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Advanced Prediction Researches for Natural Disaster Prevention and Reduction
Advanced Prediction Researches
for Natural Disaster Prevention and Reduction
SPIRE Field
HPCI 戦略プログラム 分野 3
HPCI 戦略プログラム
大規模自然災害の軽減に向けて
「HPCI 戦略プログラム」とは、2012 年稼働予定の次世代スーパーコン
ピュータ「京」の能力を最大限に活用して世界最高水準の研究成果を創
出するとともに、当該分野において計算科学技術推進体制を構築する
HPCI 戦略プログラム分野 3 統括責任者:
今脇 資郎
(海洋研究開発機構 地球情報研究センター長)
取組を支援するために実施されるプロジェクトです。
文部科学省は、次世代スーパーコンピュータ「京」の利用のあり方と
して、多様な研究者のニーズに応える利用形態(一般的利用)とともに、
社会的・国家的見地から、特定分野の研究を戦略的、重点的に推進する
戦略的利用を導入すべきとの提言を受け、次世代スーパーコンピュー
タ戦略委員会において、次世代スーパーコンピュータ「京」の計算機資
源を必要とし、かつ、社会的・学術的に大きなブレークスルーが期待で
きる分野(戦略分野)の検討を行いました。
2009 年度に各戦略分野の戦略機関を公募し、戦略機関として行う活
動の実施可能性調査(FS)を実施する機関を決定。その実施計画の評価
を経て戦略機関を決定しました。各戦略機関は、2010 年度に準備研究、
2011 年度から本格的に研究を行っております。
日本は毎年のように台風、集中豪雨、地震、津波などに見舞われ大きな被害を被っています。
特に 2011 年 3 月 11 日の東北地方太平洋沖を震源とする超巨大地震(マグニチュード 9.0)とそ
れに伴う超巨大津波は、東北地方を中心に 2 万人近い犠牲者と壊滅的な被害をもたらしました。
まさに未曾有の大惨事であり自然の猛威を思い知らされました。またこの津波が原因で福島第
一原子力発電所で大量の放射能漏れ事故が起こり、これまでにない甚大な被害を被りました。
このような大規模な自然災害は社会・経済活動に深刻な打撃を与えることから、防災・減災に
向けた迅速で効率的な対策が喫緊の課題となっています。
大規模な自然災害をもたらす自然現象(ナチュラル・ハザード)に関しては、野外実験によっ
て影響を評価し検証することは不可能であり、
大規模シミュレーションによる検討が不可欠です。
これまでも、かつて世界最速のスーパーコンピュータであった「地球シミュレータ」を用いて
大規模シミュレーションを行ってきましたが、HPCI 戦略プログラムの分野 3「防災・減災に資
する地球変動予測」では、次世代スーパーコンピュータ「京」を用いて、これらのナチュラル・
防災・減災に資する地球変動予測 ( 分野 3)
ハザードに関する大規模で高精度のシミュレーションを全国の大学や研究機関と共同して実施
し、学術的な展開を図るとともに実際の防災・減災に資することを目指します。具体的には、
地球が温暖化した時の台風の強さや数を全球的に予測すること、集中豪雨や局地的大雨の直前
予測を実証すること、次世代型の地震ハザードマップのための基盤を構築すること、津波警報
「HPCI 戦略プログラム」の実施可能性調査(FS)を経て、戦略分野の一つである「防災・減災に資する地球変動予測(分
の高精度化を図ること、都市全域を対象とした自然災害シミュレーションにより被害の軽減を
野3)」は、独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)が代表機関として事業を進めることとなりました。
図ることなどを目指します。その際、
二つのスーパーコンピュータ、
「京」と「地球シミュレータ」
JAMSTEC は全国の大学・研究機関等と共同で、戦略目標である「地球温暖化時の台風の動向の全球的予測と集中豪
