。 さあ、大空をご覧あれ
これぞ箒ちゃん専用機こと﹃紅椿﹄
!
る全員に知らしめた。
﹁じゃじゃーん
全スペック
菱形をした銀色のそれは、次の瞬間その中身の全容を、その場にい
落下した。
そして、その物体を認める間もなく、金属の塊であるそれは砂浜に
殆どの生徒が束博士の言われた通りに、その指先の空を見上げる。
!
﹂
ロール・アクトレスを目標とした世代。
第四世代、ありとあらゆる状況に対応可能なリアルタイム・マルチ
を受けていた真耶や一般生徒もぽかんとして静まり返っている。
各国代表候補生が思わず口に出してしまったが、それと同様に衝撃
﹁なのにもう⋮⋮﹂
⋮⋮﹂
﹁各 国 と も や っ と 第 三 世 代 型 の 一 号 試 験 機 が 出 来 た 段 階 で す の に
﹁だ、第四世代
が現行ISを上回る束さんお手製の﹃第四世代型IS﹄だよ﹂
!
?
301
!
その異常性を思い知った生徒は、さもお通夜の様に押し黙った。
各国が多額の資金、膨大な時間、優秀な人材の全てをつぎ込んで
﹂
もう二機も実験機があるの
競っている第三世代型の完成、それが茶番になってしまったのだか
ら。
﹁なんでそんなに驚いているのかなあ
に﹂
﹁に、二機も第四世代型実験機があるんですか
﹂
ズ始めようか﹂
まーす。 さあ
箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライ
を踏まえて紅椿は全身に可変装甲を発展させた展開装甲にしてあり
案だけ提供したから、純然たる束さんの作品じゃないけどね。 それ
﹁白式が攻撃用、ヒュペリオンは機動用、といってもヒュペリオンは草
いう事になる。
しかも、言葉通り受け取るなら、白式とヒュペリオンは第四世代と
の一夏も大層驚いた。
零落白夜発動時に開く﹃雪片弐型﹄の機構がまさしくそれとは、当
驚愕の瞳が白式を使用している一夏に集まる。
﹁えっ
当するね。 両方ともこの束さんの設計だよ﹂
﹁具体的には白式の﹃雪片弐型﹄と、ヒュペリオンの﹃可変装甲﹄が該
いるIS。
その二機の正体は、共にIS学園の男子生徒が専用機として使って
それを喋りだした。
驚きの声を上げた真耶に大層機嫌を良くした束博士は意気揚々と
!?
?
更に六枚もの空中投影ディスプレイを呼び出すと、膨大なデータに
を完了させていく。
装着が完了すると、コンソールを開いて指を滑らせて束博士が設定
けた。
自動的に膝を落とすその姿は、武者の様なイメージを周囲に植え付
か、その装甲を開いて受け入れる体勢になる。
深紅の装甲を身にまとった紅椿は、目の前の箒を主人と判断して
!
302
!?
目配りして、同じく六枚展開したキーボードを叩いている。
それはもう、キーボードを操作しているというよりは、ピアノを弾
いているかのように滑らかでいて、数秒単位で切り替わっていく画面
に素早く対応している。
身内ってだけで﹂
そのデータ変更に伴って、紅椿が箒の体に合わせて微量に変化して
いく。
﹁あの専用機って篠ノ之さんが貰えるの⋮⋮
﹁だよねぇ。 なんかずるいよねぇ﹂
ふと、群衆の中からそんな声が聞こえた。
有史以来、世界が
それに素早く反応したのは、意外な事に束博士だった。
﹁おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな
平等であったことなど一度もないよ﹂
マップを探し当てる。
﹂
ていくその道筋、人間で言えばいわば遺伝子とも言えるフラグメント
お目当てのデータ、各ISがパーソナライズによって独自に発展し
み、紅椿と同じように投射型ディスプレイを開いた。
データを見せてね∼、と力ない声色で白式の装甲にコードを差し込
近寄る。
全てのディスプレイとキーボードを片付け、白式を展開した一夏に
調整が終えた束博士は一夏の白式に興味対象を向けた。
周囲に困惑と悲哀をぶちまけながらも束博士の手は止まらず、遂に
﹁え、あ。 はい﹂
いっくん白式見せて。 束さんは興味津々なのだよ﹂
﹁後は自動処理に任せておけばパーソナライズは終わるね。 あっ、
意味を示していた。
その言葉は辛辣であったものの、間違いのない真実でかなり厳しい
ピンポイントで指摘された女子は気まずそうに作業に戻った。
?
﹁ん∼、不思議な構築の仕方だね。 いっくんが男の子だからかな
?
303
?
﹁束さん、そのことなんだけど、どうして男の俺がISを使えるんです
﹂
か
?
ん∼⋮⋮どうしてだろうね。 じゅんじゅんと違っていっく
﹁ん
?
﹂
んの理由はさっぱりだよ。 ナノ単位まで分解すればわかる気もす
るんだけど、していい
潤なら理由を知っているという意味になる。
!?
だけど、流石
潤が動かせる理由は分かったんですか
流石天才の束さんだよね、褒めて、褒めて
﹁た、束さん
﹁うん
﹂
﹃じゅんじゅんと違っていっくんは知らない﹄、それは一夏とは違って
る。
その意味を知ることのできた、一組の面々の視線が束博士に集ま
り、もっと気になる固有名詞がその前に出てきた。
分解の対象自分自身も含まれていると察した一夏だったが、それよ
?
のいっくんにでも教えてあげないよ メカニズムを完全に説明す
!
!?
﹁コア情報
小栗はなんだってそんな⋮⋮﹂
るにはコアの情報を詳細に知る必要があるからね﹂
?
﹂
﹁あ、あのっ 篠ノ之博士のご高名はかねがね承っておりますっ。
良かった。
後三分くらいかな、と言って空を見上げる博士は、今最高に機嫌が
そして、束は個人的に潤に期待している事もある。
魔法の力を説明出来ないという理由もある。
る﹃ダウンロード﹄が強くコアに干渉した事を発端にしており、潤の
実際のところ潤がISを動かせる理由を知ったのは、潤の異能であ
千冬の問いかけにもそれ以上の開示を束博士は渋った。
けどね
からね。 束さんも同じ理由で動かせる事なんて出来ないよ、当然だ
来るほど調べる方が早いって感じで意味不明な理由で動かしている
﹁じゅんじゅんの動かせる理由を解明するくらいなら、コアを量産出
?
﹂
もしよろしければわたくしのISを見ていただけないでしょうか
!
声をかけた。
偉大な科学者を前に興奮しているのか、その目を輝かせ純粋に好意
からお願いしたことは確かだ。
304
!
!
ちょっと気をよくして考え事をする博士に対して、一人の女生徒が
!?
﹁はあ
誰だよ君は。 金髪は私の知り合いにはいないんだよ。 そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんと数年ぶりの再開な
んだよ。 どういう了見で君はしゃしゃり出てくるのか理解不能だ
よ。 って言うか誰だよ君は﹂
﹁え、あの⋮⋮﹂
﹁う る さ い な あ。 そ れ に 今 か ら 束 さ ん は ヒ ュ ペ リ オ ン の デ ー タ を
取って対策を練らなきゃいけないんだから邪魔だよ。 あっちいき
なよ﹂
﹁う⋮⋮﹂
先程までの親しげな雰囲気から一転、別人の様に冷たい言葉と視線
を向けて拒絶した。
ここまで明確な拒絶を示されると、流石のセシリアもしおらしく
なって引き下がった。
一夏の記憶が確かなら、束博士は昔からこういう人だった。
博士に曰く、
﹃人間の区別がつかないね。 わかるのは三人と、あと
なんとか両親かねえ。 うふふ、興味ないからね、他の人間なんて﹄と
のことらしい。
千冬、一夏、箒以外には大体セシリアと似たような対応になる。
しかし、これでもマシになった方で、以前は完全に他人を無視して
小栗は現在救療中だ、来てないぞ﹂
おり、千冬の矯正で改善した方なのである。
﹁ヒュペリオンのデータ
﹁私がそうした、だと
まさか、呼んだのか、あの状態の奴を⋮⋮。
るよ、私がそうしたからね﹂
﹁そう思うだろうね、ちーちゃんなら。 だけどね彼は絶対ここに来
?
色髪と銀髪を助けようとしたしね﹂
﹁⋮⋮お前は、小栗の何を知ってるんだ
?
今までにない不敵でいて、涙目になったセシリアが怖いと思うよう
﹁││真実かな﹂
﹂
上げればどんな状態だって動くよ。 現にあの怪我を負ってなお水
﹁じゅんじゅんはね、過去を引きずって生きてるから、そこを刺激して
いや、だと言っても奴は来られる状態ではない﹂
?
305
?
な壮絶な笑を浮かべて空を見る。
十││九││八││、と博士が正確に一秒を刻んでカウントダウン
を始める。
その数字がゼロに近づくと、ISが高速移動している音がビーチに
響いた。
そして、ゼロぴったりにそのIS、ヒュペリオンを纏った潤が現れ
た。
﹁││鈴⋮⋮。 無事だったか⋮⋮﹂
﹂
ようやく、よ∼∼∼∼やく、直接話せる機会が出来
もう束さんは待ちきれないよ
さ っ、初 め ま し て だ け ど、束 さ ん は 全 く 遠 慮 し な い よ
﹁やあやあやあ
たね
さっさとデータ見せてね
怪訝な顔で小煩く喋りかける女性を見る潤。
﹁織斑先生、山田先生、何があったんです 鈴からはエマージェン
それより、潤には確かめたいことがあった。
く自分を呼びかけていることは察している。
じゅんじゅんなる特殊な呼び方をされたのは初めてだったが、恐ら
!
!
!
?
シーが出ているし、お二人と委員会からISの使用許可が出されてい
﹂
山田くん、凰、端末を調べろ﹂
るんですが
﹁何││
?
す
﹂
そんな事はどうでもいいよ
しました。 ││所で先ほどから纏わり付いてくるこの女性は誰で
﹁怪我をおして来てこれか。 まあいい、取り敢えず安全そうで安心
なる。
束博士の言う通りならば、彼女が知らぬ間にハッキングしたことに
りのデータが送信された形跡だった。
その二人が見たものは、気付かぬ内に何者かが先ほど潤が述べた通
いく。
鈴と真耶が声をかけられて、急いで自分のISと端末を洗い出して
﹁え││、あ、はい﹂
?
306
!
!
﹁私が天才の束さんだよ、よろしくね
﹂
!
!
?
さ、ISを調べさせてね
!
﹁束
﹂
君のヒュペリオン、その可変装甲の原案と基礎
束って、あの篠ノ之束博士ですか
﹁もちのろんだぜ
?
﹂
﹁⋮⋮は
││⋮⋮成程、ヒュペ
?
⋮⋮フォーム・シフトはまだか。 まあ理由を考えれば当然かな
﹂
﹁う ん う ん、思 っ た 通 り と ん で も な い フ ラ グ メ ン ト マ ッ プ だ ね。 ているくらいに。
普段高貴な振る舞いを意識している彼女が、口を開いてパクパクし
んでもないのにやってもらっている潤を交互に見ている。
セシリアは再び豹変した束博士と、自分が頼んで断られたことを頼
とから、その真剣味は誰の目から見ても明らかだった。
投射型ディスプレイとキーボードを、紅椿と同等数展開しているこ
込み物凄い勢いでデータを吸い出し始めた。
を、データ取得の了解と取った束博士はコードをヒュペリオンに差し
女性の正体を知って臨戦態勢を解き、考え事の為に動作を止めたの
したものだ。
レベルの違いすぎる扱えないオーパーツを組み込むために無茶を
補った結果、特殊間接機構とナノマシンが採用された。
よって不安定な部分を、今のパトリア・グループの技術力で何とか
し進める。
それでも第四世代の実験機を作りたかった社長は強引に開発を推
解力に到達できずに不安定な機体しか作れなかった。
体を組み立てたものの、変態技術者達をもってしても博士レベルの理
つまり、ヒュペリオンは束博士の原案の元で設計され、そのまま機
に決着がついた。
その名前が意味することを理解して、ようやくヒュペリオンの歪さ
する。
着地したヒュペリオンの周囲をひょこひょこ動く女性が自己紹介
リオンの妙な違和感と、制御系の異常性はそういうことか﹂
ヒュペリオンが束博士の作品
プログラムを作って、その後制御モジュールも作った天才博士だよ
!
?
﹁なんなんだ、あんたは⋮⋮馴れ馴れしい。 ││所で、何故こんなこ
!
307
?
!
とを
﹂
﹂
は私が望むがままにヒュペリオンを使い続けるだけでいい、いいね
﹁それは今のところじゅんじゅんには知る必要のないことだよ。 君
?
﹁││そうですか。 まあ、ありがたく使わせてもらいます﹂
束博士を怪しむ間もなく、痛みを堪える意識の裏側では、ヒュペリ
オンが膨大なデータを処理していた。
潤の体や、設定されていたデータに合わせて行われていたフィッ
ティングが、束博士の手によって終わろうとしている。
ヒュペリオンの表面装甲と、内面装甲が小さな音を鳴らして変形、
生成されていく。
ソフトとハードの両方を一斉に書き換えているので、束博士が行っ
ている設定が如何に優れているのかわかる。
元より潤の為に作られた機体であるので、一夏のような劇的な変化
は特に起こっていないが、それでも装甲が緩やかに変更された。
これでようやくヒュペリオンは、正しく潤の専用機になった。
﹂
﹁あー⋮⋮ごほんごほん。 姉さん、こっちはまだ終わらないのです
か
ヒュペリオンからコードを引き抜いて、声をかけられた箒の方に向
かう束博士。
﹂
用は済んだ、というか緊急事態でも何でもない以上、潤がココにい
る理由はない。
会長も探しているだろうし、寮に帰らねばならない。
﹂
﹁⋮⋮成り行きからこんな事してますけど、寮に帰っていいですか
﹁⋮⋮﹂
﹁織斑先生
?
しかし、その表情は険しく、まるで戦場に出る直前の雰囲気を持っ
める千冬に声をかける。
束博士が用意した十六連装のミサイルを破壊したISをじっと見つ
物凄い勢いで上昇し、エネルギー刃を使用して雲に穴を開けたり、
?
308
?
﹁んー、もう終わるよー。 んじゃ、試運転も兼ねて飛んでみて││﹂
?
ており、潤の問いを聞いている様子はない。
﹁⋮⋮あ、ああ、済まない、帰るんだったな。 ││いや、いくら原因
が束のハッキングだといっても誤報と知ってISで移動するわけに
お、おお、織斑先生っ
﹂
も行くまい。 別に足を用意させるからそれを使用して⋮⋮﹂
﹁たっ、た、大変です
た。
﹂
﹁そ、そ、それでは私は他の先生たちにも連絡してきますので
﹁了解した。 ││全員、注目
﹂
その後、近くに潤がいたせいか、直様手話に変えてやり取りを始め
その真耶から手渡された小型端末を見て、千冬の表情が曇る。
ない。
何時も慌ただしく頼りない感じの真耶だが、今回は何時もの比では
中でそちらに意識を切り替えた。
いきなりの真耶の大声に、潤に向かって話していた千冬が言葉の途
!
いいな
﹂
各班片付けを実施して旅館に割り当てられた自室に
﹂
なお、この命令に反した場合は拘束する
﹂
﹁了解﹂
わない。 ただし旅館から出るのは禁止とする﹂
いてやれ。 小栗、容態が悪化したら自己判断でISを装備しても構
﹁小栗を山田先生の部屋に案内しろ。 ついでに、一応お前が付いて
﹁はい﹂
﹁布仏
あった。
その姿は今までに見たことのない怒号に怯えているかのようでも
る。
接続していたテスト装備を解除、ISを機動終了させカートに乗せ
全員が慌てて動き始める。
﹁はっ、はい
待機
稼働は中止
﹁現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。 今日のテスト
で事態の急変を告げる。
真耶が走り去った後に、手を叩いて視線を集めた千冬は険しい表情
!
!
!
309
!
!
!
!
!
!
そう言い放って専用機持ち、一夏、セシリア、鈴、シャルロット、ラ
ウラ、そして箒に対して集合をかける。
流石に今の潤には何も話す気はないらしい。
﹄
言われたとおり本音と合流する。
怪我大丈夫なのか
﹁一夏﹂
﹃潤か
取って幾分表情を和らげた。
珍しく落ち着きのない表情の一夏が画面に映ったが、通信を受け
﹃ありがとう、頑張るよ。 じゃあな、話せて良かったよ﹄
いが、かなり嫌な予感がする。 せいぜい気をつけろ﹂
﹁大丈夫じゃない。 大丈夫でないが、お前に何をさせるのか知らな
?
束博士はいつの間にか居なくなっていた。
310
?
6│5 UTモード
真耶の為に用意されていた布団に、文字い通り倒れ込んで体を休め
る。
火に炙られて熱せられた鉄板に押し付けられたかのような、最早痛
みではなく熱流が体を支配していた。
そこら辺に置いてあったタオルを口に突っ込んで悲鳴が出ないよ
うに噛みしめる。
部屋から男の呻き声と悲鳴が聞こえるなど、バイオレンスなホラー
でしかない。
周囲の生徒へ心配かけないように、この部屋まで我慢したのだから
最後まで隠し通したい。
﹁本音、鎮痛剤、強烈な奴を持ってきてくれ﹂
﹁うん、氷嚢も作ってくる﹂
311
痛みなんてない、心配いらないとう顔で、色々と我慢するのも限界
だった。
半泣きになりながらも、この部屋まで来てくれた本音に拝み倒すよ
うに懇願する。
出来る事なら腕なんて切り落としてしまいたい。
異世界では強化人間だけあって、腕や足のスペアがあったという事
実から、大怪我を負った場合は切り落として付け替えていた。
さっさとそうしたい。
魔力が回復すれば直ぐにでも痛みを和らげることに全力を出した
い。
ヒュペリオン、イメージインターフェース起動││皮膚装甲展開│
│操縦者保護開始。
﹄
少しだけ気が楽になって気付いたが、知らないISから通信が、そ
今何処にいるの
れも三十秒に一回のペースで入っている。
﹂
何しているの
!?
﹁誰だ⋮⋮
﹃潤くん
!?
?
オープン・チャネルを開くと、鬼気迫る顔をした会長が映った。
!
忘れていた。
もう、すっかり鈴の事しか頭になくて、会長が護衛に付いていたこ
となんて頭になかった。
ゆっくり血の気が引いていく。
﹁い、一年が臨海学校で利用している宿泊施設です﹂
﹃朝食を持ってきたら部屋にいない⋮⋮、コア・ネットワークで通信し
たら電光石火の速さで潜伏モードに移行する⋮⋮。 色々言いたい
ことがあるけど、まずは潜伏モードを解除しなさい。 話はそれから
よ﹄
記憶が鮮やかに蘇ってくる。
寮でヒュペリオンを起動、空に出て一気に学内領域から離脱した。
そもそも現世代でヒュペリオンに追従できるISは無く、会長が専
用機を持っていたとしても追ってはこられない。
その数分後、オープン・チャネルで通信してきたISがあったが、邪
312
魔にしか感じなかったので遮断した後に潜伏モードに切り替えた。
会長が受けた衝撃たるや、黒船が来航した江戸幕府の侍たちより酷
かっただろう。
﹁えーと、この度は、たいへん申し訳なく⋮⋮﹂
﹃黙りなさい﹄
﹁はい﹂
若干落ち着いたのか、会長はため息を吐く。
﹄
どうやら片手間でこちらの位置情報をキャッチしたのか、表情も元
に戻った。
﹃全く、護衛の重要性は知っているわよね
﹁分かっています﹂
﹃分かってないわ﹄
?
意味は無い。
﹃お姉さんが何のために護衛に付いているのか分かっているの
そ
自分が悪いと分かっている以上言い訳もできず、さりとて逃げても
囲気がある。
表情は戻ったものの、顔にはありありと怒気が浮かび、禍々しい雰
?
れに護衛というのはね、護衛対象が〝守られている〟事を自覚しない
﹄
と何かあった場合の存命率は激減するの﹄
﹁委細承知しています﹂
﹃まったく⋮⋮。 で、何があったの
ゆっくり考え事をしだした。
﹃⋮⋮ねぇ、なんで潤くんは、これだけの情報で動いたの
﹂
?
出す訳ないじゃない、委
?
て﹄
りも知っているのよ
出す訳ないでしょう、仮にも先生の一人とし
員会の連中が一個人相手に。 それに織斑先生はキミの怪我を誰よ
身近な先生二人とIS委員会の移動許可
﹃だから、情報が少なすぎるし、普通これじゃあ誰も信じないわよ。 ﹁はい
﹄
データを受信した会長は暫くそのログを見ていたが、瞳を閉じて
会長に経緯を話して、受信ログを開示する。
しろ被害者である。
ヒュペリオンで移動した理由は、潤にとっては疾しい事は無く、む
ようやくその質問が来たことに喜ぶ。
?
﹄
ず潤はやってくると理解して信号を出した。
束博士は、鈴││いやリリムが潤にエマージェンシーを出せば、必
鈴の経緯に辿り着いてようやく理解した。
頭をガツンと叩かれた様に、真実が明滅して思い浮かぶ。
﹃││
﹁あの野郎、知ってやがる⋮⋮﹂
出す理由も││││。
真耶は語るに及ばず、鈴が潤に対して率先してエマージェンシーを
囲で何かしらの対策を練っただろう。
もし仮に、何か重要な案件があったとしても、彼女なら手持ちの範
確かにありえない。
千冬を思い出す。
一睡もせずに寄り添い、自分の身を顧みなかった潤に怒声を上げた
?
それは、鈴と潤ではなく、遙かに根深く誰にも話していない裏側、リ
313
?
?
リムと鈴と潤の三人の関係について知っている事の証左になる。
会長にはおかしく見えた誘導は、三人の関係とリリムと潤の終わり
を知っていれば何ら変な行動では無くなる。
しかし、どうやって⋮⋮と考えて真っ先に思いつくのは、何一つ分
かっていないコアだった。
思えば飛行機事故の段階で、コア側から強い接触が見られていたの
だ。
コアの全容をくまなく知っている博士なら、何かしらの情報を得て
いておかしくない。
博士が妙にヒュペリオンに執着していたのは、魔法の概念を理解し
﹄
たISについての情報が欲しかったのかで通ってしまう。
﹃知っているって、何を
﹁なんだっていいでしょう﹂
﹃なんだっていいって、まったく頑固さんなんだから⋮⋮。 まあい
﹂
いわ、今回の件で、あなたの行動原理も分かったし、暫く安静にして
いるのよ﹄
﹁ここに来ないんですか
それを聞いた会長は、今までの状況から一転、真顔になった。
何か言い淀んでいるのか、形のいい唇を閉じた扇子で隠して押し黙
る。
﹃ちょっと核心は言えないわね。 色々省いて言うなれば、少々面倒
﹂
﹄
事があったらしくてね。 私からも申請しているけど許可が下りな
いのよ﹄
﹁⋮⋮わかりました、機密事なんですね
﹃ええ、もう一度言うけど、安静にしているのよ
﹁はい、それでは⋮⋮﹂
通信を遮断する。
あたり一帯の飛行制限でもかけているのだろう。
面倒事とはきっと一夏達を巻き込んだ、特殊任務行動の件だろう。
んだか丸く収まったようで安心した。
きっと必死になって探した会長を忘れていたのは申し訳ないが、な
?
?
314
?
?
外から誰かが歩み寄って来ている音が聞こえるが、どうせ本音だろ
うとあたりを付けて瞳を閉じる。
その後は逡巡する暇もなかった。
音速超の高速移動で長距離移動した疲労、元来の怪我からくる疲労
で体は限界だった。
まるで、機械の電源を落としたかのように、簡単に意識は断絶した。
人はそれを気絶と言う。
夢を、見る
永遠を前に余りに脆く儚い夢
喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも一夜限りの劇場
もう六月だというのに窓の外では雪が降っていた
真っ白な、冷たい雪
この街の何もかもを白く埋めてしまう⋮⋮雪
どんな想いさえ⋮⋮どんな傷跡さえ、覆い隠してしまうかのように
そうして何時か、雪溶けの頃には、醜い傷跡は消えているのだろう
か
││自分を裏切ったあの人は、剣を受けてくれなかった
裏切られはしたが、あれは王からの命令に公爵子女である彼女が逆
らえないのは当然であり、避けようがない事だった
騎士の道から逸れ、身体に薬と外道の理で歪められ、怨念で畜生道
に堕ち、彼女の前に立った
││何故切り捨ててくれなかったのだろう、どうせ畜生道を行くな
らば、その前に彼女に切って欲しかった
彼女を泣かせるつもりも、謝らせるために決闘を挑んだ訳でもな
く、彼女の裏切りを断罪する気もない
ただ、彼女に剣を向けた、哀れな馬鹿をその剣で裁いて欲しかった
315
のに
そんな、泣きじゃくって子供のように謝る、初恋だった貴族の女の
子を見捨てて国に帰り、今は新規部隊の連中と顔合わせをする為に専
用の住宅施設を歩いていた
﹃⋮⋮はあ﹄
ちゃんとした自我を取り戻したら、裏切りにあった日から五年が経
過していたなんて今でも信じられない
異世界に来た頃よりも衝撃的だったかもしれない
自我を取り戻した潤を、今までと同じく狂犬を扱う様に﹃国王﹄を
名乗る人物は新たな部隊への配属を言い渡した
暫くは薬物の調整が必要とのことで離反は出来ず、他に行くあても
ないので素直に指示に従った
薬を摂取せねば死ぬとのことで、最早鎖に縛られ牙を失った狼とい
う有様である
316
滑稽だな、と思う暇もなく、廊下の先から泣き声を挙げる誰かが走
﹄
り寄ってくる
﹃⋮⋮
逃げたって無駄よ、無駄﹄
を多数見かけた
この場所に辿り着く前にも、薬を異常量摂取して廃人になった人間
頼る
その中の極めて少数の連中は、精神安定剤や幻覚剤という逃げ道に
殺すことで恐怖に駆られる
ごく少数の人間は何とも感じないが、大抵の人間は殺されることと
人間において自分と同じような生物、人間を大量に殺すという禁忌
ね∼
﹃あははっ、待って∼、諦めてお姉さんとベッドでネチョネチョしよう
かけている││││幻覚ではなかった
そして、その後ろからツインテールの、こちらも全裸の少女が追い
かった
目を擦る、薬が抜けていないだけかもしれな││││幻覚ではな
まだ十にも満たないであろう、子供が全裸で走ってきていた
?
!
壁にへばり付き生ゴミのようにだれる奴、自分の爪が剥がれてなお
壁を引っ掻き続けている奴、ぶつぶつと何も無いほうを見つめ何かを
呟いている奴
全裸で子供、しかも女同士ネチョネチョしようなどと大声で言い放
早くしないとあそこが乾くじゃ
つコイツは、きっとそういう人間かもしれない
﹃ちょっと、なんで邪魔するのよ
ない﹄
なんだって
﹃︻自主規制︼﹄
﹃⋮⋮⋮⋮は
﹄
子供に何をする気だ、ナニを﹄
﹃何をしてるんだ、⋮⋮貴様は。 というよりこんな年端もいかない
その言い分を聞いて目眩がしたがなんとか耐えた
服を剥かれた少女を背にして、ツインテールと対峙する
!
まったくもって色香の欠片もない姿だった。
へ、えへ﹄と言葉を漏らしてひたすら寝ている。
涎を垂らして、幸せそうに枕を抱きしめて、笑を浮かべながら﹃え
そして、相変わらず本音は隣で安眠していた。
が、やはり嫌な思い出の部類に入るのだろう。
最初と最後が最悪だったが、まあ本人自体は割といい奴だったのだ
そういえば、最初の出会いはあんなんだったか。
目の付近の濡れた感触から、自分が泣いていたことに気づく。
既に落ちた夕日の名残に照らされて、眩しさからか目が覚めた。
の出会いだった
その後四年に渡ってチームを組むことになるパートナーとの、最悪
ツインテールが勢いよく宙を舞う
考える前に拳が出た
擦ったり││﹄
︻自主規制︼を埋めたり、私の︻自主規制︼とその子の︻自主規制︼を
﹃だから、
︻自主規制︼するって言ってんの。 その子の︻自主規制︼に
?
浴衣がはだけて色々見えそうなのにまったくドキドキしない││
317
?
大体リリムのせいかもしれないが││浴衣を直すわけにもいかず覚
束無い手でなんとかシーツをかけた。
そうやって再び瞳を閉じて寝ようとしたが、扉を叩く音に邪魔され
て寝付けなかった。
﹁小栗、起きているか﹂
入ってきたのは千冬と、不満げでいて決意の瞳をし、車椅子を押し
ている真耶の姿だった。
そして、千冬は、初めて見るISスーツを着用していた。
﹁起きてますよ、入っても大丈夫です﹂
﹁入るぞ。 ⋮⋮さて、大変申し訳ないが、お前の力を借りたい。 詳
しい話は⋮⋮ここでは出来ないな、山田くん、小栗を車椅子に﹂
﹁織斑先生、私は、やはり反対です。 小栗くんは見た通り重体ですよ
﹂
﹁その話はもう済んだことだ。 それに事態がどう転ぶか分からない
限り、次善の策を用意せねばならない。 条件に当てはまる手駒は小
栗しかないんだ。 それにアレに対抗できる人材は少ない﹂
車椅子に乗せられている間、真耶はずっと異論を唱えていた。
事情を飲み込めない潤だったが、二人の遣り取りからISを使った
戦闘を想定していることを覚悟する。
自分の怪我に不安もあるが、問題はラウラ達がどうなったで説明し
てもらいたいが、流石に廊下では答えてくれないだろう。
そのまま車椅子に乗って旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座
敷・風間の間に移動する。
内部は薄暗く、大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいた。
﹁では、順番に説明しよう。 三時間ほど前、ハワイ沖で試験稼働に
あったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS﹃シル
バリオ・ゴスペル﹄、銀の福音が制御下を離れて暴走。 監視空域を離
脱したとの連絡があった﹂
﹁第三世代の暴走⋮⋮。 ということは巡航速度等の機動問題からエ
ネミーターゲットを補足できないので、専用機を集めたわけですか﹂
﹁そうだ。 衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域
318
?
を通過することがわかった。 量産機では接敵すらできない事から
﹂
正面戦力には束の推薦から織斑と篠ノ之の二人を投入、教員は訓練機
を用いて海域を封鎖を実施した﹂
﹁軍用機を奇襲から一撃で落とせるから、ですね
頷く千冬を見るも、まともな訓練をしているであろうセシリアとラ
ウラを除いたのか、と潤は少し怪しんだが黙って説明を聞く。
会長が宿泊施設に来れなかったのはアメリカからの圧力だったの
だろう。
﹁そして二時間前に織斑と篠ノ之が出撃、接敵に成功するも海上封鎖
﹂
に漏れがあったらしく船が戦闘領域に存在し、それを庇って織斑が敗
走して作戦は失敗﹂
﹁では、私の任務はシルバリオ・ゴスペルとの戦闘ですか
の後だ﹂
﹂
われ、それによって福音は倒されたかのように思われた││問題はそ
﹁ところが面白いことに織斑も同タイミングでセカンド・シフトが行
﹁セカンド・シフト⋮⋮﹂
福音のセカンド・シフトで戦況は一変した﹂
各々オートクチュールを用いた良いコンビネーションで戦ったが、
﹁その後、居残っていた専用機組が篠ノ之と合流して再戦を行った。
しかし、潤の予想に反して千冬は首を横に振った。
うのだろう。
千冬がISスーツを着込んでいる以上、潤が足止めをして千冬が戦
やりようはある。
ラウラ戦以降可変装甲の展開が上手くいかないが、足止め程度なら
も必要もない。
ケージ、オートクチュールも必要とせずに可変装甲を展開すれば換装
パッケージと呼ばれる換装装備、専用機だけの機能特価専用パッ
ヒュペリオンは第三世代の標準装備における最速の機体。
?
﹁零落白夜を使用したのならエネルギーはゼロになったのでは
﹁UTモードが発動した﹂
その言葉で、潤が呼ばれた理由は明らかになった。
?
319
?
UTモード、誰にも明らかにしていないが魂魄の能力者と、旧科学
時代のパワードスーツのトレース状態。
超常兵器はともかく魂魄の能力に対抗できる人間は少ない。
学年別タッグトーナメントでのラウラがその状態になったが、教師
陣は誰もそれに対抗できなかった。
唯一潤を除いて⋮⋮。
﹁何故UTモードに移行したのか、何故あんな外見なのかは定かでな
いが、問題は周囲で動けなくなった代表候補生たちだ﹂
﹁任せてください、俺ならあいつのマインドコントロールを突破でき
ます﹂
魂の呪縛を無力化できる潤が戦うのが筋、その考えは変わらない。
﹁ああ、無茶はするな。 本命は私が専用パッケージを換装した打鉄
を用いることで、お前の目的はその間、UTモード﹂
﹂
﹁⋮⋮それにしても、中国とあの機体の関連性は本当にないんでしょ
うか
意気込む潤の隣で、真耶がポツリと呟いた。
その内容に、ほんの少し、何故か潤は不安を覚えた。
その時、なぜか物凄く怖くなった。
理由なんか一切分からず、何故かそれ以上真耶の言葉を聞くと酷い
事になる気がした。
後に思えば、それは潤の能力が促した予知だったのかもしれない。
﹁中国もその情報を聞いて混乱中だ。 私たちが言っても仕方がある
まい﹂
﹂
﹁しかし、鈴さんとまったく同じ姿をしたUTモードだなんて、誰だっ
て中国との関係性を疑いますよ
│││紛れもない、リリムの姿だった。
慌てて画面の開示を要求すると、その画面に写っていたのは│││
潤の胸が、ズキリと縛られたように傷んだ。
鈴とまったく同じ姿をした、魂魄の能力者。
?
320
?
6│6 疑問と答え
││違う。 あいつが現れる訳がない。
幾度となく繰り返される自問。
しかし、潤の頭には既に答えまでの道筋は完成されていた。
ただ、ひたすらその終着点を否定する事しか出来ず、自分を認めら
れないでいる。
何かの見間違いか、頭でそう思っても、直ぐに理性は俺が奴を見間
違うはずがないと否定した。
度重なる下らない自問に、肩がぶるっと震えた。
現実をしっかり見ろ、そう制されたようで何でもないのに自分自身
に潤が酷く怯える。
そう、最初に違和感を察したのは、リーグトーナメントの一回戦、一
夏の試合を観戦した後。
﹄と。
そうでもしなければ鈴の中にあるリリムが起きる
321
鈴との話を終えて、本音にこう言った﹃⋮⋮なんか、今の鈴と俺の
会話変なところなかったか
│当然だろう
学園の保健室では、潤が触れるまでリリムは一向に起きなかった│
だろう。
病院のあれは、そもそもの鈴がそういう性格だったから起きた偶然
ナメント付近から一回も起こってない。
潤が鈴に近寄るだけで起こっていた、リリムの鈴への干渉は、トー
ら。
つまるところ、潤の中にあったリリムの魂が無くなっていたのだか
書きした魂の残滓││。
リリムの魂魄の適性は上書き、潤の魂に多少残っていたリリムが上
い。
鈴と話しかけている時の違和感は、それが正体だったのかも知れな
?
なんてありえないのだから。
?
近寄っても潤の中にあるリリムの魂が無ければ共感現象のレベル
は大分下がる。
あそこが違和感の始まりだとするならば原因は、⋮⋮原因は、⋮⋮
ヒュペリオン││篠ノ之束博士。
科学的側面から、魂の観測が可能だと言うなら、潤の過去はいくら
でも調べられる。
ダウンロードの酷使したような力が脳を突き抜けたこと。
コア側からの強烈な接触。
頭の中を隅々まで見られたかのような違和感。
まるで浸食されているような││いや、もう奪い取られるようと言
いなおそう。
ダウンロードに不備
俺の大事な物を奪っていきやがった
││そりゃあダウンロードも暴走するさ
はないさ
││あの糞女
﹁黙れ
﹂
﹁小栗くん
あの、辛いのなら、やはり断った方が⋮⋮﹂
頭の中で渦巻いた。
何時かあの素首跳ね飛ばしてやる、とやり場のない怒りがぐるぐる
度はある。
嘗て、怒りにかまけて剣は持たないと自分を律したが、それでも限
るのはウサギ耳らしき機械を付けた博士への怒りだった。
頭で整理が終わり、理性がそれを認識すれば、その後に浮かび上が
!
!
けられてからかわれる真耶にも、そう接していた潤が目上の真耶を威
圧する。
ある程度回復して多少動かせていた左手で、襟首がつかまれてい
る。
その憤怒の表情と、凄惨な瞳に気圧される。
﹁やめろ、小栗。 何を熱くなっている﹂
潤が聞いた千冬の言葉で、怒りが限界を超えたのが手に取るように
322
!
!
?
普段から目上の人には敬語を用い、クラスの女子たちから渾名を付
!
わかった。
乱暴に扱った左手を、労わるように離して、真耶に頭を下げる。
人間怒りが限界を超えると逆に冷静になれると知ったのは、今まで
生きてきて初めての経験だった。
﹁しかし、それほど辛いなら辞退してもいい。 お前は怪我人だ﹂
﹁いえ、││俺が行きます﹂
これほどの因果を、誰に託せばいいのか、それを考えれば誰だって
託せる相手はいない。
他者に決着を委ねる⋮⋮自分の与り知らぬところで、布団の中で休
んでいる最中に全てが進んでいく。
周囲の専用機持ちを次々落として、時期に到着した千冬の手によっ
てリリムは、二度目の死を迎えるのだ。
朝起きて、帰ってきた、もしくは帰ってこられなかった専用機持ち
俺は
達、千冬の存在を目視して、真実を知る。
馬鹿な、なんて無責任なんだ
考えるだけでもおぞましい。
収まらない、きっと更に酷くなる。
リリムを消す事で、怒りは収まるのか
だけだろうけど。
でも、子供じゃないから、ケリは付ける││きっとそれは、苦しい
かなり悲しい。
博士を憎む気持ちはある。
潤の中で、感情の嵐が吹き荒れる
ていられる千冬を改めて尊敬した。
真耶はその表情を見て、純粋に怖いと思い、その顔を見て平然とし
怒りを超越したその表情は、笑顔の成り損ないみたいな笑み。
﹁俺に行かせてください﹂
それは潤の責任になる。
例え、その魂を博士に利用されようが、因果や結果がどうなろうと、
い、リリムの魂を消さなかった自分の弱さが原因だ。
今回の事件の経緯は、例えどんな小さな魂でも共にありたいと願
!
?
323
!
殺す事で、一体状況はどう変わるというのか
少なくとも、死んだ親友より、生きているクラスメイト達を救う方
が有意義だと思う。
それが、IS学園の教師の意思だからと逃げていないか
先ほど決断したばかりだ。 自分のケツは自分で拭く。
呆れるほど潤の思考はクリアだった。
思わず、そんな言葉が漏れてしまった。
﹁これで、良かったんでしょうか⋮⋮﹂
その背を見て、何故か真耶は潤が泣いている様な錯覚に陥った。
二人は不思議なくらい激情を露わにする潤を見送った。
﹁ああ﹂
﹁行ってしまいましたね⋮⋮﹂
あの時のラウラ戦をなぞるが如く。
きっと博士は、リリムと潤を戦わせたくてああしているのだろう。
侵して、空中で漂っている。
福音はリリム同様の魂魄の制度をもって、代表候補生たちの精神を
UTモードに変更した時点で福音の性能は不明。
呑み込んだ。
その事実に、機体に対する拒否感があふれ出すも、今は非常事態と
この機体は、潤の大切な物を奪うために博士が作った機体だった。
る、そんなのは嘘っぱちだった。
ヒュペリオンは、操縦者の脳波で動く│││意志を形に変えてくれ
ヒュペリオンを身に纏う。
﹁││任せてください﹂
時間を稼ぐのがお前の役割だ﹂
﹁そうか⋮⋮。 何を考えているのか知らないが、無茶はするな。 て逃げた。
噛みしめすぎたせいで、口から滴る血には、無理やり意識を逸らし
?
織斑先生、お言葉で
324
?
﹁仕方があるまい。 それに、本人の承諾は得ている﹂
﹁そういう事を言っているのではありません
!
すが、自分の責務から逃げていませんか 彼は、生徒で、重症患者
?
なんですよ
﹂
﹁知っているともさ、小栗に無茶をさせていることは。 それに奴な
ら大丈夫だと、私はそう思っている﹂
﹁それは言い訳です﹂
言い捨てて大型の空中投影ディスプレイの前に座る。
少しでも潤を正しくオペレーションしてやらねば、あまりの不甲斐
なさに泣きそうになってしまう。
今回潤が出撃する要請が下された背景に、真耶と千冬の発言が最大
の原因となっている。
潤の怪我は重傷だが、千冬と真耶は表向きの組織全体に対して五ヶ
月程度で完治すると報告していたのだ。
女性権利団体や、潤の身柄を取り押さえようとする強硬派を欺くた
めの物で、仮に全治に一年以上かかります等と馬鹿正直に報告すれば
どう転ぶかわからない。
潤が一年以上病院で過ごすとあれば、国際的な治療を受けられる場
所に移動されるなどと言ってモルモット送りとなるかもしれない。
事情を知っているドイツ軍は、部下が全人口分の二という貴重な人
間を殺しかけた等とは公表したくなく、利害の一致を背景に団結し
た。
そして、思いのほか日本政府も、潤を自国固有の財産にしたいとい
う理由からそれに手を貸した。
良かれと思って、潤の為になると思ってした事だったが、報告通り
に潤の容態を処理したアメリカ・イスラエルから、潤の参加要請が来
てしまった。
軽傷の証拠に、UTモードの機体と戦っている最中の映像を用いた
のも災いして、尚更引けなくなってしまった。
本人が拒否してくれればと思ったが││、それも叶わなかった。
﹂
﹁小栗くんが、私の部屋で寝ている最中、何があったか勿論ご存知です
よね
﹁なら何故、小栗くんを行かせたんです
﹂
?
325
!?
﹁更識から聞いているとも。 毎日、麻酔が切れて痙攣するそうだな﹂
?
﹁私 と て 何 も 考 え ず に 行 か せ る わ け じ ゃ な い。 束 が 奴 の 専 用 機 に
﹃生体再生﹄機能を付けたと聞いて、それを考慮した上で行かせたん
だ﹂
﹁⋮⋮机上の理論通りに上手くいけば苦労はしません﹂
生体再生機能、世界初の戦闘用ISの﹃白騎士﹄に搭載されていた、
搭乗者の傷を癒す機能。
束博士はヒュペリオンのデータを取るついでに、その機能を黙って
追加していた。
基本的な制御は束博士の手が加わっているので、簡単だったと博士
は言ったが、潤すら気付かない早業だったのは言うまでもない。
﹁まあ小栗を信じて、私用にカスタマイズした打鉄が来るのを待とう
じゃないか﹂
﹁⋮⋮そうですね。 もう、サイは投げなれた訳ですし﹂
そう言って、ヒュペリオンのデータを目で追う真耶。
真耶の通信をぞんざいに扱って、粉々になりそうな意志を奮い立た
せる。
吐き気がする。
展開装甲は使いこなせていないが、それでもヒュペリオンは高速で
326
千冬が何故そこまで潤を信じられるのかは定かでないが、真耶には
千冬がかなり潤を信頼しているように写る。
││ところが、実際のところ千冬も何故自分がここまで潤を信頼し
ているのか分かっていないが。
何故か、そう本当に何故か知らないが、千冬はまるで潤が自分の事
のように信用でき、信頼できてしまうのだ。
理論的な部分など関係なく、何でもないのに潤を信じられるのが千
冬自身怖いくらいなのだが││。
﹄
﹁小栗くん、聞こえますね。 そのままなら後十分程でターゲットと
黙ってろ
コンタクトします﹂
﹃うるさい
!
こんな状態でも信じられるのだから、本当に不思議である。
!
目的地まで移動している。
その目に写った全ての景色がグニャグニャに歪んで、歪な芸術品の
ように見えてくる。
一夏が羨ましい。
もっと優しい友達と遊んでいたかった。
何も考えずに守りたいものを見つけて、簡単に守るなんて言えて、
明るく笑ってられる一夏が。
苦しいなんて思うな
殺意で蓋をしろ
もっと自分が馬鹿だったのなら、こんなに苦しむこともなかったの
だろうか。
││駄目だ
首を振って思考を遮断する。
!
﹂
押し寄せる魔力の波を打ち消すように突き進み、最後尾にいたラウ
しかし、表情には欠片の変化もなかった。
目頭が熱くなった、と思う。
毎日鈴を見るようになって慣れたとも考えたが、やはり奴に会って
動を始める。
リリムは、嘗ての記憶のまま面妖に微笑むと潤に向かってゆっくり移
旧科学時代に作られたパワードスーツ、ヒュペリオンを身に纏った
n││リリムと接触した。
一夏、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ⋮⋮Unknow
す。
ハイパーセンサーの視覚情報が自分の感覚のように目標を映し出
﹁コンタクト
くす絆に縋ろうなんて、なんて無意味な行いだろうか。
出会い頭から殺し合うしか選択肢はなく、自分の手で完全に壊しつ
もない。
あった僅かなリリムのデッドコピーであり昔語りなんぞ出来るはず
懐かしい会話なんぞ出来るはずもなく、そもそもアレは潤の中に
を争っている。
会ったところで奴はクラスメイトの魂を拘束しており事態は一刻
!
ラを追い越したあたりで、魂を束縛されていたラウラが若干意識を取
327
!
!
り戻した。
﹃ア、アア、ア⋮⋮﹄
少しばかり意識が外に行ったのを、元に戻さんとするかの如くリリ
ムが口を開く。
言葉にならないその音は、今から殺そうとしている相手に対して、
﹄
余りにも穏やかで、││その記憶通りの優しさが⋮⋮酷く恐ろしかっ
た。
﹃アアァ、アアアアア⋮⋮
る。
﹂
何度も何度も回避行動を繰り返し、それに振り回された潤は呆気な
わせる位には。
潤と比べれば接近戦に長けてないリリムが、その潤相手に攻撃をか
ぎる。
慣れない感情の濁流に翻弄されているのか、攻撃は早いが直線的過
面に移動。
振りかぶって力任せに振るわれるビームサーベルを掻い潜って側
﹁くそっ
空中で幾度となく制御を失うも、何故か安定して視線は潤へ。
愚直に突き進む潤の攻撃を、難なくリリムは回避していく。
﹃ァァッ
﹄
し再び斬り合い、互いにぶつかり合っては離れ、そしてまた打ちかか
逃げるようにリリムが後方に下がり、ほぼ同タイミングで潤は追従
器は盛大に火花を散らしてぶつかり合う。
刃がリリムの首に届く前に、高周波振動ソードに阻まれ、二人の武
る潤を見つめた。
ビームサーベルを量子展開し、リリムは唖然として斬りかかってく
俺はお前の敵なんだ
助けを求めるな
縋るな
会えて嬉しい、そんな様な意識がダイレクトに伝わってきた。
!
く間合いに入り込まれてしまった。。
328
!
!
!
!
!
ふと、瞳を閉じて││血を流しながら開いたリリムの瞳孔が、猫の
様に縦に細くなっているのを見てしまった。
元々翡翠色だった瞳も、血以外の黒っぽい赤に変色している。
体が震えた。
ソレと、目が合った。
直感が告げる。
世界の移動で弱体化し、今なお怪我で能力がほぼ使えない状態で
は、これ程濃密度の魂の呪縛には抗えない。
しかし、体は動かない。
﹁││││﹂
歌が、聞こえた。
何だったか、何処で聞いたか、そもそもそれが音なのか、あれ歌⋮⋮
瞼が下がった、意識が落ちる。
これでは精神世界に呪縛される││残る意識で自分の中に喝を入
れる。
囚われるな
夢に引き摺り込まれる、いいか潤、今から見るのは夢なんだ。
騙されるな
!
インドコントロール下に置かれるという状況に陥ってしまった。
ここに、教師陣が思っていた最悪の事態││、専用機持ち全員がマ
!
329
?
6│7 胡蝶の夢
優しい歌声を聞いて、ぼんやりと意識が戻っていった。
メガネをかけた金髪の女性に膝枕をされて、少しの間眠っていたら
しい。
労わるように繰り返される、頭を撫でる手がくすぐったくて仕方が
ない。
﹁ティア⋮⋮﹂
﹂
﹁おはようございます、隊長。 もう起きられたんですか。 最近働
きすぎですから、もう少し休んでもいいのでは
潤は大戦作戦従事中に知り合った人物││スラム街で痩せこけ餓
死一歩手前だった少女││を拾い、その才能を見抜き部隊に拾い上げ
る。
大戦終了間際に両者大怪我を負ったものの、その怪我すら縁となっ
て恋人となった。
名前をティアーユ・フォンティーヌと言い、勿論孤児だった彼女の
本名ではなく潤が付けた名前だった。
周囲では王族との付き合いがある潤が、元は卑しいスラム街の孤児
﹂
を恋人とすることに反発があったが、そのティアが魂魄の能力者と
あって声は小さかった。
﹁いや、余り怠けすぎると部下に示しがつかん﹂
﹁わかりました。 でも、無茶はやめてくださいね
ドクンっ
視した。
き上がる際に、水色髪の女生徒が怪訝な表情で見下ろしている顔を幻
しっかり休んだのだから、休んだ分を挽回すべく仕事をしようと起
そんな休憩室で、体を休めている間に寝てしまったようだ。
た。
窓の外ではしんしんと雪の降り、暖炉の火が部屋の温度を高めてい
?
330
?
ティアの顔を見ていたが、不意に心臓が跳ねる。
金髪で飢餓状態の孤児だったの影響から体の細いティア、水色髪で
ふくよかな双丘と扇子を持った女性。
﹂
なんで、こんなはっきり違うのに幻視なんて起こるのか。
﹁どうしました
﹁いや、確かに疲れているらしい。 仕事が終わったら今日はさっさ
と寝てしまおう﹂
笑顔で彼女は頷いた。
そう、彼女が水色髪だなんて、見違うはずがあるわけなく、そんな
幻視ありえない。
立てかけてあった愛剣を腰に指すと休憩所を出る。
執務室中央にデカデカと備え付けられている机は、否応にも男の地
位を顕にしている。
精々が十人程度を率いる特務隊の隊長に、何故こんな権限が付与さ
れているのかというと、この国の特殊な事情が絡んでいるので説明が
難しい。
この国では魂魄の能力者であるというだけで、相当な優遇処置を取
られる土壌がある、とだけ覚えておけばいい。
横の机に座ったティアと一緒に書類の山に挑む。
権限が増えれば、それに伴って責任と仕事はどんどん増えていく。
その都度処理しなければならない案件は増え、その都度陳情にこら
れても面倒なので紙に書かせて提出されればこのザマである。
元々特務隊は潜入やら暗殺やら、特殊状況下での部隊指揮を行う組
織で政務を任せられる人間が少なく、猫の手でも借りたい状況だった
のでティアにも簡単な仕事だけをやらせている。
﹁あの、予算配分についての抗議書だらけなんですが⋮⋮﹂
怒鳴り込む陸軍派を宥め、不満を漏らす海軍派を脅して公表した予
算配分だったが、方々から抗議文が届いていた。
戦争が終了し、軍縮が行われている最中に、予算を獲得できた一派
は大きな発言力を得る事が出来る。
それを思えば当然の反応と言えた。
331
?
﹁仕方があるまい、程々の奴は直接話し合って説得する。 が、度を越
して煩い連中は纏めてこの世から退場させよう。 発言過激度の高
い奴らはリストアップしてくれ﹂
﹁わかりました﹂
過激な発言と取られるかもしれないが、割とこの国ではスタンダー
トな方である。
この国では人の命が愉快なほど安い。
鉱山で働く連中、主に戦犯や書類場存在していない捕虜達に至って
は、きつい、汚い、危険、生きて帰れない、給料が安い、平均寿命三
十歳未満と地獄を見ている。
そうこう言いながらも仕事は進んでいく。
﹁それでは、書類を提出してきますので﹂
﹁ああ、頼む﹂
﹁失礼します﹂
﹁潤っ
﹂
侵入者対策として鶯張りに改良した廊下を、事もあろうか全く音を
鳴らさずに移動し、ノックをする事もなく、ツインテールが扉を開い
た。
ベビードールとガーターベルトだけの服装、相変わらず頭のネジが
332
執務室から出て行くティアを見送って、冷たくなった紅茶を一息で
飲み干す。
手持ち無沙汰になったので引き出しから小説を取り出した。
再び目と脳を使うことになるが、娯楽が少ないこの時勢で、空いた
時間でできることは限られている。
││そういえばPDAで読まないと、また簪がいじけるな⋮⋮。
ドクンっ
⋮⋮簪って││⋮⋮、髪の毛を止める道具だったか
再び強烈な鼓動。
簪
?
まだ、もう少し、もう少しだけ││頭を振って詮無き思考を止める。
?
!
ソレを服装だと言い張るつもりなのか
狂ってるとしか思えない。
言い張るつもりか
ただの下着じゃないか。
﹁反応しなさいよ
﹂
くなった眉間も揉みほぐす。
固まった体を少し動かして解していく。 ついでにいきなり険し
?
﹁無視すんなっての
﹂
﹁何が起こった、何をしでかした
それと、貴様には明日中までに提
﹁書類を取るな馬鹿。 机を汚してしまったじゃないか﹂
れる判。
判が押される直前で、問題の書類をリリムに奪われた。 机に押さ
後は名前を書いて、判を下ろすだけ││。
置いてある判を取る。
結果に満足し、自分の手が血で汚しる事実に溜息を吐いて、机上に
の連中のアピールポイントだ。
遺伝子弄繰り回して生まれた連中より、安価で大量に作れるのがこ
強化された連中と比べて維持費の少なさが目立つ。
脳に手を加えたため三十まで生きられないのがネックだが、薬物で
強化され、薬物を抑えてコストパフォーマンスを考えた代物である。
今回の強化内容は潤が考案した人体強化、精神操作等を中心として
戦理由になりかねない代物である。
非人道的な治験実験の結果等、もし平成世界の人権団体に見せれば開
何人の要人を殺しましたや、敵対国の諜報結果、人体実験の報告書、
出す。
今度はティアに見せられない真っ黒な内容が記された書類を取り
るのは許さん﹂
も、公の場以外で行う場合は認めてやる。 だが俺の仕事の邪魔をす
﹁リリム、仕事をしないのは⋮⋮、いっそ許してやる。 貴様の趣味
!
そして、ツインテールを振り回し、真剣な表情で身を乗り出す。
そこまで喋って、机を思い切り叩いた音に阻害された。
出する重要書類があったな、さっさとソレを││﹂
?
333
?
!
﹁明日出来る事は、明日やればいいじゃない
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
さて、何と言って反論すればイイのやら、真剣に悩むのも馬鹿らし
く感じる。
色々考えている間に手を取られて連れ出され、その手をリリムに握
られながら、そっと潤は考えた。
一年と数ヶ月前出会った珍妙なパートナー、とにかく厄介事を持っ
てくる馬鹿だが、どうにもこいつには強く出られない。
しかし、何故かコイツといると悲しい現実から目を逸らして生きて
いける。
覚めない夢は無く、時間は常に動き続けている。
何時か、この幻想も終わる。
だから、リリムを戦友として考えてはいたものの、何時でも一人に
なれるよう自分の世界だけは守ってきた。
何時でも切れる様にだ。
笑顔なんて必要ない、思いだって儚くてもいい。
大体そんな感情は特務隊で任務を重ねる最中、雪の降る山で捨てた
筈だ。
だから、きっとこの表情も気のせいなのだろう。
││││口が、顔が、綻んでいるのは⋮⋮。
そう、覚めない夢は無い。
だけど、もう少し、もう少し││いや、起きなきゃダメだ⋮⋮。
瞬間、ガラスが勢いよく割れて、床に破片が散らばるような音が響
いた。
そして、その音に合わせて外の景色が一変、雪の降る白の景色は、一
寸先も見えない本当の暗闇になってしまった。
寒さも、空気の流れも、何も無い暗闇。
廊下だった場所は、何時の間にか元の執務室に戻っている。
知ってる、これが夢だって、誰よりも知っている。
334
!
大戦終了時点の状況において、ティアに膝枕されて撫でられてい
る、この時点││実は最初から夢だと気づいていた。
﹁そう、ありえない、ありえないんだ⋮⋮﹂
戦争終了時点、ティアがどんな負傷を負ったのか、忘れるわけがな
い。
それでも、〝有り得なかった〟幸せを、元気な恋人を見て、その幸
せを噛み締めていたかった。
ティアに足があって、優しく歌えて、頭を撫でてくれる
全部ありえない。
││当時世界最強の剣士と名高い騎士を打ち破るため、その孤児の
少女と性的なパスを作成。
││疑似的な共感現象を発生させた後に、後方の部隊と緻密な作戦
を遂行し勝利。
その勝利の代価は大きかった。
孤児だったティア、戦士として訓練された強化人間の潤、そんな地
力の差がある者同士でパスを形成し、戦闘中の強烈な魔力をやり取り
すればどうなるか、当時は思いつかなかったが冷静になればわかる。
ティアの限界量はあっという間に通り過ぎ、体内から潤に壊し尽く
された。
最強の剣士を倒して帰って││最初に見たその姿。
両手と右足の切断、両目はほぼ失明、味覚消失、半身不随、まとも
に機能していたのは聴覚だけだったというのに。
膝枕
書類で仕事
が
歌える
頭を撫でてくれる
?
335
?
手動弁、眼前一メートル以内で動く腕の向きが分かる程度のティア
?
片足しかなく、半身不随の相手にできるか。
?
まともに喋れなくなったのに歌うだなんて⋮⋮。
?
?
両手を奪ったのは俺なのに、なんて自分勝手な妄想か。
どれもこれもが、体を槍で貫かれたように悲しさがあり、飛び上
がって喜びたくなるほど嬉しい夢だった。
起きてても、アンタ、辛いだけじゃ
有り得ない程の幸福、もう少しだけ寝ていたかった。
﹁││リリム﹂
﹂
﹁なんで起きようとするかなぁ
ない
暮らす方がいい。
そうだ、何も考える必要はない││ここで失った大切な人と一緒に
べ、釣られて潤も泣きながらも笑を浮かべた。
潤の言葉を聞いて、リリムは今までにないくらい満面の笑を浮か
此処では辛い現実も、失った物も全て揃っている、夢の箱庭。
ここで死ぬまで暮らすのも悪くない。
﹁俺も││帰りたくない、かな﹂
た時、どれ程この光景を夢見たか。
時、それまで食べ物を美味しいと言ってくれたのが優しい嘘だと知っ
塩キャラメルを作ってあげた時に味覚さえも失った事実を知った
朗読してあげてるより、こちらの方が余程良い。
俺が居ないと生きていけない体で、ティアが退屈しないように本を
一緒に過ごせて。
夢でも良かった、ティアが元気でいてくれて、体が無事で、歌えて、
頬を涙が伝って、初めて自分が泣いていることに気がつく。
のか。
死んだ親友、死んだ恋人、夢ってのは⋮⋮何でこう、儚くも美しい
名前を呼べば、二人の人間が直様声をかけてくれた。
必要なんてありません。 此処で一緒に暮らしましょう﹂
﹁そうですよ隊長。 何時モルモットになるか分からない世界に戻る
?
親友と笑い合い、夜は恋人と共に眠り、何もない執務室で、全ての
幸せを手にして暮らす。
││けど。
336
?
﹁私も隊長さえ一緒にいてくれれば、それだけで幸せです﹂
﹁俺も、││ティアの事を本当に愛してる。 だからティアが一緒に
いてくれるだけでも幸せだ﹂
五体満足で抱き合う二人の恋人、そんな二人をリリムは満足げに見
ていた。
どの世界も潤には寂しく、辛い現実しか突きつけず、彼に救いをも
たらすことなんて無い。
実際にこの世界でも潤は誰かに本当の意味で身をゆだめることが
出来る相手がおらず、狙われ、利用され、奪われそうになって、やっ
ぱりボロボロになる。
だったら││この箱庭で暮らす方が何よりの救いになる。
﹁愛してるよ、ティア。 そして││﹂
その男は、ティアの頭を優しく撫で││││
﹁さようなら﹂
潤
アンタ、何を
﹂
!?
潤は不思議なくらい穏やかな表情で、顔にかかった血と目尻に溢れ
る涙を拭こうともせず、その行方を見送った。
どう、して
こんな││
﹂
リリムが目の前の戦友の亡骸を受け止めるが││それより早く自
なんで、⋮⋮なんで
!
!
らの心臓を潤の剣で貫かれた。
﹁ガッ││
!?
たはずの少女の死に嘆いている。
そんなリリムの首を、潤は力のあらん限りをもって締め付けた。
まるで、何も聞きたくないと言わんばかりに。
﹁⋮⋮ ぁ ⋮⋮ ぐ ⋮⋮⋮⋮ な ん で、幸 せ を、│ │ 自 分 の 夢 を ⋮⋮ 拒 む
⋮⋮ぁ﹂
﹁た だ の 生 き て い る 顔 な じ み、六 人。 死 ん だ 親 友 と 恋 人 の、二 人
⋮⋮﹂
喋らせないように、左手も使って首をさらに締める。
337
腰に差してあった愛剣で、恋人の首を薙ぎ払った。
﹁ティア
!
首がコロコロ転がって、部屋の隅に転がっていく。
!?
心臓付近を貫かれてもリリムは健在で、戦友で、目の前の恋人だっ
!
﹁だけど⋮⋮⋮⋮⋮⋮、俺は⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮俺は﹂
リリムの魂を消さなかった自分の弱さが、リリムを、ティアを、大
切な人を道具のように扱われた。
これはティアであって、ティアではなく、リリムも同様にただの幻
覚だ。
だから、こいつらは潤にとって都合の良いことしか言わない。
自分の弱さから死んだ二人を利用され、生きている友人が囚われて
いる、そんな状況で何故原因そのものがが幸せに包まれる事を許され
るのか。
本当に、無知なまま生きていたかった││。
こんなに苦しいのなら、こんなに悲しいのなら││、ずっと前から
この箱庭にたどり着きたかった。
﹁それでも⋮⋮、⋮⋮﹂
頬を涙が伝い、鼻水は垂れ、涎が口から漏れた。
││殺せるわけないのに何をやっているんだろう
リリムを床に叩き付け、血の付いて両手で頭を掻き毟った。
首を絞める手に、力が全く入らない。
迷った。
また、迷った。
だから、また苦しむ。
﹁ごめん、なさい。 ⋮⋮ごめんなさい。 俺が、⋮⋮弱かったから。
残して、おいたから。 ⋮⋮弱い俺のせいで、こんな、ことに⋮⋮﹂
倒れているリリムに目をやる。 あいつの目は冷たかった。
戦友の視線ではない。
まるで敵を見る様な、戦場で、敵を見るかのような視線だ。
││許さ、ない⋮⋮
血を吐きながら、弱弱しくも、潤の謝罪を否定する。
﹁ごめん⋮⋮、俺が駄目な奴だったから、皆が迷惑しているんだ。 こ
うしなきゃ、駄目なんだ﹂
突き刺さっていた剣を引き抜き、その細い首を││
338
?
││││
目が覚めた。
随分濃い夢で、感覚的には数時間眠っていたようだったが、ヒュペ
リオンのセンサーが告げるに眠っていた時間は僅か三分程度だった。
切れていたビームサーベルのエネルギーを再び入れ直し、リリムを
殺すべく刃の部分を伸ばす。
狂えるように真耶から通信が入るが全て無視││少しでも邪魔が
﹂
入れば泣き崩れて何も出来なくなってしまいそうで怖かった。
﹁ぉ⋮⋮うおおおおおおお
可変装甲が潤の悲哀に応じるかのように開き、これまた潤の心を表
すかのように青く、若干黒いナノマシンが機体を包んだ。
無理矢理雄叫びをあげて真正面からリリムに接近する。
ヒュペリオンの展開装甲起動中の瞬時加速││、すなわち世界最
速。
その潤を前に、リリムは全く動くことなく、不思議なことに両手を
広げて受け入れるポーズを取った。
その動作に思わず現実世界でも涙があふれる。
超高機動状態の最中で、センサーの影響からか体感速度がずいぶん
遅く感じた。
││﹃あんた、軍人やってけないタイプね。 優しすぎるわ﹄
極寒の最中川に飛び込んで逃げて、互いに裸になり体温を分かち
合って夜を明かしたの記憶。
まだまだ潤も、ダウンロードの経験が浅く、数の暴力で押し込まれ
て命からがら逃げ出した。
初めて感じた異性の柔らかい肌、ソレを意識してしまって気恥ずか
しくなって喧嘩してしまった事を思い出す。
339
!
あの時の体温を、温もりを、今でもはっきり覚えている。
体が焼き付くように痛い。
元は展開装甲使用時の瞬時加速は御法度││これを体験してフィ
ンランドでは人身事故が起きた。
距離は後五メートルもない。
既に剣の間合いに注意せねばならないが、潤の心中にあるのは他な
らぬ思い出だけだった。
││﹃笑いたいときに笑えなくなれば死んだも一緒﹄
その声色を今でもはっきり思い出せる。
あれは、何時だったか、テロリストの首魁暗殺の任で、現地に溶け
込むために老人夫婦の家にご厄介になった後の事。
息子が戦死した老夫婦は潤を実の子供のように可愛がってくれた
が、その老夫婦こそがテロリストの首魁で││潤は老夫婦に国外逃亡
を勧めたが、結局手を下してしまった。
その亡骸を見て、今後は感情制御を使って││ただの国のための部
品になることを誓った。
ああ、今でも、彼女の優しさを覚えている。
ビームサーベルが届く、││届いてしまう。
頼 む、逃 げ て く れ。 世 界 中 の 手 や 目 が 届 か な い と こ ろ ま で 行 っ
て、好きなだけ生きて、時たま馬鹿な同僚を思い出してくれさえして
くれれば良い。
そう思っても、奴は受け入れる体勢のまま動かない。
そんなことより、今は少しでもリリムとの思い出に浸っていたかっ
た。 ││今後は思い出すのも罪になりそうだから。
││﹃そこまでよ。 私たちはお互い巡り合せが悪かったのよ。 何も謝る必要はないわ﹄
この世界に来て、初めて心の底から嬉しかった。
340
二度と会えぬと知って、リリムの死を何時までも背負っていこうと
覚悟して、やっと直接話せた歓喜の瞬間だった。
何でもない風でいたけど、あの一言でどれだけ救われたか、それが
どれ程の救いとなったか、誰でもない潤が知っている。
その声は、はっきり耳朶に残っている。
もう少し、もう少しだけ思い出に浸っていたい。
あとちょっと、もうちょっとだけ。
ずっと一緒に居て、一緒に魔法の勉強をしよう、一緒にご飯を食べ
よう、一緒に笑い合おう、信じ合って、馬鹿をやって、俺を│││赦
して。
夢はいつか覚める││││、刃は、届いてしまった。
それは、真耶達外部の者からすれば一瞬の出来事であった。
UTモードの敵は手を広げ、相手を抱きしめる様な仕草をして待ち
その声を浴びて、夢に囚われていた専用機持ち達が、意識を取り戻
341
受け、潤は稲妻のごとき怒涛の速度で突き進んだだけ。
ビームサーベルがシールドエネルギーを削っていくというのに、リ
リムは潤にもたれかかり、そっと頭を撫でた。
終わった││余りに呆気ない終わり方だった。
潤の頭を撫でていたリリムだったが、エネルギーが完全に無くなっ
たのかアーマーが消え、スーツだけになった操縦者と成り代わって露
と消えた。
お前一人を殺すことで、追加で一人、七
操縦者を受け止めて月を見る。
││見ていてくれたか
人もの人を救ったんだ。
││だから、俺を褒めて⋮⋮ほめ⋮⋮
﹂
﹁あ あ あ あ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ っ っ │ │ │ │
やる。
││ふざけんなよ、あの腐れウサ耳女が。 何時か絶対ぶっ殺して
!
?
ありったけの声で泣き叫ぶ。
!
しかける。
徐々に覚醒が始まっているのか体が動いているので││数分もす
れば元通りだろう。
﹃最後不思議な事が起こりましたが⋮⋮、小栗くん、お疲れ様です。 よくやりましたね、おめでとうございます。 帰投してください﹄
おめでとうございます
真耶が作戦終了を告げる通信をしてきたが、その言葉を聞いて愕然
とする。
困惑した。
﹄
﹄
﹃おい、お兄ちゃんが泣いている
はなんだ
何なんだよお前は、何様だよ
なんと潤が赤子の様に丸まって、無様に泣いている。
﹂
なんだよ、な
本当に死んだ方がいいのは俺じゃないか
!
﹂
の光がそれを遮ったのだから。
顔付近に降り注ぐライフル弾、体を包むように降り注ぐファンネル
最後に潤が何を叫んだのか、誰にもわからなかった。
﹁││││
ると、全ての銃口を自分に向けた。
その潤は、アサルトライフルを展開、フィン・ファンネルも射出す
が、人目もはばからず、子供のように泣き叫んでいる。
罪の全てを許し、泣きじゃくるラウラを慰めた兄のように思う恩人
!
﹁馬鹿にしやがって
んなんだよ
管制塔、どういうことだ。 これ
ラウラは起きた瞬間人を押し付けられ困惑したが、潤を見てもっと
ウラに押し付けた。
潤は答えることなく、福音のパイロットを、早くも目を覚ましたラ
れていた鉄のような男が泣いている。
怪我をしても泣き言一つ漏らさず、どんな状況さえも淡々と受け入
通信画面を開いていた真耶が愕然とした。
﹃え、っちょ、小栗くん
﹁ふざけるな⋮⋮。 ふざけんな
よくやりましたね
?
?
﹂
馬鹿野郎ぉ
!
?
342
!
?
!
?
﹃お、小栗、何を言って⋮⋮﹄
!
!
﹂
あの馬鹿を止めろぉ
﹁お、おに││潤
﹃ラウラァ
﹄
!
!
教官、お兄ちゃんが
!?
私の兄が
!
無事か
!?
!?
ルギーが回復するまで、操縦者は目覚めることはない。
﹁え、あ、ええ
お
は、同時に深くISの補助を受けることになり、それ故にISのエネ
全てのエネルギーを操縦者の命を繋げる為に費やされるこの状態
ルギーは消滅し、ISの操縦者絶対防御、その致命領域対応が発動。
あらん限りのエネルギーを使い自分を攻撃した結果、たやすくエネ
た。
ラウラが抱えた二人目の人間、潤はぐったりとして目を閉じてい
千冬が叫ぶのとラウラがAICを使用したのはほぼ同時だった。
!
シャルロット、手を貸してくれ 誰でもいい、誰か、誰
﹂
い││
かぁ
!
!
混乱し、悲壮な声をあげるラウラを最後に、今回の事件は幕をおろ
した。
343
!
6│8 戦いの後に
鈍く痛む頭を何とか押さえつけ、ラウラの次に起きた箒は、ラウラ
と共にその場にいた皆を運んだ。
対拷問訓練を受けた経験のある軍人ならともかく、次に起きたのが
代表候補生でもない箒だという事に戸惑ったが、第四世代は余程優秀
だったと思って考えないことにした。
むしろラウラは潤以外の事を極力考えたくなかった。
優しく微笑んで罪を許してくれた、どんな相談事も親身になって
のってくれた、ラウラは潤を強靭な心と力を兼ねそろえた強い男だと
思っていた。
それがまさか、あんなに惨めに泣き叫んで││自殺しようとするな
んて。
それとも打たれ弱い部分があったのだろうか⋮⋮、ラウラは考え事
344
をしつつも生身の人間を運搬している事から速度を出せないのが酷
くもどかしく感じた。
﹁││今度は私が相談に乗ってやろう。 それでこそ友というものだ
ろう。 だから、早く目を覚ませよ﹂
今私は不機嫌なんだ。 あまり話しかけるな﹂
﹁ラウラ﹂
﹁なんだ
﹂
得意のAICで慣性を停止させると、シャルロットと潤に負担を掛
一面が白黒で、反対側は何も書かれていない物。
宙を舞っている。
センサーを頼りに潤の下付近を見ると、確かに紙切れの様な代物が
﹁落し物
﹂
﹁不機嫌なところすまんが、今小栗が何か落とした。 確認できるか
く感じた。
先ほどから潤の事ばかり考えていたラウラは、その声が酷く鬱陶し
ける。
一夏やセシリア、鈴を運搬している箒が何かに気付いて一言声をか
?
?
?
﹂
けないように接近して掴み取る。
﹁なんだそれは
なんだこの物騒
﹁白黒写真だな。 ││お兄ちゃん、鈴も映っているが、見たことのな
﹂
い迷彩服だ⋮⋮﹃Fanatic Force﹄
な名称は、何処の国だ
?
ぞ
﹂
何故気絶している
﹁いや、他の誰でもないお前が一番知っているだろう、小栗は怪我人だ
が妥当だろう﹂
況に置かれたのだろう。 お兄ちゃんがその救助に来た、と考えるの
﹁質問が多いぞ。 ISのセンサーを見るに私達全員が意識を失う状
?
ラウラは何の気なしにそれを持ち帰った。
﹁そもそも何故小栗が居るんだ
﹂
何故お前は
記憶喪失といっても、生徒手帳などを持っていた情報を知っていた
しかし、その表情には疲労を覆い隠すほどの達成感が見て取れる。
至急衛生兵が必要だろう。
何故か全員疲労困憊の表情だ。
と女一人。
男と、身の丈二メートル三十を超えそうな大男、後は没個性な男六人
大型のマスクとニット帽とサングラスをかけた男に、神経質そうな
鈴とそっくりな奴。
中央に立つ潤、眼鏡をかけた女性が近くに佇み、抱きつこうとする
?
あそこまで狼狽していたんだ
?
?
ど厭わない。 そう知っているだろう
﹂
生兵必要なほど顔を真っ青にした真耶が出迎えた。
そわして妙な緊張感を持った千冬と、潤が落した写真の連中以上に衛
そのまま宿泊施設まで何事もなく運搬は終わり、そんな二人をそわ
れない以上どうしようもない。
ただ、最後の質問にラウラが答えないのは気になったが、答えてく
た。
簪を救助に来た潤を思い出したのか、箒はそれで納得することにし
?
345
?
﹁言葉を返すが、どんな状況下だろうが、己の意を通すためなら怪我な
?
セシリア、鈴、シャルロットはマインドコントロール下にあっただ
けで主だった外傷は無く、一夏は生体再生で怪我自体治っている事だ
ろう。
勿論致命領域対応中の潤も完治はするのだろうが、最後の会話と映
像、そして自傷行為。
死ななかったからいい、という訳ではなく、死のうとした行為その
ものが問題だと思っている。
そして、その原因が、一切わからない。 出撃前から妙に興奮状態
だったことを考えれば、今回の鈴そっくりなUTに何かあるのだろう
﹂
と予測はしている。
﹁教官
﹂
﹁篠ノ之、ボーデヴィッヒ、意識のない連中をストレッチャーで運べ。
﹂
それと、ボーデヴィッヒ⋮⋮、篠ノ之はさっさと行け
﹁は、はい
!
に付くことになった。
その潤は個室に運搬され自殺防止用の措置が取られた後、真耶が傍
る。
激が裏目に出かねないので、暫くはそっとしておこうと心の中で決め
面倒事は多いが、目下最大の心配事である今の潤には、あらゆる刺
自殺未遂。
生徒たちの無断出撃に加え、UTモードの発動、潤の出撃、そして
合流を目指す。
ファイルスを放っておく訳にもいかず、一旦旅館を後にして米軍との
潤も気にかかるが救助に成功した、福音のパイロット、ナターシャ・
と協力して運搬を始めていく。
ストレッチャーに潤を乗せて、ISスーツのまま箒とラウラは真耶
﹁⋮⋮は、はい﹂
学校では教官ではなく先生と呼べ﹂
で、手を縛っておけ。 潤の⋮⋮自殺未遂は他言無用だ。 それと、
﹁⋮⋮ボーデヴィッヒ、潤は、念のために舌を噛まないようにさせた上
!
残る専用機持ちは、運搬中に一夏が目覚めた事を皮切りに、ベッド
346
!
に運搬後にはシャルロットとセシリアが目をさまし、遅れて鈴が意識
を取り戻して、全員が回復した。
﹁寝ている間に全て終わっているだなんて、変な感じですわね﹂
﹁話には聞いていたけどUTモードの精神的束縛って本当だったんだ
ね。 僕なんて真っ先に意識が途切れちゃった﹂
その後は、怪我のチェックなどでニ時間程もかけて再びベッドに逆
戻り、暇を持て余したので自由になった傍から機密を有する者同士話
を始めた。
銀の福音戦は早々語り終え、主題はその後のUTモードへ。
目の前で装甲が泥の様に変化した瞬間、箒が真っ先に反応して撤退
を告げた。
しかし、以前ならば形が完成した後に使われた精神の呪縛は、その
変化が終わる前に発生して全員が意識不明となった。
あの時の、考えるより先に恐怖心が満たされるあの違和感は、何時
﹂
その答えに疑問をもって、セシリアとシャルロットを見るが、二人
で顔を見合わせた後、首をかしげた。
興味を持ったのか一夏が鈴のベッド付近に移動して、聞き出そうと
試みる。
もしかしたらUTモードと関係があるかも
その一夏も、確かに夢らしきものを見たような気がした。
﹁どんな夢だったんだ
まったく。 えーとね、古い洋館で潤の手を持って一緒に歩いていて
﹁私がこんなに苦しんでいるのに何で一夏はそんなに元気なのよ⋮⋮
知れないし、教えてくれよ﹂
?
347
までも残り続ける事だろう。
変な声でてるぞ﹂
﹁うぇあああ、うぉあうぉぉおお⋮⋮﹂
﹁鈴、どうしたんだ
あの精神を呪縛された状態で夢など見られるのか
⋮⋮﹂
﹁夢
?
﹁いや、俺も夢っぽいのは見たんだけど⋮⋮。 やっぱり変かな
﹂
﹁││いや、ちょっとすさまじい夢を見て、さ。 なんか、首がいたひ
?
首をぐるぐる回して奇声を発する鈴に、気味悪がって箒が訪ねる。
?
?
│││、そう、急に周囲が暗くなって、何故か部屋に移動していたの
よ﹂
﹁支離滅裂だな⋮⋮﹂
﹂
﹁一夏、話の腰を折るな。 夢っていうのはそういうものだろう。 続きは
﹁潤 に 金 髪 の 女 の 子 が 抱 き 着 い て、す ご く 仲 好 さ そ う で い い 雰 囲 気
だったんだけど、何故か潤がその女の子の首を剣らしきもので斬った
のよ﹂
支離滅裂にも限度がある。
ほがらかな内容一片、その光景を想像していた面々の体が固まっ
た。
﹁そ の 後 問 い 詰 め よ う と し た 私 を 刺 し て、私 の 首 を 絞 め て、殺 さ れ
ちゃった。﹂
どうやら骨を折られたみたいで首の違和感が∼、と言って再び首を
ぐるぐる回す。
﹁なんか、バイオレンスな夢ですわね⋮⋮。 しかし、そう言われると
薄ぼんやりと、わたくしも似たようなものを見た気がするのですが
⋮⋮﹂
﹂
﹁確かに、改めて聞くと、││なんとなく僕も、誰かが誰かを斬ったと
ころを見たような気がする。 あれ、潤、なのかな
がする。
そしてラウラ自身、ぼんやりとしているが、潤の背中を見ていた気
個人差こそあれど、同じ光景を目にしている。
はっきり見たのは鈴と一夏、ぼんやりとシャルロットとセシリア、
ここまで揃えば偶然ではないだろう。
その夢らしきものを見たのは、一夏、セシリア、シャルロット、鈴、
赤子の様に丸まって、無様に泣いていた潤。
た。
泣いている潤と聞いて、それまで黙っていたラウラが興味を持っ
よ。 変な事に、あいつはずっと泣いていたけど﹂
﹁なんだ、皆同じ夢を見てたのかよ。 俺も潤を夢で見てた気がする
?
348
?
もしかしたら、その夢は││││。
﹁その金髪の女、詳しく聞かせろ﹂
﹁ラウラは見てないんだ。 うーんと、ラウラの体系のまま身長を伸
ばして、セシリアみたいな金髪にして、山田先生みたいな優しげな表
情にした感じ﹂
﹁そうじゃない、二人の関係についてだ﹂
﹁たぶん、││││いや、言っていて私も変だと思うけど恋人だと思
う﹂
聞いた途端全員が固まった。
﹂
最もラウラが固まった理由と、それ以外の専用機持ちたちが固まっ
仲は良さげだったか
た理由は違ったが。
﹁恋人、だと
﹁そりゃあ勿論﹂
は結構優しいんだよ
﹂
通の男女間の友達関係でそれは無いでしょ﹂
が高い。
普
あの夢らしき代物は、UTが発した精神呪縛が関係している可能性
そう考えるといたたまれなくなってくる。
捕虜の身から逃れる為に恋人を殺さざる得ない状況になったら⋮⋮、
自分は軍人だ、そうなる可能性も考慮している││してはいるが、
その一方でその背筋を、戦慄で凍らせたラウラが居た。
様夢の事と思って聞き流した。
一夏は恋人が死んだと聞いて幾分ショックだったらしいが、皆と同
ならずに終わる。
いくらか変に思ったものの、結局は夢の事でそれほど議論も活発に
く考える必要はないでしょう﹂
﹁それに、以前聞いた話ですと死別していらっしゃるんですし。 深
?
よ。 僕も男装して最初にあった時は色々あったけど、ああ見えて潤
﹁恋人、恋人か。 でも、いくら潤でも大切な人を殺めるなんて変だ
?
﹁でも抱き合って髪を撫でる相手と、それを許容できる間柄よ
?
そして、その夢から覚める為に、お兄ちゃんと呼んで親しんだ男は
349
?
恋人を殺した。
しかも、死別され、二度と会えぬ恋人を、自分の手で。
﹂
そういえばと、あの眼鏡をかけた女性ではないかと、白黒の写真を
思い出した。
﹂
たぶん、というより間違いなくって、私が映ってる
﹁その金髪の女だが、⋮⋮こいつか
﹁白黒写真
かないよ﹂
?
いか
﹂
﹁││親友だと⋮⋮
﹂
全に鈴と同一人物の、悪友にして親友が。 それ、この人なんじゃな
﹁あ∼、そういえば鈴が転校してくる前に言っていたか、趣味以外は完
かも、見る限りこれはマスケット銃じゃないか、古いにも程がある﹂
﹁しかし、この迷彩服、それに携帯している銃も見たことがない。 し
﹁﹃Fanatic Force﹄
すさまじい部隊名ですわね﹂
﹁これは⋮⋮似ているとかそういう次元じゃないね。 僕見分けがつ
集まった。
興味をそそられたのか、部屋にいた全員が、鈴の寝るベッド周りに
分と瓜二つの容姿を持つ人物に驚愕する。
ラウラの差し出した写真を見て確認するが、言い終わるより先に自
!?
?
叫びそうな喉を黙らせ、事態を改めて見直してみる。
潤はこの病室にいる専用機持ちを助ける為に怪我をおして出撃し
た、そして精神の呪縛を逃れる為に、とんでもない選択をした。
全てを終わらせラウラの目の前で顔をくしゃっと歪ませて、目には
涙を湛え、獣の様な咆哮をあげてむせび泣く潤を思い出す。
││夢は、お兄ちゃんが精神の呪縛を振り払った光景か⋮⋮。
PTSD、確かに自殺したくもなる。
潤のみに降りかかった不幸に、そっと祈りをささげていると、扉が
開いて真耶が姿を現した。
私には、荷が重くて﹂
﹁ボ ー デ ヴ ィ ッ ヒ さ ん ⋮⋮ 小 栗 く ん が 目 を 覚 ま し た ん で す け ど。 ⋮⋮その、一緒に来てくれませんか
?
350
?
ラウラを眩暈の様な感覚が襲う。
!?
?
﹁分かりました。 それよりお兄ちゃんは一人で
﹁⋮⋮⋮⋮何があったんですか
﹂
﹂
人でも大丈夫そうですけど。 ⋮⋮織斑先生が一緒です﹂
﹁いえ、流石にあの状態で一人にするのは⋮⋮。 いえ、逆の意味で一
?
まった。
﹁﹁﹁﹁﹁自殺
﹂﹂﹂﹂﹂
に遅く、部屋にいた専用機持ち達は驚愕の表情を浮かべた。
ラウラが凍てつくような鬼気迫る形相で真耶の口を押えるも、時既
﹁小栗くんが、自殺、ング
﹂
天然ボケとドジな部分から、ついついとんでもないことを口走ってし
うら若き二十歳中頃の彼女にはとても辛い出来事の連続で、生来の
て押し黙っている。
目を覚ましたと思ったら、第一声に﹃死にそびれたか﹄とだけ言っ
騒ぎ。
専用機持ち全員がダウン、そして潤が復活したと思ったら今度は自殺
トラウマとなったUTモードの出現、怪我人である潤の出撃要請、
そう、彼女は憔悴しきっていた。
憔悴しきった様子の真耶を不思議に思って一夏が問いかける。
?
先を争うように隣室の個室へ向かおうとする一夏の前に、ラウラは
﹂
一歩も引かぬと言わんばかりに立ちふさがった。
﹁どけよ、ラウラ
﹁鬱病の患者に﹃頑張れ ﹄が厳禁の様に、言ってはいけない禁句があ
﹁早くしてくれ﹂
だ。 注意点が幾つかあるから聞いて行け﹂
箒も知っているだろう。 帰りの私や教官の混乱は、そういうこと
﹁ただ止める訳じゃない。 それと自殺未遂だ。 死んでいないのは
!
そう笑って、隣室へと急ぐ一夏を見送ろうとしたが、一緒になって
﹁││そうか、ありがとう。 今は、ただ傍にいてやることにするよ﹂
るかもしれん。 今、グダグダ喋るな﹂
!
351
!
ラウラと真耶の懺悔は、その後の喧騒に掻き消えた。
﹁っち、遅かったか⋮⋮﹂
!?
通ろうとした鈴が居たので全力で押しとめた。
殺した親友と、瓜二つの人間が接触なんてしたら錯乱するにきまっ
ている。
別の理由はあるものの、同じ様にシャルロットとセシリアも静止し
た。
﹁説明はまだ終わってないから、今からする。 全員落ち着け、今度は
自殺の動機の予測だ﹂
いきり立つ一夏を宥めて、知人の行動に動揺を隠せない一同を嗜め
る。
ラウラが考える理由はUTモードの夢に起因する、等を少しずつな
ぞっていった。
呪縛に囚われたメンバーの内、箒以外全員が同じ物を見た以上、そ
の光景は精神の呪縛に関係すると考えて間違いない。
夢の内容が動機と考えて場合、鈴との接触は絶対に避けねばならな
い。
次点で金髪の二人、少々気を使い過ぎという感じもするが、僅かな
刺激でも今の潤には劇薬になりかねない。
﹁二度と会えない親友⋮⋮﹂
﹁死別した恋人⋮⋮﹂
﹁わたくし達を救う為に、殺めてしまった⋮⋮。 間違いであってほ
しいですわね﹂
﹁そして、その小栗くん相手に、私は﹃よくやりましたね﹄、
﹃おめでと
うございます﹄と褒めたわけですか。 そうですか⋮⋮、全部本当な
ら引き金を引いたのは私じゃないですかぁ⋮⋮﹂
動機を聞いて一夏は箒を伴って部屋を出て、部屋に居残ったシャル
ロットとセシリア、鈴と真耶は心に刻むように反芻した。
とりわけ地獄の底に向かって背を押した真耶は、今にも泣きだしそ
うな表情だった。
﹁⋮⋮ちょっと風に当たってきますね﹂
﹁そうした方がいい。 患者と触れ合う人まで塞ぎ込んだら尚更悪化
する。 お前ら三人は最低でも相手から接触があるまでお兄ちゃん
352
にかまけるな﹂
﹁わかったよ、ラウラ。 それが一番潤の為になるなら、それで﹂
﹁わかりましたわ﹂
﹁⋮⋮そういうことだ、鈴﹂
遣る瀬無さそうに俯く鈴の肩を叩き、ラウラも潤の部屋に移動す
る。
部屋には、シーツにくるまって膝を抱え、虚ろな表情で三角座りを
した潤と、どうしたものか悩む一夏と千冬、箒の姿があった。
353
6│9 真実を知る者
待機状態のヒュペリオンを取り上げられているのか、据え置き型の
小型時計を見つめている潤の、そのすぐ傍に座る。
トーナメント直後を思い出したが、あの時とは色々違っている。
壊れそうだったのはラウラだったが、今壊れかけているのは潤で、
許されれば救われるラウラと違いどうしようもない。
隣に座って気付いたことがある││潤が小声で六十まで数えて一
に戻るといった作業を、正確に一秒ごとに刻むことを繰り返してい
る。
﹁⋮⋮潤﹂
ともすれば消え入りそうな声を、内心励ますようにしてラウラが、
兄という愛称ではなく名前で呼んだ。
時計だけを見ていた潤は、そこにいない何かを見つめる様に、無表
354
情のままゆっくり自分に向けられる。
焦点のあってない視線と、無表情が組み合わさるとここまで不気味
﹂
に思えるのか、ラウラの肩が震えた。
﹁怪我はもういいのか
そのまま病室には、秒針を刻む音と、今の秒数を数える音が静かに
まさか受け答えできないほどとは⋮⋮。
り取りで、見た通り重症だった事に戦慄する。
そして、また正確に秒数を刻むように小声で読み上げるが、今のや
を合わさないまま虚空を見つめ││再び視線を時計に戻した。
潤は凍りついたように無表情のまま押し黙り、虚脱したように焦点
わった。
肯定も否定もせず、別の話題を持ちかけるなどするのが正解だと教
する話題は全面的に避けるべきである。
もし精神病を患っている相手と話す機会が合ったら、その方面に関
しかし、後ずさりそうになる心に喝を入れて潤の傍に居座る。
これ程怖いことを、ラウラは初めて知った。
殺すと言って銃口を向けてくる相手より、無表情でもわかる憎悪が
?
流れていた。
﹁⋮⋮潤﹂
意外な事に、最初に話しかけたのは一夏だった。
その表情は、どちらかというと、ラウラと同じく怖がっている風で
いて、腰も引けているようにも感じた。
俺はどうすれば、いいんだ
﹂
﹁お前言ったよな、誰かを頼れ、って。 言ってくれよ、俺はどうした
らいい
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
無言││拒絶。
﹁それはなんだ
﹂
そのまま床に倒れそうになる潤を、ラウラが受け止めた。
た。
その写真を見た潤が、血相を変えて飛びかかるようにして奪い取っ
ラウラがポケットから写真を取り出して考える。
⋮⋮﹂
﹁あ、ああ⋮⋮。 いや、このタイミングで返していいものかどうか
くれないか﹂
﹁分かったよ、千冬姉⋮⋮。 そうだ、ラウラ、潤に写真返してあげて
﹁一夏、それ以上、言ってやるな。 今はそっとしておいてやれ﹂
向けた。
否定と取った無言に、言えないかとだけ呟いてラウラの方へ視線を
える、それ以外には何も無い。
一夏が放った言葉に、何も反応せずに時計だけを見つめて秒数を数
?
﹁潤、一人でしか出来ないことがあるって事は知っている。 だけど、
今度は静かな涙だった。
潤はもう一度泣いた。
閉じる。
そっと、大事そうに写真を抱えると、思い出を振り返るように瞳を
た一夏は黙っていた。
千冬が写真を見て訝しげに声をかけるが、説明は後にしようと決め
﹁間違いない⋮⋮﹂
?
355
?
死に逃げるのは間違っていると思うんだ。 もし、疲れたんなら手を
貸してやるから、黙ってないで俺を頼ってくれ﹂
写真を眺めながら、潤はゆっくりベッドの中に戻った。
その手に、大事なものを抱えながら。
﹁じゃあな、潤﹂
視線を逸らすことなく、今度は写真だけをじっと見つめる潤。
何を考えているのか、何を思っているのか、無表情のまま涙を流し
て写真を見続けている。
悲しいと言うよりは虚無で、寂しいと言うよりは空白で、忘れたと
言うより欠如。
無表情で泣く人間、もしテレビで出てくれば笑えるだろうが、この
状況下でそんな事をされれば言葉も失う。
ラウラはあまりの居たたまれなさに一旦外に出て、自分の不甲斐な
さに強く唇を噛んだ。
どれ程苦渋に塗れる訓練であっても、以前ゴミ同然の目で見られた
時であっても、これほどの無力を感じたことは無い。
﹁居辛い、いや、情けないなんてもんじゃないな﹂
﹁初めて貴様と意見が一致するな。 私も同感だ﹂
治そうと患者に付き添う側が滅入ってしまっては、本末転倒に過ぎ
る。
一夏はベッドの上で、心が折れた友人の事を考える。
潤は間違っている。
好きな人が死ねば辛いだろうし、友達と未来永劫会えなくなるのは
辛いだろう。
そして友人を守るために、もう二度と会えない大切な二人を殺した
のは、それがどれ程壮絶な決断だったのかは承知している。
だけど、どんな理由であれ、その現実から逃げて自分を殺めること
などあってはならない。
しかし、どうすればそれを正せるのかが分からなかった。
正すだけではなく、道を示さねばならないと潤は言った。
ならば、死を直視するのでなく、友人として死別した恋人から目を
356
そらさせるようにするのがいいのだろうか。
いや、今無暗にその話題に触れれば錯乱しかねない。
恥じ入ることはない、誰かを頼れと潤は言った。
潤は何も言わずに拒絶した。
考えれば当然だった。
今回潤が出撃した理由の大半は、自分勝手に再出撃して、愚かにも
UTモードに移行した福音に飲み込まれた自分たちが原因なのだか
ら。
自分たちの尻拭いをしてもらい、自殺企図まで追い込んで、その大
本の原因側に頼れと言う。
改めて考えてみれば拒絶されて当然だった。
どうすればいいのか、思考が頭の中を巡る。
守りたいと思っても、どうやって守ったらいいのか分からない。
今は、その意志さえ何の役にも立たず、そんな物があった程度では
どうしようも無かった、こんな事になる前に制止できなかった。
結局、こんな事態になるまで、自分は何も出来なかったのだ。
だから、一夏は潤に何もできなかった。
││すまなかった
その一言を幾度となく言おうとして、今度はそれが引き金になりか
ねない事を思えば言う事が出来ずに黙り込む。
担任として、一人の大人として、無力な自分が憎たらしい、何もし
てやれなかった自分が歯痒い。
何故か知らないが、潤は頼りがいがあると言おうか、頼ってしまっ
ても大丈夫だと認識していた。
思えばUTの視認前後で様子が違うことなど丸分かりだったのに、
知らずとはいえ特大の地雷に放り投げた事を恥じる。
自分は馬鹿だろう。
自分は間抜けだろう。
何も知らないまま、ただ頼りになると言うだけで潤に時間稼ぎを任
せてしまった判断を呪うが、どうしたらいいのか分からない。
357
IS学園には馬鹿が多いと千冬は以前言ったが、入学してくる生徒
たちは才女ばかりなので将来を見据えている者が多く、手間がかかる
者が少なかった。
そして、今までそういう人間ばかり相手にしてきた教師たちは、最
初男子を教えることに不安を抱くものが多かった。
対した事ではないが、女子と比べれば未熟な男子と接するのが不慣
れだったからで、色々言われている中で入学した二人は、二人共素直
なしっかり者で教師たちを安心させたものだ。
それがこうなった途端、どう声をかけたらいいのか分からなくなっ
てしまった。
弟は反抗期を迎えることもなく、何かのショックで塞ぎ込んで手を
煩わせる事もなく、半ば放任ともいえる教育方針をしていたので、な
んと言えばいいのかわからない。
││自分は何をしているのだろう。
まずは知らねばならない。
潤が何故こうなったのかを、UTモードの束の関係性を、その全て
を知った時には頭を下げよう。
だから、││今は傷心の潤の傍にいる事しかできない。
その事実に、千冬は恥じた。
外はもう夜となっており、月が明るく照らし、燦然と煌めく星がよ
く見える崖の上にて束博士は星を真剣に見つめていた。
空に煌めく星々を見ると、どうしてそれが欲しいと思ってしまう、
もっと近くで見たいと思ってしまう。
もしも、自分の背後に地球を置いて、視界全てが星空だったらどれ
ほど素敵だろうか。
ISが軍事利用や研究目的の為に使われ、空への旅路は一時的に途
絶えているものの、何れ人は空への希求や憧れを持って、再び空に挑
むだろう。
束博士は知っている。
それを実現した組織が存在し、実際に宇宙空間に生活する場を整え
358
た人がいたことを。
尤も、地球に居られない理由が出来てしまったから宇宙に逃げざる
を得なかった、そんな歴史を作った連中など、決してリスペクトに値
する事はないが。
﹂
﹁紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めても四十%ちょっと。 ⋮⋮まぁ、
こんな所かな
空中投影のディスプレイに浮かび上がる対福音戦で取れた紅椿の
データを眺めながら、束博士は無邪気に微笑む。
新しい玩具を買ってもらった子供の様に微笑みながら、今度は別の
ディスプレイを開く。
そこには白式のセカンド・シフト後の戦闘映像が映されていた。
﹁それにしても、白式には驚かされてばかりだなぁ⋮⋮。 まさか操
縦者の生体再生まで可能だなんて。まるで││﹂
﹁﹃白騎士﹄のよう、だな。 初の実戦投入機、お前が心血を注いだ一
番目の機体に﹂
崖から少し離れた場所に生息する木々、そこからタイミングを計っ
たかのように千冬が現れた。
流石に元白騎士にパイロットだった千冬は、白式のコアの秘密に気
付いていたようだった。
﹁やあ、ちーちゃん﹂
﹁おう﹂
挨拶をしながらも、二人も顔を合わせない。
﹂
顔を合わせずとも互いの事は、その口調だけでなんとなく分かって
しまえる、その位の信頼関係が二人の間にはあった。
﹂
﹁そんなちーちゃん問題です、白騎士はどこに行ったのでしょう
﹁白式を﹃しろしき﹄と読めば、それが答えなんだろ
?
