特 集 もっとアジアを知ろう 総論 ダイナミックなアジアの新時代 ―共生・共栄の基本理念を原点に― 徳久 日出一 中小企業診断協会 東京支部 ワールドビジネス研究会代表 れている。 1.アジア経済の驚異的成長 このようなアジア経済の発展は,世界経済 アジア経済の現状 に対して大きな影響を与えている。90年代後 ①経済危機からの脱出 半の世界経済は,米国を中心とする IT ブー アジア経済は9 0年代に多くの試練に直面し ムによって牽引されてきたが,現在の世界景 たが,見事にその経済危機を乗り越え,現在, 気の回復は,アジア経済の高成長によるとこ 世界でもっとも著しい成長を遂げている。90 ろが大きい。現在,われわれが直面している 年代前半に,日本ではバブル崩壊が生じ,中 ような,世界同時好景気の時代は,まさにア 国では行き過ぎた経済の調整があり,97年に ジアがその中心となってグローバルに展開さ はアジア通貨危機が発生し,アジア地域全体 れているからにほかならない。 1 が低成長を強いられた。しかし,その後,国 際公的機関や民間の援助,金融リストラや構 2 アジア経済の特徴と成長性 造改革の浸透などにより,バブル崩壊や通貨 ①生産拠点から消費市場へ 危機の後遺症からもすっかり立ち直り,現在 8 0年代後半からのアジアの発展は,生産拠 では驚くほどの急速な発展を続けている。 点としてのものであった。社会主義市場経済 ②2 1世紀はアジアの時代 に転換し,外資に門戸を開放した中国には, アジアには,日本をはじめ世界の先進国か 有利な投資条件や低い労働コストの魅力など ら資本が投入され,特に中国や ASEAN を中 により,ものづくりの拠点として,世界中か 心に,この直接投資の受入れが高成長の原動 ら製造業が集中し,「世界の工場」といわれ 力となり,それがまた次の投資を呼ぶという るほどになった。他のアジア諸国・地域にお 好循環になっている。その結果,アジア経済 いても同様であった。 は「世界の成長センター」として,20 0 5年に 当初は生産拠点として外資の導入を図り, 世界の GDP で2 7%のシェアとなり,2 0 1 5年 経済発展をスタートさせたアジア地域であっ には2 9. 4%になると予測されている。また, たが,経済の成長に伴い,国家財政や国民の ゴールドマンサックスが発表した BRICs に 所得も向上し,消費力が増加してきた。21世 関するレポートによると,現在,10%近い驚 紀を迎えて,アジアは消費市場としても世界 異的な経済成長で注目を浴びている中国は, に注目されるようになってきたのである。 2 0 5 0年までにアメリカの GDP を追い越して ②雁行型から連携型へ 世界一に,同じくインドは,日本とドイツを アジアの経済成長や産業構造は「雁行型」 抜いて世界第3位の経済大国になると予想さ といわれていた。すなわち,日本を先頭に, 4 企業診断ニュース 2 0 0 7. 9 総論 ダイナミックなアジアの新時代 やや遅れて NIES(新興工業経済地域) ,さら に及んでおり,進出企業総数は1 0万社ともい に遅れて ASEAN(東南アジア諸国連合) ,そ われている。その中でも,近年は特に経済成 の後に中国などが続く形が,ちょうど雁が空 長が著しいアジアへの進出が際立っている。 を飛ぶ様子にたとえられ,そのように呼ばれ アジアは世界人口の過半数を占め,近い将 ていた。このパターンは7 0年代の後半から3 0 来,経済規模も最大になると予測されている 年近く続いてきた。 が,同時に,食料,エネルギー,環境などの この「雁行型」の発展は,一国の各産業に 諸問題が今後の大きな課題である。また,ア おいて,輸入期,輸入代替期,輸出期と高度 ジアには世界の有力企業が次々と進出してお 化するが,その高度化の過程で,産業構造も り,日本企業は厳しい国際競争にさらされて 労働集約型から資本集約型,そして資本知識 いる。したがって,企業のアジア進出に対す 集約型へとシフトされ多様化をもたらしてい る位置づけも,これまでの単なるコスト削減 る。 や現地市場の確保などから,グローバル経営 しかし,最近ではアジアのそれぞれの国や 地域が個別ではなく,お互いの特徴を活かし つつ連携しながら全体として成長する形に移 の一翼を担う重要な戦略拠点に変わってきて いる。 ②海外駐在員の役割 上述したように,海外拠点の重要性が高ま 行している。 ③経済連携と域内貿易の拡大 るとともに,現地社員の責任も,以前よりは 今世紀に入ってから,アジア地域において るかに重くなってきており,的確な判断や迅 は,貿易・投資の自由化促進の手段として, 速な行動が求められている。そのため,進出 FTA(自由貿易協定)や EPA(経済連 携 協 企業には,海外の異文化社会に適切に対応で 定)締結の動きが進んでいる。この議論や交 きる社員の育成や能力開発,日本人駐在員と 渉はアジア以外の地域も巻き込みながら,今 ローカル社員との公正・公平な評価基準の徹 後ますます活性化することは間違いない。 底などが不可欠である。 アジアには日本,NIES,ASEAN,中国, 派遣される社員にとっても,海外でのビジ インドが互いに連携・協力しながら,ダイナ ネス活動や現地での社会生活において,現地 ミックに成長するメカニズムが必要である。 の文化や習慣を理解し,コミュニティに溶け 中国とインドは巨大な消費市場となり,日本, 込むことが重要である。いつも日本人だけで 韓国,台湾,シンガポールなどが資本や技術 つるんで飲みに行き,ゴルフや麻雀,カラオ を提供し,ASEAN 諸国は受け入れた資本や ケ三昧では,せっかくの海外駐在がもったい 技術を活用した生産機能を提供する。このよ ない。 うに,お互いの地域がそれぞれの特徴を活か ③ローカル人材の優秀性 しながら,連携を深めていくことによって, 日本企業は欧米企業と比較すると,現地代 アジア経済はさらなる成長が期待できる。 占し,なかなかローカル社員を重要なポスト 2.日本とアジアの中小企業 1 表も含めて,幹部社員をほとんど日本人が独 に登用しない傾向がある。そのため,優秀な 日本企業のアジア進出 ローカル社員ほど,将来の希望が持てないた ①重要な戦略拠点としてのアジア めに退社してしまうことが多く,実に残念な 世界経済の緊密化や企業活動のグローバル 話である。また,そのような組織体制では, 化に伴い,日本企業の海外進出は大企業のみ 優秀な人材を採用することはきわめて難しい。 ならず,中堅・中小企業にも広がっている。 1 0年を超す筆者のアジア駐在の経験から判 進出先も,北米,欧州,アジアから,オセア 断しても,アジアには優秀な人材が豊富であ ニア,中近東,中南米,アフリカなど全世界 り,日本企業はもっと積極的にローカル社員 企業診断ニュース 2 0 0 7. 9 5 特集 を活用すべきである。アジアの教育システム り特有の個性がある。 は日本よりも進んでいるところもあり,コミ 投資の面では,いずれの国も設備の導入や ュニケーション能力や国際感覚に優れている 技術への投資意欲は盛んであり,生産管理面 人材も多い。将来は,現地代表までもローカ での知識等は普及しているが,生産管理の実 ル社員に任せるぐらいの人材戦略を持つべき 効面では不十分なところがある。 労働市場はほぼ完全雇用に近く,賃金も上 である。 昇している。特に,急速な産業の発展により, 2 アジアの中小企業 管理職クラスの人材不足が目立っており,中 ①中小企業の位置づけと支援策 小企業にとっては,労働力不足と高労働コス アジアにおける中小企業と一口でいっても, トに苦しむ状況となりつつある。したがって, その位置づけは国や地域によってさまざまで 労働者の定着率も低く,管理職や専門家が育 ある。大企業が比較的少なく,中堅・中小企 ちにくい環境にある。 業が主力になっている国や,まだ中小企業が 十分に育っておらず,限られた大企業と零細 3.アジア諸国への中小企業支援 中小企業支援の政策内容 企業ばかりのところもある。しかし,経済成 1 長に伴って中小企業が発展し,国家経済を支 ①経済産業省の技術協力 えていくであろうことは日本同様と考えられ 海外の中小企業支援に関係する政策は,主 る。 として技術協力である。わが国の経済産業省 中小企業の概念や評価は国によって違いが が行う対外技術協力は,政府間ベースと民間 あるが,どの国においても中小企業は保護の ベースに分かれており,政府間ベースのもの 対象ではなく,国際的な市場経済下で,競争 は ODA(政府開発援助)として,JICA(独立 力を持った主体として位置づけられている。 行政法人国際協力機構)が担当している。そ 自立的成長や自助努力を支援する政策として の技術協力の内容は,海外からの研修員の受 は,資金供給面での支援策,技術面での支援 入れ,専門家派遣,調査団派遣,機材供与, 策のほか,海外進出への支援策が整えられて プロジェクト活動,ボランティア派遣などが いることが挙げられる。海外からの投資につ ある。