を利用する相乗効果を最大限に追求します。また次代を担う若手研究者の育成にも努めます。
雨の予測実証、および次世代型地震ハザードマップの基盤構築と津波警報の高精度化」の実現に向け、世界最高水準の
残念ながら「京」をもってしても、地震や津波がいつ、どこで、どれくらいの規模で発生す
研究成果を創出するとともに、本分野における計算科学技術推進体制を構築することを目的として事業を推進してい
るかを正確に予測することはできません。しかしながら、台風や集中豪雨を含めてナチュラル・
ます。
ハザードに関するシミュレーションが、より高速・高精度にできるようになれば、より効果的・
効率的な防災・減災対策を立てることができ、自然災害に対して、より強い都市を作ることが
できます。
3
SPIRE Field
研究開発課題責任者 紹介
防災・減災に資する気象・気候・環境予測
図 1: 全球 870m 水平解像度の NICAM でシミュレート
された雲(凝結物混合比)の 3 次元分布の例。特に混合
気象数値予測研究は、世界初の電子計算機 ENIAC を用いた研究以来、常にその
時岡 達志 特任上席研究員
海洋研究 開 発 機 構
比の大きい部分をピンク色で表示している。
時々のトップクラスの電子計算機を用いて取り組まれ、まもなく 70 年になろう
上段:全球分布図、下段:西太平洋域のクラウドシス
テムをクローズアップしたもの。
としています。当初は対流圏大気の平均的な流れを北米領域のみを対象に 300 ㎞
(Miyamoto et al. (2013):GRL に投稿中)
の解像度で予測するものでしたが、その後の計算機性能の指数関数的向上により
「京」の上では現在解像度 870m の全球大気モデルによる数値予報実験が進行中
です ( 図 1)。予測モデルの解像度を 50m に上げ、物理法則をより正確に時間積分
することによって、2012 年 5 月 6 日につくば市北部を襲った竜巻 ( 図 2) が確率的
に予測可能であることも「京」
による数値実験から分かってきました。
我々は、このプログラムの中で「京」
の能力を最大限活用し、気象・気候予測の
限界に挑戦する研究に取り組んでいます。その成果は今後の気象・気候・環境の
防災・減災に確実に生かされることになるでしょう。
地震・津波の予測精度高度化に関する研究
東日本大震災では地震・津波の直接被害以外にも多くの複合災害が発生しま
個別に高精度化した、これら地震動・津波・都市被
金田 義行 招聘上席技術研究員 した。この教訓から、南海トラフ巨大地震をはじめとする地震やそれに伴う津波
害予測と言ったシミュレーションを連携させる事
により起きる可能性のある広域複合災害への備えは、日本が直面する地震や津波
で、広域複合災害に適用できる、より現実的なシミュ
に関する最重要課題です。
レーションの開発が可能となるのです。
海洋研 究 開 発 機 構
これらの対処として、地震発生の仕組みの解明、地震や津波の伝わる過程の解
明、構造物の倒壊や浸水分布、被害分布などの被害予測を行うことが重要と考え
られます。
そのため、このプロジェクトでは地震・津波の予測精度の高度化に関する研究
として、
「①地震の予測精度の高度化に関する研究「
」②津波の予測精度の高度化
に関する研究「
」③都市全域の地震等自然災害シミュレーションに関する研究」
を
推進しています。
南海トラフ巨大地震による四国地域の津波浸水シミュレーション
計算科学技術推進体制構築
計算科学技術推進体制構築では、
「京」をより速く、効率的に利用するための基盤
構築に取り組んでいます。例えば、これまで地球シミュレータなどで利用してきた
高橋 桂子 センター長
アプリケーションを「京」で動作させるには、
「京」の特性に合わせた最適化が必要に
海洋研究 開 発 機 構
なります。
「京」を運用する計算科学研究機構の技術者と情報共有を行い、アプリ
ケーションの最適化をサポートすることによって、事業の推進を図っています。
上記のような技術的サポートの他、今後の計算科学分野発展のため、若手研究者
の育成に取り組むと共に、次世代を担う研究者の育成のあり方についても検討を
