貨物船フェリーたかちほ漁船幸吉丸衝突事件 - 海難審判・船舶事故調査

平成 19 年門審第 54 号
貨物船フェリーたかちほ漁船幸吉丸衝突事件
[第二審請求者
言 渡 年 月 日
平成 19 年 12 月 4 日
審
判
庁
門司地方海難審判庁(阿部直之,坂爪
理
事
官
橋本
受
審
人
A
名
フェリーたかちほ船長
職
海 技 免 許
受
審
職
職
一級海技士(航海)
B
名
フェリーたかちほ三等航海士
指定海難関係人
靖,伊東由人)
學
人
海 技 免 許
二級海技士(航海)
C
名
D社運航管理者
補
佐
人
a,b(いずれも受審人A及びB並びに指定海難関係人C選任)
受
審
人
E
名
幸吉丸船長
職
操 縦 免 許
補
損
佐
補佐人c]
小型船舶操縦士
人
c,d,e,f,g(いずれも受審人E選任)
害
フェリーたかちほ・・・両舷船首部外板に擦過傷
幸吉丸・・・・・・・・船体中央部付近で二分,のち沈没
船長,甲板員,同乗者が脱水症及び下肢凍傷等
原
因
フェリーたかちほ・・・見張り不十分,船員の常務(避航動作)不遵守(主
因)
幸吉丸・・・・・・・・見張り不十分,警告信号不履行,船員の常務(衝突
回避措置)不遵守(一因)
運航管理者・・・・・・安全管理規程遵守の不徹底
主
文
本件衝突は,フェリーたかちほが,見張り不十分で,漂泊中の幸吉丸を避けなかったことに
よって発生したが,幸吉丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置
をとらなかったことも一因をなすものである。
運航管理者が,フェリーたかちほ乗組員に対し,安全管理規程の遵守を徹底していなかった
ことは,本件発生の原因となる。
なお,幸吉丸の捜索救助活動が早期に開始されなかったのは,フェリーたかちほの船橋当直
者が衝突したことに気付かなかったことと,衝突により幸吉丸の機関室等が瞬時に浸水し,船
内電源を喪失したため,無線電話等の使用が不能となったこととによるものである。
受審人Bの二級海技士(航海)の業務を 1 箇月停止する。
受審人Aを戒告する。
受審人Eを戒告する。
理
由
(海難の事実)
1
事件発生の年月日時刻及び場所
平成 19 年 2 月 9 日 09 時 54 分
鹿児島県種子島南東方沖合
(北緯 29 度 52.2 分
2
東経 131 度 27.0 分)
船舶の要目等
(1)
要
目
船
種
船
名
貨物船フェリーたかちほ
漁船幸吉丸
総
ト
ン
数
3,891 トン
9.1 トン
長
131.16 メートル
全
登
録
長
機 関 の 種 類
出
(2)
11.88 メートル
ディーゼル機関
ディーゼル機関
9,929 キロワット
368 キロワット
力
設備及び性能等
ア
フェリーたかちほ
フェリーたかちほ(以下「たかちほ」という。)は,平成元年 11 月に進水し,可変ピ
ッチプロペラ,バウスラスター及びスタビライザーを装備した鋼製貨物・自動車フェリ
ーで,同 11 年 1 月からF社が裸用船し,主たる労務管理を行う者として船員の配乗管
理を行い,更にD社が定期用船し,主に京浜港東京区と沖縄県那覇港間の定期航路に就
航していた。
船体は,喫水線上に上から順にA甲板及びB甲板の 2 層の全通甲板を配置し,A甲板
上には,船首楼及び船体中央から船尾方に長さ約 40 メートルで最上層を操舵室とした 4
層の船橋楼が設けられていた。A甲板には,左舷船首部及び同船尾部に車両乗降用ラン
プドアが装備され,前部をクレーン 1 基を備えた 2 段積でコンテナ貨物を積載する暴露
部貨物区域とし,後部を暴露部車両区域としていた。そして,A甲板の一部及び同甲板
からスロープウェイで連結されたB甲板を車両区域としていた。
操舵室は,船首端から 68 メートルのところに配置され,同室前部中央から前方を見
たとき,船首端から前方約 42 メートルまでが死角になるだけで,船首方の視界の妨げ
となる構造物はなく,同室両舷に舷側まで張り出した船橋ウイング部が設けられていた。
