平成 20 年度 府中町教育研究レポート 研究テーマ「自然に親しみ,進んで探求する子どもの育成」 「理科における問題解決学習の工夫」 ~推論型「水溶液の性質」の授業実践を通して~ 府中町立府中南小学校 西 廣 直 明 本校(府中南小学校)の理科専科として2年目となり,今年度は第3学年・第5学年・第6学年の理 科の授業を担当している。私自身,一つの教科をこれほど長く担当することはこれまでに経験のないこ とである。また,今年度にいたっては担当する学年も多くなり,学年差や学級差の中で戸惑うことが多 かった。しかし,本校で担任として1年,専科として2年を過ごした中で,“担任の視点”と“専科の 視点”の両方を持てるようになってきたので,なかなか面白くなってきたところである。専科として担 任の思いや意図を汲みながらも,限られた時間の中で「この子たちにこの力だけはつけておいてやりた い」という意識を持って指導にあたることができるようになってきた。また,指導のポイントを明確に するという作業の中で,小学校4年間の理科の学習を通して育てたい力とは何か,この単元を通してど のような力を育てて次の学年に送ればよいかということを考える機会が自然と多くなり,理科という教 科全体を見渡すことができ始めたところである。 1 はじめに 平成 21 年度より学習指導要領が改訂されることになり,これに伴って目標や授業時数,内容などが 大幅に変更されることになった。この改訂が本研究に取り組んだ大きなきっかけである。ここで新学習 指導要領について簡潔に記すこととする。 新学習指導要領では,理科の教科全体の目標が次のように変更されている。 2 研究のきっかけ 【現行の学習指導要領】 自然に親しみ、見通しをもって観察、実験など を行い、問題解決の能力と自然を愛する心情を 育てるともに、自然の事物・現象についての理 解を図り、科学的な見方や考え方を養う。 【新学習指導要領】 自然に親しみ、見通しをもって観察、実験など を行い、問題解決の能力と自然を愛する心情を 育てるともに、自然の事物・現象についての実 感を伴った理解 った理解を 理解を図り、科学的な見方や考え方 を養う。 全体目標については現行の目標に一部変更がなされたものの,問題解決を 問題解決をベースにした ベースにした学習 にした学習は,基本 的には継承されている。新学習指導要領では,この基本目標に加え,「実感を伴った理解」という項目 が付け加えられている。 これを受けて新学習指導要領における各学年の目標は【表-1】のように整理した。 第三 自然の事物・現象を差異点や共通点という視点から比較しながら調べたりする活動を 学年 通して,生物同士の関わり合いや物質の性質や関係性についての見方や考え方を養う ことが目標であり,自然の 自然の事象の 事象の違いに気付 いに気付き 気付き,比較する 比較する資質 する資質・ 資質・能力を 能力を育成する 育成すること に重点が置かれている。 自然の事物・現象の変化に着目し,変化とそれにかかわる要因を関係付けながら調べ 第四 たりする活動を通して,動物の活動や植物の成長と環境とのかかわりや,物の性質や 学年 働き,動きや変化についての見方や考え方を養うことが目標であり,自然の 自然の事象の 事象の変 化や規則性と 規則性と関連する 関連する要因 する要因を 要因を抽出する 抽出する資質 する資質・ 資質・能力を 能力を育成する 育成することに重点が置かれてい る。 自然の事物・現象をそれにかかわる条件に目を向けたり,量的変化や時間的変化に着 第五 目して調べたりする活動を通して,生命の連続性や自然の事物・現象の変化や規則性 学年 についての見方や考え方を養うことが目標であり,制御すべき 制御すべき要因 すべき要因と 要因と制御しない 制御しない要因 しない要因 とを区別 とを区別しながら 区別しながら, しながら,観察・ 観察・実験などを 実験などを計画的 などを計画的に 計画的に行っていく資質 っていく資質・ 資質・能力を 能力を育成すること 育成すること に重点が置かれている。 