た。
晴らしさを、世界に見せつけるために壮大なマッチポンプをしでかし
嘗て、束と千冬は発表当初はさほど注目されていなかったISの素
けはあるね﹂
﹁ぴんぽーん。 流石はちーちゃん。 白騎士を乗りこなしていただ
?
359
?
世界中の軍事コンピュータにハッキングしてミサイルを千発単位
で日本に降り注がせ、白騎士を装着した千冬が全て撃墜。
その後白騎士を捕縛しようとした戦闘機や空母を尽く死者を出さ
ない形で撃墜するという究極のデモンストレーション、後に白騎士事
件と呼ばれる事件はそういう経緯で行われた。
ISのオーバーテクノロジー技術は、その事件を境に価値を大きく
向上させ、現在の女尊男卑の風潮を作るまでに至る。
その事件の中核を担ったIS﹃白騎士﹄はコアを除いて解体され、各
国の第一世代IS開発に貢献した。
そして、そのコアはとある研究所襲撃を境に行方不明となり、紆余
曲折を経て現在﹃白式﹄に組み込まれた。
﹁⋮⋮そうだな、世間話ついでに、私から一つ例え話をしてやろう﹂
﹁へぇ、ちーちゃんからなんて珍しい﹂
﹁とある天才が、とある男子生徒の高校受験場所を意図的に間違わせ、
正直それは分からなくても問題ない。
﹂
事実として、そのとある男子生徒がISを動かしている事実が重要
なのであって、理由はどうだっていいのである。
分からない物を、分からないまま実装しなければならない、そんな
事を束はここ数ヶ月続けていたのだから。
多いね﹂
﹁⋮⋮まあいい。 次の例え話だ﹂
﹁ありゃ、まだあるの
﹂
360
そこで使用されるISを、その時のみ動かせるようにする。 そうす
ると、男が使える筈のないISがその男子だけ使える、と言うことに
なるな﹂
﹁でもそれじゃその時以外、動かせないよね﹂
とある天才
﹁そうだな。 お前は同じ物にそこまでの長い時間手を加えたりはし
ないからな﹂
﹁飽きちゃうからね﹂
﹁⋮⋮それで、どうなんだ
?
﹁さあー、正直天才の束さんでも分からないんだよねー﹂
?
﹁私と沢山話せて嬉しいだろう
?
?
﹁そりゃもちのロンだよ﹂
束はそう言って、向き合うこともせずに黙って千冬の声に耳を傾け
る。
実際博士にはこの時点で何が言いたいのか分かっているのだから。
﹁とある天才が、大好きな妹を、白騎士の如く鮮烈にデビューさせたい
と考える。 そこで用意するのはISの暴走事件、鎮圧に際に妹に新
型の高性能機を与えて作戦に従事させる。 晴れて妹は専用機持ち
として知られるわけだ﹂
﹁それはまた、凄い天才がいたものだね﹂
﹁ああ、かつて世界中の軍事コンピュータにハッキングした程の天才
だ。 その位どうってことは無かろう﹂
束博士の考えていた通り、やはり千冬は知っている。
それをどうしようもないと知りつつも、真面目に問い質しに来た事
に、昔と変わらない千冬を思って笑みが出た。
い。
﹂
もしも、その考察が事実なら││今回ばかりは断罪せねばならな
い。
個室に入った時、虚ろな瞳で時計に噛り付き、秒数を延々数え続け
る生徒を見て、今度は無表情のまま静かに涙する壊れかけの姿を見
て、今回ばかりは自分も束も許せそうになかった。
答えろ
﹂
んも。 もう少しドライな人間だと思ってたのに﹂
361
その小さな笑い声をどう受け取ったのかは知らないが、千冬は改め
て次の質問に移ろうとした。
﹂
いったい⋮⋮、一体何が目的だ
その前に精神を高めていく。
﹁UTを嗾けたのはお前だな
﹁質問の意図が良く分からないよ、ちーちゃん
鬼気迫る質問だった。
!?
あのタイミングでUTモードを発動できるのは束くらいしかいな
?
?
﹁お前は奴が自殺しようとする所まで知っていて、今回の事を仕出か
したのか
!
﹁しいて答えるのなら自殺をはかったのは予想外だと考えるよ、束さ
!?
飄々としているいつも通りの友人にイライラが積もる。
潤は今もまだ苦しんでいるというのに││、だが、これで一つはっ
きりしたことが出来た。
目の前の友人は、今回潤に対して何が起こったのかを知っていると
お前は何を知っている﹂
いう事を、そして、束を誅するには千冬はあまりに無知すぎる事も。
﹁小栗の﹃真実﹄とやらはなんだ
ちーちゃん﹂
﹂
ん お 手 製 の プ ロ グ ラ ム だ よ。 し か も 感 情 付 き。 も っ と も 刺 激 が
ミュレーション││じゅんじゅんの過去を知覚的に体験出来る束さ
﹁ISに用いることの出来る新システム。 バーチャル・リアル・シ
﹁⋮⋮これは
固まる千冬に、CDが投げつけられた。
が透けて見えたのだから。
その顔に、その雰囲気に、紛れもないUTモードが振りまく﹃恐怖﹄
を悟る。
向いた束の顔を見て、既に親友が少し遠いところに行ってしまったの
それでも、今の彼女が何を考えているのかさっぱり分からず、振り
考。
親友と思っていた彼女、天才だとしてもある程度読めた彼女の思
黙って千冬が受け止める。
何 か に 囚 わ れ て い る よ う に、一 心 不 乱 に 話 し 続 け る 束 の 言 葉 を、
ない可能性と、人類がいずれ辿り着くであろう全てを﹂
束さんでも全く解析できないオーバーテクノロジーと、科学に頼ら
﹁教えて差し上げましょう、他ならぬ束さんが、親友のちーちゃんに。
知らねばならないと思う﹂
﹁⋮⋮ああ。 むしろ、今後似たような事をおこさないためにも、私は
﹁知りたいの
その友人の凶行に思わず眉をひそめる千冬。
い両肩を抱いて笑う。
肩を震わせて、まるでそうしないと壊れてしまうかの様に力いっぱ
それを聞いて、束は勢いよく笑い出した。
?
強すぎるからセーフティが掛けてあるけどね﹂
362
?
?
﹁││││﹂
﹁私はね、じゅんじゅんにこの世界に居て欲しいだけなんだ。 だか
ら、過去にけじめを付ける手助けをしただけだよ。 迎えが来たら引
き留める間もなくさよならじゃあ、せっかく彼に専用機を与えた意味
がなくなるじゃない。 けじめを付けるだけで自殺しようとした理
由は、その中に入っている﹂
束の言葉にうすら寒い物を感じながら、千冬はCDを拾い上げた。
発言どおりなら、潤にけじめを付けさせるためだけに、あれ程のこ
とをしでかしたのだ。
親友は、狂ってしまったのだろうか。
潤の可能性に飲まれて。
そして、その全ては││親友の言葉を信じるのならば、人の記憶を
体験できるといったそこらの科学者に見せれば腰を抜かして仰天す
る代物に││秘められている。
363
けじめを付けさせる、束は潤の記憶を読み取ってそういう行動に出
たのだろう。
生徒をあそこまで追い込んだことは許せないが、知らないとはいえ
そういう舞台を整えてしまった自分も千冬は許せない。
今後、そういう事を防ぐための手札は、千冬の手に渡った。
﹂
﹁じゃあね、ちーちゃん。 久しぶりに二人だけで話せてよかったよ﹂
﹁待て、束
問題のCDだけをその場に残して。
に、束はその場から忽然と姿を消していた。
呼びとめようとするも、千冬がその姿を確かめようと顔を上げる前
CDを拾い上げたタイミングで、別れの言葉を紡ぐ束。
!
幕間 一夏︵ひとなつ︶の思い出
1│1 夏の思い出・精神病院にて
千冬に付き添われ宿泊施設から出る。
自殺企図により医療機関へ搬送された患者は、その後も自殺の危険
性が高いため、再度の自殺企図を防ぐことが重要である。
そのことから、暫くの間は入院してカウンセリング措置が取られ
る、と写真から目を離さない潤に千冬は説明した。
入院と言っても、その原因は国際的に考えて機密情報であり、そし
て潤の身柄もまた国際的に重要であることから、一般患者の様に普通
の治療の為に通院していますと見繕うしかない。
それでも一週間は病院に缶詰になるのだろうが。
医者は千冬の推薦で、最も信頼の厚い六十過ぎの老人が相手になる
ことになったらしい。
そんな事を千冬は、何時もの数倍優しげな声色で説明したが、助手
席に腰を掛けて写真を見つめる潤には馬耳東風もかくやと聞き流し
た。
何故この世界にこれがあるのか、ティアが死んだ後に焼き捨てた
が、これは一体誰の物なのか。
ラウラは潤が捨てたと言っていたが、これは潤の物ではない。
いや、誰のだって今の潤には関係なく、ただ大事なのは写真のメン
バーを一人ずつ見ながら、その思い出に浸る事だけだった。
﹁先生、くれぐれも⋮⋮﹂
﹁分かっていますよ。 私も医者の端くれです。 患者の情報はどん
な事があろうと漏らしません﹂
馬鹿馬鹿しい。
感情を、それよりも遙か根本に値する﹃魂﹄を意図的に操作できる、
魂魄の能力者をカウンセリングで治せるものか。
何年この現場にいるか知らないが、魂まで知識を掘り下げた人間相
手では不足というものだろうに。
364
医師に誘導され、背後と正面、合わせて五人に囲まれて隔離病室に
案内された。
グレーの壁、天井に小さな照明のある部屋、明らかに一般的な患者
が泊まる部屋ではなく、精神病患者を隔離する場所である。
この境遇が、あまりに懐かしく、皮肉にも自分に対して笑ってし
まった。
朝になった。
二人を殺したのは自分の意志なのだから、立ち上がらなくては、今
日からでも遅くない。
感情操作して、何事もなかったと表情を取り繕って、今日から立ち
直ろう。
自分が原因で事が起こり、自分の決意で剣を取って、自分の意志で
ケリを付けた、⋮⋮それなのに、他の誰かの手を煩わせるのはおかし
365
い。
何とかしなければと思うものの、どうしても気力なんて起こらな
い。
││やっぱり今日も休もう。 少し疲れているんだ。
再び写真に目を落として、両隣からうめき声や、悲鳴や、怒声が聞
こえてくる個室に籠る。
出してくれ、水をくれ、男女の声が絶え間なく聞こえ、とぎれとぎ
れに看護師らしき人間の声も聞こえてきた。
ないよ﹂
﹁そんなに騒いでいたら、ここから出られないよ∼﹂
﹁飲み物
もうこの部屋に籠って、二度目の朝を感じる。
今は、一人静かにしている方が余程嬉しい。
た。
るのかとも思ったが、狂っているのは間違いないので居座ることにし
こんな場所を懐かしいやら居心地がいいやら感じるのは狂ってい
居心地が良すぎて写真を見つめる視線が全くぶれない。
?
時間の感覚がなく、どれくらい経過したのかはっきりしないが、再
び五人に周囲を固められ、車椅子に乗せられたまま少し離れた別の病
棟に搬送された。
一日中静かに過ごしていた状況から危険度を下げられたらしく、今
度は悲鳴や呻き声のBGMが聞こえない。
静かすぎて不安になるが、写真のティアを見れば何処だって落ち着
く。
昼になって例の医者からいくつか話をした。
どうやらアメリカ・イスラエル側との擦り寄りが出来ているのか、
この老人には福音戦の事が詳細に話されているらしく具体的なカウ
ンセリングが始まった。
自殺未遂患者の多くは精神医学的な問題を抱えており、自殺企図の
予防を含めた心のケアを実施する必要がある。
医療機関では自殺企図者に対して、身体的・精神科的な治療を並行
366
して行い、また精神科医など専門医とも連携をとる体制作りが求めら
れる。
つまりこの老人は双方の知識のある人らしく色々話をした。
ストレス、動機、喪失体験、自殺念慮などを話すが、存在しない記
憶をボロが出ないように脚色して話すだけなので何の役にも立たな
い。
恋人とUT関係の部分も話したが、このジジイは経験深いのか眉一
つ動かさない。
初めて相手がその道のプロだと思い知った。
﹂
夜になって再び主治医らしき老人と話をした。
﹁もう死にたいと思っていませんか
救急医療の従事者は自殺未遂患者のそれぞれの危険因子や、それを
自殺には、その動機となる様々な危険因子が存在する。
もう少しだけ、休息を﹂
問題は解決する。 ただ、今は少し疲れているんだ。 ││だから、
りしている。 自殺は感情の爆発から来ているもので時間がたてば
﹁無い。 危険因子の直視は出来ているし、防御因子の考えもはっき
?
精神的に防ぐ防御因子を把握し、危険因子を減らし、防御因子を高め
ることで、自殺企図の再発危険性を減らそうとする。
その後、取りとめのない世間話をしてカウンセリングが終了した。
朝になると手元にあった写真がなくなっていた。
何でも依存している可能性があるとかなんとかで、一度離してみま
しょう、との事らしい。
昨夜のカウンセリングで、取り上げても大丈夫と判断したのだろ
う。
代わりに時計を下さいと頼み込み、再び六十数える作業を行う。
半日もしないで写真が戻ってきた。
潤の手元から写真を一時的に取り上げられた日、担任の千冬は主治
医の老人から呼び出された。
隔離室には手元に戻された写真を見て、一切動かない潤が監視カメ
ラに映されている。
主治医の老人は頭を抱えて説明する。
曰く││手遅れ。
どうしてここまで放っておいたのか理解できないと、自分が作った
調書に唾まで飛ばして叫んだ。
誰が見ても変な今の状態、
﹃同じ写真を一日中見続ける﹄、
﹃秒数だけ
数えて半日過ごす﹄、これらを全く変だと思っていない。
殆ど話をせず、表情は消え、病的な行いを正常な活動として、自然
体として受け止めている。
日常的な受け答えは出来、それこそ言葉の意味はわかるけれど、感
情や、心といった人間らしさが消滅してしまっている
例えば、昨今のニュースの話題をふったが、その中で数万人死ぬ事
件の話をしたが、情というものが無いために、養豚所の豚が死んだ程
度しか感じていない。
まるで高性能なコンピューターを相手にしているようで、それでい
て人間社会に溶け込めるように調整されている。
こんな壊れた患者初めて対応したと医師は告げた。
367
何を思って過去の道を歩んできたかは知らないが、元々情緒豊か
で、感受性が鋭く、だからこそその後に歩んだ道が、まるで呪いの様
になって喜怒哀楽の心を殺してしまったのだろう。
許容できる限界の感情の津波、恐らくは﹃恐怖﹄、
﹃悲哀﹄、
﹃絶望﹄の
津波に襲われ、心を押し殺すことによって自分を守ろうとした。
感情を殺せば、何も感じなくてすむからという自己保存本能として
解離。
人の心の温かさを失う代わりに、落ち込むということもない。
時間の感覚もない。
気分転換というものを欲することも、気分がないから転換しようが
ない。
心の動きがない。
﹁こんな状態では人は生きていけない﹂
と自らの考えを老人は吐露した。
368
﹁⋮⋮状況は分かりました。 それで小栗の今後は﹂
﹁治しようがありません。 よって、表面上元に戻るのを待って、綱渡
り生活をするのを見守るしかないでしょう⋮⋮﹂
﹁綱渡り││。 ⋮⋮しかし、小栗の生活を鑑みるに、十五歳にしては
感情に乏しさはありましたが、至って普通だったと思いますが﹂
﹂
﹁ええ、そういう風に、貴女でも騙せるほど巧妙な仮面を作っています
から﹂
﹁仮面
だが、平和な平成世界で育った潤には、殺伐とした裏社会で過ごすに
それを見てリリムが﹃感情を表に出せなくなった人形﹄と評したの
潤。
あらゆる感情を操作して、目標を達成するマシーンとなっていた
老人の推察は流石と言わざるを得ない。
るをえない手腕に老人は戦慄する。
喜怒哀楽を自由に移し替えることのできる人形、その奇跡と思わざ
れた性格を作成した性格、それを便宜上仮面と呼称しました﹂
﹁本心を心理的障壁で押し隠した上で、生活に不自由ない用に調節さ
?
はこの方が楽だと思わせるに充分だった。
そのせいで、私生活では滅多に笑わず、戦闘中に必要な怒りが残っ
ていたために、常に怖いとの印象を振りまいているのだが。
﹁いえ、それは妙です。 小栗が感情的になる時が、少なからずありま
した﹂
﹁⋮⋮⋮⋮確かに、仮面の下が見え隠れするのは認められます。 し
﹂
かし、それが自殺の最大の原因なのですよ﹂
﹁と、いいますと
﹂
﹁確 か に 性 急 に 出 来 る の は 何 も あ り ま せ ん。 結 局 最 初 の 堂 々 巡 り
﹁││││⋮⋮打つ手なし、ですか﹂
に何かあれば、自分を殺めてしまいます﹂
﹁依存対象があれば崩壊は食い止められますが、今回の様にその対象
戦ったり、それら行動は類似性がある。
となった簪と、UTに取り込まれたラウラを助ける為に重体のまま
他にも一夏に手助けするために保身の手札を捨てたり、パートナー
る。
に二人を殺めたのが自分だった様に思い込んで自分を殺めてしまえ
その二人を、ただの幻覚だったと、そう自覚して殺めたのに、本当
親友が夢に出てきて、それに抵抗した程度で嘔吐して泣き出す。
然の表情で話せる。
その異常行動を、まるで今日は何時になく暑いな、程度の世間話同
と言って毛布を掛けたりしている。
嘗ての恋人が死別した際に、その墓に対して、今日は特別寒いから
るようです﹂
君自身自覚がないようですが、その依存対象に接触すると感情が現れ
﹁そうですね。 依存と言っていいかもしれません。 どうやら小栗
﹁⋮⋮依存
ボーデヴィッヒさんや更識簪さんの時の様に﹂
軽度ならば、凰鈴音さんか貴女の弟さん、やや重たくなるとラウラ・
﹁小栗君は、自分が守りたいと思った対象に強烈な反応を示します。
?
で、表面上元に戻るのを待って、綱渡り生活をするのを見守るしかな
369
?
いのです﹂
既に手遅れとなった患者を治すことは出来ない。
医学には医学の限界があるという事、それを今回思い知っただけに
過ぎない。
二人しかいない個室に、溜息のハーモニーだけが音となった。
﹁それで、小栗の回復の為には、どうすれば﹂
﹁一 人 で い て も 回 復 は 見 込 め ま せ ん。 彼 は 静 か に 休 ん で い れ ば と
言っていますが、それは表面上治ったように周囲に見せかける仮面を
かぶる時間が必要というだけです。 彼の私生活の話を分析するに、
布仏本音さん達など、普通の日常をそのまま過ごさせればいいかと﹂
﹁それでは、何時再び自傷行為に走るか⋮⋮﹂
﹁私は最初に言ったはずですよ、
﹃手遅れ﹄とね。 十年単位で先進的
な治療が出来ないのであらば、一月だろうが明日だろうが大差はあり
ません﹂
﹁⋮⋮わかりました。 せめて、夏休みまでは、此処にお願いします﹂
﹁あっ、そうだ﹂
席を立った千冬を老人が呼び止める。
部屋を出る寸前で、千冬は立ち止まった。
﹁リリムさんと性格の似通った更識楯無さん、容姿が瓜二つの凰鈴音
さん、この二人への接触は、彼自身が接触するまでの間は何としてで
も避けて下さい﹂
﹁分かりました﹂
お大事にと言って送り出したり、もしくは患者に親しい誰かに説明
を終えたりしてしまえば、基本的に医者と患者は、全く関係ない間柄
になる。
過度な繋がりは、医者の目を曇らせ、時には失わなくていい命を失
わせてしまう。
だから、何時だって患者は患者の範囲を出ることはないが、それで
も、ああいう手遅れの患者に、匙を投げる事を説明するのは何時だっ
て心が詰まる。
すっかり夜になった駐車場、その一角で千冬がため息をつく。
370
老人に見送られ、車内のダッシュボックスから例のCDを取り出す
と、それを眺めて一考する。
喋りたくない過去を勝手に模索するのはどうかと悩んでいたが、医
者の話を聞いて、残る手段がこれしか残されていないことに気付い
た。
尤も知ったからと言って何が出来るのかというと、何も出来ない可
能性の方が高い。
しかし、もう二度とこんな事があってはならない。
帰ったら全てを知ろう、手遅れが更に酷くなる前に。
│││
途中耐え切れず、システムを中断。
夕食をあらかた吐き戻し、酒に逃げた。
371
│││
コンビニで揃えた酒の肴になりそうなものを口いっぱいになるま
で詰め込み、ビールで一気に胃袋に押し流す。
行儀が悪いからと言って、誰でも毛嫌いしそうなくちゃくちゃ音す
らお構いなしに淡々と食い、淡々と飲む。
嘗ての伝手から頂いたドイツ産の黒ビールをジョッキに注ぐ。
美味い筈なのだが、美味しいとは思えない。
黒ビールの立ち上る気泡を見て、あの光景を思い出してしまった。
今度は一気にビールだけを胃に収める。
﹂
﹂
﹁織斑先生、明日の事なんですが││、うわぁ、随分飲んでいますね﹂
﹁あぁん
﹁ひいっ││
行く先はいきなり暗礁に乗り上げた。
たので、摺合せの為に寮長室にお邪魔した真耶だったが、その仕事の
そろそろ一学期が終了するとあって事務的な仕事が多くなってき
!?
!?
何故かISスーツで胡坐をかいてジョッキを片手に、珍しくコンビ
ニの惣菜を貪っている姿からは普段の凛とした何時もの面影はない。
そして、それよりも肌で実感できるのは部屋の雰囲気と千冬の機嫌
だった。
一言で言えば、重すぎる。
確かに、千冬はUTシステム関連でアメリカ側との会談を行い、精
神病院の紹介と入院の手続きを行うなど問題を山ほど抱えている。
しかし、UTの件はアメリカ・イスラエル側からの箝口令が出た程
度で済んでいるので、今後潤をどう扱うか、という一点以外に問題は
無く││最大の問題はそれなのだが││有事の際に指揮権を与えら
﹂
れている冷静沈着な千冬がここまで荒れる理由がない。
﹁なんかやつれていませんか
少しだけ真耶を睨むと更にビール瓶を開けて、空のジョッキを満た
していく。
何時もなら酒の入っている席では、少々付き合いやすくなるのに全
くその気がない。
それでも何かを話そうと、真耶に視線を合わせては外してという動
作を繰り返している。
目に何時もの覇気がなく、何時にもまして暗く、疲弊の跡が見て取
れる。
それは本当に千冬らしくなく、真耶にも衝撃であったし、何より良
何 や ら、込 み 入 っ て い る よ う で す が
くない事がありましたと言っているに等しい姿だった。
﹁今 日 は ど う し た ん で す か
⋮⋮﹂
﹁山田くん⋮⋮分かっているだろう。 小栗の件だ﹂
おおよそ理解できていたが、この状態の千冬を見れば改めて最悪の
状況を思い浮かべずにはいられない。
﹂
千冬の姿に若干引き気味だった真耶の表情が、その一言で引き締ま
る。
﹁容態は
372
?
?
﹁とりあえず安定はしている。 無気力状態ではあるが、今のまま学
?
園に戻しても騒動を起こさないだろう﹂
﹁そうですか。 パニック状態からは脱却したんですね﹂
﹁ああ﹂
﹁尤も、周囲の生徒達が騒ぐでしょうから、少なくとも授業に参加でき
るのは新学期からでしょうね⋮⋮﹂
﹁ああ﹂
﹂
﹁⋮⋮あの﹂
﹁なにか
﹂
お聞きしたと思うんですが、一体何があってこうなっているんです
﹁いい加減、教えてくれませんか。 精神科医のお医者さんから色々
?
酒の類をそれこそ水のように痛飲している千冬に問いかける。
その現実から逃げ出そうとしている様子に、流石の温厚な真耶も業
を煮やした。
千冬は何かから目を逸らすかのように、真耶からも目を逸らして口
火を切る。
その姿は、礼節にも厳しい千冬からはありえない光景で、それほど
までに言いにくい何かがあるのかと襟を正した。
﹂
﹁今回の件に対して、対策を練るためにだな⋮⋮、小栗の、その、過去
を洗ってみた﹂
﹁委員会主導で調査しても不明のままだったのでは
決を委ねようと思う﹂
﹁それは⋮⋮││﹂
﹂
!
聞きませんって
﹁言っておくが、私は絶対に公表しないし、誰にも喋らないぞ
にだ
﹁い、いい、言いません、違った。 聞きません
!
絶対
それを踏まえて││私は今回の件は、小栗自身とその周囲の生徒に解
││その、なんだ⋮⋮。 たぶん、予想だが、仮説は立てられる。 ﹁それが、束からのリークでな⋮⋮。 小栗がISを扱える理由も│
?
です﹂
それより、委ねるってどうしてですか。 私が聞きたいのはそっち
!
!
373
?
真耶の理由を尋ねる言葉を聞いて、再び千冬が溜め息を出す。
せっかくのビールだが苦味だけが後味悪く残って全く美味くない。
尚も言い淀み、酒に逃げ場所を求めて現実逃避を起こす。
﹁小栗くんの過去を蒸し返す気はありませんが、そんなになんですか
﹂
出来れば、ただのマッドサイエンティストが出てくるスプラッタ映
画のワンシーンと思い込みたい光景を思い出す。
今日に限って黒ビールなどを飲んでいる理由は、透明感ある普通の
ビールをグラスに注ぐと、あの液体を飲んでいる錯覚に陥ってしまい
そうだったからだ
﹁⋮⋮オフレコで頼む﹂
﹁誓って﹂
﹁⋮⋮あいつの感情はな││、与えられたもので、元来の人格から来た
﹂
ものでは無いんだ﹂
﹁││は
﹂
?
部そうなのか
﹂
⋮⋮そんなものはどちらでもいいか﹂
﹁小栗の身体は、生来の⋮⋮母親から与えられたものでは││いや、一
千冬の言葉で簡単に消し去ってしまった。
その僅かばかりの理解度の進捗も、溜まった物を吐き出そうとする
ちっとも追いつかない。
言葉の意味をかみ砕いて理解しようとする真耶だったが、理解が
そういう風に扱われていた﹂
﹁まさしくそうだよ、山田くん。 小栗はIS学園に保護されるまで
でも言いたいんですか
﹁ええっと、小栗くんの話ですよね。 小栗くんはロボットか何かと
使われている。
本来機械に対して使われている単語が、さも当然の様に人に対して
感情が無い状態でダウンロードして、感情をインストールした。
なった状態からダウンロードされたものだ﹂
﹁説明が足りなかったか⋮⋮。 あの、小栗の人格は⋮⋮その、無く
?
﹁⋮⋮あの、どういう意味でしょうか
?
?
374
?
何を言っているんです﹂
﹁一度剥奪されて、手術や薬物、もしくは新しい物を継ぎ足されたりし
た、強化された代物で、新たに組み立てられたようだ﹂
強化
﹁││⋮⋮待ってください。 ちょっと待ってください。 剥奪
手術
?
││意識を保ったまま、身体を、バラバラに
のを⋮⋮、ガラス越しに笑う白衣の男たちを﹂
﹁の、脳みそ
﹂
﹁私は見てしまったよ、小栗の目線で。 自分の脳みそが浮いている
か、戸惑っている様だった。
その千冬も先程から言葉と言葉を区切って言い淀んでいるという
受け止めがたい単語の羅列に一旦千冬の言葉を止める。
﹁言葉通り受け止めるんだ﹂
?
?
﹁││言っている事は分かるが、言い分が支離滅裂だ﹂
れるのを﹂
どう
の下には新しい皮膚が出来る様に、小栗くんが自分の心を見つけてく
﹁ならば、信じましょう。 いくら見かけは作りものだとしても、瘡蓋
い﹂
﹁当たり前だ。 私は、真実が何であれ小栗を機械の様に扱う気はな
﹁それでも、小栗くんは人間です﹂
ばと思い、思いついた事を口に出していった。
余りの事態に言葉が出ない真耶だったが、若さからか何かを言わね
真耶から見ればヤケ酒の様、それはいや確かにヤケ酒だった。
そう言って、千冬はグラスに残ったビールを飲み干した。
すれば⋮⋮どうすれば⋮⋮﹂
いた。 そんなあいつにどうやって声を掛ければいいんだ
て、ようやく正気に戻ったんだ。 それまでの期間、あいつは狂って
いた。 小栗は組み立てられた後、過去の自分自身をダウンロードし
﹁下を見て三年、上を見れば十年近い間、脳髄と神経だけで生かされて
それを齎した言葉の意味、それは想像するのもおぞましい。
静かな寮長室で、時計の秒針が進む音が響く。
離され、それを認識した瞬間、小栗は一度壊れているんだ﹂
﹁視覚と思考を保ったまま、脳みそと神経、骨、筋肉、皮膚を全て引き
?
?
375
?
﹁す、すみません﹂
仮面の下に新しい、本当の潤がいる可能性を信じる。
どんな状況でも生徒を信じることが教師の役目、と真耶は言う。
それ自体はいいが、真実を知っている教師二人が仮面を取るように
誘導しても、恐らく簡単にばれてしまう。
﹁しかし、私も山田くんと同意見だ。 だから、
﹃小栗自身とその周囲
の生徒に解決を委ねようと思う﹄という案に帰結する﹂
﹁⋮⋮なるほど、そういう事でしたか。 やってられませんね、私にも
一杯ください﹂
寮長室には、暫く二人の女教師の声が響き、それは早朝帯まで絶え
ることはなかった。
376
1│2 夏の思い出・生徒寮にて
精神病院から出た潤は、自分からの希望で、暫くは鬱蒼と生い茂る
竹林の奥にある庵で生活をしていた。
質素な茅葺きの庵からは、長い、長い、天に昇るような長い石段が
望めた。
蝉が騒がしい演奏を聴きながら、巨大な塊になって空に浮かぶ雲を
目指して歩みを進めれば、それまた質素な寺に辿り着く。
その寺でただひたすら瞑想した。
二人の死に錯乱こそすれど、そういえば二人の死を正面から受け止
めた上で、その死を弔った事が無かったのを思い出したのだ。
腕には待機状態となったヒュペリオン、これがあれば最低限の時間
管理は出来る。
精神病院から出たばかりの人間に、人間なんて簡単に殺傷できる兵
器を返却するなど一体何を考えているのか。
妙に余所余所しく、それでいて真剣な面持ちで何かを話そうとして
いる千冬を思い出す。
何と言えば正しいのか、まるで積年の怨敵が、遣る瀬無い境遇から
敵対行動を取っていたのだという事実を知ってしまったとか、そう
言った類の同情をされているような気がするのだが。
だからと言って兵器を渡す神経を疑う、のだが、渡されたとしても
どうこうする気が無いという事を、あの老人の医者に見抜かれていた
上での行動かもしれない。
七月中旬になって、訪いの声が庵に響いた。
﹁お邪魔します﹂
庵の門を開けたのは、意外な事に千冬でなく真耶だった。
入学当初と変わらない頼りなさげな表情で問いかけられる。
夜遅くにご苦労な事である。
さぞ護衛もし辛いだろうし、もう暫くすればIS学園に連れ戻され
ると踏んでいたが、その時が来たのかもしれない。
縁側で二人腰を掛けて月を眺めていた。
377
この庵は、昔寺の住職が住んでいた所なので、茶を用意する程度の
御持て成しは出来る。
﹁小栗くん、えーと、明日からIS学園に戻っていただきます﹂
長い沈黙の後、真耶はそう切り出した。
何を言っても、裏では戻される事が確定しているだろうと予測でき
るので何も言わずに沈黙を返す。
自殺企図に敢えて触れない気遣いには、この時気付かなかった。
﹂
﹁随分遅かったですね﹂
﹁遅かった
﹂
﹁学生としての責務を果たす程度なら、合宿後数日で可能でした﹂
﹁それは健全に、かつ周囲を困惑させないレベルでですか
﹁授業中かつ表面上だけなら﹂
﹁それならば、何故
﹂
S学園も夏休みですので、本当ならここにいても良いのですが⋮⋮﹂
﹁それは可能とはいいません。 ⋮⋮話を戻しますね。 明日からI
?
﹁皆
﹂
ります。 それに、皆待っていますよ﹂
﹁不服なのは私も良く承知していますが、何かあれば私だって力にな
る分には何も問題ない。
││確かに、
﹃感情制御﹄は正常に機能しているし、普通の生活をす
たいものだ。
長い物に巻き込まれるのは世の理だが、こちらの都合も考えて頂き
今度は言外の意図に気付いた。
学園の責任者か。
主に福音関連の事件を大きな声で言いたくないアメリカとか、IS
がいるんです﹂
﹁世間の目があると言いますか、学園で寝泊まりしていないと困る人
?
鈴の顔は、意識して思い出さないようにした。
﹂
﹁皆です。 布仏さんも、鏡さんも、谷本さんも、織斑くんも﹂
﹁⋮⋮あいつらは元気ですか
?
378
?
同室の本音や、隣室のナギや癒子、簪やら一夏の顔が思い浮かぶ。
?
﹁はい。 皆、元気ですよ﹂
一人で塞ぎ込んでいたとしても進展は見られない。
久しぶりに会いたいと思った。
潤を予め呼んでいたタクシーに乗せる。
その姿を見る真耶の顔は浮かばれない。
﹂
﹁⋮⋮なんで﹂
﹁││
﹂
﹁なんでひと言も助けて下さいとか、⋮⋮相談してくれないんですか
?
彼女は、終ぞ潤が泣き言を言う事も、助けを求める事もしなかった
のがどうにも気になって仕方がないようだ。
ここ数日で、千冬から聞かされた事実を思い返すたびに胸が苦しく
なる。
重力負荷耐久訓練での設定ミスで失敗したとしても、苦笑いを浮か
べながら許してくれた、あの優しげな顔を思い出す。
そんな顔の裏で、いや、むしろそんな非人道的な目にあったからこ
そ、気を許せる相手に優しく出来るのかもしれない。
﹁最後の言葉は堪えましたけど、それを責める気は││﹂
﹁違います﹂
辛い
喉に詰まった物を吐き出すかの様な口調で紡ぐ言葉を、ピシャッと
真耶が遮る。
私が頼りないからですか
遮った勢いのまま語り出した。
﹁なんで頼ってくれないんです
!?
﹂
!?
居る事に気付かなかった。 劇の様に嗜む人ばかり周囲に居たので、ここまで感受性の高い人間が
補充は居るのだから死ねばいいじゃんとか、苦しんでいる様子を喜
た。
るのを見て、ようやく潤も真耶が思いのほか傷ついているのを知っ
膝の上で小さい手をぎゅっと握り締めている手が、僅かに震えてい
私が気分を良くする人だと思いますか
のに、一言も相談してくれなくて、傷ついてボロボロになる人を見て、
!
379
?
自分の事に精一杯だった、己の浅慮に愕然となる。
緊急事態においては、千冬の様に落ち着いて対処出来る人物と認識
﹂
していただが、真耶は真耶なりの葛藤と苦しみがあるという当然のこ
とを忘れていた。
﹁辛いのには慣れていますから﹂
﹁それは、平気な顔でいる事が、我慢が出来る事がですか
﹁⋮⋮﹂
何故そこまで踏み込んで話せるのか困惑しながら考える。
黙り込んだ二人を乗せたタクシーは、そのままIS学園直通のモノ
レールにまでやってきた。
最終便に乗ってIS学園に到着する。
この世界にやって来てから僅か数日の内に周囲で起きた出来事、監
禁⇒移動⇒監禁⇒移動を繰り返し、ようやく直接的な監視を抜けたの
は此処に来てからだった。
そういえば到着後出迎えに現れたのは、真耶だった事を思い出す。
﹁⋮⋮先生﹂
﹁はい﹂
﹂
﹁今度、何かあったらお願いします﹂
﹁はい
すら感じるIS学園の敷地に入った。
気分上々の真耶を見送り、生徒寮に向かって﹃1030号室﹄前に
たどり着いたのだが⋮⋮たどり着いたのだが、どんな顔で入ったらい
いのか分からない。
妙に観察眼のある本音の目の前で、今のまま生活したら何を言われ
るか分かったものではない。
どうとでも言い包めるのが可能で、お人好しな馬鹿⋮⋮。
﹁一夏だな⋮⋮﹂
顔見知りの中から、順次顔を右から左へ流していって最終的に一夏
380
?
満面の笑みで潤の前を歩く真耶の後ろを歩きながら、既に懐かしさ
もう、帰れる場所はIS学園しかないのだから。
あの時とはまた違った決意と意識の喚起を。
!
が残った。
どんな扱いをしても壊れないという点で、あれほど良い意味で適当
に扱っても大丈夫な奴はいない。
廊下で何人かの女子とすれ違ったが、一組の連中とはかち合わず目
的の部屋前まで来ると闇雲に扉を叩いた。
遠慮がちな音ではなく、まるでドアを叩き壊そうとするかのように
強烈な打突音を響かせる。
﹁はい、はい 誰だよ、まったく、鍵は開いているから入ってきてい
いぞ﹂
潤だったのか。 もう帰ってきたのかよ﹂
﹁ちょいと色々な﹂
﹁えーと⋮⋮それでなんか用か
﹂
作が洗礼されていったのだろう。
きっとひっきりなしに専用機持ちたちが訪れるので、こういった動
進めていく。
無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きで、粛々ともてなす準備を
入れる準備をする。
手慣れた机の前まで招かれ椅子に座らされると、いそいそと麦茶を
ラフな格好に着替えた一夏が出迎えた。
﹁うおっ
﹁そうか、なら邪魔させてもらおう﹂
!
そもそもIS学園が元々女子高当然だった風潮があり、寮の風紀や
言っても年頃の男女が同じ部屋で暮らすことへの問題は多い。
識を持たせ、男女間の羞恥を克服させるための、男女での相部屋と
いくら士官学校で見知った数々の光景、個を殺して徹底した集団意
るのか、しみじみとした表情で麦茶を啜る。
箒やシャルロットと同室になった時の事を思い浮かべて喋ってい
﹁確かにそういう時ってあるよな。 自分の事で精一杯って時が﹂
帰りたくないんだ﹂
﹁色々あったせいで誰かを気遣いながら生活するのが億劫で、部屋に
冷たい麦茶をぐいっと煽る。
﹁まあ、何でも言ってくれよ。 友達だろ﹂
?
381
!
ら私服やら目のやり場に困る。
ナギなんか凄い。
ブラジャーを付けないでサイズの大きいタンクトップを着ている
せいで際どい場所まで見える。
どちらも異性と認識していないであろう癒子なんてもっと凄い。
薄手のパーカーの下は下着のみで、デニムのショートパンツは股間
部分のチャックとボタンを外しているので下着丸出しとかになって
いる。
露出の殆どない本音は何ともないと思うだろうが、ボディタッチを
頻繁にしてくるので今の状態でされても迷惑としか思わないだろう。
﹄っ
総じてあの三人といれば、男女の垣根とか、視線の方向とか、そう
﹄と、
﹃なんで見てないんだ
いった気遣いが必須なのでちょっと帰りたくない。
﹁箒と一緒だった時なんて﹃見るな
一番気になっているであろう自殺企図と、その後の精神面での話題
あって話が進んでいく。
一夏もラッキースケベというか、女心を解さないというか、色々
﹁⋮⋮そんな事があったのか﹂
で色々あったな﹂
﹁そういえばシャルも、風呂に着替えを忘れたり、着替え中に転んだり
ないのが辛い。
う風潮があり、今の潤にはそこらへんに対して気を使わなければなら
しかし、そういった場面を、何も話さないまま男が察するべきとい
る一夏に、それを察しろというのも酷な話だが。
こと恋愛ごとに関しては、突然難聴になったり朴念仁になったりす
を示すのか楽しみにしていたのだろう。
きっと、服装や髪型とかを逐一少しずつ変えて、一夏がどんな反応
その度木刀で殴りつけられる一夏の光景が過る。
﹁ありそうだな⋮⋮﹂
よ﹂
て主義主張がバラバラになる時もあるもんな。 どうしろってんだ
!
を一切切り込んでこない程度には気遣い出来るのに、何故女が相手だ
382
!
とああなるのか。
本当は、女に興味がないのではないだろうか。
IS学園の環境が特殊すぎて、仕方がないのかもしれないし、魂魄
の能力なしでは潤も似たり寄ったりなので気にしない。
異性の事となると不思議なくらい鈍感で、時折り信じられないくら
い馬鹿な事を言ったりして、普段は温和だがいざという場面があれば
何か引っかかるな⋮⋮
率先して行動できる。
││ん
﹁色々あるけど、せっかくIS学園で二人だけの男子なんだ。 何で
も言ってくれよ﹂
﹁ああ、そうだな﹂
一夏の人物評を考えていると、小骨が喉に引っかかった違和感が
走ったが、今はそんな些細なことなど考える気力もなかったので思考
の端に追いやる。
暫く話していたが、手持無沙汰になった後に一夏がゲーム機を引っ
張り出してきた。
インフィニット・ストラトス/ヴァースト・スカイ︵IS/VS︶と
いうゲームらしい。
スーパーの名を頭に付けたファミリーコンピューターと、その後継
機であるN64で知識が止まっていた潤には全てが新鮮だった。
発売月だけで百万本セールスを記録したIS/VSは、第二回IS
世界大会﹁モンド・グロッソ﹂のデータが使用されている傑作だとか。
ソフトを開発したのは日本のゲーム会社だが、各国から自国の代表
が弱すぎると苦情が相次ぎ、困ったソフト会社がそれぞれの国のIS
が最高性能化されたお国別バージョンを発売し、バカ売れした。
世界大会ではどのバージョンを使うかで揉めて中止になったとい
う逸話がある。
﹁グラフィック凄いな﹂
﹁これは日本のISが最高性能化されたバージョンだから、打鉄がお
勧めだな﹂
﹁⋮⋮カレワラかヒュペリオンは無いのか﹂
383
?
﹁あるわけないだろ﹂
﹁それもそうか﹂
一夏がベッドに座り込み、潤が床に座布団を置いてそのベッドに寄
り掛かってプレイしていく。
最近出たばかりのカレワラや、各国の第三世代IS、勿論第四世代
と判明したヒュペリオンと白式は収録されていなかった。
﹂
まさにぬるぬる動くと評するグラフィックと、本物と見紛うばかり
のサウンドに次第にのめり込んでいく。
﹁で、何時までこうしているつもりなんだ
﹁⋮⋮今日一杯かな﹂
い。
いパターンの代表格だと思うんだが
﹂
﹁のほほんさんって、世話やいたり、いろいろ考えてあげないといけな
合わせしたくなってだな﹂
﹁いや、なんというか⋮⋮。 よくよく考えてみたら本音とは早く顔
﹁泊まっていってもいいんだぞ
﹂
何度か追い詰めこそしたものの、結局それだけで勝つ事が出来な
流石に今日初めて手にしたコントローラーでは分が悪い。
連続十回目の敗北を重ねた時に、ぽつりと一夏が問いかけた。
?
てほしいと、男の潤の目の前でパジャマを脱ぎだして上半身裸になる
ここまではまだいいが、お湯を絞ったタオルで体を拭いて綺麗にし
の途中で吐瀉物を首からかけられたり。
おかゆを食べさせられたり、女子トイレまで運搬させられたり、そ
ゴールデンウィーク中に熱を出して寝込んだ本音。
きっと向こうは此方を男として認識していない。
の後も色々あった。
本格的に仲良くなったのは四月の終わりにリリムの夢を見た頃、そ
かもしれない。
一夏もそうだが、本音も男女の垣根なしに友人とも言える間柄なの
本音の一緒に暮らしてきた三ヶ月ほどを振り返る。
﹁まあ、苦労はしそうなんだがな⋮⋮﹂
?
384
?
のはおかしい。
夜中にトイレに行きたくなったら困るだろうから添い寝をするの
は、まあ仕方がないのだろうが。
学年別タッグトーナメントの最中に、夏の始まりとしてホラー特集
を見た夜に、一人で寝るのが怖いからと添い寝を頼み込むのもおかし
い。
拒否しても隣に枕を置いて寝始めるし、夜中に起こされたと思った
ら第一声が、
﹃おぐりん、おしっこ行きたい。 廊下怖いからトイレま
で付いてきて﹄ときたものだ。
⋮⋮女の子なんだから、もう少しオブラートに包む事は出来ないの
だろうか。
﹁⋮⋮なんか、のほほんさん、本当にのほほんさんだな﹂
﹂
﹁正直ラウラよりよっぽど妹としてキャラが成り立っている﹂
﹁恋愛対象とかと違うのか
﹁きっと本音は﹃わ∼い、お兄ちゃんみたいのが出来たぁー﹄としか
思ってないぞ﹂
﹂
目の前の画面では、都合十二回目となる潤の操作する打鉄の敗北が
告げられた。
﹁それで、そんなに気遣いが必要なところに戻るのか
いけどな﹂
い事があったら俺に相談してくれ。 俺じゃあ頼りないかもしれな
﹁潤⋮⋮、何も聞かないけど、これだけは約束してくれ。 今度何か辛
と消えるゲームをセッティングする。
今度は色とりどりのぷにぷにした丸い物体を四つ以上くっ付ける
ベッドの上から降りて、潤の隣に座りこんだ。
画面を切り替えて今度はパズル系のゲームをセットする一夏。
﹁そうだ、仕方がない﹂
﹁そうか、それは仕方がない﹂
方なんだよ。 きっと﹂
が、世話を焼いているのは俺かもしれないが、救われているのは俺の
﹁⋮⋮なんと言い表せばいいのか。 不思議に聞こえるかもしれない
?
385
?
﹁なら、俺の方から頼りたくなるくらい強くなって見せろ﹂
﹁そうか。 ││待ってろよ、直ぐに追いついてやるから﹂
そう、肩をぶつけ、力強く宣言した。
IS学園は今日から夏休みである。
386
1│3 夏の思い出・女学院にて
今やIS学園は夏休み。
合宿で専用機持ち達、一夏、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、
直前に束博士に専用機をプレゼントされた箒を含めに何かあったら
しい。
色々推測がなされたが、本人たちも口を噤んでいるので何もわかっ
ていない。
今さらこの話題が盛り返してきたのは、夏休み初日に1030号室
に潤が帰ってきたからだ。
それもタッグトーナメントで負傷した、まるでミイラ男の様に包帯
を全身に巻く必要のある重症患者の潤が完治して。
その専用機持ち達の何かが原因で完治したとの考察が有力で、そう
考えれば最終的に潤にも出番があったのでは無いかと思うのは当然
387
だろう。
そして、その何かは不穏当なものであるのは確実で、潤がヘリで運
ばれ、付き添いで千冬が合宿所から姿を消したことがその証拠であ
る。
しかし、問題はそこではない。
合宿時から夏休みまでの時間で怪我が完治していたのも確かに問
題だ。
だが⋮⋮、もっと、もっと、1030号室に居座る顔なじみのメン
バーに直接的な影響を与えているのは⋮⋮
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
潤が、たそがれている。
感傷に浸っているなんてレベルじゃなくて、一学期の潤を知ってい
る人からすれば別人である。
﹄という状態になってはぐらかされる。
事情を知ってそうな専用機持ちにこぞって訊けば、雰囲気でもって
﹃言いたくないです
少しほっといてやれよ。 ちょっと経てば元に戻るさ、と明るく笑っ
そこはかとなく聞きやすい一夏は、あいつは疲れているんだから、
!
た。
しかし、実際問題これはきつい。
少なくとも潤という人間は、自分とよく接する人との関係を大事に
するし、同世代の中では抜群に気が利く性格だった。
1030号室で何時もの三人が喋っていても、何も反応せず黙って
ただ座っているだけだったり、話しかけても一切の受け答えをしない
で無反応を貫いたり、消灯時間になれば仲良く話をしている間に一人
で寝始めたり、その後に喧しく絡めば拒絶するような人間ではなかっ
たはずなのだ。
あまりにマイナス感情が駄々漏れの雰囲気がいたたまれず、102
9号室に本音がお邪魔している有様である。
﹁小栗くん、どうしたんだろうね﹂
﹂
﹁怪我が治っているのもそうなんだけど、あれはちょっとねー﹂
﹁会長から何か聞いてないの
﹁か い ち ょ ー は 何 か 知 っ て い る ら し い け ど、話 し て く れ な い と 思 う
よー。 それにかいちょーなんて接触自体禁じられているらしいし﹂
﹁ふーん﹂
﹁だけど、本当に気にかかるのはどうしてああなっているのか、だよ
ねー﹂
﹁おぐりん、どうにか元気にしてあげたいなー﹂
何とかしてくれそうなメンバーを思い浮かべる。
織斑先生、特大の地雷の上に立たせてしまったと、謎にしょげてい
た。
一夏、箒、ラウラ、本人がどうにかするしかないというスタンス。
セシリア、シャルロットは、わたくしたちには良くわからない問題
で、と閉口中。
最も潤と仲の良い鈴は、今回に限って専用機持ち達全員から絡むの
を止められているらしい。
鈴本人のコメントでは│││。
﹃馬鹿馬鹿しいことに答えは出ているのに目を逸らしているだけなの
よ。 何を迷っているのか知らないけど、自分が自分でない状態でい
388
?
くら悩んでもしょうがないのに、重症よねー﹄
自分が自分でない
﹂
とラーメンすすりながら言っていた。
﹁迷っている
がする。
どちらも訓練や勉強の為にやっている感じ
飲むときは兎も角、準備中はイライラしているよう
読書とジョギング
に見えるが。
趣味、紅茶
好物⋮⋮何回かお弁当を作ってあげたが、好き嫌いはしなかった。
本音の言葉に、ちょっとよく考えてみる。
ん﹂
く一緒に暮らしているけど、おぐりんのことそんなによく知らないも
﹁確かに、おぐりんそのものらしさって少ないよ。 だって四ヶ月近
?
﹁本音
﹂
﹁自分らしさ出してしまえばいいのに、か⋮⋮﹂
二人そろって溜息。
﹁⋮⋮みたいね﹂
﹁私たちって、結局おぐりんのことは、なーんも知らないんだね﹂
?
﹂
する癖があるのは確かだけどねー﹂
﹁そ、そうなの
改めて考えれば、何時こうなっても変じゃなかった。
るどころか周囲に配慮が出来る。
卒業後は研究所で一生を過ごすかもしれないのに、平然と生活をす
否定されて、学校では二十四時間監視をされる。
自分の過去を知っている人は誰もいないばかりか、世界中に記憶を
﹁⋮⋮なんか、考えれば考えるほど不憫だよね。 小栗くん﹂
た。
ベッドで縮こまって泣き出す姿は、まるで小学生、子供みたいだっ
える。
本音の頭には、夜に魘され、洗面所で嘔吐していた潤の姿がよみが
﹁おぐりん、子供のころに結構色々あったみたいだよ﹂
?
389
?
?
﹁言い方はあれだけど、虐待されて育ったペットみたいに、自分を抑制
?
﹁で、ナギは何やっているのよ﹂
一人PCの前で固まっているナギに目が留まる。
固まっていて、少しばかり冷や汗をかいている彼女は、画面を見て
どうしたもんか悩んでいる様子だった。
タイプしようとしている指先が震えている。
一体何を見てしまったのか、好奇心につられて画面を覗き込んだ癒
子と本音を誰が責められようか。
画面にはメッセンジャーが開いており、その会話は││
<kanakana> : お姉ちゃん、サンタ・マリア女学院IS
試乗会の一日目が終わったよ∼
< k a n a k a n a > : 今 年 も 二 機、な ん と か 例 年 と 同 数 ま で
持っていけて、私もそれなりに乗っちゃった
<ジョインジョイントキィ> : 本当は一機だったんだけど、他の
390
企業が直前になって名乗り出たらしくて増えたんだっけ。 おつか
れちゃん
<kanakana> : 宣伝の場に利用されているだけだけど、
生徒からしたら関係ないからね、ラッキーってだけ
約束覚え
<ジョインジョイントキィ> : 生徒会長として恥ずかしい行動だ
けはしないでね
<kanakana> : そんな事はどうでもいいよ
てるよね
<ジョインジョイントキィ> : 難の事
嘘なのかな∼
ちょっと気難し
<kanakana> : 一月も前からのことだからドタキャンと
て行けるかどうか分からない
<ジョインジョイントキィ> : でも最近色々あったらしくて連れ
くて、ちょっと怖そうだけど、とっても優しい人だよ
<ジョインジョイントキィ> : 嘘じゃないよ
約束。 もしかしていないのかな∼
<kanakana> : 彼氏が居るから、連れてきてくれるって
<kanakana> : ふふふ、動揺がタイプに現れているよ
!
?
!
!
?
か許さないから∼
<kanakana> さんが退室されました
﹂
﹂
お、お姉ちゃんとして直ぐに彼氏作ってみせるって
だ、だって、カナが二年生の時に彼氏が出来たって自慢して
﹁あ、あんたね、何見栄はっちゃっているのよ﹂
﹁││
きたんだよ
言ってもしょうがないじゃん
﹁それでなんでIS試乗会に連れて行くって話になっているの
﹁うっ││そ、それは﹂
ナギが中学時代在籍していたサンタ・マリア女学院は、国内屈指の
IS関係者排出学院である。
サンタ・マリア女学院はISが競技に用いられる事になった後、積
極的に人材を囲い込んで生徒にISについての勉学を育むカリキュ
ラムを用意した。
現在潤が在籍しているIS学園の全校生徒、その日本出身者の三割
がこの学院の卒業生であることからサンタ・マリア女学院がいかに優
秀か分かる。
そのサンタ・マリア女学院は、知識をより深くするために年に二回、
ISに試乗できる会を設けていた。
普段整備や基礎知識を学ぶしかないIS専用コースの生徒からす
れば、直接機体に触れ合う事の出来る晴れ舞台でもあり、企業からす
れば自社がISを保有している優良な企業であると宣伝する場とな
る貴重な会でもあった。
﹂
﹁サンタ・マリア女学院にはちょっとした決まりがあって⋮⋮﹂
﹁決まり
神聖化されていて、この文化祭で彼氏をお披露目するのはちょっとし
サンタ・マリア女学院の生徒は、女子高である関係から恋愛ごとは
当日は外部からの人が集まる。
その試乗会だが、一般生徒からすればただの文化祭と同一であり、
ればならない決まりが﹂
﹁か、彼氏が出来た人は、文化祭にその人を招待して、皆に披露しなけ
?
391
?
!
!?
!
たステータスなのだ。
彼氏のいる生徒はほぼ強制的に連れてくるのが決定されており、印
象が悪いとダメ出しのオンパレードになる。
なんと、その文化祭で、事もあろうか恋愛なんてしたことのないナ
ギの、その妹のカナが卒業直前の冬の文化祭で彼氏を連れてきた。
半年ほどで別れたらしいが、未だ恋愛をした事のない姉のナギに向
夏
かって自慢げにかつ満足げに胸をはった妹に対し、ナギはショックで
ついついこう言ってしまったのだ。
﹄と。
﹃お姉ちゃんだって、作ろうと思えば何時でも作れるんだから
には披露して上げるよ
うに振る舞ったらあら大変。
そして、潤と親しくなったのをいいことに、さぞ彼氏が居るかのよ
!
誘導尋問されて潤を彼氏の様に歪曲し、トントン拍子に今度の試乗
会、つまりは文化祭に連れて行くことが決まってしまった。
いや、文化祭だっけ
﹂
?
﹁あああああ⋮⋮。 どうしよう⋮⋮、今さらウソでしたなんて言え
ない﹂
﹁で、何時なの、この試乗会
﹁一般開放は日曜日﹂
カレンダーを見る。
明日だった。
﹁もう駄目じゃん﹂
﹂
?
?
て下さいって頼んでみたら
それにおぐりん専用機持ちだからね﹂
供が暮らしている施設が日本には至る所にある。
虐待にあったり、親が死んだり、そんな事情の上で身寄りのない子
である。
色々潤が心配だが、あのままでいても簡単には解決しない事は明白
?
392
!
﹁この仮想彼氏って、おぐりんだよね
﹂
﹁そうだけど⋮⋮﹂
﹂
﹁頼んでみたら
﹁えっ
?
﹁だから、一般開放の日曜日の文化祭で、彼氏の真似事をして一緒に来
?
そこには犬猫も沢山いて、動物に接しているうちに心に傷を負った
人も笑顔を見せるようになるそうだ。
アニマルセラピー、そこからヒントを得て思いついた。
﹁名案かも⋮⋮﹂
﹁本音、あんたって最高だわ﹂
その後、1030号室に移動した三人は、何とか意気消沈気味の潤
に事態を説明し、日曜日にサンタ・マリア女学院正門前十時に待ち合
わせする約束を取り付けた。
代わりに今度癒子が潤と遊びに行くことの手伝いをさせられる事
となったがナギだが、たった一度しかない十五歳の夏を、特別な思い
出に昇華できるかもしれない欲求には勝てなかった。
│││
393
九時四十分。
サンタ・マリア女学院、文化祭の総合受付のある正門は人でごった
返していた。
企業関係者、ISを見に来た他学校の友人、ほぼ全員が女性で構成
されている中、端っこで塀にもたれ掛る黒一転。
待ち合わせ時間二十分も前だが、遅刻するよりは待っていた方がい
いと言うのが潤の信条であり、暇を持て余しついでに三十分から始
まった受付の騒動を傍観していた。
時折り盗撮目的や、面白半分で来た男もいるものの、受付付近にい
る教師たちに阻まれていた。
﹁そこのあなた、ちょっと私の代わりに受付に並びなさい﹂
﹂
﹁Mach dich nicht lustig﹂
﹁え
ツ語で話すと何処かに逃げていく。
女性優遇を食い物にする勘違い女に何度か話しかけられるが、ドイ
﹁ソ、ソーリー、ソーリー﹂
﹁Mach dich nicht lustig﹂
?
からかうんじゃないと小馬鹿にしているのになんと心の広い連中
だろうか。
日本人が外国の言語に対して弱いと言うのは本当らしい。
ドイツ語に英語で返すとは呆れてものも言えないし、もう少し発音
を何とかしろ。
﹂
チケットの確認をさせて貰いたいの
今度は小柄な、恐らくは女学院の生徒らしき女性に話しかけられ
た。
﹁そこのあなた﹂
﹁││なにか用で
﹁誰かの招待で来たのかしら
だけど﹂
ドイツ語で話しかけたらドイツ語で返ってきた。
先ほどから何度も行っていた手段が通じない相手に面倒になりな
がら顔を上げる。
黒髪の編み込みポニーテール、青色よりの黒い瞳、待ち合わせ中の
ナギに髪型以外そっくりで、ミニナギと命名するに相応しい姿だっ
た。
﹁連れが二枚持ってくる予定なんだ。 十時に待ち合わせだからその
時に伺おうと思っている﹂
﹁でしたら身分証を掲示して下さい﹂
﹁⋮⋮持ってない││いや、どこも発行してくれないから持ちようが
ないな﹂
というより国が発行してくれないと言うか、身分の置き場に干渉で
きないと言うか、それは問題にしかならない。
しかし、そんな理由などつゆ知らず、身分証を持っていない事を
知ったミニナギは鬼の首を取ったような表情で息巻いた。
受付付近にいたジャージ姿の、恐らくは体育教師を招くと尋問を開
始しようとする。
しかし、接近してきた教師は、潤の顔を見ると勢いをそがれ、怪訝
﹂
394
?
?
な顔つきで考え出す。
﹁先生
?
﹁はて、何処かで見たことがあるような⋮⋮﹂
﹁でしょうね﹂
四月には盛んに報道された身である。
七月半ばになれば記憶も大分薄れるとはいえ、世界で二人目の男性
身分証が無いなら誰の招待かくらい
IS適合者なんてインパクトのある報道は中々消えない。
﹁しっかりして下さい、先生
﹂
言ってもらいますよ﹂
﹁鏡カナ﹂
﹁わ、私ですか
﹁小栗くん、ごめん、待った
││カナ
何しているの
﹂
?
﹁ど、どんだけえぇぇぇ
﹂
価値の高いステータスを持つ特別。
そして、全世界中でたった二人だけの、男性においては最高に希少
を漂わせているが充分美形だと判断できる顔つき。
やや痩せ形なスタイル、筋肉質な両腕、がっしりした肩、少し哀愁
ミニナギがわなわな震えながら、私服姿の潤とナギを交互に見る。
﹁いや、ほんの二、三分前に来たばっかりだ。 さほど待ってない﹂
?
﹁あ、あ││あああぁぁぁ、お、お姉ちゃんの││か、か、彼⋮⋮﹂
は断れないから﹄だそうだ﹂
﹁色々あって寮に居たかったんだがな、
﹃お姉ちゃんとして妹の頼み事
!
?
潤と千冬以外知る由もないが、貴族の屋敷で本格的なエスコートの
中に入っていった。
受付を済ませると、洗練され、自然な動作で姉の手を取ると学院の
姉がとんでもない相手を連れてきた。
一体どんな男を連れてくるのかと思って正門で待ち構えていたら、
生徒会室に備え付けられた椅子に座って、机に突っ伏した。
﹁信じられナ∼イ⋮⋮﹂
が居るとも知らずに。
隣ではこんな所で何をやっているんだ俺は、と自分に呆れている潤
その声を聴いてナギが潤の隣で胸を張った。
!?
395
!?
﹂
知識や、貴族への接待の仕方、騎士道精神を叩き込まれているので
ちょっと手慣れているのだ。
﹂
普通の男性と比べれば歴然の差である。
﹁会長、どうしたんですか
二年生の副会長が紅茶を差し出してきた。
突っ伏したまま右を向いて視線を合わせる。
お姉さんって、IS学園に入学した、あの
﹁お姉ちゃんが男連れてきたー﹂
﹁えっ
知っている。
?
います。
﹁やっぱり信じられナ∼イ⋮⋮﹂
﹂
どうみてもただの友人ではありません。 本当にありがとうござ
くらいの関係である件。
なのだから名前で呼ぶように言った件、手を取って歩いても問題ない
気合の入った姉の服装を褒めた件、考えが正しければ彼氏の替え玉
することも出来るが⋮⋮。
そこを考えれば仲が良いだけの相手を、彼氏代わりの替え玉と推測
推測できる。
つまり││今まで姉は名前で相手を読んだことが無かったのだと
黙り込んだ後に潤、潤と事あるごとに連呼している。
その時の姉の照れ方といったら、顔を赤くして、視線は落ち着かず、
て、その後から﹃潤﹄と呼び方が変わった。
最初﹃小栗くん﹄と呼んでいた姉に対して、男が耳元で何かを言っ
﹁⋮⋮いや、仲が良いだけの替え玉かもしれないから、彼氏︵仮︶かな﹂
﹁男って、やっぱり彼氏ですか
﹂
副会長も目の前の会長の姉が、その尋常でない狭き門を潜った事は
不思議はない。
もしも合格しようものならば学院全体に名が知れ渡ってもなんら
いたとしても実際に入学できる生徒は稀である。
いくらサンタ・マリア女学院がIS学園へ多数卒業生を送り込んで
?
?
﹁もしかしてお姉さんのお相手は顔見知りですか
?
396
!
﹁たぶん、この学院のISコース所属なら一度は名前を聞いたことが
この学院に、小栗さんが﹂
だって、あの小栗潤だよ、小栗潤﹂
⋮⋮居るんですか
あると思うよ
﹁は
﹂
﹁というと
﹂
﹁勿論知っています。 ようは話しかけなければいいんです﹂
けない﹄というものだ。
ここでいう決まりとは、﹃連れてきた彼氏には極力話しかけてはい
祭に連れてくる﹄の他にも幾つかある。
サンタ・マリア女学院の決まり事、それは﹃彼氏が居るものは文化
じゃない﹂
﹁⋮⋮気持ちは分かるけど、サンタ・マリア女学院の﹃決まり﹄がある
﹁会長、私、興味があります﹂
いのに、とカナの中で姉に対する怨嗟が巻き上がる。
今頃﹃はい、あ∼ん﹄とかやっているのだろうか、リア充死ねばい
普通科のクラスでは出し物を用意している。
る。
このIS試乗会は、一般コースの学生からすれば文化祭と同じであ
よ
﹁うん。 たぶん今頃は姉と手を繋いで各クラスを周っていると思う
?
?
﹁追っかけて観察するだけです 同じ出し物をする場所に入れば話
?
朝からずっとこの調子である。
軽いパニックと好意に振り回されて、頭が全然働かない。
ナギは混乱していた。
た。
かくして、生徒会主導によるナギへのストーキング行為が幕を上げ
﹁⋮⋮うん、中々いい考えじゃない。 では行くとしましょう﹂
しかけてもらえるかもしれませんし﹂
!
﹄
名 前 で 呼 ば な い か ら 妹 が 怪 し ん で い る
﹃ところで、その﹃小栗くん﹄って呼ぶのは不味いんじゃないか﹄
﹃な、何のこと
﹃彼 氏 の 代 替 え な ん だ ろ
?
?
397
?
?
ぞ﹄
確かに恋人に対して名字に君付けはちょっと微妙と間違われるか
もしれない。
しかし、今さら名前呼び捨ては、恥ずかしい。
潤と呼びかけるとむずむずする。
なんか、恋人の代替えなのに、本当に恋人になったかのようで、頬
が赤くなってしまい気恥ずかしくなった。
そして受付が済んだら何気ない動作で手を取られ、しっかりと握ら
れている手に意識が取られて頭が働かなくなってきた。
なんか在校生が後ろからストーキングしてくるし、更に顔色が赤く
なっているのには気付かれるし、││手を放そうか、と言う問いかけ
に全力で断って少し笑われたのも恥ずかしい。
そして今││
﹁はい、あ∼ん﹂
にやけきった口を隠すためだが、きっとそれも見抜かれているかも
しれないと思うと、顔が赤くなってしまって元も子もない。
398
時間帯が昼過ぎになったので、喫茶店を開いていたクラスに入って
休憩中である。
餌を待つ小鳥の様に口を開くが、集まる視線と、乙女の気恥ずかし
さと躊躇いから小さい開口だった。
口に運ばれてきたフローズンヨーグルトを口の中で転がすが、味の
細部なんてどうでもいい。
量産された五個三百円のアイスだろうが一口千円以上の価値に匹
敵する。
あ∼、昔、セシリアとは違うけど、貴族のお屋敷で執事の
﹁ね、ねぇ、なんか手慣れている感じがするんだけど⋮⋮﹂
﹁││ん
﹁ふ、ふ∼ん﹂
?
ハンカチで口を拭う。
││私死ぬの
幸せすぎて泣きそう。
と身に付いたんだ﹂
真似事をしていた時がな。 紳士の振る舞い方とかは、その時に自然
?
しかし、そんな沸騰寸前の頭でも、少しだけ気にかかることもある。
時々潤が、凄く悲しそうな顔で、此処でない何処かを見ているよう
な気がする。
﹂
それが意味することは分からないが、その表情は部屋で感傷に浸っ
ている様子と同じなのだ。
何故か知らないがそれが無性に悲しい。
﹁潤、もしかして、まだ体の調子が悪いの
だ﹂
﹂
﹁臨海学校で何かあったんだよね
ことは、もしかして、潤も
専用機持ちが全員参加したって
﹁⋮⋮ ま さ か ナ ギ に 感 付 か れ る と は ⋮⋮⋮⋮。 ま ま な ら な い も の
?
﹄と継続して訴えかけている。
﹁えーと、校庭でISコースの為の試乗会でも見に行く
﹂
?
例年通り
このクラスの生徒に迷惑だから移動しよう。 次は何処に行く
﹁はて、間違いは言っていないつもりだったのだが。 さて、そろそろ
﹁それには私も異議を申し立てます﹂
そっくりとは、やっぱり姉妹なんだな﹂
﹁初 日 の ナ ギ も 似 た り 寄 っ た り だ っ た じ ゃ な い か。 行 動 も 反 応 も
﹁カナ⋮⋮、なんで、先頭に⋮⋮﹂
気だけは﹃早く話しかけて
潤が視線を向けた事を察した数人がすぐさま目をそらしたが、雰囲
る程││が集まっていた。
物見たさにやってきた女子たち、││その数廊下を埋め尽くさんとす
ちらりと廊下に目をやると、IS学園で過ごした初日の如く珍しい
は話せないさ。 それに気がめいる理由は他にもあってだな││﹂
﹁確かに色々あったが、守秘義務が発生するような案件だ。 簡単に
?
こういう手合いの場合男が支払うという考えもあるが、月単位で支
財布からナギの分も含めて支払いを済ませる。
広い校庭なら、こうもならないだろう﹂
﹁ならそこにしよう。 クラスに入るたびに廊下がこれじゃあな。 と景品が出るよ﹂
ならちょっとした競技種目が用意されて、一定以上のスコアを超える
?
399
?
!
払われる生活補助金が貯まっていたので放出中である。
今回のサンタ・マリア女学院に入る時もそうだったが、潤には身分
を立証するものが無く安易に学園外に出ることが出来ない。
消費する機会が少なく、入ってくる額は常に一定なので貯まってい
く一方なのだ。
支払いを済ませて廊下に出ると、モーゼが海を割った伝説の如く人
混みが裂けていく。
料理部や茶道部などが出店している中庭を抜けると、IS学園のア
リーナに施されている遮断シールドの移動用簡易型が目に入った。
まさか、こんなに本格的にやっていようとはと、恐らくは学生が
操っているだろう機体と待機中の打鉄を見る。
簡易型遮断シールドでは戦闘用の衝撃には耐えられない様なので、
人間っぽい形をした標的が次々と飛び出してきたのを模擬弾で撃つ
演習を行っているようだ。
﹁問題は一般参加できるのかどうかなんだが、専用機持ちだし頼めば
なんとか││
結論、申請したら簡単にOKが出た。
400
軍隊の訓練とどう違うのだろうか、と疑問になるが敢えて言うま
い。
﹁あ、可愛い∼♪﹂
目を輝かせるナギの視線の先には、景品となっているおよそ百五十
はありそうなテディベアが鎮座していた。
どうやら今回の景品は、標的を最後まで打ち落としていって、ゴー
ルにまでかかった時間を競うものらしい。
そのタイムが一定以上だった人には景品が送られ、その基準タイム
は⋮⋮、これは酷い。
PICが五割以上オート設定なのか素人同然のタイムになってい
る。
﹂
﹁欲しいのか
?
﹂
﹁││いいの
?
企業側が男性パイロットを観察したいというのと、生徒側が専用機
を見たいのと、IS学園のトーナメントで優勝した生徒の機動を見せ
たい教師側、そして競技に参加したい潤、関係者全ての思惑が一致し
た状態である。
勿論書類に記入を求められたり、事前に安全の確認の為に短い注意
事項の講習を受けさせられたりした。
全部で三十分ほどかかったが、その時間で専用機持ちが試乗会に飛
び入り参加しますと人伝いに噂が広まったのか、人が校庭に集まって
きた。
﹁なんか、凄いことになっちゃってごめんね﹂
﹁あの時の決勝に比べればどうってことは無いさ、││じゃ、行ってく
る﹂
歓声に迎えられて競技用、もしくは訓練用と呼ばれる会場に出る。
401
今回の競技は一定以上の高度に出る事が禁じられている。
よってホバリング移動でもクリアできるように整えられた通路、そ
の大地を蹴ると同時にヒュペリオンの脚部パーツから赤色のナノマ
シンを僅かに噴出させ路上を疾走した。
直線移動出来ないように障害物が設置されているが、そもそもヒュ
ペリオンは直線移動以上に小回りが利く機体である。
速度を保ったまま切り返しを繰り返し、次々現れる標的に狙いを定
めた。
現れた標的、その額付近に向けられた銃口だったが、競技用の模擬
弾は寸分たがわず狙ったはずの額付近から外れて首付近に着弾する。
││照準がズレた
る。
で、フリースタイルスキーかアルペンスキーを行う要領で移動し続け
だが、時間は進み続けているので動きを止める訳にもいかないの
した。
四発放ち、今度も額付近とは違った場所に少しずつ離れた場所に着弾
若干怪訝な顔をするも、ヒュペリオンを横にスライドさせつつ更に
?
﹁機動も重い。 イメージインターフェイスの影響か⋮⋮
﹁そんなに気に入ったか、ソレ﹂
う﹂
﹂
﹁わぁ、おっきい∼、ふかふか∼。 ありがとう。 本当にありがと
﹁ほら││景品のテディベア﹂
四こそ下回ったが見事景品ゲットという結果になった。
〇秒を大きく上回っており、企業側が選出したパイロットの十四.四
最終的なクリアタイムは十八.八二、これは目標タイム四十五.三
全ての標的に模擬弾を命中させて、ゴールラインに到達。
からすれば、単調な移動しかしない的などこの速度で充分。
仮にもIS学園で専用機持ちを打ち破って優勝者に名を連ねた潤
││しかし、この程度の誤差
のである。
ンターフェイスを割いているヒュペリオンが妙な機動を描いている
それらが相まって、可変装甲に対応するために、機動にイメージイ
機体そのものへの不信。
束博士に対する敵対心、その博士が作り出した制御モジュールと、
い。
しかし、そこにUT相手に現行世代最速の空中戦を行った名残が無
滑りして行く。
白と黒、僅かに迸る赤が、まるで波に乗っているかの様に高速で横
?
﹁うん、当然だよ。 私の為に取ってくれたプレゼントだからね。 えへへ﹂
景品ゲット記念に写真を取るよ
﹂
この糞暑い中、ご機嫌になったナギが人形に抱きつく。
﹁ハーイ
!
軽くナギと相談し、お言葉に甘えて記念に一枚もらっていくことに
した。
二度シャッターを切られると、カメラからは二枚の写真が出てき
て、一枚ずつ受け取る。
ヒュペリオンを装着して気難しげな顔をした男と、気恥ずかしげに
402
!
教職員を示す腕章を付けた人に呼び止められた。
!
ややうつむき気なナギ。
その写真を受け取ると、ナギはカバンから女性物の手帳を取り出す
と、大事そうに挟み込んで保管した。
そんな折、ヒュペリオンを待機状態にした潤の所に人が集まってき
た。
企業サイドの方々からヒュペリオンの追加武装云々の勧誘に巻き
込まれ、生徒サイドからは技量を伸ばす方法を尋ねられ、何人かには
答えたものの付き合いきれなくなってきたので学院を後にした。
巨大な人形を抱えるナギの歩みは遅く、IS学園行きのモノレール
ターミナルに辿り着くころにはほんのり青かった空が黄昏かかって
いた。
郵送で送ればいいやら、持つのを変わろうかなどと潤が申し出るも
暖簾に腕押しといった様相を呈している。
﹁││ごめんね﹂
﹁何のことだ﹂
﹁休んでいたいのに、無理やり連れだしちゃって﹂
﹁何度も言わんでいい。 それに││﹂
中途半端なところで言葉を区切る。
ナギが覗き込んできたので、あまり考えずに次の言葉に続けた。
﹁昔、色々あったけど、嫌な事ばかりあったわけじゃなかった。 そん
な簡単な事を、今までずっと忘れていたんだって思い出した﹂
半端な覚悟で剣を取ってしまったことは誤りかもしれないが、それ
まで確かに自分は幸せだった。
紅茶の淹れ方、色々なマナー、接待の仕方など、その後色々ありす
ぎて全てが全て邪魔に思えてしまった。
しかし、積み木の土台を壊したり、無くしたりすることは出来ない。
思い出は思い出としてあり続ける。
嫌な事に飲まれてしまったが、それで良かった思い出を無くしてし
まっていい理由にはならない。
ティアの事も、リリムの事も。
若干赤く染まったIS学園は、再び取りとめのない話をする二人
403
を、暖かく迎え入れてくれるようだった。
後日、潤の机にたった一枚だけのツーショット写真が飾られている
のを見つけられ、癒子と本音に茶化されるのは別の話である。 404
1│4 夏の思い出・食堂にて
習慣を変えてみたり、何時もと違う行動に移してみたり、前準備を
少し変更してみたりしなければ人というものは変わらない。
とにかく、人が変わるためには決意や意志に関わるものではなく、
ちゃんとした行動に表れるものでなければならないのだ。
これを裏付けるかのように、著名な大学で修士号や博士号を習得
し、世界の大企業やアジア・太平洋における国家レベルのアドバイ
ザーとして活躍している起業家の一人がこう述べている。
﹃人間が変わる方法は三つしかない。
一番目は時間配分を変える。
二番目は住む場所を変える。
三番目はつきあう人を変える。
この三つの要素でしか人間は変わらない。
最も無意味なのは﹃決意を新たにする﹄ことだ﹄
この言葉の解釈は色々あるだろうが、大凡の人に伝わるのは﹃思い
や考え方を変えただけでは人は変わらない﹄という事だ。
ダイエットに置き換えると非常にわかりやすい。
痩せようと思って体重が減る訳はなく、深夜に取っていた食事を九
時前に変える、運動できる場所を探して体を動かす、食事を小食に変
えてゆっくり食べる、などして行動に移さねば変化は訪れないのだ。
長々前置きに割いたが、IS学園において、ある日を境にとても変
わった人が居る。
クラス代表なのにクラス対抗戦は辞退する、何時も窓際で何かのプ
ログラムを弄っている、暗くて、喋らないで、コミュニケーションを
取らない生徒。
その生徒の名前を、更識簪という。
タッグトーナメントの練習期間前から少しずつ変化し始め、決勝戦
後のドタバタを境に一変。
怪我したパートナーの為に、毎日申請してお見舞いに通ったりする
のは序の口で、どっさり機械類を買い揃えてPDAまで作成する有様
405
である。
相手の反応を思い浮かべているのか、気持ちがしぼんできたのか物
思いにふける表情に変わったり、ぱぁっと表情を明るくすると少し微
笑んだりする。
出来上がった機械を手に、どこか嬉しそうに撫でながらデータをイ
ンストールしている仕草など同性からしてみても可愛らしく感じる。
﹁ふふっ﹂
頭の中でどこまで進んだのか知らないが、ほわーっとした様な声で
微笑む姿も入学初日からしたら考えられない。
赤くした頬を両手で押さえて、左右に﹃いやんいやん﹄とかぶりを
振って身悶えする仕草など可愛くて仕方がない。
ここまでなら﹃恋ってすごいね﹄で済んでいるのだが、簪のルーム
メイトの話を聞くにここ最近はもっと凄い。
合宿以後、どういう訳か知らないが小栗潤に合えなくなったのが関
係しているのかもしれない。
眼鏡用の投射ディスプレイに何かの動画を写しているらしく、休み
時間でも希に見ているであろうそれ。
詳細は分からないが、何か嫌な事があって不機嫌になるとそれを見
て、生徒会長に何か言われた直後にそれを見て、何か嫌な事があると
それを見ているようだ。
問題は見終わった後。
教室なら机に突っ伏して、部屋なら枕に顔をうずめて足をばたばた
動かしてなんか悶えているのである。
﹁もう駄目だわ。 気になって仕方がない﹂
﹁おっ、ついに行きますか﹂
そして今日も、会長の妹さんなのだからと、普通の生徒相手にはさ
れない簡単な用事を教師陣に言われる。
簪の中では禁句に近い発言をされ、その場こそ何もなかったがスト
レス発散の為に、簪はその何かを見つめていた。
見終わった後に、恥ずかしくなって枕に突っ伏すまで同じ動作であ
る。
406
最近同じ光景ばかり見せられて、ルームメイト以上の付き合いが無
﹂
かったクラスメイトも、その部屋に遊びに来たクラスメイトその二も
奇行の原因を知りたがっていた。
﹂
﹁さっらっしっき、さん。 毎日何を見ているのかな∼
﹁っ⋮⋮
無かったクラスメイトから声をかけられて現実に引き戻された。
恍惚とした表情から一転、普段からルームメイト以上の付き合いが
?
何かから自分を守ろうとするかのように両手で肩を抱える。
﹂
そのままバランスを崩してベッドから落ちていった。
﹂
﹁チャンスだわ、眼鏡と端末を奪い取るのよ
﹁御用だ、御用だぁ
!
小栗くんの専用機の映像⋮⋮
!
う間に諸々の道具を奪われた。
﹂
﹁お、おおう⋮⋮。 これはっ
強い、圧倒的に強い⋮⋮
!
抗議の声も空しく、女子高の様な悪ノリで襲い掛かられ、あっとい
﹁あっ⋮⋮やっ⋮⋮ちょ⋮⋮や、やめ、やめてぇ﹂
!
﹁進展とか、何か無いの
教えてプリーズ
﹁六月末まで一緒に訓練とかしてたんだよね
﹂
ンを見るようになった結果が、例の奇行である。
ちょっと機嫌が悪くなれば、気晴らしの為に自分が助けられたシー
分が高揚してしまう。
いう吊り橋効果もあったのだろうが、自分がお姫様のように見えて気
マインドコントロール下の恐怖一転、救出後の心理的負荷の軽減と
たので、記念に映像を貰い受けたのだが⋮⋮。
知人から恋愛対象として、意識の変化が起きたのがこのシーンだっ
れを確保していた。
UT戦に対するあらゆる情報は統制されていたが、なんとか簪はそ
簪が姉に掛け合って頂いた、対UT戦の映像。
﹁だ、だめぇ⋮⋮、やめてぇ﹂
態のままミサイル迎撃⋮⋮なにこれキュンキュンしちゃう﹂
﹁きたぜ。 ぬるりと。 ピンチに表れて救出、お姫様抱っこ、その状
!
!?
﹂
! !?
407
!?
﹂
﹁い、いや、潤とは││﹂
﹁﹃潤﹄
﹁もう名前で呼び合う関係に
﹂
﹁い、いや⋮⋮、まだ、潤には言ったことは、な、ないけど。 それに、
特別な事は、まだ何も⋮⋮﹂
流石にUT戦の全容は収録されておらず残念がる二人だったが、そ
んな事より他人の恋バナの方が気になって仕方がない。
普段会話なんて殆どしないのに、友人同士の語らいの様に熱が入
る。
﹂
いくら学園全体で一夏の方に人気が傾いていても、それはそれ、こ
れはこれ。
﹁何もないのに、普通はこんな助け方しません
んには話す義務があると思います
さあ、吐きなさい、全部
﹂
﹁小栗くんと仲のいい女子が少ないんだから、数少ない一人の更識さ
!
!
けで⋮⋮﹂
﹂
﹂﹂
﹁病院でお姉ちゃんと偶然会った際に、ちょっとした成り行きってだ
そして奇跡のハーモニー。
﹁﹁手を握って貰ったところ詳しく
しどろもどろになりながらも、何とか話をする簪に迫る二人。
話が弾む。
十代特有とも言うべきが、他人の恋バナに好奇心を抑えられずに会
うほどではない。
ちょっとジュースか何かを奢る程度は度々あったがプレゼントと言
自 分 か ら 頼 ん で パ ー ト ナ ー に な っ て 貰 っ た の で、訓 練 終 了 後 に
けど、⋮⋮二人が期待している様な事は、なにも⋮⋮﹂
﹁の、飲み物を買って貰ったり、手を握って貰ったりしたことはあった
!
!
本当に成り行きだけだって⋮⋮。 本当にただの
﹁だから、もっと詳しく
﹁そ、それだけ
!
ぼんだかの様に憂鬱気な表情に変わる。
そういえばただの片思いだった事実に思い至ったのか、気持ちがし
成り行きってだけで⋮⋮﹂
!
408
?
!?
その変化を見て、思った以上に男女としての進展が無いことを悟っ
た二人が身を引いた。
﹁流石小栗くん。 鉄壁ですね﹂
﹂
﹁どう切り込んでも華麗に回避されると、陸上部に嘆かれるだけのこ
とはありますね﹂
﹁││と、なると、ライバルも少ない、わかるよね
﹂
?
﹂
?
ん。 でも凰さんとデュノアさんは織斑くん狙い﹂
﹂
﹁よく話題に出るけどボーデヴィッヒさんってどうなの
の怪我の原因で、なんで仲良くなってるの
小栗くん
﹁後の三人は転校してきた、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさ
かった面子かな﹂
﹁谷本さん、鏡さん、布仏さん、この三人は入学初日から比較的仲が良
﹁六人って誰
今まで話したことも無い関係だけれど、姦しい声で盛り上がる。
そうなれば一つの事柄で話す女子三人。
思議な圧力から解放された。
追い詰める展開から一転、簪の恋を応援する内容に話が変わり、不
ら実質四人か。 織斑くんを狙うよりチャンスがあるんじゃない
﹁脈がありそうなのは更識さんを除いて六人、二人は織斑くん派だか
?
二人とも兄妹と思っ
﹂
﹂
で幸せ﹄のパターン。 気はあるけど、間違いなく現状で満足してる﹂
﹁鏡さんは、あれだね。 ﹃ひっこみ思案な文系少女、近くにいるだけ
いってだけかな、恋心はないって話だよ﹂
﹁谷本さんはボーデヴィッヒさんと一緒のパターンで、ただの仲が良
﹁谷本さん、鏡さん、それと⋮⋮、いや二人は
?
?
が変われば後は一直線かも、って言われてるよ
﹁でも、その感情が﹃好き﹄にならないって訳じゃないし、一旦方向性
ている様にしか思えないけど﹂
﹁なんかごっこ遊びの延長って感じじゃない
簪からの話を吟味して、潤とラウラの関係を考える。
⋮⋮﹂
﹁よ く わ か ん な い け ど 病 室 で あ っ た 時 に は も う 仲 良 く な っ て い た
?
?
409
?
いくら世界中から集まる才女と言えど、その実噂好きの普通の女
子。
特に男子二名が在籍している一組の話題は枚挙にきりが無く、ある
ことないこと頻繁に行き来する。
一夏の周囲は分かりやすい程に好意をぶつける面子で、あれはあれ
で面白さがあるが、他人の恋路関連を邪推する相手としては積極的な
手合いが居ない潤の方が面白い。
﹁最後は⋮⋮布仏さん、だね﹂
﹁目下最大の強敵だね﹂
最初に聞いた時もそうだったが、何故ここで本音の名前が出てくる
のか。
しかも最大の障壁とは⋮⋮。
確かに一回戦、アリーナで出会った時には本音を連れ添っていたけ
ど、││確かに仲は良さそうだったが。
私理解できないけど﹂
いたけど、そろそろ四ヶ月も一緒に暮らしてるし、夏は恋の季節って
いうし、何か進展あるかも﹂
嘘だよね
本音と潤が一緒の
﹁朝食も夕食も一緒に取ってるし、たぶん学園で一番小栗くんに近い
嘘よね
?
のは間違いない﹂
﹁⋮⋮えっ、嘘でしょ
?
部屋で寝泊まりしているだなんて││﹂
?
410
最大の恋敵が、自分の従者とか、反応に困る。
もしも、何かあったら譲ってくれないかな、等としょうもないこと
を考えてしまった簪を誰が責められようか。
﹂
知らないの 布仏さんと小栗くん、ルームメイトじゃな
﹁なんで、本音が⋮⋮
﹁えっ
まった。
?
﹁キスもしたことないし、そういう雰囲気にもなったことないって聞
Q.誰が、誰と、ルームメイト
A.本音が潤と。
余りに衝撃的な発言のせいで、なんか普段と違った口調になってし
﹁││何言っているの
い﹂
?
?
?
!
俯いて危うげな感じで小言を呟く簪。
虚ろな雰囲気だったが、突然再起動すると近場にいた女子の両肩を
掴み、前後に揺さぶった。
﹂
﹂
ね
﹁そんな冗談みたいな情報いらないからね、今なら怒らない。 冗談
だよね
簪さん、そういう人だったっけ
?
冗談だったって言いうの
!?
﹁えっ、なにこの迫力
﹂
﹁冗談でしょ 冗談なんでしょ
﹂
﹁ちょ、ちょっと落ち着いて
!?
?
?
える。
﹁そういえば、さっそく連れまわされたって聞いたんだけど本当か
﹂
ああ、昨日のことか。 気晴らしにもなったし、大した用でも
?
﹁多少、無茶はしている﹂
胃に優しい。
ざるに、ぶっかけに、温玉に、しょうゆに、釜揚げに、美味しくて
に気合が入りすぎている。
IS学園の調理担当にうどん県民が紛れているのかうどんの種類
うどんを啜りながら取りとめのない会話をする。
﹁お前がそれでいいならいいんだけど。 お前無茶してないか
なかった﹂
﹁ん
﹂
割って入ってこないだけ、彼女たちからすれば遠慮しているとも言
に諦めよう。
を醸し出す一夏を取り囲む専用機持ち四人組みも居るようだが、素直
周囲で思い思いの時間を過ごしていた女生徒が、一際不穏な雰囲気
しょうがない。
荒みきった心に、どう扱ってもいい知り合いが一人しかいないから
取っていた。
方々で話題をかき集めている男子二人は、現在食堂で遅めの昼餉を
更識簪││普段大人しくとも彼女は更識家の血縁者であった。
!
?
?
411
!
!?
﹁そういうの、あんまり良くないぞ﹂
﹁と言っても、もう何日も休んだんだ。 何か行動に移して、やり方
間違いではなかったわけだ﹂
﹂
や、あり方を変えていかないと何も変わらないからな。 それに大分
回復しただろ
﹁お前がそれでいいならそれでいいさ、││ん
﹁相席良いか﹂
円状になっている机にラウラが割り込んできた。
聞き耳を立てて、二人を伺っていた周囲の女生徒が、出し抜かれた
とばかりの表情を浮かべている。
専用機持ち達の席から、不穏な気配を感じ取ったがあえて無視す
る。
悔しかったり、羨ましかったりするのであれば自分たちもそうすれ
ばいいのだ。
潤の隣に座ったので、スペースを空ける為に一夏と潤が少しずつ移
動する。
﹁相変わらずの間抜け面だな、織斑一夏。 こんな所で怠けていては、
﹂
教官やお兄ちゃんはおろか、この私にすら追いつくことは出来んぞ﹂
﹁はいはい、分かってますよ﹂
﹁なんだ、お前ら。 何時の間に仲良くなったんだ
﹁物騒だな﹂
吹き飛んだとしよう﹂
⋮⋮、もしお前の目の前で、戦友がトラップにかかって下半身丸ごと
は し な い、傷 は 隠 し て も 膿 ん で い く だ け な ん だ。 │ │ そ う だ な
﹁話がそれたが、無茶だとしても逃げて目を逸らしたって何も変わり
やすい結末は無いだろう。
結果は││勝ち誇るラウラに、苦々しい表情の一夏、これ程わかり
施しようと思っているらしい。
頼りたくなるくらい強くなって見せろ、と以前言った事を本気で実
るために私に接触してきたにすぎん﹂
一の相手が私だけだったからな、こいつはお兄ちゃんとの実力差を図
﹁仲良くなどなってはいない。 ただ、お兄ちゃんが全力で戦った唯
?
412
?
?
﹁その時、戦友の亡骸を抱いて嘆くだけでは、何れトラップにかかった
戦 友 を 偵 察 し に 来 た 敵 兵 が や っ て く る。 そ れ も 四 方 八 方 か ら だ。
長年連れ添った戦友の死を嘆くのは良いだろう、その亡骸を手にし
て涙するのもいいだろう、だが、そのまま蹲って打ちのめされている
だけでは、何れやって来た敵兵に包囲されて自分も死ぬ。 トラップ
の種類や対策を別の戦友に伝えることも可能で、襲来した敵兵と応戦
すらことも可能で、逃げる事も可能であるのにだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁可能性があるならば、どんな単純なことでも、出来る事を何か一つで
もやっていかなければ何も解決はしない。 昨日のナギの件を受け
入れたのは、行動に移すのに丁度いいと判断したからだ。 時間が
経って、手札がどんどん無くなって、気付けば何の変化もなく状況が
最悪の方に向かってしまう。 それほど馬鹿げた事はあるまい﹂
そこで聞き耳をたてている専用機持ち達、お前らと一夏の関係だ。
﹂
413
﹁随分手厳しい言葉だな﹂
﹁今の話は真理だぞ。 お前がそう思うのは平和ボケした日本人なら
ではだな﹂
﹁良いじゃないか、平和ボケ。 戦争ばっかりで荒むよりいい変化だ
と思うね﹂
﹁私は意識の切替えの悪さを言っているのだ。 雪羅の荷電粒子砲と
﹂
バリア、剣での接近戦への切替え、ISでも同じことが言えるんだぞ﹂
﹁⋮⋮一理、あるのか
いいのか
?
くし、一夏にとっていい影響になるに違いない。
﹁所で、その用って鏡さんと二人で、だったんだよな
﹁何がだ﹂
?
ラウラも千冬に出会う前は、ISに関しては落ちこぼれだったと聞
言葉に棘こそあるが、雰囲気は以前ほどではない。
との関わり合い方、ライバルの様な関係を築いているように感じる。
これは、随分面白い関係、一夏にとって今までにないクラスメイト
練方法などを話し合っている。
潤の話は一旦置いておいて、二人がISに関する技術的な話や、訓
?
﹁い や、だ っ て 簪 さ ん だ っ た っ け タ ッ グ ト ー ナ メ ン ト で の 潤 の
﹂
パートナーの子、どう考えてもお前のこと好きだろ﹂
﹁⋮⋮は
そうじゃないか﹂
﹂
﹂
?
シャルロット
﹁お、おま、脳に、お前の頭に異性の好意を認識する力があったのか
鈴に謝れ
﹁当然だろ。 あれだけあからさまなら﹂
﹁⋮⋮││あ、ああ、あ、⋮⋮謝れ
﹂
セシリアにも謝れ
今すぐ誠心誠意謝ってこい
ついでに箒に謝れ
﹁な、なんだよ急に、なんで鈴が出てくるんだよ
﹁煩い
にも謝れ
﹂
﹁もしかしてシャルロットは││むぐ﹂
﹁言うな、言っちゃだめだ。 良いな
!
!
?
﹂
?
か
﹂
﹂
﹁鈴と同じく。 あいつは木刀だけどな﹂
﹁箒は
これは酷い。
食堂の一角から凄まじい殺気があふれ出た。
﹁ははは、ISで殴りに来る奴がか
ないない﹂
﹁なんでって⋮⋮。 た、例えば鈴がお前に好意を抱いているからと
﹁謝れって、なんでだよ
は良くてもそれ以外の三人が殺意の衝動に身を委ねかねない。
言ったら最後、一夏の動向次第ではシャルロットが、シャルロット
てくる。
慌ててラウラの口を塞いで言い聞かせると、こくこく頷いて了承し
?