同室内前面中央少し右舷寄りにジャイロレピーター,同室中央部に操舵スタンド,その
左舷側に機関制御コンソール及び同右舷側にレーダー 2 台がそれぞれ備えられており,
同室左舷後部に海図台が設置され,同台上にGPS装置が装備されていた。
海上試運転成績書(船体部)によると,全速力前進の 22.9 ノット(右旋回時)及び
22.5 ノット(左旋回時)の速力で航走中に舵角 35 度をとったとき,最大縦距,最大横
距は,右旋回時 519 メートル及び 678 メートル,左旋回時 573 メートル及び 639 メート
ルで,左右とも舵一杯及び舵角 15 度となるまでの所要時間は 14 秒及び 6 秒で,最短停
止距離及び所要時間は 614 メートル及び 1 分 32 秒であった。
イ
幸吉丸
幸吉丸は,平成元年 2 月に進水した小型第 1 種の従業制限を有するFRP製漁船で,
船体中央部船尾寄りに操舵室,その下方に船員室及び機関室がそれぞれ配置され,操舵
室にはGPS装置,魚群探知機及び自動衝突予防援助装置付きレーダーが備えられ,同
レーダーの設定したガードリング内に他船が接近した場合に作動する警報装置(以下
「接近警報」という。)と連動してこれを船内に知らせる警報ベルが設置されており,
他船等との通信設備として船舶電話及び漁業用無線機が備え付けられていた。また,モ
ーターホーン及び膨張式救命いかだ(以下「救命いかだ」という。)が装備されていた
が,イーパブなどの遭難信号自動発信器は法定備品とされておらず,搭載していなかっ
た。
3
たかちほの運航管理状況
D社は,主として旅客及び自動車等の海上運送業を営み,平成 18 年 12 月輸送の安全を確
保するため,安全管理規程を定め,本部に安全統括管理者,運航管理者及び副運航管理者を,
本社及び各支店に副運航管理者及び運航管理補助者を,営業所に運航管理補助者をそれぞれ
置いて,自社船の運航管理にあたっていた。
4
(1)
たかちほの通常航海当直配置等
通常航海当直配置
D社は,安全管理規程により,たかちほの通常航海当直配置として船橋当直を一等,二
等及び三等各航海士とそれぞれ相直の甲板手 1 人の組合わせによる 4 時間 3 直交替の 2 人
当直体制とするよう定めていた。
(2)
C指定海難関係人のたかちほ乗組員に対する安全管理規程遵守徹底状況
C指定海難関係人は,運航管理者としての職に就いてからの 2 年間,那覇入港時に 2 回,
鹿児島でのドック時に 1 回たかちほを訪船したのみで,たかちほにおいて,通常航海当直
配置として定められた 2 人当直体制が遵守されずに 1 人で船橋当直が行われている実態を
把握しておらず,毎月定期的に訪船し,時には便乗して,乗組員から意見を聞いたり,問
題点を指摘して改善を求めるなど,たかちほ乗組員に対し,安全管理規程の遵守を徹底し
ていなかった。
(3)
A受審人の安全管理規程により定められた通常航海当直配置体制遵守状況
A受審人は,安全管理規程により通常航海当直配置が定められ,2 人当直体制とされて
いることを承知していたが,当直航海士の判断により相直の甲板手を整備作業に就かせ,1
人で船橋当直を行うことを容認し,たかちほ乗組員に安全管理規程により定められた通常
航海当直配置を遵守させていなかった。
5
(1)
幸吉丸にGを同乗させるに至った経緯及び幸吉丸の操業方法等
Gを同乗させるに至った経緯
平成 18 年 12 月ごろH組合を通じ,同組合の理事でもあるE受審人に対し,まぐろはえ
縄漁を題材としたテレビ番組作成のための取材の協力依頼があり,同人がこれを引き受
け,出港の 2 ないし 3 日前,番組制作会社社員のGを 2 月 8 日幸吉丸に乗船させることが
決まった。
幸吉丸の船舶検査証書によれば,最大搭載人員が旅客 0 人,船員 4 人及びその他の乗船
者 0 人の合計 4 人となっており,E受審人は,Gを乗船させるにあたって,同人を旅客と
して乗船させるなど船舶安全法上の手続きが必要であることを知っていたが,H組合の方
で同手続きを行ってくれているものと思い込み,これを行わなかった。