身近に見られる自然の事物・現象の変化や動きをその要因と関係付けながら調べたり 第六 する活動を通して,生物の体の働きや環境とのかかわり,物の性質や働き,土地のつ 学年 くりと変化のきまりについての見方や考え方を養うことが目標であり,見いだした問 題を計画的に追及する能力を基盤として,結果を 結果を推論しながら 推論しながら観察 しながら観察・ 観察・実験などを 実験などを行 などを行い, 結論を 結論を導く資質・ 資質・能力を 能力を育成することに 育成することに重点 することに重点が 重点が置かれている。 【表-1】新学習指導要領における各学年の目標 ここで第六学年の目標に着目した。現行の「多面的に 多面的に調べ」という項目が「推論しながら 推論しながら調 しながら調べ」とい う具体的な項目に改訂されている。また,学年固有の目標に改訂があったのは第六学年のみである。つ まり,新学習指導要領では第三学年から第五学年までを通して,「比較分類」 比較分類」→「関連付け 関連付け」→「条件 制御」 制御」という基礎的な能力を育成し,最終的に第六学年では身に付けた基礎的な能力を活用し,「推論 しながら調 しながら調べる」 べる」能力を身に付けさせることを目指していると考えてよい。このことは理科が目指す児 童像が変わったともとらえられる。そこで,“小学校理科が目指す姿”である第六学年に着目し,問題 解決学習をベースとして,推論しながら 推論しながら問題 しながら問題を 問題を解決していく 解決していく授業 していく授業を具体化できないかと考えた。 3 研究主題 「理科における問題解決学習の工夫」 ~推論型「水溶液の性質」の授業実践を通して~ (1) 「理科における 理科における問題解決学習 における問題解決学習」 問題解決学習」について 新学習指導要領の理科全体の目標を見ると,理科において育むべき資質能力とは,大きくとらえて 【図-1】の3点にまとめることができる。 【問題】 問題の発見 ① 問題解決の能力 ↓ 【仮説】 予想・解決方法の計画 ② 科学的に見る力や考える能力 ↓ ③ 自然を愛する心情 【検証】 観察・実験による検証 ↓ 【考察】 観察・実験の結果の考察 ↓ 【応用】結果の応用・新たな問題の発見 4 主題設定についての基本的な考え方 【図-1】理科において育むべき資質能力 【図-2】問題解決の過程 このことはつまり,理科においては児童が自然事象について愛着を持ち,予想や仮説を持つなどの 見通しの基で観察,実験を行い,得られた結果と予想や仮説とを照らし合わせ,その修正や検証を行 い,考えをつくり上げる問題解決の過程が重要であることを示している。このような学習の流れは一 般に問題解決学習と言われており,問題解決の過程の大筋は【図-2】のようになる。この過程の中 で児童が問題解決の能力を獲得し,科学的な見方や考え方を構築していくことを意図しているといえ よう。 また,この過程の中では児童の自然事象に対する「意図的な働きかけ」が不可欠である。「意図的 な働きかけ」とは児童自身が自然事象に強く興味関心を持ち,問題を意識し,解決への見通しを持ち ながら働きかけることである。これができるようにするためには問題発見に至るまでの過程が重要で あると考える。児童の素朴概念に立脚して事象と出会わせ,より強い興味関心を持つことができるよ うに細分化したり新たな項目を位置づけたりする必要がある。 (2) 「推論型」 推論型」について 先行研究からまとめると,問題解決の過程には3タイプがあり,次のようになることがわかった。 ● 帰納型:いくつかの実験・観察から規則性を見出し,それを確かめていく学習展開 ● 推論型:事象をもとに推論を立て,それを確かめていく学習展開 ● 要因型:要因を見出し,それを確かめていく演繹的な学習展開[仮説-確証・反証] *参考:東京都小学校理科研究会紀要(H10) ここでは「推論型」を取り上げ,(1)【図 【図-2】の問題解決の過程をもとに細分化すると,「推論 型」問題解決の過程とは次の【図-3】のようになる。自然事象との出会いを位置づけ,興味関心を 高めることにより,いくつかの可能性から推論することや,児童の意図的な働きかけが期待できる。 本研究ではこの「推論型」問題解決の過程を,第六学年における授業で導入し,その成果と課題を 検証することとした。また実践単元として,いくつかの可能性を持って推論する活動が仕組みやすい であろうとの観点から「水溶液の 水溶液の性質」 性質」を選択した。 