粟粒結核治療中に出現した結核性外側広筋膿瘍の 1 例 - 日本呼吸器学会

702
日呼吸会誌
48(9)
,2010.
●症 例
粟粒結核治療中に出現した結核性外側広筋膿瘍の 1 例
松山 崇弘
貞村ゆかり
川端 隆史
籾
博晃
東元 一晃
要旨:症例は 72 歳女性.糖尿病にてインスリン治療中.全身性硬化症でプレドニゾロン(Prednisolone ;
PSL)内服開始 2 カ月後より,39℃ 台の発熱と胸部 CT で両肺野粟粒影を認め,当科入院.粟粒結核の診
断でイソニアジド(Isoniazid ; INH),リファンピシン(Rifampicin ; RFP),エタンブトール(Ethambutol ;
EB)
,ピラジナミド(Pyrazinamide ; PZA)の 4 剤による標準治療を開始.全抗結核薬への感受性を認めた
ため,治療 2 カ月目より INH・RFP の 2 剤で継続した.喀痰と尿の抗酸菌培養は陰性化し,胸部 CT での
粟粒影も改善傾向にあったが,その 1 カ月後に左大腿部腫瘤が出現.穿刺液で抗酸菌塗抹陽性・結核菌 PCR
陽性が確認され,大腿部結核性筋膿瘍と診断したが,抗酸菌培養は陰性であり,結核菌による活動性感染の
悪化は否定的であり,奇異性反応ではないかと考えられた.本症例において奇異性反応が発現した機序は,
糖尿病の改善,ステロイドの減量により細胞性免疫が再賦活化し,筋内に潜在していた結核菌死菌に炎症細
胞が反応したと考えた.
キーワード:粟粒結核,結核性筋膿瘍,奇異性反応
Miliary tuberculosis,Tuberculous muscle abscess,Paradoxical reaction
緒
言
粟粒結核は,結核菌が血行性に播種し,少なくとも二
臓器以上に結核病巣がびまん性に散布しているものであ
solone ; PSL)30mg で治療開始された.軽快退院したが,
PSL 漸減中の同年 3 月に 39℃ 台の発熱が出現し,胸部
CT で新たな異常陰影を認めたため,精査加療目的に 4
月某日当科紹介入院となった.
る.今回,感受性菌による粟粒結核の治療中に結核性筋
入院時現症:身長 149.7cm,体重 48.1kg,体温 36.2℃,
膿瘍を呈した症例を経験した.後に同部位の穿刺液(抗
血 圧 130!
82mmHg,脈 拍 92 回!
分・整,呼 吸 数 18 回!
酸菌塗抹陽性)の抗酸菌培養陰性が確認され,結核菌菌
,意識清明,表在リンパ節を触
分,SpO2 97%(室内気)
体成分に対する奇異性反応と判断した.奇異性反応とし
知せず,呼吸音で両下肺野背側に捻髪音を聴取した.心
て発症した結核性筋膿瘍の報告は稀であり,文献的考察
音は整で心雑音なく,腹部に特記すべき異常所見を認め
を交え報告する.
なかった.ばち状指はなし.
下腿に色素沈着・皮膚硬化・
症
例
圧痕浮腫・足趾のソーセージ様腫脹を認めた.
入院時検査所見(Table 1)
:白血球と血小板,CRP,
患者:72 歳,女性,無職.
肝酵素が上昇し,HbA1c は 8.4% と糖尿病のコントロー
主訴:発熱.
ルは不良であった.細菌学的検査では,喀痰と中間尿よ
家族歴:叔母:糖尿病,父・姉:高血圧症,結核なし.
り抗酸菌塗抹陽性・結核菌 PCR 陽性であり,粟粒結核
既往歴:幼少時:気管支喘息,51 歳:糖尿病(糖尿
と診断した.後日培養された結核菌は,全ての抗結核薬
病網膜症)
,結核の既往なし,アレルギー歴なし.
生活歴:喫煙歴なし.
