[依頼講演] 将来無線通信及びその実現への諸技術

社団法人 電子情報通信学会
THE INSTITUTE OF ELECTRONICS,
INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS
信学技報
TECHNICAL REPORT OF IEICE.
[依頼講演] 将来無線通信及びその実現への諸技術
大槻
知明†
† 慶應義塾大学理工学部情報工学科
〒 223–8522 横浜市港北区日吉 3–14–1
E-mail: †[email protected]
あらまし
第 5 世代移動通信 (5G) では,急増するモバイルトラフィックを収容するだけでなく,M2M (Machine to
Machine) や IoT (Internet of Things) に見られるように通信機能が具備された様々なものを収容することが求められ
る.また,5G では,種々の利用シナリオが想定されており,各利用シナリオで異なる要求を満たすことも求められて
いる.本稿では,5G 及びそれ以降の将来無線通信について,想定・期待される利用シナリオと,その実現に必要と思
われる諸技術のいくつかを紹介する.
キーワード 第 5 世代移動通信 (5G),将来無線通信,Mssive MIMO,ミリ波,誤り訂正符号,LDPC 畳み込み符号,
空間結合符号
[Invited Talk] Future Wireless Communications and Their Technologies
Tomoaki OHTSUKI†
† Department of Computer and Information Science
Keio University
3-14-1 Hiyoshi, Kohoku, Yokohama, 223-8522 Japan
E-mail: †[email protected]
Abstract The fifth generation (5G) cellular network is expected to accommodate not only the rapidly increasing
mobile traffic but also various kinds of devices and things that will equip with communication functions, such as
seen in M2M (Machine to Machine) and IoT (Internet of Things). Research on 5G supposes several scenarios in
which 5G will be used, each of which has different / unique requirements. This report introduces the supposed and
expected scenarios of 5G and future wireless communications, and several technologies expected to realize those.
Key words fifth generation (5G) cellular network, future wireless communications, Massive MIMO, millimeter
wave, Forward error correction, LDPC convolutional code, Spatially-coupled codes
1. は じ め に
機能が具備された様々なものを収容することが求められる.ま
た,5G では,種々の利用シナリオが想定されており [2],各利用
近年のスマートフォンや多様なアプリケーションサービスの
シナリオで異なる要求を満たすことも求められている.METIS
普及に伴い,モバイルトラフィックが急増している.例えば,
のシナリオ定義として,(1) 高精細ビデオ伝送のような超高速
「モビリティ・レポート」[1] によると,2014 年第 1 クォーター
通信,(2) スタジアムのように高密度に人が分布した場所での
のモバイルデータトラフィックは,2011 年,1 年間のそれを超
高品質な通信,(3) 電車やバスのように多くの人やデバイスが
えており,2013 年から 2019 年の間に 10 倍程度増加すると予
一斉に移動する環境での通信,(4) 工作機械,鉱山の掘削車両の
測されている.また,モバイルトラフィックは,過去数年間は
遠隔操作や遠隔医療のような超低遅延で高信頼性を要求される
毎年 2 倍程度に増加しており,そのため,多くの企業が今後 10
通信,(5) 森や海岸などに設置された膨大な数のセンサ,デバ
年で 1000 倍以上に増大すると予測している.このような中,
イスにおける通信,などが想定されている [2] [3]. また,そのよ
2020 年以降の移動通信として,第 5 世代移動通信 (5G) に関
うなシナリオを実現に向けて,METIS では現状のネットワー
する研究開発が活発に行われている.5G では,急増するモバ
クと比較して,(1) 1000 倍のモバイルデータトラフィック量,
イルトラフィックを収容するだけでなく,M2M (Machine to
(2) 10∼100 倍の接続デバイス数,(3) 10∼100 倍のデータ転送
Machine) や IoT (Internet of Things) に見られるように通信
速度,(4) 1/5 以下の遅延時間,(5) 10 倍の電池寿命,を目標と
—1—
している.この METIS で想定されているシナリオ,及びそれ
に基づく目標は,他の 5G に関する研究でもほぼ同様に設定さ
場合,それを補償するのに有効である.
各端末にビームを向ける場合,伝搬路状態を知る必要がある.
れている.それら種々の要求を満たすには,新たなネットワー
パイロット系列の最大数は,コヒーレンス時間とコヒーレント
クアーキテクチャや様々な技術が必要になる.例えば,ARIB
帯域幅によって制限される.そのため,Massive MIMO を用い
20B AH では,5G のネットワークとして以下の以下の観点で
る場合,マルチセル環境などにおいて,異なるセルでパイロッ
新たなアーキテクチャを考慮する必要があるとしている [4].