【図-3】 「推論型」問題解決の過程 素朴概念 事象との出会い 感動・疑問・興味 □これまでの生活や学習を通して培われてきた自然に対する見方や 考え方を指し,事象を考えるもとになる。 □児童が自然事象に意図的に働きかけるには,これまで持 これまで持っていた 考えでは説明 えでは説明できない 説明できない事象 できない事象に 事象に出会ったり 出会ったり, ったり,これまでの考 これまでの考えと矛盾 えと矛盾 する事象 する事象に 事象に直面したりする 直面したりする場面 したりする場面が 場面が必要である。事象の提示につい ては問題解決活動の導入場面であり充分に検討する必要がある。 □これまでと違うところはどこか,なぜそのような現象が起こるの のか,など問題に向かって焦点を絞っていく。 問 予想・仮説・計画 観察・実験 結果・考察 題 □いくつかの可能性を出し合いながら推論し,仮説(予想)を立て ることにより,自分なりの見通し(意図)を持つことができるよ うにすることがねらいである。「もしも~ もしも~であれば,~ であれば,~だ ,~だ」など, 意図的な活動ができるようにする。 □意図をもって事象に問いかけていく活動である。観察,実験,栽培, 飼育,ものづくりなどの活動があるが,安全への配慮を確認し, 事故を未然に防ぐことに努める。 □実験・観察の結果を仮説(予想)に対応させながら考え,仮説と 実験・観察の結果の一致,不一致を確認する。一致しない場合には, 仮説や実験・観察の方法を振り返りながら見直し,改めて検討する ようにする。 結 論 主題についての基本的な考え方に基づき,研究仮説を次のように設定する。 問題解決学習の過程の中で,児童がこれまでに持っていた考えでは説明できない事象やこれまでの 考えと矛盾するような事象提示を工夫すれば,児童はいくつかの可能性を持ちながら推論し,意図的 にその事象に働きかけることができるであろう。 また,仮説検証の視点を次のように持つこととする。 【検証の 検証の視点】 視点】 ① 事象提示において児童の興味関心を高めたか。 ←事象提示 事象提示の 提示の工夫 ② 児童がいくつかの可能性を持って実験することができたか。 ←推論する 推論する ③ 単元全体を通して児童の問題意識が継続していたか。←意図的な 意図的な働きかけ これらの視点について授業実践を通して検証していく。 5 研究仮説 6 研究の内容 (1)児童の 児童の実態 児童実態を調査するため,平成 20 年9月に,第6学年1組 31 名を対象にアンケート調査を行った。 その結果,理科の学習に対して 67%の児童が「好きである」と答えている反面,33%の児童が「き らいだ」「どちらでもない」との回答であった。第3学年の児童に同様のアンケートを行ってみると 97%の児童が「理科が好きである」と回答しているのに比べ,第6学年では「理科が好きである」と 回答した児童が減少し,「理科がきらいだ」「どちらでもない」と回答した児童が増加している点が目 を引いた。そこで,その理由を問う質問を設定すると,【表-2】のような回答があげられた。 ア 観察が苦手だ 16% イ 理科特有の現象や名称などが覚えられない 45% ウ 全部ではないが苦手な分野がある 31% エ なぜそうなるのかよくわからないことがある 27% この結果を見ると,イやウの回答からすでに理科を暗記科目としてとらえ,初めから苦手意識を持 つ傾向があることや,アやエの回答から自然事象に対して意図的に働きかける力が弱いことが伺える。 また,既習事項や水溶液に関することについて問う質問では【表-3】のような正答率であった。 【表-2】アンケート調査 (調査対象 6年1組 31 名 / 複数回答あり) 【表-3】既習事項や水溶液に関することの理解度 質問事項 正答率 68 「溶ける」という現象について理解している。 % 2 溶け残ったものを溶かす方法を理解している。 96% 3 溶けているものを取り出す方法を理解している。 96% 4 質量保存の法則について理解している。 81% 5 身の回りにある水溶液をあげることができる。 