行っています。さらに、本プロジェクトで得られた研究成果を広く、分かりやすく
伝えるため、様々な機会を通じて成果の発信を行っています。このパンフレットを
手に取られたことを機会に、当プロジェクトの HP をご覧いただき、シンポジウムな
どのイベントにご参加いただければ幸いです。
(http://www.jamstec.go.jp/hpci-sp/)
「京」コンピュータ(理化学研究所計算科学研究機構)
地球シミュレータ(海洋研究開発機構)
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SPIRE Field
地球規模の気候・環境変動予測に関する研究
3
課題責任者 木 本 昌 秀
東京大学大気海洋研究所 教授
毎日の天気や長期予報、あるいは今世紀末の地球温暖化の影響など、全地球規模の気候計算は、さまざまな時間ス
ケールを扱います。計算期間が長くなると計算量も膨大になるため、現在では、明日の天気を計算するときも全球大
気モデルでは、雷雲のような一つ一つの雲は扱わず、多数の雲の集団効果を半経験的に推定して計算する方法が採ら
全球雲解像モデルによる温暖化時の台風の研究
れています。個々の雲を扱うような計算をしていては明日の天気予報に間に合わないからです。この研究では、近い
将来このような計算上の制限が緩和されたとき、どのような成果がもたらされるかを、先んじて研究しようとしてい
山田 洋平
ます。膨大な数の積乱雲からなる台風は、地球温暖化の影響を受けてどのように変容するでしょうか?現在は予報で
海洋研究開発機構
きない、赤道を 1 か月以上かけて一周するような巨大な雲のかたまりが予測できれば熱帯の天気予報に革命が起こる
のではないでしょうか?あるいは、空間的な細かさだけでなく、気候システム中でのさまざまな物質の循環や、化学
解像度 14km の全球雲解像モデルで、現在の気候および将来
生物学的な過程を取り入れて、気温や降水量だけでなく、将来の二酸化炭素量や大気汚染の予測は可能にならないで
の地球温暖化時の気候のシミュレーションを行っています。図
しょうか?従来予測の延長にとどまらず、京コンピュータの画期的な能力を借りて 、気候シミュレーションの新しい
は、現在と将来のそれぞれ 9 年間にシミュレートされた熱帯低
可能性を探ります。
気圧(台風・ハリケーン)
のトラックを表わします。全球の熱帯
低気圧の数は 9 年間で、現在は 840 個、将来は 643 個となり、将
来は現在より 20% 程度少なくなっています。また、温暖化時に
は熱帯低気圧の平均最大風速が強くなることも予測されてい
図3 全球雲解像モデル NICAM でシミュ
レートされた現在(上)
と温暖化時(下)
の熱
帯低気圧の経路
ます。
全球雲解像モデルによる延長予測可能性の研究
宮川 知己
東京大学大気海洋研究所
大量の降水を伴って東進する巨大積乱雲群「MJO」
。熱帯の水
蒸気が蓄えた潜熱を開放して大小様々な大気の波を励起し、地
球全体に影響を及ぼします。MJO の再現の難しさが2週間以上
先の予報を困難にしていますが、京の能力を活かして雲を精緻
に計算することでその振舞いを約1ヵ月先まで予測できるこ
図1 全球雲解像モデル NICAM によるシミュレーション
今後期待される成果など
とを実証しようとしています。
図4 全球雲解像モデルにより再現された
赤道域を東進する巨大積乱雲群。
地球変動予測アプリケーションパッケージの開発
個々の雲を直接計算するモデルは、電子計算機の発明以来今日まで続いてきた天気
羽角 博康 予報に革新をもたらす可能性があり、全世界が注目しています。もちろん、期待外れ
東京大学大気海洋研究所
に終わる可能性もあります。それを見きわめようというのがこの課題です。さっそく、
熱帯での 1 か月予報の可能性が示唆されました。2 週間と言われてきた天気予報の限
界を軽く超えています。長期予報や地球温暖化予測にも同様の革新は見られるでしょ
うか?楽しみです。
海洋の様々な現象の再現性が従来よりも格段に高い海洋シ
ミュレーションが実現されました。図は海面高度変動の標準偏