ト系列を再利用する必要がある.異なるセルに属するユーザが
•
大容量化、超多数接続端末数
共通のパイロット系列を使用した場合,干渉によりチャネル推
•
スケーラビリティとリソースマネジメントを考慮した,
定精度が劣化するため,UL (Uplink) 信号の検出精度が劣化す
知的制御による仮想ネットワーク
•
高度なクラウドネットワークコンピューティング
•
複数 RAT 間での相互接続性
また,[5] では,5G に向けた新たなネットワークアーキテク
る.また TDD (Time Division Duplex) の場合,チャネルの可
逆性に基づき,UL の推定チャネルを用いてや DL 伝送を行う.
そのため,DL 伝送も劣化してしまう.このようなパイロット
系列の再使用によるパイロット汚染 (pilot contamination) は,
チャを必要とする技術として,(1) デバイス・セントリック・
Massive MIMO の特性の制限要因の 1 つである.パイロット
アーキテクチャ,(2) ミリ波,(3) Massive MIMO,(4) スマー
汚染以外にも,Massive MIMO には多くの解明・解決すべき研
ターデバイス,(5) M2M 通信のネイティブサポート,の 5 つの
究課題がある [7].
技術が挙げられている.これらを考慮し,RAN (Radio Access
Network) の仮想化や,SON (Self-Organizing Network),制御
3. ミ リ 波
プレーン−ユーザーデータプレーン分離などをベースとした
近年,スマートフォンの普及等により急増しているトラフィッ
技術など、多くの技術が提案されている.また,無線インター
クにより,マイクロ波帯の周波数がひっ迫している.そのため,
フェースの観点では,大容量化・高速化を実現する手段として、
非常に広帯域が利用可能なミリ波に,近年注目が集まっている.
ミリ波などの高周波数帯での広周波数帯域幅の活用と,そのた
ミリ波は,既に短距離向けサービスを対象とした IEEE802.11ad
めの技術が着目されている.特に,高周波数帯利用と整合性の
で標準化されている.例えば 60 GHz 帯では,日本では 9 GHz
高い超多素子アンテナを用いた Massive MIMO が注目されて
の帯域が利用可能である.ミリ波帯などの高周波数帯では,伝
いる.
搬損失が大きく,特に見通し外 (NLOS) で,その影響は大き
本稿では,5G 及びそれ以降の将来無線通信について,その
くなる.この伝搬損失の大きさに対しては,前記した Massive
想定・期待される利用シナリオと,その実現に必要と思われる
MIMO の使用が有効と考えられている.一般に,アンテナ素
諸技術のいくつかを紹介する.
子は波長にあわせて小さくなることから,ミリ波の場合,たと
2. Massive MIMO
え 100 以上のアンテナ素子を用いても,アンテナ全体のサイズ
を小さくできる.また,ミリ波はスモールセルにおいて,超高
送受信機に複数のアンテナを用いて高いスループットあるい
速・大容量通信実現に用いられることが期待されている.5G
は高い信頼性を達成する MIMO は,いまや無線通信システムに
に向けたミリ波移動通信に関しては,例えば [8] にまとめられ
とって必須の技術となっている.第 4 世代 (4G) 無線通信システ
ている.
ムでも,MIMO がキー技術として採用されている.基地局に複
数のアンテナを配置し,同時に複数の端末と通信するマルチユー
4. 誤り訂正符号
ザ MIMO (MU-MIMO) は,IEEE802.ac や LTE-Advanced に
前記したように,5G や将来無線通信では様々な利用シナリ
採用されている.将来の無線通信システムに向けて,MIMO
オが想定されており,それぞれの利用シナリオによって,例え
技術の特性改善を目指した大規模 MIMO (Large-Scale MIMO
ば前記した METIS の例のように要求条件も異なっている.ス
: LS-MIMO) が提案されている [6].LS-MIMO は,Massive
マートフォン等のよりスマートな端末では,今後 10 Gbps が必
MIMO とも呼ばれる.Massive-MIMO は,一般に 100 素子以
要になるとも言われている.その際,BS では 1 Tbps が必要と
上のアンテナを用いて,同時に数十端末と通信するシステムを
言われている.一方,M2M などでは,センシングしたデータ
指す.そのため,スペクトラム効率を大幅に改善できる.また,
サイズは一般に小さく,かつ発生頻度も低いことが多い.さら
より多くのアンテナを用いて,UE に対して非常に細いビーム
に,無線により機器を制御する場合,低遅延であることが求め
でエネルギーを集中することで,エネルギー効率を大幅に改善
られる.それら要求条件の異なる種々のシナリオに対し,[9] で
できる.さらに,これら 2 つの改善に加えて,非常に大きな自
は,5G における誤り訂正符号に対する要求条件をいくつか挙
由度を用いて,通信の信頼度を改善できる.ユーザ間干渉 (IUI)
げている.まず,スマート端末を用いた映像通信の例を挙げ,
に関しても,非常に細いビームによって低減できる.その他,
消費電力の観点から,シャノン限界に近い特性を得つつ,現在
各アンテナ素子の故障による影響が小さくなることや,信号処
用いられている誤り訂正符号と比べて 100 倍簡単な符号化・復
理が簡単な手法を用いるだけで,DPC (Dirty Paper Coding)
号技術が必要としている.また,センシングデータを転送する
と最尤マルチユーザ検出と同等の特性を達成できるなどの利点
M2M に対しても,消費電力の観点から,1000 倍簡単なオフラ
もある.これらの特性は,伝搬損失が大きい高周波帯を用いる
イン符号化・復号技術が必要としている.一方,遅延に関して
—2—
LDPC Convolutional Code
Felstrom-Zigangirov Construction 1
Hb
1. Divide the parity check matrix like this
Hc
2. Copy Hb many (2L + 1) times
3. Put the copies at diagonal position
4. We obtain a sparse band parity check matrix
195, Feb. 2014.