!
!
﹂
う風に思ってくれている人が居るのに、別の人と二人でなんてかわい
﹁なんか俺は嫌われているみたいだから直接話してないけど、そうい
先ほどより重厚に。
て再び注目が集まる。
飲み物を拭きだしたり、むせ返ったり、机に額をぶつけたり、そし
をし始めた。
男子二人の会話に聞き耳を立てていた女子が、一斉に不思議な踊り
?
!
!
?
414
?
!
?
?
再び異様な気配が食堂の一角から場を侵食していく。
察しのいい女子が徐々に食堂から逃げていく。
﹂
潤も逃げ出したかったが、ここで逃げたら後が怖い。
﹁⋮⋮シャルロットとセシリアは
﹁お前は知らないだろうけど、二人からも殺されかかってるからな
ブルー・ティアーズとバイルバンカーで。 ないない。 俺の話は
もういいだろ、お前はどうするんだよ﹂
﹁お前に女心を説かれる日が来るとは⋮⋮、落ちぶれたもんだな、俺
も﹂
﹂
﹂
﹁ははははは。 そんなに大事みたいに言うなよ﹂
﹁ははははは﹂
﹁││何時か本当に殺されるんじゃないか
﹁何時か、じゃなくて││今日かもしれないがな
﹁何がだ﹂
﹁それで、どうするのだ
﹂
がある度に熱い気温が流れ込んでいるせいで人は少なかった。
三時ごろのロビーは空調が効いているにもかかわらず、ドアの開閉
食堂から少し離れた場所でラウラを下す。
﹁ふぅ、奴の異常な感性で酷い目にあった﹂
一夏は駄目だった。
くれたことも相まって、何とかISを展開した四人を振り切った。
首根っこを掴まれて後ろを向いていたラウラが、AICで援護して
紛れもなく、ここは戦場だった。
わってくる。
戦場の彷彿とさせるような憎しみが、魂を通じてダイレクトに伝
にしつつ、全力で逃げ出す。
怒声、怒号、悲鳴、叫び、しかも一夏周りで良く聞く声色を四つ耳
!
?
﹂
﹁⋮⋮俺から簪に対する感情は隅に置いといて、少し様子を伺おうと
思っている﹂
﹁時間を置きすぎて、ああなっても知らないぞ
?
415
?
?
﹁簪とやら、││トーナメントでのパートナーだったな﹂
?
今しがた逃げてきた食堂の方向に頭を振る。
流石に簪はああならない筈、たぶん、そう信じたい。
何故だか知らないが、簪が例の四人同様に強かになった光景が浮か
んだが、幻覚と信じたい。
﹂
﹁簪にな、軽度対人依存症の兆候が見られる﹂
﹁軽度対人依存症
﹁ラウラにとっての、織斑先生に対する状態と同じだ﹂
その言葉を聞いてラウラが押し黙る。
ラウラの左目を覆う眼帯、その瞳にはISとの適合性向上のため
ヴォーダン・オージェと呼ばれる措置が施されている。
その能力を制御しきれず、以降の訓練では全て基準以下の成績と
なってしまい、軍からは出来損ない扱いされ、存在意義を見失ってい
たが、赴任した千冬の特訓により再び強者に返り咲いた。
この経緯から、ラウラは千冬を尊敬して﹃教官﹄と呼んで親しんだ
が、その千冬に汚点を付けたという理由だけで一夏を敵視し、彼を排
除しようと画策した。
情報の出所が殆ど本音と言うあたり、少しだけ気が引けるが、情報
を整理すれば簪にも似たような事が言える。
幼い頃から優秀な姉と比較され続けて心が鬱屈し、しかも簪本人は
他人に対して能動的な行動を取るのは甘えであるとの考えから泣き
言を言えなかったため、徐々に心を閉ざしていった。
そんな境遇から、
﹃誰かに認めて欲しい﹄という欲求と、
﹃自分を助
けに来てくれるヒーロー﹄という憧れが、彼女の中で渦巻いていただ
ろう。
更に、欲求を満たす相手は、姉の手が一切入り込んでいない人でな
ければならず、更に当の本人は内気で臆病、他者を遠ざける傾向があ
るという、欲求を叶えるのは不可能な状態に陥っていた。
そんな中で行われたタッグトーナメント、日本代表候補生としての
力量を頼みに一人の生徒が接触、
﹃自分にしか出来ない事﹄という理由
を持って。
そこまでなら、ただの仲が良い友人になった程度で済んだかもしれ
416
?
ない。
尤も、その相手が、自機に着弾すれば死亡の可能性もあった攻撃か
ら身を挺して守ってくれて、魂魄の能力者からの精神汚染から救わ
れ、再度行われた攻撃から救ってくれた。
光が差し込まない暗闇に投げ込まれた一筋の光、地獄に垂れ下がっ
た蜘蛛の糸、十年近く無かった握ることのできる手、IS学園に来て
ようやく欲求を満たしてくれる相手を彼女は見つけたのだ。
その相手が、簪の中でどれほど影響力を持つかは想像に難しくな
い。
﹂
﹁もしも、ラウラが入学当時のラウラだったら、織斑先生の命令に背く
ような事はしなかっただろう
﹁そうだな、かなり無茶な事でなければ順守していた﹂
﹁無条件に自分に対する信頼を求めたり、織斑先生によって自分が成
﹂
長できると考えたり、自分より先生を優先したり、程度に関わらず拒
絶されれば不安を抱くだろう
﹁確かに﹂
﹁それを精神的に依存していると言う﹂
自分を認めて欲しいと思い、専用機の作成よりPDA作成を優先し
たり、潤のお見舞いに時間を割いたり、PDAを触れていなければ不
安を抱く。
これらがもっと酷くなれば完全な依存に移行してしまう。
﹂
﹁しかし、それが何の問題になる。 私は教官が居たからこそ、今の私
が居るのだぞ
んだ。 俺以外の人間とコミュニケーションを取りたがらなくなり、
俺が離れれば不安になって、最悪の場合には精神的に不安定となって
病み始める﹂
﹁ふむ。 ⋮⋮いささか心当たりはあるな﹂
﹂
﹁もしそうなったら、それこそ簪が可哀そうじゃないか。 俺は、あい
つにそうなってほしくない﹂
﹁随分大切にしているんだな。 お前も好意があるのか
?
417
?
?
﹁ラウラの様に軽度程度なら問題ないが、これ以上深化したら問題な
?
﹂
﹁好き、嫌い、普通で分類するのならば、﹃好き﹄の分類になるかな﹂
﹁ほう、││ちなみに私はどこだ
﹁好きの分類だ﹂
﹁そうか、それは、⋮⋮なんだ、あれだ、嬉しいな。 ふふふ。 私も
潤の事は好きだぞ﹂
少し照れ臭かったのか、頬を赤く染めてはにかむ。
そこには、入学当初から表情の変化に乏しく、他者を寄せ付けない
威圧感を放っていた、
﹃ドイツの冷氷﹄と評される人物はいなかった。
今の二人には数こそ少ないものの、此処でも聞き耳を立てている連
中が居る事に気付かなかった。
静まり返った廊下、その隅で息を潜めている者達三人。
﹁イイナー﹂
﹁ワンチャンアルー﹂
赤くなってプルプル震えている簪の両脇を固めてルームメイトプ
ラスワンが片言で会話する。
部屋から出て廊下に出たと思ったら食堂から潤がラウラを抱えて
爆走している光景が目に入った。
最近はお見舞いすら許可されない状態だったので、現在潤が何処に
いるのかも知らない簪だったが、一番驚いたのは潤が回復していたこ
とである。
先ほどまで話していた二人に茶化されつつ、ちょっと話をしようと
潤が走っていった方向へ向かって行き、偶然耳に入ったのが今しがた
の会話である。
潤とラウラの間に存在する﹃好き﹄は、異性間の﹃好き﹄ではない
が、あれだけ自然に﹃好き﹄という言葉が異性間で出てくるのは珍し
い。
LikeとLoveにどれ程の隔たりがあるのか知らないが、簪も
あれくらいは好かれている。
それを考えると、自然と頬が赤くなり、恥ずかしさから俯いてしま
う。
﹁アレホドタイセツニオモワレテルナンテー﹂
418
?
﹁ウレヤマシイナー、アコガレチャウナー﹂
﹁や、やめてよ。 ⋮⋮二人とも﹂
完全に脈アリとして話が進んでいる。
﹂
簪は潤がどう思っているのか分かってしまった。
﹁それで、更識さんはどうするの
﹂
心当たりがないか﹂
身長も体型も、四年間程の長期間において毎日見てきた奴にそっく
のがヒョコヒョコ動いていた。
連動して根元を纏め上げているリボンも、これまた見慣れた色のも
いる。
その目の前で、見慣れた二つの茶色いテールがヒョコヒョコ動いて
ウラと別れ、潤は一人で並んでいた。
クラリッサという部下のために秋葉原に行って本を買うというラ
スイーツが用意してあり夏休みでも学園生徒の姿が絶えない。
冷暖房完備、年中無休のここでは本格的なドリンクと、四季折々の
に避難していた。
多くの生徒は食堂でゆっくりするのを諦めて、隣接しているカフェ
は一時的に使用不能となった。
あれから数時間後、昼前にIS四機による集中攻撃が行われた食堂
││││
完成の目処が立たない、自分の専用機開発だった。
そんな事など思考の彼方に追いやり、簪の脳裏に浮かぶのは、未だ
簪の呟きに反応して沸き立つ二人。
﹁⋮⋮あった﹂
﹁何か無いの
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
こさないと
﹁何か、二人っきりになれるような、そういった積極的なイベントを起
?
りで、もし格好がネグリジェだったりベビードールだったりしたら見
分けがつかなくなる。
419
!
?
そういえば、とふと思うのだ。
最初の世界移動と、とある貴族の元でのイザコザを抜かせば、あら
ゆる物事の原因はこいつが原因の一端を担っているのでないかと。
死んだ後も平然とストーキングしてくるし、これは自分の中にある
奴の魂を放置していたことが原因だが。
もう一度世界移動した後も、今度はISを乗っ取ってまで姿を現
し、大変なダメージを与えてくれやがったし、これはウサ耳博士が原
因のようだが。
色々考えたが、やはり目の前のツインテールの人物にも原因の一端
があると思う。
目の前のツインテールの身長は百五十cmほど、自分は百八十c
m、少し見下ろす形となるので、旋毛とリボンとツインテールの動き
が分かる。
徐々にムカムカしてきた。
死亡するという事例があり、首を急激に後ろへ引っ張るのも、死亡事
故に繋がる要因となる。
髪の毛引っ張られて頭皮が浮いてしまい、水が溜まってしまったと
いう事例も知っている。
よって、手加減をしつつ痛いと言う感情が伝わる程度にツインテー
ルを後ろに引っ張った。
嘗ての相棒と、声までそっくりであるツインテールは、悲鳴を上げ
てのけぞった。
何時もは振り回される側だったので気付かなかったが、誰かを振り
420
その髪型が似ている、その目が似ている、その背格好が似ている│
│というより、見た目で区別が出来ない。
どうしてお前は何時も楽しそうにヘラヘラしているのに、相方の俺
!
は何時も苦労しているんだろう。
﹂
仕事は全て回し、面倒事からは逃げ、この世界でも││
﹂
﹁大体お前のせいだ、このツインテール
﹁ぎゃあっ
!
昨今では、喧嘩で髪の引っ張り合いになり、片方がくも膜下出血で
!
回すのは存外楽しかった。
バカー
﹂
レベルアップ││潤は八つ当たりを覚えた。
﹂
﹁な、何すんのよ
﹁ぐっ
!
命よ
い・の・ち
﹂
!
と一緒に、テーブルを囲っていた。
﹁女の髪の毛をなんだと思ってるのよ
!
やったと思っているんだ﹂
﹁開き直るんじゃないわよ、馬鹿
﹂
冗談は
?
﹁えーっと、なにこれ
﹂
取りだされたものは紙切れ二枚。
潤が懐から取り出した物を見て直ぐに面持ちを改めた。
無理矢理押さえつけられた鈴は、不満を隠そうともしなかったが、
めようとした鈴を強引に封じ込める。
魂の共感といった理屈でない部分から根本的問題へ、直接言及を始
﹁お前の小言を聞きたいがために顔を合わせているわけじゃない﹂
程ほどにしときなさいよ、だってあんた、未だに人の笑顔が││﹂
﹁いきなり女の子の髪の毛引っ張る状態で治ってきている
﹁表向き大分治っているだろ。 これなら普通どおりに生活できる﹂
﹁それで、あんたはどうなのよ﹂
二千五百円を頬張りながら鈴が捲くし立てる。
ノリと勢い、僅かな懺悔から、潤が購入した一番高いパフェ、一つ
!
﹁そう怒るな。 何のために蹴られて、ついでにスイーツまで奢って
!
そして今しがたも、髪の毛に尋常でない被害を受けて怒っている鈴
たとも言える。
鈴の一夏がらみの奇行を知っているのか辟易しているようで逃げ
と移動して一人になったらしい。
が、彼女は鈴がISで朴念仁に八つ当たりした時点で別のグループへ
鈴と一緒に食堂に来ていた少女、ティナ・ハミルトンというらしい
その代償として頬に回し蹴りを受けて口の中を切ってしまったが。
!
﹁二枚やる。 一夏を誘って二人で行って来い﹂
?
421
!
﹁え、ええっ
ま、マジで
﹂
いるからな。 もらってくれ﹂
!
インテールを背にしつつ食堂を出た。
途端に見覚えのある気配が肌を包む。 ││これは会長か
がった先で誰かにぶつかる。
購買で買ったパンらしき物が廊下に散らばった。
あ、え、ああ、じゅ、潤、こ、こんばんは
﹂
なんで会長が急に、と考え事をしていたからだろうか、廊下を曲
?
鈴がくねくねしつつ、顔を真っ赤に染めつつ、妄想に耽っているツ
ああなってはもうどうにもなるまい。
言葉を遙か彼方に置き去りとなったのを見て席を立った。
新しい水着の新調やら、日程やら、当日の事やらを考え出し、潤の
である。
合宿とは違う、学内行事ではない二人で行くプール、まさにデート
﹁⋮⋮トリップしているとこ悪いが、上手くやるんだぞ。 じゃあな﹂
﹁そう⋮⋮そっかぁ⋮⋮⋮⋮にへへへ⋮⋮﹂
ら、お前と一夏の邪魔はしないだろうよ﹂
﹁安 心 し ろ。 渡 し た の は 本 音 と 癒 子 に 二 枚 ず つ だ。 あ の 二 人 な
﹁の、残りの四枚は誰に配ったのよ
まさか箒とかに⋮⋮﹂
﹁六枚頂いて幾つかは配ったが、お前にもなんだかんだ世話になって
うと思った次第。
おうと思い、転入直後から迷惑をかけていた鈴にあたりに渡してやろ
使う気はないが、せっかく頂いたものなので贈り物として有効に使
全く湧いてこない。
お友達と一緒にどうぞ、と六枚も頂いたのだが、あいにく行く気が
のウォーターワールドのチケットを頂いた事から始まる。
話はパトリア・グループの立平さんから、退院祝いに新規オープン
ターワールドの無料招待券だった。
その紙に映し出される文面、それは八月にオープンされるウォー
!?
﹁すま││ああ、簪がいるからか﹂
﹁⋮⋮
?
422
!
﹁何を混乱しているのか知らないが落ち着くんだ﹂
!?
妹をストーキングしている姉、何も変なところはない、通常運転で
ある。
そのストーキング対象である妹は、現在本人に対して脳内でしか
使っていなかった名前で呼んでしまい絶賛混乱中だった。
散らばった紙パックの飲み物やらパンやらを手渡す。
﹁じゅ、潤、潤⋮⋮あの、その││﹂
﹂
﹁俺が理解できる名称なら好きに呼べばいいさ。 それで、何か用か
﹂
﹁ん、ゥン⋮⋮。 その前に、なんで治ってるの
喉の調子を整え、寮方面に歩きだした潤の隣に並ぶ。
その言葉は、若干潤の不興をかったが。
怪我が治った理由、生体再生の採用、篠ノ之束博士の介入、リリム
とティア、││かぶりを振って思考を中断する。
今ここで博士に対して憤っても仕方がないだろうに。
﹁ヒュペリオンに、白騎士に搭載されていたのと同じ生体再生機能が
なんでそんな⋮⋮﹂
あったようだ。 それが致命領域対応に反応して起動したと聞いて
いる﹂
﹁致命領域対応
やや速足な動きについてきた簪が、その足を止めたことでようやく
とした立ち位置の区別は疎外感を持たせるのに充分だった。
ヒーローとしての偶像を潤と重ねている簪にとって、そのはっきり
たかの様で、変な孤独感が胸に積もっていく。
足の動きも止まり、まるで自分が校内にある立木の一本にでもなっ
簪はそれ以上、問いかけることも出来なかった。
﹁ご、ごめんなさい⋮⋮﹂
悪いが引き下がってくれ﹂
﹁これ以上の情報は合宿に参加しなかった簪には関係の無い事だ。 ﹁でも、致命領域って、⋮⋮それに、潤は合宿には││﹂
白。
福音戦に参加しなかった時点で、簪が合宿に参加しなかったのは明
﹁それは言えないんだ、悪いな﹂
?
423
?
?
潤が彼女の心理を理解したのか、バツの悪そうな表情を浮かべる。
﹁あ∼、悪い、言い過ぎた。 最近いろいろありすぎて、まいっている
んだ。 気にしすぎないでくれ﹂
﹁あ、うん⋮⋮﹂
﹁カフェで何か奢るよ。 それで許してくれ﹂
何か都合のいいように話が進んでいると簪は思った。
自分から何か言い出した訳でもなく、潤から進んで何かをやってく
れると言っている。
﹂
﹂
夏休み前には見ることのなかった、余裕のない表情に、少しだけ悪
い気がするが何か頼みごとをするに都合がいい。
﹂
﹁そ、それなら、代わりにお願いがあるんだけど
﹁
私の専用機作成を手伝ってくれない
と手を合わせて、いきなり拝まれる。
﹁その⋮⋮お願い
パンッ
?
!
﹂
?
﹁潤は⋮⋮良かったの
まいっているって⋮⋮﹂
簪が良いというなら良いのだろうが。
に思う。
しかし、二人で、という所を強調して言う簪には届いていないよう
で、他人の手を加えていいのか再三問いかける。
会長に曰く、一人で完成させるのに拘っているとも聞いていたの
﹁うん。 大丈夫だよ、潤。 二人で作った方がいいと思う﹂
﹁それで本当にいいんだな
ずに了承してしまい、場所を第二整備室に移す。
何やら簪側からの頼みごとが非常に珍しく感じて、対して考えもせ
その姿に何となく会長の姿が重なって見えた。
!
するとぱぁっと簪の体が光に包まれると、装甲が展開されて重厚な
簪の右手にはめられていたクリスタルの指輪が反応する。
﹁おいで⋮⋮﹃打鉄弐式﹄⋮⋮﹂
さて、早速だけど機体を見せてくれないか﹂
﹁いいよ。 こういう時は何かやっていた方が楽になるってもんだ。
?
424
!
?
音をたてて整備室にその姿を現した。
打鉄の後継機と聞いていたが、実際に打鉄を操ったことのある潤に
は、同一の部分を探すのが難しいほど外見が変わっている。
スカートアーマーと肩部ユニットはウイングスラスターになって
おり、腕部装甲もスマートな代物となっていた。
一夏が保有する専用機、白式と開発元が同じだけあって、特徴的な
シルエットは似通ったものを感じざるを得ない。
﹂
打鉄弐式の外見を頭の中に叩き込んでいると、ISを跪かせて装着
解除した簪が傍に近寄る。
﹁それで、これはどこまで開発が進んでいるんだ
﹁基本的な部分は⋮⋮、まだちょっと甘いかな
武装と、稼働デー
タ、装甲のチェックやシールドエネルギーもまだで⋮⋮﹂
﹁大体全部か﹂
﹁うん⋮⋮﹂
﹂
﹁とりあえず、武装は後回しにして、機体その物の完成を優先するか。
出来上がった頃に丁度いい大会もあるしな﹂
﹁それじゃあ⋮⋮、目標は﹃キャノンボール・ファスト﹄まで⋮⋮
﹁上手くいけばな﹂
﹁間に合うかな
﹂
機動系に特化している打鉄弐式には相応しい舞台となるだろう。
する訓練機部門と専用機持ち限定の専用機部門が存在する。
別イベントとして学園の生徒達が参加する催し物で、一般生徒が参加
本来は国際大会として行われるが、IS学園がある関係から市の特
ルレース。
キャノンボール・ファストとは九月末に開催されるISの高速バト
?
廃棄された施設で、何時エイリアンが襲いかかってくるか分らない
状況で基礎プログラムを作成したこともある。
二人がかり、参考資料がある状況ならむしろ充分過ぎるほど時間が
あるとも考えられる。
425
?
?
期間は二ヶ月程度と短く感じるが、不可能だとは思わない。
﹁目標を持たずにダラダラやるより余程いいさ﹂
?
﹁よし、機体調整から始めるか。 俺も基本的なプログラム作成を手
伝うから、出来上がったら弐式に合うように微調整してくれ﹂
﹁お願い﹂
ヒュペリオンのコンソールを開いてデータを受信する。
全く知識の土台がない第四世代であるヒュペリオンは、その開発経
緯から現場で基幹OSに手が加えられるように設計されている。
理解が難しいのであれば、ヒュペリオンそのものに開発用ツールが
内蔵されていると思えばいい。
専用機であればそれ程おかしな事ではないが、量産機においては弄
る必要のないパラメーターまで変更可能になっているのは特殊だろ
う。
初めてヒュペリオンに搭乗した際に、まともに歩くことすら出来な
かった裏側には、OSが複雑過ぎるのも一因になっている。
結局これらの問題は、束博士の高スペックな制御モジュールで解決
御が難しいという弱点がある。
﹃良い鉄砲は撃ち手を選ぶってことわざ知ってるか
﹄から始まる台
る簪の画面を覗きこむようにして顔を近づけると、傍目から見ても分
そういった考えがあったから詳細を聞いたのだが、並んで座ってい
たる﹃形﹄が必要になる。
そうならないように、そのプログラムも、使い手も、完璧に近い確
詞がとある漫画にあるが、機動型も同じような状況に陥りかねない。
?
426
してしまい、今となっては必要でない機能だが、打鉄弐式の開発には
大いに役立つことだろう。
机に座って早速機体情報を精査して手を加えていき、その隣に簪が
腰を掛けて、同じくコンソール画面を開いた。
機動のバランスを取
その後、簪が躊躇いがちに用意された椅子をほんの少しだけ近づ
け、ほぼ密着するかのように座りなおす。
﹁ちょっとそっちのデータ見せてくれないか
あ⋮⋮そこは⋮⋮﹂
るのがちょっと難しいんだけど﹂
﹁え
?
機動型はその特性だけで勝敗を左右する力を持つが、その裏には制
?
かる程顔を赤く染める。
﹁⋮⋮そこは、こうして││﹂
簪は気恥ずかしさこそあったものの、真剣な表情で指示を出してい
く。
第二整備室を包む夕日の赤色が、隣り合わせに座る二人を易しく
彩っていた。
427
1│5 夏の思い出・簪と二人で
八月のある日、第二整備室でISの整備を行っている二人が居た。
システムの大まかな調整は終了しており、現在コンソールを開いて
いるのは簪一人で、潤はもっぱら微妙な出力調節や特性制御を弄るた
めに打鉄弐式のアーマーを開いて直接パーツを弄っている。
潤が打鉄弐式の開発に参加してから二週間経つか経たないかの間
に、その機体は大分完成に近づいていた。
﹁機動面に限定するのなら、期限前までに完成しそうだな﹂
﹁武装は⋮⋮手つかずだけどね﹂
簪も考え深げに自分の機体を見ている。
尤も、打鉄弐式の足元には搭載される予定の武装が転がっており、
嫌でも本完成がずっと先だと言う事実を突きつけているが。
この打鉄弐式、専用機だけの機能特化専用パッケージであるオート
クチュールを装備していない機体と比べればかなりの機動力を誇っ
ている。
性能のぶっ飛んでいる第四世代機でも、更に機動用の切替えが可能
な紅椿とヒュペリオンに比べれば劣るのはしょうがないが、現状の第
三世代中では目を見張るものがあるのは間違いない。
その要因の最たるものは││。
﹁⋮⋮もう一度、カレワラのデータ⋮⋮、見せて頂戴﹂
﹁分かった、今展開する﹂
カレワラのデータを横流ししまくっているからである。
高バランスのお手本の様な良機体であるカレワラは、スラスター出
力や制動システムの完成度が高い機体である。
トーナメントの決勝直前、カレワラから取得したデータをヒュペリ
オンに移す際に、色々な参照データをヒュペリオンにインストールし
ていた。
そのインストールされていたデータの中で、打鉄弐式に使えそうな
やつは片端から流用しているのである。
流用してから少し手を加えれば完成出来る、という程ISの開発は
428
簡単でないが、大幅な時間短縮が出来たのは間違いない。
犯罪チックで申し訳ないが、多少は許してほしいとも思って使わせ
てもらった。
ヒュペリオンの空中投影ディスプレイの前に頭が二つ並ぶ。
すぐ横に潤の顔があることで、簪はついついドキッとしてしまった
が、その潤が真剣な顔でデータを見ているのを認めると気を改める。
データを参照しつつキーボードを叩いていたが、時間が押し迫って
﹂
きた事を察すると、コンソール画面を閉じて席を立った。
﹁そ、の⋮⋮﹂
﹁⋮⋮一緒に帰るか
﹁う、うん⋮⋮﹂
妙に落ち着かなそうにして、未だに打鉄弐式の情報を閲覧している
潤の傍でウロウロしている簪。
たぶんこうなんじゃないかな、と思ったことを尋ねてみたら案の定
な返答が返ってきた。
コンソールとアプリだけ起動していたヒュペリオンを、待機状態に
戻すと簪と並んで歩きだす。
﹂
﹁あ、の⋮⋮ね﹂
﹁ん
第四整備室からの帰り道。
黄昏時の薄暗い道がとうとう暗くなり、変りに道を照らし出した街
頭の下まで少しだけ小走りで向かった彼女は、光の下で振り返ると何
かの用紙を二つ取り出した。
なんか、とんでもなく、見覚えのある紙だった。
その紙はチケット、本々はパトリア・グループの立平さんの物だっ
たそれは、潤に手渡された後に、鈴に二枚、癒子に二枚、本音に二枚
と移動していった。
たぶん、本音が簪に手渡したんだろうな。
﹂
﹁情けは人の為ならず、いや、違う。 なんとかは天下の回り物、か﹂
﹁な、なに
?
429
?
﹁あ、あ、あの⋮⋮、これなんだけど││﹂
?
﹁いや、何でもない。 こっちの話だ﹂
﹁あ、あの⋮⋮良かったら、八月に⋮⋮一緒に、いかない
﹁せっかく合宿不参加で済んだのに⋮⋮﹂
﹂
﹁最初、聞こえなかったけど、なんて言ったの
﹂
か、開発に主眼を置いていたので無視したかなのだろう。
﹂
打鉄弐式が完成していなかったので参加する意義がなかったから
がそうではないらしい。
簪は合宿に参加しなかったので泳ぐのが嫌いなのかと思っていた
?
││││
彼女にしてほしいけど、こういうこそばゆい関係もいい。
もうちょっとだけ、この甘酸っぱい雰囲気を味わってもいい、││
潤は、簪のことが嫌いじゃない、友人として好きでいてくれる。
ばいい。
耳まで真っ赤になるくらい恥ずかしいが、こうやって一歩一歩進め
今日はそれでいい。
ける約束ができた。
簪にとって初めての恋なので、勝手がわからないが二人きりで出か
ぼす。
返答を聞いた瞬間、俯いていた簪が顔をあげて嬉しそうに笑みをこ
うので了承する。
乗り気ではないが、純粋な好意から誘いにきた懇願を断るのも戸惑
﹁そっか、じゃあ、お言葉に甘えて御同行させてもらおう﹂
くなってしまいスカートを握る。
その言葉の意味をちょっとだけ頭の中で変えて、あまりに恥ずかし
頷く。
驚いた表情をした後に、頬をリンゴのように染めながら嬉しそうに
﹁えっ⋮⋮、あ、⋮⋮う、うん。 好き、大好きだよ﹂
﹁なんでもない、簪は、泳ぐのは好きなのか
?
夜、1030号室に無機質なタイプ音が繰り返し鳴り響いた。
430
?
打鉄弐式の開発が、ちょっとだけ行き詰っている。
最低限の機動は可能なのだが、全体の完成度が全く上がらない。
何度か切り分けや、ループバック試験を試みて思い当たるのは、打
鉄弐式のハード側すら未完成であったということだった。
新しく必要なパーツ情報はダウンロードで調べることができない。
だから、今の潤がしているように、勉強して一つずつ積み重ねばな
らない。
﹁⋮⋮厄介だな﹂
まだまだ問題はある。
何が必要なのか調べるためには稼働データが必要で、稼働データを
取るためには幾度となく試乗を繰り返さなければならない。
そして、稼働データを元に新規ハードを作成し、試験稼働、データ
蓄積、フィードバック調整を行い、稼働データを更新する。
ハードが完成しても、今度は戦闘が可能なようにパーツそのものも
らしい。
早く⋮⋮寝る
﹂
最
?
一旦手を止めてディスプレイの光源を落とす。
﹂
﹁ちーちゃん先生⋮⋮、ゆった⋮⋮、いいって
近ずっと⋮⋮そうじゃん
?
ちょっとな。 ほら、お休み﹂
ちょっとはだけたシーツをかけ直し、何度か背中をポンポンと叩く
とすぐに規則正しい寝息を立て始めた。
簪とウォータランドに行く前に、千冬に申請を出した日を思い出
す。
﹃⋮⋮更識妹と、ウォーターワールド、か。 ああ、好きなだけ行って
431
耐久試験を行わねばならない。
明日⋮⋮かんちゃん、プール
パトリア・グループの様に、物腰軽く、
﹃他社の物をライセンス生産
しよう﹄とはいくまい。
﹁⋮⋮おぐりん∼、起きるの⋮⋮
?
寝ぼけて言語がおかしくなっているものの、本音が起きてしまった
﹁ああ、すまない、煩かったな。 もう直ぐ切り上げるから﹂
?
﹁先 生 に そ の 呼 称 を 使 う な よ。 最 近 は ち ょ っ と 立 て 込 ん で い て
?
こい。 思いっきり羽を伸ばせ。 それがお前の為だ﹄
と何故か知らないが、妙なリスペクトを込められた瞳で送り出され
た。
あれはなんだったのか、ゆっくり考えたいが││暗い場所でじっと
していると、その暗闇から、血まみれのリリムがこちらを睨んでいる
幻覚を見る。
背後から嫌な汗のでる視線を感じ、潤は急かされたように画面の光
を元に戻した。
翌日。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
ドキドキしながらウォーターワールドの前で待ちぼうけ。
﹄、
﹃いや、待ってないよ。 簪が
約束の時間まで一時間も前だというのに、ついつい待ちきれずに来
てしまった。
本当だったら、
﹃ごめん、待った
いつ来るのか考えている間も楽しかったし﹄、
﹃ありがとう、さ、行こ
う﹄なんてやって腕組み出来れば最高なのだが。
潤と腕を組んでいる自分を想像すると、じりじりと照りつける日光
とは別の力で頭が沸騰しそうになる。
││だい、大丈夫。 落ち着いて、落ち着いて。 今日の私には味
方がいる。 大丈夫。
簪が今日つけているメガネは、昨日までのメガネではない。
プールデートを楽しむためのステップやら、夏のプールデートのテ
クニックやらの雑誌で得た情報を何時でも閲覧できるようにしてあ
る。
それに今日は協力者まで居る。
水着を選ぶ時に好みの色を教えてくれたり、必要な持ち物を揃える
のに協力してくれたりした、幼馴染の本音と、潤と仲が良いと聞く谷
本癒子なる人。
水着選びの際は﹃運動を行う﹄という事を想定して買わなければな
らないとか、試着室では前かがみになっても大丈夫かとか、濡れた状
態でも変じゃないか確認が必要など目から鱗が出るような助言をい
432
?
くつも頂いた。
潤の好みが黒色という情報も彼女たちからだった。
ただ、選んでくれた水着がちょっと派手で⋮⋮。
水着の事やら、これからの事やら、今潤が何をしているのか考える
だけでドキドキと高鳴る心臓を、壊れ物を包み込むような優しさで触
れる。
あまり大きくない膨らみ、けれど、その内に秘める思いは何倍も大
きい。
﹁本音は⋮⋮いいなぁ⋮⋮﹂
同い年なのに、二カップもバストサイズが違う。
﹂
そういえば、潤は大きいのが好きなのだろうか、小さいのは、嫌い
﹂
随分早いな⋮⋮まさか、時間間違えたか
だろうか⋮⋮。
﹁簪
﹁ひゃっ
﹁じゅ、潤 い、いや⋮⋮、約束の時間はまだ一時間も先で⋮⋮⋮⋮
これは不味い、勘違いさせてしまう。
思わず引き攣った声が出てしまった。
れた。
ずっと考えていた人の声が脳内から、直接耳朶を叩いて現実に戻さ
?
﹁う、うん⋮⋮﹂
入るか﹂
﹁なんか、変に面白い返答だな。 さて、立ち話もなんだし、早速中に
﹁あ、の⋮⋮ご、ごめんね。 えーと、邪魔しちゃって﹂
場で決まっているからな﹂
﹁こういうのは、大抵男が先に来て、女性を待っているのというのが相
待ち合わせすればよかった。
デートっぽく現地で待ち合わせなんてしないでモノレールの駅で
素直にそう言ってくれればいいのに。
うか、そう考えると自然と笑顔になってしまう。
もしかしたら、潤も自分と少しでも一緒にいたくて早く来たのだろ
じゅ、潤も随分早いね﹂
!?
433
!
?
こくこく頷きながら、心の中で﹃わ、笑われた、いきなり、笑われ
た﹄とちょっとだけへこんだ。
﹂
﹂
しかし、滅多に見られない潤の笑顔に全てが流されていく。
﹁ん
﹂
﹁⋮⋮セシリア
﹁あら
てしまった。
﹁⋮⋮へ、変じゃない
﹂
いものの方が良かったのだが、あれよあれよという間にこれに決まっ
フリルとリボンのついた黒の三角ビキニ、もう少し布地の面積が多
おかしくないか
本音とその友人に勧められるがまま購入した水着だったが、何処か
いた。
更衣室から出てすぐ、ウォーターワールド内部に入ると潤が待って
﹁よう﹂
少しでも一緒に居たい。
││少しでも彼と一緒の時間を増やしましょう⋮⋮うん、確かに、
水着は着て行く、化粧もして行く、これはOK。
ゲートを潜って、内部で待ち合わせ。
察した様だった。
かなびっくりしながら、嬉しそうに隣を歩く簪を見てセシリアは色々
ぱちくりと瞬きをした後、ここ最近変わらない潤の暗い顔と、おっ
る寸前、見知った顔の人物がやって来た。
ウォーターワールドのゲート前で、まさにこれから入館しようとす
?
?
﹂
?
ナギの時もそうだったが、潤は女の子と二人で何処か遊びに出かけ
いきなり手を取られて変な声が簪の口から出た。
﹁ひゃぅ﹂
﹁それじゃ、どこからいく
﹁⋮⋮そ、そっか。 ⋮⋮よかった﹂
しめでかわいい系の水着だと思ってたから、ちょっと驚いただけさ﹂
﹁充分似合ってる、髪の毛の色と相まって神秘的で綺麗だよ。 大人
?
434
?
る際には、紳士が淑女をリードするよう教育を受けていた。
ただ、この現代社会と、産業革命以前の世界である異世界でちょっ
とした文化的差異があるのだが、潤は気付いていない。
異世界で男女が遊びに行くのであれば、その仲のあり方が何であ
れ、その行動は須らく﹃デート﹄と呼ばれる。
情報などのやり取りが現代社会程簡単でなく、異性への扱いが特殊
だった世界では、男女二人だけでいく=親密な関係と見られ、すなわ
ちデートと呼ばれていたからだ。
つまり、潤にとっては相手が何であれ、男女二人だけで遊びに行く
のであれば、それはデートであり、紳士は淑女を持て成すべきである、
となっている。
と、言う事で、とりあえず手を取ったり、気分がすぐれなくとも笑
谷本さん
﹄
顔で出迎えたりするのは彼からすれば当然である。
﹃コール、本音
と本音が居た。
﹃て、手握られちゃった。 どうしよう
﹄
││潤から手渡された二枚のチケットを用いて一緒に来ていた癒子
その無線の先には、簪の初デートを応援すべく││出歯亀とも言う
という素晴らしい物でもある。
術を倣い、声に出さずとも思い浮かべた内容を相手に送信してくれる
更に民間に還元されたISのイメージインターフェイスの初期技
もちろん、その重量が感じ取れないほどの軽量化が計られている。
現代の最新技法を惜しみなく用いられた眼鏡型無線機器で、防水は
これが本日の協力者、簪の切り札である。
布仏本音に無線通信を行った。
思考回路がショートしそうだった簪は、思わず協力者、谷本癒子と
﹃こちら癒子。 更識さん、こちらも大丈夫です、おーばー﹄
﹃こちら本音。 かんちゃん、聞こえてますよ、おーばー﹄
!
﹃ゆっくり報告していってね﹄
後ろに味方が居るのを忘れないで﹄
﹃更識さん、落ち着いて。 二人を視認可能な場所に私達が居る。 !?
435
!
やっほー﹄
﹃いやっほー﹄
詳細お願い
﹄
つれて二人して緊張しだした。
﹄
⋮⋮カップルさんかな
?
その意味合いは少しだけ違ったが。
﹁はーい、次の方
﹂
﹄
長蛇の列だったのを二人で話ながら待っていたが、順番が近づくに
た。
になったが、この施設の特徴を覚えていた簪はそれどころでなかっ
潤にその話をした後、何故か彼が着水部分を見てから使用すること
ションである。
いられ、とぐろをまいた全長百メートル程の水路が特徴のアトラク
屋内の中央にある塔みたい高所から、施設内部を余すところなく用
かう。
通信を遮断され、仕方が無しに提案通りウォータースライダーに向
﹃ちょっと⋮⋮二人とも
!
い
﹃あ、ありがとう。 えっと、とりあえず、水着姿は褒めてくれたよ
﹃おぉ∼﹄
﹃どんな感じで
報告を聞いて沸き立つ二人。
?
﹃今 私 た ち が ウ ォ ー タ ー ス ラ イ ダ ー 使 う か ら、二 人 も 使 え ば
﹃それで、今は、手を取られて何処にいく
って⋮⋮﹄
﹃髪の毛の色と相まって神秘的で綺麗だって﹄
!
﹂
!
﹁頑張ってね﹂
の目が光っているが。
無論、赤の他人同士そうならないように申告が必要なうえ、監視員
実はこのスライダーは、二人一緒に滑ることが出来る。
潤が察してくれて、二人がカップルということで話が進んでいる。
じゃあ、彼氏さんは、彼女さんをしっかり支えて上げて下さいねー
﹁ふ ー ん ⋮⋮。 友 達 以 上、カ ッ プ ル 未 満 っ て 所 か し ら ね。 そ れ
﹁││はい、そうです﹂
﹁⋮⋮は、えっと﹂
!
436
?!
?
!
簪の耳元で、監視員が一言呟き、潤の前に簪が座った。
となると潤が後ろに座ることになり││背後から半ば抱き着く形
になる。
﹂
﹁じゅ、潤⋮⋮、その、あんまり⋮⋮﹂
﹁強かったか
﹁いや⋮⋮⋮⋮、やっぱり、もうちょっと近寄って、くれると、⋮⋮嬉
しいな﹂
﹁そっか、⋮⋮じゃあ、行くぞ﹂
本当ならISの訓練でもっと早い速度も体感している。
背中に異性の体温を感じながら降りる水路は、訓練の何倍もドキド
キした。
着水する時には一層力強く抱きしめられ、今日ここにきて良かった
と、心の底からそう思った。
その抱きしめられる感触が余程嬉しかったのか、簪は潤の手を取っ
て合計で四回スライダーを往復した。
その後は流れるプールを数周。
ここでも潤はちょっとぎこちない動きをしていたが、浮輪に乗って
潤に押されながら、久方ぶりに童心に帰っていた簪は気付かなかっ
た。
まだ十一時だよ
﹄
﹃コール、かんちゃん、状況はどうですか、オーバー﹄
﹃本音、私、幸せだよ﹄
﹃更識さん、何満足してるの
!?
て休憩タイムにしよう﹄
?
さあ、本音、流れるプール行きましょ
﹃ナイス本音 この際だから太ももも塗って貰えば
﹄
足細いからイケる、イケる
う
更識さん、
﹃よーし、かんちゃん、次は屋外エリアに出て日焼け止めを塗って貰っ
!?
﹂
﹁えっ、サンオイルを、塗る
簪自身が潤の手で、その背中にサンオイルを塗って貰う光景を思い
﹂
﹁屋外エリアに出て休むのか
?
!
?
437
?
!
﹃れっつだ、ごー﹄
!
浮かべて、声に出てしまった。
当然声に反応した潤は、再び簪の手を取って屋外エリアに向かいだ
す。
何故かほんのりウキウキしながら。
一旦簪は夢心地な足取りで、貴重品と一緒に小物を預けていた無料
ロッカーから、日焼け止めとシートを持ってきた。
やったことが無いから分からないんだ
パラソルは受付で貸し出されている。
﹁お、お願いします⋮⋮﹂
﹁背中だけでいいんだよな
が⋮⋮﹂
﹁そ、そうなんだ⋮⋮。 私も、⋮⋮⋮⋮誰かに、塗って貰うのは、⋮⋮
は、初めてだよ﹂
首の後ろで結んでいたビキニの紐を解くと、水着の上から胸を押さ
えてシートに寝そべる。
それじゃあ、触るぞ、と声がかかった後に、背中に大きな手が触れ
られるのが分かった。
﹂
太陽の熱に負けないくらい暖かくて、ちょっとだけごつごつした男
らしい手が背中を動き回る。
﹁⋮⋮加減は、これでいいのか
﹂
﹂
いた日焼け止めを洗い落とすとソフトクリームを購入してきた。
潤が触れなかった場所に日焼け止めを塗っている間、潤は両手に付
﹁う、うん﹂
﹁ほら、塗り終わったぞ﹂
た。
そのまま両足に日焼け止めが塗り終わるまで二人は終始無言だっ
﹁え、わ、分かった﹂
﹁大丈夫、潤。 そのまま││ふ、太ももの裏も、⋮⋮お願い﹂
?
﹁バニラとチョコ、どっちが好き
﹁⋮⋮ば、バニラかな
?
る。
438
?
誰でも使用できるように設けられた椅子に座って、カップを受け取
?
夏の気温はけだるい程高かったが、それを感じさせないほど気分が
良い。
潤はというと、アイスチョコレートを少しずつ口の中に入れては溶
﹂
チョコも欲しいのか
﹂
けるまで味わって食べている。
﹁ん
﹁え⋮⋮
﹂
あ、その、ああ、泳がない﹂
﹁ところで、潤は泳がないの
﹁⋮⋮え
凄く珍しい物を見た。
あの潤が驚いて、ちょっとどもった。
﹁も、もしかして、⋮⋮プール嫌いだった
﹁そうじゃないんだが⋮⋮﹂
﹂
好きな相手なら問題ない、そう、好きな相手なら。
う。
その意味を思うと、間接キス位なら気にしないのかもしれないと思
口にした言葉がリフレインする。
い、普通で分類するのならば、
﹃好き﹄の分類になるかな﹄、突然潤が
男の子って、間接キスとか気にしないのだろうか││⋮⋮﹃好き、嫌
思わずミックスアイスが喉に詰まりそうになった。
に簪が口に含んだスプーンを使ってアイスを食べ始めた。
簪が口の中でバニラとチョコを混ぜて食べていると、潤が何気なし
﹁あ⋮⋮ぁ、ん⋮⋮⋮⋮﹂
﹁はい、あーん﹂
し、これは、ラッキーというものではないだろうか。
実は、チョコとバニラを混ぜて食べるのが好きだっただけで、しか
プーンによって運ばれたアイスチョコレートがあった。
驚いたように顔を上げる簪、その口元にはプラスチックでできたス
?
?
﹁そういえば⋮⋮、最初に誘った時も⋮⋮、それにウォータースライ
そんな訳はない、そう思い込んでもやっぱり不安になってしまう。
な事が頭に浮かんでしまう。
もしかしたら、やっぱり自分とプールなんて来たくなかった、そん
?
!?
439
?
?
ダーに乗る前も、⋮⋮ちょっと、の、のりきじゃなかったみたいだし
⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮自分の価値を低く見積もるのは悪い癖だぞ。 器量が良いんだ
から、自信を持て﹂
﹁それじゃあ、⋮⋮その、なんで⋮⋮⋮⋮﹂
﹁笑うなよ﹂
﹁うん⋮⋮﹂
﹁実は、その、水難事故にあって水中で身動きが取れなくなったことが
あ っ て な ⋮⋮。 そ の 時 の ト ラ ウ マ の せ い で、体 の 半 分 ほ ど 水 に つ
﹂
かった上で顔も浸かると、筋肉が硬直して、呼吸困難になるんだ﹂
﹁え
じゃあ、今までなんで、と驚いた顔をする。
潤は嘘を言っていない。
水難事故、││脳みそを摘出されて謎の液体につかっていた。
水中で身動きが取れなくなった、││視覚情報以外消滅していたの
で動きようがない。
これらのせいで、潤は水につかって外部の光景を得ようとすると、
数年間にわたるトラウマから身動きが取れなくなってしまうのだ。
リリムとの思い出の一つに、極寒の最中川に飛び込んで逃げて互い
に裸になって体温を分かち合い、極寒の夜を共に明かした記憶がある
﹂
が、ここで初めて自分にトラウマがあるのを知った。
﹁お、泳げなかったの
﹁簪の方から誘ってくれたのが嬉しくて⋮⋮。 それに、川で溺れた
思ってしまった。
プールに誘ったのは、ちょっと残酷な行為だったのではないか、と
﹁⋮⋮じゃ、じゃあ⋮⋮⋮⋮。 なんで、どうして⋮⋮⋮⋮﹂
情けない姿を晒したこともある﹂
うとは知らなかったせいで助けようとした相手に助けられる、なんて
ちょっと前、友人を助ける為に川に飛び込んだことがあるんだが、そ
ど。 犬 か き と か、背 泳 ぎ だ っ た ら 泳 げ る ん だ が 厳 し い か な。 ﹁顔がつからなければ大丈夫⋮⋮、いや、流れるプールもアレだったけ
!?
440
?
﹂
時からだいぶ時間が経っているから、大丈夫か知りたかったのもあ
る﹂
﹁ウォータースライダーで⋮⋮、抱き着いてきたのは
﹁体が硬直したから⋮⋮、あはは、まだ治ってなかった﹂
場を和ませる愛想笑いが、自分を守るためだと思って逆に恰好よく
見えた。
こんな時でも気遣いをしてくれる、それが嬉しい。
﹁⋮⋮そうだったんだ﹂
﹁言うに言えなくて、悪かった﹂
﹁⋮⋮いいよ。 でも⋮⋮⋮⋮ちょっと安心した。 潤にも、⋮⋮私
みたいに弱いところもあるんだな、って﹂
﹁当たり前だろ。 完全無欠なんて存在しないんだ。 IS学園の生
徒二人助ける為にボロ雑巾になった事もあるからな﹂
﹁そう、⋮⋮だったね﹂
トーナメントの事を言ったのかと思い、例の映像を思い出す。
完全無欠でないけれど、同じくらい弱いところもあるけれど、簪に
とってのヒーローは確かにいる。
優しさが、とても嬉しかったのを、自分を救いだしてくれた時の嬉
しさを、あの頼もしさを感じる声を覚えている。
はたして潤には何がそんなに可笑しかったのか知らないが、簪は暫
くその言葉を聞いて暫くの間、嬉しそうに笑っていた。
││││
一旦昼食を取って、水につからないアトラクションで遊ぼうとして
いた潤と簪だったが、再び遊ぼうとしてもちょっと出来ない雰囲気が
あった。
水上ペア障害物レースなるものが午後一時から開始らしく、一時的
に入水が制限されていた。
司会のお姉さんが会場の雰囲気を盛り上げようと、声を張り上げて
いる。
441
?
﹃さあ、皆さん
﹂
﹄
というか、何故セシリアと来
参加者の女性陣に今一度大きな拍手を
一夏はどうした
﹁⋮⋮って、鈴とセシリアじゃないか
ているんだ
!
わ、わたくしの顔を 足で
﹂
!
││ゴールした。
﹂
│││甲龍
﹁今日という今日は許しませんわ
│││鈴さん
﹁はっ、やろうっての
!
!
水着姿のセシリアと鈴が、それぞれの専用機、
﹃ブルー・ティアーズ﹄
?
!
躱し│││正確には身軽な鈴が、セシリアの顔を踏み台にして跳躍│
最後に、迫りくる武闘派の柔道レスリングメダリストペアを難なく
続く障害物溢れる水上の島を、難なく攻略していく。
曰く、勝つためだそうです。
会話をなんとなく形にする。
脳波制御装置を備えている潤の専用機﹃ヒュペリオン﹄が、二人の
ニを奪うことまでしでかした。
ト・チャネルを使ったのか、見事なコンビネーションで参加者のビキ
そして先行組が現れて危機感を覚えるや否や、ISのプライベー
何組ものペアを水面にどんどん落としていく。
演じた。
競技用ピストルが鳴り響くと同時にセシリアと鈴は大立ち回りを
乏しい軍人なら互角に戦う事だろう。
流石にラウラや潤と比べるのは可哀そうだが、ちょっと格闘技術に
れに搭乗されるものも相応の訓練を施されている。
彼女たちの乗る機体の性能たるや、軍隊に比較される程であり、そ
二人は専用のISをもつ国家の代表候補生である。
﹁⋮⋮⋮⋮代表候補生なのに、本気だなんて﹂
﹁⋮⋮奴ら、本気だな﹂
整った顔はとても愛くるしいものに変化していた。
たしかにやる気は漲っているが、表情はにんまりしており、その
しかも、入念に準備運動を施し、体をほぐしていた。
ペア同士だったが妙に牽制しあっている。
?
?
!
!
442
?
と﹃甲龍﹄を展開する。
先ほどの通り、軍隊に比較される程の代物を、だ。
﹁これは、流石に止めないと不味いな﹂
﹁そうだね。 潤、頑張って﹂
困惑と興奮が入り混じる司会の言葉と同様、周囲の観客も普段お目
にかかれない二機のISを前に浮かれている。
﹂
そんな周囲を置いてけぼりにして、セシリアと鈴はブレードを重ね
合わせた。
﹁頼むぞ、ヒュペリオン。 行け、フィン・ファンネル
白と黒のIS、ヒュペリオンを展開。
アンロックユニットに装填されているビット兵器を二人の争い中
心点に向かわせる。
潤がこれからしようとしているのは﹃アルミューレ・リュミエール﹄
と言われる鉄壁の光波シールドの展開である。
エネルギーの関係で、五分間の展開が限度であり、充電の為にファ
ンネルラックに戻せばエネルギーを八割食うという燃費の悪さで、試
合中は一度しか使えないが、今回はその一度でいい。
このアルミューレ・リュミエールは設定で、内部からの攻撃を通す
か通さないか、任意で選択できる。
目の前の二人が手を伸ばせば届く至近距離で武装をフル展開する。
ファンネルは、その二機を囲むように展開されていた。
そして│││
アルミューレ・リュミエール展開と同時に、双方の攻撃は、甲高い
爆音と衝撃を伴ってウォーターワールド全体を揺らす。
内部に閉じ込められ、くまなく衝撃に取り囲まれた二機は仲良く
⋮⋮あ﹂
⋮⋮あ﹂
プールに落ちていった。
﹁なによ
﹁なんですの、横から
443
!
ここ最近ですっかり馴染みになった、仄暗く、底の見えない奈落の
二人が宙でみたIS、ヒュペリオン。
﹁お前ら何をやっている﹂
!
!
⋮⋮って、お、男
あっ、小栗潤
﹄
!?
ような瞳をもった男がいた。
﹃あ、ISがもう一機
ちょ、ちょっと瞳が怖いんですが⋮⋮﹂
!?
な、その目、めっちゃ怖いんだけど
﹁二人共⋮⋮﹂
﹂
﹁あの、何故そこでニッコリと微笑んで﹂
簪にとっての恐怖の対象。
妙に自信を持った顔つき。
水色の髪の毛と外に跳ねる癖毛。
駅で、待ち構えている人が居る。
で、過去最低に近くなる程低下してしまった。
しかし、今日何度も最高を更新していた機嫌は、モノレール駅手前
ることが出来たという意味で満足していた。
簪にとって、泳げない相手を無理に誘って遊ぶより、潤の勇姿を見
帰り道も手を取っての帰還である。
簪と隣り合わせで帰る道、今まで黙っていた潤がそう言った。
﹁午後、潰して悪かったな﹂
学園に帰れば始末書と、千冬の厳しい特訓が待っている事だろう。
止めただけとはいえ、ISの無断使用は厳禁。
ウォーターワールドの責任者に絞られている。
調 査 書 を 作 る た め に 潤 も 同 行 中 し、二 人 は 司 会 の お 姉 さ ん と、
テナンスが入るとのことで、なんと閉園になってしまった。
幸いにして怪我人や、物損被害はなかったものの、プールにはメン
﹁二人共、お仕置きだ﹂
しむ姿も、今の潤にはいささかも動じない。
ナニコレ、頭のナカニ直接コエガ聞コエテ、アガガガガガ、鈴が苦
て潤が声を出す。
り、鈴さんの方が仲いいとか言い訳をセシリアがしている声を遮っ
?
!?
!?
﹁セシリア、私超怖いんだけど、あれ説得してくれない
﹂
﹁な ん か 目 が 危 な い ん だ け ど っ そ の ト ン デ モ な い 闇 抱 え て そ う
﹁あ、あの潤さん
!
IS学園生徒会長、更識楯無の姿、扇子をパチンと閉じる音がやけ
444
?
に響いて聞こえた。
445
1│6 生徒会メンバーと
階段の上に会長が居る。
潤がちらっと簪の方を見ると、いそいそと背中に逃げ場を確保し
て、肩越しに会長を見ている。
トーナメントでのマインドコントロール、恐怖の侵攻でこうなって
いるわけだが、この姉妹は一体何時になったら仲良くなるのだろう
か。
ぼーっとしていると突然の突風に煽られ、会長のIS学園のスカー
トの裾が捲りあがり、パンスト越しに紫色のデルタゾーンが露わにな
る。
ちょっと恥ずかしげに頬の色を桜色に染め、スカートを押さえる会
長。
偶発的な色仕掛けに、潤がどんな反応をするのか気になったのか至
﹂
446
近距離で顔を除きこむ簪。
動じない潤。
﹁俺たちは何も見てない。 いいな
﹁え⋮⋮、あ、う、うん﹂
切を無かったことにした。
﹂
エレベーターの扉が開くと、再び会長が目の前にいた。
﹁お帰りなさい、二人とも﹂
﹂
﹁なに無かった事にしてるんですか会長﹂
﹁⋮⋮な、なんのことかしら
﹁ああ、そうですか。 で、なんの用です
﹁ズバリ││﹂
﹂
﹂
恥ずかしそうにする会長を見て居たたまれなくなったので一切合
る。
簪に了解を取って、一旦歩道に戻るとエレベーターの方に足を向け
?
会長が潤の右側に陣取ったため、簪が左側に移動していく。
?
?
簪ちゃん、その、今日は⋮⋮楽しかった
?
﹁ずばり
﹁ズルいじゃない
!
?
潤越しに会長が妹の簪に問いかける。
普段の更識家ではまともに会話できないが、病院での一件から潤越
しになら会話できる。
まさか自分に話しかけられるとは思っていなかったが、今日の総括
を求められて思わず笑顔になる。
﹁⋮⋮楽しかったよ。 とっても﹂
﹂
﹁俺としては複雑な心境だ。 だけど、簪がそういうなら良かったよ。
また二人で何処か行こうか﹂
﹁今度は⋮⋮、潤から誘って。 わ、私は、何処でもいいよ
簪ちゃんばっかりズルいじゃない
せっかくの夏なん
簪としても次のデートの約束までこぎつけることができ、更に満足
が、簪が満足げなのでほっとした。
そんな相手とプールに来た、面白くないに決まっていると思った
がつかると溺れる。
体が半分くらい水に入るだけで動きがギクシャクし始め、体ごと顔
?
﹁⋮⋮私には会長のキャラが分かりません﹂
﹁それなのに、知り合いの男の子はちっとも私に構ってくれない。 ﹂
このままじゃ人生でたった一度しか来ない十六歳の夏が終わっちゃ
﹂
うじゃない
﹁それで
﹂
?
﹁⋮⋮⋮⋮ごめん﹂
﹁別宅って、何処なんだ
﹂
が少しでも良好になるなら別にいいかと判断した。
簪は潤が参加するならいいよ、といったような感じで、潤は姉妹仲
する。
会長に言われ、手を取っていた二人が顔を見合わせてちょっと相談
ようは食事に誘いに来たらしい。
簪ちゃんもどう
﹁更識家の別宅でバーベキューするから、参加してね。 えっと⋮⋮
!
?
447
である。
﹁それよ
!
だしー、私だってー、いちゃいちゃしてみたいー﹂
!
?
﹁IS学園のすぐ近くよ。 ここからでも歩いて行けるわ﹂
会長が指差した方角へ足を向けた途端に、右側から会長が腕を取っ
て体を密着させる。
会長は日本人なのか否か、髪の毛の色や肌の色からして純粋な日本
人ではないのか、日本人なら普通に出来ない事を平然とできている。
そこに痺れないし、憧れない。
その手の手合いはお腹一杯です。
怪訝な表情を浮かべる潤とは裏腹に、手を握られているだけの簪は
気が気でなかった。
思い通り
何やってんだこの人、といった言葉がのど元まで出かかっているの
は明白だが、さりとて振り払う気配はない。
思い通り
色々考えた結果、簪は左側から腕を絡めた。
するとどうだろうか、会長は﹃思い通り
!
﹄と新世界の神の様な表情で潤から腕を離し、簪だけが潤と腕組み
!
している状態となった。
﹁今日は振り回す対象が二人で楽しそうですね﹂
﹁ま っ た く も っ て 可 愛 げ の な い 後 輩 ね。 ち ょ ー っ と 簪 ち ゃ ん を │
│﹂
﹁お姉ちゃん﹂
﹁おっと、⋮⋮ごめんなさい﹂
ぱんっ、と勢いよく扇を開くとそこには﹃反省﹄の二文字が。
若干沈み始めた太陽に向かって歩く三人、その影が長く伸びてい
く。
怒られたものの、潤を挟んでいるとはいえ、疎遠だった妹と並んで
歩けるという光景に、ほんのり嬉しそうに微笑んだ。
そんな会長と一緒に、三人並んで整えられた遊歩道を進んでいく
と、周囲の近代化された建物とは裏腹な木造建物があった。
外見は海産物の名前が特徴的な国民的アニメのようでいて、基本に
忠実ながらも質素でかつ壮麗で荘厳という素晴らしい物件だった。
昔懐かしいガラガラ音の鳴る扉を開けた会長は、ゆったりと振り向
いて口を開いた。
448
!
﹁さっ、上がって頂戴﹂
そういえば、まともに誰かの家に招待されたのなんて初めての事
か、そう思いながら靴を脱いでお邪魔させてもらう。
靴を脱いで、どうしたものかと会長か簪の説明でも待とうとしてい
たら、ドア越しに聞きなれた声と、若干大人びた声が聞こえてきた。
﹁おかえり﹂
﹁ただいま戻りました、会長﹂
⋮⋮生徒会役員だったな、そういえば﹂
﹁わ∼、おぐりんだ∼﹂
﹁本音
玄関に入ってきた意外な人物に驚くも、その手に持つ重そうなビ
ニール袋を受け取ろうと手を差し出した。
本音も声を掛けられずとも潤の行動を理解してビニール袋を渡そ
うとする。
しかし、直前で隣にいた女性に待ったをかけられた。
﹁駄目よ、本音。 相手はお客様。 私たちが招いている立場なのよ﹂
﹂
﹁てひひ、怒られちゃった。 お姉ちゃん、ごめんね∼﹂
﹁お姉ちゃん
﹁布仏先輩が会長と呼んでいたからには、布仏姉妹は二人とも生徒会
そして当然の如く、簪が隣に座った。
れるままに座布団を借りて座る。
本音の後に続いて、これまた古風な和を感じる居間に通され、誘わ
﹁は∼い、じゃあ、おぐりんこっちだよ∼﹂
い。 その後にケーキを用意してね﹂
﹁本音、私はお茶を入れるから、その間にお客様を居間にご案内しなさ
は似て非なる生き物なのだろうか。
簪もそうだったし、箒もそうだったし、本音もそうだが、姉と妹と
││似ていない。
そんな彼女は本音の姉を名乗ったが、⋮⋮これは、まったくもって
ンといった風体。
眼鏡に三つ編み、いかにも、お堅いが仕事は出来るキャリアウーマ
﹁申し遅れました。 私は布仏虚、妹は本音﹂
?
449
?
所属なのか
﹂
﹁わ∼い﹂
﹂
﹂
未だに妹が男と同居し続けていますけ
?
もういいのでは
﹂
ど。 会長が押し寄せてきた時に隠しカメラを撤去したんですから、
﹁ところで、いいんですか
簪と会長は、そんな三人のやり取りを楽しげに見ていた。
微妙な返しに一瞬理解が追いつかなかったようだ。
お客様扱いの潤のケーキまで貰って大満足な本音には、虚に対する
﹁ん∼
﹁いえ、俺も結構助け、たす⋮⋮。 ││はい、お世話しています﹂
﹁何時も⋮⋮
││その、妹がお世話になっています﹂
やるから我慢しろよ﹂
﹁汚いから止めろって何時も言っているだろ。 ほら、俺のケーキを
たいた。
厳格そうな姉が立ち上がる前に、本音の旋毛付近を手の甲で軽くは
のだろう。
だろうと思ったが、姉がああならきっと本音がどうしようもなかった
何度か見た光景ながら、布仏家ではどんな教育のされ方をされたの
の皿に配るとフィルムに付いたクリームを舐め始めた。
会長と潤に挟まれる形の場所に座った本音が、最初にケーキを自分
﹁おぐりん、ここのケーキはね∼、ちょお∼おいしいんだよ∼﹂
﹁簪さまも、小栗くんもどうぞ﹂
伝いさんというよりはあたかも仕えるものの雰囲気を感じられた。
その仕草はちょっと齧った程度の手腕でなく、秘書のようで、お手
注いでいく。
本音と正反対とも感じられる布仏先輩が、カップ一つ一つにお茶を
た布仏姉妹を伴って会長が入ってきた。
その後、取りとめのない話をしていると、お茶やケーキを持ってき
﹁⋮⋮入ってない﹂
﹁簪は
﹁布仏家は、代々更識家の⋮⋮、お手伝いさん、みたいなものだから﹂
?
?
?
450
?
?
﹁最初は色々やきもきしたり、心配になったり、反発もしたけれど、結
果としていい方向にいったみたいだし。 それにお嬢様の決定です
し﹂
﹁あん、お嬢様はやめてよ﹂
⋮⋮虚さん、その、せ、説明してほし
﹁失礼しました。 つい癖で﹂
﹁⋮⋮なんで、潤と、本音が
い、⋮⋮のだけれど﹂
﹁⋮⋮そうですね、ちょっと深くは話せないのですが││﹁ハニート
ラップ対策、監視網の作成、間違いを起こさないかのテスト、ですよ
ね﹂
言いづらそうにしている虚から、潤が言葉を引き継いだ。
前々から分かっている事だったので覚悟も出来ている。
獣みたいな感じで見られているのは釈然としないが、普通の高校一
年生の男子が性に興味がないなんて考えられない。
もし、普通の男が来たら、野獣になってしまうのではないか││そ
の心配は当然あった。
そしてIS学園の生徒はおおむね顔面偏差値が非常に高く、授業で
着用するスーツは、その特性上ノーブラノーパンで着用する必要があ
りってカットも際どい。
一夏なら織斑家という所在があるので性癖程度なら調べられるが、
反面潤は全く情報が無い。
ハニートラップ対策や、監視網を用意することの他に、潤が三年間
女の園に在籍しても大丈夫かのテストが必要だったに違いない。
教師と共に対策を練っていた生徒会長にとって、短期間で手軽に用
いる事の出来る手札が、﹃布仏本音﹄と、﹃更識簪﹄しかいなかった。
そして、会長は妹を簡単に手ごまと考えられなかった。
﹁こんな所でしょうか﹂
﹁大体正解ね。 簪ちゃんも満足してくれた﹂
﹁⋮⋮うん﹂
﹁さて、私は手筈通りに話を進めてくから、二人は食事の用意をお願い
ね﹂
451
?
﹁わかりました。 本音、行くわよ﹂
﹁おぐりん、ケーキありがとね∼﹂
布仏姉妹が台所へ移動してから、改まって会長が簪と潤に向き合
う。
これは、真面目な話が来ると思って姿勢を正す。
会長は若干の間の後、簪に対しては少しだけ言いづらそうに、潤に
対しては割と楽しげに視線を合わせてこう言ってのけた。
﹂
﹁さて、食事の前に、本来の目的について話をしますか。 ││二人と
も、生徒会役員になる気は無い
言葉の意味を考え、一瞬石になった。
簪は一度誘われているのか、その言葉を聞いても動揺は少なく、困
﹂
惑で固まる潤に目を合わせて彼の答えを待っているかのようだった。
﹁冗談⋮⋮って感じではありませんね。 理由を伺っても
行事も多いから人手が欲しい、というのもあるわ。 公募すれば大抵
﹁生徒会は、現状は三人で動かしてはいるのだけれども、二学期は色々
そして、その優勝者が簪と潤なのだ。
トーナメントがその後継者候補を探し出す場になっていた。
今は更識楯無が君臨しているが、次の会長のあてがなく、タッグ
は安定しないし面倒ごとが多すぎる。
半端な人間に任せても簡単に会長が変わってしまうし、そうなって
会長の言葉通りなら、生徒会長は正しく最強でなくてはならない。
で唇を隠して上品に笑う。
声を揃えて今回の勧誘の原因を口にした潤を、会長が嬉しそうに扇
﹁察しが良くて何より﹂
﹁トーナメント優勝、か⋮⋮﹂
は私だけでなく次代の会長にも言える事なのよ﹂
でも襲っていい、そして勝ったものは生徒会長になる。 そしてそれ
﹁IS学園の生徒の長である存在は、最強であれ。 生徒会長は何時
?
人手が集まるから、それで済ませてきたけど、やっぱり正式なメン
バーは欲しいのよ﹂
こんな感じが動機ね、と締めくくる。
452
?
口調こそ軽いものの、普段から考えられないほど真摯な思いが伝
わってくるし、何より雰囲気が真面目だ。
﹁男の俺が次期生徒会長筆頭候補となれば不満続出と思いますが﹂
﹁それでも生徒会長が最強でなければならないという規則は変えられ
﹂
ない。 トーナメント決勝戦での実力を鑑みるに、普通の二年生じゃ
どうするんです
勝てるか疑問だわ。 それに、不満ならあなたに勝てばいいのよ﹂
﹁││それで、俺は会長とは戦っていませんよ
?
報告ね﹂
﹂
は、所属組織が出てきても調査や交渉に手を貸す。 どう
﹂
﹁最低でも私が卒業するまでは危険をシャットダウンする。 卒業後
﹁⋮⋮更識家が後見人になると
﹂
﹁在学中、及び卒業後の身の保障をしてくれる組織、欲しいんじゃない
﹁しかし、俺は││﹂
らうけどね﹂
している、そこらへんは考慮するわ。 勿論行事の際には仕事しても
﹁勿論、二人ともやるべき事があるし、潤くんの場合は陸上部に仮入部
が畳み掛けてきた。
入る﹄と宣言しているようなもので、旗色が良いと判断したのか会長
その簪が恥ずかしそうに眼を逸らしたが、それは﹃潤が入れば私も
か、視線が噛み合った。
打ち合わせるでもなく簪の方を見ると、簪はずっと潤を見ていたの
負ける気はないけど、と不敵に会長は笑う。
までは副会長。 勿論、別の人が私に勝てば白紙に戻るけどね﹂
﹁簪ちゃんは一般役員。 潤くんは私に勝つか、私が生徒会を抜ける
﹁それで、私は⋮⋮どうなるの
﹂
らない。 今、潤くんを生徒会入りさせるのは、全校生徒に対する前
﹁私に勝てなくとも、私は来年の秋には会長の座から降りなければな
?
それに、そういった事務仕事が不慣れという訳でもなく、断る理由
は魅力的な提案に思える。
会長に振り回されるのは癪だが、何かしらの庇護が必要だった潤に
?
453
?
?
?
も特にない。
﹁分かりました、副会長の件はお受けいたします。 ただ、生徒会長の
﹂
話は時期早尚なので返答できません﹂
﹁そっ、まあいいわ。 簪ちゃんは
﹁⋮⋮潤が、は、入るなら⋮⋮私も﹂
おずおずと追従してきた簪も生徒会へ入会し、会長にとってのメイ
ンイベントが終了した。
﹁それじゃ、当初の予定通り、歓迎会を始めますか﹂
﹁今日のバーベキューって、そのつもりだったんですか﹂
突然の来訪と食事の誘い、ここまで考えていたとなれば生徒会への
加入は、この人の中では必然だったのかもしれない。
今までの上品な笑みとは違う、まるで子供のような破顔した顔つき
に、ちょっとだけ潤は後悔した。
それはまさに、悪戯が成功したガキ大将の様な笑みだったのだか
ら。
││││
﹁それでは、小栗潤くん、簪ちゃん、生徒会着任おめでとう﹂
﹁おめでと∼﹂
﹁おめでとうございます、簪さま。 小栗くんもこれからよろしく﹂
今日のゲストである潤と簪を包むように三方向からクラッカーの
音が鳴る。
話の最中に布仏姉妹が用意していたバーベキューグリルを囲って
の事だが、綺麗に整えられた庭を考えれば妙にミスマッチだった。
瑞々しい緑葉が池に浮かんでいるのを見て、苔が張り付いた、何で
もない岩まで季節のうつろいを感じさせる程の深い趣を感じる。
﹁いいのよ。 庭なんて使うためにあるのだから﹂
﹁心を読まないで下さい、会長﹂
仲が良いのか悪いのか、会長と潤の言葉を皮切りに食事会が始まっ
た。
454
?
随分巨大なロブスターをまるまる一匹バーベキューグリルに乗せ
て焼いているあたり、更識家は凄い名家であるらしい。
名家の令嬢と親しくなるのはこれで何回目か、知り合いに公爵家ご
令嬢が二、子爵様一、王様二、王子一と華々しい知人が沢山いた頃を
思い出してしまう。
その他にも代表的な食材、ウインナー、タマネギ、ピーマン、牛肉、
鶏肉、スペアリブ、あまりに脂ギトギトなメニューに嫌気がさしたの
か、簪は野菜ばかり口にしている。
﹂
いかにもアメリカ人が好みそうなメニューを、会長と本音と潤で少
しずつ消化していく。
﹁潤くん、随分食べっぷりがいいわね。 小食じゃなかったっけ
﹁入れようと思えば入る胃袋なので。 それより会長、食べすぎると
肥りますよ﹂
﹁その辺の匙加減は完璧だから大丈夫。 それに、私は、お・っ・ぱ・
い、に栄養が行くから﹂
大きくなるかも﹂
﹁いきなりシモに走らないでください﹂
﹁簪ちゃんに食べさせてあげたら
付けたら返された。
会長がちょっとだけしんみりした表情になったが、すぐさま立ち
直って空になっていた潤のコップに飲み物を注ぎ込んだ。
﹂
ジェスチャーで飲むように急かされて、申し訳程度にちょっと飲み
込んだ。
ビールの方がいい
﹁⋮⋮酒じゃないですか﹂
﹁チューハイは苦手
?
ありません。 日本では未成年の飲酒と喫煙は禁止ですよ﹂
﹁この家ではおねーさんが法律です﹂
無駄に実った胸を張って会長が宣言する。
455
?
一縷の望みをかけて、しなだれてくる会長を常識人である妹に押し
﹁⋮⋮無理﹂
﹁⋮⋮駄目だこの人。 簪、助けてくれ﹂
?
﹁どちらかというと麦酒の方が好みですが。 って、そういう話じゃ
?
これは駄目なパターンだと判断して、食材を焼くのと、程よく焼か
﹂
れた食材を配ることに徹していた虚に目を向けた。
﹁布仏先輩良いんですか﹂
﹁虚でいいわ。 まぎらわしいでしょ
﹁では、虚先輩で﹂
﹁会長の本名ってどんななんだ
﹁⋮⋮本音、お酒臭い﹂
﹂
﹁くぁwせdrftgyふじこlp
﹂
﹁本音、虚先輩が飲むならいいが、お前が飲んだらただの事故だ﹂
音も整備科に進む能力を持っているとかいないとか。
ちなみに生徒会での仕事は会計で、整備科に通う優等生らしく、本
眼鏡に三つ編み、妹の本音と違いお堅い雰囲気を醸し出している。
篠ノ之姉妹に比べれば月とすっぽんだが、しっかり者の雰囲気と、
あらゆる要素が真逆に位置している。
顔立ちは似ているし、体のラインも良く似てはいるが、外面以外の
ルームメイト、本音の姉。
次、布仏虚。
所属でないことを思い出して思考を破棄した。
IS学園に侵入した際の仮想敵として考え、││今は自分が特務隊
会長の存在は不気味で戦力分析が上手くできない。
﹁⋮⋮聞いたら不味い類の物なのか。 すまん、忘れてくれ﹂
﹁お、お姉ちゃんの名前、き、気になるのっ
﹂
の当主で、楯無とは当主の称号であり本名ではないらしい。
IS学園の侵入者やデータ盗難の防御など多岐にわたり、会長はそ
殊な家系であるようだ。
まず、更識家は裏方の様な仕事を防ぐ仕事、対暗部用暗部という特
ている内に、潤にも色々な事が分かってきた。
諦めて簪の傍まで歩み寄り、元々生徒会役員だった三人の話を聞い
﹁お嬢様││楯無さんがそう言っているのだから、それでいいのよ﹂
?
今度打鉄弐式のパーツ作成についてそれとなく聞いてみようかと
﹁駄目だこりゃ。 ⋮⋮ウォッカなんて飲むから﹂
?
456
?
?
思ったが、不安しかない。
空になったウォッカのビンを片手に、縁側に寝そべって簪に膝枕さ
れている本音を見てため息が出た。
﹂
もう片方に握っているコップ、その中に半分ほど残っていたウォッ
カは潤が美味しく頂いた。
﹁⋮⋮わ、私も、飲んでみたい、かな
﹁潤、酔ってる
﹂
﹁やめとけ。 酔うと目の前の男がオオカミになるぞ﹂
?
﹂
まあ、大丈夫さ﹂
﹁大丈夫なの
ら、三日に数時間程度しか寝てなくて││そのせいか酔いが早い﹂
﹁最 近 夢 見 が 極 端 に 悪 く て な。 寝 付 い て も 直 ぐ に 起 き て し ま う か
?
長を含めてだらだらした宴会は一時間程続いた。
﹁潤くん、肩こっちゃった。 おっぱい揉んで﹂
﹁飲み過ぎです、会長。 あと、死んでください﹂
﹁お嬢様、明日の公務に触りますからその辺になされては
﹁夏休みのたった一日くらい良いじゃない﹂
﹂
﹂
﹁潤くん、私酔っちゃった。 息苦しいの、ブラのホック外してくれる
たな缶のタブを引いた。
諌める虚を振り切ると、簪の隣で座っていた潤にもたれ掛かり、新
個外し、胸の谷間を露出させていた。
程よく出来上がっているようで、靴下を脱いで、上着のボタンを二
話を重ねる。
缶チューハイを何本も開けた会長が、心地よさそうに笑って虚と会
?
虚は﹃私は片付けがありますので﹄と酒の類は飲まなかったが、会
チューハイを飲みだした。
潤 が ほ ろ 酔 い 気 分 に な っ て 口 が 軽 く な っ た 頃 に、簪 も ち び ち び
﹁うん
?
けを求めるが梨の礫とばかりに首を横に振られる。
その間にも酒乱がフロントホックらしいブラを外させようと潤の
457
?
酒乱に絡まれて助けを求める為に、潤はほぼ素面状態だった虚に助
?
手を取ろうとしている。
手を取ろうとする会長、防ごうとする潤、カンフー映画のワンシー
ンみたいになった。
﹂
やれやれといった表情で虚が片付けを始め台所に消え、救いは無い
と思ったら簪が手を差し伸べる。
﹁駄目、お姉ひゃん﹂
﹁なに∼、簪ちゃんも邪魔するの
﹁これ私のらから﹂
﹁お前も泥酔状態かよ﹂
簪の脇を見ると、空になったチューハイやらビールやらが小山を築
いていた。
呂律のまわらない口調といい、赤く染まった頬といい、もしかした
ら一番やばいかもしれない。
﹁簪ちゃんばっかりズルい。 お姉ちゃんにも分けて頂戴﹂
﹂
﹁駄目││私の。 ん﹂
﹁ぅん
かせると、自分の唇で潤の口を塞いだ。
瑞々しく柔らかい物が触れ合う。
﹁えへへ、キスしちゃった﹂
横で会長が呆然としている、簪の膝で爆睡していた本音が起き上
がって呆然としている。
簪は頬を押さえて恥ずかしがり、潤は複雑な表情をしていた。
唇を合わせる程度なら人工呼吸含めて何度も経験しているし、リリ
ム関連で耐性が出来ているので妙な感傷に囚われたりしないが、簪の
﹂
これは色々わけが違う。
﹁な、⋮⋮嫌らった
本音は未だに二人の様子を伺っている。
会長はさぞ嬉しそうに笑いながら屋敷の中に入っていった。
いい﹂
﹁嫌じゃないが⋮⋮、酔いすぎだ。 水でも飲んで一旦休んだほうが
?
458
?
簪は、姉と格闘をしている潤の胸元を掴むと、強引に自分の方を向
!?
潤の目の前にいる簪は、強く、寛大で、豪胆で、強気で、寛大、そ
れらの全てを持っているような気がした。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮なあ、簪。 実は、俺、そ││﹂
﹁そ、そんなに、ジロ、ジロ、見る男子、⋮⋮嫌い﹂
潤が簪に話しかけようとした時、酔っていた簪が言葉を遮った。
出鼻をくじかれた潤は、気勢がそがれたのか、変に何かを悟ってそ
こから先を言う事は無かった。
﹁そうか。 そりゃあ、そうだよな、おかしいよな﹂
とだけ言って縁側から立ち上がった。
良い感じにアルコールが回っているので、更識家で寝泊まりしても
いいのだが、外泊届を出していないので千冬に迷惑が掛かってしま
う。
その事を簪に告げると、帰寮するために荷物を取りに屋敷に入って
いった。
﹂
おぐりん、私も帰る∼。 何言ってんだお前。 名目上監視が必要
じゃん、私が一緒にいてあげるよ∼。
そんな二人の会話を耳にして、もう一缶手にしてタブを開ける。
ぼんやりと唇に残る、甘い感覚を楽しみながら喉を潤した。
459
﹁かんちゃん﹂
﹁ん∼
﹂
?
何か意味ありげな事だけいって、本音は潤の方へ歩いていった。
﹁││しょうがない、私がやるか﹂
﹁さっきのは、意味があっひゃの∼
﹁今のはまずかったよ﹂
?
1│7 思い出の地にて
駅のすぐ近くにある自然公園から、蝉が暑さを掻き立てる様に鳴い
ている。
空気に夏の緑の匂いを感じながら、IS学園の敷地とは無関係な道
を適当に歩いていた。
コンビニで買ったワンコインで買えるハンバーガーを齧って水を
飲む。
右手に巻きつく腕時計以外に、あらゆる重荷がない事実ははたして
何年振りだろうか、そう考えればこの美味しくないパンでも食が進
む。
魂のちょっとした応用で、潤は現在ティアの姿を模している。
店員は滅多に見ない外国人女性に驚きはしたものの、普通に処理を
進めてくれた。
魂魄の能力者かつ性的なパスが存在しなければ出来ない癖に、魔法
使い相手なら一瞬で変装と分かる欠陥能力だが、この世界の一般人を
騙すのにはこれ以上のものはない。
変装の前後を監視カメラに記録される訳にはいかないので、カメラ
と人目が無い隙を利用して男女共用の障碍者用トイレに入って変装、
みっちり二時間後になるまで待機して外に出た。
そのせいで昼もとうに過ぎた時間になったが、時間に追われている
訳でもないので特に問題ない。
駅から出て、警官から職務質問をされたが、瞳を合わせて催眠状態
に移行させて帰らせた。
今度は暗示をかけて目の前の現実からちょっと目を離させただけ
である。
普段なら、色々な情勢問題然り、監視の目然りで、極力目立つこと
を避けていたので使って無かったが、今は全く問題でない。
今や潤はただ一人の、この世界の人からすれば普通の女性でしかな
い。
監視用の黒服もいない、ISはステルスモードに切り替えている、
460
隣を歩く人はいない。
有体にいえば潤は、││IS学園から脱走してココに居る。
﹁盗んだバイクで走り出す、か。 少しは自由になれる気がするじゃ
ない、重畳、重畳﹂
ティアの甲高い声が自分の口から出る事に、凄い違和感がある。
この年、潤の身に色々な事が起こった。
元々色々な不幸な出来事に見舞われる体質だったが、それが極まっ
たと言っていいかもしれない。
もしも、こうなる前に、自分から誰かに助けを求められたらこうな
らなかったのだろうか。
いや、ちょっと誰かに自分の身を委ねるだけで、ほんの少しでも気
持ちを誰かにぶつける余裕があったのなら、あれ程酷い結末を迎える
事は無かったと思う。
そんな簡単な事に気付かず、他人に諭されるまでどうにもならな
461
かった。
﹁簪の事が言えないな。 我ながら情けない﹂
切欠は本音。
半開きの眠り眼で、何故こうも観察眼が良いのか。
この駅前の遊歩道を歩いている原因は、更識家で夕飯をご馳走に
なった夜まで遡る。
││││
泊まっていけばいいという会長の言葉を断固拒否して寮に帰る、そ
の時になって本音が一緒に帰ると言いだした。
本音は潤の監視も兼ねているので筋は通っている。
その目は何かを語りかけているかのようだったが、今の潤には分か
らない事だった。
﹂
?
そして夜││
﹂
﹁おぐりん、また隣で寝て良い
﹁はあ
?
これから寝ようと言う時になって、電気を消す直前に本音がそうの
たまった。
既に三回やらかしているので今さらだが、何を言っているのかこの
女の子は。
﹁却下だ﹂
﹁あるぇ∼、もう三回もしてる事じゃん。 おぐりん、ケチだぞ∼﹂
過去三回。
鈴がIS学園に近寄ってきてそれに触発されて一回目、本音が風邪
を引いて歩くのも辛くなった時に二回目、ホラー特集を見た夜に一人
で寝るのが怖いと言って三回目。
確かに既にした事なので此処に至ってどうのこうのと言わないが、
本当に本音は﹃わ∼い、お兄ちゃんみたいのが出来たぁー﹄としか思っ
ていないのだろうか。
﹁一回ヤッたら何度ヤっても一緒だってとかいうナンパ男じゃあるま
いし、女の子なんだからもう少し恥じらいをだな⋮⋮何をしている﹂
反論を聞く前に、見かけ的には胎児のように丸まって寝ようとする
潤の隣に枕を置いていた。
そのまま枕をポンポンと叩くと、寝転がって気持ちよさそうに伸び
をする。
飄々と自然体のまま、ただしたいようにやっているとしか思えな
い。
キツネよりはネコの方がお似合いかもしれない。 パジャマ的な
意味で。
﹁⋮⋮午前中にホラーものでも見たのか﹂
﹁違うよ。 でも、こうした方がいいと思って﹂
﹁はいはい、もういいよ。 おやすみ﹂
﹁おやすみ﹂
そのまま電気を消してから数時間、潤は未だに起きていた。
本音に背を向けて、寝た時と同じく胎児のように丸まったまま、日
付は変わってもずっとそうしていた。
しかし、さりとてただベッドの上でじっとしている訳にもいかな
462
い。
暗い場所でじっとしていると、その暗闇から、血まみれのリリムが
こちらを睨んでいる幻覚を見る。
あの日から、消えてくれない。
勿論寝られればいいのだが、寝るともっと酷くなる。
あの日の、あの夢を、何度も見せられるのは、それほど辛い。
﹁⋮⋮酒の力で寝られると思ったんだがな﹂
気絶するまで精神が全力で睡眠を拒絶するで、ずっと何かをしてい
るしかない。
仕方がない、そう判断して、簪から頼まれている打鉄弐式の開発を
進めようと起き上がった時、誰かに首根っこを掴まれ、後ろから抱き
とめられた。
誰か、と言っても深夜の寮には潤と本音以外には誰もいない。
疑う余地もなく、感じる体温は本音の物で、まるで潤が何処かに
ちょっと放して││﹂
﹁謝っちゃ駄目、自分が悪いと思っちゃ駄目。 我慢しないで﹂
まず肩の力を抜いてリラックスして、という本音に従って体から力
を抜いていく。
何故こんなに素直に言う事に従えるのかと疑問に思うものの、なぜ
か腕を振りほどく気になれず、徐々にどうでも良くなっていった。
簪に話した通り、最近夢見が極端に悪い。
463
行ってしまうのを必死に繋ぎ止めるかの様だった。
﹁起きていたのか
﹁逃げちゃ駄目﹂
だ。 俺もそうする﹂
﹁嘘つき、寝られないくせに﹂
﹁││⋮⋮、何時から気付いていたんだ
?
﹁そうか⋮⋮、すまないな、丸一月も、邪魔だったろう﹂
﹁夏休みの最初のほうかな﹂
﹂
﹁なら、今すぐ離して、隣のベッドに戻って朝までぐっすり寝ているん
﹁おぐりんのしたい事﹂
﹁何を言って⋮⋮、えぇい、お前は何がしたいんだ﹂
?
これが良くない信号である事は知っている。
悪夢とは実は健全な精神活動の一つであり、強いストレスを受けた
人間は、悪夢を見る事でストレスを発散しているのである。
ということは、悪夢が原因で寝られなくなった時、それは本当に危
険な状態であるといえる。
強いストレスを発散することが出来ず、内側に貯まっていく一方に
なるのだから。
﹁私 ね、昔 か ら か ん ち ゃ ん と 一 緒 に い た か ら 知 っ て る。 お ぐ り ん、
﹂
今、昔のかんちゃんと同じ顔してる﹂
﹁昔の、簪⋮⋮
﹁おじょーさまと比較され続けて心が鬱屈して、だけど、能動的な行動
は甘えだからって決めつけて、泣き言も言えずに心を閉ざしていた
頃﹂
﹁││そう、かな。 いや、きっと、そうなんだろうな﹂
簪との関係は、思った以上に歪んでいたらしい。
気付いた時には改造手術を受け、意識が戻った時には大人になって
いた。
泣き言を言う事は出来ず、次から次へと舞い込んでくる任務に心は
鬱屈し、頼れる相手がおらず、一人で居たいと現実から目をそらし、
徐々に心を閉ざしていった。
同じ形に歪んでいるのだろうか、いや歪んでいたから、こうまで親
﹂
しくなったのかもしれない。
﹁それで、どうしてほしい
﹂
﹁嘘つき。 帰る直前、かんちゃんに何を言おうとしたのか、言える
﹁いや││大丈夫だよ、本音。 俺は、大丈夫、一人で、何とかする﹂
?
﹁逃げないで﹂
﹁助けて欲しいことが⋮⋮﹂
﹁もう一声﹂
﹁⋮⋮いや、本当にこれを言おうと││、俺は、一人前の⋮⋮﹂
464
?
﹁││あれは、その⋮⋮﹂
?
﹁嘘つき﹂
難しい顔で長く考え込んだ後に、絞り出すように口を開いた潤だっ
たが、本音には本心でないと一刀両断される。
苦いものを吐きだす様な、重い口調で次の言葉を言うのには、数分
の時間を要した。
﹁⋮⋮誰かに、傍に居て欲しかった。 ⋮⋮甘えていたかった﹂
震える声で何とか、全てを吐き出したが、代わりに体が震えてきた。
前の世界を含めれば、溜まりに溜まったストレスは最早呪いに近
い。
長期にわたって放置され、回復することなく隠されてきたこの呪い
は、元を辿れば脳を取り出したあの原風景にまで遡る。
誰かに助けて欲しい。
この状況から救って欲しい。
しかし、ある種成熟しているとも言っていい潤が、心から甘えられ
﹂
﹁駄目、話す。 話さないと、何も変わらない。 だから、話すの。 いい
音が先を急かす。
465
る相手なんぞ見つかることは無く、欲求を叶えるのは不可能な状態
だった。
﹂
﹁やっと、素直になってくれたね。 なんでこんな捻くれた成長した
のかなぁ
﹂
?
﹁本音、お前は、自分の││いや、これは││﹂
﹁どういう意味
前の仮面をかぶった、子供だよ﹂
俺は、気付いたら大人になってた。 あいつの言葉に乗って、一人
ようになった。 だけど、無理だったよ。 成長なんてしてないよ。
﹁⋮⋮昔、これが出来たら一人前、って言われた事を、││俺は出来る
﹁ぜんぜん駄目駄目じゃん﹂
にいえないよ﹂
﹁俺は、一人前なんだ。 甘えたいなんて、助けて欲しいなんて、素直
?
煮え切らず、現実から逃げ出そうとするようにもがく潤を見て、本
?
﹂
たぶん、この言葉の先が、アンバランスな成長の仕方をした元凶か
もしれないと思って。
﹁││お前は⋮⋮自分の脳みそを見たことがあるか
そして、実に巨大な爆弾を口から発した。
頭が処理しきれないが、隠していたことを一旦口にしたのが潤滑油
となったのか溜めた物を吐き出すかの様に一気にまくしたてた。
﹄って、ガラ
﹁あいつら、笑ってた。 人を玩具みたいに、バラバラでグチャグチャ
で、俺を笑って﹃凄いだろ、これでも生きてるんだぜ
に誰にも見られたくない世界があった。
﹁⋮⋮でも、それが、なんで助けて、って言えない理由になるの
﹂
凍てついて動かない永遠を思わせる孤独な時間、人生の一瞬の狭間
ける自分の身体、骨、神経 内臓、脳。
血の色に塗りつぶされたガラスの外、死と静寂の世界、見せられ続
理解しようがない、おぞましい内容が頭の中に入ってくる。
作の類には見えない。
本音はどこまで本当の話か疑っていたが、今の状態を見るに限り創
自分の胸元で泣きながら叫ぶ潤を見て絶句する本音。
な、バカらしい地獄から﹂
今でも、怖いから一人でいる。 誰かに、助けて欲しかった。 こん
い出す、あの時の、笑顔を、孤独を、恐怖を、辛くてたまらない。 だけど、誰かに縋りたくなる。 だけど、誰かに優しくされると思
水が怖い、笑顔が怖い。 誰かの笑顔を見ると 目を背けたくなる。
俺の脳みそを保管していたあの水が怖い、あいつらの笑顔が怖い。 前も俺たちの仲間だって、弄繰り回されて死ぬんだって言うんだ。 僅かに動くカエルの様な頭と、不自然な位置にある眼球が俺に、お
ス 越 し に 愛 お し そ う に 微 笑 む ん だ。 他 の 実 験 体 の 連 中 も 一 緒 さ。
?
﹁えーと
それがどうなって⋮⋮﹂
自分の根本的願望なのに、なんで思い出すだけで笑えるんだろうな﹂
﹁⋮⋮、ふふふ、あはは、
﹃初恋の女の子に助けて欲しかった﹄、か。 ?
か。 だけど、初恋ってのは面倒でな。 夢も憧れも簡単に消えてく
466
?
﹁そいつが俺を研究所に押し込んだんだ。 言えるわけ無いじゃない
?
れなかった。 更に組み立てられて意識が戻った頃には大人になっ
てたし、益々言える機会なんて無くなっていったよ。 俺が散々世話
になった男も、早く大人に、一人前になれって言ってたしな﹂
泣き言を言えなかった原因は、潤が大人たらんとする心だった。
麻痺した心、作られた身体、崩壊寸前の上に成り立った精神は、重
度の精神障害となって常に潤を縛り付けてきた。
何時か、何時かきっと報われる日が来る。
そう僅かな望みを胸に宿して生きてきたが、その日は来ることなく
心は鬱屈し、そこで誰かに傍にいて甘えさせてほしいといった願いが
生まれた。
その甘えたい相手は、異世界に最初に来たときに助けてもらった、
貴族の女の子だった。
あの日のように、吹雪の中に放り出され、死を覚悟し、助けられた
あの時のように。
最初に会った頃からずっとそうだったよ﹂
467
それも、彼女が潤を研究所に押し込んだ遠因であり、更には敵国の
貴族とあっては出来るはずもない。
そこまで喋ってようやく落ち着いた潤は、深呼吸を三度繰り返し、
普段通りの佇まいに戻った。
﹁悪かったな。 ちょっと、女々しいかもしれないけど、話したら楽に
なった﹂
﹂
﹁人の好意が怖い、か。 でも、かんちゃんがあまりに純粋に好きって
表現してくるから、つい甘えてみたくなったんだよね
付いてる
いくよね。 普通の人とは逆。 辛い方、辛い方へ逃げていく。 気
﹁そっか、それでかぁ。 おぐりんって優しくすようとすると逃げて
なっている。
元の佇まいに戻ったと言っても、その表情は幾分穏やかなものに
﹁そうか﹂
﹁誰にも言わないよ﹂
﹁たぶん⋮⋮、いや、きっとそうなんだろうな。 あー、それと⋮⋮﹂
?
﹁敵って裏切っても意表を付いても敵じゃないか、味方は、優しさは、
?
裏切ると変わるけど、敵意は敵意のままだから⋮⋮﹂
﹁でも、それは間違いだよ。 優しく接してくれる人から逃げて、辛く
当たる人の傍に近寄ったら、必ず酷い目にしか合わない。 早く大人
に、一人前になれって言った人がどれだけ大事な人か知らないけど、
そんな事までして、大人になる必要なんてないよ。
すがってしまいたいのに、傷つくのが怖いから人を遠ざけようとす
る。 一人で殻に閉じこもってないで、誰かの手を取らないと﹂
﹁わかってる、分かってるけど⋮⋮﹂
﹂
﹁受け入れなきゃ。 普通の人とは逆だけど、優しい世界を受けれな
いと、何時までもボロボロのままだよ
﹁言うだけなら簡単なんだけどな﹂
愛想笑いをする潤に、本音はどうでもいい世間話を暫くの間続け
た。
病院で簪が気絶した時に真っ赤になって逃げだしたことを克明に
話している最中、潤が船を漕ぎはじめたのを知り、自分も眠る体勢に
入った。
今日ぐらいは、二人ともいい夢が見られればいいなと思いながら。
そのまま潤は眠り続けた。
夏休みに入ってから碌に寝ていなかったのもある。
しかし、長時間睡眠の要因は、あの手術以降において心の底から休
める時間が無かった事かもしれない。
昼間になった後にトイレに行くために起きる事があったものの、部
屋に帰った後には再び睡眠状態に入った。
簪と会長は別宅で寝起きしたらしく、生徒会からの連絡は特にな
し。
そして潤が目を覚ましたのは、就寝から丸々一日近くも経過した翌
日朝六時だった。
ISを照らす朝日に導かれるように歩いて自問する。
自分は何がしたいのか。
本音に全てをぶちまけて何がしたかったのか。
468
?
