日本語を考える Introduction to Japanese Linguistics 音声・音韻 (2) 音節より上のレベルの音声・音韻現象 音調 – – アクセント イントネーション 音の変化 (連濁など) アクセント 日本語音韻論では、 「アクセント」 という用語は「モーラ ごとの高さ (ピッチ) の変化」を指す。 日本語 (の多くの方言) では、それぞれの語に決まった アクセントの型がある。 アクセントの型は、高 (H) と低 (L) の組み合わせで表す ことができる。 – – – 雨 (HL) vs. 飴 (LH) 箸 (HL) vs. 橋 (LH) 花が (LHL) vs. 鼻が (LHH) アクセント アクセント核 (下がり目): ピッチの下降が起る直前の モーラを、アクセント核と呼ぶ。 – ア↓メ (雨) (アクセント核はア) アクセント核の位置は、語ごとに決まっている。 すべての語がアクセント核を持つわけではない。 アクセント 句頭上昇: 第一モーラにアクセント核がある場合を除き、 第二モーラは、第一モーラより高い。 (i) 第一モーラにアクセント核がある: HL … (ii) 第一モーラにアクセント核がない: LH … アクセント句: いわゆる 「文節」 (語 + 助詞) に相当することが多い [{きょねん} {わたしは} {きょうとにも} {いきましたよ}] アクセント アクセント句の例: 1. さかなが (魚が; LHHH) 2. い’のちが (命が; HLLL) 3. そば’やが (そば屋が; LHLL) 4. おとこ’が (男が; LHHL) 句頭上昇を 「句アクセント」、アクセント核に続く 下降を 「語アクセント」 と呼ぶ場合もある。 アクセント n モーラの語には、n+1 種類のアクセント型があ りえる。 – – – – – 日が (ひが; LH) 火が (ひ’が; HL) 牛が (うしが; LHH) 瓜が (う’りが; HLL) 馬が (うま’が; LHL) アクセント /:/, /N/, /Q/ はアクセント核になれない – – – – – – – – – 電気 (で’んき) HLL 伝記 (でんき) LHH *でん’き LHL ト’ーク HLL 遠く (とおく’) LHH *とお’く/とう’く LHL キ’ック HLL 切符 (きっぷ) LHH *きっ’ぷ/キッ’ク LHL アクセントの機能 アクセントの違いは、意味の違いにつながる: はし: 箸 vs. 橋 (HL vs. LH) – でんき: 伝記 vs. 電気 (LHH vs. HLL) – はな: 花が赤い vs. 鼻が赤い (LHL … vs. LHH …) – うえる: 植える vs. 飢える (LHH vs. LHL) – かえる: 蛙 vs. 帰る (LHH vs. HLL) … – アクセントの機能 アクセントには、「意味のまとまりを示す」役割もある。 [修飾句 + 名詞] はひとつのアクセント句を形成する場 合が多い – – – となりの’ + お’くさん ⇒ {となりの’おくさん} LHHHLLLL あ’る + おとこ’ ⇒ {あ’るおとこ} HLLLL まず’い + ラ’ ーメン ⇒ {まず’いラーメン} LHLLLLLL 修飾句が「非制限的」な場合、このような現象は起らない – となりの’ + お’くさん ⇒ {となりの’}{お’くさん} LHHHHLLL アクセントの機能 優勝した山田君が … – – {ゆうしょうした}{やまだくんが} {LHHHHH}{LHHHHH} 優勝した男が … – – {ゆうしょうしたおとこ’が} {LHHHHH HHHL} アクセントの機能 複合語のアクセントは、かなり複雑な規則に基づいて決 定される – – – – – – ふゆ’ + け’しき = ふゆげ’しき (冬景色) ゆにゅう + くだ’もの = ゆにゅうく’だもの (輸入くだもの) さと + ここ’ろ = さとご’ころ (里心) で’んき + かみそ’り = でんきか’みそり (電気かみそり) し’ろ + み’そ = しろみそ (白みそ) せともの + い’ち = せともの’いち (瀬戸物市) アクセントの機能 アクセントには、「情報の重要性を示す」 役割もある。 意味的な重要な句のアクセントは強調される (ことがある)。 意味的な重要な句に続く句のアクセントは抑制される。 Q: どこでうなぎを食べたんですか? A: うなぎは京都で食べました。 Q: あれ、捨てちゃいました? A: いや、食べました。 比較: プロミネンス イントネーション イントネーションとは、アクセント句より大きな単位 (イント ネーション句) でのピッチ変化と考えることができる。 イントネーション句は、一つまたはそれ以上のアクセント 句から構成される。 イントネーション句は一つの発話に対応することが多い が、一つの発話が複数のイントネーション句から成る場 合もある。 [{きょねん} {わたしは} {きょうとにも} {いきましたよ}] イントネーション 何通りのイントネーションを区別する必要がある かについては、意見が分かれる – – – – – ↗ : 疑問上昇 ↑: 強調上昇 ↑↓ : 上昇+下降 →: 平板 (↓: 下降) イントネーション {…} = アクセント句, […] = イントネーション句 [{ローマに}{行ったの}] → [{ローマに}{行ったの}] ↗ [{ローマに}{行ったの}]↑ [{ローマに}] ↑↓[{行ったの}] [{ローマに}] ↑[{行ったの}] イントネーション ↗ (疑問上昇): 今から学校行く vs.