87% 6 酸性・中性・アルカリ性という言葉を見聞きしたことがある 65% 5の質問についてはほとんどの児童が身の回りの水溶液をいくつか答えたが,そのほとんどが食塩 水やミョウバン水など学校の授業で扱ったものをあげており,自然事象を考える基となる生活経験が 少ないことが伺える。また6の質問では 65%の児童が酸性・中性・アルカリ性という言葉を見たり聞 いたりしたことがあると回答しているものの,その半数以上が塾で聞いたと答えている。その他は多 かった順に「テレビコマーシャル」,「洗剤・石鹸のラベル」,「本」という回答であった。さらに2, 3の質問では,5学年時に複数の方法を学習しているが,平均して方法を1つ答えた児童が 47%,2 つ答えた児童が 39%,3つ答えた児童が 10%,無回答が 4%という結果であり,特定の自然事象に 対して複数の可能性を持ちながら迫っていくという思考ができた児童は少なかった。 (2)指導プラン 指導プランの プランの作成 児童の実態,及び目指す指導の在り方に立脚して指導プランの作成を行った。指導プランの作成に おいては次の3点に留意した。 ○ 事象との出会いを位置づけるというところに「推論型」の大きな特徴がある。児童に強いイン パクトを与える事象の提示を単元の導入に位置づけ,児童が問題解決に向かうための意図を持 てるようにした。また,こうしたインパクトのある事象提示を何度か位置づけることで児童の 問題意識が持続するように工夫した。 ○ 児童の素朴概念を「I know レベル」,単元の目標を「I understand レベル」 として児童の思考レベルを明確にし,目指す児童像をより具体的にイメージできるようにした。 ○ 単元を進めていく中での児童の思考の流れを想定した。これをもとに推論のポイントを意識し, より主体的に話し合うことができるようにした。 これらの留意点をもとに作成した指導プランを次の【図-4】に記す。また,教科を問わず「書く こと」で思考力を高め,響き合う授業の創造を目指す本校の研究方針に則して「書くこと」によって 1 自分の考えを持てるようにした。 単元名 「 水 溶 液 の 性 質 」 【図-4】 指導プラン[第6学年単元「水溶液の性質」] 児童の素朴概念(I know レベル) ・「溶ける」ということは透明になることである。 ・溶け残ったものを溶かすには「混ぜる」「加熱」「水を増やす」などの方法があることを知っている。 ・溶けたものを取り出すには「蒸発させる」「冷やす」などの方法があることを知っている。 ・溶けて見えなくなっても溶かしたものの重さが加わっていることを知っている。 ・水溶液で身の回りにあるものを知っている。(食塩水,さとう水,洗剤各種,お茶,コーヒーなど) ・「酸性」「中性」「アルカリ性」という言葉を知っている。 児童の思考の流れ なぜ焼きそばが緑色 になるのだろう? そばの性質が反応した からだ!他にはどんな 性質があるのだろう? 酸性は金属を溶かすよ うな強い性質なんだね。 溶けた金属はどうなっ ているのかな? 性質の違う金属になっ ているんだね。他の水溶 液にはどんなものが溶 けているのだろう? 気体が溶けているもの もあるんだね。 アルカリ性はどんなも のをよく溶かすの? 金属を溶かす酸性と蛋 白質を溶かすアルカリ 性を合わせたらどうな るのだろう? 身の回りにもたくさん の水溶液があるね。液性 に気をつけて使わない と環境に良くないんじ ゃないかな。 出 会 い 第一次 考 える 第二次 調 べる 応 用 する 単元の指導計画(全12時間) みどりの焼きそば 水溶液の 性質の違 い(2) 金属を溶 かす水溶 液(4) 第三次 気体が溶 けている 水溶液 (3) 第四次 まとめ (3) 単元の目標(I understand レベル) ○ ○ ○ ○ ○ 演示実験からそばが緑色になる現象 を知り,なぜそうなるのか考える。 性質の違い 水溶液の性質の違いについて試薬を 用いて調べ,3つの液性を知る。 金属を溶かす水溶液 アルミニウムが反応して溶けるとい う現象からどの液性が金属を溶かす のか考え,比較実験して調べる。 溶かした金属はどうなったのだろう 溶けた金属はどうなったのかを考え, 蒸発させて調べる。 水溶液に溶けているもの 4種類の水溶液を蒸発させ,後にどん なものが残るかを調べる。 