(2)
幸吉丸の操業方法等
幸吉丸の操業は,びんちょうまぐろ,きはだまぐろ及びめばちまぐろを対象魚とし,1
航海の期間を 7 ないし 8 日間として,先端に釣針の付いた枝縄を約 950 本結んだ幹縄に浮
標,浮標灯及びラジオブイを取り付け,長さが約 40 キロメートルとなったはえ縄を,夜が
明けてから約 3 時間かけて投入し,約 3 時間漂泊待機したのち,7 時間ないし 7 時間半か
けて揚縄するもので,この操業形態を毎日繰り返すものであった。
6
気象及び海象
本件発生地点は,種子島南東方沖合にあたり,平成 19 年 2 月 9 日 09 時現在,九州南西方
沖合から伊豆諸島八丈島付近まで東西に延びる停滞前線があって,南西風が強吹し,波浪の
高い状況が続いていた。
7
事実の経過
たかちほは,A及びB両受審人ほか 11 人が乗り組み,コンテナ貨物及び車両等 756.96 ト
ンを積載し,船首 3.55 メートル船尾 6.00 メートルの喫水をもって,平成 19 年 2 月 8 日 19
時 10 分那覇港を発し,京浜港東京区に向かった。
翌 9 日 04 時 17 分,船橋当直中の一等航海士は,笠利埼灯台から 127 度(真方位,以下同
じ。)9.0 海里の地点で,針路を 045 度に定め,機関を回転数毎分 495 翼角 25.0 度の全速力
前進にかけ,20.7 ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,自動操舵により進行した。
B受審人は,07 時 45 分種子島南方沖合で,一等航海士と船橋当直を交替し,甲板手 1 人
と共に同当直に就き,前直から引き継いだ機関回転数,翼角及び針路で,折からの風潮流に
乗じて 23.0 ノットの速力で,自動操舵により続航した。
08 時 15 分ごろB受審人は,甲板手から整備作業に就く旨の報告を受け,船橋当直が 2 人
当直体制と定められていることを承知していたが,そのころの視程が 6 ないし 7 海里の状況
で,航行に支障となる船舶を認めなかったことから,これを了承し,安全管理規程により定
められた通常航海当直配置を遵守せず,甲板手が降橋したのち,1 人で船橋当直にあたった。
09 時 00 分ごろA受審人は,船尾の甲板倉庫で作業を行っていたところ,雨が降ってきた
ので,昇橋し,視程が 2 ないし 3 海里の状況で,B受審人が 1 人で船橋当直にあたっている
のを認めたが,同人が経験もあって信頼がおけるので,1 人で大丈夫と思い,相直の甲板手
を呼び戻して 2 人で同当直にあたらせるなど,安全管理規程により定められた通常航海当直
配置を遵守するよう指示することなく降橋した。
09 時 30 分ごろB受審人は,雨が小降りになったものの,海面付近から湯気が昇る状況で,
1 号レーダーを 6 海里レンジのオフセンターとし,前方 9 海里までの範囲が映る状態で使用
し,STC及びFTCを効かせ,同画面を見ていたところ,09 時 40 分ごろ左舷前方約 8 海
里に東行する他船の映像を認め,その後同じレンジのまま,小レンジに切り替えるなどレー
ダーを適切に使用することなく,同映像を見守りながら進行した。
09 時 51 分B受審人は,種子島灯台から 142 度 40.5 海里の地点に達したとき,正船首 1.0
海里のところに幸吉丸を視認することができ,その後同船が右舷側を見せたまま船首方向が
変わらずほとんど移動していないことや船型などから漂泊中の漁船であることが分かり,同
船と衝突のおそれがある態勢で接近するのを認め得る状況であったが,しけ模様であったこ
とから,前路に漁船などの小さな船はいないものと思い,レーダーを適切に使用するととも
に,目視等による前路の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,幸吉丸を
避けることなく続航し,09 時 54 分種子島灯台から 140 度 40.3 海里の地点において,たかち
ほは,原針路,原速力のまま,その船首が幸吉丸の右舷中央部に直角に衝突した。