現病歴:X 年 1 月に手指と下腿の皮膚硬化が出現し,
当院皮膚科へ入院.精査の結果全身性硬化症・膠原病関
連間質性肺炎と診断され,経口プレドニゾロン(Predni-
に感受性を示した.
胸部単純 X 線(Fig. 1a)
:右下肺野びまん性すりガラ
ス陰影・肺動脈陰影増強と右肺野優位のびまん性粒状影
が散在していた.
胸部単純 CT(Fig. 1b)
:両肺野にランダムパターン
に分布する多発粒状影と,背側両側下肺野に網状影が認
〒890―8520 鹿児島市桜ヶ丘 8―35―1
鹿児島大学医学部歯学部附属病院呼吸器ストレスケアセ
ンター呼吸器内科
(受付日平成 22 年 2 月 4 日)
められた.
入 院 後 経 過(Table 2)
:イ ソ ニ ア ジ ド(Isoniazid ;
INH),リファンピシン(Rifampicin ; RFP)
,エタンブ
トール(Ethambutol ; EB)
,ピラジナミド(Pyrazinamide ;
粟粒結核治療中に出現した結核性外側広筋膿瘍の 1 例
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PZA)による標準治療を開始.全身性硬化症に投与さ
切除を検討したが,その後左大腿部腫瘤が縮小傾向を示
れていた PSL は,RFP との相互作用を考慮して一旦増
した(Fig. 2c・2d)ことから経過観察の方針とし,9 月
量し,その後漸減した.感受性試験の結果を確認後,治
末日退院となった.退院後も左大腿部腫瘤は縮小傾向を
療開始 3 カ月目の 6 月中旬より INH と RFP の 2 剤に変
示し,大腿部穿刺液の抗酸菌培養陰性が確認されている.
更し治療を継続した.喀痰・中間尿の抗酸菌塗抹・培養
考
は陰性化し,画像上も胸部 CT での粒状陰影の縮小が認
められた.糖尿病に対するインスリン治療を強化し(速
察
粟粒結核は多量の結核菌が短期間に,あるいは繰り返
効型インスリン 28 単位!
日・混合型インスリン 10 単位!
し血流に入り,全身に散布性病変が形成される結核菌感
日併用)
,HbA1c は 6.8% へと低下した.臨床経過は良
染症で,二つ以上の臓器に結核性病変があり,少なくと
好と判断していたが,7 月初旬左大腿部の疼痛・腫脹が
も一つ以上の臓器で血行性転移によるものであることが
出現し,大腿部 MRI にて右外側広筋内,左外側広筋外
推測されれば診断に至る.肺以外には肝臓・骨髄・眼底
に T1 低信号,T2 高信号(Fig. 2a)
,T1 造影(Fig. 2b)
に播種病変を形成することが多く,治療は肺結核の標準
にて造影効果を示す被膜を持つ腫瘤性病変が認められ
治療が行われる.
た.左大腿部を穿刺し,黄色粘性の穿刺液を採取.穿刺
一方,結核性筋膿瘍は血行性・リンパ行性に感染する
液より抗酸菌塗抹陽性・結核菌 PCR 陽性が確認された
原発性と,周囲臓器から炎症が波及する続発性に分類さ
ため,大腿部結核性筋膿瘍と診断.ドレナージや外科的
れる1).多くは脊椎カリエスなど周辺臓器の結核性病変
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からの流注によって膿瘍を形成する続発性筋膿瘍であ
核性病変がないこと,粟粒結核であることから,血行性
り,原発性筋膿瘍は筋骨格系の結核の中でも 1% と非常
播種による原発性筋膿瘍と考えられた.
2)
に稀である .本症例は膿瘍を発症した大腿部周辺に結
しかし,本症例の筋膿瘍穿刺液からは結核菌は培養さ
粟粒結核治療中に出現した結核性外側広筋膿瘍の 1 例
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れず,結核菌感染症の悪化は否定的と考えた.今回は当
症例では多発性の播種病変が認められたため外科的切除
初から大腿部にも臨床的に捉えられない結核菌感染巣が
を適応外と考え,内服治療の継続で経過を観察した.そ
存在し,この病変が“奇異性反応”
,いわゆる“初期悪
の結果,各病巣とも画像上も膿瘍の縮小が得られている.