気体が溶けた水溶液 炭酸水を蒸発させると何も残らない ことから気体が溶けた水溶液につい て調べる。 酸性とアルカリ性を合わせると それぞれの液性の特徴を知り,それら を合わせるとどうなるかを調べる。 身の回りの水溶液調べ 既習事項を活用して身の回りの水溶 液の液性を調べる まとめ・新聞作り これまでの学習をふりかえり,新聞形 式にまとめる。 評 価 自分の考えを書くこ とで明確にしている。 現象の要因について 意欲的に考えている。 リトマス紙やムラサ キキャベツの試薬を 正しく使って分類し ている。 3つの液性について 理解している。 水溶液と金属の反応 を観察し,実験の結果 と初めの予想を照ら し合わせて考えてい る。 炭酸水は二酸化炭素 の水溶液であること を理解している。 中和反応について演 示実験を基に理解し ている。 身の回りの水溶液を 既習事項を生かして 調べている。 既習事項を段階を追 ってまとめることが できている。 いろいろな水溶液の液性に興味関心を持ち,意図を持って調べることができる。 様々な可能性を照らし合わせて推論することができる。 水溶液には指示薬の変化などから,酸性・中性・アルカリ性に類別できることが理解できる。 水溶液には金属を変化させるものがあることが理解できる。 水溶液には気体が溶けているものがあることが理解できる。 (3)事象提示の 事象提示の工夫 児童が水溶液の液性について問題意識を持ち,意図的に働きかけていく姿を目指すために,次の 3つの事象提示について工夫した。 〈事象1〉みどりの焼きそば ① フライパンに水を少し入れて沸騰させ,刻んだムラサキキャベツを入れる。 ② 水の色が紫色になったら焼きそば用のめんを入れて炒める。 ③ かき混ぜているうちに緑色の焼きそばになる。 事象提示の 事象提示の意図 単元の導入部分で演示実験として示す。ム ラサキキャベツのアントシアンとそばに含 まれるかんすいのアルカリ性が反応して起 こる現象で,何もしていないのに色が変化す ることから性質に目を向けやすいと考えた。 ちなみに酢をかけるとピンク色になる。 〈事象2〉金属を溶かす水溶液 ① アルミニウム片を入れた試験管に薄い塩酸を加えてその反応だけを観察さ せる。 ② アルミニウム片は激しく泡を立てながら反応して小さくなり,やがて溶けて しまう。 事象提示の 事象提示の意図 第二次の最初に演示実験として示す。何の水溶液を使用しているかを知らせずに 反応だけを見せることで,強烈な性質を持つ水溶液があることを理解させ,どの液 性が金属をよく溶かすかについての実験に意図を持たせることができると考えた。 〈事象3〉たんぱく質を溶かす水溶液 ① 鶏肉片を入れた試験管に水酸化ナトリウム水溶液を加えて過熱する。この際 突沸に注意し,ゆっくりと加熱する。 ② 水溶液は白濁して肉片が小さくなり,やがて溶けてしまう。 事象提示の 事象提示の意図 第四次の中和反応について考える際に,酸性に対するアルカリ性の強烈さを理解 させるために演示実験として示す。酸性とアルカリ性のそれぞれの性質について充 分理解していれば,それらをあわせるとどうなるかを推論する活動が活発化するの ではないかと考えた。 (4)授業実践 ① 対 象 府中町立府中南小学校 第6学年1組 31 名(男子 15 名 女子 16 名) ② 授業実践期間 平成 20 年 9 月 5 日~10 月 14 日 ③ 実践の 実践の概要 第一次 事象1の提示では強烈に児童の印象を引き付けた。何もしていないのになぜ色が変わったかという ことを考える話し合いでは「何かの反応が起こったから」「(断言はできないが)性質の違いが関わっ ているのではないか」「酸性とかアルカリ性とかいう言葉を聞いたことがあるから,もしかしたらそ れらと何らかの関係があるのかも知れない」といった推論が活発に行われ,性質ということに着目さ せることができた。 その上で4種類の水溶液を分類する実験を行った。 【表-4】 児童の考えた分類方法による分類 水溶液 見た目 A 透明 B 透明 C 透明 D 泡が出ている におい 味 なし しょっぱい なし すっぱい なし 苦い なし なし 【表-5】 リトマス紙を用いた分類と水溶液の正体 正体 水溶液 リトマス紙 リトマス紙 性質 A 変化なし 中性 食塩水 B 青→赤 酸性 クエン酸水 酸水 クエン C 赤→青 アルカリ性 重曹水 D 青→赤 酸性 炭酸水 まず,児童が自ら考えた方法で分類す る。