当時,天候は小雨で風力 6 の南西風が吹き,波高 2 メートルの波があり,視程は 2 ないし
3 海里で,気温 18 度及び海水温度 21 ないし 22 度で,付近には約 3 ノットの北東流があった。
たかちほは,B受審人が幸吉丸との衝突に気付かないまま進行し,翌 10 日 13 時 20 分京
浜港に至り,18 時 10 分同港を発したのち,2 日後の 12 日 18 時 00 分ごろ那覇港に向け航行
中,C指定海難関係人から本件発生日時ごろの自船の位置及び異状の有無を確認する連絡を
受けたが,依然衝突したことに気付くことなく,那覇港入港後の 13 日早朝左舷船首部に数
箇所の擦過傷を認めるに及んで,その旨を同指定海難関係人に報告し,海上保安庁への通報
がなされ,その後自船の塗料と幸吉丸に付着した塗料とが一致したことにより,幸吉丸と衝
突したことが判明した。
また,幸吉丸は,E受審人及び義兄の甲板員Iが乗り組み,前示のとおり,Gを乗船させ
るにあたっての必要な手続きを行わないまま,同人を乗せ,まぐろはえ縄漁の目的で,船首
1.0 メートル船尾 1.2 メートルの喫水をもって,同年 2 月 8 日 08 時 30 分宮崎県細島港を発
し,種子島南東方沖合 30 海里付近の漁場に向かった。
翌 9 日 05 時 00 分E受審人は,前示漁場に至り,レーダーを 2 海里レンジとし,接近警報
のガードリングを 1.5 海里に設定し,漁場の競合を避けるため,近くの僚船と無線連絡をと
ったのち,05 時 30 分投縄を開始し,08 時 50 分ごろ投縄を終え,航海灯のほか黄色回転灯
及び船尾作業灯を点灯したまま,機関を中立運転とし,船首を南東方に向け,漂泊を開始し
た。
09 時 49 分半E受審人は,折からの風潮流によって約 3 ノットの速力で北東方に圧流され
ながら漂泊中,朝食を終えて船員室から操舵室に戻り,周囲を一瞥(いちべつ)し,船を見
掛けなかったものの,レーダー画面上に西方から接近する雨雲の映像を認めたことから,同
映像に反応して誤警報が鳴らないよう,STC及びFTCを効かせ,感度を絞った状態で同
レーダーを使用したためか,そのころ,たかちほが 1.5 海里に接近していたが,接近警報が
作動しなかったので,同船に気付かなかった。
09 時 51 分E受審人は,前示衝突地点の南西方 270 メートルの地点で,船首が 135 度を向
いた状態で,正座して前屈みの姿勢で作業日誌を書いていたとき,右舷正横 1.0 海里のとこ
ろに,自船の方に向かってくるたかちほを視認することができ,その後,同船が衝突のおそ
れがある態勢で接近する状況となったが,操舵室に戻った際,周囲を一瞥し,船を見掛けな
かったことから,付近に他船はいないものと思い,レーダーを適切に使用するとともに,目
視等による見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,自船を避けないまま接
近するたかちほに対し,警告信号を行うことも,機関を使用して移動するなどの衝突を避け
るための措置をとることもなく漂泊を続け,作業日誌を書き終え,GPSプロッター画面を
見ながら圧流速度を確かめていたとき,幸吉丸は,船首を 135 度に向けたまま,前示のとお
り衝突した。
E受審人は,衝突の衝撃により顔を上げ,たかちほの青い船体を認め,他船と衝突したこ
とを知り,幸吉丸は,機関室等が瞬時に浸水し,間もなく船内電源を喪失したため計器類画
面が消え,無線電話等の使用が不能となり,僚船等との連絡手段が失われた。
一方,船員室で休息していたI甲板員及び同乗者Gは,衝撃を感じると同時に室内への浸
水を認め,荷物を取り出す間もなく,甲板上に上がり,機関室囲壁の左舷側に積み付けた救
命いかだ付近まで水位が達するに及んで,E受審人が同いかだを展張し,全員これに移乗し,
漂流を始めた。
これに先立ち,I甲板員は,救命いかだに移乗する直前,船内に搭載していた漁具位置を
知るためのラジオブイのスイッチを入れ,無線電話の注意信号ボタンを押したものの,船内