差(単位 : cm)を示しており、上図は人工衛星観測データ、下図
は水平 0.1 度格子全球海洋モデルの結果に基づいています。黒
図2 赤道上をゆっくりと東進する巨大
積 乱 雲 群(ス ー パ ー ク ラ ス タ ー;
Nakazawa 1988)は、熱帯の天候を左右す
るだけでなく、中緯度にも影響します。
潮・メキシコ湾流・南極周極流・マルビナス海流における中
規模渦活動が適切に再現された結果として、海面高度変動の分
布・強度ともにモデルは現実をきわめて良く再現しています。
図5 海面高度変動の標準偏差。観測(上)と
シミュレーション(下)
。
SPIRE Field
超高精度メソスケール気象予測の実証
課題責任者 斉 藤 和 雄
気象研究所 部長
数値モデルによる気象予報の精度は近年目覚ましく向上していますが、その一方で集中豪雨や局地的大雨など災害
につながる顕著現象の予測精度はまだ十分といえません。顕著現象の予測が難しい原因として以下が挙げられます。
領域雲解像 4 次元データ同化技術の開発
1)数値モデルの初期値の精度が現象のスケールに対して十分でない。
2)僅かな初期値や計算条件の違いで結果が大きく変わることがある。
露木 義 3)現在の数値予報の格子間隔では積乱雲を直接表現できていない。
気象研究所
本サブ課題では、
「京」の計算資源を活用することにより、上記に対応する以下の3つの目標を通じて、集中豪雨や局
地的大雨などメソスケール顕著現象の高精度予測を目指します。
1)領域雲解像 4 次元データ同化技術の開発
(気象庁気象研究所・数値予報課、海洋研究開発機構、防災科学技術研究所、統計数理研究所、京大防災研究所)
4次元変分法やアンサンブル・カルマンフィルタなど最先端の 4 次元データ同化技術を雲解像モデルに適用
右図は、局所アンサンブル変換カルマンフィルターを
ネストさせた同化システムを開発し、2012 年 5 月 6 日に
つくば市で発生した竜巻の事例についてアンサンブル
予報実験を行った例です。得られた解析値から格子間隔
50m の初期値を作成して、気象庁非静力学モデルを用い
て予報した結果で、竜巻に伴う渦により 50m/s を超える
します。また、レーダー反射率、ドップラーレーダーの動径風、GPS 視線遅延量など、雲スケールの詳細な観測
強風が再現されています。
(気象研究所 / 海洋研究開発機
データを同化して高精度の初期値を作成します。これにより集中豪雨・局地的大雨など、従来は予測が困難だっ
構 瀬古らによる)
た数十 km スケール以下の顕著現象の力学的直前予測の可能性を実証することを目指します。
2)領域雲解像アンサンブル解析予報システムの開発と検証
領域雲解像アンサンブル解析予報システムの開発と検証
(気象庁気象研究所・数値予報課、海洋研究開発機構、東北大学、京大防災研究所、神戸大学など)
先端的なデータ同化技術とアンサンブル予測手法を雲解像モデルに適用した領域気象解析予報システムを構
瀬古 弘 築して、観測データから初期値を作成しながら多数の予報により予報誤差を含めて予測を行う未来の数値予報
気象研究所
システムのプロトタイプを示します。これによりメソスケール顕著現象に対する時間・場所・強度を特定した
定量的確率予測の可能性を実証することを目指します。
右図は、平成 24 年 7 月九州北部豪雨についての、京を
用いたアンサンブルカルマンフィタ解析からの予報に
3)高精度領域大気モデルの開発とそれを用いた基礎研究
よる 12 日 6-9 時の 3 時間積算雨量が 50mm を超える確
(海洋研究開発機構、気象庁気象研究所、東大大気海洋研究所、京大防災研究所、
名大地球水循環研究センター、防衛大など)
率分布の図です。半日∼ 1 日前からの計算(この図では
降水粒子をサイズごとに予報変数として扱うビン法雲物理過程や、乱流渦を数値的に解像するラージエディ
シミュレーション (LES) など、従来の計算資源では困難だった詳細な物理過程を用いた超高解像度シミュレー
ションを「京」
では多数行えるようになります。これによりバルク法雲物理過程や乱流クロージャモデル、接地境
18 時間前)で、観測に対応して、高い確率で大雨の発生