何が出来るのか。
ぐるぐる頭の中で疑問が浮かんでは消えていくが、何一つまともな
結論に至らない。
為したいことを為し、すべき事をすればいい、知り合いの受け売り
だが、何を為したいのか分からないのではどうしようもない。
そうこうしていると、IS学園から出るモノレール駅の前まで辿り
着いてしまった。
まるで自分にIS学園という土地から離れて考えてみろ、そう言わ
れたように思えて、まるで誰かに背を押されたかのようにモノレール
に乗ってIS学園を後にし││。
駅を乗り継いだ結果、自分が生まれ育った地にやって来てしまっ
た。
││││
﹁う∼ん、微々たる差しかないせいで、逆に違和感が凄い﹂
駅から自宅までの道のりを、なんとか思い出そうとする。
自宅より先に、ラグビーの練習試合が行われた場所を思い出してし
まったあたり、中学校時代の自分がどれだけ部活動にのめり込んでい
たのか笑ってしまった。
仕方がないので、方角的に自宅がある場所に向けて適当に足を運ん
だ。
通っていた元母校、現在は名前が変わっており、また外見も記憶の
奥底に眠るものとは結構違うように感じる。
そんな中学校の敷地周辺を一周し、夏休み中に練習に励む少年たち
をしり目に堂々と校舎の中に侵入した。
勿論受付の事務員に対して暗示を掛ける事も忘れない。
設定としては夏休み明けにAETとして来ることとなっており、そ
の下見としてやって来たという事にした。
校庭が見える場所まで来ると、ラグビー部の面々が土塗れになって
練習をしていた。
469
それを見て、随分呆気なく涙の防波堤が崩れてしまった。
何もなければ自分のあの中に入れたのに、茹るような暑さに負け
ず、必死に練習をしている、あの中に。
だけど、潤の頭に僅かに残った面々、彼らと一緒になってラグビー
をすることは二度とない、それが無性に辛くて、悲しい
居ても立っても居られずに、自分に対して強烈な﹃意識外しの呪い﹄
を掛けると、我慢できずに静かに涙を流した。
その後、何処をどうやって過ごしたのかは分からない。
何時の間にか変装も解けていた。
もし見ている人がいたならば、一瞬で女性が男性に変わったことで
パニックになったことだろう。
そして、気付いたら、自宅に帰る道を歩んでいた。
夕日に彩られた嘗ての通学路は、何もない普通の中学生だったあの
頃を思い出させてくれる。
﹁宛もなく、ただただ彷徨い歩いた末にたどり着いたのが、元学校と元
自宅とは││。 結局、俺は帰りたかっただけか、あの頃に﹂
自分が何で、胎児の様に丸まって寝ようとしていたのか、何故誰か
に助けて欲しかったのか、甘えていたかったのかようやく分かった。
そして、なんで自分がこうも涙もろくなっているのかも。
大切な物を汚されて、自分で傷物にしてしまったからではない。
もしそうならば、鈴とは決して会わなかっただろう。
ナギと一緒の帰り道で、ティアとリリムと一緒に過ごしている中
に、良い思い出も沢山あったなんて思わなかっただろう。
自分が泣きそうなのは、それらを失ったことに対して。
何時の間にか失って、失った事すら知らずに過ぎ去ってしまった、
あの頃を。
そして、今││今度は無意識的にも意識的にも、
﹃自らの意志で直視
すべきだ﹄と思っている。
だから、中学校と自宅に足を運んだのだ。
││おかえりなさい
﹁ただい││⋮⋮﹂
470
幻聴が、確かに耳朶を叩いた。
放置されて荒れ果てた畑││だけど、そこには潤の家があった。
家に帰ると夕食の匂いがして、庭で犬の散歩から帰ってきた祖母が
出迎えてくれるのだ。
ふらふらと草を掻き分けながら畑に侵入していく。
ここに玄関があって、こっちは台所、祖母の部屋がここで、二階に
上がれば俺の部屋がここら辺に││、口の中で家の間取を呟く。
二度とあの頃の自分に帰れない。
本当だったら玄関があった場所から見える景色を見て、自分の家だ
けが無いことに愕然とする。
﹁うぅ⋮⋮ちくしょう、なんでこんなにっ⋮⋮﹂
跪いて夕日を拝むように顔だけ上げた。
今度は仰向けになってオレンジと黒のグラデーションとなってい
た空を見上げる。
幻覚だと知っているのに、手を伸ばせば両親の背に手が届きそう
だった。
自分は伝える事が出来なかった。
何も言う事が出来ずに、ただただ普通の家庭の普通の息子として両
親の手を煩わせながら、終ぞ何一つ言う事なく消えてしまった。
今日のご飯は何にしようかしらとか、今度の夏休みには一緒に旅行
にでも連れてってやるかとか、潤は部活で怪我とかしてないだろうな
とか、そんな何気ない事を考えながら過ごしていたはずなのに。
親として、普遍的に息子に与えていた愛情を、一方的に裏切ってし
まった。
それなのに、自分はそれに縋ってここに来ている。
││変わらなければならない。
完全に沈み、今度は満天の星が支配する中で、潤はそう思った。
なにを、どうやれば、再び疑問が顔をのぞかせるも、答えは無いよ
うで既に出ていた。
今の自分は強化手術の後に、自分の記憶をダウンロードで補強した
結果根付いたものでしかない。
471
怖いから目を背けて作り直し、辛い事があれば継ぎ接ぎの上から蓋
を乗せて隠していった。
なら、その蓋の下、作り治された物に隠された、弱い心は││
魂魄で支配された全ての完全開放、人間が行う決意とは全く違う、
いうならば仮面を脱ぎ去る行為に等しい。
言うは易く行うは難し、怪我で病院した時も、自分に向けられた魂
への介入は行っていた。
何年もつけていたギプスを取り外す、もしくは生まれて初めて補助
輪を取り外す行為、それが怖くないわけがない。
それでも、身体を治すためギプスは取るものだし、補助輪を外すの
は当然の行いに違いない。
﹁さっさとやっちまえよ、潤。 また狂ったっていいだろ、本望なはず
だ、ここで死ぬのなら﹂
自分に言い聞かせ、││瞬間、潤の身体を根本から包んでいた何か
が消えた。
﹁⋮⋮ぁ、ぁぁああアアあアァあァァっ﹂
その効果が、どれほど潤を苛んだかは分からない。
何とか感情の激流をせき止めようと、喰いしばった歯からは血が滴
りだす。
どうしようもなく瞳が震え、涙が後から後から溢れだす。
││こんなに
自分が傷ついて、憤るだけしか出来なくなって、それが運命だと
知った時もこれ程悲しくなかった。
記憶にある一つ一つの別れが絶え間なく虚無感を伝えてくる。
そして悲しみの数だけ絶望があって、それを覆して余りある悲しみ
だけが身体を貫いていく。
││なんで、なんでこんなに、悲しいんだろう⋮⋮
頬に何かが当たって目が覚めた。
目を開ければ違和感、今まで胸に抱えていた物が無くなった感触。
472
?
﹁⋮⋮﹂
手で頬についた何かを払うと、朝露に濡れた木の葉が手にくっつい
た。
泣きつかれて寝てしまったらしい。
身体に異常は感じられない。
感情が無い状態からダウンロードしてつなぎ合わせた作り物の魂、
それを取り払ったのに自分は狂わずに済んだ。
とりあえず、そこに安心する。
意識外しもしていないのに、誰にも気付かれることなく四時頃まで
寝続けられるとは、相変わらず悪運だけは強い。
夜の淀んだ空気を騒がしながら吹く風に、青葉を濡らした朝露が地
に落ちる。
人間は、不完全で不器用だ。
ちょっと強くなっても、時間が経てば簡単に別の弱さと儚さが露呈
する。
だから、強くなろうとする。
虚勢を張って強いつもりだった自分は、その裏側には弱いままの自
分がいた。
夜も朝も関係なく、ともすれば夢や幻の続きではないかと思える時
間が過ぎていく。
暫くすると、空の彼方を朝日が照らし始め、荒れた畑に群生する草
を照らし付け、露に反射してキラキラ輝く。
何か救われたものを感じ、そのまま朝日が顔を出すのを待つことに
した。
時が止まってしまったかのように静かな空間で、ただ深々と塗り替
えられていく世界。
立ち上がろう。
今までとは違う、新しい今日が来ると信じて。
立ち上がった自分の目に映るのは、限りなく広がる世界。
﹁父さん、母さん、いってきます﹂
473
││いってらっしゃい
今度は確かに聞こえた。 474
一期・エピローグ
※この手記を拾った方は、是非とも1030号室に届けて下さい。
We are the Pilgrims, master; w
e shall go
Always a little further; it ma
y be
B e y o n d t h a t l a s t b l u e m o u n t a i
n barred with snow
A c r o s s t h a t a n g r y o r t h a t g l i
mmering sea
新しい人生の幕開け、何度目だよ、を記念して立ち直るまでに限っ
て手記を残すことにした。
くそったれな自宅で起きた後││得たものは少なく、失ったものは
想像をはるかに超えている。
最悪の寝心地だったと思うが、IS学園より居心地は良かったと思
いたい。
帰る途中、何かに誘われるように立ち寄った海外製品を取り扱って
いる店で、嘗ての戦友が吸っていた葉巻を見つけた。
目を凝らして見てみたが、本当によく似ている。
思わず店員を言い包めて購入し、││ちょっと後悔した。
美味いとは言えない。
思い出補正に任せて胸は高鳴ったが、悔しさばかり滲み出てきてど
うやっても不味く感じる。 この事は忘れよう。
昼ごろにIS学園に到着した。 誰かに会うのが凄く怖かったの
で、スニーキングしたので誰とも会っていない。
何がこんなに怖いのか理解できない。
本音なら普通に接することが出来たので、大体本音と一緒に居た。
475
友達って素晴らしいね。
俺 が ふ ら っ と 出 て 行 っ た こ と に 対 す る 混 乱 は 全 く 起 こ っ て い な
かった。
本音に尋ねると、織斑先生が、小栗なら私の使用で少し出かけてい
る、とそういう事にしたらしいといった貴重な情報を得た。
夏休みに入ってからあの疑似教官の言動が、こと俺に対して変な方
向性を辿っていたので今さら驚かなかったが、何を考えているのか不
安になる。
一日おいて次の日
日記と違うんだから毎日書く必要はないと割り切っていたが、余り
に手持ち無沙汰なので二日目には続きを書くハメになった。
だって、陸上部の面々と会うのが怖いんだ。
起き上がって寝ている本音を観察して、この手記に適当な落書きを
して、適当に本を読み、先に寝た本音を観察して一日が終わる。
ああ、そういえば昼食を取りに行くときに簪と会長に会った。
この二人が一緒とは珍しい。
簪に別宅で何があったのかしきりに聞かれた、恐らくキスした事だ
ろう。 あの時の事は覚えていないのか。 相当酔っていたし、しょ
うがない。
酒の席でのことさ、気にしないさ、とだけ言って誤魔化した。 簪
があたふたする様を見て少し和んだ。 会長がああいう性格なのも
納得する。
俺が愉快そうにするのを見て、会長と簪が酷くびっくりしていた。
怖いからその反応止めてくれ。
何日たったか忘れた。
部屋から全然出ていない。飯を食いに行くときはスニーキングし
て購入、部屋で食べる。
簪には悪いが、暫くの間専用機の開発から外させてもらった。 ど
うにもそんな気が起こらないから本当に勘弁してほしい。
476
偶然俺が帰ってきたのを知ったナギと癒子が1030号室に襲来
した。
誰 が 見 逃 し て も 俺 は 見 逃 さ な い。 あ い つ ら 俺 を チ ラ チ ラ 見 て
びっくりしていると言うか、ぼーっとしている事があるのだ。
問い質したくても、返ってくる答えがどうなるのか怖いので、帰っ
た後に本音聞いてみた。
なんか何時も不機嫌で、怒っている様子だったのが、ある日を境に
無垢な笑顔を浮かべる様になったかららしい。
笑って悪いかと言ったら、そっちの方が良いと、本音は笑いながら
言った。
織斑先生につかまった日
あの糞ウサ耳博士、織斑先生に全てをぶちまけていたらしい。
しかし、しかしだ。 奴も一人の巡礼者なのかもしれない。
477
先生の話を聞く限り、完全な悪ではないのだろう、ちょっと顔に四、
五発ぶち込んだ後、膝を突き合わせて酒でも飲んで話してみたいもん
だ。
その後は交渉材料として委員会に行ってもらおう。 俺の未来の
ための礎となるがいい。
これ以上、書くことは無いだろう。 過去を思いはせて紙に書くの
は止めよう。
二学期からまた忙しくなりそうだ。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮
⋮⋮
流石に三時前ともなれば食堂に人が居ないだろうと判断し、食料を
得るためスニーキングしていたら千冬に見つかった。
今まで会長以外に見つかった事は無いのに。
﹂
?
﹁あ、どうも⋮⋮﹂
﹂
﹁小栗か⋮⋮。 もういいのか
﹁何がですか
?
警戒中の時はヒョコヒョコ顔を出して歩哨を行う、あのプレーリー
ドッグの様な瞳で千冬が顔を覗き込む。
暫くの間そうしていたが、何かに満足したらしく、視線を外した。
﹁││なんとか、なったようだな﹂
﹁⋮⋮ああ、そういえば、色々迷惑をかけたようで﹂
﹂
﹁今なら話せそうだ。 ││小栗、話がある。 ついてこい﹂
﹁えぇと、お断りする権利は
﹁無用な混乱が生まれそうな事を一つ見逃してやっただろう。 借り
﹂
を返してもらう││よろしいかな、エルファウスト王国、特務隊Fa
natic Force所属、小栗中佐殿
ISの様な起動兵器も無く、鍔迫り合う向こう側に敵が居る戦場に
る。
顔に出なくとも肌は粟立っており、緊張した場面だったと振り返
肩の力を抜く。
廊下を埋め尽くしていた圧迫感が消えると同時に千冬は、少しだけ
﹁分かりました﹂
難しようともしない。 だから、その物騒な気配を抑えてくれ﹂
﹁そういう話だ。 それと、私はお前の味方だ。 弾劾しようとも、非
廊下を埋め尽くす殺意を受け流す。
ルデ﹄として、世界的に戦乙女として名を残す女傑。
しかし、その眼下に晒されるのは、
﹃白騎士﹄として、
﹃ブリュンヒ
なく一級品の物。
潤本人は嫌がるだろうが、戦士としての才能の表現、それは紛れも
内に秘めていたとは思えないほどの、信じがたい圧力。
意だけは誰が見ても分かる。
能面の様な顔には何も浮かぶものが無く、それでいてありありと殺
うな変化。
一瞬で顔に浮かんでいた感情が、漂白されて何もなくなったかのよ
い程の冷たい圧力に変化した。
瞬間││千冬の肌を包んでいた夏の暑さは、その気温を感じさせな
?
おいて、輝かしい戦歴を残した接近戦のプロフェッショナル。
478
?
無線のような簡単に通信を行える手段がない場所において、自らも
﹂
前線で戦いながら味方と連携して指揮をとることがどれほど困難か。
それだけでもリスペクトに値する。
寮長室ですか
﹁それで、生徒指導室ですか
私の家で、ゆっくり話そう。 酒く
﹁そんな場所で話せる内容か
?
て、中から響く声に手を止めた。
入って大丈夫なのだろうか、
﹃邪魔をするな
!
向かう。
し、せめて飲み物だけでもと思ってスリッパをはいて、リビングへと
千冬が来るまで数分も掛からないだろうが、昼食を取り損ねている
は確実。
この場にいる面々を考えると、千冬が考える話の内容は出来ないの
⋮⋮。 一杯冷たいのを貰っていいか﹂
﹁こ の 調 子 で は ま た 移 動 確 定 だ が、そ れ は 俺 が 決 め る 事 じ ゃ な い か
﹁そっか、歓迎するよ。 喉乾いてないか、お茶でも入れるぞ﹂
﹁勝手に上がってすまんな。 ちょっと避けえぬ事情があってな﹂
﹁⋮⋮ととっ、潤も来たのか﹂
インターフォンを押して、躊躇なく玄関の扉を開いた。
思わしき声も聞こえたので、これなら大丈夫とお邪魔することにし、
しかし耳を澄ませば、中から⋮⋮完璧な造形だぞ、というラウラと
されたりしないだろうか。
﹄と言ってISで攻撃
取りあえず上がらせてもらおうと思いインターフォンを押そうとし
千冬のプライベート空間を侵食しなければ問題ないだろうと思い、
とりあえず千冬の家でもあるが、一夏の家でもある。
とその下のインターフォンを睨んで小休憩。
車を駐車場に止めてくると言う千冬を差し置いて、織斑という表札
しまった。
車の中では特に会話は起こらず、あっと言う間に織斑家に到着して
三時ごろになって私服姿となった千冬と共に車で移動した。
らいはあるぞ﹂
?
﹁皆、潤も来たぞ﹂
479
?
﹁おおっ、私の隣を譲ってやるぞ﹂
﹁潤が来た瞬間、ご機嫌になりやがって⋮⋮。 さっきまでのむすっ
とした態度は何処に行ったんだよ﹂
織斑教官が過ごした家に興味を持ってやって来たラウラは、シャル
ロットも来ているという事で取りえず輪の中に入っていた。
周囲を威圧する雰囲気は相変わらずだったが、潤が来て一変、隣に
クッション座布団を用意して誘い出した。
見事な変わり身の早さである。
なんだったら泊まってってもいいぜ
﹂
﹁いや、悪いが、すぐさま移動することになりそうだ﹂
﹁なんでだよ
?
﹂
﹁千冬姉と何かあるのか
﹂
予想通りに結末に潤はほんのり苦笑いを浮かべた。
バタンとドアが閉じる音がして千冬が出ていく。
﹁ですよね﹂
﹁小栗、場所を変えよう。 良い場所を知っているから、案内する﹂
く。
も圧迫された雰囲気と、一夏の世話を羨ましそうに眺める視線に気づ
そこまで一夏と何気なく接していた千冬だったが、教え子のどうに
くお茶を飲むか飲まないか尋ねる姿は執事の様でもある。
右肩のカバンを受け取って片付け、昼食を取ったか否か、潤と同じ
潤の事は片隅に置いておいて、すぐさま千冬の傍に行く一夏。
﹁ああ、ただいま﹂
﹁千冬姉、おかえり﹂
織斑千冬、その人である。
がやって来た。
あの人は誰だと思った専用機持ち達にとって、唐突に予想外の人物
﹁なんだ、賑やかだと思ったらお前たちか﹂
﹁あの人
うだからな﹂
﹁俺も用事があって来たんだ。 この有様じゃ、あの人がそう言いそ
?
﹁福音戦の事とか、病院での事とか、先日の無断外泊の件について、小
?
480
?
言と説教を受けて罰を与えられる予定だ。 変わってくれるなら変
わってやるぞ﹂
﹁うへぇ、勘弁してくれよ﹂
﹁ははっ、冗談だ。 真に受けるな﹂
にかっと笑って一夏を小突く潤。
千冬が居なくなって、やっと呼吸が出来る様になったかのように専
用機持ち達が息を吐いたが、その光景を見て再び息をのんだ。
︵セ シ リ ア、あ れ 何 潤 っ て あ あ い う 風 に 笑 っ て 冗 談 を 言 う 性 格
僕の理解が追いつかない︶
になってしまったのでしょうか
︶
︵笑いながら冗談を言う性格だったけ
どんな心変わりかしら︶
︵いえ、わたくしに聞かれても⋮⋮。 色々ありすぎて本格的に駄目
だったっけ
?
﹁ん
﹂
⋮⋮それにしても、一夏﹂
﹁随分遠回りしたけどな。 ありがとう、もう大丈夫だよ、ラウラ。 うだな﹂
﹁⋮⋮一生モノのシェルショックを患ったと思ったが、吹っ切れたよ
︵そこはかとなく、小学生頃の一夏と重なるな︶
?
?
反応するんだが、やっぱり変か
﹂
Always a little further: it ma
shall go.
﹁We are the pilgrims, master: we
悲しい。
これでよかった、これでいいんだ、とも思ったがやはり悲しい物は
を繰り返していたが、もう完全に居なくなってしまったらしい。
あの一件以来、死に際の心臓の如く、影響力を感じたり消滅したり
││リリムの気配が、全く表に出てこない。
爽やかに笑って背中を叩く一夏を置いておいて、鈴の方を見る潤。
リするって。 でも悪い変化じゃないと思う﹂
﹁入学当初の面影が全く無いじゃないか。 そりゃ、誰だってビック
?
481
?
﹁会長にしろ簪にしろ、癒子もナギも、セシリアやシャルロットと同じ
?
y be
B e y o n d t h a t l a s t b l u e m o u n t a i
n barred with snow,
A c r o s s t h a t a n g r y o r t h a t g l i
﹂
﹂
mmering sea﹂
﹁
﹁その詩は││﹂
﹁知っているのか
箒の問いかけに頷くセシリア。
﹃われら巡礼者は あの雪に縁取られた地の果ての青き山を越え 荒
れ狂う海 輝く海をも越えて かなた遠くへ至らん﹄、出典はジェイ
ムズ・エルロイ・フレッカーのサマルカンドへの黄金の旅。
この詩はイギリス陸軍、SASの戦死者の名が刻まれるヘレフォー
ドの時計にも記されている。
また全てのSAS隊員が暗記している有名な詩で、鎮魂歌とも取れ
る詩である。
﹁小栗、別の場所へ移動するぞ﹂
﹁はい﹂
﹁一夏、今日は帰れないから後は好きにしろ。 ただし、布団が無いか
ら泊まらせるなよ﹂
一夏に声を掛けられる事もなく颯爽と出ていく二人。
何故かその背中は良く似ていた。
駅から少し行ったところにある商店街の、その地下にあるバーに二
人はやって来た。
夕方四時から翌朝八時まで開いているこのお店は、フランス製の調
度品で統一された大人の社交場であり、千冬の行きつけの店でもあ
る。
また、ここのマスターは教養深いのか、長年の経験深さからくるの
か高級バーとも言える隠れた名店でもあった。
ここでいう高級というのは、単に酒や料理が美味いというだけでは
なく、訪れた人の秘密を守れるという事だ。
482
?
?
﹂
単に美味い料理を食べたければ、この高度情報化社会、いくらでも
安くて優良な料理を出す店は見つかる。
しかし、そういう店では秘密を守れない。
﹁千冬さん、男連れとは珍しい。 春でも来ましたかな
﹁冗談はよしてください。 顔を見れば分かると思いますが、訳あり
です。 奥をお借りしたいのですが﹂
﹁││どうやらそのようで。 ではどうぞ﹂
奥へ通されていく潤。
部屋にこびり付くまで重ねた酒の匂いが本当に懐かしかった。
マスターが黒ビールをビンで持ってきて、潤が未成年だと知ってい
るのか定かでないが、コップを二つ持ってきて去っていった。
マスターが出ていくのを確認し、ビールを注ぐ訳でもなく、最初に
千冬が口を開く。
﹁すまなかった﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁今なら分かる。 お前とあいつを戦わせてはいけなかった﹂
呆然とする潤の前で、千冬が頭を下げている。
リリム云々に関しては自分の非でもあった潤は、少しの間混乱し
た。
﹁UTが現れたのは、俺が原因です。 だから││俺が戦うべきでし
た﹂
﹁そんな事は言わないでくれ。 これは戦う場にすら居なかった私の
出来る、最後の事なんだ﹂
﹁頭を上げて下さい。 もう、全部済んだことです﹂
その言葉を聞いて、千冬はゆっくり顔を上げた。
肉体も万全、戦う気概もある、そんな状態で生徒を前線に出すこと
に、彼女なりに追い目が合ったのだろう。
その目は真剣だった。
とりあえずコップにビールを注いで千冬に手渡した。
﹁⋮⋮﹂
﹁頭を上げて下さい。 もういいんです﹂
483
?
﹁││流石に英雄と呼ばれる功績を残した事はある。 切替えが早い
な﹂
﹁それは勘弁して下さい。 宛がわれたレールを走っていたら、英雄
という名の駅しか残っていなかっただけですから
﹁それでもお前は英雄だよ。 私が何時までたってもブリュンヒルデ
で呼ばれているように﹂
喋りながら用意されたもう一つのコップにビールを注いでいる。
二人の間では、既に潤が未成年でない事だけは一致している。
﹂
﹁そうじゃなくて、英雄ってのはもっと、││こう上手くやるもんじゃ
ないですか
﹁直接被害を受けるはずだった前線、前線の崩壊で失わるかもしれな
かった後方、全て考えれば億近い人命を救ったんだ。 下手も上手い
も関係なく、自分の命を天秤にかけ、身を切るような決断が出来るの
が英雄だ、私は思う﹂
﹂
﹁せいぜい一分程度だけのインスタント英雄をよくそこまで持ち上げ
ますね。 それともブリュンヒルデは目の付け所が違うのかな
になって千冬の方から切り出した。
﹁私は何もしてやれなかったが、これから大丈夫か
﹂
静にグラスを傾ける両名だったが、大体半分ほどグラスを開けた時
して酒を呷る。
お互いに皮肉を言いあい、千冬の乾杯の一言を合図にグラスを鳴ら
?
情報の出所は
﹂
﹁そこまで知っているとなると、随分深く理解しているようで⋮⋮。
これが普通なんだ﹂
﹁いや、言うのは憚られるが、お前が接した連中がアレだっただけだ。
反応が少し怖い﹂
﹁大丈夫、大丈夫ですけど、この世界の人間が皆優しいせいで、周りの
?
口にする言葉には棘が含まれているものの、その単語は以前より幾
潤の脳裏にヘラヘラ笑う、メルヘンチックな女性が浮かび上がる。
﹁またあの女か││﹂
﹁束からお前の魂によって得られた情報を、映像化されて渡された﹂
?
484
?
分緩和されていた。
﹁先生から見て、あれはどういう生き物なんですか
﹂
﹁付き合いの長い私にも難しい質問だ。 何せ掴み所がない奴だ。 ただ、束は興味のない人間にはとことん無関心だった奴だ。 そう考
えれば﹃じゅんじゅん﹄という呼称を使い、お前の専用機にまで手を
出したのには意味があるはずだ。 だが、こうまで辛辣な行動に出る
のは、⋮⋮確かに奴らしくない。 特別になりきれない、世界にたっ
た一人だけの特殊、難しいな﹂
﹂
﹁しかし、奴は踏み込んじゃいけない所に踏み込んだ﹂
﹁確かにそうだ。 ││お前は、あいつをどうしたい
交渉材料として上手く使うだろうと思っているのもある。
﹁それより、映像、映像ですか⋮⋮。 中々刺激的でしたでしょう
﹂
後は当人たちの問題で、潤ならなんだかんだ言って命まで取らず、
居る。
一方で潤の過去を知った以上、それもしょうがないと思える自分が
ないと判断する。
潤の過去を鑑みれば、一度敵扱いされた以上、何も無い、はありえ
にやりと笑う潤を見て、溜息一つ。
貰いますよ。 けじめに命の保証はしませんがね﹂
﹁あんなでも、友人の姉の友ですからね。 ただ、けじめは付けさせて
?
﹁ああー、鳳の事なんだが⋮⋮﹂
い。
と言っても、潤の過去を穿り返すとトラウマ物の内容しか出てこな
表情に変わった。
笑いながら言ったものの、言葉に震えを見た千冬がしまったという
していく。
千冬が飲み終わったのを見て、空になったグラスを黒ビールで満た
まります。 たぶん一生モノでしょうね﹂
﹁なら良い方じゃないですか。 俺なんか未だに水に浸かると体が固
手術の場面ではゲーゲー派手に戻した﹂
﹁今のお前が、時より笑顔を浮かべるのを知っているから尚更だ。 ?
485
?
﹁先生の家で会った時には、ほぼ完全に消滅していました。 リリム
の適性が上書きに近いものだったので、シャルロットが転入してきた
後から大分危険でしたが、もう大丈夫でしょう﹂
﹂
﹁そうか、寮監の私にとっては朗報だが、お前は寂しいんじゃないか
﹂
﹁どうですかね
重ねた時間はともあれ、共に大人である二人はゆっくり杯を傾け
る。
一時間程飲んで、次第に酔いが回ってきた。
この数ヶ月の間に何を失い、何を得たのだろう。
失った物は多く、得た物は決して多いとは思えない。
新しい出会いがあって、少しずつ日常に安らぎを感じるたびに心の
何処かで罪悪を感じていた。
壊れかけの人間モドキが、ラウラや簪の支えになる事に抵抗を感じ
た事もあった。
潤がこの世界に刻んでしまった何かが正しいのか、正しくないのか
なんか分からない。
それでも││、確固たる意志で決断したのだけは覚えているし、出
来る限りのことはやった、そう思う事が出来る。
誘われるがまま飲み続けていたら、最近ずっと襲い掛かる眠気に誘
われ、自然と目を閉じた。
その潤の寝顔は、安らかな、憑き物が落ちた普通の寝顔だった。
⋮⋮
⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮
手記の最後のページにこう記してある
われら巡礼者は、
あの雪に縁取られた地の果ての青き山を越え
荒れ狂う海、輝く海をも越えて
486
?
?
かなた遠くへ至らん
このレクイエムを、俺が見送った全ての友に捧げる
そして、俺が残せた全ての命に、幸多き未来があらんことを
487
2期 可能性の権化
プロローグ
﹁うぅ、え、えぁあ⋮⋮﹂
﹁こいつ⋮⋮気が違ったら捨てられたのか﹂
﹁⋮⋮嫌なもの見ちまったな。 看病するのも億劫ってか
﹂
常人なら耳に入ることもないような小さな声だったが、この赤目の
貴人なら聞くことはできる。
欠けたる物もなし、と言わんばかりのその威風は、その貴人がただ
ならぬ力を持つものだと表している。
ようやくお目当ての相手が来たことを知り、重たい腰を上げた。
真上から降ってきた、一人の男を見据える。
男が落ちる場所に手を向け、││瞬く間に魔法陣が形成され、落ち
てきた男を難なく受け止めた。
﹁貴様は、片道旅行のつもりだった、そういって憤るのだろうが⋮⋮。
恨んでもいい、ただ、俺の最後のわがままに付き合え﹂
そう言って貴人は、虚ろな瞳で言葉にならない声を漏らす男を連れ
出す。
たどり着いたのは、宙を浮かぶ男を、あらゆる観点から強化した施
設だった。
以前は男を強化した場所だが、今度は男を元に戻すための処置を施
す。
﹁お前は良くやってくれた。 お前の未来は全て俺が決めてしまった
というのに。 付き従うもの、人を従えるもの、孤高を目指すもの、安
寧 を 望 む も の、現 状 の 維 持 の み を 望 む も の ⋮⋮。 お 前 を 思 う な ら
ば、俺が拾う時に素直に死をくれてやればよかった。 だが出来な
かった。 お前の才を知った時、どうしても優秀な手駒としてお前を
欲しくなった。 お前は命まですり減らし、俺の予想通りの戦果を出
した。 ゆえに、褒美を賜わしても誰も文句は言いまい﹂
男を装置の中にいれ、手術を開始する。
488
?
いじらねばならない機器はあちこちに分散しているので一人では
どうしようもないと思うかもしれない。
しかし、貴人がまるで指揮官のように手を振り上げると、何もない
空間から手が生えてきて機械を操作しだした。
ガラス越しに体が分解されていき、神経、骨、内蔵といった部分が
液体によって浮かんでいく。
強化前に記録されていた男の年齢は十五歳。
これ以上前に戻すことは出来ないが、無茶苦茶に改造され、薬物が
手放せない、といった問題は起こらないようになる。
子供も薬の影響がないまま作れるだろう。
ボロボロになった体、そして体に負けないくらいボロボロだった心
をある程度元に戻せた頃には、季節は初春を迎えていた。
﹁魂魄の能力には無限の可能性がある。 自分を信じて心を委ねろ。
それではな、潤。 ⋮⋮貴様に暇を与える。 せめてこことは違う
地で、残る余生自らの望みのまま生きるがいい﹂
世界線の歪みをこじ開け、エルファウスト王国にやってきた頃まで
若返った男を投げ入れる。
別世界の縁、例えば親や兄弟、といった縁を辿って元の世界に帰る
だろう。
赤目の貴人、││エルファウスト王国の国王と呼ばれる男は、自国
最良部隊の隊長だった男、小栗潤を見送った。
そこから数ヶ月。
戦争の傷跡は深く国を抉っていたものの、人は逞しく復興を始めて
いる。
男手が減りすぎて多少不憫だが、いずれ戦前の賑わいを取り戻すこ
とだろう。
最早自ら手を出すこともなくなってきた。
非常時でなければ自ら辣腕を振るうなどありえない事だ。
戦時でもなければ些細な雑務は下々に任せ、王は悠然と君臨するも
のであり、王が正しく超然としていれば臣下が意を汲み、物事は万事
上手くいくものである。
489
そして、暇を持て余した。
退屈にまみれ何をしようかと考えていたら、嘗て自ら手を煩わせて
まで見送った臣を思い出した。
細く微笑むと、あの日と同じように世界線の歪みをこじ開け、今度
は自ら身を投じた。
││││
﹁おはようございます﹂
昼の陽光が差し込む生徒会室、眩しく差し込む夏の日差しを背に座
る生徒会長・更織楯無に挨拶した。
全体的に余裕を感じさせる態度、その大人びた雰囲気とは違い表情
は子供っぽく感じる。
そんな会長に挨拶して、生徒会室に入ってきた男は夏休み中に生徒
入学当初の潤の評価をまとめると、概ねこのように言われている│
│すなわち、﹃怖い﹄と。
夏に色々、本当に色々あって潤は初心にかえり、既に習慣になるほ
ど染み付いていた、威圧して、遠ざけて、身近な人たちから逃げるの
を止めた。
そのちょっとした違いで、笑顔が自然と外に出るようになり、結果
として機嫌がいいように見えている。
速く一人前になれと言って死んだ人が、潤を思っていった言葉だっ
たが、その人が死んでしまったせいで、逆に潤にとっては呪いになっ
490
副会長にさせられた小栗潤。
会長の手前側に座っている会計・布仏虚にも目礼、何故か顔に縦線
を引いて絶句しているが気にしない。
﹂
﹂
更に手前側にいる会長の妹・更織簪に目を向けた。
﹁おはよう﹂
何かいいことあったの
?
いや、別に。 どうかしたか
﹁⋮⋮
﹁ん
?
?
﹁いや、なんか││雰囲気が柔らかくなったというか⋮⋮﹂
?
てしまっていた。
ふみぅ
う∼ん、おはよう⋮⋮﹂
﹁そら、本音。 いい加減起きろ﹂
﹁ふぁ
普段なら少々おちゃらけた態度を取る会長が、真面目な表情で他の
る。
そんな事は置いておいて、素直に居残って会長と顔を付き合わせ
い。
二人のイレギュラーといった、重大な問題を抱えているので応えにく
彼女の慕う気持ちはわかるのだが、潤は国籍不明で、世界でたった
ていた。
会長と二人っきりで残ることに、簪がちょっぴり不服そうな顔をし
!
と決まっている本音以外は、だが。
潤くんは残ってね﹂
﹁それじゃ、ひと月位忙しくなるけど、頑張って乗り越えましょう
それでは解散
いると仕事が増えるから、邪魔にならないように書類仕事はしない
それに伴って書類が増えるし、会計も忙しくなる。
企画の精査をしたりするなど忙しくなる。
生徒会のメンバーはその日に入場者のチケット確認や、各クラスの
ケットでも入場できる。
基本的に一般人の参加はないが、生徒一人につき一枚配られるチ
る。
学園祭には各国軍事関係者やIS関連企業など多くの人が来場す
もあるから、そっちは後ほどね﹂
始まる文化祭の件について。 それと潤くんには別に頼みたいこと
﹁さて、メンバー全員を呼び出した用件は他でもない。 新学期から
る。
何故か紹介文のようになったが、この五人が生徒会メンバーであ
なんか全く起きる気配がないので背負ってきただけである。
を簪の向かい側の空席に座らせる。
キツネらしき動物を模した着ぐるみ少女、虚の妹でもある布仏本音
?
﹁⋮⋮││、それで、別の頼みごと、とはなんですか﹂
!
491
?
メンバーが遠ざかるのを待っているので、否応なく真剣な話を覚悟す
る。
﹁⋮⋮さて、そろそろいいでしょう。 まず、覚えといて欲しいことが
一つ。 最近裏側がきな臭くなってきたわ﹂
﹂
﹂
﹁裏側⋮⋮私がここに残って聞かされている、ということは、ターゲッ
トは私ですか
﹁それもそうだけど、まず話を聞いて、ね
会長は事情を説明した。
今回の敵は、しっかりと名の知れている誰かというものではなく、
古くは五十年以上前から活動している第二次大戦中に生まれた組織
が相手になる。
己自身のために闘争を行い、思想も信仰も民族もルールにも拘ら
ず、従って国境も関係ない。
ゆえに目的は不明。
存在理由も不確かで、その規模も、組織の目的も分かっていない。
ただ一つだけ確かなことは、組織は大きく分けて運営方針を決める
幹部会と、スペシャリスト揃いの実働部隊の二つが存在し、その主な
標的はISであること。
その組織の名は亡国機業・ファントム・タスクという。
﹁連中の狙いの有力候補は、第四世代技術が用いられている、
﹃紅椿﹄、
﹃白式﹄、﹃ヒュペリオン﹄ね﹂
﹁来るとしたら一夏でしょうね⋮⋮﹂
候補に挙がった機体、それぞれの戦力分析をサラっと済ませて潤が
言った。
三つの機体、三人の実力差を考え、最も弱い部分を口に出す。
一番手を出しにくいのは第四世代として完成している紅椿、次に
ヒュペリオン、大差はないが最後に白式。
パイロットの技量は贔屓目なしで、潤が最も高く、次に箒、若干劣っ
て一夏の順になる。
一般生徒と比べれば実力的に勝る一夏だが、この三人を並べればど
うしても見劣りしてしまう。
492
?
?
﹁確かにそうだけど、相手の人員と装備が定かでないから一本に絞る
のは時期尚早ね。 当面はパイロットの地力向上を目指しましょう。
﹂
私は箒ちゃんを担当するから、潤くんは一夏くんをよろしく﹂
﹁⋮⋮私は放置ですか
﹂
﹁私は一年最強の肩書きを信用しているのよ。 不安ならまた三人で
暮らしてもいいけど
﹁必要ありませんよ。 私なら大丈夫です﹂
﹁あら、フラれちゃった。 私の方からも一夏くんと顔合わせするか
ら、それじゃあ、お互い頑張りましょう﹂
最後少しだけ蛇足な部分があったが、会長と潤の間にはちょっとし
た信頼関係がある。
絆とか友情といった殊勝なものでなく、同じ裏側を知る共感のよう
なものではあるが。
﹂
それはあたかも、王と、直属の特殊部隊の隊長と同じようもので
あった。
﹁づあっ
何か見えざる力に強引に引っ張られるような、もしくは強大な何か
﹂
に魂ごと引き寄せられるかのような衝撃だった。
﹁潤くん
崩れ落ちる寸前、背後から会長が抱きとめた。
体格的に支えきれるとは思えないが、それでも会長は完全に潤を支
えきる。
特に何をした訳でもない。
病気を持っていたわけでも、狙撃を受けたわけでもない。
何があったの
﹂
それでも、その両目か涙のように鮮血が流れ落ちていた。
﹁何
!?
ように出来るはずもない。
目から流れ落ちる血に会長が固まる。
なんとか周囲を見渡してティッシュを取って、流れ落ちる血を拭
493
?
?
それでは、と生徒会室から出ようとした潤がいきなり崩れ落ちた。
!?
!?
血が会長に見えないようにしたが、至近距離にいる相手に見せない
!?
う。
既に痛みは無い。
﹁会長、もう大丈夫です﹂
﹁えっと、何があったのか説明して欲しいのだけれど
り﹂
﹂
縁にしてしまったせいでこうなった、なんて説明のしようがない。
力量的に潤を遥かに超える魂魄の能力者が、能力的に劣る潤の魂を
潤の魂を縁にして何かがやってきた。
き下がってもらった。
会長には、こんな事はそう何度も起こらないことだけを説明して引
歯切れが悪そうに潤が詫びる。
﹁悪いですけど、ね⋮⋮﹂
﹁話せない
﹂
﹁││⋮⋮、すいません、現象は理解可能なんですけど、理由がさっぱ
?
IS学園二学期、その新たな門出は波乱の幕開けを予感させること
となった。 494
?
2│1 貴族の心得
1│1
男は、年端も行かぬ少女の手を取ったまま、自らの宮殿の最深部に
足を踏み入れた。
大理石で出来た扉を開く。
そこは、広大なただの部屋だった。
横は大体三十メートル奥行きは、そうなく、あっても十メートルか
そこらだ。
明かりが一切無いので何があるのか良く分からないが、階段から僅
かに入り込む光が反射されているため、奥に何か金属か鏡か何かがあ
るようだ。
男、エルファウスト王国の国王は、その手に幼子、ドリーを引いた
ままゆっくり歩き出す。
﹂
ような人が作った偶像などではない。 確かに存在するもの││﹂
495
﹁人には、無限の可能性がある。 少なくとも、生まれた直後から片手
﹂
程度の可能性しか持たぬものは居ない﹂
﹁⋮⋮私も
﹁無論﹂
﹁⋮⋮
﹁昔、ここに潤を連れてきたことがある﹂
も。
例えそれが、自分の魂から得られたものでない出来損ないだとして
の能力の一部を与えられたひ弱な存在である事実は否定できない。
反抗期の連中や、親離れしたくてたまらない連中も居るが、この王
魂魄の能力者とは、須らくこの王の子である。
え、ドリー、貴様にもある。 可能性が﹂
﹁人 に は 可 能 性 が 見 え ぬ の だ。 あ ま り に 大 き す ぎ る が 為 に。 ゆ
﹁でも⋮⋮私は、私は││﹂
?
﹁ここに在るのは、俺の信ずる唯一の神の姿だ。 俗世の連中の言う
!
潤の名前が出た瞬間、幼子が年不相応の表情を浮かべる。
憎悪か嫌悪に近い表情だったが、不意に付いた明かりと、廊下の光
を反射していたその正体に魅せられて直ぐに年相応の顔に戻った。
アイオライト、サファイア、ブルーダイヤモンド、ベニトアイトと
いった青い宝石郡。
ルビー、ロードライトガーネットといった赤色の宝石郡。
緑も黄色も、白も黒も、金も銀も、ダイヤモンドから純金までが集
まって、一つの壁画を作り上げている。
極限の財を掛けながらも成金趣味のような雰囲気は一切無い。
荘厳であり、壮麗でもあるこの壁画に描かれていたものは、今はエ
ルファウストと呼ばれる大地に蔓延っていた魔族を掃討し、人類の勝
利を示すために国旗を掲げた戦士たちの絵であった。
旗を掲げる男たちの身元ははっきりしている。
その男たちの中で、しっかりとした英才教育を施された人は一人し
か居ない。
当時は、例え貴族であろうとも満足な教育を受けられなかったが。
みすぼらしく、汚く、ボロボロの彼ら。
しかし、武威によって未開の大地を切り開き、英知を集め民に豊か
さを与えた。
どれ程の苦難に塗れただろう。
それ程の挫折を味わっただろう。
強大な力を前に、挫折したことが何度あっただろう。
至難の道。
時に後ろ指を差される暗黒の日々。
しかし、この国王をして畏敬の念を抱く栄光を掴んだ。
追われ、逃げるだけの立場だった貧弱な人類が、大地を取り戻した
瞬間、それがこの壁画の正体。
﹁﹃無限の可能性﹄、俺の信ずる唯一の神の名だ。 人は、何かを手にす
ることの出来る権利を持って生まれる。 ただ、万物となる可能性を
持つがゆえに、何にもなれず、ただただ朽ち果てる可能性もある﹂
可能性を与えているのに﹃未来が無い﹄などと戯言を残す者が居る
496
が、ただの箱入り坊やの戯言だ。
あらゆる可能性を持つ、ということは││必然的に﹃何にもなれな
かった﹄未来を掴む可能性があるかもしれないということなのだ。 故に人は競い合い、奪い合い、可能性を絞り込んでいく。
殺し合いが、競い合いに変わっただけで、人類は千年前から何も変
わっていない。
故に、競い合いを始める時期が遅かったり、争う事を止めたりして
しまえば、自らが望む﹃何か﹄になることは決してない。
例えば、十を超えた少年は、子役として舞台に上がれる可能性はゼ
ロになる。
十九を超えた人は、十八歳以下の競技大会に出ることは出来ない。
三十になった者は、将棋などのプロになれない。
例外はあるが、いかに早く戦いを始められるかが全てを決めるの
だ。
でさえ。 それでもなお、想い成し遂げたいと言うのであれば、我が
手をもう一度取るがいい﹂
497
友と遊んだり、親が進める平均的な学問を修めたりするのもいい
が、平均的な暮らしをする代償は、自分の未来に現れる。
それを差し置いて﹃この国には未来が無い﹄とは、呆れてものも言
えない。
ドリーの手を離し、両手を広げて王は話す。 可能性の真実を。
﹂
﹁ドリー。 俺はお前に可能性を与えよう。 自らの望みを叶える機
会を与えよう。 お前の望みは何だ
﹂
?
﹁ならば、貴様にとっては全てが敵だ。 社会も、人も。 時に、正義
﹁⋮⋮はい﹂
うこと、どういう意味か分かっているな
﹁連中の組織名は﹃亡国機業﹄。 社会悪の一部だ。 それを守るとい
しかし、その願いのなんと傲慢なことか。
身寄りの居ない彼女を受け入れてくれた、人たちを全て守りたい。
少女が紡いだささやかな願い。
﹁私は⋮⋮、私は││私を受け入れてくれた、全ての人を守りたい﹂
?
手を差し伸べる王。
ドリーは、全く迷うことなく手を取った。
王は満足げに頷くと、もう片方の手で、パチンと音を立て││その
音が鳴るや否やたちどころに地面に魔方陣が現れ、半壊状態の機体が
競りあがってきた。
﹁﹃シックザール﹄。 嘗て潤の操る﹃ヒュペリオン﹄と死闘を演じた機
﹂
体の、残骸。 これを、ISと戦えるように、ISに改修してやる﹂
﹁シック、ザール⋮⋮。 運命
﹁飲まれるか、切り開くか⋮⋮。 それは、貴様次第だ﹂
ドリーの手がシックザールに触れる。
低い唸り声をあげる、その機体へと。
│││
何故か、背中がぞわぞわした。
潤が虚空に意識を向ける。
かつて無いほどの悪寒、旧科学時代の旧ヒュペリオンと戦った、あ
の怨敵が生き返ったかのような感じだ。
もっと注意深く考えてみたかったが、流石に目の前で剣を構えてい
﹂
る一夏を無視するわけにはいかない。
﹁うおおおぉぉぉ
ビームライフルを展開、大幅に距離をとって白式をまとった一夏を
狙い撃つ。
一夏は遠方からライフルを連射する潤に対して、エネルギーを無効
化するシールドを展開して一直線に突き進んだ。
本来白式にシールド機能は存在せず、射撃武器も使用できないはず
だった。
その存在しないはずのシールドでビームを防ぎ、零落白夜を展開し
た。
一撃必倒の刃を出したことで、その攻撃を警戒した潤が後方に瞬時
498
?
眩い白が迫り、僅かに迸る赤を纏った白黒が回避していく。
!
加速をして再び距離をとる。
﹁くっ、素早いな。 だが、弾幕射撃は途切れた、これなら
﹃なんでも来いよ
どんどん使えよ
﹂
﹄といった物から、白式の様に
コアの好みのような物も存在し、潤の使用するヒュペリオンの様に
後付武装に使用されるバススロットは各機体別に全く違う。
たが、白式がそれを嫌がっていたため搭載できずにいた。
元々射撃武装やシールド等の後付武装を欲しがっていた一夏だっ
機能武装として搭載された。
には搭載されていない武装だが、合宿で第二形態に移行した結果、多
シールド、射撃武装⋮⋮、この二つは本来一夏の専用機である白式
砲を展開した。
し、今度は左手の多機能武装腕・アームド・アームを開いて荷電粒子
近づいては離れを繰り返し、全く刃を合わせようとしない潤に対
!
﹁威力ならこっちが上だ
このまま押し切ってやる
﹂
万能武装として優秀な性能だが、余りある欠点が存在するが。
生み出された。
を使用した結果、第二形態では射撃・格闘・防御をこなす︽雪羅︾が
しかし、潤とシャルロットと射撃に関する知識習得の為、射撃武器
﹃剣一本以外いらない﹄という物までピンキリである。
!
!
アームド・アームから射出される高火力の荷電粒子砲、それが地面
ういう場面に出くわしたことがないのかもしれない。
通常の中距離射撃では両目をしっかり開けているのを考えれば、こ
手や体の筋肉にも影響して射撃の精度が落ちるからだ。
片目を瞑ると視界が狭くなるし、顔面の筋肉を引きつらせ、それが
のは軍事的な観点からすれば常識である。
狙撃に限らず、銃の照準をつける時は、片目を瞑らないようにする
るのも微妙なところである。
余りある欠点があるというのに、数打ちゃ当たるとばかりに連射す
り銃撃は不慣れであるらしい。
最大距離を開けている潤に対して、狙撃を行っているが⋮⋮、やは
﹁狙いが甘いな⋮⋮。 狙撃中に片目を瞑るのもナンセンスだ﹂
!
499
!
に着弾した時に巻き上がった土埃に紛れてある武装を展開する。
﹁頼むぞ、フィン・ファンネル﹂
フィン・ファンネルはブルー・ティアーズと同じく、ビット型の兵
器である。
操作方式が全く違うので、外見と攻撃方式が似ているだけである
が。
シールドとなっているアンロック・ユニット、その裏側に設置され
ているファンネルラックからフィン・ファンネルが射出される。
閉じていた棒状のマシンがコの字型に開いていて、フィールドギリ
ギリを通って、一夏が目を閉じている方向に向かわせる。
勘付かれないようにビームライフルで一夏を牽制することも忘れ
ない。
﹁二学期初の実践訓練。 小栗くんが割って入った事には驚きました
が、気合入ってますね、二人共﹂
﹂
500
﹁⋮⋮ああ﹂
﹁この試合、若干織斑くんが優勢でしょうか
ヒュペリオンの性能を落とす結果になった。
その結果、不信の脳波を読み取ったイメージインターフェイスは、
を持った。
の博士が作り出した制御モジュールと、機体そのものに対しても不信
しかし、合宿での一件から束博士に対して不信感を持った潤は、そ
各所に操作を補助している。
ヒュペリオンには第三世代特有のイメージインターフェイスが、機体
完 成 初 期 段 階 で は 自 殺 紛 い と 言 わ れ た 可 変 装 甲 に 対 応 す る た め、
また、実戦経験が少ないヒュペリオンのテストにもなる。
力評価の為に自ら立候補した。
で一夏の強化を頼まれていた潤は、第二形態になった白式と一夏の戦
クラス代表どうしでバトルを始める予定だったが、会長からの依頼
九月三日、二学期初の実践訓練は、一組二組の合同で始まった。
か狙いがあるようだし、織斑の奴は何も考えずに飛ばしすぎだ﹂
﹁いや、小栗を甘く見すぎだな、山田くん。 奴は強い。 それに、何
?
当たれ
どこからだ
﹂
ビーム
﹂
それも、夏休み終了前には幾分か解消したが。
﹁今
﹁うぉ
!?
!
フィン・ファンネル
﹂
!
﹁墜ちろ
﹂
﹁ビットを展開しながら戦えるのか
﹂
それらファンネルの一斉攻撃に伴って潤も瞬時加速で接近する。
定の距離を保ちつつ、緩急を付け、左右に振り、対狙撃制動を行う。
ただ包囲するだけでなく、一夏の反撃を受けて消耗しないように一
奇襲に用いた物と合わせて十二の砲門が一夏を包囲していった。
に残り全てのファンネルを一斉展開する。
一夏の警戒が潤から外れた瞬間に、隠す必要は無くなったとばかり
﹁行け
それ以外の行動が難しくなる筈だった。
あれは毎回命令を送らねばならず、使用中は制御に集中するために
コットの専用機、ブルー・ティアーズ。
一学期の入学当初から何度も手合わせしている、セシリア・オル
の特性もよく知っている。
一夏はフィン・ファンネルと似たような兵器を知っているので、そ
天の霹靂、慮外の範疇であったことも成功の一因でもある。
それに、このフィン・ファンネルでの奇襲攻撃は、一夏にとって青
片目を瞑るということは視界が半減するのとほぼ同義。
ことを知って攻撃させる。
遠方から迂回させていたファンネルが、想定の位置にたどり着いた
?
!
!?
!?
の潤の狙いでもある。
││って、ああ
!
体力切れだ﹂
﹁イチかバチか
﹁よし
﹂
それで、ファンネルもビームライフルも無力化したが、それが今回
る。
アームド・アームはエネルギーを無効化するシールドを展開でき
アームでシールドを展開しつつ勢いよく逃げていく。
ビットの合間から、中距離で狙撃する潤に対して、一夏はアームド・
!
501
!?
!
!
このままではジリ貧と思った一夏が、零落白夜を出して瞬時加速で
ビームの雨を突っ切ったが、斬りかかる直前にその零落白夜の輝きが
消滅した。
余りある欠点、それはアームド・アームも零落白夜自分のエネル
ギーを消耗する、いわば自分のヒットポイントを削る諸刃の剣である
こと。
ただでさえ燃費の悪い白式は、第二形態となって﹃肉を斬らせて骨
を断つ﹄といった特色を数段向上させたのである。
体力の無くなった白式と一夏は、ファンネルから射出されるビーム
の雨に消えていった。
││││
﹁はぁ⋮⋮、それにしても、第二形態になっても歴然とした差があるな
とか、機動制御も含めてお前にも色々教えて欲しいんだけど﹂
502
んてな⋮⋮﹂
﹁スラスターもそうだし、武装も防御も燃費の悪さが目立つ。 そろ
﹂
そろオート化されている部分に手を出さないと発展が見込めないか
もな﹂
﹁オート化されている部分
﹂
?
﹁千冬姉だよ。 ちょっと頼み事なんだけど、訓練というか、基本戦法
﹁誰の台詞だよ。 人騒がせな﹂
﹁⋮⋮そういえば、潤って機動制御に関してはほぼ一流なんだよな
男子専用とかしている広いロッカールームで、男二人で話し合う。
継続戦闘能力が二割向上するだけで大分違ってくるという程に。
ある。
とはいえ、一夏の専用機最大の問題は、潤が指摘した燃費の悪さに
の見直し。 それと双方の訓練⋮⋮、やることだらけじゃないか﹂
﹁それに近距離戦闘と遠距離戦闘の即時切り替えと基本戦闘スタイル
調整とか、機体制御の問題もある﹂
﹁PICや、荷電粒子砲の出力関係。 背中のウイングスラスターの
?
﹁そんなことか。 勿論いいぞ。 早速今日の放課後から始めるか﹂
﹂
﹁よっしゃ 何時までも女の子にやられっぱなしってのも情けない
し、男同士で秘密の特訓だ
﹁俺たち二人で行動して秘密って訳にはいかないだろうけどな﹂
一夏の訓練を専属的に行うことで起こる騒動を考え、苦々しくも潤
が笑う。
夏休みに専用機持ちたちが一夏の家にやってきた日から、こうやっ
て潤はよく笑うようになった。
どういった心境の変化なのか良く分からないが、一学期当初の接触
を嫌がるかのような態度が嘘のようだ。
その潤は目の前で何かを見とがめて、さっさと制服に着替えだし
た。
﹁それじゃ、授業も近いからさっさと着替えろよ。 俺は飲み物でも
買って待ってる。 ただ、時間がやばくなったら先に行くぞ﹂
﹁ああ、分かった。 俺も少しさっきの戦闘を見直したらすぐ行くよ﹂
潤の目の端に僅かに写ったのは、水色の髪の毛。
以前会長が、
﹃私の方からも一夏くんと顔合わせする﹄と言っていた
のでその時が来たのかもしれない。
会長の性格、一夏が女性をあしらう事の出来ない性格を思い浮か
べ、これから始まる一夏の苦難を思って潤は少し黙祷した。
﹂
潤がロッカールームを出るのとほぼ同時に、一夏の背後に現れ両目
を手で塞ぐ。
だ、誰だ
﹁だーれだ
﹁えぇ
?
声がかかる。
そのくせ、会長らしいというか、心の底からいたずらを楽しむ子供
のような声色も含んでいる。
﹁はい、時間切れ﹂
そう言って一夏の視界を解放する。
声の主を確認しようとした一夏の頬を、何時も手にしている扇子で
503
!
!
?
同級生同士しか付き合いのなかった一夏からすれば、若干大人びた
?
少しだけ押さえつけた。
新しく生徒会に入った男の子が、こういう事に対して無駄に耐性が
あったので反応を面白がっている節もある。
﹂
﹁んふふふふ♪ 引っかかったなぁ♪﹂
﹁あの⋮⋮、あなたは
と、織斑先生に怒られるよ﹂
潤の知り合いだったのか
?
ま、不味い
怒られる、というか殺される
﹂
考え込んでいて、はっ、と今の最大懸念を思い出して時計を見て、既
真逆の印象を受けるが、髪色や顔立ち、瞳の色まで似通っている。
眼鏡をかけている点、自信の無さそうな雰囲気、それらの差異から
トナーだった少女のことが思いついた。
潤の知り合いを頭の中で描いていくと、タッグトーナメントでパー
リボンの色を見るに彼女が二年生であるのはわかる。
﹁⋮⋮潤くん
﹂
﹁⋮⋮それじゃあね。 潤くんも、もう行っちゃたし、キミも急がない
?
!
に授業開始から三分ほど経過しているのを視認した。
﹁だあああ
!
先生なのに教官と称されるのが似合う日本で唯一といっていいあ
の教師は、洒落を洒落にしてくれない。
﹂
きっととんでもない罰を受けるに決まっている。
﹁⋮⋮ほう、それで遅刻の言い訳は以上か
遅れたのか﹂
﹁ち、違います。 そうだ、潤
あの人、お前のこと名前で言ってた
﹁それでは、お前は名前も知らない初対面の女子との会話を優先して
﹁いや、だから⋮⋮あの、あのですね、だから、見知らぬ女生徒が﹂
?
﹂
それでも潤の名前を言っていたことを思い出して、廊下側最後尾か
まったらしい。
さっぱり抜け落ちてしまったらしく、簪と似ていることなど忘れてし
走っている最中に、茫然自失としたまま考えていたことが、綺麗
そしてやっぱり、慈悲の一つもない千冬に問い詰められる一夏。
ぞ、知り合いじゃないのか
!
!?
504
?
背中に紅蓮の炎を纏った鬼教官・織斑千冬が脳裏によぎる。
!
ら二番目に座る潤に助けを求める。
﹁名前で呼んでいる相手だけでは情報不足だろ。 外見の特徴は
ないか
﹂
﹁引っ掻き回して楽しまないでくれよ
ことだった。
﹂
がまるで作り物のような表情を浮かべていた潤が普通に笑っている
そしてもう一つ、どこか別世界の住人のようでいて、言い方は悪い
粋にその女生徒に興味を持っている者になる。
見知らぬ女生徒に鼻をのばしていると決めつけ嫉妬をする者と、純
の。
一つは一夏が魅力的と思っていると判明した女子生徒に対するも
て朗らか笑う潤の会話を聞いてクラスの反応が二分した。
なんか半泣きになりそうな悲痛に叫ぶ一夏と、その一夏をからかっ
﹁はははは、悪い、悪い﹂
﹂
﹁なんだ、随分高評価じゃないか。 やっぱり会話を優先したんじゃ
色の髪の毛で、向こう側が見えないっていうか、神秘的な││﹂
供っぽい雰囲気もあった。 あっ、高そうな扇子を持ってたな。 水
﹁二年生のリボンで、全体的に余裕を感じさせる態度だったけど、子
?
﹂
その笑みをどこか尊い物を見るかのような表情だった千冬は、咳払
いを一回だけすると、何時もの調子に戻した。
﹁デュノア、ラピッド・スイッチの実演をしろ
シャルロットがまるで幽鬼のように立ち上がる。
!
﹂
この段階になってやり過ぎた事を察した潤だったが、少し遅かっ
た。
﹁では、実演を始めます﹂
﹂
﹁あ、あの、シャルロット、さん
﹁始めるよ、リヴァイヴ
?
トは、遠慮なく銃弾を叩き込んでいった。
そんな一夏に対して遠慮する必要がないことを知ったシャルロッ
のため絶対防御を発動させる。
目の前でISが起動されたことを察した白式が、搭乗者の保護機能
!
505
!
?
本来だったら放課後から一夏の実力底上げを図る予定だったが、全
身が痛いと言って寮まで足を引き摺って帰る一夏を引き止める事が
出来なかった。
一夏は犠牲になったのだ、と下らないことを考えながら取り敢えず
陸上部に顔を出して、トレーニングルームを使わせてもらう。
部長さんと、陸上部の面々から何故仮入部のままなのか、何故陸上
部を選んだのか尋ねられ今更感が半端でないが、改めて言わせても
らった。
﹃女子﹄陸上競技部が正式名称の部活動に、男子が入部出来る訳ない
じゃないですか、と。
そして、トレーニング機器は運動部が優先的に使用できる取り決め
があり、トレーニングルームの監督者から何処かの部活に所属するよ
うに勧められた事。
所属する部活の決めては、最初に織斑先生のシゴキでお世話になっ
たからです、と。
特別な理由がある、と思っていた陸上部の面々が露骨に落ち込んで
いた。
何故今になって聞くのかと逆に聞き返すと、新学期になってから急
に接しやすくなったからと、引っ込み思案な部員はそういった。
﹁よう、遅れて悪いな﹂
﹁いいよ。 潤が手伝ってくれるだけで⋮⋮、その、私は助かってるか
ら﹂
部活が終わった後は、第二整備室に移動して夏休み後半からサボっ
ていた打鉄弐式の開発に携わる。
お互いに誰かを頼ることなく、意固地になって自分の世界に引き
篭っていた同士だが、夏を境に二人共ほんのり成長した。
潤は殺しきっていた自分を表に出す勇気を持ち、簪は誰かを頼る事
と共に導き手を見出した。
閑話休題。
夏休みは主にソフト方面に力を入れていたが、今となっては完成度
506
を高めるためにハード方面に手を出している。
ケーブル、高周波カッター、空中投影ティスプレイ、更には小型発
電機を用いて、アーマーを開いて直接パーツを弄っていく。
微妙な出力コントロールや特性制御を行うにはこうするしかない。
潤が装甲を関係にあれこれ手を加え、その最中に簪は実際に打鉄弐
式を纏って機体情報を参照している。
その合間にも、更に稼働率を向上させるために新たに必要なハード
を模索し、データ蓄積と稼働試験を実施する。
⋮⋮一度、テスト⋮⋮してみる
﹂
﹁⋮⋮完成度が高まってきたのもあるけど、大分行き詰ってきたな﹂
﹁そう、かな
ようになった一夏と共にだらける。
休む前に部屋に来襲したナギや癒子、夏休み頃から希にやって来る
消灯時間二時間前に作業を終えて寮に帰り、明日に備えて休む。
セッティングを行う。
明後日改めて飛行試験するにあたり、必要な計測装置と記録装置の
い。
ひと月で大分完成に近づいた打鉄弐式、この機体が空を飛ぶ日は近
軽く微笑む簪に、同じく表情を和らげる潤。
﹁ありがとう﹂
﹁勿論﹂
﹁あ、あの、⋮⋮その日は、飛行テスト⋮⋮、付き合って、欲しいな⋮⋮﹂
﹁││よし、明後日に一度第六アリーナでやってみよう﹂
?
こんな感じが潤にとってスタンダートな一日である。 507
?
1│2
││グルだったのかよ⋮⋮。
SHRと一限目の半分を使っての全校集会で、一夏はそう一人ごち
た。
目の前の壇上では、新しく生徒会に加わるメンバーの一人として新
生徒副会長、小栗潤の姿があった。
全校集会があると聞いていたので、最近色々と付き合いやすくなっ
た潤と一緒に行こうと思ったら既に移動した後だった。
つれない奴だな、と思ったが、本音共々生徒会に入っていたとは知
らなかった。
こういう事ならしょうがない。
新しく入った二人は、学園の掲示板にプリント用紙で紹介されてい
たらしいし、それに目を通していなかった一夏にも問題はある。
現在話題沸騰中の潤は、壇上で軽く所信表明演説のような事を行っ
ている。
その姿は、板に付いているというか、最早堂に入っているように感
じるが、それよりなにより問題なのは、潤のやや後ろにいる女生徒で
ある。
潤と同じくして生徒会に入った簪に良く似た人物、昨日ロッカー
ルームに現れた人物がいる。
彼女が生徒会長という事にも驚いたが、一瞬だけ目が合い、ふふっ
と微笑まれた事にも別の意味でドキッとしたが、潤が現れてニヤッと
笑われたのにも驚いた。
昨日ロッカールームから先に居なくなったのはそういう事か、と理
解して。
﹁はい、副会長、お疲れ様。 では、今月の学園祭だけど、クラスの出
し物を皆で頑張って決める様に﹂
潤が挨拶を終えたタイミングで、楯無が再び中央に戻る。
手慣れた手つきで閉じていた扇子を、ぱんっ、と勢いよく開くと、
﹃締切間近﹄と書かれた扇面が露わになった。
508
その会長が学園祭の一企画として﹃各部対抗織斑一夏争奪戦﹄と
いったものを提案し、体育館が熱気の渦に包まれた。
学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を
﹂
﹂
!
一人いるんだから我慢してよ
﹂
行い、上位組には特別予算が下りる様になっていたが、今年に限って
は一夏を一位の部活に強制入部させることが決まった。
小栗くんは
景品となった一夏の未承諾のままで。
﹁会長
﹁勿論﹂
﹁ちょ、独占なんてズルい
!
﹁陸上部も参加していいですか
﹁陸上部に仮入部しているので対象外よ﹂
!?
捧げる男を置き去りにして。
﹁会長って、どんな人なんだ
﹂
その裏に、溜息を吐く男と、一夏に降りかかる災難に対して黙祷を
かくして、織斑一夏争奪戦は幕を上げた。
一度火がついた人間は、簡単にその意志を鎮火させることは無い。
女子だらけなのに、雄叫びが地鳴りのように響く。
かやろうと企画していたのに全部パーだったんだよ
﹂
せっかく宿舎で夜遅くまでツイスターゲームとか王様ゲームと
﹁だって小栗くんは仮入部のままだから合宿とか参加できないんだよ
!
!
﹁意味、か⋮⋮﹂
その一夏がした質問は、潤にとってさっぱり分からない事柄だった。
何故そこまで嫌われているのか一夏にはさっぱり分からない事で、
所になってからだ。
情でいたので、中々声を掛けるタイミングがなかったので、こんな場
潤の隣にいた簪が一夏に対して﹃邪魔しないで﹄と恨みがましい表
ら尋ねる。
全校集会が終わった後、四階に上がって一組に移動する前に一夏か
思った方が良い﹂
人でもある。 きっと、悪いようにはならない。 何か意味があると
﹁会長の行動理念は理解しがたいが、ああ見えてしっかり考えている
?
509
!
!?
そんなこんなでIS学園の一日は過ぎていく。
帰りのSHRで学園祭の出し物決めるとあって、昼休みの時間帯は
クラスが賑やかだったが、潤はクラスの輪から外れていたラウラを連
れ出して、本音と一緒に生徒会室で昼食を取っていた。
一夏が一緒に来たそうにしていたが、恨みがましい表情をしていた
簪と、自分を景品にして全校生徒が争奪戦を繰り広げる原因を作った
会長を思い出して行くのを躊躇ったようだ。
そして、シャルロットとセシリア、箒と鈴、何時ものメンバーに連
行されていく一夏。
相変わらず行動が噛み合わない二人である。
生徒会の長机を小中学校の給食時間の様な感じで集めて、会長と簪
が用意した五段に重なった重箱を囲っている。
﹁お弁当ってレベルじゃないな⋮⋮﹂
﹁日本食というのは面白いものだ。 見た目も鮮やかに感じる﹂
﹂
﹂
げは昨晩から用意していただろうに。
進められるがまま、身近にあった稲荷寿司を口に入れる。
やっぱり、朝から作ったらこうはいかない、と思わせるほどしっか
り味付けされている。
会長が自分と簪との関係を利用して仲直りしようとしているな、と
か色々考えていたが一口食べてどうでもよくなった。
﹁⋮⋮美味い﹂
﹁││良かった﹂
最初にぽつりと言うまで、押し黙って見守っていた簪は、その一言
を聞いくと硬い表情をといて嫣然と笑う。
510
伊勢海老やら、帆立やら、何処かの料亭の様なメニューが並んでい
る。
﹁これ、どうやって作ったんですか
﹁朝起きてして簪ちゃんと一緒に﹂
⋮⋮。 苦手だったりする
﹁潤 の、好 物 が ⋮⋮ 分 か ら な か っ た か ら、得 意 な 日 本 食 に し た け ど
?
朝早く起きてと言うが、煮物系統のがんもどきや、稲荷寿司の薄揚
?
調理室を借りて、姉と一緒に重箱に料理を詰めている最中は、気が
気でなかった。
潤は日本人らしい感性があるけど、日本人離れした面もある。
もしも、得意な日本食が嫌いだったら、不味いとか言われたら、そ
う思うと途端に気持ちがしぼんきたが、その都度姉に励まされた。
駄目でも、潤の好きな料理の特訓を一緒にしようとも言ってくれ
た。
こうやって姉の隣に立って、一緒に料理をする、││そんなきっか
けも与えてくれて感謝している。
﹂
だから、美味しいと言ってくれて、簪は本当に嬉しかった。
﹁おぐりんは料理できないの∼
﹁⋮⋮あ∼、材料なんか気にしないで、大雑把に調理する程度なら出来
るけど、繊細なものは出来ないな﹂
﹁潜入任務中のスパイのような物言いだな﹂
﹁はっはははは﹂
笑えない、愛想笑いしているけど、決して笑えない。
あの言葉の裏には、潜入中に採取した物を食っても大丈夫なように
調理する、という意味合いがあった。
すなわち、毒を抜いたり、適当な雑草を食えるようにしたり、ネズ
ミなどの臭いの強い物を食えるようにする事である。
会長が簪に﹃はい、あーん﹄といったアレをやろうとして露骨に嫌
がられたものの何故か嬉しそうで、ラウラが日本食に興味を持って簪
に料理の作り方を聞くなどして花が咲く。
代わりに本音が、会長にあーんして食べさせられたりしていたが、
概ね生徒会室は平和だった。
昼休みが終わり、午後の授業も終わり、帰りのSHRの時間となっ
たクラスは学園祭の出し物を決める為に、わいのわいのと盛り上がっ
ている筈である。
筈であるというのは、潤がそれに参加しておらず、千冬の後に続い
て職員室に向かっているからだ。
511
?
一体どんな案が出ているのか、珍妙な案が片手の数以上出ていると
いった悪寒を感じてならない。
﹁それで、何の用事で呼び出されたのか、そろそろ教えて頂けません
か﹂
﹁悪い知らせではないさ。 これを見てくれ﹂
職員室についてようやく要件を聞いて、返答として書類の束を渡さ
れた。
﹃Suomen tasavalta Finnish IS Fo
rce │ Production Model 01 X﹄⋮⋮ス
オミ、⋮⋮フィンランド、⋮⋮PM01X、それはカレワラの仕様書
だった。
しかし、ヒュペリオンと同じく、未知の領域に足を踏み入れた証で
ある﹃X﹄が用いられている。
仕様書を流し読みしてXの理由を探ろうとすると、脳波コントロー
512
ルシステムの項目を発見し、その謎が解明できた。
﹁脳 波 コ ン ト ロ ー ル の 採 用。 ど う や ら ヒ ュ ペ リ オ ン の デ ー タ が
フィードバックされているらしい﹂
﹁し か し、脳 波 を 用 い た シ ス テ ム は 未 だ に 危 険 性 す ら 不 明 慮 の は ず
⋮⋮。 いや、イメージインターフェイスを補佐する役割にして脳波
コントロールをヒュペリオンの五%以下に軽減、その結果安全性を確
保するに至ったのか﹂
﹁我々教師側でも安全性の確認はしたし、そこは問題ではない。 お
前は、脳波コントロール、カレワラ、双方共にこの学園では教師たち
より長がある。 副会長として名目も立っているし、慣らし運転に協
力してほしい。 なおレポート作成には代表候補生以外の一般生徒
﹂
の協力も得るように﹂
﹁それは
の、カレワラを用いてトーナメントを勝ち抜いたのも確かなので請け
レポート作成を生徒がやっていいのかどうか思う所はあったもの
﹁それもそうですね﹂
﹁勿論、カレワラを使うのが、専用機持ち以外になるからだ﹂
?
負う事にする。
各国の第三世代兵装を用いることが出来る、が特色の一つだったカ
レワラが、機動制御に特化した第三世代として放出されるとは予想外
だった。
更に仕様書を読み進めていくと、イメージインターフェイスを各国
の特色に合わせて切り替え可能との表記を見て、先ほどの考えを改め
た。
﹁しかし、この段階で第三世代ISを量産機として送り出すとはな。
思い切ったことをする﹂
﹁もしも、パトリア・グループが第四世代に対する知識を深めていると
なれば、早晩第三世代機は時代遅れになります。 第三世代技術を放
出し、第四世代完成のための研究資金集めをするつもりなんでしょ
う﹂
﹁世界各国が第三世代を完成させた暁には、第四世代の第一歩を踏み
513
出して業界をリードするつもりか⋮⋮﹂
﹁そ れ に、各 国 の 第 三 世 代 の 完 成 を 台 無 し に す る こ と で 資 金 的 な ダ
メージを与えられます。 それを事前にリークすることで、欧州主要
企業をコントロールする気かもしれません﹂
﹁ふん。 ドロドロした、特務隊の好きそうな話だな﹂
﹁勘弁して下さい﹂
確かにそういった事に、頭がすぐ回ってしまう性格ではあった。
少し戸惑う潤を見て、その過去を知る分、少し変わったことが嬉し
くなる千冬だった。
﹂
﹁ところで、もう知っていると思うが、学園祭の招待チケットはどうす
るつもりだ
意だけして封筒に入れて手渡した。
うが潤にも責任の一端が生まれるので、よく考えて渡すように、と注
チケットには誰の招待券か分かるようになっているので、誰に渡そ
たが、彼女の思った通りの答えが返ってくる。
手元で招待用のチケットをひらひらちらつかせて尋ねる千冬だっ
﹁⋮⋮外部の知り合いが非常に少ないので、誰かに渡すつもりです﹂
?
﹂
誰に渡そうか考えながら封筒を受け取って、チケットを確認しよう
﹂
と中身を見た潤が、固まった。
﹁⋮⋮どうした
﹁先生⋮⋮、確かに〝招待用のチケット〟を封筒に入れましたよね
﹂
して入れ替えたのでしょう﹂
!?
ね﹂
﹁心当たりは
﹂
ないはず⋮⋮。 私に感付かれないほど高次元な能力者、笑えません
﹁私には出来ませんが││、いえ、前の世界でも片手の数ほどしか出来
﹁そんなことまで可能なのか
それも、あの一瞬で﹂
﹁髪の毛から非常に強い魔力を感じます。 恐らく時空か空間に干渉
自分の手の平に付いた血を見て、考え深げに呟く。
﹁そ、そうか。 便利なものだな﹂
は消えますからご安心を﹂
ても記憶に残りませんし、理解も出来ません。 血を洗い流せば効力
﹁簡単な意識外しの呪いです。 私たちに用が無い連中には何を聞い
﹁何をする
冬の手に塗った。
を出し、千冬に聞こえないように小声で何かを唱えると、その血を千
その潤は、千冬の机からカッターを借りて手の一部を切り付けて血
て、潤は同意するように軽く頷く。
確かに私はチケットを入れた、と弁明するような表情で潤の方を見
そこにあったのは││、無数の髪の毛だった。
込む。
千冬は戦闘中の様な表情で封筒を除く、潤を怪訝に思い封筒を覗き
?
?
事だが、潤の過去を知って、今も怪異を目撃した以上冗談と流すこと
魂を縁に強力な何かがこの世界にやって来た、一笑にされかねない
た。
潤は生徒会室で起こったことを克明に話し、千冬は興味深げに聞い
に一つ﹂
﹁流石に世界の全てを知っている訳では⋮⋮、そうだ、夏休み終了間近
?
514
?
ができない。
千冬も潤の過去を思い出して、該当しそうな人間を考える。
﹂
﹂
確かに能力的に親みたいなものですし、空間への干渉
﹁⋮⋮エルファウスト王国の国王、あいつじゃないか
﹁あの人が
もできますが、ウサ耳博士より不可解な人間ですよ
﹁すまん。 言ってて私も無いと思う﹂
人である以前に、王である彼の人格を思い出して自分の考えを否定
する千冬。
能力的にも、後見人的にも、親ではあったが、潤の身に起こった不
幸の多くは彼が元凶でもある。
彼はとある目的に為に、潤に悪意と敵意、恨みの感情を必要以上に
与える必要があり、千冬もあの王に対して複雑な思いがある。
﹂
﹁ところで、はっきりさせて欲しいことが一つだけある。 もしも、お
前に帰る手段が出来たとして││お前はどうしたい
かった。
から千冬の笑い声が聞こえたのに後ろ髪を引かれながら教室に向
代わりに入っていった一夏に放課後教室に残るように言って、遠く
とりあえずは後の後になるが、フレキシブルに対応するしかない。
にした。
答えは出ず、千冬は血をふき取って潤は考え事をしながら職員室を後
迷いなく言いきった潤に気をよくしたが、結局問題に対する明確な
﹁そうか、それだけ聞いて安心した﹂
﹁どうもこうも、私はIS学園、一年一組の小栗潤ですよ﹂
?
と、教室に戻る途中、女生徒の集団に道をさえぎられた。
右に移る。
﹂
女生徒達も左側に移って道をさえぎる。
﹁なにか御用で
﹁⋮⋮副会長﹂
﹁はい﹂
これは、あれだ。
﹁男の子なのよねぇ。 副会長が﹂
?
515
?
?
?
自分たちの上に立つのが男であるのが、ちょっと納得できない人た
ち、になるのだろうか。
魂から伝わってくる感情が、そういった暗いものでなく、もう少し
綺麗だったので直ぐに気付けなかった。
﹁ああ、身構えないで。 何も陥れようとか、貴方に危害を加えようと
か考えているわけじゃないの﹂
﹁ただ、会長が自信を持って推薦するほどの実力を確かめたいだけ。
﹂
私たちは映像だけじゃ、物足りない﹂
﹁⋮⋮一回叩きのめされたいと
﹁いいね。 話が早い子、お姉さん好きなタイプよ。 だけど、簡単に
思わないことね。 きゃーきゃー騒ぐ普通の生徒と違って、私たちは
毎日操縦訓練に明け暮れている。 それがどういうことか、教えてあ
げるわ﹂
彼女たちは完全な実力主義者だ。
後ろめたい感情が無かったのも頷ける。
一夏には悪いが、どうやら今日は帰れないらしい。
ヒュペリオンの状態は良くないが、良くないときは良くないなりの
戦いが出来てこそ過酷な戦場を生き残ることが出来る。
実戦経験も少ないし、何より明日の学園生活のために叩くべきとき
には叩かねば。
最初に思い切り叩いておけば、後々大きなはねっかえりが少なくな
る。
﹃織斑一夏に勝てない奴は小栗潤に勝つことは出来ない﹄とでも噂を
流せば、降りかかる小さな火の粉も一夏に向くだろう。
様々なタイプと戦うのも、成長の糧にはなる。
この中で一番の熟練者は⋮⋮、金髪の女生徒、││はて、どこかで
見たような気がする。
多くの二年生に囲まれ、潤は一旦アリーナに向かった。
│││
516
?
﹂
﹁おりむー、おかえりー﹂
﹁あれ、潤は
一夏が教室に帰ってきたとき、先に職員室を出たはずの潤の姿は何
処にもなかった。
変わりに、一夏に対して戦術講座を開くと知ったクラスメイトが大
半残っている。
日頃から妙な行動をとるので忘れがちだが、IS学園に入学してい
る以上、かなりの向上心を持った優秀な人材だ。
トーナメントで見せた圧倒的な強さ、ヨミの深さ、そういった潤の
講座なら興味が湧くのも無理は無い。
何を大げさなと、潤ならそう言うだろうが、それは潤が日頃から自
己評価をかなり低く見積もっているせいだ。
強くなりたい、巧くなりたい、もっと高いところにいきたい。
そういう人間にとって、純粋な強さを見せつけ、自分を叩きつける
ような戦いをする潤は、ある意味尊敬されているのだ。
﹂
﹂
﹁いえ、見ませんでしたが⋮⋮。 職員室で織斑先生と話していらっ
しゃったのではなくて
﹁そうだ。 向かった先が一緒だったんだ。 会わなかったのか
﹁いや、俺より先に教室に向かったはずだったんだけど⋮⋮﹂
着地した。
相変わらず猫か、猿みたいだな﹂
?
﹁って、鈴か
第三アリーナ行かないの
?
いや、今日は││﹂
﹁みんなして何してんのよ
﹁第三アリーナ
﹂
何も言わずにしゅるりと一夏の身体を駆け上がるって一夏の前に
夏の背に誰かがしがみついた。
何処に向かったのか、急に行方不明なった友人を考えていると、一
?
?
﹂
生のクラス代表や決勝トーナメント進出者が潤を連れ出して模擬戦
しているみたいよ。 一緒に見に行かない
た。
鈴が言い放った内容に、一組一同はただただ言葉を失うばかりだっ
?
517
?
?
﹁そう、第三アリーナ。 そこで、副会長の実力試しとか言って、二年
?
1│3
鈴の先導で、一夏たちがアリーナに向かっていると、アリーナに近
づくにつれなにやら慌しい様子が伝わってくる。
先ほどから廊下を走っている生徒も多い。
どうやら本当に第三アリーナでなにか大事が起こっているようだ。
﹁ところで、なんだって潤がいきなり二年生と戦う流れになったんだ
﹂
﹁小栗のほうから吹っかけた、とは考えにくいな⋮⋮﹂
﹁そんなんじゃないわよ。 ただ、ちょっと襲ってみて実力を確かめ
﹂
てみたかっただけでしょ﹂
﹁襲ってって⋮⋮わあっ
﹁誰のせいですか、誰の﹂
﹁まあまあ、そう警戒しない﹂
ラウラはもっと警戒している。
遅刻騒動といい、学園祭騒動といい、騒ぎの元凶なのだから。
ラウラは、⋮⋮ただたんに苦手意識を持っているだけだが。
てはおかしな人といった印象が強い。
潤は彼女をかなり信頼しているような印象を抱いたが、一夏にとっ
楯無の姿を認めた一夏とラウラが、少しだけ警戒態勢に入る。
﹁ごきげんよう、本音ちゃん﹂
﹁かいちょー、こんにちはー﹂
だったから﹂
﹁潤くんにしろ、簪ちゃんにしろ、おとなしいタイプでお姉さん不満
﹁合格って、何がですか﹂
﹁なかなかいい反応してくれるわね。 合格よ、シャルロットちゃん﹂
驚く。
居ないはずの場所に、いきなり現れた二年生らしき水色髪の生徒に
振り向いた先はついさっきまで誰も居なかったはずの場所。
聞きなれない声色に反応したシャルロットだったが、声に反応して
!?
﹁なんなら、同じ二年生として、今潤くんが何で戦っているのか教えて
518
?
あげるけど﹂
それはちょっと気になる。
歩いている一組一同心の中で同じ事を考えた。
﹁素直でよろしい。 殆どの一年が知らないみたいだからおしえてあ
﹂
げるよ。 IS学園において、生徒会長という肩書きはある一つの事
実を証明しているんだよね﹂
﹁⋮⋮お兄ちゃんの生徒会入りは、次期の会長だという通告なのか
﹁そういえばラウラちゃんは知っていたわね。 そういうことよ﹂
﹁⋮⋮ちゃん﹂
意外な呼ばれ方をして、ラウラがほんのり頬を紅く染める。
そして、若干気に入ったようだった。
ない。
﹂
﹁で、学園最強の生徒会長さんは、あいつが勝てると思います
あい
あのすまし顔を歪めてやると言っていたあのとき以来変わってい
特にセシリアは必ず勝ってやると気炎を燃やしていた。
ろうが、上級生や、代表候補生ともなると中々難しい。
トーナメントを通じて直接叩かれた一年生は簡単に認められるだ
自分より強いと、認められるかどうか。
参加しているかもね﹂
により強い相手と戦ってみたいって生徒も居るだろうから、ついでに
戦って確かめないと納得出来ない人もいる。 潤くんも強いし、純粋
ことになってしまうの、それを認められる人もいれば、今日みたいに
を推薦している、それは私を除いて二番目に潤くんの方が強いという
﹁全ての生徒の長たる者は││最強であれ。 私が次期会長に潤くん
何の関連性があるのですの
﹁それで、潤さんが来期の生徒会長になるのと、今先輩方と戦うことに
?
ただ、皆も知っての通りISにおいては稼働時間が物を言うの。 二
いってことに間違いは無いし、普通の生徒じゃ無理なのは確かよ。 ﹁ん∼⋮⋮、微妙な線ね。 ラウラちゃん、睨まないの。 潤くんが強
いですか﹂
つってかなり強いけど、ISの実力って稼働時間に正比例するじゃな
?
519
?
年生の代表候補生だったり、その座を争ったことがある生徒だったり
﹂
するとなると、才能だけじゃ決して勝てない。 その辺りは鈴ちゃん
も詳しいんじゃないの
﹁サラ・ウェルキン、先輩もいらっしゃいますわね⋮⋮﹂
﹁ああ、セシリアちゃんは、彼女から操縦技術を習ったんだっけ﹂
﹁専用機はありませんけれど、優秀な方です。 わたくしとブルー・
ティアーズでも楽には勝てないでしょう﹂
楯無の言っていることは正しい。
何も間違っていない。
確かに潤のISの稼働時間は割と少ない。
しかし、彼女とて知らないのだ。
異世界で同種ともいえる兵器を用い、訓練では決して味わうことの
出来ない死闘を繰り広げてきたこと。
潤が相対的に自分の実力を﹃所詮は二流﹄と評価しなければならな
い化け物が居て、そいつに対して時間稼ぎ用として戦わされたこと。
それをその目に焼き付けることになる。
﹁もう直ぐアリーナだね。 なんか、ISスーツで泣いている二年生
の方がいるんですけど⋮⋮﹂
ピットに近づくにつれ、二年生のため息と歓声で騒がしくなってき
た。
会長の予測とはずれ、ラウラの予想通り、潤はかなりの大立ち回り
を演じているらしい。
﹁やっぱりこうなるか。 お兄ちゃんは││お兄ちゃんより、我が兄、
あ に き、の 方 が 言 い や す い な。 ち ょ っ と 調 べ て み る か。 ﹃お 兄
ちゃま﹄、これはないな。 ﹃あにぃ﹄、候補に入れよう。 ﹃お兄様﹄、
おお、かなりいいな。 ﹃おにいたま﹄、論外だ。 ﹃兄上様﹄、私が日
本人ならありかもしれないが⋮⋮。 ﹃にいさま﹄、お兄様とどう違う
﹃アニキ﹄、候補として問題なし。 ﹃兄くん﹄、本当に使われてい
﹃兄ちゃま﹄、なんだこの変な呼び方は。 ﹃兄や﹄、これは⋮⋮嫌で
は⋮⋮ない⋮⋮﹂
520
?
るのか疑問の湧く珍しい呼び方だ。 ﹃兄君さま﹄兄上様と一緒だな。
?
自分より強いと認めた潤が、二年生に苦戦するなど、彼女にとって
は屈辱にも等しい。
潤がラウラの期待通りの強さを発揮しているのを確認し、安心した
ラウラは、﹃兄﹄への呼び方について調べだした。
この少女、常にマイペースである。
ブツブツ言って調べ物をし始めたルームメイトの手を取って、一夏
たちと一緒にピット近くの巨大スクリーン前までたどり着いた。
その時、まるで図ったかのように鳴り響く爆音、思わずラウラが顔
を上げた。
ヒュペリオンのプリセットの一つ、ロケットランチャーの爆風。
爆発と粉塵の中から出てきたのは、ボロボロになったリヴァイブ。
間合いを開いて仕切りなおしを行おうとしている様には決して見
えず、命からがら逃げるように見える。
逃げ出したリヴァイブが画面を通過すると共に、ほぼノータイムで
521
距離を詰めてきたヒュペリオンが画面に現れる。
﹂
﹁ぐ││ぐうぅ⋮⋮なんで、こんな的確に││﹂
﹁畳み掛ける
逃げから始まり、殴られ、斬られ、蹴られ、武器は封じられてバラ
上でファンネルの一斉攻撃を開始した。
そのまま二、三回相手を切り裂いた潤は、リヴァイブを蹴り付けた
ろうね。 ほぼノータイムで武器が出ているんだけど﹂
﹁僕と戦った時もそうだったけど、あの量子展開、どうやっているんだ
﹁ISでISを殴るのか∼。 流石おぐりん、非常識だなぁ﹂
その光景を見て、会長の顔が疑問に歪む。
手を斬り上げて反撃の機会を殺す。
殴り、殴り、相手が武器を出した瞬間ビームサーベルを展開、先に
逃げ道を塞ぎ、間合いを詰めた潤は、なんとISで格闘戦を始めた。
されていく。
その編隊は恐ろしい速さでリヴァイブすら追い越して背面に展開
しているかの様に有機的にリヴァイブに迫っていく。
潤の裂帛の声と共にファンネルが主出され、まるで別々の人が動か
!
﹂
ンスを取ることもできず、蹴られて墜落していく相手になすすべは無
い。
﹁おおおおおおおっ
雄叫びと共に連射されるビームライフル。
三人目となる、二年生クラス代表との戦いは、こうして幕を閉じた。
│││
潤がピットに戻ってきた。
これで対二年生クラス代表三連勝。
最初は半分健闘を称え、半分ひやかしていた二年生は、あまりに一
方的な勝利を潤が挙げるため、今となっては賞賛の言葉ばかりになっ
ている。
二年生同士で戦っても、コレだけ圧倒的な差が生まれることは少な
い。
一年坊主がちょっと調子に乗っているみたいだから、現実を見せて
やろうと意気込んで戦って見たら、逆に現実を見せ付けられた。
とにかく状況のコントロールが神業的に上手く、先読みの深さが尋
常でない。
どんな手を打っても﹃そう来ましたか。 ではこう返しましょう﹄
とばかりにいとも容易く対処されていく。
心を読めるとしか思えない、パーフェクト勝利を献上した二組クラ
ス代表の叫びは、一組と三組のクラス代表が抱いた感想と一緒だっ
た。
ヒュペリオンを解除、オートで出来る範囲のメンテナンスを実施さ
せると、隣に控えていた簪からタオルが手渡される。
﹁潤、お疲れ﹂
﹁ああ、ありがとう﹂
渡されたタオルを使って豪快に顔を拭いて、ついでに髪の毛に付い
た汗もふき取っていく。
二組代表は箒といい勝負レベルだったが、一組クラス代表と三組代
522
!
表は中々の強敵だった。
﹁これで三戦連続完勝、流石だな、副会長﹂
﹁三組クラス代表がやたら強かったです。 かなりやりにくくて、最
後まで油断なら無い相手でした﹂
﹁⋮⋮二年三組は、イタリア代表候補生⋮⋮だったような﹂
賞賛から始まる千冬の歓迎を受けている内に、一夏たちも潤の周囲
に集まってきた。
﹁一夏か。 ちょっと避けえぬ戦いだったんだ。 悪いが講義とかは
明日に持ち越しでいいか﹂
﹁ああ、かまわねぇよ。 しかし、派手にやっているんだな。 途中一
人泣いてたぞ﹂
﹁たぶん、それは⋮⋮二組、クラス代表⋮⋮。 損傷率、打鉄87%、
﹂
ヒュペリオン、0%の⋮⋮完全敗北﹂
﹁損傷ゼロ
一夏と同じく潤の周囲に集まっていたシャルロットから驚愕の声
が上がる。
暫く固まっていたが、正気に戻った後は普段から使っている端末
に、潤と該当クラス代表との戦いをインストールし始めた。
セシリアや鈴はそちらの方に興味があったらしいが、一夏と箒はそ
のまま残る。
﹁おぐりん、これ、飲み物ね﹂
﹁ありがとな、本音﹂
﹁えへ∼﹂
頭を撫でられ破顔させる本音。
その光景を見て、一夏と千冬などは、夏休み中のあの潤を何とかし
たのは本音だったのかな、とわりと穏やかな目を向けた。
潤と本音の仲が急変してびっくりしている楯無やら癒子やらナギ
が居た。
簪は開いた口が塞がらなくなっていた。
唯一にして強大な恋敵に、なんか物凄い差をつけられたかのような
錯覚すら覚えたのだから。
523
!?
聞いたことがあ
﹁よし、アートメンテナンスがそろそろ終わるか。 エントリーをし
て、と。 お次の相手は⋮⋮、サラ・ウェルキン
るような、ないような﹂
﹁潤⋮⋮代表候補生だよ。 その先輩﹂
から﹂
﹂
﹁うん⋮⋮。 あ、あの⋮⋮
﹁なんだ
本音と潤の仲の進展。
﹁色々
﹂
色々な﹂
﹂
﹁色々あったんだよ。 合宿のときとか、夏休みのこととか、本当に
い。
とても言いにくいが、何か言わないと引き下がってくれそうに無
言いにくい。
わせる。
どこまで話したらいいものか迷い、ちょっと手慰みに爪をこすり合
夏休みの、とある一日。
﹂
憶に残ってないはずだ。 簪、タオル、ありがとう。 洗濯して返す
﹁そうなのか⋮⋮、じゃあ、どこかの本で見ただけか。 どおりで、記
?
﹁あの、あの⋮⋮、なんで、そんな⋮⋮本音と仲いいの
!
ているのと、同じ理由かな
一人前になるんだろうな﹂
﹁小栗﹂
﹁そうか⋮⋮。 一夏﹂
本当に、俺はいったい何時になったら
﹁あ、ああ。 私とて油断が出来ん相手には、違いない﹂
﹁ところでラウラ、そのサラ・ウェルキン先輩は強いのか﹂
その顔は、意外なほど固く、不思議な緊張感を持っていた。
げた。
こすり合わせていた爪を止めた潤は、千冬の言葉を聞いて、顔を上
﹁││分かっていますよ。 織斑先生﹂
?
524
?
?
﹁本音が自分を見つめなおすチャンスをくれた。 ラウラが俺に懐い
?
﹁なんだよ、急に﹂
﹁次の戦いは、ビームライフルと実体剣、ビームサーベルの三つに絞っ
﹂
て戦おう﹂
﹁はあっ
劇的な反応を示したのはセシリアだった。
セシリアにとってサラとは中々越えられない壁であり、実力を認め
ている相手だったのだから。
その相手に対し、潤は手心を加えて戦うと宣言している。
相手に失礼だと思わないのか﹂
もし、それで勝つというのであれば、それは、セシリアに対する侮
辱にも近い。
﹁何故その様な事をする
なくなった所で、真剣勝負に手を抜くと思われるのは心外だ﹂
!?
だ。
怪我ということにしておいたが、本当は世界を移動する前の復元
私に勝ち筋が無いわけではないが、それでも相打ちが関の山か﹂
﹁⋮⋮怪我をして手術する前の全盛期ならば、私より強かったろうな。
﹁潤くんは、そこまで強いんですか﹂
﹁ああ、健闘を祈る。 ⋮⋮よかったな、織斑。 よく見ておけよ﹂
では、織斑先生、失礼します﹂
にしよう。 白式でも行える戦いの流れ、今はそれを見ればいい。 主体に、銃撃戦を最小限に抑えねばならないお前に見せるための戦い
さ、なんでもいいが強さとは決して一つではない。 次の戦いは剣を
﹁射撃能力だけで、一度に多数を相手取るもの。 力、知恵、技術、速
の剣士が浮かんでいた。
潤と千冬の頭に浮かんでいるのは、潤が人間の限界点と断じた一人
一夏たちの頭に千冬の姿が浮かぶ。
界のあらゆる猛者に勝ち得るもの﹂
﹁顔が近いぞ、セシリア。 強さには種類がある。 剣一本だけで世
﹁なら、先ほどの発言はどの様に説明していただけるのかしら
﹂
﹁箒、確かに俺は戦いに誇りを持ち込まない。 だが、武器が多少使え
?