電源を喪失したため,同信号は発信されず,また,ラジオブイの使用周波数は,各船ごとに
異なり,他船がこれを発見するためには同周波数を知る必要があった。
9 日 13 時 00 分ごろH組合は,幸吉丸と連絡がとれない旨の僚船からの通報を受け,関係
先に問い合わせるなど安否の確認にあたり,油津漁業無線局を通じ呼び出しを行ったものの,
幸吉丸からの応答がないことから,14 時 20 分海上保安庁に連絡し,同船の捜索が開始され
た。
その後,捜索中の僚船が幸吉丸のラジオブイの電波を受信し,2 日後の 11 日 06 時 00 分ご
ろ幸吉丸船尾部を発見したのに続き,翌 12 日 10 時 20 分海上保安庁のヘリコプターが漂流
中の幸吉丸救命いかだを発見し,12 時 00 分ごろ幸吉丸乗組員等 3 人は,巡視船に救助され
た。
衝突の結果,たかちほは,両舷船首部外板に擦過傷を生じ,幸吉丸は,船体中央部付近で
船首部と船尾部に二分され,のちいずれも沈没し,E受審人,I甲板員及びG同乗者が,救
命いかだで漂流し,それぞれ脱水症及び下肢凍傷等を負った。
本件後,C指定海難関係人は,直ちに社内で事故原因を調査のうえ,事故の再発防止策を
協議し,航海当直の基本原則及び航海当直心得を作成したほか,定期的にたかちほを訪船し
て航海当直体制の確認を行い,安全管理規程の遵守の徹底に努めるなど,安全運航確保のた
めの措置を講じた。
(航法の適用)
本件は,鹿児島県種子島南東方沖合において,北東進中のたかちほと漂泊中の幸吉丸とが衝
突したものであり,衝突地点が港則法及び海上交通安全法の適用海域外であるから,一般法で
ある海上衝突予防法(以下「予防法」という。)によって律することとなる。
本件当時の気象は,小雨が降り,視程が 2 ないし 3 海里の状況であったが,両船は,その大
きさ及び接近状況から衝突を回避するために必要な行動をとれる時間的,距離的余裕のある時
期にそれぞれを視認できたものと認められ,予防法第 19 条の視界制限状態における航法は適用
されない。また,幸吉丸は,まぐろはえ縄漁に従事していたものの,同縄から離れて漂泊中で,
そのまま機関を使用して移動することが可能であったことから,予防法上の漁ろうに従事して
いる船舶には該当せず,予防法には,両船の関係について個別に規定した条文はないから,同
法第 38 条及び第 39 条の船員の常務で律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1
(1)
たかちほ
C指定海難関係人が,たかちほ乗組員に対し,安全管理規程の遵守を徹底していなかっ
たこと
(2)
A受審人が,B受審人が経験もあって信頼がおけるので,1 人で大丈夫と思い,同人に
安全管理規程により定められた通常航海当直配置を遵守するよう指示しなかったこと
(3)
B受審人が,安全管理規程により定められた通常航海当直配置を遵守しなかったこと
(4)
レーダーを適切に使用しなかったこと
(5)
B受審人が,しけ模様であったことから,前路に漁船などの小さな船はいないものと思
い,目視等による前路の見張りを十分に行わなかったこと
(6)
2
漂泊中の幸吉丸を避けなかったこと
幸吉丸
(1)
Gを同乗させるにあたって,船舶安全法上の手続きを行わなかったこと
(2)
レーダーを適切に使用しなかったこと
(3)
接近警報が作動しなかったこと
(4)
操舵室に戻った際,周囲を一瞥し,船を見掛けなかったことから,その後付近に他船は
いないものと思い,目視等による周囲の見張りを十分に行わなかったこと
(5)
警告信号を行わなかったこと
(6)
衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件は,北東進中のたかちほが,安全管理規程により定められた通常航海当直配置を遵守し,
見張りを十分に行っていれば,前路で漂泊中の幸吉丸に気付き,同船を避けることにより,発
生を防止することができたものと認められる。
