1-1 発生遺伝

1.時系列生命現象研究領域
1-1
発生遺伝
小 林 悟(教授)
1)専門領域:発生生物学
2)研究課題:
a)極細胞中における母性Ovoタンパク質の機能
b)Sxl遺伝子による始原生殖細胞自律的な性決定機構
3)研究活動の概略と主な成果:
a)極細胞中における母性Ovoタンパク質の機能
ショウジョウバエの卵中には生殖質と呼ばれる特殊な細胞質が局在しており,これを取り込んだ極細胞(始
原生殖細胞)のみが生殖細胞に分化する。これまで,生殖質中に局在する未知の母性因子の働きにより,生殖
系列特異的な遺伝子発現が活性化され,その結果,始原生殖細胞が生殖細胞へと分化するように運命づけられ
ると考えられてきた。この母性因子を同定するために,マイクロアレイ解析および in situ hybridization 解析
を用いて,形成直後の始原生殖細胞にenrichする27種類の母性RNAを同定した。さらに,27種類のRNAのう
ち6種類に対するdsRNAを卵に注入し機能阻害をおこなうと,生殖系列特異的な遺伝子であるvasaやnanosの
始原生殖細胞中における発現が減少することも明らかとなっていた。
私たちは,これら6種類の遺伝子のうちovo遺伝子に注目して機能解析を行なってきた。母性Ovoタンパク質
は,特定のDNA配列に結合し転写を活性化する転写因子として知られている。この機能を特異的に阻害するこ
とのできるリプレッサーを始原生殖細胞特異的に発現させることにより母性Ovoの機能阻害をおこなった結
果,始原生殖細胞は徐々に退化し,最終的に生殖細胞が形成されない不妊の表現型が観察された。このことから,
母性Ovoタンパク質は始原生殖細胞内で遺伝子発現を活性化することにより,生殖細胞への発生を制御する重
要な母性因子であると考えられる。今後,母性Ovoにより活性化される遺伝子を網羅的に同定し,それら機能
を解析する予定である。
b)Sxl遺伝子による始原生殖細胞自律的な性決定機構
生物を構成する細胞は,体をつくる体細胞と,次世代に命をつなぐ生殖細胞に大きく分けられる。多くの動
物において体細胞に雌雄の区別があるように,生殖細胞にも卵に分化するか,あるいは精子に分化するのかと
いう性の区別が存在する。体細胞は単に性的二型を作り出すのに対し,生殖細胞は多くの動物に共通する形態
的および機能的な特徴を持つ卵あるいは精子といった特定の最終産物を生み出すことから,生殖細胞の性決定
機構の少なくとも一部は進化的に保存されていると考えられる。しかし,残念ながら生殖細胞の性決定機構は
十分に明らかにされていない。ショウジョウバエを用いた研究から,始原生殖細胞の性決定には,生殖巣を構
成する体細胞からの影響が必要であることが明らかとなっている。雄の胚において,生殖巣中の始原生殖細胞
研究領域の現状 7
は,生殖巣を形成する体細胞からのシグナルにより雄化が誘導され,このシグナルを受けない始原生殖細胞は
雌化すると考えられてきた。しかし,このような始原生殖細胞を取り巻く環境からの(非自律的な)影響だけ
でなく,生殖細胞自身が性を決定する(自律的な)機構の存在も予想されており,その実体の解明が待たれて
いた。
私たちは,生殖巣への移動過程にある始原生殖細胞において一過的に雌のみで発現する遺伝子として,
RNA結合タンパク質をコードする Sex lethal (Sxl) を同定した。次いで,私たちは,Sxl遺伝子が始原生殖細
胞の性決定に関与していることを以下のように明らかにした。まず,始原生殖細胞特異的にSxlの機能を抑制
すると,雌の始原生殖細胞は卵形成を行うことが出来なくなった。一方,雄の始原生殖細胞でSxlを強制発現
し,雌個体に移植したところ,移植された始原生殖細胞は,卵を形成することが明らかとなった。さらに,こ
の雄の始原生殖細胞由来の卵は,受精することにより次世代をも生み出すことができた。以上の結果は,始原
生殖細胞の雌化にSxlの機能が必要かつ十分であることを示している。すなわち,Sxlは,始原生殖細胞の雌化
を決定するためのマスター遺伝子として働いていることが初めて明らかになった。今後,Sxlの下流で働く遺
伝子を同定することで,他の動物を含めた生殖細胞の性決定機構の全貌が明らかになると期待される。
4)学術論文
K. Hashiyama, Y. Hayashi and S. Kobayashi “Drosophila Sex lethal gene initiates female development in
germline progenitors" Science 333, 885-888 (2011).
This paper is highlighted in “This week in Science" (Science 333, 801), “Perspectives” (Science 333, 829-839),
“World of Reproductive Biology” (Biology of Reproduction, 85, 427-428).
Y. Ohhara, Y. Kayashima, Y. Hayashi, S. Kobayashi and K. Yamakawa-Kobayashi, “Expression of βadrenergic-like octopamine receptors during Drosophila development” Zoological Science, in press.
5)著書,総説
小林悟,橋山一哉,
“ショウジョウバエ生殖細胞の雌化を決定するSxl遺伝子”細胞工学(印刷中).
6)国際会議発表リスト
M. Sato “RepEdLEGG: A nonlinear dimensionality reduction and feature detection algorithm to translate -omics
data to a network model” Proteomics, Metabolomics and Beyond, The 1st NIBB-Princeton Symposium, Okazaki,
November, 2011.
7)招待講演
小林悟「ショウジョウバエ胚における生殖細胞系列のの性決定機構」日本動物学会第82回大会,旭川,2011年
9月
8)学会および社会的活動
日本発生生物学会 秋期シンポジウム 実行委員長
8
研究領域の現状
9)他大学での非常勤講師,客員教授
藤田保健衛生大学医学部客員教授
筑波大学非常勤講師
11)外部獲得資金
科研費 新学術領域研究(計画),「ショウジョウバエ卵巣/精巣におけるGSC/ニッチ・システムの解明」,
小林悟(代表)(2008年−2012年)
科研費 基盤 B,「ショウジョウバエ生殖細胞系列の運命決定機構および性差形成機構」,小林悟(代表)
(2009年−2011年)
科研費若手研究 B,「ショウジョウバエ生殖幹細胞の「ニッチの場」形成の分子メカニズムの解析」林良樹
(代表)(2009年−2011年)
科研費 若手研究(スタートアップ),「ショウジョウバエ生殖細胞系列における性決定機構」,橋山一哉(代
表)(2009年−2011年)
科研費 新学術領域研究(計画),「遺伝学的アプローチによる高分子非コードRNAマシナリーの生理機能解
析」,影山裕二(代表)
(2009−2013年)
科研費 基盤 B,「上皮細胞の形態を制御する短鎖ペプチドの機能」
,影山裕二(代表)(2008−2012年)
科研費 若手 B,「不妊を引き起こす生殖細胞発生異常のシステム解析」
,佐藤昌直(代表)
(2011−2013年)
科研費 基盤 A,「システムバキュロウイルス学の幕開け−タンパク質超発現システムの解明と再構築−」
,佐
藤昌直(分担)(2010−2013年)
内藤記念科学振興財団・科学奨励金,「非分泌性短鎖ペプチドによる細胞間コミュニケーションの新たなかた
ち」,影山裕二(代表)
(2010−2011年)
研究領域の現状 9