都市開発技術の商品化とリスク分担の必要性 - Nomura Research

11 年 7 月号
《都市開発》
都市開発技術の商品化とリスク分担の必要性
株式会社野村総合研究所 公共経営戦略コンサルティング部 副主任コンサルタント
北崎 朋希
1.都市開発市場の成長と受注競争の過熱
2)強力な官民連携スキームの確立
先行するシンガポールや韓国などの企業では、鉄道や
電力などのインフラ海外展開と同様に、都市開発におい
ても、トップ外交をはじめとする様々な官民連携によって、
案件形成段階からの参画に成功している。
シンガポールでは、JTC コーポレーション2やケッペル
コーポレーション3などが、中国・ベトナム・インドネシアな
どにおいて、現地企業とともに都市開発を数多く実施し
ている。また、韓国では、政府機関である韓国土地住宅
公社と民間企業が、案件ごとに共同事業体を設立し、ア
ジア・中東・アフリカ地域の 15 カ国に展開している。さら
に、スウェーデンにおいても、政府と民間企業が一体と
なった協議会 Symbio City を設置し、ヨーロッパ、アジア、
アフリカ地域の7カ国への展開を実現している4。
近年、新興国の経済発展と先進国の都市間競争の激
化によって、住宅地や工業団地等の新規開発や既成市
街地の再開発が増加している。中でも、都市人口が急増
し、今後建設投資の増加が見込まれるアジアでは、シン
ガポールや韓国、スウェーデンなどの企業が、自国政府
の全面的な支援のもと、上下水道や交通等のインフラ整
備と不動産開発を組み合わせた数百ヘクタール規模の
都市開発案件の受注競争を繰り広げている。
丸紅や大和ハウスなどの日本企業も、1980 年代半ば
から、中国の主要都市において、現地不動産会社と共
同で数百戸規模の外国人向け住宅開発を行ってきた。
また、2000 年代後半には、新興国の新規都市開発の一
部街区において、三井不動産や積水ハウスなどが、住
宅や商業開発を行っている。しかし、これらの多くは、シ
ンガポールの企業や現地不動産会社が主導する都市
開発への“不動産開発”としての参加である。
2.先行する各国に共通する優位性
1)都市開発における差別化
商品価値が伝わりにくい都市開発という分野において、
先行する各国の企業は、自らの都市開発技術をいち早
く商品化することで、差別化に成功している。例えば、シ
ンガポールでは、「生きた実証実験の場“Living Lab”」1
の成果をアピールしている。また、韓国には、1990 年代
前半に建設会社が海外展開を通じて培った短期間かつ
低コストの建設工事ノウハウがある。さらに、スウェーデン
では、ストックホルム市郊外に最先端の循環型環境技術
を導入したエコタウン「ハンマビー・ショースタッド」を整
備・運営し、年間約 100 万人を超える視察者を集めること
で、世界中に自国の都市開発の商品価値を伝播させて
いる。
3)都市開発の商品を横展開する取り組み
継続的に都市開発の海外展開を推進するためには、
導入した商品の横展開が重要となる。例えば、シンガポ
ールは、外資誘致を進めるベトナム政府の要請を受けて、
1996 年にベトナム・シンガポール産業パーク5を共同事
業として整備し、22 の国や地域の外資系企業の誘致に
成功した。これを契機に、シンガポールでは、ベトナム国
内に同様の産業パークを3箇所(計 4,000 ヘクタール)開
発し、オフィス、住宅、商業施設、大学、レジャー施設等
を含む複合都市開発へと発展させるに至っている。
一方、韓国は、インフラ整備と引き換えに土地使用権
を無償で譲り受ける手法を用いて、2006 年以降ベトナム
国内に3箇所(計 750 ヘクタール)の都市開発を展開して
いる6。
2
3
4
5
6
1
経済成長の礎となった産業団地の整備・運営ノウハウや、都市問
題の解決に取り組んでいる。
70 年代に工業化の推進役となったジュロン工業団地の開発主体
港湾局の再編によって設立された。
協議会が無償で各種計画策定や高度専門人材を派遣するなどの
施策を展開している。
ホーチミン市から約 17 ㎞に位置する約 500 ヘクタール
例えば、ベトナム国内の高速道路建設の対価として、ベトナム政府
から周辺用地約 265 ヘクタールの土地使用権 50 年間を無償で譲り
受け、地元建設会社と共同で約 3.5 万人が居住する新都市を建設し
ている。
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11 年 7 月号
このように、先行する各国は、自国の都市開発商品を
導入した後、相手国での官民連携スキームを通じた横展
開により、都市開発の海外展開を継続化している。
図 先行する各国の官民連機スキームと商品特性
シンガポール
韓国
スウェーデン
《政府出資主体タイプ》
《共同事業主体タイプ》
《協議会タイプ》
現地政府
通商産業省
現地企業
現地政府
経済開発庁
ケッペル
交渉・提携
ジュロン
官民連携
スキーム
国土海洋部
現地企業
交渉・提携
外務省
現地政府
現地企業
案件毎
