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PDF 制作 俳誌の salon
橙や忘れし頃に濤の音
秋櫻子
﹃晩華﹄
﹁多賀附近﹂の前書がある。 折しも凪ぎ渡った伊
豆の海を見 下ろして斜 面の畑には橙がたわわに色
づいている。 穏やかな 陽 光は惜 しみなく降りそそ
ぎ、 辷るように沖を指 す漁 船、 遠い島 山も眠るか
のようだ。 橙の色彩を中心に絵画的な構図である。
一語一語 が吟 味 されていてやわ らかい調べを 醸 し、
自 ずから静 謐の世 界へ導かれてゆ く。 秋 櫻 子の美
意識そのものであろう 。 岡本まち子
煙
小 噴
桜島
を
春
休
め
ぬ
水
ま
原
ま
に
春
山
郎
眠
る
雲 飛 ぶ や 色 変 へ ぬ 松 溶 岩 原 に
森伊蔵酒造
蔵
の
に
甕
香
住
に
は
み
冬
ぐ
つ
日
く
く
遍
む
菌
し
壺
百
や
畑
年
五 代 目 の 頑 固 に お は す 小 春 か な
酢
酢
や
や
の
鵙
芒
し
冬
穂
晒
坂元醸造
野
追 伸 に 会 ひ た し と あ り 黄 落 季
一 月 集
有
働 下 総 に 青 き や ま せ の 日 数 か な
雁鳴いて
和紙といふ真白きものよ冬用意
稲 刈 の 結 そ の ま ま に 離 村 せ る
翔
黄葉散るふらここの児を避くるごと
神 学 校 バ ザ ー 花 野 の 辺 に 開 く
林 柿 の 里﹁ う ど ん ﹂ の 三 字 大 き か り
雁 鳴 い て 夜 空 い づ ち へ 傾 く や
冬用意
たわわなる柿くぐり柿の味したり
絶 対 の 位 置 氷 爆 を 仰 ぐ 位 置
ゆひ
時 雨 止 み 雲 三 彩 と 空 の 色
亨
鏡
岡
田
貞
峰
黄落
斎
没
藤
岸
秋
道
治
祭
恍 惚 と 黄 落 の 樹 の た ち ま じ る
埋
空は鏡まるめろの黄のたぐひなし
に
末 枯 れ て 庭 石 ひ と つ 現 れ ぬ
群
び ぬ 穂 高 襖 を 水 に 揺 り
の
岩 魚
者
秋櫻子展拝見
山
枯 蓮 田 翼 ほ こ ら か に 鷺 の 舞
子
草 の 絮 英 兵 墓 碑 に 位 階 な し
ち
日曜の路地は落葉の駆けくらべ
つの
ま
だ
短 日 の ビ ル が 角 出 す 街 づ く り
本
ま
若
岡
気
冬 籠 妻 が と ろ 火 で 煮 る は 何
迷
強
つ つ し み て 仰 ぐ 遺 影 や 菊 日 和
の
庭
爽やかや師の筆硯をまのあたり
鶏
穴 惑 遠 空 に 雲 吹 き 寄 せ て
師 を 偲 び 銀 座 の 秋 に 浸 り ゆ く
枯
数 珠 玉 や 落 日 に 子 等 髪 吹 か れ
木の実降るもぐらの跡の土濡れて
に
団 子 坂 芋 坂 迷 ふ 冬 う ら ら
どんぐりを又踏み山路よろめける
角
冬 の 蠅 離 れ ず 筥 の エ コ マ ー ク
子
子
特 別 作 品
遠
に
獣
貴
ご
船
ゑ
菊
岡本
まち子
や
雪絣
湖
白
氷
て
く
ひ
水
ゆ
か
の
け
き
び
山
明
な
ひ
夜
む
墳
雲
裘
し
る
び
惜
浴
つ
眠
雨
光
を
に
時
月
音
に
梢
立
畔
斧
を
風
池
声
幣
す