が予測されています。
(気象研究所 国井による)
高精度領域大気モデルの開発とそれを用いた基礎研究
界層モデルなど、雲解像モデルに用いられている各種物理過程のパラメタリゼーションに伴う誤差を評価し、領
域雲解像モデルの改良につなげます。また、領域雲解像モデルによる多数例の積分を実行し、数値予報に必要な
解像度を明らかにするとともに、台風や顕著現象の風の構造・発達過程を詳しく調べます。
今後期待される成果など
この研究は、京コンピュータのような計算資源が利用可能な場合に、どのような予測が可能になるかを研究し
ています。さらに将来の計算では何が出来そうかについても研究していきます。研究の成果は、技術的な情報とし
て将来的な気象予報にも反映されることが期待されます。
木村 富士男 海洋研究開発機構
右図は、格子間隔が 2m の LES モデルによる良く晴れ
た日中の地上気温分布を示します。地表面が一様でも
3 ℃程度の温度幅で気温のムラが生じます。風の乱れを
直接的に再現できるこの手法は、大気と陸面・海面との
熱や水蒸気の交換量や輸送過程の算定の高度化など、数
値予報の高精度化に寄与します。
(東京大学大気海洋研究所 伊藤らによる)
3
SPIRE Field
地震の予測精度の高度化に関する研究
京コンピュータを高度に活用した大規模なシミュレーションにより、大地震の発生と、強い揺れを予測する研究を
進めています。大地震は複雑な断層運動により発生し、そして震源から広がる地震波が複雑な地下構造を伝わり地表
課題責任者 古 村 孝 志
東京大学大学院情報学環 教授
地震発生を予測するシミュレーション
で増幅されることで強い揺れが生まれます。こうした、複雑な地震波の現象を詳細にモデル化したシミュレーション
を行うには、大規模な計算環境が必要です。京コンピュータの登場により、これまでの地球シミュレータ(海洋研究開
兵藤 守
発機構)
による地震シミュレーションの規模を 50 倍に高めることができました。
海洋研究開発機構
現在、2011 年東北地方太平洋沖地震や、過去に南海トラフで繰り返し発生した巨大地震についての地震の発生過程
の確認や、地震による強い揺れ・津波を再現して、地震観測データとの詳細な比較からシミュレーション結果の検証
西南日本を載せた陸のプレートは、南海トラフから沈み込む
を行っています。
海のプレートとの摩擦により地下深部に引きずり込まれてい
高い精度を持つシミュレーションの実現は、近い将来に心配される巨大地震の発生と、強い揺れ・津波の発生の適
ます。それが限界に達したときに巨大地震が発生します。
切な評価、そして災害の予測・軽減に結びつくと期待されます。
図は、南海トラフ地震の発生のようすを数値シミュレーションにより再現・可視化したものです。複雑
なプレートの形と摩擦の状態をシミュレーションに適切に取り入れることができれば、繰り返す巨大地
震の発生間隔や地震の発生パターンの特徴を再現し、そして将来起きる可能性の高い地震の特徴が予測
できるようになるでしょう。
地震の強い揺れのシミュレーション
古村 孝志
東京大学大学院情報学環
地震による強い揺れと、地震による地殻変動、そして津波の発
生を一度に計算することのできる、新しい地震動の計算手法を開
発しました。京コンピュータの 8 万個の CPU を用いた大規模並列
計算の実現に向け、計算コードの調整を進めて十分な計算効率を
得ることができるようになりました。
図は、2011 年東北地方太平洋沖地震の再現シミュレーション
により、断層運動により震源域から地震波が外に広がるようすや、地震により海底に生
じた地殻変動が海面を押し上げて、これが津波として陸に伝わるようすを可視化した
ものです。
京コンピュータに仮想地球を作る
日本の周辺では、陸と海に地震計や津波計などが高い密度で設置
されており、これらのデータがリアルタイムで集められています。
こうした観測データの高い解析技術と高速シミュレーション技術が
揃うことで、地震の発生と揺れの予測が大きく進むと期待されます。
刻々と変化する観測データもとに、京コンピュータの中に仮想地