したがって,A受審人が,B受審人は経験もあって信頼がおけるので,1 人で大丈夫と思い,
同人に安全管理規程により定められた通常航海当直配置を遵守するよう指示しなかったこと,
及びB受審人が,同当直配置を遵守せず,しけ模様であったことから,前路に漁船などの小さ
な船はいないものと思い,レーダーを適切に使用するとともに,目視等による前路の見張りを
十分に行わず,漂泊中の幸吉丸を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
レーダーの使用については,その特性及び性能並びに雨や海面反射等の影響により他船を探
知することができない場合があることを考慮し,STC,FTC及び感度をこまめに調整する
なり,レンジを切り替えるなりして当該レーダーを適切に用いるよう努めなければならない。
また,C指定海難関係人が,たかちほ乗組員に対し,安全管理規程の遵守を徹底していなか
ったことは,本件発生の原因となる。
一方,幸吉丸が,見張りを十分に行っていれば,自船に向首したまま衝突のおそれがある態
勢で接近するたかちほに気付き,警告信号を行い,衝突を避けるための措置をとることにより,
本件発生を回避できたものと認められる。
したがって,E受審人が,操舵室に戻った際,周囲を一瞥し,船を見掛けなかったことから,
その後付近に他船はいないものと思い,レーダーを適切に使用するとともに,目視等による周
囲の見張りを十分に行わず,警告信号を行うことも,機関を使用して移動するなどの衝突を避
けるための措置もとらなかったことは,本件発生の原因となる。レーダーの使用については,
その特性及び性能並びに雨や海面反射等の影響により他船を探知することができない場合があ
ることを考慮し,STC,FTC及び感度をこまめに調整するなり,レンジを切り替えるなり
して当該レーダーを適切に用いるよう努めなければならない。
Gを同乗させるにあたって,船舶安全法上の必要な手続きを行わなかったことは,本件と相
当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,法令遵守及び海難防止の
観点から是正されるべき事項である。
接近警報が作動しなかったことは,E受審人が周囲の見張りを十分に行うことにより,たか
ちほを視認することができたと認められることから,本件発生の原因とならない。
なお,幸吉丸の捜索救助活動が早期に開始されなかった点について,以下検討する。
幸吉丸の捜索救助活動が早期に開始されなかったのは,たかちほの船橋当直者が衝突したこ
とに気付かなかったことと,衝突により幸吉丸の機関室等が瞬時に浸水し,船内電源を喪失し
たため,無線電話等の使用が不能となったこととによるものである。
本件発生時,衝突付近海域には複数の僚船が出漁しており,いち早く他船の異状を認知でき
るよう,定期的な船間連絡の頻度を密にし,相互に異状の有無の確認にあたるなど僚船間にお
ける安全対策の強化が望まれる。
また,幸吉丸は衝突後間もなく水没状態となっており,救命いかだに移乗することができて
いなければ,当時の気象及び海象模様からして,幸吉丸乗組員等は生存救助されることはなか
ったものと推認され,法律上の義務はなかったものの,幸吉丸に救命いかだが搭載されていた
ことは,サバイバル対策として極めて有効な措置であったと認められる。したがって,幸吉丸
と操業形態を同じくする漁船においては,救命いかだ及び遭難信号自動発信器等を装備するこ
とが望ましく,自主的な備付けを促すため,今後,業界等による支援制度の確立などの環境整
備が望まれる。
(海難の原因)
本件衝突は,鹿児島県種子島南東方沖合において,小雨が降り,視程が 2 ないし 3 海里の状
況下,北東進中のたかちほが,見張り不十分で,前路で漂泊中の幸吉丸を避けなかったことに
よって発生したが,幸吉丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置
をとらなかったことも一因をなすものである。
たかちほの運航が適切でなかったのは,船長が,船橋当直者に安全管理規程により定められ
