2015年-国内の相場環境を考える - MU投資顧問株式会社

五十嵐レポート
平成 26 年 12 月 24 日
2015 年-国内の相場環境を考える
日銀の追加金融緩和
来る 2015 年の相場環境を考えるにあたって、まず 10 月 31 日に日銀が行った金融の追加
緩和(
「量的・質的金融緩和」の拡大)の内容とその効果について確認しておこう。
13 年 4 月から始まった「量的・質的金融緩和」については、
「スズメを撃つのに大砲を持
ち出した」と評価した人がいたが、その流れからは、今回の追加緩和は「バズーカ砲どこ
ろかミサイルを発射するつもりか」と突っ込みたくなる。
というのも、追加緩和策の中心が、日銀保有の長期国債の残高を年間で 80 兆円増やすと
いう凄まじいものだからだ。そもそも市中に存在する国債の残高は、
(償還分を差し引けば)
年間で 30 数兆円増加しているだけなので、日銀が 80 兆円も増やそうとすれば、発行され
る長期国債はすべて購入した上で、民間部門が保有する長期国債をさらに追加購入するこ
とになってしまう。
「そこまでやる必要があるのか」と言わざるを得ない。
追加緩和の理由について日銀は、
「
(最近)消費税率引き上げ後の需要面での弱めの動き
や原油価格の大幅な下落が、物価の下押し要因として働き」、「これまで着実に進んできた
デフレマインドの転換が遅延するリスク」が高まってきたと考え、そうしたリスクが顕在
化することを未然に防止するためだとしている。
しかし、この大規模緩和をさらに大規模にする緩和が、どういう道筋でデフレマインド
を転換させるのかについて、日銀はきちんと説明していない。
期待に働きかける政策
大規模緩和によって人々の予想物価上昇率を引き上げる政策がうまく機能するためには、
人々が「大規模緩和→物価上昇」というメカニズムを十分に理解していて、かつそのメカ
ニズムがうまく機能することを信じている必要がある。
日銀が国債の購入額を増加させると、①銀行が日銀に預けている預金(日銀当座預金)
の残高が増加する、②民間投資家が保有する国債が当座預金に替わる、という結果につな
がる。①は、銀行借り入れに対して強い需要がある局面では、銀行貸し出しの大幅増加を
もたらす可能性があるが、今のように銀行の貸出余力に比べて借り入れ需要が非常に少な
い局面では、何も起こらない(効果がない)と言えるだろう。
②については、民間投資家は国債が預金に替わったからといってそれを支出(消費など)
に回すことはあるまい。あくまでも投資目的のお金だからだ。結果として、市中で少なく
なった国債の奪い合いが起こって、国債の価格が上昇(利回りが低下)することにつなが
るだろう。
いずれにしろ、日銀が国債の保有額を飛躍的に増加させても、物価を上昇させるような
メカニズムはなさそうだ。
「存在しないメカニズム」を人々が理解できるはずはないし、信
-1-
じることもありえない。そうだとすれば、デフレマインドが転換することもないと言える。
「思惑」に働きかける政策
大規模緩和がもたらしたのは相場の大幅な変動だ。相場の変動をもたらすのは需給の変
動だが、その需要(および供給)には 2 種類ある。実需と投機的需要だ。そして大規模緩
和は、市場で圧倒的なシェアを持つ投機的需要に刺さったのだ。大規模緩和が行われても、
そのことで物価が上昇するわけでない以上、実需に対する直接的な影響はない。しかし思
惑(期待)で動く投機的需要が空前とも言える大規模緩和に大きく反応したため、相場が
大幅に動いたのだ。
こうして起こった大幅な円安と株高は、当然ながら実体経済に影響を及ぼした。とくに
株高は資産効果を通じて 13 年度の個人消費の伸びに大きく貢献したと考えられる。円安の
方は、輸出企業に膨大な為替差益をもたらす一方、輸入価格の上昇を通じて国内の実質所
得を押し下げる(海外へ流出させる)効果があった。消費者物価の上昇は海外に流出した
所得の一部を家計が負担している象徴だと言える。
大幅な円安を眼にした人々が、ある程度の物価上昇予想を持つことは当然だろう。日銀
はそれを「デフレマインドの転換」と呼んでいるわけだ。言葉の使い方としては誤りでは
ないが、円安の背後には投機家たちの思惑の変化があったことがポイントだ。
ドル円相場と日経平均
(円)
18000
(円/ドル)
120
野田首相(当時)の
17000
115
解散宣言(11/14)
16000
110
15000
105
14000
100
13000
95
ドル円レート
(右目盛)
12000
<半期ごとの平均>
90
期間
12/10~13/3
13/4~13/9
13/10~14/3
14/4~14/9
11000
ドル円
(円/ドル)
86.51
98.84
101.48
103.00
85
10000
日経平均
(円)
10,295
13,880
14,877
15,108
80
日経平均
(左目盛)
9000
75
8000
70
11
12
13
(出所)日本経済新聞、日本銀行
14
15
(年、日次)
実際、グラフでドル円レートや株価の動きを見ると、量的・質的金融緩和が始まる 13 年
4 月を挟む6カ月間(12 年 11 月~13 年 5 月)で円安・株高が一気に進み、その後の 1 年
-2-
間あまりの時期は、大局的に見れば相場の進行は止まっている(13 年 10 月~14 年 9 月の
平均は、ドル円:102 円程度、日経平均:15,000 円程度)。この間、空前の大規模緩和が続
いていたことを考慮すれば、緩和が実需には影響していないことがよくわかる。また相場
が大幅に動いた 6 カ月間のほとんどが大規模緩和の始まる前であったことも、もう 1 つの
裏付けだろう。
「期待に働きかける政策」と言われる「量的・質的金融緩和」は市場の投機