願わくは、一度でいいから全盛期の潤と戦ってみたかった、それが
525
?
千冬の素直な感想だ。
そんなことなど何も知らない一組面々と楯無は戦慄した。
どんだけ、強かったんだよ、と。
どんな大怪我をしたんだろう、とも。
﹂
﹁潤さんが⋮⋮。 でも、││それじゃあ、あれは⋮⋮﹂
﹂
﹁何だ、まだ気付いていなかったのか
﹁ラウラさん
まもなくサラ・ウェルキンと潤の戦いが始まる。
﹁││││││﹂
ゆっくり動かしてみろ。 それで分かるはずだ﹂
﹁お前と兄の最初の模擬戦、打鉄の被弾箇所を拡大し、フレーム単位で
?
その片隅で、怒りに打ち震えるセシリアの姿が見えるまで、あと少
し。
526
?
1│4
ブルー・ティアーズに大切に保管してあった動画を再生する。
クラス代表選出戦、初めて潤と戦ったときの映像。
見事な回避運動を行う潤を相手に、セシリアがこれまた見事な銃撃
を行い、僅かながらも確かなダメージを潤に与えている。
そこでセシリアは一旦動画を止める。
少し時間が合わなかったのか何度かその動作を繰り返し、││とう
とう問題の場面を目にしてしまった。
何度かその場面を繰り返す。
これは、自分から中りに行っている
戦闘中繰り返すこと幾度。
一度や二度なら慣れてない操縦者の癖とも言えるが、こうも続けば
偶然とはいえない。
あの当時から、自分と潤の力量差はこんなに開いていたのかと愕然
となる。
こんなこと自分には出来ない⋮⋮そう考えて雑念を振り払った。
自信を持って﹃⋮⋮そうか、卒業までにかなうといいな﹄と言った
あれは、なんだったのか。
引き分けにもつれ込まれたのは
ラウラが来校するまでの間は全て演技
生に勝ってしまうのは悪手⋮⋮、事情が事情だけに怒りきれない。
なら、あの件で一番問題があるのは││
そこまで考えたセシリアは徐にモニターに目をやった。
武装を限定して、なおも勝ちきると断言した潤に視線が集中してい
る。
映っているのは白と黒、僅かに湧き出る赤が幻想的なIS。
ヒュペリオン、小栗潤、空を悠然と飛ぶ機体を睨みつけた。
527
?
当時の一夏や潤の話題性や状況を考えれば、ただの素人が代表候補
?
?
このままではただの負け犬になってしまう、誇りに掛けて、例え勝
てなくとも││過去にケリを付ける。
セシリアがそうこうしている内に、サラと潤の戦闘が始まった。
事情を何も知らないサラは、以前までと全く違い、スタンダートな
戦闘スタイルに戸惑っている。
しかし、本質的には何も変わっていない。
前線に居座り続け、好敵手に恵まれた故に掴み取った洞察力と、彼
らに勝つための戦闘論理。
あらゆる相手に順応し、自身の状況と敵の能力を冷静に把握して活
路を導き出す。
逆転の可能性がある限り、その可能性を手にするために何度でも挑
戦する。
これが何を意味するのかというと、未熟な部分が一つでもあると徹
底的にそこをつかれて生半可な奴では負けることと、千冬が教えるこ
とは殆ど無いということだ。
﹁完成形を弄くるのは中々難しいからな⋮⋮﹂
なる程、そういうやり方もあるのか。 今日になって何度目かの発
見をする。
潤の戦闘論理は千冬をもってしても目新しいものが多い。
生徒たちには尚更だろう。
ISそのものは現在黎明期。
旧科学時代のパワードスーツのような、完成された技術体系から得
た操縦技術を目の当たりにすれば当然かもしれない。
その代わり、時々信じられないほどアクロバットな操縦をし、無茶
を押し通して道理をぶち壊していく。
もしかしたら、潤という人間と、パトリア・グループのようなトン
でも企業がめぐり合ったのは運命だったのかもしれない。
曲がりなりにも潤が満足する機動を得られているのだから。
﹁なんか、潤にしては、スタンダートな戦いだね﹂
528
﹂
﹁一 夏 に 組 み 立 て 方 を 見 せ る と か 言 っ て た し、素 直 に 戦 う と あ あ な
るって見せたいんじゃない
﹂
程度の状態まで押し込まれている。
"
う。
その彼女が、
善戦している
一年生の中では潤を除けば、ラウラ以外に負けることはないだろ
サラの実力は知っている。
この中で誰よりも楯無が真剣にモニターを見つめている。
その小さな呟きは誰にも聞かれなかった。
﹁嘘でしょ⋮⋮﹂
その裏で、楯無だけが、厳しい目をしていた。
し嬉しそうで、箒はいつもどおり、一夏は真剣そのもの。
シャルロットは玩具を前にしたかのようで、ラウラと簪はほんの少
鈴は何故か知った風に潤の実力を評価している。
和気藹々と潤の戦力表をする面々。
﹁⋮⋮そう﹂ ﹁ん
ラウラでいいぞ。 日本人には発音しにくかろう﹂
﹁なんで⋮⋮ボーデヴィッヒさんが⋮⋮、そんなに、胸を、張ってるの
ばな﹂
﹁当然だ。 私が上と認める相手だぞ。 あのくらいやってもらわね
﹁しかし、小栗は、あんなに強かったんだな﹂
?
にISに乗る。
気がかりなこともあるが、それを周囲に与えないほど潤は楽しそう
持っているにも関わらず、何故自分に挑んでこないのだろうか。
もう一つ、割と周囲にはどうでもいいことだが、あれ程の実力を
すればありえないそれは、ある仮説を彼女に与えることになる。
どう考えても時間と技量が釣り合っていない、楯無の持つ常識から
それは、如何なる緻密さと豪胆さがあれば可能なのだろうか。
をかぶせて勝とうとしている。
した勝ち方ではなく、サラの理路整然とした戦いに、それと同じもの
今までのようにヒュペリオンと、フィン・ファンネルの長所を生か
"
529
?
?
ISが競技用に用いられている以上、何も可笑しくない。
それでも、意志を持って力を行使したクラス代表戦の無人機乱入な
どの非常事態と比べれば、まるで別人のような感じ方の違いだ。
画面越しに感じる、楽しもうとする戦い方に感化されそうだ。
自分が未熟だった頃、限界いっぱいまで空を飛んでいたかったあの
瞬間に似たような高揚感だ。
﹁なんで私に挑んでこないのかしら﹂
潤の動きは基本に忠実ながら、時々教師が驚くほどの技量を見せて
いる。
純粋な戦闘能力の評価も、国家代表の楯無と同等といっていい。
楯無は潤に対して不審に思うところはあるものの、一度でいいから
全力で戦ってみたいと、偽りない本心でそう思った。
織
﹁小栗は責任のあり方の難しさを知っている。 そうそう安易に背負
い込む気が無いのだろう﹂
﹂
﹁ならば、目の前の光景はどのように解釈するおつもりですか
斑先生
けていますよ﹂
﹂
一年最強を自称した生徒を徹底的に叩き、今度は二年生を打ちのめ
す。
それは背負い込む気がなかった潤の思惑とは、かけ離れた状況へ追
いやるだろう。
﹂
﹂
﹂
﹁力の責任を知るが、必要なときには行使する事を戸惑わない。 そ
﹂
ういうことだろ
﹁⋮⋮あ
﹁どうしたの本音
﹁水だ⋮⋮。 かんちゃん、水だよ、水﹂
﹁あ、あ∼⋮⋮。 潤のあれって、そんなに酷いの
﹁なる程、盲点だったな﹂
本音が自分の推察を口にすると、事情をしる三人だけが何度も頷い
?
?
?
530
?
?
﹁そうです。 此処に至って、誰も疑うことは無いというほど見せ付
﹁ふむ⋮⋮。 ﹃大いなる力には、大いなる責任が生まれる﹄か
?
!?
た。
何も知らない面々は怪訝な顔をしている。
﹁おや、綺麗に間合いに入るもんだな﹂
どう説明したものか困った千冬が、露骨に話題を切り替えにかか
る。
奇しくも潤が完全に間合いを詰めて戦いを〆ようとしているタイ
ミングで、その誘導は上手くいった。
ビームライフルの威力を最低限に絞り込んで雨あられと連射し、相
手の行動を支配して最大威力の射撃を最後に置く。
正直なところ、千冬ですら練習がいる動きを一夏が見て、なんの役
に立つんだ、と言ってしまえばそこまでだが、二年後三年後を見据え
れば何かしらの役には立つだろう。
あれの元はライフル系統だろ
﹂
どうやら潤は、即席で何とかなるといった付け焼刃的手法で一夏を
強くする気は無いらしい。
﹁どうやって連射しているんだ
いですが。 戦闘中にやるのは彼くらいでしょうね﹂
﹂
﹂
│らしいですわよ。 スターライトmk│Ⅲでも理論上出来るらし
﹁通常一発分のエネルギーを、ある程度区分けして射撃すると可能│
?
﹂
シャルロットの方が同じ欧州組みだし、仲がいい
セシリアのあの日って何時だったっけ
﹁⋮⋮なんでセシリアがあんなに怒っているんだ
﹁さ、さあ
﹂
﹁わ、私に聞くか
だろう
?
?
妙な威圧感を感じて箒とシャルロットが一歩あとずさる。
鈴はあまり潤の戦闘に興味がないのか、ただ此処に居ただけなので
一連の流れからセシリアの怒る理由を察しているようだった。
一夏は周囲の喧騒など関係ないとばかりに観戦を続ける人たちの
傍に移動した。
画面では打鉄にも用いられている近接ブレードで打ち合う二機が
ある。
531
?
﹁あんたら結構馬鹿だったりしない
?
?
セシリアが、黒い笑みを浮かべて一夏の隣に並んだ。
?
?
ラウラどころか、一夏が見ても数合で優劣がはっきりしてしまって
いるが。
﹁早い⋮⋮。 三回目で、相手の手首を⋮⋮自分の方に返させてる﹂
﹁このまま後は崩れるだけ、か⋮⋮。 射撃で牽制しつつ相手を波に
﹂
載せないよう牽制し、隙を作って立て直させないように追い込んで接
近、言葉に代えると単純ね﹂
﹁千冬姉、俺、あそこまで強くなれるかな
いとも﹂
﹂
?
﹁その差だな﹂
﹁わかんねぇや。 説明を頼みます
手に入れたい、と憧れ、の差。
﹂
﹁私には、あんな力を身に着けることが出来るのかと憧れました﹂
﹁では、訓練時の私の技術を見てどのように感じた
﹂
﹁素晴らしいものだと思います。 私もあのような強さを手に入れた
てどのように思う
﹁あれはそんなものだ、生徒会長。 ボーデヴィッヒ、小栗の技術を見
﹁そんなものですか﹂
に強くなることは出来る。 一分野に限れば十年で充分だろう﹂
﹁お前は何時になったら私を先生と呼ぶんだ、馬鹿者。 ⋮⋮奴並み
?
﹁汚い
﹂
小栗の剣は汚いんだ﹂
﹁勿論、小栗が弱いと言っている訳では無い。 ただ、私から見れば、
れないが、織斑千冬が持つ物には届かないと分かっている。
ラウラは本能的に、小栗潤が持つ物ならば並ぶことは出来るかもし
手が届くか、手が届かないか、の差と大して違いは無い。
!
潤の剣には才能も、統一性も何もなく、複数の流派の剣術が混在し
ており、型だけは辛うじて存在している程度だ。
その型さえも、誰でも習得可能な範囲の組み合わせといった、寂し
いもので成り立っている。
しかし、攻撃タイミング、防御方法、移動場所の選択、その他全て
532
?
凄いのは確かだが、剣の才能の欠片も感じない。
?
が最善最良という言葉に括られる。
愚直ではあるし、無骨でもある。
束の様に頭脳明晰な者や、剣術でのし上がった千冬から見れば、木
に竹を接ぐような愚行の上に成り立っているのが手に取るように分
かる。
分からない人間には凄いとしか表現できず、分かる人には汚く見え
﹂
るその剣は、その汚さが消えてしまうほど美しい。
﹁それでは、何故あそこまで
﹁⋮⋮積み上げ続けた﹂
﹁そうだな。 磨き続けた、それが奴の強さの一つでもある﹂
学園中の人間がそれを目指して努力して、何人がたどり着けるか。
国中のエリートを集めたとして、精々五、六人程度だろう。
ダウンロードしたといっても、人とは千差万別の生き物。
体格から始まり、筋肉、柔軟性、瞬発力や持久力が少し違うだけで
も、役に立たない技術は多い。
実戦で使えるものとまで限定すれば、片手の数まで減ってしまう。
それを用いることが出来るまで、どれ程大変だったのか、千冬は良
く知っている。
今は強化が弱くなっているので相対的に剣術のレベルも下がって
おり、ラウラに押し負けてしまう事もあるが、そのズレも何れ修正す
るだろう。
無骨な剣ではあるが、しかし、努力に努力を重ねた剣は、尊い美し
さがあった。
﹁そういった意味で、織斑も馬鹿みたいに努力し続ければ、││それこ
﹂
そ病院送りになって﹃知らない天井だ﹄を数十回繰り返せば五年でた
どり着くぞ﹂
﹁そ、それは勘弁してほしい、かな
﹂
﹁││少しでも早く、一人前になりたかったから、か。 酒が入った老
﹁おぐりんは、なんでそんな
拷問まがいの訓練をさせられて黙っている気はいない﹂
﹁当たり前だ。 いくら教師と教え子の関係であったとしても、弟に
?
533
?
?
人の戯言だろうに。 それが遺言になってしまったばかりにあの始
末だ。 見ていて痛々しい﹂
千冬の返答を聞いて、ほんの少し本音が体を硬直させた。
どうやら、潤は相当本音を信頼しているようだ。
どちら側から踏み込んだのか知らないが、恐らく本音の方からだろ
う。
入れ込みすぎればいずれ、とも思ったがそう悪い事態ではない。
そんなことを考えているうちに決着が付く。
接近された上で、一方的に体勢が崩されているのだから、このハイ
スピードな決着も当然だろう。
﹁⋮⋮おつかれ﹂
﹁ありがとう。 まあ、こんな物だろう﹂
再び完勝してピットに舞い戻った潤を、簪を筆頭に見守っていた人
の殆どが出迎えた。
﹂
ンスを起動する。
本格的なメンテナンスをするには装備を脱ぎ捨てて、専用の工具を
持って行うしかないが、機体のダメージが軽度の場合はこれで事足り
る。
暇な時間を用いて、一夏に対ウォルキン戦の戦闘データを送信す
る。
ヒュペリオンで模範的な戦闘をするのは骨が折れた。
534
二年生をしても認めるしかない。
小栗潤の実力は、自分たちより純粋に高いのだと。
﹂
千冬の話を小耳に挟む限り、学園でも屈指の実力を持っているとし
か思えない。
﹁なあ、俺もあんな風に戦えるようになるのか
じゃないか
﹂
﹁進級前かよ。 なんか、もっとこう気軽に強くなれないのか
﹁おい、織斑。 お前は今まで何を見ていたんだ
﹂
﹁基本的な戦法は基礎の範囲を出てないし、進級前には何とかなるん
?
ヒュペリオンを待機状態に戻した後、再戦に備えてオートメンテナ
?
?
?
操縦がピーキー過ぎるヒュペリオンは、どうしても常識の枠を遥か
彼方に置き去りにするような操縦テクニックを要求する。
潤としても今回の戦いは、そういった枠内に収める枷を嵌めるテス
なんでそうしなかったんだ
﹂
こ こ は ど う 考 え て も ヒ ュ ペ リ オ ン の ス
トとして役に立ったと言える。
﹁な あ、こ こ。 こ こ だ
ペックなら懐に入れただろ
﹁はて、田舎者ゆえ、貴族の流儀に対して心得が乏しいのだが、
﹃顔を
それを潤の顔に投げつけようとして、見事にキャッチされたが。
セシリアがあるものを手にゆっくり近づいていった。
他にもシャルロットやら、ラウラやらの質問に対応していく潤に、
コレは教えるだけ無駄であり、千冬は全く言わなかった。
潤の情報戦に対する優位性は誰にも真似できない。
ラの負けは決まっていた。
手に持った武器、量子待機状態の武装の読み合いに負けた時点でサ
を見せていた。
頭を使って戦略を練っていたし、充分基礎固めが済んでいる堅実性
サラ・ウェルキンの戦い方は決して悪いわけではなかった。
エネルギーを減らす目的だけの戦法も対策を練らないとな﹂
ん。 白式もエネルギーを攻撃力に変える仕様なんだから、そういう
いたんだろう。 こうなっていれば、その後もどうなったか分から
﹁彼女は冷静だった。 ヒュペリオンが防御力に難がある事を知って
ダメージが入って、主導権まで取られるのか﹂
﹁うげっ、えげつないな。 自分もダメージを受けるけど、結局潤にも
⋮⋮﹂
﹁こ う い う 風 に 自 分 も ろ と も 彼 女 が 包 み 込 む よ う に 攻 撃 し て い れ ば
そうして潤が思い描いていた通りの光景を、図面に現してみた。
カーを表示させる。
潤が投射ディスプレイに簡素な図面を表示させて、青と赤のマー
から、射撃戦に専念したんだ。 仮に│││﹂
﹁ん∼、ここか。 これは彼女の持っている武器が広範囲攻撃だった
?
白手袋ではたく﹄といった行為がどのような意図を持っているのか
535
?
!
知っているつもりだ﹂
﹁ならば、掴み取るのでなく拾い上げていただけませんこと
﹂
仰りたいことはそれだけですの
﹂
﹂
時の俺でも簡単に勝ちうる。 学園側も、俺も、あれ以上ややこしく
﹁仕方が無い処置だった。 一夏にすら危うくなるような奴なら、当
申し訳なさそうに目礼する千冬を見て、改めてセシリアを見る。
だ。
どうやらフォローしていなかったようで、これは単純に千冬の失策
千冬が話す手はずになっていた。
本当だったら、こういったいざこざが起こらないように、折を見て
無言で潤が千冬を睨みつける。
ね
﹁一学期、四月のクラス代表選抜戦で、わたくしに手心を加えましたわ
ここで止めに入るとどうなるものか想像できない。
そもそも潤は﹃貴族﹄そのものに対して複雑な感情を抱いているし、
潤は明らかに怒っている。
千冬はどうしていいのか迷っていた。
一転不穏な空気に包まれるピット。
﹁勝者を称える行為でないことは分かった、が⋮⋮何のつもりだ﹂
?
確かにあの当時、ISでは素人であった潤さんがわた
?
なる事は遠慮したかった﹂
﹁それで
﹁それだけ
﹁それだけだとも﹂
!
﹁誇り
はっ、そんな物、無くたって戦える。 少なくとも俺は戦い
ています﹂
は誇りがありますの。 野良のあなたと違って祖国のそれを背負っ
の当主として政治的に難しいのは分かります。 ですが、わたくしに
くしに勝つのはあまりに現実離れし過ぎています。 オルコット家
?
それを皮肉気で、自嘲すら含めた響きで﹃くだらない﹄と言い切る
どんな人間だって誇りという物を多少持っている。
セシリアは貴族として、多くの人と触れ合っている。
に誇りを持ち出さない││﹂
?
536
?
潤に眉を顰める。
何故、普段から心象穏やかなこの人物が、ここまで歪んだ思想を持
つに至ったのか不思議でならない。
﹁そんな下らない物に拘るから、お前は何時までたっても二流なんだ﹂
そのあからさまな挑発は、決定的な対立であり、その後の戦いを決
定付けた。
何か叫びそうなセシリアを、潤は片手で制して手袋を付き返した。
﹁コレは俺に叩きつけられたものとして受け取ろう。 しかし、女性
の手袋なんぞ必要でない。 返す﹂
﹂
537
﹁明日の日曜日、朝一の第三アリーナで││決闘ですわ
それは、奇しくも一学期と全く同じ流れだった。
!
1│5
ベッドの上で考える。
何がセシリアのコアとなっているのかを。
ラウラ戦を見たのならば、セシリアと潤の間にある実力の隔たり
が、マリアナ海溝並にあることは分かるだろう。
機動、射撃、熟練、戦略、近接、機体、あらゆる面でセシリアは劣っ
ている。
ならば、貴族としての誇りか。
馬鹿馬鹿しい。
そんな、何時消えるのかも定かでない空想に、どれだけの若者たち
が命を捨てていったのか。
命を軽く扱って、自分について来てくれた戦友の命も軽くして、そ
う考えている潤自身も、また⋮⋮。
た潤。
﹂
何を言っても反応しなくなったため、癒子がふざけて腹部に座り込
んでみたがそれでも反応はなかった。
考え事をし始めると、多少の些事はどうでもよいと考える悪癖だっ
た。
538
結局の話、復讐心からくる嫌感情だけか││、どうにも偏見で決め
てかかる自分は俗物であるらしい。
﹂
潤は人間らしさを好み、人でなくなろうとする奴を嫌悪する。
それは、自分が気付いたときには踏み外していたから
全く持って馬鹿馬鹿しい。
今回の決闘も同じくらい馬鹿馬鹿しい。
﹁馬鹿なんじゃなかろうか﹂
﹁そんなにセシリアとの決闘が嫌なら、しなけりゃいいじゃん
?
?
﹁いや、そういう訳には⋮⋮えぇい、人の腹部に乗りながらお菓子を食
﹂
こぼれる、こぼちゃう
べるんじゃない
﹁きゃあ
!
!
紅茶をさっと淹れた後、何を思ったのか黙って考え事に集中し始め
!
潤は癒子をでっかい猫かなんかと認識している。 行動態度的に
考えて。
﹂
作業していると邪魔をしにくる、あの不可思議な行動、結構な人が
分かってくれるのではないだろうか。
﹁セシリアと戦うのってそんなに大変
﹁癖
﹂
﹂
﹁セシリアには拭い難い一つの癖がある﹂
い潤の戦い。
そして、
﹃どんな手段を用いるか﹄その可能性を読み切るのが、か弱
実力差は覆せる。
深層心理から得た相手の本質を見極め、戦略を立てればある程度の
本能的にやっていることかもしれないが。
分の才能を見せ付ければ勝てるような連中には縁のない話。
単純に押せば勝てるような雑魚などどうでもいいし、潤と違って自
い。
戦闘に勝つには、その相手の深層心理を読んでいかなければならな
変わらないし、変わらせるつもりもない﹂
﹁まあ、新兵器で、俺が何も知らない﹃何か﹄があったとして簡単には
﹁楽勝じゃん﹂
﹁9.9:0.1、もしくは10:0くらいで勝てる﹂
﹁どのくらい
﹁いや、まったく。 どちらかというと勝つのも簡単﹂
?
る、専用機持ち同士の模擬戦、あいつは速戦を仕掛けない。 速戦を
仕掛ける際には戦う前に見て取れる変化がある。 つまり﹃相手の様
﹂
子を見て、次を決める﹄、これは結構な悪癖だ﹂
﹁それって⋮⋮、普通じゃない
素人なら、素人同士なら、それでいい。
る程度考えが要るな﹂
だ、負けが決まると暴発する癖も持っているから、追い詰め方にはあ
﹁そうだ、普通なんだ。 逆を言えば奴は埒外の行動はしない。 た
?
539
?
﹁対一夏、俺のクラス代表決定戦、対ラウラ戦、それと定期的に行われ
?
所詮人間業で戦うしかない潤の技術の路線、その遥か後ろにいる技
術を使うしかない。
そこまで見えるからこそ、セシリアの思考をどうとでも操作でき
る。
相手の行動を見て戦法を変えるやり方など、相手の心理そのものを
操作しようと考える人間にはカモにしか見て取れない。
そう、操作しようとする。
ここで相手の思考を操作しようとし、実際誘導出来るのが魂魄の能
力者の思考回路。
この世界で唯一潤が持つ絶対のアドバンテージ。
﹂
実はこのアドバンテージも、元のこの能力者に限って言えば二流止
まりなのが、非常に潤らしい。
﹁確実に勝てるのなら、何がそんなに嫌なの
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
?
す。
まあ、相手のことが底から分かる様になると、こんな風に簡単に人
をからかう事も出来る。
本音は潤の貴族に対する妙な憧れなんて知らないだろうから言葉
540
ナギに問われ、両腕を組んで考え込む潤。
俗物的思想、いや、なんか││。
﹁⋮⋮はは∼ん、なる程∼﹂
﹁││なんだよ、本音﹂
﹂
それで、﹃そう﹄らしくないせっしーに勝手に怒ってない
﹁うわ∼、髪の毛がぐちゃぐちゃになる∼﹂
﹁人の心を見透かした挙句、わざと暈かすんじゃな∼い
何を思ったのかに立ち上がり││
それを聞いた潤。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
い
んて、妙な幻想を持っていたり、憧れに近いものを持っていたりしな
﹁なんか、せっしーに対して、
﹃こうすべき﹄、
﹃こうあってほしい﹄な
?
座っていた本音の頭を抱えると、とりあえずわしゃわしゃかき乱
!
?
の全てが本心。
潤の方は照れ隠しの口上と、かなり情けないことになっている。
相手の心理を知るのは、かくも大事なことである。
﹁我ながら何時までも引きずる男だ、情けない﹂
││そなたの服を見るに、ただの村民でないことは分かる││
ナイロンなんて普通は知らないだろうさ。
目が覚めたらいきなり雪の銀世界、凍死寸前で拾われ、次の目覚め
は如何にもな屋敷。
そして、美少女のお嬢様か。
御伽噺じゃないか。
ちょっと本気で惚れちゃって、彼女のために剣を取ろう、なんて
思ったってしょうがないじゃありませんか。
若かったなぁ。
﹁うん、ごめん、ちょっとやりすぎたけど、反省しない。 俺は遅めの
﹂
?
食べる
﹂
満面の笑みと同時に出た歓迎の声に、簪も同じくらいの笑みを浮か
541
飯でも││﹂
﹂
﹁晩御飯の時間終わったよ﹂
﹁なんですと
﹂
起きてる、よね
﹁ああ、⋮⋮焼き菓子
﹁あ、あの、潤
と思っていると部屋のドアが徐に開いた。
本音は分けてくれそうもないし、ここは我慢して寝るしかないか、
﹁やっちまったな﹂
溜め込んでいる筈の本音は頬を膨らませて髪を直している。
お菓子を見ると、お開き状態まで減っている。
そして、程よく空腹状態になっている。
確かに食事時間をオーバーしている。
﹁私も、ナギも声掛けたけど、生返事ばかりだからほっといたの﹂
?
﹁うん、あの、明日の応援みたいな、抹茶のカップケーキなんだけど、
?
?
﹁ウェルカム、簪﹂
?
べた。
明朝予定のセシリア戦のことなんかを話しながら、夜は更けてい
く。
│││
アリーナの整備室でセシリアは一人、ブルー・ティアーズの装甲に
額を押し付けて考え込み、自然とため息を付いた。
何度考えても勝ちパターンが創造できない。
十通りの戦法を考え、十通りの方法で倒される光景が目に浮かん
だ。
﹁勝つための戦いではないとはいえ、何か嫌な想像ですわね﹂
結局、今回の戦いは勝つための戦いではない。
そもそも政治の世界では騙された方が悪い。
う男の姿を。
正直な話、国家代表と手合わせしたときの力量差と全く同じものを
感じた。
修行・鍛錬によって培った洞察力、何度受けても攻撃が見切れない
程高められた武芸の手練。 542
あれは彼が男であることに全ての問題があり、そんな彼と代表候補
生が戦うことになんの問題もない方がありえないし、そう考えれば何
かあって然るべきだった。
今度はブルー・ティアーズにもたれ掛かって星空を見る。
││ブルー・ティアーズは、試作機だけあって最新の第二世代にも
﹂
性能が劣る機体⋮⋮。 それでも││
﹁セシリア、まだ此処に居るの
﹂
││ええ、明日の準備がありますし﹂
サラは思い出す。
﹁正直に言って、百パーセント負けるわよ
﹁⋮⋮サラ先輩
?
短くも、穏やかに見えても、主導権を強引に奪い取ろうと貪欲に戦
?
?
﹄とか言う
自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で活路を導き出して
逆転の可能性を手繰り寄せるセンス。
﹁知ってます﹂
﹁あら、結構、さっぱりしてんじゃん。 ﹃負けたくない
﹂
かと思ってアドバイス考えてたのに﹂
﹁⋮⋮勝ち筋がありますの
﹁思いつく限り一つだけ﹂
驚愕の顔でサラの顔を見つめるセシリア。
ことですわ﹂
﹁ああ、やっぱり。 あんた、勝つ気ないんでしょ
﹂
﹁そうですの⋮⋮。 まあ、それなら、明日の決闘には尚更必要のない
いや、高機動型に変換すればワンチャンだけど﹂
﹁まあ、セシリアの機体じゃあ不可能に近いから無意味なんだけどね。
驚かないはずがない。
たのだ。
あれだけ押し込まれている状況で、この先輩は勝ちの目を掴み取っ
!
ただ、清清しいまでに、気高い者が抱く誇りに圧倒もされている。
それだけセシリアの言った事を実践するのは難しい。
サラのそれは若干の呆れすら含まれたそれだった。
﹁⋮⋮貴族様も大変だね﹂
出した相手に勝ってこそ、本当の誉れが生まれるのです﹂
を尽くして自分の限界にどれだけ挑めたか、その上で同じ様に限界を
始めれば必ず生じる勝敗程度に拘るのは貴族の名折れ。 ベスト
﹁勝てればそれはそれでいいのですけれど、勝敗など所詮は勝負の常。
﹁変わんないね、そこは初めにあった頃から﹂
しいことでしけれど﹂
﹁ちょっと挑発されると直ぐに頭に血が上ってしまうなんて、恥ずか
直った。
そこで初めてセシリアは挙げていた顔を下ろし、サラの方に向き
?
﹁⋮⋮今回はそもそも相手が正しい。 だけどわたくしはそれでは置
いてけぼりだけになる﹂
543
?
﹁そっかい、それじゃ、お前さんは││﹂
﹁ええ、私は私と、││彼の誇りのために戦いましょう。 例え、彼が
誇りになんの感慨がなかろうともかまいません。 相手に手心を加
えさせるなど、オルコット家の誇りが許しませんから﹂
│││
日曜日の朝。
本来使用開始直前のアリーナは人まばらで静まり返っているもの
だが、既に席が半分ほど埋まっている。
席の大半を埋めるのは二年生。
自分たちのクラス代表や、自学年の代表候補生がいとも容易く屠ら
れたと聞きき、勝手に話が広まり、後日イギリス代表候補生と再戦が
あると聞いて、昨日より野次馬が増えていた。
何で皆来ているんだ
﹂
﹁ああ、そっか。 基本的に一年以外は昨日が初見になるのか﹂
ピットにいるのは潤と簪の二人だけ。
他のメンバーは座席の一番いいところを占有している。
﹂
﹂
本音が気でも利かせたのかも知れない。
﹁それで││勝てそう
﹁やたら心配するなぁ。 心配
﹁⋮⋮なに
﹂
やたら心配性な簪の頭を、何度かぽんぽんと叩く。
くない、⋮⋮から、かな﹂
﹁いや、⋮⋮そこまでじゃないけど、⋮⋮潤が負けるところなんて見た
?
?
で性能が二割ほど低下していると話したのが悪かったようだ。
昨日の夜、可変装甲が一切開かず、また、夏色々あったことが原因
ても、なんの影響もないさ﹂
﹁心配するな。 負けの目はない。 例え可変装甲が使いこなせなく
?
544
﹁うーん、二年生、三年生が殆どか。 ⋮⋮陸上部今日部活なかったっ
け
?
﹁潤のヒュペリオン、まだ見たことがない人もいるくらいだから﹂
?
ヒュペリオンの性能低下は目を覆いたくなるものがある。
照準がずれるわ、低速時は打鉄並みの性能まで落ちるわ、防御力は
第一世代以下だわ、ラウラ戦とは別種の機体とも感じ取れる。
身体が負傷した際には、負傷した際の戦闘方法があり、実践したこ
とがなければ難しかったかもしれない。
﹁先日も二年生のクラス代表にも勝ってたし、大丈夫だよ﹂
﹁⋮⋮うん﹂
可変装甲は謎に包まれている。
ヒュペリオン自体に束博士の手が加わっていることが確定してお
り、特にヒュペリオン全体を整除しているモジュールは博士のお手製
だ。
一体何を企んでいるのだろうか。
企んでいるといえば、彼女は何故、潤の魂を計測するなんて面倒な
ことまでして、リリムの魂をぶっこ抜いたのだろうか。
545
そういえば、一番重要なそこを考えたことがなかった。
あの事件で博士が潤から得た利など、何もありはしない。
しかし、そこには博士なりに大事な目的があったはずなのだ。
そうでなければ、セシリアにあれだけ剣呑な態度を取った束博士
が、潤と直接話すだけの機会を、あれだけ楽しそうにしていたはずが
ない。
演技をする理由もない。
││今のところじゅんじゅんには知る必要のないことだよ
││君は私が望むがままにヒュペリオンを使い続けるだけでいい
﹁⋮⋮まあいいさ。 貴様の望み通りなのが癪だが、使わない選択肢
﹂
がありえない以上は仕方がない﹂
﹁なに
!
な﹂
﹂
﹂
﹁あ、うん。 ⋮⋮潤
﹁││
﹁勝ってね
!
﹂
﹁いや、なんでもない││、俺はそろそろ出るよ。 見送りありがと
?
?
﹁任せろ﹂
軽く言って、ピットから勢いよくアリーナに射出されていく。
第三アリーナには、突き抜けるように青い空と、同じように青々と
したISが待っていた。
しばしの間、二人の間に流れる沈黙。
﹂
﹁⋮⋮潤さん、一つ、お話ししたいことがあります。 お聞きになって
いただけますか
﹁いいだろう。 許す﹂
本来ありえない、挑戦者からの問いかけ。
セシリアとしては話を聞いてくれないことも考えていたので、あっ
さり会話を許可した事に驚く。
この程度でどうこう言うほど器が小さいとは思ってなかったが、予
想通り過ぎてびっくりしてしまった。
﹁ならもう一つだけ許可をくださいまし。 二人の話を、出来ればア
リーナ全体の人たちに聞いていただきたいのです﹂
﹁異論はない﹂
セシリアが深呼吸するだけの音がアリーナ全体に響き渡る。
観客たちはすぐさま戦いは始まらないことに少しだけ戸惑ってい
たが、意外な展開に話し声が各所で響いていた。
そのざわめきは、次の言葉でもっと大きくなった。
﹂
﹁この決闘、大変不義理なものです。 まずお詫びいたしますわ﹂
﹁な、何を馬鹿な⋮⋮、しょ、正気か
﹁⋮⋮如何にも正論だ。 では如何とする
﹂
方の責にするのは、話が飛躍しすぎています﹂
﹁そも、貴方がわたくしに手心を加えたのは教師の命令。 それを貴
惑している。
決闘を申し込んだことがある潤も、この展開が余りに意外すぎて困
話し合い、侮辱された側が謝罪するなど前代未聞だろう。
恐らくそんな決闘が身近にある彼女の文化圏でも、決闘前に両者が
紀までは存在し正式な裁判方法の一つでもあった。
イギリスの決闘は案外近年まで行われており、記録としては十九世
?
?
546
?
今更俺
﹁これはわたくしの名誉のための決闘でありますので、私は負けても
かまいません﹂
﹂
﹁では、これから起きる必然の戦いはなんのための決闘だ
は引かないぞ
?
俺の剣に誇りなんてものはない、前も││﹂
彼女は正義と誇りを前面に押し出し、決闘を申し込んだ側が事もあ
ふと、セシリアが震えている理由が頭の中によぎった。
誇り││誇りか⋮⋮。
若干の体の振るえ、そして、誇りある、真っ直ぐな色をした瞳。
真っ直ぐセシリアの瞳を捕らえる。
色々と直前になって要求を増やしてくるとはなんたることだ。
はなく誇りを掛けた戦いを申し込んできている。
目の前の馬鹿は、こともあろうに決闘の本懐から外れ、勝ち負けで
潤は暫く考え込んでいた。
﹁仰るとおりです﹂
か、お前は﹂
﹁││つまり、俺に誇りを持って、最大限の力を出せ、そういいたいの
ました﹂
たくしは貴方とならその戦いが出来ると思い、貴方を好敵手だと思い
なるです。 勿論、そんなことが出来る相手は限られていますが、わ
いる外面の戦い。 その二つをそろえてこそ、本当の誇りある決闘と
す。 自分の限界に挑む内面の戦い、その上で同じ様に限界を出して
﹁私は本当に神聖な戦いとは、二つの限界に挑むものと思っておりま
﹁⋮⋮ご大層な言い分だ﹂
きた下種な人間とはとても思えません﹂
知りませんが、貴方の一挙手一投足を見ても何にも誇りがなく生きて
﹁いえ、貴方は誇りある人です。 貴方が何を知り、何に絶望したかは
﹁誇り││
﹁お互いの誇りの為﹂
を潤に向ける。
その言葉を待っていましたといわんばかりにセシリアが人差し指
?
ろうか謝罪して、相手に誇りを求めるという前代未聞の馬鹿げた行為
547
?
に羞恥している。
此処までくると引くに引けないか。
女に衆人の面前で恥をかかせているのに、全て無にしてしまうのは
どうかと思うし、もしセシリアの提案を蹴って勝っても、大恥覚悟で
アリーナ全体に話を広めた一人の戦士の覚悟を無為にしたという悪
評が残る。
受けた方がよほどマシだ。
﹂
﹁││はぁ、回りくどく、面倒で、自己中心的な奴だ。 こうなると断
れなくなることも考えのうちか
﹁それが分かるという時点で、貴方は誇りの何たるかを理解している
方ではありませんか﹂
﹁自分が思う誇り高き戦いとは、相手も完璧であって初めて成り立つ
ものだ。 以前、自分の完璧を出した素晴らしき戦いが、不意に汚さ
れたからお前は昨日怒った。 そして、その不完全に自分の未熟が関
わっていたから、八つ当たり気味の決闘をした﹂
﹁そのとおりです﹂
﹁ならば、その汚点をそそぐ為には、今回の決闘では俺も完璧で無けれ
ばならない。 そうでなければ決闘する意味がないのだから、決闘の
場で頭を下げてでも俺にそうなってもらわねば、か。 馬鹿か、貴様。
いったいどれほどの人間がここまで理解できると思っている﹂
﹁問題ありません。 貴方は誇りの分かる方です﹂
﹁この⋮⋮ まったくもって不愉快だ。 ││が、セシリア・オル
思う﹂
﹁それでは
﹂
﹁名乗るほどでもないが、誇りを持って、全力でお相手しよう﹂
﹁あ り が と う ご ざ い ま す。 恥 を 忍 ん で 懇 願 し た 甲 斐 が あ り ま し た
わ﹂
元々は騎士を目指して、貴族の屋敷で鍛錬していた身。
正直な話、セシリアが求める以上の身の振る舞い程度は出来る。
その潤が、セシリアが見ている目の前で騎士の作法にのっとり、見
548
?
コット、それとは別に、お前の誇りある戦いへの思いは素晴らしいと
!
?
事な礼をとった。
決闘の儀、その動きは少々ぎこちなさがあったものの洗練されてお
り、落ち度も殆どなく、また一部の隙もない。
どれだけ気高い人間だったのか、またそういった教養をどれ程しっ
かり受けてきたのかがうかがい知れる。
驚いたのはセシリアだ。
これほど洗練された決闘の動作を行える人間など、貴族社会のイギ
リスでも片手の数ほどもいない。
覚束ない動作で、今度はセシリアが決闘の儀を行う。
潤とは違って、少々ぎこちない。
﹁いざ、尋常に﹂
﹂﹂
﹁ええ、││尋常に﹂
﹁﹁勝負
誇りを持たせるための話は終わった。
潤は誇りを持って全力を出す事を誓い、セシリアはそれに挑む構図
になっている。
二人の掛け声と共に、戦いが始まった。
549
!
1│6
なんと、先手を取って間合いを詰めたのはセシリアの方だった。
アリーナで一番驚いたのは潤本人だった。
セシリアは基本的に銃撃戦での戦いを行い、それが難しくなると相
手を見て戦略を立て直す。
相手を見て戦い方を変える、この歳ではスタンダートな戦略構築を
する。
追い詰めると妙な事││自爆も構わずティアーズを撃ったり、近距
離ミサイル攻撃をしたり││してくるが。
そ の 手 に 持 つ の は、近 接 シ ョ ー ト ブ レ ー ド で あ る イ ン タ ー セ プ
ター。
どうにも、潤が決闘の儀を体現したことで、彼女もまた古くから続
く決闘に拘りだしたと見える。
その拘りは、常人には理解しがたく、潤の読みは外れた。
瞬時加速で、寸分狂うことなく急所へと放たれる高速の突き。
それを手に持った、ヒュペリオンの実態剣で払う。
交叉する剣と剣。
両者の武器は甲高い音を立てて火花を散らし、セシリアの体勢が若
干崩れた。
﹁││くっ、重い﹂
潤は自分のことを棚に上げ、四月から考えれば明らかに不釣合いに
向上した錬度に、素直に賞賛の感情を抱いた。
最後にセシリアと直接戦ったのは、六月の頭。
自分の中にあった情報が古くなりすぎているようだ。
何が相手に通用しそうで、何を抑えていくのか、そういう相手の心
理を読み直さねばならない。
まず情報戦から入った潤に対し、セシリアは速戦を仕掛けた。
セシリアの情報を精査そうなればもう止まらない。
続けざまに二撃、三撃と連続しての攻撃が放たれる。
それを、手に持つ剣で着実に捌いていく潤。
550
﹂
﹁このじゃじゃ馬め﹂
﹁││ちょっ
セシリアの攻撃を利用し、わざとアンロック・・ユニットで防御、衝
撃を利用してターン。
右手で剣を握ったセシリアに対し、更に右に入って防御不能の状態
へと振り下ろされた剣。
間違いなく一般生徒ならば、避けることなど不可能。
しかし、それをセシリアはなんとか回避した。
潤の狙いは右首の頚動脈。
瞬時加速を利用し、例え自分のシールド・エネルギーが減ることに
なっても構わぬと言わんばかりに潤へ体当たり。
首筋を狙っていた軌道を回避。
体当たり自体は難なく回避されたが、回避行動で有り余ったベクト
ルを宙に向け飛び上がる。
潤は未だセシリアの情報を上書きしている最中││いや、本当はと
んでもないほどイライラしていた。
││何故まともに動かないんだ、ヒュペリオン
現在のヒュペリオンの稼働率は三割ほど。
た戦略を構築できるだろうか。
日ごとに調子が違う機体なんて、誰が信用できるだろうか、決まっ
潤が一番欲していたのは、ヒュペリオンに制御に慣れる時間。
ペリオンにイラつくのも仕方が無い。
ラウラ戦で九割近くを出していた稼働率の事を考えれば、今のヒュ
!
﹂
潤がイラつく僅かな隙に、セシリアが体勢を立て直した。
﹁││なぜ、本気で来ませんの
セシリアが手を止めた。
始まって僅か一、二分。
﹁勿論﹂
﹁合宿、覚えているか
﹂
息も上がっていないのに宙に留まっている。
?
﹁駄目なんだ。 博士を信じられない。 あの人の機体を信じられな
?
551
!?
い。 ISもそれを感じ取っている﹂
﹁では││まさか、ヒュペリオンの性能は
﹂
潤がイラつくほどに。
さぐれているとしか思えない。
﹂
しかし、ヒュペリオンは、人間でいうなれば愚図ついているか、や
たいものだ、なんて、彼らしくも無い事を考えるくらいには。
どうせなら、セシリアすら完全に負けを認めるほどの状態で勝利し
はっきり言うなら、妙に昂ぶっていた。
過去の自分を刺激するに余りある。
セシリアの気高い心は、貴族に対する嫌悪感と、ある種の憧れ││
しの、完全で完璧な勝利だった。
決闘直前の構えから戦闘が始まる直前、潤が欲したのは混じりけ無
│││
三連続で斬りつけ仕切りなおしを選択した。
体勢を崩したセシリアを逃がすことなく頭部、腕部、胴と瞬く間に
付け焼刃での接近戦で、潤を超えることは出来ない。
しかし、所詮はその程度。
思い浮かべる程度にはセシリアの実力が向上している。
なんの勝算も無く戦いを挑んできたわけではない、その程度の事を
﹁ぐうぅぅ
落とし、首に刃を走らせる。
何と予備動作からそれを読みきった潤は、インターセプターを打ち
今度は上段からの袈裟斬り。
歯がゆい思いをしたが、すぐにその思いを改めることになる。
相手がどうやっても全力になれないことに、セシリアは思惑が外れ
勝負は再開。
﹁気遣いは無用だ。 逆になめて掛かれば一瞬で終わると思え﹂
?
何時までたってもぐずぐずぐずぐずと、││今はそんなんじゃ、満
足できないんだよ。
552
!
篠ノ之束、ヒュペリオン、アンノーン・トレース・システム、リリ
ム、ティア、⋮⋮だが、今はいい、今だけは思考の片隅であろうと。
憎しみも、悲哀も、確執も⋮⋮それでも。
今は、セシリアの馬鹿正直な心意気に答えるだけの、曇りなき力が
要る。
ヒュペリオン⋮⋮、今は、お前を信じるから、お前の力を、俺に│
│
そう思いながら、セシリアがティアーズを展開した事を確認し、迎
撃からの攻撃をしようとした時と同じくして、││装甲か音を立てて
開き始めた。
腰から太ももにかけて、装甲が開いた状態の姿勢制御用アンロッ
ク・ユニットが展開。
脚部パーツが縦横装甲に少しずつ開き、赤色のナノマシンが噴出し
ていく。
元々存在していたシールド状の肩部アンロック・ユニットも装甲が
開いていき、加速用のパーツへ変化。
多大な負荷から潤を守るため、機体を直感的かつ、よりダイレクト
に操作するため、脳波コントロールシステムの本領が発揮される。
潤の脳波を取得するための一度頭部を固定、専用システムが走り出
し、スキャニングが実行される。
この間、コンマ五秒弱。
僅かな時間を掛けて変化した見た目に反し、その形状の変化と、ス
ペックの変化は凄まじい。
﹁あれが⋮⋮可変装甲展開後の、ヒュペリオン⋮⋮美しいですわね﹂
あれが篠ノ之博士の
﹂
セシリアの呟きは、アリーナを包むざわめきに掻き消えた。
│││
﹁なにあれ
!?
セシリアがティアーズを展開し、すわ此処から本番か、と改めて身
﹁くっ⋮⋮。 ああ、そうだ、シャルロット。 あれが可変装甲だ﹂
!?
553
!
を正した時、ヒュペリオンの装甲が変化した。
それを見て漏れ出したラウラの独り言は、ほんの少し苦味を持った
ものだった。
意識がなかったとはいえ、何も出来ずに負けたのだ。
しかし、そんな苦みを消し去って余りあるのは、立ち上がりたくな
る程の興奮。
この中で可変装甲展開後の戦闘を知っているのは箒とラウラしか
いない。
見ていると身体の心配したくなるような、ISのパイロットなら背
雪片弐型や展開装甲と同じ第四世代の代
筋がぞわぞわしてくる様な機動を可能とする。
﹂
﹁箒、あれ、どうなるんだ
物なんだろ
﹁始まる
﹂
まで加速できるヒュペリオンの方が速く動ける。
一歩間違えば死の淵が見える危険性を孕んでいるものの、機体限界
品。
対して潤のヒュペリオンは、命すら危うくなる安全装置の無い試作
完成品。
紅椿の展開装甲は、あくまで箒の安全を確保しているれっきとした
同じものと思わないほうがいい﹂
﹁確かに紅椿の展開装甲は、可変装甲の発展だが⋮⋮、機動に関しては
?
再開した。
そして、ここからものの五分もせずに試合は終わる。
│││
並列展開したティアーズの全てが、ほぼ同時に一瞬で破壊された。
事実をそのまま書き表せばそれだけのことだが、目に映る光景は以
上そのもの。
物体が鏡に映りこむかのように、ヒュペリオンが、目にも留まらぬ
554
?
ティアーズが一斉射し、それを見た鈴が声を出したのを境に試合が
?
速さで動き出してティアーズの攻撃を回避。
並列に展開されていたティアーズを全て破壊した。
セシリアはなすすべも無くそれを見ていることしか出来なかった。
辛うじて、自分に迫るビーム・サーベルを回避できたのは、幾度と
﹂
無く潤の剣を見ており、ヒュペリオンが速さ自慢の機体だと知ってい
たからだ。
﹁は、速いっ
セシリアが苦悶の声を漏らしたのも無理は無い。
最初、潤の操縦しているヒュペリオンを、ブルー・ティアーズが捕
らえてくれなかった。
元々ヒュペリオンは速度に重点を置いた機体ではあるが、ロストす
るとはこれ如何に。
強襲用高機動パッケージ、ストライク・ガンナーでのデータが残っ
ていたので、対高機動タイプの対応が可能だが、それがなければ対応
すら出来なかった。
これが第四世代の恐ろしいところだ。
後方に逃げ出したセシリアにぴったり張り付き、ビーム・サーベル
を展開したまま移動してきた潤の攻撃が続く。
﹂
そこに間断はなく、容赦はない。
﹁っ
首、両腕、両足、放つ斬撃には、全て必殺の意思が宿っている。
ISが無ければ五体が飛んでいたと錯覚するほどの気迫が伝わっ
てきた。
セシリアは反応する余裕も無いが、潤は腕部を加速させてサーベル
を振る速度を上昇させるなど、更なる速度上昇を試みている。
そんな事をすれば試合後腕が動かなくなる程ダメージを追うが、最
悪の事態は特殊間接機構が防いでくれる。
﹂
まさしく綱渡りの機体な成せる所業、いや、神がかりか。
﹁くっ
555
!?
瞬く間に五度も斬られた。
!
潤の機体は、スナイパーとして視力関連の訓練を施された目を持っ
!
てしても視認できる物ではなくなってきた。
今では閃光と化している剣先、得物を振るう腕の動き、その足捌き、
既にセシリアには不可視の領域に加速しつつあった。
装甲が無意味に散っていく。
反撃の猶予も無く、成すがまま、命の綱であるシールド・エネルギー
を消費していくしかない。
潤の追撃が余りに激しかったせいで、セシリアの細身は宙をたださ
まよう様になり、しまいにはアリーナの地面に墜落した。
だが、そんな状態のセシリアを、潤は追撃しようとはしなかった。
自ら間合いを開き、わざわざ剣を構えてセシリアの体勢が整うのを
待っている。
誇りある戦い、騎士として、あくまで正面からの決着を望んでいる。
それを見たとき、心の底からこみ上げてくるものに負け、セシリア
は銃を構えるわけでもなく、再びインターセプターを構えた。
﹂
⋮⋮ええ、此処に至って、騎
556
﹁││正気か
﹁え、ゴホッ、ゴホッ。 ││んんっ
しかし、先ほどから潤に切り裂かれていることもあり、絶対防御の
だ余裕がある。
セシリアのエネルギーは装甲がある箇所で攻撃を受ける分にはま
ISならば一瞬の距離。
離れている距離は僅か五メートル強。
﹁何時でもどうぞ﹂
と受け取れ﹂
﹁普通の手合いなれば、
﹃冥土の土産﹄と言いたいが││まあ、手向け
が、悪魔か何か見える。
剣先を僅か上げて右にずらし、左手に合わせる構えを取っている潤
放たれている殺気は、今までの比ではなかった。
大気が凍り付く様な錯覚。
そうになった。
潤は返答を聞くと、一旦瞳を閉じ、││セシリアは思わず逃げ出し
士道に則った行動をする敬意ですわね﹂
!
?
為にエネルギーをごっそり持っていかれる非装甲部に打ち込まれる
かもしれない。
﹂
そうなれば三回ほど斬り付けられればけりが付く。
﹁││っ
潤が繰り出したのは、瞬時加速とヒュペリオンの加速を同時に用い
た禁じ手。
あまりに負荷が掛かりすぎて、本来なら使えないはずの加速。
潤の攻撃にカウンターを合わせ様としたセシリアの身体が凍る。
合わせる、どころではない。
何時の間にか間合いに入っていたと錯覚するかのような速度を出
し、潤は単純に剣で突いた。
防げるか
既に三度突かれていたという伝説である。
即ち目にも止まらぬ速さで、相手は一突きもらったと思った瞬間、
に三発の突きを繰り出した。
平正眼の構えから踏み込みの足音が一度しか鳴らないのに、その間
その業は、こう記されている。
い類の業である。
今、セシリアに披露する技は、そもそも正面から出させてはいけな
た事がしばしばあった。
その中で、遊びで作り出したら、実戦で使えるような技術が生まれ
わせて修正を行って技術を高めていく。
ダウンロードした情報から、少しずつ自分の身長、体重、筋力に合
狙いは確かに三箇所だったのだから。
しつつ、その無謀をあざ笑っていた。
潤は直感的に対応しようとしたセシリアの心を感じ取り、若干賞賛
防ごうとした。
そう思って、鼻と、喉と、心臓の、││何故か三箇所をセシリアは
栄誉にひたっていられる。
一回でも防げれば、まだ戦える、この誇りある偉大な難敵と戦える
?
潤が突撃前に構えていたのは平正眼。
557
!?
﹂
狙いはセシリアが防ごうとしている鼻先、喉、心臓の三箇所。
﹁おおおおおお
怒号と共に、その剣を叩きつけた。
ビーム・サーベルが、装甲に守られていないセシリアの心臓部を捕
らえている。
結局一撃も防ぐことは出来なかった。
﹂
吸い込まれるように、顔、喉、心臓に突き技を受け、セシリアのエ
ネルギーはゼロ、Emptyを表示している。
﹁ふ、ふふ、あはっ││。 ふぅ、負けましたわね﹂
﹁気は済んだか﹂
﹁ええ。 完敗ですわ。 ⋮⋮本当に四月からこの技量でしたの
﹁まあ、さほど変わっていないな﹂
﹁そうですの⋮⋮﹂
セシリアは心から潤に賛辞を送る。
決闘の決着はここに付いた。
│││
それも魂魄の能力などで加工されていない、素の感情。
感情。
すぎる。
三回しかないので断言できないが、法則性が見え隠れするには充分
今回。
一回目は対アンノーン・トレース戦、二回目はリリム戦、三回目が
可変装甲の使い方、その起動方法の詳細に。
潤は気付いた。
る。
可変装甲が、こんな変な理由で開閉するなんて予想外にも程があ
ピットに戻った潤は、とりあえずその辺のベンチに寝転がった。
?
一回目から三回目までの可変装甲の起動には、全て魂魄の能力によ
る感情操作が行われていない。
558
!!
一回目と二回目は、痛みを消すために全力で、湧き出る感情には手
を出していない。
三回目は、夏休み中に操作の栓の全てを取り払い、セシリアに勝ち
たいという純粋な心が可変装甲を起動させた。
ISとは感情が大切な代物であるが、ヒュペリオンは殊更感情や思
いといった部分が全てを左右する。
﹂
﹁⋮⋮なんだそりゃあ。 じゃあ、タッグ・トーナメントから始まった
一連のあれは、そういうことなのか
様々な事柄を経て、潤は魂魄の制御から自分の魂を解放した。
もしも博士の作ったヒュペリオンが生の感情、生の魂を求めている
というのならば、狙い通りだというのか
ありえない。
偶然に頼りすぎている。
双方同時に味わえるなんて、滅多に出来ることじゃない。
フルマラソンが終わったときの全身の疲労感と倦怠感。
四百メートル走の無酸素運動の限界に挑戦した後のような息切れ、
の反動は凄まじい。
一回目、二回目共に戦闘終了後ぶっ倒れていたので始めてだが、こ
可変装甲ヤバい。
思考の進みが悪いのは、身体のダルさが原因だ。
﹁こんな身体がだるいのに、こんな新事実浮かび上がってくんなよ﹂
あるというのが、魂の専門家としての考えだ。
しかし、今のところこの﹃感情﹄といった部分がシステムの根幹に
条件にしたのか、という最大の謎が残る。
何故感情などという不確かで波が大きすぎ、あやふやなものを起動
いるからだ。
の事柄の結末が魂の解放に至っているのは、偶然にしては出来過ぎて
ヒュペリオンには生の魂と感情が必要な機体で、夏休みまでの一連
しかし、その可能性を無視することは出来ない。
?
タオルで目を隠し、寝てしまおうかと思っていたら、頬に冷たい物
が当たった。
559
?
﹁ん⋮⋮
﹂
﹁えっと⋮⋮スポーツドリンクだけど、⋮⋮邪魔、だった
﹂
﹁ああ⋮⋮、ありがとう。 置いといて﹂
﹁⋮⋮大丈夫
⋮⋮なんで
?
﹁そうだ。 ││簪、端に座って﹂
﹁えっと、コレでいい
﹂
?
返事は無い。
﹁えっと⋮⋮潤
﹂
やわらかくて、いい匂いです。
簪の太もも、中々肉つきがいいね。
膝枕スタイル。
﹁もう無理。 三十分後に起こして。 おやすみ﹂
なに
﹂
えっ、ちょ、え、あ、あ、な、
制服を布団代わりにして││、枕、枕はどこだ。
い。
このまま液体になって、体中のダルさが抜けきる時に固体化した
ああ、本当に寝てしまいたい。
﹁うん。 私も、そうだと思った﹂
日無理。 もう無理﹂
﹁ダルイ、可変装甲ヤバい。 それとゴメン、飛行テスト、無理。 今
?
?
?
││これ、頭を撫でても怒られない
怒られないよね
ってい
?
なお、彼女が潤を起こしたのは、一時間後くらいだった。
地味なスキンシップだったが、それでも簪は満足げだった。
おずおずと簪が潤の髪を撫でる。
きたのは潤なんだから、これで相子、問題ない。 大丈夫。
し、私からちょっとスキンシップとっても問題ないよね。 先にして
うか、潤のほうからこんな大胆なスキンシップ取ってきているんだ
?
なんか普段らしくない言動から、ありえない行動をしてきた。
自分の太ももに頭を乗せて、既に寝息を立て始めている。
?
560
?
2│2 騎士とメイドとウサギのワルツ
2│1
馬車馬の如く働かされる潤。
色々ありすぎて目が回りそうだが、気が滅入るような案件が無いの
で精神的に充実している。
会長からの頼みごとである一夏の地力向上。
生徒副会長としての仕事。
学園祭に対する諸問題の対応。
一組の出し物への協力。
カレワラの調整と報告書の提出。
簪の専用機﹃打鉄弐式﹄のテスト飛行の付き添い。
この忙しさを前に、セシリアとの和解なんて些細なイベントなど一
瞬で通り過ぎてしまった。
セシリアは恐縮したり、珍しく頭を下げたり、どうにかして決闘で
の敗北への代償を支払おうと骨を折っていたが、相手は昨日の敵が今
日の戦友といった動乱の時代を生きていた潤。
そこは、呆れるほど簡単にイザコザを洗い流した。
敵味方が移り変わる時代に生きた、そういう類の人間ならではの寛
容さだった。
味方が敵になったときは執拗に追い詰めたが。
今日の予定はジョギングを一旦休みにして、早朝から昨夜の内に申
請していたカレワラの射撃演習をアリーナで実施。
放課後には一夏の訓練、本音の協力を経て精密機動実験を行うこと
になっている。
会長と一旦合流し、箒と一夏を同時に訓練させ、潤は簪の飛行テス
トにも付き合う。
とりあえず目下しなければならないことはカレワラのレポート作
成。
な ん で も 三 年 が 使 い た く て ウ ズ ウ ズ し て い る と か い な い と か で、
561
方々から急かされている。
朝取った射撃データを吸い出しておいて、休み時間と昼休みを利用
してレポートを作成していく。
同時間を利用し、一夏には白式の関連データを表示させ、出力の高
すぎるデータを改めさせるのを忘れない。
本当ならさくっと潤がやってしまえばいいのだが、白式は一夏の専
用機。
コレばっかりは個人の好みの問題もあるので、潤が全て決めるわけ
にはいかない。
妙に高出力過ぎる物を適度なエネルギー配分にし、エネルギー効率
を向上させるのだ。
マニュアルに沿って変更していくだけだったりするが、潤の機体も
色々エネルギー兵器を用いているのでアドバイスは絶妙な物だった。
今日だけで白式はエネルギー効率が十五%程向上し、一夏にとって
うだが、本当に勘弁してほしい。
クラスメイトが大半残っているけど、どういうことなのか理解でき
ない。
一夏にISにおけるレッスンを行うと言ったら、自発的に参加した
いと言い出した。
勉強熱心なのはいい事なので放置させてもらう。
勿論一夏に対して行うものなので、役に立つかは保証しないと前
もって言わせてもらった。
562
有意義な休み時間となった。 そして放課後、週末を挟んでようやく一夏に対して本格的なトレー
ニングが開始される。
﹁よし、始めるか﹂
﹂
ま あ、本 当 に 強 く な る た め に は 身 体 以 外 も 鍛 え る 必 要 が あ
﹁宜しく頼む⋮⋮のはいいけど、なんで教室
﹁ん
?
何故か一緒に参加している専用機持ち達の怨嗟が聞こえてくるよ
﹁そりゃそうだ﹂
るって事さ﹂
?
﹂
﹁さて、と。 まず、ISとはイメージによって、その性能が上下する
のは知っているな
な﹂
あれだ﹂
﹁先日の決闘の際もそうでしたの
﹂
リオンも性能がかなりダウンしている。 稼働率は二、三割って所だ
博士の手が入っているヒュペリオンに対するイメージ悪化で、ヒュペ
﹁俺もちょっとしたイザコザ以来、博士に対するイメージの悪化から、
﹁なるほど、確かにそうだった﹂
をすぐさま持てる人は少ない。
の前方に角錐を展開させるイメージ﹄をするらしいが、そのイメージ
その時にセシリアが一夏に話したが、ISで飛行する時には﹃自分
ら話せる。
一夏がアリーナに巨大なクレーターを作ったのも、今では笑いなが
セシリアが神妙な面持ちになった。
基本的な飛行操縦の実践を行った授業の事である。
劣っていたな
﹁一学期、白式より性能が下回っているブルー・ティアーズに速度で
﹁ええっと、もう少し具体的に⋮⋮﹂
?
いう必要性があるからでもある﹂
?
ナギからの質問に対する返答を聞き、箒がぐぬぬといった表情を浮
ロットは箒やお前には勝てない筈なんだ﹂
で模擬戦を行った場合箒が勝率一位でなければおかしいし、シャル
るとは言いたくないだけだ。 もし性能が全てならば、専用機持ち達
ISは甘くない。 ただ、性能が高ければ勝利の女神が微笑んでくれ
﹁言うは易く行うは難し、だ。 知っているからといって勝てるほど
﹁それを知れば上級生にも勝てるの
﹂
る。 知っているか、いないかが重要なんだ。 座学を行うのはそう
﹁そ う 気 を 落 と す な。 調 子 の 悪 い と き に は 悪 い な り の 戦 い 方 が あ
﹁俺は、性能ダウンしている状態の潤に負けたのかよ⋮⋮﹂
を掴んだし、今後は少しマシになるだろうさ﹂
﹁可変装甲が開く前がその位、開いた後は九割。 ちょっとしたコツ
?
563
?
かべて、シャルロットが嬉しそうに笑う。
専用機持ち達の勝率は順番に、潤、ラウラ、シャルロット、鈴、箒、
一夏、セシリアとなっている。
純粋に試作品として機体性能が低く、攻撃用途も限られているセシ
リアは勝率が低いが、やり方次第ではもっと勝率を高められるはず
だ。
﹁今日は銃撃戦に対する基礎知識と、戦略構築の為に操縦技術を学ぶ
﹂
ためのを試みようと思う。 それでは││まず射撃の基礎知識から﹂
﹁質問
﹁なんで癒子が質問してくんだよ⋮⋮﹂
﹁織斑くんのISって接近戦特化なのになんで射撃知識が必要なの
﹂
斬れれば勝ちなんてチートな機体なんだから、剣だけ鍛えればいい
んじゃないの
ず頭打ちが来る﹂
?
張ったらどうだ
﹂
てやる。 俺と同レベルになれる保障を俺がしているんだから胸を
﹁二流の頂点を極めて、一流とサシで戦えるレベルになるのは保障し
﹁俺って二流止まりが限界なのか
﹂
剣の技術は一流に手が届くか届かないかのレベル。 剣だけでは必
ば銃撃戦の知識も必要になる時が来る。 ⋮⋮俺が見る限り、一夏の
﹁⋮⋮まあいい、短期的に考えればそれでいいんだが、長期的に考えれ
?
本気で言っているのか 沖田総司が残した三
!?
﹁例えば
﹂
ない奴がいるんだ﹂
﹂
﹁箒、世の中にはちょっと速く突き技が出せる程度ではどうしようも
段突きなんて伝説を再現できてそう言うか
!?
!?
﹁あれで二流だと
同時に自分が二流だと断言した潤に、驚く生徒が沸き返る。
潤と同レベルと聞いて一転嬉しそうな顔になった。
二流だの何だの好き勝手に言われて憮然としていた一夏だったが、
?
﹁ば、馬鹿な事を言うな
﹂
﹁││四呼吸の間、起こりが無いまま剣戟を繰り出せる奴とか﹂
?
!
564
?
!
﹁そいつ人間じゃないだろ
﹂
﹂
?
たり、筋肉の弛緩などだったりだと思ってくれていい﹂
何だそれは
?
でしかないと思うんだよ﹂
?
﹂
平だろうが﹂
比べられる俺はどうして人間の範囲内の能力しかないんだ
不公
﹁⋮⋮わからん。 人間のはずなんだ、あいつらは。 なのに、奴らと
﹁⋮⋮人間
えた零コンマ一秒の奴とか﹂
﹁脳から筋肉への電気信号の伝達所要時間が人間にとっては極限を超
﹁興味本位で聞きますけど、他には
﹂
ないからいい。 まあ、ああいうのを見ると、俺の剣はやっぱり二流
ように写ったし、しかも、どう計測しても剣速が⋮⋮いや、誰も信じ
思ったし、何度も見直したさ。 でも、実際俺の目には起こりが無い
﹁ラウラ、それが一流の世界なんだ。 俺だって何度も見間違いだと
﹁力を要れずに、振りかぶらずに攻撃する
﹂
﹁起こりって言うのは、まあ準備動作みたいなもんだ。 振りかぶっ
夏、ついでに潤も押し黙った。
すまなそうに聞くシャルロットの声に、若干熱くなっていた箒と一
﹁ゴメン、起こりって何
﹂
俺だって信じたくねぇよ でも実際いたんだし、何
!
度計測しようと見えなかったものはしょうがないだろ
﹁うるさい
!?
ル と 考 え た 方 が 良 い。 本 当 だ っ た ら 狙 い す ま し て の 一 撃 が セ オ
装は大出力の荷電粒子砲のみ。 あれは機能的にスナイパーライフ
﹁分かってくれて何より。 銃撃戦を学ぶに当たって一夏が使える武
﹁そうだな、千冬姉みたいになるのは不可能に近いからな﹂
の人は間違いなく例外だ。 銃を学ぶ必要があるだろう﹂
い相手ってのは間違いなくいる。 織斑先生並になれればいいが、あ
﹁あいつらの話は止めよう、止めだ止め。 話は逸れたが剣で勝てな
うん、一流のレベルが変体の領域だ。
起こりの無い剣、理論上の限界を超えた伝達所要時間。
愚痴りだした潤を差し置いて、一夏と箒が腕を組んで考え込む。
?
565
?
!?
!
?
リーだが﹂
﹁悪かったな、下手糞で﹂
﹁悪く無い。 しかし、持ち味を生かすのが、どれほど戦闘に好影響を
及ぼすかは、シャルロットを見れば一目瞭然だ。 狙撃に適性が無い
のであれば、近距離で叩き込むしかない。 その為には、相手の遠距
離攻撃を掻い潜る必要性がある。 彼を知り己を知れば百戦殆うか
らず、といった故事にもあるように相手が使う技術を知ることは必要
なことだ﹂
言い終わると一夏にプリントを手渡す。
縦射、ダブルタップ、バースト射撃、セミオート射撃などの用語と
使用例。
現在ISで用いられている代表的な銃器のスペックと、銃器の得手
不得手の紹介。
良くない撃ち方、悪い癖として矯正の対象になる撃ち方の代表例│
566
│これには先日ナンセンスと感じた片目を閉じての狙撃も含まれて
いる。
ラウラと実際に戦闘しつつ撮影した映像を表示させる。
二人とも最初は紹介用に作った事を意識して動いていたが、徐々に
撃ち合いにヒートアップし始め、最終的にガチの戦闘に発展した。
﹂
ひたすら激しい銃撃戦のみが続き、あまりに実戦的な映像に、何人
かが頬を引きつらせていた。
﹁この映像、後で貰っていいか
しかし、当初二人でするはずだったのだが、コレだけ人がいるなら
この後は、基本的戦略構築講座。
﹁そうだよな、ありがとな、潤﹂
後々役に立つ﹂
投 げ や り に 思 う か も し れ な い が、自 発 的 に 調 べ る と い う 行 為 は、
て じ ゃ な い。 足 り な い 部 分 を 知 り た い 場 合 は 自 分 で 調 べ て み ろ。
差ないから、その辺は臨機応変にな。 それに、書いてあることが全
ど、ISを使用した場合は腰だめで撃ってもサイトを覗いた場合と大
﹁そのために撮ったものだ、問題ない。 プリントには書いてないけ
?
別の選択肢もありかと思案する。
﹂
﹁さて、基本的戦略構築なんだが⋮⋮﹂
﹁なんだが
﹂
﹁ディベート
なんでまた﹂
構築するんじゃ無くて、ディベート形式で話し合ってみたらどうだ
﹁代表候補生がコレだけ揃っているんだ。 一人の視点から戦い方を
?
﹂
﹂
?
﹁ほう。 何が入るんだ
﹂
⋮⋮まあいいか。 学園に新規配備される量産機
?
のレポート作成だ﹂
﹁あ、アニキぃ
﹁っち。 仕方が無い。 アニキはどうするんだ
﹁進行役は││ラウラ以外ないな。 脱線しないようにだけ頼む﹂
なんの問題も無い。
る。
一夏と腰をすえて話せる機会も欲しい、専用機に対する知識もあ
潤が専用機持ち達を見渡すと、すかさず全員が頷く。
だ
﹁自分のことは、案外自分が一番良く分かっていないのさ。 で、どう
?
?
たのだが、本音の射撃スキルがとんでもない事になっているので手
本当ならば射撃データも手伝って貰えるならそちらの方が良かっ
なる。
飛行テスト後の整備でも、整備科に進もうとしている本音は頼りに
レワラを用いてデータ取りを手伝ってもらう。
クラスでディベートをしている間、潤は簪の監督の元で、本音にカ
│││
ト前にひと騒ぎ起こる事となった。
潤がタッグトーナメントで使用した機体とあって、一組はディベー
第三世代の量産機、カレワラ。
﹁カレワラだ。 じゃあ、頼んだぞ﹂
?
567
?
伝ってもらっても役に立たない。
時間もないし、射撃系は特に癖もないので問題ないと判断してい
る。
カレワラが第二世代の量産機と大きく違うのは、その機動性の素直
さと素早さにあるのだから。
﹁これは、⋮⋮凄い。 う∼ん、打鉄とは比べ物にならない感じ。 機
体が思い通り動く∼﹂
﹁イメージインターフェースと脳波コントロールが機動制御を補助し
ているからな。 動かす分には専用機と変わらないさ﹂
﹄
﹃本音⋮⋮近い、駄目、近い。 ⋮⋮なんで、そんなに⋮⋮二人⋮⋮仲
良くなっているの
簪の我が妙に強くなっているのも気になるが、安全面を考慮すれ
ば、念のために本音のすぐ近くを飛行して安全を確保しなければなら
ない。
自分は専用機持ち側なのだからしょうがないんだ、と理解はしても
納得してくれないご様子である。
それはそうと、やはりカレワラの完成度はやはり群を抜いている。
ヒュペリオンに登場して本音の傍を飛行している潤にも、その安定
性と完成度の高さが分かる。
機動部門の練習タイムにおいて、量産機と機動特化型の違いが如実
に表れる急旋回にも、苦しい顔一つしないのがその証だ。
脳波について適性の低い人に使用しても大丈夫なのかという懸念
はあったものの、補助に限定して使用されているためデメリットが人
体に無害になるまで抑えられているらしい。
ヒュペリオンはフィン・ファンネルを展開して近接戦闘をすると、
その後一時間は頭痛が収まらないほど酷いのに。
﹁簪、頼むから集中して当たってくれ。 今回のカレワラのテストは
教師達の注目度も高いんだ。 事故が起これば目も当てられない﹂
﹂
?
今のところ問題な
﹁⋮⋮⋮⋮。 ところで、⋮⋮身体はもう大丈夫なの
﹁まあ、俺はそっちのテストも兼ねている、かな
い﹂
?
568
?
﹁可変装甲、って⋮⋮﹂
﹁う∼ん、あの倦怠感は最後の可変装甲起動後の瞬時加速が問題だっ
たらしい、あれが無ければあそこまで酷くはならない﹂
﹁でも、使う必要がある場面になったらおぐりん使うよね﹂
﹁││││さ、次の動作に入るぞ﹂
﹁ちょっと、潤、否定して﹂
だって便利なんだもん。 ││小栗潤こころからの本音。
相手が反応出来ないほどの一瞬で間合いを詰められるし。
メリットとデメリット、双方のあり方と影響をしっかり加味して自
本音、簪、計器に異常はない
分が使うべきだと思ったときに使えばいいのだ。
﹂
﹂
﹁さあ、雑談はここまでだ、集中しろ
な
﹃大丈夫﹄
﹁大丈夫だよ∼﹂
﹁よし、簪、次の演習科目は
データの仕上がりで少しばかり変わるとはいえ、今日は徹夜確定
とめて表にして貰う。
結局時間いっぱいまで飛行演習を行い、簪に頼んでそのデータをま
操縦技術以外に問題ばっかりあるせいで、そんな印象全く無いが。
る。
妙に気の抜ける挨拶だが、本音だって技術的に問題ない生徒であ
﹁はーい﹂
﹁本音、今度はお前が前に出ろ。 危なくなったら拾ってやる﹂
﹁イグニッション・ブースト、一零停止、ゼロリアクト・ターン﹂
!
か、と少しだけ気分が落ち込んだ潤だった。
569
?
!
2│2
食堂に新設されているカフェ。
夏休み時には食堂が専用機によって爆撃され、主だった生徒はこち
らを使用していた場所だった。
放課後直ぐとあって利用している生徒はまばらだった。
そこに潤が入ってきて、暫く誰かしら探し、窓際、IS学園から海
が一望できる特等席に目的の人物を見つけた。
﹁すまない、遅くなった﹂
﹂
﹁いえいえ、わたくしから誘ったのですし。 それに、最近忙しそうな
のが分かってのことですから。 大丈夫ですの
﹁いや、昨日でひと段落着いた。 休憩が欲しかったところだし、渡り
に船さ﹂
目的の人物はセシリア。
どうしても、先日の決闘の詫びをしないと気がすまないらしい。
意外と几帳面な奴だと感心するが、嫌な感じはしないので丁重に受
け入れようと思い、話しついでにコーヒーをセシリアの分まで購入
し、席まで運ぶ。
セシリアの対面に座った途端、ウェッジウッドの刻印がされている
代物を取り出した。
﹁こちらが、リクエストの品物ですわ﹂
﹂
﹁おおっ。 自分でリクエストしておいてあれだけど、本当に貰って
いいのか
コット家に恥じ入ることが無い相応しい物ですから﹂
ウ ェ ッ ジ ウ ッ ド は、〝 英 国 陶 工 の 父 〟 と 讃 え ら れ る ジ ョ サ イ ア・
ウェッジウッドによって創設された、イギリスで最も名前が売れてい
ると言っていい紅茶器のブランド店だ。
一七六六年には時の王妃により王室御用達の陶工と認められ、その
芸術性の高さは、英国王室は勿論のこと、全世界の王侯貴族たちにも
愛された。
570
?
﹁ええ。 あの素晴らしい決闘の、それも勝者に対する礼として、オル
?
セシリアから贈呈品のリクエストを受けたとき、ぽつっとコロンビ
アセージグリーンのティーカップとソーサーのセット、それと紅茶葉
をリクエストしたら本当に購入してきた。
日本円で換算すると十六万ほどする紅茶器を。
茶葉も茶葉で、三百年以上もの歴史を誇るトワイニングから、セシ
リアのお勧めブレンドを送ってもらった。
五十グラムで二千円以上もする凄まじい値段が張る。
無論、日曜になったら毎回紅茶を入れるように言い含められたが、
奨学金でやりくりしている潤には手が出ない最高級品。
そんな些細なことを嫌がる気はない。
﹁お気に召した様で何よりですわ﹂
﹁いやはや、素晴らしい代物だ。 ありがとう、大切に使おう﹂
暫く最高級カップを手に笑みをこぼす潤を満足気に眺めていたセ
シリアだったが、今回の話し合いはこれが目的ではない。
571
いや、これも第二の目的として大事なものだが、これはおまけのよ
うなものだ。
﹁﹁ところで﹂﹂
言葉が偶然重なる二人。
視線で譲り合い、暫く続けたが埒が明かぬと最初に尋ねたのは潤
だった。
﹂
﹁一夏に対する、こう、接し方、もう少しどうにかならないのか﹂
﹁ええっと、なにが仰りたいので
﹁い、いいじゃありませんか。 あ、あれはあれで、その楽しいですし﹂
まあ、年頃の乙女心とやらは、御しにくいか、と半ば諦める潤。
髪の毛のくるくるを手でいじりながら顔を俯ける。
﹁うっ⋮⋮。 あれは、その⋮⋮﹂
はとても思えん。 誇りは何処に行った﹂
﹁こうして俺と接しているお前と、一夏を前にしたお前と、同一人物と
?
﹁余計なお世話かもしれないが、人間というものは、基本的には自分の
﹂
手に無いものを求めるものだ﹂
﹁││
?
﹁お前は他の連中と違って、気品と誇りのある人間なのだから、そこを
アピールしていけばいいだろうが。 差別化ってやつだ﹂
﹁潤 さ ん の 様 に 気 付 い て く れ る 御 方 な ら そ れ で も い い の で し ょ う け
ど﹂
﹁そういえば、⋮⋮そうだったな﹂
一夏の異常な鈍感ぶりを考えれば、気付いてくれと待ち構えている
のは下策。
一夏を前にしたセシリアは、あれでいいのかもしれない。
誇りあるセシリアを知る潤にとっては、悲しい選択だった。
All is fair in love and wa
﹁それに、私はイギリス人ですし﹂
﹁││
r. か﹂
﹁ええ﹂
イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない。
どんな手を使っても一夏を手に入れたい、と言っているが、潤に対
しては誇りを求めるあたり完全に二枚舌である。
そっちもイギリス人らしいともいえる。
﹁では、次はわたくしが。 茶器と茶葉をお送りする代わりに、一つだ
まあ、何でも聞いてくれ、答えられそうな事にはしっかり答え
けお聞きしたいことがあるのですけれど﹂
﹁ん
﹂
﹁あなたが、誇りの何たるかを知る貴方が、誇りを決定的に拒絶するの
は何故なのですか
やる。 どうだ
﹂
﹁ふむ⋮⋮、お前の胸の中にしまってくれるなら││ある程度話して
?
貴族との付き合いの中で、サーの称号を得ているSASの退役軍人
には見覚えがあった。
潤の笑みは普通とは違う、何と言うか変な笑みだったが、セシリア
セシリアは少し顔を強張らせて頷く。
黒い笑みを浮かべる潤。
?
572
?
軽口を叩いて何でも答えるなんて言ってくれないのは予想通り。
るぞ﹂
?
と何度か話す機会があったが、その男が似たような笑みを浮かべてい
ることがあった。
知る人だけが知る、確かな﹃煉獄﹄の色が、その正体だった。
﹁俺は、その昔、
﹃正義﹄やら﹃ヒーロー﹄なんて偶像に憧れていた。 子供だったんだろうな﹂
﹁悪いことではないと思いますが﹂
﹁夢ならいい。 夢で終わるなら、それでいいんだ。 しかし、よほど
馬鹿な俺は、本気でそれを探求し、争いが無く世界を探求し始めた﹂
本当なら、笑い話で終わるその話。
普段の潤を良く知るセシリアは、真剣な顔をして話す潤の言葉が笑
い話でなく、紛れも無い真実である事を悟った。
﹁偶然にも、同じような糞馬鹿がいてな。 俺たちは協力して人の心
﹂
理を変える事で、人から戦争という暴力の渦から開放しようと探究す
ることが出来た﹂
﹁人の心理を変える
﹁アンノーン・トレースのマインドコントロール。 俺に効果が無い
のと関係がないとでも思っているのか﹂
開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。
マインドコントロールの感情の植え付け。
確かに潤があの研究に携わっているとするならば、アンノーンのこ
とも、異常に上手いISの操縦も、あの光に対する知識も納得できて
しまう。
彼はそういった謎めいた組織の、一員だった。
信じきるのは馬鹿のすること、本当に知られたくない事を隠すため
に、ある程度知られて良い情報を開示しただけかもしれない。
だが、嘘ではない。
それだけは、間違い。
﹁だが、研究は実を結ばなかった。 俺は知ったんだ。 人は││決
して救われない。 失敗にぶち当たり、向き先を変え、傷つきながら
進むしかない。 そうして、弱者や振り回されるだけの人間は真っ先
に切り捨てられ死んでいく、とな﹂
573
?
﹁しかし、それは人、いえ、自然の摂理では
﹂
﹁そうだな。 その通りだ。 しかし、俺は魂に関してはスペシャリ
ストの一員でな。 出来ると思ったんだ、その学問を深めていけば、
摂理を乗り越えられる事を﹂
大河の氾濫を防ぐために堤を作り、河の流れまで変える。
地を離れ、空を飛び、海の底を探究し、挙句更なる高み、宇宙へ手
を伸ばす。
度々そうであった様に、人は乗り越えられると信じていた。
しかし、魂魄の能力を用い、その理解を深めていけば行くほどに、
﹃何とかなるかもしれない﹄という理想は掻き消えて生き、潤は思い知
る羽目になっていった。
その人間の汚さに。
自分のような強化人間は、未来永劫なくならないことに気付いてし
まったのだ。
﹁それで、誇りとどうつながりますの﹂
﹁正義で人は変わらない、ヒーローなんて存在しない、理想で人は救わ
﹂
れない。 何をやってもどうせ痛みは生まれる。 ならば││、少し
││まさか
でも痛みが和らぐようにするしかない﹂
﹁痛みを、犠牲を、和らげる
然だな。 だが、その人の価値には差が出てくる。 人の価値とは他
者に与えた影響の大きさによって決まるからだ﹂
﹁それは││否定できない事実ではありますが﹂
﹁まあ、そうやって、ゴミとクズを間引いたり、切り捨てたりするのが
俺の仕事になったわけだが。 そういう事をやっていると、
﹃誇り﹄な
﹂
んて、そう思っちまって⋮⋮。 何時の間にか、な﹂
﹁潤さんは、人に絶望して
何時か、何時か、報われる日が来るかもしれないと、明日を信じた。 だから、一時の急激な感情に流されるのを止めたんだ。 それが、負
であれ、正であれ﹂
574
?
!?
﹁命の価値は等しく平等だ。 何せ一人一個と固定されているから当
?
﹁馬鹿を言うな。 俺は信じたからこそ、緩やかな変化を望んだ。 ?
潤と志を同じくした糞馬鹿が、結果を急ぐあまりどんな行動を取っ
たか根絶丁寧に説明したくなった。
したくなったが、そこまでしてやる必要は無い。
ヒュペリオンとシックザールの死闘、馬鹿と馬鹿の人類の汚点に絶
望した同士の戦いの結末。
﹂
﹂
二人の変えたのが唯一つだけだったことなど、本当に些細なことな
のだ。
﹁誇りとは、一時の急激な感情でしょうか
﹁人類の歴史に比べれば、人の一生は短い。 そうだろう
これ以上、話す気はない。
そう言うかのように、潤がコーヒーを飲み干す。
実際これ以上口を割らせるには相応の準備と覚悟が必要と悟った
セシリアは、それ以上の詮索を止めた。
だが、考えることだけは続けた。
これは思ったより根が深そうな問題ですわね。
彼がやると言った以上、研究も、間引きも、切り捨てさえも、徹底
的にやったのでしょう。
しかし、誇りの何たるかを知る彼が、短期間で誇りを捨てるほど性
急に事を運ぶ必要は、きっと無かったはず。
何故、そこまで、急いでいたのか。
いや、緩やかな変化を望んだ、と断言したということは、
﹃誰か﹄と
比べて潤さんは人を信じて待つ選択をしたと
そんな、考え込むセシリアと、潤を見ている少女三人。
い、そんな事態に追い込まれてしまう何かがあったのでしょう。
大きな絶望を抱くほど、真剣に、││いや、真剣にならざるを得な
何かがあったはず。
何故その道を選んでしまったのか。 でしょうか。
い。
ならば、誇りが無いような人にさせたのは、道をどう歩んだではな
?
575
?
?
﹁う∼ん、あの二人って案外仲良いよね﹂
﹁潤、機嫌悪そうだけど、なんか、それでもセシリアさんが嫌いって感
じじゃないよね﹂
本音、ナギ、癒子、なんか嬉しそうな足取りで食堂を目指していた
潤を発見。
そのまま、同じく食堂に向かった。
そこで見たのは、セシリアから何かを受け取り、二人で話をしてい
る光景だったが。
﹁ん
潤の
﹂
﹂
﹁個人的な好み
それって││つまり││。
﹂
﹁潤ってセシリアさんみたいなのが、好き、ってこと
﹂
相変わらず、少しだけ嬉しそうな潤に怪訝そうな声を出す。
﹁まあ、しょうがないんじゃないの
﹂
?
﹁うん。 個人的な好みみたいだからね∼﹂
﹁本音、あんたなんか知ってるの
?
みっぽいよ。 でも、単純な好みじゃなくて、なんか拘泥のようなき
﹂
もするけど﹂
﹁拘泥
﹁う∼ん、たぶんそうなんじゃない
﹁遅くなったな﹂
﹂
偶然にも箒を連れ立った会長と顔を合わせる事になった。
合流して第三アリーナに移動する。
二時間後には第六アリーナで簪と飛行テストだが、その前に一夏と
│││
た。
確かに、潤はほんのり楽しそうにセシリアとの会話を楽しんでい
?
576
?
﹁好みとしてはね∼。 気品があって∼、気高くて∼、物静かな人が好
?
?
?
﹁小栗くんの初恋の人が、そうだったりしたのかな﹂
?
﹁なんか、生徒会に入ってから忙しいみたいだけど、大丈夫か
﹁だそうだぞ﹂
し。 まだ余裕があるくらいでしょ
﹂
﹂
﹁そ こ は 問 題 な い わ。 副 会 長 の ス ケ ジ ュ ー ル 管 理 も 私 が し て い る
?
﹂
最近ずっと、潤さん、ラウラさん、潤さん、と以前から
﹂
本当だったら昨日はセシリアで、今日は僕のコーチ予
定だったのに
﹁そうだよ
わたくし達がコーチだったのになんなんですの
﹁一夏さん
たのが不満らしく、すこぶる機嫌が悪いらしい。
なって一夏のコーチに潤が加わった事で、自分を頼ってくれなくなっ
少し前から一夏自身の懇願からラウラまでコーチに加わり、最近に
二人で話していると、シャルロットとセシリアが近寄ってきた。
?
﹁だって
﹂
﹁だって││﹂
潤は眉間の皺を揉んで解きほぐそうとし始めた。
たのか、顔を青褪めて一夏があとずさる。
二人が少し怒りながら近寄る様を見て、何か予感めいたものを感じ
﹁セシリア⋮⋮お前って奴は⋮⋮。 なんか頭が痛くなってきた﹂
!
な射撃も潤の真似をするだけで多少良くなる程だぞ﹂
真似でさえ身体にしっくり馴染んでいくのに驚きも感じるが、やっ
ぱり男同士だと気が楽でいいというのが大きいかもしれない。
それに、一夏の自称コーチたちはシャルロットが転入してきた頃と
何も変わっていない。
擬音たっぷりの説明を行う箒に、感覚でわかれと言う鈴、とにかく
理論的で理解しがたいセシリア。
今となっては、これから始まる練習の意義から、練習中に分からな
い事はその都度丁寧に教えてくれる潤も、当時はかなり投げやりで全
く一夏のためにならなかった。
シャルロットやラウラは良い教官だったが、何故が一夏としては潤
にコーチを頼んだ方がしっくりくる。
577
!?
!
!
﹁潤に教わった方が、身に入るというか、身体に馴染むんだよ。 苦手
?
そんな事をちまちま喋っていたら、一夏の気付かない所で、鈴を除
お前という奴は
どうしてそう
﹂
﹂
いて偶然集まっていた何時もの三人が、どんどん表情を険しくしてい
く。
﹁一夏っ
!
﹁一夏さん。 どうして、貴方は何時もそうなのかしら
!
かな
﹂
﹁良い教官っていう評価は嬉しいけど、それじゃあ、なんで僕を頼って
くれないのかな
?
交えて教える事で抑えてもらう。
﹁えーっと、それで、これからどうするんだ
﹂
を引っ掻き回したものの、これからは鈴も含めて四人の中から適度に
負けたらいいなりっていう勝負の結果、会長もその権利を得たと場
然である。
シャルロットは表向き笑顔だったが、悪意がダダ漏れなのは一目瞭
んだセシリアと箒が潤と一夏に詰め寄る。
自分たちがやっていたコーチを横から掻っ攫っていったと思い込
るから、上手く練習に組み込む。 それで手を打ってくれ﹂
﹁あー、待て、待て、そうぎょっとするな。 全員の特性は理解してい
潤くんがするから、邪険にしないでね﹂
﹁はいはい、仲が良いのは分かったけど、一夏くんの専属コーチは暫く
?
がるからだ。
それは、つまり、状況が危機的状況にまで迫っていることにもつな
ればっかりは仕方が無い。
持ち味を活かすのとは別に、そういう事も知ってほしかったが、こ
う可能性がある。
る事を自覚しなければ、白式が不得手とする側面の成長を潰してしま
まだまだ発展途上の一夏は、大きな力である白式に振り回されてい
中枢からの命令とあってはそうも言っていられない。
本当ならば、もっとゆっくり基礎から固めていきたかったが、学園
級テクニックを実演し、その後一夏にも挑戦してもらう﹂
から、普通の生徒と比べれば相当腕を高めているだろう。 今日は上
﹁まあ機動訓練だな。 一夏もセカンド・シフトして高速機になった
?
578
?
!
﹁それでは、基礎や経験値、高度なマニュアル制御が必要な動作を真似
てもらう。 会長、お手伝い願います﹂
﹁シューター・フローで円状制御飛翔ね﹂
会長が専用機を展開する。
アーマーは全体的に面積が狭く、小さい。
装甲の少なさを補う透明な液状フィールドは、水を纏ったドレスと
いった印象を抱かせる。
全身にかかる負荷から、少しでも操縦者を守るため、装甲面が多い
ヒュペリオンとは正反対の佇まいである。
その姿をみた、潤はというと、⋮⋮まさか、全身を覆って攻撃、と
かしないだろうな、と勝手に戦慄していた。
﹁ミステリアス・レイディ、霧纏いの淑女。 よろしくね﹂
﹁始めます﹂
円軌道を描きながら、向かい合った二機は徐々に加速し始め、一定
579
の速度が出た後から射撃を繰り返している。
相手の射撃を、不規則に行う加速で回避し、ちゃんと対立するよう
に相手の速度と自分の速度の調整も行わなければならない。
軽やかに躱していく楯無、瞬時加速を多用して直線移動を交えて回
避する潤、お互いの実力を確かめ合うかの様に攻撃を加える。
﹁なんか、妙に、気合の入った回避行動ね﹂
﹂
﹁いや、勘弁してください﹂
﹁
?
わね⋮⋮﹂
﹂
﹁ところで、なんで潤はあんなに全力で避けてるの
﹁わたくしには⋮⋮、一夏さんは
?
﹂
﹁なんて見事な⋮⋮。 流石生徒会長は最強の証というだけあります
﹁これは⋮⋮﹂
ただし、その回避行動は無駄に全力で、何かあるのは明白だったが。
速を駆使して水を回避していく。
顔には出さないものも、円軌道から一切射撃の手は緩めずに瞬時加
その身体を包み込んでいる水、怖いです。
?
﹁いや、さっぱりだけど﹂
今から自分が行う機動制御を真剣に見ている一夏は、心ここにあら
ずといった声色で返す。
真剣に打ち込む姿を見て箒が少し微笑む、これでこそ織斑一夏だ
と。
最終的に、霧を爆破してまで潤を脱落させようとしたり、フィン・
ファンネルまで持ち出して十二砲門全てで攻撃したりするなど、妙に
白熱した演習になった。
580
2│3
水が顔スレスレに飛ぶたびに、会長にも勘付かれない程度だが身体
を強ばらせる、そんな訓練が終わった。
強ばっても戦闘が可能なように、全身つかって顔に水がかからない
限りは、精神的に鍛えて戦闘可能なようにしたが、やっぱり無理です。
入浴したとしても半身浴派で通っているし、普段はシャワーで事足
ります。
会長が箒と一夏に先ほどの演習通りに動けと言われて、二人がIS
を展開して円運動を開始し始める。
一夏に対して、シャルロットとセシリアがアドバイスをしている。
箒が恋心にかまけて全力が出せなくなるのを危惧して、箒が被弾し
た ら シ ャ ル ロ ッ ト か セ シ リ ア と 交 換、一 夏 が 被 弾 し た ら ペ ナ ル
ティー、と考えた訓練をするらしい。
女性を訓練させることなら会長の方が上手いと考え、簪の飛行訓練
に付き合うために辞退する。
決して水が嫌でだからではありません。
飛行テストは第六アリーナで行う。
ヒュペリオンの超高速飛行訓練で使っている場所で、カレワラのテ
スト飛行でも用いたので、数回使用した経験がある。
その第六アリーナが他のアリーナと決定的に違うのは、空が完全に
解放されていることで、学園中央タワーほぼ制限なく飛行することが
できる。
﹁待たせたな。 俺はヒュペリオンで出るから、何時でもいいぞ﹂
﹁う、うん⋮⋮﹂
﹁私はデータスキャナー使って支援するから∼。 いってら∼﹂
相変わらずのタボタボな服、あまった袖、それで手を振って見送ら
れる。
普通なら分からないだろうが、緊張しないように気使いしてくれて
いるのが潤にはわかる。
それが分かるのが、少しだけ嬉しい。
581
﹁CPC、制御モジュール、スラスター、反重力、⋮⋮オールグリーン﹂
第六アリーナのピットで打鉄弐式のコンソールを開いて、数値を確
認して、最終確認をしていく。
初めてのテスト飛行だけあって、準備は万端でなくてはならない。
僅かなチェック漏れが大きな事故につながる。
独力だけならもうまだまだ時間がかかっただろうと、理論的には飛
べるようになった機体を精査して感慨深くなる。
それに、このテストを終えた後の方向性もわかっている。
飛行テストの支援の為に来てくれた本音に、打鉄弐式の状況を確認
するためにデータ開示を求められ、その結果色々な問題点を示してく
れた。
今更テスト中止を言うのも憚られるし、潤には言っていないが、本
音の機体構築に対するアドバイスはとても有益になった。
本音は整備課に入っても充分やっていけるだけの能力があり、その
582
アドバイスに従えば更に機動は完成に近づくだろう。
意固地になって、一人でいいと拒絶していたが、改めて目を見開い
てみれば、優しくしてくれる人は沢山いる。
﹂
││手伝ってくれる二人のためにも、今日のテストは⋮⋮やりき
る。
﹁簪、大丈夫か
に入る。
簪が問題なく上昇したのを見た潤も、安全と判断して追従する態勢
出していった。
に変わった瞬間、一気に打鉄弐式を加速させて、第六アリーナに飛び
空中ディスプレイに﹃Ready﹄の文字が浮かび上がり、
﹃Go﹄
腰を落として偏向重力カタパルトに機体の両足をセットする。
が、プライベート・チャネルだったので気付く事はなかった。
﹃抱きとめる﹄という潤の言葉に、恥ずかしそうに顔を赤らめてしまう
いるから迷わず突っ込んでこい。 抱きとめるくらいの余裕はある﹂
﹁そうか。 カタパルトから出た瞬間何かあったら、すぐ近くに俺が
﹁ちょっと時間かかっただけだから、でも大丈夫⋮⋮﹂
?