き
ぎ
の
の
尽
ろ
れ
深
帝
も
枯
谿
ひ
冬
炎
雪
寒
神
上
虫
柝
杉
の
や
と
に
塔
の
な
光
る
跡
染
と
ふ
糸
ま
の
す
れ
み
紺
な
雪
れ
雫
く
絣
ま
す
え
畑
び
声
し
む
葱
屋
げ
の
小
は
車
雪
ぬ
ぎ
冬
の
ひ
り
水
起
り
あ
屋
蜂
切
の
の
奪
尾
を
羊
や
小
を
よ
薪
翅
て
の
り
空
灯
緬
む
空
鴒
雪
沈
ふ
鶺
月
の
岳
畑
の
遠
の
拭
所
霜
が
に
廟
風
靄
御
夕
特 別 作 品
雲母坂
叡
宮
雲
空
と
母
広
橋
も
坂
き
の
き
水
に
深
疎
字
る
徳田
干鶴子
離
流
比
花
の
し
茅
業
走
文
杖
の
り
大
の
路
た
父
き
ま
は
ひ
に
い
系
ら
女
月
女
め
塀
原
無
や
た
石
も
大
水
床
の
や
川
蟹
と
小
沢
と
泣
や
人
涼
き
朝
亡
干
風
欄
の
の
秋
橋
あ
け
を
づ
身
橋
追
巽
舟
て
笹
う
や
な
会
か
蔵
錦
泊
地
丁
片
包
る
に
む
り
鍋
覚
け
根
に
れ
大
音
ぐ
ぶ
瀬
し
か
や
と
噌
路
堂
味
小
仙
蕗
油
詩
路
に
小
奢
塩
豪
の
影
日
一
蒲
和
閃
団
座
寒
小
を
花
や
の
り
白
茶
谺
子
た
し
竹
雪
り
出
ち
し
踊
山
の
豆
腐
湯
え
障
絶
落
見
音
へ
の
谿
平成十五年度馬酔木賞
西川織子
天の師につながる凧の糸を曳く
水 勢 を い ま 捕 へ た る 落 椿
人 の 影 も つ と も く ら し 炎 天 下
鼻 筋 に 剃 刀 の ご と 騒 雨 来 る
春 眠 や 兎 も 亀 も い ま に 生 き
竹 林 の 未 踏 の 雪 や 西 行 忌
峠 ま で 雪 来 て ゐ た り 子 守 唄
シャツ白し旅愁の隠しどころなく
抄
梅が香をまだ混へざる朝日かな
てにをはの書を出て遊ぶ良夜かな
品
春 寒 や 叫 び て 切 れ る 琴 の 糸
神々の夜あそびに穂田あかりかな
作
奈良墨の匂もさくらじめりかな
安 心 は こ ん な さ み し さ 菊 枕
万 緑 の 中 き ら き ら と 齢 過 ぐ
平成十五年度馬醉木新人賞
第 十 九 回 盧 雁 賞
鮟鱇のつるりと皮のはがさるる
糶 市 へ 牛 の 踏 ん 張 る 刈 田 道
夢うつつ竹婦人にも嫌はれし
噴 煙 の 遙 か に 応 へ 卒 業 歌
新聞少年の雪の足跡光るなり
彰二
はじき猿弾きて風邪の癒えにけり
消燈の合図はギターキャンプの夜
藤井
青 大 将 渡 り き つ た る 沼 緩 む
秋の日の金魚こまかく笑まふなり
小 森 泰 子
鱚 釣 と メ モ や 小 島 の 駐 在 所
馬 醉 木 集
水原春郎選
鮭吊つて暮るる速さや越の国
鮭 颪 重 く 寄 せ た る 日 本 海
流 木 の 真 一 文 字 や 鰯 雲
地芝居の貼紙湿りまたぎ村
銀漢やナイフとフォーク触るる音
鰯引く網に落暉の重さあり
月 出 で て 風 を 離 し ぬ 花 芒
藷の蔓食みては昭和遠きかな
仕 事 着 を 脱 ぐ 月 光 の 青 畳
秋日傘さしかけてくる妻の老ゆ
枯芝の踏み返しくる力あり