的需要を左右する「思惑(期待)に働きかける政策」であったわけだ。
思惑は常に変化を求めている。逆に言うと、相場の材料に飽きやすいのが思惑だ。大規
模緩和も飽きられたのだと思われる。マネタリーベースの供給を大幅に増加させるという
政策は実体的な効果がなかったために、それを継続するだけでは思惑を動かし続けられな
くなったのだ。
そこへ、①円安による輸入コストの上昇分の一部が家計に転嫁されていること、②消費
税率が引き上げられたことで家計の実質所得の減少している上に、③株価の上昇が止まっ
て資産効果も弱まってしまったために、景気が弱いという状況が重なった。また、④夏以
来の原油価格の大幅な下落が、市場の物価上昇期待を萎ませるという要因も加わった。日
銀は、追加緩和を実施することによって再び市場の思惑を刺激し、とくに円安を進行させ
ることで物価上昇の目標達成の可能性を高めざるを得なくなったのだと考えられる。
15 年度の景気は持ち直す
今秋までの 1 年余りの期間、15,000 円程度で大きくは変動しなかった日経平均株価も、
足下では 17,000 円台の半ばにまで上昇している。日銀の追加緩和や GPIF(年金積立金管
理運用独立行政法人)の運用見直しなどが効いている上に、円安が一段と進んだことも株
価を押し上げたことは明らかだ。また今夏以降、原油価格が大幅に下落していることも、
円安による輸入原料価格の上昇を相殺するという意味で、株価のプラス材料になっている
と思われる。
来年の株価については、上で挙げた諸材料が逆回りして大きな下げ要因になってしまう
といった事態は考えにくいと思う。海外で大きな波乱でもない限りは、株価が現在の水準
から大きく下落する可能性は小さいのではないだろうか。
そうだとすると、15 年は 13 年ほどではないにせよ、株高による資産効果がある程度まで
期待できると考えられる。また、消費税率の引き上げによって 14 年度に 2%程度嵩上げさ
れた消費者物価も、15 年 4 月からはその影響がなくなる。上昇率が 2%ポイント下がって、
出来上がりの上昇率が 1%を大きく割り込みそうだ。そうなると、今年度とは違って、家計
の実質賃金の上昇率がプラスに転じる可能性が高まる。今年度の個人消費は 3%近いマイナ
スになりそうだが、15 年度は一転、1%以上増加するだろう。
15 年度のどこかで消費者物価の上昇率が 2%に達するというのが日銀の目標だろうが、
皮肉なことに、その目標に達しないことが来年度の景気にプラスに働くと言えそうだ。
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長期的には恐ろしい超低金利
日銀が異次元の大規模緩和を続ける以上、金利は上がりそうにない。消費税率の 8%から
10%への引き上げを 1 年半先送りすることが、財政の健全性への懸念を高めて長期金利を
急騰させるという見方もあるが、日銀の国債購入パワーの方がはるかに強く、金利は上昇
しないだろう。
しかし投機的需要(思惑)に影響があるだけで、実体的な効果を持たない政策を続ける
ことは、長期的には極めて大きなリスクのマグマを溜めることになると思われる。政策の
中心が途方もない額の国債の購入だからだ。
日銀による国債の購入は「直接引き受け」とは違うと言われている。その根拠は、市場
で成立した価格に基づいて購入しているからだということだろう。つまり市場価格が国の
野放図な国債発行の歯止めになるという理屈だ。
しかし今の市場価格を見ても明らかなように、日銀が大量に国債を購入していることが
市場価格を引き上げ、利回りを引き下げている。日銀が言うように、デフレマインドの転
換が進んでいるなら、長期国債の利回りは今よりもっと高いはずだし、今後さらに上昇し
ていくだろう。また消費税率引き上げの先送りをすれば、それを理由に利回りが上昇する
のも自然なことのはずだ。しかし、現実にはそうしたことが起こらないのは、金利を意図
的に、無理やり抑え込んでいるからだ。
たとえて言うなら、体の不調で発熱するはずなのに、薬でそれを無理に抑え込んでいる
ようなものだろう。熱が出ないことを根拠に体に不調はないと誤解してしまうと、先々、
大変な事態を招いてしまう恐れもあるのだ。
日本の財政状況はある意味で世界最悪だ。健全化のためには、増税もさることながら、
歳出の拡大に歯止めをかけることが何より重要だ。しかし、そこには全くと言っていいほ
ど手が付いていない。政治的発言力が強いシニア層にはとくに不人気だからだ。
こうした状況をいつまでも続けていくと、ある日突然、市場からレッドカードを突きつ
けられる可能性がある。その時、国債を購入する人は誰もいなくなる。唯一の例外が日銀
だ。しかしそれは市場の投機家たちに「日銀が輪転機を回して国債を購入している」とい
う思惑を持たせることになる。その場合、日銀が必死に購入すれば国債の暴落は回避でき
るかもしれないが、円の暴落が起こってしまうだろう。
円の暴落は、国内でハイパーインフレをもたらす一方、実質所得を海外に流出させる。
要するに「賃金が下がって、物価が上がる」という最悪の事態だ。何としても避けねばな
らない。もっとも 15 年の話ではない。来年はまだ超低金利が続く年だろう。しかし、だか
ら安心だとは言えないことも忘れるべきではない。
(MU投資顧問客員エコノミスト 兼 三菱UFJリサーチ&コンサルティング
執行役員調査本部長 五十嵐
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敬喜)
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第 313 号
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