﹁いけるか
﹂
﹁⋮⋮大丈夫、みたい。 これからデータをチェックするから。 そ
の⋮⋮なにかあったら⋮⋮﹂
﹁大丈夫、俺がなんとかする﹂
﹁うん﹂
守られていることを自覚すると自然と笑みが溢れる。
緊張しているのかと思ったが、笑う程度の余裕があることが分かっ
て潤も口元を緩ませる。
それも束の間、ヒュペリオンの速度を調整して打鉄弐式が急に機能
停止しても大丈夫なように、やや後方下側で飛行を開始する。
機体制御は問題なく成功している。
反重力力翼と流動波干渉、空中での姿勢制御も問題なし、ハイパー
センサーやシールドバリアーは簪がチェックするしかないので知り
ようがない。
傍から見ている分には問題ないように見える。
しかし、何かの動作をしたらバグか何かが出たのか、機体ががくん
と揺れて一度停止した。
﹂
﹁潤、ストップ﹂
﹁問題か
出している。
各種パラメーターを確認して、問題の箇所を見つけ出したのか、小
声で呟きながら左右のキーボードの入力を開始する。
﹁シールドバリアーを展開すると⋮⋮。 PICが⋮⋮⋮⋮、展開の
ポイントを⋮⋮、偏向重力推進角錐を⋮⋮、脚部ブースターバランス
を⋮⋮﹂
入力と調整が完了したのか再び機体を上昇させる。
グニャと曲がった独特なモニュメントとして目を引く中央タワー、
その外周をスラスター用いて細かに制御しながら加速してタワーの
頂上にたどり着く。
ISのセンサーで簪の動向を探っていたが、別段問題なさそうな表
583
?
問いかけに答える間も惜しいとばかりにディスプレイを複数呼び
?
情を見て安心した潤は、簪から目を離すと第三アリーナで猛特訓中の
一夏を見る。
どうやらいきなり回避行動にまで気を使って訓練すると失敗する
のか、箒はシャルロットに任せて会長と二人三脚で訓練をしているら
しい。
しかし、何をしたのかしらないが円軌道を止めた白式は、制御を
失って壁に激突してしまった。
きっと瞬時加速のチャージに集中して、基本的な操縦に対する集中
力を途切れさせてしまったのだろう。
煙が晴れて、一夏の表情が見え││セシリアが近寄って心配した様
な表情で語りかける。
勿論、箒とシャルロットもそれに続いていた。
﹁同じ男が出来た事が出来なくて、言われた事も出来ないで、幼馴染に
まで心配される⋮⋮﹂
584
会長に茶化されて、心配一転嫉妬から怒り出した三人を見て、逆に
安心する。
もしかしたら、今日は手を引いて良かったかもしれないと潤は思っ
た。
顔には出ないが、一夏はショックだろう。
それでも、同情されたりでもしたら、逆に惨めになる。
失敗や負けとは自信を打ち砕く最高の要素、この程度で心が砕ける
とは思えないし、この程度で打ち砕けたのなら、専用機なんぞ持たず
に姉に守られたままのほうがいい。
だけど、それだけは出来ないし、もしかしたらそんな事が考えられ
なくなる事態が起こるかも知れない。
自分側の、ドブとゲロと臓腑塗れの野郎が来るかもしれないのが気
がかりでしょうがない。
﹁だが、一度も打ちのめされなかった戦士はいない。 皆立ち上がっ
﹂
て、強くなったんだ。 だから、皆が通った道と同じ道を歩め。 強
くなれよ﹂
﹁⋮⋮やっぱり、お姉ちゃんが、き、気になるの
?
酷く不安そうな声色で、いつの間にか隣に来ていた簪から声をかけ
られた。
二つのキーボードで機体を調整し続け、到着前には殆ど飛行システ
ムを完成させたらしい。
﹁会長より一夏だな。 会長は、なんというか気が合わん﹂
﹂
﹁そう、なんだ⋮⋮。 あの、聞きたいことが、⋮⋮あるんだけど﹂
﹁会長と二人で話した件だな
﹂
頬こねくり回すぞ﹂
俺が小言を言われる﹂
﹁なんで底冷えするような声色になる
IS使ってなかったらその
﹁⋮⋮それでなんで、潤があの人を鍛えなくちゃいけないの﹂
前でどうのこうのとはならないと思う﹂
﹁尤も、会長と俺が前面に出る以上、当面ターゲット以外の連中の目の
ればするほど、逆に危険になることを忘れるな。
││会長、今まではそれで良かったかもしれないが、妹を大事にす
キングを担当していたのかもしれない。
ただ、PCの扱い方が非常に優れているので、ハッキングやクラッ
的に会長が仕事をさせていなかったのだろう。
しかし、簪からはそういった臭いがあまりしなかったのだが、意図
更織家は裏方の仕事を防ぐ仕事、対暗部用暗部。
ないところまで迫っているらしい﹂
もいい。 もっとゆっくり一夏の面倒を見たかったが、もう間に合わ
﹁マフィア、どこかの特殊部隊、金が目当ての傭兵、イメージはなんで
﹁⋮⋮裏側
ペリオン﹄。 来るとしたら一夏、次に俺だそうだ﹂
﹁最近裏側がきな臭くなっている。 狙いは、
﹃紅椿﹄、
﹃白式﹄、
﹃ヒュ
﹁わかった﹂
ただ、知らんぷりしとけよ
﹁あの人は認めたがらないが、きっと簪も巻き込まれるから話しとく。
夕日で特徴的な水色の髪を染め、簪が頷く。
?
?
いない。
結局どうして会長が、一夏の強化に潤を宛がったのかよく分かって
?
585
?
聞けば聞いたで、なんとなく﹃ピンッ﹄ときたで済まされそうな気
がしてならないが。
確かに、他の候補生たちに任せるよりは、目に見えて成果がある。
元より部隊長だった潤の蓄積知識もあるし、勤勉な一夏の姿勢も関
係しているし、それに、││変にしっくりくる感じがする。
芽がありそうなルーキーを気にかけるのは隊長の務めだし、しっく
り感じは嫌ではない。
そんな事を考えながら、一夏の訓練を真剣な表情で見つめる潤を、
簪はじっと見ていた。
潤が夕日に照らされる簪を見て綺麗だと感じた様に、真剣な表情を
する潤に不思議な魅力を感じる。
海面に浮かぶ夕日の不思議な魅力に囚われ、このまま二人で此処に
居るとおかしくなってしまいそうな気がして、了承も取らずに降下を
始めた。
﹂
しかし、なまじっか潤が機動に関する部分に手を加えていたので打
鉄弐式の速度が尋常でない。
こんなことなら、簪が自発的に開発したと言う実績を邪魔しないよ
586
降下を始めた簪に気付いて、自らも機体を下げ始めた潤はおかしな
ことに気付く。
打鉄弐式の脚部ブースターが、右脚のみ光が強い。
な、なにが││﹂
﹁簪、脚部パーツなんだが﹂
﹁⋮⋮なに││て、え⋮⋮
﹁潤、助けて
かぶのはエラーの数々で、システム復旧には時間がかかりそうだ。
何とか機体を持ちなおさせようとディスプレイを起動させるが、浮
大きく崩させ、縦回転しながらタワー麓に突っ込んでいく。
勿論片足のみ超高速機動時の様な有様になったISは、機体制御を
ら強烈なジェット炎が噴出する。
回線を開いて右脚の調子を尋ねようとした直後、問題個所の右脚か
!?
スラスターに異常を見られた瞬間から準備はしていた。
言われるまでもない。
!
うに中途半端に手を貸すんじゃなかった、全面的に協力して完全を目
指すべきだったと後悔するが、もう遅い。
その時、確かに、力強い心音と、子供の声を聞いた気がする。
耳から聞こえたものではなく、心の中に伝わるような感覚。
││ヒュペリオン
潤の感情に従い、脳波を正確に感知するために、顎と後頭部から測
定用の装甲がせり上がり、システムを起動させる。
両脚部、腰、腋の装甲が開き、脚部付近から姿勢制御を補佐するア
ンロックが量子展開。
腰から脚にかけて展開されたアンロックユニットに呼応するよう
に、肩部アンロックユニットも、装甲を開く。
この間、僅か零コンマ五秒。
簪が地面に接触する間に││、落下による衝撃と速度を計算、衝撃
力は衝突したときの減速過程で決まるし、物体や衝突する相手の材質
によって全く異なる。
両足の関節と、背中に怪我が起こらないように、相対速度合わせて
やんわりと、お姫様抱っこの要領ですくい上げる様にしてキャッチす
る。
﹂
﹂
!
甲を展開したヒュペリオンの推進力は尋常でなく、上手く切り返せな
い。
仕方なく地面に墜落するように着陸し、潤がブレーキ代わりになる
事を選択。
バランスがちょっとでもずれれば大惨事になるが、飛行機事故でも
行った事、出来な筈がない。
もう夕方で、アリーナを使用している生徒が少なくて助かった。
空中から墜落紛いの着地を行い、勢い余って地面を真っ直ぐえぐり
ながら停止するまで潤はそう考えていた。
587
!
生身だったらもっと問題がある、仮にもISでよかった。
うん
﹁歯を食いしばって
﹁え
!
簪と共に強引にタワーから離れたが、暴走した打鉄弐式と、可変装
!?
﹁⋮⋮怪我は、無いか
﹂
苦痛に塗れる結果になった。
﹂
﹁あ、あ⋮⋮あの⋮⋮、あの⋮⋮っ﹂
﹂
﹁まずは退いてくれないか
﹁ご、ごめん
簪が潤から離れる。
﹄
一六〇〇時から一七〇〇時にかけて申請を
!?
?
﹃ちょ、ちょっと、信号がロストしたんだけど
報告します
何が起きたの
最初は両足、途中から左肩、すぐさま背中と、衝撃が凄かった潤は
が無いようで一安心。
目と鼻の先にいる簪が頷いたのを見て、さっと顔色を確認││重症
調整した結果、簪に押し倒されるような体勢になった。
なるべく無傷で救出しようと思って、自分が下になるように体勢を
?
!
しました﹂
怪我してないわよね
!?
﹄
立平さんに聞いてもブラックボックスの範疇で手を入れられず、合
開こうと思っても展開する系統でない可変装甲。
残している。
二人が地面を擦るように着地した跡が、生々しく線を引いて傷跡を
通信が途切れ、なんとも言えない雰囲気になる。
﹃気を付けてね﹄
﹁今、外に居ますから、歩いて移動可能です。 報告の詳細は後ほど﹂
例え、ちょっと関節が外れていたとしてもだ。
肩の関節は目に見えない。
嘘は言ってない。
﹁了解﹂
クするのよ
﹃そう⋮⋮保健室の先生には私から言っておくから、念入りにチェッ
受けようと思っています﹂
﹁⋮⋮共に目に見える怪我はありませんが、念のため保健室で検査を
﹃事故
えーと申請書は⋮⋮、これね﹄
していた、更識、小栗、両名の飛行テストにおいて、事故が発生いた
﹁はっ
!
!
?
588
!
!?
宿の一件から一度も可変装甲は使えなかった。
ラウラに手伝ってもらって、あの時をなぞる様に何度も訓練した
が、ウンともスンとも言わない。
ワンオフ・アビリティーじゃあるまいし、操縦者の精神状態をIS
とシンクロさせる必要があるとも思えない。
しかし、セシリアとの一戦以降、考察どおり感情をトリガーに可変
装甲を制御できた。
﹂
地面に寝そべって、自機の可変装甲について考えていると、野次馬
としてやって来た会長が顔をのぞかせた。
﹁派手にやったわねー﹂
﹁会長⋮⋮、丁度良かった。 一夏居ます
﹁おう、居るぞ﹂
﹁手を貸せ。 足が痺れて上手く立ち上がれない。 それと、肩の関
節が外れたみたいだから、はめるのを手伝ってくれ﹂
なんかお前、何時も怪我してるよな、とからかう一夏の手を借り、よ
ろよろと立ち上がる。
可変装甲展開中の瞬時加速はご法度、⋮⋮ご法度だが、すごく便利
なので禁止するのを躊躇っていた。
役に立って何より。
一夏に肩と身体を支えてもらい、外れていた肩の関節を元に戻す様
子を見て、簪の表情がみるみる変わっていく。
﹁⋮⋮ま、また⋮⋮また、駄目だった、ごめんね。 潤、ごめんね。 ⋮⋮ごめんね﹂
こんなはずじゃなかった。
これじゃあ、あの時の病院と何も変わってない。
もう潤がボロボロにならなくて済むように、隣に立ちたかったの
に。
本音と潤の、二人の期待に答えたかったのに。
そんな風に惨めな気持ちになって、目の前で痛そうに肩をさすって
いる潤に申し訳ない感情があふれてくる。
﹁泣くなよ、簪。 機体の整備には俺も手を貸したんだから気負いす
589
?
ぎるな、な
﹂
﹂
﹂
?
明日、何とか簪の機嫌を直さないとな、そう思いながら部屋に戻る
チェック中に一夏が運んでくれた制服に着替えて保健室を後にする。
暫く一夏と喋っていたが、外が暗くなってきたのを合図に、身体
ち着いてからでいいと言われたが億劫である。
潤の手元にレポート用紙十枚分に相当する紙束を手渡し、怪我が落
速足で去っていった。
片割れの簪が、第六アリーナのピットに戻ったことを説明すると、
問題ないかチェックされる。
どうやら腰を落ち着かせることが出来ない性格らしく、教師二人に
えていた。
保健室にたどり着くと、タワーのチェックをしていた先生が待ち構
にしていれば大丈夫さ﹂
がらない。 動くことには動くから、痛み止めでも飲んで、暫く安静
﹁脳震盪でも起きてるかもな。 視界がぐにゃぐにゃするし、肩も上
﹁やっぱり一人じゃ辛いか
﹁一夏、保健室まで肩を貸してくれ﹂
怪我に対する意識の差を改めて考え直さねばと蜂起する。
会長に付き添われながら第六アリーナへと帰っていく簪を見送り、
る。
何とか落ち着いてきたのを確認し、会長に目配りして、後事を任せ
人の事は言えない。
本音から見た潤も、こういう状態と同じだったかもしれないので、
ない。
最近まで感情を押さえつけていた人間は錯乱しやすいのかもしれ
覚束ない足取りで移動し、簪の隣に座る。
﹁うえっ⋮⋮あ、ありが、うええ⋮⋮、ありが、とう⋮⋮⋮⋮﹂
いいな
﹁明日はちょっと気分転換して、また明後日から二人一緒に頑張ろう、
﹁⋮⋮うっ、くっ、うわぁぁ⋮⋮﹂
?
べく移動して、やっとこ辿り着いたドアノブに手をかける。
590
?
﹁おぐりん、おかえり∼﹂
入って仁王立ちしている本音が出迎えてくれた。
何故に仁王立ちと思ってよくよく見てみると、どうやら怒っている
ようだ。
何かしたか、と自問したが、今日の一件以外思い当るところが無い。
﹁お話があります﹂
ファンシーなパジャマと、普段ののほほんとした態度のせいで、ど
うしても怒られている感じがしないのだが、真剣な顔つきなので真面
目に聞く。
着ぐるみパジャマ少女の目の前で正座する男、変な構図だが不釣合
簪に怪我が無かったんだから││﹂
な程に真面目は崩さない。
﹁今日の事故か
会長だっ
﹁違 う。 お ぐ り ん は さ ∼、自 分 の 身 体 を 大 切 に し な さ す ぎ な ん だ
よー。 今日はそれで怒ってるの﹂
﹂
﹁⋮⋮といってもな、簪が怪我するよりずっといいだろ
て、俺だって、勿論本音だって悲しむだろ
﹁それはそうなんだけどさー﹂
?
る
﹂
﹁おぐりんが怪我したら、同じくらいかんちゃんが悲しむって知って
ばかりに語調が変わる。
何故だが知らないが、今の会話を聞いて、
﹃それだよそれ﹄と言わん
?
﹁嘘つき﹂
﹂
どうも夏休みの一件以来、本音は潤に心を見透かす様な言動が増え
ている。
会長にも千冬にも、誰にも分からない筈だったのに。
﹁自分の身体なんて、どうでもいいって思ってるでしょ
?
﹂
﹁まあ、確かに⋮⋮、未だに酷く損傷した四肢はパージすりゃいい、と
思う事があるし﹂
﹁最後の方なんて言った
﹁何でもない﹂
?
591
?
﹁当然のことだ、勿論││﹂
?
﹁おぐりんはー、自分で思っている以上に皆に大切に思われているか
そんな当たり前の事、誰も教えてくれなかった
らね おぐりんも自分が無傷なのに大切な人が怪我して動けなく
﹂
なったら嫌でしょ
の
﹂
!
そんな彼女とルームメイトで良かったと、一緒に廊下を歩きながら
る。
女性として求める部分を、あらかた全部求めているような気がす
力を感じさせる姉か母の様な本音。
出来の悪い妹みたいで、漫画かアニメの親友役の様で、なんか包容
﹁分かればよろしい。 それじゃ、ご飯食べに行こ
﹁⋮⋮分かった。 以降、なるべく自分の身体の事も考えて動く﹂
それは、思った以上に苦い経験だった。
確かに、過去の大部分のトラウマは、そんな事だったような。
?
?
思った。
592
?
2│4
学園祭前日、一夏はコスプレ喫茶に一定の不安を感じつつ行事を楽
しみにし、潤は極度に緊張していた。
一夏が明日の準備に奔走するように、潤も何時襲撃があっても大丈
夫なように戦支度をしていく。
投げナイフ、ブロードソードを磨き、少しでも動きやすくなうよう
に、鎧には油等を用いてメンテナンスしていく。
きっかけは今日の朝、いたずら小僧の様にほほ笑む会長だった。
﹁生徒会も何か盛り上げに貢献しないと駄目だと思うのよ﹂
﹁いきなり何を言ってるんですか、会長﹂
虚先輩のお茶を美味しそうに飲み下して、会長が何気なくそう言っ
た。
服装に付いては突っ込まない。
593
話してもいけない。
似合ってはいるが何故ドレスなんて代物を着込んでいるのか知り
たくもならない。
ただただ、まーた会長の発作が始まったよ、美味しい紅茶が台無し
だとばかりに尋ね返した。
﹁一学期は世界的なイレギュラーが起こって面倒事が多く、学園全体
で行事の度に問題が起きつづけた。 そんな不測の事態にも負けず、
皆の協力の上で学園祭が開催された。 生徒の長として、その献身に
感謝の意を示すためにも、生徒会が率先して音頭を取って盛り上げな
いと駄目と思うのよ﹂
目を細めて威風堂々と述べる会長に、人の上に立つだけの事はある
と思った潤は、同意するかのように軽く頭を下げた。
﹂
﹂
﹁会長の横で山積みになっている段ボールは、つまるところその話の
為ですね
﹁何が入っているんですかー
て良いと本音に告げる。
本音が中身の詳細を聞きたそうに立ち上がると、会長は中身を空け
?
?
しかし、本音がバリバリガムテープを引っぺがす段階で一度待った
をかけた。
﹁あーっと、本音ちゃん。 開ける段ボールは自分の名前が書いてあ
る奴にしてね﹂
見ると、確かに段ボールには個別に名前が記されている。
簪も自分の名前が書いてある奴を手に持ち、潤もそれに倣って段
ボールを││お、重い
カチャカチャ鉄がぶつかり合う音が聞こえるからには、何かの道具
なのかもしれないが、それがどうやって盛り上げに貢献できるのだろ
うか。
中身の詳細を気にしていると、本音が最初に段ボールを開けたので
観察してみる。
﹂
中から出てきたのは││
﹁かいちょう、これは
﹂
本音はさっそく黒猫の着ぐるみを着てはしゃいでいる。
﹁分かりました、楯無さん﹂
ね﹂
﹁通気性は確保したけど、熱いかもしれないから体調には気を付けて
﹁私は魔女ですか﹂
会長はお姫様役のドレス、ようやく服装に合点がいった。
ラに関係する衣装を着る事が決まっていること。
印象付けをしっかりするために、生徒会メンバーは朝からシンデレ
他全校生徒の自由参加であること。
会長以外の生徒会関係者は劇には参加できないが、お姫様役はその
生徒会の出し物が﹃シンデレラ﹄であること。
しをすると、概ね次のような説明をした。
簪と潤がシラケている様を見た会長は、咳払いを一度して仕切り直
着ぐるみの様な代物だった。
黒猫の着ぐるみ、某女優が終身医療保険のCMで用いた、パンダの
﹁ずばり││コスプレよ
?
普段の格好とイメージが被るので、何も違和感がない。
594
?
!
﹂
﹁お姉ちゃん﹂
﹁なに
﹁⋮⋮なんで、メイド服
﹂
確かに、かなり似合いそうな雰囲気はある。
と聞いてみたら会長の趣味
上に立つ人に共通する独特な雰囲気を持つ会長が着るより、儚げな
感じがする簪の方が遙かにいい。
しかし、シンデレラにメイドいたか
﹁潤くんは騎士ね﹂
﹁いや││これは、マジですか
﹂
知りようもない会長が段ボールを開いた。
潤の能力が促す予知、その嫌悪感に苛まれていると、そんな事など
がした。
会での穏やかな世界に罅が入ってしまう様な、そんな酷い事になる気
理由なんか一切分からず、何故かこれを開いてしまうと、この生徒
が引き締まるような感じがした。
さて、自分のは、と潤が段ボールに手をかけた時、なぜか物凄く気
て事なきを得た。
結局会長が潤を巻き込み、潤がメイド服を着た簪が見たいと誘導し
ることが出来た。
だと発覚、簪が会長をポカポカ叩くといった微笑ましい一面が垣間見
?
そんなイメージが合致したのか、それとも心の奥底でよく泣いてい
り、死を告げる。
地位の高い人間、名声のある人間に対して、何処からともなく集ま
るが、概ね死を告げる存在として有名である。
死を運んだり害を与えたりはせず、ただ死を告げるだけとの説もあ
告すると言われている。
バンシーは、イギリス本国付近に伝わる妖精であり、家人の死を予
BANSHEE、日本語読みで﹃バンシー﹄。
士甲冑に﹃BANSHEE﹄と刻まれているのが分かる。
エルファウスト王国が定める儀礼用の代物で、魔力持ちならその騎
中に入っていたのは、儀礼用の騎士甲冑。
?
595
?
?
たから丁度いいと思ったのか、潤のコールネームがこれだった。
頼んでいたものと少し違う様な⋮⋮﹂
エルファウスト王国の儀礼用騎士甲冑、しかも潤のコールネーム入
り。
﹁││ん
﹁でしょうね⋮⋮﹂
穏やかでない潤の表情に、只ならぬ不安を感じさせ、翌日の学園祭
を迎えた。
││││
生徒会でちょっとした注意次点を確認したので、少し遅れての一組
到着。
ふわふわでもふもふの黒猫と、何故だか非常に様になっている甲冑
を着込んだ騎士の二人。
儀礼用なので完全フルプレートではなく、某運命のゲームに出てく
る男の旧セイバーといった甲冑である。
人を斬れない様に細工が施されているものの、剣まで帯びているの
で、非常に懐かしさを感じ、それ以上に甲冑を着てIS学園に居る違
和感が凄い。
﹁ちょっと脇を失礼します﹂
﹁わあ、ナイト様だぁ⋮⋮﹂
﹂
﹂
﹁⋮⋮えっ、うそ まさか、織斑くんどころか、小栗くんまで接客す
るの
﹂
﹁ゲ ー ム に 勝 っ た ら 写 真 も 撮 っ て く れ る ん だ っ て
よ、ツーショット
ツ ー シ ョ ッ ト
職員室で千冬が笑っていた理由も知れて大満足、と思いきや人の津
発案にビックリし、変われば変わるもんだと大笑いした。
発案者がラウラだと知った時は、あまりに本人の性格にそぐわない
の前を人の山で埋め尽くすほど大盛況となっている。
こんな感じで、一組の出し物、
﹃コスプレご奉仕喫茶﹄は一年生教室
!
596
?
﹁しかも、織斑くんは燕尾服、小栗くんは騎士スタイル
!?
!
!
!?
波が起こることまで予測すべきだった。
﹁すまない、遅くなった﹂
早く接客に加わってくれ、忙しすぎる﹂
﹁めんご、めんご∼﹂
﹁おう、潤
﹁まったく、まだ執事の方がしっくり来るぞ。 誰だ、俺に騎士役なん
てさせたのは﹂
﹁セシリア﹂
﹁Son of a bitch﹂
潤がいない間、引っ張りだこになっていた一夏は悲鳴のような声を
上げて潤を歓迎した。
儀礼用の騎士甲冑なんて着ているせいで疲れがたまる。
どちらにせよ嫌な感じ
こんなごてごてした鎧を付けたとしても、なんの役にも立たないの
は誰でも知っているというのに。
装飾華美にも程がある。
着るのも二回目だったか、いや三回目
だ。
当然機嫌も悪くなる。
﹁おおっ、潤、物凄く似合ってるね﹂
﹁どう
﹂
てくる。
少しメイド服のスカートが舞い上がり、何か妙に高揚感がこみ上げ
リクエストに答えて、ナギが一回転する。
イド服似合うな。 くるって一周回って見せてよ﹂
﹁まあ、俺の為だけに作られたフルオーダー品だからな。 ナギもメ
?
ラウラもそうだったけど、ヒラヒラでフリヒリの衣装って女の子っ
てイメージが強いので普段の三割増しで可愛く見える。
本音みたいな格好でも可愛く見えるけど。
﹁遅くなったな、一夏﹂
﹁ああ、潤か。 お前も早く接客班に加わってくれよ。 マジで忙し
いぞ﹂
597
!
﹁おおっ、かわいいかわいい﹂
?
﹂
﹁わかってるって。 ⋮⋮随分執事服が似合うな。 普段から姉に奉
仕している賜物か
﹁ふん
﹂
⋮⋮まったく、変わったな、お前は﹂
もう少し、笑え﹂
﹁笑えよ、箒。 身に染みて分かったが、お前の表情は人を遠ざける。
鉄ごしらえなのでちっとも痛くないが。
た。
暫くやっていたら、流石に怒り出したのか脛を思いっきり蹴られ
た。
細やかな肌の触り心地よくて、こねくり回すついでに堪能してしまっ
ふくれっ面を解消するためにやった事だが、妙に柔らかくて、きめ
思ったより伸びる。
びにイライラして頬を膨らませていた箒の頬を引っ張ってみた。
一夏が自分でない女に接待するため、その順番待ちの報告を聞くた
ける。
一夏が女生徒の接客のために移動したのを見計らって箒に話しか
﹁むぐぅ
まで怒っていたら、その内愛想を尽かされるぞ﹂
﹁⋮⋮一夏が他の女に傅くのが嫌なのは分かる。 だけど、そんな所
﹁一夏、小栗、持ち場に戻れ﹂
ちょっと男二人で嫌味を言い合い、声を出して笑いあう。
う服で生活していたと間違われそうだな﹂
﹁嫌味か。 そういうお前も甲冑姿が似合ってるぜ。 今までそうい
?
気バランスが崩壊した。
今まで大多数の織斑派に、消し飛ばされかねない小栗派だったのだ
が、学園祭当日の今となって拮抗しかねない勢力と化している。
トーナメントで圧倒的強さを見せた時も勢力が膨れあがったが、今
回はその数倍の速さだ。
新聞部が取材しやすくなったと喜び、潤の記事が増えたのも、その
勢いを助長しているのかもしれない。
598
!?
確かに潤が夏休み終了間際になって、学園内部における男二人の人
!
だけど、今さらなんの切欠も無しに私がそうするのもなぁ、と箒は
悩み、結局いつも通りに戻った。
﹁⋮⋮簪か﹂
接客に参加すると、一組にやって来ていたのは簪だった。
ご奉仕喫茶で働く面々とはまた違った趣のあるメイド服に身を包
んでいる。
しかし、やっぱり似合っている。
﹁潤⋮⋮案内、よろしく﹂
﹂
﹁よし、切り替えていこう。 ││こちらです、姫﹂
﹁ひ、ひめ⋮⋮
﹁そういう決まりなんだ。 今の俺は、姫に使える一人の騎士だから
な﹂
﹁そ、そうなんだ。 ⋮⋮私の騎士、私だけの騎士、か﹂
妙に嬉しそうな表情で簪が反芻しているが、このまま出入り口で立
ち止まられても困るので、お手を拝借して空いた席に案内する。
内装はオルコット家が用意した調度品が用いられており、学園祭な
のに高級感あるカフェになってしまった。
特にテーブルとイスのこだわりは凄い物で、最初何の気なしに触れ
たのが、王侯貴族との付き合いがあった潤、更識家で同じような物を
見たことのある本音、用意したセシリア程度だった。
姫﹂
調理担当のクラスメイト達は手が震えない様にするのにも、多大な
労力を割いているらしい。
﹁ご注文は何になさいますか
﹁え、えっと⋮⋮﹂
?
うか。
﹁⋮⋮この、﹃騎士の奉公 フルコース﹄って、潤が関係してるの
﹁騎士はわたくしだけですので﹂
﹁⋮⋮⋮⋮決めた。 この﹃騎士の奉公 フルコース﹄ひとつ﹂
﹂
会長だと無神経だなと思うのに、何故簪だとお嬢様だと思うのだろ
お嬢様だったことを実感する。
そんな高級品のイスに、気負いなく座った様子を見て、改めて簪が
?
599
?
﹁﹃騎士の奉公 フルコース﹄がひとつですね。 それでは、まず初め
にご説明させていただきます﹂
騎士の奉公 フルコース、とは騎士にあるまじき内容の接客体系で
ある。
最初に、客である姫に騎士への叙任を行ってもらう。
叙任の儀式は基本的に、主君の前に跪いて頭を垂れる騎士の肩を、
主君が長剣の平で叩くというものだが、
﹃女の子の浪漫﹄とやらに横や
りを入れられて複雑化した。
まず、刃を潰してあるだけの本物の剣を鞘から抜き出し、姫に預け
る事から始め、跪いた潤の肩に剣を置き、騎士叙任の宣言と共に潤と
誓いの文句を唱える。
誓いの文句は、一般的な騎士道精神を元に、
﹃謙虚であれ、誠実であ
れ、礼儀を守り、裏切ることなく、弱者には優しく、強者には勇まし
く、堂々と振る舞い、姫を守る盾となって、騎士である身を忘れず過
ごす﹄といった内容を、結婚式で神父が問いかける例の﹃健やかなる
時も∼﹄の様に姫に誓う。
今日だけで何人の姫に忠誠を誓うのか、別々の人に誓いをたてる行
為が騎士道に背いている気がするのだが、騎士道精神なんてケツを拭
く紙程度と思えるような戦いを歩んだので、どうでもいい。
メイド服の簪が、顔を真っ赤に染めて誓いの文章を読み上げてい
る。
潤も恥ずかしいが、何度か本当の叙任を受けたことが二度あるので
問題なくできる。
そして、その後は潤が姫の正面に座り、にポッキーを食べさせてあ
げる。
その褒美として逆に姫が潤にポッキーを食べさせる、奉公とご褒美
のセットが加わる。
衆人環視の中で、これは恥ずかしい。
そして最後に、サービスの一環としてお姫様抱っこして記念撮影を
やって終わりになる。
このフルコースはお値段八百円、ぼったくりもいい所である。
600
│ │ 誰 が 考 え た ん だ。こ れ。 F u c k Y o u. ぶ ち 殺 す
﹂
ぞ・・・・・・・・・ ゴミめ・・・・・・
││金は命より重いんだ
﹁潤は、⋮⋮恥ずかしくないの
かな殺意と、分かり易い敵意を、魂が鋭敏に感じ取った。
何回か姫に傅いたり、お姫様抱っこしたりして撮影していると、仄
一学期の頃ならこんなサービスはしなかった。
我ながら随分変わった、と潤は自覚する。
何度もやった。
軽い軽いと言いながらちょっと振り回すと、大体上機嫌になるので
うがない。
いっても女子には体重の軽い重いはかなり気になる分野なのでしょ
体重七十kg以下なら問題なくできるから騒がないでほしい、と
もう、どうにでもな∼れ︵AA略︶。
しくなってきた。
お姫様抱っこする度に、女子がキャアキャア騒いで反応するのが楽
る。
そんな妙なことを、潤はこれから半日近く続けることになってい
て写真撮影する騎士。
フルコースを頼んだお客さん、今はメイド姿の簪をお姫様抱っこし
勘弁してほしい﹂
ず か し い し。 記 念 撮 影 だ け な ら 良 い ん だ け ど な。 フ ル コ ー ス は
﹁いや、もう、やだ。 ラウラが企画者じゃなければ逃げてたね。 恥
様抱っこも全部。
騎士甲冑も、叙任も、食べさせるのも、食べさせられるのも、お姫
正直、恥ずかしいです。
もかくやとばかりに顔を赤く染めた簪に問いかけられる。
簪に対して通算三度目のお姫様抱っこをして記念撮影、もうイチゴ
!
条件反射で腰に挿してある剣を抜刀しようとし、何とか押さえ込ん
で発信源を探ろうと目を動かす。
601
?
一夏に話しかけている、ロングヘアーがよく似合う社会人。
一夏に警告したいが、目の前で陸上部の同級生が目を輝かせている
ので変に動けない。
使い間を作っておけば良かったと少々後悔するが、顔でなく魂を記
憶したので今後大きな助けになるだろう。
表面だけ普通にして取り繕っていたら、背後から、その女性に小さ
な声で呼びかけられた。
人違いでした﹂
てめぇなんでこんなトコに││﹂
﹁エル
確かに、エルファウストと名乗ったあの男と小栗潤は似ていた。
そんなところもあの男を思い出す。
る。
まるで肉食動物が獲物を狙うような眼光を最後に、潤が背を向け
﹁姫に接客中ですので、失礼します﹂
い。
レして楽しんでいるこの場において、一人だけ隔絶しているたたずま
雰囲気が異常なほど似ているとでも言えばいいのか、学生がコスプ
似しているからだ。
何もかも違う││││が、この女性が困惑しているのは、確かに酷
男。
人といった風体の男、それと目の前のいかにも日本人といった風体の
ここ最近、彼女が所属する、とある企業に入ってきた金髪赤眼の貴
人違いどころか、むしろ、何で間違えたのか全く分からないでいた。
その女性も女性で混乱していた。
で話しかけていた、敵意を持つ明らかに怪しい女性だった。
潤の背中から話しかけた女性、そして先ほど一夏ににこやかな仮面
﹁⋮⋮あ、その⋮⋮すみません
﹁私は、小栗、ですが﹂
﹁⋮⋮あ﹂
﹂
﹁何か
!
││││
602
!
?
一夏と潤が散々振り回され、幾度となく記念撮影をした後、一夏が
一時的に接客班から離脱した。
学園祭の招待チケットで誘った友人を迎えにいくそうだ。
昔からの友人は大事だ、いなくなって始めて知った。
だから、しょうがないと思うものの、残った潤に接客の注文が殺到
したので、いささか腑に落ちない。
それに、セシリアとシャルロット、箒と一緒に出かけたのも相まっ
て相当な時間教室を空けている。
二人一緒にいなくなったらクレームが出るだろうから、せめて片方
ずつ休憩に入ってくれと懇願されたので一夏が帰ってくるまで頑張
るしかない。
しかし、織斑派はそもそも一夏狙いで来ているので、徐々にクレー
﹂
ムが出始めた。
﹁遅いぞ
﹁悪い、悪い。 じゃあ、交代な﹂
最後に出かけていった箒と一夏が帰ってきたのを合図にハイタッ
チして交代。
と大音量のブーイングが廊下から聞こえたが何
潤の接客終了を宣言する。
えええええ∼
﹁確かにミスマッチだ。 ⋮⋮似合っているとは思うがな﹂
﹁簪のときも思ったが、騎士とメイドはなんかミスマッチだな﹂
た。
いるというのが思いのほかうけたらしく、ラウラの人気は結構高かっ
普段からとっつきにくい表情をしているラウラがメイド姿をして
すぎるだろうに。
腕組状態の眼帯メイド、人のことをお兄ちゃんと呼ぶ軍人、属性多
や下から声をかけられた。
女の子の持ち上げすぎで疲れてきた腕を揉み解していると、視線や
﹁潤、私も交代だから、一緒に回るか﹂
が悲しくて丸一日接客して過ごさなければならないのか。
!
603
!
﹁ラウラもメイド服、結構似合うな﹂
﹁ふふん、可愛いだろ﹂
かわいいだろうと自称し、潤にかわいいと評価された後、少しだけ
たじろいで、顔を赤くして笑った。
私は、茶道部とやらに興味がある﹂
﹁ははは、自分で言うことか。 確かに似合っているけどな﹂
﹁で、どこに行く
﹁ならソコに行くか﹂
IS学園はどの部屋でも設備面でしっかりしているので、SADO
Uではなくしっかりとした本物の茶を飲めるかもしれない。
茶道部を目指してラウラと一緒に歩く。
道中で記念写真を何度か撮られ││││││
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
道端にウサギ耳が生えているのを見つけてしまった。
ウサギ耳といっても兎でもなく、バニーさんがつけている物でもな
く、機械でできたウサ耳である。
潤
あにぃ
││ああ、そういうことか、なんだかんだ言って、貴様が原因か。
﹂
相変わらず理解しがたい⋮⋮
﹁篠ノ乃博士、か
﹂
潤、どうした
﹁ラウラ⋮⋮、実弾装備はあるか
﹁い、いや、ない、が﹂
﹁訓練用の硬質ゴム弾射出タイプのグレネードランチャーは
?
﹂
!
ンが始まろうとしている。 ﹂
メイドと騎士が、ウサ耳博士を追いかけるファンシーアトラクショ
ぶっ殺してやる
面きって頭下げる訳でもなく、こんな、こんな、││ふざけやがって
﹁怒ったらIS出す連中に比べれば落ち着いている。 あの女郎、正
﹁随分重武装だな。 いや、落ち着け。 目が怖いぞ﹂
チ用の爆薬も用意するんだ﹂
﹁フラッシュグレネード、硬質ゴム弾射出タイプのハンドガン、ブリー
﹁それならある﹂
?
?
?
?
604
?
?
?
!
2│5
取りあえず無線代わりに携帯電話を常に開き、ラウラは武装するた
めに寮に走っていった。
時間がない可能性が高いので、メイド姿のまま戦ってもらうことに
なったがラウラが乗り気なので何も言うまい。
気に入ったのだろうか、あの服装。
そして、潤は腰にさしてあった剣を、││某有名アクションアドベ
ンチャーに存在する時の神殿の台座に刺し込むように、ウサ耳の中央
に剣を突っ込んだ。
﹁ちっ、手応えがない。 ダミーか﹂
しっかり刺し込んでのこの一言。
頭があったらなんて、今の潤にはあまり関係がない。
それに││この状態で潤を待ち構えていたらどうなるか、そしてそ
﹂
今後に備えてじゅんじゅんと顔合わせにね。 今後、また会うだろう
からね
﹂
コアにしろ第四世代にしろ、これは束さんの
﹁そんなの俺は御免だ。 何でほっといてくれない
﹁何いってるのかな
愛の形なんだよ。 私にとって特別な三人にプラスワンで入れるん
?
605
の結果に起こる事態にどう対策するか、それをしっかり考えていると
思っての一刀でもある。
しかし、どこかでこの光景を見て笑っているのは間違いない。
全神経を索敵のために割いていると、上空から何かが高速に接近し
ているような音を捉えた。
空を見上げると、イラストチックにデフォルメされたニンジン、そ
女郎﹂
言ってみろ糞
やっぱりいっくんと同じ反応してくれるね、じゅ
んな飛行物体が盛大に地面に突き刺さった。
﹂
﹁あっはっはっ
んじゅん
!
﹁でたな諸悪の根源。 何のつもりで俺の前に来た
!
﹁ヒュペリオンで行っている実験が上手くいっているから、ちょっと
!
!?
!
﹂
だから、光栄に思って実験に必要な試練という名の愛を受け入れるべ
きだよ﹂
﹁││いい度胸だ。 その素首跳ね飛ばしてやる
不思議な国のアリスで有名なアリスが着ている服装のようなワン
ピース、そして潤の足元にある耳と同じようなものを装着している。
しかし、そんなファンシーな服装をした女性の口から出た言葉は、
潤にとってこれ以上ないくらい不穏当なものだった。
実験に必要な試練⋮⋮ティアや、リリムに対する想いが、この博士
にとっては実験に使われる物程度でしかないらしい。
博士にとってはその他の中の二人だろうが、潤にとってはその二つ
は、大切なものだった。
距離は二十メートル程度、その距離から潤が剣を出したまま腰を低
﹂
く落とし││まるで二人の間合いが無くなったかのように潤が急接
近した。
こういったのは砂浜でやりたかったよ
まるで地面が縮小したかのような、魔法じみた歩法だった
﹁縮地かな、っと
!
のように早く、時に動きも律動も鼓動も緩急も無く迫っていく。
流派も時代も関係なく潤には使用することが出来る。
今や、完全に死に絶え、口伝されることも無く失った、それも伝説
とされる技術が目の前で開帳されている。
剣の刃が不可視となり、太陽によって反射した刃がまるで月輪の様
で、美しいと束は思った。
しかし、その月輪が鉄で出来た代物を切り落としたのを見て、逃げ
て正解だったとも確信した。
援護する
﹂
﹁刃を潰した鉄の剣で、鉄で斬るなんて非常識だなぁ﹂
﹁潤
束博士の足元に着弾した。
その行動を予測していたのか、博士は軽やかに回避していく。
606
!
落葉、瞬歩、無拍子、時に落ち行く葉のように軽やかに、時に稲妻
﹁その減らず口を塞いでやる﹂
!
!
遠距離からラウラの声が響き、訓練用の爆発しないグレネード弾が
!
潤の歩法も、ラウラの銃撃もなんのその。
メイドと騎士の、ウサ耳博士を追いかけるアトラクションは始まっ
たばかりである。
追いかけっこが始まった時、IS学園の正面ゲート前において、招
待用チケットのチェックを一任されていた布仏虚の耳に、ちょっとし
た騒音が入ってきた。
暫くすれば本音と交代なので、泣き言は言わないが、何かある度に
自分が借り出されるのは嫌になってきた。
このパターンは先ほど一夏の招待用チケットを持って、他校の男子
生徒がやって来たパターンと全く同じである。
とりあえず様子を見ようとして、数瞬息をするのも忘れかけた。
この世ならざる者のような威圧感。
その男は、美しく、気高く、絶対的なものとして映った。
周囲の生徒は何も感じていないのだろうか、と周囲を見渡すも、ど
607
うやら同じく謎の威圧感に飲み込まれて動けないでいるらしい。
﹁申し訳ございません、少々よろしいでしょうか﹂
﹁許す。 述べるがよい﹂
高圧的な言い方も、その人を前にすると嫌ではなくなる。
﹂
まるで天と地、森羅万象、遍く全てに語りかけるような声色に、思
わず身ぶるがした。
﹁誰の招待か、チケットを確認させていただけませんか
しかし、息を付くまもなく別の厄介ごとが起こったようだ。
は、男の後ろ姿が見えなくなった後になった。
チケットを確認しているメンバーが通常通り作業を再開できたの
るかのごとく、自発的に人が裂けていく。
正面ゲートは結構な人に溢れていたが、男の前ではモーゼが海を割
めていった。
男は虚から手渡されたチケットを受け取ると、校舎の中に歩みを進
﹁配当者は⋮⋮あら、小栗くんでしたか﹂
が、栓無きことと思い直したのか虚に招待状を指し出す。
下らない些事のために呼び止められたと言わんばかりの顔をした
?
捕まえてご
校内から、何かを筒から発射したと思わしき音と、聞きなれない女
﹂
性の笑い声、女生徒の黄色い声がそれを彩っている。
﹁なんて逃げ足の速いウサギだ
﹁あの速さで走って、耐狙撃制動が出来るとは﹂
﹁あっはっはっ、本当にここが砂浜だったらいいのに
らん∼、あはははは﹂
﹂
勿論ラウラと潤も後に続く。
﹁芸術は爆発、だ⋮⋮
﹁その通り、爆発だ。 てや∼
﹂
私たちが徹夜で作った爆弾がぁ
!
﹂
﹁ラウラ、煙幕の外で廊下の監視
﹁了解
俺は煙の中に突っ込む
﹂
!
た。
﹁いただきだよ
﹂
煙の中に入った潤は、迷いなく博士の元に急接近、矢のように弾け
人間には得手不得手があることを、よく心得ているのだ。
機するように命じる。
そうとは知らず一瞬たじろぐラウラを見て、脊髄反射で煙の外で待
界における軍人の差であった。
これはサーマルを警戒するかしないかの差であり、異世界とこの世
煙を見て一歩踏み込んだ潤に対して、足を止めたラウラ。
!
ついでとばかりに美術部が用意していた爆弾を適当に投げつける。
た。
は、スカートの中からスモークグレネードを取り出すと床に投げつけ
爆弾解体ゲームをやっていた美術部のクラスに入っていった博士
﹁ああ
﹂
潤の目の先、博士が美術部のクラスに入っていった。
ているかの様にあしらっていく。
少しのステップで潤が迫るが、まるでその剣先が何処を通るか知っ
華麗なステップで彼女は回避する。
ラウラの弾が吸い込まれるように博士の足に迫るが、直前になって
!
!
!
?
急速に動き、博士の言葉を聞く前にバックステップした。
!
608
!
!
額の部分に何かが掠った様な気がし、椅子が落下したことでその予
感が本当だったことを知る。
その次に潤を襲ったのは美術部が精魂込めて作り上げた爆弾、その
塊を切り裂いて前進する。
﹁小賢しい⋮⋮﹂
無理が無く、素人目には舞のようにも見える優美な走り。
金を払ってもいいような古武術固有の歩法で回避していたが、爆弾
は雨のように押し寄せている。
﹁念流││霜柱﹂
それは奇跡を起こせる何かの武術だったか、最早知る者はいない
が、刃は形を示す。
本当ならば拳闘による武術の名だったが、魔力の力と剣を合わせる
事でオリジナル、言うならば小栗流に近い代物となっている。
宙を、まさしく霜柱の如く煌めかせる刃は、潤に迫りくる二十近い
なかった。
障害物レースでこういった場面を想定した櫓が用意されているの
は、割と各国共通の特色なので大丈夫だろうとラウラを呼び寄せる。
煙の中を突っ切ってきたラウラを見た潤は、安心して紐無しのダイ
レクト降下で下の階に行った。
﹂
﹂
勿論ラウラもそれに倣って降りていく。
﹁何、今の
﹁⋮⋮生徒会の余興じゃない
?
?
609
爆弾を一瞬で薙ぎ払った。
﹂
一緒に降
そのまま慣性を利用して、現代医学的にありえない角度で屈み込
み、もう一歩踏み込んだ。
﹂
!
降りたら手伝ってやる﹂
﹁ルームクリア ラウラ、博士が窓越しに下に降りた
﹂
りるぞ
﹁すまない
﹁よし、こっちに来たら俺が先に降りる
!
!
援護してくれ
﹁了解
!
煙がなくなった先では、束博士が窓から下の階に逃げている姿しか
!
!
!
﹁爆弾、真っ二つのもあるんだけど
本当に余興
﹂
?
﹂
﹁ウサ耳女性を追いかけるナイトとメイド⋮⋮やっぱり余興じゃない
?
﹁まあ、煙で少しあれだったけどカッコいい写真が撮れたから私はそ
﹂
れでいいや﹂
﹁撮ったの
まう。
に力を押さえなければ絶対者として周囲の人間を勝手に魅了してし
力者は人類の天敵である、とそこまで恐怖されるものであり、意図的
魂魄の能力者はそのあり方から、出会ったら死を覚悟しろ、その能
エルファウスト王国の国王、彼は魂魄の能力を完全に極めている。
に満足した。
客人は一夏の様子を見て、ようやくお目当ての人間を見つけたこと
そんな中、一切の影響を受けていない男が一人。
﹁いらっしゃいませ﹂
舞ったらいいのか決めあぐねている様子だ。
高貴な人と会う機会の多かったセシリアですら、どのように振る
クラスメイトが身体を硬直させる。
感じ取れる。
金髪、赤眼、まるでどこかの王だと言わんばかりの高貴な雰囲気が
してきた。
ラウラと追いかけっこに興じている頃、一組の教室にとある男が入店
不思議な国のアリスの恰好をした束博士が、騎士の潤と、メイドの
││││
取り残された美術部は、妙な勘違いをしていた。
﹁私も私も﹂
﹁後で一枚頂戴﹂
﹁うん、凄い剣技だったよ﹂
?
この能力に影響が殆どない人間は、同じ魂魄の能力者か、魂レベル
610
?
まで影響力を持つ人間に他ならない。
しかし、彼にとってもっと気がかりだった事の真実を知ったとた
ん、その口がゆがんだ。
﹁成程、世界がずれた要因はこのためか。 はっはっは、存外よい余興
だった﹂
﹁それでは、こちらへどうぞ、ご主人様﹂
何故だか心の奥底から嫌悪するような哄笑で、一夏を凝視してい
る。
前の客から解放された一夏は偶然にも、その男の近くに居たため、
マニュアル通りに接客を開始した。
﹁こんなあばら家で何を飲めというのだ、俗物めが。 ││しかし、潤
の顔を立ててやるのも一興か﹂
どうせ口に合うものは無いと言わんばかりの態度であったが、何を
思ったのか上機嫌に、悠然と微笑した。
﹂
味を持ち、あるべくしてあった。 しかし、この世にはなくてもよい
愚物があふれている。 そして、この学園とやらも、ただただ機能性
だけを追従した結果、
﹃魂﹄が存在しない、あるだけのあばら家としか
映らん。 これでは十全などほど遠い﹂
﹁て、手厳しいことで﹂
611
何時の間にか空いた席に、どかっと腰も下ろしている。
﹁潤の知り合いなんですか
︶ 潤なら今は休憩中で││﹂
に深い意味があるのかもしれない。
IS学園はどうですか
?
﹁許しがたい程醜悪だ、人も建物も。 俺のいた国では民は生きる意
﹁遠路から来たんですよね
﹂
理解できるように言っていない可能性が大いにあるが、思った以上
この男が何を言っているのか理解できない。
意味を﹂
に来たのだ。 父や、母、といった魂の道標もなく、ここに奴が居る
﹁よい、別段会いに来たわけではない。 潤がここにある意味を知り
﹁︵フィンランドの事かな
﹁まあ、な。 遠い国から縁に導かれ﹂
?
?
?
﹁しかし、我が庭でもない俗世の端、俺自ら手を下すこともあるまい﹂
どう聞いても不穏な返ししかしない男は、一夏からカップを受け取
り、喉を潤すまで延々期限の悪いままだった。
アイスハーブティーを何か思慮深く飲む姿に、一夏だけでなく教室
全体が安堵した雰囲気に包まれた。
﹁美味しかったですか﹂
﹁いや、安葉らしい不味さだった﹂
一杯の茶を飲みほした男だったが、しかし嫌悪も露わに顔をゆがめ
る。
﹁しかし、この茶には﹃魂﹄があった。 故に飲むに値する﹂
﹁は、はあ、そうですか﹂
もしも、この時の、この光景を、先ほど一夏に接していた企業の女
性が見たら驚きと共に呆然としただろう。
この男の食事はとにかく金がかかるのだ。
一流ホテルで、一流の素材を用いた最高級品を、一流シェフが手間
暇かけて作った料理を食すのだが、たいてい一口食べただけで捨てて
しまう。
彼に言わせれば、魂の込められていない食事など口にするのもおこ
がましい、らしい。
飲みきる、それはすなわち、それら一流に勝っていると彼に思わせ
たと言う事だ。
精魂込めて、日本から古く伝わる考え方だが、それが本当に出来る
人材は少ない。
ちなみにアイスハーブティーを淹れているのは癒子で、これは彼女
が潤に近しい関係で、長期間一緒に居たため精魂込めるといった行為
をしやすくなっていたのが原因である。
暫く上機嫌と、不機嫌の境でアイスハーブティーを飲んでいた男
は、何かを鋭敏に察知して席を立った。
﹁会計ですか。 潤ならその内帰ってくると思いますけど⋮⋮﹂
﹁よい。 どの様な道を辿ろうとも、今一度見える事に疑いの余地は
ない。 会うべき時に、必ずまた相見える﹂
612
﹁そ、そうですか。 えーと、お値段は⋮⋮﹂
﹁は し た 金 な ぞ 持 っ て い な い。 釣 り は い ら ん か ら 持 っ て い く が い
い﹂
そういって男は、金のインゴットを机の上に乗せた。
表面にかかれているグラム数は三百、時価なので価格は上下する
﹂
が、概ね百万∼百五十万ほどの値打ちがつく。
﹁せ、セシリア⋮⋮
﹂
﹁なんですの
?
かなりふくよかで、柔らかい、ボールみたいな感触。
﹂
お持ち帰り
いっくん見た いっくん見たあ
はろー﹂
それも、執事服。 とっても、とっっっっっても
混乱する一夏をよそに、その女性は入ってくるなり鍵を閉めた。
﹁これはいっくん
﹂
似合ってるね﹂
﹁た、束さん
﹁そうだよ、束さんだよ
﹂
おおおおおおおお
﹁ね、姉さん
﹁おっ
箒ちゃんがメイド服だよ 滅茶苦茶かわいいよ
﹂
そうだよねぇ、いっくんかわいいよねぇ
﹁姉さん、なんで
したいくらい
!
?
嵐がやって来て、何もかも掻き乱して、嵐が調理室に消えていった。
んねー﹂
砂浜で騎士とおまけと追いかけっこしている最中なのだよ。 ごめ
﹁本当ならリボンでくるんでお持ち帰りしたいくらいだんだけど、今
?
? !?
!
!
?
!?
た。
ら出ようとした矢先に急に入ってきた女性とぶつかって押し戻され
今しがた出て行った男を追いかけようとした一夏だったが、教室か
る。
釣りはいらないと渡されたが、これではどうやっても問題が起こ
三百程度では言い表せない重さに手が震える。
﹁││⋮⋮、⋮⋮⋮⋮。 本物ですわね﹂
﹂
﹁これ、本物
?
?
!?
!
613
?
?
一夏は次々変な事が起こって、本当に混乱している。
ここは砂浜じゃないのに、彼の頭の中はこれで精一杯だった。
しかし、更なる嵐が迫ろうとしている。
そう、博士を追いかけている潤とラウラである。
潤、鍵をかけられた、ブリーチする。 ラウラ、ハンドガンをくれ。
発 砲 に は 注 意 す る ん だ。扉 の 向 こ う に 何 が あ る か 判 ら ん ぞ。 分
かった、仕掛けるぞ。
そいじゃ、さ
こんな会話の後、バンッと大きな音がドアから響いて││爆発音と
ともにドアが吹き飛ばされた。
﹁クリア﹂
﹂
間に合わなかったね、じゅんじゅん
﹁ルームクリア。 ラウラ、奥の調理室だ
﹁なはははは
よなら∼﹂
扉を爆破した二人が勢いよく突入してくる。
たが。
た梯子につかまっている。
﹁博士を見失う訳にはいかん
﹁スカートで動きにくいのにこれか
﹂
飛び移れ
﹂
誰が操縦しているのか知らないが、確かに博士は空中に垂れ下がっ
﹁移動用ヘリ
﹂
ただ、代表候補生と、最近潤に鍛えられている一夏は床に伏せてい
然の事態に口ぽかん状態に陥った。
ハンドガンと、グレネードランチャーを向けられた一組総勢は、突
!
!
!
し、何かに抱きかかえられて精神が乱れた。
即座にシュヴァルツェア・レーゲンを起動させようと意識を集中
面持ちで潤を見上げている。
手に持つ梯子の切れ端を手にして、ラウラが信じられないと言った
子がちぎれた。
潤が真ん中付近、ラウラがギリギリ一番下に飛びついて││下の梯
の窓から飛び出す。
文句を言いながらも、梯子に飛びついた潤に続いて、ラウラが教室
!
!
614
!
?
﹁ラウラぁ
﹂
﹂
今度こそ落ちるなよ
﹁何故飛び降りている
﹁戦友は見捨てない
﹂
!
音が響いた。
⋮⋮潤
?
の姿は、影も形も見当たらなかった。
居てもたってもいられず、自らも下に降り立ったラウラだったが潤
﹁潤
﹂
か、重たい何かが地面に落下する音が響くまで、枝をへし折るような
奇しくも木が邪魔で見えにくいが、その木がクッションとなったの
ラウラが何とか外壁につかまり、落ちていった潤の方を見やる。
だけは残される。
例え世界が変わっても、彼らの顔が記憶の中で薄れようとも、記憶
特務部隊の人間は、決して仲間を見捨てたりはしない。
げつけた。
足早に話し終えると、抱きかかえていたラウラを窓がある方向に投
!
!
!
束博士はいつの間にか居なくなっていた。 615
!
2│6
ぼやけた視界に女性の面影。
優しい歌声が耳朶を叩く。
次第にようやく意識が覚醒し、視界がはっきりとする。 ⋮⋮しか
し、身体が動かない。
瞼が鉛のように重かったが、それでもゆっくり開けると薄い小豆色
のような髪の毛、細部は違うがピットのような光景が目に写った。
背中が痛い⋮⋮、少し固めの椅子か何かに寝かされているようだ。
何があったか、ここは何処なのか、何で身体が動かないのか、その
原因を探るべく、ゆっくり記憶をさかのぼっていく。
││確か、ラウラと一緒に博士を追いかけていて⋮⋮、そうだ、ラ
ウラが落ちたから助けるために俺も⋮⋮⋮⋮それから
小豆色をした長髪の女性が、頬をぺちぺちと叩いてくる。
その感覚にようやく意識が覚醒し、寝ているのでなく、横になって
何かの装置に入れられていることに気づいた。
潤の意識がはっきりし始めたことを気づくと、満面の笑みで顔を近
づいてくる。
﹁やあやあ、おはよう、じゅんじゅん。 まったく無茶する人だね。 ﹂
束さんがいなかったら頭からアスファルトの上に落ちて、轢かれたカ
エルみたいになってたよ
分かった。
ラウラと一緒になって追いかけて、ヘリ落ちて、こうなっていると
いう事は捕まったのだろう。
﹁くっ⋮⋮殺せ﹂
﹁う∼ん、相変わらず物騒な常識しか持ってないんだなぁ、君は。 せっかく束さん自ら助けたのに殺すわけ無いじゃん﹂
何をしにIS学園に来たん
身体は、何かの機械に拘束されて動かない。
目の前には得体の知れない博士。
﹁あんたはなんで俺に色々やってくる
?
616
?
その女性が博士のものだと認識した時、全身の力が抜けていくのが
?
だ
﹂
﹁人として正しく感情を表し、素直に喜び、素直に怒り、素直に悲しむ、
君をそんな真っ当な人間にしてあげたい。 君は苦しみや絶望に苛
まれ、ルームメイトの女に助けられながらも期待に応えて、失った強
い心を取り戻してくれた﹂
﹂
﹁あんたのせいでまた道を外しかけたよ。 もうほっといてくれない
か
﹁私のおかげて殺意以外の怒りを持てるようになったじゃない。 君
﹂
にそういった負の感情を効率的に与えられることが出来るのはこの
束さんだけだよ
﹂
?
?
がいいのかどうか、それですら定かでない。
﹂
﹁じゅんじゅん、君は結婚相手に付いて考えたことはあるかな
﹁ふざけているのか
真剣な表情に、質問に対する確かな答えであることを悟る。
しかし、結婚なんて今まで考えたことも無い。
﹂
分かってやることが正しいことなのか、それともわかってやった方
していることは今までに無い事柄だ。
しかし、ここで話してしまってもいいものかどうか、束博士の期待
行している。
博士の考えている、個人的に潤に期待している、ある事は順調に進
核心に触れた潤を、束博士はじっと見つめた。
接触して、何がしたいんだ
﹁違う、違う、そうじゃない。 会話の流れを切るな。 あんたは俺に
無いわけではない。
まったく感謝の意識が生じないといえば嘘になるが、思うところが
あらん限り強引なショック療法だったが、確かに効果覿面だった。
め。
人の感情を取り戻すため、人として外れた道を、正しい道に戻すた
⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ 汚 れ 役 が、自 分 で 汚 れ 仕 事 を し て い る と 主 張 し て ど う す る
?
﹁いやいや、本筋から何も外れていない大切な質問だよ﹂
?
617
?
?
恋した回数が一回、恋人がいたのもほんの僅かな期間だけ。
﹁⋮⋮自分が思う﹃いい奴﹄を好きになればいい。 政略結婚ならば、
好きになれる様にいい所を見つけて好きになればいい。 すまない
が結婚願望なんて持ったことが無い﹂
﹁束さんはね、こう思うんだ。 いっくんやちーちゃんと結婚するな
らともかく、どうでもいい奴らの中から結婚するのなら、相手に完璧
を求めたいって﹂
﹁こんな意味の分からん告白を受けたのは初めてだ、くそったれが﹂
つまり束博士は、潤に対して自分の恋人を重ねていたと、そう言い
たいのだと潤は判断した。
言葉通りだが、これ程意味の分からない告白は始めてである。
俄かに頭が痛くなってき始め、胃がキリキリした頃に、次の博士の
言葉を聞いて思考まで停止してしまった。
﹁それに、子供が出来たなら、真っ当に育ってほしいと思うのが親だと
﹂
いるのか。 どちらかというと前者かな
﹂
?
618
思うんだ。 束さんが言っていいセリフじゃないと思うけどね﹂
子供、チャイルド、最早言葉の意味は分かっても、それがどういっ
た意味で発せられているのか読み取ることが出来ない。
本当に心の底から、自分に子供が出来て、潤が育てているような意
図を持って話しかけているのが分かる。
真剣な、確かな愛情をもって、潤をその場に縫い付けて離さない瞳。
背筋がぞわぞわする。
同じ目にあったら正気で
好奇心、モルモットを見るような、似ているが少し違う。
﹁昔色々あったのは可哀そうだと思うよ
のは
﹁君が作った便利な人格と、情緒教育﹂
﹁俺が誰を相手に情緒教育するってんだ。 一夏か
﹂
﹁俺も正気でいられなかったんだがな⋮⋮。 あと、それとこれって
ど、それとこれとは別だと思うんだ﹂
居られる自信は無いって、束さんもそのくらいの感性はある。 け
?
﹁気付いていないのか、気付いているけど気付いていないふりをして
?
?
束博士は肝心なところを喋る気は無いらしい。
不思議な感傷につかってしまい返事を詰まらせてしまった。
﹂
それでも何とか博士と問答に興じるために口を開く。
﹁⋮⋮あなたは俺に何を期待しているんだ
﹁ISの進化、その鍵﹂
﹂
頭がどうにかなってしまいそうだった。
﹁進化の鍵
﹁ひゅ、ヒュペリオン
﹂
ぐんぐん迫ってきている。
第四アリーナ、フィールドではなく、更衣室か何かの施設の屋根が
だから。
測、なにせIS学園の第四アリーナ上空に生身で放り出されていたの
どうやら束博士はヘリで空中ラボか何かにいたのではないかと推
たが、その数秒で事態も急降下した。
落下している││それに気付いたのは、ほんの数秒たってからだっ
視界が急激に開けた。
その言葉を聞いたとき、急に下に引っ張られるような感じがして、
たとき、次の言葉を忘れないで。 ﹃ISに心を重ねて﹄、いいね﹂
﹁最後に一言だけ。 ISを使っている最中、どうしようも無くなっ
用ならば、次会う時は多少歓迎してやるよ﹂
﹁そうかい、そいつは朗報だ。 もし、その進化とやらが俺にとって有
いよ﹂
いてくれと言われたけど、たぶん進化が明確に分かるまで会う事は無
進化の鍵としての役割を果たして最初の扉を解き放った。 ほっと
ものを、この目で見たい。 じゅんじゅんは試練に打ち勝ち、正しく
的には考えられない変化が起こった。 私はその進化の果てにある
つが合わさった結果、現在ヒュペリオンに用いられているコアに科学
は操縦者に合わせて無制限に自己発達可能な機能がある。 その二
﹁君は魂魄の能力によってISを使えるようになった。 そしてIS
?
でいった。
ぎりぎりになってISを起動させるが、勿論機体は屋根に突っ込ん
!
619
?
姿勢制御スラスターをマニュアルで起動させて地面に対して垂直
どうやって入ってきたの
﹂
になるように戻し、両足のスラスターでブレーキをかける。
天井を突き破って床に着地。
﹁⋮⋮ちくしょう、痛かったぞ﹂
﹂
﹁おぐりん
﹁ど、どっからやってきたの
何が起こったのか正確に教えてくれ﹂
?
うな光景が広がっている。
﹁おぐりん、上から落ちてきたんだよね
﹁そうだが﹂
﹂
鈴と一夏が戦っている最中に、無人機が乱入したときを思い出すよ
明かり、ほとんどがロックされている扉。
遠くで鳴り響く緊急時のアナウンス、非常用電灯以外消灯している
る。
ナギと癒子が落ち着くまで待つ間、周囲から情報を集めようとす
ただ事ではない。
は、恐怖と、怯え。
部屋の反対側には誰も寄り付いてなく、震える彼女らの主な感情
まった表情をして部屋の片方で震えている。
更衣室内部には結構な数の生徒居たが、皆一様に顔色が悪く、固
﹁待て、落ち着け、いいな
?
癒子とナギも一緒みたいだが﹂
﹁⋮⋮本音
?
に参加し一緒に戦闘中。
﹂
ドレスを着たかっただけのラウラも、シャルロットに協力するため
達を率いて交戦中とのこと。
会長は第四アリーナで、シンデレラに協力出演していた専用機持ち
乱入。
生徒会の出し物、
﹃シンデレラ﹄を開催中に、敵性IS四機でもって
しく今までの経緯を話し出した。
周囲の確認をしている間に、本音が落ち着きを取り戻し、たどたど
﹁何時崩れるか分からないから止めた方がいいと思う﹂
﹁上の穴から、人が出入り可能だと思う
?
?
620
?
?
簪はシンデレラ開催中、照明などの担当を担っていたため、第四ア
リーナの司令室の様な場所にいたため巻き込まれていないらしい。
そして用意周到なことに学園祭に工作員が潜入していたのか、隔離
障壁やドアにハッキング攻勢を仕掛けており、避難できない状況が完
成されていたようだ。
思いのほか亡国機業は動員人員、能力、戦力ともに充実した組織ら
しい。
そして、完成された密室から脱出しようとしていたメンバーが部屋
﹂
をくまなく捜索していると、爆弾らしきものが仕掛けてあるのを見つ
けたらしい。
﹁爆弾か⋮⋮。 解体は当然試したんだよな
﹁それが、今まで見たことないタイプで⋮⋮。 そもそも、爆弾っぽ
いってだけで、それが爆弾かどうかも⋮⋮⋮⋮﹂
誰も寄り付かない部屋の反対側に足を運ぶ。
爆弾は人間の頭部ほどの大きさで、内部は魔法的に意味のある配置
にされており、要所、要所に、これまた魔法的に意味のある液体が筒
状のカプセルに入っている。
はたしてそこにあったのは、かつて潤が居た世界でありふれてい
た、設置型時限式攻撃のための魔道具の一種だった。
何故これが此処にあるのか知らないが、これなら本音やその他の生
徒たちが理解できなくてもしょうがない。
﹂
下手に中身を弄れば、その場で炎と金属片が周囲の人間を襲うだろ
う。
﹁小栗くん、分かるの
解析する限り、潤のレベルではどうしようもない。
こういったトラップの解析には一家言ある潤だが、その知識の限界
を大幅に上回る物が目の前にある。
爆弾らしき物体を丹念に調べる潤に、少し期待した声を投げかけた
二年生は、その返答を聞いて露骨に肩を落とした。
落胆する生徒を目にしつつ、潤は高速で思考を巡らせていく。
621
?
﹁すみませんが、俺ではどうしようもない事だけしか⋮⋮﹂
?
この際、これを誰が作ったのか、亡国企業が保有するコア数はいっ
﹂
たい何なのかはどうだっていい、⋮⋮今はここにいる十人以上の生徒
﹂
の身の安全を確保しなければ。
﹁ナギ、脱出経路は
﹁何処も開いてない。 ヒュペリオンで道を作れない
﹂
﹁いや、無闇に壁を攻撃して、向こう側に設置されていた爆弾がドカ
ンっといったら目も当てられない﹂
﹁小栗くんが一人ずつ上に運ぶのは
問題は瞬間的な火力と、⋮⋮⋮⋮いや、火力だけか
﹂
﹁⋮⋮これならやりようがあるか﹂
﹁何か手があるの
?
ら供給されるし、熱された空気やガス、煙もソコから排出される。
酸素は、複雑な心境だが博士が潤を突き落として出来た巨大な穴か
しかし、狭い室内では、その威嚇目的でも充分威力を発揮する。
はなく、見せしめや、派手さを追求した威嚇目的のものだ。
あの爆弾は相手に威嚇する程度の代物で、威力も熱量もそこまでで
潤は考える。
が場に残った。
次第に出てくる意見は無くなり、最初の悲壮感あふれる雰囲気だけ
しかし、出てくる意見は全て別の誰かに否定される。
に加わる。
ナギや癒子、本音とともに対策を話し出し、周囲の生徒も話し合い
﹁時間切れが先だな。 十人ほど犠牲になる﹂
?
│ファンネル﹂
ファンネルを十個切り離し、残りの二つは量子格納してしまう。
﹂
その間に本音が抱きついてきたが、結果としてみんな集まってきて
くれた。
﹁密着って⋮⋮、それでどうするの
んだ。 その名も﹃アルミューレ・リュミエール﹄。 熱流も、ガスも、
﹁ヒュペリオンのフィン・ファンネルには面白い技術が備わっている
?
622
?
?
﹁みんな、俺を中心にして部屋の中央に集まって密着してくれ。 │
!?
設定しだいでなんでも遮断する鉄壁の防御だ。 二重起動なんてし
たことが無いから、安定させるために俺も中央に入らなければならな
いが﹂
エネルギーの関係で、五分間の展開が限度であり、充電の為にファ
ンネルラックに戻せばエネルギーを八割食うという燃費の悪さで、試
合中は一度しか使えない。
爆発の際に生じる熱を遮断するために、二重に張り巡らせて中の人
間を保護する。
そのため内側の三角錐は大分小さくなるので密着する必要があり、
広くしすぎれば第二波が来た際にもう一度展開させるエネルギーが
無くなる。
それにアルミューレ・リュミエールは本来面展開する事を前提に考
案されており、三角錐状に展開するのは潤の能力によるものだ。
二重起動するには本来の機能、自機を中心にした観測機能を有効に
と考えもしたが、今はそれど
いんだが、誰か読み上げてきてくれないか
﹁分かった、私が行って││
﹁││残り三百三十四秒だぞ、潤││﹂
﹂
久しく聞いたことの無かった、懐かしい声色が潤の耳朶をたたい
?
623
しなければ。
﹂
全 員 が ヒ ュ ペ リ オ ン 付 近 に 集 ま っ た の を 確 認 し、一 度 だ け ア ル
ミューレ・リュミエールを起動させる。
﹁⋮⋮ギリギリだね﹂
﹁潤、右側の子が危ないからもう少しだけ広げられない
束博士、まさかこれを知っていて
しかし、これで助かることを知った周囲は安堵した。
る。
安全圏ぴったりにするかの如く、三角錐いっぱいに生徒が入りき
もう一人いたら拙かった﹂
﹁分かった。 微調整する。 ⋮⋮しかし、本当にギリギリだな。 ?
﹁爆発十秒前までエネルギーを節約するから爆弾のタイマーを知りた
ころでないとかぶりを振って振り払う。
?
た。
思わず声の元に目を向ける。
今まで何処にいたのか定かでないその男は、堂々たる長身、放つ輝
きは太陽よりも眩しい金髪。
血よりも鮮やかで、それでいて禍々しい双眸は明らかに人知を超越
した代物で、見つめられた人全てを捉えて放さない魔性のカリスマを
備えている。
文字通り神の化身。
完璧な造詣。
世界が愛した究極の芸術。 かつて、潤が王と呼んだ男がそこにいた。 624
2│7
何時だったのか、どれ程前だったのか正確に思い出せない。
最後にあの人に会ったのが何時だろうか。
少しずつ記憶を遡ってみたものの、しっかり記憶に残っていて、か
つ面と向かって話をしたのはティアが死んだ後だろうか。
もしくはもっと前だろうか。
最後の最後に思い知った、潤を苦しめたあらゆる苦難を意図的に作
﹂
り上げた全ての元凶、エルファウスト王国の国王の姿だった。
﹁な、なぜ、貴方がここに
我が前に立ち、この面貌を仰ぎ見て、まさか最初に漏らす言
﹁えっと、潤の知り合い
﹂
出すように出た質問、それが目の前の王に一蹴される。
僅か数回のタイピングを何度も失敗し、どうにか開いた口から搾り
時間をセットする指もどこか覚束ない。
きり分かる困惑、そんな生暖かい瞳で王を見ていた。
警戒と戸惑い、明らかな敵意と、それら全てを混ぜ合わせてもはっ
考えている間、傍から見た潤はどんな表情をしていただろうか。
葉がそれか。 そら、三百十五にセットしろ﹂
﹁何故
?
能力者にとっての父である。
り、潤の身の回りで起こった悲劇の裏に居た人物、主であり、魂魄の
しかし、異世界の王であり、潤をこの世界に送り込んだ張本人であ
は、ある種のステータスと考えて話したくなる人が多いだろう。
何もしがらみが無いというならば、有名人と知り合いであること
い。
しかし、見た瞬間に分かる、その高貴な人との関係は簡単に話せな
うな﹃高貴なもの﹄の雰囲気は記憶から払拭されるものではない。
たった一度であろうとも、彼の姿を見れば、あの遥か高みに居るよ
一組の面々はこの男を知っている。
ナギに尋ねられて何とかボーっとした意識が回復した。
﹁確かにこの方とは面識があるが⋮⋮﹂
?
625
?
そんな説明が出来るのは千冬か、あるいは本音ぐらいしか居ない。
﹁敬語を用いるな。 ここは我が地でない﹂
一夏に言ったように、この傲岸不遜の王にとってこの世界は醜悪に
過ぎる。
せっかく他の世界に来たのだから無聊慰めるために足を伸ばした
が、その第一印象が覆ることは無かった。
彼が寵愛するのは彼が築いた彼の国のみ。
しかし、物珍しさのみで寵愛には値しない地ではあるが、郷に入っ
ては郷に従う、その程度は考えてやって良い。
周囲全ての無礼に手を下すのは、考えたくないほど煩瑣な手間であ
る。
あなたが、あの日││﹂
相変わらず混乱している潤にはそんな言葉も出
﹁⋮⋮何を、しに来たんです
来たんですか
の技術者に喧嘩を売っているような光景が目の前に広がっている。
外部からISのシステムをハッキングするといった、この世界全て
ばしていった。
ロールシステムをハッキングし、ISの内部、コアにまでその手を伸
男はヒュペリオンに触れると、潤が反応できない速度で脳波コント
少しだけ頷く。
潤もどうしていいのかわからず、取りあえず了承の意を表すために
道を空けた。
彼の目の前に立っていた生徒は、何かの手によって導かれるように
その男が女生徒を掻き分け、潤の方に歩み寄る。
やく目の前の男が記憶の中の王と一致した。
自己満足と欲を満たしたいからここに来た、その不遜な答えによう
が手ずから見てやる﹂
のなしたい事をなすがためにここに居る。 そら、ISを見せろ、俺
ち、その志を貫くため弱者を踏みにじる醜い種族だ。 俺もまた、俺
﹁相 変 わ ら ず さ も し い 頭 だ。 人 と は 何 か を な そ う と す る 意 思 を 持
てこない。
?
雰囲気に飲まれている││むしろ、UTモードが出す恐怖と同種の
626
?
精神支配に侵されている彼女たちは黙ってみていることしか出来な
い。
そのまま数秒でヒュペリオンの開発ツールを多数展開して、手を広
げていった男は、あるところで露骨に顔をゆがめた。
﹁⋮⋮ふん、あの女め。 進化とは定められた道の上を行くものでは
ない。 定められた進化など、改造と同義であるというのが分からん
のか﹂
それに俺が関係している理由は
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮進化。 博士もそう言っていましたが、何が、どう、進化す
るんです
?
﹂
そのうえ、こんなのと
そんなあんたの戯れのせいで俺の友はみんな死
﹂
それが必要だったのは知っている
こまでやって来て、迷惑なんだよ
んだ
じ曲げ利用する
﹁何時も意味ありげな事を言って人を惑わせて、自分に良いように捻
を続けた。
そんな潤を、男は少しだけ嬉しく思ったが、無表情で糊塗して作業
を振るわせる。
かつて吐き出しきれなかった感情が身体全体からあふれ出し、身体
でこんな怒気が迸っているのか分からない。
ようやくまともな声量で出た声は、思いのほか大きく、自分でも何
﹁いったいなんなんだよ、あんたは
れていた、やり場の無い怒りが沸々と表に出てきた。
実にこの男らしいが、ここ数ヶ月の間色々起こりすぎたせいで生ま
自分から擦り寄って来たくせに、あっさり突き放す。
﹁じきに分かる﹂
?
そして、潤の過去を知っているような事も言っている。
から上下関係があることが分かる。
潤は敬語で話しをし、男はその敬語を使わなくて良いと言ったこと
この二人の関係がいまいち理解できない。
然としだした。
戯れのせいで友がみんな死んだ、その言葉を聞いて俄かに周囲が騒
﹁││俺は俺のしたい事をする、それは変わらん﹂
!
!
627
!?
!
!
﹁⋮⋮貴様は何を望む
﹂
││俺は、平和な今が続けば、それでいいと⋮⋮﹂
﹂
?
﹁それは⋮⋮
﹂
選べるようになった﹂
﹁よし、これでこのISは、あの女の手から離れ、定められた道以外も
﹁だから⋮⋮、なんだというんです
心身を鍛えなければ、その平穏は砂上の楼閣にすぎん﹂
﹁平穏を守るため、作るためには強い力がいる。 貪欲に知識を得て、
あまりにもあっさり切り捨てられ怒りを通り越して鼻白む。
潤の怒気に対し、眉ひとつ動かさず、平然と応じた。
﹁俺は⋮⋮
?
﹂
し、次第に周囲の生徒まで賛同し始めた。
少しの静寂の後、誰かが入ってきた男が出て行けばいいと言い出
つまり、一人増えたら、一人出なければならない。
錐いっぱいに生徒が入りきっていた。
アルミューレ・リュミエールの防御範囲は安全圏ぴったりで、三角
のを皆忘れていた。
男が来たことですっかり忘れていたが、男が来ことで問題が増えた
ことで精神汚染を跳ね除けた。
魂魄の能力者と普段から接していた癒子が、命の危険が差し迫った
﹁あの、小栗くん。 そろそろ爆発の時間が││﹂
を整えていた機体が本当の意味でバランスが取れていた。
ものの四分で、制御モジュールだけを当てはめて、何とかバランス
アンバランスだったヒュペリオンが完成されている。
そのデータを見てあらゆる全てが喉に詰まった。
る。
計器モニターが開き、ヒュペリオンのスペックや状態が表示され
そう言って男はヒュペリオンの主導権を潤に返した。
いを叶える力を与えるだろう﹂
魂を重ねろ。 ISとお前の望みが重なった時、このISはお前に願
﹁どうやっても事態が改善できない場面に巡り合ったときは、ISに
?
﹁なんだ、それ
?
628
!
あんたらは何を言って
﹁⋮⋮生徒でもないし、それに、その、男の人だし⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
﹁女尊男卑は命に貴賎を作るほど酷いのか
いるのか分かってるのか
また会おう﹂
﹁小栗くん、時間が
﹂
﹁さらばだ、潤。 南には爆弾は無いので壁を壊せば避難できる。 に入ってきた通路へ足を向ける。
轟音が響いた方を眺めながら、男はゆったりとした動作でこの部屋
崩れたのだろう。
別の部屋で似たような爆弾が爆発し、施設を揺らし、一部の天井が
いく男に声をかけようとした直後、今までにない衝撃が走る。
何を言っているんだこの王様は、そう思って女生徒の輪から離れて
﹁かまわん、俺が外に出る﹂
だからいって││。
そして、この世界は女尊男卑が浸透している。
新たに現れた男は、当然だが男で、IS学園の生徒ではない。
IS学園に入ることの出来る生徒は本当のエリートだ。
感情さえ読み取れる。
同じ男だからといって何をむきになっているのか、表情にはそんな
が、結構な数の表情は変わらない。
憚ることなく声を荒げる潤に、何人かははっとした表情を見せる
!?
の潤を癒子が嗜める。
手を伸ばそうとした矢先、爆発五秒前に発動セットしたファンネル
が、オートでアルミューレ・リュミエールを起動させた。
﹂
光り輝く膜が全ての生徒を包み、その姿まで霞んで見えなくなって
しまう。
﹁父さんっ
の中へ消えていった。 光の防御膜に包まれている生徒は、こめかみを抑えて苦しみに耐え
629
!?
密着している周囲の輪を崩し、そのまま彼を追いかけかねない勢い
!?
その言葉に見送られ、男は部屋全てを包み込む業火に見舞われ、炎
!
る潤を唖然として見ている。
ヒュペリオンのスキンバリア越しに見るこの男子は、今いったい何
と言って金髪の男を呼び止めたか。
﹂
あの
そして、その父に向けて集団で、
﹃代わりに死んで﹄と頼んでしまっ
た自分たちに、思わず立ちすくんでしまう。
﹂
へ銃口を向ける。
ビームライフルを量子展開させると、男の言葉を信じて南口の方向
﹁アリーナ中央にいって、この騒動を起こした連中を懲らしめる﹂
﹁おぐりんは
としての仕事だ﹂
﹁⋮⋮本音、南の壁を空ける。 避難を主導してくれ、生徒会メンバー
る。
高次元な爆弾も、彼が仕掛けたものならば手も足も出ないのも頷け
る。
誰も怪しんでいない││、まず間違いなく、魂魄の能力で洗脳してい
最初に密室化されたこの部屋にふらっと現れ、その不自然な有様を
がある。
それに、混乱していて気が回らなかったが、今の状況は異様にも程
あの男がこの程度で死ぬわけが無い。
それもそのはず。
折れた。
それでも、意思を曲げずに否定の言葉を重ねると、案外簡単に潤は
惑を押しかぶせてくる。
本音が何とか落ち着かせようと声をかけるが、畳み掛けるように困
!?
﹁おぐりん、今、お父さんって⋮⋮﹂
俺の││
﹂
﹁今、俺は父さんと言ったのか 父さん⋮⋮父さんだって
男が
﹁おぐりん、落ち着いて
﹂
﹁落ち着いているさ
!?
こみあげてくる感情を制御するすべを知らない。
﹂
﹁落ち着いてないよ
!
?
630
!?
!
!
!?
迸るビーム光が壁の一部をグズグズに溶かし、自重に耐え切れなく
なった壁はあっさり大穴を明けた。
﹁本音、行ってくる﹂
﹁うん、気をつけてね﹂
なおも心配そうな本音は、潤を気にしながらも開いた穴から、周囲
の生徒と一緒になって逃げ出した。
ここからアリーナに出るまでに、敵性のISが一機いる。
道理もなにも無い、これはただの八つ当たりだ。
爆弾を仕掛けたのは誰
こんな状況を作り出したのは誰
王
それとも全員
自分が怒っているのか誰に対して
リリム
そこでLの提案で、IS学園を強襲する事となった。
いた。
も順次開発が完了、後は実戦データを取得するのを待つだけとなって
それら全てがテストにおいて良好な結果を収めており、機体も武装
一人、そしてそのパイロット専用機も提供している。
それに、素性こそ隠しているものの腕だけは信用できるパイロット
こそ気になるものの、コア五つの価値はその不審を覆して余りある。
自分の成したい事を成すため組織を利用させろ、といった妙な動機
いる。
一人となり、メンバーからは﹃L︵エル︶﹄と呼ばれ影響力を保持して
五つのコアを手見上げに持ってきた男は、今では亡国機業の幹部の
何せ正面戦力に用いることの出来るISコアが八個もあるのだ。
現在亡国機業は明らかな戦力過多である。
││││
唯一ついえるのは、これは自分のための戦いだというだけだ。
?
?
?
?
あるいは全部かも知れない。
?
﹁それにしても、織斑一夏とまったく会うことの無い場所を襲撃させ
631
?
られるとはな⋮⋮﹂
彼女の専用機、サイレント・ゼフィルスを操りながら愚痴をこぼす。
組織に対し従順ではないため、命令違反を起こさないよう体内に監
視用ナノマシンが注入されているので命令以外の事をするわけには
いかない。
自分はまだ死ぬわけにはいかな││﹃本音、行ってくる﹄││突如
声でなく、しかし声としか思えないものが脳に響き、全身を包み込む
﹂
﹂
ような悪寒に見舞われて、咄嗟に機体を後ろに動かした。
﹁エルなのか
﹁まさかホントにエルまで来てんのか
通信越しに聞こえてくる声を聞くに、他の四機のISを用いている
メンバーも気づいたらしい。
まるであの男に睨まれた時の様な、言い表すなら魂を鷲づかみにさ
れたかのような純然たる恐怖。
予感は正しかった。
壁越しにISがフルフェイス越しに頭部をつかんでくる。
白と黒、特徴的な赤色のナノマシンから、エルとその男が連れてき
﹂
たパイロットが標的としているヒュペリオンだと分かった。
﹁くっ、小栗、潤か
失せろ、この糞野郎ぉ
﹂
ビットで叩き落してやろうとも思ったが、更に推力が増し、耐える
負荷を表す警告が表示されていた。
スラスター出力は悲鳴を上げるほどの最大出力で、モニターには高
いや、しかし、この力は以前のデータと明らかに違う。
る。
上回っているのか、アリーナ中央に向かって強引に押し込まれてい
サイレント・ゼフィルスは優秀な機体だが、ヒュペリオンはそれを
突如もの凄い圧力のせいでブラックアウトしそうになった。
しまう。
手負いの獣でもここまで獰猛ではない、そんな目を至近距離で見て
!?
!
632
!?
?
ので精一杯となる。
﹁失せろぉ
!
潤の声を最後に、視界が一気に開けた。
どうやらアリーナに出たらしい。
しかし、外に出たのは良い判断だとは思えない。
お互いビット兵器を用いるが、潤のビット適正は良くてB程度。
数こそヒュペリオンの半分程度しか積んでないサイレント・ゼフィ
ルスだが、ビットの扱いなら勝っている。
マドカ、仲間内からそう呼ばれている少女││まるで千冬の生き写
しのような少女は、極上の獲物を見つけて微笑んだ。 633
2│8
空中に浮遊する移動研究施設・ふゆーん、別名﹁吾輩は猫である2・
名前はまだ無い﹂。
気の抜ける名前ではあるが、この施設に使われている技術に想像が
つく科学者に見せれば、腰を抜かせるのは間違いない。
その浮遊型移動研究所で、モニターに映る子供達と、自分の干渉を
一切受け付けない異物を交互に見ている束博士がいた。
ケーブル類が、まるでジャングルに生息する蔦のような場所で何と
か座る場所を確保し、幾つものディスプレイを見比べている。
潤をIS用のカタパルトから射出するのを前後して、偶発的にIS
学園に侵攻した組織があるらしい。
紅椿を更なる高みに導くのに役立つかとデータ取りに精を出して
⋮⋮はて、コ
いたら、敵組織のISの内四つがこちら側の干渉を完全に拒絶してい
おおぉ
これは、ついに始まったのかな
﹂
!?
いた博士が目を輝かせる。
自分が作ったコア全てが彼女にとって愛すべき子供だが、ヒュペリ
オンのコアは別格だ。
最初はただの数ある中で普通のコアだったが、潤が始めて使ったそ
のとき、オンリーワンとなった。
本当だったらこういうコアこそ妹の箒か、あるいは一夏に使って欲
しいのだが、潤が使い続けない限り状況が悪化する可能性大と見てい
634
るのに気づいた。
﹁製作者の束さんをはじくなんて、行儀の悪い子だね
細情報が写っている。
彼女が見つめる画面には、誰一人知りようも無いはずの、コアの詳
るのやら﹂
アネットワークに干渉できるのは私だけだし、いったいどうなってい
!
紅椿の稼働率はいまだに思わしくないが、急ぎの案件でもないので
おー
!?
経験がつめればそれでいい。
﹁おっ
?
ここ最近表示されっぱなしのヒュペリオンの情報画面、それを見て
?
る。
それゆえ博士にとっての潤とは、千冬と同じくらい特別なオンリー
ワンである。
正直大事な人でもないので、死んだら死んだで別によかったが、こ
ちらの仕掛けた試験を乗り越えた以上は、末永く付き合ってやる事を
前提にした付き合い方にしてやってもいいと改めた。
そのコアが、今ありえないデータを博士に指し示している。
﹁最初は﹃怒り﹄か∼。 じゅんじゅんの性格を考えれば順当かな
押し出していた。
博士の画面に映っている潤は、敵性固体のISを全力でアリーナに
ただ、このシンクロ率は⋮⋮、││くるかな、セカンド・シフト﹂
?
﹂
頭が何時に無くクリアになっていき、信じられないくらいの怒気が
﹂
俺たちの学園から消えて無くなれ
機体を染め上げるように迸って止まらない。
失せろ
こいつは
!
ラウラ戦と同じく魂魄の能力の出し惜しみはせず、殆どの力を相手
の思考解析に割り当てて先読みに徹する。
左腕で相手のマニピュレーターを掴み取り、右手で好きなだけ殴り
つけ、殴った腕の肘でもって相手の手首をはじいて防御に使う。
しかし、最初に悲鳴をあげたのはマドカでも潤でもなく、ヒュペリ
オンだった。
ヒュペリオンは超高速移動で発生する負荷を軽減させるため、装甲
そのものに特殊な機構を採用している。
内部装甲可変動フレキシブル機構は、起動面に関しては業界に一石
を投じる程の最新技術だが、同時に装甲の間に無防備な隙間を生んで
しまう。
それが災いして、攻め込んでいる側のヒュペリオンが真っ先に悲鳴
を上げる結果となってしまった。
右腕から発せられる実体ダメージのアラームを聞き、冷や水をぶっ
635
﹁どけ
﹁くっ⋮⋮この
!?
!
アリーナに出た直後、ゼロ距離で二機のISが殴り合いを始めた。
!
!
応答して
﹂
よそ見しないで
﹂
私と兄妹タッグだ、行くぞ
﹁どうしたのセシリア
﹁よし、潤
﹁ラウラ、隊列を乱さないでよ
﹁ざまぁないな、マドカ﹂
﹁情報以上の手ごわさだ。 油断するな﹂
﹂
﹂
﹂
﹂
Fanatic Forceは戦場の流れ
戦線を切り開け
!
﹁よし、小栗が来たか
を変える部隊だったはずだ
!
!
!
そして知る。
が存在しない箇所から次々ビームが飛来してくる。
しかし、それを意識する暇もなく、別々の場所、しかもビット兵器
いく。
一瞬前までヒュペリオンの居た箇所に一条のビームが過ぎ去って
み込む冷たい感触に包まれて、感覚どおりに機体を動かした。
全方位から冷たい眼差しで睨みつけられているような息苦しさ、包
頭を電流となって貫く。
円⋮⋮むしろ球形に近い状態で飛来するビットから殺気が放たれ、
のビットを空中に分散させて展開、円の中心に向けて一斉放射した。
そんな潤を見据えるマドカは、ビットに意識を集中させると、六機
められようか。
出た瞬間、あまりの喧しさに思わず怒鳴りそうになった潤を誰が責
能力で拾ってしまう。
本来ならば聞こえないはずの通信まで脳波コントロールと魂魄の
ええいっ、鬱陶しい
﹂
簪ちゃんが心配してるわよ﹂
かけられた潤が、自ら正体不明の機体から距離をとった。
無事だったの
﹂
連携してさっさと追い返すぞ
!?
﹁あら、潤くん何処いってたの
﹁潤、潤
﹁一夏よそ見するな
﹁⋮⋮見つけた、見つけた、見つけた﹂
﹁今度は潤と、⋮⋮蝶型ISか
?
﹁││そんな、まさか、BT二号機、サイレント・ゼフィルス
!
ビームが変幻自在に弧を描いて曲がり、銃口とまったく関係ない場
636
!
!
!?
?
!
!?
?
!?
!
!
そんなこと⋮⋮。 現在の操
所から好きなだけ攻撃を加えてくることを
﹁これは、BT兵器のフレキシブル
﹂
腰から脚にかけて展開されたアンロック・ユニットに呼応するよう
を補佐するアンロック・ユニットが量子展開。
脚部から始まり、腰、肩と腋の装甲が開き、脚部付近から姿勢制御
間という隙間から噴出していく。
頭部収容直後、高い金属音が全身から響き、ナノマシンが全身の隙
に編み出したものかもしれない。
いた潤の癖をコアが読み取り、より効率的にシステムを運用するため
常々パワードスーツでの戦闘経験をISにフィードバックさせて
ヒュペリオンと同じである。
この挙動はラウラ戦でも見られた、旧科学時代の産物、である旧
前側の首を固定した装置は顎から顔全体を覆いだす。
脳波を正確に読み込むための装置が後ろ側の首を固定し後頭部へ、
その言葉は最後まで大気を震わせることは無かった。
﹁これは⋮⋮セカンド・シフ││﹂
様に消えていった。
停止させられた銃弾のようになって、その前進を止められ次々と靄の
ビームの光がヒュペリオンの全体を包み、ラウラお得意のAICに
簪の絶叫を聞いた瞬間、頭の中で光が弾ける様な光景を見た。
﹁潤
上下左右、前後にわたって完璧に殺気の針が潤の全身を包み込む。
が出来るとは。
るらしいとセシリアから聞いていたが、まさかこんな場所で見ること
ビット適正は稼働率が最大まで上がるとビーム自体も自在に操れ
な数値を残しているが、こんな芸当は出来ない。
潤のビット適正はBランク、稼働率こそ安定して八割以上と驚異的
耳の片隅からセシリアの呆然とした声が入ってくる。
⋮⋮﹂
縦者では、わたくしがBT適正の最高値のはず。 それが、どうして
!?
に、肩部アンロック・ユニットも装甲を開く。
637
!