今から学校行く ↗ もう昼ごはん食べた vs.もう昼ごはん食べた↗ 三年生だ vs. ??三年生だ↗ – 三年生↗, 三年生か↗, 三年生なの↗ 三年生です vs. ??三年生です↗ – 三年生ですか↗ イントネーション あ、切符落としました↗ あ、切符落としましたよ↗ イントネーション 暑い→ 暑い↗ 暑いね→ 暑いね↗ 暑いよ→ 暑いよ↗ イントネーション ↑ (強調上昇): [{ローマに}{行ったの}]↑ [{チョコレート}]↑ 強い主張; 幼児的 [ {ローマに}]↑[{行きました}] 重要な情報を示す; 改まった場面でも使える イントネーション ↑↓ (上昇+下降): [{ローマに}] ↑↓[{行ったの}] いわゆる半疑問; 話し言葉的 「まだ話の途中」 の合図? 自然下降: 音調は、イントネーション句末に向け て徐々に下降していく。 イントネーション句内の音調は、以下の要因で 決定される: – – – – 語アクセントによる下降 句アクセントによる上昇 イントネーション 自然下降 音韻論的単位: – イントネーション句 > アクセント句 > 音節 > モーラ > 音 文法論的単位: – (談話 >) 文 > 句 > 語 > 形態素 連濁 小 [ko] + 太鼓 [taiko] → 小太鼓 [kodaiko] 竹 [take] + さお [sao] → 竹ざお [takeʣao] 鼻 [hana] + 血 [ʧi] → 鼻血 [hanaʤi] 狸 [tanukji] + 汁 [ʃiɾu] → 狸汁 [tanukjiʤiɾu] 本 [hoɴ] + 箱 [hako] → 本箱 [hombako] 旅 [tabji] + 人 [çito] → 旅人 [tabjibjito] 草 [kusa] + 笛 [ɸue] → 草笛 [kusabue] 連濁 /s/ → /z/ /t/ & /ʦ/ → /d/ /k/ → /g/ /h/ → /b/ 連濁 [s] → [ʣ] / [z] [ʃ] → [ʤ] / [ʒ] [t] → [d] [ʧ] → [ʤ] / [ʒ] [ʦ] → [ʣ] / [z] [k] → [g] [h] → [b] [ç] → [b] [ɸ] → [b] 連濁 制約 #1: 二番目の要素が和語ではない場合 (漢語・外来語の場合)、連濁は起らない – – – 貧乏神 (びんぼうがみ) vs. 貧乏性 (びんぼうしょう) 安部屋 (やすべや) vs. 安ホテル 例外: 貿易会社 (ぼうえきがいしゃ), 三百 (さんびゃ く); 鬼神 (きしん? きじん?); 歌ガルタ 連濁 制約 #2 (Lyman の法則): 二番目の要素に有声 の破裂音、摩擦音、または破擦音が含まれる場 合、連濁は起らない (一種の異化現象) – – – – いろ + かみ = ?? きつね + そば = ?? 不思議 (ふしぎ) + 蜥蜴 (とかげ) = ?? 不思議 (ふしぎ) + 花 (はな) = ?? 連濁 制約 #3 (右枝分かれ規則): 連濁は、複合語の 構造の最も下のレベルにおいて枝分かれの右 側に来る要素にのみ起る。 8 4 1 2 3 5 6 7 連濁 [[塗り + 箸] + 入れ] vs. [塗り + [箸 + 入れ]] ぬり ばし いれ ぬり はし いれ 連濁 [ふしぎ + とり]? – [ふしぎ + [とり + もち]]? – 不思議鳥もち [おお + [ほし + いも]]? – 不思議鳥 大干し芋 [[なま + こめ] + はこ]? – 生米箱 連濁 制約 #4: 連濁は、複合語の二つの要素が意味 的に並列の関係にある場合には、起らない – – 草木 (くさき) vs. 草笛 (くさぶえ) 田畑 (たはた) vs. 田亀 (たがめ) 母音の無声化 無声子音に挟まれた母音 /i/, /u/ は無声化する ことが多い。 (一種の同化現象) – 例: きかい [kjikai], がくせい [gakuse:], いつか [iʦuka], すてる [suteru] その他の音変化 転音: あめ (雨) > あま(がさ) 促音化: せんたくき (洗濯機) > せんたっき 直音化: しゅじゅつ (手術) > しじつ 拗音化: じっぽん (十本) > じゅっぽん 脱落: よんでいる (読んでいる) > よんでる 融合: やっておく > やっとく etc. 参考文献 郡 史郎 (1997) 「日本語のイントネーション―型と機能 ―」, 杉藤 美代子 (監修) 『アクセント・イントネーション・ リズムとポーズ』 三省堂. Tsujimura, N. (2006) An Introduction to Japanese Linguistics. 2nd edition. Blackwell. Venditti, J. (2005) “The J_ToBI model of Japanese intonation” In: S.-A. Jun (ed.) Prosodic Typology: The Phonology of Intonation and Phrasing. Oxford University Press. 連絡 次週までに教科書 pp.32-58 を読んでおくこと。
© Copyright 2024 ExpyDoc