に提携
民間建設会社
貿易委員会
Symbio City
韓国
土地住宅公社
スウェーデン
環境研究所
交渉
・
提携
建設会社 エンジ会社
電力会社 金融機関
政府出資企業
都市開発の
商品特性
産業団地の整備・運営、
Living Labで培われた
都市問題の解決手法
Suzhou Industrial Park
(中国、蘇州市)
代表的な
海外展開事例 Mahindra World City
(インド、チェンナイ)
短期間に低コストで建設
工事を遂行するノウハウ
環境技術を統合化した
施設の整備・運営
Azerbaijan New Town
The Dongli Lake Project
(アゼルバイジャン、バグー郊外)
(中国、天津市)
India Gujarat Industrial
Complex (インド、グジャラート州)
Luodian Town
(中国、上海市)
出所)各種資料およびヒアリング調査より NRI 作成
3.本格的な海外展開の推進に向けて
前述のように、国をあげて都市開発の海外展開を進め
るためには、①都市開発の商品化、②官民連携スキー
ムの確立、③商品を横展開する取り組みが必要である。
しかし、現在の日本は、多くの都市開発技術を有してい
るものの、その技術を集約化し、魅力的な商品として訴
求することができていない。また、官民が連携して都市開
発を推進する政府出資主体や、共同事業主体となる公
的機関も存在しない。そのため、多くの日本企業が海外
展開を“都市”ではなく“不動産”開発に留めざるを得な
い状況に陥っており、事業の横展開も限定的である。
2)技術と資金を提供する官民連携組織の設立
これまでの日本企業の海外展開は、数億ドル・数十ヘ
クタールの不動産開発に留まっているが、先行する各国
は数十億ドル・数百ヘクタールを超える都市開発を展開
している。これは、先行する各国の政府が直接的・間接
的な事業主体として参画しており、民間企業のみでは負
えない事業リスクや非営利的な業務を分担しているため
である。
こうした動きに対応するため、戦後から我が国の都市
開発を牽引してきた(独)都市再生機構や国内都市開発
の資金協力を担う(財)民間都市開発推進機構等を官民
連携機能として活用し、すでに民間企業主体で実施して
いる不動産開発の海外展開を都市開発へと発展させ、
積極的に横展開することを提案したい。
さらに、パッケージ型インフラ海外展開の投資回収機
能として、都市開発を位置づけることができれば、先行
する鉄道や電力など事業との連携も可能となり、より広範
な分野の海外展開を推進する原動力となるであろう。
1)固有の都市開発技術を活用した商品化
都市開発市場へ戦略的に参入していくためには、ま
ずは自国の都市開発技術を活かした商品を開発し、そ
れを輸出する官民連携スキームを構築する必要がある。
今後、多くの新興国では、経済発展に伴う地権者意識の
高まりによって、従来の全面買収方式による都市開発は
困難になると予想される。また、人口の増加に伴って、都
市内外において、大量輸送公共交通機関の整備が一
層必要となる。この問題に対して、鉄道一体型都市開発
7
は、慢性的な過密化という都市問題を抱えるアジアの新
興国において、有効的な解決手段となり得る。
7
近年、先進国の多くの都市では、持続可能な社会実
現に向けて、新たに公共交通網を整備する動きがみら
れる。しかし、成熟期にある都市において、公共交通網
を新たに整備することは、用地取得の長期化等の多くの
障害が伴う。そのため、都市が成長期にある段階で、い
かに公共交通を先行的に整備するかが、その後の発展
を大きく左右するといえる。しかし、公共交通整備は、初
期投資が大きく、資金回収に長期間を要する事業である。
そのため、鉄道一体型都市開発を、短期間で資金回収
が可能な都市開発整備と組み合わせて行うことで、公共
交通と都市開発の効率的な整備が期待される。
一方、人口流入が一段落し、成長期から成熟期に移
行した都市では、持続的成長の実現に向け、質の高い
都市開発が求められる。こうした需要に対しては、2002
年から日本で始まった都市再生の枠組みが有効である。
これは、都市再生に貢献する取り組み(産官学によるイ
ンキュベーション施設や社会人教育施設等の整備・運
営など)を提案する事業者に対して、行政が容積率等の
規制を緩和するものである。このような仕組みを法制化し
ている国は、先進国の中でも数少ない。そのため、事業
者の計画提案や施設整備・運営に関するノウハウだけで
なく、行政側の提案を引き出すノウハウも含めて、魅力
的な商品となり得るだろう。
例えば、日本固有の都市開発技術として、多摩田園都市に代表さ
れる鉄道一体型都市開発が存在する。これは、これまでの全面買収
方式や地権者による区画整理方式による都市開発とは異なり、事業
のリスクとリターンを適切に各主体(地権者、行政、事業者)に配分す
ることが可能な手法である。
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