(【表-4】)この際,取り扱う水溶 液は児童が口にしても安全なものを扱 うよう配慮した。次にムラサキキャベツ の汁の特徴とリトマス紙の反応につい て説明し,性質を【表-5】のように分 類する。このことから児童は水溶液には 3つの液性があることを実感を伴って 理解でき,様々な水溶液の液性に強く興 味関心を持って学習に入ることができ た。 【写真-1】 分類し,ノートに記録する様子 第二次 金属を溶かす液性を調べる実験では 最初に事象2の提示を通して激しく反 応する様子を見ているため,「もしも演 もしも演 示実験の 示実験の水溶液と 水溶液と同じなら, じなら,金属が 金属が激 しく反応 しく反応するはずだ 反応するはずだ」 するはずだ」という推論のも とに,意図を持って実験に取り組む様 子が見られた。(【写真2・3】) 【写真-2】 事象2の提示 【児童の話し合い】 T:溶けた金属はどうなったんだろうか? C:蒸発させれば出てくると思います。 C:温度を下げても出てくるんじゃない? T:何か出てくると思うんだね? T:じゃあ何か出てくるとしたら何が出てくるんだろう? C:アルミニウムを溶かしたのだからアルミニウムだと思います。 C:違うと思う。 T:どうして? C:だってあんなに泡が出て反応してたから。 T:アルミニウムじゃないとしたら アルミニウムじゃないとしたら何だろう? C:あれだけ反応したら違うものになってそうな気がする。 【写真-3】 意図的に実験に取り組む この実験を受けて溶かした金属がどう なっているかを調べる段階では左のよう な話し合いがなされた。 この話し合いの中では特に「~だとし 「~だとし たら」 たら」と仮定する補助発問を多用してい る。このことによって児童は実験結果に ついて様々なケースを想定し,いくつか の可能性を持つ思考ができた。 第三次 蒸発させて取り出したものが性質の違うものになっていたという実験結果は児童のこれまでの学 習の中ではなかったことである。当然,他の水溶液も蒸発させてみたいという児童の反応が見られた。 そこでその他の水溶液に関しても蒸発実験を行うことと した。ここでも安全面に充分な配慮が必要であるため, 最初の実験で使用した4種類の内,重曹水を石灰水に変 えて蒸発させることとした。ここでCの炭酸水について は蒸発させても何も残らないという結果が得られる。「な ぜ何も残らないのだろう」と問うと,6割の児童は「全部 炭酸水の泡から何らかの気体 蒸発したから」と答え,塾などで結果のみを知っている4 ではないかと推論した。 割の児童が「気体が溶けていたから」と答えた。【図-5】 は,自分の考えを整理しようとしている児童のノートであ 【図-5】 児童のノートから…推論しながら思考する る。この児童は比較的学力が低位であるが,話し合いをもとに炭酸水の泡に着目し,「書くこと」 くこと」「書 き出すこと」 すこと」で推論しながら思考を深めている片鱗が伺える。 第四次 酸性の性質ばかりに注目してき たため,ここで事象3を提示し,ア ルカリ性がよく溶かすものについ て示す。(【写真-5】)児童はこれ までの学習では説明のつかない現 象を目の当たりにし,水溶液の液性 にさらに興味関心を高めた。 またこの事象提示の後,中和反応について学習するため,金属をよく溶かす酸性と,たんぱく質を よく溶かすアルカリ性を混ぜ合わせるとどうなるだろうかと考えさせた。 【写真-5】 事象3の提示・・・鶏肉が溶ける様子 【図-6】 児童のノートから…児童の予想 児童の考えは概ね【図-6】の2つのパターンに分かれた。話し合いの中で出た理由として,「あ らゆるものを溶かす」と予想した児童はそれぞれが強烈な液性であることをあげ,「中性になる」と 予想した児童はお互いが打ち消しあうからだとした。この練り合いの結果「もしも互 もしも互いの性質 いの性質を 性質を打ち 消しあうのであれば金属 しあうのであれば金属も 金属も鶏肉も 鶏肉も溶かさないであろう」 かさないであろう」と推論することができた。 また,身近な水溶液調べでは自宅から調べてみたい水溶液や食品 を持ち寄り,これまでの学習を生かして次のような傾向を見出した。 