しかし、潤にとって見慣れたヒュペリオンの可変装甲と、今のヒュ
ペリオンは違う。
今までは機械的な設計に基づいて開いていた、そんな状態だったの
が、もっとダイナミックに、
﹃開く﹄より﹃変形﹄といった言葉が相応
しいぐらい装甲が変わっていく。
顔を覆っていた装甲が元に戻った時には、装甲の変形は終了してい
た。
﹂
その様変わりの仕方はまるで⋮⋮。
﹁紅椿の展開装甲に似ている
箒の唖然とした言葉、二度にわたる謎の爆発音、この二つがほぼ同
時に鳴り響いた。
爆発は潤を狙っていたビットが破壊された音、それをマドカが知っ
たのはヒュペリオンをロストした後だった。
潤の頭にセカンド・シフトしたヒュペリオンの、膨大なデータが流
れ込んでいる。
可変装甲展開前の機体はそこまで変わっていない。
より洗礼されて、より機能的に、よりスマートな機体になったが、注
目すべきは可変装甲展開後の変化だ。
原型など留めておらず、最早別種の機体といっても信じられる。
ワンオフ・アビリティーは発現しなかった様だが、機動力の最大速
度は同じくセカンド・シフトした白式の四倍も出せる。
通常機体からすれば六倍だ。
そのくせ、ファースト・シフトで感じていた、機体が殺しきれてい
ない負荷と痛みがまったく感じられない。
瞬時加速してビットを一機破壊、鋭角に曲がって即座に最大まで速
度を上げてもう一機破壊した。
﹁くっ、セカンド・シフト⋮⋮、可変装甲が、ここまで││﹂
瞬間移動した、そんな笑い話のような幻想ではない。
人間の反射神経を大幅に上回る速度の初速でもって、制動距離ゼロ
で勢いを完全に殺し、再び最大速度の初速を出す。
その動きは消えたとした表現できないものだった。
638
?
﹁おかしいわね⋮⋮、あんな加速性能、普通なら⋮⋮﹂
耐え切れるはずがない。 そう考える楯無は、整った眉を歪めて潤
と、新しい所属不明機を見て考える。
潤は自分の優勢を確信して更に畳み掛けようとしたのか、ビーム・
サーベルで相手のアンロック・ユニットを切り裂き優位性を確たるも
のにしていた。
あれだけの速度で押し込んでくる潤を相手に、よくもまああそこま
で戦えるものだと相手に感心するが、潤の身体の方が心の大部分を占
めていた。
潤が心配だが、今は目の前の蜘蛛型ISを一夏と一緒に抑えなけれ
ばならない。
近くでは一年の代表候補生たち五人が、それぞれラファール・リ
ヴァイヴを用いている所属不明機の四人組を抑えている。
蜘蛛型と、新型。この二人と比べれば幾分力量は落ちるが、それで
も手強い相手の範囲から落ちていない。
IS学園の生徒会長は最強であれ、会長である楯無は、会長に相応
しい働きをせねばならない。
早く片付けて、ほかの誰かの手助けをしなければ、そう考え目の前
の蜘蛛型ISに目を向けた。
痛まない、苦しくない、身体が思ったとおり、いや、それ以上に動
く。
これは、絶世期の自分が、パワードスーツを着ていた時と同じくら
いの感覚だ。
ビットの操作に集中する暇を与えることもなく、あらゆる束縛から
解放されたヒュペリオンは、ありえない速度で飛び掛かってマドカを
翻弄している。
これでもマドカはかなり善戦している方だ。
今の潤の相手を、ラファール・リヴァイヴを用いている四人の誰か
がやっていたら、決着はものの数合で付いていただろう。
ビーム・サーベルで一度斬りつけてから距離を取ると、操作から意
639
識が外れ宙を漂うだけのビットを破壊し、再びマドカの背後に回っ
た。
いかにISのセンサーが優れていようとも、そのセンサーを通して
相手を確認するのは人間だ。
意識出来ないほど速く動けばロストする。
見惚れるほどに速く機体を捕らえきれず、目はともかく、それを命
令する意思よりも、なお潤が速い。
﹁はぁっ﹂
あまりに速すぎて、意識がスローになっていき、煌く赤があまりに
美しく見え、マドカは溜息を漏らした。
まるで時間の方がゆっくりになったようだ。
忘我の境でビーム・サーベルを何とか回避、驚愕の表情を浮かべる
潤を見て、少しやり返せた事を実感する。
まだやれる、マドカの心が奮い立つ。
640
スターブレイカーの銃剣では取り回しが悪すぎて駄目だ、ナイフを
躍らせ、至近距離で狙いも覚束ない射撃を繰り返す。
持てる限りの技量を尽くすが、それでも追いつかない。
突けばかわされて、払えば受け止められ、銃撃すれば悉く火線から
回避され、逆にスターブレイカーが破壊され││回避しようも無い崩
﹂
れた体勢を晒してしまった。
﹁遅い
ISでの戦闘がスポーツと同義な世界において、久しく感じていな
││私の仲間は誰一人やらせない
が、
したマドカに急速接近する。
潤はビーム・サーベルを突き立てて勝利を掴み取るべく、姿勢を崩
が、速度で劣っている以上、一対一では逃げ切れるわけがない。
後方に瞬時加速して一人だけIS学園から離脱するコースを進む
いい考えが浮かび上がり、つい笑ってしまった。
今のお前にとって﹃遅くない﹄と言える奴がいるものか、どうでも
忘我の中で、潤の声を聞く。
!
かった強烈な殺気と、自分に向けられた敵意、頭に直接響く声を察知
し、トドメをさせる筈だったサイレント・ゼフィルスにから離れて急
速回避運動を始める。
その場から離れたのとほぼ同時に、ヒュペリオンが居た場所に雨あ
られとビームの奔流が通り過ぎた。
降り注ぐ雹のごとく襲い掛かるビームを避けながら、上空から接近
する異質な意志を感じ取る。
﹂
潤が抱いていた闇とは違った異質な闇が、ダイレクトに魂を揺さ
ぶった。
﹁みんな、避けろぉ
更に乱戦状態だったIS、その中からIS学園側の生徒だけを正確
に狙撃している。
超長距離狙撃が襲い、間を空けることに成功した襲撃機が上空に集
まって、乱戦から抜け出ることに成功した。
制圧狙撃を回避できたのは、潤を除けば楯無のみ。
体制を整えるために楯無と潤は合流、狙撃が原因で地に伏せる一夏
﹂
ミステリアス・レイディのセンサーには引っかからないけ
達を庇う立ち位置を確保する。
﹁狙撃
ど⋮⋮﹂
同類か
ビーム・ライフルの出力を最大まで上げ、同類の感覚を探して狙撃
し返す、その姿を見て上空を見た楯無も、ようやく敵の姿を確認した。
上空から黒い機体が落ちてきている。
﹂
生きていたの
ゆらゆら動いて対狙撃制動を行いつつ、潤の放ったビームが目に見
﹂
えないシールドにはじかれた。
﹁ビーム・シールド
いや、さすがに別人か
﹂
﹁馬鹿な、何故シックザールが マッドマックス
か
﹂
﹁││シックザール、マッドマックス⋮⋮
﹁そんな、⋮⋮展開装甲だと
!?
?
641
!
﹁言葉が直接頭に││
?
?
通信越しにその言葉を聞いて、千冬がブルっと身体を振るわせた。
!?
!?
?
!?
?
!?
箒が呆然と呟いた様に、紅椿の展開装甲と同じ構造をしている正体
不明機が、装甲を変形させながら接近していた。
その光景を見た潤は、心底恐怖した。
シックザール、それは潤が死力を尽くして戦った、かつての盟友の
機体。
超長距離超広範囲包囲殲滅用パワードスーツ、それと酷似した黒い
機体の装甲が開き、全体が変形していき││アンロック・ユニットか
ら複数のビームを同時に射出した。
その数百以上。
﹂
﹁どこに撃って││﹂
﹁全員、回避ぃ
邪悪なものを感じ取って、感情の赴くままにヒュペリオンに回避行
動を取らせた。
シックザールの攻撃は非常に特殊で、肩にある砲門から複数のビー
﹂
ムを射出し││。
﹁反射した
そして、その反射角度はパイロットによって調節できる。
元シックザールのパイロット、マッドマックスはこの反射射撃の制
ラウラ、シャルロットについてやれ﹂
御が考えられないほど上手く、百近いビームを別々の角度で、三度に
くそっ
﹂
わたる反射を行っていた。
﹁きゃああぁ
﹁シャルロット
﹁すまない﹂
!
!
水の膜を張って防御するが、その防御を突き破ってなお強力なビー
られていく。
回避の間に合わなかったミステリアス・レイディの装甲がガリガリ削
残りの八十はヒュペリオンとミステリアス・レイディに集中され、
機能停止に追い込まれた。
砕。
シャルロットに二十近いビームが集中し、シールドを一瞬にして粉
!?
642
!
そう、空間に特殊な力場を形成した上で反射して攻撃する。
!?
ムは世代差を感じさせるものだった。
中距離での不利を悟り、被弾する会長から目を逸らさせるために
も、潤が前へ出る。
シックザールも潤が前へ出て、何をしようとしているのか理解し、
﹂
アームド・アームのようなものか
マッドマックスじゃないのか
﹂
シールド状だった両手からビームを発し、迎撃の体勢をとった。
﹁ビーム・クロー
﹁あ、ぁぁ、アアああああ
││女
!
﹂
!
﹂
その傍に、何故かボロ雑巾になったシャルロットには気が回ってい
回避しきるしかない。
以前ならば当たれば死んでいたのだ。
それも必然。
に前後左右に瞬時加速を細かく行い、当たることも無く回避しきる。
肩、腰、頭、両手、両足、狙いを直前に察し、時にクルクル回り、時
回より弱い。
これが二度目の戦い、前回より弱体化しているとはいえ、相手も前
潤は回避していく。
まさに弾雨が襲うがごとく。
﹁くそっ、何故そこまでシャルロットを執拗に狙う
﹁マッドマックスでは、無いとは言え││これは⋮⋮﹂
その光景を見た楯無は、素直に恐怖した。
再びアンロック・ユニットから、今度は二百近いビームが射出され、
だが、シックザールの本領は単機での包囲殲滅。
ほんの少し余裕が出来た。
しかし、かつての仇敵が操っているわけではないことが分かると、
くなるほど締め付けた。
靄がかかって見通すことが出来ない真っ黒な心が、潤の心を息苦し
?
シックザールを操る少女が絶叫をあげて斬りかかる。
!
!
倒しきれん
なかったが。
﹁くそ
﹂
!
643
!?
﹁あう、ぃぃああア
!
!
装甲越しに感じる奇声に、狂っているのかとも思うものの、魂を通
じて語りかけてくる意志は体を成している。
しかし、それより更に問題なのは、可変装甲を開いた状態のヒュペ
リオン、ダウンロードして上がった能力、その二つをフル活用してい
る潤を弾き返したことだ。
奴の気に惑わされているのか、と不甲斐ない自分を奮起させ尚も接
近戦を試みようとしたとき、目の前で小規模な爆発が起こり、不意に
シックザールが吹き飛ばされ、ついでビームが襲った。
﹁私を忘れちゃ、ダ・メ﹂
﹁前に出すぎているわ、一旦引きなさい﹂
﹁鈴、会長⋮⋮﹂
敵機を襲った弾丸は不可視の弾丸は甲龍のもの、ビームを用いたの
はセシリア、小規模の爆発は会長がやったらしい。
一夏は箒の傍に寄って何かを話している。
本から見直しが必要だな﹂
﹂
第四世代仕様のシックザールを最後尾にし、襲撃してきたISが順
次去っていく。
﹁潤、追わないのか
あれば壊滅する﹂
﹁そうね。 白式、紅椿はエネルギー切れ、リヴァイブとミステリア
ス・レイディは実態ダメージが酷いから。 シャルロットちゃんの容
644
おそらく絢爛舞踏でのエネルギー補給についてだろう。
シャルロットは戦闘不能。
ラウラはその護衛。
迎撃態勢は再度整ったものの、マドカが残っていたシールド・ビッ
トでセシリアの攻撃を防いで、襲撃側の体勢も整っている。
﹂
﹁⋮⋮ディー、おめぇは後詰だろうが、勝手に出てくんな。 いや、丁
﹂
度いいのか⋮⋮。 ディー、殿だ。 撤退する
﹁エム、損傷が酷い。 大丈夫か
!
﹁大丈夫だ、まだ自力で飛行できる。 だが、ヒュペリオンの対策は根
?
﹁⋮⋮追撃に用いることが出来る戦力が少ない。 相手に予備戦力が
!?
態は
﹂
﹁気を失っている。 命に別状は無いはずだ﹂
﹁私とセシリアはまだ余裕があるけど、追撃に使えるのがラウラと潤
を合わせて四人、無理ね﹂
逃げていく機体は七、IS学園の保有戦力で追撃可能な機体は、甲
龍、ブルー・ティアーズ、ヒュペリオン、シュウァルツェア・レーゲ
ン
エネルギー切れの白式と紅椿、実態ダメージの酷いミステリアス・
レイディ、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。
動けなくなった人員を無視するわけにもいかず、第二波が来ないと
いう確証もない。
バラバラになって逃げていたのならヒュペリオンでの単独行動も
出来たろうが、まとまった逃げた以上追撃も難しい。
アリーナに居る全員のセンサーから敵機の反応が消えるまで待機
していたが、反応が消えたことで、一人、また一人とISを量子格納
した。
最後まで相手の長距離狙撃を警戒していた潤も、シックザールを
操っていた少女の気配が完全になくなった時点でISを解除し││
そのまま立ちすくむようにして⋮⋮。
応答⋮⋮﹂
身を捩りたくなる苦痛に、簡単に意識を手放した。
﹁⋮⋮おう、⋮⋮ちか
﹁いえ、戦果はめっきりでして﹂
﹁謙遜するな。 怪我人はいるか
?
楯無も同様の事をしていたのか、手で合図を送ったり、首を揺らし
一夏が一度周囲を見渡す。
﹂
編成したのは流石だ。 緊急時の指揮官として感謝したい﹂
﹁更識か。 通信不能状態に陥った中で、あれだけ早く迎撃チームを
﹁織斑先生﹂
﹁ああ、映像も回復したようだな。 こちらも聞こえている﹂
﹁おおっ、通信が回復し始めた。 千冬姉、大丈夫。 聞こえてるよ﹂
!
645
?
たりする全員を視認して、返答は彼女が行った。
﹂
﹁シャルロットちゃんが意識不明ですが、ラウラちゃんは命に別状が
ないと。 潤くんも大丈夫よね
ことだ。
﹂
﹁お姉ちゃん、何かあったの
﹂
楯無が危険だと思ったあれは、やはり危険な諸刃の剣だったという
思い当たる問題は、やっぱりあの超機動だろうな。 と判断。
正常の範囲を逸脱しており、呼吸も脈と同じく浅く、速い。
脈は⋮⋮、この調子なら一分間で大体百六十∼百七十、明らかかに
﹁黙って
﹁お姉ちゃん、皆の前で何やってるの。 速く離れ││﹂
小刻みに身体が震え、時折痙攣らしきもので身体が大きく揺れる。
体温が異常に高い。
が、抱きとめて頭が真っ白になった。
胸に埋まる様に寄りかかったので、思わずそんな声が出てしまった
﹁やん、えっち﹂
倒れ掛かった。
すると、バランスを崩した潤は、二、三度前後に揺れると、楯無に
楯無が目を開け、ボーっとしている潤の肩を軽く叩いて確認する。
?
﹂
AED用意してもらって。 一夏くん、君は担架を二つ持ってくる、
﹁簪ちゃん、そこにいる先生方の誰かに頼んで酸素吸引機と念のため
?
?
いいわね﹂
﹂
﹁えっと、潤がどうかしたの
今は走る
﹁報告は後
!
に目を向ける。
﹁ラウラちゃん、潤くんを寝かせるから足を動かしてくれない
?
にさせるわよ﹂
﹁ゆっくり膝を地面に付けて、⋮⋮そう、いい感じ。 次に、慎重に横
﹁分かった﹂
﹂
一夏が走り去って行ったのを視界の隅で確認すると、ラウラのほう
﹂
﹁は、はい
!
646
!
!
﹂
﹁いいぞ。 よし、これで担架を待つだけだな。 それで、どうなんだ
あの機動が問題なのか
?
﹂
﹂
?
の話よ﹂
﹁じゅ、十二
それって⋮⋮﹂
二、平均で常時九Gはかかっているわね。 勿論操縦者保護機能越し
﹁いや、だって、十二Gよ、十二G。 あの切り替えし時の最大Gが十
﹁何がおかしい
笑ってしまった。
そのあんまりなデータに、目の前で倒れている人が居るのに思わず
瞬間、現在の様態を説明できる項目が、簡単に見つかってしまった。
さてさて、とヒュペリオンが可変装甲を展開した後のデータを見た
思ったら、やはり持っていたらしい。
そのため、ヒュペリオンのデータ閲覧権限を、簪が持っているかと
生徒が行うことがあるといった事実が関係している。
これは整備が機業や国の関連者のみがするのではなく、IS学園の
ているが、権限を持つものならば見ることは出来る。
専用機のデータは基本的に他人が見られないような処置が施され
潤が妹の専用機開発に携わっているのは、勿論知っている。
﹁うん、持ってる﹂
る
﹁そう、ね⋮⋮。 簪ちゃん、ヒュペリオンのデータ閲覧の権限持って
?
そうして、楯無はセカンド・シフトして現れた、ヒュペリオンの考
表情を見せずに戦えたのかが気になる。
十二Gもの壮絶な負荷がかかっているにも関わらず、全く苦しみの
話しをしながらも楯無のタイピング速度は全く落ちない。
球やら飛び出て、体中が骨折する、と後遺症が残っての話だ。
アメリカで二十Gほどを耐えた記録だけは残っているが、それは眼
﹁そ、そうですね﹂
わ﹂
たことに感謝になくちゃいけないわよ。 下手したらこうなってた
﹁精密検査確定ね。 箒ちゃんは、お姉さんがしっかり開発してくれ
?
647
?
えられない変化を見つける。
なんと言い表せばいいのか、順を追って説明していくと、ヒュペリ
オンの可変装甲が展開された瞬間から、機体は脳波コントロールから
得られる人間の思考を電磁波として捉え、その電磁波を吸収するシス
テムが強制起動してしまうらしい。
その電磁波から闘志や殺気などを識別すると、同時に受信した機動
イメージを、具体的に機動で表現するよう動く。
通常ならISの操縦は﹃思考↓人間↓機体﹄の順でシステムの流れ
が行われ、同じような順で機動を行う。
しかしヒュペリオンは、人間、機体、コアがほぼ同時に機動を関与
する。
つまり、思考と同タイミングで動くので、体より先に機体が動き出
すのだ。
可変装甲展開中のパイロットは感情を放出するマシーンとなり、機
械によって動かされるパーツと成り下がる。
そして、放出された感情は自分に帰ってこず、機械に処理されて無
くなってしまうから、そこに人間の限界など一部の余地も入らない。
人間が限界だ、と思うところで力を抜くことが起こりえないので、
その場合の上限とは機体の限界になる。
痛みも苦しみも関係なく、戦う意志に則り、機械の限界まで機動力
を高めて戦うから、人間の限界は簡単に追い越してしまう。
そして、機体限界までつりあがった痛みは、可変装甲展開終了時に
搭乗者に一気に降りかかる。
だから戦闘終了後、ヒュペリオン格納後に気絶したのだろう。
﹁なにこの欠陥品。 機械が人間を機械のように扱って、まるで人間
み た い に 動 く。 そ の た め 人 を 利 用 す る な ん て ⋮⋮。 ち ょ っ と 怖
いわね﹂
心配そうに楯無の動向を見つめるラウラ、画面の向こう側で心配し
ているであろう妹に向け、どんな説明をすればいいやら考え、この有
様にため息をついた。
648
2│3 強化人間 │ブーステッドマン│
3│1
今日も元気だ、バリウムが美味い。
精密検査のために強制的に千冬から入院させられ、様々な細密検査
をまる一日かけて実施した結果、どうでもいい知識を習得した潤。
元々軽金属の類だったバリウムがバナナ味に改造されているなん
て、科学の力はなんて偉大なのだろうとお気楽なことを考えている。
ヒュペリオンを解除した瞬間、テレビの電源を切るかのごとく意識
が途切れたが、まさか限界を超えるほどの苦痛が身体に回っており、
ヒュペリオンが強引にそれを遮断、もしくは 吸収しているなんて気付かなかった。
勿論気付きようもない。
潤が精密検査をしている間、現状の仕様を重く見た楯無と千冬が可
変装甲の展開と同時に機動に制限を加えることで、急速な方向転換の
際に生じる負荷を軽減させるセーフティー機 能を開発し、当然勝手に搭載した。
方向転換時に二テンポ程遅れるが、負荷が十Gまで軽減できると
いったものだ。
それでもなお、人間の限界を超えたGがかかっているので、システ
ムの起動限界は五分が限度、それ以上の使用は厳禁とのこと。
ヒュペリオン最大の武器である機動力に障害を作られ、感情の高ぶ
りで勝手に起動するなど制御の難しい可変装甲に、なお制限時間まで
設けられるなんて中々に横暴だった。
変形中は痛みを感じないし、
﹃死な安﹄という格言もある、制限など
必要でないので解除を。 と説明したら、千冬は﹃こいつはもう⋮⋮﹄
と呆れ顔に、楯無は引き攣った笑みを浮 かべた。
簪はというと、涙を目じりに貯め、今まで見たこともない憤怒の表
情を浮かべ、思いきり平手打ちをしてきた。
649
結局潤が何を言おうとも、涙目になりながらも、何時ものおどおど
した弱気な態度などかけらも見せず││
﹁駄目﹂
﹁提案は却下されました﹂
﹁駄目﹂
﹁提案は却下されました﹂
とエンドレス全否定を繰り返してシステムの追加を強制する簪。
そんな姿勢に根負けし、結局ヒュペリオンには制限がかけられるこ
とになった。
固定が難しく、暴力的な負荷にさらされた両手両足の各関節が、剥
離骨折を起こしているので非常に暇だったので、自分しか閲覧できな
い領域をチェック中に、セカンド・シフトし た結果、新たに追加されたシステムを見つけた。
高負荷に晒され、小さな怪我を負った身体を元に戻す機能で、ゲー
﹂
我じゃない。 確かに痛いが、ただ痛いだけだ。 直ぐに慣れる﹂
650
ム風に表すならオートヒールとでも言えば聞こえがいいだろう。
お見舞いに訪れた一組の面々と、陸上部の面々、結構な人数の生徒
と病院の食堂で夕食を取っている間に、一夏と意見交換する。
どうやらシステムの大本が、旧科学時代のパワードスーツと、束博
士が追加した生体再生機能を参考にしているようで、同じく生体再生
機能が存在する一夏のデータがほしかったの だ。
一夏と話していると、眠たそうなジト目をしている、いつも通りの
本音がやってきた。
﹂
キョロキョロ周囲を見渡した後、潤の姿を発見するとパタパタ走っ
てきた。
﹁おぐりん、何してるの
﹁食事﹂
たよね
﹁違うよ。 剥離骨折してるんだから、ベッドで安静に、って言われて
?
﹁本音、剥離というのは折れていないから骨折ではない。 つまり、怪
?
﹁⋮⋮ダメだコレ﹂
﹁命はもっと粗末に扱うべきなのだ。 命は丁寧に扱いすぎると、よ
どm││││﹂
いきなり本音に殴られた。 しかも、グーで。
何を言っても中々治らない、潤の怪我に対する軽視に、彼女も怒っ
ているらしかった。
怪我で踏ん張れない潤の襟首を掴むと、ズルズル病室まで連行して
いった。
剥離骨折を折れていないから怪我じゃないと言い張り、命はもっと
粗末に扱うべきなど意味不明の持論を展開し始めた潤に呆れた一同
は、誰も潤を助けようとしなかった。
さて⋮⋮散々目をそらしていたが、そろそろ考えねばならないな。
651
前回同様護衛の難しさの観点から、怪我は治っていないが明日退院
する。
寝床で天井を見上げながら考えていた。
シックザールを操る少女、潤の中では狂犬と名前すら決めている。
あの機体は、マッドマックスというセシリアに語った潤の盟友にし
て、最後の最後で敵対しヒュペリオンと死闘を演じた仇敵の機体。
D.E.L.E.T.E.無き今、どうやれば倒せるのだろうか。
遠距離攻撃はあれには通じない。
接近戦は奴の機体の特性上、可能なのは千冬か潤のみ。
ISである以上エネルギー切れを起こさせるため多数で包囲し時
間を稼ぐのが得策だが⋮⋮、国家代表クラスを集められるだろうか
無理だ。
昔出来たことがこの世界で出来なくなっているとは考えにくい。
千冬から個人的に、あれがこの世界にいる理由を尋ねられたが潤に
考えるべき事はまだある。
能性を考慮せねばならない。
しかも、前世界の情報のみでなく、プラスαの能力を持っている可
?
はまったく覚えがない。
また王様がくだらない考えを起こして介入してきた、と意見の一致
はあったものの、それによって彼が何を手にするのかさっぱり分から
ない。
理解可能な人間でないことは重々承知だが、今回もまた理解しがた
い。
最終局面で狂犬が現れなければ、最低一人から完全勝利が得られ、
捕縛することもできたはず。
⋮⋮いや、理解できない事を延々考えても仕方が無いか。
あの狂犬の感情。
あれは、紛れも無い﹃憎しみ﹄の感情だった。
問題は、その感情が潤以外に何故かシャルロットに向いていたよう
な気がしたのだ。
脅威の度合いにおいて一番低かったシャルロットが、何故か一番被
652
弾している。
何故シャルロットなのか。
今考えている潤が、魂魄の能力者に狙われるなら理解できる。
しかし、何故⋮⋮。
そして、結論は出ないまま翌日を迎え、午前中に少しばかり最終検
査を終えた後││、すぐさま一瞬で会長に捕まった。
﹂
病院を出て直ぐに、会長が乗っていた黒塗りの外車に拾われた。
当然運転手は別に居る。
﹁⋮⋮授業はどうしたんです
﹂
﹁あれだけのことが学園で起こって直ぐに普通には戻れないでしょ
後始末ってことで合意しているわよん﹂
﹁それで都心に向かっているようですが、何処に行くんです
こんなんに参加したら最後、演説の具にされ、シッチャカメッチャ
だった。
パトリア・グループ株主総会後の、晩餐会への招待状がそれの正体
金縁の上質な紙を受け取る。
﹁六本木のホテル。 はい、これが招待状だからなくさないでね﹂
?
?
?
私が
﹂
カにされる未来しか見えない。
﹁参加するんですか
﹂
?
﹁⋮⋮これ、文庫本ですか
﹂
当にだけなことだけリストアップしたから見といてね﹂
﹁所で喋っちゃいけないことを喋るほど迂闊じゃないと思うけど、本
休めるわけ無いじゃないか。
﹁⋮⋮ははは、はは、は││。 嘘だろ﹂
り身体だけは休ませるわよ﹂
﹁安静にしていろ、と言われて安静にしているとは思えないし、みっち
﹁会長云々はしょうがないとしまして、休まないとは
上は来年度の生徒会長だから、逃げようにも逃げられないわよ﹂
﹁勿論。 こうでもしないと潤くん休まないじゃない。 それと名目
?
読み終えてね﹂
転がる。
ネクタイを緩め、皺になったら困る上着だけ脱ぎ捨ててベッドに寝
﹁はああぁぁぁ⋮⋮、毒ガスはもう沢山だ。 いい空気を吸いたい﹂
│││
た。
早速パラパラ用紙をめくりだした潤を、楯無は静かに観察してい
﹁⋮⋮持つかなぁ、精神﹂
私は生徒会長としての出席ね﹂
I S 学 園 関 係 者 で あ る 学 園 長 や 学 年 主 任 ら か 招 待 さ れ て い る の よ。
﹁ええ、護衛としてね。 それと、パトリア社の製品を仕入れたから、
﹁会長も参加するんですか
﹂
﹁私がドレスを選んでいる間に、最低限マークされている箇所だけは
ブック﹄の半分くらいの量だ。
この厚さは、最初期に真耶から頂いた﹃IS機動におけるルール
二百枚くらいか、と思ったら両面印刷になっていた。
﹁お姉さん特性の解説付き一覧表よ﹂
?
?
653
?
楯無がレンタルしたドレスは煌びやかで美しく、彼女にとても似
合っていた。
ただただサイズが合えばいいといったレベルで選ばれた潤のスー
ツとは大違いだ。
が、それのせいでとても苦労した。
更識家は後見人になっているのは周知の事実、その長たる楯無を連
れ添い、何処に出しても可笑しくない紳士として振舞う潤がとてもお
似合いに見えたらしい。
冷やかしに、潤を日本よりにしたい人たちからの警告に、ロシア寄
りしたいらしい参加者に。
礼儀作法もほれぼれするほど美しく、パーティーマナーとして、柔
らかい笑みを浮かべていた潤を、楯無ごと囲うように人が集まった。
もうこうなると誰が主賓だか分からない。
﹁パトリア・グループ、フィンランド本社、社長よりご挨拶を││﹂
本社の社長から始まったお決まりの開会式終了後も人の波は尽き
なかった。
社長の演説において、ヒュペリオンのセカンド・シフトが認められ
たことが発表され、潤自身も即席のスピーチをするはめになった。
楯無が止めに入るかと期待した潤だったが、行ってこいと言わんば
かりの視線を見て諦めるしかなかった。
そこでも潤は全く失点らしい失点を出さなかった。
コレで晩餐会参加者の潤に対する評価は、最上級レベルで固定され
てしまったらしい。
王族さえも出席する晩餐会に参加した、国を代表する指揮官だった
のだから旧関係者ならば納得だろうが、そんなことをこの晩餐会に参
加している面々が知るはずが無い。
楯無は、ただただそれを静かに観察していた。
先ほど渡したレポート、その禁句に触れそうな情報のみを上手く交
わしながら、古狸たちと渡り合う潤の姿を。
﹁是非、我が社にも一度足を運んでいただきたいくらいですな﹂
654
︵美人局待ちの魔境に押し込むみたいのか
︵⋮⋮金目当てかな
︶
比較的まともだな︶
が社の製品を一度⋮⋮﹂
﹁一学期のトーナメント、拝見させていただきました。 ところで、我
?
どう思っていらっしゃるの
﹂
﹁女性社会の中で大変でしょう その中で生徒会長になるのはもっ
と大変だと思いますわよ
?
?
聞かれたら相当拙い話をするのかと思い、潤が姿勢を正した。
のナノマシンを散布し始めた。
部屋の奥の椅子に座った楯無は、いきなりミステリアス・レイディ
している潤は、チェックを最低限に部屋に戻った。
お決まりの様に廊下を確認したものの、楯無の能力をある程度評価
自然なしぐさで楯無を部屋に招き入れる。
﹁ええ﹂
﹁お疲れ、潤くん。 ちょっといいかしら﹂
﹁どうも、こんばんは﹂
り決めたリズムでドアがノックされた。
そうして暫く身体というより心を休ませていると、事前に楯無と取
だった。
﹃は あ あ ぁ ぁ ぁ ⋮⋮、毒 ガ ス は も う 沢 山 だ。 い い 空 気 を 吸 い た い﹄
そして、部屋に入って最初の一言が││
日の事件の疲れを前面に押し出した。
面目上、最近カレワラのレポートやら、副会長としての仕事やら、先
さに我先に会場を後にした。
それゆえに、晩餐会が終了の時間になったときには、あまりの嬉し
潤の精神はストレスのオールレンジ攻撃を受けている。
まるで戦場だ。
をだな⋮⋮︶
︵女の特権の学園で、男が頂点になるのが嫌、と。 もう少し隠す努力
?
どうせ料理の味なんて分からなかったでしょ
﹂
?
655
?
﹁よし、盗聴器やら隠しカメラの類は無いわね。 とりあえず、シャン
パンを一杯どう
?
﹁是非﹂
話に集中するため、またひっきりなしに人が押し寄せてくるので食
事を口にする暇も無かった。
もっとも、口に物を入れたとしても楯無の行ったとおり、味など楽
しむ余裕は無かっただろうが。
そのまま、しばらく相手のコップに注いだり、注がれたりする音だ
けが場を支配していた。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
何かを言いよどんでいるようだ。
決心が要る何か。
口に出すのを迷っているのだけがはっきり分かる。
﹂
暫くして意を決した楯無は、一度大きく深呼吸をすると、しっかり
潤の目を見て口を開いた。
﹁潤くん、貴方は、何者なの
﹁さてさて、何が聞きたいのか知りませんが、とあえず動物界、脊椎動
物門、哺乳綱、霊長目、ヒト上科、ヒト科、ヒト属、ヒト︵種︶であ
ることだけは保障しますよ﹂
﹁ふざけないで﹂
はたして、この質問は、如何なるものなのだろうか。
真剣な楯無の眼差し。
なる程、ある程度、情報を手に入れているらしい。
さて、どうしたものか。
排除するにも相手はこちらが最も不得手とする水を使う人間で、相
﹂
応の実力を持つ暗部の人間、後見人であり、簪の姉であり、本音の主
人。
││仕方ない。 死中に活を求めるか。
﹁その質問に答える前に、正直に一つだけ答えていただけませんか
さあ、会談を始めよう。
何処まで話していいのか、何処から話しちゃいけないのか。
シックザールの件もある。
出来れば、不和の種はまきたくない。
?
656
?
3│2
﹁答えるのはいいけど、自分の立場をちゃんと弁えてね。 私はね、あ
なたを庇うことを止める事すら視野に入れているわ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁簪ちゃんとは引離す、監視や盗聴などは再開させてもらうわ。 簪
ちゃんの件もあるから忍びないけど、当主の私にとって一番大事なの
は更識家を守ることなの。 ここで明らかな嘘をつくようなら覚悟
してもらうわ﹂
﹂
﹁さては余程のものを掴んだようですね。 で、その切欠となった情
報はなんです
﹁││││﹂
なんだ。
これは││怒ってはいない、怒りならば潤にとって分かりやすく馴
染み深い感情だから、直ぐにでも分かる。
見た目ほど潤を自分のテリトリーから押し出そうと思っていない。
しかし、楯無が変わらない顔色の裏で今抱いている感情は⋮⋮。
⋮⋮この戸惑いは、同情しているのか
出てきたというニュアンスから、身体の調査から得たということ線
千冬のようなケースでなければありえない。
何が出てこようが、楯無が全てを知ることは出来ない。
まあ、組織の大本が異世界にあるなんて誰も知りようも無い。
てもまったく尻尾を出さないことなのよ﹂
﹁問題なのは、あれ程の物を作れる程の強大な組織が、私が血眼になっ
﹁出てきたもの、ね﹂
けどそこまでじゃないわ﹂
﹁はじめに言っておくけど、出てきたものは、まあショッキングだった
なんなんだかなぁ。
千冬はありえないと判断、博士はもっとありえないと判断。
?
﹂
が一番だが、簡単に採取できるような物はなかったと把握している。
﹁で、何が出てきたんです
?
657
?
﹁なんで潤くんの方が興味津々なのよ﹂
﹁身体をいじくられた事を認めますけど、そんな雑な後始末をするよ
うな連中じゃないと思っているので、何が出てきたのか、私も知りた
い﹂
楯無からカルテを受け取る。
紙をざっと見て、正直、潤本人も始めて知ったことが列挙されてい
た。
血中に存在するナノマシン。
老化の遅延化、それによる身体能力低下の防止、全身活性化による
身体能力の微増、毒物、薬物、病気に関する耐性強化、怪我などの早
期回復の手助けなどなど⋮⋮。
ペストでもインフルエンザでも、エイズだろうとこのナノマシン単
体で回復可能らしい。
これは、医療ナノマシンとして学会で発表できたのなら、ノーベル
とぼけられていると思っているのか、若干楯無は荒立っているよう
だ。
658
賞の受賞は確定的だ。
他にもトーナメント時の入院中に、口腔粘膜細胞やら、精液やら回
収されていたらしい。
硬くなくても出せるらしいし、骨盤が折れたわけじゃないから、前
立腺辺りを電気ショックで刺激すればいけるのか。
自分が逆の立場でも色々採取すると思い、その話題は隅に流す。
﹂
﹁まあ、画期的ですけど、ドイツでも似たような事をしているはずです
が。 これだけであの質問ですか
自負があるの﹂
?
楯無が追加のレポートを押し付けるように潤に手渡す。
﹁このナノマシン、そんなに凄い代物なんですか
﹂
﹁だから、ナノマシンに関しての知識は世界でも最上級クラスである
﹁知っていますけど﹂
たのよ﹂
﹁⋮⋮私はね、私の専用機、ミステリアス・レイディを自分自身で作っ
?
実際は潤も何も知らないのだが。
受け取った第二の資料に目を通したときに、ほんの一瞬、楯無が気
付けるか否かといった微妙な瞬間のみ潤の顔が引きつった。
とある実験で判明したことだが、言ってしまえばこのナノマシンは
どうやっても移植が出来ないということだ。
このナノマシンは血中に一定数存在し、互いに信号を出し合って全
体数を管理しており、ある割合より数が少なくなるとなんと勝手に増
殖する。
それだけでも驚きであり、かつ、幾らでも移植可能と思うだろうが、
他人の血液に移植すると勝手に自壊するのだ。
脅威のテクノロジーを含んだ、いや、エントロピーやら質量保存の
法則やら完全に無視しているのだから、神の領域へ手をかけていると
いっていいだろう。
そして、移植実験をした後判明した、更に凄まじい真実。
659
このナノマシンは潤の身体の信号圏から離脱し、もう一度潤の身体
に戻した場合も自壊する。
ということは、どうやってこのナノマシンを潤の血中に注入したの
だろうか
NO、提唱された当初一番可能性が高かった案だが、ナノマシ
れる。
を認知し、その親が認知した血液コミュニティでは自壊を食い止めら
二、親ナノマシンなるものが存在し、その親ナノマシンが潤の血液
NO、それらしき金属物質は潤の体内に存在しない。
成してあげればいい。
ば、信号の発生機を潤の身体に埋め込んで最初からコミュニティを作
一、ナノマシンコミュニティの信号から離れたら自壊するとなれ
考えられる可能性は四つ。
壊したほどの代物。
ンゼロの潤の血液にナノマシンを含んだ血液を混ぜたら、これまた自
もしかして最初の一定数は自壊処理が走らないと思って、ナノマシ
?
ンの詳細な解析結果から、その可能性は極めて低いらしい。
なお、その理由はレポート数十枚規模のロジックが生まれるた
め割愛。
三、心臓付近にナノマシン製造機を直接結合させ、新品のナノマシ
ン入り血液を体中に送り込む。
コレが一番危険性が無く、自壊の心配も無く、体中にナノマシ
ンを散布できる。
が、その機械のメンテナンスは相当な難しさになることだろ
う。
四、体中の血液を抜き取り、製造段階で患者の血液にあったナノマ
シンを作成し、身体に流し込む。
これもありえる。
しかし、体中の血液を抜き取るとは、それは⋮⋮。
⋮⋮四だろうなぁ。
三だと断定しているような楯無を見ながら、頭の冷静な部分はそれ
を否定していた。
頭蓋骨から脳みそを摘出して保管できる組織である。
組み立ててからわざわざナノマシン製造機を接続するより、血液を
作ってから組み立てたと考えた方が利口だ。
間違いない。
そして確信する。
なる程、これは異常な事態だ。
楯無のことだから精一杯調べたのだろう。
金もコネも使い、ここまで人体を弄くりたおせる巨大組織の存在
を。
こういった事は個人で出来るものではなく、必ず組織ぐるみで行わ
れる。
彼らの組織が持つ人脈、物資、金は想像も付かないほど巨大な可能
性が高い。
そして、それだけ巨大な組織の情報が漏れ出てこないということ
660
は、それだけで不気味だ。
﹂
﹁最後に⋮⋮⋮⋮﹂
﹁││
ここからが核心、か。
さて、何を知ったのだろう。
楽しみでもある。
更識楯無という人間をはかる機会になる。
﹁私はここ数日、潤くんの事を改めて監視し、改めてあらゆる情報を見
直したわ。 切欠はサラちゃんとの戦い。 ││そして、見つけたの
よ、あなたの頭蓋骨のレントゲン写真から、僅かな切れ込みがあるの
を﹂
シャンパンが入ったコップを床に落した。
それは、あの、狂った、研究所の││自分の││。
﹁普通の倍率じゃ見えない。 ISのセンサーじゃないと見れない。
﹂
だけど、その切れ込みを推察するに、脳みそそのものすら取り出せ
るほどに、頭蓋骨を開くことが出来る。 あなたは、││なんなの
﹁⋮⋮お見事です。 まさか、それを見つけるとは﹂
つだけの成功体の一人﹂
﹁ブーステッドマン、強化人間
ラウラちゃんと似たようなもの
﹂
て離別した研究プランの合流を目指した、最新世代。 そのたった二
﹁第四世代ブーステッドマン⋮⋮。 ファースト・プランの失敗を経
く分からなかった
次、唸るように出てきた説明に楯無は、最初何を言っているのか良
レイディのテスト中、全くの偶然だったわ﹂
﹁ISのセンサーでもないと駄目ね。 見つけたのはミステリアス・
?
?
作で四肢の付け替えすら可能で、ラウラを生み出した試験管ベイビー
﹁﹃マトリクス﹄は正直詳しく知りません。 知っているのは遺伝子操
と。 貴方のこと﹂
﹁じゃあ、知っている限りのこと、教えてくれる。 その、プランのこ
しく知りません﹂
﹁プランの片割れに似たようなものがあったと記憶していますが、詳
?
661
?
の類似技術だと。 もう一つ、
﹃ブースト﹄は此処で知っている限り話
します﹂
第一世代﹃ファースト・プラン﹄、元の名前はアダム。
アダムの流れを汲んだ後続の研究が幾つも誕生したため、全ての始
まりであるこのプロジェクトを後にファーストと呼ぶようになった。
このプロジェクトの根幹にあるのは、数百年前に実在した﹃聖人﹄と
呼ばれた偉大な能力者と同等の強さを持った兵士を作ることである。
楯無には便宜上、超能力者ということにした。
間違ってはいない。
聖人と同等の強さを持つならば、聖人の遺伝子を利用しようと判断
した研究者たちは、国内に隠れ住んでいた聖人の子孫を母体とするこ
とにする。
しかし、半年以上掛けて一人しか赤子が作れないことから、一つの
偉大なプロトタイプを生み出した後に、計画は鎮座。
失敗を活かした二つのプロジェクト、
﹃マトリクス﹄と、
﹃ブースト﹄
が誕生した。
第二世代﹃ブーストプラン﹄
そもそも時間の掛かる赤子を生み出すなんて間違っている、生きて
いる大人の人間を改造して聖人レベルの戦士を作ればいいんだ。 との考えから生まれたプラン。
とりあえず片端から薬物を投与し、弱い部分を片端から手術で強化
を行い、効率よく敵を殲滅するため感情はマインドコントロールで徹
底的に消され、さらに一般人では耐えられないほどの戦闘訓練を施
す。
しかし、満足のいくレベルまで強化すると、三十分に適量の副作用
制御薬を投与されないと発狂して死んでしまうまでになってしまう。
また強引なマインドコントロールの結果、正常な判断力も無くなっ
ており、暴走を繰り返した挙句、副作用抑制剤が切れると戦闘不能状
態になるなど、兵士として使用するには致命的な欠陥も抱えていた。
この制御と持続時間向上を目指し、一旦投薬と手術での強化を停止
662
し、別のアプローチへの模索として﹃ブレイン﹄に移行した。
第三世代﹃ブレインプラン﹄
前回のやりすぎを反省し、人間の限界を定めている脳に手を加える
ことを主眼にしたプラン。
人体の限界に挑戦するため、人体の崩壊を防ぐために常識的な範囲
でブーストプランを採用することで完成にこぎつけた。
非現実的な能力を発揮することが可能だが、脳の完全な把握は済ん
でおらず、その調整バランスは非常に難しかった。
それを補うため薬物以外の強化を模索し、効率は最低であるもの
の、ほぼ聖人モドキまで作り出せるようなっていた﹃マトリクス﹄と
の合流を目指した。
﹁そう、ブレインプランの発展が、貴方なのね﹂
﹁そうなりますね﹂
ふざけているの
﹂
そんな、まさか⋮⋮、はぐらかそうと││││﹂
││月よりね﹂
﹁宇宙
﹁それは織斑先生も認知していることです﹂
663
﹁⋮⋮﹂
また、楯無が口ごもった。
確かに身近な人間がそんなだったら色々考えるだろうが、少々多感
に過ぎるきらいがある。
理想が先行するのは若さ故だろう。
それに、悪い状況ではないと判断した潤は、特に楯無の甘さを咎め
る気は無かった。
﹂
﹁⋮⋮そう。 じゃあ、大事な事を聞くわね。 その、組織の本拠地は
何処
﹁上の階
?
﹁いえいえ、至極まじめですとも。 それともっと遠い場所です。 ?
もしかしたら、どこかで繋がっている可能性も否定できない。
嘘は言っていない。
黙って真上を指し示す潤。
?
!?
落ち着いた、潤の声には驚かなかったが、その発言内容に背筋が
凍った。
千冬が、知っている。
楯無が驚いている最中に、話していい内容の線引きを改めていく。
自分が強化人間であることは何れ話さなければならなかったので
どうでもいいが、異世界の事を全て話すのは色々な意味で危険だ。
全てを話しても信じられない妄想の類、ふざけているとして思って
くれない。
真実と嘘を織り交ぜ、千冬を巻き込むようにして、押し通す。
幸い宇宙空間にコロニーを作りあげた、なんて証拠を得ることは不
可能だ。
﹁わ、わかったわ。 なんか、壮大すぎて意味わかんないけど、あの先
生が信じているのなら、ええ、私も信じましょう﹂
﹁目が可笑しいですよ、会長﹂
﹂
﹂
﹂
664
﹁しょうがないじゃない。 まったく意味が分からないわ。 調べる
なんて不可能じゃない﹂
﹁でしょうね。 で、そこを踏まえてなにか質問は
﹁⋮⋮とりあえず、潤くんは、どうして地球にいるの
その程度は交渉の常套テクニック、潤を飲み込むには至らない。
⋮⋮が、まだまだ青いな。
ああ言えば、どんな人間でもこれからの話を真剣にするしかない
行ったのが口頭での脅し文句。
何も言わない、はぐらかされる、それらを引き起こさせないために
潤も楯無が最も聞きたいことはそこだとあたりを付けていた。
そうだろう。
る。
シックザールの言葉を聞いて、ほんの少し弛緩した空気が引き締ま
もので﹂
﹁すいませんが、シックザールとの戦闘後、少し後から意識が無かった
?
?
﹁シックザール⋮⋮、あの学園祭で攻撃してきた最後の襲撃者の機体
名ね
?
﹁ええ、会長には話しておかなければ、と思いタイミングを見計らって
いたのですが、丁度いい機会です。 話しておきましょう﹂
﹁どう考えても釣り合っていない時間と操縦技術。 トーナメントで
﹂
の絶対防御を貫く光への警告。 あなた、ひょっとしてアンノーン・
トレースの大本になっている機体のパイロットじゃないの
﹁正解です﹂
現状証拠ながら真に迫っている。
D.E.L.E.T.E.粒子への警告。
医学的に考えられないほどの回復スピード。
未だに大本の分かっていないアンノーンに対し、急激な感情変化を
起こした潤。
信じられないほどの操縦に関する熟練度。
楯無ですら尻尾を掴めない巨大組織。
点と点はそれぞれ孤立しているものの、こうも揃ってきていると無
視出来ない一つの事実にたどりつける。
﹂
﹁俺は、あのアンノーン⋮⋮いえ、ヒュペリオンのパイロットでした﹂
﹁ヒュペリオン
相棒だったんですから﹂
﹁なら、あの操縦技術はその組織での訓練で
﹁そう、お願いね﹂
を提出しましょう﹂
﹂
も対策をしっかり取らないと無意味なので、後日しっかりとレポート
﹁ここで話してもいいですけど、シックザールは人数を幾ら増やして
聞きたいのだけれど﹂
﹁じゃあ、次はそのシックザールと、マッドマックス。 これらの事を
得られるものが違う。
的を撃つにしても、安全が確立された場所と、死が彷徨う戦場では
は段違いだ。
模擬戦と実戦は、それぞれ同じ様な事をしつつも、得られる経験値
﹁いえ、実戦でのたたき上げです。 潜った死線の数が違いますよ﹂
?
665
?
﹁験担ぎですよ。 あの機体は最後まで俺を守ってくれた。 最高の
?
﹁押さえ込める実力を持ているのは対戦経験のある私と、織斑先生、ギ
リギリのラインで会長だけでしょうけど﹂
会長の顔が歪む。
こちらの最高戦力を投じなければ、押さえ込むことは出来ない。
﹂
しかも潤は﹁勝てる﹂と断言していない。
﹁マッドマックスは
﹁人物名です。 コードネーム﹃マッドマックス﹄。 シックザールの
パイロットです﹂
﹁⋮⋮そう﹂
ここで唯一潤の顔色が変わった。
直ぐに元に戻ったが、今度は楯無の目に映るほどはっきりした変化
だった。
何かあるのを察したが、地雷の可能性が高いので今回は控えること
にする。
﹂
﹁今回の敵、潤くんが元所属していた組織が、亡国機業と関わっている
みたいだけど、その狙いは
﹁正直、理解できません﹂
﹁いや、どうなのよ、それ﹂
たいだけど、誰か分かる
﹂
﹁じゃあ、もう一つ。 今回のシックザールのパイロット、前と違うみ
も仕方が無い。
何が起ころうと、受身になって備えるしかないとなれば落ち込むの
い。
潤が素直に話をしても、結局相手に対して先手を取るには至らな
楯無が露骨に落ち込む。
て思わないことです﹂
﹁う∼ん、考えても無駄ですよ。 理解できない事を理解しようなん
?
﹁なに
﹂
﹁分かりません。 分かりませんが⋮⋮﹂
?
じゃない﹂ 666
?
﹁ブ ー ス ト プ ラ ン の 強 化 人 間 だ と 思 い ま す。 あ れ は ま と も な 生 物
?
潤の顔は笑っていたが、目はあまり笑っていなかった。
その笑みに何を見たのかは定かでないが、楯無は満足げに何度か頷
く。
﹁なら、三十分以上の持久戦を行ってみるのが面白いわね﹂
そこから楯無は様々な観点から質問を繰り出したが、潤が譲ると決
めた部分以外からは踏み込めなかった。
楯無は潤が組み立てた真実と虚実を織り交ぜた情報をただ受け入
れるしかなかった。
尤も、潤の説明が如何に筋が通っていたとしても、
﹃何かまだある﹄
ことに疑いは無かった。
だが最終的に、これまでの実績から潤を今までどおり抱え込むこと
にした。
667
3│3
楯無はベッドに潜り込み、天井を見上げながら考えていた。
今日得られた情報を整理していくと、自然と次の感想に行き着く、
﹃飲み込まれてしまった﹄と。
相手は何一つ大事なことは喋っていない。
手に入れた情報は自分でも調べられること意外は、何一つ証拠が得
られないことしかない。
潤にとって都合の良い点と悪い点を、混ぜ込んだ挙句、虚実織り交
ぜた話をしようと確かめる手段が無い。
潤の過去、月より遠い宇宙に生活空間を作り上げた人類の話はそう
いったものだ。
だがしかし。
ああ、そうだ。
都合のいいことに、もしそれが本当ならば、宇宙開発用にISを開
発した束博士が興味を持つのもある種納得できてしまう。
しかも、よりにもよって、潤を擁護している人間がその束博士の友
人である千冬であることもそれを助長している。
そういう情報を聞かされた時点でこちらは完全に押し込まれてい
た。
そう考えればシックザールの情報が出てきたタイミングも出来す
ぎている。
﹃何かまだある﹄と思っていたとしても、良い感じに誤魔化されてし
まった。
相手が上手だったのだ、この様な読み合いでは騙された方が悪い。
少し癪だが、そんなことで潤を手放す選択はしない。
今回の一件で、身体能力や組織経営技術に加え、交渉能力まであっ
たことも勿論、そもそも更識家が今更潤を手放すなどただの脅し文句
でしかない。
あの会談を真剣に受けさせるためだけの前口上、しっかり回避され
てしまったが、それはそれで腹芸が上手いことの確認が出来たのでよ
668
しとしよう。
潤の人間性も、大体分かってきた。
あれ程の人材は中々いないし、逆に抱え込むために卒業後は妹の婿
養子にでもなって貰おう。
精子を調べた結果、薬物による汚染などの心配は無い様だし。
﹄
恋愛そのものに対して極めてドライな感性を持っているものの、簪
の心を無碍にする気は無い。
このまま簪がアタックし続ければいいだけだ。
﹃ところで、簪ちゃんとの関係はどうするつもりなの
﹄
もっと良い女になるかもしれませんよ
﹄
火傷しない範囲で目移りでもなんでもすれば良い。 もしかしたら、
今までは内向的過ぎて人付き合いなどしたことが無いでしょうから、
﹃それもそれで一つの選択肢でしょう。 あいつの性格から察するに
わよ︵ありえなさそうだけど︶﹄
﹃あんまり自由にさせ続けると他の男に目移りしちゃうかもしれない
が俺と共に歩みたいというのであればそれはそれでいい﹄
﹃とんでもない。 俺は簪の選択に興味があるだけ。 もしもあいつ
﹃⋮⋮遊びのつもりなら怒るわよ
﹃正直な話私のほうから積極的にどうこうする気はありません﹄
?
﹄
﹄
潤くん実際には何歳なの
﹃意識がちゃんとある期間で、二十前後じゃないですか
﹃⋮⋮無い期間を含めると
?
﹃ちょっと考え方が大人すぎない
﹄
だもの同士、あいつにも良い未来が訪れれば嬉しいんだがな︶﹄
情がどうのこうの以前にあいつの選択を見守りたい︵同じように歪ん
手の成長と幸せを願うものです。 同じ事を言いますが、俺は恋愛感
﹃恋愛というものは相手を縛り付けて自分の物にすることでなく、相
﹃う∼ん⋮⋮なんか、想像できないわね﹄
?
?
た気がしたわ﹄
669
?
?
﹃なんか、普段の生活から生まれた色々な疑問が今の答えで解決でき
﹃三十プラスマイナス三くらい﹄
?
少々受け入れる気構えが大きすぎる気がするが、まあ悪い感じでは
ない。
ラウラにしろセシリアへの対応にしろ、今回のパーティーにしろ、
とても十五歳に見えない大人びた対応だったが、そちらの裏づけも取
れた。
潤にとって、IS学園の生徒は総じて子供の集まりなのだろう。
千冬と仲がよく、真耶と関係がギクシャクしているのも、そういっ
た事が関係しているのだろう。
﹃最後にちょっとだけ﹄
﹄
﹃何でもどうぞ﹄
﹃あの、いいの
﹃主語を付けてもう一度どうぞ﹄
もっと良い生活とか、幸せとか欲しくならないの
﹄
﹃昔、色々辛い目にあって、ここでも監視されながら生活して、それで
いいの
?
ている、この意味が分かりますか
﹃つまり││﹄
﹄
少し潤を休ませよう、との考えは千冬も持っていたので、一夏の教
│││
だけど、その笑顔を見て、何故か心の底から安堵した。
ろう。
どうしようもない環境におかれて色々な事を強要されてきたのだ
きっと、報われない戦いをしてきたのだろう。
るってもんですよ﹄
いですか。 青空の下で昼寝するくらいでも、充分幸せを感じ取れ
﹃そうです。 俺は今の生活に満足しています。 それで良いじゃな
?
670
?
﹃会長、嵐の晩に航海した船乗りこそ、世界一青空のありがたさを知っ
?
師は一時的に専用機持ち達と会長に回ることになった。
なし崩し的に、潤のすることは座りながらでも出来る打鉄・弐式の
開発のお手伝いを。
本音が用意してくれた、調整された機動データを参考にして、詰ま
ることも無く完成に向かってラストスパート。
新規パーツごとの耐久性もチェックしたし、これで結合試験がオー
ル・グリーンになれば、一先ず完成でいいだろうという所までやって
きた。
その反面、武装は打鉄・弐式の足元に転がっている。
しかし、この程度ならば問題ではない。
機体の基本仕様である高機能マルチタスクCPUは、普段から似た
ような事をヒュペリオンでやっているので流用がきく。
大口径の荷電粒子砲﹃春雷﹄は、姿勢制御スラスターなどに影響が
出るので後回し。
671
対複合装甲用超振動薙刀は、もともと似たような武装を、旧科学時
代に使用していたので、製作、メンテナンス、パイロットと全方面か
ら知識がある。
マルチロックオンシステムによる高性能誘導八連装ミサイル﹃山
嵐﹄は、完全完成に時間がかかりそうなので、とりあえず六本のミサ
イルをコントロール出来るようになることを目標にしている。
これもカレワラとヒュペリオン、特にヒュペリオンのフィン・ファ
ンネルの関係で、知識の蓄積があるから難しくはない。
難しくはないが、二ヶ月近くかかる程の難易度ではあるが。
アリーナ使用時間が迫ってきたので、結合試験の結果は食堂で確認
することとなった。
試験結果が余程気になるのか、道中何度も指輪からミニモニターを
表示させて確認している。
﹁気になるのは分かるけど。 駄目でもしょうがないさ﹂
﹁そ う、⋮⋮ だ け ど。 ⋮⋮ 専 用 機 が 出 来 れ ば、私 も ⋮⋮ 潤 の
﹂
⋮⋮⋮⋮﹂
﹁俺の
?
﹁⋮⋮その、隣に立って、無理ばっかりさせなくてもいいし⋮⋮﹂
﹁そうくるかぁ﹂
どうやら本音同様、言っても無駄だと気づいたのか、隣で戦うこと
を目指しているらしい。
半分近くある照れ、もう半分あるのは、傷つく潤を見たくないとい
う決意があった。
このままこの話題を続けると、変な空気になったり、どんな話題を
ふっても簪が頑なになったりしていくので、何か別の話題に変えなく
ては。
あ、えっと⋮⋮、実は、⋮⋮前に墜落したよね
あれ
﹁ところで、九月二十七日のキャノンボール・ファスト、参加できそう
なのか﹂
﹁⋮⋮えっ
たっけか
﹂
﹁││簪、二十七日、大会以外に何か用事が行事、生徒会の何か、あっ
もいいものを忘れているような気がする。
悪寒とか、敵意とか、そんな物騒な物ではなく、何かこう、どうで
うな気がしてきた。
頭の中を整理していると、大会当日に何か気がかりなことがあったよ
どうしようもないことをこれ以上考えても仕方がないと、潤が一度
よって、まともに全力起動できるテスト会場が存在しないのだ。
る。
般量産期部門に別れて行われるので、どのアリーナも満員御礼であ
次回の大会であるキャノンボール・ファストは、専用機部門と、一
ナが予約待ちになっている。
大会が近づいてきたので、機動テストを行うのに最適な第六アリー
うがないか﹂
に。 第六アリーナは大会までテストの申請が通らないし、⋮⋮しょ
﹁そうか、せっかく目標達成を目指して、進捗通り頑張って達成したの
⋮⋮。 それに、武装が不完全だし、見送ろうかなって﹂
の せ い で、⋮⋮ 安 全 性 の 確 保 し て な い 機 体 の 参 加 を 止 め ら れ て て
?
﹁⋮⋮私は、何も聞いていないけど。 お姉ちゃんが私たちに用があ
672
!?
?
るって話していたけど、それじゃないよね
﹂
﹁う∼ん、それじゃないな。 ⋮⋮でも、俺が忘れるってことは、きっ
とどうでもいいことだろうな。 気にしすぎか﹂
元々、完璧であること、より完璧を目指すことを目的に訓練してき
た経歴がある。
それでもなお忘れた、ということは本当にどうでもいいことに違い
ない。
簪が何度かメモ帳を取り出して確認したが、結局大会当日というの
が分かっているだけで、他に何も無かった。
その後、特にやることも無いので、寮で夕食をとることに。
偶然にも入り口でラウラとシャルロットの二人組みと合流、これま
た偶然にも鈴、箒、セシリア、一夏と次々合流した。
相変わらず一夏に対して嫌悪感を持っている簪は、潤の手をグイグ
イ引っ張って一番離れた場所を確保した。
端っこ、隣に潤しか居ないので、どことなく満足げである。
潤は何時も通りのぶっかけうどん、簪はかき揚げうどんを選択し、
うどんの上に乗ったかき揚げを箸でつゆの中に沈めている。
たっぷり全身浴派なる派閥らしく、最初にサクサク感を楽しみ、後
﹂
半から汁をたっぷり吸った揚げを楽しむダブルスタンス派の潤も概
ね全身浴派には賛成する。
﹁なっ、お前、何をしているんだ
供のように見つめる簪に、潤の隣に座っているラウラが恐る恐る尋ね
た。
確か、ラウラはサクサク派だった。
後半まで半分かき揚げを残して、あろうことか汁にべったり付ける
潤の食べ方を見て、何度も小言を言われたので覚えている。
﹁せっかくサクサク、食感最高になっているかき揚げを一口も齧るこ
﹂
となくいきなりべちょ漬けするなんて何という邪道。 お前はかき
揚げうどんの何たるかを全く分かっていないな
﹁⋮⋮違う⋮⋮食事は、おいしく食べるのが礼儀⋮⋮。 サクサクに
!
673
?
ぷくぷく浮かぶあがってくる泡を、新しい玩具を買ってもらった子
?
なったかき揚げも確かにおいしいけど、サクサク感を楽しみたいのな
らば、元々天ぷらを注文すればいい。 汁物であるうどんにかき揚げ
を乗せる以上、汁と揚げを融合させるのは最早予定調和みたいなも
の。 そもそもかき揚げうどんはそうあるべくして、かき揚げが乗っ
お前の言い分は分かるがな││││﹂
ている。 それが邪道なんて理解できない﹂
﹁長い
恐らく当人同士にしか分からない、深遠な対立があるのだろう。
最終的に﹃やるな﹄、﹃お前もな﹄、といった関係になりそうなので
放っておいても問題ないだろう。
食事を楽しめるのはいいことだ。
僅かな食料をめぐって、後に引けない戦争が起こるよりずっとい
い。
綺麗な水源を確保するための戦争は定番だが、食糧でも起こらない
とは言えない。
それより、潤からすれば口論する二人に挟まれているので、喧しく
てしょうがなかったが。
両サイドからステレオスピーカーのように続く喧噪をよそに、静か
﹂
にうどんを啜っていると、何を聴いたのか、シャルロットがいきなり
立ち上がった。
﹁えっ、一夏の誕生日って二十七日なの
﹁お。おう。 そうだけど﹂
グリグリ何度も。
印をつける。
手帳を取り出したセシリアが、誕生日当日に、赤ペンで円を描いて
﹁一夏さん、そういうことは、早く言っていただかないと﹂
レゼントの貰える特別な日だったが。
生まれた日の節目である以外は特に何でもない日、子供のころはプ
本当にどうでもいいことだった。
たらしい。
九月二十七日、キャノンボール・ファスト当日は、一夏の誕生日だっ
﹁誕生日、九月二十七日⋮⋮。 ああ、なるほどね﹂
!?
674
!
その様子を見るに、一夏に対して何らかのアクションを取って楽し
む予定なのだろう。
お邪魔虫は馬に蹴られて死ぬ、という格言があったような⋮⋮、そ
んなことを考えている潤は端っこの方で空気に徹することにした。
﹂
﹁毎年誕生日は家で祝ってるんだけど、潤も来るよな
﹂
﹁お前はどうして人の心を察することができないんだ
生徒会は朝から晩までスケジュールが
?
﹂
﹂
﹁本当にどうでもいいことさ。 さて、俺はヒュペリオンがセカンド・
やるぞ﹂
﹁歯切れ悪いな。 私は妹、潤はお兄ちゃん、相談があるのなら聞いて
﹁いや、たいしたことはないんだが⋮⋮﹂
﹁どうかしたのか、潤
をしているのに気づく。
縦について後日訓練の約束をしている潤を見ると、ちょっと微妙な顔
互いの意見を尊重し、一息ついたラウラが、ふと、高機動状態の操
があるといった無難な場所で。
どっちかの方が美味しいではなく、より美味しく食べることに意味
着をみた。
ていたことを追及させられている頃、ようやくラウラと簪の口論が決
一夏と潤が下らない会話を繰り広げ、鈴と箒が一夏の誕生日を黙っ
﹁チクショウめ
﹁ニジュウとナノカだけに、などと考えているのなら腹パンするぞ﹂
﹁あ∼⋮⋮、二七日は二重に用事があるのか、そうなのか││﹂
が自由時間を作る余裕はないな﹂
ぎっしりだ。 他にも⋮⋮、まあ、ちょっとした理由もある。 悪い
﹁二七日って大会当日だろ
特に鈴は空気読めよ、と言わんばかりの眼光だ。
四人を見る。
二人だけの思い出、あわよくばウフフなんて想像をしているだろう
ラウラの背景に徹していたというのに、一夏は何時もこうである。
当初の議論から外れ、うどんの煮る時間に口論が転移し始めた簪と
﹁な、なんだよ急に﹂
?
?
675
!
!
シフトした関係で、報告書を作らねばならないから部屋に戻る﹂
言葉を切って簪に目を向ける。
言わずともその視線の意味を察した簪は、テスト状況を確認する。
表示される待機時間を見るに、結合試験完了までは、まだまだ時間
がかかるようだ。
﹁あと一時間半くらい﹂
ヒュペリオンの
﹁そうか。 なら、明日の朝に再確認しよう。 それじゃあな﹂
﹁うん、また明日﹂
﹁⋮⋮なんか、潤、気がかりなことでもあるのかな
関連
それとも亡国機業関連かな
﹂
機動関連で織斑先生から散々小言を言われていたけど、やっぱりそれ
?
﹁クラリッサか。 ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長だ。 いや、緊急では
かるというものだ。
目に見えないところで妙な優しさを見せるが、本音かラウラなら分
例えば今日もそうだった。
ら分かる。
えない人には見えないし、普通なら分からないだろうが、分かる人な
それは目に見えてではなく、行動や表情の裏に隠れているので、見
でああいう人間は本当に珍しい。
ど強い、三十近くなればああいう人間は結構いるだろうが、十代半ば
憧れるほど思慮深く、縋りたくなるほど優しく、近づきたくなるほ
ラウラにとって潤とは尊敬に値する人間だ。
考える。
シャルロットの問いにそっけなく返答すると、ラウラは暫く一人で
﹁いや、あれは、どちらでもない。 ⋮⋮あの反応は││ふむ﹂
?
ない。 ちょっと調べてほしい事があるのだが⋮⋮﹂
そう、今のラウラには分かる。
676
?
3│4
一夏の誕生日にクッキーでも作ってプレゼントしようと思ってい
たシャルロットは、放課後、お菓子作成の練習のため食堂に足を運ん
でいた。
プレゼントする当人である一夏は、潤が定期的に行っている戦術講
座に出席中するためアリーナにいる。
今回の主題は白式最大の弱点、シールド・エネルギーの消耗を抑え
るのが目的で、刀身の長さを意図的に短くするため訓練だそうだ。
白式のワンオフ・アビリティー﹃零落白夜﹄は自らのHPともいえ
るシールド・エネルギーを使用することで、ただの一撃で相手を葬り
去る諸刃の剣。
しかし、一夏はそのデメリットに対してあまりに無頓着だ。
同じ系統にヒュペリオンのプリセットであるビーム・サーベルがあ
677
るが、エネルギーをドカ食いするその武装に対し、潤は細心の注意を
割いている。
とは潤の談である。
消費エネルギーはだいたい同じなのに、威力だけは比較に出来な
いって不公平だと思わないか
閑話休題。
るとのことで溜飲を下げた。
近接訓練から省かれたセシリアは、回避運動訓練の際には専属にな
嫌がいい。
緒にトレーニングが出来るようになってシャルロットはすこぶる機
一時期潤にばかり教えを乞うようになっていたので、また一夏と一
ルロットでローテーションを組んで実戦形式で学ぶらしい。
ちなみに、今日は一夏と潤、それと箒で行うが、明日から鈴、シャ
だろう。
夏は、そもそも剣の長さを自在に変えるという発想に至らなかったの
篠ノ之流剣術で得ているノウハウを近接戦闘に反映させている一
ないのが、まさしくその対策だ。
標的への接触直前までは、その長さを親指程度までしか伸ばしてい
?
シャルロットが食堂に来たのは、来たるべき一夏の誕生日にクッ
キーをプレゼントするためである。
合宿直前にプレゼントしてくれたブレスレットのお返し、しかもペ
アルックに見えるような代物を、してみようかと思ったら、白式の待
機状態関連で断られたが。
時計にすると、潤と並んだ時に見劣りするし、││ヒュペリオンの
待機状態は、その価値億にも届く世界で最も高価な腕時計││で結局
こうなった。
﹂
﹁くそっ、根性の無いオーブンだ﹂
﹁⋮⋮なにやってるの、ラウラ
﹁ケーキを作っているんだが、どうにもこうにもスポンジが膨らまな
い。 ぺったんこになってしまう﹂
難しい顔をしながら、一見マドレーヌにも見える巨大な塊を睨むラ
ウラ。
もしも彼女の予想通りの成果が得られたのならば、円柱状に膨らん
﹂
だ立派なスポンジが出来るはずだった。
﹁ラウラも、まさか⋮⋮、一夏に
シャルロットが尋ねる。
ラウラと一夏は徐々に仲良くなっているが、一夏が何を言ってもジ
ト目で睨んでいる印象が強すぎて誕生日にケーキなんてイメージは
無かった。
無いな。 別件だ﹂
びっくり、と思うより、ライバルが増えて面倒だ、と思ってしまう
けど。
﹁私が、アレに
﹂
もよく食べていた﹂
ドイツでは老若男女問わずケーキ好きが多い。
誕生日や季節行事はもちろん、パーティーではお手製のケーキを焼
678
?
作っているのがケーキと知って、もしかしたらラウラも、と思った
?
﹁そっか、ドイツの人たちってケーキ好きだもんね。 ラウラも好き
?
﹁ああ、部隊のものも何かにつけてパクパク食べているからな。 私
?
いてもてなすことも、ちょっとしたティータイムを楽しむためにも
ケーキを食べることがある。
週末のカフェでは初老のカップルが、大きなケーキに生クリームを
たっぷりのせたものをペロリと平らげてしまう光景も目にする。
当然、甘さが控えめで、意外と軽く食べられるように工夫がされて
いる。
シャルロットの祖国であるフランス菓子のように繊細とは言えな
いが、シンプルで素朴なケーキが多い。
それ以外にも、ドイツは結構おいしいお菓子が多い。
一夏を見送った後、珍しくラウラから口火を切る。
年頃の女の子らしくお菓子雑談に花を咲かせつつ、泡立て方やら、
粉の混ぜ方やらを教えて、スポンジ作りを手伝うシャルロット。
並んでお菓子作りに精を出していると、まるで姉妹になったみたい
﹂
で、自然とシャルロットの頬が緩んだ。
﹁ところで、別件って、潤のこと
﹁ああ、違いない。 最近、亡国機業の連中に頭を悩ませているから
な。 息抜きになってくれればいいが﹂
﹁最後の敵機のことだよね。 あれは⋮⋮何で僕の事を狙ったんだろ
う。 客観的に見れば狙う必要なんて無かったのに﹂
﹁そういうことも含めてな。 運用としての考えは銀の福音と同じだ
が、性能は段違いだな。 まともに戦えるのは、教官に潤、ギリギリ
生徒会長が入るくらいか﹂
勝てるかな、と聞き返してきたシャルロットに、ラウラは沈黙とい
う返答をした。
それだけ、最後に出てきたあの機体は異常な性能を持っていたの
だ。
ラウラはセカンドシフトしたヒュペリオンの性能を知っている。
馬鹿みたいな機体コンセプトを更に先鋭化したような馬鹿な機体
だが、扱えるのであれば配備されている専用機の中でも最強の一角と
なるだろう。
しかし、それでも、有効打は得られなかった。
679
?
﹁あら、シャルロットさん
きたらしい。
﹁あっ
﹂
ははん、考えることはみんな一緒ってね﹂
かもしれない。
滅多に見る事の出来ない、腕まくりした気合の入った姿も不安要素
が引きつる。
別の意味で一夏をイチコロにしそうな発現に、シャルロットの笑み
﹁うん、掴むのは良いけどブレイクしないようにね﹂
トをキャッチしようと﹂
とのことです。 わたくしもそれに倣って手料理で一夏さんのハー
﹁日本には殿方の心を掴むには、まずは胃袋から、という慣わしがある
﹁そ、そうだね。 奇遇だね、えーと、まさか⋮⋮﹂
﹁奇遇ですわね﹂
﹁せ、セシリア
﹂
エプロンをしているところを鑑みるに、シャルロットと同じ理由で
やってきた。
暫く二人で黙々とお菓子作りに励んでいると、今度はセシリアが
?
鈴だった。
箒は一夏や潤と一緒にトレーニングしているからしょうがないと
して、結局何時ものメンバーが揃うのかと、誰からとも無くため息が
出た。
﹁ふむ、この面子が集まって男が居ないとは珍しい。 ちょうど良い
からで聞きたいことがあるんだが﹂
一夏の誕生日をどうやって祝うかについてけん制し、連携しようと
話し合いを進めようとしていたが気勢をそがれてしまった。
﹂
今いるメンバーは、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラから見る
このメンバーにはある共通点がある。
﹁お前ら、あの男のどこが良くて惚れたんだ
全く同じことを聞くラウラにちょっと驚いた。
ラウラからそんな言葉が出てくるとは思いもよらず、そして千冬と
?
680
?
聞きなれた元気のいい声、調理室のドアを開けたのはエプロン姿の
!
︶
実は七月に行われた合宿初日、ラウラを除く全員が千冬に似たよう
なことを問いただされたのだ。
弟とは姉のものだから渡さないぞ、奪い取れ。 と、叱咤激励︵
を受けただけだが、あの教官にして、この部下ありなのか。
﹁私もそこまで鈍感ではない。 最近視野も広まって、今まで分から
なかったことも、分かるようになった。 奴の良い所も分かる。 女
心を抉る、というのは未だに理解しがたいが、⋮⋮それを考慮しても、
実に不可解だ﹂
一夏は潤とは違った方面において、役立つ知識と技術を持ってい
る。
家事とか、マッサージとか、一家に一人いれば大助かりだろう。
こういった部分に関しては潤も及んでいないだけあって評価する
しかない。
﹁わ、私は⋮⋮小学生の頃から⋮⋮﹂
﹁いや、言っといてあれだがお前はいい。 子供のころから一緒にい
て、共有した時間の長さから、いつの間にか。 というのは他人に理
解しがたいものだからな﹂
﹁な、何よそれ⋮⋮﹂
ちょっと恥ずかしかったのか、鈴がたどたどしく話し出したもの
の、ラウラが綺麗さっぱり流した。
鈴がツインテールの先をクルクル弄って文句を言う。
鈴とこの場に居ない箒はどうでもいい。
貴重な思い出というものは、何事にも代えられない大事なものだ。
そうした物の積み重ねが続いて、友情がいつの間にか男女の情に移
るのだって仕方がないと思う。
﹁だから、私が聞きたいのはお前ら二人だ﹂
シャルロットとラウラはルームメイトなので色々話す機会があっ
た。
それだけに、察しはついているものの、潤を尊敬しているラウラに
とっては納得できないとも思っている。
ほぼ名指しで指定された二人は、お互い顔を見合わせると、これま
681
?
僕は││﹂
たお互いに顔を真っ赤に染めてあたふたし始めた。
﹁あ、あの⋮⋮ラウラ
一夏とルームメイトになって、一夏の優
﹁笑わないから言ってみろ。 私は純粋に疑問なだけだ﹂
﹁いや、僕も一緒だからね
から﹂
﹁では、きっかけはあいつとルームメイトになったことだと
?
﹂
二人の強さにはそれだけ大きな隔たりがある。 私に中々勝てな
﹁織斑一夏と小栗潤を比べて、潤の方が弱い部分を探す方が難しいぞ。
そしてバッサリ切り捨てられる。
﹁ない﹂
﹁一夏さんの強さに触れて、ですわ﹂
えた。
まさか自分が一番気がかりとは、と無駄に胸を張ってセシリアが答
ラウラの目がセシリアに向く。
ト﹂
﹁ようやく一番気がかりな奴の意見が聞けるな、セシリア・オルコッ
次いでセシリアに向かう。
ば、希薄なような気もするがこれはこれでいいだろう。
友の大切さを、そういった優しさ以外の部分まで教わった身からすれ
力の意味を、責任とはどういったものかを、生きることの難しさを、
が言って良いことではない。
時間の短さが気がかりだが、あの一戦を境に心を入れ替えたラウラ
下がれない。
が、先ほどラウラ自らがしょうがないと言った事を利用されては食い
惚れた主要因が優しさだというのならば潤も負けていないと思う
潤の友人関係の中で、最も友好的関係を築いているのは本音だ。
﹁そ、そうだよ﹂
﹂
を共有してそういった共有している思い出から好きになっただけだ
しさを知って、一緒に訓練して、試合に勝った喜びと、負けた悔しさ
?
いアイツと、私が手も足も出ない潤だぞ
﹁そうですけど││﹂
?
682
?
﹁お前とて一学期中の考えでは、織斑一夏は教える側、潤には好敵手と
して強さの違いを認めているだろう﹂
﹁そうではありません。 わたくしの言いたいことは一夏さんの心の
強さのことです﹂
﹁それこそありえん。 合宿でのことを言っているかもしれないが、
あれは特殊な事例だ﹂
﹁ラウラさん、声が大きいですわ。 ⋮⋮まあ、確かにあれは特殊です
し、潤さんも強いお方ですけれども﹂
調理室を何度か見渡して誰も居ない事を確かめ、ほっと息を付い
た。
今の話はトップシークレットの類だ。
セシリアとて、究極の選択を迫られ僅かな間で取捨選択できるの
が、どれ程難しいことか知っている。
自分が子供のころから世話になっているメイドのチェルシーか、一
683
夏かを選べと言われて、簡単に選択できると思わない。
もし選択したとして、一時的に心が病んでしまうのも、弱いことで
はないと思う。
身近に居る大切な人を殺したとして、その死に何も感じなくなって
しまっては、転校初日のラウラと一緒だ。
﹃こんなの最悪だ、私たちには出来ない﹄と誰かが言っても、
﹃いや、俺
ならやり通せる﹄と言って挑戦し、例え傷だらけとなって膝をついた
としても、再び立ち上がって挑戦を続けられるのならば、その不屈の
心は称賛されるべきものだ。
﹂
﹁お前だけなんだ。 織斑と潤の双方の魅力を同時に知って、それで
いて織斑を取ったのは。 どうして奴なんだ
それに││実はセシリアとて、潤に教わりたいと思っている側なの
り立たないのは道理である。
訓練を施す側と、訓練生が同じレベルでは、そもそも訓練なんて成
﹁論外だ﹂
われていますし。 ISの技能と身体能力は││﹂
﹁勉学での成績は、⋮⋮潤さんが上ですわね、一年全体で五番以内と言
?
だ。
どうにもプライドが邪魔して言えないでいるが、潤のBT兵器の扱
い方を教わりたいと思っている。
全周囲包囲しての乱射攻撃、銃撃しながら接近しブレードで決定打
を与える。
その間、ビット兵器の攻撃は一切手を緩めない。
今のセシリアにはあんなの絶対出来ない。
BT適正で勝っているが、使い方と稼働率では潤に劣っている、そ
の状況下で、BT兵器のフレキシブルが出来る人間が出てきては代表
候補性として立つ瀬がない。
﹂
﹁⋮⋮やはり、父の影響でしょうか﹂
﹁父親
セシリアの両親はとある事故ですでに他界している。
生前、母親は家のために尽力していたが、婿養子で卑屈な父親には
怒りを覚えていた。
そこに世界的な女尊男卑の風潮が直撃し、基本的に男性を軽視する
考えがセシリアにはあったし、そういった卑屈で弱い男を見抜くのは
得意だった。
セシリアが最初に潤に会って抱いた感想は、まいっている、折れて
いる、だった
相次ぐ争乱で患った心理的障害が主な原因だが、潤と会った当初の
セシリアは、││どちらかというと軽蔑の感情を抱いたものだった。
いえ、あの当時二人には一つ除いて特別な
﹁⋮⋮一夏さんと戦った後は、軽蔑なんてしていませんでしたし⋮⋮。
きっかけは一夏さん
どと思わなかったのではないだろうか
来、それで冷静に彼の中にある確かな強さを見つけることが出来た、
一夏に強い男らしさを見たから、潤を一人の男として見ることが出
?
もし最初に潤と戦っていたならば、軽蔑からくる嫌悪感で好敵手な
う。
どうしてあの時、潤の技量に対し、素直に称賛の念を抱いたのだろ
繋がりがあった訳では⋮⋮﹂
?
684
?
とでもいうのだろうか。
それならば辻褄はあう。
しかし、あの当時二人には特別な関係はなかった。
世界中でたった二人だけの特別、そんな関係ではあったものの、そ
れゆえ一夏と潤の好感度が被るはずもない。
うんうん唸って考えていると、父親という言葉から複雑な事情があ
ると勘違いしたラウラが遮った。
﹁察するに色々家庭からくる事情があるのだな。 そういうことなら
仕方がない﹂
納得出来ないが、まあ理解できないわけではないと、椅子から立ち
上がって会話を自ら切った。
セシリアは最後まで考え込んでいた。
変に閑散となった調理室に、ちょうどいいタイミングで誰かが訪れ
た。
685
扉から現れたのは、鼻歌交じりで、半ばスキップしそうなほど足取
﹂
り軽い、見えている方も幸せになるくらいの満面の笑みを浮かべてい
る簪だった。
﹁ボーデヴィッヒさん、次、オーブン借りていい
全員から一通り頭をはたかれ、ついでとばかりに潤や本音、なんと
一緒に食べていた何時ものメンバーに大いに顰蹙をかっていた。
一夏が﹃更識さん、あんな顔も出来るんだな﹄といってガン見して、
われた事を表していた。
弾けたようなまぶしい笑顔が、確かな疲労と辛さが、この瞬間に報
本音とハイタッチ。
朝の食堂で衆人環視なんて物ともせず、歓喜の抱擁をし、ついでに
そう、打鉄弐式の完成である。
簪は朝からずっとこうだった。
﹁ありがとう﹂
いい﹂
いかないから、少し本を読んで勉強していよう。 その間は使っても
﹁ああ││いや、よくは無いんだが⋮⋮。 何時までたっても上手く
?
簪まで頭を叩いた。
﹁なんか、打鉄弐式の開発が滞って当初からもやもやして、時にはイラ
イラしたけど、こうやっていっぱいいっぱい思い出が出来て、本音や
潤と仲良くなって、苦しくても一緒に頑張って、⋮⋮そうしていざ完
成したら、織斑くんの事なんてどうでもよくなっちゃった﹂
不思議なことだが、ぶつ権利があるけど、面倒だからしない、とま
で言っていた蟠りは消えたらしい。
放課後は一緒に、簪が手作りした抹茶のカップケーキで、潤が淹れ
た紅茶を用意して、潤の部屋でささやかな打ち上げをする予定だ。
抹茶のカップケーキは、簪の数少ない得意料理。
喜んでくれるだろうか、いや、喜んでくれなくてもいい。
二人の間にあるのは、そんな浅いものではないと信じている。
今はただただ喜びを共有したい。
カップケーキは、本当にただのおまけだ。
﹂
⋮⋮抹茶ケーキは、得意だけど⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ケーキ、作れるのか
﹁え
﹁えっと、どうしたの
光景だった。
﹂
それは、ラウラに耳打ちされ、簪が驚きの声を上げる数秒前までの
﹁ものは相談なんだが││││﹂
?
686
?
﹁ふむ⋮⋮、お兄ちゃんと、この女は仲がいい。 むむむ﹂
?
3│5
もしものために陸上部の部長さんが、付きっ切りで見守る中、潤は
淡々と走り続けている。
このために陸上部に所属しているといっても過言でない、トレーニ
ングルームの一角。
ただし高酸素・低酸素室にいるのは潤一人。
間違っても二人いてはいけない。
現在の設定は標高約二千五百メートル付近。
富士山で言い表すならば六合目あたりに該当し、高山病にかかる山
のラインに該当する。
﹂
そんな酸素濃度でキロ六分台を維持し、もうそろそろ五キロに迫る
所まで走り続けている。
﹁なんか、最近小栗くん、トレーニング過多じゃない
﹁鬼気迫る感じだよね﹂
五キロを通り過ぎた後、頭痛が酷くなり始めたので、流石の潤も速
度を緩めながら部屋の外に出た。
シックザール⋮⋮、凡人には決して変えられぬ運命を決する機体。
防御は鉄壁。
攻撃は苛烈にして強烈。
究 極 の 破 壊 で あ る D.E.L.E.T.E.粒 子 に よ る 攻 撃 が 出
来ない今、潤のヒュペリオンでは勝てる要素は無きに等しい。
どうやったら││いや、バカバカしい。
そうやったらなんて考える必要など意味を成さない⋮⋮、それは勝
つ方法が三つしかないのだから。
相手のエネルギー切れによる自爆待ち。
相手が不安定な強化人間である事を加味して考えれば、永延と距離
を維持して持久戦を展開して割とあっさり勝てる見込みもある。
しかし、箒の紅椿のワンオフ・アビリティー、絢爛舞踏の様にエネ
ルギーを増幅させる能力を持っていた場合嬲られて終わるしかない。
もう一つの制限時間、薬切れによる禁断症状も量子格納できるIS
687
?
を纏っている時点で安心できない。
薬が詰まった容器をマスクの中に出現させる、もしくは装甲の下に
何かしらの仕掛けを用いているかもしれない。
なら、そう、⋮⋮もう答えはこれ以外しかないのだ。
次は零落白夜の一閃。
⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
駄目だ、一夏が接近してシックザールを叩き斬るイメージがまるで
浮かばない。
潤のヒュペリオンと組んで、アルミューレ・リュミエールを展開、バ
リア越しに攻撃⋮⋮、駄目だな、ファンネルを壊されて白式が倒され
688
る未来しか見えない。
なら、もう、最後の一つ。
異世界で潤が取った戦法、そこからD.E.L.E.T.E.粒子
による攻撃を取り除いた戦法を取る。
接近して戦闘不能になるまでボコボコに殴り倒す。
シックザールは遠距離の相手に対して無敵の防御と破壊力を持つ
変面、接近された際には何も出来ない愚図になる。
飛行機に例えるならシックザールは爆撃機、ヒュペリオンは新旧と
もに戦闘機なのだ。
戦闘続行に支障が出るほど攻撃し、アンロック・ユニットの砲台を
壊せれば相手は何も出来ない。
なお、対空防御の弾幕がルナシューターでも匙を投げること請け合
いなので、三つの選択肢の中で最低、下の下の手段である。
しかし、それしかない。
﹂
だから無駄だと分かっていても、自分を鍛えて不安を軽減させたく
意識しっかりしてる
?
なる。
﹁小栗くん、大丈夫
?
﹁ええ、大丈夫です。 ちょっと歩きながら安定させますね。 ││
酸素缶、ありがとうございます﹂
今度は普通のランニングマシーンに向かってよろよろ歩き出す。
急に止まるのはむしろ身体に毒。
休むのもしっかりしたトレーニングの一種、今は何でもやって不安
を軽減させたい。
それが、実戦では無意味だとしてもだ。
﹁明日は⋮⋮、日曜か﹂
毎週日曜は完全休息日。
毎日トレーニングしてもいいのだが、やりすぎると無理やり暴食し
ないと体重が減ったりする。
しっかり休むのも立派な鍛錬の一つだ、といわれたからだが、あな
がち間違ってもいない。
読書して過ごすか、なんてのんきな事を考えながら、今度はシャ
689
ワールームに向かって足を進めた。
│││
﹁んぁ⋮⋮﹂
日曜日、先日決めたように今日は読書して過ごすことにした。
一週間のうち、八時頃まで眠れるのは日曜日だけ。
このまどろみの中で、緩やかにゆっくりと時間が進み感触を楽しむ
のは、愚かしい行為と知りつつも中々止めがたい。
平日ならすぱっと止めるが、日曜日は止めない。
ふに。
ふにふに。
⋮⋮や、やわらかい
寝返りをうとうとしたら、左側に何かが乗っているらしく、うまく
?
動けなかった。
なんかぐにゃ、っていうか、ぷにゅっていうか、暖かくてすべすべ
している何かがある。
﹁ん⋮⋮⋮⋮﹂
確かに自分でない人間の声が聞こえた。
本音じゃない。
本音だったら引っ込んでいる所と出ている所がはっきりしている
ので、すべすべやっている間に分かる。
色々すとーんといった形だったので、抱き枕か何かだと思ったら声
を出した。
﹁ふ、ふふ、ラウラか。 そこまで疲れていなかったのに、俺を起こさ
ず潜り込むとはたいした奴⋮⋮。 だが、なぜ裸なんだ﹂
触っていて気付いたが、身に着けているのは左目の眼帯と、右太も
ものISの待機状態である黒のレッグバンド。
撫でていたのはラウラの背中だったようだ。
うん。
結構幼児体系だよね、ラウラって。
﹁ん⋮⋮、起きたのか⋮⋮﹂
﹁おはよう。 取り合えず、服を着ようか﹂
﹁おおっ、そうだったな﹂
ベッドから抜け出て、見慣れた制服に着替えるラウラ。
はえてないのか。
実にラウラらしい。
このタイミングで本音が起きてなくて本当に良かった。
隣でちょっと会話した程度では、涎をたらしながら枕に抱きついて
眠っているのが普通の本音が本当にありがたかった。
こんな光景見られたら、数時間後にはIS学園全体に知れ渡って、
千冬に個室に案内されてお話しするハメになっていたところだった。
﹁ところで、何で全裸なんだ﹂
﹁うむ。 私は特別なことが無い限り寝るときは全裸だ﹂
﹁なる程、で、なんで隣で寝てたんだ﹂
690
﹁日本の兄妹とは、まれに寝るとき添い寝する文化があると聞いたか
らだ﹂
相談できる相手が少な
﹁もう、お前に日本文化を教え込んでいる相手からは、何も聞くんじゃ
ない。 分かったな﹂
﹁しかし、そうなると誰に聞けばいいんだ
︶そのクラリッサとやらから聞いた後、聞いた内容
い。 お兄様とクラリッサしかおらん﹂
﹁︵なんでお兄様
?
﹂
に関して俺に相談してくれ。 そうすれば、マシになるんじゃないか
?
﹂
ラらしいチョイスです。
﹁潤は何を読んでいるんだ
﹂
﹁⋮⋮﹃レクイエム﹄﹂
﹁どんな本だ
?
﹂
ジー小説だ﹂
﹁作者不明、自己出版。 だが⋮⋮、いや、どこにでもあるファンタ
?
﹂
ラウラが持ち出したのは﹃100万回生きたねこ﹄⋮⋮、実にラウ
枕と布団を積み上げるように重ねて寄りかかる。
﹁勿論﹂
﹁私も数冊借りて読んでいてもいいか﹂
がないだけだ。
こないのは、心を察することなんて、嘗て日常茶飯事だったので習慣
ここでエッセイやら、コラムやら、体験談を纏めたものやらが出て
であっても何かしらかの物を得ることが出来る。
本は先人の知識知恵の塊であり、例えそれがどれほどチープな内容
読書とは心や精神の成長を促進させるもの。
推理小説からファンタジー物、文学からホラーまで計二十冊。
昨日確保しておいた色々な小説を枕元に置いていた。
﹁今日一日読書して過ごす﹂
だ
﹁そうか。 では、今後はそうしよう。 で、お兄様は今日の予定は何
?
﹁内容は
?
691
?
﹁貴族に惚れて裏切られた馬鹿な男が改造されて人造人間になった挙
句、紆余曲折あって世界最強の剣士に勝利し、これまた色々あって人
類の無意識圏に融合して死亡する、といったなんちゃって英雄譚だ﹂
﹂
﹁そうか、後で読ませてくれ﹂
﹁断る﹂
﹁ナニゆえ
なんか、渡してはいけない気がした。
なんでこんな物がこの世にあるのか不思議でしょうがない。
全ての登場人物の名前や、地域の固定名称などは違うものの、この
物語の主人公は小栗潤であり、この物語は事実として存在していたの
だから。
ただ静かに本を読み進めること四時間余り。
本をめくる音、本音の寝息、雀の鳴き声、若干涼しくなってきた残
暑の風。
本の中では物語中盤、ヒュペリオンを装着し巨大宇宙生物の決戦中
に差し掛かった頃。
﹂
突然の癒子来襲。
﹁暇ぁ
﹁私も暇だし、小栗くんも暇みたいだし、テーブルゲームとかボード
ゲームとか一緒にしようよ﹂
﹁暇じゃない。 今日は読書して過ごす予定なんだ﹂
言うな否や瞬く間に本を奪われた。
潤自身非常に情けない顔をしながら癒子を見上げる。
こちらから何かしようと思ったときは全く乗ってこない癖して、こ
ちらが何かしている最中はそれを無視して擦り寄ってくる。
物陰からじーっと無意味に観察していたり、本に限らず新聞を読ん
でいたら堂々とど真ん中に物を置いたり読み物と顔の間に手や顔を
こいつは猫なのか
割り込ませる。
やはり猫か
?
﹁こないだ人生ゲームの最新版買ってきたから、一緒にやろねー。 ?
692
!?
﹁⋮⋮煩い。 読書中なんだから静かにしてくれ﹂
!
そうだ、本音も起こしてみんなでしよ
﹁だから俺は読書中⋮⋮﹂
ナイスアイディア﹂
﹂
﹂
﹂
いい加減起きなさい
﹁fufu⋮⋮ 話を聞いてくれません。 便
﹁小栗くんって賭け事得意
﹁俺が勝てると思わないことだ﹂
本音、もう直ぐ十一時じゃない
されている本音、実はやたら運が良い。
勝てるわけが無い。
賭け事、幸運値最低の潤には勝ち目など無いのだから。
│││
﹁よし、スリーカードだ﹂
﹁フォーカード﹂
﹁⋮⋮馬鹿な﹂
﹁おぐりんよっわ﹂
!
!
かった﹂
﹁にいや
﹂
﹁いや、後ろで見ていたが兄やのセミグラフの考えは決して悪くは無
手はフォーカード。
直近二十回でワンペア四回、ようやく勝ち得る役を手に入れたら相
八連続でブタ、ハイカード。
﹄と起こ
﹁私が本音起こしている間に小栗くんは紅茶淹れといてね。 うん。
!
かし、しっくりこないな、私的にはお兄様がベストチョイスだった﹂
﹁⋮⋮もういいさ、好きなチョイスで好きなように呼べばいいさ﹂
ポーカー総当たり戦、潤華麗に全敗中である。
不貞寝気味に寝転がっても仕方が無いのである。
あまりに完璧に負けるため、わざとしているのではないかと疑われ
たものの、基本に忠実に決して悪くない手を選んでいる。
693
!
?
﹁ああ、日本には兄をそのような名称で呼ぶことがあるようだ。 し
?
ラウラもそれが最善手だ、と思う手を潤が取るものの、結果はブタ、
ブタ、ブタ
﹂
﹂
!
いや、まだ途中なのか
﹂
﹁もうやった後だ。 だから幾ら負けたってどうだっていいのだ。 ﹁本当に必要な賭け、なんて何時来るんだ﹂
いんだ﹂
ない。 あったとしても本当に必要な一つにさえ勝てればそれでい
﹁⋮⋮いや、あれだ。 うん。 人生においてギャンブルなんて必要
﹁はははっ、ほんと運悪いよな、お兄様は﹂
﹁FUCK YOUぶち殺すぞゴミが
本音:ロイヤルストレートフラッシュ、勝確。
潤 :フルハウス、しかもキングとエース。
しかし、お互いが上限金をかけて開帳、結果は⋮⋮。
だらだら長く続けられるように設定された金額上限各五百円。
え、なにそれ怖い。
本音が強気だ。
﹁すかさずレイズ∼。 五百円追加ね﹂
﹁ベット、五百円な﹂
が来るとは思うまい。
を楽しむものだがここまで負けこんでいて、突如としてこんな大物手
本物の賭け事をするときには相手を降りさせないように、駆け引き
変える必要なんて無い。
エースが三枚、キングが二枚。
ラウラが小声をあげる。
﹁⋮⋮ナッツ﹂
﹁おっ
カードを配る癒子。
次は全勝中の本音。
キングの圧倒的敗北。
ハイカードの競り合いになったことが一度だけあったものの七と
!
あの賭けはどうでも良い。
?
694
?