秋茄子の紺きつぱりと水はじく
胡麻叩く背山に夕日ころがりて
ひよんの実や師の短冊の筆太に
聖堂の秋日に干せり小座蒲団
風の梳く色こぼれけり実紫
九月はや羽黒の坊は榾燃ゆる
山
奈
広
長
山
形
良
島
崎
形
田中由喜子
長谷
英夫
閑田
梅月
一瀬
昭子
岸
のふ
峰入のをみな行者よ櫨紅葉
山葡萄そびらに秘仏うるはしき
紅大尽のこせし蔵よ竹の春
真珠棚しづもる湖の良夜かな
小鳥来る瀬音ごもりに能舞台
木犀の闇やはらかき廻り道
薄月や笑まひなぞめく奪衣婆
子 狸 の 島 に は 島 の 十 三 夜
無住寺の風が落葉の色あつめ
コスモスの揺れて仔犬を誘ひ出す
灯を置きて夜釣が酌むも酒の秋
水澄めり毬藻まつりの済めばなほ
澄むものは水のみならず摩周岳
木 の 哀 愁 曳 き て 柳 散 る
ななかまど鉄路はなほも北指して
稲架乾く里の入日の大きかり
日を吸つて水冥くなる破れ蓮
広
摂
岡
島
津
片田
千鶴
新田
巢鳩
長沼冨久子
静
島
平田はつみ
広
馬醉木集
選 後 反 芻
水
原
春
郎
暦は未だ十一月十日だが、本の編集は一月号。この時差
は何も今に始まったわけではない。年の初めとなれば今年
こそはと誰も思う。私も例外でなく色々と思いをめぐらす
のだが、先ずは足許を確りと固め、次に十年先の展望に眼
を向けたいと思っている。
鮭 吊 つ て 暮 る る 速 さ や 越 の 国
田中由喜子
しっかりと見て詠んだ句は強い。北国の風物詩となって
いる鮭吊。風に吹かれ顎が尖り色が枯れてくると、冬が駆
足でやってくる。︿越の国﹀の結びで抒情が深まった。も
う一句︿鮭颪重く寄せたる日本海﹀の鮭颪は珍しい季語だ。
歳時記によれば、東北地方で鮭が川に上ってくる頃吹く暴
風の事だという。風土色が強く季節感の濃い季語なので、
もっと詠まれるといいと思う。
藷 の 蔓 食 み て は 昭 和 遠 き か な
長谷
英夫
戦後生れた方々には理解し難いかも知れぬが、実際に体
験してきた年代の者にとっては忘れられない。私も甘藷の
葉や蔓を味噌汁の具として食べた。配給の米が少なく、食
べられる物は何でもの時代だった。︿昭和遠きかな﹀に万
畳
閑田
梅月
夜
新田
巢鳩
感の思いが籠り、共感を覚える方も多いだろう。
仕 事 着 を 脱 ぐ 月 光 の 青
子 狸 の 島 に は 島 の 十 三
御両人とも大長島に住んで居られる。この句から、豊か
な自然と共存する悠々とした生活が想像されうれしい。前
句、仕事を終え一風呂浴び着替えて一息ついた時の光景か。
青畳が効いている。後句は狸と月夜、なんとも長閑な島の
生活が思い浮かび、幼い頃の童謡を思いだした。関東では、
後の月の祝いには十三本の芒と十三個の月見団子を月に捧
げるという風習がある。大長島では、どんな月祀りをする
のだろうか。
峰 入 の を み な 行 者 よ 櫨 紅 葉
岸
のふ
` 黒山からな
岸さんの住む山形県には、月山・湯殿山 羽
る出羽三山があり、修験者が修行する信仰の地として名高
い。山岳修行は荒行だが、最近は女性も参加するのだろう
か。櫨の燃えるような赤が励ますかのように揺れている。
この句も、その土地ならではの景が詠まれていて興味深い。
︵以下略︶