2013年11月30日中野二郎報告書

教授法紹介
フレージングを用いた音声指導
ヤギェロン大学
中野二郎
1.はじめに
本稿は 11 月 30 日に行われたポーランド日本語教師会勉強での発表に加筆・修正をして
まとめたものである。主な内容としては、日本語の音声指導で課題になる点を確認しつつ、
その解決策の一つとして、
「体感」をキーワードに指導法を紹介。中でも最も共有しやすい
視覚を利用したフレージング(中川)に焦点を当てた。
2.音声指導の課題
近年、OJAD(Online Japanese Accent Dictionary)や音声分析ソフトの普及で、教師、
学習者ともに、目標とする言語音の持続時間やピッチカーブをその場で視覚化できる環境
が整っている。しかし、現場では、その視覚情報を提示するだけでは、学習者の自己モニ
ター形成にまで至らないケースが散見される。「わかる(情報)」が「できる(体得)」に直
結しないのが言語習得であり、一種の“運動”とも言える発音習得の難しい側面である。
3.指導法の紹介
筆者は解決策として、
「体感」を提案した。運動であるからには、初めて補助輪のない自
転車に乗る、初めて水に入って泳ぐ等の体験のごとく、感覚を養うことが習得につながる
という発想が重要であると考えたためである。発表でも紹介した「体感」を伴う音声指導
法を紹介する。
1)振動器の利用〈触覚〉
文字通り音声を振動として感じることができる機器を使って音の違いを感じる。
例:有声・無声の弁別
特殊拍の弁別(促音拍なら振動のない状態が一拍分続くことを触覚で感じる)
2)身体運動の利用〈運動感覚〉
目標とする音韻の緊張度(tension)や目標とする言語のリズムを、運動を用いて表現し、
共有する。
例:日本語の 2 モーラ 1 フットのリズムを運動で刻む。
特殊拍の特徴を運動を提示(促音拍が破裂のための準備状態であることを身体の緊
張を用いて表現)
※運動はルドルフ・ラバン(Rudolf von Laban)の「運動のエフォート」に基づく。
詳細は以下参照 http://staff.aist.go.jp/toru-nakata/shintairon.html
3)ローパス音(周波数帯域が 300Hz 以下のみ)の利用〈聴覚〉
リズム・イントネーションのみが際立つ音になるため、その習得には有用。教室活動で
はハミング等で代用可。
例:特にリズム、イントネーションの習得
4)わらべうたリズム〈人体の生理〉
フレーズを繰り返すことで、リズムを生み出し、そのリズムに乗せて発音することで正
しいリズム、発音を導く。
例:特にリズム、特殊拍の習得等
「コンニチハ」が「コニーチワー」のような発音になる学習者がいたとすると、
まず、教師がリズムをとり、
タンタタタ タンタタタ タンタタ タンタタ 「コンニチハ」
括弧内でコニーチワーとは言いづらい。
5)イントネーション・カーブ、アクセント記号〈視覚〉
高低と区切りを線で示すことで、イントネーションの意識化を促す。
串田、河野のプロソディ・グラフ、中川のフレージング等
例:ピッチ
フレージングの紹介
指導法の紹介「5)イントネーション・カーブ」を利用した中川のフレージングを紹介。
本稿で特にこの方法を取り上げたのは、他の方法が機器を必要としたり、教師側の習熟が
必要であるのに対し、峯松他(2009)で「必要最小限かつ大きな効果を期待する」と述べ
られているように、視覚情報は共有しやすいという特徴を持ち、また音声指導経験の尐な
い教師にも利用しやすいと判断したためである。
フレージングは文字通りフレーズを作ることで、正しい日本語のイントネーション、ポ
ーズを導く方法である。筆者なりの解釈としては、フレーズを作ることは、ポーズを作る
ことであり(逆も言える)
、適切なポーズを意識することが聴きやすい日本語につながって
いる。
中川(2009)によると、フレーズを作るルールは以下の通り
1 フレーズを「/」と「//」で仕切る
1)意味的にちょうどいいところ
2)生理的(尐し休まなければ続けられない)
3)強調したいところの前
※1フレーズは7~15 拍前後(1,2秒)とする
2 イントネーション・カーブでフレーズ内の高低を表示
実際のテキストは以下の通り。
今後の課題
これまでフレージングを用いての所感は、非常に有効な手段ではあるが、記号を与えて
練習を繰り返すだけでは、
「記号通りの発音を実現する」のは容易ではない学習者もいると
いうことである。特に、母語が高低による弁別機能を持たない学習者は、カーブ通りにピ
ッチをコントロールすることには訓練が必要である。有用な視覚情報が更に有効に機能す
るためには、本稿で紹介した身体運動、わらべうたリズム等の他感覚を利用して「体得」
まで導き、学習者の自己モニター形成にまでつなげることが肝要である。
更には、自然なリズム・イントネーションをスピーチ、朗読など原稿のあるものから自
由発話にまで如何に発展させるには、更なる一工夫が必要であろう。
参考文献
書籍
・『さらに進んだスピーチ・プレゼンのための日本語練習帳』中川他 2009
・『日本語の発音指導―VT 法の理論と実践―』 クロードロベルジュ他 凡人社 1996
・『VTS 入門』木村他 2002
・『1 日 10 分の発音練習』河野他 くろしお出版 2004
サイト
・ 峯 松 他 ( 2012 ) 音 声 出 力 機 能 を 有 し た オ ン ラ イ ン ア ク セ ン ト 辞 書 の 構 築
http://www.gavo.t.u-tokyo.ac.jp/~mine/paper/PDF/2012/ICJLE_p94_t2012-8.pdf