球を作り、少し未来の大地震の発生と揺れを予測する。大地震が発
生したら、その後の余震・誘発地震の推移を予測する。
こうした地震シミュレーションが将来実現できるかもしれません。
地球内部を調べるシミュレーション
坪井 誠司
海洋研究開発機構
地震波を用いて、複雑な地球の内部構造を詳細に調べるシ
ミュレーション研究を進めています。
この図は、遠くで起きた地震の揺れが地震計に記録される
までに、地球内部のどの部分の影響を強く受けてきたかを調べたものです。こうした情報は、地球内
部を詳しく調べるために不可欠なものですが、膨大な計算を必要とするため、京の登場でようやく実
現可能になりました。地震の揺れの予測の高度化に向け、日本列島の地下と人口の集まる平野の詳細
な構造推定が目標です。
3
SPIRE Field
津波の予測精度の高度化に関する研究
3
課題責任者 今 村 文 彦
東北大学災害科学国際研究所 教授
地震発生後の 2 次被害をもたらせる災害として、津波があります。2011 年の東日本大震災などでも多くの人命
が巨大津波により失っています。広域で巨大なパワーを持つ津波から命を守るためには、事前の想定・評価やリア
ルタイムでの警報などの情報が不可欠です。いつ、どのような津波が来襲するかが分かれば、避難などの回避行動
東日本大震災の津波再現 がとれるからです。現在、我が国では、気象庁などにより量的予報システムが稼働していますが、迅速で適切な避
難行動をとるためにはさらに正確で詳細な情報をいち早く必要になっているのです。
大石 裕介 沿岸域での複雑な建物や地形を含めた津波の遡上計算を実施する際には、より詳細で複雑な現象を取り入れる必
富士通株式会社
要がありますが、それだけ計算時間や容量が必要となり、命を守る予報として間に合わなくなります。そこで、超
大規模データを高速で処理できる HPCI「京」が不可欠となっています。
現在、高密度土地利用データや空間スケールの異なる構造物や道路などを表現するための 3 次元データを用いて、
リアルタイムに津波の発生から伝幡、さらには遡上の過程までを解析できるかを検討しています。2011 年の東北地
M9 巨大地震によって発生した津波は甚大な被害
をもたらせました。当時、南北 500km もの断層が動
き、2 段階の津波が発生し、沿岸各地に来襲したと
言われています。震災直後に得られた津波の観測や
方太平洋沖地震による津波の再現や将来予測される南海トラフでの最大クラスの津波の予測を行っています。そこ
痕跡データを集積し、巨大津波の再現を試みていま
には、今まで我々の知らなかった津波の挙動(3 次元流れ、衝撃力、土砂移動、漂流物)などが見えつつあります。
す。なぜ、あれだけの被害が発生したのか?リアル
タイムで予測することはどこまで出来るのかを検
討しています。
釜石湾での 3 次元津波挙動の再現
有川 太郎 港湾空港技術研究所
沖合いでは 2 次元的な姿である津波も、浅海域になると
地形や建物の影響を受けて、3 次元的に変化します。従来の
津波シミュレーションではこのような複雑な挙動を再現す
ることは困難でしたが、
「京」を利用し検討をしています。
現在、高さ 60m におよぶ湾口防波堤が整備されていた釜
石湾での極めて複雑な挙動を検討し、当時の防護施設の効
果などを詳細に検討しています。
東北大学 今村文彦教授資料より
津波による土砂移動
今後期待される成果など
沖合いや沿岸で観測された津波の観
測データをリアルタイムで活用し、取
り正確な津波の挙動を予測することが
リアルタイム観測データとの融合により、以下の予測を高精度・高速化・浸水域、浸水深、
津波ハザード(流れ,流体力)
、被害+複合被害地震発生後の津波避難計画に資する情報
を提供する。
菅原 大助 東北大学災害科学国際研究所
可 能 に な り、東 日 本 大 震 災 で 課 題 で
浅海域で波高を増した津波は同時に海底での剪断力(砂
あった、過小評価の問題点を解決でき
を動かす力)
を増幅させます。その結果、大量の土砂を移動
るでしょう。さらに、正確な津波波源か
させさらには水中に浮遊させ、海域から陸上部などに堆積
ら、複雑な沿岸部での津波挙動を波の