た通常航海当直配置を遵守するよう指示しなかったことと,同当直者が,同当直配置を遵守せ
ず,見張りを十分に行わなかったこととによるものである。
運航管理者が,たかちほ乗組員に対し,安全管理規程の遵守を徹底していなかったことは,
本件発生の原因となる。
なお,幸吉丸の捜索救助活動が早期に開始されなかったのは,たかちほの船橋当直者が衝突
したことに気付かなかったことと,衝突により幸吉丸の機関室等が瞬時に浸水し,船内電源を
喪失したため,無線電話等の使用が不能となったこととによるものである。
(受審人等の所為)
B受審人は,小雨が降り,視程が 2 ないし 3 海里の状況下,鹿児島県種子島南東方沖合を北
東進する場合,前路で漂泊中の幸吉丸を見落とさないよう,レーダーを適切に使用するととも
に,目視等による前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,しけ
模様であったことから,前路に漁船などの小さな船はいないものと思い,前路の見張りを十分
に行わなかった職務上の過失により,幸吉丸に気付かず,同船を避けることなく進行して衝突
を招き,たかちほの両舷船首部外板に擦過傷を生じさせ,幸吉丸の船体を中央部付近で切断し
て沈没させ,E受審人,I甲板員及びG同乗者が救命いかだで漂流し,それぞれ脱水症及び下
肢凍傷等を負うに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第 4 条第 2 項の規定により,同法第 5 条第 1
項第 2 号を適用して同人の二級海技士(航海)の業務を 1 箇月停止する。
A受審人は,B受審人に船橋当直を行わせる場合,同人に安全管理規程により定められた通
常航海当直配置を遵守するよう指示すべき注意義務があった。しかるに,A受審人は,B受審
人が経験もあって信頼がおけるので,1 人で大丈夫と思い,同人に安全管理規程により定めら
れた通常航海当直配置を遵守するよう指示しなかった職務上の過失により,見張り不十分とな
って,幸吉丸と衝突する事態を招き,前示の損傷等を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第 4 条第 2 項の規定により,同法第 5 条第 1
項第 3 号を適用して同人を戒告する。
E受審人は,小雨が降り,視程が 2 ないし 3 海里の状況下,鹿児島県種子島南東方沖合にお
いて,まぐろはえ縄漁業に従事し,揚縄に備えて漂泊する場合,接近する他船を見落とさない
よう,レーダーを適切に使用するとともに,目視等による周囲の見張りを十分に行うべき注意
義務があった。しかるに,同人は,操舵室に戻った際,周囲を一瞥し,船を見掛けなかったこ
とから,その後付近に他船はいないものと思い,レーダーを適切に使用するとともに,目視等
による周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,自船を避けないまま接近する
たかちほに気付かず,衝突を避けるための措置をとることなく漂泊を続けて同船との衝突を招
き,両船に前示の損傷等を生じさせるに至った。
以上のE受審人の所為に対しては,海難審判法第 4 条第 2 項の規定により,同法第 5 条第 1
項第 3 号を適用して同人を戒告する。
C指定海難関係人が,たかちほの運航管理にあたり,同船乗組員に対し,安全管理規程の遵
守を徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては,本件後,直ちに社内で事故原因を調査のうえ,事故の再発防
止策を協議し,航海当直の基本原則及び航海当直心得を作成したほか,定期的にたかちほを訪
船して航海当直体制の確認を行い,安全管理規程の遵守の徹底に努めるなど,安全運航確保の
ための措置を講じた点に徴し,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
参 考 図 1
参 考 図 2