化”と呼ばれる現象を呈したものと考えられた.Smith
粟粒結核治療中に出現した結核性筋膿瘍の症例は稀で
らは奇異性反応について,治療によって細胞性免疫が回
あり,PSL の長期内服に伴う免疫抑制状態の改善によ
復したことによる“Immunological rebound”ではない
る奇異性反応と考えられた.同様の症例においては結核
3)
かとの見解を示している .
菌感染症の増悪が考えられるが,奇異性反応も鑑別診断
本症例において奇異性反応が生じた機序としては,糖
として考慮することが必要である.
尿病治療の改善やステロイド減量の結果,免疫抑制状態
が解消したことで結核菌免疫が回復し,賦活化した免疫
本論文の要旨は第 287 回日本内科学会九州地方会(2009
年 11 月福岡)において発表した.
担当細胞が抗結核薬によって死滅した菌体と強い免疫反
引用文献
応をきたし,膿瘍を形成することで筋内病巣が顕在化し
1)葛城直哉,白石裕治,喜多秀文.粟粒結核治療中に
た可能性が考えられた.
奇異性反応に対する治療は,抗結核薬の継続,ステロ
イドの投与,外科的処置が報告されており,Cheng ら
の検討4)では,16 例中 3 例で抗結核薬の継続,6 例でス
テロイド投与,8 例で外科的処置が行われている(1 例
はステロイドと外科的処置の併用)
.その中で筋膿瘍を
呈した 4 症例については 3 例でドレナージ,1 例で抗結
核薬の継続が行われていた.ただ,外科的処置が行われ
た 8 例はいずれも隣接臓器からの流注による病変であ
出現した結核性腸腰筋膿瘍の 1 手術例.結核 2006 ;
81 : 661―665.
2)Abdelwahab IF, Bianchi S, Martinoli C, et al. Atypical extraspinal musculoskeletal tuberculosis in
immunocompetent patients : part II, tuberculous
myositis, tuberculous bursitis, and tuberculous tenosynovites. Can Assoc Radiol J 2006 ; 57 : 278―286.
3)Smith H. Paradoxical responses during the chemotherapy of tuberculosis. J Infect 1987 ; 15 : 1―3.
り,本症例とは発症機序が異なる.また先に述べた抗結
4)Cheng VCC, Yam WC, Woo PCY, et al. Risk Factors
核薬を使用した 3 例は,2 例がリンパ節と腹膜での奇異
for Development of Paradoxical Response During
性反応でいずれも軽快したが,1 例は傍脊椎筋で下肢筋
Antituberculosis Therapy in HIV-Negative Patients.
力低下を伴い悪化していた.これまで奇異性反応による
Eur J Clin Mic Inf Dis 2003 ; 22 : 597―602.
筋膿瘍は症例が少なく,治療は確立されていないが,本
Abstract
A case of tuberculous lateral great adductor muscle abscess during treatment of
miliary tuberculosis
Takahiro Matsuyama, Yukari Sadamura, Takashi Kawabata,
Hiroaki Momi and Ikkou Higashimoto
Division of Respiratory Medicine, Respirology and Stress Care Center, Kagoshima University Hospital
We report a rare case of a thigh abscess which appeared during treatment of miliary tuberculosis. A 72-yearold woman with a history of diabetes mellitus was being treated for systemic sclerosis with prednisolone. She was
then admitted to our hospital with fever, and chest computed tomography showed an abnormal shadow. She was
given a diagnosis of miliary tuberculosis, and antituberculous therapy was initiated with isoniazid, rifampicin,
ethambutol and pyrazinamide. Although this combination of antituberculous drugs was effective, 3 months after
the initiation of treatment, a collection of fluid appeared in her left thigh. Further examination revealed the fluid to
be positive for Mycobacterium tuberculosis on PCR and negative on mycobacterial culture. We thus diagnosed
this phenomenon to be a paradoxical reaction.