(または浸食)させます。これにより大きな地形変化が生じ
高 さ だ け で な く、流 れ、津 波 波 力(水
圧)
、漂流物などの状況も知ることがで
きるようになります。
分解能5mでの予想津波浸
水浸分布:赤色は1m以上
を示す。
分解能5mでの予想津波流 津波ハザード・被害の推定、
速分布:赤色は 11m/s 以上 被害軽減策の検討
を示す。
るだけでなく、砂の堆積層が形成されます。
この堆積層は過去の史料などに記録が残っていない津波
を知る手がかりとなります。
[A] 計算による浸食・堆積分布。[B] 地震前後の
DEM を比較して求めた浸食・堆積分布。水没に
よるデータ欠測箇所は灰色で表示。
SPIRE Field
都市全域の地震等自然災害シミュレーション
に関する研究
3
課題責任者 堀 宗 朗
東京大学地震研究所 教授
構造・都市シミュレーションの目的は次の 2 つの解析手法の開発です。
1. 地震によって建物がどのように揺れ、場合によっては損傷し、崩壊に至るかを予測する解析手法
鉄筋コンクリート橋脚の地震応答シミュレーション
2. 地震によって都市の建物一棟一棟がどのような被害を受け、人々がどのように行動するかを予測する解析手法
橋脚を連結させた大型橋梁の解析モデル
実大の建物モデルを使った大型実験と共同し、また実際の都市モデルを使いながら、京コンピュータの性能を引き出
岡澤 重信
す高精度で高い信頼性のシミュレーションを行います。
広島大学工学研究所
建物のシミュレーションでは、センチ
メートル単位の詳細な建物モデルを使
都市を支える重要社会基盤施設の一つである橋梁
い、建物全体の揺れや、建物の一部の損傷
の安全性を検討するためにも、京コンピュータを使っ
の発生・進展、それが引き起こす建物の
た大規模数値計算が利用できます。基礎と周囲の地盤
崩壊を計算し、建物を支える地盤もモデ
も詳細に再現した解析モデルを使うことで、地震動の
ルに加えます。
方向の違いによる損傷の差を予測することができるようになります。さらに、従来では不可能であった複
超高層ビルや大型橋脚を対象に、都市
数の橋脚を連結させた大型橋脚の地震応答シミュレーションも可能となります。個々の橋脚の変形とその
のシミュレーションでは、高知市等を対
相互作用を考慮し,大型橋梁の安全性を詳細に検討することができます。
象に、建物一棟一棟や道路一本一本を再
エージェントによる複雑な判断の例
現する都市モデルを使い、都市の建物被
害や住民の避難の状況を計算します。
い ろ い ろ な 状 況 を 想 定 し、次 世 代 ハ
鉄筋コンクリート橋脚の損傷解析:地震動の方向を変化させた場合のシミュレーション
ザードマップの作成につなげます。
Lalith Wijerathne
東京大学地震研究所
都市の道路を忠実にモデル化することで、地震発生
後、例えば津波が襲うことが懸念される場合の群集避難
三次元地盤構造.右図は左図四角内の拡大図
(1 層目と 2 層目が柔らかい層,3 層目が硬い層)
のシミュレーションも可能となります。
住民や旅行者一人一人にエージェントと呼ばれる高度
な解析モデルを作ることで、地震によって損傷を受けた
周囲の建物を見ながらの避難という複雑な状況のシミュ
レーションが可能となります。
緑の線はエージェントの視野の限界
都市の地震シミュレーション
高度な可視化技術の応用の検討
市村 強
都市のシミュレーション結果を、より正確かつ直観的に理解でき
東京大学地震研究所
るよう、高度な可視化技術の応用も検討されています。
3 次画像と 3 次元動画の作成が当面の目標です。
プレート境界や断層で発生した地震が都市を襲う場
合、最初に地盤、次に建物・構造物を揺らすことになりま
す。
京コンピュータが可能とした大規模数値計算では、都
市の地盤と建物・構造物の揺れの詳細なシミュレーショ
ンが可能となります。
地盤の 3 次元モデルと建物一棟一棟を忠実にモデル化した超大規模解析モデルを構築し、さまざまに
ヘッドトラッキングによる視野の変更
3 次元画像
都市の地震応答
想定された地震シナリオに対して予想される都市の地震を計算することが可能となりました。