2 0 0 6年度の ODA 白書によると,技術 いては,製造業分野ではおおむね開放的な政 協力の実績として2, 9 4 1億円が供与されてい 策がとられており,サービス部門においても, る。 近年は規制緩和が進んでいる。 一 方,民 間 ベ ー ス の 技 術 協 力 は JETRO ②中小企業の現状 (独立行政法人日本貿易振興機構),AOTS 各国とも製造業全体における中小企業の割 (財団法人海外技術者研修協会),JODC(財 合は9 0%を超えているが,韓国では生産活動 団法人海外貿易開発協会)などが担当してお が首都圏に集中し,地方の中小企業は脆弱で り,支援内容が制度構築支援と技術者育成支 ある。台湾の中小企業は独立性が強く,輸出 援に分かれている。 志向が強いという特徴がある。シンガポール ②政策の重点分野 の中小企業は,近代的産業を担う大企業の峡 2 0 0 6年度の技術協力政策における重点分野 間で,伝統的な軽工業部門にとどまっている。 は,次のように設定されている。中小企業診 中国やインドの中小企業には,若くて意欲的 断士にとっては,大きなビジネスチャンスと な経営者によるベンチャー企業が増加してい なるようなテーマが多い。 る。一般的に,台湾,シンガポール,中国の ・知的財産権の保護 中小企業は,華人の伝統的な家族・同族経営 ・基準認証の制度整備・共通化 の傾向が強いなど,地域や歴史的な影響によ ・物流の効率化(貿易手続円滑化を含む) 6 企業診断ニュース 2 0 0 7. 9 総論 ダイナミックなアジアの新時代 ・環境,省エネ ア開発銀行,欧州復興開発銀行などの公的機 ・産業人材育成 関による専門家派遣事業も増加している。 ③政策の重点地域 また,JICA 事業の中にも,ベトナム,ラ 東アジア(ASEAN,中 国)に 加 え,南 西 オス,カンボジア,ミャンマー,モンゴル, アジアに対する貿易投資の円滑化に向けた協 ウクライナ,カザフスタン,キルギス,ウズ 力に重点が置かれている。 ベキスタンの9ヵ国にある,日本センターの ・タイ,マレーシアからインドネシア,ベ トナム,フィリピンへの重点の移行 ・ASEAN 全体に対する広域あるいは包括 的協力,およびカンボジア,ラオス,ミ ビジネスコース研修講師の業務などがあり, 毎年,中小企業診断士が派遣されている。 ③民間企業のコンサルティング 近年,今まで海外とは何の関係もなかった 中小企業の海外進出が増加している。取引先 ャンマーに対する協力の具体化 ・中国に対する相互理解促進のための人的 の大企業からの要請によるものや,国内のコ 交流,知的財産権の保護,経済法制度整 スト高対策としての海外シフト,アジアの消 備,環境保全,省エネルギー分野の協力 費者をターゲットとしての海外進出など,動 ・インドは貿易投資環境整備の観点から, 機はさまざまであるが,中小企業の海外進出 中長期的な協力関係の構築をめざし,可 の増加は,中小企業診断士にとって大きなビ 能な分野を中心に技術協力を実施 ジネスチャンスである。 海外進出に伴う海外市場調査,経営計画立 2 中小企業診断士の海外活動 案,マーケティング戦略立案,資材調達管理, ①中小企業診断士育成事業 輸出入手続,情報システム構築,駐在員の派 タイにおける中小企業診断,および中小企 遣前教育,現地社員の能力開発など,中小企 業診断士養成事業は1 9 9 9年に開始され,2 0 0 3 業診断士として支援可能な業務がいろいろと 年に終了したが,JICA や JODC などの国際 考えられる。 協力機関を通じて,専門家として多くの中小 企業診断士が派遣された。この事業では,1 4.アジア地域の将来性と日本の役割 年目に1 0 0名のタイ人中小企業診断士を養成 1 輝かしいアジアの未来 するとともに,1 7 0社の企業診断を行うなど ①中国の経済規模 の実績をあげ,アジア各国から注目された。 このまま中国の成長が続くと,2 0 1 5年ぐら インドネシアにおいては,2 0 0 6年から中小 いには日中の GDP 規模が逆転し,中国がア 企業診断士育成事業がスタートし,これにも ジアのトップになると予測されている。中国 多くの中小企業診断士がかかわっている。同 の躍進は,周辺のアジア諸国にも好影響を与 国では,将来1万人の中小企業診断士の養成 え,成長の機会を提供してくれるはずである。 をめざしている。 