身近な 身近な水溶液 台 所…酸性のものが多い(調味料,食品など) 洗面所…アルカリ性のものが多い(洗剤,石鹸など) 【写真-6】 身近な水溶液調べ アルカリ性はたんぱく質をよく溶かすから,皮膚の汚れなどを溶かす ために洗剤などに多いのであろう。 既習事項をもとに推論している。 【図-7】 新聞形式でまとめる ○身近な水溶液の性質に着目した新聞 ○環境問題に着目した新聞 仮説検証の視点に添って実践の成果と課題を以下のように分析し,整理した。 検証の視点 成果面 課題面 ・ 事象1は児童にとって身近な事象で ・ 事象1は演示ではなく,実際に あり,導入時の位置づけでよかった。 児童にやらせるとさらに効果が ・ 事象2は意図的な実験活動を促す上 高まっただろう。 で効果があった。 ・ 事象3の提示は危険を伴うの ①事象提示におい ・ 事象3は酸性を一通り学習した後の で,演示として見せる際に実物 て児童の興味関 提示により,児童の興味関心をさらに 投影機などを用いて拡大してや 心を高めたか。 高めていた。 るとよかった。 ・ 学習に入る段階での児童の学力差や 素朴概念の差を解消することができ, 学力低位の児童が自信を持って取り 組む姿が見られた。 ・ 事象提示の工夫により,解決に迫るた ・ 推論の思考パターン(「もしも~ もしも~ めの話し合いが活発であった。 ならば~ ならば~であろう」 であろう」)を掲示して ②児童がいくつかの ・ 「~であるとすれば 「~であるとすれば」 であるとすれば」という仮定の発 いればより児童の思考を支える 可能性を持って 問を多用して話し合いを進めた。児童 ことができただろう。 実験することがで がいくつかの可能性を見出す上で効 ・ 充分な練り合いの時間の保障が きたか。 果的であった。 必要。 ・ 考えを持つための「書く活動」 が不充分であった。 ・ 児童の思考の流れを意識してプラン ・ ふりかえりを書く活動を定着さ ③単元全体を通し ニングしたことで問題意識を継続さ せて,データとして検証できる て児童の問題意 せるための工夫ができた。 ようにすればよかった。 識が継続してい ・ 塾における先行学習によって結果だ たか。 けを知っている児童の知識に意味付 けや価値付けができた。 事後のアンケートでは「水溶液の性質」の学習が楽しかったと答えた児童が 89%であり,その理由を 問う質問では「予想してから実験するのが楽しかった」「もし~なら…と考えるのが楽しかった」など をあげており,問題解決の過程を推論型で進めることに成果があったと言える。これらのことは市販テ ストにおける「科学的思考」の到達率が,一学期平均 78%であったのに比べて本単元の学習では 10% 上がり,88%であったことにも表れている。 7 成果と課題 本研究では問題解決学習にスポットをあて,「推論型」の過程を土台として一単元をプランニングす ることで,推論しながら 推論しながら問題解決 しながら問題解決する 問題解決する授業 する授業の在り方を考察した。また,本研究を通して新学習指導要領 小学校理科の目指す姿を意識し,来年度からの移行措置に備えたいと考えた。推論しながら 推論しながら問題解決 しながら問題解決す 問題解決す る授業では,何を考えさせたいか,どこで思考させたいかということを意識して事象提示を 事象提示を工夫する 工夫するこ と,事象に働きかけていく際に「もし~ もし~だとしたら?」 だとしたら?」と ?」と仮定する 仮定する発問 する発問を通して児童の思考を推論型の 思考に導くことが大切である。このことで児童はいくつかの可能性を持ち,意図的に事象に働きかけて いくことができると考える。このような児童の姿につなげていくために, 各学年固有の目標にある問題 解決能力を系統的に高めていかなくてはならない。また,本研究を通して問題解決の過程を工夫するこ とは児童の科学的思考力を高めることにもつながるという確かな手応えを感じている。今後は課題面を 改善し,数値化できる検証を行ないながら,具体的な指導の場を通して目指す児童像に迫る工夫をして いきたい。 8 おわりに
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