﹂
したのかどうかも分からず、結局結果を見届けることが出来ないわ
けだし。
﹁どんな賭けを。 誰としたの
やたら本音が乗ってくる。
る。
気が最高に狂った人
﹂
なんでこんなに、察しがいいのだろうか。
﹁マッドマックス﹂
﹁まっど、まっくす
﹁映画、じゃないよね
﹁そうだな。 色々と正しい﹂
﹂
?
罪に対し、過ちを認められるか、認められないかだ﹂
﹂
﹁うん。 まあ下らない賭けだな。 自分にとって間接的でしかない
か。
全人類に対するダウンロードなんて死ぬに決まっているじゃない
何人にダウンロードしたと思っているんだ。
謀った。
多く、それゆえに多くの良くないことに潤を巻き込ませるように王が
パンドラの箱にあるように、正負の感情は圧倒的に負の感情の方が
だから、あらゆる負の感情と、正の感情を知らねばならなかった。
けを用いて正常な意識に戻す。
人類の無意識圏に対してダウンロードし、リリムの力である植え付
だから。
結局その内容では二人は結局結果を見届けることなど出来ないの
辛気臭いったらありゃしない。
ければやがて人類は朽ちていくことに賭けた。
潤は人類が変わっていく事に賭け、マッドマックスは管理でもしな
とも直視できずに朽ちていくのか。
人類は、過ちと醜さを直視し、変わっていくことが出来るか、それ
﹁で、どんな賭けを
﹂
何かを確信しているのか、どうしても聞きだそうと躍起になってい
?
﹁なにそれ。 たいていの人は認められないんじゃないの
?
695
?
?
?
﹁道理だな﹂
﹁おぐりんはどっちに賭けたの﹂
﹁過ちを認めて、改めること﹂
﹁なんだ、やっぱり負けてんじゃん﹂
あの本の最後は、内容は、きっと笑い話だ。
自分の過去なんてそんなものさ。
696
3│6
﹁じゃあ、纏めるということでいいんだな
﹂
と簪がやるとして、その他の準備は
﹂
﹂
﹁うむ。 嘘をつくのなら虚実混ぜ合わせるのが良い。 ケーキは私
ばごまかせると思うよ﹂
﹁今のところ大丈夫∼。 いざとなったら完成記念を前面に押し出せ
﹁布仏、勘付かれた気配は無いか
ように纏める位で丁度良いと思う﹂
﹁⋮⋮うん。 潤はそういう華やかなことは嫌いだから、少なくなる
?
﹂
?
波の様に響いている。
何か余程面白いことでもあったのか、きゃあきゃあと黄色い声が津
かった。
全体で一夏の誕生日の話題で持ちきりなので誰も気にしてはいな
で話しているのに目立ってしまって仕方が無いと思うだろうが、一組
簪まで一組にやってきている状況を考えれば、せっかく仲間内だけ
いる。
子とナギに怪訝な目を向けた潤は、珍しく一夏と一緒に朝食をとって
一人で起きた本音を訝しみ、珍しく避けるように朝食を済ませた癒
ひそひそ話なのに三人寄ればなんとやらで非常にかしましい。
簪、癒子とナギ。
ラウラの席の周囲でひそひそ話に興じるのは、当のラウラと本音と
なっていたよね。 そういえば﹂
﹁あ ー、織 斑 君 の ク ラ ス 代 表 就 任 パ ー テ ィ ー で も 気 付 い た ら い な く
くなる口だから﹂
﹁大丈夫、おぐりん、必要最低限が終われば忽然とパーティー中にいな
﹁所で、こちらが意図した時間に来てくれるのか
﹁私たちの部屋に隠せば、いくら小栗くんでも気が付かないよね﹂
﹁うん。 もう準備OK。 ばっちりだよ﹂
?
﹁じゃあ、二十七日、潤に気付かれないように││﹂
﹁おはよう。 簪までめず││﹂
697
?
﹁っひ││
のか﹂
﹂
﹂
がいいんじゃないか
﹂
﹁所でもうそろそろチャイムが鳴るから更識さん、クラスに戻った方
癒子とナギも何度も頷き、場を収めようとしている。
たとおりこれ以上聞き出すのは無粋と判断して口を噤んだ。
潤は少しばかりまだ隠し事をしている事を察したが、自分で口にし
気があったので仕方が無い。
何か言ってはいけないことまでボロボロ喋ってしまいそうな雰囲
ローする。
ラウラと本音が連携して、少しばかり調子を崩した簪を即座にフォ
﹁ふーん﹂
んだよ﹂
﹁かんちゃんはねー、ヴィッヒーにケーキの作り方教えてくれている
﹁えっ
いや、私は││﹂
﹁む、そうか。 無粋な事を聞いた。 ⋮⋮簪も主賓なのに準備する
やる﹂
一人なんだから、準備などは気にしなくても良い。 こっちで勝手に
﹁││打鉄弐式の開発完了のお祝い、のようなものだ。 兄は主賓の
﹁いや、特に怒ってないから。 ところで何の話をしていたんだ﹂
﹁ご、ごご、⋮⋮ごめん、なさい﹂
イッチに使われる道具のごとく再び潤の懐に飛び込んできた。
同時にちょっと飛びのいたせいで一夏にぶつかって、ピタゴラス
た声を上げて悲鳴を上げた。
輪の中にいきなり潤が入って来て、名前を出していた簪が引きつっ
﹁うおおっ
!? !
立てば軍人、座れば侍、歩く姿は装甲戦車のよう││などと常々潤
きて、女子のお喋りは強制お開きになった。
入れ替わるように朝のホームルーム三分前に千冬が教室に入って
一夏に時間を指摘され、急いで教室を出て行く簪。
﹁あ、⋮⋮もう、こんな時間。 それじゃあ、⋮⋮また﹂
?
698
!?
は思っているが口には出さない。
だって怖いから。
﹁今日は二十七日に行われるキャノンボール・ファストに備え高機動
について授業を行う。 本授業は第六アリーナで行う関係上、事故が
起こった場合周囲の施設に物損的な被害が出るので細心の注意を払
うように。
また、専用機持ちを除く生徒には教師が併走するので自分勝手な
コースを進まないように気をつけること。 尚、付き添いの教師達が
飛行状態に問題がありと判断したら直ちに中断させる。
山 田 く ん の ホ ー ム ル ー ム が 終 わ り 次 第 準 備 し て 集 合 す る よ う に。
遅刻は許さん﹂
第六アリーナ。
最近墜落事故を起こした片割れの潤は、気まずそうに頭をかいた。
│││
授業は一夏とセシリアの実演から始まった。
真耶のフラッグと共に白式とブルー・ティアーズが一気に飛翔、超
音速飛行によって衝撃波と轟く様な大音響を発して音の壁を突破し
た。
高機動型の加速に慣れていない一般生徒達が轟く爆音に顔を歪め
る。
ソニックブームがしっかりと視認可能な状態で現れており、もし機
体同士がぶつかりでもしたらその衝撃は簪と共に起こした墜落事故
の比ではないだろう。
学園中央のモニュメントであるタワーなんて、ガラス細工の様に倒
壊させることだって楽に出来てしまう。
﹁よし、今年は一年生も参加する異例の事態となっているが、やって損
することは無い。 何かしら学べるし、糧にもなるだろう。 よし、
出席番号順に訓練機を装備、順番に飛行開始だ﹂
ここ最近はキャノンボール・ファストを迎えるに当たって、高機動
699
ISの操縦方法についての授業が特別に行われていた。
安全に操縦するに必要な物理学、医学、計器の見かた等の基礎を学
び、筆記試験に挑んできた。
当然潤や一夏も筆記試験に挑んでいる。
﹁次のフライトテストの生徒は待機せよ。 繰り返す、次の生徒は訓
練機着用後待機せよ﹂
殆どの生徒にとって、ISを使って不自由な機動を求められる高負
荷に晒される始めての体験となる。
教師達、千冬も真耶も生徒達一人一人に追従する形でフライトを始
めてチェックし始めた。
馬力でどうにでもなるヒュペリオンや白式、紅椿などと違い、一般
生徒向けに貸し出されている打鉄やリヴァイブ、カレワラには安全に
フライするためにはテクニックを必要とする。
スラスターの向き先が数度ずれただけで数秒後には激突コースに
﹂
﹂
﹂
ば今のうちから恒久的に人手不足の教師陣に協力してくれ。 それ
に、出来るだろ
相性がいいのか
?
﹁分かりました。 ⋮⋮マジかよ﹂
﹁なんか、潤って千冬姉に信頼されているのか
?
?
700
なっている可能性があるからだ。
例年では、この訓練の期間がどうしても取れないので一年生の参加
が見送られていた。
﹂
今年は専用機持ちが複数人いるため特例として行われるらしい。
﹁ねぇ、私は誰と飛ぶの
﹁え
﹁お前も教導官として一般生徒のフライトに付き合え﹂
﹁はい。 なんでしょうか、織斑先生﹂
﹁小栗﹂
か雑談している潤の耳にも届いた。
一夏と箒とスラスターに対してどのようにエネルギーを割り振る
カレワラを身に纏った相川がウロウロしている。
?
﹁楯無にもこういう場合には手伝わせている。 お前も次期会長なら
?
俺がペアに
﹁信頼しているのを理由にして、便利だからって何でもかんでも押し
付けられている気しかしない。 まったく││相川
見つめていた。
│││
﹂
﹁⋮⋮全体的に生徒の資質がはっきりしてきたかな
﹂
一夏は自分のことなのに、まるで結論を出せない箒を不思議そうに
何故か箒は潤が苦手なようだ。
な﹂
﹁││わからん。 だが、なんとなく奴の性格、いや性根がちょっと
﹁箒ってなんで潤と仲悪いんだ
﹁⋮⋮性根に問題がありそうだがな﹂
﹁千冬姉にISの実力で信頼されている潤って、かなりすげーよな﹂
が感嘆とした視線を向けた。
どちらかといえば歓迎の色が濃いクラスメイトの声を聞いて、一夏
潤が大声を上げながら女子の輪に入っていく。
なった。 チェックシートに則って最終チェックを始めてくれ﹂
!
﹁うん、中々上手いじゃないか﹂
﹁全然自由が利かないんだね。 操作が重いかな
隣を飛んでいるのは鷹月静寐さん。
﹂
そうでない生徒は、整備やら開発やらに進むことになるだろう。
才能を如実に現していた。
が、何人かは安定した挙動と的確なバーニア制御の扱いを見せ、その
今までコース取りに失敗し、強引にコースを変更した生徒もいる
?
﹁ヒュペリオンって、サクサク方向転換してるけど、こんなに操作性が
挙句、操作が重くなった機体に文句を言っている。
余裕が出てきたのか、速く飛行する代償に方向転換が難しくなった
中々ビギナーらしからぬ機動を見せている。
ん。
クラス代表の一夏を差し置いて、委員長と呼ばれるしっかり屋さ
?
701
?
悪くなる高機動状態でどうやっているの
﹂
いるのと関係あったりする
﹂
﹂
﹁もしかして織斑先生や、山田先生が着地後暫く直立不動で立たせて
﹁着地後に気をつけてくれ﹂
第四アリーナを一周し、そろそろ着地体制に入る。
﹁その結果があの機動なのか⋮⋮ふーん⋮⋮﹂
いだな﹂
もパイロットの資質を最大限に引き出すのを基本方針にしてるみた
﹁パトリア・グループの方針なのか、篠ノ之博士が仕組んだのか、どう
﹁うわー⋮⋮﹂
るらしい﹂
なんだけど、その肝心の脳波適正が低いと反転時に骨がバキバキ折れ
作を補助し、身体が壊れないように相当難しい制御を行えるから安全
﹁んー。 そこはかなり微妙でな。 脳波コントロールで駆動系の操
﹁それ安全なの
い壁に衝突してバウンドをする感じだな﹂
ばあらゆる方向にブレーキ出来るんだよ。 イメージ的には見えな
やってるだけだから。 全身に急進可能なこの機体は、裏返しに言え
﹁実は方向転換してるんじゃなくて、一瞬で完全停止と最高速度化を
?
﹁お分かりのとおり。 高機動状態のISはその操作性の難しさのた
す。
ンを傍につけ、ひょいっと腰の部分から手を回して持ち上げ体勢を正
それを見た潤は悪戯が成功した悪ガキのような表情でヒュペリオ
辞儀をし始めた。
持ち直そうとしたのか今度は足を地面に叩きつけ、ダイナミックお
る。
まず右足を勢いよく宙に向かって蹴り上げ上半身が後ろ側に倒れ
ラがバランス感覚を失ってだばだばし始めた。
鷹月が着地してISの機動を安定させようとすると、途端にカレワ
体感すれば良く分かるよ。 うん﹂
﹁そういえば説明されてないな。 ⋮⋮取り敢えずやらせてみるか。
?
702
?
め、普段よりスキンバリア越しに取得するデータをもの凄く過敏に取
得しているんだ。 その状態で歩くと、ちょっと足を上げたつもりが
﹂
腹を蹴り上げるかのように動くからそうなる﹂
﹁すっごい意地悪だよね小栗くん
﹁あっはははは。 あ∼、面白い。 初心者を高機動ISから降ろす
時は、動かさず直立不動にするのは、そういうことさ。 因みに専用
機には操縦者に最適化された専用のシステムが採用されてるから一
夏は知らない﹂
ちょこちょこっと問題ありそうな言動をしていたが、概ね潤が教え
る側に回っても問題は起こらなかった。
むしろ事故が起こったのは、どちらかといえば生徒側の問題で。
ど
やり直しを二度ほど繰り返したナギを相手にしていたとき、そう
いった事故が起こる要因が揃ってしまう。
﹁最後は⋮⋮ナギか。 どうしてやり直し組に入っているんだ
ちらかというとISには慣れているほうだろうに﹂
﹁織斑先生にも言われたんだけど、あがり症で⋮⋮﹂
﹁どの変がどう駄目なんだ
﹂
らはそんな事微塵も感じさせない。
あがり症だというが、急上昇し姿勢を安定させてコースを飛ぶ姿か
チェックは問題ない。
が、これまた時間の掛かりそうな問題だな﹂
﹁技術じゃなくて精神的問題か。 どんな物であれ克服しなければだ
?
治らないのかなぁ
﹂
はは⋮⋮。 それに間隣をいきなり飛ばれるとこわばっちゃって﹂
﹁⋮⋮戦闘向きじゃないな﹂
﹁う∼⋮⋮。 やっぱりそう思う
?
﹁何かあるの
﹂
﹁手っ取り手早くするなら、いや、ちょっと試してみるか﹂
?
ディータッチをして反応を確かめてみてからだな﹂
﹁それはちょっと恥ずかしいかもぉ、なんて言ってみたり⋮⋮﹂
703
!?
﹁なんか、後ろを飛ばれて身体をじろじろ見られるとつい⋮⋮。 あ
?
﹁心 理 テ ス ト を す る た め に 手 を 握 っ て み た り、ち ょ っ と し た ら ボ
?
どうやら本格的に駄目らしい。
何を想像したのか知らないが、一瞬で指定されたコースのイエロー
ゾーンに入っていく。
このままなら三秒後にはレッドゾーンに入っていく。
計器に集中し切れていないナギがその事に気付くはずも無く、あっ
という間に再試験コースに入っていった。
││ひゃ
﹂
貴様ぁ、何をやっている
﹂
﹁コースがずれ過ぎた。 速度落せ、やり直す﹂
﹁え
﹁はあ
!
能レベルの強い感情を拾ってしまったのが原因あるといえる。
後に聞いてみれば、今回のことは殆ど覚えていなかったらしく、本
わってしまった。
今回は、ナギの﹃離して欲しい﹄といった感情が、最悪の方向に伝
る。
ロールシステムを搭載しており、それにより機体操作を補助してい
カレワラはヒュペリオンを元にして作られた機体で、脳波コント
││メイン制御装置離脱により各部パーツが待機状態に移行。
││カレワラの背中から腰の部分のパーツの切り離しを実行。
で、直ぐに手を引っ込めたのが最悪の結果になってしまう。
潤もぐにゃっとした柔らかい感触がヒュペリオン越しにしたこと
しまったことで、ナギはパニックになってしまった。
弾みでヒュペリオンのマニュピレーターが胸を触ることになって
れてしまったこと。
肩を捕まれる直前手をかわす様に動いたことでわき腹を抱え込ま
そのはずが、一瞬で潤が横に着いたこと。
を潤のコントロール下で徐々に落していく。
適当に掴みやすい箇所、今回はナギの肩を掴んで速度を落させ速度
取り敢えず定められた規則に従い、訓練機を拘束。
!?
!?
何はともあれ││
704
!?
明後日の方向にすっ飛んでいくカレワラ。
地平線を百キロ近い速度ですっ飛んでいく生身のナギ。
絶句する潤。
﹂
口ポカーン状態の千冬と真耶。
﹁行くぞ、ヒュペリオン
あの
これ
﹂
し込み、墜落する時間を少しでも稼ぐ。
﹁潤くん││
死にたいのか
! !?
﹁⋮⋮おい、無事か
﹁えっと││﹂
﹂
││最終的には時間オーバーで墜落したんですけどね。
ばならない。
その微妙なバランスを、僅かな時間で完璧に取って、速度を殺さね
を集めすぎれば骨が折れる。
地面に接触する前に勢いを少しでも削らないとナギが死ぬし、負荷
方向から体勢を安定させる。
上に押し上げたり、斜めに引っ張ったり、上から持ち上げたり様々な
ブレーキをかけつつ負荷が身体の一つに集約しないように、下から
な選択肢も取れたのだが、ナギはお生憎様生身の状態。
カレワラを纏っていてくれれば簪の時と同様、
﹃墜落﹄といった簡単
めてもらう。
ナギが抗議の声を挙げるが、人命救助故の致し方ないことなので諦
抱きしめて身体を固定。
﹂
追い付いたのも束の間、間髪いれずにナギに対して身体を水平に差
まう。
斜めに飛んだせいでこのままでは直ぐにナギが地面に墜落してし
セシリア戦の経験が此処で生きた。
可変装甲を即座に展開。
!!
﹁黙って俺にしがみ付いていろ
?
﹁イエスかノー以外の返答は認めない。 それではもう一度、
﹃無事か
?
705
!?
!?
﹄﹂
﹁イエス、だと思う
﹁そうか﹂
﹂
下が砂浜じゃなかったらナギがアスファルトに叩きつけられたカ
エル同然になるところだった。
もう少し速度を殺すのが遅かったら砂浜でもそうなっていただろ
う。
墜落といっても、僅かに足を引き摺った程度で済んだ。
しかし、直前でもう間に合わないことがはっきりしたため、強烈に
急ブレーキをかけたので生身だったナギには何かしら不調が出てい
る可能性が高い。
﹁気を付け、そこから休めの体勢。 その次に手をなるべく地面と水
﹂
﹂
平になるように広げろ﹂
﹁え
﹁いいからやる
﹂
!
﹁えーと、怒ってる
﹂
ニックに陥ったお前が悪い﹂
﹁やかましい。 空中で高機動状態なのにISを強制解除するほどパ
﹁あ、あの、あんまり触られると⋮⋮﹂
りしたが││、色即是空、空即是色、心頭滅却。
太ももを叩いたとき、くにゅとした感覚があったり、肉が波打った
が念のためだ。
出しているからパッと見ただけで折れているかいないか判断可能だ
ISのスーツはスクール水着みたいなもので、手足は付け根まで露
脹脛から始まって太ももから腕までを軽く叩く。
﹁は、はいっ
!
?
を触診する。
胸とか触ると流石に問題があるので、ちょっと気をつけて肋骨辺り
はお前の怪我までだ。 さ、深く息を吸って﹂
面談でもしてこってり絞られるんだな。 だから、俺の責任が及ぶの
﹁勿論。 だが、怒るのは俺の仕事じゃない。 後は織斑先生と二者
?
706
?
?
普通に深呼吸をしているあたり問題なさそうだが、墜落直後といっ
﹂
ちょっと
たこともあり、アドレナリンが出て多少の痛みを感じていないだけと
﹂
いうこともある。
﹁ん
﹁なんか、変だった
﹁なんか、一箇所だけ熱が⋮⋮、箇所的に第八か第九かな
失礼﹂
﹂
背中から押し込むように手を当て、腹部を軽く押す。
﹁痛たぁ
﹁⋮⋮うん。 罅か剥離だろうな。 呼吸して痛まないなら折れちゃ
いないだろう。 織斑先生には話を付けておくから保健室にいこう
か﹂
再びヒュペリオンを展開させると痛みに顔を歪ませるナギを拾い
上げ、目的地は保健室へ。
肋骨は弓状なので、正面から圧力を受けると割とあっさり折れたり
する。
あの骨は内蔵を守るほかに、大事な機能として呼吸を補助する役割
があって肺を押しつぶすことが出来たりする。
よ う は 結 構 動 く よ う に 出 来 て い る の で 簡 単 に 怪 我 す る の で あ る。
南無。
﹁しかし、この一年間で三度も墜落現場に立ち会って、全てに救助に携
わるかね、普通。 しかも難易度が徐々に上がってるし、次あったら
実質不可能だったりして⋮⋮﹂
だが、潤の悪い予感は大抵当たる運命にある。
それを知るのは、左程遠くない未来である事を彼は当然知らない。
707
!
?
?
?
3│7
すぐ直近に大会があるので、アリーナの空きが全く無い。
これ幸いとばかりに潤は千冬にちょっとした頼みごとをしたり、I
S学園の敷地を探索して採取行動をしたりしていた。
トカゲのしっぽ、蝙蝠の頭、ヘビの眼球、藁人形が作れる程度の藁、
魂魄の能力者の生き血、相手の魂を記憶させるための呼び水、等々。
どう見ても黒魔術の儀式です。 本当にありがとうございます。
潤のような裏側の人間にとって、正義の味方のように正々堂々相手
を迎え入れて戦うなんて最後の手段であるといえる。
戦う前に相手を呪殺して何が悪い。
暗殺されるほうが悪いのだ。
一夏に絡んでいたあのOL風の女には、それを骨の髄まで味わって
もらおうじゃないか。
708
唯一気になるのは、狂犬。
同じ魂魄の能力者として、呪いに耐性があるし、もしかしたら仲間
に呪い対策をしているかも知れないし、攻撃をしてくるかもしれな
い。
千冬の許可の下、IS学園の敷地範囲内に限定にして﹃交通安全﹄と
﹃無病息災﹄等の結界を張っているので、何かあれば察知できる。
潤が察知できないような小規模の攻撃なら安心だが、潤本人を対象
にした呪い返しなら簡単に結界を突破しかねない。
念のため、潤に代わって呪い返しを受ける藁人形も、一緒に用意し
ておくつもりだ。
﹁ま、まあ、程ほどにな⋮⋮﹂
﹁ええ、程ほどにしますとも。 勿論ね﹂
真っ黒い笑みを浮かべて、千冬に怪しげな物の取り寄せを頼む潤を
見て、千冬は隠すことなくドン引きしていた。
﹂
そして一時間ほど経った後に、一夏の訓練と本音の訓練を一緒に行
う。
﹁セシリアと一緒か⋮⋮、今日はどんな訓練なんだ
?
﹁今日はわたくし、ですか。 やっとですわね﹂
一夏の言葉通り、今日はセシリアが講師。
やることは唯一つ、回避訓練である。
ヒュペリオンの基本的運用論理に﹃極限まで起動性を上げ、防御力
の低下を回避力でカバーする﹄というのがある。
セカンド・シフト後には改善したものの、第一世代相当の防御力し
かなかったシフト前のヒュペリオンは、格闘戦になると攻め込んでい
るのに敗北することになる。
話がそれたが、白式のエネルギーを最大限使うために最も気を付け
るべきなのは、﹃敵機の攻撃に当たらないこと﹄である。
HPを削って攻撃力に転換する白式は、そのHPがどれだけ残って
いるのかが最大の鍵になる。
だからこそ、手数を多く運用できるセシリアに頼むのがちょうどい
い。
何でだよ
﹂
﹂
直った経緯については機密だし、怪我を理由に辞退って訳だ﹂
709
他にも、もう一つ考えがあるが。
﹁それじゃあ、俺は白式をキャノンボール・ファスト仕様に変更するか
らちょっと待ってくれ﹂
﹁そうか⋮⋮、セシリア、時間が着たらブルー・ティアーズで一夏を包
囲攻撃するぞ。 俺もフィン・ファンネルを展開するからフレンド
リー・ファイアには気をつけてくれよ﹂
﹁⋮⋮ええ、やりきってみせますわ﹂
セシリアが放課後一人黙々と訓練しているのを潤は知っている。
可変装甲
その理由も、どうすれば解消できるのかも理解しているが、これは
教えてどうなるものではないことも知っている。
﹁ところで、潤はキャノンボール・ファストどうするんだ
?
ああ、織斑先生も言ってなかったな。 俺は出場しないんだ﹂
が任意で開ければ優勝筆頭候補だろうけど﹂
﹁ん
﹁ええ
﹁そ、それはどういうことですの
!?
?
﹁表 向 き、全 治 数 ヶ 月 の 怪 我 し て い る こ と に な っ て い る か ら な。 !?
!?
﹁ああ∼、ああ。 そういえばそうだったな﹂
﹁合宿前まで確かにそんな感じでしたわね﹂
﹂
﹁それに⋮⋮﹂
﹁それに
﹁前回の大会のことで中国とイギリスがな﹂
﹁それは││﹂
﹁いや、セシリアが悪いわけじゃない。 気にするな﹂
タッグトーナメントの決勝リーグに残ったのは、最も多かったのが
日本。
そこからフランス、イタリア、アメリカ、ドイツと続き、無国籍の
潤が入る。
代表候補生を送り出して、専用機まで持たせているはずの中国とイ
ギリスは、まさかのドイツ代表候補生との練習で不参加。
ISの開発はスケールが小さくなった戦争だ。
各国の技術力と経済力、工業力と人材を競い合う。
その代理戦争ともいえるISでのトーナメントで、国家代表候補が
ドイツに惨敗して不参加になったのだ。
しかもイギリスと不仲のフランスが、同じく中国と不仲の日本が
残っている。
そういうわけで、今回の大会は中国とイギリスにとっての汚名返
上、名誉挽回の機会であり、その最大の障壁であり前大会の優勝者に
ちょっとした嫌がらせをしただけだ。
﹂
千冬と潤、楯無が、その挑発にとある理由から自分たちから乗って、
飛べ
!
今回潤は大会に参加しない。
﹂
﹁さて、この話題はもういいだろ。 準備はいいな
﹁お、おう。 行くぞ、白式
!?
﹁マジか
﹂
けてみせろ
﹂
インターバルで六回やるぞ。 死ぬほど腕立てしたくなかったら避
﹁一夏、一回の被弾で腕立て十回くれてやる。 今日は二十分一回の
!
一夏に向かってティアーズとフィン・ファンネルが飛んで行き、完
!
710
?
!?
全に包囲する。
そして先ほどの罰ゲームのクリア条件が、無茶振りもかくやという
閃光が降り注いだ。
﹂
﹁⋮⋮セシリア﹂
﹁はい
攻撃開始から数分。
一夏の機動を撮影、判断を誤った箇所について自分なりのコメント
を合わせて保存している最中、ふと潤がセシリアに呼びかけた。
﹁何について悩んでいるのか、俺には分かるつもりだ﹂
﹁そうですか﹂
﹁今日はいい的もあるんだから、好きなだけ試せばいい﹂
﹁⋮⋮お心遣い、ありがたく頂戴いたしますわ﹂
セシリアは、白式が第二形態になってから勝率が極端に悪くなっ
た。
理由は単純明快。
エネルギー兵器ばかり積んでいるブルー・ティアーズでは、エネル
ギー兵器を無効化する白式の楯を突破できないからである。
同じようにエネルギー兵器を多数積み込んでいるヒュペリオンが
勝てているのだから、勝ち筋が無いわけではない。
しかし、それが尚更セシリアのプライドを悲惨な有様にしている。
そんな彼女にも、オンリーワンが、プライドが傷つかない領域が
あった。
BT適正Aという存在が国家代表候補生の中でセシリアしかいな
い││はずだった。
あのサイレント・ゼフィルスを操る謎の女が現れるまでは。
BT兵器のフレキシブルは、その稼働率が最高にならねばならず、
﹂
その前提条件に適正がAで無ければならないというのがある。
﹁潤さんは、⋮⋮BT兵器のフレキシブル操作が出来ますか
界だ﹂
のは模倣だからな。 一流と二流の境目をウロウロするのが俺の限
﹁俺はああいう超一流の領域にたどり着くのは無理だ。 俺が得意な
?
711
?
﹁ですが、潤さんはお強い方です﹂
﹁強さと、巧さは別物、ということだ。 正面きって勝てないのであれ
ば、勝てる方法を見出せばいい。 俺はそんな所ばかり上手くなって
しまったよ﹂
﹂
﹁それが、このフィン・ファンネルの操作に現れているのですね。 と
ころで、なんで漏斗なのですか
﹁気にするな﹂
セシリアの目には、一夏の白式とドッグファイトを繰り広げるフィ
ン・ファンネルがある。
それと全く違う動き、狙撃用、ばら撒き用と並列同時運用をしてい
るものも。
対して、セシリアのティアーズは横一列に並んだり、円状に展開し
て反応の裏をかく等したりしているが、機械的な動きをしているのが
すぐに分かる。
相手の土俵に立つのではなく、自分の持ち味を生かして戦う道を選
んだ結果が、あの有機的な、人間が乗っているかのようなBT兵器の
動きに現れているのだろう。
﹁フレキシブル、BT兵器の運用方法、どちらも考えないことだ。 理
詰めで考えていけば足りぬこと、出来ぬことだけだらけとなって満足
に動けなくなる。 ビット兵器とは考えるものではない、感じるもの
だ。 かくあれかしと思い、結び、溶け込み、混ざれば、案外簡単に
ものは成る。 壁を作っているのは、セシリア、││お前の﹃理﹄な
んだ﹂
﹁よくわかりませんわ⋮⋮﹂
﹁考えすぎというだけさ。 少しここの力を緩めてみるんだな﹂
こめかみを刺しながら潤が言う。
それからウンウン唸ってティアーズのフレキシブル操作を試みる
セシリアだったが、彼女のティアーズに変化は見られなかった。
三回目のインターバルが終了し、少し長めの休憩に入ったとき、意
を決したのかセシリアから話しかけてきた。
一夏は腕立て二百六十回の刑、潤、実に容赦しない。
712
?
﹁潤さんは通常兵器と、BT兵器を並列運用していらっしゃいますけ
ど、なにか秘訣があるのでしょうか﹂
セシリアがなにやら思いつめた顔で質問してきた。
一夏の回避技術を纏め上げ、改善点を映像から模索。
その片手間に先日の高機動訓練授業にて、ナギがカレワラを簡単に
パージ出来た理由を探るためにカレワラのデータを洗っている。
一目でその異常性は分かるというものだ。
﹁無い﹂
﹁そ、そんなばっさり言われましても⋮⋮。 わたくしもあれが出来
るようになれば、かなりレベルアップできるはず。 何でもいいの
で、コツのようなものを﹂
﹂
﹁そうは言っても、機体開発の経緯から差があるんだから当然のこと
だぞ
一旦カレワラの調査だけを止めてセシリアに向き合う潤。
セシリアが使っている専用機のブルー・ティアーズ、それを扱う事
を許されたのは、彼女が現在BT適正の最高峰だったからだ。
となると、ブルー・ティアーズに最適だったのがセシリアだったと
いう図式が完成する。
逆に潤のヒュペリオンは、彼のために篠ノ之束という世紀の天才が
作り上げた潤専門機だ。
この二つの差は大きい。
その経緯を説明すると、合宿から続く潤と束博士関連のことを知っ
ているセシリアは成る程と頷いた。
コアも、武装も、開発理念も、潤をベースにして作られたヒュペリ
オンとは、機体相性の時点でかなりの差がある。
﹂
いや、これは危険
﹁潤さん、⋮⋮脳波コントロールの試運転をわたくしにさせていただ
けませんか
﹁ヒュペリオンの脳波コントロールシステムを
﹁いえ、いいのです。 何かしら新しい刺激になるかもしれません﹂
性はまるで保障されていない。 カレワラとは違うんだぞ﹂
だ。 俺の脳波適正は計測至上最高値だったらいいものの、その安全
?
?
713
?
﹁⋮⋮││、安全の保証は無い、そう言ったからな。 背中の首付近に
ある制御モジュールに額を付けろ。 フィン・ファンネルの操作を預
けるから使ってみればいい﹂
﹁ありがとうございます﹂
セシリアのゴリ押しに根負けし、メンテナンスモードに移行する
と、背中、首付近にある装甲を開く。
すると、束の形をした珍妙な制御モジュールが露になった。
なんらかの決意を秘めた瞳で、気合を入れなおしたセシリアが制御
モジュールに額を付けた。
普段の半分ぐらいの速度でフィン・ファンネルが動き、あろうこと
かティアーズが一機同じように動いており、もう一つティアーズがプ
ルプル震えている。
﹁おい、無茶をするな﹂
﹁大丈夫、ですわ。 このくらい、このくらい平気で出来ないと⋮⋮
﹂
そのまま、別種のBT兵器を同時に操る無茶を二分ほど行い、見か
ねた潤が強引にメンテナンスモードを解除。
セシリアから脳波コントロールを奪取した。
気合だけで足腰を持たせていたセシリアが、フラフラしながらその
無理しないで、少し休んだほうがいい﹂
場に腰を下ろした。
﹁大丈夫か
一夏
﹂
﹁大丈夫です
﹁まったく⋮⋮、それでどんな症状なんだ
ぞ﹂
多少なら症状も分かる
大丈夫ですから、少し休めば⋮⋮﹂
﹁やはり影響が出ているのか⋮⋮。 保健室に行ったほうがいい。 といいますか、妙な感じで﹂
﹁いえ、思ったより酷くは無かったのですが⋮⋮。 頭が刺激される
?
そもそも脳波コントロールは潤すらよく分かっていない部分があ
いくにしたがって眉間の皺を深めていった。
セシリアから現在の容態を詳細に聞いていた潤は、その話を聞いて
?
!
!
714
!
る。
しかし、この症状は可変装甲を展開後、フィン・ファンネルすら全
力で起動したあとの症状と、かなりの類似点が存在していたからだ。
確かめてみなければ分からないし、どの程度のレベルとは言えない
が、脳波適正がセシリアにはあるらしい。
流石に魂魄の適正は無いが、⋮⋮いや、魂魄の能力は全人類が魂と
いう形で必ず持っている。
正確には能力者になる程の適正は無いが、普通の人より素養がある
ということだ。
重ね重ね言うが、能力者になる程才能は無い、が、無理やり魂魄の
能力者用に作られたモジュールを使用したことで、その副作用が頭痛
となって現れたのかもしれない。
今日
﹁傍から聞けば分かる。 今日は無理だ、一日休め。 一夏
﹂
セシリアがヤバイ。 保健室に連れて行ってやれ
彼女らは今度のキャノンボール・ファストで再び││彼女らの持つ
た。
亡国機業の一人、蜘蛛型ISを用いるオータムが湯に浸かってい
時刻は草木も眠る丑三つ時。
ム。
高層マンションの最上階、贅という物を最大限に使われたバスルー
│││その日の夜│││
今日は、それを強く認識した潤だった。
れない事象を起こすこともありえる想像の埒外にある代物だ。
魔法の力を全身に作用させるシステムは、それゆえ科学的に考えら
脳波コントロールシステムは魂魄の能力と密接なかかわりがある。
せんがよろしくお願いしますわ⋮⋮﹂
﹁か、かっこ悪いところを見せてしまいましたわね。 申し訳ありま
﹁セシリア、大丈夫か﹂
は中止
!
画期的な第四世代期である﹃シックザール﹄の試運転を行う予定だ。
715
!
!
﹁それにしてもエルのヤロー⋮⋮、第四世代なんて何処から⋮⋮﹂
エルが提供してきたコア五つは、彼女たちの協力者から提供された
リヴァイブ四機に使用されている。
残り一つはエルが連れてきた、通称﹃ディー﹄が使用しているシッ
クザールに使われている。
色々考えながら今度の襲撃に思いを馳せる。
その時、変な悪寒が全身を包み込んだ。
口から吸い込む空気が、湯気とは違った生暖かいものに感じる。
つめれば二人は居るのが限界程度の浴槽なのに、まるで何人もの人
間が自分のそばに居るかのようで、あるいは人を食う猛獣が息を潜め
ている樹海の内部にいるかのようだった。
呼吸が荒くなる。
湯に写る自分を見た瞬間、思わず叫び声をあげてしまいそうなっ
た。
そのまま、どんどん意識が薄くなって││││
﹂
716
水面に写っていたのは自分ではなく、血の池、針の山のような場所
本能がそう叫んでいる。
から、今まさに自分の居場所まで壁という壁を伝って、這い上ってく
る大勢の裸の男女だった。
ここに居てはいけない││
らを嘲笑っている。
お前らがやっているのか
と怒りがこみ上げてくるものの、彼ら
湯越しに見るバスルームに、考えられないほどの人影がいて、こち
人間とは思えない強さだ。
力が強い。
が身動き取れなくなり、逆に浴槽に沈められる。
再び浴槽に身が戻り、首、口、肩、太ももまで掴まれて完全に全身
に誰かの手が絡みついた。
湯船から立ち上がって逃げようとして⋮⋮、立ち上がった瞬間、腰
!
はただニヤニヤ笑っているだけだ。 何もしていない。
!
力強い腕で、持ち上げられた。
﹁オータム、大丈夫
?
﹁ディー⋮⋮⋮⋮、なんだ、これ。 どうなってやがる⋮⋮﹂
オータムを持ち上げたのは、どう見ても十歳程度の女の子だった。
少々癖のある明るい金髪、触れるもの皆傷つけるような鋭い眼光、
アメジスト色の瞳。
﹂
その細腕でオータムを引き釣りあげたとは思えないが、流石に今は
﹂
そこまで頭が回っていないらしい。
﹁ん﹂
﹁なんだ
﹁ん﹂
﹁⋮⋮エルが作った首飾りじゃねぇか、って何で黒くなってやがる
ディーが手渡ししたのは、エルが作成した対呪術用の魔道具だっ
た。
ディー本人には呪い返しの方法を教えていない。
エルがやった事といえば、潤がやってくる呪いを防ぐことぐらい。
何故そんな事をするのかは誰も知らない。
その宝石の様に輝く真っ白な鉱石が、今は真っ黒に染まっている。
﹁寝る時も、お風呂の時も、外しちゃ駄目﹂
それだけ言うとディーは歩いてリビングまで戻っていった。
黒い鉱石を見ていると、ゆっくり精神が正常に戻っていく。
何時しかそこは、オータムが知っている普通のバスルームに戻って
いた。
一方潤は、予想通り呪いが防がれたことに嘆息しつつも、何の変化
も無い藁人形を前に頭を悩ませていた。
呪い返しがされていない。
失敗した
しはされていないパターンか
ナメプですか、ナメプですね。
?
けど、成功したとは思えないし、あっ、コレは成功したけど呪い返
いや、こちら側に不備はない。
?
717
?
?
野郎・オブ・クラッシャーすんぞ
ん
俺の名前は
見違えたぞ。 完全にホームレスじゃないか﹂
﹁ああっ、ピエールか。 随分大きくなったなぁ﹂
﹁おいおい、本当に脳をやられちまったのかミシェル
﹂
見ない間に随分大きくなって、最後に会った時は
アランだ。 しっかりしてくれよ﹂
﹁そうだったか
この位だったろうに
﹁な に 言 っ て ん だ
﹂
﹂
つ い 三 ヵ 月 程 前 ま で デ ュ ノ ア 社 で 一 緒 だ っ た
そうだったか
?
﹁ええっと、それは││﹂
だが、この通り実験中に頭をやられちまってな⋮⋮﹂
﹁ああ、ホテルマンか⋮⋮。 こいつは有能な俺の叔父さんだったん
そして、このホームレスのような男もそのようだ。
ア社の社員らしい。
話の内容を整理するに、IS業界で著名な業績を誇っているデュノ
真剣に相手の事を気遣う紳士風の男。
﹁はっはははは
!?
﹁ミシェル
けられてしまった。
見かねた従業員が声をかけようとしたその時、別の客に先に声をか
ビーに居ては他の客の迷惑になってしまう。
いくらやっすいやっすい路傍の三流安宿といっても、こんな客がロ
ムレスだったからだ。
洗ってないのか黒ずんだジーンズ、よれよれの上着、典型的なホー
顔がそんななのだから、当然服装も酷い。
白、黒ずんだ肌のせいで白人の面影はなくなっている。
なにせ髭は伸びきっており、髪の毛も一月以上洗っていないのは明
警察を呼んだものか﹄だった。
その男を見る従業員の目と反応を表すと、
﹃さて、どのタイミングで
とある男が、とある安いホテルに訪れていた。
潤が深夜帯特有のテンションで状況分析している頃。
?
じゃないか。 俺はミシェルの薦めで入社したのに
!?
718
?
そう言って自分の腹部やや上部付近を指し示す。
?
?
!
!?
!
﹁今 日 こ こ で 待 ち 合 わ せ し て い た 小 汚 い 男 っ て の は こ い つ の 事 な ん
だ。 お目こぼし、よろしく頼むよ。 安心してくれ、俺が面倒を見
る﹂
﹁何かありましたら、室内の電話でご連絡ください。 私どももお力
になれたらと思います﹂
紳士風の男はホームレスの甥だったらしい。
小汚いと聞かされており、事前に了承をしていたとはいえ、まさか
ホームレス同然の格好をしていたとは思わなかった。
客が帰った後、清掃が大変そうだと、従業員はため息を漏らした。
﹁開発部長、もう大丈夫です。 この部屋には盗聴器の類はありませ
ん。 専用の機器を用いて二時間かけて調べました﹂
﹁ありがとよ、アラン。 ⋮⋮まずは身体を洗わせてくれ。 臭くて
かなわん﹂
部屋に入ったとたん、先程の二人がデュノア社の肩書きを用いて話
し出した。
先ほどまで常に薄ら笑いを浮かべ、狂人のようだったホームレスの
男の眼光は、理性的な色に代わっている。
二人は確かに叔父と甥だったが、ロビーで話していた会話は、実は
合い言葉だったのだ。
頭がおかしくなった叔父、探して介抱するために日本まで来た甥、
他者が聞いたら非常に寒い思いをしたかもしれないが二人は本気
だった。
﹁バスローブで悪いが私たちには時間が無い。 話を進めるぞ﹂
﹁本当です。 何でこんなことに⋮⋮﹂
﹁本当だよ、いくら監視の目を欺くためだといっても、三ヶ月以上も障
碍者の真似してホームレス生活をさせられるとは思わなかった。﹂
﹁こ ん な 事 を 三 ヶ 月 近 く か け て、フ ラ ン ス の 医 師 に 偽 の 診 断 書 ま で
作って、しかし、そうでもしなければあの馬鹿な女社長に││﹂
﹁言うなアラン、悲しくなる﹂
﹁それでは、本題に入りましょう﹂
そう言って紳士風の男が鞄から報告書を取り出した。
719
そしてホームレスのような男も、しわくちゃになりって一部分茶色
になった用紙を取り出し、スーツに着替え始めた。
﹃K.R.R.F.﹄と表題にかかれている分厚い代物が机に乗る。
髭は無くなり、髪の毛は整えられ、パリジャンと言われても何の不
思議も湧かない。
男二人の秘密談義は夜遅くまで続いた。
今日の日のため、幾重の苦難を乗り越え、半年以上前から準備を重
ねてきた。
本来ならばこんな日が来ることが無い事を祈っていたが、来てし
まったものはしょうがない。
書類に押されている、デュノア、パトリア・グループ両者の社長印
が、ことの重大性を示していた。
│││
720
翌日、IS学園にてキャノンボール・ファスト実行委員会の会合が
開かれていた。
会議室に潤がついたころには、他の出席者の全員が揃っており、取
り合えず空席になっていた簪の隣のパイプ椅子に腰をかける。
﹁おはよう﹂
﹁なんか、先生方は妙に殺気立ってるな。 気合入りすぎじゃないか
﹂
ントが起こった際に警備などを行っている面子である。
集まったメンバーの共通点を考えれば分かることだが、何かのイベ
戦っていた面々だ。
教 師 達 の 多 く は ア リ ー ナ で 劣 化 リ リ ム に 乗 っ 取 ら れ た ラ ウ ラ と
他の教員たちもずらっと勢ぞろいしていた。
湾曲したテーブルには楯無、虚といった生徒会の面々、真耶やその
﹁やれやれ、もっと肩の力を抜いてくれないものかね﹂
のチェックも、なんか、気合が入ってたよ﹂
﹁⋮⋮失敗続きだから。 私の打鉄弐式が亡国機業と戦えるかどうか
?
つまり、今回の会議はそういうものだ。
﹁では、始めよう。 今回の議題は言わずとも分かるだろう。 キャ
ノンボール・ファスト開催の際の警備、防諜の打ち合わせだ﹂
IS学園は今年に限って、ただの一回もまともに行事を完遂させて
いない。
唯一まともに最後までいったタッグトーナメントも、優勝者が一組
できた程度であり、満足に完遂したとは口が裂けてもいえない。
例え襲撃される側で、相手の行動も読めず、目的も定かでない連中、
と言い訳できる要素は多数あるものの、積み重なれば苦しくなる。
故に、次こそは、今度こそは、と教師たちのボルテージも上がって
いる。
﹁まず、亡国機業の連中は間違いなく来ると思っていいだろう。 ま
ずは敵戦力の解析からだ。 私から話してもいいが、実際に敵機と交
戦し、一時的に前線の指揮を取った生徒会長から説明してもらおう﹂
﹁はい。 ││では、スクリーンの映像をご覧ください﹂
楯無が会議室の奥に足を進めて全体を見渡せるように身体の向き
を変えると、背後にあるスクリーンに先日の戦闘の様子が浮かび上が
る。
蜘蛛型IS、アクラネを操るオータムの襲撃から始まった亡国機業
の襲撃。
実はこのパイロット、潤は千冬にしか言っていないが、呪いが原因
でどうやってもキャノンボール・ファストには間に合わない。
殺すことは出来なかったが、地獄に足を半分ほど突っ込んでいたの
で影響が出ているだろう。
一度殺し損ねると呪いに対する耐性が出来てしまうので、今後は効
果が現れにくくなるが、次の一回に限り襲撃など不可能だろう。
潤に魂を覚えられた、敵対者の末路である。
完全に呪い返しの対策がなされていれば防ぐことが出来るが、無事
だった藁人形から推測するに、オータムは動けない。
そのオータムと楯無との戦闘から、リヴァイブ四機の参戦、代表候
補生たちと箒の乱入、潤とマドカの乱入、それらを見て防衛を任され
721
ている教師たちがざわめく。
﹁リヴァイブを操っている四人はたいした事はありません。 それで
も数で上回る代表候補生を相手取って負けない程度の実力はありま
すが⋮⋮ですが、イギリスで開発されたと思われるサイレント・ゼ
フィルスのパイロットは驚異的です。
映像を見て得ることの出来るデータから推測するに、ドイツ代表候
補生、ラウラ・ボーデヴィッヒを上回っているものと思われます。
また、ISのほうも完成してはいないものの、その能力はブルー・
﹂
ティアーズより高いものでしょう。 ⋮⋮ところで、潤くん、これ、修
理が間に合うと思う
﹁間に合うと、いや、間に合わせてくると思います。 リヴァイブの利
点は多くありますが、私は選択できる戦闘スタイルの多さこそが最大
の利点だと思っていますので。 ですから││﹂
﹁つまり、口径も生産方法もバラバラな武装を取り揃えて襲撃してき
ている以上、幅広い種類の弾丸を生産可能な﹃何か﹄を有している、と﹂
﹁その通りです﹂
いくらISが優秀な兵器とはいえ、弾が全自動で精製されて、無限
に射出可能なわけではない。
銃を作るのにも、それを撃つにも、しっかり訓練して代表候補生と
戦えるようになるにも、相応な資金と時間、人材とバックが無ければ
ならない。
リヴァイブ四機が、近接型、高機動奇襲型、防御型、重射撃武装型
とバランスを考えたパーティーを組んでいるのもこの考えが正しい
事を示唆している。
広範囲の運用が可能だと、そう言っているのだから。
それだけの力を有している以上、大規模な工場を有しているだろ
う。
密輸しても怪しまれにくいのは、リヴァイブ発祥の地でもあるフラ
ンスだが、││断定は時期尚早だ。
サイレント・ゼフィルスはボロボロだが、コア周りや機体の生命線
となる部位はそれ程ぶっ壊れていない。
722
?
これは、機体に致命的なダメージを与えるより、継続戦闘能力を
奪って捕縛しようとしていた潤の思惑からこうなっている。
それは楯無の背に写る映像を見ても明らかだ。
﹁それでは、││敵の最大戦力と思われる、第四世代機の説明に移らせ
ていただきます﹂
﹁シックザールですか⋮⋮﹂
﹁ん、他言して欲しくないが、実は小栗はあの機体を知っている。 な
ので、小栗に説明をさせたい﹂
その一言で会議室が喧騒に包まれた。
どういうルートから仕入れたのか、もしくは元々知っていたのか、
柄が悪い物では亡国機業側に付き合いがあるのでは、と勘繰る者まで
いた。
﹁各々方、気になるのは分かるが、小栗も見たことがあるからとしか答
えらないだろう。 もしかしたら奴の矛盾している記憶と関わりが
あるのかもしれん﹂
﹁非常に興味深い事柄ではありますが、キャノンボール・ファスト遂行
には潤くんの記憶ではなく、シックザールの性能を把握する方が大事
でしょう。 話を戻しましょう﹂
﹁それでは、あれの性能を詳しく記載したレポートで配りますので、各
自目を通してください﹂
連携して話を暈かす楯無と千冬。
二人に阻まれて矛を収めるしか無くなった出席者たちだったが、ス
クリーンに映る映像を見てそんな事直ぐに気にならなくなった。
会議室全員の目が集まるスクリーンには、ラウラを上回るサイレン
ト・ゼフィルス、それを更に圧倒している潤が、あっさり拮抗状態に
持っていかれる映像が映し出されていた。
潤の実力に対して正確に把握している教師たちは、第四世代を操る
謎の襲撃者、その実力に驚く。
﹁それでは、小栗の方からシックザールの詳細を﹂
﹁はい。 このシックザールと呼ばれる機体ですが、概ね運用方法は
アメリカ・イスラエル共同開発の﹃銀の福音﹄と同じであるといえま
723
す。 ただ、その防御力に関しては世界最先端の更に先を行く能力を
有しています。 お手元の冊子を合わせてご覧ください﹂
シックザールは超重武装超装甲の広範囲爆撃用の機体である。
攻撃方法は映し出されているビームの反射と、右腕に備え付けられ
ているビーム・クローからビームサーベルが伸びる程度。
雨の様にビームが降り注ぐ光景には唖然とさせられる。
もっとも、あの機体が本当に厄介なのは、攻撃より空の要塞と断言
できるほどの防御性能にあるのだが。
﹂
﹁より問題なのは、あの機体の防御性能です﹂
﹁あの攻撃より、防御力の方が厄介だと
﹁ええ。 それはもう⋮⋮。 あの攻撃を反射している半透明の力場
ですが、あれは内側からの攻撃は反射しますが、外側からエネルギー
﹂
兵器が着弾した場合はブロックするんです。 なお実態弾の場合は
素通りさせます﹂
﹁それって⋮⋮シールド代わりになるってこと
ほぼ無制限に展開できます﹂
﹁PS装甲
﹂
しょうが、今度は﹃PS装甲﹄に阻まれます﹂
﹁流れからして楯無会長の仰るとおり﹃実体弾での攻撃なら﹄と思うで
﹁じゃあ、通常兵器頼りになるってこと
﹂
﹁簪の気付いたとおり、あの機体は対エネルギー兵器用のシールドを
?
流を流すことで相転移する特殊な金属でできた装甲で、物理的な衝撃
﹂
を無効化します﹂
﹁は
﹂
装甲で覆っていない箇所は攻撃が通る、都市区画ごと吹き飛ばせる攻
撃なら通る、などといった弱点がありますが⋮⋮﹂
﹁それを狙って戦うのは非現実的、と言いたいのだろう
そして雨あられとビーム攻撃をしてきます﹂
﹁相手は固定式の砲台ではなくISです。 高機動で動き回ります。
?
724
?
?
﹁Phase Shift装甲、略してPS装甲。 一定の電圧の電
?
﹁ですから物理攻撃をほぼ完全に無力化します。 電力を消費する、
?
﹁そんな││、では、どうやって倒すんですか
しかも絶対防御付き。
りません﹂
﹂
﹁⋮⋮まさか、紅椿と並ぶ性能とは⋮⋮、ありえませんね﹂
﹁織斑先生、この機体に篠ノ之博士が関わっている可能性は
﹂
楯無会長よりやや下回りますが、国家代表レベルであるのは間違いあ
手がけた紅椿と同等以上と言えるでしょう。 パイロットの技能は
﹁││以上から判断するに、シックザールの性能は篠ノ之博士が直接
アイツにはまだ無理だ。
至った千冬は、一夏の現在の実力を鑑みてため息を漏らした。
本当なら一夏が一撃で決めてくれれば⋮⋮、と潤と同様の結論に
戦闘不能に出来る白式なのですが⋮⋮﹂
せん。 相性がいいのは、エネルギー兵器を無効化でき、かつ一撃で
﹁あ∼、うん。 まぁ、ねぇ。 しかし、それ以外に倒す方法がありま
﹁アレに向かって⋮⋮接近、する
﹂
高速で動き回り、遠距離攻撃を封殺するIS。
おお、もう⋮⋮。
たレベルである。
なおシックザールの機動力は、紅椿よりほんの少し劣る程度といっ
機動力を武器に懐に入り込んで叩き斬るのだ。
シックザールが爆撃機なら、ヒュペリオンは戦闘機。
今回も似たようなことは出来る。
といった特攻を仕掛けた。
潤はあの機体を落とすため、零距離D.E.L.E.T.E.攻撃
ら、接近してエネルギー兵器で倒せばいいのです﹂
力場は仕様上自機からある程度離れた場所にしか展開できませんか
﹁勿論、どうやっても倒せないわけではありません。 あの半透明の
?
いた。
確かにおかしいが、潤の中で第四世代の矛盾はある程度解決を見て
すわけがない﹂
﹁いくらなんでも妹を差し置いて、更に高性能の機体を赤の他人に貸
?
725
?
文化祭に現れたオータムが潤にかけた一言と、セカンド・シフト直
前にサイレント・ゼフィルスの一言。
﹃エル﹄
あの王の名前は﹃エーデルトラウト﹄。
魂魄の能力者であるあの狂犬のことも考えれば、あの王が関与して
いるのは間違いない。
彼が関わっているのであれば、第四世代開発が成功した理由にな
る。
ありえない話だが、もしも彼が直接出てくるようなことがあれば、
色々と諦めるしかない。
﹁しかし、気になるのは、パイロットですね⋮⋮。 どう見ても、小学
生くらいの体格ですが⋮⋮﹂
﹁山田先生、テロリストに年齢は関係ありません。 嘆かわしいこと
ですが少年兵や少女兵は確かに存在するのです。 あの狂け⋮⋮失
﹂
を街中で展開するわけがありません。 そんなことをすれば││﹂
﹁自衛隊も出てくるか⋮⋮﹂
﹁広いところにおびき出すしかアレを出す方法はなくなります。 そ
726
敬、パイロットが何であろうと脅威であるのには違いありません﹂
﹁乱暴な言い方だが、分からない事をいくら考えても仕方がない。 問題はこれら強大な戦力を前にどのように作戦を立てるかだ﹂
議長である千冬の一言で、ようやく静寂が戻った。
知らない相手の詳細を議論しても意味はない。
﹂
今此処ですべきなのはキャノンボール・ファストを、正しくやり遂
げることなのだ。
﹁小栗、お前なら相手はどう出ると思う
﹁どうして分かる
にするため本命の攻撃と合わせてシックザールが来ます﹂
よる攻撃が行われるでしょう。 その際、囮に釣られた戦力を釘付け
囮のリヴァイブ達を出して防衛戦力を引き離し、しかる後に、本命に
﹁⋮⋮会場は市街地から外れ、海沿いに存在します。 会場付近から
?
﹁亡国機業の狙いは何か分かりませんが、超広範囲包囲殲滅用の機体
?
のための囮、敵の防御を減らし切り札が出せる状況を生み出す。 シックザールを運用すれば目立ちすぎます。 国家そのものと正面
から組み合う気は無いでしょう。 耐え切れば勝ちです﹂
千冬は満足そうに頷いた。
﹁なる程、本当なら囮など気にせずにいたいがリヴァイブも無視でき
な い。 私 た ち の 目 的 は 会 場 到 着 前 に 敵 機 を 叩 く こ と だ。 そ こ で
﹂
速度自慢のヒュペリオン、打鉄弐式を囮にぶつける﹂
﹁簪ちゃんを
﹁二人を釘付けにする奴の候補はシックザールだろう。 銀の福音に
しろ、シックザールにしろ攻撃を絞るのは苦手そうだ。 とにかく私
たちの戦闘目標は敵の殲滅ではなく、大会を遂行することだ。 攻
撃、防衛、逃走と、刻一刻と変わる戦況に臨機応変に状況に対応する
ためにも小栗にはフリーハンドを預けたい。
その小栗と組ませるのに最適なのが、タッグを組んだ経験がある更
識簪だ﹂
会議室に居る全員の視線が簪に集まる。
一瞬で話題の中心となってしまった簪は、少し怯んだものの、すぐ
に落ち着きを取り戻して静かに頷いた。
﹁大丈夫です﹂
﹁よし。 私と生徒会長はサイレント・ゼフィルスへのおさえに、内側
に敵の捜索は山田くんと教師部隊各員に期待する﹂
反論はいくつかあったものの、千冬はその都度理路整然と反論して
いく。
最終的に、指揮官である千冬が決めたこととして、そのまま千冬の
﹂
配置がそのまま通った。
﹁小栗、少しいいか
会議室に残る二人。
﹁││俺だけ、ということは狂犬のことですか
﹂
﹁いや、小栗だけに話があるんだ。 お前らは行っていい﹂
本音と簪も一緒に足を止める。
会議終了後、部屋に戻ろうとした潤に千冬が声をかけた。
?
?
727
?
千冬が潤だけにしか話せない内容、そこから連想される事を口に出
した。
﹂
お前は何か知ってい
﹁た い し た こ と で な い ん だ が、ち ょ っ と 気 が か り な こ と が あ っ て な
⋮⋮﹂
﹁気がかり
﹂
﹁お前、あれが何で狂犬だと断定できたんだ
るのか
妄言の類だと思いますけど﹂
││共感現象が軽レベルで発生しているのではないのか
識の共有
潤が名付け、以前自分がそう呼ばれていた﹃狂犬﹄というあだ名、知
シックザールのパイロットの気に惑わされ、制度が落ちた戦い。
制度と反応力の向上。
普段の魂魄の能力を上回る距離から、正確に察知することの出来た
潤が出て行った後、千冬は一人で考える。
﹁いえ、それでは﹂
なんでもない。 呼び止めて悪かったな﹂
﹁⋮⋮││、専門家のお前がそういうなら信じるが。 お前⋮⋮いや、
﹁⋮⋮いや、本当に直感ですよ
?
?
ことになる。
千冬は、その一言をここで言わなかった事を、後に痛烈に後悔する
その潤が、妄言、直感、その類だといっているのだから。
千冬は知っている程度だが、潤は体感できる。
信じるしかない。
ついぞいえなかった一言だが、本人が何もないといっている以上、
?
728
?
?
3│8
第三世代開発に遅れているデュノア社ではあるが、運用技術に限れ
ば欧州全体でも最先端を行く。
勿論、そこで働く技術者たちも一流たちばかりだ。
そんな技術者が、日本のとある寂れた工場に集まっていた。
﹁⋮⋮これぞフランス、これぞデュノア社。 完璧な機体だ﹂
いずれもお迎えが何時来ても可笑しくない老人ばかり、十人程度が
出来上がったばかりの機体を囲んで喜びを分かち合う。
彼らはデュノア社がIS事業を立ち上げた際に、デュノア社社長か
ら直接声を掛けられて集められた、同事業の初期メンバーだった。
本来重鎮だったメンバーが、何ゆえ極東の田舎町の、それも寂れた
工場に集まっているのか、それは彼ら自身と、世話になった社長の願
いゆえに。
﹂
﹁私は、コレがVTシステムに関する国際法に違反してないか不安な
んだが﹂
﹁あくまで選択肢はパイロットにある。 結果とアプローチが違う以
上、違法になるにしても数年は稼げるから大丈夫だろう﹂
﹁違法じゃないと断言できないあたり不安だ﹂
コードを機体に差込み、最終チェックとばかりに投射型ディスプレ
イとキーボードを展開して調べ上げる。
﹁しかし、これで我々は完全な犯罪者だな﹂
﹂
ここで怖気づいたり腰が引けたりするものか。 デュノ
﹁今更怖気づいたのか
﹁まさか
?
729
﹁この防心壁⋮⋮フィンランドの連中は、サイコウォールと言ってい
たが、本当にあのマインドコントロールを防げるのか
だ﹂
﹁しかし、パトリアの連中は本当に頭が可笑しいんじゃないか
?
﹂
んだ、このイメージ・インターフェイス周りのシステム構成は
な
と。 そして、サイコウォールはそれを可能とする機能はあるはず
﹁小栗潤が何度もマインドコントロールを封殺しているのは確かなこ
?
?
!
ア社からコア一つ持ち出したのは私だぞ
﹂
﹁犯罪者か⋮⋮。 なんだか、自分が自分で無くなったようで、不思議
な感覚だ﹂
ここ居る面子はそれぞれ重大な犯罪行為を働いている。
デュノア社の資金を用い、勝手にパトリア・グループと秘密裏に交
渉を行った財務担当。
コア一つ持ち出して、寂れた工場まで貸切りにした整備責任者。
ようやくデュノア社が進めだした第三世代設計図を上に上げる前
に、握りつぶして日本に運んできた企画部部長。
﹁あの社長婦人がデュノア社の実権を握ってから、全てが変わってし
まった﹂
最早ここに居るメンバーの合言葉となった呟きを漏らす。
一同聞き飽きた台詞に苦笑するが、それを否定しない。
何故ならそれは事実だったからだ。
﹁我々の出来る、デュノア社への最後の奉公だ。 社長のお嬢様を守
る楯、これを届けねば﹂
﹁大丈夫です。 この機体ならば、シックザールと対等に戦うことも
出来るでしょう﹂
﹁⋮⋮そうとも、やってもらわねば。 私が、社長が、皆が苦心して状
況を打破しようとしているのだから﹂
社長秘書として働いていた男は、今のデュノア社が裏で起こってい
る一端を知っている。
彼からすれば社長婦人は唾棄すべき存在だった。
しかし、表立って彼女を糾弾することは出来ない。
そういう時勢であるのもそうだが、婦人の背後に、有力な犯罪組織
が存在している。
違法な薬物の密輸の手助け、怪しげな研究所の手配、ドイツから遺
伝子関連の技術交換⋮⋮。
ある日、その報告書の一端を見てしまった男は、三ヶ月以上も障碍
者の真似してホームレス生活してフランスから逃げ出した。
謎の液体に浸かる⋮⋮あの物体は間違いなく││
730
?
﹁我々は遅かったのかもしれないが、まだ手遅れではない。 ここで、
あんな外道な無法者の連中に屈する訳にはいかない﹂
﹁そうですとも。 ここで立ち上がらねば、お嬢様はいずれ奴等の手
に落ちる﹂
﹁そして我が社も、あの無法者の風下で生きていく以外なくなる﹂
そこまで言った直後、最終チェックが終了した。
完成したその機体は、血に飢えた狼が低く唸っているような気がし
た。
│││
キャノンボール・ファスト大会当日。
天候は澄み渡るほどの青空。
それを││、むしろ空でない何処かをじっと見据えていた潤は。
さか
﹂
﹁外部の圧力もそうだが、どちらかというとメインはそっちだな。 外部云々は、理由作りにちょうど良かっただけだ﹂
﹂
﹁奴等はまったく連携をしないが、それなりに腕が立つ。 本当に大
丈夫か
?
731
なんとなく、あの狂犬のどす黒い、穴の開いたような心が押し迫っ
ているような気がしていた。
﹁いい天気だな、潤﹂
﹂
﹁⋮⋮本日天気晴朗ナレドモ波高シ﹂
﹁は
げた。
﹁ふむ⋮⋮。 亡国企業の連中、今回も台無しにしてくるのか
?
﹁⋮⋮。 え、ちょ、まさか潤が今回の大会に参加しない理由って、ま
﹁ん、まあな﹂
﹂
しかし、潤の意味深な返しを聞かされた一夏は、素っ頓狂な声をあ
手でさえぎりながら、一夏が潤に声を掛ける。
徐々にアリーナに人が集まってくる中、秋晴れの空を照らす日光を
?
?
﹁⋮⋮大丈夫、今度は私も、戦う⋮⋮。 この打鉄弐式で⋮⋮
﹂
初めて耳にしますが、更識さんの専用機ですの
指輪を大事そうに胸に抱えて簪が割り込む。
﹁打鉄、⋮⋮弐式
﹂
﹁うん⋮⋮﹂
!
﹂
思わずにいられなかった。
﹁⋮⋮ル⋮⋮、シャル
なに、一夏
?
?
どうする
﹂
﹁潤は、更識さんと一緒に千冬姉の所に詰めるって言うけど、シャルは
﹁あ、ああ、うん
﹂
ない自分を呪うしかなく、その度に﹃もし私にも最新機があれば﹄と
その都度、シャルロットは目の前で傷つく友人を尻目に、何も出来
援攻撃に徹したのに行動不能になった。
因になり、夏の合宿で起こった福音戦では防御担当、学園襲撃では支
しかし、トーナメントでは打鉄の防御力を突破できず負け試合の遠
間違いないのだ。
リヴァイブだって、現行ISでもっとも安定した良機体であるのは
た。
頭の大部分を覆い始めた思考を、かぶりを振って無理やり打ち消し
ない。
機体を原因にして、自分が主戦力から外れている言い訳にはしたく
しだけ寂しくなった。
特にシャルロットは一年の中で唯一第二世代を使うものとして、少
うだ。
簪の専用機、打鉄弐式にセシリアや、シャルロットも興味があるよ
し、なんて無粋だけど、参加出来たら良かったのに﹂
﹁量産機でトーナメントに参加した二人が、二人共に専用機、か。 も
?
!?
浮気性な自分に反省。
﹁あ、ああ、そうか﹂
ウン﹂
﹁えーと、リヴァイブの最終チェックがあるから、格納庫に居るよ。 ?
732
?
突然一夏に声を掛けられたせいで頭がこんがらがってしまい、一夏
がこの後どうするか聞くこともせずラウラと一緒に行動する事を告
げてしまった。
どうせなら一夏と一緒に行動すれば良かったと思い立ったのは、一
夏が会場を見に行くと言って移動し始めてからだった。
まったく、なんでこう一夏って、恋愛方向にだけ無頓着なの
﹁もう
﹁兄妹が似るのは当然のことだ﹂
胸を張ってラウラが答える。
ただ、その顔はとても嬉しそうだった。
?
ISを使える男だぞ。 周囲も納得すまい﹂
﹁そっか、そうだよね⋮⋮﹂
﹁言っておくがシャルロットも容易にフランスに戻れないのだろう
他人事ではないぞ﹂
﹁う⋮⋮、確かに﹂
されているかどうか確認すらしだした。
﹂
﹁ラウラ、どうしたの
?
﹁奴だけじゃないぞ⋮⋮、違う。 今日はキャノンボール・ファスト大
今日はいったい何の日だ
﹁なんとも思わんのか
?
﹁一夏の誕生日﹂
﹂
ながら歩き、物を隠せるような場所があるところでは、ワイヤーが隠
気付いた後は少しだけ歩く速度が遅くなり、しきりに背後を気にし
た。
廊下を歩いていく途中、最初に異変に気がついたのはラウラだっ
ながら格納庫に向かう。
キャノンボール・ファスト仕様の増設スラスターの話などを軽くし
?
﹁潤の立場を考えれば難しいのだろう。 代表候補生と、無国籍だが
﹁ところで、あの二人って付き合おうとか思ってないのかな
﹂
﹁なんか、最近潤みたいな物言いするよね、ラウラって⋮⋮﹂
しても手を取って欲しかったら、自分から手を差し出すしかないぞ﹂
﹁それは無理だろう。 あれの鈍化ぶりは目に余るレベルだ。 どう
一緒にいくか、くらい言ってくれてもいいのに﹂
かな
!
?
733
!
会当日だ﹂
﹁そうだね﹂
﹁先ほどまで人もたくさん入ってきていた﹂
﹁それで、どうしてそんなにピリピリしているの
ばならない場所ではないのか
﹂
何故私たちは誰ともすれ違わない
﹁私たちは格納庫に向かっている。 そこは最も警備を厚くしなけれ
?
各IS産業関係者だって、この時間になれば既にうろついて ?
いる筈だ﹂
﹁そういえば⋮⋮﹂
会場にはぞくぞくと人が集まってきている。
しかし、本当ならば多くの人間が集まるはずの格納庫に向かってい
るのに誰ともすれ違わない。
後ろを見る。
誰も格納庫に続く通路を歩いていない。
﹂
どうやら、意図的に人払いした誰かが居るようだ。
﹁どうする、ラウラ
立派な老紳士だった。
果たして、そこにいたのは、いかにもパリジャンと思われるような、
﹁お待ちしておりました。 お嬢様﹂
気に蹴破った。
少しして、手にかかる重みが数倍にも感じられる扉に手をかけ、一
しかも、ISを何時でも展開できるようにしてある。
リアしている代表候補生二人。
気付く、気付かないで多少の遅れはあれど、並程度の訓練ならばク
﹁了解﹂
﹁わかった。 後ろはよろしく﹂
こうじゃないか﹂
Sがある。 扉も直ぐだし、折角だ、人払いした奴らの顔を拝みに行
中が格納庫に侵入したとは思えん。 正体は不明だが私たちにはI
﹁観客に紛れてならばともかく、教官の目を掻い潜って亡国企業の連
?
背後にはリヴァイブに似たISが一機。
734
?
ラウラは瀟洒に一礼する老紳士を、一瞬でも逃すまいと不審人物と
決め付けて睨みつけていたが、シャルロットはその男に見覚えがある
ことに気付いた。
﹁⋮⋮あ、父さん⋮⋮の﹂
﹂
﹁覚えていただき光栄に存じます﹂
﹁シャルロット
目の前の男は、女であった自分を男としてIS学園に押し込もう
と、強引に推し進めた張本人だった。
その期間前に、何かのせいで気が触れたと、妙に具体的でインパク
トのある噂を耳にしたので覚えていた。
本当に良く覚えている。
気が触れた、そんな噂があったのに、その瞳は鋭利な光を湛えてい
たのだから。
よもや自分をフランスに強制的に連れて帰る気かと思うものの、頭
も身体も満足に動かない。
その燦爛と輝く瞳が、決意に満ちた悲壮な雰囲気が、ラウラでさえ
もそうさせていた。
しかし、最初に口を開いたのはそのラウラだった。
﹁デュノア社の人間か⋮⋮。 こんなところで何をしている シャ
﹂
ルロットを連れて帰るというのなら、私も相手になるぞ
?
開く気にならない。
本当なら自分が話さなければならないのに、名前が出てきても口を
せた。
たシャルロットは、いきなり自分の名前が出てきて驚いて身を振るわ
ラウラと老紳士が話しているのを、何処か他人事のように聞いてい
﹁お嬢様に託したいものがございます﹂
﹁御託はいい。 何が目的だ﹂
神に感謝しましょう﹂
﹁お嬢様に命を掛けていただけるほど仲の良いご学友が出来たことを
﹂
﹁ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ、ですね
?
﹁そうだ﹂
?
735
?
﹂
そればかりが脳を支配している。
IS学園で出来た友達、大切な思い出、思い人の一夏、失いたくな
い⋮⋮、失いたくない
﹁ほ⋮⋮││、ほっといてください
きつったものだった。
﹁今更出てきてなんだって言うんです
﹂
そんな私に﹃託したいものがある﹄
を連れて帰るって言えばいいじゃないですか
簡単に帰れない
素直に私
今更フランスにだって
僕は女だって勝手に暴露して会社と手を切っ
!
た、あなたたちからすれば僕は裏切り者だ
し込んだ人が何を
僕を男としてIS学園に押
ようやく喉から出た言葉は、普段なら笑いすら誘いそうなほど、引
!
!
はああするしかなかったのです﹂
?
社長婦人、彼女は元々家柄が良いだけの、悪く言えば無能だった。
を牛耳ってから始まりました﹂
﹁全てはあの女。 シャルロット様のお父上、その社長夫人が経営陣
﹁なぜそこまでして⋮⋮﹂
確かにインパクトは絶大だった。
か。
この男は、
﹃ISを動かせる第三の男﹄という名の鎖にしたのだろう
る。
強すぎれば問題だが、犬を飼うくらいの束縛は守ってくれる鎖にな
ない以上、表側の束縛は強くなればなる程いい。
以前潤も考えていたことだが、この世界の暗部がどう動くかわから
る。
興奮状態のシャルロットを何とか宥めつつ、代わりにラウラは考え
ら身を守るためには、光側の鎖が必要だったのです﹂
え、それ以前からデュノア社は大きな謀の中心にいました。 闇側か
﹁お嬢様は、デュノア社に迎えられ、生体データを取られたあの日、い
﹁シャルロットを男として入学させること、それが必要だった
﹂
私の命が居るというのならば、差し出す覚悟です。 しかし、あの時
﹁IS学園入学に関しては││申し開きもありません。 謝罪の証に
!?
!
?
しかし、そんな彼女が女尊男卑の波に飲まれたデュノア社によって
736
!?
!
担ぎ上げられてしまう。
やり手の男社長の対抗馬としての御輿、それが彼女の役割だった。
最初は尊い家柄と、確かな育ちのよさを持った貴婦人として、誰も
が最高の飾りとして彼女を賞賛し、無能者には身に余る権力を集中さ
せていった。
だが、そんな彼女の経営センスはゼロ。
社長婦人が経営関係に根を深く下ろした頃になって、コイツは駄目
だ、と誰かが気が付いた。
持ち上げられて、気を良くした所で地の底まで叩き落される⋮⋮、
そんな地獄を味わった彼女は、叶う筈もない夢を見た。
﹃もう一度権力の座へ﹄
傾きだした会社を維持し、再び元に戻しかねない偉大な社長である
夫を目にし、つい自分も、と乗り気になってしまった。
しかし、そんな彼女が相手にするのは、世界でも有数の天才たちば
737
かりであり、いいように手玉に取られ、誘導され富を毟り取られ、彼
女が働けば働くほどデュノア社は傾いていく。
世界中で女性たちが活躍する一方、彼女は泥にまみれ、無能の烙印
を押されて塞ぎ込んだ。
そんな時だった、悪魔の囁きが耳に届いてしまったのは。
﹁亡国企業⋮⋮、そんな、デュノア社に⋮⋮、じゃあ、もしかして、I
S学園を襲ったリヴァイブは⋮⋮﹂
﹁申し訳ありません、お嬢様﹂
友人を、一夏を襲ったのは、自分の会社が運用しているリヴァイブ。
﹂
それを知った途端、シャルロットは思わず床に座り込んでしまっ
た。
﹁⋮⋮シャルロットをIS学園に入れたのは、避難のためか
﹁シ ャ ル ロ ッ ト を 男 と 偽 っ て I S 学 園 に 押 し 込 み 世 界 中 の 目 を 集 め
名前が載ってしまった時、社長は動き出しました﹂
切れ同然の人体実験までしています。 そのターゲットに、お嬢様の
でやり辛くなります。 連中はデュノア社の人脈を使い、法律など紙
﹁そうです。 極東はいいですな。 距離的に離れていればそれだけ
?
る。 よく考えたものだ﹂
﹁とぅ、父さん、は何で⋮⋮﹂
﹁どんな形であろうとも娘は娘だ。 そして、私は娘を道具として使
い潰す父ではない、そうお父様は仰っておられました。 どのような
因果であれ、娘であることには間違いないと﹂
足を引張るための材料を集めていた妻が、自分の隠し子を見つけて
しまったのは父としての失態だった。
そして、その隠し子を人体実験の材料の一部にしてしまう妻をみ
て、父は妻を妻と見れなくなってしまった。
不意のカミングアウトに、更に混乱してしまう。
俯き、床に足を着き、尚も身体がよろめくのを感じる。
だったら、も
身体を支えてくれるラウラの存在が無ければ、倒れていただろう。
﹁それが⋮⋮、それがいったいなんだって言うんです
う、ほおっておいて⋮⋮﹂
﹁私 め も 重 々 承 知 で す。 し か し、状 況 が 変 わ っ て し ま っ た の で す。
﹂
連中の、人体実験が実を結びました﹂
﹁人体実験の成果
成報告ともう一件を報告して以降、行方不明です。 最後の一件は
ターゲットは、小栗潤とお嬢様、と﹂
僕が何をしたというのだろうか、シャルロットは幾度と無く自分に
問いかけた。
危険な実験の果てに生まれた何か、亡国企業の狙いはISでなく自
﹂
分と潤、その事実がシャルロットを蝕んでいく。
﹁その機体は⋮⋮、僕を守るために⋮⋮
﹁人払いは、この話を伝えるため、か﹂
リヴァイブと酷似したフォルムのIS。
﹁カレワラ、リヴァイブ、⋮⋮フュズィオン︵融合︶
﹂
は﹃カレワラ・ラファール・リヴァイヴ・フュズィオン﹄です﹂
ア・グループと共同で立ち上げられた﹃K.R.R.F.﹄。 正しく
﹁闇から身を守るための剣。 社長から秘密裏に言い渡され、パトリ
?
?
738
!?
﹁詳しくは分かりません。 デュノア社に残った私の部下は、その完
?
しかし、何処と無く全体にフランスらしからぬ設計が読み取れる。
﹁パトリア・グループとデュノア社の頭脳を結集して作られ、お嬢様が
戸惑わぬよう、リヴァイブを生かしたままカレワラの利点を全く落と
すことなく、遥かな高みで融合させた、⋮⋮内部的にはヒュペリオン
の﹃子﹄とも言える、第三世代型ISです﹂
そっと、労わるように新たなリヴァイブの情報を開示していくシャ
ルロット。
駆動音と共にOSが立ち上がり、続いて生体識別プログラムが走っ
てシャルロットを主として登録していく。
フュズィオンのセンサーも立ち上がり、機体にインストールされて
いる武装と、機体のスペックに順次目を通していく。
男が言ったように、今までシャルロットが用いてきた武装が全てイ
ンストールされている。
パイルバンカー内蔵型の腕部シールド、高い技量を生かすために汎
用性を捨て、腰部スラスターベース六機の拡張コネクタには四機の高
出力マルチウィングスラスターと二機の小型推進翼も健在だ。
ラピット・スイッチに対応するために高速化された大容量バスス
ロット、特殊軽量化された衝撃吸収性サード・グリッド装甲、マルチ
ウェポンラック、全て以前のリヴァイブのまま。
キャノンボール・ファストのことも考えてあるのか、増設ブース
ターまでインストールされている。
その機体は一見何も変わっていない様にも見えてしまえるほど、以
前のリヴァイブと酷似している。
しかし、実際スペックを見ているシャルロットには、リヴァイブと
フュズィオンの違いがはっきりと分かっている。
リヴァイブと比べて倍近いパワーゲインがある。
それゆえ基礎的な能力は格段に変わり、しかし操作性は以前と全く
変わっていないのだ。
間違いなく、第三世代で最も優秀であり、最も安定した最高傑作だ
ろう。
それに、
﹃ヒュペリオンの子﹄と言ったからには、この機体にはヒュ
739
ペリオンから生み出された﹃何か﹄が施されてさえいるはずだ。
新しく買ってもらった玩具を、子供のように見ていたシャルロット
﹂
だが、ふいに気付いて男を見た。
﹁大丈夫、ですか
コア一つと、第三世代型IS、巨額の資金を投じ、優秀な人材を集
めねばならない最新型。
パトリア・グループに多大な貸しを作ってまでこの機体を託すこと
が、どれ程危険な行いか、分からないほどシャルロットは間抜けでは
ない。
﹁承知の上です。 ですが、今までお嬢様が用いていたコアを私ども
の手に出来るというのであれば、最悪の事態は防げるでしょう﹂
﹁では、コレを⋮⋮﹂
手に渡っていく、嘗ての相棒。
しかし、その相棒は打算と欲望にまみれた物で、受け取るときも出
来れば投げつけて手放したかった。
だけど、今は違う。
﹂
今度は││
﹁あの⋮⋮
必ずお伝えします
﹂
﹁あの、父さんに、││ありがとうって﹂
﹁はい
!
何時か父と本当の親子として話してみたくなった。
│││
シャルロットが新型機を受け取り、父との溝を少し埋めた頃、一夏
達はアリーナのコースを見学していた。
﹂
勿論その周りにはシャルロット以外の何時ものメンバーが揃って
いる。
﹁セシリア、体調はどうなんだ
?
740
?
役目を終えた男が、そっと帰っていくのを、寸での所で呼び止める。
!
お礼の言葉と共に受け取れるのだから。
!
﹁問題ありませんわ。 潤さんが可変装甲を開いても、もう大丈夫で
してよ﹂
潤の脳波コントロールシステムを使用した後、セシリアはずっと頭
痛に苛まれていた。
ちょっと辛い生理痛くらいなので平気な顔で授業を受けていたの
だが、二、三日前にあまりの頭痛に、丸一日授業を欠席するに至った。
該当の授業はISの実技授業、ラウラとシャルロットペアと潤一人
で模擬戦中に、ヒュペリオンの可変装甲が開いた瞬間、絶叫をあげて
倒れこんだのだ。
保健室で意識が戻ったセシリアに曰く、
﹃身体の中の何かが、ヒュペ
リオンに吸い込まれるようだった﹄とのこと。
話を聞いた潤は、一夏がお姫様抱っこでセシリアを保健室に運び込
んだことでプリプリ怒る鈴と箒をたしなめつつ、その何かが﹃魂﹄で
ある事を察した。
741
その日以来、千冬の警告もあって潤はヒュペリオンを用いていな
い。
潤の警告を承知でセシリアが危険を顧みず使用したので、誰かがお
咎めを受ける事はなくヒュペリオンの使用を自粛する必要性はな
かったのだが、クラスメイトに絶叫をあげさせてまで戦う気も無かっ
た。
﹁だったらいいんだけど⋮⋮、でもやっぱり、潤の使っている脳波コン
トロールシステム、あれは危険すぎるような気がするんだよな﹂
﹁確かに⋮⋮。 それに、ヒュペリオンのシステムには謎が多い。 その危険すぎるシステムが自分の姉の息がかかっていると思うと肩
身が狭いが﹂
﹁潤も気にしていたけど、ナノマシンが時たま通常の赤色と変わるの
も謎って言っていたわね∼。 合宿時なんて青くなってたし﹂
吸い取られた感情は、何処にいってい
﹁セカンドシフト後は特に顕著ですけど、ヒュペリオンは潤さんの感
情を吸い取ってのですよね
るのかしら﹂
ここに居ない潤の専用機、ヒペリオンの話が進む。
?
結局は潤すら何も知らないので、解決しないままになるが、あれほ
どあらゆる部分に謎が存在する機体も珍しい。
それもその筈、セシリアたちは何度やっても勝てない潤を倒すた
め、何度も対策会議を立てている。
その都度話題になるのが、
﹃あの欠陥機、普通の人間が乗れないほど
酷い﹄になるのだから。
あれはとことん潤専用機で、特定の人間が乗ると最大限の力を発揮
するが、特定外の人間は乗れない。
酷い機械だ。
欠陥機ではあるが乗れているのに違いは無い。
となると理解の及ばない何処かに、あの欠陥機をまともに操れる秘
密があるのだが、結局脳波コントロールに行き着く。
セシリアが絶叫をあげて倒れるようなあれに命を託している。
﹂
﹁いや、わかんない。 分からないけど⋮⋮、誰かが俺を呼んでいるん
だ﹂
一夏は不思議な事を言いながら、アリーナの外に出て、どんどん人
気の無い場所を目指している。
鈴は一夏に付いて行ってはいるが、一夏が進めば進むほど気分が悪
くなっている。
742
何時もの通り、無茶ばかり押し通して道理を蹴り散らかしている友
杯だった。
?
﹁そうだぞ、一夏。 こんなところを見たってしょうがないだろう﹂
﹁一夏さん、どこを目指していらっしゃいますの
﹂
箒やセシリアは不思議そうな顔をし、鈴は謎の頭痛を隠すのに精一
出した。
突然の頭痛に苦しみだした鈴を余所に、一夏は導かれるように歩き
?
人を心配していると、一夏の耳に、風と共に何かが響いた。
││n││││⋮⋮、││。
誰か、呼んでいる⋮⋮、のか
なに、コレ。 頭に直接⋮⋮﹂
﹁⋮⋮なんだ
﹁いた
?
一夏と鈴が同時に声を上げる。
!?
今となっては一夏が手を握って強引に連れて行っているかのよう
だ。
﹂
何時もなら鈴の体調を気遣うはずの一夏が、不調の鈴を全く気にし
ていないのも気にかかる。
その位、今の一夏は怖いくらいどんどん突き進んでいた。
﹁なんだ、なんなんだこの曲 ││これは、
﹃廃墟からの復活﹄か
声、いや、歌が聞こえる。
不快には感じない。
歌なんて聞こえませんが﹂
?
の皆傷つけるような鋭い眼光、アメジスト色の瞳。
綺麗な金色と少々癖のある髪に、病的なほど真っ白い肌、触れるも
女の子が振り向く。
り込む女の子は、何処か神々しく感じられた。
そんな溢れでる自然を感じる花壇の前に、まるで溶け込むように座
る。
るで渓流沿いの森林浴をしているかのような、大自然の息吹を感じ
花壇に花、都会にありがちな植木程度のアリーナ外周部なのに、ま
大気の汚れが一切無いような錯覚に陥る。
空が異様に青い。
しそうな時になって、急に景色が開けた。
そんな悪寒を余所に一夏は突き進み、鈴が痛みのあまり癇癪を起こ
か、と。
自分たちは、向かってはいけない場所に向かっているのではない
セシリアと箒は、そんな二人を見て、何故か全身から鳥肌が立った。
しかも、その歌が頭痛の原因らしかった。
鈴は聞こえているらしい。
て頭が割れそう﹂
﹁何で、あんたら、聞こえて、無いのよ⋮⋮。 ああ、もう。 煩すぎ
﹁私も聞こえないが⋮⋮﹂
﹁何を仰っていますの
もっと、もっと、と引き込まれるような感じだった。
?
宝石のようなアメジスト色の瞳だけが、四人を捉えていた。
743
?
あなたは、だれ
﹂
先生、全部小栗くん任せでいいんですか
﹂
﹁いや∼、小栗くん手馴れていますね。 凄いです。 ところで、織斑
誘蛾灯に集まる虫のようだ﹂
﹁まあ、かかる、かかる。 今のところ産業スパイのようだが、まるで
迫振りを表していた。
埋まる程度ながら、頻繁にIS学園の教師たちが出入りし、状況の緊
未だ開会式すら行われておらず、入場者もようやくアリーナの半分
を取っており、実に物々しい雰囲気が支配していた。
一方潤と簪は、詰めているアリーナ警備指令室で千冬と最後の確認
│││
﹁ドリー、チャイルド。 皆は、私の事を﹃ディー﹄って呼ぶよ﹂
﹁君は
たのだから。
少女が口を開くことで、絡みつくような視線の侵攻か煙の様に消え
ないかと錯覚する。
しかし、そんなファンタジーな出来事が確かに起こっていたのでは
ファンタジーのような考えから、出てきた声は上ずっていた。
交差する瞳を通して、自分の中身を見られているような、そんな
しかし、一夏もまだ、目の前の少女に飲まれていた。
他の三人は足が棒のようになって動けないのに。
できた。
頭に直接響く声に、自分でもびっくりするほど、すんなり自己紹介
﹁一夏。 名前は、織斑、一夏、って皆そう呼ぶ。 それが俺の名前﹂
?
﹁いえ、何も﹂
﹁何かいったか、更識﹂
﹁⋮⋮怠けたいだけじゃ﹂
も指揮官の仕事だ﹂
﹁優秀な人間を、その才覚を遺憾なく発揮できる場に配置してやるの
?
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?
本当だったら千冬が指揮を執るところだが、書類や情報を裁いてい
るのは潤だった。
渡された書類に目を通し、各監視カメラを見て無線機で指示を出
す。 ﹁どいつもこいつも三流だ⋮⋮、所詮は産業スパイか。 軍務経験者
は流石と言えるが、せめて洗脳ぐらい施してから送り込んでこい。 α1、こちら司令部。 第二選手控え室に不審者発見、髪はブロンズ、
身長百六十前後、推定二十五∼三十の痩せ型の女だ。 控え室に入っ
たら突入しろ。 合図はこちらで出す﹂
﹁了解﹂
潤の指示を受けて、教師の一人が素早く移動し、付近を警戒中の私
服警備員が包囲するように展開する。
簪は口を挟む気がない、千冬は専門家に任せた方がいいと思ってい
る、真耶だけが異論を挟んでもどうにもならない状態である。
﹂
力的に働いていたときだった。
無意識を刺激される感覚。
自分の頭に直接響き渡る旋律。
どこかの馬鹿が、何も考えずに魔力を周囲にばら撒き、魂魄の力の
一部を垂れ流しているようだ。
そんな暴挙を行うばかりか、歌声はどんどん大きくなっていく。
745
実際こっちの方が効率がいいのもある。
びっくりするくらい潤の手際がいい。
まるで今まで本当に、こういう場面で指揮を執っていたかのよう
だ。
誰だ
││n││││⋮⋮、││。
﹁何だ⋮⋮
?
潤の耳に歌声のようなものが届いたのは、そんな確認が終わり、精
?
﹁ええい⋮⋮喧しいぞ、シャルロット。 馬鹿な、シャルロットだと
﹂
!?
潤が突然関係ない事をブツブツ呟きだして、不審に思った簪が近
寄ってきていたが、突然の大声にびくっと震える。
しかし、自分の口から出てきた内容に一番驚いたのは、当の潤だっ
た。
その穏やかな感触から、狂犬のものとは思っていなかったが、何故
シャルロットになるのか。
千冬はそんな潤を、真耶が怯えるほど鋭い瞳で見ていた。
│││
赤トンボを追いかけてあっちをフラフラ、こっちをフラフラ、看板
に思いっきり突っ込んで頭を抱えて蹲り、再び立ち上がった後はクル
クル回って日向ぼっこに移行する。
そんな、十歳くらいの不思議系か天然系の女の子。
﹄という妄想だけだった。
を将来の家族に重ねてというありがちなネタ。
ふらふらするドリーに業を煮やし、一夏は彼女を肩車して歩き出し
746
不思議な自己紹介を済ませた彼らは、見た目小学生の彼女を心配
し、親御さんの居所を尋ねたのだが、行動の通り完全な不思議ちゃん
ワールドに振り回されている。
﹂
とりあえず迷子と仮定して、付近に子供を捜していそうな親を探し
ているのだが││
﹁おかしいな。 子供を捜している人なんて、何処にも居ないぞ
﹁そうですわねー﹂
﹁う、うむ、確かに﹂
じかな
彼女たちの頭にあるのは、﹃一夏との間に子供が出来たらこんな感
一夏以外誰も真剣に探していない。
﹁⋮⋮なんで真剣に探してないんだよ、みんな﹂
ねー﹂
﹁大体、今アリーナに入れるのは選手ぐらいなんだし、居る訳ないよ
?
一昔前の小説にありがちな、迷子の子供と一緒に歩いて、その子供
?
た。
そんな一夏を見て、箒たちはますます嬉しそうにするだけだった。
﹂
平和なのはいいことである。
空
⋮⋮そうだな、俺は好きだな、空﹂
﹁一夏は、空が好き
﹁ん
?
いた。
?
﹁寂しい
﹂
さそうだ。
言っている意味は分からないが、言葉とは裏腹にあまり好きではな
しくなるかな﹂
一緒になって空に行きたくなるから空は好きだよ。 だけど、⋮⋮寂
﹁私はね、私の中の私じゃない私が騒ぎ出すと、いつも私じゃない私と
﹁ドリーは、空が好きなのか
﹂
徴を持つ彼女は、少しだけ近くなった空を見てそんなことを一夏に聞
容姿を見る限り、シャルロットと千冬を足して二で割ったような特
?
﹁だけど、ドリーは空が好きだよね
﹂
うとすると何時だって悲しくなるんだよ﹂
向かおうと空で戦おうとする。 だから、空にいる人の意志を感じよ
﹁空はこんなに無限に広がっているのに、人は自分を狭めてまで、空に
?
た指標だって、そう言っていた﹂
﹁私の、もう一人のお父さんが正しさかなんて、ただの文字に当てはめ
から、望まれているから、そうしてきたんだ﹂
だよな。 それが正しいかどうかなんて知ることも無いまま、便利だ
園や、このアリーナも、人工化された自然も、きっとISもそうなん
﹁そう、かもな。 日本は随分開発が進んでいるから⋮⋮。 IS学
﹁でも、あの人が知っている空より、ここの空は濁っているかな﹂
もしも、潤か、千冬が居たら、不審に思っただろうが。
それを一夏は不思議に思わなかった。
シリアと鈴、箒までニコニコしている。
不思議なくらい誰も二人の間に割ることも無く、気味が悪いほどセ
﹁うん。 だって、こんなに綺麗なんだから﹂
?
747
?
﹁もう一人のお父さん
﹂
﹁﹃正しくなくとも、正しくないモノを信ずる者も居る。 事の善悪な
ど見る立場にやって流動的に変わるものだ﹄、あの人はそう言った。
私もそうだと思う。 だから、私も私の信じる道を行く﹂
言うな否や、ドリーと名乗った少女は一夏の肩から飛び降りた。
その挙動は、まるで鈴のようで、とても小学生くらいの女の子に出
来るような行動ではなかった。
﹁白式のパイロットがどんなのか知りたかったから呼んじゃった。 今日は、ありがとう﹂
﹁えっ⋮⋮、君は、一体││﹂
﹁お礼に、本当の空に連れて行ってあげるね﹂
いきなり、だった。
ドリーは一夏の胸倉を掴むと、大人の腕力顔負けの怪力で自分に引
き寄せ││唇を奪った。
そこで、一夏は、本当の空を見た。
もの悲しいほど明るく、ガラスのように透明で、形のない物が幾つ
も宙を漂い、空は水色というよりは、太陽の光を反射した煌く火の粉
の渦みたいで。
星が一つ二つ消えそうにほの白くちらちらと青磁の空に瞬く。
生まれてからずっと見続けてきた空が、今はとても温かく感じた。
地面には無限に続く彼岸花の花畑、とにかく暖かくて、いい香りが
する所で、美しくも激しく流れる河には泳いでいる人がたくさんい
る。
とにかく、ドリーが見ている空のイメージはとても美しかった。
ドリーが、無限の成層圏まで連れて行ってくれた。
一夏のほかには誰も知らない、悠久の空、無限の蒼、それは酷く悲
しい気もする。
そんな感動を無機質な電子音が邪魔をした。
﹂
!
748
?
逃げるんだ
!
﹁⋮⋮ああ、潤か。 ││もしもし、なんだよ、いいところだったのに﹂
﹂
﹁そこを離れろ
﹁逃げる
?
﹁いいからそこはヤバイ
﹂
⋮⋮
││いや、大丈夫になった、のか
!?
そんな四人を見て、ドリーは振り返ることなく走り出し、一夏が呼
て困惑している。
気持ち悪いほどの笑みを浮かべていた三人は、いきなり意識が戻っ
かったが、そこは普通のアリーナに戻っていた。
電話で話している最中、一夏は周囲を見ていなかったので気付かな
﹁自己解決しないでくれよ﹂
!
び止める前に人ごみに紛れ、何処かに消えてしまった。
749
?