2 0 1 5年以降の中国の発展持続性については, このように,両国では経済基盤を支える中 現在,政府が取り組んでいる社会経済構造改 小企業の育成・強化を国づくりの基本と考え 革の成果次第であり,多くのリスクも存在し ており,他の国々においても,中小企業診断 ている。アジア全体の協調的,持続的な成長 士制度への関心が高まっている。 のカギは中国が握っているといえそうだ。 ②専門家としての国際協力事業 ②インドの潜在力 専門家としての海外事業への派遣は,JICA インドの成長は,中国と比較すると爆発的 が募集する短期・長期専門家や役務提供契約 なものではないが,多くの潜在可能性を秘め などが中心であるが,JETRO や JODC,JBIC ている。インフラ整備の遅れや多発する労働 (国際協力銀行),ロシア NIS 貿易会,アジ 争議,貧困,カースト制度等,発展の障害と 企業診断ニュース 2 0 0 7. 9 7 特集 なるようなリスクも多いが,IT 産業を先頭 それぞれの国に適応させた支援を考えていく に積極的な産業開発を進めている。立ち遅れ ことが必要である。 ていた製造業も自動車産業や医薬品産業等の 先端技術の移転,企業の経営管理,資源エ 成長が顕著である。また,世界第2位の人口 ネルギーの節約や環境保全対策,高齢化対策, を有するインドの消費市場が本格的に立ち上 企業コンプライアンス等,日本がアジアで貢 がる日もそう遠くはない。 献できる分野は相当あり,今後もますます期 ③大メコン圏の変貌 待が大きくなると思われる。 ASEAN 地域では,メコン河流域のタイ, ②日本の進むべき道 ベトナム,ラオス,カンボジア,ミャンマー 「アジアの時代」とは,単にアジアが経済 に中国の雲南省を加えた GMS(大メコン圏) 成長して,世界の経済に貢献していくことだ が注目されている。それは現在建設中のアジ けではない。それは,西洋の価値観と東洋の アの東西回廊,南北回廊が完成すると,メコ 価値観が対峙する時代でもある。世界経済は ン河流域の地域経済が一体化し,大きな成長 市場原理を軸にして動いている。しかし,市 と発展が期待されているからである。特に, 場での競争は必然的に強者と弱者を生み出す。 このインフラ開発は,アジアの大消費市場で このような,ドラスティックなアングロ・サ ある中国やインドと大メコン圏を結びつけ, クソン型の市場原理だけで,果たして世界の この地域が製品供給基地としての地位を確立 秩序が収まっていくのであろうか。 世界にはもっと相互が協調し,共生してい することになろう。 ④アジアにおける中間層の台頭 く,アジア型ともいうべき観点が必要である。 アジアの経済成長に伴い,ニューリッチと 「和」を重んじる日本の伝統は,共生・共栄 呼ばれる成功者やベンチャー企業の経営者な に通じる考え方である。 ど,高所得者層が誕生しているが,新しい知 日本はアジアの一員として,アジア諸国と 識や価値観を持った中間層も台頭している。 ともに生き,ともに助け合い,ともに繁栄を 高成長が続くアジアでは,この層の増加が著 めざすことが重要である。経済のグローバル しく,2 0 1 0年代には総人口の2 0%前後になる 化の中で,共生・共栄の基本理念の下に,日 ものと予想される。この中間層の人たちは, 本がアジアを通じて世界に貢献し,尊敬され 年齢も若く,総じて高学歴であり,地域のオ る国家となる道でもある。 ピニオンリーダーとなっている。このような 中間層が増加するとますます需要が刺激され, 消費経済を活性化する。 2 アジアとの共生・共栄 ①日本の果たすべき役割 中国は消費や投資という面ではアジアをリ ードすることはできても,アジア諸国がもっ とも望んでいる,自国の産業構造の高付加価 値化や,そのための人材育成という面では期 待ができない。周辺国にとって,中国の成長 は望ましい一方で,脅威でもある。アジア諸 国は,自らの競争力向上のために,今まで以 上に日本と協調していきたいという思いを抱 いている。日本は,アジアの多様性を理解し, 8 徳久 日出一 (とくひさ ひでいち) 早稲田大学商学部卒業。ヤオハングル ープ勤務,ブラジル,USA,香港に 25年駐在。中小企業診断士,PHP 研 究所認定ビジネスコーチ。快適経営代 表,ブルックス総研代表取締役,ワー ルド・ビジネス・アソシエイツ常務取締役,NPO 法人日本 香港協会理事,香港貿易発展局ビジネスアドバイザー,早稲 田大学校友会幹事・代議員。 企業診断ニュース 2 0 0 7. 9
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