[8] T.S. Rappaport, S. Sun, R. Mayzus, H. Zhao, Y. Azar, K.
Wang, G.N. Wong, J.K. Schulz, M. Samimi, and F. Gutierrez, “Millimeter wave mobile communications for 5G cellular: It will work!,” IEEE Access, vol. 1, pp. 335–349, 2013
[9] W. Tong, “5G wireless goes beyond smartphones,” Plenary
speech at IEEE Communication Theory Workshop 2014,
May 2014.
[10] S. Kudekar, T. Richardson, and R. Urbanke, “Threshold
saturation via spatial coupling: Why convolutional LDPC
ensembles perform so well over the BEC,” IEEE Trans. Inf.
Theory, vol. 57, no. 2, pp. 803–834, Feb. 2011.
[11] A.J. Felström and K.S. Zigangirov, “Time-varying periodic
convolutional codes with low-density parity-check matrix,”
IEEE Trans. Inf. Theory, vol. 45, no. 6, pp. 2181–2191, June
1999.
Fig. 1 LDPC ブロック符号をもとにした LDPC 畳み込み符号の構成
法 [11]
は,0.1 ms をターゲットとして挙げ,現在に比べ遅延を 1/10
倍にすることが必要としている.
そのような要求条件に対し,著者が有望と考える誤り訂正符
号に,複数の LDPC (Low-Density Parity-Check) ブロック符
号を結合することで構成される LDPC 畳み込み符号である空
間結合符号 [10] がある.講演では,この空間結合符号を簡単に
説明する.
5. お わ り に
本稿では,5G 及びそれ以降の将来無線通信について,その想
定・期待される利用シナリオと,その実現に必要と思われる諸
技術のいくつかを紹介した.本稿で取り上げた以外にも,非直
交多元接続 (NOMA : Non-Orthogonal Multiple Access) や,
全二重 (Full-Duplex),単にオフロードだけでない無線 LAN
との連携,フロントホールとバックホールの統合最適化,など
様々な技術が必要と考えられる.加えて,消費電力やコストも
重要な課題である.講演では,予稿で取り上げた技術の内いく
つかと,それ以外のものについても紹介する予定である.
文
献
[1] “Ericsson mobility report,” http://www.ericsson.com/jp/mobilityreport
[2] METIS, http://www.metis2020.com/
[3] 藤岡雅宣,“これからの移動通信はどこに向かうのか,” 電子情
報通信学会通信ソサイエティマガジン, No. 30, pp. 127–132,
2014 年秋号
[4] 中村武宏,松永彰,中村隆治,古谷之綱,三瓶政一,本多美雄,小
野沢庸,福井 範行,“第 5 世代移動通信システムの展望,” 2014
年電子情報通信学会ソサイエティ大会, BP-1, 徳島大, 2014 年
9 月 25 日
[5] F. Boccardi, R.W. Heath, Jr., A. Lozano, T.L. Marzetta,
and P. Popovski, “Five disruptive technology directions for
5G,” IEEE Communications Magazine, vol. 52, no. 2, pp.
74–80, Feb. 2014.
[6] T. Marzetta, “Noncooperative cellular wireless with unlimited numbers of base station antennas,” IEEE Trans. Wireless Commun., vol. 9, no. 11, pp. 3590-3600, Nov. 2010.
[7] E.G. Larsson, O. Edfors, F. Tufvesson, and T.L. Marzetta,
“Massive MIMO for next generation wireless systems,”
IEEE Communications Magazine, vol. 52, no. 2, pp. 186–
—3—